ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第38話「奪還‐少女への想い‐」

 今朝方、霧雨が出た都市は雲海に覆われていた。

 

 日中と夜間の寒暖差が高くなった上に異常気象で異様に雲が発達し易い条件が揃っているとかいないとか。

 

 ただ、一つ確かなのは誰もがその空気が何か蟲の知らせのように肌へ突き刺さって来るのを本能的に感じていた事だろう。

 

 まだ、明け方の朝日も出ない薄暗いながらも数十m先が見渡せる時間帯。

 

 スイートホームに参加する全ての人員が同時に静かに電気自動車で出立。

 

 トラックが二十台程、大量の食糧を積んで最初の難関である都市の壁から離れた場所にある埠頭へと向かった。

 

「おかしい。壁の見張りがいない。扉も開け放たれている……確実に何処かで待ち伏せられてるな」

 

 スイートホーム所属の男。

 先頭車両のトラックを運転する彼が目を細める。

 

「行って下さい。どちらにしろ、我々がどうにかしなければ、皆さんは動けないんですから。出来る限り、御守りします」

 

「ぁ、ああ、お嬢ちゃん。あの坊主の仲間の魔法使いなんだろ。頼んだぜ」

 

 ヒューリが頷いた。

 

 先頭車両が減速せずに埠頭へと続く沿岸部の道を一直線。

 

 本来なら、そこを爆破して封鎖するくらいの事はするだろうと睨んでいたスイートホーム側だったのだが、そういった事もなく。

 

 それどころか埠頭近くのコンクリートが敷き詰められた一角まで出てきて、罅割れ、雑草が踏み荒らされた場所の先で土嚢が大量に積まれ、銃口が向いているのを見て……相手が徹底抗戦する気なのだと彼らは知った。

 

 最初の号砲は対物ライフルの一斉射だ。

 

 先頭車両のトラックのエンジンルームを完全無欠に破壊して、爆破炎上させるはずの一撃はしかし、輝く円環。

 

 防御方陣の輪の中に到達し、次々に弾けてあらぬ方向へと跳んでいく。

 

「皆さん、後ろに」

「わ、分かった」

 

 ヒューリがトラックの車列が止まったのをそのままにさせて、助手席から降りて未だに対物ライフル、マシンガン、ミニガン、RPGのフルコースが飛んでくる前方からの歓迎にただただ防御方陣で圧倒し、押し込んでいく。

 

 此処でようやく相手側に焦りが見えた。

 

 広く囲んだ土嚢の奥からは『囲め』との指示が飛んだが、防御方陣が拡大していく。

 

 10m、20m、30m、40m。

 

 埠頭を広く広く押し潰すように遮って圧する方陣防御を前に重火器で武装した誰もがもはや唖然としていた。

 

 大きい。

 ただ只管に大きい。

 

 その壁がズリズリと土嚢を押し退け、陣地を押し退けていく。

 

 輝く魔法陣としか思えぬ物が自分達のすぐ傍まで迫った時、守備隊の男達はもう手が無いと両手を上げる事となった。

 

 どんな火器を持って来ても水際まで押し込まれれば、どうにもならないと解っていたからだ。

 

 背後にある客船へと向かおうとした者達もいたが、守備隊の隊長だろう男がその隊員の肩を掴んで止めた。

 

「おめでとう。臆病者達よ。君達の勝利だ。どうとでもするがいい。あの客船には誓って部下は潜んでいない」

 

 降伏した守備隊がトラックから出て来た拳銃片手のスイートホームの人員に武装解除されて、すぐに手錠で後ろ手に繋がれ、腰を紐で結ばれて一塊にされていく。

 

「こいつら……」

 

 残存派の呆気ない降伏に僅か眉を潜めていたものの。

 

 そうしてもいられないとトラックが次々に客船へと埠頭のクレーンで後方の物資を積み込み始める。

 

「お嬢ちゃん。今、先行した仲間が船内を探索してるが、どうやら見た限りは罠や敵兵は潜んでないみたいだ」

 

「でも、必ずベルさんが創ったモノは使って下さい」

「分かった。お嬢ちゃんはこれからどうするんだい?」

「この場はお任せしてもいいですか?」

 

「ああ、沿岸警備隊仕込みだからな。武装解除してりゃ、こいつらみたいな陸軍の正規兵相手でも遅れは取らんよ」

 

「分かりました。では、都市の方へ向かいま―――」

 

 その時だった。

 銃声が上がった。

 埠頭周囲の山林からゾンビが大量に湧いて出ていたのだ。

 それにしても群れの数が多かった。

 

 ダース単位の群れがゾロゾロと向かってくるのが林の奥からでも確認出来る。

 

「まさか!?」

 

 ヒューリが守備隊達の方を見た。

 男達は太々しく肩を竦めている。

 

「今すぐ船を沖合に出して下さい!! この男達も一緒に!! きっと数日掛けて、近辺に群れを引き寄せてたんです!!」

 

「何だって!?」

 

「此処から船を出せば、都市部と直結してる湊しか使えない。つまり、そちらさえ落とされなければ、彼らは任務を果たしたも同然なんです」

 

「クソッ!? 何てこった!? CP!! CP!! こちらは客船班!! 応答されたし!!」

 

 男が軍用無線を取り出して使うも、ザーザーとしか音は帰って来なかった。

 

「ジャミングしてやがるな!?」

 

「今は私が此処を食い止めます!! 早く、物資の搬送と人員の乗船を!!」

 

「分かった!!」

 

 ヒューリが走りながらやってくる敵に向けてコート内のサブマシンガンを一挺取り出して連射した。

 

 次々に弾丸が一発ずつ、敵の頭部を爆ぜ散らかしていく。

 

 一斉に襲い掛かって来た数十体の化け物達は作業中のスイートホームの人員にも襲い掛かろうとしたが、一匹も近くへ到達する事は無かった。

 

 海風に煽られて、首元のフックが外れた外套の内側が明らかになる。

 

 合計4挺のサブマシンガンに弾倉20本。

 

 他にも魔力で身体を強化していなければ、到底持ち運べそうにないだろう大量の兵器が外套内部には張り付けられていた。

 

 それからの1時間半。

 

 彼女は次から次へとやってくるゾンビ達の頭を大量に爆ぜ散らせながら作業現場を護り切り、ようやく離岸する客船を見送って、未だに集まりつつあるゾンビ達に背を向けて撃ち尽くしたサブマシンガンと弾倉を捨て去って逃走に入る。

 

 無限湧きに等しいゾンビの相手なんてしている暇はない。

 早く行かなければと彼女は車両で元来た道を走り始めた。

 

 *

 

 都市部沿岸でゾンビと少女が戦っていた頃。

 夜明け頃の商業区。

 いつもならば出ている露店は存在せず。

 

 また、空いているはずの店も閉まっているストリートの一角を片腕のエルフは歩いていた。

 

 通りの先にある噴水広場。

 

 商業中心の場はすぐそこであったが、その広場を封鎖するように土嚢が積み上げられ、一晩で作られたのだろう即席の陣地後方から対物ライフルが容赦なく誰何すらなく放たれた。

 

 が、男はヒラリとソレを交わして見せる。

 

 ライフル弾の中でも極めて初速が早いはずの弾丸がヒラリヒラリと生身のエルフには回避されていく。

 

 心胆寒からしめる相手は何者か。

 守備隊の誰もがゴクリと唾を呑み込んだ。

 

 いつもお茶らけた感じのエルフであるが、彼の視力は常人など遥かに超えて優秀であり、超人中でも極めて優位だ。

 

 数km先の埃すら見える彼にお得意の狙撃で勝てる者や狙撃そのものを当てようなど、正しくお笑いであった。

 

 敵が数を頼みにするゾンビでもなければ、自分と対等以上の超越者でもないのなら、回避運動には魔力すら要らなかった。

 

 彼の脳裏にある弾道予測は外れない。

 相手の弾丸を予測すれば、当たってやる方が難しい。

 巨大な爆撃すら防ぎ切る彼の防御技術は超一級品だ。

 

 ヒット&アウェイを旨とする彼の元所属部隊は狙撃技術と防御技術を磨いた完全無欠の通り魔部隊であった。

 

 移動力を魔術や魔導、機械で補う事が出来れば、それこそ相手が反撃しようとする頃には戦域から離脱している事もザラだった。

 

 それでも部隊を保全する為の殿は必要とされたし、それを遣り遂げた彼は未だに部隊の同僚からは英雄だ。

 

 クローディオが来る直前に集めておいた指で弾ける程度の小石をパンパンになった外套の内ポケットから取り出しては親指の指先で弾いていく。

 

 その度にビスビスビスッと土嚢奥からライフルやサブマシンガンを連射し始めた男達が頭骨を適切に打撃されて、一撃で落ちていく。

 

 射貫かれたと体を硬直させた同僚なども良い的だ。

 

 弾丸の軌道を読み切った男の優雅な天地も無い歩法は壁、床、弾幕密度が薄い場所を次々と渡り、避けながら進んで終に20m至近まで到着。

 

 もはや恐慌一歩手前の男達は次々に手榴弾を投擲。

 

 だが、それを指弾で弾き飛ばしてあらぬ方向へと誘導した彼が最初の土嚢の上を通り過ぎた時、ドゴォォオオッと一斉起爆による全周からの爆風が男達の身を竦ませ、それがトドメの隙となった。

 

 タワーに急行する戦力の一角。

 

 その中でも最大人数だろう場所を急襲したエルフの元英雄は一直線に空へと飛び上がり、男達の頭上からトップアタックをかまして指弾を乱れ撃つ。

 

 それが全て狙い違わず男達の旋毛を撃てば、やはり意識を昏倒させた男達は倒れるしかなかった。

 

 勿論、脳溢血とか脳出血すらしていない。

 

「大丈夫だぞ~~武装解除と連行よろしくなぁ~」

 

 男が手を振れば、合図に次々と武装したスイートホームの男達が雪崩れ込んできて、部隊の身包みを剥ぎまくり、パンツいっちょにしてすぐ傍までやってきたホロ付きの野菜でも積まれていそうなトラックの荷台に放り込んでいく。

 

「この調子で後3つかぁ……ま、何とかなるか。魔力も残しとかなきゃだからな」

 

 彼の狙撃は終わらない。

 朝日が昇る直前。

 都市の一角では早くも守備隊の一部が崩され始めていた。

 

 *

 

「どどど、どーしてオレがぁあぁあ!?」

 

 アフィス・カルトゥナーは泣いていた。

 

 この都市に来てから、優しいオッサンが美女一杯で沢山お酒を飲ましてくれたと思ったら、見知らぬオッサンに連れ出されてよく分からない地下施設へと連れ込まれ、何とか逃げ出したら迷宮みたいに入り組んでいて迷い。

 

 どうにか数日後に助かったと思ったら、騎士団のオッサンなイケメンなるエルフに助けられ、ようやく美少女に出会ったと思ったら、白い目を向けてから無視され、女性と愉しいお話をしようとしたら、ガキを連れた怖いお兄さんに軍事教練され、今その成果を示す時だと弾除けみたいな感じで防御方陣を張らされて、銃弾を何百発も受け切っている。

 

「ひぐぅぅぅ!? この見た目だけなら貴族っぽいとお水のお姉ちゃん達に評判だったオレがどーしてぇえ!? なんでぇええ!? なじぇぇえええええ!!?」

 

「うるさい!? 黙って、壁になれ」

 

 シャンクが首筋を掴んだまま防御方陣を張らせつつ、前進。

 

 時折、普通の壁も使って、アフィスを休ませつつ、再び前進。

 

 その合間に通りの先の守備隊の足や腕を小口径の銃弾で打ち抜きつつ前進。

 

「これはわるいゆめゆめゆめ―――」

 

「オイ。いい加減黙れ。壁は壁らしく壁の任務に当たれ。お前の上官に言われただろ?」

 

「クローディオの旦那はなぁ!! あんなナリしててもオレとは天地!! テンッ・チッ、の差なんだぞおおお!? あの人、確か“沙漠の爆呪”って呼ばれてたやつ!?」

 

「バクジュー?」

 

「オレらの世界じゃ、魔術師にはなぁ。二つ名があるの!! エイリアス!! 真名とは違う事もあるけどな!! あッッ!!? ああぁ、オレの馬鹿!? バカ馬鹿ばか!? 新聞で見てたじゃねぇか!?」

 

「新聞?」

 

「ガリオスの英雄って、アレ実際には現地の反乱軍とか裏切った政府軍とか、500人は殺ってただろ!? うぅ!? 魔力も魔術も超常の力も使わずに術師や超越者の頭を狙撃やそこら辺にあるもん投げるだけで爆ぜさせるとか!! どう見ても死神です本当にありがとうございましたぁあ!?」

 

「うるっせぇ!?」

 

 対物ライフルの弾丸がベゴォンとアフィスの防御方陣にクリーンヒットし、ベキッと罅割れた。

 

「死にたくないぃいいぃぃ!? オレ、まだお水のお姉ちゃんやヒューリちゃんやフィクシー大隊長殿の太ももに埋もれてないぃいぃぃ!!?」

 

「く、こいつダメだ。早くなんとかしないと!?」

 

 シャンクが明らかに錯乱する使えないアフィスを壁役から引退させてやり、その首筋を掴んだまま、通りの路地裏から回り込む道を選択する。

 

「何故なんだ!? 魔術大学出て就職先落ちて遊んでただけじゃんオレ!! 騎士団入ったら、団長が良いとこのお嬢様を紹介してくれるって言ったから入っただけなのにぃぃいぃ!? ダンチョォオオ!? オレに紹介してくれる子って一体誰だったんすかぁあぁあ!?」

 

「煩い!? 位置がバレるだろうが!?」

 

 ゴインと頭が適当な壁にブツけられる。

 

「ひぎょぉおあ!? お、おぉおぉおぉぉ……善導騎士団のカワイイ女性騎士名鑑を作り上げたオレの頭脳がぁああぁあ!? あ、今、ばっちゃんがお花畑に―――」

 

 ゴスッと鳩尾に一発入れられたアフィスが完全沈黙し、錯乱状態を解除された。

 

「( ´Д`)=3」

 

 ようやく静かになった壁をズリズリと引きずりつつ、シャンクは魔術を使う相手を使った陽動に多くの部隊が引っかかってくれるだろうかと周囲を警戒しつつ、守備隊の陣地へと向かうのだった。

 

 *

 

 都市各地でスイートホームの襲撃が確認されていたが通常の巡回部隊以外、守備隊は動いておらず。

 

 また、港とタワーを固める親衛隊も動かなかった。

 全ては陽動。

 

 そんなのは彼らの主にも分かっていたし、それを分かっていて戦う事になるとタワーは一昼夜も掛からず、陣地化され、土嚢の迷宮の各地には自立制御式ターレットがドカンと数機置かれ、機関銃、130mm以上の砲塔が複数、タワー周辺には設置されていた。

 

 守備隊の精鋭と親衛隊の多くはこの場所でメットと機関銃一つを手にして、偵察部隊及びドローンからの相手の発見報告とターゲッティングを待っていた。

 

 だが、しかし敵影は影も形もなく。

 

 朝食の時間になり、都市各地での襲撃があちらはそんなに進んでいないのだろうかと逃げ出そうとする者達を揶揄しながらサンドイッチは齧られて。

 

『まだ偵察部隊の連中戻って来ないのか』

 

『しょうがありません。ECM下の戦闘ですし、あちこち回らなければ、状況も見えませんから。こちらのドローンも自立式で各地点を回って来てから映像を回収する方式ですし』

 

『あのスイートホームの臆病者共……陣地の前で無くなった脚や腕を抱えてピーピー泣いてんじゃねぇか?』

 

『さて、どうでしょうか。こちらの火力は圧倒的、それも陣地防衛ですよ? ついでにヤバそうならさっさと逃げろが我らが大将の訓示です』

 

『だが、引き際が分からん事もあるだろう。例えば、お前がたった一人のヤバい奴を前にして人員と武器弾薬を全部持った状態だったら、引くような事はあるか?』

 

『それは……倒せるかもしれないと思いますけど』

『まぁ、杞憂かもしれん。始まるまではまったり行こう』

『そうですね』

 

 男達が巨大な腕や脚で寛ぎながら、コーヒー片手の朝飯を摂っている最中。

 不意に彼らの鼻には妙な香りがしてきた。

 

『何だ? コンクリートくせぇ……どっかで銃弾で砕けたのが飛んで来たか?』

 

 その粉塵が薄らと漂い始める周囲で双眼鏡を手に四方八方を確認していた男達が元凶を確認するより先にドザアアアアアアアアアアアアアッと莫大な量のコンクリの粉塵が襲い掛かった。

 

『て、敵襲ぅうううううううううううううううう!!!』

 

『敵は何処だ!?』

 

『確認出来ません!!! 魔力感知用のレーダーにも何も映ってません!!』

 

『何だ!? 何処から、何処からこの粉塵がッ、ゴバ!?』

 

 思わず溺れそうな程に陣地全体に粉塵が降り注ぎ、その中でようやく双眼鏡片手の者達の一人が数十m先のコンクリ製のそう大きくない3階立てのビルが上からまるで沈んでいるかのように失われていく光景を目撃する。

 

『す、数十m先でビルが無くなっていきます!!』

 

『何が起ってんだ!? クソ!? このままじゃ陣地が埋もれちまう!? だが、此処を離れたらッ、ゴフゴフッ、全隊!! マスク装着!!』

 

 男達が次々にガスマスクを装着しながら、敵は何処だと銃口を彷徨わせる。

 

 しかし、敵は見えず。

 

 更に男達の陣地がコンクリの粉で埋まり、さすがに身動きが取れそうになくなると退避せざるを得なくなった。

 

 設置していた重火器の大半がコンクリの粉によって埋もれ、砲すらも大量の粉塵が砲口内へと入り込み、動かそうにも下が埋まって使用不能へと陥っていく。

 

 しかし、そうだとしても彼らは携行火器だけでも十分な火力が出せる精鋭だ。

 

 持っている弾薬は人力移動させた為、何とか戦線維持は可能。

 

 そう、可能な、はずだった。

 

『な、何だ!? 今度は何が―――』

 

 上から今度は大量の粘液が降り注ぐ。

 

 デロデロと降り注ぐ水気を含んだソレは周囲に散乱するコンクリの粉を吸って重くなり、男達の足元の環境を極めて悪化させていく。

 

 のみならず、携行火器にも纏わり付き。

 

『ぐ、ぐぉおお!? クソ!? 相手はオレ達から武器を取り上げるつもりだ』

 

『身体で火器を庇え!! 移動するんだ!!』

『だ、ダメです!? まともに動けません!?』

 

『このスライムとコンクリが混ざったヤツが重くて、ぐぐ!?!』

 

 ドンドンと動かし難くなっていく火器が男達の手の中でスライムとコンクリ塗れとなって持てる重さではなくなっていく。

 

 逃げ出そうにも逃げ出そうとした男達の行く手にスライム的な雨がダバダバ降るのだ……その場に留まらねば、コンクリの粉とスライムの海に埋まってしまう。

 

『くそぅ!? 何だッ!? どういう事だ!! 卑怯だぞ!? 戦え!! 戦えぇえ!?』

 

 見えざる相手を前に隊員の一人が喚く。

 

 しかし、その相手への返答はスライムの雨とコンクリの雨の二重奏だった。

 

『がぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?』

 

 息をするのすら辛くなりながら、何とか彼らがコンクリとスライムの詰まった銃を捨て去り、タワー内部に退避する。

 

 だが、それが彼らの戦いの終わりであった。

 スライムでもコンクリの粉でもなく。

 単純に純粋な白い粉が彼らの周囲に降り注ぐ。

 

『コイツはな、何だ!? 粉!? ヤクか!? 小麦粉か!?』

 

 しかし、彼らがその真実を知る事は無い。

 

 パウダーに埋もれた彼らは更にタワー内部の部屋に逃げ込もうとしたが、その時にはもうタワーの一階は人が動ける程に物理的な空間は存在していなかった。

 

 辛うじて上半身の半分が埋まった状況の彼らが抜け出そうにも粉はサラッサラであった。要は掘っても掘っても徒労系であった。

 

『CPに脱出と湊への後退を進言、しろ……』

 

『はい……命令が来ました。スイートホームの連中に回収されて大人しくしておけ、だそうです』

 

『ふ、さすが我らの英雄。逃げ足だけは今も衰えていないな。もう地下道に入ったか……』

 

『あの逃げっぷりが無ければ、我々はあの戦場でゾンビ共の餌だった……祈りましょう。彼の勝利を……』

 

 コンクリとスライムと謎の白い粉が融合した物体は彼らの衣服を完全無欠に重くしており、腕を上げる事すら出来なくなっていた。

 

 そんなもう無抵抗となった彼らを観察後、少年はイソイソとタワー内に残していたゴーレムの一部で開けた外壁の穴から一階の部屋へと侵入し、解析し終えていた地下二階のトイレの上で魔導を展開、そのまま地表を歪めて押しやりながら穴を開けつつ、沈んでいく。

 

「何か物凄く罪悪感……」

 

 少年がやったのは要塞を創る際の応用した環境の操作だ。

 

 丁度、ゴーレムがタワー内に残っていたのであちこちで作業させたのである。

 

 自分の魔導を延伸しつつ、あちこちの物資集積所から事前に作り置きしておいたものをゴーレム製のポケットの入り口に流し込み、相手を見えざる場所から誘導しつつ追い込む簡単なお仕事だ。

 

 ちなみにスライムは海水を濾過した水にコーンスターチを混ぜたノリである。

 

 この数日、全力で魔導を回して作った大量のトウモロコシを粉にして貯めて置いたのだが、それを混ぜてノリにしたり、ただ単純にそのまま相手が埋まる程にぶっかけただけだ。

 

 相手は激おこかもしれないが、少年は戦闘能力はそんなに無いので戦闘のプロと真面目にお付き合いは出来ないというのが本音であった。

 

 例え、どれだけの膂力があろうとも、単なる腕であるならば、親衛隊だろうが、守備隊だろうが一か所に陣なんて構えている時点で相手になりはしない。

 

 そもそもエヴァの魔力を感知する方法とて、それを本職で使う魔術師が隠蔽すれば、すぐにバレるようなものでもない。

 

 兵隊をそうして生き埋めにした少年はそれから一分もせず、ポムッと開けた天井の穴からトイレ内部に降り立った。

 

 丁度個室である。

 

「ぁ」

「あ」

 

 顔面の無い子供が一人入っていた。

 

「あ、ご、ごめんなさい!! ご、ごゆっくり」

 

 ペコリと少年が頭を下げてから、扉から出て占める。

 

 そして、恐らくは調整室か実験室だろうとトイレから出てスタスタと実験室の扉の前に立ち、そのまま入っていく。

 

 すると、そこにはやはり顔面の無い青年が多数いた。

 しかし、その部屋の中央を見て、少年がピタリと止まる。

 其処にはフィクシー・サンクレットがいた。

 

 胴体部分は隠れていたが、その四肢は剥き出しになっており……その四肢は少なくとも単なる人間のものには見えなかった。

 

 少年の背後からスパナを持った青年が殴り掛かる。

 ゴインと音がして、少年の頭骨に罅が入った。

 しかし、途端―――その青年がその自分の腕。

 

 培養ゾンビの腕が枯れ木のようになっている事に気付いて絶叫を上げた。

 

 途端、時間が動き出した実験室内で次々に少年に殴り掛かろうとする者や逃げ出す者が錯綜する。

 

 だが、一人とて次に少年の頭部を捕らえる投擲物は無かった。

 

 白く何かが滲んでいる。

 彼らは見てしまう。

 

 その白く滲んだ少年の周囲の何かがペキッと割れてしまうのを……そして、その内から溢れ出した黒いものが少年の周囲で……まるで少年を護るかのように渦巻くのを……彼らは見てしまった。

 

 その多くが瞳に違和感を覚えて、急激に劣化していく義眼が錆び付く様子を互いに視ながら、最後には完全な暗闇に閉ざされた。

 

「フィー隊長。助けに来ましたよ」

 

 まだ目覚めない己の隊長にしょうがないなぁと僅かに微笑んで。

 

 少年はその掛けられているシートに体を包み。

 その明らかに前よりも体重が重いだろう少女を背負う。

 それだけで少年の足元のタイルが割れた。

 

 しかし、少年は自分の背骨や腕や脚の骨が罅割れていくのも構わず。

 

 ゆっくりとだが、確かな足取りで少女の重さを噛み締め。

 

「お邪魔しました」

 

 そう言って、通路へと出て、自身の周囲に蠢く黒いソレを掴み潰した。

 

 途端、少女の未だ集束され切っていなかった巨大な膨れた金属と細胞の混合塊、義肢が形を成して人の腕や脚へと形のみ戻っていく。

 

 だが、その包んだ彼女の背筋の付近にも腕が付いており、そちらの腕がピクリと動いた。

 

 今の今まで化け物の細胞と金属の混合物に魔力を吸い続けられていたのだ。

 

 それがようやく解消され、体内への魔力の充填が始まった。

 

 大魔術師の生態には詳しく無くても、常時彼らの多くが自身の賦活用術式を用いているのは少年には自明だ。

 

 少年の両親も祖父も大魔術師だったのだから。

 

 人型の腕や脚に戻った化け物の細胞は完全に形を保っているが、金属はまるで手足から突き出す武器のようにも見える。

 

 そのままでは歩くのも普通に過ごすのも支障が出るだろう。

 

 少年が、その金属を全て歪ませて斬り落とそうとしたが、その金属に大量の少女の魔力が宿っていて尚且つ骨の部分なのだと理解し、その場で処置する事とする。

 

 通路には複数人の目撃者がいたものの構わず。

 

 彼女の両手両足からゆっくりと金属骨や装甲にも見えるソレを全て抜き出して、虚空で一まとめに丸めてから再形成。

 

 人間大の腕の骨、脚の骨、にしてはだの上から少女の内部へ埋め込み。

 

 足は更に本来の骨に癒着するよう体内で柔らかくしながら馴染ませる。

 

 化け物の細胞は再生力は高いらしく。

 

 骨を再度埋め込まれて魔力が充填された状態だとすぐに亀裂を塞ぎ始めた。

 

 だが、大量に金属が余る。

 

 少年はこれもまた今は少女の魔力が集まる大事なパーツの1つだと虚空に展開するポケットを肥大化させる導線の輪を周囲の壁の建材から作って潜らせ消した。

 

 再び腕が4つになった少女を担ぎ直した少年はそのまま階段を昇り、全てのドア、隔壁をただ通り過ぎるだけで全て歪ませ、穴を開けながら通過。

 

 元来た一階まで出て、未だに呻いている男達をそのままに壁を歪め破って、外へと出ていく。

 

 すると、彼を見付けて走って来たらしき大型の黒いバンが1台。

 

 すぐ傍に止まった。

 

「乗って!!」

 

 助手席のジェシカの声に自分より先に少女を内部へと押し入れてから飛び乗った少年が車両を追って来たらしき軍用車を数台後方に見付ける。

 

「い、行くぞ!! 何だ!? クソ重くなってんじゃねぇか!?」

 

 スイートホームの男が運転席で目一杯アクセルを踏み込みながら、加速がやけに遅いのに驚きつつも発進させた。

 

「良かったぁッ!! ひ、一人でタワーに向かうって聞いて!! す、凄く心配したんだから!!」

 

 ジェシカが安堵した様子で涙目になった顔を袖拭う。

 

「ありがとうございます。ジェシカさん」

 

「い、いいの。だって、仲間の人。助けに来たんだよね? その人が無事で良かったね!!」

 

「……はい」

 

 少年が無事と言っていいのかどうか。

 

 未だジェシカには見えていないだろう肩甲骨の後ろから突き出た本来の腕の事を思って、後で普通の腕のように化け物の腕に同化出来ないか試そうと心に決める。

 

 そうして昼前には少女を奪還した少年はスイートホーム前線基地となるアジトへと戻り、帰還したヒューリとアフィスと共に僅かな休息を摂るのだった。


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