ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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間章「幕間」

 

「分かったわ。ええ、ええ、市長にも話は通しておくから。ええ、ええ、先方にもそう伝えて頂戴。それから村升事務次官にも」

 

 バージニア・ウェスターがあからさまに溜息を吐くのはそう多くない重大事の時だけだ。

 

 近頃は安堵やら呆れやら諸々、異世界からの来訪者達のせいで盛大に吐きまくりだった気もするが、本来ならば、悪い知らせの時くらいにしか付かないのが常であった。

 

 しかしながら、少年達を近場の資源採掘場に送ってから奇妙な程に大量のいつもよりも大目の支援物資が港には到着しており、その中身は食料から医薬品まで多種多様。

 

 ついでに最新型のオフロード専用の日本車やバイクまでもがズラリと並んでいた、という報告に彼女は内容の違う支援内容から嫌な予感を感じていた。

 

 そして、その予感は今更ながらに大当たりしたようで、最安全国と称される世界でたった三つの国の一つから、伝統的同盟国と呼べる極東の島国からの“御達し”が東海岸の二大要衝である都市には下っていた。

 

 13年前、戦線都市の崩壊と同時に大量に避難民となった米国本土の人間の行き先は主に4つ。

 

 英国、日本、欧州、オーストラリアの何れかであった。

 

 しかしながら、本土決戦に破れ、更には自国の国土に飽和核を打ち込んで世界毎自滅しようとした米国には国際社会からの厳しい目が向けられ、難民の受け入れには同盟国ですら難色こそ示さなかったが、限界が設けられた。

 

 当時、ユーラシアが失陥していなかった事も相俟って、あちこちに米国難民が押し寄せ、問題になり、摩擦を生み、数多くの事件や国際的な問題を引き起こしはしたが、それもユーラシアとアフリカ、欧州の失陥によって有耶無耶。

 

 東南アジアなどに逃れた米国人は今まで彼らが難民や移民に向けていた目を向けられる事となるも生残っているだけで上等。

 

 英国の米国人は白い目で見られこそするが、同じ人種に節度のある難民という体で何とか下層階級ながらも食い繋ぎ、オーストラリアは生活に適さない国土ながらも広大な土地と住居が整備された為、一応は亡命政権の二次受け皿となって、今も苦しいながらも何とか暮らしている。

 

 そして、太平洋を隔てた極東の同盟国には今現在も本土を見捨てたに等しいと陰口を叩かれながらも陸海空の軍が凡そ最盛期の4割流入し、政治家、企業家、医者、技術層、上流階級などが大挙して押し寄せ、全国の在日米軍基地近郊は大都市化される事となった。

 

 彼らは総称して【|UWSA《ユナイテッド・ワールド・ステイツ・オブ・アメリカ》】と呼ばれ、今もアメリカの正当な継承国として日本国内に政権を維持している。

 

 これは米国にしてみれば、屈辱的な“御引越し”に相当したが、伝統的な同盟国として上流階級や技術者などの全うな仕事に就ける難民に限定して受け入れるという日本からの通達に事実として他の国よりは治安や生活などあらゆる面で安全と公正さに付いて保証された国家は他に無いという事情も手伝い……その超大国の落日は実行に移された。

 

 実際、本国で逃げる事も出来ずに死んでいった者達からすれば、彼らは確実に勝ち組に入ったが、未だ生残る本土の残存都市からすれば、明らかに裏切り者に等しかった。

 

 何せ北米のゾンビ達との戦いが安定するまでに彼らへ送られてきたのは物であっても人ではなかったのだから……多くの艦隊が空母で参戦し、超物量のゾンビ達を延々と空爆してくれていたとしても、事実として連絡将校などの一部以外、彼らと共に轡を並べる者は一兵たりとも来てはくれなかった。

 

 今、都市に残っている者の多くは正しく、そんな死闘の果てに生存を勝ち取った運の良い者達であり、彼らは今も覚えている。

 

 逃げ出したい者達と共に逃げていった守備隊以外の軍人達。

 

 彼らは最後に残せるものとして全ての装備を置いていったが、決して命はその都市に置かなかった。

 

 それを非難する者は無かったが、彼らを仲間と呼ぶ者もまた無かった。

 

(安定して来たとはいえ、滅び掛けている我々のところに今更、日本の防衛省の事務次官が会いに来る? 明らかにオカシな話ねぇ。この数年、一人だってこの都市に日本人は入ってきてないって言うのに……それも明後日って……高射砲や自走砲、戦車を頼んだのがそんなにおかしかったのかしら?)

 

 バージニアは思考を弄びながらも、最も確率の高い事実から目を逸らしたい気分となった。

 

(異世界からの来訪者。彼らの事がバレている? どうして? あちらの都市の騎士団だって殆ど人とは会って無かったはずよ。と、なると……我々の知らないところで他にも異邦人がやって来ている可能性がある)

 

 日本からの支援は今も手厚いものがあったのは事実だが、それでも実際に都市に暮らす者達が何とか生活して、ゾンビ達相手に戦える程度のものでしかなった。

 

 それがいきなり最新式の車両や通常支援の3倍近い食料が運び込まれているという。

 

 明らかにご機嫌取りなのは明白。

 

 亡命政権の人間も一緒に来訪するという言葉を信じるならば再び米国本土の奪還の足掛かりにという線もあったが、何よりも事態が急展開過ぎる。

 

 それは彼らが急ぐ。

 もしくは焦っている事の証左にも思えた。

 

(どう出てくるか。今は見守るしかない。あの子達をこの都市に置いておくのは危険かもしれないわね。次善策が必要よ)

 

 彼女は目まぐるしく変化していく政情を予測しながら、次の最善手を打つ為、足早に外へと向かう。

 

「お出かけですか?」

 

 秘書の一人が慌てた駆け寄って来るのを横に彼女は……一本だけ胸元から取り出した煙草を加えて、火も付けずに歩き出す。

 

「今から日本人街のヤマモトに会って来るわ。貴方はこの都市での日本人に関する情報を、どんなに旧いものでもいいわ。とにかく集めて来なさい」

 

「分かりました」

 

 秘書が一目散に資料室へと駆けて行く。

 それも見ずに彼女は都市に残った最後の日系人。

 いや、米国人に会う為、庁舎の外へと向かう。

 そこには秘書が呼んだのか。

 もう車が待っていたのだった。


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