ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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追加登場人物+第15話「歴史と風呂と寝台と」

 

 クローディオ・アンザラエル(45)♂

 

 ・善導騎士団所属の教導隊の隊長。国軍を隻腕になった事を機に退職し、騎士団の若手の教育係として迎えられた叩き上げの軍人。血の礼拝節と呼ばれる事件によって伴侶と娘と片腕を失っており、七教会に不信感を持つ。若手からは頼られる頼もしい人物……愛称はオッサン、もしくはディオ。

 

 シュピナーゼ・ガンガリオ(??)♀

 

 ・飛ばされた異世界でベル達が出会った少女。謎めいた言葉を吐いて、ベル達の行く先で時々助けてくれるミステリアス・ガール。黒い長髪に丸みを帯びた八の字の眉に銀の瞳と愁いを帯びた顔を持つベルのストライクゾーンを抉る存在……愛称はシュピナさん。

 

 前回までのあらすじ。

 

 転移したよ→生存したよ→都市に付いたよ→ハンターになったよ→強敵と戦ったよ→再戦の為に強くなったのさ(キラリ)

 

 *

 

 ハッキリ言えば、追い詰められてはいないが、追い掛けられていた。

 

「と、飛ばせぇええ!!」

「は、はぃいいいいい!!?」

「う、うううう、撃ちます!? 撃ちます!?」

 

 世の中は残酷だ。

 

 どんなに準備しても、もしもという言葉は決して人間の運命から手を離さない。

 

 一重に強くなったと言っても、限界というやつはあるのだ。

 

 ベル、フィクシー、ヒューリの三人は朝焼けと共に旅立ち、巡回して戻ってくるルートを設定し、一日目の夜は難なくゾンビを撃退し、家々を探索して僅かばかりのハズレな戦利品を持ち帰り、続けて二日目には本領が出せるかと思っていた矢先に思ってもいなかったゾンビの群れに追いかけられていた……車両に乗りながら。

 

―――GあぁgAaAaaAAAGA。

 

 何やら奇妙な音程の外れた鳴き声がしたのだ。

 

 彼らが昼時の民家探索を終え、酒瓶やら缶詰やらを家々から回収して車両に戻ろうとしていた時。

 

 上空とふと見ると。

 ソレはいた。

 腐肉が顔を覆うカラス、のようなゾンビが。

 それも大量に。

 数百では利かなさそうな数の群れで。

 彼らの攻撃方法はやたらアグレッシブだ。

 

 逃げ出した彼らの背後には急降下してきたカラスゾンビさんの嘴が劣化しているだろうとはいえ、そのコンクリートやアスファルトの地面にざっくりと刺さった様子が見えた。

 

 あんなのに群がられたら、嘴で剣山のようにされてしまう。

 

 無論、車両なんて良い的である。

 

 銃弾を使う事にも慣れて来た彼らだが、彼我の戦力差は完全に把握していた為、さっさと逃げ出した。

 

 しかし、しつこい。

 

 どこの油汚れだってここまでしつこくないだろうという程にカラス達はネットワーク的に広がり、彼らを見付けた一羽が次々に仲間を呼び、数分もせずに大群となってしまう。

 

 二度目の逃避行後、泣く泣く見つかったら逃げるを繰り返して2回。

 

 本来、住宅街となっている場所にもう少し長く滞在しつつ探索するはずだったのが、南部方面の荒野地帯を彼らは爆走する事になっていた。

 

「く、南部からココまで来た時には見なかったぞ。まったく、何回も何回もどうなっている。新種か?」

 

 猛スピードで群れが遠ざかり、日が暮れて来た事もあって何処かの荒野に近い集落辺りに身を隠せれば、と算段していたフィクシーはハンター専用の渡された地図を見て、まだ未探査の場所で良さそうな集落を複数見繕い。

 

 現在地をこの世界の星を屋根上に出る入口から確認して、最も近い処を選択。

 

 十数分後に見えて来たその集落の端。

 

 不可視の結界を張りつつ、岩陰に車両を止めるよう指示した。

 

 電気で電灯とやらも使えるようになった車両であるが、通常では電力の無駄だとベルの魔導による光源が現在は利用されている。

 

 一息吐いて、結界の敷設を終わったフィクシーとヒューリが車両に戻って、缶詰と飲料を出して待っていたベルと合流する。

 

「さて、今日は負けん」

「昨日は……はい。色々ありました。色々……ふふふ」

 

 フィクシーは飲料がかなりアレだったが、それ以上に悲惨な目にあったのはヒューリであった。

 

 その缶詰を開けた瞬間。

 

 怖ろしい匂いが充満し、ソレを結界に隔離後、消臭するまで……結界内のヒューリは地獄を味わったのだ。

 

 いや、缶詰は美味しくヒューリが責任を以て消臭後に食べたのだが。

 

「フッ」

「せ、せい!!」

「こ、これです」

 

 恒例の未知の缶詰と飲料選びが実施され、ベル、ヒューリ、フィクシーの順番で缶詰と飲料缶が選ばれる。

 

 カパリと開けられた缶詰は……皆、普通だった。

 

 普通の鶏肉(トマト味)、鶏肉(バジル味)、豚肉(テリヤキソース味)であった。

 

 キャンピングカーの後方は前よりも広くなったが、基本的な造りは変わらない。

 

 缶詰を三人で分けて、トマトとバジル味のコラボレーションに良さげな顔となった三人はそれに更に都市で支給されているクラッカーを加え、微妙、微妙、当たりな缶飲料を飲み干し、夕食を恙なく終える事が出来た。

 

「さて、あのカラス共のせいで大分予定が狂ったのは確かだが、ルートそのものは早く進んでいる。今、都市を出て120km地点。南部が殆ど手付かずなのは貰ったバウンティーハンター用の歴史教育の内容に拠れば……この地点」

 

 フィクシーが地図の一点を指差す。

 

「最初期のパンデミックで人々が封じ込めを図った地点が大規模に百万単位のアンデッドに襲われて破壊され、その立て直しと敵の漸減の為に軍隊へ当時の徴兵可能人口が払底する程の規模で戦線が展開されたから、らしい。それが十年以上前。ジリジリと数を摺り減らしたユーエスエー軍は今の都市に籠るまでに八千万人程の人口を戦線で消費したそうだ」

 

「は―――物凄いですね」

 

 さすがにヒューリが絶句する。

 

「だが、それでも一億人以上がこの大陸から脱出し、同盟国に逃れたらしいが、この一番大きなユーラシアーという大陸と、このアーフリカという大陸が墜ちた為、それも半数しか生き残らなかったと」

 

「本当に滅び掛けているんですね。この世界……」

 

「ああ、何でも戦略級魔術に相当する核という兵器があるらしいのだが、それを戦線維持用の都市が落ちた時に大量投下して、遺体と敵を戦線毎焼却したらしい。その原理も見たが、我々の世界の高位術師が時折行う攻撃方法と酷似していた。それのシステムによる大規模版だな」

 

「フィー隊長。かなり、この世界の事に詳しくなりましたよね」

 

「それは勉強したからな。読文は行けるようになったが、読み書きは全然だ。そこはやはりベル。君に頼む事になる」

 

「任せて下さい。完璧に翻訳してみせます」

 

 ベルが頷き、フィクシーが話を戻す。

 

「続きだが……この大規模な掃討作戦時、この国にとって幸運だったのはその荒野の中心地に出来た人工の戦線都市群の1つに多くのアンデッドが結集したという事だったらしい」

 

「結集?」

 

「ああ、何故かは分からないが、当時この大陸にいた大半のアンデッドが荒野の最前線に集まり、突破しようとし、実際に突破し、雪崩を打って再び都市群を呑み込み、その瞬間に超規模の飽和核攻撃で一網打尽。つまり、我々が出会っている殆どのゾンビは当時の残り物か。もしくはその後にゾンビにされた者だけなのだそうだ」

 

「それでゾンビになる原因は付き止められてるんですか?」

 

「いや、その研究をしていた最先端の設備があったのも消滅した都市群だったらしい。ゾンビの発生原因として根強い学説は菌類やウィルスと言われているようだが、今の先端技術でも本当のところは分かっていないとされている」

 

「原因不明って事ですか?」

 

 ベルの問いに頷きが返る。

 

「ただ、ゾンビに殺された人間は高確率でゾンビになる事が確認され、定説になっている。また、ゾンビに殺された動物も確率は低いがそうなると」

 

「つまり、あのカラスさん達はゾンビに殺されたって事なんですね」

 

 ヒューリにフィクシーが頷く。

 

「恐らくな。ただ、この一件には不可思議な事もあるとされている」

 

「不可思議な事?」

 

「超規模の飽和核による戦線そのものの消滅が確認された後。この世界は本来ならば、巻き上げられた塵やその核とやらが汚染した死の灰とやらで死滅するはずだったのだそうだ」

 

「へ? でも……」

 

「戦後、調査隊が組まれたようだが、大規模な襲撃にあって、原因の調査は打ち切り。結局、我々が最初にいた地域から200km程離れた場所から大陸南部を覆うようなライン全体で大戦争が起っていたようだな。が、その後の事は殆ど分かっていない。七教会も運用している衛星とやらがこの世界にもあって、空から観測しているそうなのだが、爆心地付近は完全にクレーターとなっているが、それだけで……それ以外何も異常は見受けられないのだとか」

 

「不思議な事が起こって、世界は救われたって事でいいんでしょうか?」

 

 ヒューリのザックリとした総括にフィクシーがまた頷く。

 

「とにかくだ。分からない事が多過ぎるのだとされている。恐らく、民間ではなく公的な軍などならば、更に詳しい情報を持っているのだろうが、我々には縁が無いな。それに全てはこの世界の事情だ……我々はこの世界での生存と仲間の探索、合流が最優先。この世界へ本格的に関わるのは出来れば、その後が望ましい」

 

 最もな話ではあった。

 

 それを何処までが本格的とするのかは今後の話であって、今日明日に決めるようなものではない事も二人にも分かっていて。

 

「お腹も満ちましたし、今日はお二人共、上で寝ますか?」

 

 そうベルが切り出す。

 

 キャンピングカーは天井付近に3人分の眠るスペースがあり、横に這い出れば天井から外に出る窓もある。

 

 星を見てから一眠りというのも良いが、天井とは違って下のテーブルスペースにパーツを展開して三人分の広い寝床を作る事も出来た。

 

「いや、今日はあのカラス共の事もある。いつでも身動き出来るよう下でいいだろう」

 

「分かりました。じゃあ、ちょっと先に浴びてて下さい」

 

 少年が後片付けをしてキッチン周りと寝床の準備に掛かると年嵩の少女と年下の少女は同時に2人までシャワーを浴びれるスペース横の棚に自分達の衣装と下着をテキパキと入れていく。

 

 無論、狭いキャンピングカー内の事であって、少年がキッチン・スペースから顔を横に向ければ、全身見えてしまうが、少年にそんな度胸があるはずもなく。

 

 今日も衣擦れの音に朱くなって缶詰の空き缶を魔術で洗浄し、完全に綺麗にしてから魔導でクシャッと丸めて資源として外套の奥に入れる作業へと邁進するのだった。

 

 2人の少女は少年が予め魔力転化の熱量でタンク毎沸かしていたお湯を湯船に溜めて入ってもう数日。

 

 今は成れたもので二人が入って丁度満杯程度のお湯が張られていた。

 

「フィー。今日もお疲れ様でした」

 

「いや、ヒューリ。君こそ慣れない戦い方で疲れただろう。本当ならもう少し先達として教導出来ればよいのだが、専門では無くてな。済まないと思っている」

 

「い、いえ。ベルさんが使い易いように調整してくれて、弾丸の反動も今は火薬量の調節のおかげで十分に対処出来るようになりました。もう少ししたら慣れると思いますから」

 

「私はバスターの重量のせいで剣か銃かの二択だが、君はどちらも共に使用して、魔術すら並列出来る。私と違ってバランスもいい」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「ああ、威力こそ私の方が大きいものの、最終的な立ち回りを込みで見れば、君の方が戦力としてはより強いだろう。大魔術師として戦わない限りはという但し書きは付くが、騎士としての戦力では確実にそうだ。私の場合は取り回しの良い重火器では一撃の重さが剣に勝てない場合が多い。都市に帰ったなら、より強い重火器を手に入れて、完全に威力特化にするつもりだ」

 

「その場合は私が取り回しの良い火器で戦う事に特化する方向で調整した方が?」

 

「満遍なく伸びる君ならば、バランス型で軽妙な戦い方が馴染むだろう。私のような一撃馬鹿には出来ない芸当だ。ベルとの相性もいい。重火器を大型化すれば、私は一戦闘中は補給無しでの戦いになるだろうしな」

 

「「………」」

 

「風呂でする話ではないか」

「お風呂でする話じゃありませんよね」

 

 同時に苦笑した少女達がいつものように互いの背中を見て以上が無いかを確認する。

 

 しかし、それでも前も後ろも見えてしまうものだ。

 

 湯気の中、あまり強くない魔力の転化光で艶やかに光る肌も髪も互いの肢体も今では見慣れた背中を預ける相手のチャームポイントに違いなく。

 

 互いに髪に専用の洗剤を付けて洗ったり、肌を磨くのは彼女達の日課になっていた。

 

「それで、どうなのだ?」

「どうとはどういう事でしょうか?」

「いや、ベルとは上手くいっているのか?」

 

「な、ななな、何を言ってるんですか!? わ、私はベルさんとは単なる騎士団仲間であって、そ、そんな……」

 

 プクプクと金髪の少女が頭に髪をタオルで撒いた姿のまま沈み込んでいく。

 

 横でそれを見た少女は苦笑しながら、ツッとその肩を人差し指でなぞった。

 

「ひゃん!?」

 

 思わずザパッと戻って来た少女に隊長といよりは女の先達として彼女は耳元に呟く。

 

「でも、そう悪くは思っていないのだろう?」

 

「え、その……それは……・その……優しいと思いますし、いつも頑張って武器の調整までしてくれてる姿は恰好良いと思いますけど……」

 

「騎士団はな。此処だけの話……もう完全に世襲制にしようか、という程に団員が集まらなくなっていたのだ」

 

「え?」

 

「私も本来なら大魔術師として家を再興するべき立場だった。だが、な……団長が私に機会を与えてくれた」

 

「機会?」

 

「つまりは落ちぶれた魔術結社の力を持て余した小娘に活躍の場とお相手を用意してやろうという話だったのだ」

 

「え……それ……本当ですか?」

 

「まぁ、騎士団のテコ入れというのは事実だっただろう。だが、その世襲制にしようという時に団長は馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、その大事な話を若者のお見合いの場にしてやろうと画策していた節がある。良く言えば、アットホームな騎士団にして解体を防ごうという策であるが、悪く言えば、美人なあの子を釣り餌にしようという事だ。無論、望まぬ結婚があってはならないと各大隊の人事には気を配っていたらしいが……」

 

「そうだったんですか……」

 

「ベルとて、その資格ありと私の大隊に預けられたはずだ。女性騎士は先進国である大陸中央では古い価値観の象徴だが、珍しくない存在であり、地方よりもずっと数が多い。彼女達に相応の相手を探そうとすれば、それは職場に良さそうな男を押し込める以外無いだろう」

 

「そ、それって……フィーはその……ベルさんの事をどう思っているんですか?」

 

「カワイイ大隊の騎士団員だ……そして、彼にはあの日、命を救ってもらった恩がある。もし、彼がいなければ、我々二人は看板が割れて沈んであの魚共の餌になっていたかもしれない」

 

「………ベルさんはカワイイと私も思います」

「襲ってもいいんだぞ? 本人の了承さえあれば」

 

「~~~~ッ!? 襲いません!! そ、そういうのはだ、男性優位で進めて下さるものだと乳母も言ってました!!」

 

「あはははは。さすがお姫様だ。天井の染みを数えていれば、なんて教えられていないだろうな? アレは大概大嘘だぞ。先達の女性騎士達が言っていた」

 

「え!? う、嘘なんですか!?」

 

 風呂場のガールズ・トークは……殆どベルには丸聞こえであった。

 

 しかし、その事を二人は知らない。

 理由は押して知るべし。

 入る時は二人と一人のどちらかなのだ。

 そして、男性であるベルが女性と入る事はない。

 

 つまり、彼女達はその事実を知る機会に恵まれないのである。

 

 そもそもベルは静かに入りたいタイプなので気持ちよさげな声をちょっと出す程度である。

 

(うぅ……僕は知らない聞いてない。ひっひっふーひっひっふー……)

 

 自分を落ち着けて、少年は寝台の用意をする。

 この数日、哀しいかな。

 少年は完全に“あの下着”と普通の下着の二重生活。

 

 女性陣の目の保養と称して、あの下着の姿をチラ見せして欲しいとばかりに、男なのだから堂々と見せろとばかりに、見られて弄られるのが日課のようになっていた。

 

 こんな下着、洗っている内に壊れてしまえばいいのにと思うものの。

 

 完全にオーダーメイドっぽいソレは汚れもすぐに落ちるし、洗濯にも強いし、色落ちしないし、弾力も損なわれないし、悔しいくらいに長旅に向いている代物に違いなかった。

 

 下着を着ないというのも出来ないし、一着しかないのも問題である。

 

 あの時の下着がこんなところで使用される事になるとは思わなかった少年は……都市に帰ったら絶対、換えの下着を買おうと意気込む。

 

 それはそれとして寝台を整え、下に敷布を積めて枕を用意した時、風呂から上がった少女達が軽くタオルで拭いた体を脱衣所代わりの場所で夜用の下着に着替え始める。

 

 見るなら見ても良いのだぞ?

 

 という声が聞こえたような気もしたが、気にしない事にして少年は断固、自分の分の毛布の中に引っ込み、耳を塞いだ。

 

 だが、しかし、それも無駄と言わんばかり。

 

 左右にもぞもぞと少女達のお湯で(ぬく)んだ体が入って来ると左右から手が取られた。

 

「ベルさん。ベルさんの番ですよ?」

「ベル。ちゃんと体を洗って来い」

「ぅう、分かりました。み、見ちゃダメですからね!?」

「解っているとも」

「勿論です。ベルさん♪」

 

 ちなみに今日は“あの下着”であった。

 

 脱衣所代わりのそこでパっと脱いで超光速で下着など脱ぎ去った風になりそうな少年がササッと湯船のある室内へと引っ込む。

 

 だが、そこでも少年を待ち受けるのは恐ろしいものだ。

 そう、少女達の残り湯である。

 恥ずかしさ全開。

 もうお湯に入っているのか。

 

 少女達に包まれているのか分からない心地で節水節水と呪文のようなワードをブツブツと口内で唱えた少年はちゃんと体を洗い、温まり、体をしっかりとそこで拭き、出た瞬間にタオルを宙に舞わせ、早着替え選手権があったら、絶対優勝出来るだろう高速で普通の下着に変えて寝間着に着替えて見せた。

 

 しかし、最後の難関は正しく寝台の左右にいる。

 

「風邪を引かない内にちゃんと温まるべきだぞ。ベル……」

 

「そうですよ。ベルさんは働いたんですから、しっかり休むべきです」

 

 なら、せめて端の方で寝かせてと思わなくもない当人であるが、そんな事は言えないのが気弱な少年の弱点であった。

 

 仕方なく。

 もぞもぞと中間に入ると。

 そこにはもう少女達の温もりが微妙に宿っていて。

 

 恥ずかしさに沈みそうな少年はまだ少し湿った体で同じようにまだ湿った少女達の体温を毛布越しに感じ、何とも言えない心地で小さくなる。

 

「ぅぅ……小さくなるベルさんはやっぱりカワイイです」

 

「か、可愛くなくていいです!? 僕は……」

「誉め言葉だ。受け取っておけ」

 

 ツイッと上司の指が少年の項を軽くなぞった。

 

「ひぐぅ?!」

「相変わらず敏感だな。あまり敏感だと、後々大変だぞ?」

「な、何が大変なのか知りたくないです!?」

 

「そうか。子供だな。いや、もう大人だったか。安心しろ。この世界の倫理や道徳は知らんが、七教会の大陸標準的にお前くらいの歳になれ―――」

 

 ベルが耳を塞ぐが。

 

「ちゃんと大事なところも洗うのだぞ。相手の為にな……」

 

 魔術師はチャンネル。

 

 つまりは魔力が通る空間の極小の穴を通して通信が出来たりする。

 

 そんな通信を受け取った少年の脳裏には無用に過ぎる忠告が響くのだった。

 

「おやすみなさい。ベルさん」

「よく眠れ。明日の朝も明け方前からだぞ」

 

 よく働き、よく食べ、よく眠れ。

 

 まったく、ブラックには程遠い甘い桃色の職場環境にいつか精神をやられてしまう自分を想像して、少年はプルプル震えた。

 

 寝相が悪い二人の悪魔は太ももも胸も腕も顔も何一つ憚る事なく摺り寄せて来る睡眠の最大の障害に違いなかったのである。


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