ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第43話「戻り来るもの」

 

 騎士団の殆どの人員の第一声は仲間が来たぞ、だった。

 

 そして、それがたった5人と知って落胆し、大魔術師と教導隊の隊長が一緒にいると知って歓喜し、腹の音に力なく座り込み……見知らぬ子供みたいな団員が次々に缶詰などを分けたり、あちこちでゴーレムを十数体以上操作して農作業する様子に半笑いとなったのは間違いなく事実であった。

 

 だが、彼らがもうダメだぁ、お終いだぁと。

 

 そう飢餓で死ぬ未来に絶望している間にも少年はゴーレム隊と共に周辺の耕地に適しているだろう柔らかな土の場所を掘り返し、懐から出した肥料を大量に混ぜ、種を植えて水をやる。

 

 その様子を見ながら座り込む団員達の後方からは未だ魔力量に余裕がある者達の集団が一般の団員達に声を掛けながら彼らの下までやって来ていた。

 

「フィクシー・サンクレット魔術大隊長。説明を求める」

 

 声は正しく実直。

 痩せぎす嫌味マンの異名を取る副団長。

 ガウェイン・プランジェ。

 

 32歳独身はそう泰然と細った白い頬で何の躊躇もなく彼女へ諸々の状況の報告を求めたのだった。

 

 それから数分後。

 

 かいつまんだ情報を話し終えた彼女はガウェインの反応を待つ。

 

「つまり、我々はこれから自力でその都市までゾンビ共の勢力圏を突破せねばならないのだな?」

 

「はい。副団長殿」

 

「分かった。それに先立ち、あの子供……いや、若者が魔導で食料を生産してくれると?」

 

「ベルディクト・バーン隊員の魔導は信用出来ます。数時間後までに作物の大半が実るでしょう。どうか彼の手伝いを。ゾンビの掃討は我々が」

 

 森林の中。

 

 身を寄せ合って樹に背中を預けていた男達を見ながら、ガウェインがフィクシーの瞳を覗き込む。

 

「フィクシー魔術大隊長。塩や薬はあるか?」

「ベルが全て用意しています」

 

「よろしい。今、団員の33%が飢餓状態。残りの45%が疲労でまともに戦えない状態だ。食事後、我々の今の塹壕まで案内しよう。此処にいるのは殆どがまだ動けるゾンビと戦える者達なのだ。もう半分は殆ど寝たままで病気になっている者達もいる。薬師でもあるというなら、まず最初に食料を、それが一段落したら病気の団員達を見てやって欲しい」

 

「分かりました。ベル!!」

 

「は、はい!! 今、薬草の種は最優先で育てていますから、一時間程で伸びたら、収穫してすぐに精錬します。果実がなるタイプの作物と炭水化物が取れる種イモも持って来ましたから、こちらは30分で倍くらいの量で生産出来ると思います。肥料はもう持ってませんが、ここら辺は肥沃な土地のようなのでまだ動ける方にはゴーレムと一緒に収穫と畝の拡大と芋の手入れをお願いします。鍬は30人分くらい用意してますから。後―――」

 

 次々に指示を飛ばしながら、食料生産計画を話す少年に驚きつつも、ガウェインが少年の植えた畑の畝からもう薬草の芽や芋の芽が出ている様子を見て、大きく安堵のような息を吐く。

 

「……良い部下に恵まれたな。魔術大隊長」

「はい。ベルは我が隊が誇る兵站のスペシャリストです」

「しばらく、君に団員の指揮を任せてもいいだろうか?」

「副団長殿?」

「……頼んだぞ」

 

 そう言った途端。

 男がまるで電池が切れたかのように崩れ落ちた。

 

「副団長殿!?」

「副団長!!?」

 

 その声に多くの者が反応する。

 

 副団長が倒れたの報はすぐに団内を駆け巡ったが、まだ動ける者達の殆どは副団長が秘書達に担がれていく間も己の仕事をこなしていた。

 

 それを見たヒューリが少し冷たいんじゃないかという顔をしたが、フィクシーがその少女の顔を見て、団員達の顔をよく観察するように言う。

 

 少なくとも、その顔は何かを耐えているようだった。

 

「副団長は公正明大にして全てを率先して範を示す必要がある。それが副団長殿が常々言われていた事だ。まだ入って間もない者には単なる嫌味な人間と見えるかもしれないが、その姿勢を貫き、善導騎士団の模範となるべく。日々を過ごしていた人物を私は彼以外に知らない」

 

「ま、あの痩せぎす嫌味マンを結局は古参だって最後には認めたんだ。その堅物さは団長の奔放さと一緒で丁度いいくらいだった」

 

 クローディオが掌をヒラヒラと振ってから、弓と殆ど尽きる事なく矢が出て来る矢筒を背中に樹木へとあっという間に昇って、サルのようにヒョイヒョイとその間を渡りながら偵察へと向かった。

 

 ヒューリがその言葉に自分もやれる事をしなければと己の超常の力と魔術による治癒を掛ける為、塹壕へとまだ動ける者に案内を頼んだ。

 

 フィクシーは指揮を引き継いだ旨を周囲に告げ、動けるものはベルの手伝いをするようにと言って、残った副団長の秘書の一人に現在の団の詳細を訊ね、問題を洗い出しては指示を出していく。

 

 それからの3時間。

 彼らの大半は動き出した状況に期待半分。

 半信半疑ながらもベルの畑を見つめていた。

 しかし、その顔が驚愕に変わるまでそう掛かる事はなく。

 

 数十分で立派に育ち、枯れていく芋の茎と掘り出される芋の数々にゴクリと唾を呑み込んだのだった。

 

 団員全員に配る為に増やしに増やした芋を生のまま齧ろうという者もあったが、さすがに腹を壊すとまだ正気を保っていた者達が止め。

 

 少年は外套の内側から取り出した金属と周辺を掘り返した時に手に入れた粘土や珪素から即興で水分を抜きながら、サバイバル用の竈と鍋を何十と形成してみせる。

 

 湿った森林地帯にいきなり出来た竈の内部にはフィクシーから付けられた団員に切り出させておいた生木の大木を何本も使用した大量の薪が焼べられている。

 

 それを造る時、少年の手が魔導方陣と共に触れてから数秒で樹木が渇き、パラパラと切れ込みが勝手に入って薪になっていく様子を彼らは奇蹟のように見つめていたし、その時にはもう殆どの団員の懐疑的な目は無くなっていた。

 

 薪には自分達で火を付けるように言い置いて、少年が鍋一つ一つに水に塩、味の濃い残しておいた缶詰を入れていった。

 

 近くの小川で洗われた芋が大量に運ばれてくる段になって、もう爛々と団員達の目は飢えた野獣となっていく。

 

 また少年は原木に手を触れて、水分や樹液を瞬間的に抜いて外套内部へと蓄え、碗とスプーンとフォーク、お玉を外側の木の皮の内部へ大量に生成する。

 

 鍋へ次々と切られた芋が投下され、湯気が上がり始めるとあちこちからフラフラと団員達が集まり始めた。

 

 並んで碗を取るようにと言い置いて、煮えるまで30分は待つようにと忠告しながら、ベルの姿は彼らの一部が収穫した薬草の山の前へ。

 

 それを導線の輪に潜らせながら消し、塹壕へと向かった後ろ姿に多くの団員が視線を向けていた。

 

(長期間の疲労、飢餓、衛星環境の悪化、睡眠不足、伝染病になってなきゃいいけど……)

 

 少年はあちこちで団員達が使ったと思われる便を埋めた跡を見付け、原始的な生活で多くの団員が異世界原産の病気に掛かっているのではないかと疑った。

 

 一応、生活の跡は森林地帯にあったが、粗末なバラック小屋や塹壕がまるで街のように広がる一角へと出た。

 

 対ゾンビ用らしい鳴子や落とし穴などで死体が串刺しになっているところを見たが、片付けられているのは半数程で他は地面に埋められたものまであるようだった。

 

(食糧不足で動ける人間が減って生活も破綻寸前になってる……しばらく、体力を回復させないと移動はきっと無理かな……)

 

 森林地帯のそれなりの領域をテリトリーとしていた騎士団の団員達が動ける者は皆が皆、少年が来た方へとフラフラしながらも走っていく。

 

 理由は言わずもがな。

 良い匂いが漂って来ていたからだ。

 

 芋と塩だけではない缶詰を加えた芋汁は次々と後方では嬉しい悲鳴や口内の火傷などと引き換えに食されているようだった。

 

 中には森林地帯で散らばり、殆ど朽ちたかのようにゾンビの防衛に当たっている者達へ碗を持って行っている者、嬉しそうに走っていく者も多かった。

 

 それを横目に塹壕までやって来た少年は呻く弱々しい声と患者達へ必死に治癒などの魔術を掛けている者達を薄暗い地面に掘られた穴倉に見る。

 

 団員の中にも医療関係者はいたはずだが、外傷ならばともかく。

 

 食糧と医療用品が無ければどうにもならない状況である。

 

 通常、魔術による治癒は外傷や体内の異常な成分、つまりは毒などを抜いたりする事に使われるのが大半だ。

 

 しかしながら、そもそも欠乏している栄養素を足してやれるようなものではない。

 

 如何に優秀な医者がいたとしても、薬も無く。

 

 道具すらまともに無い状況では手の施しようがあるはずもないのだ。

 

 ついでとばかりに異世界でまともな医薬品になる原料を知ろうとすれば、器具も無い以上、死人を出して確認するしかない。

 

(まだ死者は出てない。フィー隊長のおかげで間に合ったんだ……僕達……)

 

 人が入れそうな洞窟が高低差がある地面などを利用して大規模に掘られているようで、中は意外と広く。

 

 魔術の灯りの下、多くの団員達が臥せっていた。

 

 あちこちに視線をやりながら、少年は周囲の者達に声を掛け、薬師だからと重傷者を一か所に集めさせる。

 

(重症14、軽傷120、魔術で衛生は保ってたみたいだけど、さすがに抗生物質も無い此処だと……金属からの精錬もレシピが魔導内に無いし……)

 

 少年が幾つかの薬草をポケット内で精錬し、薬効成分のみを抽出。

 

 固形化させたり、液状化させた。

 

 芋から取ったでんぷんに水を混ぜて、そのまま魔力による熱量転化で加熱。

 

 病人食染みたトロミのあるスープまでも外套内で合成し、自分で確保していた碗などを出す瞬間にはそのまま中身毎入れて周囲に渡していく。

 

 薬効成分があるものは熱量で壊れないように仄かに温かい程度だ。

 

 経口摂取では効果が望めない物質は肌から直接魔術による浸透圧で皮膚の下へと注入していく。

 

 また、幾らか塗り薬と飲み薬をメインにして渡しもした。

 

 木製の器へ樹木から抽出しておいた油を固めておいたものを用いた軟膏などを入れて看病していた者達へと渡し、更に伝染病らしき症状の団員達に何度か触れて魔導で解析した少年は己の知識を動員して問診を開始。

 

 父や祖父が医術師として働いていた背中を思い出しながら、病気の原因を探りつつ、水や環境、傷から入ったと思われる菌類やウィルスによる症状を自分が知っているものと照らし合わせ、一番良いと思われる薬を施していく。

 

(症状から対処療法しか出来てない。やっぱり、この世界での医学のバックアップが叶う環境じゃないと僕達も知らない病気で全滅しかねない。団員の人達にはこれから病原体がいる空間では気を付けるように徹底させないと)

 

 ただでさえ、ゾンビがいるのだ。

 

 彼ら動く死体がどれだけ病原体を持っているものか分かったものではない。

 

 少年にしてみれば、戦った後に全員へ魔導や魔術による消毒などはやるように言っていたが、それも絶対ではないのだ。

 

「あ、ありがとう!! 魔導師って凄いのね」

 

 今まで団員を看病していた女性騎士の一人が涙を浮かべながら感謝した。

 

「い、いえ、あくまで対処療法ですから。それに解熱剤や体の抵抗力を高める薬はありますが、特定の病原体に効く薬は殆ど持ち込めていません。この世界の医学に照らし合わせて治療しないと病気の人達も根治させる事は出来ないと思います。今は体力を回復させる事と衛生に気を使って下さい」

 

 ペコリと頭を下げ、少年は次々に手持ちの薬剤と食料を渡しながら、内部を回って適切に薬を処方して簡単な指示を出しつつ、本当に病原菌に犯されているものと単純に衰弱しているものを隔離するよう言って、排泄物などの取り扱いにも気を付けるよう徹底させた。

 

 指示を出した後、簡易ながらも樹液を用いてなんちゃってゴム製品を一端形作って手袋や顔全体を覆うマスクにして渡していく。

 

 それが行き渡る頃にはその小さな背中を侮ったり、懐疑的に見る視線はやはりもう無くなっていた。

 

 治療を大抵済ませた少年が塹壕を出て更に動けなくなって、他の団員に食料を食わせられている樹木に背中を預けた人々の間を回っていく。

 

 魔導による解析は人体の状況を的確に把握する。

 

 病原菌などの正体は分からずとも、どういった場所がどのようになっているのかが分かれば、対処療法は出来るので食事の際にも水分を多めに摂れ、くらいの話をするだけでも随分と動けない者達への配慮となっただろう。

 

 基本的には栄養失調と免疫力の低下が団員の大半を蝕んでいた為、それは数日で回復するだろう。

 

 そうして、再び少年は芋類の再生産や本格的な屋根付きの宿舎を形成するべく、用地が無いかと周囲の見回りに行くのだった。

 

 *

 

 数時間後。

 

 夕暮れ時には全団員が呆けるように森林地帯の中で驚く事になったのは間違いない事であろう。

 

 簡易とはいえ、レンガ積みの豆腐建築がニ十棟近く。

 冗談みたいに彼らの目の前には並び。

 その横には未だに芋が大量に生えて枯れゆく畑。

 

 そして、極めつけは彼らのいるテリトリーが丸ごと入るような10m程の奈落が20m程に渡って掘りとして周囲を護っている事であった。

 

 出入口となる道は2つ。

 

 排泄物を埋めた場所やゾンビ達の遺骸は片付けられて少年が手を付いた場所から滋味豊かな土壌となり、また芋が大量にゴーレム達の手で植えられていく。

 

 トイレ完備。

 

 ついでに井戸が彼らの前には置かれていて、今現在は少年の外套から伸びたホースが二本内側を経由して傍にある複数のセラミック製の大型タンクにジャバジャバと水を流し込んでいた。

 

 ちゃんと煮沸消毒したらしく。

 その水は完全に熱湯だ。

 

「あ、入浴希望の方は後で建てる入浴場の方へお願いします。お湯が冷めるまで時間があるので。それと病人の着ていた衣服は別にして入浴中に衣服などは全て洗う事になると思いますから、男女別にして名前だけ魔術で刻印をお願いします。一斉に洗濯となりますので」

 

 最後のタンクにお湯を貯めた後。

 

 タンクそのものの下にゴーレムを造る要領で足が形成され、野営地横に運ばれていくのを見ながら、彼らは団でも殆ど見習いのような子供相手に呟くしかなかった。

 

 『あいつ、すげーな』と。

 

 それから夜になり、公衆浴場が整備され、20人ずつシャワー形式で浴びられるようになった。

 

 タンクを屋上に置いて、簡単な形のシャワーヘッドが天井から垂れ下がっているだけだが、それでも女性騎士達の多くは歓声と喝采を上げる。

 

 タンク・ゴーレムの四つ足で昇れる傾斜の緩い屋根と半地下埋設式の浴場と下水を全てベルの外套内に伸びたチューブで回収する仕組みだ。

 

 様々な汚れは全て外套内に入った時点で一纏めにして濾し取られ、可燃物として適当に外套内で固形燃料として形成される為、汚染問題も無い。

 

 ただ、彼ら団員としてはそれよりも途中で少年が立てた貯蔵庫に巨大な魔力反応がある事の方が気になるだろう。

 

 さすがにディミスリルは途中で外套内の処理空間を確保する為に外へと出されたのである。

 

 謎の騎士達の魔力と自爆しようと海から生命力を吸い上げた男から奪った魔力。

 

 この二つを全て内包する巨大な魔力塊と化したソレは隠蔽する為に建築表面にビッシリと【秘儀文字《アルカナ》】による刻印が施され、その発散される魔力を全て野営地を囲み隠匿する恒常結界として形成している。

 

 内部にいれば、誰もが魔力は感じられるだろうが、一歩彼らのいる野営地を出れば、野営地そのものがまるで存在しないかのように全てが隠蔽されるのである。

 

 これを施したフィクシーは現在ようやくまともに話せるようになった騎士団の状況と掌握に務めており、倒れた副団長は現地の病原体由来の症状で呻きながら床に伏しているが、少年の薬と食料の甲斐もあって今現在は小康状態を保っていた。

 

 女性騎士達が入れ替わり、立ち代わり、体を洗い流してからふやけそうなくらいにお湯を浴びた後。

 

 ゴーレム達が洗濯し、ベルの外套内から伸びるチューブの一本から出る温風で乾かされたハンガーに掛けられた衣服を次々に身に纏っていく。

 

『ありがとぉー!! 小さな魔導騎士さん!!』

 

 その大きな声に少年がビクッとしてから、照れたようにペコリと頭を下げた。

 

 それに女性騎士達が笑みを浮かべ手を振ってから浴場から自分の持ち場へと戻っていく。

 

 今現在、団員の7割は男性だが、残りは女性だ。

 

 数百人の人間の水浴びが終わるまで少年はゴーレム操作に外套内の調整にと色々と忙しい。

 

 しかし、1時間、2時間、3時間と豆腐建築な四角い野営地の建物を見つめていた少年にもようやく役目の終わる時間が来た。

 

 男達の入浴終了後。

 

 ゴーレムの制御を解除してタンクに戻し、地表に降りてから少年は仄かに出入口から漏れる魔力の灯りを頼りにして一番奥の建物へと向かった。

 

 内部では既に今後の方針を決め終わったらしき団員達が自分達に割り当てられた棟に向かって掃けていくところだった。

 

 擦れ違う団員達が少年に深く頭を下げ、一礼してから遠ざかっていく。

 

「来たか。ベル」

「フィー隊長」

 

 少年が知覚に寄ると。

 傍には何処か疲れた様子のアフィスもいた。

 

「ぁ~~~疲れた~~~マジかよ~~~オレが秘書役とか。絶対、何か間違ってるよ!! つーか、湯上りの乙女騎士達を見逃しちゃったよぉ……」

 

 グッタリしながら言う、いつもの様子な男に呆れた顔をしたフィクシーだったが、実は案外有能というか。

 

 書類整理やら資料作成やら状況の解説のような部分では普通に魔術大学出だったおかげか、かなり真面目に使える人材だったアフィスに小言は言わないでおく。

 

 人と然して話す事がそう得意ではない人柄な彼女にとってアフィスというフィルターは騎士団の要職者達と会話するには丁度良いものだったのだ。

 

「今日はもういいぞ」

「ウェーイ……お疲れっした~~~」

 

 ヨロヨロしながらアフィスがその場から掃けていく。

 

「あの皆さんは?」

 

「ああ、ヒューリはまだ重傷者に治癒を施している最中だ。あいつの超常の力は単なる傷の回復のみならず、病にもある程度の効果があるらしいからな」

 

「そうですか。それなら皆さん助かりますよね……」

 

「ああ、助かるさ。ちなみにディオには付近の偵察をさせている。夜半が過ぎたら戻ってくるだろう」

 

「クローディオさん……」

 

 ゲッソリしてる元英雄を想像して、少年は内心で感謝した。

 

「さて、他の隊長格との話も終わったところだが、お前にも教えておこうか。今現在の団の状況を……」

 

「僕にですか?」

 

「ああ、お前がこの騎士団の現在の兵站中核だ。ようやく一息吐いたところだが、お前が出来る事と出来ない事で今後の趨勢が決まる。よく聞いて欲しい」

 

「は、はい!!」

 

 フィクシーが現在の状況を次々に少年へと提示していく。

 

 騎士団からの聞き取り調査はまだ半数も進んでいないらしかったが、ゾンビからの襲撃において空間転移に巻き込まれた前後の情報を総合すると騎士団合計800人前後の半数程が転移してきていたらしく。

 

 数は342人。

 

 ただし、その内の50人近くは騎士団員見習いとしてやってきていた14未満の未成年や子供達だとの話。

 

 それは少年も確認しており、女性男性問わず。

 

 自分と同年代の少年少女がちらほらと騎士団員達の間には混じっていた。

 

「元々、人が集められなくなっていた騎士団は団長の計らいで“騎士団に入っていた箔”を売りにして一般人や団員の親類縁者を夏の間の体験学習のような形で集めていた。それが災いした形だ。ただ幸いにして全員に武術の心得がある」

 

「そうですか。最低限は戦えるって事でいいんでしょうか?」

 

「ああ、ゾンビ相手なら1対1でも魔術込みで何とかなるだろう。本格的な戦闘は無理だろうが、戦えない者にはベルのように後方支援に徹してもらうつもりだ」

 

「それがいいと思います。本質的に戦える人や訓練を受けた人はいいですけど、そういう事が出来ない人もいると思いますから」

 

「それでだ」

 

 フィクシーが騎士団の人材の状況を次々に語る。

 

 あの魔術災害で転移に巻き込まれた団員達だが、その最大の問題は大隊長クラスの人材が全て同じ場所には転移していない、という事だったらしい。

 

「副団長以外は小隊、中隊規模の隊長職の経験しか無い者ばかり。事実上、大隊長だった経験があるのは私とクローディオだけだ」

 

「だから、副団長はフィー隊長に役職を……」

「ああ、私が適任だと判断したのだろう」

 

 また、痛かったのはそれだけではなく。

 魔術大隊の人員は一人も彼らと共に転移しておらず。

 

 騎士団の中でも役職を貰うような技能者が殆ど転移していなかった事も今の現状を形作る要因になったらしい。

 

「騎士団員はサバイバル技術こそ皆持っているが、専門性の高い技能は一部の人員に偏っていたからな。改革中という事で団員を教導する立場の者達がいたわけだが、彼らもまたこの場には混じっていない。これは推測らしいのだが、副団長はあの現場で後方にいた者達が此処に転移してきたのではないかと言っていたようだ。事実、あの時は殆どの重要技能の保有者が防衛線に投入されていた」

 

「つまり、前線と後方で分断されて転移に巻き込まれたって事ですか?」

 

「ああ、恐らく、な。相手が何者かは知らないが、そういう意図があったのかもしれん。とにかく、此処にいるのは高度な技能を持たない一般団員や隊長格だけだ。無論、指揮能力も戦術レベル。戦略的な話は副団長と秘書達任せだったらしい」

 

「フィー隊長は今後どうするつもりですか? 順当に考えるなら数日は此処に逗留してから、そのまま都市に向かう事になると思いますけど」

 

「……恐らく、傷病者は自力での移動は不可能だろう。また、あまり時間を掛けると騎士に襲われる可能性すらある。だから、ベル……全てを背負わせてしまうようで申し訳ないのだが、お前には騎士団の装備一式を造って貰いたい」

 

「装備一式?」

 

「幸いにして膨大な魔力を宿すディミスリルと此処には我々の装備を造った張本人がいるからな」

 

「え、あの?」

 

 フィクシーが少年の肩を掴む。

 

「お前には長距離行軍と移動速度を上昇させ、魔力の隠密性が高い装備の開発を命じる。無論、私も大魔術師として協力しよう。団員達を共にあの都市まで移動させるぞ。ベル」

 

「ッ、は、はい!! フィー隊長!!」

 

「良い返事だ。では、さっそくスペックと詳細な仕様に付いて詰めよう。ディオが帰って来る前には寝なければ、明日にも差し障るからな」

 

「あ、あはは、はい……」

 

 それはクローディオさんも同じなんじゃ、という言葉は呑み込まれた。

 

 こうして、少年と少女は騎士団を安全に移動させる為、この世界で活動していく為の装備開発に着手する事となるのだった。

 

 *

 

 こうしてさっそく始まった新装備開発であったが、思わぬところに落とし穴があった事を二人は翌日以降知る事となる。

 

 簡単に言えば、各自のやらねばならない事が多過ぎたのだ。

 全員が一息吐いたとはいえ、魔導師はベル一人のみ。

 

 魔導を用いた食料生産は果実の生る作物ならば、延々と肥料と水をやっているだけで済むのだが、一度枯れるまでやらねばならない芋などは大量に少年が直接作物の種イモなどに触れなければならなかったのである。

 

 また、体調回復の為に各種野菜と薬草などの生産と再生産用の種の確保。

 

 マンパワーを用いてベル以外がやる事も多かったが、それでも少年は常に何処かの工程で関わらねばならなかった為、一度造れば投げっ放しでいい建物や井戸などとは違い、時間はどうしても掛かった。

 

 フィクシーもまた指揮権を引き継いだ者として野営地の防衛計画の策定や副団長の秘書達や隊長達に指示を飛ばし、食料確保を念頭にしつつも、中隊規模の戦力で各地を威力偵察し、ゾンビの駆逐と共に遺留品の回収や死体の回収もさせた為、中々纏まった時間も取れなかった。

 

 こうして病人に掛かり切りのヒューリ、事前に偵察地域で危険が無いかを確認するクローディオ、とにかく喋らせられて女性騎士をナンパ出来ずに土気色な顔のアフィス、などの面々はしばらくバラバラとなり、少年は夜間のみフィクシーと共に色々と詳細を詰める事が出来るようになった。

 

 夜中、年若い二人が隊長格の掃けた建物内で何かやっているとなれば、もう団員達の間では噂にならないわけもない。

 

 しかし、ヒューリは病人に掛かり切りで『ふふ、フィーばっかり、ベルさん分を補給して……』とちょっと妬ましい感じに顔を病ませたりするのだった。

 

「こ、こっちは何とか食料生産を軌道に乗せました。果実系の作物は食べる分以外は全て乾し野菜と種にして貯蔵を開始。芋も毎日食べる分以外は全て外套内のポケットで加工して白い粉状の澱粉にしました。しばらくすれば、食料も旅程中十分な量が溜まると思います。ゾンビからの遺留品ですが、周辺で約140人分を確保。場所と年齢を仕分けて貰って取り敢えずはここに埋めておこうかと―――」

 

 少年の報告は如何に少年が団員達の生活に直結しているかを顕す代物だ。

 

 物資の生産が順調というのは騎士団がようやく傷病から回復し機能し始めるという事に相違なかった。

 

「分かった。引き続き食料と薬剤の生産は任せる。では、本題だが昨日詳細を詰めた通り、明日には試作品の生産を開始する。専用の工房と力仕事連中と手先が器用そうな団員を付ける。そちらで指示を出してやってくれ」

 

「了解しました。必要分の金属元素は採掘で殆ど集まったので後は装甲を装着する衣装だけなんですが……やっぱり、樹脂製のスーツが妥当だと判断しました。汗はスーツの仕組みで、老廃物などは魔術で外に排出するタイプにしてバージニアさんが見せてくれていたような肌を完全に覆うタイプにしようかと」

 

「私もそれがいいと思う。技量の低い者がゾンビなどの攻撃を受けて接触で病原体に感染する可能性もあるからな」

 

「幸い樹脂は大量に精錬出来たので困ってません。ただ、通常の繊維と比べるとどうしても重くなるので装備の重量を見直して、装甲も更に軽量化する必要があります」

 

「同意だ。動き易さはどの程度を見込んでいる?」

 

「あ、その事なんですけど。フィー隊長が良ければ、試作品の感想を……」

 

「はは、早いな」

 

 感心した様子の少女にちょつと照れたような顔をしてから、少年が外套内部からズリョッと傍目には白いライダースーツのような全身を覆い、背中をジッパーで留める方式の衣装を取り出す。

 

 喉元から顎までを覆う形のスーツは今後創る装甲やメット型の装甲、もしくは接着式の透明な頭部防護用の機材と一体式なのだと説明しつつ、少年はそれをフィクシーに手渡した。

 

「それにしても白か……」

「荒野を黒い服を着て動くのはちょっと辛いと思うので」

 

「まぁ、それもそうだな。寒ければ着込めばいいし、戦闘時は魔術を使って防護が基本になるだろうし、あまり色は気にしなくていいか」

 

「色は変えられますから」

「では、試着してくる。少し待っていてくれ」

「分かりました」

 

 こうして、女性騎士が着替える為の仕切りである衝立の奥に消えたフィクシーであったが、すぐにベルが呼ばれた。

 

「どうしたんですか? フィー隊長」

 

「後ろのコレが一人では閉められないぞ。単独任務の時に脱げないのでは困る事もあるだろう。この金属の金具はこの世界のを参考にしたようだが、備品として、コレを一人で引っ張り上げられるような棒のようなものが欲しいところだ」

 

「あ、はい。後で考えておきます」

「では、ベル」

「え?」

 

 少年の前に胸元まで着込んだ少女が立っていた。

 

 そして、クルリと後ろを向くと剥き出しの項を曝け出して、髪を束ねて少年に見せる。

 

「フィ、フィー隊長!?」

 

「何をしている。このままでは私が風邪を引いてしまうではないか。後ろの金具を上げてくれ」

 

「ぅ、は、はい。た、ただいま!!」

 

 少年が慌てて少女の髪を金具の間に挟まぬよう丁寧にジッパーを上げた。

 

 そうして、ようやくフィクシーが少年に向けて振り向く。

 

「どうだ? 全体的に見て」

「え、ええと……」

 

 少年は僅かに見惚れていた。

 

 その白いスーツは彼女の髪とも相まってまるで誂たかのようだったからだ。

 

 別にそこまで考えていたわけではなかった少年だったが、隊長のスーツは絶対にこの色にしようと誓う。

 

「体形は前に装甲を造る時に色々と図りましたが、ピッタリなようで良かったです。一体成型にした靴の感触はどうですか?」

 

「違和感は無い。ただ、踵や脚の裏はもう少し厚くてもいいな。何が落ちているか分からない場所を探索する為にも」

 

「分かりました。考慮しておきます。え、ええと……その……」

 

 少し切り出し辛そうな少年がフィクシーを前にいて挙動不審となる。

 

「どうした?」

 

「む、胸元はどうですか? 後で装甲を付ける時の事を考慮しても女性の方には重要だと思うんですけど」

 

「ふむ……少し外に出て体を動かそうか」

 

 問題点を洗い出そうと外に出た二人が自分達のいた建造物の裏に向かう。

 

 そして、フィクシーは持って来た帯剣や建造物内に立て掛けてあった大剣などを使って型や素振りをし始めた。

 

 その舞うような美しい動きは滑らかな樹脂製のスーツによって協調され、月夜の下に煌く髪と相まって幻想的ですらあった。

 

 ボウッと見ていた少年だが、十分程でようやく汗が浮かび始めたフィクシーが自分の方を向いたのを機にハッとして首を横に振る。

 

「今、魔力を使わずに振り回してみた感想だが、やはり布地を使わぬ分、重いな。ただ、防御の事を考えるとあまり薄くするのも困る。今の厚さから数mm削るようにしてくれ。後、背中の金具が冷たい。内側に金具が直接当たらないように工夫を」

 

「わ、分かりました!!」

 

「後、胸元だが、胸部の谷間や脇の下から下乳の部分はしっかりと、それ以外の場所は薄く作ってくれ」

 

「し、下乳……」

 

「そうだ。デリケートな部分だからな。形が崩れて困る女性騎士達には死活問題だ。幸いにして中央諸国製の下着を付けている者がいる。そちらから下着を拝借し、内部の構造を少し研究して応用するといい」

 

「は、はぃ……」

 

 下着を借りるのは自分なのかと少年はこれからの戦いに向けて少し赤くなった。

 

「前線に出る女性騎士は少ないが、戦う際に乳首などが擦れ続けると血が出かねん。敏感な部分はスーツに触れないように作るか。もしくはぴったりと内部は張り付いた形にして擦れを防止し、外からは見えないよう厚くしてくれ」

 

「は、はい!! 分かりました。さ、参考になります」

 

「後、股間や尻の部分は排泄用の穴を抗菌のものに出来ればして欲しい。また、男性騎士は女性と違ってぶら下げているのだから、個人の大きさに合わせて外側は厚くしつつ、内側は伸縮性を高めてある程度は大きくなっても大丈夫なようにしておいてくれ」

 

「そ、それも了解しました!!」

 

「明日には団員全員の身体情報を魔導で集めよう。このスーツは個人毎に調整が必要だ。寸法をキッチリと作っておかなければ、合う合わないで色々と困るだろう。団員の体格の凡そを全て測った後、それに合うサイズのものを数着試作して、試供しよう。それで良さそうならば、量産して着せた後、そちらで調整を」

 

「はい。分かりました……聞きたい事も聞きましたから、これでほぼ衣装側も完成だと思います」

 

「ああ、このスーツは良いものだ。断熱性も高いし、外も内側も撥水性が高くて蒸れないのはイイな」

 

「汗は内側に張ってある沢山小さな穴が開いた吸水性の樹脂のパーツから吸い上げられて、外皮と内側の中間にある細い管から脚下の穴から排出されます。外套の外で樹脂の加工してたら、色々出来たので使ってみたんですけど、良さそうですね」

 

「水中から水を吸い上げたりはしないか?」

 

「いえ、スーツ内の内圧の方が高いように設定しているので。普通の外気や水中ならそれも大丈夫です」

 

「そうか。それにしてもこんなものを数日で造るとは……ウチのベルはマイスターだな」

 

「い、いえ、実はこれ殆ど魔導内で扱う情報を参考にしていて」

 

「魔導の?」

 

「はい。七教会の高格外套のインナースーツを参考にしてます」

 

「そうか……通常の下着や衣装の上に着るものではないのか。アレは」

 

「え、ええ……昔はそういう方式のものもあったし、今も生身の衣服の上から着られるそうですけど、保護用のインナースーツを付けるのが普通だと」

 

 そこまで聞いたフィクシーが僅かに視線を月へ向けた。

 

「なぁ、ベル」

「はい?」

 

「あの騎士達は……一体、どんな死に方をしたのだろうな」

 

 唐突という程でもない。

 

 だが、喋るゾンビとなって鎧に包まれた者達の事は高格外套の話題となれば、自然と思い起こされる事だろう。

 

「それは……」

 

「この世界を破滅させたい程に憎み。そして、復讐だと嘯く……この世界の勢力。もしくは国家。それらが彼らに何かをしたのだ。恐らくは……」

 

 その事はフィクシーがベル達に騎士団へ加わる前に緘口令を敷いた話だ。

 

「でも、僕はこの世界に悪い人がいたとしても、出会ってきた人達が皆が皆死んでいい人達だとは思いません」

 

「そうか。そうだな……そして、我々は善導騎士団だ。戦う理由はそれだけでいい」

 

 少女が笑みを浮かべた。

 それはいつもの毅然としたものとも違う。

 とても、柔らかな微笑みだった。

 

「は、はい!!」

 

 幾度、見惚れたか。

 

 この人に付いていこうとまた改めて決意した少年が笑顔で頷く。

 

「良い返事だ。さて、スーツの事だが、最後に一ついいか?」

 

「まだ改善点がありましたか?」

 

「いや、騎士団の紋章を何処かに入れておいてくれ。装甲にもな」

 

「分かりました。フィー隊長」

 

「では、今日はこれで解散だ。今日で4日。後、数日で出発だからな。しっかりと寝て休養するように」

 

 頷いて、2人が建物内に戻ろうとした時だった。

 

 不意にフィクシーが虚空を見つめたかと思うと外に向けて結界の外へ帯剣を引っ掴んで走り出す。

 

「ど、どうしたんですか!? フィー隊長!?」

 

 慌てて魔力で脚力を強化した少年が生身の少女に追走して訊ねた。

 

「今、助けを求める声が遠間に聞こえた。恐らく3km以内だ。また、聞こえたぞ。北北東だな。騎士団は今全員が内部だ。ディオの奴も今日は狩り尽した褒美に休んでいる」

 

「つまり、他の生存者?」

「急行する。ベル、外套と重火器を」

「は、はい!!」

 

 フィクシーに外套内から外套を出し、少年が次々に重火器や手榴弾などを渡していく。

 

 彼らが夜樹の合間を走破した時。

 

 普通の聴覚しか有さないベルの耳にも声が聞こえて来ていた。

 

「数は50前後か? 後方から足音が多数。それも走ってるな」

 

「今、他の騎士団の人を」

 

「狩り尽したとはいえ、集団を引き連れているのだ。集団戦闘となれば、更に後方から敵を誘因する可能性もある。まずは状況確認だ。後、銃弾は最後の手段にしておけ。民間人に接触後、お前は野営地に彼らを導け。私が殿を務める」

 

「は、はい!!」

 

 彼らが林の藪を抜けて飛び出した時、そこには数十人の人々が走るゾンビ達に追い立てられ、今にも襲い掛かられそうになっていた。

 

「フンッ」

 

 フィクシーが魔力を体内に充溢させ、周辺にある樹木を蹴り付けて、しなやかに弾丸の如く加速し、回転しながら、数体のゾンビの間を抜ける。

 

 すると、次々に体が乱切りされた動く死体が死体へと変わっていく。

 

「大丈夫か!! すぐ近くに野営地がある!! まだ走れる者は彼に続け!!」

 

『た、助かる!? 助かるのかオレ達!!?』

 

「叫ばず騒がずただ走れ!! 女子供を忘れるな!!」

 

 老若男女が四十数人。

 

 次々に話している間も樹木の間を飛びながら人々に襲い掛かろうとするゾンビ達がたった一本の帯剣によって切り裂かれていく。

 

「数は!!」

 

「お、オレ達は北のカルガリーから来た!! と、途中でゾ、ゾンビが!? 何でここのゾンビ共は走ってやがるんだ!? か、数は分からねぇ!! だが、オレ達よりは多かった!!」

 

 避難民の男の一人が自分達の状況をフィクシーに伝えた。

 

(走ってるのが珍しい個体? いきなり走り始めた時は驚いたものだが、対処出来る程度の敵だった。だが、確かに民間人ならば、走っているゾンビに対処するのは難しいか)

 

 フィクシーが脳裏でチャンネル越しに騎士団の隊長格に情報を伝達。

 

 予め無音装備として弓と矢はベルに常備させていた為、彼らが即座に民間人を受け入れるべく行動を開始した。

 

「皆さん!! こちらに来て下さい!! 案内します!!」

 

 少年が次々に切り伏せられていくゾンビ達を遠目に魔力で仄かな灯りを灯して民間人を誘導する。

 

 子供や赤子を連れた親達が必死の形相で走る間にもフィクシーの周囲の林にはゾンビ達が次々と現れ、無音で派手な魔力を使わない暗闇での戦闘では対処の限界へと近付いていく。

 

(これまで40斬ってまだまだいるという事は……恐らく数百単位か)

 

 最後尾の老人達を背に彼女が外套内のフックにぶら下げた小銃を意識した。

 

 実弾は装填済み。

 ついでにベルに火薬の量を減らして貰い。

 

 ゾンビの頭を弾けさせるだけなら簡単で音がそうしない特別製だ。

 

 が、対処可能な人数以上に敵が来る可能性を考慮しても、今はまだ剣で相手を斬り伏せるしかなかった。

 

 だが、彼女が一度に相手と出来る限界である15体以上のゾンビが一斉に彼女に向かって襲い掛かり、羽交い絞めにしようとして、上空から次々に曲芸染みた矢が頭部を貫通、弾けさせていく。

 

「ディオか!!」

 

『大隊長殿は下がっていいぞ。数は後続を含めて800くらいだが、朝までにケリを付けておく。夜勤手当で手を打とう』

 

「はは、まったくガメツイ英雄殿だ」

 

 フィクシーがゾンビを斬り伏せながら殿に付いて後退していく。

 

 こうして民間人を何とか野営地に招き入れた騎士団は弓隊をすぐさまに闇の中、出撃させ、先に200は片付けていた元英雄と共に朝どころか。

 

 夜明け前までには数百体ものゾンビを駆逐する事に成功したのだった。

 

 *

 

 一夜明けた野営地では騎士達が受け入れた避難民達の手当てに追われていた。

 

 幸いにして保護した避難民に死傷者は出ていなかったが、傷だらけで誰もが脚を夜の森林の走破でかなり痛めており、元々騎士団が使っていた木製の簡素な寝台に寝かされ、ベルが創ったプヨプヨの半透明な樹脂製の枕に頭を置きつつ、体を横たえている。

 

 食糧は足りており、全員に塩、芋、乾し野菜の芋汁が配られた為、まだ傷を負わずに動けている者の多くがソレを夢中で食べていた。

 

 数百体ものゾンビの遺骸は騎士団が総出で片付け、野営地の近くで遺留品を剥いだ後、埋葬している途中。

 

 今、野営地にいるのは避難民達のケアを行う女性騎士と少数の護衛のみであったが、誰も不安には思わないだろう。

 

 それこそ自分達を救った救世主。

 白炎と紅炎の長髪を持つ女神様を前にして安堵した様子だった。

 

「改めて礼を言わせて欲しい。僕はこの移民集団のリーダー。ホセだ」

 

 三十前後の若い白人の男だった。

 

 そのくすんだ金髪の男は一見するとナヨナヨしているように見えたが、その立ち振る舞いと身のこなしから軍人だとフィクシーの傍に付いていた少年にも分かった。

 

「私はフィクシー・サンクレット。この騎士団を預かる者だ」

 

「騎士団? いや、確かに皆剣を持ってるが……」

 

 薄汚れた衣服で周囲を見た男が周辺の女性騎士達の姿に正しくお伽噺の騎士様みたいな恰好をしたコスプレ集団に困惑の表情を浮かべる。

 

「まぁ、気にしないでくれ。ゾンビは音と動きに反応する。剣や弓を用いているのはそういう理由だ」

 

「ああ、君達はそういうののプロなのか。南部はアラスカよりも厳しいと聞いてたが、適応が極端に進んでるんだな」

 

 男が取り敢えず、納得したらしい。

 

「此処の者達は我々が産み出した独自の言語でしか会話出来ない。まともに話せるのは私と私の直属の部下くらいだ」

 

「そうか。南部は色々と大変なようだ……」

 

 何か事情を勝手に悟ってくれたホセにこの世界で活動する際の言い訳が上手くいった事を確認しつつ、フィクシーが事情を尋ね始める。

 

「あなた達はカルガリーとかいうところから来たらしいが、それは此処よりも北にあるのか?」

 

「ああ、そうだ。今、アラスカからカナダ東部までの広域で年々光るヤツが増えててな。堪え切れずに逃げ出してるグループが何組もいる。オレ達もその一組さ」

 

「光るヤツ?」

 

「知らないか? 南部では見ないタイプなのか。ゾンビがこうボヤッと深海生物で光るヤツみたいな感じに全身明るいんだ」

 

「知らないな。こちらでは集まって巨大化したゾンビや乳白色の強いゾンビ、走るゾンビなどは見たが……」

 

「どうやら北部とも違って南部はヤバいようだな」

「互いに話を聞く必要があるようだ」

 

 それからの数十分で分かったのは光るゾンビというのが北部ではこの数年で増えており、それが周辺に増えると精神に変調を来たして狂気に陥る者が続出するという事であった。

 

 その結果、内部崩壊した集落や都市が北部の国家であるカナダという国では大量に出て、耐え切れずに逃げ出す者が後を絶たないのだと。

 

 しかし、国力そのものである人口の流出に国家は良い顔をせず。

 

 出ていくのならば、支援は打ち切るという話がなされ、彼らは最も近いユーエスエーのシスコに最低限の車両と燃料で逃げて来たらしい。

 

 しかし、後百数十kmというところで車の燃料が切れ、徒歩となり、食料も極僅かで初めて走るゾンビに遭遇。

 

 最初にいた200人からなる避難民はもう彼らのみになったらしい。

 

「事情は理解した。こちらは仲間を救いに此処まで来たのだが、今は食料を生産したりして、帰還に備えていたところだ。あの都市まで誘導しよう」

 

「た、助かる!! ありがとう!!」

 

 ブンブンと男がフィクシーの手を取って、涙を零した。

 

「だが、まずは傷と体力を回復させねばならないだろう」

 

「そ、そうだな。だが、さすがに傷は……負傷者が癒えるまでは此処に留まってしまう事にもなりかねん……」

 

 最悪、負傷が重いものは置いておかねばならなくなるかもしれないという暗い表情をする男だったが、ふと先程まで片足を樹の枝で貫いてしまって負傷していたはずの仲間が歩いているところを見て、目を疑った。

 

「え、え?」

 

「実は我々は新たな新技術を開発している最中でな。治させてもらった」

 

「新、技術?」

 

「ああ、アレは我々が創り出した新技術による治療方法で治した」

 

 面倒だからと対外用に用意していた嘘をシレッと吐いて、ホセの腕の傷に治癒術式を掛けるフィクシーが治っていく傷を見つめる男に肩を竦めてみせた。

 

「な、何だ!? 手を翳されただけで治ったぞ!?」

「新技術だ」

 

 フィクシーが言い切る。

 

「そ、そうか……新技術なのか……あの戦線都市じゃ魔法みたいな技術が色々あったって聞くが、それの1つなのか?」

 

「機密だ。悪いな」

 

「そ、そうか……機密なのか。なら、仕方ない。君達が普通ではない事はその姿や武装からも分かる……何も聞かないよう皆にも言っておこう。シスコまでの道のりをどうか頼む」

 

 頭を下げる男の顔を上げさせて、フィクシーが大きく頷くのだった。


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