ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第40話「決戦」

 四車線でゴミ袋が散らばる港までの1km。

 最初に仕掛けたのは以外にもスイートホームの人員だった。

 道端に落ちているゴミ袋を次々に銃撃し始めたのだ。

 その途端、幾つかのゴミ袋が爆発し、釘が撒き散らされる。

 

 しかし、それに対応してみせた五人の乗る車両が防御方陣を発現。

 

 道路の進路上にまで展開されたそれがブルドーザーのように釘を横に弾き散らしていく。

 

 続く第二撃目はエヴァ側だった。

 

 湊の土嚢を積まれた陣地の奥から次々に対物ライフルが放たれ、車両正面を銃撃するも、その全てが防御方陣に阻まれて弾かれる。

 

 アフィスだけが罅を入れられたトラウマからか。

 ビク付いていたが、被害はそれだけだった。

 

 しかし、その射撃直後、彼らの横合いから猛烈な銃火が吹き上がる。

 

 ミニガンのフルオート掃射による側面からの大火力。

 

 しかし、見えていないだけで車両全面に防御方陣が張り巡らされていた為、これも事なきを得た。

 

 だが、相手の猛撃は止まない。

 陣地から続けざまにRPGがニ十発以上、同時に放たれ。

 

 これは防御方陣で受けたら、フィクシー以外はかなり方陣が摩耗とすると感じたクローディオが方陣の完全遮断から自身からの攻撃を通す一方通行のモードへと切り替え、即座に腰から引き抜いたサブマシンガンを掃射。

 

 その弾頭が全て虚空でRPGの弾体を爆破し、その猛火と煙の中を颯爽と車両が抜けていく。

 

 ヒューリが自分の仕事を取られたと言いたげに少しだけ頬を膨らませた。

 

 それに悪い悪いと片手で謝るエルフは近付くに連れて大きくなってくる待ち伏せの気配に己の得物である弓を後ろから引き抜き、魔術で再現した義手を用いて矢筒から四本爆破矢を取り出した。

 

 そうして、絶好の狙撃ポイントから300mを切った瞬間。

 

 狙撃に出て来るだろうと思われた相手のビルの側面にソレを放とうとして―――慌てて全車両へのストップを叫ぶ。

 

 急ブレーキ。

 

 それでアフィスが転がり落ちて『ヘ? ヴァっほぉおアアアアアアア!!?』とゴロゴロ道路を叫びながら魔導方陣に護られつつヤスリ染みて削られつつ止まる。

 

「どうした!! ディオ!!」

 

「大隊長。こっから先は徒歩じゃないと無理だ。あのエヴァって野郎。もう魔術使いこなしてやがる」

 

「何?」

 

「高層建築の間に網目状の糸みたいなのが幕みたいに張られたぞ!! どんな糸かは知らんが、細くて視認が難しい!! 突っ込んだ瞬間に魔力を流されたら方陣効果の中核であるオレ達はいいが、車両が持たん!!」

 

「了解だ。車両は此処で放棄する!! アンドレ殿!! 盾を持って、此処からは徒歩で移動だ!! 我々の後ろに付いて来てくれ!!」

 

「了解だ!! 気を付けろ!! 奴は包囲殲滅のスペシャリストだ!! 全方位に気を配ってくれ!! 今、数人のこちらの偵察班が湊までのルートを確認してる!! オレ達の進捗に関係なくそろそろ合図が出るは―――」

 

 湊付近の街並みの中から次々に数発の信号弾が上がる。

 

「ルートは全滅だ!! 予定通り、此処を突破するしかない!!」

 

 男の声にスイートホームの人員が車両から降りて、自身をすっぽりと隠す機動隊が使っていそうな形状の赤銅の盾を全面に推し立てながら、片手でサブマシンガンを装備した。

 

「周辺の警戒を怠るな!! 後方を確認しつつ、進めぇええ!!!」

 

『おおおおおおおおおおおお!!!』

 

 男達が速足になる。

 それを囲うように五人もまた走る。

 先行するのはクローディオだ。

 だが、すぐに後方を確認していた人員の一人が声を上げる。

 

「アンドレさん!! 後方から人影が凄い速度で近付いて来ます!!」

 

 暗視装置付きのゴーグルの男達の何人かが振り返り、フィクシーが闇夜に紛れて高速で後方から距離を詰める相手を見つめ―――。

 

「ゾンビ義肢の人間だ!! 小銃と盾で武装しているぞ!! ヒューリ!! お前は此処を護れ!! ベル!! 行くぞ!!」

 

「了解です!! フィー隊長!!」

 

 2人が後方からやってくる敵兵の姿に違和感を覚えた。

 それは明らかに人間の速度ではない。

 

 ゾンビ足やゾンビ腕の義肢をもっと鈍重だと思っていた彼らだったが、その速度は明らかに超越者や魔術師が自身を強化した時のソレだった。

 

「魔力反応も高いな。やはり、魔力の充填であの義肢が強化されているのか」

 

 ヒューリが100m程後ろで立ち止まり、

 腰から引き抜いたサブマシンガンを連射した。

 

 まだ300m以上あり、移動しているあちらも応射していたが、そもそも流れ弾以外は当たる距離でもない。

 

 が、次々に男達は自らの強化された義肢に撃ち込まれた弾丸の反動で態勢を崩し、それを立て直す前に着弾し続ける義肢への衝撃と白いトリモチ染みた膨れ上がるネバ付いたバブルに両手両足を地面に縫い付けられていく。

 

 視線による相手への射撃誘導。

 

 そして、ベルが創った正しく超強力な粘性が高く泡状に膨れる接着剤で張り付けられたのである。

 

『何だ!? こいつぁ!? 助けようとするな!! 物陰に隠れろぉお!!』

 

 数人の男達が部隊の安全を優先した。

 

 その声に被害にあった先方をそのままに後方部隊がビルの路地裏などに次々と入り込んで消える。

 

「どうでしょうか? 七教会の非殺傷の対暴動制圧用弾なんですけど」

 

 ベルの声にフィクシーが満足したように頷く。

 

「十分だ。まぁ、普通の呼吸しか出来ん奴相手だと口元に当てないようにするのが面倒なくらいか」

 

「あ、はい。それ説明書にありました。呼吸出来なくなって死ぬ可能性があるって……」

 

「大抵の低階梯超越者は自身の数十倍の重量があるものに縫い付けられたらどうにもならんからな。単なる地面ならば、掘り返せるが……都市部の地面だとそうもいかんだろう。私と違って変質が軽微なら、胴体や骨の中身は普通だろうしな」

 

「そうですね」

 

 少年が頷く。

 

「これで大人しくなったな。後方に気を配りつつ、合流して先に進むぞ」

 

 ベルがフィクシーに腰を抱かれるようにして即座に本隊へと戻っていく。

 

 しかし、それをそのまま黙って見過ごす相手ではなかった。

 後方のビルの角から次々に弾幕が少女と少年を狙う。

 

 何か一つでも当たればいいという話だったのだろうが、生憎とソレを見逃してやる程にフィクシーはお人好しでも無かった。

 

 相手のいる場所は予想が付いていて、撃って来る場所も殆ど解っているならば、弾丸を飛ばすのは見なくても出来る。

 

 目的地の角付近に銃弾を誘導するならば、選別すら必要ない。

 

 後ろ手の銃撃が撃ちっ放しにされ、次々に角から出た銃口や腕を壁や地面に白い泡で張り付けにしていく。

 

 反撃に出た瞬間に再び数人の戦力を行動不能にされた部隊はこれで迂闊には近付いて来れなくなった。

 

 魔術師の使う弾丸。

 

 それが通常とはまったく異なる射程で大幅に本来の命中率を超過する完全無欠の誘導兵器と化した時、如何な魔力を用いた義肢を使っているとはいえ、彼らにまともな反撃は不可能であった。

 

『くそぉおおおお!!? 何人残ってる!!』

『残存5!!』

 

『物陰から物陰に移動しつつ、距離を詰めるぞ!! 話では魔力とやらはそう長く持たんはずだ!! 戦闘を休ませるな!! 相手を消耗させるんだ!!』

 

 次々に部隊がスイートホームの本隊に向けて移動を開始する。

 

 しかし、その速度もさすがに路地裏を迂回しながらでは限界があった。

 

 スイートホームの面々がクローディオの誘導に従って、速足で相手の本陣である湊の陣地への距離を詰めていく。

 

 100mを切った時にはヒューリの正面防御方陣には次々に弾丸が集中し、常時展開状態で負荷に曝されていた。

 

 だが、それでも本来の集中量からすれば、半減しているはずだ。

 

 クローディオが狙撃や銃撃の狙いが正確な者を指弾で狙い撃ちにし、300m圏内にいるアンブッシュ用の戦力が少しでも射線に入ったら、次々気絶させているのだから。

 

 スイートホーム側が陣地化され、擬装された死地の奥深くまで踏み込んでいくのも束の間の話だった。

 

 ようやく50m付近にまで近付き、本陣の狙撃手や大方の撃ち手がクローディオの手で無力化された時、陣地奥。

 

 プレハブ小屋の周囲で魔力の転化光が上空へと立ち上る。

 

「これは―――」

 

 クローディオが本能的に後方へとバックステップで下がりつつ、矢筒の弓を構えて引き絞る。

 

 だが、その矢が放たれる前に彼にも捉えるのが困難な速度で裏から複数の影が飛び出した。

 

 全てを追い切る事が出来ず。

 

 突出し過ぎた自分の位置を考えたエルフはケツをまくって本隊へと即座合流しようと背中を向ける。

 

 その背中に当然のように銃弾が殺到した。

 が、その速度が一瞬で更に倍化する。

 

 相手に追わせて狙いを付けさせ、更に速度を上げて狙いを狂わせる。

 

 たった、それだけの事だが、それを背中を向けて行おうという輩は普通いないに違いない。

 

 次々に闇夜の中を高速で移動する兵らが陣地周辺のビルの隙間へと入り込み。

 

 スイートホームの面々とフィクシー達を囲んでいく。

 

「先程の影、凡そ30……それも姿がかなり不鮮明だった。敵の認識を妨害する光学系の術式だな。拙いがあの速度だ。何が出て来たか分からんな」

 

「今、映像解析します」

 

 ベルが魔導方陣を虚空に展開しながら、盾の内側で作業を始める。

 

「大隊長殿。高速戦闘中の支援は期待しないでくれ。あの速度はさすがに全部狙うわけにもいかないんでな」

 

「解っている。仕掛けて来たら、私が相手をする。お前は向かってくるのだけを狙い撃ちにしてやれ。ヒューリ!! 相手が止まったら即座にトリモチ弾を使え。動きさえ殺せば、こちらで対処する」

 

「わ、分かりました」

「ウェーイ!!」

「は、はぃいいぃぃい!?」

 

 今の今までコソコソとスイートホームの面々が掲げる盾の内部にいた青年がビクッとした。

 

「さっきの魔力転化の光。貴様の術式の波動か?」

「ソウデス!!」

「なら、解っているな?」

「ハイ!! ワカッテオリマス!!」

 

「戦力を排除したら、出番だ。それまでお前はヒューリの電池代わりだ。魔力はあるだけ絞り出せ!! 出し惜しみなぞしていたら、後でどうなるか分かるな?」

 

「分かっておりますぅうううううぅぅ(/ω\)」

 

 もうメソメソし始めたアフィスがヒューリの背中に手を置いて、己の魔力をとにかく大量に渡し始めた。

 

「ぅ……気持ち悪い」

 

 ヒューリが微妙に顔を顰めた。

 もはや心のライフはゼロになったらしく。

 アフィスの顔はゲッソリこけていく。

 

「い、今、解析結果を出します」

 

 虚空に鮮明な画像が映し出される。

 

「チッ、連中とうとう投入し始めたか。地下の子供達は一応は保護したんだろ?」

 

 クローディオが胸糞悪そうに顔を歪めた。

 

「18歳以下は全員残っていました。他は何処に言ったのかと聞かれても知らないの一点張りでしたが」

 

 スイートホームの一人が応える。

 

「それも何だ? スーツにして運用してやがるのか!? 元々、ゾンビなんだぞ!? 気持ち悪いとか、使いたくないとか思わないのかコイツら……」

 

 彼らが見たのは二十歳くらいの顔の無い青年達らしき者達が首筋から下を培養ゾンビにしたかのような体で動く様子だった。

 

 その手にはドラム式のマガジンを使ったマシンガンと機動隊が使うようなジェラルミンの盾が握られている。

 

 マシンガンのみならず、中にはグレネード・ランチャーなどを持つ者も混じっており、中遠距離ではソレを使い、近距離では超高速での近接戦闘を仕掛けて来る事が想定された。

 

「我々は速度を殺す事に全力を傾ける!! スイートホームの者達は相手が止まった瞬間をヒューリと共にトリモチ弾で!!」

 

「分かった」

 

 と、彼らが打ち合わせをしている合間にも相手からの攻撃が始まる。

 

 物陰からの多数の銃口が一斉に火を噴く。

 

 ヒューリの防御方陣がキュガァアアアアアアアアッと連続した弾丸の着弾と負荷に悲鳴を上げる。

 

 それに対する反撃がフィクシーとヒューリのトリモチ弾のばら撒きで相手の重火器を奪うが、次の瞬間には上空から飛び出した巨大な影が彼ら目掛けて落ちて来た。

 

「トリモチじゃダメだ!? 弾き飛ばせ!!」

 

 クローディオが咄嗟に指示する。

 

 それと同時にベルが地面に手を付き、下から魔術方陣で制御した地面を六角形状のチューブのように高速で伸ばし、相手を―――中身の入っていないゾンビ・スーツの体を20m以上先へと吹き飛ばした。

 

 次の刹那、バゴオオオオオオオオオオオオオオオオンッと巨大な爆発が辺り一面の建物の硝子を内側へと割り砕いた。

 

 ゾンビ・スーツの背後に括り付けられていた爆薬が起爆したのだ。

 

「さすがに中身入りで自爆はさせないか!?」

「させていたら、あの男には後で地獄を見てもらう予定だが」

 

 クローディオがこれから始まる攻撃を思って溜息を吐き。

 フィクシーが目を細めた。

 次の刹那。

 彼らの頭上にまた何かが投げ入れられた。

 

「アレも撃つな!? クソ!? 燃料タンクにあの形状はガスボンベか!?」

 

 恐らく、予め用意されていたのだろう多数のボンベと燃料タンクが彼らの中心へと直撃し、内部のガスとガソリンや重油が飛び散る。

 

 相手がそのまま撃ってくるかと思えば、そのような事はなく。

 複数の巨体が次々に高速で突撃してきた。

 トリモチ弾とはいえ。

 炸薬は使っているのだ。

 使えば、マズルフラッシュのみでも引火しかねない。

 

 その最中に突撃してくるのはクローディオも矢で捉えるのは苦労するだろう速度の敵が数十体。

 

 しかし、一網打尽にならぬ為、数を絞っている。

 同時に7体。

 

 その内の3体がフィクシーにその巨大な腕をこん棒のように振り下ろし、2体がクローディオに肉薄しようと迫り、残る2体がヒューリの防御方陣を割り砕こうと両腕を上空から押し潰すように叩き付けて来る。

 

「くぅぅぅ!?」

 

 ヒューリの方陣が悲鳴を上げる。

 

 朝方の消耗はある程度回復したとはいえ、それでも相手は魔力を用いた強化で打撃を繰り出してくるのだ。

 

 通常の手榴弾を10発至近で受けたような負荷に少女の顔が歪む。

 

「フンッ!!」

 

 フィクシーが大振りの横一文字で相手を後退させ、その内の1体の腕をベルが作った大剣で叩き切る。

 

 更に続けて後ろに回り込んだ敵からの愚直で最短な突きに対し、攻撃直後の動作で回避出来ないまま、背面装甲に魔力を流入。

 

 途端、まるで漫画の放射線のように太陽の陽光を思わせる光の柱が背中を中心に円形にズラリと並び、打撃が虚空で停止する。

 

 途端、柱の幾つかが儚く砕け散った。

 

 自動での耐衝撃、耐熱、耐電、耐圧の打ち消し機構……相手の物理量《エネルギー》を不可視のフィールドや装甲表面から吸収し、積層魔力の棒に誘導して、安全に人体の周囲へ拡散させているのだ。

 

 だが、長時間の連続使用は今のところ不可能。

 吸収と排出できる物理的なエネルギーの量にも限界がある。

 

―――【日輪機構(サンズ・ボーダー)

 

 常に最前線で剣を振るう隊長の為に少年が考え出した今出来る限り、最も高い効率を誇る防御システムは青年達の打撃を積層魔力、その陽光の如き棒を消費して僅かに日を陰らせた。

 

「まるであの国の神話で語られる女神だな」

 

 アンドレが部下にナイフや警棒を装備させつつ、盾を構えながら、その正しく女神の如く染め上がる赤銅の女騎士の威容に目を見張った。

 

 その合間にも巨大な影の乱打を紙一重で避けながら、クローディオが自分達の隊長の姿に口笛を吹き、気化したガソリンの味に苦く笑いながら、一瞬で一体の相手の懐に踏み込んだ。

 

 男の手の中のナイフが煌く。

 

 ゾブッとゾンビ腕が脇の下から一直線に上へと斬り上げられ、吹っ飛ぶ。

 

 瞬間に悲鳴が上がり、出血でのたうつ青年の血染めの隻腕が落ちるより早く。

 

 もう一体が仲間の悲鳴に怒号を上げて突撃。

 しかし、再びナイフが閃き。

 今度は右足が輪切りになった。

 

 叫びを上げる青年達が何かをする前にその首元にエルボー気味に肘を叩き込んで喉を潰して沈黙させ―――男が申し訳程度に相手の傷口からの出血を治癒魔術で塞いで処置する。

 

「良かったな。坊主共……此処が戦場じゃなくて」

 

 もう50m程離れた場所で戦闘をしていた彼の目には遠目にも再び仕掛けようとするゾンビ達の気配や影が見えていた。

 

「ぁ~~こういうのは柄じゃないんだがなぁ。ちょっと、命懸けのガキ共に命懸けの大人の偉大さと怖さを教えてやりますか……」

 

 男が己の赤銅色の鎧を外し、外套を落し、弓矢とナイフと矢筒のみを携えて、己に向かってくるまた数体の敵に向かって走り始める。

 

 各個撃破しようとするのは結構だが、闇の中で力量差も考えずに戦うならば、それは無謀だろう。

 

 生憎と市街地戦は彼の得意分野だ。

 

 反乱軍、裏切った政府軍、革命の為に戦う者達から虐殺者と畏れられた男は手に付いた血で両頬のタールを拭いながら、ゴキゴキと指を鳴らした。

 

「嫁と娘がいないとこんなに命が色褪せて見えるもんなんだな」

 

 男の酷薄な瞳はもしも見た者がいたならば、恐らく多くがたじろぐだろう。

 

 相手をまるで羽虫か何かと思っているかのような能面にも見える表情。

 

 女性に対して手の早い英雄は手始めにゾンビにも劣る“怒るし、怖がるし、及び腰になる敵”の掃討を開始する事としたのだった。

 

 *

 

 次々に群がってくる敵の手足を切り落としながらフィクシーが奮戦する中、それでもスイートホームの面々を防御方陣内で守りながら、相手の攻撃を片手の帯剣で弾いていたヒューリは先程から少年が地面に手を付いて魔導方陣を展開している様子を見て、次の動きに備えて動きに余裕を持たせていた。

 

 青年達の襲撃からジャスト1分。

 

「ヒューリさん!! 準備出来ました!! フィー隊長も戻ってきて下さい!!」

 

 その言葉にクローディオ以外の全員がヒューリを中心にして固まった。

 

 相手が弱気になったかと襲ってきた青年達が連携を取って周囲を移動しながら包囲し、一斉に襲い掛かろうとして。

 

(魔力励起開始)

 

 地表に魔導方陣が展開―――その半径が急拡大した。

 

 周囲を囲む部隊総勢で100名近い予備戦力と遊撃戦力と虎の子のゾンビ・スーツを着る青年達がすっぽりと入る程の巨大な円環が周囲の地面とビルを這うように描き出され……彼らが異変に気付いた時には全てが終わっていた。

 

 ズブズブと彼らの足が腕が地面やビルの壁面や路地裏の壁に沈んでいく。

 

 建物自体は沈んでいない。

 

 だが、流動化現象を起こした地面に立ったように誰もが逃げ出す事も出来ずに地面と壁に脚と手を取られていく。

 

 一瞬、跳躍して難を逃れようとした青年達だが、着地した瞬間に脚が飲まれ、抜け出そうともがいた瞬間に埋まっていく。

 

「これは―――要塞建築の時に掘り内部の地面に使っていたな」

 

 フィクシーが相手の大半を無力化したベルの頭をクシャクシャと撫でた。

 

「はい。最後の日に水が出るようになったので、ゾンビが埋もれるようにした時の応用です。こちらの世界だとダイタランシー現象? とか言うらしいです。水分は無いですけど、魔力で直接地面や壁の状態を変化させて制御するので、あちらよりも自由度は高いと思います」

 

「何分続けられる?」

 

「術式の負荷を考えると10分くらいです。後、個別に場所が特定されたので、その周辺だけをこの状態にするなら50分くらいは余裕があるかと」

 

「ベルさん凄いです!!」

 

 ヒューリがギュッと少年を後ろから抱き締める。

 この扱いの差は何だろう?

 と、魔力を捧げ尽したアフィスが涙目で萎れていた。

 

「そ、そろそろ、恥ずかしくなってきたので。べ、ベルさん凄いはこ、これから禁止でお願い出来ませんか? 本当に凄いのは僕じゃなくて、叡智と知識と現象を解明してきた人達ですから」

 

「じゃ、じゃあ、ベルさん頼もしい!!」

 

「な、何か僕に対するニュアンスとしては適当じゃないような気も……」

 

「ヒューリ……その辺にしておけ。まだ戦闘中だ。このままエヴァ・ヒュークを探索し、確保する!! ベル!! 道を!!」

 

「は、はい!!」

 

 フィクシーが呆れつつ、クローディオの方角に向かっていった敵の事は考えもせず、一直線に道が固まった道路を走り出す。

 

「ヒューリ!! 周辺の連中の止血と腕も回収してやれ。ベルを頼むぞ!!」

 

「はい!!」

 

 まだまだ自分には頼んでくれない大隊長とスイートホームを率いる男の背中を見送りつつ、少年は微細な制御で青年達を泥の中に沈め続けた。

 

 しかし、彼らの顔の無い顔が僅か唇の端を歪ませるのを見て、これもまた相手の予測の範囲内かと……それならば何をしてくるのかと瞬時に思考が巡らされる。

 

 後方は固まった。

 

 現在の守備隊の総数ではスイートホームのアジトを襲っても時間が掛かり過ぎ、人員をすぐに助け出しても何ら大局的には美味しくない。

 

 フィクシーがいる以上はアンドレも殺せはしない。

 船も押さえた。

 ならば、残る不確定要素は何か?

 

 それがエヴァ単独で起せる事と規定した場合、それは少なからず最終的に個人の力に起因する事になる。

 

 今まで街に向けて演説もしなかった男がこのタイミングで出来る事。

 

「……ベルさん?」

 

 少年がふと空を見上げて尋常ではない数の死の空白が湊側から急激に膨れ上がるのを感じてチャンネル越しに叫ぶ。

 

「フィー隊長!! あの人は―――あの人は自爆する気です!!」

 

「何ぃ!?」

「ッ」

 

 海が輝く。

 それは魔術の方陣だ。

 

 それも制御不能な程に海の中からあらゆる物理量を魔力に変換して吸い上げ、水中の生物を死滅させながら、大きくなっていく。

 

 湊の陣地まで辿り着いたフィクシー達が見たのは沖合で合図を待つ客船とその間に割って入るかのように広がった方陣。

 

 そして、海上の粗末な木製のボートの上に立つ、何も持たない男だった。

 

 足元から展開される方陣は魔術の魔の字くらいしか知らないような男が考え出した必殺の手札として湊を巻き込む位置で更に規模を拡大していた。

 

 陣地内に残されていた無線に通信が入る。

 エヴァの口元にはヘッドセットのマイクが見えていた。

 

『親友。悪いな。今日も僕の勝ちだ』

『エヴァ……自爆する気なのか?』

 

『はは、バレているのか。ああ、お前を負かす方法がコレしか思い浮かばなかったからな』

 

『湊を破壊するならさっさとやれば良かっただろう』

 

『それもある。だが、民衆が付いてくるのはいつだって英雄だ。その英雄が心の底から願った事が形として結実する時、人は惹かれる。あの戦場で僕達は英雄にはなれなかった。だが、この街でなら、僕達は英雄だった……』

 

『最後に御涙頂戴して死ぬだって? 責任も取らずにか? そこまでお前が落ちぶれてるとは思わなかった』

 

『……なぁ、親友。ゾンビ発生から15年だ……単なるエンジニアだった僕達がシステムを使って人を導いた結果はどうだった?』

 

『良い奴とも悪い奴とも出会ったな』

 

『ああ、そうだな。だが、皆死んでいった。今、オレ達の傍にいるあの頃の仲間はあいつが死んでからはもうお前だけだ。此処にいる連中は本当に救いたかったあの頃の誰かじゃないんだ。単なる罪滅ぼしは終わりにしたい』

 

『全て投げ出すって言うのか?』

 

『オレが死ねば、今お前らが無力化した連中は絶対に残るだろう。あの子達もこの都市に齧り付いてくれるだろう。逃げ出したい奴は逃げ出せばいい。だが、この都市の維持に必要な数くらいの人間は残ってもらう。自分の意思でな』

 

『そこまでして……そこまでして護る価値があるのか? それはお前の命を掛けてまでやらなきゃならん事なのか?』

 

 アンドレが拳を握って、海上の友人に顔を歪めて訪ねる。

 

『親友。あのシステムへ最後に聞いた事は覚えてるか』

 

『……この都市を維持出来る限界時間……だが、オレはまだ20年でも30年でもこの都市が生き残る事を疑ってなんか無いさ!! だからこそ!! その中で死んでいく人間なんか見たくなかったッ!!』

 

『相変わらずの偽善者だな』

『お前程じゃないさ』

 

 2人の男の視線が遠間にも確かに重なる。

 

 静かに海の生物達を死滅させながら、魔力が転換されていく。

 

 だが、それにも限界はある。

 そう限界が迫っていた。

 

『戦わなければ生き残れなかった』

 

 (エヴァ)の言葉は真実だった。

 

『逃げ出さなければ生き残れなかった』

 

 (アンドレ)の言葉は真実だった。

 

『僕はどうやらやっぱり逃げの一手が得意らしい。お前みたいに勇猛果敢に戦ってきたつもりだが、案外シンドイのな。この生き方』

 

『馬鹿野郎ッ!! 決着は付いてないぞ!!』

 

『決着なら付いてるさ。11年前にな。僕が選ばれ、君が選ばれず。彼女は僕の車列にいて浚われ、君の車列は無事だった。僕は彼女を救えず、お前がいれば、絶対に失われずに済んだ命だった……彼女のお腹にいた子も……』

 

『ならどうして子供達にあんな事をした!! お前ならもっと!! もっと、上手くやれただろうッ!!』

 

『はは、人の心なんて当の昔に悪魔へ売り払ったさ。だが、こんなご時世だ。単なる組織じゃ、持たなかったよ……守備隊の平均年齢はもう50を過ぎてる。体力も気力も限界だ。義肢を使わせてすら、戦える時間が数年から十数年延びるだけ。だが、戦える人間はもうこの都市に殆どいない。残ってる子供や若者を徴兵なんてしてみろ……その日がこの都市に終わりの鐘が鳴る日だ。ハンターになりたい人間すら少ないってのに……志願制で成り立つわけもない』

 

『―――まさか、その為に……』

 

『お前は見れなかっただろうが、あのシステムで戦線都市が滅ぶ前に収拾させてた情報には世界が滅び掛けた状況でも機能する社会システムの方法論とか色々あったんだよ。人道と道徳に目を瞑れば、それこそ人間以外の何かになってでも生き残れたさ……まぁ、真似事だ……上手くいったのかいかなかったのか……』

 

『オイ!?』

 

 男の声が衰弱するように弱々しくなっていく。

 

『ああ、悪くない気分だ……お前がどんな事をしても残ってくれると……そう知っているからかな……はは、もう一度お前とあのクソ甘い葡萄ジュース飲んどきゃよかった……』

 

 小舟の上で男が口の端から血を零しながら蹲る。

 その時だった。

 闇夜に緑色の風のようなオーロラが棚引く。

 

『な、に―――まさかッ!? こんなタイミングでッ!? 神様ってのは何処まで残酷なんだッ、ゴホッ!?』

 

 男が小舟の上で叫ぶ。

 

 しかし、それより先にオーロラの中から何かが走り出してくる。

 

「この魔力波動!? ベル!!」

 

 フィクシーが相手を助けるタイミングを計っていたところで現れた空のオーロラに確信して、その事実を確かめる。

 

『魔力解析終了―――間違いありません!!? フィー隊長!! これは【黙示録の四騎士(アルマゲスター)】です』

 

「どうしてこんな時に!? 全人員に通達!! 守備隊の連中にも聞かせろ!! 騎士が出た!! オーロラの奴だ!! 総員!! ただちに住民を地下シェルターに逃がせ!! いいか!? 今はいがみ合ってる場合じゃない!! 避難警報を発令しろ!!」

 

 アンドレが余程に焦っているのか。

 怒鳴りながら、懐の無線で呼び掛ける。

 

 すると、程なくしてウゥウウウウウウとサイレンが都市全域に響き始めた。

 

 それを合図としたかのように神秘的にも思える緑色のオーロラを纏った何かが湊の地表へと降り注ぎ、馬の嘶きが響く。

 

『珍しき魔力を感知したかと思えば……紅蓮の奴が言っていた連中か。15年越しの来訪者……その姿、善導騎士団であるな?』

 

 オーロラの中から生まれ出たような輝きを纏い馬が進み出る。

 馬上にあるのは全身鎧。

 七教会の高格外套(ソーマ・パクシルム・ベルーター)

 

『遠き者は音に聞けぇいッッ!!!』

 

 ガオォオンッ。

 

 そんなオーロラのようなソレが空気を引き裂く音と共に周囲へ炸裂し、陣地を吹き飛ばす。

 

 アンドレに後方へ下がるように耳打ちし、下げていたフィクシーのみがソレに対峙していた。

 

『近くに寄らば、目にも見よッッ!!!』

 

 再びの爆発染みた魔力転化の衝撃波。

 

 赤銅色の装甲がソレのみでビリビリと震わせられていた。

 

『我は第二の騎士ッッ!!! 又の名を緑燼(りょくじん)の騎士也ッッッ!!!』

 

 湊そのものが地割れによって海水で浸食されていく。

 

『善導の女騎士よ!! 我らの不甲斐なき同胞に代わり!! この一刃が貴様を滅しよう!! その後にゆっくりとあの女狐が言っていた個体を回収させてもらおうか。我が刃はあの方の為に!! 我が忠義にてッ、この世の悪たる人獣(じんじゅう)燼滅(じんめつ)せん!!』

 

 ドッと更に溢れ出したオーロラにも似た男の魔力転化によって、その周囲に衝撃のみが支配する空間が発生した。

 

 緊急起動した【日輪機構(サンズ・ボーダー)】が展開され、その神々しい威容に緑燼の騎士と名乗った存在は馬の脚を折らせる。

 

 ガキュシャッ。

 

 馬上で脚から出た柄を二つ握った騎士がソレを一つに合わせ、飛び降りる。

 

 ガン、ゴシャンッと槍や矛のような形を取った。

 

『ははははは、良いぞ!! 良いぞ!! 無骨な戦場に一槍突き立てるは陽光の華か!!! 久しく武門の誉れ無き殺戮であった無聊、その身で慰めてみせよ!! 無知の(ともがら)共!!!』

 

 翡翠にも似た色合いのメタリックな装甲が一方的な大音声をがなり立てた後。

 

 容赦なく突撃した。

 真正面からの激突。

 

 全力で正面から大剣を振り下ろしたフィクシーと一直線に突いた騎士の槍が激突する。

 

 途端、湊の半径50m圏内が衝撃波によって罅割れ、海もまた波に荒れた。

 

『ほう? これを受け切るとは何とも堅き華よ』

 

 ググッと鍔迫り合いになった槍を片手で維持し、もう片方の手が仮面を上げる。

 

 そこには戦いが面白くて仕方ないと言わんばかりの表情をした屍蝋の顔があった。

 

「貴様ら外道に語る口無し!!! 世に必死と生きる民を滅するだと!? 騎士の恥じも知らぬ者が武門を騙るな!! 笑止ッッ!!!」

 

 大剣がギリッと僅かにだが、相手の矛を押し返す。

 

『ぬ? その大剣―――貴様らもまた()()()()を使うか!! これは良いッ!! 実に良いッ!! 武器の差で決着が付くのでは興醒めだからなぁぁッ!!!』

 

 騎士の矛が回転して、大剣を横にいなし、僅かにフィクシーの間合いの内側に入った男の膝が胸甲を直撃した。

 

 巨大な緑炎の如きオーロラが湊を奔り抜け、フィクシーがベル達の未だ陣取る場所をほぼ真後ろにして後退しながらも剣を地面に突き刺し、何とか衝撃に踏み止まって折れた肋骨を魔術方陣を体内に展開して治癒していく。

 

「今度のは……人の話を聞かないようだなッ」

 

 瞳を怒らせ、一撃受けたにも関わらず覇気も気力も衰えた様子がないフィクシーに対して、貌を晒したまま騎士が愉悦に染めた。

 

 守備隊と倒れ伏していた青年達、スイートホームの面々を何とか後方へと逃がし、今の今まで戦っていた者達に後方へ下がれと誘導していたヒューリとベルがフィクシーの横に駆け付ける。

 

「フィー隊長!! 大丈夫ですか!?」

「ああ、お前のおかげで肋骨一本程度だ。もう治った」

「フィー!?」

 

 ヒューリがそれが大丈夫とは言わないと言おうとするが、それよりも何よりもまずは目の前の敵だとフィクシーは指示を飛ばす。

 

「実弾に切り替えろ。此処で奴を殲滅する!! 被害を出すわけには行かん!!」

 

「もうしてます!! クローディオさんにもさっき装填済みの各種の重火器を!!」

 

「ベル。奴に大技を叩き込みたい。今の武装で足を2秒止められるか?」

 

「全員で掛かれば恐らく!!」

 

「ヒューリ!! お前は奴をベルに近付けるな!! 弾幕で奴の動きを制限しろ!!」

 

「は、はい!!」

「ディオッ!! 聞いてるなッ!! 好きにしろッッ!!!」

 

 闇夜に叫びが木霊して、騎士が50m程まで徒歩で距離を詰め終わった。

 

『今夜の獲物は四人か。相手にとって不足無し!! いざ、いざ、いざいざいざッッ!! 我が槍の誉れとなれぇえぇええぇぇえぇええぇええッッ!!!!!』

 

『来るぞ!?』

『はい!!』

『い、行きますッ!!』

 

 一直線。

 

 走り出した緑燼の騎士の速度は即座に音速を超え、超音速を超え、瞬間的に衝撃で熱された直線状の後方が全て灼熱して融けていく。

 

 最初の15mに到達した時、少年が魔力を込めていたディミスリルの弾を用いた弾幕が騎士を捉え―――しかし、全ての魔力が転化して激発するよりも早く加速。

 

 次の20mを進み切った時、少年が腰溜めに構えて連射したショットガンが既に放たれており、密度の高い死より組み上げられた魔力の塊が真正面で潜り抜けるより先に激発―――。

 

 だが、ソレを無理やりにオーロラを纏った鎧が通過し、最後に再び真正面から大上段からの振り下ろしが来る。

 

 莫大な魔力と力を込められ、矛の切っ先へと吸い込まれるようにして大剣が激突し、【日輪機構(サンズ・ボーダー)】の積層魔力柱が瞬時にほぼ5分の4消し飛んだ。

 

 それでも止まらなかった衝撃とオーロラが炸裂し、ヒューリとベルを後方へと30m以上吹き飛ばす。

 

 少女が少年を片手で引き寄せ、黒い防御方陣を展開、地面への激突を防いで転がって止まった。

 

「はーっはははははははは!!!!」

 

 何処か歌舞伎染みた大げさな猪突猛進。

 

 だが、その威力のみで確かに都市の湊に面したほぼ全ての建物が壊滅的な被害を受け、衝撃とオーロラの中に没していく。

 

 溢れ出す無限の魔力。

 

 矛の先で殺し切ったはずの威力が再び上昇していくのが受け止めたフィクシーにも分かった。

 

 圧倒的な物量は如何なる戦術や戦略も凌駕し得る。

 

 それがたった一点の槍に込められているならば、それは正しく何をも貫く力となるだろう。

 

『ふははははははははははは!!!! 漲・ら・せ・てッ、くれるではないかぁああああああああああああああッッッ!!!!』

 

 ドッとオーロラが男の全身から溢れ出し、槍へと集中し、大剣を押し流す濁流のようにフィクシーへとぶつかり始めた。

 

「くぅぅうう!!?」

 

『如何にぃ!! 屍者の石といえどぉ!! その程度の密度ではなぁああッ!!!』

 

 赤銅色の装甲がいなした魔力と衝撃で赤熱していく。

 

 押されたフィクシーだが、受け止めている間に月の中に舞う男を見た。

 

 完全に背後。

 完全に頭上。

 完全に相手は目の前の餌に喰らい付いたケダモノ。

 

 ならば、受け切ってみろと(クローディオ)の腕が虚空で掻き消えた。

 

 対黙示録の騎士用に魔力を限界まで吸収するディミスリル製の矢が数百本。

 

 否、それを更に圧倒する程の量が夜空へ放たれる。

 

 矢筒だ。

 矢筒の中に矢が瞬時に現れているのだ。

 

 少年のポケットと直通したソレの中から引き抜かれた無数の矢が濁流の如く騎士の背中と頭部に殺到した。

 

『フゥッッッ、ウウウウウウウウウウウウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ンッッッ!!!!』

 

 だが、その一撃に応えた相手の回答は常識外。

 魔力を、ただ魔力を全ての魔力を爆発的に放出させる。

 

 たった、それだけの事が魔力を次々に食い荒らしてオーロラを消去っていく矢の濁流を防ぎ止め、衝撃で弾き散らしていく。

 

 しかし、それは想定内であったか。

 

 矢筒の矢によってまだ削られている魔力の壁の中心へとクローディオが腰から引き抜いた44マグナム・リボルバーを連射する。

 

 殺到した弾丸内部に入っているのは術式を刻んだベル特性の弾丸だ。

 

 金属元素が接触し、衝撃が加わった瞬間。

 接触した金属そのものを変質させて歪に変形させるソレ。

 

 あの巨大なイカを倒した時に研究していたインゴットから生み出されたソレ。

 

 武装破壊を主とする武装解除能力を持つ弾丸。

 

 【アルター弾】

 

 数発の銃弾が魔力の本流の一番薄い部分を突き抜け、その外殻に刻まれた術式で()()()()()()()()()で莫大な魔力を浪費しながら空間制御を実行し、少年のポケット内部と弾丸周囲の空間を繋ぎ、その内部へと魔力を招き入れながら、その家一軒分よりは少ないだろうディミスリルの塊へと誘導した。

 

『ぐッ? が―――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?』

 

 繋がった空間の先にあるディミスリルへと直接莫大な魔力が流入する。

 

 しかし、それよりも致命的なのは弾丸が鎧へ直に触れた事だった。

 

 ベギョガァアアアアアアア―――。

 

 まるで巨人の指で揉まれたかのように緑燼の騎士の鎧が拉げ、中身が零れて捻じれていく。

 

 だが、それでも未だ人型を保つ相手の槍には一切揺るぎが無かった。

 

 その妄念の矛とでも言うべき相手の意思を押し切るべく。

 

 フィクシーが魔力が再び溢れるたった数秒の間隙へと己の大魔術師としての技量を全て叩き込む。

 

 日輪の輝きが全て消え失せた鎧の赤熱に肌を焼かれながら、少女の瞳の虹彩が黒く染まる。

 

 そうして、僅かな(しゅ)が紡がれた。

 ほんの1小節にも満たない発音式の魔術だ。

 彼女の祖父が二十数年前。

 魔王との最後の戦争で天変地異を消し飛ばした魔術だ。

 

 それは彼女が扱う魔術体系における一つの成果であり、極めれば、純粋に魔導の範疇に無い力となるものだ。

 

 フィクシー・サンクレットがたった10歳と少しで大魔術師に選ばれた最大の理由は正しくソレであった。

 

 正式名称。

 

西方概念壊器術(オクシデンツ・フリジット)

 

 効果。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 パキンと音を立てて、鎧が()()()()()

 

 意味消失(ブランクワード)級の世界の一部改変が、この世の理から修復されるまで一定空間内で全ての武具に等しく()()()()()の烙印を押し付け、全ての物理法則、魔術法則、概念的な整合性を失って崩壊していく。

 

 その騎士の今いる空間内の宇宙には鎧など()()()()()()()()()のだ。

 

『何だぁッ!? 我が()()がッ!?()()が壊れ゛ゆ゛く゛だとぉ゛おおお゛お゛おおッッッ!!? ゴガ、ッガ、ッグ?!!? ゴッ、ッ、ボッ!!?』

 

 屍蝋が崩れながら、内部の腐肉と鎧と同じ金属の混合物を見せながら、腐汁をダバダバと吐血していく。

 

(お爺様はやはり凄い……高々、単なる鎧に使っただけでこの反動……ッ……魔王の兵器と定義付けた天変地異を消去る……どれ程の矛盾で術の整合性が取れなくなるものか……この宇宙から排斥される程に……)

 

 英雄だった彼女の祖父。

 だが、その存在を知る者は極少数だ。

 

 世界を直接弄る程の術師ならばこそ、その反動は因果律の連なりより、その当人を排撃する。

 

 世界の恒常性は決してソレがある事を好ましくは思わないのだ。

 

 嘗て技術の大発信地だった大陸西部において発達した冶金工学に端を発した武具の質と量の絶対という概念……それに対抗する為にとある小国が最後に取った行動は鼻で笑われるものだろう。

 

 武具を失くせばいいのだ。

 

 馬鹿馬鹿しい話は今も彼女の血脈に継がれる継承魔術の1つとして七教会の魔導を司る部署が危険視する程のものだ。

 

 その力は正しく七教会の威力にして威信にして象徴たる力を一瞬にして無力たらしめる事が出来る。

 

 だが、魔導師なら笑ってしまうくらい彼女も受け継いだ術も脆弱だ。

 

 そして、世界への干渉は世界からの修正を喰らう。

 

 その反動は少女という実態の質量を奪い、遠い虚無へと誘っていく。

 

 消滅すれば、彼女の痕跡はあらゆる場所から消え去り、彼女に関する記憶や情報は因果律的に関係が浅い場所から消去られていくだろう。

 

 そのギリギリの線で踏み止まる為にこそ、彼女の魔術体系はまず己の存在の強化を念頭に置く。

 

 それこそ後方から魔術をガンガン撃つような術師とは真逆の体力と筋力と魔力の塊となる事を強要されるのだ。

 

 660kgの両手両足の体重が100kg程減った。

 

 存在の希薄化にジッと魔力という魔力を使って己の存在をあらゆる側面から補強しながら、剣で矛を押し退け、叩き切っ―――。

 

 ドゴォオオオオオオオオオッと。

 

 彼女の体を何かが押し退けるようにして疾風のような何かが横を擦り抜け、今や金属と腐肉の塊に成り果てつつあるソレの首を開いた乱杭歯だらけの口で咥え、飛び去って行く。

 

(本人の直接制御かと思えば、馬は単独行動可能か。無理、だな……もう魔力が―――)

 

 自らの強化を止めれば、すぐにでも衰弱死しそうな程の状態。

 

 剣を取り落とした彼女が倒れ込むのをすぐにクローディオが抱き起し、ヒューリとベルが駆け付けて、治癒させながら魔力を流し込み始める。

 

「私は、いい……あの男を死なせるな!!」

 

「ぁ~~~もうッ!! 黙って寝ててくれ大隊長!! 後はオレがやっておく!!」

 

 クローディオがこの状況でまだ己の為すべき事を見失わない真面目人間に力強く笑い、己の脚の限りにと破壊され尽した湊の先へと超高速で走り抜ける。

 

 海の上にすらも魔力を用いて立てる男がすぐに水底で完全に完成しつつある自爆用のエネルギー集積魔術に向けて矢を持ったまま潜水。

 

 弓を水中で構え、そのまま騎士の悪足掻きを封殺する為に残しておいた44マグナムの最後の一発を水底で今にも息絶えそうな独裁者の左腕に撃ち込んだ。

 

 水中で威力を殺され、距離を適切に保たれた弾丸がほぼ速度を失った直後、相手の腕に接触し、その端を抉りながら膨大な魔力を完全無欠に吸い出して霧散させ、更に周辺から集まって来ていた魔力の殆どを少年のポケット内のディミスリルへと吸収させて消去っていく。

 

(……どうしてこう人間てのは……だが、だからこそオレは好きなんだろうな。人間てやつが……まったく、度し難い話だ……)

 

 その日、独裁者がどうなったのか。

 市民達は誰一人真実を知る事は無かった。


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