ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第46話「つわもの」

 クローディオ・アンザラエルは負け犬だ。

 英雄と讃えられたあの頃。

 

 彼は確かに自分はきっとそういう星の下に生まれて来たのだと思っていた。

 

 戦いに精通し、確かに一角の軍人として名誉を名声を得た。

 

 妻はとても美しく。

 娘はとても可愛くて。

 

 ああ、子煩悩だと言われるくらいに家族の為に定時帰宅だった。

 

 帰れば、お父様と笑顔を向けてくれる娘。

 

 そして、愛する妻が確かに彼に生きる活力を与えてくれた。

 

 だが、あの日。

 何でもなかったあの日。

 彼が傍にいた日。

 彼は何も守れなかった。

 上がった悲鳴。

 

 彼がほんの僅か教会の礼拝堂で外の異様な気配に少しだけ家族を護るよう扉に近付いた時―――振り返れば、娘と妻の脚だけが抉り取られた壁と長椅子の直線状に有って………そこから先を彼は覚えていない。

 

 いつの間にか七教会に保護されていたのだ。

 そして、隻腕となっていた。

 

 何と戦ったのか。

 何を殺したのか。

 彼はまるで覚えていなかった。

 そんな事どうでも良かったのだ。

 そんなものに記憶など割かなかったのだ。

 だが、確かに彼はその何かを殺し尽した。

 

 己の全てを掛けて……。

 

 だから、後に残ったのは抜け殻……単なる幸せだったはずの残骸。

 

 だから、彼のそれからは全てがオマケだ。

 生き残ってしまった故に。

 妻も娘も救えず。

 ただ、生きていく人生。

 

 エルフの生がこんなにも早く終わるとは彼も思ってはいなかった。

 

 何をしても何を食べても酒でも薬でも何一つ彼を救う事は出来なかった。

 

 忘れさせる事も叶わなかった。

 

 だから、惰性で生きていただけだ。

 

 軍も退役し、一生暮らせるだけの生涯年金で毎日を缶詰と飲料水だけで生きるだけの日々。

 

 そんな時、声を掛けられ、死に場所にはなるかと騎士団に入った。

 

 だが、その騎士団は潰れ掛けて仕事どころではなく。

 

 やっぱり、自分は死ねずにただ生きているだけなのだと彼は諦めていた。

 

 だから、あの日、アンデッドの大軍勢に襲われた時。

 彼はこれで死ねるとアンデッドを狩って狩って狩って―――。

 しかし、死ぬ事も出来ずに荒野に放り出されて。

 最後までちゃんと生きようとしたんだと妻と娘に言う為、生き延びて。

 

(ぁあ、カッコ悪りぃ……お前が惚れてくれたオレはこんな男じゃなかったはずなのにな……)

 

 前方総数約3万。

 

 距離と上空に上げた偵察用の魔力塊からの情報に男は苦笑する。

 

(でも、オレと違ってよぉ。あいつらはまだまだ生きなきゃならないんだ……死体だったり、お姫様だったり、魔術師だったり、色々あるんだろうさ……でも、あいつらには未来が必要だ)

 

 そう、男には今思えていた。

 

(この残酷な世界でも笑って進んでいく為の時間と仲間が―――)

 

 男が街から3km離れた場所で少年が張り巡らせていた監視用の術式をバイザーに流しながら、手に嵌った指輪を意識する。

 

「こんな男でも仲間だと笑ってくれる奴らを……死なせたら、カッコ悪いよな。いつも喜んでくれた武勇伝……まだ増やせそうだし……いつか、話して聞かせるから……だから、もう少し待っててくれ……」

 

 男は止めていた煙草を一つ咥える。

 

 都市で買って、そのままにしてあった銘柄は異世界語で読めない。

 

 しかし、ジッポの火と燻る煙の下。

 男はその甘い息を吐き出した。

 

「借りるぜ。ベル」

 

 男が弓矢に爆破矢を番えて、加速した。

 

 その矢が音速を超えて瞬間的に巨大な相手の群れの中心部。

 

 直上で起爆する。

 

 それに気を取られたゾンビ達の間に魔力で一蹴り300mの男が音よりは遅く突っ込んでいく。

 

 死体達の上空を回転しながら男の外套が無数に鉄片をばら撒いた。

 

 起爆。

 

 約4万枚の親指程の接触式の地雷(それ)が満遍なく上空から降り注ぎ、僅かな閃光の乱舞が男の跳び抜けた後から世界を彩っていく。

 

 その闇に浮かぶ鎧は透き通る蒼。

 まるで静かな月が映る水面のような清明さを宿して。

 

―――男は僅か走馬灯にも似た過去の映像を垣間見る。

 

 自分達の装甲と衣装を作ったと案内された先。

 

 少年は普通の団員達が着る物とは明らかに違う5人分の装備を前にして少しだけ誇らしそうだった。

 

『これがフィー隊長、クローディオさん、ヒューリさん、僕。それとハルティーナさんの分の装備です」

 

『ハルティーナ?』

『ベルの護衛の子の名前だ』

 

 偵察業務で大抵は野営地の外に出ていた彼が首を傾げるとフィクシーがそう説明した。

 

『お~~ついにお前も重要人物だな。で、カワイイのか? その子』

 

『はぁ、ディオ。そんな事よりまずは聞く事があるだろう』

 

 少年が団員達の褐色とは違う。

 薄い蒼色の装甲とスーツの前に向かって振り返った。

 

『ディオさんの装甲は防御力よりも速度優先に最軽量のものを選びました。ディミスリル皮膜で一番重量が軽くなる金属と最も硬度と靭性が高い金属を合板にして強度も維持してます。スーツの色が蒼いのはその合板のせいです』

 

『軽いのか。そりゃいい』

 

『弓も矢もサブマシンガンのパーツの大半も鏃以外はその金属で統一しました。その分、鏃が重くなったのでバランスが悪かったら言って下さい。まだ試作段階ですけど、弾丸はあのオーロラの騎士を射抜いた時の魔力吸収・金属破壊用の刻印弾とあの騎士の魔力を使った魔力弾になります』

 

 少年が弓矢と弾丸2つを外套内部から取り出してクローディオに渡す。

 

『うっわ……何だこの魔力密度? 積層化してないんだよな? このディミスリルの魔力弾』

 

 今まで大量の銃弾や弓矢の良し悪しを見て来た男が弾丸の1つを見て、こんなの使う相手に勝ったのかと複雑な表情になる。

 

 実際、その弾丸は一発爆発しただけで室内の人間が芯まで丸焦げになりそうな量の魔力が込められていた。

 

『はい。ただ、積層化してないのにこの密度ですから、安定して保存するのは難しくて。僕の外套内を使用しないとならない事が弱点と言えば、弱点かもしれません』

 

『こっちの弾丸は魔力吸収だったな。刻印弾って言ったか?』

 

『はい。視線誘導、魔力吸収、金属破壊、用途で色々とあります』

 

『この間はそれで助かったが……』

 

『能力は其々全部乗せられますけど、あまり能力を載せると相手に解析された時に困ったことになるかもしれないので、能力毎と2つずつの能力と、全て能力を載せた弾丸で7種類用意しました』

 

『ご苦労様だ。労う事しか出来ねぇよ。ホント』

 

『騎士の魔力を使った弾丸は視線誘導、金属破壊の能力を載せられますけど、恐らく安定しないので欲しくなったら言って下さい』

 

『その場で生成して使うと』

『はい。マグナムと弾も予備を含めて2挺用意しました』

『よくやった!! 褒めて遣わす』

『あはは……』

 

 頭を撫でられながら苦笑していた少年。

 その偉大さを今は誰もが知るだろう。

 しかし、その実感を誰よりも感じながら男は呟く。

 

―――ベル……お前ってやつは……本当にとんでもねぇな。

 

 現実に引き戻された男が高く高く跳躍しながら、まるで回転するメリーゴーラウンドのように蒼き装甲と二挺の銃を煌かせ、見渡す限りのゾンビ達の中心で弾丸を頭部に突き立てていく。

 

 一発も余さず。

 一発も無駄にせず。

 

「こっちの世界の月も明るくて助かる」

 

 銃が撃ち終えられた瞬間と同時に40mからの落下が開始され、男が銃を放して死体の山を踏みつけて集って来る全方位からの敵の群れに微笑む。

 

 その手が懐から取り出したるのは巨大な大物ライフル。

 それが連続で火を噴いた。

 最初は僅かに真下からズレて。

 

 更に落下地点をズラしながら、続けて角度を付けて反動で中心から逸れていく。

 

 一発一発は当たっても然して意味は無い。

 

 巨大な魔力を積層化や転化させずに使えば、騎士を呼ぶ事にもなりかねない。

 

 この状況でも唯一敵軍を薙ぎ倒せるだろうオーロラの騎士の魔力弾すら、使うわけにはいかないのだ。

 

「あらよっと」

 

 男が着地地点のゾンビ達を対物ライフルを放り捨てて、内部から出した二挺のショットガンで制圧し、着地と同時に回転しながら、オートで連射。

 

 次々に襲い掛かってくるゾンビを培養だろうが普通だろうが関係なく蜂の巣にしていく。

 

 弾丸が切れた刹那、再び懐からサブマシンガン。

 

 回転数は更に上り。

 

 世界は回る酔っ払いの如く動く死体達の顔を次々に爆ぜさせていく。

 

(オレが殺した連中はお前らよりも真っ黒だったが、お前達と同じ人間だった。オレは何の罪も無いお前らすら殺して生き残ろうとしてる。それはきっと罪深い事なんだろう……)

 

 サブマシンガンが切れたと同時に今度は懐から取り出した44マグナムを群れから斜め上に撃ち放つ。

 

 瞬間、魔力を込められた弾丸が男の身体を上空へと引っ張り上げる。

 

 青く輝く弾丸に魔力の糸が吸い付き、銃と繋がっているのだ。

 

 魔力の出力上限的に速度は然して出ないが瞬時に10m程上空へと舞い上がる男が弾丸に引っ張られながら、片手で外套の内側を開き。

 

 再び回転しつつ、次々に地雷の鉄片をばら撒いていく。

 

 だが、少年があの短時間で川縁の資材倉庫から資源を引き抜いて作った地雷も切れ。

 

 相手の脚どころか頭も腰も肩も吹き飛ばし、一撃必殺なわけでも無かったソレの被害は結局、1体に付き数枚を使って倒した為、1万数千のゾンビを行動不能、数千のゾンビを破壊、残りを爆発の光と音であちこちにばらけさせるだけに留まった。

 

「視線誘導弾の残弾が0。爆破矢が121本、通常弾が1000発、矢が12000本。ああ、爆薬は200kgあるか……持てばいいが……」

 

 男が群れの端まで辿り着いたと同時にマガジン分のマグナムをあっという間に撃ち尽くし、培養を数体打ち抜き。

 

 矢筒から矢を番えては常のように高速で放つ。

 走るゾンビ達相手だ。

 

 後退しながら、爆破矢を織り交ぜる事で群れを引き寄せつつの流れ作業。

 

 あっという間に100本使い果たしたかと思えば、更に300本500本と腕が見えぬままに矢を番えては放ち、相手は倒されていく。

 

 が、人間ならば忌避する事も逃げることも恐怖で竦む事もあるだろう状況にゾンビはただ進軍するのみ。

 

 それは戦いというよりは削り合いというのが相応しい状況だった。

 

 男の矢を番える手の肩はもう熱を持ち始めており、筋肉の断裂も始まっている。

 

 腕が上がらなくなるまで残り何本。

 

 それを治癒術式と魔力で回復、補強しながら矢が尽きるまで何秒戦い続けられ、何秒間相手の戦力を削り続けられるか。

 

 それが正しく問題だった。

 サブマシンガンはまだ持っている。

 が、1000発など撃ちっ放しにすれば、あっという間だ。

 その攻撃で敵を打ち倒す事は出来ても時間が稼げない。

 

 巨大な群れを相手に近接戦を挑もうとしても、途中で潰えるのは目に見えている。

 

 だから、男に出来るのは常と同じ。

 

 ヒット&アウェイ。

 

 付かず離れず自分の身を護りながら相手を削るしかない。

 

 矢が消えた片手によって4000本を消費。

 

 ゾンビ達の多くが弓矢によって頭部を必中で破壊されて倒れてはいたが、後続は爆破矢のおかげで順調に集まってきている。

 

 半包囲での正確無比な射撃は夜目が効いて月も出ているからこそだろう。

 

 矢を8000本までを消費。

 

 この時になると殆どの培養ゾンビ達を射抜き終わり、残ったのは通常のゾンビ達のみだ。

 

 街から引き離すように後退しつつ戦っている為、遠ざかっている彼を援護しようにも街の者達は不可能だろう。

 

 終に矢を12000本使い切った。

 肩はまだ使える。

 通常弾も弾倉で1000発。

 サブマシンガンは20挺。

 最初に捨てた蒼いヤツより重い通常の軽量化版のみ。

 

 男が脚を使って周囲を駆け回りながら相手を出来るだけ密集させるよう緩急を付けて敵の動きをコントロールし、C4の塊を投げて空中で爆破矢によって起爆。

 

 小規模の群れを40体前後で破壊していく。

 が、それも一瞬で数度繰り返せば爆薬が尽きた。

 爆破矢は残り30本。

 基本的に誘導用に残しておかねばならず。

 

 体力が削られた状況では20kmを再び街まで向かうとしても、相手に見付からぬよう何処かで巻かなければならない。

 

 しかし、周囲に良さげな街や建造物は無く。

 

 丘や雑木林のような場所は見受けられたが、どれも先客がウロウロしており、彼の爆破矢で次々に集まって来ていた。

 

 その数200から500。

 通常ゾンビしかいないのが救いだろうか。

 

「しょうがねぇ。あっちが回復してる事を祈って遠回りしながら帰るか」

 

 男が身体を休める為、まだ相手との距離が残っている状態で一端停止。

 

 そのままクラウチングスタートの構えで限界まで相手を引き付けて、トップスピードでそのまま300mを瞬時に駆け抜けた。

 

 ゾンビが対応出来ない加速による蒼い電光と化した月下の一直線上では男の突き抜けた際の衝撃波のみで数十体から数百体のゾンビが薙ぎ倒され、まだ頭部が無事なものは敵が向かったと思われる方向に向かおうとしていたが、その殆どが身体や脚を骨折しており、呻くのみで無力化されていた。

 

 だが、一蹴りが300mと言っても、魔力による身体強化と眼球に展開する術式によって障害物を瞬時に避けられる事が前提だ。

 

 化け物の群れのランダムな最中をまるでカモシカのように跳ね跳びながらではさすがに直線だけで進むのは不可能。

 

 ジグザクに迂回しながら男は脚に力を籠めるが、12km付近で速度が低下。

 

 更にゾンビ達の中にまだ生き残っていた者や下半身だけしか破壊出来ていないものが数多く残っていた為、今度は脚を引っ張られないよう地雷原でも歩くかのような慎重さを求められた。

 

 着地地点だけを視認して、少し高めに跳躍。

 

 それで40mから60m程度を目安に男はゾンビの絨毯を駆け抜ける。

 

 数万発の弾丸と矢を全て頭部に当てるという作業で当に彼の集中力は途切れた。

 魔術での強化とて万能ではない。

 

 破壊されて動けるか動けないかの確認も殆どしていない。

 

 枯渇していく体力と魔力も限界に近く。

 

 装甲が幾ら軽いと言っても最後には男の走りはまるで普通の敗残兵。

 

 逃げて逃げて逃げて。

 

 昔、新兵だった頃のようにただ脅威から逃げるだけのものとなっていた。

 

 額に浮く汗と久方ぶりに感じる死に掴まるかどうかの緊迫感。

 

 そして、疲労感が当初の電光のように走っていたのが嘘のように男を単なる一兵卒に戻していく。

 

(こんな田舎嫌だって出て来たはいいが、食い扶持稼ぐ方法も分からん馬鹿が弓で食えると聞いて入ったのが軍だってんだから、まったく笑っちまうよなぁ。あの頃もこうして走ってたっけ。毎日毎日、教官に扱かれて……)

 

 英雄も地道に鍛えていた。

 

 寿命の長いエルフだからこそ、鍛え続ける事は可能だった。

 

 だが、戦地から帰って男は本気で鍛えていただろうか。

 

 そう己に問えば、全てを失った日に自分が何を後悔していたのか。

 

 今ならば本気で言える気がした。

 

「馬鹿野郎。お前がもっと強けりゃ、あいつもあの子も死なずに済んだ。腐ってる間にまたオレのせいで騎士団の連中に死者が出る……帰ったら、一から鍛え直さなきゃなぁ」

 

 霞み始めた目が限界を訴えている。

 

 足がまるで泥の中に埋もれたようなダルさに震えている。

 

 今まで殺して来た連中の手でも見えるなら、いっそ引き込まれてやっても良かったが、生憎と彼は自分が殺した人間の数など数えない。

 

 いつでも彼の後ろには生きている人間がいた。

 

「く……」

 

 街が遠目に見えて来ていた。

 残り3km程だろうか。

 足元の死体の数は少なく。

 もう殆ど戻って来たも同然。

 しかし、その一瞬の気の緩みを糾すかの如く。

 男の足首が掴まれた。

 

「がッ?!」

 

 倒れ込んだ男が足元を見れば、上半身だけで今まで倒れていたはずのゾンビが一体……男の足を掴みながら齧り付こうとしている。

 

 蹴った。

 蹴って蹴って蹴って。

 男が何とかその腕から逃れた時。

 

 もうその背後には走るゾンビの群れが追い付いて来ていた。

 

「………」

 

 男が最後の瞬間まで何か手は無いかと考え……しかし、走り抜ける間に弾丸は全て消費し尽した為、結局は仲間達を危険に晒す魔力弾しかないと理解し、両手にナイフで応戦する事とした。

 

 無論、相手に組み敷かれたらまったくの無力なのは承知で。

 

「掛かって来い!! 相手になってやるッ!!」

 

 男の余裕の笑みにはまったく汗と泥のせいで迫力が無かった。

 

 だが、男の喉元にゾンビ達の歯が食い込むよりも先に数十m先から火線が走った。

 弾け散る腐肉と脳漿。

 

 続いて、遠方から更にマズル・フラッシュが瞬き。

 

 次々に街へと向かって来ていたゾンビ達を月灯りの下で撃ち倒していく。

 

『クローディオ大隊長を視認!! 確保!! 第1中隊、第2中隊は群れの側面に斉射!! 第3、第4中隊は街の防護に当たれ!!』

 

 大声が響き。

 

 数人の男女がクローディオの傍までやってくると盾役がサブマシンガンを連射しながら前に出ていく。

 

 後ろに引きずられたクローディオは見知らぬ顔の男にニッと笑ってみた。

 

「遅いお付きで何よりだ。そっちに被害は?」

 

「大隊長殿。あなたのおかげで本隊は無事です。小規模な襲撃はありましたが、殆ど大隊一つでどうにかなる程度でした。副団長代行から伝言があります」

 

「何て?」

 

「祖国に帰ったら団の金庫が空になるまで持っていけ、だそうです」

 

「ははは、さすが我らのフィクシー・サンクレット大隊長。太っ腹だな」

 

「それ程に軽口が叩けるのならば、大丈夫でしょう。今、治癒を……」

 

 男が魔術方陣をクローディオの腹部に当てる。

 

「こっちの状況は?」

 

「はい。チャンネル間での通信が回復した為、既に詳細は騎士ヒューリアより聞いております。今は団員を回復させて、共にベルディクト兵站部門長の介抱に当たっていると」

 

「そうか。つーか、部門長なんて役職になってたのかあいつ」

 

 男が治癒を終えると同時にクローディオが立ち上がる。

 

「まだ、数千体こっちに向かってくるぞ。迎撃態勢はどう敷く?」

 

「騎士ヒューリアからは今団員が次々に目覚めていると報告がありました。共に集落の外縁に陣取り、迎え撃つ手筈です」

 

「そうか。銃は全部死体の中に放ってきちまった。一挺貰えるか?」

 

「まだ戦う気ですか? 後方で休んでいた方がいいのでは?」

 

「いいんだよ。オレは兵士だ。戦えるなら戦わなきゃならん。それが軍人魂って奴だ……」

 

「ならば、この外套毎どうぞ。貴方の方がより高い戦果を挙げられるでしょう」

 

「いいのか?」

 

「……覚えていないかもしれませんが、我々を鍛えたのは間違いなく貴方ですよ。教導隊の大隊長殿」

 

「そうか。じゃあ、借りるぜ」

「ええ、後でキッチリ返して頂きたい」

 

 クローディオが夜天の下。

 

 銃を片手にふら付く脚もそのままに団員達の輪に加わって、次々に集まってくるゾンビ達に再び銃撃を加え始めた。

 

 数千もの敵が全て頭部を破壊されるまでに要した時間は2時間弱。

 

 夜が明ける頃、街の南東部から数十kmにも渡る広大な地域でゾンビの大軍団が死屍累々と倒れている姿が偵察部隊の使い魔などを通して確認された。

 

 二個大隊を掌握する事になったクローディオはその日の内に残敵掃討を決行。

 

 後続の大隊長に日没まで延々と動けなくなっていたゾンビへのトドメを差す作業を命令し、街を再度掌握した大隊の天幕で一日中筋肉痛で寝込む事となる。

 

 その横にはただただ治癒の魔術と能力を泣きそうな顔で掛け続けるヒューリとその患者である少年がようやく下半身も繋がった様子で微笑む姿が目撃された。

 

 夕暮れ時、かなり避難民に無理をさせたらしいが、何とか到着した本隊と合流後。

 

 彼らの旅路は一端の停止を余儀なくされるのだった。


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