ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

600 / 631
第47話「その男の娘の御業」

 軽傷者46名。

 重傷者1名。

 

 軽傷の者は治癒で完治後、本隊との合流を以て護衛任務に復帰。

 

 その日、寝泊まりする家屋を得た避難民達はようやく一息吐けると夕食後は各々割り振られた集落の家屋へと入っていった。

 

 夕暮れ時の空は薄く鱗雲がたなびき。

 紅蓮に染め上がる空は不吉か。

 あるいは荘厳な程に明るく。

 

 一時の弛緩した時間の終わりを迎えつつある隊にも僅かながら、心の余裕というものを取り戻させたかもしれない。

 

 集落外縁で天幕を張った彼らが川縁を見れば、もうアーチ状の橋は20mに渡って出来上がっていた。

 

「さて、目下の目的地であるシスコまで70km以上の短縮が可能になったが、ルートは2つ。何も集落などが無い道を行くか。小規模な街を通過するルートかだ」

 

 フィクシーが天幕内部に即席で作られたテーブルの上の地図の現在位置に駒を置いて二つのルートに線を引く。

 

「ベルは負傷したが、明日までには移動が可能なくらいには回復するだろうとの事だ。医療班からはそう報告を受けている。食料の残り的には後2週間は大丈夫だが、シスコまでの道程は最短ルート以外はどちらも4日というところだろう」

 

 各隊長へ既に配られた木製の板にはズラッと本隊の現状が書かれている。

 

 厳密に計上された物資の在庫や肉体的に動ける者、動けない者の数などだ。

 

「私は今回の一件がかなりマズイ事だと感じている。恐らくはこの世界で我々が戦ってきた黙示録の四騎士と呼ばれる者達と関連した培養され、強化済みのゾンビなどがこの地域に投入された。その可能性が高い」

 

『ミスリル製の高格外套を操る高位アンデッドか』

『マズイですね』

 

『今の我々ではミスリル系の装甲を破壊する手段や高位超越者系のアンデッドのような存在相手に戦える戦力は……』

 

『フィクシー副団長代行で手一杯の相手では恐らく量はただの良いマトにしかならんだろう』

 

 隊長達が新たな装備を得たとはいえ、謙虚な姿勢で自らの状況と相手の報告を総合して自らが無力に等しいと理解している事にフィクシーは安堵するような心地となっていた。

 

「ただ、騎士団の行軍速度は思っていた以上だった事もあり、予想外の事はあったが、順調に進んではいる。だが、あまり時間を掛けると再び、敵の大群などに捕捉される可能性もある。この為、私は最短ルートを使おうと思う」

 

 ビッと地図に現在地からシスコまでの直線ルートが敷かれた。

 

 道も無い荒野が延々と続くソレに隊長達が目を見張る。

 

「今現在の民間人や傷病者の容態なら、恐らくは移動にも耐えられるだろう。また、魔力を用いているとはいえ、見習い達が背負えて移動出来ているという事は魔力が高い者ならば、彼らを担いで高速移動可能という事だ」

 

 フィクシーが隊長達を前にして険しい場所やルート上の高低差がある場所は近衛がその積載を請け負う前提でのルーチンを提示した。

 

「私はこの最短ルートを2個大隊の6時間4交替制の民間人の積載による走破で進むルートを推す」

 

 その言葉にざわめきが広がる。

 

「大隊による連続での一昼夜の行軍は見習い以外は殆ど経験済みだろう。フル装備での移動を6時間置きに強制されるとしても、このルートならば、恐らく休憩を複数回挟んでも最速で1日と数時間程度だ」

 

 フィクシーがその己の意見の最大のメリットを告げた。

 意見集約に1時間程。

 

 その後、解散となった時、もう騎士団の取るべき方法は固まっていた。

 

 簡単な報告を受け、執務を終えたフィクシーが集落端のキャンピングカーへと向かって歩き出す。

 

 車両を開いて内部に入れば、未だ少年の腹部に手を当てている少女の姿が見えた。

 

 その部分は筋肉こそまだ剥き出しであったが、一応は繋がっていた。

 

 医療班による治癒術式の合同での重ね掛けが終了した頃には骨と内臓は繋がったので、後は筋肉と肌という事になった。

 

 だが、急速な再生という事もあって、残る部分は無菌状態で常に一人がゆっくりと治癒術式を掛け続けなければ、細胞をそれ以上に痛めかねず。

 

 その根気のいる超低速の治癒に名乗りを上げたのは当然のようにヒューリであった。

 

「どうだ。ヒューリ?」

 

「はい。今、筋肉も繋がりました。血管もリンパ管も全部……ベルさんの回復力には驚くばかりです」

 

「そうか。まだ寝ているか?」

 

 近付いたフィクシーが見れば、少年の目は未だ閉じていた。

 

「はい。一度起きて担架のまま橋を掛けに行ってから、また……でも、脈拍も正常ですし、数日中には治ると……」

 

 戦闘後からずっと少年に付いて治癒し続けている少女の目にはクマが浮かんでいたが、その瞳には気力が未だ籠っている。

 

「少し代わろう。魔力が幾ら有っても長時間の使用は気力、体力、共に消耗する。術式を奔らせて、超常の力も同時に使っていれば、尚の事な。ベルを治した途端に倒れられても困る。6時間程の睡眠を取れ」

 

「……解りました。ベルさんの事、お願いします」

「ああ、分かっている」

 

 少年の横たえられた特別製の銀色のシートの横を通って後方の梯子を昇った少女は躊躇なくその上でブランケットに潜り込んだ瞬間、すぐに寝息を立て始めた。

 

 少年を護り、少年を癒す為には此処で愚図っても仕方ないと理解しているからこその早業だろう。

 

 治療を引き継いだ彼女がそっと腹部の上に手を当てて、治癒用の方陣を展開。

 

 そのまま光の円環を押し当てながら、ゆっくりと治療を続ける。

 

「まったく、お前もあの子も頑固者だな。だが、私がいない中、よくやった……ディオもあの子もお前も……」

 

 少年は眠ったまま。

 しかし、優し気に片手で少女は頭を撫でる。

 

 また、己も部下とした全ての者達にそうあらねばと決意を瞳に灯して。

 

 *

 

 翌日。

 

 病人と避難民の全員が魔術で急造された背負うタイプの椅子にベルトを付けた荷物として騎士達に背負われる事になった。

 

 凡そ40~70kgの成人男性までも全員がだ。

 

 結果として彼らは騎士達と背中合わせで身を縮こまらせ、数時間の移動を耐えねばならなくなったが、朝方に出た彼らが一直線にロスへと向かう速度は1時間で7kmというものになっていた。

 

 殆ど道無き道を走破したわけだが、6時間平均で42kmから+-3kmという状況は夕暮れ時には旅程の半分を消費する速度であった。

 

 結果として彼らが翌日の明け方、殆ど寝ずに行軍した結果は壁という形で見えており、誰もが歓声を上げた。

 

 一足先に出た先行するクローディオの部隊は既に都市側と接触。

 

 受け入れ態勢が進んでいるとチャンネル経由の通信で情報も入っていた為、壁内に入るとスイートホームと市庁舎側の部隊が次々に避難民を車両で収容し、市内の一時滞在用の施設へと向かっていき。

 

 騎士団は呆気なくも確かに己に課した任務を遣り遂げた事を実感したのである。

 

 ようやく安全な街で寝られるという顔となった騎士達も見習い達も避難民達と別れを惜しんでいたが、何よりも輸送直前……避難民達に涙ながらに感謝された事は後々に大きな財産となるだろうとフィクシーは笑みを浮かべていた。

 

「お疲れ様だ。フィクシー・サンクレット」

「出迎えありがたく思う」

 

 市庁舎側の代表としてやってきていたアンドレと路地でしっかりと握手した彼女は車両で仮市庁舎となっているビルまで向かい。

 

 一室で関係者達を遠ざけての会談。

 

 殆ど彼女を労う形となった場では中華料理などが弁当のような形で出ていた。

 

 殆どは調理済みの調味料あってこそだろうが、それにしても少年が数日間は野菜などが延々と実るよう作物を幾つか植えていた為、それも使われているだろう。

 

「まずは食べてくれ。避難民の誘導。心から感謝する」

「いや、構わない。人々を救うのは我々の使命だ」

 

 2人が朝食には早い時間に明けゆく陽射しの入る一室で食事を突いて数分。

 

 ようやく一心地付いただろうフィクシーに年代物のワインを進めたくなりながらも、ペットボトルのミネラル・ウォーターを差し出した彼は話が聞ける状態となった相手を前に真面目な顔を作った。

 

「先に付いていたクローディオから聞いたが、守備隊が壁の先で今までにない量のゾンビを駆逐しているそうだな」

 

「ああ、そうだ。近年は殆ど10匹単位だったのが今は100匹単位となっている。まだ、辛うじて何とか撃退出来る範囲だが……」

 

「壁の守備に人員は足りているか?」

 

「隠しても仕方ないので言うが、本来の壁の防御用の兵員の数にはまったく充足率が足りていない」

 

「まぁ、そうだろうな……」

 

「そもそも守備隊自体が少ないというのもある。あいつが効率的に要所を守備隊と共に守っていた為に何とかなっていたようだが、内実はゾンビの少なさに救われていたらしい」

 

「独裁者も陰ながらに苦労する、か……」

 

 フィクシーの呟きに男が苦笑しつつ頷いた。

 

「この間の一件で気力体力を消耗しているところに大規模な襲撃が重なったせいで皆が皆かなり疲労している。ただ、親衛隊と地下にいた15歳以上の子供達が共に戦ってくれて、何とかというところだ」

 

「もう顔は?」

 

「ああ、今戻させて貰っている最中だ。生身の部分の長期保存技術は確立されていたようだが、それを繋げて動かせるようになるまでには幾らか時間が必要だとの事だ。ただ、そのせいで首から上は固定の為にも包帯でグルグル巻きだがね」

 

 何とかそう余裕の笑みを浮かべるアンドレの顔色が優れないのは彼女に目には明らかだった。

 

「機械に予測させていたという事だが、悪い結果でも出たか?」

 

「……7日後に超規模のゾンビの群れの襲来があるとシステムが予測した。恐らく数十万から100万単位だ」

 

「ッ」

 

「壁全域に人員を張り巡らせる余力は無い。だが、予測では壁外からの全周包囲、同時波状攻撃が予測されている。また、陸のみなならず空からも来ると」

 

「……今の戦力ならば、被害を出さずに50万程度まで相手出来るかもしれんが、100万近くになると厳しいな」

 

「はは、その言葉だけで救われた気分だよ。本来、君達にはもう関係ない都市の話だ。だが、全て承知で言わせて欲しい。共に戦ってくれないか?」

 

 アンドレの切実な視線に彼女が溜息を吐いた。

 

「心外だな。一緒にゾンビ共を蹴散らそう、くらいは言ってくれるかと思ったが?」

 

「……ありがとう。感謝する」

 

 アンドレが心底に頭を下げる。

 

「よしてくれ。我々は共に戦った仲だろう。まずは生き残る事から考えよう。ベルも此処に到着する直前に目が覚めた。今日の昼から共に行動を開始する」

 

「彼の錬金術染みた力頼みになるな」

 

「分かっている。だが、それを何よりも本人が望むだろう」

 

「何でも言ってくれ。出来る限り、準備しよう」

 

「では、まずはこの食事を平らげようか。その後、ベルと共に目標と予定を詰めるという事でいいだろう」

 

「分かった」

 

「それと私からは望む子らと守備隊に教練と装備に関して提案がある」

 

「君達の着ているスーツと装甲か?」

 

「ああ、ベルの自信作だ。武器も揃える事は出来るだろう。まず手順的には陣地の構築、我々との連携計画や教練などが主となるだろうな」

 

 

「よろしく頼む」

「任せておけ。人々を護るのは騎士団の本領だ」

 

 少女は強く強く笑った。

 

 *

 

「ベルさん。本当に動いて大丈夫なんですか?」

「ベル様……」

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」

 

 心配そうなヒューリとハルティーナに大丈夫大丈夫とアピールしながらも、少年はようやく繋がった上半身と下半身に問題が無い事を確認し、早くも昼時にはフィクシーに連れられて都市の壁の上まで来ていた。

 

 アンドレとフィクシーに此処を話し合いの場にしようと言い出したのは少年だ。

 それというのも既に規模の大きいゾンビ達の襲撃があると予測されていた事が大きかった。

 

「あのさっきの話なんですけど……アンドレさん」

「何だ? 答えられる事ならすぐに答えるが……」

「この都市の壁の外からの襲撃なんですよね?」

 

「ああ、諜報活動に使っているシステムは元々が予測演算する為の専用の代物で当時の戦争ではゾンビに対して使ってきた。的中率は9割近い」

 

「この都市でハンターって何人いますか?」

 

「合計で80人強だ。ロスとは違って10分の1と言ったところだろうな」

 

「その人達は今この都市の外にいますか?」

 

「いいや。この間の一件で亡命した者はいなかったが、しばらくは仕事を休みたいと言っていた者が大半でな。君達が外に向かってからは湊の復興もあって、遠征するような仕事も発注していない」

 

 少年がそれなら良かったとアンドレから貰ったディスプレイの地図上を指差しながら、二人に対ゾンビ用の都市改造計画のプランを話す。

 

 大雑把な代物だったが、その内容を聞いている内に彼らはやはりこの都市を救えるのはこの目の前の少年しかいないのだろうと確信するに至っていた。

 

「君のプランは分かった。では、今現在湊の復興作業中の全土建業者に声を掛ける。以後、彼らと共に作業に当たって欲しい。要望通りのものを揃えられるよう街の名士や退役軍人や博物館、ハンター達にも声を掛ける」

 

「はい。ありがとうございます」

「ベル。先程の話だが、可能か?」

 

「元々作るだけなら素材さえあれば可能ですから。幸いにして周辺には樹脂の素材になりそうな森林地帯もあるようですし」

 

「では、素材確保には騎士団も総出で掛かろう。都市周囲の入り口と道は指定してくれ」

 

「了解です。フィー隊長」

 

 三人が頷き合い。

 今後の詳しい予定を三十分程で詰め終えた後。

 

 壁から降りた少女達と共に降りた少年がさっそく都市の外へとキャンピングカーで移動する旨を二人に告げた。

 

「この都市を要塞化するんですか? ベルさん」

 

 後方スペースでテーブルの上に紙の地図を出した少年が頷きつつ、鉛筆で色々と今後の予定を書き加えていく。

 

「はい。でも、今までの経験から単なる構造物では物量に対して意味が無い事が分かって来たので効率化を図ろうと思います」

 

「効率化?」

 

 そこでようやくベルは自分をジッと見つめているハルティーナに気付く。

 

「あの、どうかしましたか? ハルティーナさん」

 

「いえ、先日は護り切れず……そして、今も本来護るべき相手を前に黙って見ている事しか出来ない自分が不甲斐なくなりました……」

 

 少女は斑な雲に覆われて薄暗い空模様と同様に何処か落ち込んだ様子でシュンとしていた。

 

 それもそうだろう。

 

 護衛対象であるベルを護る為とはいえ、途中で気を失い、気付いてみれば、少年は上半身と下半身が離れた状態で治療中と聞かされたのだ。

 

 結局、邪魔にならぬよう治療中はずっと車両の外で護衛していた彼女の瞳にはクマが出来ていた。

 

「そんな事無いですよ。今回はハルティーナさんの言葉を聞いて、色々と思う所があって考え付いたものがあるんです」

 

「私の言葉で?」

 

 少年が笑顔で頷く。

 

「まぁ、見てて下さい。敵を誘ったり、招いたり、相手が油断はしなくても意表くらいは突いて反撃しましょう」

 

 その日、都市壁外から300m程離れた地域には嘗ていた都市に少年が生やしたような大量の資材倉庫が並ぶ事となった。

 

 見る見る出来ていく積み木みたいな倉庫の群れを見た守備隊の一部は後にこう壁内の人々に語る事になる。

 

『魔法使いの魔法って言うより、ありゃ神の御技みたいなもんだった』と。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。