ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第13話「告白」

 

「で、医者は何と?」

 

 バウンティーハンター1日目にして片腕を折る大怪我。

 

 運び込まれた病院で即座に腕の固定を行われたフィクシーは翌日の朝も過ぎた頃合いに2人のお見舞いを受ける事になっていた。

 

 当然、フィクシーの腕の調子を医者に聞くのは彼らの役目であり、それを伝えるのも当然と言えた。

 

「全治9週間。複雑骨折。内圧を下げる為に腕を切開しただけで腱も無事だそうです。手と手首の骨が無事で良かったねって言ってました」

 

「まぁ、その辺りが妥当だろうな。魔術で治癒を掛ければ、3日というところか」

 

「私の治癒も使って傷が残らないようにしますから、もう3日下さい」

 

「……解った。本当ならすぐにでも退院して手伝うべきなのだろうが……」

 

「昨日の事情聴取に行ってきますから、フィー隊長は今日くらいはお休みしてて下さい。この世界に来てから僕達を護る為にかなり無理してたはずです。ちょっとは病院でのんびりしないと」

 

 いつになく押しが強いベルの心配顔に無事な方の手で頭が掻かれた。

 

「悪いな。不甲斐ない隊長で……」

 

「そんな事ありません。僕とヒューリさんだけなら死んでました。恐らく」

 

「そうですよ。フィーがいなかったら、私達は生きてません。今日はお休みしてて下さい。いいですね?」

 

「分かった。そう寝台に押し込めてくれるな」

 

 片手でお手上げのポーズを取ったフィクシーが後ろから来たナースに定期健診だと言われて色々と聞かれ始めるのを見て、二人は頭を下げてから退出。

 

 病院からそのまま市役所へと向かう事となった。

 

 車両駐車場はボッタクリなので今はヒューリの魔術で人間の意識に掛からない傍目には誰からも無視されるだけのものとして置きっ放しにしてある。

 

 すぐに乗り込んで市役所横のハンター専用の乗り入れ先に留めて、内部のものを事務員達に積み下ろしてもらい、その場で清算出来るものはすぐに清算。

 

 その代わりとして市内で使える通貨及び様々な権利との引き換えと登録を済ませ、彼らは前夜に言われていた通りに出頭。

 

 そのまま係の人が来るまで通路で待つ事になっていた。

 

「ベルさん。昨日のゾンビ……普通じゃありませんでしたよね?」

 

「は、はい。アンデッドは大抵がそう強くないのが常識です。僕達の大陸なら高位の術師や特別な資質がある人、死んでアンデッドになる可能性のある存在なら、神すらもそうなるとは言われてますが……そもそも、そういう強い人類にとっての危ない存在は七教会の部隊が大半平らげてしまいましたから」

 

「通常発生する一般人のアンデッドとは違う……特別な資質をあの死体になっていた人が持っていた、と?」

 

「分かりません。ただ、装飾品や相手の体そのものに魔力は感じませんでした。この世界でのアンデッドの成り立ちはまだ調べてませんが、恐らくはあの最初の頃に見掛けたチラシなんかの文言を見る限り……菌類やウィルスによるものと推定されます」

 

「それだけでああも強くなりますか?」

 

「特別なアンデッドの発生には色々な条件がありますから。専門じゃない僕だと何とも……ただ、僕の瞳には確定してしまった死が定量で映るので、僕の視界内でならああいう危ないゾンビからの奇襲は防げると思います」

 

「……やっぱり、ベルさんは凄いですよ」

 

「え、え? いえ、その……僕が凄いんじゃなくて、僕の家が代々継いで来た技がそういう系統に寄っていたってだけで……」

 

 突如褒められて、少年がオドオドと照れた様子になる。

 

「生き残りましょうね……三人で……」

「……はい!!」

 

 その後に真面目な顔となったヒューリに少年もまた深く頷いた。

 

 そうやって話している間に事務員に名前を呼ばれて二人が一室に通される。

 

 そのオフィスはどうやら個室らしく。

 机の上には大型のパソコンが置かれ。

 

 革製の椅子にはアジア系の顔立ちの40代の女性がパリッと紺のスーツを着込んで待っていた。

 

『さぁ、掛けて頂戴。お二人とも』

 

 かなり翻訳精度は上がっている。

 

 聴くだけなら、今やベルが傍にいれば、大半は大陸標準言語で他の2人も現地の人間の言葉が正確に分かるようになっていた。

 

『どうやら昨日は随分とやんちゃしたそうね。お仲間の腕がやられたそうだけど、あの病院での治療費は都市が負担します。貴方達は久方ぶりにハンターとして期待出来る人間よ。そう簡単に使い潰したりしないから安心なさい』

 

『あ、ありゅがと!!』

 

『言葉は不自由だけれど、聴くのは出来るようね。なら、本題に入りましょう。まず、私の名前はバージニア。バージニア・ウェスター……ハンター達のあれこれを統括する部署のトップよ。守備隊とは別系統なのだけれど、前夜の出来事について報告は受けています。あなた達が報告した“危ないゾンビ”に付いても……お話を聞かせて頂けるかしら?』

 

『ウェスターにゃん?』

 

『そうそう。お上手よ。で、具体的な話は出来るかしら?』

 

 2人が魔術の事は暈しつつ、片手を何とか斬り落として、民家付近で拾った爆弾で相手を吹き飛ばしたという類の微妙な作り話をする。

 

『それだけ速い相手に爆弾を当てるのは大変だったでしょう。でも、倒した、と。爆発で相手は跡形もなく吹き飛んでいると。そして、咄嗟の事でレコーダーには残っていない、と。そう言うのね?』

 

 コクコク頷く二人にふむと視線を向けて少し沈黙していたバージニアがニコリとした。

 

『その話が真実かどうかは分からないけれど、あなた達が物凄く強いゾンビに襲われた事。そして、それが物凄く速くて堅かった事。剣すらも受け止めた事。それは報告書に乗せておきましょう』

 

 2人が安堵して互いに見つめ合う。

 

『提出されたレコーダーの映像からも45体の討伐を確認。たった3人で……それも……銃弾一つ使わずに……私はあまりこういう物言いは好きではないのだけれど、あなた達はアレよ……まるでお伽噺の騎士様みたいね』

 

 さすがに二人が正体こそバレなかっただろうが怪しまれている事を悟って、緊張した面持ちになる。

 

『そう緊張しないで。こんなご時世だもの。何処の共同体出だとか。人の趣味にとやかく言う事は無いわ。それでゾンビが倒せているのなら、我々とは違った意味で合理的な戦い方と言えるのでしょうしね』

 

 バージニアがポケットから煙草を一本取り出してジッポで火を付け、一度だけ吹かしてから、灰皿に置いた。

 

『賞賛に値する働きよ。それに貴重な人員として都市でずっと働いて欲しいくらい。でも、あなた達、北の都市と連絡が取りたいんですってね?』

 

 コクコクと二人が頷く。

 

『……いいわ。あなた達のボスが片腕負傷で本来の力を出せないまま二週間が過ぎてってのもツマラナイしね。あなた達を基地局の再起動案件時にハンター側の部隊として推薦しておきます』

 

「「!?」」

 

『勘違いしないで。アレはアレで危ない任務なの。感謝したりしちゃダメよ。命の事だもの……でも、そうね。今回だけで随分とお宝を掘り出して来たようだし、あなた達の使ってるキャンピングカーをちゃんと整備しておくよう技術部に言っておくわ。しばらくは都市内部で過ごすんでしょう? 車両はそのまま預けておいて。内部にあるモノはこっちで全て保存しておくから』

 

 その言葉に2人が顔を見合わせ。

 

『ぁ、あ、アリュガトゥ!!』

『アリュガート!!』

 

 頭を下げる。

 

『ふふ、頭を下げるのは日本人の美徳よ。まぁ、今じゃ旧い価値観だけどね』

 

 そう言って、ハンター達を統括するという女性ボスとの話し合いは少なからず円満に終わったのだった。

 

 それから2人がキャンピングカーをそのまま預けて、都市内部で使える$や権利書をベルの懐に入れ、一旦マンションに帰る姿をオフィスの窓から見つめた後。

 

 バージニアが机の引き出しから一つのファイルを取り出す。

 それは数か月前。

 

 突如としてアメリカ各地に現れたとある集団の画像データ入りの考察資料が挟み込まれたファイルだった。

 

 そのファイルの最初にはトップシークレットと鳥類の刻印が押されている。

 

「……単なるギークがあれだけの鉱物資源を鎧に加工して騎士ごっこ? それにあの戦闘力……アニメ被れにしては随分と面白い話ねぇ……」

 

 資料の考察にはまるで何処かの三文小説ような文字が躍っていた。

 

「異世界からの来訪者……まさか、馬鹿なと言うにはあの“化け物共”の事もある……十五年前の【BFP(ビッグ・ファイア・パンデミック)】の時も同じような姿の人間が目撃されている以上、そろそろ接触を持つべきね……」

 

 女の瞳はまるで全てを見定めるかのように細められる。

 都市は本日から曇り後雨。

 雨雲がゆっくりと遠方から到来しつつあった。

 

 *

 

「ベルさん。今日はもしもの時の避難経路と壁に出来る建物や通路を点検しましょう!!」

 

「え、あの、ヒューリ、さん?」

 

 マンションの自室で食事を終えたヒューリがそうやおら立ち上がった時、さすがにベルが戸惑った声を上げた。

 

「昨日の事で痛感しました。私達には準備が足りません!! 今、休んでいるフィーに全てを押し付けてしまわないよう、私達ももしもに備えなければ!!」

 

「そ、そうですね。あの、それと一緒に出来れば、寝台を……」

 

「任せて下さい。ちゃんと持ってきますよ。これでも力持ちですから」

 

「は、はい」

 

「あ、でも、選ぶのはベルさんにお任せします。私、物の良し悪しは分かるのですが、細かいところがおざなりになるって乳母に言われていて……」

 

 普通の家庭に乳母はあまりいないという言葉は呑み込みつつ、ベルとヒューリが連れ立ってダウンタウンの先日、荒くれに襲われた地区へと向かった。

 

 今の今まで寝台が無かったのには忙しかったという理由もあったが、何よりも三人分の寝台をキャンピングカーで持ち運ぶにはちょっと内部が汚れていたという事もあった。

 

 さすがに何年も使われていなかった車両内は埃っぽく。

 新しい寝台のマットレスなどを運ぶには不向き。

 

 車両の上に乗っけようという話もあったが、基地局の話が出た後は殆どそれの為に動いていたのですっかり忘れていたのだ。

 

 それまではベルを挟むようにして三人で川の字になっていたが、誰からも不満は漏れなかったので殆ど案件は停止していたのである。

 

「また、あの荒くれ者がいたりしたらやだなぁ……」

 

 通りに出る角で少年がキョロキョロする。

 

「さすがにいないと思いますよ。そんな簡単にバッタリ出会うなんてことないですよ。ね?」

 

 大丈夫大丈夫とヒューリが笑顔でベルを扇動する。

 

 その姿は正しく姉と弟だ。

 似ていないとしても、雰囲気は正しくソレであろう。

 

(ぁぅ……(*ノωノ)

 

 思わず両手で顔を覆いたくなるような恥ずかしさ。

 

 特に今は清涼剤みたいな女傑がいない為、少年には年頃の少女の手の柔らかさが如何ともし難い刺激となっていた。

 

「?」

「な、何でもありません!!」

 

 何とかそう言って、少年は翻訳頼みで素早く済ませようとあちこちの看板を頼りに寝具店があると思われる一角へと行く。

 

 すると、ようやく枕だの寝台だのという単語のある店を見付けた。

 

「此処ですね」

 

 カランと二人でご入店すると。

 彼らの目にも内部が品揃え豊富なのが分かった。

 

 中には寝袋なるものもあり、これは便利そうだと三人分の購入をベルとヒューリが決める。

 

 店内は錆びれてこそいなかったが、昼近くでも人気は無く。

 

 ガランとしており、店員が一人、60代くらいの男がいるのみだった。

 

 どうやら防犯はしっかりしているらしく。

 その壁には小銃が掛けられている。

 

『何かお探しですか?』

 

 タートルネックの男が話し掛けて来るのに二人が片言で寝台と寝袋が欲しい旨を告げる。

 

 予算を聞かれて彼らがある程度の金額を示すと男がふむと少し難しい顔になった。

 

 寝台を3つと寝袋を3つでは予算が足りず高額になるらしく。

 

 ならば、寝袋を三つと取り敢えず買える額の寝台を見せて欲しいと言うと店舗裏の倉庫に案内された。

 

 倉庫内には在庫が梱包されたまま多数置かれていたが、その幾つかには血の染みらしきものが付いており、ハンターが納品したのだろうという物品がちらほらと見えており、何処もモノ不足なのが伺えた。

 

『お二人が示された値段で寝袋の他に買える寝台となると。この三つです』

 

 1つ目は大きなキングサイズの寝台。

 

 しかし、これはマットレスが入らないので却下された。

 

 2つ目はダブルの寝台。

 

 しかし、これは中古品らしく。

 

 微妙にバネが弱っているのを見抜き、少年が首を横に振った。

 

 そして、最後に示されたのは少女一人分の背丈があるくらいの薄い寝台とは思えないくらい容積の少なそうな段ボールの箱で。

 

『こりぇにゃに?』

 

『ああ、ウォーターベッドというのです。若い人は見た事ないかもしれませんね。お水をね。こう入れて蓋をしてね。プヨンプヨンするんですよ。柔過ぎてダメという人もいるが、これは自力で水を入れて使うタイプだから、そんなにね。悪くはないと思いますよ?』

 

 2人の年頭にあったのはフィクシーの事だ。

 数日の事とはいえ。

 

 あまり腕に負担を掛けないようにしたいと思っていたのである。

 

 お金が溜まったらまた寝台は買えばいいと即決。

 男はホクホク顔で説明書を懇切丁寧に教えた後。

 深々と頭を下げて二人を見送るのだった。

 

「はぁぁ……売れたなぁ。いやぁ、日本製だから、長持ちはするだろうし、若い恋人さん達にはピッタリだしねぇ」

 

 彼が出さなかった説明書や仕様書を見る。

 丸型のウォーターベッド。

 三人が眠れるくらいの広さがあり、値段もそれなり。

 ただし、付属するはずのモーター駆動式の回転装置は無し。

 

「モーテルに降ろすのも勿体なかったしなぁ。日本じゃラブホテルって言うんだったか? ああ、恋人達よ。良い夜を。ははは、今日は飲むぞぉ!!」

 

 大きな収入を手に入れた男はその足でシャッターを閉め、馴染みの店に向かう。

 

 そこで今までにない高額なボトルがキープ出来ると聞き。

 あまりの誘惑にその日の売り上げを使ってしまうのだった。

 

 *

 

 取り敢えず、自宅の周囲を見て回って三時間。

 

 そろそろ暗くなってきたし、持ちっ放しのヒューリにも悪いと少年は共に帰宅する事となっていた。

 

 少女が軽々とマンションの一室に箱を運び入れた後。

 

 少年は事前に説明を聞いていたので説明書を見ながらテキパキと要領よく寝台を構築する事が出来た。

 

 飲料用のお水をジャバジャバ入れつつ、全ての工程を完了するのに十数分。

 

 終わってみれば、寝室代わりとしていた一室の半分と少しを占領するような大きな丸い寝台が出来上がっていた。

 

「あ、これ大き過ぎ……」

「ま、まぁ、皆で寝ればいいんですよ。皆で寝れば!!」

 

 今までと何も変わらないと失敗して落ち込みそうになったベルをヒューリが励ましつつ、寝台の端に腰掛けた。

 

「あ、確かにお水に寝てるみたい。プヨプヨですよ。ほら!! ベルさんも一緒に寝てみましょう」

 

「え、え?!」

 

 ポスッと軽く倒された少年がベージュ色のポヨンとした感覚を背中に味わいつつ、頬を染めた。

 

「ベルさん……」

「え? な、何ですか?」

「私の事がベルさんにはどう……見えますか?」

 

「え、その……善導騎士団に入れるくらい優秀だと思いますし、そもそも今までヒューリさんが助けてくれなければ、僕は死んでました。僕にとっては恩人で―――」

 

 少女の体がクルリと起き上がった少年を押し倒すかのように覆い被さる。

 

「え?! その、あの!?」

 

「……ベルさんの瞳には、私が……どう映りますか?」

 

 その言葉を聞いてようやく少年は夢から醒めたような心地となった。

 

 相手の真剣な顔を見れば、一目瞭然だ。

 

「ええと……綺麗なままですよ? そもそも死は多くの人々に平等です……何かを直接殺すという事がそもそも無くても、蟲やダニのような生物にも死は発生しますし、ミクロ的な部分の死はどちらかと言えば、どんな場所でも空気みたいな―――」

 

「私には人の死が付いていませんか?」

 

 直接的な問いにブルブルと少年が首を縦に振った。

 

「本当に?」

「その……どうしてそんな事を気にするんですか?」

 

 少年の上から退いて、少女が体育座りとなる。

 

「ごめんなさい。突然……」

「あの、僕が何か気に障る事でもしちゃいましたか?」

「いいえ……いいえ……そうじゃないんです」

「………」

 

「私、この世界に来てから必死に戦ってきたつもりです。でも、昨日……初めて怖くなりました……」

 

「そ、そんなの誰だってそうですよ!?」

 

「違うんです。死が怖いんじゃないんです。いえ、それも怖いかもしれない。でも、それよりも死んで楽になれるかもって……思ってしまって……」

 

「ヒューリさ―――」

 

 ギュッと少女が付属していた水の入った枕に顔を埋めるようにして俯く。

 

「………ごめんなさい。ベルさんの瞳に死が見えるって言われて……ベルさんにとっては凄く大事な話なのに私……」

 

「い、いえ、僕の瞳なんて人の役に殆ど立たない呪われた瞳であって、ヒューリさんみたいな聖女様のような人になら幾ら使われたって構いません。ええ、構いません!!」

 

 その必死な言葉にヒューリがクスリと少しだけ目の端に溜まった涙もそのままに思わずと言った様子で笑った。

 

「ベルさんは……本当に……」

「ヒューリさん。大丈夫ですか?」

「はい。少し落ち着きました……お話、聞いてくれますか?」

「は、はい」

 

 思わず寝台の上で正座になったベルの横で少女がドアを見つめたまま語り出す。

 

「私、本当は生まれて来なかった方がいい人間なんです」

 

 少年が何も言わず少女を見つめる。

 

「ガリオスって七聖女様方が教会を七教会にするまでは絶対王政だったんですよ」

 

「絶対……王様が一番エライって事ですか?」

 

「はい。それこそ貴族と王族以外は人間に非ず、みたいなところだったと聞きます。ですが、七聖女様達による活動の開始後、すぐに王政崩壊の波が押し寄せて……大陸中央諸国の盟主たるアルヴィッツ王家の遠縁に当たるガリオスも様々な問題はありましたが、議会制民主主義に舵を切って……祖父の代に王政は打倒こそされませんでしたが、穏便な形で政体が移行されたんです」

 

「その、どうして……生まれて来なければ、なんて?」

 

「王家は象徴として地位を得て今は権利だけを見れば、平民に式典の開催や承認、出席の義務が付いたような少し堅苦しい家になりました。でも、別にそれはいいんです……ただ、私が生まれていた事が原因となり、王家は廃滅が決まりました。そして、王家筋の人間は民間人になる事と引き換えに七教会からの保護を受ける事になった……」

 

「え、ど、どうしてですか?」

「……祖父と父が私を使ってクーデターを画策したからです」

「―――」

「血の礼拝節という言葉に聞き覚えはありますか?」

「い、いえ」

 

「一年と少し前、七聖女様の力及ばず、大陸中央でも大規模なテロが起こった事は?」

 

「あ、そ、それなら地方の新聞で」

 

「その事件の総称が血の礼拝節。そして、その時……長年準備してきた祖父と父は七教会からの離脱とガリオスを手土産に南部の大帝国であったイグニシア・クルシス……現在の魔王の国に参加しようとしたんです」

 

「そんな事が……」

 

「事件は善導騎士団の現在の団長が鎮圧し、殆ど血は流れず、全て国内で隠蔽されました。ですが、七教会の目から逃れる事も出来ず、また議会もこのまま象徴としての王家をそのままにはしておけなくなった。祖父と父を投獄や処刑しても、私には手が出せない。私が良くても私の子孫や母の係累が事を起すかもしれない。だから……」

 

「王家を廃滅して、全て無かった事にした?」

 

 答えをベルの口から聴いて、コクリと頷きが返る。

 

「……私がもしも男だったなら、祖父と父はこの事件を画策しませんでした。何故なら、南部の帝国と魔王の関連は何年も前から取り沙汰されていた。魔王は男。そして帝国の女帝は女性を内縁で娶っているとされていた。でも、私は女で……祖父と父は私を魔王に娶らせられる可能性があると睨んでずっと教育してきた……」

 

「ヒューリさん……」

 

「祖父も父も良い人なんですよ。私にとっては良いお爺ちゃんでお父さんでした。教育だって、少し特殊ではあったかもしれないけれど、世間の事も分かるし、王家ならば知らなければならないような事や特殊な知識を教えられただけで、洗脳みたいな事はされなかった。でも……祖父と父が秘密裏に捕らえられた時、母は私を庇って団長の銃弾で斃れました……私の目の前で……」

 

 グスッと少女が枕に顔を埋める。

 その姿に少年は何も言えなくなっていた。

 

 それから少しして、再び顔を上げた少女はポツリポツリと続きを語る。

 

「私は全て祖父と父が罪を被って不問にされました。母は事故死という事になりました……そして、団長は全てが終わった後、殺したいならば、団にくればいいと。もしも殺せるものならば、殺せばいいと。その代わり、私は監視され……騎士団の一人として死ぬまで面倒を見てやると……」

 

「団長がそんな事を……」

 

 少年は自分を拾ってくれた相手の事を思い出して、瞳を俯ける。

 

「私、あのアンデッドの襲撃の時、団長の護衛として戦っていました。でも、皆……皆新人の私を庇いながら戦って次々……撤退する時は団長が殿になってくれて……私はチャンスだと……思って……私を護る為に必死でアンデッドを食い止めてる人に……私は……私は……ッ」

 

 ワナワナと震える手の上に少年が手を重ねる。

 

「そのすぐ後です……フィーに会ったのは……あの人は震えて蹲る私を護りながら、怖かっただろうって……本当はそうじゃなかったのに……私は死んでも良かったのに……でも、その時にはもう転移に巻き込まれてあの地域に……」

 

 語り終えた少女あ力なく目を閉じて、ポロポロと雫を零していた。

 

「私、人殺しなんですッ、んくッ、ホントはお姫様なんかじゃないんですッ!! 本当は生まれて来ちゃいけなかったんですッ、皆を殺して一人だけ生き残ってるッ、そんな……ぅぅ……っく……ふぐ、ぅぅぅぅううぅう……」

 

 泣き顔はグシャグシャだ。

 

 一人の少女が背負うには重過ぎるものが今の今までその胸に載っていた。

 

 それを知って、少年は思う。

 

 ああ、本当に目の前の人は善良で……本当に善良で……自分なんて手が届かないくらいに高潔なのだろうと。

 

 普通の人間は罪なんか告白したりしない。

 

 大陸中央諸国の人間が特別なのであって、普通の地方諸国で彼女程に道徳的に倫理的に悩んで純粋な涙を流せる者など多くない。

 

 生まれはどうあろうと。

 彼女は確かに王族と呼ばれるだけの精神性を備え。

 

 確かに他者を慈しみ、護り続ける事の出来る“普通の人間”だと少年はようやく得心していた。

 

「何だかなぁ……」

「ぁ、え?」

 

 少女が少年の呟きに横を見る。

 

「ヒューリさんは本当に人の上に立てる人なんですね。そして、誰かを護れる人で、何かを大切に出来る人で……本当に貴女は僕とは違って……立派ですよ」

 

「ベル、さん?」

 

「あの大災害の時、僕は父や母、祖父の為には泣けませんでした。そんな風に思い悩みもしませんでした。僕とヒューリさんは同じ人間かもしれませんが、確かに違う人間だと今なら言えます」

 

 少しだけ寂しそうに笑って。

 少年が少女の肩を優しく掴む。

 

「僕は貴女とは違って……罪悪感も本当の意味での罪も清算しようとすらしない罪深い人間です。でも、貴女とは違って……事実を決して曲げて見たりもしない人間です」

 

「え、え?」

 

 戸惑う少女に少年は告げる。

 真剣な瞳で。

 

「ヒューリさん。僕の瞳は真実、死の事実のみを定量化して映します。貴女は誰も殺していません。それは僕の瞳と受け継ぐ魔術に掛けて真実であると証言します」

 

「で、でも、私は―――」

 

「団長は恐らく、倒れてはいましたが、貴女が殺してはいません。それは絶対です。僕の瞳には貴女が殺したはずの生物の死が見えない」

 

「え、そ、そんな、で、でも、お母さんも……」

 

「人の死はですね? それを行った者と為した者。それに等分されるんです。僕の瞳にはそれが見える……だから、貴女のお母さんの死は団長の肩に……そして、貴女のお爺さんやお父さんが死ねば、それは刑を執行した人間に付く。国家が罪を裁けるなんて嘘っぱちです。殺した人間に死が載っているのに間接的に殺した人間を裁く、なんてのは僕にしてみれば、オタメゴカシです。死は平等で……そして、何よりもただ真実なんです。だから、貴女は決して母を殺したなんて言ってはいけません。それは嘘ですから。貴女の祖父と父がどんな人だろうと貴女が殺すわけでも、殺したわけでもない。そして、貴女が後ろから討ったと思っている団長も貴女は絶対に殺してない」

 

「―――ベル、さん……」

 

「……ヒューリさん。僕は大陸中央の人達からみれば、きっと非道だったり、悪徳だと非難出来る事にも本当の意味で怒ったり出来ません。何故なら、僕の価値基準は地方においては普通の常識の上に成り立っていて……そして、僕の根幹的な価値の天秤には死が載っている」

 

「死……」

 

「僕はこの世界に来てから沢山の死を見ました。それはもう普通の人が見たら、きっと発狂しちゃうくらい。でも……彼らゾンビを可哀そうとも思いません。死は平等です……そして、誰かに出会えなくなるのは寂しいとは思えても、苦しいとは思えない。いつか僕にも死が降り掛かる日が来ると僕は知ってます……今も地表を彷徨う彼らは僕にとっては生きている人間と根本的には変わりません。話も出来ない。コミュニケーションも取れない。でも、彼らは死に向かって歩いているだけです。普通の人間と同じように……死に囚われながら死に追い掛けられながら動き続けている」

 

「ベルさん。貴方は……」

 

「僕からのアドバイスは一つだけです。いつか死がやって来ても。いえ、いつ死がやって来ても良いように生きて下さい。死には惨い死も悲惨な死もありません。ただ、無念だけは残るでしょう。だから……」

 

 いつもとは逆に少女の頭を撫でて。

 

「僕には……あなたみたいに、本当に幸せにならくちゃいけない人が、そんな無念を抱えて死んでいくなんて……耐えられない……そんな死は見たくない……だから、生きて下さい。悩んでもいいし、苦しんでもいい。でも、全力でやりたい事をやって、そして……出来るなら、貴方が本当に良かったと思える永い永い人生の終わりに死を迎えて下さい」

 

「死を……」

 

「僕の認識に拠る限り、死にも価値が付きます。それがどんな偉い人の死でも本質的に価値のある死かそうでないかが僕の瞳には見えてしまう……嫌な話です……でも、だから言えます。貴方は此処で死んじゃいけない。貴方の死はそんなものであってはいけない。だって、貴方は……僕を助けてくれた人で、これから誰かを助けてあげられる人で、誰の死も遠ざけ、いつか満足な終わりを迎えさせてあげられる……そんな可能性を持っているから……」

 

 少年が横にポスリと座って寝ころぶ。

 

「……ちょっとだけ寝ますね。起きたらごはんにしましょう。僕は何も聞いてませんし、何も知りません。だって、そうしないとカワイイ部下を泣かせたって、フィー隊長に怒られちゃいますから……」

 

 涙を拭って。

 

 少女は自分に背を向けて、少し居心地が悪そうな、説教染みた事を言って、少し罰が悪そうな少年の後ろ姿に思う。

 

 きっと、自分以上に大きなものを抱えて、悩む事があるのだろう少年は……優しいのだろうと。

 

 今の自分の立場を状況を思い出せば、こんな弱音を吐いている暇が無い事なんて、自明以上に明白で……それに付き合ってくれた少年は本当に掛け替えの無い相手に違いなかった。

 

 笑みが零される。

 

 ポスッと自らもまた横になった少女は少年の背中に額を付けた。

 

「……ありがとう、ございます。ベルさん……本当に……こんな私の話を聞いてくれて……」

 

「ッ~~~」

 

 そっと腕が腰に回される。

 

 恥ずかしさに完全に茹蛸状態となった少年はしかしそれよりも生々しい少女との接触部分の感触に……気が遠くなっていくのだった。


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