ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第31話「海上の死闘(船酔いとの)」

 風速10m以上の時化だった。

 

 高波は船を揺らし、曇りの隙間から見える夕景はすぐに黒い石炭のようにすら見える厚い雲に流されて水平線は僅かな黄金を失う。

 

 海のロマンを語るには生憎の天気。

 

 否、如何にもな天気と言うべきだったが、陸地はずっと見えている。

 

 その海の荒波に向かって動き、集団自殺の現場かという崖や海岸線沿いには大量の死体になった生きていたはずの死体が打ち上げられていた。

 

 フナムシや魚に食われた死体達が白い砂浜として見えるのだという嬉しくない名所を通過後。

 

 本日もタンカーは進んでいる。

 

『荒れてんなぁ。沿岸海域つっても限度があんだろぉ。座礁すんじゃねぇかコレ』

 

『でも、仕方ないだろ。Z化した海獣類なんぞに出会ったら、一溜りもないし』

 

『そういや、大西洋の方だと蛸の化け物が出るらしいぜ』

『はは、それじゃ一緒に海の底に都市も眠ってるのか?』

 

『いやいや、魚人共が錆びれた漁村で怪しい儀式をしてるのさ♪』

 

『『ゲラゲラゲラ―――』』

 

 海に出て4日。

 後1日で新たな都市に付く。

 

 そう言われても、ベル以外の全員がグロッキー状態であ~う~とゾンビのように呻くだけになっていた。

 

 彼らにとってこの世で最も怖いのが船酔いになったのは二日前。

 

 海が荒れ始めた頃からだ。

 

 最初こそ潮風を楽しんでいた一行であったが、ケロリとしていたのは海の男達とベルのみ。

 

 人生で初めて味わう水の上の揺れに三半規管は混乱のどん底。

 

 目が回って気持ち悪いと言い出した彼らには胃の内容物を虹の川にするか。

 

 あるいはジッと耐えてイタリアの彫刻みたいに固まるかの選択肢しか無かった。

 

『ぅぅ、帝王学に海での威厳の保ち方とかありませんでしたよ!! っぷ?!』

 

『く……人間に耐えられるものなのか。この揺れは……ッ』

 

『おぇ~~おぇ~~おぇ~~ぁ~~~吐くもんも無くなっちまった。ふふふ……』

 

 大陸において海というのは基本的に沿岸国にしか縁の無いものだ。

 

 何故なら彼らの惑星には世界に一つの大陸しかないのだから。

 

 遥か彼方の沖合いには独特の文化を持つ島々があるという話もあるが、一般人には何ら関係無い話である。

 

 内陸では長大な河川などがある国家はそう多くこそないが存在しており、魔術や船によって作られる海上都市、異種や亜人達のコミュニティーである海中都市、海底都市という類のものもある。

 

 だが、これが大陸中央諸国に限定すると殆ど大きな川というのは都市の中を流れる一級河川くらいが関の山であり、酔う程に船の上で生活する文化も持たない彼らには水上で三半規管を鍛えるという選択肢も無かった。

 

 要は何をどうしたところで魔術や魔導でも使わない限り、彼らは地獄の苦しみから解放されないのだ。

 

 そこに救世主となるはずだった少年は無慈悲な爆弾発言を一言。

 

『あ、無駄な情報は汎用式に無いです』

 

 それはそうだろう。

 魔導は大陸中央で発達した代物だ。

 

 それも初心者用の汎用式に専門的な要素に分類される船酔いの対処用の術式など載っているはずが無かった。

 

 もうダメだぁ!!

 お終いだぁ!!

 

 天地が裂けて、地球が終焉したかのような絶望に打ち拉がれる一行はベル以外、結局もう完全に船室の部屋か船の医務室で横になり、酔い止めを貰うだけのゾンビ染みた顔色の御荷物となり。

 

 一人無事な少年などはタンカー内部に固定化されたキャンピングカー内で揺れても問題ない魔術の研究……彼がディミスリルと名付けたソレを空中で別の金属と合金にしたり、触媒にしたりして性質を確め、色々と書き物などをしていたが、それにしてもちょっと一人で寂しいというのが本音であった。

 

(ディミスリルそのものは魔力を通すミスリルに近い……でも、強度、硬度、剛性、色々ミスリルにはまるで及ばない……これだけなら七教会が今実用化してるって噂されてるミスリルの代替品の方がきっと……でも……)

 

 少年が鉄とディミスリルを魔導方陣内に展開し、空中で熱しながら混ぜ合わせる。

 

(合金化すると一瞬だけ諸々の性質の内の幾つかの数値が跳ね上がる。ただ、合金化が終了すると同時にまた元の値に……合金そのものも鉄にディミスリルの性質が付与されて単純に脆くなってるだけ……あの金属の怪物みたいに柔軟で強度がある状態にはならない)

 

 この金属を安定した状態で合金化中のような状態で運用出来たならば、まるでミスリルよりも柔軟性に富み、極めて魔力を安定して集積、浸透させられる武器や魔術具の製造が可能になるとベルは睨んでいた。

 

 実際、対黙示録の騎士用の装備としてベルは片手間に試射も済ませて威力も確認済みの特性【魔力を込めた弾丸や矢】を1トン程製造している。

 

 紅蓮の騎士との戦いで使った試作品などは試金石としては丁度良い具合に仕上がった。

 

(消耗品なら純度を高めて表面をコーティングしておけば、魔術具用の素材としてなら十分だけど、実用品の武器なんかには転用出来ない……鏃や弾体みたいなのならいいんだろうけど)

 

 ソレを争点済みの重火器も外套内部に入っているのでもしもの時もある程度は戦う事が出来るだろう……しかし、それでもあの騎士達相手に十分な威力ではないとベルは確信していた。

 

 七教会の対魔王汎用兵装たる全身鎧には幾つもの優秀さを証明する逸話がある。

 

 そして、そのほぼ全てが事実だ。

 

 近年になって新型も投入されており、噂では最高位の少数配備された新型は聖女にすら迫る性能を持つと実しやかに噂されている。

 

 ベルとて魔導師の端くれであり、そういった情報は故郷を出る前から多少は聞いていた。

 

(僕の汎用式じゃ複雑なものは造れない。細いものを複雑に束ねたり、細かい回路みたいなものが造れないのはきっと汎用性が在り過ぎる魔導に一定の歯止めを掛ける為なんだろうな……錬金術系の情報も不用意に複雑な機械が作れないようにされてると見た方がいいし)

 

 いつも少年がコピーする重火器などは形状こそ複雑なパーツの寄せ集めだが繊維を束ねるような複雑さや回路を作るような緻密な作業も必要としない。

 

 純粋に必要な部材をパーツ毎に整形して組み合わせればいいだけの代物だ。

 

(きっと、魔導で重火器が造れるのは……七教会にとって重火器が何の問題にもならないものだからなのかも……)

 

 研究にも労力はいる。

 

 横に出していた缶詰をそろそろ昼時だと食べようとして手を伸ばした時、船が揺れ、周囲に並べていた各超純化した金属元素のインゴットに粉状にしていたディミスリルがぶちまけられた。

 

「ぁ……後で掃除しなきゃ」

 

 溜息を吐いて少年がインゴットをディミスリルの粉塗れの状況から引き上げる。

 

「……?」

 

 少年がソレを持った瞬間、違和感を感じた。

 

 そして、ふとそのインゴットを目の前に置いて、横に置いていたハンマーで叩いてみる。

 

 すると、ベギョッとハンマーの金属製であるはずの接触部分が拉げるようにして罅割れた。

 

「―――どうして?」

 

 魔導を展開しながらインゴットを握る。

 

 すると、同時に今まで合金化中にしか出てこなかった数値が所々から検出された。

 

「……僕が握った場所?」

 

 インゴットから粉を払い落として計測してみると、少年が握った場所に限ってのみ、そのような反応が帰ってきた。

 

「解析……ええと、手の油分で粉が微量付着してる……それが金属の外側に張り付いて……僕の魔力を微量だけ吸収して?……今まで合金にしたりして使おうとしかしてなかったけど、これって……」

 

 少年が魔導で散らばった粉を集めた後、工業用のオイルを幾らか混ぜてそれの中に浮かせたインゴットを次々に突っ込む。

 

 その後、その油は瓶詰めして封印。

 

 インゴットの表面を布などで拭いてから乾燥させ、余分の油と粉も払い落としてから目の前に置いた。

 

 その後、自分の手でソレを満遍なく触ってから、ハンマーがなくなったのでレンチでチョンチョンと叩き始める。

 

 すると途中でやはりレンチがベギョンと変型して折れた。

 

 それまでに叩いたインゴットの多くでも今までに無い数値が出た事を魔導が虚空に出している映像中の数値から観測出来た。

 

(ああ、そっか。魔力を通すのに脆いなら脆くても構わない状態でも魔力を付与出来るって事で……ミスリルみたいに魔力を付与してもすぐに伝導率が高過ぎて外に拡散するようなものとも違うって事は……魔力を溜め込める性質を外部から付与出来る……)

 

 少年がインゴットを一つ掴み上げて繁々と見やる。

 

(それに結合せずオイルみたいな媒質を通して吸着した状態だとインゴット毎に別々の反応が……それに中身の魔力伝導性も上がってる? この性質まるで磁石みたいな……魔力を通す鉱物に変貌して、まったく違う性質も獲得してる……)

 

 少年がディミスリルの加工の足掛かりを手に入れて、僅かに口元を緩めた。

 

(合金化してもダメだったのは完全に混ざると性質が同化しちゃうからなのかな? 培養ゾンビの腕の強度ってもしかしてこういう原理を使ってるんじゃ……)

 

 少年が悩みながらも、再び新しいレンチを取り出して、全てのインゴットをコンコンしようとした時、フッと背中に気配を感じて後を振り向く。

 

「何してはるん? ベルはん」

「え!?」

 

 思わず振り返った場所にいたのは七教会の法衣姿。

 シュピナーゼ・ガンガリオだった。

 

「シュ、シュピナさん!?」

「はい。シュピナどすえ」

「どうして此処に?」

「面白い事ないかと思うて」

「え、あ、す、済みません。近頃、忙しくて……」

「ベルはん。忙しいん?」

 

「い、いえ!? 今はまったく忙しくありません。あ、片付けちゃいますね」

 

 少年がイソイソと少女を前にしてテーブルに広げたインゴットの固まりを仕舞おうとする。

 

「あ、それ何?」

「これは僕の研究中のものなんです」

「ケンキュー? ウチ、ムツカシイのは分からんよ?」

「これはちょっと叩くと……」

 

 ベルが小さなレンチを犠牲にしてベキョンと曲がる様子をシュピナに見せた。

 

 少女が目を丸くしてからどうやったのかと軽く叩いたはずのレンチがものの見事に捻れて砕けそうになっている様子に首を傾げる。

 

「今、これがどうしてこうなったのかを考えてるんですよ」

 

「ウチにも出来る?」

「え、ええ、出来ると思いますけど、危ないですよ」

「面白いのは好きよ?」

 

 上目遣いでやらせてやらせてと言われた少年は実際危ない研究なのは自覚があったものの、此処で邪険にも出来ず、自分と一緒に握ってやるならば、という条件を付けた。

 

 するとシュピナは少年の小さな膝の上にフワリと腰掛け。

 一緒にやろうと微笑む。

 

(ぅ……や、柔らか……シュピナさん……ぅぅ……)

 

 頬を赤くしながらも期待した瞳の少女には抗えず。

 

 少年が危なくないと今は確認が取れたインゴットから優しく叩くようにと言ってレンチを持ち、少女が嬉しそうにその手に手を添えて、僅かに指が絡まる。

 

 そうして、そっと小さなレンチがインゴットを叩く。

 すると、微かに音が響き。

 また、別のインゴットを叩くと別の音が響き。

 音階のようになっている事が面白いのか。

 

 少女は少年の手を誘導して、その木琴のように置かれたインゴットを叩きながら音階を確認して、楽しげに二人だけの音楽会を……小さな曲を演奏し始めた。

 

 それは優しく穏やかな音程で子守唄に思えて。

 

 曲が終わる頃には少年も緊張は解け、笑顔になっていた。

 

 そうして、最後にレンチが今まで叩かなかったインゴットが叩かれ、ペギョッと捻じ曲がり、調べは何処か愉快に幕を下ろす。

 

「楽しかったよ? ベルはん」

「は、はい。僕もですよ。シュピナさん」

 

 少女が少年の上から腰を下ろして、横に座る。

 

「あ、何かお茶とかお出ししますね」

 

 少年がキャンピングカー内に入れて未だ無事だった茶葉とお湯、また買い揃えた紅茶セットを取り出そうとキッチンに向かおうとしたが、その袖がチョイと少女の指先に止められた。

 

「あ、あの? シュピナさん?」

「ベルはんて良い匂いするんやね」

 

「へ!? いえ、その、あ、油触ったばかりですから。あ、手も洗わないと」

 

 そう言って再びキッチンに出ようとしたが、やはり少女の手はやはり袖を離してはくれなかった。

 

 しょうがなく少年が再び、傍に座る。

 

「ふふ、まるでお母様みたいな匂いや」

 

「お母様……シュピナさんのお母さんもこっちの世界に来たんですか?」

 

「お母様はお家にいてお父様のお手伝いしとるんよ」

「そうなんですか?」

「うん……お父様、お仕事大変なんやって……」

 

「そうですか。じゃあ、また遊びに来て下さい……僕も一人の時は寂しいので」

 

「いいのん?」

「はい」

「ふふ、ベルはんは優しいんやね」

 

「あ、そう言えば、締め付けられるのが嫌いって仰ってましたよね?」

 

「そうよ? ウチ、締め付けられるのは嫌いよ」

 

「でも、服は必要だと思うので今度、そうならないものを用意しておきますね。シュピナさんが良ければですけど……」

 

「ウチの服?」

 

「はい。え、えっと……この間、貰った下着とか布地が色々あって、ちょっと詳しくなったので……七教会の法衣は外套みたいに着るタイプが今は主流ですから、それに似合うように作れたらと」

 

「……ベルはんは良い子やねぇ」

「い、いえ、いい子なんて……」

「ふふ、ウチ、楽しみにしとるよ」

 

 フワッと舞い上がるように席を立った少女は瞳を艶やかに細めた。

 

「このお船、もう少ししたら大変やろうけど、頑張りよし」

「は、はい!!」

「汝、礎石にして優なるもの……永久の頚城にして……」

「え?」

 

 余程に嬉しかったのか。

 少女は優しげな顔で呟きを零して、そのまま掻き消えた。

 

「ぁ……」

 

 虚空に手を出し掛けた少年はプルプルと首を振ってから、インゴットを一端仕舞おうと手を伸ばした時、急激な傾きに車両内部もまた傾いた。

 

 ガラガラとインゴットが地面に落ちたが、それどころではないと少年が何が起きたかと確認するべく、その脚で甲板へと向かう。

 

 すると、船員達の一人がタンカー内の通路を走り抜けているのを見掛ける。

 

「ど、どうしたんですか!? 座礁ですか!?」

 

「違うッ!? ゾンビだッ!? 海の魔物が出たんだ!! 畜生!? 本当にあんなのがいるのかよ!? 大西洋じゃなかったのか!? 早く此処を抜けないと海中に引きずり込まれちまうッ!! アンタらは緊急用の脱出ボートの下へ!!」

 

 だが、移動用の車両も入ったタンカーを見捨てて逃げたところで生存率が著しく悪い事くらいは少年にすら分かる事だ。

 

 外に続く扉を出た時。

 

 そこにはもう蒼い顔のフィクシー達が口元を抑えながらも今何が起こっているのかを見て、唖然とする姿を少年は見た。

 

「フィー隊長!!」

「っぷ。ベルか。この傾きの原因はアレだ」

 

 少年が沖の方から伸びる巨大なゾンビ達のようにぶよぶよに膨れ上がった長く巨大な足を見つける。

 

 それは明らかにゲソであった。

 しかし、全長20m以上はあるだろう巨大さだった。

 

 ソレが数本、タンカーの船底を掴んで沖へ引っ張るようにして傾けているのだ。

 

「この世界にクラーケンの類がいるかどうかは知らんが、ゾンビとあらば、倒すしかあるまい。っぷ」

 

「っぷ。大隊長殿……無謀だぜ? 今のオレらじゃ海中で戦闘なんてまず無理だ。っぷ……つーか、オレもうダメそう…・・・」

 

 グラッと傾いだクローディオが片膝を付く。

 どうやら元英雄も船酔いには勝てないらしかった。

 

「ぅう、この気持ち悪ささえなければ、私だって……ッ、す、済みません。うぅ、ごめんなさいッ、ベルさん!! でも、でも!! 女の子には超えちゃいけない一線があるんです!!」

 

 ヒューリは口元を押さえて、ダダダッと扉の先へと走っていってしまう。

 

 たぶん、トイレに籠るのだろう。

 

 そんな仲間達のグロッキー状態を目にして自分がやるしかないとベルが懐から二挺のサブマシンガンを抜いた。

 

「分かりました。此処は僕が……ッ!!」

「出来るのか? ベル。っぷ」

 

「新しい弾丸も試さないとですし。的は大きいので……ど、どうにもならなくなったらよろしくお願いします」

 

「分かった……あの足はお前に任せる。っぷ……」

 

 ベルが風雨の中、足向けて照準し、端からそのままフルオートで弾丸をばら撒いた。

 

「ぅ、す、凄い振動」

 

 殆ど拳銃しか撃ってこなかった為、あまり射撃に慣れているとは言えない少年の体が少しよろめくも、すぐにその銃弾は足に着弾し、着弾した瞬間に僅か白い空白のようなものが発生し、その後に中心部から放たれる耀きによって次々に衝撃と爆発が水柱と共に連鎖し。

 

 終には分厚い足を完全に引き千切る事に成功した。

 

「や、やりましたよ!?」

 

 少年が弾はかなり使えそうだと思った矢先。

 

 まるで鳥のような、あるいは甲高い悲鳴のような、そういった形容し難い絶叫が響く。

 

「!!?」

 

 少年が見つめる沖合いに退いていった千切れたゲソが海面に沈んだかと思うと。

 

 ザバァッと全長で20m程ありそうな黒や白の斑点が消えては浮かぶ奇妙な陸地が海中から海面に浮かび上がってくる。

 

 それと同時に今まで海面下に沈んでいた巨大な腕が数本、まるで身体を持ち上げるかのように出てきて、その吸盤と……ゲソの中心にある蟲染みた巨大な乱杭歯を露出させた。

 

「う、も、もう一回!!」

 

 ノッシノッシと歩くようにして近付こうとする巨大怪物体。

 

 ベルがイカな化け物に向けてサブマシンガンを両手で連射した。

 

 その途端、口元から中心に掛けて先程と同じ現象が乱発され、爆破によって肉が削れ、血潮を吹き上げる。

 

 だが、さすがに質量が違ったか。

 

 抉るのはいいのだが、効いているのも確かなのだが、致命傷にはまだ銃弾がカートン単位でまったく足りていなかった。

 

 確実にそれを撃ち尽くすより早くタンカーに怪物が到達するだろう。

 

「フィー隊長!! すみません!!」

 

 ベルがいつもの対物ライフルをノシッと出してフィクシーに預ける。

 

 また、膝を付いたクローディオにも弓と魔力矢が渡された。

 

「しょ、しょうがねぇなぁ。まぁ、あの巨体だ。狙わなくてもいいか。あの大口に入れてやりゃいいんだろ」

 

「ベル、ちょっと背中を摩ってくれ。それで命中精度も少しは上がるだろう」

 

 こうして、二人が同時に弓矢と対物ライフルの弾丸を口元に向けて放った。

 

 それはベルが丁度破壊していた乱杭歯の中央から巨大なカラストンビの奥へと着弾し、またはカラストンビそのものを弾け散らせながら起爆。

 

 連射された矢と弾丸は横向きに薙ぎ払われそうになった巨大ゲソも途中から吹き飛ばし、彼らから20m程手前まで巨体が来た時にはもう完全に沈黙していた。

 

 それでも二人はそれに気付いていないかのように青い顔で淡々と弾丸と矢が無くなるまで撃ち尽くし……最後にはその顔色で笑みを浮かべて……船の端から虹の川を二つ零す事となったのだった。


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