ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第16話「合流するベテラン」

 

 世の中にはさも平然と自分は普通です、という顔をした殺人鬼とかが紛れていたりするものだとベルは知っている。

 

 少年は取り敢えず、そういう場合は七教会の警備部門などに匿名の通報をするのが日課であった。

 

 他にも兵隊の中には物凄く背負っている人間が時たまいたりして、そういうのは英雄か、あるいは怒らせては行けない類だとも分かっていた。

 

 謀略系な間接的に人を殺す相手の事はまるで彼には分からないが、人を殺す奴の特徴だけなら、1から100まで言える辺りが少年の非凡さかもしれない。

 

 まぁ、相手の邪悪さが測れるわけではない為、人を殺してなくてもヤバい奴のようなカテゴリには無力な観察眼である。

 

 さて、そんな彼がゾンビを見る時、其処には二つの死がある。

 1つはそのゾンビ自身の死。

 もう一つは誰かを直接殺した時の死だ。

 

 誰かを殺して背負う死が大きくなると彼にはそれが白い曖昧模糊とした絵の具ように見える。

 

 まるで背景を塗り潰すような空虚。

 それが死の本質として彼には見えている。

 

 これが拡大すれば、その場にいる存在ならば、どんな材質や構造材で囲われていてもソレが飛び出て見える為、もし家にそういうものが住み着いていれば、正しくその家は真っ白な空白地帯にも似て極めて視辛い世界となるだろう。

 

 そして、そんな空白地帯が何故か。

 街の中心部から少し外れた場所にハッキリと見えていた。

 かなりの量。

 それこそ300人クラス。

 

 軍で1000人殺せば英雄だと誰かが言っていたが、実際には100人殺すのも極めて難しいのが人間という生き物である。

 

 大陸において100人も殺そうと思えば、その内の何人かは確実に魔術師であり、その内の何人かは確実に超常の力を持つ能力者であるのだから、苦労するはずだ。

 

 それが戦場ならば、尚更。

 無理ゲーというやつであり、実現性は極めて低い。

 話を戻すが、彼は空白には極力近付かないようにしている。

 ついでに通報する事にしている。

 しかし、今現在ウロウロする荒野は大陸ではなく。

 通報する通信機も周囲には存在せず。

 知らせる相手は同僚の二人のみ。

 だから、提案は二択だ。

 逃げるか。

 

 あるいは遠距離から完全無欠にその小屋を一撃で粉砕し、内部の相手に何もさせないか。

 

 こんな場所にいるのは絶対、ロクでもないゾンビである以上、手加減は無用。

 

 少年は前回出会った難敵のような相手が出て来ないとも限らないと用意していたC4の贋作を取り出す。

 

 ちょっとだけガンショップで買っていたものを組成を解析、必要な元素を集めてきて魔導で複製した代物だ。

 

 量だけなら1000kg近く用意している為、今ならば発破には事欠かない。

 

 それを練りに練った後。

 

 信管を付けてから上司に100m先から投げてもらう事など、本当に造作もない危ない奴撃退法に違いなかった。

 

 コードはしっかり100m分。

 投擲して相手の存在する家屋に張り付いた瞬間。

 

 ガチッと爆破用のボタンが押され―――思っていたよりもかなり巨大なキノコ雲が上がった。

 

「ヌァアアアアアアアアアアアアアア?!!?」

 

 矢面に立っていたフィクシーがあまりの爆風に思わず剣を振り抜いて盾代わりに前へ翳す。

 

 それから数秒後。

 ようやく爆風が治まると。

 巨大な粉塵の下。

 白い空白が無くなって―――いなかった。

 

 ゾワリと鳥肌が立ったベルは急いで二人に重火器の安全装置を外すように警告する。

 

「う、まだ生きてます。いえ、死んでますけど!! とにかく構えて下さい!! 動いて―――来ますッ!!!」

 

 まだ衝撃が冷めやらぬ中。

 空白が動き。

 そう、少年にも見える程に素早く近づいて来ていた。

 それも周辺の建物に隠れるように遠回りしながらだ。

 

「八時方向から回り込んできます!!」

 

 今現在、十一時過ぎ。

 

 事前に周囲の廃屋は探索済みで大半のゾンビは平らげていたが、それにしても素早い身のこなしと相手の視線を障害物で切って移動する術は正しく戦術を学ぶ者のようなキレがあった。

 

 それでも的確に遠方から銃撃を見舞い続けるヒューリとフィクシーの弾幕を前に一定距離から周囲をウロウロとするようになる。

 

 まだ姿は見えなかったが、これは倒せそうにないというのは少年にも分かった。

 

 近付かれれば、かなり致命的。

 

 先程の爆風であちこちからゾンビの群れもやってくるだろうし、逃げるが勝ちだと進言しようとしたが、それより先に魔術による広域通信が目と鼻の先からチャンネルを通して、周囲の術師に直接救援要請が発された。

 

『こちら善導騎士団教導隊所属クローディオ・アンザラエル。救援を乞う。こちら善導騎士団教導隊所属クローディオ!! 誰かいないか!! 誰か!! 今、襲撃を受けている。襲撃を受けている。相手は非常に強力な爆発物を所持し、重火器によって武装している模様!!』

 

 その渋い声の救援要請に思わず顔を見合わせた三人だったが、どうやらフィクシーはその声の主を知っているようだった。

 

「こちら善導騎士団大隊長フィクシー・サンクレット!! クローディオ・アンザラエル殿か!!」

 

『ぬ!? 反応が返って来るだと!!? その声は大魔術師殿か!?』

 

「こちらフィクシー・サンクレット!! クローディオ殿ならば、その場で救難信号弾を魔術で規定通りに上げて貰いたい。本物ならば、分かるはずだ!!」

 

『信号弾? そんな術式有ったか?』

 

「どうやら貴方は本物らしい。まさか、こんなところで貴官に会えるとは……すぐに合流する!!」

 

『いや、待て!! 此処には敵がだな!!』

 

「それは我々だ」

 

『は?』

 

「……済まない。この地に住まうアンデッドの大物かと思い誤射した事。誠に申し訳なく。謝罪させて欲しい」

 

『……オイオイ。洒落になってないぞ。はぁ……こんなところで同士討ちになるところだったのか……』

 

 クローディオと呼ばれていた男が家の影からオズオズと両手を上げて撃ってくれるなと出て来る。

 

 浅黒い肌に尖った耳。

 青み掛かった銀色の髪に短く刈り上げられた頭。

 

 そして、何よりも昔なら端正な顔立ちだったのだろう幾つかの切り傷と無精髭にまみれた顔。

 

 トパーズ色の瞳が助かったという安堵とも死ぬところだったという疲れとも付かない不思議な色合いを宿していた。

 

 そのエルフなオッサンにどうやら少年は死ぬほどこれから謝らなければならないようだった。

 

 *

 

 一旦、車両に戻った三人は一人の同僚らしい男を連れて一路、あの巨大な爆発が起きた廃墟群から遠ざかるルートで荒野の中をゆっくり低燃費モードで走っていた。

 

「ぁ~~~生き返るなコレは……冷たい飲料に温かい食事。先程のはこの食事だけで無しでいいぞ。今の今まで荒野のトゲトゲしたのと小さな蜥蜴しか食っていなかったからな。それにしても大魔術師殿にこんな荒野で出会うとは……これも我らが善導騎士団の絆というやつか。はぁ……」

 

 何やら心底疲れ切った声を出した男はそう言って、いつもならばベルが座っている場所に埃っぽいマント姿で腰を下ろしていた。

 

 その片手が消え失せて、魔術で常用する義手の消失と同時に全身から力が抜けていく。

 

「私が言うのも何だが、無事で何よりだ。クローディオ殿」

 

「いや、自分でも生きているのは奇蹟だと思う。東部の諺にもある。昔取った杵柄というやつだ……咄嗟に対爆術式を展開して地面を掘れるとは実戦から離れて長い身で出来るとは思わなかった」

 

「それにしても貴殿はいつからあの場所に?」

 

「あのアンデッド襲来からもう2か月半。突然、空間が歪んだと思ったら、目覚めれば荒野だ。何とか軍にいた時の知識で生き抜いてはいたが……大魔術師殿はあの後の事を知ってるか?」

 

「やはり、時間がズレているのか」

「ズレている?」

「此処が何処かご存知だろうか?」

 

「いや? 大陸の何処かだと思ってたが……夜はアンデッド共の夜目から逃れる為に家の地下でやり過ごしていた。その内に助けが来るかと思えば、そのまま一か月、二か月と過ぎて、今に至る」

 

「信じられぬかもしれないが……」

 

 そうフィクシーは今まであった事やこの世界の事を大まかに伝える。

 

「つまり、何か? 見知らぬ世界に飛ばされて、その世界はアンデッドのせいで滅び掛けている、と」

 

「そうだ。我々の銃器やこの車両、それから本も提示しよう。全て事実だ。誓って……」

 

 その言葉にクローディオが心底諦観したような瞳で溜息を吐いた。

 

「普通なら信じられんと投げ捨てるところだが、あの堅物か化物かと有名な大魔術師殿の真剣な顔だ。信じざるを得んだろうよ」

 

「け、化物は言い過ぎだろう。化物は……」

 

「はは、自分の事にはご自覚が無いようだが、まぁ今はいい。とにかく、了解だ。オレは晴れてあの世界からオサラバした、という事だな」

 

「晴れて?」

 

「ああ、いや……もう伴侶も娘もいないからな。余生をどう過ごしたものかと考えてたんだ。エルフの生は長いが、若造も良いところのオレが今や寡夫……相手を見つける程の気力も無ければ、世に愛想も付きようってもんだろう?」

 

「あぁ、いや、済まない。そうだったな……」

 

 その言葉に思い出したのか。

 

 男に謝ろうとしたものの、すぐにその当人の手によって肩が掴まれ止められる。

 

「止めてくれ。こんな男の事情で大魔術師殿が頭を下げようものなら、オレはこれから誰にでも頭を下げて生きて行かねばならなくなる」

 

「……ああ」

「で、だ」

 

 運転席の少年と横の少女を見て、男が無精髭を撫でる。

 

「これが今、残ってるそちらの部下か?」

 

「今、車両を運転しているのがベル。私の部下だ。こちらはヒューリア。12大隊の生き残りだ」

 

「教導隊としては生き残っているだけで報われる思いだな。しかし、それにしても坊主にお嬢ちゃんか。中々苦労しただろう?」

 

「いや、私の方が救われている。彼らがいなければ、私は当の昔にアンデッド共の餌になっているはずだ」

 

「ほう?」

 

「そもそも貴殿を姿も見ずに見付けて、アレはヤバいものだから、絶対倒すべきと言い出したのは其処の坊主呼ばわりした男だ」

 

「ははは、マジかよ……オイ。坊主。どうやってオレの隠蔽を見抜いた?」

 

「この子は特別な瞳を持っていてな。魔眼の類だ。余程に怖いものがいると言っていたぞ」

 

「ほほう? 昔のオレなら喜んで頷いていたところだが、残念ながら今のオレは単なる腑抜けた軍人崩れだ。もう片腕も無いし、往年程の力も出せん」

 

 初めて男の外套の下から腕が出された。

 

 確かに男の左手は肘から先がゆらゆらと何もない虚空で素手を揺らしている。

 

「謙遜だな。それで騎士団の教導隊の大半を打ち倒した者の言葉とは思えん」

 

「あの頃は荒れてたんだよ。色々と」

「……済まん」

 

「ああ、そんな顔しないでくれ。男が女にそんな顔をさせたと知ったら、天国の嫁さんに殴られちまう」

 

「ああ……」

 

「とにかくだ。オレはクローディオ。教導隊の隊長をしてる。いや、もうしてたの方がいいのかもしれんが、騎士団を鍛えていた者の一人としてお前達が生き残っていた事を嬉しく思う。聴けば、この世界で生計を立てる術を学んで仲間を見付けようって話なようだし。オレも協力しよう……まぁ、全部集め終えたら、その後は知らんと投げ出すかもしれんがな」

 

 そう恰好良さげにチョイ悪オヤジ的なノリで軽く敬礼した男だが、横でコメカミをピクピクさせているヒューリアに視線を向ける。

 

「どうした? お嬢ちゃん?」

「……殴っていいですか? フィー」

 

「ああ、構わんぞ。騎士の礼儀と男の礼儀は別だ。信賞必罰が我が隊のモットーだからな」

 

 途端、強烈なブローが男の鳩尾にクリーンヒットした。

 

「うごおぉおおぉぉおお!? で、出る!? 今喰ったもんが出ちまう。うっぷ?!」

 

「この変態!! お尻触るなんてサイテーの人間のする事ですよ!!?」

「う、人間じゃねぇ。オレは北部大樹のエルフっぷ?!」

 

 口元を抑えた男が青い顔でトイレに駆け込んだ。

 

「……二食分無駄になったな」

 

「当然です!! あの人、一体どういう人なんですか!? フィー!!?」

 

「昔は女たらしで有名だったガリオスの英雄。確か、新聞にも載っていたはずだぞ。いや、相手からすれば、死神かもしれんがな。地方諸国でのクーデター鎮圧で勲章も貰っていたはずだ」

 

「あ、あんなのがウチの国の英雄……」

 

 物凄く微妙な顔になったヒューリが瞳を細めて男の入っていったトイレを見やる。

 

「その頃に人間の女性と結婚して身持ちが固くなったらしいが、血の礼拝節で妻子を失った挙句に片腕も喪失。団長が諸手を上げて招いた戦場のスペシャリスト……それが彼だ」

 

「それにしては物凄く軽い感じでしたけど」

 

「今のは挨拶だろう……まぁ、年寄りの冷や水だと思って許してやれ。エルフの年齢にしてみれば、まだ十代前半くらいだろうが……懲罰なら幾らしてもいい。本人も覚悟の上だろう……無論、私もやられたら懲罰する」

 

『き、聞こえてるんですけど~~大魔術師殿!? オレだって死ぬ時は死ぬんだぞ!? うっぷっ?!』

 

 トイレの中からそんな悲鳴染みた虹の川を量産する男の声が上がる。

 

「安心しろ。彼の今の二つ名(エイリアス)は“不死身の軟派野郎”だ」

 

「それの何処に安心感が?」

 

 ヒューリがかなり機嫌をそこねたようで大きな溜息を吐く。

 

「教導隊も殆ど若い連中の中で最年長だったからな。愛称はオッサンだったか? そう呼んでやれ」

 

「このオジサン野郎!! 次に触ったら、蹴り上げますからね!!」

 

「そ、そりゃないぜ……これでもまだまだエルフの中じゃ若いんだぞ? 人生には潤いがだな―――げぼ~~~~~ッッ」

 

 その男に顔を顰めたヒューリがもう嫌という顔で運転席のベルの方へと走り寄り、後ろから頭を撫で始めた。

 

「な、何で撫でるんですか!? ヒューリさん!?」

 

「うぅ、口直し的なアレですから気にしないで下さい」

 

「は、はぁ……で、でも気が散るので運転中はちょっとにして下さいね?」

 

 そんなこんなで何とか合流した生存者を迎え入れて。

 キャンピングカーは走る。

 その先にはまた廃墟街が見えて来ていたのだった。


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