ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第41話「嵐の痕」

 亡命希望者名簿総勢1万3000人超。

 

 客船内の食料30日分+何故か勝手に水が生成されて作物が育つ畑50畝。

 

 極めて深刻に破壊された湊がたった2時間でほぼ修復され、沖合の船まで海底が隆起して道を創る、モーセも真っ青の奇蹟を見た多くの人々は戦闘の終了したとの話が市内のスピーカーから流れる段に至り、ゲリラ側の勝利を知った。

 

 途中でゾンビが市内に侵入し、シェルターに入れとの避難誘導も途中で中断され、今度は必要な荷物を持って移動しろとの話で夜の最中に移動させられたのだ。

 

 多くは半信半疑であった。

 

 しかし、彼らの大半は午前4時頃には殆どが湊から沖合へ続く奇蹟の道へと入っており、全員がパシフィック・ゴッデス号によって受け入れられていた。

 

 プールの悉くが土で覆われ、作物が次々にたわわに実っていく不思議な光景を横眼にしながら、この日を待ち侘びていた者達は己の故郷や今まで生きて来た大地への不思議な感慨に囚われ、街が一望出来るデッキに集まり。

 

 迷いながらも新天地を目指す者達は夜の中で沢山見て来た戦闘痕に独裁者の時代が()()()()()()()()事を思い知らされた。

 

 そして、肝心な収容者達の大半は家族がいない者達は亡命を望んだが、それ以外は残る事を選び、タワーの地下で暮らしていた少年少女達は誰一人……誰一人として街から離れる選択をする者は無かった。

 

 独裁者とゲリラの戦いはゲリラ側が勝利したものの、実際には殆ど彼らの計画の要の部分で独裁者側に実があったと言えるだろう。

 

 都市にとって人口の半減は正しく死活問題であったが、それでも監獄は廃止され、人々は其々の生活へと戻った。

 

 タワー内部でのショッキングな出来事の多くが関係者によって隠蔽された事は正しく知らぬが仏の精神であり、多くの人間にとっては善行の類であっただろう。

 

「……あ、そうだ。パパとの約束……コーヒー入れてあげなきゃいけないんだっけ?」

 

 明け方に朱色の海が見える船室。

 

 死に損ねた男は片腕がジクジクと痛んだものの、それでも死の気配すらない己の体の状態を理解し、コーヒーの匂いで目が覚めた。

 

 今ではインスタントですら貴重品のソレが沸かされ、彼のリクライニングするベッドの傍にあるテーブルに置かれた。

 

 彼は誰だろうかと重過ぎる瞼をようやく開けて、子供の背中を見た。

 

「誰だ……」

 

「あ、起きたんだ。コーヒー出来てるから大丈夫な方の腕で持つといいよ。オジサン」

 

 妙に素っ気無い態度。

 

 敗北した自分を殺しもせず。

 

 子供に面倒を見させるなど、何を考えているのだろうと彼は……エヴァ・ヒュークは窓の外を見て二つの意味で驚く。

 

 1つはそこが海だったから。

 

 1つはその船室の窓に浮かぶ顔が自分のものではなかったから。

 

「感謝してよ。オジサン……あの人達が……魔法使いの四人が顔変えてくれたから、誰もオジサンだって分からないんだから」

 

「君は誰だ? パパ? あいつに子供がいるなんて知らなかった……」

 

「だって、あたしゲリラの最高機密だもん」

 

「最高機密? はは、君の父親が奪っていった深雲(ディープ・クラウド)に比べれば、どんな機密も霞むさ」

 

 男はコーヒーカップを取って、僅か口を付けてから顔を顰める。

 

「コーヒーにはミルクを入れろ。それがルールだ」

 

「え~~コーヒーには砂糖だけだよ。パパはそっちが好きだって言ってた」

 

「生憎と僕は君のパパじゃない。単なる人生の敗北者だ」

 

 皮肉げに己を嗤ってドサッと寝台に倒れ込んだ彼は……最初から親友がこうする気だったのかと考え、今からでも船をジャックして逃げ出せるだろうかと考え、何処に行くのも逃げなきゃならない自分の宿命というものを嗤い、最後に盛大に溜息を吐いてから……チクショウと呟いた。

 

「何……オジサン、パパと同じくらいの歳なのに泣いてるの? 元独裁者で大人なのにカッコ悪いよ?」

 

「無様だな。こんなクソガキにコケにされても何一つ言い返せない」

 

「でも、パパは実質負けだって言ってたよ。結局、半分しか亡命させられなかったから……」

 

「ははは、あいつは人を煽てるのが上手いんだ。昔っから!!」

 

 男は止め処なく流れて来る涙を拭えもせず。

 無様に俯き続ける。

 

「ねぇ。オジサン……オジサンがタワーの子達にしてた事、本当にただ都市の為だったの?」

 

「知るか!! もう僕には関係ない!! こんな世界に一秒だっていたくない!! 全部、失った!! 本当に守りたかった街も!! 守りたかった人達も!! 戦友達も!! 彼女も!! あの子も!! 親友さえッ!! もう僕には何も残ってない!! 何一つだ!! こんな思いをするならッ、あの時、彼女と一緒に死んでいれば良かった!! この闇しかない世界で生きるくらいならッッッ!!?」

 

「オジサンて子供みたい」

 

「―――ああ、そうだよ!! クソガキ!! 僕はお前と同じクソガキだッ!! 英雄になりたいなんて嘯いて軍属になった馬鹿な20代の頃と何も変わってないッ!! それでもッッ!! それでもなぁあッッ!!! 僕にだってッ、僕にだってッ、あの腐った死体共から守りたいものがあったんだ!! あったんだよ!!」

 

 男の涙が一滴、カップに波紋を広げる。

 

「いつか、あの子達へ謝りに行きなよ。オジサン」

 

「知るかッ!! 子供なんて嫌いだッ!! 彼女は言ってたさ!! 子供は天使だって!! だけど、そりゃ嘘だ!! あいつらは悪魔だ!! 毎日毎日、繋げられる顔面の事でピーピー泣きやがって!! 食事も施設も環境もッ!! オレがどれだけッ!! どれだけッッ!! はッ!? バカみたいだよなぁ!! 結局、家族ごっこなんか出来やしなかったッ!! 先生止まりさ!! 笑えよ!! ほら、お綺麗な人権団体様みたいにこの悪魔!! 子供から顔を剥いで軍事教練した悪魔ってなッ!!」

 

「……家族ごっこがしたかったの?」

 

「何一つ上手く行く事なんか無かったッ!! オレを支持してた連中は何一つ自分や自分の家族を危険な事になんか差し出したくないって輩だったッ!! どうしてオレが子供をああして教練したと思う? アレが一番生き残る確率が高かったからだッ!! 都市も次世代もだ!! だが、絶対に市民連中はそれを許容しないとシステムが予測していたッ!!」

 

 ゼエゼエと叫び疲れた男が肩で息をしてから温いコーヒーを飲み干す。

 

「もういっそ殺してくれ……」

 

 その呟きは小さく小さく消え入りそうに囁かれた。

 

「いいよ。パパが本当に絶望してたなら、そうしてやれって言ってたから」

 

 ガチャリと少女が何処から出したか。

 小口径のトカレフを男に見せる。

 

「でも、その前にコレを見せろって……」

 

「何を今更。彼女との思い出の写真でも発掘して来たか? ハハ………」

 

 少女が男の言葉とは裏腹に数枚の資料をコーヒーの横に沿えた。

 

 それには写真が入っていた。

 

 恐らく、彼にとって絶対に見たくなかったはずの写真があった。

 

 カラフルなワンピース。

 あの日、彼女が着ていた最後の服。

 

「クソォォ……嫌がらせかッ、あの野郎―――」

 

 男が激怒とも悲憤とも付かない表情で、それでも資料から顔を離せず。

 

 その死体の解剖所見、だと思われた資料を見やる。

 彼女の腹部は無残にも中央から切裂かれていた。

 絶望の上塗りに心が折れる音。

 

 しかし、その報告書の一文に男の心音が、本当に心音が物理的に僅かな間止まった。

 

 ―――未熟児の医療体制はほぼ壊滅していたが、我々は運が良い。

 

 その筆跡は彼も知る過去の戦友のものだった。

 

 ―――幸いにも救急車と保育器を確保する事に成功した。

 

 都市を護る途中で死んだ医者のものだった。

 

 ―――だが、アンドレに伝えるのを止められた……もしも助からなければ、次こそ親友は心の底から絶望し、真の意味で立ち上がれなくなると。

 

 筆跡も覚えているくらい、傷を治して貰っていた相手のものだった。

 

―――オレ達には英雄が必要なのだと……心底に人々を団結させ、戦い抜ける英雄が必要なのだと……私は地獄に落ちる覚悟で今この一文を書いている。

 

 酒を酌み交わせた最後の男のものだった。

 

―――もし、この子が死ねば、この書類は闇に葬られる手筈になっている。

 

 もう思い出せない戦友の顔はしかし何故か、男の脳裏では笑っていた。

 

―――だが、もしもまだ君が生きているなら、この子と再会出来る日が来たなら、その時は……どうか喜んでやって欲しい。

 

 男が目の前を見る。

 少女は涙目でその銃をしっかりと握り締めていた。

 まるでそれが自分の義務で運命だと言わんばかりに。

 

 彼女はそう……己の生まれと運命にケジメを付ける為に使わされたのだ。

 

 あの彼にとって最後の親友から遣わされた……人を導くか終わりを告げる天使。

 

―――おめでとう……エヴァ・ヒューク中尉、お子さんは無事に育った……安心してくれ……この報告が君達の和解と祝福になる事を願って……。

 

 最後に医者は名前だけを書き記していた。

 それは己の苗字と妻の名を取って付けた少女の名だ。

 

「―――名前は?」

「ジェシカ。ジェシカ・オーエル」

「―――年齢は?」

「11歳。たぶん……」

「―――好きな食べ物は?」

 

「好き嫌いなんてない。でも、パパが大好物だと思ってるあの葡萄のジュースだけは苦手……虫歯になる……」

 

「ははは、僕もだよ。アレ、甘いんだよなぁ……あいつは僕の好物だと思ってたかもしれないが、アレは……アレはお前の……っ……彼女の好物だったんだ……う……ぅぅ……ぁああ……ッッ―――」

 

「……ぅん」

 

 鳴き声が、重なる。

 

 それを扉の先から鋼の意思で見守る()()だけが、ただ彼女の為だけに付けられていたスイートホーム最強の戦力が、後で銃だけは取り上げておこうと誓って、今はただ無言で船室の前で仁王立ちし、ハンカチで目元を覆って、口元をニヤけさせ続けたのだった。

 

 *

 

「オイ。ウェーイ。見直したぞ」

 

「はひ!?」

 

「ウェーイさんて、実はちゃんとした魔術師だったんですね。見直しましたよ」

 

「はひひ!?」

 

「ぅ、ウェーイさん。こ、今度魔術教えて下さい!!」

 

「よ、ヨロコンデー!?」

 

「アフィ何とか。取り敢えず、お前の株がオレの中でちょっとだけ上がった事は教えておく。やるじゃねぇか」

 

「ヒィイイイイイイイイハアアアアアアア!!!」

 

 奇声を発した黙ってるなら貴族っぽい青年は涙を流しつつ、良い夢を見たと言わんばかりの顔で湊付近の地面に倒れ込んだ。

 

 その前方では波打ち際でアンドレが拳を握って出航していく船を見送っていた。

 

「……ありがとう。君達のおかげで全ての計画は終了した。感謝する!!」

 

 男が娘を失い、親友を失い。

 

 否、見送って……最後の選択だけは全てを天に任せた事を何とも言えずにいながらも、それでも協力者達に最敬礼をした。

 

「いや、我々は己の為にそうしたに過ぎない。報酬も用意して貰っているしな」

 

 何とか数時間で容態が安定したフィクシーがまだ少し青い顔をしながらも肩を竦めてみせる。

 

「それにしてもまさか肉体の外見操作に詳しい術師がこいつしかいなかったとは……誰かしら使えると思っていたが、助かったな」

 

 コンコンと未だに幸せな顔で気絶するアフィスの側頭部が易しく靴の横でノックされる。

 

 まだ起きないらしい。

 

「でも、良かったんですか? ジェシカちゃんをその……それに本当にあの人がジェシカちゃんの父親だとしても……」

 

「済まない。コレはオレの我儘だ。娘にも辛い思いをさせているのは分かっている。だが、これはあの子が生まれた日、あの子がこれからも生きられると決まった日に二度決意した事だ。だから……」

 

 男が複雑そうながらも罪悪感とも笑みとも付かない自嘲を浮かべる。

 

「す、すみません。差し出がましい事を……」

 

 ヒューリが恐縮した様子になる。

 

「いや、普通の反応だ。普通の子供にやらせる事じゃない。だが、あの子は真実あいつの娘だ。そして、その事実にいつか決着は付けなければならない。あの子にとっても、あいつにとっても……」

 

 アンドレが何か大きな荷物を降ろし、また抱えたような顔で彼らを見た。

 

「この都市のゴタゴタにこれ以上は巻き込まないから安心してくれ。それに君達の仲間達をこの湊からロスに送り出す責任はちゃんと果たす」

 

「アンドレ殿」

 

 フィクシーが真面目な視線で男を見やる。

 

「ずっと思っていた事だが、貴方は何処からその情報を得ている?」

 

「……オレ達は若い頃エンジニアだった。そして、その時に開発したシステムは今も生きている。米国が崩壊するより先にこの都市へ運び込んだ。その後、ずっと運用し続けている。諜報装置みたいなものだ」

 

「それで情報を傍受していたと?」

「ああ、これからは出来る限り、サポートもさせてもらう」

 

「それでこれから都市はどう運営していくつもりなのか。聴かせて貰えないか?」

 

「守備隊も親衛隊も子供達もあいつの幸せを願った。責任を取れの一言も言わずにオレ達の言葉に反論もしなけりゃ止めようともしなかった。やっぱり、好かれてるよアイツは……まったく、惜しい英雄を失くしたな」

 

 男が笑い話にならない事実に何処か嬉しそうにも思える顔で苦く肩を竦める。

 

「話には聞いていたが、あいつはもしも負けたなら大人しくスイートホームに従えと言っていたそうだ。これから守備隊を再編成し、親衛隊や子供達には顔を返して今後の事を選ばせるつもりだ。あんたらのおかげで腕や脚は大半くっ付くそうだし、仕事に復帰させるのも早まりそうだ」

 

「ウチの元英雄が失礼した」

「ちょ、大隊長だって斬ってただろう!?」

 

「構わないさ。あのゾンビの腕や脚も時間を掛けて魔力とやらを注げば、君の腕や脚と同じようになるって話も聞かせて貰ったしな。再び君達の仲間を連れて帰って来たら、その時に頼みたい」

 

「了解した」

 

「もうあのタワーの地下で誰も顔を取られる事は無い。だが、あの施設はまだ使える。それを利用出来る人材もいる。子供達にまず生き残る力を……そう残った連中を説得して教育機関として再生させるつもりだ」

 

「それに市民が同意すると?」

 

「瞳も普通のものに見える、あの円筒形よりも精度が落ちる代物が用意されていた。奴には悪いが、病気で失明したのを救ったって美談にさせてもらう。その上で色々と残った連中には同意させよう」

 

「上手くいくといいが……」

 

「支配者が変わったんだ。同意しないなら、街から出ていけと脅すだけだ。オレもまた独裁者になるしかないが、今の現状ではそれが最善だろう。市民の意識改革が不可能だと奴は断じたが、あのオーロラと都市が壊れていく音の恐怖は都市の誰もが共有してる。嫌とは言わせないさ。根気強く説得するのは得意だしな」

 

 そうして、男が地面に置いていたカバンからファイルを取り出した。

 

「君達への報酬だ。今は無理だが、落ち着いたら食料も再び送ろう」

 

「いや、ベルがいるなら、食料は自前で何とかなる。それよりも頼みたい事がある」

 

「頼みたい事? 何でも言ってくれ」

 

 フィクシーがこれからの自分達の展望に付いて語る。

 

 まだ、遠い未来の話だとしながらも、彼女は取り出した地図の一点。

 

 大陸の反対側の都市を指差していた。

 

「行く気なのか?」

「ああ、やる事を終わらせたら、だが」

 

「そうか。今、西部と東部を繋ぐ主要な道は開拓されてない。実際、中央の山脈から以西までのルートは全滅してる。だが、航空機に関しては伝手がある。数か月程時間が掛かるかもしれないが、何とか都合を付けよう」

 

「感謝する」

 

「オレは市庁舎の連中と折衝しなけりゃならん。いつ発つんだ?」

 

「今から」

 

 フィクシーの言葉に他の全員が逆に驚いた様子となる。

 

「今から? それは随分と急だな」

 

「あの騎士が我々に言及していた。次に騎士団が狙われないとも限らない。早急に向かう必要がある」

 

「……解った。だが、オレはまだこの都市の混乱を治めなきゃならん。済まないが、共に行って案内するという約束は果たせない。これを……」

 

 男が懐から少し大きめのディスプレイ型の機械を取り出す。

 

「コイツはまだ存在するGPSから現在地を割り出してくれる優れものだ。目的地である騎士団の場所はマーキングしておいた。説明書と充電器もある。君達のキャンピングカーはハイブリットだったからな。これを使えば、充電出来るだろう。今自分が何処にいるのかコレを使えば、一発で分かる」

 

 男が充電用のケーブルやら紙束やらを一緒に彼らへ渡した。

 

「ありがとう」

「悪いが此処で見送らせてくれ」

「ああ、ベル!!」

「は、はい。もう来ます」

 

 五人が横を見れば、遠くからキャンピングカーがベルのゴーレムの操作でやってくるところだった。

 

「二週間以内には恐らく戻ってくる。その時にまた今後の予定に付いて話そう。アンドレ市長」

 

「市長か……はは、ま、頑張るさ。子育ても終わったしな」

 

 男の前で敬礼で返した全員が車両に搭乗して手を振る。

 

 後方へと過ぎ去っていく男の姿は晴れ晴れとは言い難かったが、何処か寂しそうに何かを遣り遂げた者の顔をしていた。

 

 ベル以外の全員が心地良く疲れた様子で後方スペースに入って座った途端、うつらうつらし始める。

 

「あ、僕が運転してますから。皆さんは寝てて下さい」

 

「済まない。本当なら色々としなければならないのは騎士団の先達である我々だというのに……」

 

「皆さんが万全じゃないと途中でゾンビに襲われても対抗するのは難しいんですから、まずは休息を」

 

「ありがとう。ベル」

 

「ベルさんの良い子指数は私の中でもう天井振り切れてますから!!」

 

「は、はい(汗)」

「スヤァ」

 

「アフィ何とか。もう寝てやがる。オレも寝るか。お休み」

 

 全員が後方スペースですぐに寝入り始め、少年は一人都市の壁からスイートホームの人員に見送られ、最敬礼で門の外へと向かう。

 

 道が続く世界はまだ日も全て射しているわけではなく。

 小さな影があちこちから音もない静寂を見せていた。

 

「………」

 

 少年が己の手を見る。

 

 自分は今まで出会ってきたゾンビ達や騎士達と違う存在だと言い切れるだろうか……そう思わずにはいられなかった。

 

「静寂の王は陰りたり。なれど、王の(ねや)拓くものあらば、世は天の下、闇の眷族を遣わさん……か」

 

 祖父の言葉は一字一句違えず脳裏にあった。

 そして、少年はスピードを上げる。

 音を聞き付けた走るゾンビ達を振り切る為に。

 大切な仲間達の安眠を少しでも伸ばせるように。

 

「皆さんの事、護りますから、きっと……」

 

 その呟きは戦い終えた英士達の耳には届かず。

 静かに陽光の中へと消えていくのだった。


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