ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
例えば、だ。
例えば、君が全てを失った自分を鏡に見たとしよう。
その時、君はそれを自分だと思うだろうか?
それとも単なる可能性の話だと片付けるだろうか?
平行世界は無い。
これは現行の世界の基本的な量子的大原則の一つ。
だが、もしも、平行世界。
つまり、量子的なパラレルではなく。
同時に二つ以上の世界が最初から誰かの視線で宇宙内部に観測されていたとしたら、どうだろう?
観測者が常に2人とも別の世界を見ていたら、それは平行世界ではなく。
“並列世界”と言えないだろうか?
いやいや、あくまで思考実験的な話に過ぎないよ。
だが、だ。
世界が行間の空いた漫画ではなく。
コミックと漫画くらいの違いがある書棚に並んだ二つの本だとしても、君はソレを同じ世界間を共有しているストーリーなら、同じ世界と見なすのではないかな?
例えば、別の作者が書いた同じストーリーでも、作者毎の味があり、手抜きがあり、良さがあり、悪さがあるわけだ。
だから、私はこのシステムが完成し、彼が旅立ってしまった時。
ブラックホール機関がどういう代物なのか知識は抜きに理解したわけだ。
低次元化現象。
零次元、无の領域へと引っ張られる処々の物質の振る舞いは要は白紙に吸い付いたインクみたいなものだ。
だとすれば、こいつはそのインクを限界まで薄くする効果がある。
インクが薄くなると世界が破れる。
白紙の世界が、その白紙の先にある何も無い虚空、无が溢れ出す。
だが、同時に本来が无の先にあるはずの……我らの兄弟世界との間にようやく道が出来るのだ。
映画の上映時間は違っても、同じ映画を流している映画館は無数にある。
我々は差し詰め、その映画と映画の合間に漂う塵だ。
本来、見るはずのない行間、征けるはずの無い白紙、その永劫に渡れないはずの間隙を渡るシステム……それこそがこのブラックホール機関の真の効能なのだ。
どうだね?
驚いたかね?
まぁ、全てわたしの推測に過ぎないがな……はっはっはっは♪
「君があの我々の世界の彗星から得た試料。アレこそがこの世界と別世界を繋ぐ最後の鍵なのだよ。マガト君……天雨機関において君以上に我らへ貢献した者はいない。黒色矮星……新たなる破滅と新たなる創造を司る最後の“黒天”……天文学者達が名付けた力……大黒天……奇妙な一致ではないか。破壊と再生を司る神の名と同じようなものが、世界そのものを形作る宇宙の始りへと向かう力となるなんて。本当に偶然か? 言葉遊びだと思うかね?」
―――月の裏側にポツリ。
黒くて丸い硬質な何かが浮かんでいる。
その横には一隻の宇宙船が停泊しており、その遊覧用の巨大な粒子線遮断硝子の最中。
一人の髭を蓄えた男と一人のくたびれた白衣の男が並んでソファーに座っていた。
「将来的にはコレを束ねて一つの力としたい。それが何の役に立つのかはオイオイ考えればいい。だが、人の閃きや勘というのは侮れないものだ。特に我らのようなはみ出し者達の感情はな」
世界は静寂のまま。
月面裏の巨大クレーターには今や巨大な花が咲いていた。
まるで花弁のように開いた金属光沢を放つソレ一つ一つが数百㎞にも及ぶ巨大な黒い彗星の係留用施設であり、無数の重力制御を働かせて、黒い星を留めている。
鉄99%と1%の未知の超重元素。
それが全ての始り。
何もかもの始りだった。