ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第152話「新時代」

 

「シュー」

 

「ん?」

 

「ご飯出来たぞ」

 

「ああ、悪い。もうそんな時間か」

 

「スッゴイ集中してたけど、何してたんだ?」

 

「ゲームのサーバーメンテ」

 

「ゲーム?」

 

「お前らに神様相手に色々と遊ばせてたのは伊達や酔狂じゃないからな。集めて貰った情報から色々と作ったりしてたんだ」

 

「?」

 

 宇宙空間の大地で戦争をして2日。

 

 事実上、その後の12時間の方が書類やら諸々の仕事で修羅場だったのだが、それも終わって地球上に空間歪曲で距離を縮めて即時降り立って家に帰って来たのが今朝方である。

 

 ゲーム内の映像がウィンドウに投影される。

 

「あ、知ってるぞ!! 実はやってるんだけど、コレどうしたんだ?」

 

「ああ、オレが創ったからな」

 

「そうだったのか……名前無いから何か作り掛けっぽいなーって思ってたけど」

 

 50年後に来てから諸々造っていたモノの中でも一番自分の性に合っていたソレは順調に稼働しているようだと確認し、色々なアップデートを行っていた。

 

 自室の寝台の上でプロジェクターで壁に内容を数十枚のウィンドウで投影しながらのデバックやら諸々の作業をしていたら昼である。

 

「どうしてゲームなんか作ってるんだ? シュー」

 

「単なる準備だ。これから人類が出会う全ての状況に対してある程度の予備知識だの他諸々の気構えくらいさせておきたくてな」

 

「ふ~ん。そう言えば、あの2人はこのゲームは止めておくってやって無かったっけ……」

 

 朱理の言葉に思わず苦笑が零れた。

 

「?」

 

「何でもない。あいつらにとってはこのゲーム鬼門だからな。仕方ない」

 

「鬼門?」

 

「ああ、普通にやっても絶対勝てないからやらないって事だ」

 

 キーボードはエメラルド・タブレットを変形させた代物を使っているのだが、その上には数百種類の文字がズラリと並んでいる。

 

「研究所の人がくれたから、ちょこっとずつやってるけど、そうだったのかー。猫が使えるデバイスとかあればやらせようと思ってたのに……」

 

「ま、そもそもあいつらにとって、マズイ事態だからなコレの中に入るのって」

 

「何がマズイんだ?」

 

 ゲームのソースコードを周囲に表示する。

 

「こいつはオレのエメラルド・タブレット内に造った仮想宇宙なんだ。だから、あいつらの能力が完全に制限されて制御を受ける」

 

 コツコツとキーボードの角を叩く。

 

「かそー宇宙?」

 

「ゲームというよりはオレがこれから戦う相手を倒す為のシミュレーションを行う訓練場って言えばいいか? 現実とほぼ同じパラメータの宇宙を作って、大陸の人達にはダイブして貰って色々とデータを取ってる」

 

「ふ~ん」

 

「このゲームの宇宙はオレの領域だが、オレが理解出来てないものをオレの代りにモノを知ってる神とやらから情報を貰って構築してる。だから、あいつらみたいな神様連中にとっては絶対勝てない場所って事になる」

 

「絶対勝てないとか。神様も真っ青って事?」

 

「ああ、ちなみにこの宇宙と宇宙の外を経由して特殊なゲートを形成すれば、繋げる事も出来る。というか、今は繋ぎっ放しにしてある」

 

「繋がってる? 意味が解らないぞ? これゲームじゃないのか?」

 

「エメラルド・タブレットの仮想領域は事実上有限だが果ては無い構造だ。オレ達が今いる宇宙と同じだな。そして、このタブレットそのものがゲートでもあって、事実上は宇宙の外に本体があるオレの中の同居人がいる場所と繋がってるから、量子的にはやり取り可能なんだよ」

 

「???」

 

「分かり易く説明してやる。このゲーム内宇宙は神様のいる世界と繋がってて、このキーボードを通して現実と地続きだ」

 

「えっと、ゲームなのに現実と繋がってるのか?」

 

「ああ、ただし、物質だの、エネルギーだのを取り出そうとすれば、宇宙の外を経由して引っ張り出さなきゃならないからロスが酷い。ついでにオレの処理能力が有限で、エメラルド・タブレット本体の処理能力も有限な以上は宇宙規模としてはまぁ……オレ達がいる宇宙の4分の1が限界か」

 

「何かスゴイ事してないか?」

 

「此処から無限のエネルギーや物質は取り出せないし、同列次元じゃない……こいつの中にある宇宙とオレ達の宇宙は同じ次元を持たないんだ。結果としては3.5次元みたいな場所を管理出来るツールで活用してるって事になる」

 

「……何かミヨちゃん教授達に似て来てないか? シュー」

 

「さすがにそんな事ないだろと全否定させて貰うぞ?」

 

「本当か~何だか、研究所の人達が聞いたら蒼褪めそうな説明じゃなかったか?」

 

「大丈夫大丈夫。どうせ、このエメラルド・タブレットのオリジナルと同列のものが造れない時点で量産は不可能だしな。まぁ、ドラクーン連中に渡した複製品なら一銀河系くらいまでならコレと同じ事が出来るだろうけど」

 

「じとー」

 

「自分で言うなよ……はぁぁ(*´Д`)」

 

 筆頭婚約者様の視線がジト目で固定化されていた。

 

「とにかく飯にしよう」

 

「うん。あ、ええと、ちなみに魔法も現実に取り出せるのか?」

 

「気になるか?」

 

「何か戦争だ何だって忙しくてここ数日やって無かったから」

 

「そういや、お前はどんな事してるんだ?」

 

「え? えぇと、そのぉ……」

 

「オイ。何で目を逸らす」

 

「べ、別にシューには関係ないだろ?!」

 

「怪しいな。開発者特権で見てもいいんだが」

 

「お、おーぼー!! おーぼー!!」

 

「じゃあ、吐け。悪い事してたら、今日の夕飯少な目な?」

 

「うぐ?! う、ぅぅ……魔法使うの愉しかったから、神様と契約してから生産職してる」

 

「ほう? それで?」

 

「ちょ、ちょっとだけ昔やってたゲームみたいにギルドとか作ってみた」

 

「あ~~そう言えば、お前そういうの好きだったもんな。引き籠ってた時は毎日3時間制限してたっけ」

 

「ぅ~~」

 

 事実である。

 

 一応、勉強や諸々を終えたら、一緒に楽しんでいたので懐かしいとさえ感じてしまうが、ほんの2、3年前の話だ。

 

「で、何でそんなバツが悪そうなんだ?」

 

「何か、その……いつもの調子でやってたら、国出来ちゃったから……」

 

「国? ギルド作ってたって今言って無かったか?」

 

「久しぶりに楽しくて。教団作ってた時のノリでその……」

 

「宗教的なのは止めとけって言ったよな? 前に……」

 

 思わずこちらがジト目になる。

 

「ち、違うんだぞ!? ゲームだから、自分じゃない性格でロールプレイしてたら皆が国家元首様ーって持ち上げて来て、ちょっと調子に乗ってそれっぽく振舞ったら、何かスゴイ人が集まって来て……」

 

「はぁぁ、それっぽくって今度はどんな風に振舞ってたんだ?」

 

「………シューみたいに」

 

「まさか、オレみたいにか?」

 

「だ、だって、他のギルドの人達に貴族出って名乗ってる人達がいて、やっぱり貴族出の人は気品が違うねとかギルドの子達が言うから……」

 

「ギルドマスター的には面白くなかった、と」

 

「ご、ごめん……」

 

「別に謝る必要は無いし、ゲーム内時間はかなり加速気味に作ってあるから時間的余裕もあるだろうし、現実に問題が無いならいいけど、また教団みたいに解散する時、大変じゃないか?」

 

「だ、大丈夫!! そこはほら!! 優秀な人をシューみたいに集めて、育成中!! 辞める時には辞表を提出して、繰り上げで代理人が決定されて、後は議会で承認してもらう事にしたんだ!!」

 

 もういつでも辞められますと言いたげに胸が張られた。

 

「解った。でも、時間加速の関係上、あっちの世界で長時間いない事も多いのによく国家規模の組織集団纏めてるな」

 

「あ、うん。4時間交代制で各分野の人達の上の人が必ず誰か1人入ってるようにシフト組んだんだ♪ シューがやってるのを見て、使えそうな仕組みとか覚えたし」

 

「なるほど、で? 国家って何処に造ったんだ? あの星は重力調整してあるとはいえ、かなり広い作りだし、大陸一つ制圧するにも400万人くらい必要なはずだが……」

 

「あ、うん。始りの大陸に造った」

 

「……オレの記憶が確かなら、あの大陸にある国家一つしか無いんだが」

 

「今はええと……」

 

 耳にデバイスを付けて起動した朱理が小首を傾げた。

 

「な、何かデバイスで確認したら、前の100倍以上の人口に為ってる?」

 

「……あいつらとずっと遊んでて気付かなかったのか? 何か近頃、このゲームの本質に気付いた連中が生き残れる確率を上げたいヤツはやれって勝手に宣伝してて、ゲーム人口爆上がりなんだよ。当然、始りの場所にある国に所属するヤツらが一番多いはずだ」

 

「え、ぇぅ?! こ、これどうすればいいんだ!? ウ、ウチは清く正しい普通に遊んで愉しく魔法使うギルドだぞ!?」

 

「どうもこうも爆増したゲーム人口の諸々をお前の下の連中が何とかしてるんだろ。昼食食べたら、手伝ってやれ。生産職」

 

「ぅ~~~どうしてこんなに増えるんだ~~!?」

 

 こうして昼食に遅れた事をメイド達にちょっと叱られた後。

 

 プルプルしながらゲーム内に向かう朱理を見送るのだった。

 

 *

 

―――ワールド内始りの大陸【ガイア】首都王城。

 

『ワールドマスターが帰って来たぞぉ!! 各ギルドの連絡官は直ちに報告の為に登殿せよぉおおおお!!』

 

 始りの大陸内において人々が集う街は現在一つの国として機能している。

 

 各ギルドが広げた巨大な区域は王城兼ギルド総監部として機能しており、ゲーム内における法秩序と実務的な行政の中枢だ。

 

 ゲーム人口が爆増して社会秩序維持のマンパワーが大量に必要とされた結果。

 

 各種のギルドは肥大化しており、新設されるギルドを株分けして造ると共に最初期の投資に対しての働きを受け取る形で組織化と多角化が進んでいる。

 

 そして、現実から大量の知識層が流れ込んだ事でその殆どが始まりの大陸における都市開発へとリソースを割り振られ、今やガイアと称する国家は他大陸と宇宙にまで手を伸ばす人々のバックアップ役として無くてはならない組織となっていた。

 

「ひぇ?! こ、ここ、前は小っちゃい酒場だったのに!?」

 

 そんな大人気ゲームとなったワールド内にて最初期勢のギルドとして適当にやっていたら、何故かワールドマスターなんて称号を受けてしまった少女はログイン直後から見た事の無い巨大なウィンドウが数百枚以上周囲の見知らぬ空洞に展開されていくのを見て、ガクガクプルプルしていた。

 

「何でこんな事にぃ……シュウゥ~~~」

 

 恨み節を呟きながら、少女が玉座のある王城中心部。

 

 ドーム状の接見の間で誰もいないのを良い事にグチグチしながら次々に報告されるメッセージを大量に消化していく。

 

 本来ならば、普通の人間では10ヵ月は精査に掛かりそうなウィンドウ量であるが、聖女様の婚約者専用のお薬を貰ったり、胸に紅の宝石が埋まったりした辺りから諸々の能力が上がっていた朱理である。

 

 10分近くで全て見終えた頃にはクッタリしていた。

 

「知らない間にスキルや魔法が300種類以上増えてる……全部、国家関連の“初めて系”だコレ……」

 

 ワールド内の魔法やスキルの類の殆どはこの世界でどのような行動をして、どのような実績を残したかによって解放される。

 

 それはステータスだったり、行動だったりと様々だが、必ず先行者優位の原則が存在しており、一番初めに〇〇をしたプレイヤーという類にカテゴリされる“初めて系”と俗称される魔法やスキルの大半は取得数制限がある強力なものである事が殆どだ。

 

 ちなみに魔法やスキルの創造の始祖に当たる人物が持つソレらの効果の大半は【××を運用する人数、〇〇を使用された回数、△△によって解除された実績の数】みたいな数値を参照して威力や効果範囲や効能が飛躍的に上がっていくという類の力だったりする。

 

「ええと、【始祖なる者/国家】【王権/女王】【魔法使い/大系譜神祖】……んぅ? んぅぅぅ?」

 

 思わずウィンドウにの表示に唸りながら目を細める少女である。

 

 ちなみにアバターは朱理自身が20代の自分を意識して造ったものなのだが、今は豪奢な黒の肩剥き出しなドレスと宝冠らしきものを被っている。

 

 ズレた冠もそのままに読み込み始めた少女の顔がちょっと蒼くなる。

 

「初めて国家を建設した指導者に与えられるスキルです。国家の所属人数に比例して、全てのステータスが固定で国家所属者数×0.01ポイントUP。全てのステータス異常に対して所属者の持つ耐性を全保有。王国領土内の全資産における兵器兵装戦闘用資材・機材・装飾類の即時召喚装着可能。国土領域1平方km毎に国内のフィールドでの固定永続バフで全ステータスが0.001UP。国内で行使される国民の全ての魔法とスキルに対して如何なる場合も効果の有無と威力を選択可能……」

 

 何かエライ事になっているのはさすがのゲーマーだった少女にも分かるという説明であった。

 

「こっちは……国家の信任者に与えられるスキルです。国土内でのあらゆる役職に対する書き換えが可能。適正及び資質が無い者でも役職に就ける事が出来る? 確か役職だけのスキルとか固定ステータスUPとかあるよね? 王権を保有している限り、他の指導者スキルを持つ者が属する国家に対して宣戦布告出来る? NPCの創造権限?」

 

 やらたと出来る事が増えていくのは正しく悩み事に入るのだろうかと汗を浮かべて続きが読まれる。

 

「大系譜を要する魔法使いに与えらえるスキルです。一魔法体系を築いた神祖魔法の運用者はこの系統の魔法使いが開発した全ての魔法を運用出来る。また系譜に連なる魔法使いであれば、使役及び何処にいても即時召喚可能。また、系譜に連なっていない者でも同系譜の魔法を所有する者に対して同系譜の魔法における行使の有無を管理出来る。これに対して系譜の魔法使いは干渉出来ない」

 

 思わず少女の目は半眼になった。

 

 これはもうゲームにならないというか。

 

 あるいはバランスが取れているとすれば、人類が消滅しそうなくらいの敵やらイベントが起きる前提でしか与えられないものだろう。

 

「シュウ……何をどう想定してるんだろ?」

 

 呟いている間にも次々人の気配が押し寄せて来て、バカッと扉が開いたかと思うと見知ったギルドの副官や新顔が30名程広間に突入し、少女が思わず固まる。

 

「ワールドマスター!! おぉ!! お帰りになりましたか!?」

 

 詰め寄って来る官僚器質な副官達に思わず引き攣りそうな顔をニコリとさせて、シュウみたいにシュウたみいにと念仏染みて内心唱えながら維持が開始される。

 

「その……これはどういう事でしょうか? 少し見ない間に随分とギルドの本部が様変わりしてしまったというか……」

 

「魔導ギルド【ガイア】は今や国家!! それも姫殿下のお隠しになった真実によって今や大陸の数割もの人々が集う世界最大の電子コミュニティーとなったのです!! 仔細はこちらで」

 

 60代くらいに見える自分のギルドの副官。

 

 インジュードと名乗る本当は30代の褐色エルフの細マッチョ男に促されて他のギルドの副官達に初めましてと微笑みを浮かべながら、フレンド登録しませんかと続けた少女であった。

 

 が、副官から軽々しくフレンド登録するとソレだけで相手側に莫大な利益が発生する可能性があると圧し留められ、落ち着けるだけの王宮の一室へと連れ込まれた。

 

 数名のギルドの初期メンバーが集っていた場所で猛烈な勢いでこの数日の事が捲し立てられ初めて、1時間後。

 

「え、えぇと……つまり……」

 

 天鵞絨が敷かれた豪奢な部屋で如何にも高位の魔法使いですと言いたげな薄紫色の法衣を着込むインジュードが少女に頷く。

 

「御察しの通り。今やガイアは惑星第一の国家として存在が確立されました。始りの大陸改め、ガイア大陸と命名された事に始り、大陸唯一の国家として複数の大陸への派遣によってガイアの統治領はこの巨大な星で日に日に増えております。凡そ58億人がゲームに参加しており、1日の活性アカウントが30億人弱。総アカウントの6割がこの国の所属者となっています」

 

「いつの間に……最初は総アカウント数だけで数百万人くらいだったのに……」

 

「ワールドマスターたる貴女が生産された恩恵あればこその発展です」

 

「えっと、これから国を大きくしていこうって事で色々作ってたけど、そんなに感謝されるようなものはあったでしょうか?」

 

「最も活用された超重元素の鉱脈は全て貴女しか作れなかった代物です。このゲーム内で国家の富の源泉として今も使われておりますが、もう殆ど残っておりません」

 

「え、山一つ分くらい錬金したような? この間、最後にギルドの人達で街造るからって……」

 

「はい。ですが、最初期に建造した都市以外の地域にも大量に出回らせる必要があり、今は例の鉱脈の現物を全て他の金属との合金にして各種の産業に活用しています」

 

 少女がこれは不味かったかなぁと内心で汗を浮かべる。

 

 毎日、帝国の研究所にいたせいで超重元素は便利なものになるんだなーという程度の感想しか持っていなかった彼女にとって、ソレを生み出すのは生産職である錬金術師としてはゲーム内で他の誰かもやり出すだろう事を偶然最初に始めた程度の事であった。

 

「そもそも、あんまり活用技術が分からないから、そんなに使わないだろうって笑い話になっていたような……」

 

「それが帝国の聖女殿下の隠された真実が報道されてからというもの。数多くの知識層が流入しまして、一気に利用方法が広がった上にエンジニアリング出来る技術と魔術が大量にアンロックされた者達が次々に出て来て……今や生活インフラや生活に直接必要な道具の殆どに使用されており、枯渇寸前です」

 

「えぇと、他のギルドの人達は造れなかったのですか?」

 

「それが貴女以外にはどうやら未だスキル面でも魔法面でも知識層によってすらも大量生産は難しいらしく。自然の鉱脈が未だ皆無である事から、ガイアの持つ鉱山のみが出所となっていまして」

 

「そ、そうなんですか……数日離れただけでそんな事に……」

 

「とにかく!? 超重元素の錬成魔法はワールドマスターしか持っておりません!! どうか、もう数日分をよろしくお願いします」

 

 他のギルドメンバーからも頭を下げられて、思わず頷いた少女は周囲を新しいギルドや他のギルドの副官の多くとの謁見で諸々忙殺されて2時間は常時数百人の人々を入れ替えながら顔合わせして、インジュードの視覚投影の魔術で網膜に写される文面を読み上げる事に終始したのだった。

 

「お、終わりました……」

 

 かなり疲れた少女が謁見の間から後方の通路に下がって来るとギルドのメンバーの殆どがお疲れ様とドリンクを渡してくれるやら汗を拭いてくれるやら、完全にアイドルのドーム終了後みたいな有様で構われる。

 

「本当に申し訳ない。我々もこの数日完全に忙殺されていて……だが、数十億人を一気に投げっぱなしにするのも憚られ……」

 

「あ、みんなも困ってるのですね……」

 

「今や各部門だけで数百名のギルドマスターを束ねる立ち位置にいまして。一応、信用出来る人間を複数決済の為に雇っているのですが、それでも上がって来る情報量が膨大で重要案件だけ片付けても日に4時間は拘束されてしまって」

 

 インジュードの言葉に誰の目にも微妙に濃いクマが浮かんでいた。

 

「しばらくすれば、たぶん収まるとは思うんだけど……」

 

 女性神官風のギルドメンバーが呟く。

 

「いやぁ、仕事から逃げる為にゲームやってたら、いつの間にか仕事をしてるという……」

 

 頭の禿げたおじさん魔法使いも肩を竦めた。

 

「そ、それは本当にご苦労様です」

 

 ギルドメンバーからの愚痴に思わず同情的に労う少女である。

 

「首都北部の方にある例の山も掘り尽くしましたが、連山の方は未だ残してあるので、お願いします。その後はさすがにこちらで処理しておくので」

 

「あ、はい」

 

 朱理にとってゲームはゲームなのだが、ガイアは妙に責任感の強いメンバーが集まったギルドだ。

 

 こうなる前から始まりの大陸で起こる様々な事件や争いの仲裁をしていた。

 

 全員が大人な上に仕事人で勤め人だった為、どうも現実の疲れを癒しに冒険やら大自然を満喫出来ると言われたワールドを遊んでいた節がある。

 

 それが今では現実と変わらない程に仕事をしているとすれば、さすがに気の毒と言わざるを得ないだろう。

 

「あ、皆さんは休んでて下さい。じゃあ、ちょっと北部に行ってきます」

 

「お気を付けて」

 

「身内だけの晩餐会用意してあるから、帰って来たら好きなものとか教えて頂戴ね。マスター」

 

「あ、はーい」

 

 勤め人相手に無職で神様と遊んでいるとも言えなかった朱理にとって初めての大人の友達というべき相手ばかりだった為、まだ未だに打ち解けているとも言えないだろうメンバーである。

 

 それでも年下の彼女を気遣ってくれるメンバー達は一番魔法が上手かったというだけでギルドマスターに祭り上げた手前、緩く遊んでいた朱理の事を気にしてくれた。

 

 だから、そんなに気負わずにやって来れたし、王国を作る時に祭り上げられた時もサークルの主催者的な事をしていました(元カルト教団教祖談)という話からの事であった手前、あまり負担にならないようにと様々な部分で仕事を分担してくれていたのだ。

 

 議会もあるし、辞められるというのもギルドメンバーが少しでも気楽にと国家運営をする政体の仕組みを考えてくれたから産まれたものだ。

 

(……ちょっとは頑張らなくちゃ)

 

 そう内心で呟きながら、少女は転移の魔法……スキルに付随する使用MP0の自身の所有する国土内限定のヤバイ力で瞬時に王宮から現場となる地域に跳んだのだった。

 

 だが、そこでもやはり彼女は驚くしかなかった。

 

 嘗て王宮のある都市の北部には巨大な山脈が連綿と壁になっていた。

 

 その内の一つを超重元素化したのだが、今やその部分が露天掘りで無くなっていたのだ。

 

 人の往来は激しく。

 

 巨大な大穴には今も大量の労働者らしい姿や使役された機械や魔法生物らしい姿が数多く転移先の空からは見えた。

 

 だが、連山の周囲にはよく見れば、もう立ち入り禁止の看板やら札が大量に下がっており、山道は封鎖されていて、予め準備が為されていた様子が垣間見える。

 

「ホントに山一つ無くなっちゃった? そんなに必要だったんだ。でも、これって初めて系の人しか使えない魔法?」

 

 スキルや魔法の運用を行うウィンドウを開いて、少女が目を細める。

 

 生産職たる朱理は職業的には錬金術師である。

 

 諸々の魔法の品を作る役柄として重宝されるバフ・デバフ生産関連の後衛職。

 

 そんな彼女が超重元素を造った魔法は確かに特殊なものだったが、そんなに特殊だとは思っていなかったのだ。

 

「……神格契約による神祖魔法。これ高位の魔法じゃなくて保有制限のヤツだったんだ……」

 

 ワールド内にある殆どの魔法やスキルには自分で見られるタグ的な情報は付いていない。

 

 ソレらは自動で生成される観測系、鑑定系と呼ばれるような、物事を見やる魔法を持っている者によって初めて、どんな魔法なのかが明らかになる上、魔法やスキルの解説ですらも当人には分からない裏設定や他のスキルや魔法との競合関係や関連性があったりする。

 

 なので、大半どんなに力を持っているプレイヤーも自分のことをちゃんと知っているとは限らない。

 

 それを助ける為のNPCだが、彼らにもちゃんと高レベルや低レベル、熟練度、スキルや魔法に付いて知らない事が山ほどあり、中々に自分の事が判明していないプレイヤーは多い。

 

 こうした沢山のNPCがワールドには暮らし、存在しているが、それは何も人間だけに留まらないからこそ、その多様性から来る未知なる部分の深淵は深い。

 

 妖精とか。

 

 ドワーフとか。

 

 エルフとか。

 

 まぁ、お約束の種族が色々いるだけのみならず。

 

 数千種類とも言われるワールド内の特異な生物と神様もいる。

 

 そんな中、彼女が運良く出会えた神様は一体だけ。

 

 その内、誰かが神官役でもやり始めれば、神様の名前も広がっていくだろうと軽く考えていた彼女にとって魔法体系一つが手に入ったのは正しく驚く話だった。

 

 誰かが同じ神様と契約していれば、すぐにでも自分は単なるその他大勢になると思っていたからだ。

 

「ええと、前はMPの乗算増加用の儀式術使ったけど、今なら大丈夫かな?」

 

 山を錬金術で超重元素にする為、まったく足りないMPを補う為に魔力の増幅をギルドメンバー達と一緒に行ったのだが、今回はそれも必要無い。

 

 というのも、呆れてしまうような桁数のMPが固定値で付与されていたからだ。

 

 前に使ったMPが300万弱。

 

 しかし、今やソレは彼女にとって雀の涙くらいの消費にしか過ぎない。

 

 国土内での固定値と固定バフによる回復力。

 

 それだけで瞬時に数百万ものMPが回復する。

 

 そう時間経過数秒で帳消しになる消費でしかなかったのである。

 

「あ、でも、呪文だけはキャンセル出来ないんだ。へぇ~~」

 

 仕様を読み込んでから、天に手を翳して、黒髪の女王……巷ではそう呼ばれている彼女は自分が絶世の女なんて言われているとも知らず。

 

 そのシャラシャラと音を立てそうな髪を零して精神を集中し、呪文。

 

 否、呼び掛けを始める。

 

「いぁ、いぁ、ふぉまるはぅと……ぃあぃあ、くとぅぐあ……いあいあ――――――――――――」

 

 自分の唇から人類には発音不能の言語が発され始めている事も知らず。

 

 それが“エル・グリフですらない”とも知らず。

 

 トランス状態のままに少女は二十秒程、その音を発し続けた。

 

 そして、全ての言葉を最後に母国語へと収束させる。

 

 それはまるで聞き慣れない高周波が像を結ぶかのように明瞭な日本語になっていくという、どう考えても異質な発音だった。

 

「―――母焼きし御霊。煙る事無き深なる焔。我が名に応えて眼前なる空を焼きなまし、永久の星に還せ……クトゥグアル・フェラリゥス」

 

 その時、多くの人間が目撃した事は端的であった。

 

 世界の終わりが降って来る。

 

 山よりも巨大な何かが、業火に燃える何かが、遥か天に座して二つ目の太陽が何もかもを焼き尽くすように火の粉を散らして、ソレが山々に墜ちた。

 

 業火とすら言えない。

 

 静かな静かな揺らめく火の粉が世界を焼却し、山々を、大地を底までも熱した。

 

 溶けた連山がグズグズになる事すらなく。

 

 体積を縮めるように形もそのままに燃え尽きていく様子は正しく人の想像に余る光景だった。

 

 フッとそよ風が凪いだような沈黙が周囲で働いていた人間達の間には降りて。

 

 いつの間にか一つに戻った太陽の下。

 

 そのあまりにも冒涜的な鈍色の連山からは熱という熱の一欠けらすらも消えてしまった。

 

「終わった~~さ、帰ろ」

 

 少女が虚空で再び転移の魔法を詠唱無しに行使して消え去った後。

 

 未だ呆然としていた現場の人々は自分達以外の全て。

 

 自分達が使っていた道具や衣服や魔法生物やあらゆる物質が塵になって風に吹かれ消えたのを見て、呆然と……本当に呆然としながら、新たな連山。

 

 やがて、“女王の祝福”と呼ばれるようになる巨大な超重元素の鉱脈そのものとなった山々の最中、羞恥も忘れて、自分達にはまるで及ばない存在がいるのだという事を噛み締めたのだった。

 

 *

 

「……ちょっと待て。オイ……」

 

 思わずウォッチングしていた映像を睨むようにして瞳を細めるしかなかった。

 

 すぐに脳裏で秘匿回線に繋ぐ。

 

「帝技研地下の部隊。直ちに応答せよ」

 

『はッ!! ご下命をどうぞ!!』

 

「すぐに自身の剣で残してある紅の結晶を切って見ろ。最大限の防御と警戒を怠るな。即時発令する」

 

『了解致しました。抜剣―――切?!』

 

 サウンドオンリーの回線先で思わずドラクーンの声が詰まる。

 

「どうだ? 切れたか?」

 

『い、いえ、切れませんでした。いえ、いえ、これは……剣の方が切れた上に物理的な衝撃も何も無く今も空間上にあるクリスタルが奇妙な反応を』

 

「奇妙?」

 

『存在しているはずですが、切った瞬間には何もありませんでした。全ての観測機器で“何も無い”が観測されております』

 

「………解った。そこの部屋の周りを直ちに最重要区画としてゼド機関で封鎖しろ。多重封鎖形態は絶対封鎖で固定。それと帝国技研から直ちにそこの内部を観測する部隊を立ち上げて、周囲にある重要物資及び資材、機材、人材を分散してコードESD012で引っ越しだ」

 

『了解しました。それ程の事なのですか。やはり……』

 

「ドラクーンの観測機器で“何も無い”ってのはな。定理が無いって事だ。ソレは“宇宙の外”だ。何が入り込んで来ても惑星一つ消滅するのに何ら問題無い大問題だ」

 

『分かりました。直ちに……』

 

 通信を切ってから、権限でワールド内から強制的にやってくれた婚約者を引っ張り出して意識を覚まさせる。

 

「おーい。起きろ!!」

 

「はへ!? な、何だよ!? い、いきなりだぞ!? せ、せっかくみんなで御馳走食べてたのに!? 何かあったのか!? シュウ!?」

 

 すぐに危機的な状況なのかと起き上がった朱理の様子が大丈夫そうなので溜息を一つ。

 

「そっちにはオレが謝っておく。とにかくだ。お前、ゲーム内で神格と契約したって言ってたな?」

 

「え? あ、うん。それがどうかしたのか?」

 

「どうやって契約した?」

 

「え? え~と、確かゲーム初めてからすぐに宝箱に紅の宝石の原石みたいなのが入ってて、それを取ったら、契約者の証とかいうので」

 

「なるほど? それで?」

 

「神格契約が可能って出たから、条件確認して契約してみた。だって、炎の神ってスゴイ普通に強そうでメジャーな部類に見えたし」

 

「なるほどなるほど。その神の名前は?」

 

「クトゥグアだぞ。あ、契約した時に『汝の願いは我が願い。汝の思いは我が思い。セイショウせし御霊の顕現。フォマルハウトより来たらん。黒き星に愛されし者は新たなる創生へと誘われん』だとか言ってた。確か」

 

 生憎とゲーム制作者にはそんな神格を設定して造った覚えは一つも無かった。

 

「黒き星に愛される………それで呪文とか頭に浮かんで来たりするのか?」

 

「普通そうじゃないのか?」

 

「はぁぁ、セイショウ。セイショウ……炎……まさか、星焼、か?」

 

「その、どうしたんだ? シュウ?」

 

「契約した時にその宝石どうした?」

 

「あ、胸に飛び込んで、いつもの宝石に消えちゃったけど」

 

「少し手、いいか?」

 

「え? あ、や、ちょ」

 

「黙ってろ。すぐに済むから」

 

「ぅ~~」

 

 恥ずかしそうにされても自分で確認せざるを得なかった。

 

 胸の紅のソレに触れた途端。

 

 バキリッと自分の内部に沈めていた黒い侵食痕。

 

 つまり、神の顕現であるはずの部位に罅が入る。

 

「ッ―――何もするなよ。確認しただけだからな!!」

 

 腕に怒鳴って静かに息を整える。

 

 全身の骨を粉々にされたような衝撃を瞬時に頭を振って忘れる。

 

「シュ、シュウ? だ、大丈夫か?」

 

「ああ、大丈夫だ。もう一度見せてくれ。今度はオレを受け入れるように気持ちを持ってくれるか?」

 

「え、あ、う、うん」

 

 何が何やら分からない様子の朱理がちょっとだけ不安そうながらも気を静めて腕を自分から胸元の水晶に当ててくれた。

 

「……クトゥグアとか言ったな。お前がもしもオレの大事なものを燃やすなら、オレはお前を必ず滅ぼす。例え、世界の外にあろうが、宇宙の果てだろうが、お前が何もかもを燃やし尽くす何かだろうが、必ずだ……覚えておけ」

 

 手を離した。

 

 脳裏で観測を終えた胸元の宝石は原子力電池なんてものでは無くなっていた。

 

 今までの全てが偽装だったとでも言うのか。

 

 淡く胸元の宝石が焼け。

 

 僅かフラッシュペーパーのように炎で嘗め尽されながら下から別の色彩が現れて本当の輝きを零す。

 

「こ、これって……」

 

 それは見紛う事なく怪物卿から貰った超重元素の輝きだった。

 

「やっぱりか。時空間を焼き落とすとか。どんな性能だか……はぁぁ」

 

「シュウ? この胸のって……」

 

「ちょっとだけ抱き締めさせろ」

 

「え、ぁ……ぅん」

 

 思わず腕を背中に回していた。

 

「……お前の中にいるのはオレの腕やエメラルド・タブレットに入ってる連中と同じ領域の何かだ。ついでに言えば、欠片や門みたいなもんじゃない。本体だ」

 

「ほ、ほん、たい?」

 

「ああ、繋がってる。今のお前はオレよりも実質的には強いし、同時に世界の外と繋がった影響でオレみたいに変質する可能性がある」

 

「―――」

 

「……こういうのは全部、オレの役目だと思ってた。そう出来れば良かった。でも、お前が選ばれて、お前が当事者になった……お前にオレみたいな決断はさせたくないと思ってた。だが、それをさせざるを得ないとしたら、それは……オレの敗北だ」

 

「シュゥ……」

 

「出来る限りの事はする。何でも言え。何かあったら何に優先しても自分の事を考えろ。お前が契約したソイツがどういうものだろうともオレがどうにかする。必ずだ……」

 

 抱き締め返される。

 

「シュウ。そんなに心配しなくてもいいぞ。だって、少し嬉しい……不安もあるけど、シュウを助けたいって、シュウを助けられるくらいにちゃんとしたいって……ずっと思ってた……」

 

「朱理……」

 

「だから、一緒に……がんばろ?」

 

「―――分かった。その代り、お前がどんな状況でも生き残れるように訓練してやる。悪いが、手加減できない。ずっと付き合って来たから分かる。こいつらの本質に利用されるな。オレ達は人間の心でこいつらと並び立つんだ」

 

「並び立つ……ぅん。分かった。これからよろしくな? シュウせんせー?」

 

 離れると昔、勉強を教えていた頃に揶揄われたような笑みが浮かんでいた。

 

「背、高くなっても変わらないな。オレもお前も……」

 

「ふふ~シュウと一緒なら何だって出来るもん。大学だって一緒に行けた。神様にだって負けないって、絶対さ」

 

「……ぁあ、まったくだ。あの頃に比べれば、今は恵まれてる気すらする。沢山、仲間も部下もいるしな」

 

 その日、さっそくさせた事は二つ。

 

 女王は武者修行に出ますという書置きを残させ。

 

 取り敢えず力をちゃんと使えるように人気のない大陸での訓練をする。

 

 ワールド内の大陸の一部を立ち入り禁止にして力の性質を把握するのに数時間。

 

 現実世界よりも長い時間。

 

 ずっと、2人で訓練と力の解明を進めたのだった。

 

 何処か嬉しそうで久しぶりに二人切りな自分達がやっているのが色気も何も無いゲームというのも自分達らしいかと。

 

 そう、苦笑しながら、次の日の朝まで10日以上を過ごす事になったのである。

 

 *

 

 聖女の祝福。

 

 こう呼ばれるものは広範囲に渡る。

 

 現代では社会そのものがそうだと言われる事もある概念だが、もっと直接的にソレは人々の生活の中に根差したものとして認識されている事が多い。

 

 例えば、物心付いている子供が架空の友達と遊ぶ時、其処にいる誰かを少年少女達は確かに感じていて、その友達に命を救われたり、人生の岐路で重要な事を教えて貰ったという子がいる。

 

 数年もすれば、記憶の底を浚っても思い出せない“お友達”は今を生きる一人っ子や寂しい子供達の味方で親は首を傾げながらも、これも聖女の祝福だろうと呟く。

 

 目に見えない友達の事を忘れても、何処かで覚えている姿を彼らは極僅かだけ己の影のように思うという。

 

 また、死に掛けた者達はよく深淵から声を聞く。

 

 誰かと死の淵で対話した者達は多い。

 

 誰かと会話した事は覚えていても、誰と会話したのかは思い出せない。

 

 が、何か大事な事に気付いたと何処か変わったという話がある。

 

 これもまた聖女の祝福だと人々は言う。

 

 死の淵で押し留めて下さったのだと。

 

 神の御加護であると宗教者の大半は言うが、その神とやらに熱心な信仰を捧げるよりも、大勢の迷える人々の為に働こうという者が多くなるのが皮肉か。

 

 そして、一部の特殊な力を持つ者達。

 

 とある超人層だけが、聖女の祝福……その本当の意味を死の淵。

 

 否、死を超えて感じるのだ。

 

―――無名山敗北後3日後。

 

 帝国陸軍情報部特務4課。

 

 アウトナンバーが出現しての時代以降、あらゆる軍事諜報活動を行って来たリセル・フロスティーナ設立の影の立役者である。

 

 対外的には帝国の機密諜報組織として、正しく現実における陰謀論者が言うようなCIAも真っ青のオシント、シギント、その他諸々+軍事活動を行う第4の軍と呼ばれる者達だ。

 

 一つ目の軍が帝国の正規軍。

 

 二つ目の軍がドラクーン。

 

 三つ目の軍がリバイツネード。

 

 そして、正規軍に属さない情報戦を行う社会内部での問題解決用雑用係は場合によっては社会を滅ぼす初見の敵に対応するプロフェッショナルだ。

 

『こちら、ウルクイア分隊。新規バルバロスの作製現場を目視で確認。情報収集後、直ちに制圧破壊任務に移行する』

 

 今、大陸においてアウトナンバーの脅威が殆ど消えた昨今。

 

 帝国の足元では四つの力による新規バルバロスと呼ばれる新しい生命体の発生と対処に追われており、その脅威は日増しに高まりを見せていた。

 

『デカイぞ。中尉……こいつは……30mはあるか?』

 

『先日の北極海戦闘で観測された個体に似た部位が幾つかあります。キメラ型でしょうか』

 

『恐らくな。ゼド機関と新型空間探査アプリが無きゃ見過ごしていた。こんな市街地の端でいきなり現れたら、どれだけの人間が犠牲になってた事か』

 

 大陸のあちこちに今も建造が続けられている地下シェルター。

 

 その未だ活用されていない一角の内部。

 

 空間の歪みを検知したゼド機関の重力波観測によって地下施設の一角に設けられた歪んだ異相の内部へ彼らは突入していた。

 

 通常空間を投影したような世界の只中。

 

 すぐに爆薬を仕掛け、数名の情報部の隊員達が脱出を図って走り出す。

 

『近頃、本当に多いですね。漫画やアニメも真っ青ですよ』

 

『ホンモノが漫画やアニメに追い付く程に強かったら、困った事になるな』

 

『いや、近頃はかなり規模や能力的に近いの出てますよね』

 

『中尉殿より強かったら、我らは全滅ですな。ははは』

 

 巨大な敵が背後の暗闇の空間に置いてけぼりにされていく。

 

 異相内部に引き込まれた空気や地下の土砂を用いて、原子変換されつつ組み替えられた物質は挙句怪獣染みたモノになる。

 

 それが見た事も聞いた事も無い殺傷能力マシマシなバルバロスなのだから笑えない。

 

 彼らが気付かれぬようバルバロスの能力を機械化して此処10年でようやくドラクーン以外でも運用出来るようになった透明化機能を衣服で使いながら走る姿はもう100m4秒代であるが、息が切れている様子はない。

 

 会話しながらでも余裕そうだ。

 

 背後に遠ざかる怪獣へ設置していた特性爆薬のカウントダウンを脳裏で表示しながら、彼らは狭いトンネルの中を一列で駆け抜けていく。

 

『倒せるでしょうか。中尉』

 

『最新の蒼力再現機械だ。ようやく空間防御を貫通出来るようになった代物。原子分解に耐えるクラスの敵ならば、そもそも我らに勝ち目は無いな』

 

 足音を響かせながら巨大な敵が生み出した歪曲空間の出口であるトンネル先の歪みを目指した彼らは脳裏で軽口を叩き合う。

 

 その脳内にあるのは第三の脳、ではない。

 

 蒼力を用いる事が出来る超人御用達の高次元領域へとアクセスする器官はドラクーン以外では幾つかの例外を除いて、大陸の殆どの人間には今まで許可されていなかった力だからだ

 

 それが今はゲームをやってたら生えて来るとか言われているのだから世の中は変わったと言える。

 

 が、それとは別の系統の技術においては既に脳の回路化技術や他の心理学、薬学、遺伝子工学、諸々での強化は民間での実用化段階にまで進んでいる。

 

 全ては超重元素とソレを用いる分子機械学の専攻分野が此処数か月で飛躍的に進んだ為だが、それ以前から脳と機械の融合を目指した幾つかの実験は大陸で極秘裏に進められていたからでもある。

 

 現在はそれなりの数、情報部の人員に彼らと同様の人々がいるのだ。

 

 脳梁に第三の脳と同等の能力を持つ器官を機械的に生み出す技術は秘匿されているが存在はしているのである。

 

 無論、初期技術の産物として寿命がちょっと縮むとか。

 

 軽度の記憶障害が発生するなどの副作用はあるが、全てはちゃんと彼ら自身が選んだ選択肢である。

 

 これら技術はドラクーンとは別の系統で半ば発展途上のままに研究されていたが、今はほぼ完全な代物。

 

 殆どは帝国技研に仕える白衣の狂人達が生み出した産物であり、一部しか一般公開されていない。

 

 そんな技術の精粋である有機物と無機物の複合による新しい脳を持つ彼らはドラクーンですらも未だ持っていない機能を持つ被検体でもあった。

 

『こうして通信をクリアに行えるのも昔では考えられないような進歩ですね』

 

『安全性を考慮して高級軍人にも施されていませんでしたが、この強度の暗号通信なら、もうしばらくすれば使われ出すだろう。この技術があれば、かなり通常戦力は向上しそうだな』

 

『中尉もそう思いませんか?』

 

『そうか。諸君らは知らないらしいな。我らに使われている技術は少なからず人類の宇宙開発時代でも特定の環境下でしか施術されないし、能力の遺伝的な継承も出来ないようになっているんだが……』

 

『それは初耳です。何故でしょうか?』

 

『新人類計画と嘗て呼ばれていた人類絶滅級案件に対しての回答の一つが我らを産んだ技術だからだ』

 

『それは聞いた事があります。確か……複数の絶滅に対するサブプランで人類側を適応させる際の人類の新型フォーマット、でしたか?』

 

『ああ、そうだ。計算能力を自前で調達出来る我らのような人類が宇宙開発時代や荒廃した惑星で必要とされる可能性が高かったからな』

 

『では、今こそ我らのようなフォーマットの人類が必要なのでは?』

 

『まぁ……だろうな。だが、あのお方が帰って来た。そして、新たな計画が立ち上げられた。もしくはようやく始動したとすれば、やはり一部の者達にのみ実装されるだけだろうな』

 

『どうして、でしょうか?』

 

『脳の機械化。いや、無機複合体化は生身よりも敵側からの侵食リスクが高い。蒼力を司る第三の脳もその類だが、最も問題なのは単一フォーマットが適合出来なかった際に特定環境下では全滅が在り得る』

 

『別の可能性は残しておく、と』

 

『それよりも理由は複雑で複合的だ。我ら以外にも人類を基幹フォーマットとして派生する幾つかの技術、能力、遺伝による新社会形態と個別種族化は必要とされていた成果だ』

 

『具体的には?』

 

『人類の統一を維持するには毒だが、生存適応能力を底上げする連中は色々いる。お前らもウチの事務方の事は知っているだろう?』

 

『あ~~ウチにも色々いますが、その類ですか? あまり詳しくは教えてくれない者ばかりですから……』

 

『だろうな。彼らも機密の塊だ。まず遺伝的に種族化して能力を残せる存在として強化する案、また後天的に強化する事で種族化する案の二種類が社会形態とセットで構築されている。我らは全身機械化と脳の無機物との複合や融合。つまり、生命体としてある程度まで“人間を捨てる”事を前提にして適応するタイプだ』

 

『ほうほう? 彼らは違うのですか?』

 

『ああ、そうだ。遺伝的にドラクーンの種族化が考えられているし、彼らもある程度の実験に付き合っているはずだ。だが、他にも人格情報のみを最終的に残す事が可能な我らとも違って、他は人類の能力を発展させる別形態でしかないタイプも多い』

 

『例えば?』

 

『魔法は知ってるか?』

 

『え? あ、あ~~もしかして例のゲームですか? 姫殿下が帝技研の名義で出された?』

 

『アレは実のところ、蒼力の変形だ。魔法という名称ではあるが、本質は同じだ。遺伝子で魔法という形のプラットフォームを脳内に自己生成する。蒼力を暴発しないよう、暴走しないように管理する一形態だと聞いている』

 

『そうだったんですか……』

 

『そして、蒼力を種族の遺伝的な形質として受け継がせて、現実でも使えるようにするという計画がもう進んでいる』

 

『マジですか。アレそれの試験なのか……』

 

『利点は遺伝子で魔法と言う技術体系を人類に組み込める点だとの事だ。能力発現のプロセスが遺伝子に組み込まれているから、蒼力運用者の子孫が将来は別星系でそういう大系の技術を使う者達として繁栄するかもな』

 

『はぁ~~~スゴイですね』

 

『オレはそういうリアクションをするお前らの方がスゴイと思うがな』

 

『?』

 

『分からんならいい。人類の新形態としては魔法使いを今上げたが、他にもバルバロスとの混合種を用いる人型を基軸とした亞人類種の創生計画もある。これは馴染み深いだろう? 耳だの鱗だの目だの毛皮だの色々ウチにもいるからな』

 

『あ、はい。主に事務方してる人達ですよね?』

 

『彼らは最初期のオールドワン。被献体1号なんて呼ばれる事もあった。まぁ、元々大陸にもいたタイプだ。お前らも物語の中に出て来るのを見たり、漫画やアニメ、国外旅行で行きたい^国ナンバー1のCMで御馴染みだろう?』

 

『そうですね。いつか休みが取れたらリゾート観光でのんびり行きたいです。まぁ、人型ならギリギリいけますね。成って見てもいいかも……』

 

『心が広いなぁ。お前……』

 

『続けるぞ。また別の方法論として高次元や低次元への移住計画。環境フェイズ・シフト型というタイプも存在する』

 

『環境フェイズシフト?』

 

『現実の極限環境ではなく。別の次元や別の領域で人間の精神性と社会性を保ったままに移行して、人類の存続を図る概念だ。これは前々から研究されていたが、ここ最近で具体化された物だな』

 

『え、そんなのありましたっけ_?』

 

『あのゲーム……どうやらオレ達のいる宇宙とは別の宇宙に意識を投影して行われているらしいって話だ』

 

『マジですか? 次元が違うの? え? アレって機械の中に意識投影しているんじゃ?』

 

『この間、マッド共が愚痴っていたぞ。せっかく用意した量子コンピューターが単なる接続処理でしか使われて無くて悲しいとか何とか』

 

『接続処理?』

 

『姫殿下の肝入りだからな。あのゲーム……実際サーバーで動かしているわけじゃないらしい。だが、そのおかげで使っている量子コンピューターの処理能力は余りまくりで別の仕事に使われているとか』

 

『は、はぁ……そうですか、としか』

 

『はは、そうだよなぁ。そういうリアクションになるよなぁ誰でも……』

 

『中尉は本当そういうの詳しいですよね』

 

『ちなみに次元とか領域という類の別の世界への逃避行は現実に幾つかの計画が軌道に乗っているらしい。ただし、一部は生物を高次元領域に送り込んで帰還させ、新しい人類の特性を獲得する事を念頭にした人類進化関連の計画とも連動しているようだ』

 

『オレらって本当に帝国の機密の一部でしかないんですね。中尉……』

 

『その通りだ。我らなど枝葉にしか過ぎん』

 

『枝葉……死んでも蘇るヤツまで割と職場にいるのがもうアレだったのに……現実はそれ以上に奇妙なもんですね』

 

『あのお方の力が真に死者すらも蘇らせるものである以上は死んでもお仕えせねばならん。覚悟が無いヤツは上にも行けんしな。此処まで来たらやり切って退官まで働け』

 

『はは……ブラックな職場だと今風に申しておきますよ……中尉殿』

 

『そう悲嘆するな。頭さえ残っていれば、どうにかしてくれるのが我らに期待と資金を掛けてくれる上層部と職場の良いところだろう?』

 

『姫殿下の遺伝子の一部が発現したら、頭部さえ残ってれば、意志力である程度は蘇生と再生まで出来るのがデフォとか。情報部に入った当時はかなり顔が引き攣りましたよ』

 

『真に死が我らを捉えるまで。人々の為に働かねばならん。それが我らの為でもある。力持つ者が自らの人生を豊かに生きる為にこそ、他者を救う。これを偽善という者もいるが、私はそう思わんよ。為す善悪に貴賤は無い』

 

『じゃあ、何ならあるんです? 中尉殿』

 

『“人心に善し悪しあれど、罪を憎んで人を憎まず”“我らは罪と人を狩りて世に資して己の道行きに笑みを得ん”だ」

 

 ―――『(……それ紙芝居の台詞)』×4人。

 

『ん? どうした? 嫌いか? 聖女姫譚?』

 

『そういや、中尉殿は聖女フリークでしたね』

 

『我らのような人間以上化け物未満が何をどう屁理屈を言おうが、所詮は一兵卒。余計な思考で面倒な事を始めようというのでなければ、あの方の創り給うた現代社会という芸術の歯車の一員として適当に満足しておくのが吉だ』

 

『そんなものですか?』

 

『ああ、無駄に拗らせた元同僚の裏切り者とか。笑い話だぞ?』

 

『え? そんなのいるんです?』

 

『いるんだよ。社会を変革するんだどうたらーとか。オレはもっと自由になりてーんだこーたらーとか。聞き苦しくて落ち着けと頭をブチ抜いて黙らせた事もある。お前らも現実はちゃんと知っておけ』

 

『はは、気を付けます。それにしても現実、ねぇ……』

 

『ちなみにそういうヤツに限って現実を前に潰れて大人しくなるからな』

 

『具体的には?』

 

『人類から戦争を奪ったせいで人間が進化しないし、闘争本能も忘れちゃうじゃないか!!? →いや、戦う規模が違い過ぎる敵が沢山いるけど、お前らは知らないだけじゃね? とか?』

 

『ぁ~~井の中の蛙的な?』

 

『そうそう。他には人類の思想矯正を行う心理調査庁こそ悪党!! 人類を強制的に従わせる隷属機関に違いない!! 我らは人類の思考を並列化し、均一化しようとする悪党に断固反対する!! とか?』

 

『え、えーと、そんなに間違ってないような?』

 

『ふ、若いな。ちなみにそいつは本当のパラノイアやらサイコパスが年齢関係無くヤバイという現実を調査庁への一日訪問で知ってもらった挙句に彼らの矯正が単なるお薬の投与と現実を教えてあげるという事実のみで完結する事を教えただけで折れた。もう次の日には陰謀論者から聖女様万歳論者に為ったぞ』

 

『どういうのを見たら、そうなるんです?』

 

『簡単だ。精神病質、資質的な社会不適格者にはまず遺伝病を念入りに消し去る為の脳資質を底上げする薬剤を投与して真っ当な脳機能と良心を取り戻させる。ついでにお前らが悪事を出来ないという単なる事実を客観的な情報で教えるだけ、という日常業務を見せた』

 

『客観的情報?』

 

『聖女の世代が殆ど殺人を犯せない本当の理由とか知らない方がいいぞ? 管理とは管理されている事が分からない程に最上だ。そして、人類を今管理している方に単なるサイコパスやパラノイアの狂人気質なだけの連中が敵わないのは言うまでもない。違うか?』

 

『あぁ、はい。うん。ソウデスネ。何も聞かなかった事にします』

 

『他には自分は自然発生した新人類だ!! 人類をボクと同じ賢いヤツに同じにしてやろう→いや、お前も含めて現生人類の大半はそもそも過去の人類とは違う聖女世代の新人類だが? また退化したいの? とか』

 

『あはは、はぁぁ……』

 

『オレは難民移民出の最強能力者だ。オレは難民が幸せに生きられる国を作る!! →はは、君はその難民キャンプがどれだけ恵まれてるものか。過去の状況を見てから喋ろうか? それと難民移民が君に付いて来るかどうか聞いてみたら? え? もしかして、賛同者0人なの? 単なる痛い人かよ!!? とか?』

 

『う、うわぁ……』

 

『あ~~他にはオレは時空間を操って最強なんだ!! 聖女如きオレが倒せる程度の旧時代の化石でしかないぜ。ガハハ→もうしませんごめんなさいどうしてそんなにドラクーン先生は強いんですかそうですかオレは虫けら以下だ。とか?』

 

『何かもう聞きたくなくなってきました』

 

『後二つ!! とっておきがある。一番笑えたのは人類の精神を統一してオレが世界を平和にしてやる!! →いやいや、もうこの現代の殆どの人間の精神性が統一されて、殆どの人口の意思統一、意思決定では誤差以外、大半は合理的だよ? 何でわざわざ平和なアウトナンバーとの戦争中の大陸に新しく争いを持ち込む必要があるの? 馬鹿なの死ぬのいや死んだら? とか?』

 

『アウトナンバーがいても平和なんだ……』

 

『生憎とアウトナンバーがいなけりゃ、平和ボケまっしぐらなくらいには平和だな。人類の大半が人類間戦争をこの数十年経験してないのが何よりの証拠だ。50年前の紛争戦争の数を調べてみたらいい』

 

『ちなみに最後の一つは?』

 

『最新のネタだ。帝国はオレに平伏せ!! オレは超位の高い貴族の息子!! 皇帝をぶっ倒して、皇帝王にオレはなる!! 的な? あ、そいつはこの間、聖女殿下に喧嘩を売って死より苦痛そうな現実と実力差を前にして傷一つ付けられず道化になったのをドラクーンの酒の肴にされたっけな。いやぁ、アレはさすがに男として可哀そうになった。うん』

 

『全部、何か分かりました。ハイ』

 

『よろしい。ま、こういう教訓を思い出したくなったら部署の窓際とか見てみろ。あそこら辺に固められてるのはまた別だが、そんな現実を知って、自分の矮小さと卑小さと現実の知らなさに愕然とした挙句に大人しく余生を送る事にした元裏切り者諸君だったりするぞ』

 

『え……いつも挨拶してくれる気さくな人しかいなくないですか?』

 

『自分達の不満や自分達の考えがいつかの何処かの誰かなどではなく。たった一人の御方に予め先回りされて対処が終えられていたので殆ど意味の無い裏切りや反乱でしたと知らされた方々だ。理論武装も完璧な上にあのお方からの直のメッセージで止めた方が良いという現実を突き付けられてポッキリ折られたら、ああもなる』

 

『そのぉ……姫殿下はこの50年いなかったんですよね?』

 

『ああ、だから、あいつらは理解する以外無かったのさ。自分のような裏切り者が出る事など何十年前から予期されていて、そいつらを絶望させるに足るメッセージが何百何千とウチの局長が保持してる時点で敗北しているとな』

 

『な、なるほど……』

 

『表向きに知らされていない情報があるせいでこういう事態になったら、教えておけと言われたモノを上層部が開示して一件落着。う~ん。恥ずかしいな♪』

 

『いや、恥ずかしいで済むんですか?』

 

『だって、そうだろう? 自分の考えた最強のカッコイイ理論武装とカッコイイ思想とカッコイイ武器や体術を使って現行社会に抗いますオレカッコイイーしてたのが、いきなり現実に引き戻されるからな』

 

『生暖かい目で見られそうですね……』

 

『お前は意味の無い恥の上塗りを重ねるのか? と、敵とすら思われずに真顔で言われたらなぁ?』

 

『―――恥も外聞もありませんね。そうなったら』

 

『大抵はな。問題は問題じゃなかった。問題はもう解決していた。問題に見えていたのは問題にしておけと上層部が言われて、その問題に対して人々が己で考え、己で決断し、己で解決するプロセスを見付けさせ、身に付けさせる為だった。実際、過激な方法で解決に動いたら、もう問題は存在していなかった。そういうのばっかりだったな。この50年……』

 

『全てはあのお方の掌の上って事か……』

 

『その上、死人まで極力出さぬよう配慮して下さったせいで生き恥を晒しても償わせて下さいと頭を下げる奴らしかいなかった。はははは』

 

『……中尉殿。本当にお詳しいですね』

 

『これでも歳だけは食ってるからな。いいか? 諸君……あのお方の力や姿を前に騙されるんじゃない。あのお方の真に畏れるべき力は世界を滅ぼせる暴力などではない。人々が言う事こそ真実。あのような映像など偽りの姿……』

 

 見えて来た出口を抜けて、男達が脱出したと同時に相当に後方へ置き去りにした空間の先が蒼い燐光に溢れていく。

 

『人を誘い、人を導き、人を読み、人を倒す。そう……人類の全てを想定したあのお方が生み出した“社会”という歯車こそが紛う事無き力なのだ』

 

『………』

 

『有史以来。もしかしたら、人類史以来……人類社会を掌握し、創造した個人。それこそが我らが奉る指導者』

 

 これは聖女フリークだなと多くの部下達が思う。

 

『神も独裁者も及ぶ事は無い。この須らく全てを背負い振るわれる剣を盾を我らという個人をあの御方こそが支配する。その真なる姿は……ある意味、人の言う究極の悪なのかもしれん』

 

『表現がロックですね……その心は?』

 

『人の心を奪う手口であの方に勝る者など他に存在せんさ。誰か反論出来る者はいるか? あぁ、恋人と伴侶は別でな♪』

 

 撤収する彼らの声は虚空の宵闇に溶けていく。

 

 そして、やはり反論の声も無かった。

 

 帝国軍人ならばユーモアの一つも言えねばならない。

 

 真実が含まれていたとしても乾いた笑いくらいは飛ばせねばならない。

 

 処世術というのはそういうものだったし、これからもそうだろう。

 

 少なからず、彼らが人間を止めない内はそうあるべきだと教育され、そう在ろうというのが帝国陸軍情報部。

 

 その真っ当な現実主義者諸君と呼ばれる人々の日常であった。

 

 *

 

「マーフ……」

 

「貴女ですか。黒猫の神」

 

 白い部屋の最中。

 

 とある帝国の少女は座って目を閉じていたにも関わらず。

 

 来訪者である小さな黒猫にニコリと微笑む。

 

「先日はありがとうございました」

 

「マーヲ」

 

「約束? 貴女らしいですね。過去時間軸に干渉出来る貴女程の存在がこの時代に到達して尚、分岐点以外には干渉していない。四つの力の最たる機能すらも貴女には無意味ならば、もっと過激な事をするのかと思っていました。我が息子は良い友を持ちましたね。いえ、娘でしょうか」

 

「マゥマゥマー」

 

 黒猫がそれほどでもありますとふんぞり返るポーズを取った。

 

「新たな可能性が拓かれた、ですか……それはつまり不確定の未来が到来するという事。今の今まで不確定性原理の大半を停止させていた四つの力が機能を切り替えて動き出した以上、もうこの星系では外なるものの侵食のみならず何が起こってもおかしくない」

 

「マゥマーヲ」

 

「……狙いはそれですか。この宇宙のこの時代のこの瞬間でなければならなかった意味が……なら、此処から先は万能たるブラジマハターすらも及ばない未知。あの三柱の神とあの子達がもしも我らが出来なかった道の先へ到達するのならば、その時こそ歴史を繰り返して来たこの星に未来が来るのかもしれません」

 

「マゥーヲゥ」

 

「ふふ、お別れを言う相手がいるというのは中々に嬉しいものですね。時代は既に変わり始めた。後は全てこの時代の人々に託しましょう……最後の最後にあの子に会えて良かった。親が無くても子は育つとは真理でしたね……」

 

 聖女に似た少女の体がゆっくりと解け始めていた。

 

 まるで糸が虚空に溶けていくかのように肉体が四肢から消えていく。

 

「もしも、もしも願いを聞いてくれるなら、一つ頼まれてくれませんか?」

 

「マゥ?」

 

「ええ、未練ですよ。私の彼はもういません。ですが、彼との間に欲しかった宝物は手に入れた。そして、宝物はいつか誰にとってもそうなるくらいに眩かった。こんなに嬉しい事はありません。だから―――」

 

 掠れて虚空に溶けていく少女の声を黒猫は静かに聞き届ける。

 

「………マヲウ」

 

「蒼き瞳に列なる神話。この系列世界に名立たる世を開いた戦争の御伽噺。今一度、今一度でも語られるならば、どうか……続きを……彼と聞いたあの頃のように……」

 

 その時、黒猫は自分の後ろに誰かが立っている事を知る。

 

 だが、その誰かはフッと笑みを浮かべて頷いたような気配を残して振り返る頃には消えていた。

 

「マーヲ」

 

 しかし、黒猫の背後でも気配は途切れ。

 

 そして、黒猫の前には一つの地球製のメモリが一つ落ちている。

 

 ヒョイとそれを咥えた黒猫は誰もいなくなった部屋の中から飛び上がって消え……後にはただもう誰見なくなった空白だけが残されたのだった。

 

「ご苦労様でした。フィティシラ・アルローゼン皇女殿下。我らオブジェクト一同、心から賞賛と祝福と感謝を送らせて頂きます……さぁ、行きましょうか。あの方の最後の願いの為に……」

 

 空白の部屋が閉じられ、その施設の中で永久に封鎖された後。

 

 帝都の巨大図書館の地下異相に隠されていたソレが目を覚ます。

 

 その施設中枢。

 

 巨大なサーバーを多数背後にして一人の観測出来ない容貌の女性秘書が目を柔和に細めた。

 

「【エリア-B8302】はこれよりは【サイト-49343】にて保留された001-CよりGまでの奪取へと向かう。四つの力、外なる者達、蒼き瞳、何もかも我らには届かぬかもしれないが、術はある。我らは世の例外……【エラーコード】と名乗るべきだな」

 

 彼女の周囲には誰もいない。

 

 だが、今もその地下設備の庭に屯する人間が見てはならない何か達は同意を示すように各々の声らしき音を上げた。

 

「抜描!!! 現実描四基を停止!!! 我らが船〇〇〇-2394332【深き極光ディープ・ライナー】出航せよ!!!!」

 

 その日、怖ろしい事にアバンステア帝国の帝都郊外において発生した極大の異変を人々は異変とは認識しなかった。

 

 それは優美に図書館が変形しながら地表でスライドし、地下から出現した黒き船体を見て……錯覚したからだ。

 

―――ああ、聖女殿下の秘密兵器が飛ぶのだな、と。

 

 そんな一般人の猛烈な誤解など露知らず。

 

 突如として現れた全長4kmの漆黒の巨大船は帝都のあらゆる観測機器の目を釘付けにしながら、悠々と撃墜命令がドラクーンに出ていないのを良い事に空の彼方へと飛び去り。

 

 あらゆるレーダーから消えて雲隠れした。

 

 それがいつからそんな場所に置かれていたのか。

 

 そもそもどうして図書館の地下に数kmもの地下格納庫が存在したのか。

 

 何もかも誰も知らないままに聖女だけが思わず大笑いして諦めの境地となった。

 

 黒猫から母が死んだとか。

 

 新しい指導者も無い黒き船が出航したとか。

 

 アレに載っているのが一つ一つで世界を滅ぼせるオブジェクトの集団だとか。

 

 そういう話を聞いたからではない。

 

 ただ、自分にも悟らせず。

 

 ずっとずっと、誰かを護っているつもりが、ずっとずっと傍で誰かに護られていたというあまりにも笑えない現実を前にして、自分を笑うしかなかったのだ。

 

『ふぃー?』

 

『(ありがとう。お母さん……)』

 

 この世で二人目の母にそう感謝して、聖女はこう世間に公表する事とした。

 

 アレは遥か太古からこの帝都を護り続けていた古い古い者達の船。

 

 そして、今は亡き祖父。

 

 悪虐大公ルードヴィッヒが遺していた可能性の一つなのだと。

 

 人類に牙を剥くにせよ剥かないにせよ。

 

 付き合って行かなければならない相手なのだと。

 

 こうして世間には一つの組織の名が名乗られる事となった。

 

【エラーコード】

 

 そう名乗る一団はこうして歴史の表舞台へと登壇したのである。

 

 この事実を伝えた黒猫はそんな日ですら閉鎖される事になった帝技研からの引っ越しに混じり、知り合いの役者少女の頭の上でのんびり事の成り行きを見守り続け。

 

『大公閣下もスゴイ人だったんだね。大公様役のおじーちゃん明日応援してあげなきゃ。ね~?』

 

『マヲマヲ♪』

 

 時代が確実に流れていく世界はもう加速を初め、減速の兆しも無く。

 

 既に破滅か未来の二律背反な綱渡りへと向かっていく。

 

 此処に新時代と呼ばれる歴史の最後の欠片が揃った事をまだ誰も知らない……。

 

【RCライズ・センチュリー】

 

 翌年の1月1日より施行される新たなる時代を大陸はそう呼ぶ事となる。

 

 蒼の時代の終わりに黒き船来る、と。

 

 未来の教科書にはきっとそう載るに違いなかった。


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