ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第39話「反抗準備」

「………(´Д`)何だ? このウェーイは?」

「ぅ、ウェェエエエエイ(涙)」

 

(自分で言ってましたよね? 確か……)

(そう言えば、この人の名前って何でしたっけ?)

 

 フィクシー・サンクレットが目覚めたのは昼時を少し過ぎた辺りだった。

 

 各地での守備隊の掃討はクローディオが行っており、壁の外縁などで動かない部隊以外の主要施設付近や主要道路付近の守備隊は敢無く石ころ一つでダウンさせられた不名誉を背負いつつ、パンツいっちょで縄で巻かれ、汚かったらブラシと水でゴシゴシされてから適当なアジトの牢獄に放り込まれていた。

 

「お、オレは善導騎士団第8大隊所属!! アフィス・カルトゥナー!! またの名を―――」

 

「ウェーイ。お前に訊ねたい事がある」

「あれ? オレの名前がウェーイで決定した?」

 

 実際、黙っていれば良いところのお坊ちゃんに見える金髪青年は涙目だった。

 

「貴様……この異世界の人間に魔術や魔力の運用方法を教えていないだろうな?」

 

「―――記憶にござ」

 

 フィクシーが寝台。

 

 いや、地面の上に毛布を敷いて寝ていた体を起こして、キロッと青年を酷薄な瞳で見つめた。

 

「((((;゜Д゜))))」

 

 思わず速攻で土下座したアフィスが数分間その姿のまま白状(ゲロ)する。

 

「つまり、一番言葉が話せたお前が騎士団からこの都市に派遣されたが、知らない街の有力者に拉致られてから上等な酒を飲まされ、上等な女を宛がわれ、べらべら諸々色々喋った後、本当に会うはずだったらしい有力者に保護された、と」

 

「地下で死に掛けた、の辺りもご考慮下さい。フィクシー大隊長殿(土下座)」

 

「貴様、やってくれたな……エヴァ・ヒュークは今やこの世界で初めて魔力と魔術を使う人間と化した。それも培養したゾンビを用いる死霊術師染みた人間で極めてカリスマを持つ人物……笑うしかないな。どう責任を取る?」

 

「せ、責任?」

 

「間接的に貴様のせいで私の四肢が斬り落とされ、化け物のソレをくっ付けられた挙句、体重を700kg程にしてくれた責任はどう取るのかと聞いている」

 

 さすがに言い逃れ出来ない罪状にアフィスの言動がキョドる。

 

「オ、オレェ!? や、役に立ちますよぉう!? 魔術大学出だし!! あ、これでも一応、魔導にも手を出してて、魔術とのハイブリットなんすよ!! ただ、ちょぉぉッとだけ、一番良さそうな部分齧っただけで、他魔力と純粋波動魔力や通常物理量の相互変換式とかしかないですけど!! 汎用式も使えませんけど!!  効率だけなら超ハイレート!! 普通にYOU!! NO!!!」

 

 売り込んだ青年の首がガシッと新しい金属製の骨が入った腕の方で掴まれた……もし、病み上がりの乙女が力を入れたら、ポッキリと彼は逝くだろう。

 

「キ・サ・マ・か……魔力が使えないはずのこの世界の人間であるエヴァから魔力が感じられた原因は?」

 

「ピギィ?!」

 

 あまりの死の恐怖に精神が逝ったアフィスがチーンと魂が抜けた様子で昇天。

 

 フィクシーがポイッと横に捨てる。

 

「はぁぁ……あの地下施設にいなかったという事は恐らく、港の方だな。だが、データを取られた以上、色々と準備しているはずだ」

 

「フィー隊長。その……腕や脚の方はどうですか?」

 

 フィクシーが少年の頭を撫でる。

 

「気にするな。お前が途中で大き過ぎる部分を普通の人間サイズにしてくれたのだろう? お前の魔力を感じる……私の魔力だけではここまで集束できなかったからな」

 

「そ、その、一応……あの金属もその付けられた腕の方の骨として入れてるんですけど……」

 

「そのせいか? この腕からヤケに魔力が発されてるのは……元々、普通の腕の十倍近い代物になるはずだったのを此処まで戻してくれたのだな。金属まで骨にして……本当にお前には世話になっているな……ベル」

 

「僕の方がお世話になってますから。それに腕を戻したりは今の僕でもさすがに……肩の方の腕はどうですか?」

 

「ああ、動かせはするのだが、何か動く度に元々無い場所を動かすような感じがして気持ち悪くてな。今は折り畳んでいるが、問題は無さそうだ」

 

 少年の目の前で脇の下から元々の腕が背後から迫り出してきてニギニギと指を開いたり閉じたりした。

 

「取り敢えず、衣服を少し弄ってくれ。ヒューリ」

「ダメです」

「な、何?」

「戦闘には出ちゃダメですからね!!」

「ヒューリ。だが、私が行かなければ」

 

「ダメですッ!! だ、だって、ようやく取り返したんですよ!? この数日、何か酷い事をされてないかって!! 心配でした!!」

 

 ヒューリが涙目でフィクシーに叫ぶ。

 

「……ありがとう。ヒューリ」

 

 そっと、背中の右手が少女の頭を撫でる。

 

「だが、私はお前達の隊長だ。クローディオにばかり負担を掛けるわけにもいくまい。エヴァ・ヒューク……奴からも術式を取り上げねばならん。大隊長として、お前達の隊長として、因縁を持つ当人として……」

 

「……もう一人無理したりしませんか?」

「確約は出来ないが、お前の心遣いは決して忘れず胸に刻もう」

 

「ぅぅ……解りました。でも、途中で気分が悪くなったりしたら、言って下さいね!! 絶対ですよ!!」

 

「ああ、約束だ」

 

 2人の少女の様子にええ話やと横に倒れたまま、アフィスが涙脆い感じにウンウン頷いていた。

 

「それでベル。あの男と戦う為の準備はしてあるのだな?」

「あ、は、はい。この数日、色々と試していたので」

 

「分かった。では、ヒューリ。私の腕と可動域を見て、服に簡易でいいから袖を付けてくれ。後、攻撃用の武器を入れるポケットも増設してくれると助かる」

 

「使う気なんですか? その腕……」

「せっかくのプレゼントだ。治す前に使ってやろうではないか」

「分かりました。ちょっと男性陣は後ろを向いてて下さい」

 

 ゲシッとアフィスだけは物理的に足で向きを変えられ、少年は両手で顔を覆ってから自主的に後ろを向いた。

 

 それから数分で裁縫に必要な情報を図り終えたヒューリが自分の外套を使うと言い置いて、外に出ていく。

 

「オイ。ウェーイ。貴様は責任を取る覚悟があるなら、変換式の停止用コードを組んで来い」

 

「は、はぃいいぃ!? た、ただいまぁぁあぁあ!?」

 

 超特急でアフィスがその部屋から逃げていった。

 

「さて、ベル……正直に答えて欲しい。私のこの四肢は元に戻せるのか?」

 

「……気付いてたんですね」

 

「自分の体の事だ。かなり馴染み過ぎている感覚がある。お前の血を輸血された後も本当に輸血されたのか疑わしい程に私の血は前のままだった……大魔術師である私が自分の血に混ざりものが入って違和感を覚えないというのは考え難いのでな。お前の血もこの腕も馴染み方だけで言えば、ほぼ同じだ」

 

 ベルがフィクシーに了承を取ってから、アジトにあったので着せられていた手術着を右側だけ開けさせて、腕の付け根……まったく継ぎ目もなく少女の肌と同化した腕を優しく撫ぜていく。

 

「僕の血や肉はお父さんやお母さんが言うには……誰の死体からでもないもの。死そのものから作ったんだって言ってました」

 

「死、そのもの?」

 

「物心付いた時から、傷の治りが早かったり、僕の肉体の一部を切り取って、現地の人の失われた部分を再生させたりする施術はしてました。数日で僕は生えて来ますから……」

 

「そうか」

 

 辛い事ではない。

 

 いや、むしろ懐かしいというように聞こえる言葉にフィクシーは安易に慰めを掛けず。

 

「お爺ちゃんは……死には体が存在していたと言ってました」

「体がある死……どういう意味だ?」

 

「嘗て、僕達のいる宇宙に存在した幾つかの頂点存在。その中には死を司る者がいたんだって」

 

「死を司る者。死の神か?」

 

「いいえ、神を含めた全ての知的生命の発生源たる存在がいた当時……その他にも僕らの星には複数の神々、今は僕らがそう定義する祖となるものが存在した。人間の概念や叡智からではない。宇宙に最初から存在したナニカ……彼らの中に死はいたんだと」

 

「概念域に死が降り積もり始めた原初の理由、そういう事か?」

 

「はい。それをお爺ちゃんは“静寂の王”と呼んでいました」

 

「しじまのおう……」

 

「死から何かを作る時、概念域から齎される王の肉体、死の顕現を“終わりの土”……そう言って研究して……」

 

 少年が己の使う魔術が好きではないというのは純粋に嫌悪しているわけではなく……それが家族と自分を繋ぎながらも遠ざけるものであるからなのではないか。

 

 何処か複雑そうな顔をした目の前の部下を前にフィクシーはそんな気持ちとなっていた。

 

「ただし、人の叡智で再現される以上はその概念の範囲内でこの世界に現される。でも、元々知的生命のカテゴリから外れているから、体として死を形成すれば、人間であるけれども誰でもないものとなる」

 

「……誰でも無い死の顕現が人に同化し、そのものになる。そういう事か?」

 

 コクリと少年が頷いた。

 

「つまり、ゾンビ共は誰でも無い死を変質させて作られた。今やコレは私の腕そのものだと」

 

 フィクシーが自分の背後に付けられた腕と見分けが付かないものの、確実にソレより重い新しい腕を繁々と見やる。

 

「はい。基本的には波動錬金学みたいに魔力で物質を作り出す現象に近いんだと思います」

 

「むぅ……」

 

「これを切って再び戻す事は可能です。でも、先程解析した結果から言うと止めておいた方がいいかと」

 

「どういう事だ?」

 

「概論は省きますが、自身の認識出来る肉体が減ると脳と魂魄の魔力発生に異常が出るかもしれません。然るべき魔力を用いた施術が出来る場所でなければ、お勧め出来ません」

 

「大怪我を追うと魔力や魔術に支障が出るというアレか? 確か魂魄論……」

 

「はい。それに現在、繋げた金属骨が全身の骨に浸潤して保護しているみたいです。筋肉もかなり変質しているようで……でも、そうでないと数百キロもある肉体を本来、人体は支えきれないはずです。その意味でも不用意に腕を治そうとしたら、肉体が崩壊する可能性を否定出来ません」

 

「術師として、年頃の少女として、それは遠慮したいな。なら、しばらくはこの腕でやろう」

 

「すいません。元に戻せなくて……」

「気にするな。前に言っていた事を覚えているか?」

「えっと……」

「お前に背中を見て貰った時の事だ」

「傷の話……」

 

「そうだ。私の腕はこうなったが、傷ではない。傷ではないが、私の武勇伝を語るにはきっと十分だろう?」

 

 ウィンク一つ。

 少年はその強い女性の姿に込み上げて来るものを袖で拭った。

 

「はい!! きっと、誰もが信じてくれますよ!!」

 

「ふ、ようやく顔が明るくなったな。では、ベル……君に任せる。今の私に相応しい準備をお願いしていいか?」

 

「勿論ですッ」

 

 少年がフィクシーの背中から回り込み。

 手術着の上から背中に手を当てて、魔導方陣を展開。

 彼女の全身を解析する。

 

 そのデータを背景にして脳裏で彼女の為に必要な武装や重量を組み上げれば、そこには一つの完成形がある。

 

 目の前に戻って、外套の内側から少年がフィクシーの魔力を込められた金属の塊を取り出す。

 

「これは……私のこの腕の骨と同じか?」

 

「はい。フィー隊長の魔力が籠ってるものです。本来の重量はコレを加えた金属が細胞の量と釣り合った大きな腕になるはずだったんだと思います。でも、魔力で細胞を集束したので、余分な量が出来た。これを……」

 

 少年がその未だ鋼のようとしか分からなかった金属をいつも彼女が使う剣の形にして、懐からドロリとした粉末とオイルの混合物の入った瓶を取り出した。

 

「それは?」

 

「この都市に来る時に実験していたディミスリルの粉末をオイルで溶いたものです。これを付けて皮膜にすると……」

 

 虚空で剣にソレをビチャリと掛けてコーティングし、己の手で柄を握る。

 

 途端だった。

 

 僅かに色が鈍色から銀を鏤めたようなガラス細工にも似た質感に変化した。

 

 オイルを虚空で再び瓶に戻してから、少年がフィクシーの前に剣を置いた。

 

 外套から取り出した小さなレンチでそっと刃が叩かれる。

 

 瞬間。

 

 コォォォンと周囲に済んだ音色が響く。

 

「どうなったのだ?」

「解析終了……フィー隊長。持ってみて下さい」

「ああ……」

 

 両手で持った少女が以外そうな顔をした。

 

「軽い?」

 

「ディミスリルの付与効果です。皮膜処理すると内部の金属を磁石のように自身と同じ魔力を通す形質に変化させていく性質があって。それが進むと普通の金属も僕達の知るような魔力の媒質として優れた能力を発揮する……」

 

「何と―――ミスリル程の伝導性は感じない。だが、魔力を貯め込めるように思える……私のこの両手両足の骨に近い?」

 

「はい。フィー隊長の骨やこの剣に使われている金属は培養ゾンビの腕の強度や骨を再現する為に創られていた。そして、恐らくあの強度の秘密は……」

 

「ディミスリルか。エヴァはゾンビの再現をしていただけだが、その秘密に一部辿り着いていた。もし奴がディミスリルの詳細な情報まで手に入れれば……」

 

「恐らく手が付けられなくなります」

「それを止められるのは……」

 

 少年に瞳を向けたフィクシーが言葉を待った。

 

「フィー隊長と僕達だけです」

 

 それにコクリとベルが頷く。

 

「ならば、良し。準備は任せた。お前が知る限りのディミスリルの性質と金属毎の性質を聞かせてくれ」

 

「はい!!」

 

 少年は少女にこの数日で更に深めた知識を語りながら、それを応用した装備を渡し、使い方を教えていった。

 

 *

 

 数時間後。

 

 スイートホームの殆どでは捉えた守備隊の管理をする人員に人を割かれながらも順調に事態は推移していた。

 

 夕暮れ時。

 

 今日一日で多数の軽症者を出しながらも死人0で事を達成した人員の殆どはフィクシー達を褒めそやしたが、未だ湊には手を出しあぐねていた。

 

 理由はその不気味さと明らかに戦力が集約されている気配があったからだ。

 

 また、外壁にゾンビの群れが到達し、それを駆逐するのにも本来の守備隊がいない為、彼らが当たる事になっていた。

 

 そういった諸々のせいで実働戦力は半減以下にまで低減。

 

 未だエヴァの本隊が健在である事もあって、アンドレは制圧任務と外壁の防衛にスイートホームの余剰人員を当て、残った数名を引き連れて、アジトでようやく動けるようになったフィクシーに面会を求めていた。

 

「腕が増えたと聞いたが、具合は?」

 

「もうベルとヒューリのおかげですっかりだ。これから決戦だな」

 

「君も来るのか? あの男に体を弄られたのだろう? 大事を取って後方からの戦術指揮をしてくれるだけでも随分と助かるんだが……」

 

「私は指揮官向きではない。現場の隊長ならば、本領を発揮出来るだろうが、大局観が無いからな。それに自分の借りは自分で返す」

 

 フィクシーが既に鞘へと納められ、自分の横に立て掛けられてあった大剣を掴む。

 

「分かった。では、フィクシー大隊長。湊の本陣への強襲を手伝って貰いたい」

 

「心得た」

 

「狙うはあいつ一人だ。他は従っているあいつの敗北で大人しくなる。それくらいのカリスマはあるからな」

 

「今、ベルが我々の最後の装備を仕上げてくれている。かなりの重量になるのでな。現場まで乗せて行ってくれ」

 

「了解だ」

 

 2人の手が夕景より射す紫雲の輝きの下、結ばれる。

 

「シャンク。ジェシカを頼んだ。また無茶したって聞いたからな」

 

「すいません。リーダー」

 

 戻ってきたリーダーに部屋の隅に控えていた男が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「構わなさい。陽動を任せたのはこちらだ」

 

 戦場にスイートホームの人員を連れ立って少年を迎えにいった少女の額をコツンと人差し指が突いた。

 

「解ってるな? ジェシカ」

「ごめんなさい……」

 

 シュンとする少女の頭が撫でられる。

 

「人の命をお前は勝手に掛けたんだ。後で車両を運転してくれたマイケルに感謝と謝罪をしておきなさい」

 

「はいッ」

 

「よろしい。では、本題だ。ジェシカ。次の作戦にはさすがに参加させられない。全部終わってから船の入港と同時に入って来るんだ。いいね?」

 

「……どうしても?」

 

「どうしてもだ。もしジェシカが死んだら、今までやってきた事の意味がなくなる。それはリーダーとしても、父親としても、パパにとっては真の敗北なんだ」

 

「ぅん。分かった……でも、ちゃんと帰って来てね?」

「約束する」

 

 抱き着いてくる娘をきつく抱擁して、男もまた準備を終える。

 

「皆さん!! 出来ましたよ!!」

 

 ベルがガラガラと台車を圧してやってくる。

 

 その後方からも数人のスイートホームの面々が同じものを圧してやってきた。

 

「これは?」

 

 アンドレにベルが台車の1つの被いを取った。

 

「盾か?」

 

 2人の前に姿を現したのは赤銅色の長方形が僅かに湾曲したような代物が複数。

 

「はい。既存のこの世界にある装甲と比べても軽さと強度は折り紙付きです。ただ、衝撃を減殺するには限度があるので対物ライフルやRPG、手榴弾の直撃まで“しか”耐えられません」

 

 その説明に苦笑したのはアンドレもフィクシーも一緒だった。

 

「何なら耐えられないんだい?」

 

 その問いに少年は戦車砲と答えた。

 

「分かった。直撃しないよう留意しよう。積み込むぞ!!」

 

 アンドレがまったく目の前の少年の非凡さに肩を竦めながら運ばれて来た盾を全員分部下達と共に外の車両へと搬入し始める。

 

 そして、まだ手元に残していた台車からも被いを取った。

 それもまた赤銅色をしていた。

 しかし、盾ではなく。

 

「出来たのだな。新しい装甲が……」

 

 それは紅蓮の騎士との戦い以来。

 

 ずっと、少年が仲間達を護る為に思案していた軽装の装甲に代わる装備だ。

 

「はい。胸部は菱形で下腹部中心までカバーします。肩部から二の腕に掛けての装甲は見た通り、盾として使って下さい」

 

 丸みを帯びた縦長のシールドのような装甲が端を内側に削られるような加工で左右に二つ。

 

「分かった」

 

 フィクシーが今も着込んでいる軽装の上の装甲を外していく。

 

「手の甲にある装甲でも受けられますが、基本的には肩が一番分厚いです。腰回りの装甲は大腿部を後ろから保護する長さがあります。正面の太もも、膝、脛、足の甲の装甲は全て肩部装に次ぐ厚さがあります」

 

 少年がフィクシーの体から装甲を外し、また己の叡智を詰め込んだ鎧を装着していく。

 

「頭部の保護に兜型も試作しましたが、皆さんの視野の確保を優先し、バイザーと一体化した透明の顔面に圧着するマスク型にしました。付けているだけならば、外側からは両目の端の固定部位しか見えません」

 

「ふむ……確かに……」

 

「唇と鼻の部位は魔力で微量な力場を用いて防護。頭部などはバイザーが空間内の50cm以内に異物が入り込むと緊急起動して更に魔力の場で防護。基本的には純粋波動魔力による空気の層を用います」

 

「柔らかいのだな……表情も作れるのか……」

 

 フィクシーが渡された鏡を見て、殆ど外側からは目の端に小さな長方形の線、まるで化粧のようにも見えるものが付いているだけという様子に『ヒューリを慮っているのか?』という感想を内心に留めておく。

 

「はい。それと魔力の伝導でチャンネル間の通信をよりスムーズに行えます」

 

「助かる」

 

「また、毒性物質の呼吸からの除去、酸素濃度などの維持、魔導の生存を軸にした恒常性の術式が奔っていて、煙中、水中、火中でも魔力が続く限りという制限こそありますが、活動可能です。頭部の保護の本命は胸部装甲の背面です」

 

 少年が背面に回り込んで装甲に触れる。

 すると、フワリとした感触がして。

 フィクシーは傍にあった窓に映る自分の姿を見やる。

 

「何だ? 背部装甲から積層魔力の柱が複数……」

「これは―――」

 

 少年が少女に使い方を教えていく。

 

 その様子をヒューリが少しだけ羨ましいなという顔をしながらも、仕方ないと微笑みながら見守る。

 

 また、帰って来たクローディオが邪魔しちゃ悪いと言いたげに部屋の外で待ち。

 

 喚きそうになる涙目なアフィスの首根っこを掴んで大人しくさせた。

 

 全員が準備を終えたのはその三十分後。

 

 騎士団の外套や既存のコートの下、赤銅色の艶やかな表面をチラリと覗かせながら、五人の男女が五両のバンの屋根に乗り、出立する。

 

 此処から先は何処から何が飛んできてもおかしくない。

 

 事前の偵察はされていたが、それでも相手はこの街を知り尽くした守備隊。

 

 一直線の道路の先。

 湊へと走り出す。

 彼らの戦いが始まった。


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