ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第19話「咲く花の調に」

 

 朝が来て。

 顔を洗って。

 朝食を済ませて。

 歯を磨いて。

 装具を点検し。

 武器の整備を行って。

 念入りに車両付近に結界と隠蔽を施し。

 

 四人は少年が微妙な違和感を感じたと報告したビルへと向かっていた。

 

 フィクシー、ヒューリ、ベル、クローディオの順での行軍。

 

 進路上のゾンビは全てクローディオの弓によるスナイプで沈黙していた。

 

 それらからベルが操るゴーレムで遺留品を回収して進む事数分。

 

 二十人程の頭をブチ抜いたクローディオであるが、前日とは違い弓矢の本数は切れる事も無い。

 

 公園に会った樹木を一本丸々使い。

 

 手持ちの金属粒紛と共に魔導による形成で矢を大量にストックしてあるのだ。

 

 その原型は元々クローディオが使っていたものであり、強弓と呼んで良いだろう彼の弓の運用はこのような音を立てずに敵を排除して進むという状況下では遺憾なく威力を発揮していた。

 

「ほい。到着っと」

 

 程なくビルの前まで来た四人だったが、その最上層階付近は崩れているのが見て取れた。

 

 周囲には建材らしきものが散乱しており、もしも今上で破壊が起きれば、その瓦礫が降り注いで来てもおかしくないという状況。

 

「屋内戦闘では特に上と下に気を配れ、落ちたり、落ちてきたりが一番意表を突かれる。重要なのは何が何処にあるかの把握だ。障害物を上手く使ってゾンビを近付けずに倒す。民家と同じ手順だがいい。ゴーレムに先行させるぞ。突入!!」

 

 フィクシー、ヒューリ、ベル、更にクローディオまでデフォルメしたゴーレムが2組8体。それが4方向へとトテトテと歩いていく。

 

 最初の一階は広いエントランスになっており、二階部分までが吹き抜けで全面ガラス張りの四方はテラス席。

 

 一階の案内所の背後の二階部分にはダイニングと書かれた看板があった。

 

「どうだ。ベル?」

 

「後、三分下さい。床に関しては抜けは無いみたいです。ゴーレムの視界と魔導で広範囲の床の解析をしてますけど、経年劣化以外には上層階の破壊で出来たと思われる歪みしかありません」

 

 待っている間も全員の警戒は解かれない。

 だが、3分後。

 

 完全に階層を走破したゴーレム達がそのまま二階へと上がる階段へと向かっていく。

 

「次の階層に入りました。このまま指定の物品の回収を。ダイニングに缶詰があるかもしれません。周囲にはゴミ箱も無し。戸棚はダイニングだけです」

 

「分かった。全員でダイニングに移動。確認後、二階に向かう」

 

 四人がダイニング内の棚や冷蔵庫を漁るも缶詰は無し。

 

 空振りだったが、幾つか無事なものを見付けて来て欲しいというバウンティーハンターに対する依頼にあった調理器具や小型の調理用の機械を入手し、そのままベルの外套の懐へと消える。

 

「2階の先行捜索終了しました。床に抜けは無し。革製品のソファーを切り取れそうですね。後、まだゾンビの影も音声も足音も無し。三階に……いえ、二階の階段が崩れてます。これは……何かが強引に打ち砕いたような感じになってます」

 

「この高層建築の建材は堅そうだが、それを打ち砕くパワーがあるヤツがいるのかもしれねぇわけか」

 

「まだ、決まったわけではないだろう。不用意に敵を想像するな。ディオ」

 

「解ってますよ。大隊長殿」

 

 フィクシーが二階に慎重に上がって全員を先導し、あちこちにある革製のソファーを持って来たサバイバルナイフで出来る限り大きな面となるように切裂いて、ベルの外套の内側に突っ込んでいく。

 

 作業に30分程掛かったが、その合間にもベルのゴーレム達は周囲を確認し、警戒と次の階層に向かう場所を探していた。

 

「3階に向かう通路がありません。ただ、エレベーター? でしたか。ハンターの教習本に書かれていた場所を発見。上まで直通の縦長のシャフトになってますから、階段を魔導で造るか。シャフトを昇ってロープで引き上げるかの二択になると思います」

 

「分かった。シャフトの登頂は最後の手段だ。もし上に危ないものがいて勝てなさそうなら、逃げる時に使おう。階段を簡易に造ってくれ。我々の総重量が昇れる程度の強度があればいい」

 

「は、はい」

 

 ゴーレムが待っている三階への階段傍でベルが崩れている場所に両手を当てて方陣を展開する。

 

 壁を奔る方陣がうねったかと思えば、その方陣内の壁がまるで粘土のように変形して、少し薄いコンクリート製の階段となった。

 

「三階にゴーレムを先行させます」

 

 飛び出していくゴーレム達が3階内部の情報をベルの瞳や耳に送って来る。

 

「これは―――3階内部はどうやら誰かが立て籠もっていたみたいです。あちこちにバリケートらしき木箱や椅子の山があって、血の染みや弾痕らしきものが……」

 

 ゴーレム達の映像を自身の周囲に映し出せば、全員がソレを見られるようになった。

 

「こりゃぁ、抗戦したはいいが、撤退したってな感じだな。バリケートのあちこちが力づくで崩されてやがる」

 

「弾痕もかなり……どうしてでしょうか? 1階や2階は無事だったのに……」

 

「ゾンビの増え方がゾンビに殺された生命体である事なら、ゾンビに傷を負わされた誰かが死んで、途中でゾンビになったとも考えられる。1階2階では昇ってくるゾンビが多過ぎる可能性もある。3階目以降に上って来る相手だけを始末していたのではないか?」

 

 他の三人が考察している間にもゴーレム達があちこち封鎖された部分の奥にバッグなどを見付けていた。

 

「棚は無いようです。バッグだけ持ち帰って、4階に……」

 

 そう言った途端だった。三階の踊り場の上。

 

 四階に続く階段が微振動し、それに気付いたフィクシーとディオが咄嗟にベルとヒューリを其々抱えて、咄嗟に3階内部へと突入する。

 

「ディオ!!」

「分かってる!!」

 

 次の瞬間。

 

 ゴッと何か信じられない程の大重量が掛かったかのように階段全域が上空から落ちて来た何かによって諸共押し潰され、それに巻き込まれたフロアの一部が崩落し、それを蹴り付けるようにしてフィクシーとクローディオが跳ぶ。

 

 ゴシャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 雪崩討つ埃が立ち込めるフロアの中、フィクシーは立ち上がらせた全員を先導し、まだ無事なエレベーターシャフトへと向かった。

 

 魔力を込められた大剣が分厚い扉を切裂いて転化した衝撃で吹き飛ばし、ガランガランと下に扉が落ちるのを見送って上下が確認される。

 

「ふむ。人を運ぶ部屋が無いな? ならば、昇っても問題無さそうだ」

 

「フィー隊長!? さ、さっきのは!?」

 

「生き残りが仕掛けた罠か。あるいはまだ誰かが上にいるか。どちらにしても我々は孤立した。見ろ」

 

 ガラス張りのシャフトからは次々に街のあちこちから吐き出されたゾンビ達がビル周囲に屯し始めた様子が見て取れた。

 

 更には空の果てから何やら黒いものまでも出現し、それがカラスなゾンビの群れだとクローディオ以外の全員が苦い顔をする。

 

「おーおー退路が立たれたな。今なら飛び降りて突破出来るんじゃありませんか? 大隊長殿」

 

「分かって行っているだろう。一極集中する全方位からの攻撃で餌食になってお終いだ。確かに切り抜ける事が出来るかもしれないが、魔力を空にされたら、私は4日は大剣を振るのにも苦労する。そもそも部隊をわざわざ危険に晒して包囲を突破するのは最後の手段だ。あのカラス共に襲われたら車両も危ない」

 

「フィ、フィー? では、どうするんですか?」

 

「幸いにしてこのビルにゾンビ供は釘付けだが、大量に集まって高層階へと進出してくるのには時間が掛かる。カラス共もこの狭いフロア内ならば、上からの攻撃は心配ない。上層階に向かってからカラス共を殲滅、その後に転移するか、滑空するか。あるいは周辺の高い建物へと飛び移りながら車両までを目指そう」

 

「妥当なところだ。さすが大隊長殿」

 

「教導隊の隊長に言われると泣けてくるな。全員!! 此処からは正念場だ。最上階付近まで一気に駆け上がるぞ。シャフト内を転化した運動エネルギーで加速してそこから上層階に突入。ゾンビがいるなら斬れ。人間ならば捕まえて尋問だ」

 

「は、反撃してきたら。そのどうしますか?」

 

「我々の方が強ければ、ゾンビ共の群れに投げ込んでいいか尋ねればいい」

 

 ベルにフィクシーが肩を竦めて言い切った。

 

「総員、運動エネルギーへの魔力転化用意。精々、数十mだ。遠慮なく加速しろ!!」

 

 フィクシーが言ってシャフト内に飛び出し、魔力を背中で転化して運動エネルギーとして空中に放出。

 

 そのまま空を飛ぶというよりはロケットのようにスッ飛んでいく。

 

 その転化した際の魔力の光が焼き付いた場所を全員が次々に通り抜け、最上階のドアを大剣で破壊して突入したフィクシーは全周警戒を解かぬまま、周囲の気配を探りつつ、後方の安全を確保する。

 

 ベル、ヒューリ、クローディオの順番に命綱無しの加速で階層に辿り着いたが、少年少女は背後に嫌な汗を掻かざるを得なくなっていた。

 

「全員、フロア内にゾンビの気配や生き物の気配は無いが、罠に気を付けろ!! ベル!! フロア全体を解析だ!!」

 

「は、はい!!」

 

 両手をついて汗の浮かぶ顔で少年が方陣を展開し、階層構造を魔力の場に取り込んで解析していく。

 

「………階層中央の天井付近が殆ど無くなってます!! 何か上層階のフロアも刳り抜いて虚空に固定してる? 固定用の資材を解析―――ッ?! フィー隊長!! 魔導で解析出来ない部位を確認しました。魔術で欺瞞されているか。あるいは何らかの妨害される要素があるか。もしくは僕らが知らない未知の物質か。その何れかだと思われます!!」

 

「階層中央から上―――つまりは何かをこのビルの最上層階付近という壁で隠しているのだな?」

 

「は、はい!!」

 

「ベル!! ディオの鏃に爆薬を乗っけてやれ!! 偽装を吹き飛ばす!!」

 

「こ、こんなところで爆薬を使うんですか!?」

 

「私の勘だが、あんな大仕掛けでゾンビを誘う仕掛けがあるという事は……誰かに見られたくないものが気付かれたら、それを隠した連中は恐らく……」

 

「まぁ、十中八九……隠蔽の為に破壊するだろ」

 

 クローディオが事も無げに肩を竦める。

 

「わ、分かりました。今すぐ!!」

 

 ベルが引き出したC4を鏃の周囲に大型の鏃のように形成して、信管を鏃の端に混合、さらに目標物に接触した瞬間に信管が起爆信号を出すよう調整を行う。

 

「五十本あります!!」

「十分過ぎるだろ!!」

 

「ヒューリ!! 一緒に全面に防御方陣を展開するぞ!! 呼吸を合わせろ」

 

「は、はい!!」

 

 纏まった四人の背後。

 

 クローディオが一本だけ何も言わずに弓と腕だけで矢を放ち、硝子を突き破ろうと突撃していたカラス達が強化ガラスを破る寸前に起爆した。

 

 爆風がカラスを焼き尽くし、その爆風に周囲の個体もボトボトと落ちていく。

 

 自身の後方に展開していた防御方陣によって隊全体を護ったイケメンが矢を今度は4本番えて高速で連射し、ほぼ同時に12本が炸裂した。

 

 途端、今のものとは比べものにならない爆風が階の中央の天井付近を完全に崩壊させ、突入してきていた黒い壁の如きカラス達を巻き込んで階層から噴き出してビル最上層の外壁までも燃え上がらせる。

 

 炎と衝撃の中。

 

 しかし、方陣による防御によって僅かな熱波を受けるのみだった四人は炎が掃けた後に思ってもいなかったものを目にした。

 

 ガラガラと崩落し始めるかと思われた上層階であるが、その中心に隠蔽されていたモノが壁の内部に奔らせていた鉄骨染みた金属柱によって崩壊を免れたのだ。

 

「な、こんな!?」

 

 ヒューリが思わず震える。

 

「……どうやら難敵は此処で造られていたようだな」

「まさか、培養してる?」

 

 コポコポとビルの中に隠されていた円筒形の物体内部で水音が渦巻く。

 

 先程の爆風によって外面の温度が変化した為だろう。

 

 その20m近いだろう長さを持つ巨大なカプセル状の物体の中には透明な液体と同時に乳白色の体を持つ2m程の巨人染みた図体のゾンビが十数体。

 

 それは洋服こそ来ていなかったものの。間違いなく都市に帰る途中にフィクシーの腕を粉砕する事になったゾンビに違いなかった。

 

「何処の誰だか知らないが、嘗めた事をしてくれる。ゾンビを培養だと? 人の死を何だと思っているのだ……魔導で解析出来ないという事は情報がこれ以上は得られないという事……ベル!! 金属柱の欠片だけ持っていく!! 此処は破壊するぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

 すぐ傍の天井に偽装していた未知の金属。

 

 ゴーレムの生成を行うように手を地面に付いて床を上に押し上げ、手が届くようになったところで電動工具であるドリルを取り出し、金属柱の掘削を始める。

 

 ギュィイイイイイイ―――。

 

 高速回転するドリルだが、金属柱の表面で火花を散らすものの、あまりの堅さからか。

 

 殆ど抉る事も出来ず。

 僅かな粒子を削ったところでドリルそのものが拉げた。

 

「か、堅い!? でも、表面は取れました!!」

「ディオ!!」

「了解!!」

 

 残った鏃が入った矢筒にはまだ大量のC4の矢が入ったままだ。

 

 腕が霞んで見える程の高速で矢が大量に放たれた。

 

 それは先程と同じように同時にカプセルの表面へと着弾し、先程の爆風で更に集まって来ていたカラス達を呑み込んで膨れ上がり、完全に上層階を骨組みだけにして幾千もの火球となった焼き鳥の雨を周囲に降らせた。

 

 再び炎の中からカプセルの残骸が現れる。

 

 殆どの個体はあの爆風により、内部の液体と共に吹き飛ばされたようだったが、数体がカプセルの下の金属柱に落下して、ゆっくりと起き上がり始めていた。

 

「もう一回やっとくか」

 

 ディオをフィクシーの手が制止した。

 

「もうこれ以上はこのフロアが持たない。あの金属は破壊出来なかったようだが、まぁいい。残敵掃討。簡単な仕事とゆこうか」

 

 バスター・グレート・ソードが構えられ、何の指示も無くフィクシーが突撃を敢行……その背中にはヒューリの姿があった。

 

「ふ、普通の鏃の方もどうぞ」

「お、ありがとさん」

 

 矢筒を受け取った男が最初の一体が一太刀でソードに割られ、断面から爆発で弾け飛ぶのを尻目に飛び掛かろうとしていた他の個体の目に次々とまるで狙いを付けているのかも怪しい軽さで矢を命中させていく。

 

 絶叫。

 生物としての咆哮か悲鳴か。

 分からずとも痛みは感じているのか。

 

 矢を目から突き出させたまま頭を抱えたソレを次々にソードが斬り捨て、弾け散らせていく。

 

 そして、最後の相手がようやく目の矢もそのままに突撃してくるのを完全に真正面から両断したフィクシーが背後に抜けた瞬間。

 

 弾けた死体が飛び散って、周囲には動くモノが無くなっていた。

 

 常にその後ろに付けて、相手の反撃に備えていたヒューリは自分の出番が無かったことに安堵しつつ、戻ろうとフィクシーに声を掛けようとしたが。

 

 その時、自分の方を向いた上司が叫ぼうとしているのを見て、何故だろうと首を傾げ、トスリと胸から突き出ているものを確認し。

 

「え……」

 

 ゴボリと吐血して視界を暗転させた。

 

「ヒュ、ヒューリさぁあああああああああああんッッ!!?」

 

「危ねぇ!?」

 

 クローディオが咄嗟にベルを抱えてゴロゴロとまだ燻る階層を転がる。

 

 その合間にもドスドスと槍衾のようなソレ―――蠢く金属柱が床を穿ち、その部分を崩落させていく。

 

「ヒューリを離せッ、化け物おおおおおおおおおおお!!」

 

 フィクシーが大剣でヒューリの背後の金属柱を攻撃する。

 

 ギィィィインと堅い手応え。

 

 それと同時にピシッと入った剣の罅が拡大し、刃が折れて吹き飛ぶ。

 

「まだまだぁあああああああああああああ!!!!」

 

 裂帛の気合と共に折れた剣の刃先に魔力の光が凝っていく。

 

 積層魔力刃。

 

 大陸においてはポピュラーだろう魔力をそのまま刃として集積し、硬度すらも自在に操る一撃が金属柱に食い込む。

 

 しかし、まだ足りない。

 断ち切るまでには至らない。

 だが、魔力刃の輝きが蒼く蒼く煌いた。

 

 一斉に転化した魔力が積層化されて爆発的に開放された力の本流が両刃の反対側の刃からジェットエンジンの如く運動エネルギーを噴出させ、蒼き炎で無理やりに剣を加速した。

 

 バキャリと肉厚の刃が崩壊する。

 

 ソレを断ち切った瞬間、剣を投げ捨てて、自分を襲い来る金属の槍衾をその剣の起爆で吹き飛ばし、勢いを付けて、ヒューリの胸からソレを引き抜きつつ、片手で胸元を治癒用の魔術方陣を押し当て止血と同時に再生。

 

 背負うようにして崩落し始めるフロアを駆け抜け、二人の下まで戻ってくる。

 

「ベル!! 失血量を計算しろ!! 輸血出来ないなら、塩水を口にでも流し込め!! 食道は無事だ!! 大動脈もな!!」

 

「は、はい!!」

「ディオ!! 奴は固いぞ!!」

 

「爆発じゃ傷一付かないってどんな硬度してやがるんだか」

 

 彼ら四人の前には今までカプセルを保持していた金属柱が蠢きながら、まるで海中のサンゴの如く揺らめき集束していく姿が見えていた。

 

 その表面がゆっくりと黄色く染め上がっていく。

 

「擬態してやがったのか? 大陸なら異種(バルバロス)って括りになるんだろうが。金属系の生命体? まだ戦った事は無かったな……坊主、借りるぞ」

 

 ヒューリを治療中のベルの懐に手を突っ込み。

 

 そのまま中から彼が取り出したのはサブマシンガンでもアサルトライフルでもショットガンでもなく。

 

 C4の塊を20kg程。

 

「援護はいるか?」

「その脚じゃ無理でしょう。我らが大隊長殿?」

「フッ、目敏いな」

 

 汗を浮かべているフィクシーの左足の太ももが貫かれてからそのまま引き千切られたかのように横へ弾けていた。

 

 内部の骨こそ見えていないが、失血を無理やりに魔術で留めているのは一目瞭然。

 

 逃げる為の魔力量も計算に入れて最低限動けるだけの治癒術式しか自分には使っていないのは明白だった。

 

 その手は未だ胸元を貫かれたヒューリの背中に翳されており、かなりの魔力を用いて治癒の魔術方陣が展開されている。

 

「あの化け物、斬られた一部が動いてないって事は恐らく、どっかに動かす中心核みたいなのがあるはずだ。そいつを射抜くのにもう一回、大爆発を使いたい。そいつを凌いで貰えれば、逃げる時間くらいは……」

 

「分かった」

 

 クローディオが揉み揉みとC4をこねて、矢を番える為の手に張るように引っ付けるとソレが吸収されたかのように消えていく。

 

 そして、何の言葉もなく。

 男が消えた。

 フッと転移でもしたかのように。

 しかし、その姿は次には虚空の化け物の真上にあった。

 すぐに槍衾が相手を追って空中を奔る。

 

 しかし、それをまるで鬼ごっこでもしているかのように消えて現れてを繰り返しながら空中で回避していた男が残り少ない爆破矢を何度か金属柱の幾つかに当てる。

 

 だが、それで傷付く事なく僅かに動きを遅滞させるのみで槍衾の量は増えていき。

 

 何度目かの出現の瞬間。

 その片手を貫いていた。

 

 ソレが自由落下し、ポトリと化け物のほぼ内側の金属柱に挟まった瞬間、手品のように腕が復元したクローディオの爆発矢がそれを穿ち、同時に信管が起爆した。

 

 巨大な爆風が周囲のフロアを崩落させながら、化け物を落していく。

 

 それに呑み込まれた後方の三人だったが、すぐに魔導方陣が周辺の落下中の建材を編み上げて、網のように周囲へ展開し、三人を受け止める。

 

 方陣で爆風を防ぎ、高く高く高く酸素の薄い爆炎の中で舞い上げられた男は矢筒に矢が残っていない事を知り、ここまでは考えてなかったと思いつつも、慌てる事なく。

 

 その全身が微妙に燃えているのも構わず。

 

 否、その燻っている傷口からまるで見えないチューブで吸い出しているかのように血を幻の手の中に集め、一本の矢を造り―――ストンと軽く放った。

 

 ソレと共に弓に罅が入って砕ける。

 何の音もなく忍び寄ったソレは化け物の中央。

 未だ痺れているかのように動けない金属柱の中心部。

 

 コアとでも言うべき黄色い色の宝石染みた蠢く何かを貫いた。

 

 その途端、今の今まで堅かったはずの槍衾を形成した多くの柱がバラバラと崩れて落下していく。

 

 だが、満身創痍なのは男も同じ。

 

 着地の事までは考えずに防御方陣を全力展開したツケは超高空からの自由落下だった。

 

 だが、彼が崩落していくビルの下。

 

 もうビル5階程までに群がっていた何千か万単位だろうゾンビの群れに落ちるよりも早く、中層階で止まっていたベルの魔術方陣が展開され、周囲の建材が柔らかく変質し、彼らが受け止められた時と同じようにネットを形成。

 

 グエッという声と共に半焼けの男が潰れたカエルのような声を出した。

 

「見事だ」

「え、それオレに対して?」

 

「ベルの事に決まっているだろう。英雄殿は英雄殿らしい仕事をした。だが、彼は自分の能力以上の仕事をしている」

 

 火傷に痛む体を押して、ネットからネットに飛び移ったクローディオが三人の下までやってきて苦笑した。

 

「で、どうやって逃げる?」

 

「まだ、容態が安定しない。このままでは動かすのも無理だ。幸いにして重傷だが、致命傷ではないし、脊椎も僅かに傷付いただけで治せはする」

 

「だが、魔力は足りない?」

 

 その言葉に頷きが返った。

 

「ベル」

 

「解ってます。こういう時くらいお役に立たせて下さい」

 

「いいのか? 秘密を知る者が増えても?」

 

「クローディオ隊長は悪用しようとしたりする人じゃないと思いますから」

 

「何だ何だ? 二人で秘密の会話か?」

 

「少し黙っていろ。ディオ……お前も肋が逝っているだろう」

 

「思い出させてくれるなって。痛てててッ」

 

 2人の遣り取りの途中から少年は完全に意識を地表のゾンビ達に向けていた。

 

「やります」

「ああ」

 

 少年が息を吸い込んで大きく吐き出した。

 

「……大気より外在魔力を抽出……認識力を一次切り替え……」

 

 少年が己の魔力源たる事象。

 下方の“死に続ける死体”達に手を翳す。

 その瞬間。

 

 常の魔導とは違う耀きが、仄朱い光、灰色の光、二つの転化光が混じり合う炎にも似た揺らめくものが少年の右手に方陣を描き出す。

 

 それは広がって腕を浸食し、頭部に至ると瞳に到達して真白く混合する。

 

(沢山の死が貴女の死に魅かれてる……でも、この死はもっと、もっと輝く日の為にある……貴女はまだこんなところで死んじゃいけません。ヒューリさん)

 

 周囲の死を吸い上げて、空白が、その白は汚濁のように混沌としていながらも、何処か温かく。

 

 それが溢れ出して―――少年をまるで消去るかのように虚ろな白い空虚の絵の具の如く具現化していく。

 

「通常空間への固定化を開始、概念域と接触後、チャンネル全開固定12秒ッ!!」

 

 空へ焼き付き。

 

 ビルの上からジワジワと広がって周辺の空を、空間を白が染めていく。

 

「こいつは―――まさか、チャンネルの全拡大だと!? 坊主―――お前、死ぬぞ!?」

 

「あはは……普通ならきっと、そうかもしれません。概念域を開き過ぎれば、高次領域に呑まれて死ぬ。いえ、死んでしまったんでしょう。僕は……」

 

「何を―――」

 

「でも、この魔力で開き拡大するチャンネルは決して僕を傷付けない。何故なら、この力は僕そのものだから……死は平等ですが、例外はあるんです」

 

 少年は少しだけ哀しそうに笑った。

 

 そして、大きく古の賢者のように両手を広げ、その虚無へと声を響かせ始めた。

 

「我らが死よ。我らが頚城よ。営みに連なる悲劇よ。永久に追うものよ……我が詩《し》に応えよ……我らが史《し》に答えよ……この身は思《し》より果てに尽きぬ死源(しげん)を求めし生ける屍者(ししゃ)……」

 

 白い空白の“底”から何かが湧き上がってくる。

 単なる平面であるはずなのに何かが噴き出してくる。

 

 ソレが黒く黒く湯水の如く溢れ出し、少年の頭上へと噴き上がり。

 

「安寧の黒。虚無の白。我が手に宿りて()を謀らん!!!」

 

 少年の手の方陣が握り締められる。

 巨大な魔力とも事象とも付かぬ何かが吹き飛び。

 熱量を伴った柱が四人を共に包み込んだ。

 

「グッ、この魔力量―――」

 

 思わずクローディオが口元を抑える。

 その時だった。

 カラスの生き残りが一羽。

 少年達に目掛けて急降下して来る。

 

 しかし、それが何処から飛んできた火球によって弾き飛ばされた。

 

「今です!!」

 

 それを見た少年が遥か上空に何処かで見たような影を認識したような気がした。

 

(あれはもしかして……)

 

 少年の思考を遮るように叫び声が上がる。

 

「行けるぞ!! 治癒術式を全開!! 転移を実行、チャンネル開放!!!」

 

 コォオンと四人を包むかのように硬質のものが堅い床に落ちたような音色と共に秘儀文字の方陣が30mに渡って展開され、キュオンと空間が歪んで、方陣が破砕される。

 

 後にはただ化け物が群れて倒れていくビルとカラスから燃え広がり始めた炎だけが残って……まったく周囲にゾンビがいない状態で街の端の車両がその場から離れて都市へ帰還するべく。

 

 緊急発進していくのだった。


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