ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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間章「黙示録」+第21話「向かうべき場所」

 

 荒野の最中。

 新月の夜。

 風が吹く冷たい大地の上に一人、影が立っていた。

 

―――B-43の破壊信号……レギオン諸共か……ハンターでも侵入したか?

 

 閉ざされた闇。

 虚空にいきなり正方形の映像が映し出される。

 

―――分りました……最後の大隊が第四騎士としてその任務承ります。

 

 映像が途絶えた後。

 周囲にはゾンビ達が集まってきていた。

 しかし、その人影はまるでそれを意に介さず。

 

「こんなところで何してはりますの?」

 

 そんな声で振り返る。

 

「シュピナーゼ様こそ……このようなところで何をしておいでで?」

 

「面白そうな事してて、見てきたんよ」

「……閣下が心配なされます。どうかお戻り下さい」

 

「ようやく外に出られるようになったんやから、この世界をまだまだ見て回りたいわぁ」

 

「……この世界に見て回る処などございません。全ては悪徳に塗れ、全ては単なるまやかしに過ぎない……」

 

「いいやない。悪徳もまやかしも人の華なんやから」

「……五単位月の間にはお戻りを」

「お父様に心配掛けたりせんよ」

 

「お分かりになっているのなら構いません。では、私はこれで……任務がありますので」

 

 人影がゾンビ達の中を襲われる事もなく歩き出していく。

 それを見つめながら、少女は妖しくクスクスと微笑んだ。

 

「……汝、礎石にして世に病と獣を以て死を運ぶもの。青褪めた馬に跨りし、黄泉の担い手にして最後に為された頚城……ふふ、おもしろそうやなぁ。ああ、本当に……ふふふ……」

 

 零された呟きの直後。

 荒野に雷鳴が轟く。

 その蒼い稲妻が走り抜けた時。

 

 天空へと何者かが蹄の音を響かせ、駆け去っていく。

 

 それを追ってか。

 

 風が、地を這う屍がゆっくりとゆっくりとまるで誘蛾灯に群がる蠅の如く移動し始めていた。

 

 荒野は無人へと変貌していく。

 新たな変化を望む者達の胎動は既に始まっていたのだった。

 

 *

 

―――ロシェンジョロシェ市街地。

 

 ヒューリの病院からの退院。

 大量の重火器の納入。

 野菜の再出荷。

 諸々あって二日。

 

 フィクシーとベルは壁も近い区域を地図片手にウロウロする事になっていた。

 

 理由は金物の中でも刃物を扱う鍛冶師がそこにいると聞いたからだ。

 

 彼女の背中には折れた大剣が鞘に納められたまま背負われ、何を頼みに行くかは一目瞭然であった。

 

 残骸をベルが何とか、あの瞬間に再利用もしくは再生する為に魔導による念動で拾っていたのだ。

 

 野菜や重火器を納品にするに当たって繋がりが出来た業者などから話を聞いたのが一日前。

 

 曇り空の下。

 

 徐々に聞こえて来るカンコンという槌音に少年も女傑も期待が胸に高まるのを感じていた。

 

 昼より少し早い時間帯。

 

 繋ぎを付けてくれるというガンショップの親父に頼んでいた為、話を聞いてもらえる事になっており、彼らが到着したのは何やら彼らの世界では大陸東部の国家などで使う刀剣類のエンブレムが彫られた看板と掘っ立て小屋のような外見的には粗末と言えるだろう木製の造りはしっかりしているが、かなりみすぼらしい外見の建屋だった。

 

『タノミョーのん』

『タニョモー』

 

 扉をノックして開いた途端。

 彼らに襲い掛かるのは熱波。

 そう、あからさまに熱波だ。

 しかし、カラリと内部の湿度は低く。

 その小屋の奥。

 炉らしい場所の傍で槌を使って作業している者が一人。

 その横のテーブルにはハサミだのメスだのが置かれていた。

 

『……ん? ああ、お客さん? そういや、あのジジイが来るって言ってたな。マジで来たのかよ。じゃ、奥の事務所にいて、これ仕上げたら行くから』

 

 五十代の男。

 

 赤毛で背丈が低い割りにガッシリとした体形は二人には彼らの世界の亜人の一種であるドワーフを想起させたが、そんな事を口にする事は無論なく。

 

 頭を下げてから示された通路の先の扉を潜って二人は事務所らしき場所へと向かった。

 

 案内された場所では作務衣姿の20代の白人の男が掃除しており、話は聞いていると2人を通してソファーまで案内し、お茶まで出された。

 

 それから十分後、作業を終えた男がタオルで汗を拭きつつ、対面のソファーに腰掛ける。

 

『話はガンショップの親父に聞いてる。剣を打って欲しいんだって? しかも実用品の……見せてくれ』

 

『コレニャルヲ』

『これなのん』

 

 バスター・グレート・ソードが鞘事テーブルに置かれる。

 

 破片とはいえ、その重量感に思わず男が本物だと理解しつつ、新しく造られたらしい柄を握り、ゆっくりと満身の力を込めて引き抜き、細い剣の無い部分とパーツを繋ぐ針金を見やる。

 

 両手で持って本来の重量にはまだ半量以上足りないと引き抜き終わって気付き、繁々と見やった後、テーブルの上に部下なのだろう作務衣の若者へ布を敷かせ、剣を置いた。

 

『………お姉ちゃん。アンタ、随分と力持ちなんだな。コレを実用……実用か……確かに折れてるのも何か物凄く固いもんを切ったって感じだな』

 

 男が目を細めながら、剣の断面を見る。

 

『ソウソウ』

『ソーウン』

 

『ハッキリ言うぜ? 形だけ同じもんなら作れる。だが、これと同じもんは作れねぇ。まず材質の配合が分からん』

 

『これオネガイするのん』

 

 ベルが成分と材質の組成を現地語で書き出したものを提示する。

 

『んーと? 炭素、鉄、はぁ? タングステンにチタン? 何だコレ……どういう状態になってやがんだ? こいつは断面構造の顕微鏡画像か? ッ……こいつはぁ……何回折り曲げて……それも層毎に別の金属を重ねてんのか……日本刀みたいな作り方してる癖にまったく別ものじゃねぇか……』

 

 ベルが色々と魔導で解析しつつ、それを分かり易く画像などに落とし込んだソレを見ていた男がふぅと溜息を吐く。

 

『完全に未知の冶金技術とか。笑うべきなのか? オイ、あんたらコレ何処で手に入れた?』

 

『ショコーク』

『しょこくなのん』

 

『祖国? どっかの国で軍事用に特殊な冶金工学で造られたみたいな感じなのか……こいつは復元出来ねぇよ』

 

『ニャントーカ!!』

『何とかお願いするのん!!』

 

『ん~~~コイツと同じもんは出来ねぇかもしれんが、こいつを貸して貰えれば、こいつに近いもんは再現出来るかもしれん。ただ、近付けようと努力しても莫大な時間が掛かる。まったくべつもんだが、こいつの性能に近いもんをオレの技術で作るって条件でいいってんなら、引き受けてもいい』

 

 2人が顔を見合わせる。

 

「どうしますか?」

 

「仕方あるまい。君の魔導では複雑な構造は無理なのだろう?」

 

「繊維を1から寄り合わせたりとか、こういう合金を金細工みたいに形成とかは事前に言ってた通り、ちょっと不可能だと思います。形だけならどうにでもなりますし、合金の錬成そのものはすぐに可能ですけど、それをあの剣に使われてる鍛造技術と同じように形成出来ないので」

 

「では、やはり合金を地金として渡そう。試作したのがあったはずだな?」

 

「は、はい。でも、資料に乗せませんでしたけど、この世界って魔力が無いからミスリルとか他の魔力親和性の高い合金無いんですよね?」

 

「構わん。こういう手合いは新しいものを自分で作るのが好きだ。気付いたら自分だけで研究する魅力に抗えんだろう。渡してやれ」

 

「分かりました」

 

 ベルが懐から40本近い試作したフィクシーの剣と同じ材質の地金のインゴットを置く。

 

『オオ、坊主も随分と力持ちだなぁ。ほう? これがこいつの大本か。いいのか? 随分と高いようだが、試作で使い潰しちまうかもだぞ?』

 

『カマワーニャイ』

 

 フィクシーがそれをお納め下さいとでも言いたげに鍛冶師の方へと押しやる。

 

『分かった。仕事は引き受けよう。試作に1週間、その後は順次取りに来てくれ。あんたらが良さそうだと思うところまでやってやる。いいか?』

 

 頷く二人が手付金だと$を払おうと札束を出したものの。

 すぐにそれが手で留められる。

 

『おっと、そいつは無しだ。ハンター家業の人間の武器だ。それも随分と愉しそうな……無料にしといてやる。その代わり、使ったら使い心地や問題点を指摘してくれ。それと出来れば、地金は持続的に供給してくれると助かる。どれくらいの本数打つかは分からんが大仕事になりそうなんでな』

 

 その言葉に2人は職人魂を見た、気がした。

 ガシッとフィクシーと親父の手を上から握ってブンブンと振る。

 

 そうして新しい剣を手に入れる為、彼らの協力態勢が構築され、プロジェクトは進み始めたのだった。

 

 *

 

 基地局への遠征まで残り数日。

 

 しかしながら、メイン武器を失ったフィクシーはしょうがないとはいえ、遠距離攻撃を主体とする戦い方に移行せざるを得なくなっていた。

 

 完全な前衛であった彼女であるが、後衛でも問題なく戦えるというのはその大魔術師の称号からも事実である。

 

 だが、術師としてのネックは言うまでも無く魔力量であり、ベルに毎日頼り切るわけにもいかない以上、彼女は前から気になっていた対物ライフルをベルにコピーして貰い。

 

 屋上で二挺同時に持って、剣の如く振り回して撃つ練習をしていた。

 

 膂力はそもそも大剣を持っていない為、余裕がある。

 ついでに衝撃は魔術で打ち消しが可能だ。

 

 で、あるならば……二挺持っても剣より軽い対物ライフルは正しく振り回しながら中遠距離の敵を穿つ為に連射される事になるだろう。

 

 普通の人間なら絶対やらないだろう危険な戦い方であったが、そんなのは彼女にしてみれば、まるで死から遠い……ともすれば、かなり威力に疑問が残る攻撃方法に違いなかった。

 

「フィー。大分、振り回せるようになってきましたね?」

 

「ああ、ベル様々だ。魔導で部品単位の強度と組成を変化させて引き上げ、肉抜きして軽量化してくれたのだが……あまりにも軽いと少し物足りないな」

 

 ヒューリが持たせて貰った時の重量を考えてさすが半笑いになった。

 

 前衛である彼女ですら、振り回すのはかなりの難事だろう重量だったのだ。

 

 それが軽いと言い切る女傑の腕力と握力と筋力は推して知るべしである。

 

 実際、軽くなったとは言っても、その分を長期戦でも使えるようマガジンの増量に当てた為、弾薬の内蔵量が四割増しになって元々のものより軽くなった、と言う程には重量が落ちているわけではない。

 

 ただ、戦い続けるだけで弾丸が消費される度に軽くなる為、戦闘での肉体への負担は総合的には低減するというのは事実だった。

 

「我らが大隊長殿は真面目でらっしゃる」

 

 畑でエプロン姿のクローディオが片手にトマトを齧りながら肩を竦める。

 

「ディオ。そう言うのならば、戦い方は固まったのだろうな?」

 

「無論。坊主に頼んでいた矢と弓も仕上がった。音を気にしなくていい制圧戦なら重火器で武装出来るし、問題ないだろう。専用の火器類を全て(あつらえ)て貰った。オレの細腕で使えるよう調整してる最中だが、明日までには揃う。夜に弓矢と重火器の試射をガンショップで行う予定だ」

 

「……まぁ、いい。腕が落ちていないならな」

「大隊長殿の腕は落ちていないと?」

「ベルに素振り用の剣は貰っているからな」

 

「お二人とも。そう張り合っていないで仕事して下さい。フィーも後方からの戦術指揮と狙撃を同時に行うんですから、ベルさんが用意してくれたこの“いんかむ”を使えるようにならないと」

 

 ヒューリが二人が張り合う姿に釘を刺す。

 その言葉にフィクシーがポリポリと頬を掻いた。

 

「先日も言ったが、魔術での交信ではダメか?」

 

「魔力が無くなったら困るじゃないですか。チャンネルによる通信は緊急時のみ。それ以外はこの世界の技術で作られた情報端末や情報機器を使う。幾ら便利だからって、魔術の多用は御自分で控えるべきだと言ってましたよね?」

 

「……むぅ。都市後方がある内だけのつもりなのだが……物凄く真面目に対応されたぞ。ディオ」

 

 前とは違って自主性が結構出て来たヒューリに目を瞬かせて、フィクシーがそんな感想を呟く。

 

「はは、そりゃいい。お嬢ちゃんも立派になって来たな」

 

「そういう思ってもいない事は口に出さなくていいですから、仕事して下さい。あ、トマトにはお水は最低限にして下さいね。そっちのキュウリにはお水を山ほど上げて下さい。ベルさんのマニュアルをちゃんと読みましたか? クローディオさん」

 

 分かった分かったとトマトを食べ終わったクローディオが両手を上げて降参した。

 

「そう言えば、先程からベルの姿が見えないが、また工房か?」

 

 今現在、ベルの仕事部屋は工房と呼ばれていて、実際そう呼ばれても仕方ない有様になっていた。

 

「いえ、完成した新型の銃弾を試すんだってガンショップの射撃場に」

 

「ふむ。そうか……アレが完成すれば、先日の化け物みたいな相手にも戦い易くなるな」

 

「でも、アレはアンデッドですらなかっただろう」

 

 クローディオが畑に水をやり、次々に収穫出来る野菜を横の台に箱詰めしながら愚痴る。

 

「同じだ。今後、あの培養していたアレが大量に出来たり、あの化け物と同じモノが何体も出てきて、全滅したいわけでもないだろう?」

 

「戦うのかぁ。逃げるって選択肢は無いんですかね? 大隊長殿には……」

 

「逃げた先で物資も欠乏し、ゾンビ共に食い殺されたいなら、構わんぞ?」

 

「……この都市にやってくると?」

 

「お前にも話したが、フロッカーとかいう大型が攻めて来た時、壁の破壊で一時、危機的状況になっていた。アレがもしも大型ではなく。あの小さく強力な培養されていた個体だったなら、都市部は地獄のような市街地戦になっていただろう」

 

 クローディオが先日の爆薬で吹き飛ばしたにも関わらず、まだ生きていた個体の事を思い出してゲンナリした顔となる。

 

「今は出来る限りの準備をしておけ。キチキョクが回復して、連絡が付くようになれば、騎士団との合流もあり得る。今の内にこの都市で稼げるだけ稼いで都市にもモノを充実させ、防備を厚くさせておきたい。我々が返って来た時、廃墟になっていないようにな」

 

「まぁ、坊主のせいで新品の重火器が山ほど格安の弾と一緒に守備隊へ回されたようですし、充実はしてるんじゃないでしょうかね」

 

 軽く言って、それであの培養されていたゾンビを倒せるとも思わないという言葉をクローディオが呑み込む。

 

 事実、弾丸を数百発単位で命中させねば、ロクに倒せないだろうことは戦った彼が一番よく分かっていた。

 

 *

 

 バウンティーハンターの生計の立て方は基本的な部分でジャンク屋に似ている。

 

 使えそうなものを集めて、使えるようにして売る。

 それが高価なものならば、尚良い。

 

 果たして、そんなハンターが副業で荒稼ぎしているという噂はもう都市内部の殆どのハンターが知るところとなっていた。

 

 片言のギーク崩れに教育された哀れな生き残り。

 異世界アニメチックな軽装甲に身を包み。

 お揃いの外套を羽織り。

 剣で武装する者達。

 

 まったく、馬鹿なと大笑いする者も彼らが大量の物資を市役所に持ち込み、新品の重火器のパーツや重火器そのものを卸して、ついでに何か市場に野菜が卸されていると耳にすれば、余所者が手広くやり始めた事を理解せざるを得なかった。

 

 一体、どんな都市鉱脈を掘り当てたのか。

 

 南部から来たという話を知り、今までゾンビの数が多く忌避されてきた南部に遠征に向かうべきなんじゃないかという話もあちこちの有象無象達の中では割りと計画され始めていた。

 

 その為に必要な車両とガソリンを集めるだけで大変な事には違いなく。

 

 だが、それにしても守備隊全てに行き渡る程に大量の新品の重火器が南部の消えた戦線都市付近の街にはまだ眠っているのではないかと期待する者もあり。

 

 酒場ではその話題で持ち切りだ。

 

 彼らはフィクシー達に接触こそ持っていなかったが、それにしても注視はしていたのである。

 

 不用意に近付いて他の連中との摩擦になるのは御免だという心理も働いていただろう。

 

 しかし、そんな事を何とも心得ない無法者や荒くれという類がいないわけでもなく。

 

 ベルはガンショップに向かう途中、逃げる間もなく包囲され、気を失わせられた後、何処かの酒場の片隅に放り込まれていた。

 

 逃げようとした瞬間に首筋にスタンガンという間違えば即死コースな拉致り方だった事からも相手が少なくとも他人の命を何とも思っていない類である事は少年にも理解出来た為、意識が戻っても気絶したフリが続けられている。

 

 もう既にチャンネルで仲間達に連絡はしたのだが、自分のいる場所は特定出来ず。

 

 仕方なく魔導をこっそり使って、魔力の波を薄くだが、電波の如く発信し、ビーコン替わりにしていた。

 

 これで少なくとも数時間の内には仲間が助けに来るだろうというのは確定したのだが、それにしても少年の耳には今も下卑た声と乱痴気騒ぎが響いている。

 

『ねぇ、ジョーイー? これ買って? ね、ね? 買ってくれたら、今夜はイ・イ・ヨ?』

 

『おうおう、ウチの女共はおねだり上手なこった。はははっ』

 

 ケバイ化粧のまだ二十代くらいの女達が数人。

 荒くれ達の傍に侍っていたが、その奥。

 

 ソファーにふんぞり返っているのは間違いなく少年達がこの都市に来て初めて出会い、フィクシーが痛い目を見せていた男に違いなかった。

 

『で。ジョーイ? こいつを使ってあの生意気な女共に脅しを掛けるんですかい?』

 

『おうともよ。まだ生きてんだろ。半殺しにして、ロープで吊ったところでも見せてやれば、イチコロよ!! ガキに女は甘ぇからな』

 

『さすがジョーイ!! で、このガキの身包み剥いじまいますか?』

 

『コイツ拉致った時に何も持たずに歩いてやがった。身包み剥ぐいだとしても他に鎧なんぞ着るガキがいるかってんだ。こんな変なカッコ買う連中はさすがにいないだろ』

 

『確かにそうっすね』

 

『ま、オレ達を失望させてくれたこのガキの不始末はあの女共にしてもらおうか。無抵抗になってから、くくく……売らせる前に御愉しみだな』

 

『ぁ~ん。酷い男~~♪ やる時は混ぜてね?』

『おうともよ!! 映像取って、売りまくってやるぜ。ははははは』

 

 かなり、現実の認識が甘い事をベルは忠告したくなった。

 怖ろしく計画性が無い。

 怖ろしく準備が足りない。

 

 彼らの傍にはベル本人がガンショップに売ったと思われる小銃などが人数分置いてある。

 

 どうやら大枚を叩いて買った武器のおかげで気が大きくなっているらしいが、今の自分の状況を見て激怒するフィクシーとヒューリの顔を思い浮かべて、少年はちょっと股間が縮み上がった。

 

 女の人は怒らせると怖い。

 これは故郷にいた時も変わらぬ世間の一般常識だったのだ。

 そして、怒らせては絶対ならない人間を彼らは怒らせた。

 

 今も心配そうに声を掛けて来てくれるチャンネル越しの少女達は限りなくその後ろで憤っている事が見て取れる。

 

『ベル!! 絶対に諦めるな!! あの連中、今度はどうやら地獄に行きたいらしいな』

 

『ベルさん。絶対、助けますからね!! フィー……何本残せばいいでしょうか?』

 

『ああ、指くらいなら残さなくてもいいだろう』

 

『そうですね。ベルさんへ暴行なんてしてた日には……ふ、ふふ……王家は武家でもありますから、ちゃんと武芸の中には“そういうの”もあるんです……』

 

『是非、実地で教えて欲しい。何、試す輩は五万といて困らんはずだ』

 

『はい。そうですね』

 

 少年は割りと人道主義者だ。

 地方諸国での倫理とか道徳とか。

 

 確実に大陸中央に劣っているのは分かるが、それにしても穏便な性質である事には変わりない。

 

 なので、要らぬ血を見ないに越したことはないと思っている。

 

 しかし、今の少年が何を言ったところで男達が聞き入れるわけもないのは自明。

 

 それどころか。

 逆に殴り返されて、後で彼らの命が無くなるだろう。

 

(クローディオさんとかなら、こういう人達相手でも何とかしてくれそうなんだけどなぁ……)

 

 少なくとも問答無用でなます切りにし兼ねない女性陣よりは理知的に助け出してくれそうと思うのは……あの何とも言えない世渡りしてきた感からであろう。

 

 そうツラツラと少年が脳裏で思考している合間にも男達は見目麗しいフィクシーとヒューリにどんな事をさせるかで聞くに堪えない盛り上がりを見せている。

 

『で、でも、おりゃぁ、こ、コイツみたいなガキもアリだと思うぜ(グビリ)』

 

 ビクッとしたいのをベルが必死に我慢する。

 その声はかなりハアハアしていた。

 

『おめぇ、そいつぁ、そんなナリでも男だぞ?』

『ふひ、そ、そういのも需要はあるんですぜ。ジョーイ』

『まぁ、好きにしとけ。ただ、全部終わったらだ』

『へーい(チラリ)』

 

 顔を青くして身の危険を感じつつ、少年は祈る事にする。

 

 ああ、どうかコレ以上は面倒な事になりませんように、と。

 

 そんな時だった。

 

 不意に少年の耳にフィクシーやヒューリ達とは違った声が響く。

 

「あらぁ? 捕まってはりますの? 何や楽しそう……」

 

 声に思わず驚き、体を動かしてしまいそうになり、少年がジッと耐える。

 

「ウチが助けたってもええよ?」

 

 何処か悪戯っぽい声。

 

 クスクスと耳に残る笑い声を響かせて、後ろ手で縛られた縄にプツプツと何故か亀裂が入っていく。

 

「ゆっくり起き上がって、そのまま裏口の方へ。今、幻しかあの足らんお人らは見えんようにしとるさかい」

 

「………」

 

 ゆっくりと起き上がり、少年が確認すれば、確かに男達の目はこちらをまったく見ていなかった。

 

 そのまま酒場の裏口に続く扉を開いて、錆びれた無人の厨房らしき場所を通り抜けて、勝手口から外に出ると閉じ裏のゴミ箱の上に少女が一人、屈みながら少年を見ていた。

 

「えっと、シュピナーゼ・ガンガリオ、さん?」

「はい。正解♪」

 

 ニコリとした少女は―――ベルに確実に衝撃を齎していた。

 

 黒い長髪を七つの剣を重ねあしらったような髪留めで後ろで一つに纏め。

 

 丸みを帯びた八の字の眉と長い睫毛と切れ長の瞳。

 銀の瞳は魔術が奔ってでもいるのか。

 

 まるで重ねられたブレードが円環を為しているかのように巡り、奥底も見えない程に深く。

 

 愁いを帯びた顔は小奇麗で子供のようでありながらもクスリと笑む姿からは深い理知と女性らしい嫋やかさが滲む。

 

「………………」

「ん?」

 

「ハッ!? あ、ありがとうございまいた。助けて頂いて!! あの時もあの車両があるって分かってなかったら、逃げられなかったし、先日も最後にカラスを倒して下さったのは……シュピナーゼさんですよね?」

 

「さて、どうやったかしら?」

 

 クスクスと笑む少女が立ち上がる。

 初めて彼女が着る服が顕わとなった。

 

 それは七教会の司祭などが着る白の布地に金糸で丘に立つ七つの剣を刺繍した法衣に違いなく。

 

「―――ッ?!?」

 

 それが着崩され、下には何故か薄紫色の下着姿だった。

 

 思わず少年が両手で顔を覆う。

 

「?」

 

 首を傾げる少女が少年を見やる。

 

「あ、あの、その、ど、どど、どうして下着だけなんでしょうか?」

 

「シタギ? あぁ、これ? 何か身に着けるようお父様に言われてなぁ。ウチは要らんて言うたんや。でも、付けるようにって急かされてもうて、仕方なく着とるんよ。締め付けられるのは好きくないわぁ」

 

 コロコロと少女が笑う。

 歳の頃はヒューリくらいか。

 

 大陸ならば東部美人と称されるに違いない彼女がスッと地面に降り立つ。

 

 いや、素足が地面に触れていない。

 まるで息をするかのように魔術か。

 もしくは超常の力を使って移動しているのに違いなく。

 

「あ、あの、な、何かお困り事はありませんか!! た、助けて頂いた恩もありますし、僕に出来る事で良ければ」

 

「ん~~? せやったら、楽しい事したいわ」

「楽しい事?」

「ウチ、そういうのが好きなんよ」

 

「わ、分かりました!! 今、皆さんが連絡を入れて、ご紹介しま―――」

 

 ピタリと唇に少女の白い指が付けられる。

 

「ウチ、騒がしいのは苦手よ?」

 

 悪戯っぽい笑みに思わず照れた少年が頷く。

 

「そ、そうですか」

 

「それに色々なところに行きたいんよ。やから、あんまり一つところには居られんかもしれんね」

 

「……解りました。じゃあ、コレを……」

「?」

 

 少年が小さな黒と白が混じり合う善導騎士団のシンボルである陽光の紋章があしらわれたピンを差し出す。

 

「何やのん? コレ」

 

「魔力を込めれば、相手の居場所と自分の居場所、それから距離が分かるピンです。魔力を込めなければ何も反応しないので、もし何か困った事があれば、それに魔力を込めて下さい。反応は僕にしか分からないように調整しておきます」

 

「……構わんの?」

 

「僕も一人になりたい時があるので……楽しそうな場所があったら、その時に魔力を込めてお教えします。空間転移魔術なら何処にでも一っ飛びでしょうし」

 

「……ふふ、楽しい事見付けたよ。ウチ」

「え?」

「ありがとう。また、ね?」

 

「あ、あのシュピナーゼさん!! こ、これは騎士団としてお訪ねするんですけど、この世界にシュピナさんのように辿り着いた方はまだいるんですか!?」

 

「ん~~~一杯おるよ? ニューヨーなんたらの近くにぎょーさん」

 

「ニューヨー?」

「ぁあ、それとシュピナでええよ。ベルディクトはん」

「じゃ、じゃあ、僕もベルでいいです!!」

 

 フワリと少女が浮かび上がったかと思うとクスリと頷いてからスッと虚空に消えていった。

 

「あ……シュピナ……さん……」

 

 少年が思わず手を出し掛けた後。

 背後から猛烈な破壊音と悲鳴が上がった。

 

『ひ、怯むな!! やっちまえ!! あのガキを盾にすりゃ、ガ、ガキは何処だ!?』

 

 ガガガガガガガガガガキュンキュンキュン。

 

 そんな銃声が連続する。

 

『ひ、ひぎぃいいぃいぃい!? オレの脚、脚がぁあああぁあああ!!!?』

 

『ジョーイ!? ジョーイぃいいいいいいいいい!!?』

 

『指ぃいい!!? お、オレの指を拾ってくれぇえええぇえええ!!?』

 

『やめ、止めゴパ!?』

『べりゅどこにゃのら!!?』

 

『ひ、あ、ああ、あしょ、あしょこにぃいッッ!!!』

 

『べりゅッ、どこにゃのら!!!!』

 

『おげぇええぇえええ!!? し、し゛りま゛ぜんんんん!!!?』

 

『ベリュドゴラッシャァアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 ドンガラガッシャーンと店内で殴る蹴るの暴行が繰り広げられ、知らない分からないという悪漢達はどうやら羅刹と化した少女達を前にズタボロになっているようだ。

 

 終にはドガアアンッという対物ライフルの音すら聞こえ始めた。

 

 死人が出る前に駆け付けねばと元来た道を少年が走って扉を開けると。

 

『ベリュ―――ドコ?』

 

 今にも冷酷無比に引き金を引いてしまいそうなフィクシーがキロリと酷薄な瞳で下に対物ライフルを向けていた。

 

『アギィイイイイイイイイイイイ!!?』

 

 ジュウウウウウと額に弾丸を発射したばかりの対物ライフルの銃口の型を焼き印されたジョーイが白目を剥く。

 

「あ、フィー隊長!! ヒューリさん!!」

 

「ベル!! 無事だったか!? あの死んだ方がマシなゴミクズ達に何かされなかったか!? 痛いところは無いか!?」

 

「ベルさん。あのカス野郎達に何か如何わしい事はされませんでしたか!? ああ、良かった!? 神様ッ、感謝します!!」

 

 ヒシッとヒューリに抱き締められ、フィクシーが頭を撫でまくる店内。

 

 かなり打擲され、全身を骨折していてもおかしくない男達がプルプルしているのを横目に完全失禁した女達が((((;゜Д゜))))とガクブルしていたが、さすがに銃を取る気力も無いのか。

 

 泣きべそを掻いて、片隅で身を縮めていた。

 

「さぁ、帰ろう。こいつらの所業はこの都市の警察がどうとでもするだろう。此処まで来るのに迷彩を使った。我々には嫌疑すら掛からない」

 

「あ、はは……本気ですね。フィー隊長」

 

「カワイイ部隊員の救出に本気とならない隊長がいるだろうか? いや、いない!!!」

 

 魔術が掛け直され、常人の目には消えたと映る少女達は最後に懐から取り出したサブマシンガンの弾をありったけ人がいない事を確認した天井へとやたらめったら撃ち込んだ後、少年を連れて裏口から出た。

 

 その銃撃の音に地面の男達も女達も完全に泡を繰ってビクンビクンと震えながら終には失神。

 

 数分後、駆け付けて来た警官達が見たのは小便と大を漏らした荒くれ達が銃の薬莢に塗れてエビか、さもなくば死んだばかりのGのようにヒクヒク脚を痙攣させている姿だった。

 

 後に彼らが証言する事は戯言として扱われ、一人残ってマンションの一室のベランダで三人がワイワイ談笑する幻影を魔術で外に見せていたクローディオは悪漢達の末路を思って肩を竦めた。

 

 後日、訪ねて来た警察署員に口を揃えた彼らの証言は無論のように事実として扱われ、ドラッグで錯乱し互いに銃を撃ち合った馬鹿騒ぎの首謀者達は都市からの追放処分を喰らう事になるのだった……。


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