ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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統合世界編
統合世界へと至る道-Prelude-


 

 チクタクチクタク。

 

 遠い虚空を望む巨大な塔の上。

 

 頭上から響く時計の音。

 

 猛き大宇の瞬く光の河の下。

 

 テーブルと一対の椅子がある。

 

 その片方には巨大な人型。

 

 全裸の筋肉の塊が黒い肌を晒しながら、悠々と紅茶を嗜んでいる。

 

 彼とテーブルの前には虚空に浮かぶウィンドウが幾つか。

 

「マーヲ~」

 

「あ~ら? 珍しい」

 

 黒い筋肉ダルマがテーブルの横を見る。

 

 そこには小さな黒猫が一匹。

 

 ひょいっと飛び上がるとテーブルに両前足を付いて、いつの間にか出て来た陶磁器のカップから紅茶を嗜み始める。

 

「あちこちにお出かけしているのは知っていたけれど、此処に来るなんてねぇ。何かお困りごとかしら?」

 

「マヲマヲマゥヲ」

 

「あーはん♪ ウンウン。そうよねぇ。人類面倒よねぇ。でも、そこが面白いんじゃないかしら。んふ♪」

 

 おえーという顔で黒猫がペチッと黒い筋肉ダルマのウィンクを片手で弾いた。

 

 ソレが見えも聞こえもしないのに塔の遥か下の地表に落着したかと思うと犇めき合う何か達の世界で水爆もかくやという大爆発を引き起こし、猛烈な悲鳴と絶叫が塔の上まで僅か残響する。

 

「マゥマゥヲー」

 

「自分の事ながら知らなかったけど、ああ……そう。あの“天”の系列にいたわけね。面白そうじゃない。確認確認」

 

 ウィンドウが一つ増えた。

 

 その映像の内部には一人の白い少女が浮かび上がり、何処かの施設内で驚きながらも何やら一人の女性と話し込んでいる。

 

「お~~面白い変化ねぇ。変質し過ぎて、もはや“我々にも成り得ない”なんて、これも可能性ってやつかしらね。んふ♪」

 

「マゥヲゥ」

 

 黒猫がいつの間にかテレビのリモコンを片手にポチポチ操作するとウィンドウが複数枚立ち上がる。

 

「……話は分かったわ。今更にハリウッド映画みたいな総結集であの子を救いたいと」

 

「マーヲ」

 

 黒猫が頷く。

 

「でも、何処の宇宙でも結局は簡単に繋げる為のツールが我々なのね。今、注力してる子のところには三柱……いや、四柱もいるじゃない。よく滅ばないわね」

 

 筋肉ダルマが呆れたような苦笑を零して、黒猫の開いた画面の数々を見やる。

 

 すると、その内の一つからヌッと何かが出て来た。

 

 白い紙袋を被った灰色のタートルネックとジーンズを履く誰かだった。

 

「おや? ここは……そうか。天に列なる者達というのはこういう所にいるわけか」

 

「あら? 見たわよ。貴方……面白かったわ~今は主神をしてるって聞いてるけど、あの蒼い瞳の子の中はどう?」

 

「……我ながら、君と同じだったと考えると限りなくゲッソリするな。ギュレ……いや、ニャー」

 

「あははは、無貌とはそういうものじゃないかしら? あーはん」

 

 紙袋の男がテーブルまで来ると新しい椅子を掴むような仕草をして、椅子に座り込む。

 

 三つ目の椅子がカタリと音を立てた。

 

「それで呼ばれた理由は聞いてもいいかね? 生憎と主神業は伊達と酔狂だけでやっているわけではないのだが……ニャー」

 

「似合わないわねぇ。約束くらい此処じゃ目を瞑ったら?」

 

「我らの神との契約だ。祭神との約束を破る神官も無いだろう」

 

「律儀な話ね。んふふ」

 

「マヲゥー」

 

 黒猫が紙袋と筋肉ダルマの間に割って入る。

 

「……そういう事か。いいだろう。ソレはこちらの管轄内だ。持って行け。ニャー」

 

 紙袋の手からペットボトルが一本虚空に放られて、ソレを両手に抱き締めるようにキャッチした黒猫が着地すると、そのままスタスタと幾つかある虚空のウィンドウの方へと二足歩行で歩いて、ヒョイッと飛び上がって消えていく。

 

「あら、良かったの?」

 

「もう、わたし、我、わっち、我々には必要ないものなのでね」

 

「んふふ。じゃあ、息抜きに見ていかない?」

 

「……いいだろう。ニャー」

 

 語尾を後付けするおかしな紙袋のヘンタイや筋肉の化身はこうして開いているウィンドウの映像を鑑賞し始めるのだった。

 

 *

 

「君は神だのSFだの見ていて、よくよく面倒だと感じた事は無いか? 人の考え付く限りの事は現実に為り得るとすれば、それはまったく凡人にも平民にも奴隷にも家畜にも等しく難しいのだよ」

 

 白衣を着込んだ男が一室で本を片手に捲りながらティータイムと洒落込んでいた。

 

 その横には同じように椅子に座り込む黄金の何かが鎮座している。

 

 巨大な蛸のような頭部と翼の生えた背中。

 

 数mにもなる巨体が木製の椅子にチョコンと座って白衣の男とお茶を飲む様子は誰に理解される事も無いだろう。

 

「あ、そっかー……ギュレン君。今、無限救済編してるのかぁ~」

 

 思っても見ない程に穏やかに間の抜けた声で黄金の邪神像みたいな禍々しい何かが新聞をチラリと見ながら、片手でチマチマと頁を捲った。

 

「聞いてないな。この邪神……」

 

「あ、ごめんなさい。それで何でしたっけ?」

 

「君もアレだな。邪神の癖に一発変換で出て来ない名前に屈辱!! みたいな顔にならない辺り、まだまだ神様として未熟なんじゃないかね?」

 

「弥勒さん辺りには自分に近くて逆に困惑するって言われます」

 

「左様か。その神が何処の神かは知らんが、もっと人類を弄びまくってもいいんだぞ? 此処でセーフ生活二兆日目とかしなくても……」

 

「いやぁ、先日釘を刺されたばかりなので。しばらくはそういうのをお休みしようかと。顔を出した事のある世界なら、大抵人間の創造力で信仰は勝手に捧げられてますし、そこに存在しなくても別に問題無いんですよねぇ……」

 

「やる気の無い話だ」

 

「何なら僕が存在しない宇宙で人間に創造されてる方が邪悪!! 醜悪!! 畏れるべき宇宙の恐怖!! みたいな事になってますし」

 

「なるほどな。で? 先程の船に乗っていかなくて良かったのかね?」

 

「ああ、別にしばらくは此処の宇宙でのんびりする予定ですし。アレも旅行で借りただけなので、この宇宙が終わる前には返しに行きますけど、実質時間2秒くらい借りるだけの予定です」

 

「気の長い話だ」

 

「いやぁ、すみません。邪神なもので……でも、この星は好きですよ。僕の同類が何柱か来てますけど、文明も発展して来て、文化や娯楽も沢山出て来て、良い感じです」

 

「そんなものかね?」

 

「そんなものですよ。高じ過ぎた文明の文化や娯楽ってあんまり愉しくないんですよね。僕らに近付くせいで新鮮味も無いし。やっぱり、原始的な娯楽こそ神様の暇潰しには最強だと思うなぁ……」

 

 のんびりと黄金の邪神様がヒゲならぬ顎の触手を撫でる。

 

「具体的には?」

 

「ボードゲームや確率の計算するヤツとかはダイスの女神さんやマクスウェルの悪魔さんが物凄く嫌そうな顔で従ってくれるので、やっぱり運があんまり絡まないのがいいかな」

 

「成程な。TRPGでもするかね?」

 

「お、いいですね。しましょうしましょう。よーし、強い探索者作っちゃうぞー。女神さんには控えめにしてってお願いします」

 

「解った……ん?」

 

「呼ばれず飛び出て、ごじゃ~~」

 

 小さな幼女。

 

 シャクナゲと自称する黒髪ロングな制服に着物を羽織る少女がイソイソと一室の扉を開けて入って来ていた。

 

「あ、久しぶり~~元気してたかな? シャクナゲちゃん」

 

「ごじゃ~~ようやく見つけたでごじゃるよ。【Big C】のおじさん」

 

「知り合いかね?」

 

「ええ、友人の娘さんなんです。人間よりは僕らやお父さんに近いので娘さん達の中で一番早く座標宇宙間移動を生身で出来るようになった天才さんですよ」

 

「ごじゃ~~シャクナえらいってほめて~~」

 

「お~偉い偉い。シャクナちゃんえらいな~~」

 

「~~~♪」

 

 幼女が嬉しそうに黄金の人差し指で頭を撫でられてご機嫌になる。

 

「君の知り合いか。邪神の娘とかだったら、また世界が滅びそうだな」

 

「いえいえ、とんでもない。宇宙創成級の友人の娘さんですから」

 

「それでこんなところまで来たという事は迎えじゃないのか?」

 

「あ、そうだ。どうしてこんなところまで? お父さんは?」

 

「シャクナはお父様に褒めて貰いたくて宇宙救いに来たでごじゃ~~」

 

「一人で? あ~~だから、君のお目付け役がいないのか」

 

「その通りでごじゃ~」

 

「それで何か用かな? しばらく、此処にいる事にしたんだけど」

 

「そろそろ時間でごじゃるよ。あっちとこっちが繋がる事が確定したみたいでごじゃ~」

 

「へぇ……随分と彼女が頑張ってたと思ったら、そういう事か~う~~ん?」

 

「何が起こるのかね?」

 

「ああ、死の概念が崩れるんですよ。あ~でも、そうなると彼らも不憫だなぁ」

 

「君が憐憫を感じるような生物か?」

 

「それは感じますよ~。花や蝶を愛でる人だって、ソレが失われたら哀しい気持ちになるじゃないですか。それと一緒ですね」

 

「なるほど」

 

「何が不憫なのか聞いてもいいでごじゃるか?」

 

「はは、彼らは結局のところ人間で……人間だからこそ、未だ宇宙に翻弄されているって事かな。この星の反逆者君の粘り勝ちになったら、いやぁ……邪神らしいお仕事出来ちゃうかも」

 

「ごじゃ~~?」

 

「邪神らしい仕事、ね……」

 

 白衣の男が肩を竦める。

 

「絶望して混乱して打ち拉がれている人間を優しく諭す事程に邪神らしい仕事は無いと思うんですよね~~」

 

「君を独裁者にしたら、向いてそうだな」

 

「ははは、それほどでもありません」

 

「取り敢えず、此処は出るでごじゃ~~あっちのウチの船に帰るのー」

 

「あ~はいはい。解った。解ったから、引っ張らないで」

 

 幼女に触手を引っ張られた邪神がゆっくりと立ち上がる。

 

 プラーンと幼女は触手に引っ張り上げられ、魚のように揺れる。

 

「すいません。TRPGはまた今度で」

 

「ああ、構わないよ。ウチのO5も大変だろうしな」

 

「しばらく、あっちの船にいますので何かあったら呼んで下さい」

 

「そうさせて貰おう」

 

「今までお世話になりましたし、此処の人達にも何かお礼を……ああ、そうだ。よいしょっと」

 

 黄金の邪神がパンと両手を目の前で合わせた。

 

 何も起こらない。

 

「それじゃあ、また」

 

 だが、邪神はそのまま微笑んで幼女にヒゲを引っ張られるままに扉から空間を歪めるように風景を捩じりながら姿を変形させつつ出て、通路の先へと消えて行った。

 

「やれやれ。邪神と愉しくお茶をしていたと思ったら、収容違反が山盛りか。いや、どちらかと言えば、収容はされてるか。あちら側にだが……」

 

 お茶を飲み終えた白衣の男が彼の上司である女性に会いに行く事にして、現場を後にする。

 

 未だ多くの人間が混乱しながらも態勢を立て直しつつあるサイト内部には収容違反が他に無いかとオブジェクトの確認をして回る現実改変能力者達があちこちでバタバタと走り回っていたのだった。

 

 *

 

「……おや?」

 

「どうしたんだ。アズ?」

 

「いや、どうやら時間が動き出したようだ」

 

 とある英国の都市の最中。

 

 新築された都市部の一室で青年と妙齢の年齢不詳な眼鏡の女が一人。

 

 朝食を取っていた。

 

 豆の香辛料煮とカリカリに焼いた体に悪そうなベーコンとゆで卵にパンが一つ。

 

 生野菜としてレタスが数枚添えられている。

 

 食卓の上にある小さな目覚まし時計の針が動き出していた。

 

「この時計、壊れてるんじゃなかったのか?」

 

 日本人らしいガッシリとした細身の青年が繁々と時計を手にして首を傾げる。

 

「いいや、壊れてるんじゃない。時間が流れ始めないと動かない仕組みなんだ」

 

「?」

 

「いや、分からなくていいよ。ヒサシゲ」

 

「で、アズ。今日の仕事は?」

 

「あの子達を呼び寄せるまでの下地作りは終わった。この世界での活動拠点も確保したし、さっそく本格的な活動を開始しよう」

 

「活動ねぇ……」

 

 青年が外を見やる。

 

 次々に押し寄せて来る半魚人らしき化け物が沿岸部の街を襲い。

 

 次防衛陣地を築いていた軍からの掃射でバタバタと倒れ、燃えながら朝日の中で海岸線を埋め尽くしている。

 

「で、何でわざわざ一回此処まで戻って来たんだ? 北米か日本でやる事があったんじゃなかったのか?」

 

「ああ、いいんだ。今、僕らの“残影”があちこちで全ての作業を完了させた。“黒き星”の所在地も突き止めた。“門”の先の物理的な場所もね」

 

「あん? 連中は“死の世界”とやらにいるんじゃなかったのか?」

 

「色々と調査して回ったんだけどね。彼らが現実に干渉する為の媒体がそもそも現実に必要だったみたいでね。ソレが何なのかを確認出来た」

 

「媒体? 殆どは機械じゃなかったのか?」

 

「ああ、それは表向きだね。この世界にある特異点が必要なのさ。で、それが今は宇宙にあるのが確実になった」

 

「宇宙……この世界の状況で宇宙まで……不可能じゃないが、難しいだろ?」

 

「いいや、そうでもないさ。何せ“黒き星”の係留地点は月の裏側だ」

 

「ッ、そういう事かよ……」

 

「ああ、地表の騎士団が奴らを抑えている間にやれる事をやろう。だが、その前に君も詳細な情報を再確認しておくべきだよ」

 

「書類は苦手なんだが」

 

「部屋のPCに時系列で纏めて置いた。昼前までに読んでおくように。僕が徹夜した成果くらいはちゃんと見て欲しいね」

 

「解った。解ったよ。はぁぁ……じゃ、見て来る。何かあったら呼んでくれ」

 

「ああ、勿論さ」

 

 青年がイソイソと自室に引き上げる。

 

 簡素なクローゼットと寝台しかない部屋の中央。

 

 シーツの上に転がっていたノートPCを立ち上げた青年がご丁寧に置かれているファイルを開く。

 

「善導騎士団、か……」

 

 彼の目に入って来るのは歳若い少年少女や青年、女性達の一枚の集合写真。

 

 そして、彼らの来歴であった。


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