ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第4話「岐路とkm」

 

 キャンピングカーが幹線道路への合流地点に出たのは一時的に車両を止めて、魔導による点検を行った後、走り付続けて数分後の事だった。

 

 途中、道端にアンデッド―――その世界でならば、ゾンビと呼ばれているらしいソレが数体は車体にぶつかりそうには成ったが、それらは全て二人の魔術による遠距離攻撃により、打ち倒され、元の死体に戻ったソレを避けて進むだけで事足りた。

 

 道端には途中から大きくは無いものの、ゴミ袋らしきものが散乱していたり、リュックらしきものが落ちている事もあり、サバイバルキットの中にあった糸と針を用いて魔術で誘導し、魚釣りならぬ荷物釣りで蠢く糸と針が二人の女性陣の意のままに複数の獲物を吊り上げたりもした。

 

「掛かった。大物だ」

「お上手ですね。フィ、フィー」

 

 そんなハイウェイな夜釣りを楽しんだ三人がキャンプ地と定めたのは幹線道路に合流する付近にあった小さな総合商店らしき場所。

 

 店先にはボロボロになった旗のようなものが掲げられており、商品らしき甘味やら食料やらがアピールされているのが彼らにも分かった。

 

 周囲から見えないよう野外遠征時に用いる隠蔽用の結界術式が二人の手で円形にその施設コンビニを囲み。

 

 内部の駐車場で一息入れた彼らはようやくキャンピングカーの内部で荒野の冷える夜を凌ぎ、一息入れる事となっていた。

 

「何とか逃げ切ったな。これでしばらくは見付からないだろう」

 

 キャンピングカー内はザっと最初に調べたが、死体は無し。

 

 三人には使い方が分かる物から分からない物まで雑多な小物や道具が置かれており、車体の重量を減らして極力運転時の燃料の消費を抑えようとの趣旨からポケットには次から次へと用途不明な代物も用途が判明した代物も入る大きさなら全て入れられていた。

 

「お疲れ様でした。ベルさん」

 

「い、いえ、お二人の力が無かったら、こうやって逃げられてはいませんから。それより途中で荷物を釣っていたようですけど……開けますか?」

 

「その為に釣ったわけだが」

「……む、蟲とか入ってませんか?」

 

「生命反応というか熱源だけは最初に確認済みだ。金属類以外には無いようだったし、小型の結界で覆ってある。外から結界越しに行えば、問題ないだろう」

 

「案外、追い詰められてたのに冷静ですよね。フィー隊長」

 

「危険な時程冷静に……性分だ」

「あはは。じゃあ、開いてみましょう」

 

 魔術による光球の下。

 リュックやごみ袋がゆっくりと二人の手で開けられていく。

 

「……金属は何かと思えば、工具ではなく小型の銃か?」

「ええと、解析してみますね」

「ああ、頼む」

 

 結界越しに手を突っ込んで魔導で解析している間にもゴミ袋からも色々と発見されるが、殆どは役立ちそうにないものばかりだった。

 

 腐った袋入りのカビたパン。

 飲み掛けの濁った透明なペットボトルに入った飲料水。

 使ったらしき血の染みで黒く汚れた包帯。

 

 そして。

 

「あ、これは確か情報端末、でしたか?」

 

 ヒューリがディスプレイが罅割れたスマホを取り出す。

 

「あ、それは確保しておいて下さい。もしかしたら、機械なら組み合わせて部品を交換出来るかもしれませんから」

 

「分かりました……他はええと……」

 

 更に掘り出されたものの中に薄汚れた紙があるのを見て、ヒューリが折り畳まれたソレを半透明のテーブル上の結界内で広げてみる。

 

「あ、これ地図ですよ!?」

 

「でかした!! あの街には地名の看板らしきものはあったが、地図は無かったからな」

 

「えっと、では一致する文字列がこの地図の中に無いか後で確認して下さい。こっちは解析が終了しました。どうやら、内部の部品が壊れてるみたいです。弾は銃の握る部分の弾倉に半分残ってますから、部品が壊れたせいで発射不能で捨てられたんだと……」

 

 小型のベレッタらしき銃から手を離した少年が残念そうに呟く。

 

「あれだけ工具を拾ったのだ。どうにか修理出来ないか?」

 

「修理自体は行けるかもしれません。解析した壊れた部品を錬金術系の術式でコピーするか。再度、再鍛造でいけると思います。でも……」

 

「でも?」

 

「お二人の戦いを見る限り、恐らくは頭部を破壊しなければ、あのアンデッド達は斃れないだろうと。あのショット・ガンくらいの威力と範囲なら何とか頭部に向けて発砲すれば当たるでしょうけど、こういう小口径の拳銃だと恐らく僕みたいな何の訓練も積んでない人間じゃ数mの距離でも外しかねません」

 

「……ならば、剣が折れた時や不意に武器を喪失した際に近接戦を行う我々が使おう。これなら腰のベルトにでも差しておけばいいだろう」

 

「分かりました。じゃあ、壊れた部品は直しておきますね。後、随分と摩耗してる部品が多いみたいなのでそちらも……使い方も一応何とか分かると思いますから、機能は明日には説明出来るようにしておきます。任せて下さい」

 

「魔導が便利過ぎるな……明日以降になったら、我々の剣も点検して貰えるか? 一応は自身で調整したり、砥いだりはしているのだが、魔術で補強しても過酷な環境と使用状況での金属疲労だけはどうしようもなくてな」

 

「あ、はい。そっちも何とかなると思います。金属加工は基本的な日常生活上使う魔導では結構重視されますから。原子変換レベルの事は僕だとまだちょっと届かないんですけど」

 

 頷いた少年にヒューリが何処か苦笑していた。

 

 あまりにも通常の魔術とは掛け離れた汎用性は彼女達が思っていた以上という事を改めて実感したのだ。

 

「ベルさんならお城だって造っちゃいそうですよね」

 

「あはは、さすがにそこまでは……簡易の宿泊用の塹壕とかで勘弁して下さい」

 

「それは騎士団でも大隊が三日掛りになる仕事なのだが……」

 

 フィクシーもまたもう笑うしかないという顔となる。

 

「三人分ですよ? さすがに大隊規模なら一週間は掛かるかもしれません」

 

「逆に造れる方がオカシイと気付きましょう。ベルさん……」

 

 三人が互いに笑い合いながら次々に使えるものと使えないものを選別していく。

 

 その過程でまた一枚の紙が出て来た。

 

「これは……あ、篆刻(てんこく)写真? いえ、それよりも随分と鮮明で魔術で写し取ったみたいですね。七教会とかならこれくらいの品は使ってそうですけど」

 

 大陸で標準的な写実的な情報データは篆刻を用いた写真を以て保存されるのが今では常識になっている。

 

「……親子の写真、だな」

 

 僅かに沈んだ様子となったフィクシーがその三十代くらいだろう金髪にジーパンとタンクトップの男とその腕にぶら下がる娘なのだろう金髪の数歳の少女の顔に何とも言えない表情となる。

 

「恐らくはあのようなアンデッドに対抗し切れずに滅び掛けているのだろうな。この世界は……」

 

「田舎でも魔術の痕跡すらありませんでした。恐らくは……この世界にそういった技術体系が無いのかもしれませんね」

 

 ヒューリが三か月で調べた結果を思い起こす。

 

 彼女達がこの世界にやってきた当初、魔術の反応を何度も確認しようと集落とは行かずとも複数の家を確認したのだ。

 

 しかし、従来なら少しくらいは魔力の反応があって良いだろう大きな家にすらそういった反応は無かった。

 

 魔術の痕跡どころか。

 魔術具すら無かったのだ。

 

 彼らのいる大陸では魔術が使えないという人々は多いが、逆に集落単位でも魔術具や魔術の使い手はいるというのが通例だ。

 

 それが使えなくても魔力そのものは持っているし、何かしらの儀式で用いる事がある事を考えれば、魔力反応が少しも無いというのはかなりおかしな話だった。

 

「魔術の無い世界、か。アンデッド達にとっては正しく楽園だろうな。神の加護もあるのかどうか。あの街には宗教的な象徴らしきものは見当たらなかった。もし神すら存在しないとすれば……あのアンデッド相手に銃器や車両のようなもので立ち向かっているという事になる……」

 

 フィクシーが写真を丁寧に埃を拭ってから、必要なものに選り分ける。

 

「展開……解析結果に対して再構成手順を推測エンジンで作成……原理演算完了……構成材質を再構成開始……熱量を付与……再鍛造……分子組成結合観察……観測結果良好……再焼結終了、冷却、冷却終了、部品の再構築完了」

 

 ブツブツと呟く少年が己の手の中に握っていた壊れていた部品をそっとテーブルの上に置き、解析されたデータに従って網膜に仕込んでいたデバイスに表示されるガイドラインに従って、解体していた銃器の次の摩耗していたパーツに取り組む。

 

「ふぅ……まだまだあるな。これは明日には説明出来るようにしておくので」

 

「早いな。ブツブツ言っていたが、アレは魔導の手順か?」

 

 フィクシーに少し恥ずかし気に少年が頬を掻く。

 

「い、いえ、本当は口に出さなくてもいいんですけど、僕何分才能無いので……道具の使い方とか方法手順を時間のある時は間違えないように口に出しておく癖を付けてるんです」

 

「そう謙遜する必要はないのではないか? 魔導に対しての偏見は魔術師として無かったとは言い難い私でも君の働きには助けられている」

 

「全部、僕の力じゃありませんから。僕本来の魔力形質も純粋波動魔力みたいな何の力にも簡単に転化させられるような代物じゃありませんし……地元の七教会の講座で調整してもらった転換式をこうやって使ってるに過ぎません。本当にハティア様々ですよ」

 

 今や混沌とする大陸に魔王と勢力を二分する七教会。

 その頂点に立つ七人の聖女の一人にして魔導技術の開祖。

 ハティア・ウェスティアリア。

 世界一の美少女にして英雄たる男を夫とする聖母。

 

 魔導を志す者の多くはその女性と子供の福祉に関してもどの国家の歴史の教科書にも載るだろう生ける偉人の事を学ぶのが通例だ。

 

「ハティア様はカワイイですよね!!」

 

 今までのしんみりした空気が吹き飛ばされるかのように目をキラキラさせたヒューリが喰い付いた。

 

「え? え?」

 

 ガシッと手を握った同志への熱い視線に思わずベルがフィクシーをこれはどういう事なんだと見つめる。

 

「ああ、ヒューリは七教会の熱心な信者なんだ」

 

「はい!! それはもう!! ちなみに私はハティア様推しなのでファンクラブにも入ってるんですよ。それも教会内の身内の人しか入れないの!! こ、これ、ハティア様のブロマイドは御守り代わりなんですッ!!!」

 

 ズイッと少女が胸元からカメオらしきものを出して内部をパカッと開けば、確かに切り取られた絶世の美少女。

 

 金糸の髪に嫋やかな笑みを浮かべる姿があった。

 

「す、凄い、デスネ」

「はい!!」

 

 興奮が冷めやらぬ笑顔なヒューリだったが、ベルが汗を浮かべて固まっているのを見て、ハッとした様子となり、急に恥ずかしくなったか。

 

 すぐに胸元へカメオを戻して、聖女様の事になると前が見えなくてと言い訳しつつ、謝り始めた。

 

「先程の話の続きだが、神々の権威と力が届かぬ世界だとすれば、魔術に神々の意匠を使用しても意味が無いかもしれん。となれば、不用意に魔力を消費する大規模な術はご法度だな。連戦も更に控えるよう戒めねば」

 

 ベルがソウデスネとヒューリを宥めるのに必死になりながら、何とかそう返す。

 

 それにやれやれと肩を竦めて、フィクシーが粗方選別し終えた事を期に地図を参照し、先程までいた街と大きな道路を照らし合わせて、名前の文字列を確認し始めた。

 

 数分でそれらしい街と川と道路の合致した部位を見付ける。

 

(恐らく、此処だな)

 

 地図はそれなりに大きいが恐らくは一地方。

 縮尺的には半径500km程が地図には収まっているようだ。

 

 その大半は荒野のようだったが、南下すれば、海へと出るルートがあり、北西部には大都市圏らしき場所が見て取れた。

 

(ここを目指せば、人が“大勢いた”……敵が“かなり存在するはずの場所”に出る……この世界の事も分かるかもしれない。下に向かえば、同じく海沿いに出るが、船があっても逃げ出そうにもこの世界では無事な船があるかどうか。それに海上となれば、まだ魚が釣れるかすら定かではない……燃料もどれだけパニック後に残っているか……どちらも一長一短……明日、他の2人と共に決めねば)

 

 まだあーだこーだしている2人に情報を伝える事として、彼女は明日を思う。

 

 二つの道のどちらだろうと生き残る為に最善を尽くそうと。

 

 そうして夜はゆっくりとゾンビ達の襲撃もなく更けていくのだった。


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