ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第153話「先へ」

 

―――ドラクーン最高意思決定機関【円卓】。

 

 ドラクーンと呼ばれる聖女の剣に関する世間的な理解はまず殆ど半数以上は誤解である。

 

 その大前提となっているのが、帝国陸軍の一部署に過ぎないという事実がある為だ。

 

 実際には独立した世界最大の軍事機関であるドラクーンではあるが、その大半は帝国陸軍所属の特務機関であり、その掌握者は今も昔も1人である。

 

 大半というのはドラクーンに所属する者達には帝国陸軍所属以外の者達も含まれるからだ。

 

 様々な契約でドラクーンとして任官し、同時に退官後も予備戦力として契約した彼らは事実上、不老で歳も取らない事から種族的には人類の一派生。

 

 新しい生命体と見なされる。

 

 だが、だからこそ、通常の権力からは独立しており、殆どの構成員が民主主義的に選出した最上位層ドラクーン。

 

 選び出された者達の創る“カウンシル”という内部意思決定機関を持つ。

 

 俗称【円卓】の構成員は3年に1回選出されるドラクーン内部の実力者達だ。

 

 彼らは力量と資質のみで選ばれた存在であり、保有ナンバー1桁から3桁までの者達の内の誰かが自薦他薦で投票候補となり、カウンシルに組み込まれる。

 

 しかし、先日のドラクーンも加わった旧特別区域出の最上位ナンバー達が聖女隷下の近衛として借り上げられた為、今は新しく選出された人々で運営されていた。

 

 議長はドラクーン総大将フォーエ。

 

 副議長はナンバー001を拝命する黒騎士ウィシャス。

 

 この数十年でほぼ固定化された彼らの下に集まるのは10人の円卓メンバーである。

 

「総大将殿。この度は誠に御婚約の事、おめでとうございます」

 

 帝都の一角のホテル最上階。

 

 そんな挨拶を受け続けた男は少し照れた様子で頭を下げ。

 

 そうして、円卓メンバーとの会議へと入った。

 

 円卓を囲む者達は10人。

 

 議長、副議長の座席は奥にポツリと置かれている。

 

 発言を求められた時と彼らが発言許可を求めた時のみドラクーンに助言するという事で議会はルールを敷いていた。

 

 理由は単純に一番権力を持っている人間が自重する事で議会で活発に意見交換して欲しいというのがフォーエとウィシャスの一致した意見だったからだ。

 

「では、姫殿下からの連絡通りとすれば、今のところ例の黒船は敵でも味方でもない。ただし、敵にすれば、一体で世界を滅ぼせる敵を軍集団規模で相手にせねばならないという認識で一致すると」

 

「現行の戦力は全て大陸全土及び惑星上の外洋において待機状態です。いつどこで何が起こったとしても持ち場を離れる事は不合理でしょう。戦力は集中させて運用するにしても、この星そのものを失っては意味が無い。姫殿下もお力を貸して下さると言われている以上は……」

 

「大陸の問題は大陸にいるドラクーンのみで片付ける必要があると」

 

「リバイツネードは治安維持が主任務であり、アウトナンバーが消えても新規バルバロスの出現で人的余力はありません」

 

「殆ど情報部と彼ら任せである以上、高危険度の目標は我らドラクーンの部隊で対処するしかない、か。結論は変わらないとしても何処かで戦力調達は独自にするべきだな……」

 

「現在、ジ・アルティメットは姫殿下が例の異相保管してある赤より齎された超重元素の変換によって全部材を生産しており、これらを自動化したラインで作成する技術も足りておりません」

 

「左様。蒼力によるエンジニアリングが可能なドラクーンを最上位30名を姫殿下の下へ学ばせに行かせているが、今も異相側で超重元素の加工変性変換諸々を学び切るにはしばしの時間が必要との事だ。それでも姫殿下の位には程遠く。あの方が創る部材以外で造れば、能力が一段落ちるのは避けられんらしい」

 

「それに関しては姫殿下が二年後まで全力で作って300機が限界。また、30名の者達が造り続けても1200機が限界。数は……惑星掌握までなら足りるかと」

 

「相手にそれ以上の戦力を惑星に集中させられなければの話だ。星系掌握には帝国陸軍情報参謀本部より凡そジ・アルティメット1万5000機が必要との試算が既に出されている」

 

「数年掛かるか……だが、それほどに四つの力が待ってくれないのは昨今の情勢下では明らかだな」

 

「つまり、水星及び金星の掌握、超重元素採掘と並行して惑星質量を用いた戦力増強は必須。太陽に近い惑星の殆どでは超重元素の埋蔵量も桁違いとの事ならば、変換も容易。戦力増強のラインを自動化機能付きで付与出来るまでが山場という事ですな?」

 

「全ドラクーンへのジ・アルティメット及び下位互換機の配布が完了して初めて、四つの力と戦えるかどうかなのだ。リバイツネードの能力増大に伴う惑星守護の移譲が完了して、我らは星系での全力戦闘が可能になる」

 

「それまでに姫殿下が無名山側を取り込み終え、本星と月の調査を終えられる事も必須だ。何かしらの戦力化可能なものが出てくれば良し。無ければ、我らもまた独自に戦力増強案を出さねばならないが、最も問題のありそうな案が最も効果的というのも困った話だ」

 

 円卓の中央の虚空に浮かび上がった映像は先日の無名山が用いたオブジェクトと呼ばれる物理事象を無視して現象を宇宙に出現させる物体を用いた戦術の数々だった。

 

「姫殿下の肉体の量産……あのマッド共の一部で粛清された奴らがやろうしていた事を現実にされてみると……成程、強い」

 

「姫殿下が用いるゼド機関の複製込みで危うげ無く管理出来ているのは褒めてもいいな」

 

「だが、やはりまったく同じ体を使っていようとも姫殿下の頭脳無くしては到底及ばない。問題は数というのがよく分かるが、同時に数以外の部分で無名山側は完敗だった事もよく分かる」

 

「悪魔卿閣下の立ち上げた守護衛星計画も利用可能な超重元素を安定して管理運用出来るまでには後20年必要だ。今の段階の技術力で可能なのはあくまで無限に増える超重元素に近い元素を盾にしてという事でしかない。数は揃えられても質は二の次だ。敵の攻撃の直撃に耐え切れずに破壊されれば、デブリのみで本星が砕ける可能性すらある」

 

「相手の攻撃に利用されない。出来るだけ強固な管理可能な衛星の大増産……衛星を用いた基地を作る事は出来ますが……まぁ、単なる質量では相手に好き勝手させるのがオチか」

 

「その通りだ。あくまで完全な盾として運用する事は申し入れてある。あちら側もドラクーン側の意見に同意してくれた。ジ・アルティメットの整備用の施設は造ってもいいが、利用方法としては盾とそれくらいだな。それが出来るだけありがたいわけだが、それ以外はどうにもならんというのが現状だ」

 

「敵が星すら掴む以上、敵を削る質量弾としても幾らか有望そうではありますが、超重元素の原子核魔法数350番代から上の元素は絶対的に下位の番台に対してあらゆる面でほぼ上位互換」

 

「……相手を破壊する事は不可能。ならば、相手に運動エネルギーをブチ当てるのが精々か」

 

「怯ませ様の質量弾、またデブリによる星系内での敵移動制限や軌道観測には使えますな」

 

「デブリの掃除が出来るまで生き残れればだがな」

 

「現在、先行量産型の蒼力の機能機械化デバイス【D-ACT】がデータ収集と共に利用が開始されている。あらゆる物質に対して作成と分解が可能なコレを用いて、超重元素を加工するラインの稼働は目前だが、問題は時間だ。ゼド機関組み込み式である以上は民間への卸売りもかなり制限される」

 

「デブリの掃除、宇宙空間での物質形成による基地作製、あらゆる道具の補修保全、全て楽になったとしても、幾ら効率が上がろうとも限界は如何ともし難い」

 

「姫殿下のマス・シヴィライゼーションの第一段階の成果如何によって、現行の平行した全ての計画が影響を受ける。ルイナスの完成もしくは区画の本格稼働による10年単位の実験が上手く行くかどうかが鍵だ。円卓からは治安維持閥から部下を伴って半数をルイナスの例の実験の監督官として派遣しようと思う」

 

「異議のある者はいないな? 凡そこちらでは1日……あちらで10年の仕事だ。10年老けるのが嫌なドラクーンは……無しと。女性陣も出来れば同意して欲しいところだ」

 

 ドラクーンも女性は数多くいる。

 

 一部は退官後に結婚して子供を儲けて家業に精を出す者達もいるが、生涯現役を貫くとして円卓にも3人の女性騎士達がいた。

 

「同意するわ。でも、10年の隔離生活……一般人には宇宙空間で無くても荷が重いのではなくて?」

 

「それはそうだ。一応、諸々の検査と資質のある者を集めているそうだが、それでも適正が無い人口が一定数混じるようにしていると言われているしな」

 

「それも含めての実験という事か……主に諸技術の関連統合、新技術開発、基幹技術のグレードアップ、各種極限環境に対する能力技術による適応可能人類の創造と社会化、新人類派生、当該生命の社会形態の統合……姫殿下がいなければ、後400年は無さそうな品揃えだな」

 

「無論、上手く行かなければ、10年は破滅へと向かう片道だ。だが、1日毎に別々の区画において研究開発者達を入れて出してを繰り返し約1月300年……技術開発月間……例のマス・シヴィライゼーションの中間計画はこの実験において趨勢が左右される」

 

「ドラクーンの中位層、リバイツネードの不老の上位層を使って合同の戦力化実験部隊を作ってはどうか? 管理者だけでは足りないのでは?」

 

「一理ある。進歩技術を用いた戦力強化を実験期間内でやるわけか。開発可能な人材が必要になるが……選抜出来るだけの人材はいたか?」

 

「当てはある。暇そうにしている民間出が凡そ3000人。彼らに打診してみるだけならタダだ」

 

「君達……アレを暇そうというのは我らのような者の価値観だ。月700時間労働は世間一般ではブラックと言われるのを知らんのか?」

 

「……議長。適当な人材を引き抜く許可は出るでしょうか? 全体的な予定に必要な人材は殆ど仕事で埋まっていると思うんですが」

 

 そこで今まで黙っていたフォーエが手元の端末を操作すると次々にリストが虚空に表示された。

 

「民間出の彼らも一杯一杯だ。ただ、新規採用候補者に声を掛けてあるよ。彼らの面談は3日後……君達が出て話してくるといい」

 

「準備はされていたわけですか。分かりました。各分野の技術士官候補で選抜されていた者達のようですし、こちらで声を掛けてみましょう」

 

「では、実験部隊の新設を発議しよう。残る仕事で気になる事は?」

 

 円卓の1人が手を上げる。

 

「黒猫の件に付いては保留となっていますから、暇そうなのを割り当てて現在も試験中です。が、それよりも問題なのはまず第三の脳を得た子供達の教育に付いてではないでしょうか?」

 

「一理ある」

 

「蒼力は主にリバイツネードの分野と言えども、今ですら彼らのマンパワーの殆どが教育に割かれています。戦力開発をしている余裕が無いせいで我らに劣る彼らに全て任せておいてよいのかと思いまして」

 

「……リバイツネードの増強か。姫殿下の御作りになられたゲーム。いや、宇宙シミュレーター内での実験結果は逐一報告され、データの解析と運用が進んでいるが……帝技研が例の“外”と繋がり、引っ越しを余儀なくされた影響で一時的に停滞中。難しいのではないか?」

 

「戦力化は何も人材や兵器開発だけではないというのが姫殿下のお考えです。今現在、あの方は確率的に人類の可能性を残しておく為にあのゲームを民間に開放しておりますが、我らの中にもそれなりにしている者はいるはず」

 

「つまり?」

 

「ゲームに現実を持ち込むのは無粋でありましょうが、何を利用しても大勢を生き残らせるという気持ちは誰もが持つはず。あの方が自由にして良いと民間に開放しているのです。我らとて、自由にやってみるというのはどうでしょうか?」

 

「……埋もれている人材の発掘と訓練、か。より民間出を扱う事に長けたリバイツネードの者達に20倍の時間があれば……」

 

「さっそく、局長に聞いてみましょう。無論、我らとしても一部の人員を割いて、今後リバイツネードにお世話となる子供達に範を示せる何某かの施策は必要でしょうが、時間さえあるならば問題は軽微かと思います。合わせて時間の無い研究職の者達に疑似的な時間加速による研究での予備的な試験を行えればと」

 

「よろしい。では、これも一斉に議決へ掛けよう。では、次の―――」

 

 ドラクーンの会議は進んで行く。

 

 そして、遂にゲーム世界においても公的な組織としてのリバイツネードとドラクーンの常駐が始まるのだった。

 

 *

 

―――ワールド内【ガイア大陸】中央部首都王城。

 

「それにしてもびっくりしましたね。まさか、姫殿下から直接お言葉を頂くなんて」

 

 王城の一角。

 

 魔導ギルドの最古参メンバー達はワールド内時間で十日以上前の話で持ち切りであった。

 

「まさか、ワールドマスターが姫殿下の御婚約された方の1人だったとは……」

 

「あの実力も納得です」

 

「対外的には非公開でよろしくお願い致しますと頭まで下げられたのだ。我ら身内だけに秘しておくのは当然としても、やはり初めて系のスキルや魔法の取得による能力強化は絶大か」

 

「ええ、まさか、連山全てを瞬時に錬成してしまうとは思いませんでした。一山くらいならば、今の公開ステータス上なら簡単に出来るとは思っていましたが……」

 

「だが、これで連山の質量が尽きるまで超重元素の供給は問題無い。掘り出す人材も周辺の警備も万全だ」

 

「ですが、新しい案件も厄介です。最大級に……」

 

 彼らのいる王城の一角。

 

 虚空には現実の帝国陸軍からのメッセージが伝わっていた。

 

 ワールド内に直接届いた代物だ。

 

 ドラクーンとリバイツネードによる人員のリクルート及び教練訓練の現場として今後、ワールドを活用する事になったという話。

 

 同時に始まりの大陸内部に演習場と会合場所を儲ける許可をガイアに求めるという極めて重要な文面がガイア首脳陣に向けて送られて来たのだ。

 

「……いよいよ現実も危なくなってきたという事かもしれないな」

 

「現実の20倍の時間がある以上は頭脳労働職による研究や各種の訓練をこちらで行うというのは分からなくもない。肉体そのものの強化は薬でやればいいと言われているし、問題はやはり訓練を行って養われる精神的な部分やマインドセットなのだろうな」

 

「では?」

 

「ああ、許可ついでに大陸の原生林を全て渡してしまおう。あそこは高難易度の敵しかいない上にドロップも渋いからな」

 

「……リバイツネードやドラクーンの方々もワールドで強くなれるのでしょうか?」

 

「さて、現実から持って来たスキルがアンロックされている以上は最初からレベルはともかく様々なスキルと魔法は最初から持っているのではないかな」

 

「然り。実際、リバイツネードの隊員は最初から使える魔法やスキルはかなり豊富で強力だったと言うし」

 

「そうかもしれませんね」

 

「このゲームは今までのオープンワールド系のものとは違って転移系の魔法や高速移動用の乗物が無いと行ける場所が限られる上に現実と同じように殆どの危険行為で死亡する……」

 

「その上で自分のステータスを弄れるようになったら真っ先に体力と耐久力と各種の耐性を上げなきゃロクな敵も倒せない上に痛みに関しても上限値は決められているらしいが、それなりだ」

 

「つまり、現実で強い者ならば、強くて当然だと?」

 

「ああ、大陸の開拓中に死亡した連中があの痛みを喰らう覚悟で再びゲームをするか躊躇するというくらいの代物だからな」

 

「逆に最初から覚悟が決まっている彼らのような者達にとっては修練の場としては丁度良いのかもしれんですな」

 

 王城ではこのように現実からやってくる新たなる派閥。

 

 リバイツネードとドラクーンの進出が話題となり、他の大陸ではワールドマスターの再登場と巨大な連山の錬成の話題で持ち切りとなっていた。

 

 そんな彼らワールドの住人達が未だ世界一周出来ていないままに未開拓大陸を周遊して通信機や通信施設を用いた情報網でやり取りする最中。

 

 未だ人が到達しない未発見の大陸の奥地では久しぶりに時間が取れた少年少女が二人切りで大きな断崖の奥底にある空間で諸々の訓練を行っていた。

 

「どうだ? 朱理」

 

「あ、うん。何か変な感じ?」

 

「具体的には?」

 

「神祖魔法で物理法則を破ってるって言うのは何となく解るんだけど、魔法そのものが生み出す事象が物理事象じゃないって言われても何か……」

 

「何か?」

 

「コレ本当に物理事象じゃないの?」

 

 青空が覗く断崖の底。

 

 数十mの円形の領域で石製の台座の上に手を翳した朱理の前には小さなマッチ一本分の炎が揺らめいていた。

 

 問題はその炎の色合いが通常の炎とは違って揺らめきながら変化して赤は赤でも様々な色合いになっている事だろう。

 

「具体的には炎は炎じゃない。色も色じゃない。そもそも光波は観測されてないし、熱量も存在しない。物理事象で必要な諸々の要因が無い」

 

「う~~ん? じゃあ、どうして見えてるの?」

 

「高次元領域から現実に投影されているってのが正しい。物理事象ではなく。その領域に食み出した思考する存在の認識に量子的な染みが出来た、みたいな?」

 

「やっぱり、あんまり分からないかも……」

 

「まぁ、影なんだよ。こいつら、オレの中にいるのもお前の中にいるのもな」

 

「影……」

 

「本体がこちら側に無いんだ。だから、物理事象に見えるが、実際にはアニメや漫画の世界に現実のディスプレイから炎って文字や炎のような影をこいつらが落してるような想像で間違いない」

 

「何となく解るぞ。そっか……次元が違う世界に指先で影を作っちゃう、みたいな感じなんだ」

 

「そうそう。それをオレ達は確認出来てしまうって事だ。こちら側に届く指を持ってる存在。それが今のオレが想定する神だ」

 

「つまり、漫画の中のコマに筆ペンで余計なものを付け足す漫画家が神様って事?」

 

「こいつらが造ったわけじゃない世界に対する干渉だから、違法だけどな。お前だって中古の漫画に落書きしてあったら、文句付けるだろ?」

 

「あ~~そっか。この世界は別にこの神様達のものじゃないもんね」

 

「ああ、漫画の中の人間のもんって事だ。それを燃やしたりする事もあるのが神様だ。そして、お前に繋がってるのは恐らくは表現方法が世界の焼却だ」

 

「煙草の火で頁を破る、みたいな?」

 

「ああ、だから、絶対に重要な場所じゃ世界を燃やすような魔法は使うな。世界は限りあるもんだ。お前が錬金術として使ってたあの魔法は世界は燃やさないが、焦がしたかもしれないくらいのもんだった可能性が高い」

 

「世界を焦がす……」

 

「ある程度は修復される。だが、修復にも限度がある。宇宙にはある程度の余白はあるが、この宇宙の余白は本来の宇宙の4分の1だ。超銀河団クラスのヴォイドはそれなりの数あるとはいえ、やっぱり有限なんだ」

 

「ぅん。よく分からないけど分かった……」

 

「今までお前に最優先で叩き込んだ技能だの知識だのは基本的にこの世界の基本知識と理解においてお前の能力が与える影響を最小限度にする為のもんだ」

 

「現実でも……出来るんだよね?」

 

「ああ、だから、使うのは最終手段にしてくれ。仲間の命が掛った状況下以外は禁止だ。いいな?」

 

「うん。約束する」

 

「よろしい。という事で出力制御も完全に意識下で出来るようになったし、エル・グリフも刻み終わったし、普通の魔法使って模擬戦でもするか?」

 

「あ、よーし。負けないから!!」

 

「ゲーマーのお前に管理者権限無しで勝てないのも困ったもんだけどな」

 

 二十代の姿をした朱理に対して話していたのは十代前半くらいだろう少年だった。

 

 その姿はかなり質素で簡素だ。

 

 布の服を着込んだ一般人に見えない事もない。

 

「じゃ、行くぞ。此処での最後の訓練だ。時間経過3秒30倍。1セット五本勝負。痛覚はカットしといていいが、頭部への攻撃は無しだ」

 

「はーい」

 

「3、2、1、スタート」

 

 瞬間だった。

 

 1秒目の時点で険しい山岳しかない大陸の一部。

 

 彼らのいた断崖の周囲の地面が完全に焦土より尚高温の猛烈な半プラズマ化した質量と更に広大な溶岩の海となった。

 

 半径140km四方の完全なる破局。

 

 2秒後、その巨大な海の如き熱量とプラズマと溶岩の塊が瞬間的に凍り付いた。

 

 全ての熱量が運動量に変換されて、たった一点。

 

 虚空に加速して逃げていた少女の胸元に向けて単なる鉄剣で収束されていく。

 

 3秒後……凍り付いた地表が解凍された様子で蒸気が再び周囲を吹き抜けて、ガラス化し、溶鉱炉に焼べた鉱石のように溶け固まった金属類が斑模様となって山々の中央部を鋳溶かして巨大な平地を形成しながら、断崖を埋め立てていく。

 

 四方から見ても異質なガラスと鉱石の混じり合う巨大なクレーターと化した。

 

「げほげほ。あ~ほんとに強いな」

 

 ゲッソリした様子の少年が世界の終焉染みた場所の中央で埃を払って立ち上がる。

 

 その剣を持っていたはずの片腕と左脇腹が完全に消し飛んでいた。

 

「……はぁぁ、これでも案外ゲーマーなんだが、FPSは完敗だな」

 

「シュ、シュウは戦略ストラテジー強いじゃん。カードゲームも最強デッキ対決すると大体プレイングや読みのせいで負けるし」

 

 朱理が少年の前で立ち上がり、ドレスはそのままにズレた王冠を被り直す。

 

「あのなぁ。この体、一応現実準拠で構築してあるんだぞ?」

 

「え? そうなの?」

 

「此処じゃ設定は自由だからな。管理者権限」

 

「何かズルイ」

 

「ズルイのはお前だって、神様連中と遊んでたからか? 前より動きに磨きが掛かってないか? オレは魔法無しの片手落ちとはいえ、通常の魔法の使い方だけでオレの現実での肉体も同じように抉れるんだぞ?」

 

「現実でも此処みたいに魔法使えるの?」

 

「一応な。蒼力を変形させたもんを現実側からエメラルド・タブレットでエミュレートして此処では全員に使わせて魔法は誰でも使えますって事にしてるし」

 

「じゃあ、蒼力をこういう風に使えば、現実でも同じように戦えるって事?」

 

「ああ、お前の蒼力の制御能力と出力はほぼ最上位ドラクーンとリバイツネード連中の40割増しだ。何かあった時はあいつらの事、よろしく頼むぞ」

 

「う、うん!! 任せといて!!」

 

「よし。じゃあ、今日はこれで訓練終了だ。後は諸々もの新技術体系が出てきたら、教えてやる。それじゃ、オレはこれから―――」

 

 ガシッと少女の手が少年の腕を捉える。

 

「どうした?」

 

「……もうちょっと」

 

「何かしたい事でもあるのか?」

 

「~~~甘いもの食べたい」

 

 背は高いのに上目遣いな少女のブスッとした表情に肩を落として。

 

「解った。付き合う。ガイアの中央でいいか?」

 

「う、うん!! あ、その前に御着替えしちゃうね」

 

「……お前も着替えとかするようになったんだな」

 

 聖女様が遠い目になる。

 

 ヒキコモリだった時はペットボトルが友達だった少女の言葉だ。

 

「な!? こ、これでも女王様だから、身嗜みには気を付けてるんだぞ!! ゲーム内だけだけど!!」

 

「現実でもそうしろ。というか、メイド連中から毎日同じ衣服着込む権化みたいに思われて、ローテーションする服を10着も抱えてるのはお前だけだって報告されてるんだが?」

 

「ぇう!? あ、あの服は制服だからいいの!! 神様と戦う戦闘服なの!!」

 

「夏物と冬物と春物しかなくて。差異が面積と薄さの違いしかないパーカーとTシャツとダボダボのズボンと可愛げの無い灰色のショーツと飾り気のないブラが何十着と邸宅にはあるわけだが?」

 

「う~~シュウの意地悪!?」

 

「今度、ドレスくらいは仕立ててやる。まぁ、メイド頼みだけど、お前の好みくらいは解ってるからな」

 

「ぇ……?」

 

「お前、婚約したんだぞ? 勿論、パーティードレスと花嫁衣裳は用意して貰ってる。婚約者全員の体形測ったの何だと思ってたんだ?」

 

「そ、それは言われてみれば、そうだけど」

 

「だから、必要な時くらいはめかし込むくらいの事はやってくれ。記念日や重要な式典だからって事じゃない。オレの婚約者はこんなにカワイイんだと大勢に自慢させてくれ」

 

「~~~ッ」

 

 思わず頬を染めた朱理が俯く。

 

「何も毎日ドレス着ろなんて言わないから。そこら辺は身を以て疲れると知ってるしな」

 

「シュウは……ドレス着ないの?」

 

「専用の法衣が基本的にデフォだからな。後はスーツと軍装。全部、仕事用だ。いつもそれ以外着込んでないだろ? ドレスは……ぶっちゃけ苦手だ」

 

 苦笑い少年に思わず笑みが零された。

 

「ズ、ズルイ!!」

 

「お前、男を半裸にして楽しみたい派か?」

 

「ち、違うけど!?」

 

「別に私服なんて寝間着や水着くらいだが、困ってないからいいんだ。生憎と女性陣に服なんて選ばれたら、恥ずかしさでオレが死ぬ」

 

「むぅ~~~」

 

「今後は宇宙服もデフォになるしな。さ、時間は有限だ。とっとと行こう」

 

 こうしてガヤガヤと愉し気に会話しながら2人がその場から消え去る。

 

 やがて、彼らがいた場所に到達する未発見大陸の開拓団が見る事になるのは無限にも思える程に豊富なガラスと巨大な鉱脈の大地。

 

 今も冷めやらぬ大地の奥底からの熱量に僅か歪み。

 

 ピキピキと硝子と鋼の大地が啼く場所。

 

【大硝鉱グランド・クラッド】と後に呼ばれる世界最大の鉱山都市は彼らがこの場所で一つの秘跡を見付けた事に始まった。

 

 大地の奥底に見える粗末なくらいに簡素な住居。

 

 その超重元素製のあばら家の中には予備らしき鉄剣と杖が数本。

 

 とても簡素な造りのソレらが現行技術で製作出来ない超重元素製のクリスタル凝集体である事は後々明らかになるが、何時、誰が、どんな目的で造ったのかも定かではなく。

 

 ゲーム内アナウンスにおいて伝説の武器と指定される事になる。

 

 夢と浪漫溢れる大冒険を求めて。

 

 もしくは現実で生き残る為に多くの者達が参集するワールドはこうして発展を余儀なくされていくのだった。

 

 *

 

―――ワールド内月面都市【カカンクルス】。

 

 一人の創造主と一人の女王が日常的に取れない時間を使ってイチャイチャしていた頃。

 

 世界を飛び出す事に成功した一握りの者達が立てた月面都市では大問題が立ち上がっていた。

 

「どういう事だ!? 月面裏の鉱脈が採掘不可能というのは!?」

 

 月面都市は魔法を用いる事に長けた一部の技術者達が宇宙での開拓を目論んで複数の技術者達のグループが其々の専門分野の力を持ち寄って立てた地下都市だ。

 

 ガイアから膨大な超重元素の資源供給と引き換えに宇宙基地を立てたというのが正しく。

 

 所有者もガイアという事になっている。

 

 最初期勢と近頃は呼ばれる事になった現実でも技術職や研究職をしていた彼らが魔法を用いた大量の自動化した生産ラインを用いる事で月の開拓はたった数か月で飛躍的な速度で進んでおり、一部の開拓者達は本星と月面地下間に巨大な運送用航路を敷いて宇宙開拓に乗り出す気満々であった。

 

 何故か?

 

 それが面白いからだ。

 

 純粋な仕事ではなく趣味の為に働く者こそが一番作業効率が高い。

 

 凡そ1万人が移住した月のちかとしカカンクルスは市長のようなものはいない各技術者研究者派閥の議会制で行政はガイアの官僚に丸投げという統治スタイルで好き勝手やっている。

 

 だが、プレイヤー人口が爆増している最中に持ち上がった開拓の大問題を前に議会は紛糾。

 

 多くの派閥の長達が合同で月面裏へと視察へ赴く事になっていた。

 

 彼らが乗り込んでいるのは現実のリーフボードを大型化して車両を載せたような低重力地帯仕様の移動車両だった。

 

 二十両近い編成の車両が辿り着いたのは月面の裏側。

 

 太陽の当たらない大地である。

 

 その背後を専用の暗視装置付きのゴーグルで見渡していた議員団の一部が声を上げたのは彼らの技術を以てしても月面裏の開拓が不可能という調査隊の隊長からの声を聞いたからだ」

 

「宇宙開拓に必要な魔法も物資も全て揃えたはずだ。どうして、我らが阻まれるのかが分からないぞ!!?」

 

 そう怒鳴ったのは宇宙開拓において最も重要な必須技術の一つ。

 

 宇宙放射線に耐え得る高度耐久建材を供給している建材開発ギルドのトップだった。

 

「落ち着いて下さい。ギルドマスター。まずは此処まで連れて来られた意図を聞きましょう」

 

 秘書から諫められた40代の男がギルドが送り出した調査隊の隊長を睨む。

 

 まだ30代程の褐色肌に銀色の髪をボブカットにした端正な顔立ちの男が息を吐く。

 

「議会でも証言しましたが、まずは遠方に置いたマーカー地点をご確認下さい」

 

「ああ。見てやるとも。何が問題だ? どうして我々を連れて来た?」

 

 議員団が遠方にマーキングしてある魔法の旗の方を見やる。

 

 凡そ数十kmのクレーターの外延を廻っていた車両群の視線の先。

 

 クレーターの外延部の先の先で何か紅いものが暗視装置にもハッキリと立ち昇っているのが見えていた。

 

「何だ? 炎の柱のような……輝きの塔? アレは自然現象なのか?」

 

「議会でとにかく来て欲しいと言ったのはアレのせいです。ちなみにギリギリまで接近した無人機による偵察映像はこちらに用意しております」

 

 議員団が小型端末を渡されてディスプレイを見やる。

 

 すると、彼らは目を見開くしかなかった。

 

 巨大な塔。

 

 いや、剣の切っ先のようなものが天を突いていたからだ。

 

 ソレは光の中でそそり立ち。

 

 同時に何かを切り裂いたかのように僅か天頂部が欠けて罅割れていた。

 

「これはダンジョン、なのか?」

 

「今のところは分かりません。ただ、システムメッセージにおいては×××××という表記で名前が公開されておらず。調査隊は分隊を派遣しました。こちらの映像を更に17分まで進ませて下さい」

 

 彼らの言う通りにした彼らは映像を取っている無人機が調査隊の分隊が周辺に到着したのを確認して、これから調査が行われるのだろう……と思っていた。

 

 だが、次の瞬間。

 

 バシャッと月面に紅いものが飛び散る。

 

 そして、急激に溶けたというよりも完全に弾けたと言うべきだろう肉片骨片一つまでもが微細に砕けた人間だったものが周囲を汚して―――。

 

「うぷッ!?」

 

「こういうわけです。その後、複数の無人機を飛ばして確認したところ……この巨大な塔のような剣染みたものの周囲30㎞では特殊な効果が付与されている事が分かりました」

 

「特殊な効果?」

 

「ええ、物質の結合を崩壊させる代物です。崩壊現象は距離に比例して弱まりますが、効果範囲に入って5分で分子結合の7割、10分で完全に結合力を失って崩壊します」

 

「な、ならば、逆におかしいではないか!? あの塔自身は例外だとしても地面や石ころはどうなんだ!?」

 

「それが人工物にのみ作用すると思われます。生命体は自然物とは見做されないと今のところは判断出来ます」

 

 無人機が各種のカメラで遠方から確認されている映像が複数。

 

 それの時間が早回しになると次々に無人機が分解されてサラサラ砂状になっていく。

 

「ダンジョン探索用のチームに対抗する魔法を掛けて送り込むのではダメなのか?」

 

「言っておきますが、先程即死した彼らはゲームから降りました。さすがに粉々にされた場所には二度と近付かないでしょうね」

 

「それは……そうだとしてもだ」

 

「そもそも物理学専攻の方々から対応を聞いたところ……物質脆化と呼ばれる現象が起きている可能性があると。この脆化は恐らく物質そのものに働くものであり、その干渉作用を遮断するにはまだ発見されておらず、アンロックが確認されていない原子物理学干渉用の魔法が必要だと」

 

「技術ではどうにもならんのか!?」

 

「はい。今、新規の技術者の方々にこういうのをどうにか出来るヤツはいないかと声を掛けているところですが、物理事象の定理そのものに干渉しているような節がある場合、定理そのものを弄れる魔法か技術が必要で、その技術は生憎と帝技研が持っている機密か。もしくは持っていなくて研究している最中か。少なくとも公的には確認されていないとの事です」

 

「あ、あそこを避けて採掘は出来んのか?」

 

「水資源は今の地下空洞から産出しますが、重要な鉱物資源の大半はあの場所の周囲が最有力です。衛星写真からの情報でもほぼ間違いなく。他は掘削可能ではありますが……」

 

 再びディスプレイの映像が切り替わる。

 

「問題はこの後に無人機を可能な限り投入してあちこちを確認したのですが……」

 

「ッ―――何だと!? このマーカーの数は!? まさか!!?」

 

「ええ、同じ構造物が月面裏で大量に埋もれている可能性が高いです。ただ、幸いなのは埋もれている限りはどうやら周辺への影響は大きくないらしく。効果範囲が極めて小さいという事でしょうか」

 

「月面裏の開発計画には多大な投資を予定していたが、これでは不可能か……」

 

 ディスプレイに示された月面裏のマーカーの数は数百を超えていた。

 

 無論、地下資源採掘用のポイントは駄々被り。

 

 どう見ても安全な採掘地は無い。

 

「そもそもだ。あのダンジョンらしきものは何なのだ……」

 

「一応、高速の無人機で入り口を探しました。どうやら根本に入り口があるようなのですが、入って数秒で崩壊。内部映像には人工物だろう機械的な通路も確認しました」

 

「つまり、入れる者がいた前提でいいのか?」

 

「はい。ゲーム内に攻略不能なダンジョンは造られないでしょう」

 

「つまり、将来的に開放されるかもしれない魔法やスキル、もしくは開発される技術で干渉を跳ね除けて進むしかないわけだな……」

 

「一応……一部の派閥の方々から分子レベルで自己再生する無人機を作って遠隔操縦して攻略する案が出されました。原始的な通信機を大量に消費しての物量作戦。もしくは有線で……」

 

「開発にはどれだけ掛る?」

 

「機械類に精密部品を使えず。自己再生しながらとなります。専用機の開発は恐らく……ゲーム内時間で3ヵ月程……」

 

「現実で4日か。待てない時間ではないが……」

 

「まぁ、開発しても詰めるエネルギーには限界がありますし、恐らくダンジョン最奥までは難しいでしょうね」

 

「ゼド機関さえあれば……」

 

「ゼド機関の内部構造は未だリセル・フロスティーナにおいてはトップ・シークレットですし、その恩恵が無い以上、エネルギーは有限です。魔法も無限のエネルギーは生み出せない。短期的には現行技術で工夫して研究職が真っ当に研究をする以外無いでしょう」

 

 隊長の言葉に僅か黙り込んだギルドマスターであったが、ポツリと呟きを零す。

 

「……無限ではないが」

 

「?」

 

「現実に超高出力エネルギー発生装置に付いては当てが一応ある」

 

「本当ですか?」

 

「ああ、あるのだ。電子機械的な複雑さが要らない。簡易な造りのものがな」

 

「そんな技術ありましたか? 過分にして存じませんが……」

 

「君は内燃機関は知っているか?」

 

「え? ええ、確か核融合炉研究や原子炉研究の成果が現実の宇宙開発でも使われているとか」

 

「ああ、小型化した内燃機関の表向きの顔はな」

 

「表向き?」

 

「アレらの大半は技術的にはもう可能だが、ゼド機関程の安全性が無く。リスクも高いせいで予備的な扱いだ。だが、内燃機関においては超重元素を用いた【超蒸気機関】オーバートップと呼ばれる機関の開発が大陸の一部地域の水面下で行われている」

 

「オーバートップ?」

 

「簡単に言えば、超重元素を完全にエネルギーへと還元する燃焼還元機関だ。水素と酸素の蒸気に混ぜてプラズマ化させ、蒼力の原理を利用した原子分解で爆縮、利用可能なエネルギーへと変換する」

 

「そんなものが? 蒸気機関は知っていますが、殆どは化石燃料とか言う地下堆積物を使うのですよね?」

 

「ああ、だが、コイツは超重元素を消費すれば、現行で可能な新型核融合炉の数百倍以上のエネルギーを取り出せる。燃料となる超重元素次第では数万倍にもなるとの事だ」

 

「そ、そんな技術が……ですが、この世界には蒼力なんて。いや、そうか。つまり、魔法でも可能だと言うわけですか?」

 

「ああ、一度現象として出力してしまえば、エネルギー化の反応は連続して続くと聞いている。そして、この技術の多くはリセル・フロスティーナにおいて機密指定されていない」

 

「理由は何です?」

 

「ゼド機関による電力供給以上の安定度と危険性の無いシステムではないからだ。それに超重元素を燃焼還元して使う為、採算的にはゼド機関のせいで完全に赤字だ。更に言うなら、超重元素が限りある埋蔵資源である以上は……」

 

「貴重な超重元素をリサイクル出来ない?」

 

「今ですら日常的に使われている殆どの超重元素がリサイクルで最精錬された代物だ。リセル・フロスティーナ加盟国の加盟条件でもあるしな」

 

「ですが、こちらならば?」

 

「ああ、そうだ。此処に現実の法は無い。パテントも現実で利益を出す代物ではない以上は利用可能だろう」

 

「ならば、それで自立型の探査機を?」

 

 ギルドマスターの男が僅かに俯く。

 

「だが、一つだけ問題がある」

 

「そう上手い話はありませんか」

 

「ああ、パテントも法律も問題無い。だが、技術に取得制限は掛かっていないとしても、最新の研究成果をゲームに持ち込んで欲しいと言って、研究開発機関が首をすぐ縦に振ってくれると思うかね?」

 

「ああ、それはそうか。研究機関でも買収します?」

 

「ははは、冗談も休み休み言いたまえ。知っている限り、現在の研究開発している機関群は全て民間団体な上に既存の研究開発費だけで年平均1兆パレルを超えていると聞く。その大半がリセル・フロスティーナからの補助金だ。研究開発資金のスポンサーとして入り込める余地などあるまいよ。元々からもしもの時の文明崩壊を見越した緊急時に使う技術との事だ」

 

「つまりは一般に開示してくれる可能性は0なわけですか」

 

「パテント登録されていない技術もあるだろうし、全体的には社会の基幹技術の予備に過ぎん。ゲーム内だからと善意で公開してくれるとは思えんな」

 

「なるほど。ちなみにどれくらい出資すれば、技術は使わせて貰えるんでしょうか?」

 

「最低3割くらいか? それでも10億程度じゃまったく足らんな。一つの研究所で最低30億からがラインだろう」

 

「分かりました。何とかして見ましょう」

 

「は?」

 

「実は結構リアルだとお金持ってまして。この場所にいる人材にカンパを募ってみるという案でどうでしょうか?」

 

「……予算的には足りるかどうかも妖しいが」

 

「何事もやってみるべきでしょう。こうして未知を開拓するのはロマンですよ。ロマンに金を払うのは余裕のある人間の醍醐味では?」

 

「フン。若造が……夢のある事を……いいだろう。議会に掛けてみよう。各々方もそれでよろしいか!!」

 

 今まで会話を固唾を呑んで見守っていた者達が大きく頷いた。

 

「劔の迷宮……とでも命名するか。あのダンジョンは必ず我らカカンクルスの力で踏破しようではないか!!」

 

 気炎を上げる議員達が大きく頷いた。

 

 ロマンには何事も敵わない。

 

 憧れや好奇心は大いなる原動力なのだ。

 

 このような月にすら来てしまう変わり者達がこんな現実のような障害の前で止まるわけもない。

 

 何故ならゲームとは愉しむ為にあるのだから。

 

 そこに妥協していては現実と何も変わらないと彼らは知っていたのである。

 

 *

 

―――ルイナス中央最下層区画【聖女の館】。

 

「ブランジェスタ生徒会長!! み、見て下さい!? メ、メイドさんがあんなに一杯いますよ!?」

 

「ほ、本当だ。ウチは数人くらいなのに此処は数十人以上雇っているみたい」

 

「すごいですわ!! やっぱり、聖女殿下の御自宅だわ!?」

 

「貴女達、はしゃぐのはいいですが、声は低めにね?」

 

「あ、は、はい!? すみません。生徒会長。あ、あんまりにも感動してしまって……」

 

「ふぁ~~~姫殿下のお住まいに為っていた史跡を模した作りなのですね」

 

「あ、あれが姫殿下にお仕えする東部から迎えた一族の方なんですね」

 

「確か家政学のスペシャリストで戦闘もこなせるスゴイ方達なんですよ」

 

「ぅ~~~侍従の方達の働きぶり。とっても美しいですわ~」

 

 ガヤガヤと20人前後の年頃の少女達が姦しくルイナスの聖女の寝床となる館にやってきたのは午前中の出来事であった。

 

 アバンステア女碩学院の生徒会は生徒会長、副会長、経理、広報、雑務、それと各委員長と副委員長を合わせた議会式の組織である。

 

 現在、そのトップに立っているクリーオは学院を仕事で休みつつも大陸東部での仕事が終わって以降はリバイツネードで昇格し、隊長を務められるだけの役職に付いていた。

 

 しかし、ここ数日。

 

 帝技研の引っ越しにリバイツネード側の人員として駆り出され、更にルイナスへと居住する研究者達の護衛として任務に従事していた。

 

 そんな彼女が生徒会の面々を何故引き連れているんかと言えば、理由は社会見学であった。

 

 本来は生徒会長が社会見学先を調整して、生徒会は生徒会単体で社会見学に向かう予定だったのだが、リバイツネードの唐突な仕事で調整している暇が無く。

 

 ならば、生徒会長の働きぶりを見るのが社会見学に最も適していると満場一致で決まったらしい。

 

 こうして、遥々帝都から1日も掛けて噂の移民都市国家へとやって来た一同はクリーオの後に付いてヒヨコか鴨のようにルイナス中央区画を散策する事になっていた。

 

 帝技研の一部研究者達の住まう場所は正しく聖女の館のすぐ近くだったからだ。

 

 今も館で働く自分達と同じ年頃の少女達や女性達の働きぶりに彼女達は目を輝かせている。

 

 侍従役のメイド達がテキパキと館の仕事をこなす様子を庭先から見てワイワイしていたのである。

 

「あ、あれは!? ま、ままま、まさか、姫殿下の御婚約者の方である女竜騎士ノイテ様とガラジオンの王位継承権を今も持つデュガシェス姫殿下ではありませんか!?」

 

「ほ、本当だ。ふ、普通にお洗濯もの持ってる……!!」

 

「あ、あちらは国土地理院に銅像が立ってらっしゃる現代気象学と地質学の基礎を築いたアテオラ嬢ではありませんか」

 

「ああ、本当です!? 歴史の教科書で見たままですよ!?」

 

「ああ、あちらは姫殿下を皇国の暗殺者として狙いながらも、姫殿下の御心に触れて改心され、姫殿下の侍従として主従の誓いを立てたイメリ様ではないかしら? 秘書役としてお名前とお顔が載っていたし、紙芝居に出ていたはず」

 

「あ……フェグ様よ!!? フェグ様だわ!? 帝都からこちらに移り住んでいたのね?! ああ、我ら帝都の守護竜フェグ様!! 嘗て皇国の奴隷に身を落し、姫殿下に命を救われ、そのお力を賜った古代竜すら超える真なる護り手!! 姫殿下の御為に数十年も帝都の要所を守護し続けた護国の竜!! 忠義の乙女ですわ!?」

 

 生徒会メンバーの目がキラキラと憧憬混じりにお仕事中のメイドと眠そうに中庭の東屋のテーブルで眠っているフェグに向けられた。

 

 彼女達にしてみれば、館は完全に御伽噺の中である。

 

「きょ、今日は皆さんの為に姫殿下と昼食を共にする約束をしております。どうか気絶したり、捲し立てたり、品の無い行為はどうか謹んで下さいまし。いえ、本当にお願いよ?」

 

 最後はかなり不安になりながら、半ば懇願した生徒会長である。

 

 クリーオは半ば押し切られた自分が悪いので今日中は罰の悪い顔になるだろう。

 

 ここ数日はかなり落ち着いて来ていたとはいえ。

 

 それでも嵐の前の静けさであり、聖女当人も何処か緊張している様子だと友人となった婚約者陣から色々と聞かされていたのだ。

 

『はい!! ブランジェスタ生徒会長!!』

 

 こうして昼間でまた別の区画を回る事になったクリーオ御一行様達を見送ったデュガ達は学校って大変なんだなーという感想を抱きつつ、心なしか緊張が解けた様子で仕事を放りだしつつ、東屋に集まる。

 

「ぁ~~緊張したぞ。クリーオが働いてるところ見せたいって言うから、別の仕事ちょっと引き受けたし」

 

「まぁ、学生の夢を壊すのもアレでしょう。我々がそもそも侍従としての働きは殆ど二の次で秘書業務の方が今は多いとか言われても絵面が地味でしょうし」

 

 デュガの言葉にノイテが肩を竦める。

 

「れ、歴史の人……」

 

「だ、大丈夫ですよ。アテオラ!!」

 

 アテオラが自分は教科書に載っていたのかと愕然としつつ、イメリが何が大丈夫かも定かではなくとも宥めておく。

 

 それはそうだろう。

 

 50年後でいきなり教科書に載ってる偉人扱いされるのはまだしも、歴史扱いされては自分はおばあちゃんと言われた気分にもなる。

 

「あ、ミクスだ」

 

 ノソノソと姦しい少女達が掃けた後に館の背後から人が乗って移動出来そうな大きさの獣がやってくる。

 

 蒼力と緑炎光を操る獣はミクスと名付けられてから、聖女と共に行動を共にしているが、大抵は館をねぐらにして、好き放題に周辺地域を駆けている走り屋として多くの仲間達から認識されていた。

 

 特殊な能力を操る為、自己の姿形を可変し、色まで変わる獣は本日裏手の番犬小屋……という名のいつでも水浴び出来る裏庭のプール横に設置した東屋からノソノソと灰色の狼スタイルで出て来ていた。

 

 あんまり奇妙な姿だと誰かに説明するのが面倒だからと聖女が頼んで姿を変えさせているのだ。

 

『お前らか。騒がしいのは行ったな?』

 

「また戻って来るぞ。それで周辺どうだ?」

 

『あいつが眠っている間に何か来た様子は無い。ただ、月の方が騒がしい』

 

「月?」

 

『何か来るとすれば、そちらからだ。しばらく散歩に出掛ける』

 

 イソイソと獣が庭の柵を飛び越えて跳躍すると虚空で溶けるように透明化して消えて行った。

 

「あいつ、愛想無いよなー」

 

「獣だからというよりは走る事以外には左程興味が無いと言うべきかもしれません。ある意味、フェグに似ていると言えますね」

 

「あふ……ご主人様起きたー?」

 

「まだ寝てるぞー」

 

「おやすみー」

 

 デュガの言葉で再びテーブルに突っ伏し、竜の鱗の少女はスヤスヤと寝入り始める。

 

「それにしても……シュリーもフィーみたいになったって言ってたけど、大丈夫かな?」

 

「大丈夫でしょう。当人が一番真っ当に準備をさせる以上は……」

 

 ノイテが肩を竦める。

 

 基本的にフィティシラ・アルローゼンが怖ろしく過保護である事を知らない家の人間はいない。

 

 限界まであらゆる危険を排除し、理想環境や理想の準備を行わせる事に心血を注ぐ聖女様は何をしようが想定内にする為にあらゆる努力を怠らない。

 

 つまり、今その人に直々に訓練されている朱理に万が一が起るならば、それは少なからず聖女にすらどうしようも無かったと言い切れる事なのだ。

 

「基本、全然戦わせてくれないしなー」

 

「ですが、戦闘能力だけなら、50年前なんてもう遥かに凌駕しています。今や我らもドラクーン準拠。いや、それ以上だと言うのに……信頼や信用は別物という事でしょう。我々を戦えるようには鍛えるものの、我々に経験を積ませる事すらも技術でカバーする辺り、最後まで危険な場所からは遠ざけるつもりですね」

 

「最前線で一緒に戦いたくてもフェグやウィシャス並みじゃないとダメって言われるしなー」

 

「仕方ありません。あの未来すら見てるらしい聖女様が我々をそう使うのならば、それはきっと本当に心底、未来の果てまで連れて行きたくての事でしょう」

 

「……ノイテって案外フィーの事、解ってるよな」

 

「これだけ秘書役で一緒に仕事をしていれば、そうもなります」

 

「実は時々、ちゅーをねだってるしな♪」

 

「ゲホゴホ!?」

 

「え、ノイテさん。実は案外……」

 

 イメリが驚きながら、ちょっと意外そうに呟き。

 

「ちゅ、ちゅ、チュー?! お、大人ですね!?」

 

「リ、リリもそう思います!?」

 

 アテオラとリリがオトナー!!という顔でノイテをちょっと好奇心に頬を染めながらジ~~っと見ていた。

 

「デュガ……」

 

「セーカとエーカが言ってたぞ。大人組みはちゅーくらいするもんやでーって」

 

「そ、そう言えば、あの2人は?」

 

 隙を逃さず話題を変更する大人なノイテである。

 

「あの2人は今、シュリーとフィーが入ってるゲームしてるぞ。ボウケンやーボウケンだよーって、あのごじゃるを引っ張って行ってた」

 

「そうですか……我々もそろそろ迎えに行きましょう」

 

「お、そうしよそうしよ~」

 

 こうしてメイド達はフェグをズルズルと襟首を掴んで引き摺りながら館の主人の寝室へと向かうのだった。

 

『………(ごくり)』

 

 それを館の上空で光学迷彩を用いたドラクーンの黒鎧で警備しながら聞いていた青年はちょっと聞いてはイケない乙女の会話を聞いてしまってモヂモヂし、そんな自分を館のテラスでジト目で見ている同僚に気付いて顔を蒼褪めさせた。

 

「覗き魔?」

 

 ジークの瞳には敵味方識別用のゴーグルが付けられており、警備任務中は仲間の事など位置も含めて丸見えだ。

 

『ゲフ?!』

 

 世の中には知らない方が良い事もある。

 

 そう気付いたドラクーン見習いなのだった。

 

 *

 

―――ヴァーリ機密区画ニィト氏族長私室。

 

「ルシャさん。引っ越しの準備出来ましたよ」

 

「ああ、本当にありがとうございました。ユイヌさん」

 

「いえ、僕の親友が御迷惑を掛けた以上はこれくらいさせて下さい」

 

「ふふ、それにしても助かりました。ヴァーリを……ニィトの地を離れる事になるとは……」

 

 現在ニィトの学部内に置かれた居住区画は元々が女子寮男子寮を改良したものだ。

 

 そこは子供達と氏族長が纏めて使い。

 

 残る大人達とまだ手の掛かる盛りの子供達は幾つかの学部の教室を改装して使っている。

 

 50年後になってから帝国陸軍から大量の支援物資と資材が送られて来て、すぐに現代式の建材で改修が加えられたニィトは完全に要塞化され、同時に多数常駐するようになったドラクーン達と共に住まいながら、ヴァーリ市街地の本格的な再建に向けて動き始めていた。

 

「お二人ともおりますか。迎えの船が来ました。荷物は共に運んでくれるそうで、指定位置への集積も完了しています。後は手荷物のみでルイナスまで赴けるかと」

 

「ラニカさん。ありがとうございました」

 

 ルシア。

 

 ヴァーリの現国長にして本日からはヴァーリの統治議会に政治を任せる事になった彼女が私室前に来たラニカに頭を下げる。

 

「いえ!? お顔を上げて下さい!? 畏れ多いですよ」

 

「ユイヌさんにお聞きしたのですが、家柄的には私の方が頭を下げるべきでは?」

 

「あ、はは……嘗ての世界ならそうでしょう。でも、あの方の前で家柄を持ち出す者はいないのでは?」

 

「そう、ですね。50年……ですか。まだ数年前なのに……あの人は世界を変えてしまったんですね」

 

「ルシャさん……」

 

「父に議会は任せて来ました。仲間達もまたヴァーリの復興と同時に世界の危機を前にしてニィトとマガツ教授が必要である事も理解してくれた。肩の荷が下りるというのは寂しいものみたいです」

 

「それは分かるかもしれない。でも、まだ僕らには彼の……あの親友の行く末を見る仕事。いや、あの未来に疲れてそうなヤツの傍で尻を叩く義務が残ってる」

 

「ふふふ、ええ……そうですね。そうかもしれません。いきなり婚約しろだの、10人くらい婚約者になるけど、お願いしますだの……もう父や他の人達のあんな顔は拝めないでしょうね」

 

「は、はは、まぁ……姫殿下ですので」

 

 ラニカが女性陣二人組の言葉に視線を逸らせた。

 

 その時、ラニカの後ろに車椅子の音がして。

 

「ようやく準備がお出来に為りましたな」

 

「ザグナル。体は良いんですか?」

 

「ははは、姫様。このザグナル。まだまだ死ねんとドラクーンの若造共に愚痴っていたら、ほれこの通り!!」

 

 今まで老いぼれて、そろそろ寿命だと医者から言われ、車椅子生活ながらも姫様の護衛者を育てると少年を鍛えていた老骨が立ち上がる。

 

「ザグナル?!」

 

「御老体。まだ、話していなかったのですか?」

 

 ラニカが呆れた様子になった。

 

「どういう事だい? ラニカ君」

 

「ああ、いえ、実はドラクーン用の薬を分けて欲しいと言われまして。姫殿下に連絡を入れた後、取引したとか」

 

「取引?」

 

 言ってる傍から立ち上がった老人が枯れ木そのものだった脚で立ち上がって、しっかりした足取りでルシアの方に手を掛ける。

 

「どうですかな? まだまだ現役らしいでしょう? 姫様」

 

「―――ザグナル。貴方……」

 

「彼に泣き付きましてな。今のヴァーリには戦える者があまりにも少ない。確かにドラクーンとやらは強い。だが、我らは未だ古い時代の人間……彼らではなく。我らの子らが生き残れる程に強くなるまで鍛えねばならないと。そう思っております」

 

「彼に?」

 

「ええ、しばらく死ねない体にして頂きました。無論、未だ大陸には危険が迫っており、ヴァーリもニィトもその中でも彼が言う敵には狙われ易いとの話。民の避難や陣頭指揮を執る超人が1人位は必要でしょう」

 

「―――私が」

 

「おっと」

 

 人差し指が僅かに俯いたルシアの唇の手前で制止する。

 

「それ以上は無しですぞ。そもそも我らはニィトの彼と仲間達に救われた身。でなければ、滅んでいたのですから……何もかもが今更というものですよ」

 

「でも……」

 

「時代が変わっても女一人に全てを任せておける程、老いぼれた男にはなりたくない。というのが本音でした。それがまだ老骨にも戦う術があると言うのなら、人らしい死に方が出来ずともこの老いぼれは……本当に幸せです」

 

「ザグナル……」

 

「それくらいにしてやってくれ」

 

「お父様?」

 

 ザグナルの背後からやって来たのは前氏族長にして現ヴァーリ議会の議長を務めるルシアの父レンその人だった。

 

「死ぬのは怖いが、何より怖いのは何も果たせぬ事だ。それはお前にも分かるはずだ。ルシア」

 

「……はい」

 

「彼が進めた時代が、彼が進めた世界が、ヴァーリの外にも広がっている。子供達にも戦う以外の選択肢を示せるだけの未来を選ばせてやれた。此処に残る者も多いが、大陸のあちこちに留学したり、研修に行ったり、それでも故郷に多くが戻って来る。嘗てならば考えられん程に恵まれた状況だろう」

 

「ですが、危険も……」

 

「ああ、あるんだろう。だが、ヴァーリはもう孤立無援ではない。それにこの世界、星と言うのだったか? この大地そのものに危機が訪れていると言うのならば、我らもまた当事者として戦わねばならないはずだ。ニィトの彼らが我々を助けてくれたように……」

 

「ッ、はい!!」

 

「お前を嫁に出す時、泣くと思っていた。だがな。笑って送り出せるとすれば、それは父親として……何よりも嬉しい事だ」

 

「っ」

 

 ルシアの瞳の端から雫が零れ落ちていく。

 

「ヴァーリとニィトの事は任せろ。お前はお前にしか出来ぬ事を、我らが見れぬ時代を、世界を、彼の行く末を……どうか最後まで見て来てくれ。それが我らの願いなのだ。ルシア」

 

「―――はい!!」

 

 抱き着いて来た娘の頭を撫でながら、父親は頭を撫でる。

 

 多くの苦労を掛けた娘の門出に幸あれと。

 

「リーオ!! この孝行娘の護衛任せたぞ!!」

 

「勿論です!! 邦長。あ、議長!!」

 

 今まで議長であるレンの護衛に付いて遠巻きにしていた少年がやってくる。

 

「さ、船をあまり長く待たせるな。いや、お前の未来の夫を待たせるな。婚約者の数には色々と言いたい事はあるが、まずはガツンと言ってやれ」

 

「っ、はい!!」

 

 そんな親子の様子を見ていた周囲がさぁさぁと涙を振り切らせるようにルシアを連れて外側の通路に向かう。

 

 それに見送りに出た残る側であるレンとザグナルは空飛ぶ船の発着場と化した山脈の上にニィトに残っている全てのヴァーリの住民がいる事を確認した。

 

 やって来ていたのはアルクタラース。

 

 最新鋭の軍艦にして今はお祝いムードに包まれるフォーエの城であった。

 

 その艦長その人が開口した後部ハッチの下には立っており、持って行く家財道具一式やらニィトから運び出された諸々の物資の搬入作業の終了にサインしている。

 

「娘をよろしくお願い致します。フォーエ艦長殿」

 

 レンが握手を求め。

 

「こちらこそ。これからよく会う事になる仲間を迎え入れるのですから、しっかりと送り届けさせて頂きます。レン議長」

 

「よ、よろしくお願い致します」

 

 ルシアが頭を下げる。

 

「彼女に……いえ、彼に文句を言いに行く時は是非教えて下さい。いつも何処かしらを飛び回るのに忙しいですから。一緒に『少しは落ち着いていられないのか!!』とでも」

 

 その言葉に周囲が思わず苦笑していた。

 

「ぁ、はい!!」

 

 ルシアの笑顔に誰もが笑いながら、乗船する者達に残る者達が手を振ってハッチが閉じられていく。

 

 それを見上げて、手を振っていた白衣の無精ひげが1人。

 

「寂しくなるな。だが、これで……あちらも最低限度の準備が整う」

 

 イソイソと研究室に戻っていく。

 

 アルクタラース内へと搬入した資材は彼がようやくやり終えた仕事の中身。

 

 そして、1人の聖女に対して彼が今持てる全てを用いた最高の成果だった。

 

 大ナフティア時代。

 

 蒼の総歴が終わり、新たな歴史へと向かう黎明期。

 

 ナフティア……一組の男女が起こした一つの王国から始まる人類の繰り返す世界の終わりがこうして幕を開けていく。

 

 滅びの名を持つ都市ルイナスに艦が入港して数分後には大陸を駆け回るだろうスキャンダルが衆目と多くのルイナスに潜伏するシャッターチャンスを狙うジャーナリスト達に激写されるだろう。

 

 題名はこうだ。

 

【聖女殿下!! 最後に入居した婚約者の方に『婚約者多過ぎ!!』と笑顔の平手を喰らってしまう】

 

 激写されたスクープ2枚の内の1枚を検閲された事は記者達には苦しい話だった。

 

 何せ姫殿下の接吻という特大のネタだったのだから。

 

 平手を喰らっても愛され器質な聖女様という演出が不可能になったので文章のみで描写する事を強いられた記者やカメラマン達は仕方なく画家に頼む事にしたが、それでも反響は絶大だった事は言うまでもない未来の話だった。

 

 *

 

―――帝都大闘技場。

 

 帝国における最も優れた娯楽として嘗て持て囃されたのはやはり戦いだった。

 

 だが、奴隷を戦わせる奴隷拳闘が無かった上に基本的には盛り上がりに欠ける刃を潰した剣技によって興行が行われていた。

 

 しかし、この数十年という間に極めて進んだ戦闘用の諸技術の進展と巨大建築が必要不可欠な避難先として造られ続けた結果。

 

 二つのものが世界には齎された。

 

 一つは巨大で頑丈な建造物の建築ノウハウ。

 

 一つは安全に人を戦わせる事の出来るシステム。

 

 この二つによって実戦に限りなく近い戦い。

 

 これを興行的に楽しむ事が出来るようになった。

 

 結果として拳闘、剣闘と呼ばれていた剣技や格闘主体の戦い。

 

 更に銃闘と呼ばれる新規武器を用いる遠距離戦主体の戦い。

 

 最後に真闘と呼ばれる蒼力を主軸とした一部の超常の力やバルバロスの能力を用いた戦い。

 

 この三つが大陸各地では分類的には娯楽の一つとして流行。

 

 アウトナンバーとの戦いに向けて戦える人材の補充の意味合いも兼ねて、各地域では三戦と呼ばれて数十年の間親しまれて来た。

 

 今ではその三戦を束ねた戦闘競技はゼド語で至高を意味したとされる“スペリオル”の名を冠して総合戦闘競技として普及。

 

 巨大なフィールドを競技場内部で設営して行う一大イベントとしてリバイツネードの巨大な利権の一部として運営されている。

 

 帝都は世界最高の舞台。

 

 広がり続けた都市の果て。

 

 中央から程遠い山岳部近くにその巨大構造物は置かれていた。

 

 帝都大闘技場。

 

 こう呼ばれるのは全長2kmの円形闘技場だ。

 

 怖ろしく広い内部は端から端まで走っても数分掛る。

 

 もしもの時にはアウトナンバーの被害を受けた場合に避難民の1割近くを受け入れる場所として整備されており、街一つがすっぽり収まるような広い敷地には広大な石畳が敷かれていて、闘技場内部は熱気に包まれていた。

 

 大陸各地から集まる若年層未成年クラスはリトル・ミドル・ハイの三部門で7歳から12歳、13歳から16歳、17歳から20歳までにクラス分けされている。

 

 無差別級は年齢不問。

 

 また団体戦有り。

 

 これで技と力と頭脳を激突される若年層を護るのが蒼力による加護である為、人々に人間以上の力を安全だと錯覚させて普及するプロパガンダの側面も併せ持つ。

 

 年に3回行われる大闘技場を用いたスペリオルのイベントは帝都でも人気だ。

 

 他には帝都民体育館兼実技用訓練場として会場自体も長らく愛されている。

 

 主に最新の民間で許されたレギュレーション、そのギリギリで運用される武器弾薬及び戦術や技術の見本市でもある為、過激さは随一。

 

 大陸が時間障壁の格差を失った昨今。

 

 続々とあちこちの地域から出場を果たした集団は今年初めて全ての地域からの参戦を受けたという事で帝都でも歓迎され、聖女御婚約というお祝いムードの中、神前試合染みて気合を入れる者達で溢れ返っていた。

 

「……久しぶりだね。マルカス局長」

 

「ああ、久しぶりだな。黒騎士殿」

 

 帝都で恐らく最上位ドラクーンをダース単位で相手に出来る化け物が2人。

 

 並んで座る座席は玉座の如く最上階の見晴らしの良い場所にあった。

 

「リバイツネードの改組は?」

 

「順調だ。今まで暇を出していた全ての構成員に教師役もしくは教育関連の職に就けと古い契約を盾に約束は取り付けた」

 

「これからゲーム内の子達が押し寄せて来る。若年層が一番多いだけで大人もね」

 

「まったく、大陸全土の殆どの人員に教師役を兼務させる事になるとはな。あの聖女め……我らを過労死させたいと見える」

 

「いいじゃないですか。今まで暇を持て余してきた貴方達が力の使い処だけで何百万という生徒を持つわけで、力の有効活用ですよ」

 

「フン。向いている者は子供から大人まで新規に教師役用の知識を薬で詰め込んでいる有様だぞ? 薬や蒼力による記憶諸々の加工が可能だからまだやれているが、まさかヒヨコに卵の面倒を見させる事になるとはな……」

 

「これからは人類の半数以上がスタンダードとして蒼力を用いる事になります。差別対策だの何だの一番面倒なところは帝国陸軍情報部が受け持つ以上、そう言わないで下さい」

 

「新規バルバロスを毎日数千爆破している連中もこれには困り顔だろうな」

 

「優秀な人材の登用が進めば、楽になりますよ」

 

「帝国人と他国人では人材の質と量がやはり違うのだ。殆どの教師役は帝国出身者で固められるだろう。自然にそうなる……もしも、我らが教育機関でなければ、まったく人類の大半を教育しろと言われて対応も出来ずにいただろうな……」

 

「各地域のリバイツネードのチームはそれなりにやれそうですが? 質がそんなに低いですか?」

 

「戦闘職は多い。だが、教導職に付けるだろう人材は一握りだ。小隊長、中隊長、大隊長までは何とかなるが師団規模は出来そうにない凡人が大多数。基本は帝国の資質のある者を付けて運用するしかない」

 

「戦場では合理的に運用出来なければ死にますし、そこは仕方ないでしょう」

 

「変わらず戦略単位は帝国の仕事だ。資金源でさえなければ、こんなところで油を売っている暇は無いのだがな……」

 

「息抜き、ガス抜きは必要でしょう。昔と変わらず」

 

「フン。あの聖女殿が帰って来てから随分と饒舌ではないか」

 

「宇宙で1人情報を集めている時よりはそうもなるとだけ」

 

「それで? ゲーム内からの目ぼしい連中は?」

 

「ゲーム内の強者枠でチームを一応組ませました。使う機材は最新の蒼力再現用【D-ACT】と其々にゲーム内の武器のみ。検証結果は送りましたが……まぁ、彼らのような人材だけで教導枠で何師団かは組むべきですね。いや、実際には教導というよりは兼務になる技術試験部隊として、ですが……」

 

「そちらがそう評価したのだ。異論はない。始まるぞ」

 

 2人の男が視線を向けると実に5万人にも及ぶ参加者達が整列していた。

 

『ほ、本日は誠に御日柄も良くこの大闘技場にようこそお越し下さいました。アウトナンバーの脅威が衰え、同時にまた新たな脅威が迫る大陸において、それでも嘗てよりも多くの人々が集い。全ての地域、全ての国家から参列した選手観客並びに運営者がいるという点において本大会は今後も語り継がれる初めてにして伝説のスペリオルとなるでしょう』

 

 聴衆がその言葉に新しい時代の始りを感慨深く見つめる。

 

『此処から人々が願った甘美なる共演の時が始まろうとしています』

 

 大会の中央の演台に立っているのはリバイツネードから出された歳若い女性の司会者であった。

 

 タイトなスケジュールをこなして開催に漕ぎ付けたリバイツネードの大会運営者らしく……化粧で隠してはいたが、スーツ姿の彼女の目元にはクマが浮いていた。

 

『人類の斜陽は未だ止まっておりません。ですが、此処に集い。一つの事を成し遂げようと切磋琢磨する若者が、多くの大人達が、傾けた情熱と努力があれば、人は宙に向かって尚高く。果て無き世界を羽ばたいて行ける事でしょう―――本日は特別ゲストをお招きしました。どうぞ』

 

 その時、多くの者達が見たのは一人の少女だった。

 

 今まで何処にもいなかったはずの少女がフードを剥いで顔を見せ、大人びた横顔のままに登壇する。

 

『ありがとう』

 

 マイクを司会から受け取り、その司会の少女がガクブルしながら頷く機械と化して消えていくのに苦笑しながら、聖女と呼ばれた存在が登場する。

 

『昔……50年以上前の事です。帝都の男の子は騎士様ごっこをして遊んでいました。女の子はおままごとをしていたのを覚えています。わたくしが男の子にどうして兵隊さんごっこじゃないのかと訊ねたら、その時……その子は『騎士様になれば、もっと一杯お母さんやお父さんを護れるから』と……その子はわたくしに言いました。青空教室を覗いた初めての日の事です』

 

 誰一人、本当に誰一人数万の聴衆が何も言わずに固唾を呑んで沈黙していた。

 

 それは多くのディスプレイを見ていた者達も同じ事だろう。

 

 急激に上がった視聴率が98%になって固定化されるまでものの20秒。

 

 それは世界に響く声だった。

 

『わたくしがドラクーンを作ろうと思った本当の始りはそんな些細な事だったのです。決して軍事や政治的な話では無かった。帝国にただ人々が憧れ、人々が願う、男の子が言うような騎士様がいてくれればとそう思ったのです』

 

 真っすぐに少女の視線が客席の先に向く。

 

 すると、その視線に応えてか。

 

 黒い鎧も無く青年が虚空に浮いていた。

 

『今、世界は新たな時代に向かっている。また、アウトナンバーに次ぐような危機が起ろうとしている。しかし、それは本当の意味では人の歩みにとって些細な事です。何故なら大勢の人々にとって、人生とは戦う事以外で占められているのが普通だからです』

 

 自分の横に降りて来た青年に微笑む。

 

『此処に集う全ての戦う人々に申し上げます。争い合う事、戦う事、上を目指す事、それはきっと大切な事ですが、貴方達の人生の一部でしかありません』

 

 まだ真意も掴めず。

 

 誰もが見守る中。

 

 青年が片膝を着いて頭を垂れた。

 

『此処にいるわたくしの騎士は人生のほぼ8割以上を戦う事に費やしてくれました。多くのドラクーンの古参達も同様であり、仕事だと割り切れるような時間量では決してないでしょう』

 

 静かに語る事実を前に映像を見ていたドラクーン達は目頭が熱くなった。

 

 ちゃんと見てくれているという事。

 

 理解される事の幸せはドラクーンとて同じなのだ。

 

『事実だけを言えば、わたくしと出会ってからの人生の全てが戦闘行動に関して必要な出来事ばかりでした。それでもこうしてドラクーンのみならず多くの方が尽くしてくれている事は感謝の念という言葉に出来るような類の献身では無いと本当に嬉しく思っています』

 

 その言葉に涙する多くの兵士達が、一般人達がいた。

 

 歳若い者は殆ど無いが、今人生の総決算を迎えようとする者程にその言葉は重く彼らの心を掴んで離さない。

 

『だから、貴方達には未来を生きる一人の人間として戦う事の本質をよく考えて欲しいのです』

 

 静かに数百万の聴衆へ。

 

 あるいは今も自分を映しているディスプレイの先の人間へ。

 

 少女は言う。

 

『何の為に戦うのか。誰の為に戦うのか。戦う意味は? 戦った結果は? その多くを大勢の人間が満足して終えられる事はない』

 

 だが、それをさせようと戦った一人の少女を多くの老人達は、今権力を持つ者達の多くが知っている。

 

『故にわたくしはあの子のようにただ最後は自らに素直な気持ちで戦います。それが最も純粋で最も強い気持ちだと思うからです』

 

 少女の視線に見つめられた全ての者達が思う。

 

 自分の底を見つめられる事の畏れと同時に安心感が何を示すのか。

 

 まだ形に出来ない者も出来る者も感じている事は同じだった。

 

『どうか忘れないで下さい。貴方達は決して一人で戦っているのではない。その隣に誰も並び立つ者が無くとも、何処かの誰かが貴方を支えている』

 

 その事実を多くは知らない。

 

 いや、字面では知っていても実感は無かった。

 

 しかし、此処にその実感は押し寄せ始めている。

 

 若者達程にその言葉を素直に受け取れるのは恵まれていると自覚する程度には多くの人間が彼らを其処へ立たせる為の努力を惜しまなかったからだ。

 

『食べ物、着る物、住む場所、産んでくれた母親、貴方を此処まで育てて、導いてくれた、あるいは誘う知識を考え、与えてくれた誰かがいなければ、誰も此処にはいないのです』

 

 少女の手が天に翳される。

 

『人が真に孤独とならない世界をわたくしはこれからも求め続けます。そして、戦う人が戦えるようにわたくしはこれからも己の任に就くでしょう。故に安心して戦って下さい。それが真に貴方達の人生において幸いであるよう成し遂げて下さい……』

 

 少女の手から打ち上げられた巨大な光が帝都の上空へと打ち上げられ、数千m上空で爆発し、猛烈な色彩を放って散華した。

 

『これにて無粋な女からの寿ぎとさせて頂きます。では、何れまた』

 

 その巨大な花火を前に人々は目を奪われ―――。

 

『あ、ありがとうございました。こ、これにして大会開会式のプログラムを終了致します。また、今回挨拶して下さった方のご厚意によってドラクーン001……黒騎士様との戦闘の権利が無差別級トーナメント優勝者及びチームには授与されます』

 

 少女はいつの間にか消えていた。

 

 そして、軍服を着込んだ青年が腰に佩いた剣を参加者代の虚空に翳す。

 

『命は降りました。装備が剣だけで申し訳ないが、僕でよければ、お相手しましょう。新しい世代の力を見せて下さい。期待しています』

 

 こうして類を見ない盛り上がりを見せる大闘技場は大いに湧き。

 

『全人類中最強の人たる黒騎士様に勝つ事が出来た時、それが人類にとってはまた新たな始りとなる事でしょう。奮って大会に御参加下さい。せーの』

 

 年齢が上がった聖女の話は左程話題の中心にはならなかった。

 

『第19回スペリオルを開催致します!! 尊き方と全ての戦う選手達、大会に集う全ての人々に栄光を!! く、黒騎士様!! 後で握手してくださいいいいいいいい!!』

 

 リバイツネードの局長が目をハートにした黒騎士フリークな若い女性司会の暴発に溜息を一つ。

 

『こんな老骨で良ければ、こちらからお願いしますよ。お嬢さん』

 

『きゃぁああああああああ~~~!!?』

 

 こうして波乱の大会は幕を開けて、司会女性は大陸規模で黒騎士フリークな女性達に嫉妬の炎でSNSアカウント毎燃やされるのだった。

 

 *

 

―――帝国技研地方研究所。

 

 スペリオルの開催に大陸が湧き立っていた頃。

 

 帝国技研本部が解体されて、各地の研究所群に分散された所員達は予備として各地に備えられていた中規模の研究所群で其々の仕事に励んでいた。

 

 電子機械による遠隔との通信が日常的になっている昨今。

 

 今更に彼らが新しい本部が出来るまで多くの同僚と共にオンライン会議やら仕事のやり取りを電子化するというのもパラダイムの類であった。

 

 あまりにも本部研究所が快適過ぎて人材すら揃い過ぎていたせいでわざわざ所用以外でそういうオンラインでの研究開発をする必要性が無かったのである。

 

「所詮蛋白質。所詮蛋白質なんだよ。君ぃ」

 

「は? どういう事でしょうか? 班長」

 

「いや、何。単純な真理なんだ。蛋白質に出来る事など多くない」

 

「遺伝子を持つ生物の宿命、というお話で?」

 

「いやいや、そういうのとは少し違う。遺伝子や蛋白質の用い方一つで惑星を削る事くらいは出来るよ? でも、惑星そのものを破壊は出来ない。少なからず、蛋白質の原料不足だね」

 

「原料不足、ですか?」

 

「左様。蛋白質で出来る事。遺伝子で出来る事を駆使すれば、星をある程度削る事は出来るんだ。原料さえあれば、それくらいは可能だ。コアを持たない小さな岩石の衛星くらいなら簡単に粉々にしたり、切り裂いたりは可能だ」

 

「は、はぁ……」

 

「だがね? コアやマントルを持つ惑星を潰せない。それが普通なんだ。普通の叡智ってヤツなんだ」

 

「なるほど……」

 

「だが、彼女の創ったシステムはこのバルバロスが蔓延る惑星すらも両断するし、粉々にしてしまえる。所詮蛋白質なのに、所詮遺伝子なのにだ」

 

「つまり?」

 

「どんな技術も極めれば、万能の域に達する。その鍵として技術的成果のショートカットを行えてしまうものが超重元素と呼ばれる原子核魔法数300番台から900番台までの巨大原子群なんだ。それが彼らゼド教授以下あの方々に渡った」

 

「つまるところは金属元素が必要だと?」

 

「いやいや、放射性物質や同位体でも工夫次第で星は壊せる。が、彼女のシステムは特別だ。既存の蛋白質、遺伝子の使い方によっては間接的に惑星破壊までは可能だろうさ。まるで曲芸の域、あの遺伝工作技術は科学ではなく芸術の類に類する」

 

「間接的、芸術的、ですか……」

 

「ああ、既存金属を用いて惑星を破壊できる物理事象くらいなら恐らく出現させられる。他の科学技術で出来る事を遺伝子工学で再現するってだけだ。恐らく可能だ。というか、可能になってるのを我らはもう見ている」

 

「え?」

 

「姫殿下を筆頭にしたバルバロスの生物原理を用いた遺伝子と無機物、金属元素利用……これは言わば、剣だけでコンピューターを作る、みたいなものなんだ」

 

「剣だけで?」

 

「他の何に例えても同じだ。いいか? 一つの技術の発展にはツリーのように系統樹的に必ず必要な分岐点が、環境とコストに見合った形で出現する。多くの場合はAを作るのにB+C+Dくらいの話だ。だが、成果Aに対して手札がBしかないのにB=Aのような形で発展する技術群がある」

 

「それは……まさか……」

 

「ミヨチャン教授は正しくソレの典型だ。他の方々もほぼソレにしか見えない。いいかい? 独自のたった一つの科学技術の部門のみで彼らは何でも作るわけだ。不可能と言われるならば、その部分を技術で先鋭化して生み出している。そして、最も万能性に優れた遺伝子工学。この技術が既存の超重科学抜きで超重科学だから成し得るような行為を模倣出来る程の力をあの方々は元々持っていたわけだ」

 

「……今はソレそのものが彼らの学問に取り込まれた?」

 

「ああ、そうだ。所詮蛋白質、所詮遺伝子。だが、それに取り込まれた超重技術が既存技術の先鋭化に上乗せされてしまった。剣だけでコンピューターを作る人々が伝説の剣でコンピューターを作ったら、さぞかし面白い事になるだろう」

 

「世界が何度滅ぶやら……」

 

「そして、此処に我らは生み出してしまった。造ってしまった。だが、コレすらも必要とされる戦いが来る。それはこの星に留まらないだろう」

 

「姫殿下より齎された新たなる次元への干渉技術。これもまた超重科学を取り込んで更なる発展を目指せると?」

 

「最も汎用性に優れた遺伝子工学を主軸にして、冶金学、電子機械工学、量子重力学、これらが全て超重科学で先鋭化させられ、同時にまた新たな統一理論を完成させる高次元科学と言うべきものの成果が此処にある」

 

 彼らは自分の手を見やり、握り締める。

 

 彼らそのものがある意味では存在を許されない叡智そのものとなってしまっているという事実を噛み締めて。

 

「……禁断の扉、ですね」

 

「通常物質ではエンジニアリング出来ない次元干渉用の機材が超重元素ならば作れる。この高次元干渉技術を学問化し、定理化し、誰もが理解出来るものへと落とし込み、エンジニアリングまでも到達した以上、後は時間の問題だ」

 

「かもしれません……」

 

「まだ初期段階だが……恐らく神とやらに対抗するのは最終的にコレだ。この力が最適だ」

 

「ジ・アルティメットの基幹部に追加で用いましたが、姫殿下の装備には現在の基礎的なエンジニアリング力では追い付かない設計が為されていると聞きます」

 

「何度作り替えたものか。新しい技術、新しい叡智、新しい領域へと踏み出した我らがこんなにも短期間で同じモノを何度も作り直すなど、本来在り得ぬ方がよい。そう断言出来る程の危険度だ。故にあの方の装具として相応しい」

 

「勝てますか? 惑星数十個分の質量に? ブラックホール化していない理由も定かではない相手に?」

 

「だが、原理らしきものは解っている。予測は出来る。予想は出来る。ならば、我らは神とやらの技術力に近付いているのだ。この短期間で、たった数か月という時間の中で……そうだ『河牽く船』もまたその先にある」

 

 2人の男が小さな工作室内で無菌真空無光の闇たる人が1人入れそうなシリンダー内のロボアームに手を突っ込んで操作しながら、小さな部品にアーム先のスプレーノズルで何かコーティングを施していた。

 

 幾つもあるアームは彼らが操作するアームの先に持たれている金属製のパーツらしきものに必要な触媒を吹き付ける補助を行っている。

 

 彼らはアーム先に浮かせて保持しているパーツが無重力化でしっかりと塗料に塗られた事を確認し、アーム先で乾燥させながら、完成した先からシリンダー内のダストシュートのようになっている小さな箱をスライドさせて開けて入れて閉めるという動作を繰り返していた。

 

「そして、そんな力を、今の我らの限界を作るのが最後手作業とは愉快じゃないか。痛快じゃないか。機械では出来ない事がまだ人類にはある。たった0.001mmの誤差で姫殿下が消し飛ぶかもしれないんだ。ああ、何て甘美な作業時間!!」

 

 うっとりしながら、男の片方。

 

 60代の痩せぎすのノッペリした顔の男が頬を染める。

 

「此処で手を抜けないのが我らの悪いところだと?」

 

「ふふふ、あの方の消し飛ぶ瞬間を想像しながら、誤差など0にしてしまう我らの神技な指先を恨みながら、こうやって丁寧丁寧丁寧に仕事をする。この執念こそが我らだと思わないかね? 新入り君」

 

 勝らの創っている部品には次々に箱に納められ、内部でガスと光による反応で超微細な凸面を消し去っていく。

 

「それは分かる気がします」

 

「人の限界を超えてあの方の為に造ろうじゃないか。あの方の為に踊ろうじゃないか。所詮は蛋白質、所詮は遺伝子。そんな存在でしかない我らのようなゴミムシの如き存在があの方と一つになる装備を作るなんて!! こ、これは新手の大人の愉しみだよ。ね? ね?」

 

 男は極めて喜悦を湛えて嬉しそうにニンマリとする。

 

 その邪悪なる微笑みは見るものに悍ましさ以外の何かを与えないだろう。

 

「ええ、間違いありません。班長」

 

 だが、うっとり紅潮しながら興奮した男の指先は一ミリも実際に狂う事なく。

 

 まるで女性の肌に触れているかの如き丁寧さで繊細に作業をこなし、小さな金属のパーツを塗装して、乾燥して、箱へと納めていく。

 

「我らに出来る事は多くない。だが、そんな我らに出来る事の限界を超えて、献身するのだ。ああ、あの方が時間も空間も次元も星も神も何もかもを越えて全ての敵を倒した時、我らの人生には絶頂が訪れる。おお、考えてみたまえ!! その日こそ、その瞬間こそが我らの意味となるのだ」

 

「……同感です」

 

「さぁ、同志。一緒に我ら帝国技研“プラモデル研究会”の輝く時!! 塗装をやらせれば、世界を取り!! ヤスリを掛けさせれば、原子一つ見逃さぬ鏡面を作る!! それが我らの本分である!! 蛋白質と遺伝子にしか過ぎない我らの道はこれからだぞ!!」

 

「はい。同志」

 

 日常的に早くカッコイイ・ロボな肉体になりたいと独り言ちる彼ら。

 

 プラモデル研究会はパーツを作る。

 

 1g340億パレル程の帝国技研の技術の精粋を掛けて生み出されたパーツは無数。

 

 その最終塗装工程はこうしてヘンタイ的にタイヘンなテンサイ達によって設計図とナノオーダーレベルの狂いすら無く仕上げられていく。

 

 狂人の職人芸と魔法染みた最先端科学と天才達の執念がたった一人の少女への信仰として捧げられた時、奇跡は常に起きるのである。

 

 まるでラインで無限に乱造される歯車並みに……。


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