ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第151話「虚空の決戦」

 

―――帝国公共電子掲示板【聖女をもっと愛でるスレ1111】

 

 001名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 お? 何か特別監察待機とか書いてあるんだが、これなんだ? つーか、いつも出てる数字やゼド語が無かったり、×に置き換えられてる?

 

 004名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 マジかよ。お前ら、今日だけは絶対ふざんけんなよ。帝国陸軍情報部様によるリアルタイム観察中はガチで社会的に即死するぞ。

 

 005名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 このモード知らんヤツは前回の姫殿下記者会見時のスレを見て来い。いいか~絶対に面倒事起こすなよ。スレが即落ちするからな。

 

 006名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 ついでに言えば、このモードはどうやら全ての情報を情報部様が公的に吸い上げてる時に出るもんであって、後で社会的評価にすら影響出るからな。

 

 007名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 おー怖……つまり、特定のワード書き込んだらヤバイのか。

 

 009名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 無名山と宇宙で始めての会戦だ……事実上、これで無名山側が負けたらリセル・フロスティーナ預かりで法的にやってくしかないから、あっちは本気になるはずだ。

 

 010名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 でもよードラクーンに無名山が勝てるのか? 高々犯罪者集団。いや、犯罪者の子孫で構成されてるってだけなんだろ?

 

 012名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 アウトナンバー含め、あらゆる戦力を持ってるって噂だ。姫殿下の宣戦布告によって、あの場所に来れなければ不戦敗……戦争が不戦敗になるってのもおかしな話だが、まぁ全面戦争したら、あっちが滅びるのが落ちだからな。だからこそ、姫殿下はあちらの為に来いと言ったんだ。来れない人間に姫殿下がわざわざ戦場を用意するとは思えない。

 

 014名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 それにしても宇宙で戦争か……あんな大地いつから建造してたんだか。

 

 015名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 宇宙開発でもう宇宙に船は十数隻飛ばしてるし、国際宇宙開発ステーションもある時代だ。極秘裏に進められていた計画が明るみに出たんだろう。

 

 016名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 お前らぁ、衝撃に備えとけよー。言っとくが、姫殿下が戦うと仰ったって事は姫殿下と戦える相手が出て来るって事だ。いつでも避難出来るよう用意しとけー。

 

 017名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 あんま脅かすなよぉ……一体これから何が始まるってんだ? 子供の頃に避難所襲撃してきたアウトナンバー以上に怖いもんなんか見た事ねぇぞオレは……。

 

 019名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 世界の終わりか。宇宙の終焉か。はたまたこの星が砕けて無くなるか。どれだとしても何も驚かんよ。

 

 020名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 いやぁ、昔は戦争と言えば、尻丸出しで野糞したり、騎士様が脱糞したまま剣振ってたり、汚ったねぇもんだったが、今は兵器をバンバン撃ってりゃいいなんて、変っちまったなぁ。ああ、ちなみに元傭兵だったものだ。

 

 023名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 本来、国家元首クラスの人間が戦闘を行うとか。物語の中にしかないような話だからな? いや、昔は戦場で武勇を誇る王や王位継承権あるヤツとかいたんだろうけど、護衛部隊付きの最前線指揮官以上じゃなかったし、姫殿下って規格外だよなぁ。

 

 024名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 昔から姫殿下は常に最前線で戦っていた……そもそも多くの破滅を退けるのにご自分で全て対処為されたのだ。

 

 025名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 全ては紙芝居通りの御活躍って事か。脚色や諸々の作り話もあったんだろうが、それにしても物理学で説明出来るのか怪しいって民間の学者が首を傾げるレベルだ。本来、世界最先端の軍事科学技術が無いと出来なさそうな事を生身でしてるらしいし……。

 

 026名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 何だっけ? 物質とエネルギーの相互転換を蒼力で行ってるんだっけ?

 

 057名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 推定でな。ついでに言えば、次元や時空間にも干渉してるんじゃないかって話だ。でないと大陸規模の質量を光みたいなエネルギーに即時還元出来るはずがないらしい。あれだけの質量の分解を純粋な蒼力でやると百年掛かるとか。

 

 058名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 聖女様スゴイ!! 聖女様バンザイ!!

 

 059名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 そもそも浮かせてたしな。その浮かせる原理がまず分からねぇって話だっただろ。超重元素で重力をある程度制御する方法はあるけど、あの時の映像を見ても超重元素製の機材で浮かせられるような質量じゃなかったって話だし。

 

 122名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 そういや知ってっか。北部の宇宙開発基地から打ち上げる船でこの星から別の天体に向かうクルーを選出してるんだってよ。各国の共同出資、共同研究で数百年から1万年以内に到達出来る星系への片道移住計画らしい。

 

 123名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 オイオイ……この状況下でこの星から出るのか? それって脱出船なんじゃ……。

 

 125名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 だが、各国で300人選出する際の方式は政治家や金持ちが殆ど乗れないらしい。基本は研究開発と宇宙開発時代の長距離移民方法の確立の為の船なんだと。危険も滅茶苦茶高いが世界最高の技術が詰まった船で旅に出るかどうか。航路の確立と惑星開拓が主軸でその国の二流三流の研究者や技能職ばっかりとの話だ。

 

 128名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 一般人には縁がない話か。まぁ、脱出した瞬間に撃沈されちゃ世話無いか。

 

 132名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 撃沈ってアウトナンバーもいなさそうな宇宙で誰から攻撃されるんだよ。宇宙人か? 未来人か? はたまたアウトナンバーの力の根源とか言われてる未知の力か?

 

 135名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 決まってるだろ……聖女殿下の敵に、だよ。

 

 139名も無き聖女信者 (W 3232-X33ON [××.×.×.××])---特別監察待機中。

 

 時間だ……始まるぞ。人類同士最後の戦争だ……チャンネルはそのまま!! ってな。

 

 誰もが固唾を呑んで見守る中。

 

 そのディスプレイの先に映る巨大な何処までも黒い平面の続く世界の只中に2000km先だろうと1万kmだろうと完全に世界を映し出す超望遠カメラを搭載した衛星軌道上の監視衛星の幾つかが軍事用の精度で戦場を映し出した。

 

 最初、そこには誰もいないように見えた。

 

 だが、ナノオーダーレベルの精度を持つ光学レンズは限りなく曲面に凹凸の無い輝きをきらめかせ、焦点を正確に人工のクリスタル製の大地の上で結ばせる。

 

『姫殿下です……』

 

 左側に1人の少女が軍装を身に着け、静かに立っているのを見付けた軌道上の基地内部で詰めていたレポーター達の言葉は何処の国の誰だろうと一言だった。

 

 少女は1人。

 

 その黒い大地の最中に佇み真っすぐに何もいないはずの虚空の先を見つめていたが、各国の最初の1人が気付く。

 

 世界が煙るように褐色の風が大地を吹き抜け始めていた。

 

『これは……風? この色は……土。いえ、砂ぼこり……砂の、嵐?』

 

 轟々と空気も無いはずの世界に彼らは確かに灼熱の大地の上に吹く砂漠の荒涼とした景色を見た気がした。

 

 いや、実際にソレがまるで低重力を無視するかのように吹き続けている様子は宇宙空間では正しく異様だった。

 

『―――何か、何かいます!! 嵐の中から何かが!?』

 

 レポーター達が見る画面越しにも分かる。

 

 褐色の砂嵐の最中から溢れ出るように最初の一歩を踏み出していくのは馬車だ。

 

 だが、それを牽くモノは決して馬では無かった。

 

『な、何なのアレは?!!』

 

 無数の馬車が数kmも先から音を立てて無数に入り込んで来る。

 

 重力が無いはずなのに大地を踏み締めて、車輪を回してやってくる。

 

 それを牽くのは斑模様の濃汁とでも言うようなドロリとしたものを滴らせて走る獣のような何か。

 

 四足歩行ではあったが、獣ではあったが、犬と形容するのも烏滸がましい。

 

 開けた口元、縦長の顔、瞳というよりは宝石染みた赤い瞳。

 

 だが、最大の特徴は腐汁染みた液体を垂れ流す体でも無ければ、燃え盛るような敵意でもなくて……肉体から溢れ出した濃淡を描きながら溢れ出す炎。

 

 緑炎光に似ていたが、ソレがまた別の何かである事は見た者達なら理解出来ただろう。

 

 大陸の空を覆い尽した色とは違う。

 

 しかし、同種の禍々しさを誰もが感じていたからだ。

 

 馬車は列を為して走り抜け、たった百m先で左右に分かれて布陣していく。

 

 次々に横腹を見せて停車する車両の扉が開いたかと思えば、今時の戦闘服と言えば、これだろうという防弾チョッキにヘルメット。小銃や重火器を背負った男達が次々に陣地を構築し、馬車の二台から降ろした大量の迫撃砲を設置し―――。

 

 その遥か背後からは更に次々と砂ぼこりを掻き分け、猛烈な速度で溢れ出した砂を全て吐き出すように背後へ押し出す巨大な履帯が露わとなる。

 

『な、何だぁ!? アレは!!? か、火砲が付いた鉄の車両!? 陸上兵器か!?』

 

 それを見て、初めて白い少女は意外そうな顔となる。

 

 それが戦車だと知っているのは地球組と呼ぶべきだろう教授陣と少女達のみ。

 

「……見た事の無い戦車。しかも、材質的には地球産と見えるのに明らかに構造材が数世代以上先……火砲は……ふ、あははは」

 

 思わず少女は笑う。

 

「どうしたんだい?」

 

 見えざる少女の護衛が訊ねた。

 

「あの火砲、レールガンだ。ウチの正規軍のヤツより高性能だぞ」

 

「へぇ……それはスゴイと正直思う」

 

「まぁ、それでも空間兵器関連には及ばないが、一発で砂山が爆散するくらいの威力だな」

 

「何千両かあるみたいだね」

 

「ああ、だが……見せるだけの戦力としては妥当だな。問題は相手の主戦力が何なのかって話だが、オブジェクトで来るから、予測不能だ。事前計画通りに頼む」

 

「ああ、解った」

 

 少女は知っている。

 

 この大陸において戦車という兵器は誕生しなかった。

 

 車両に火砲を載せる必要性が無かった上に戦争で使われたのは航空戦力であり、地上戦はドラクーンで行って野戦はほぼ無く。

 

 市街地戦しか発生しなかったからだ。

 

 自走砲とうのは存在しているが、内部に乗り込んだりするものではなく。

 

 完全に無線操作や外部に乗るのが主流。

 

 後は設置展開式の米軍が使ってるような古いタイプの榴弾砲ばかりだ。

 

 安上りで数が揃えられる武器として各地域にアウトナンバーへの攻撃の火力支援役として砲兵隊が使っている。

 

 だが、内部へ乗り込む形式で車両化される事は遂に無かった。

 

 ドラクーン及びリバイツネードが移動する高火力武装で固めており、火砲そのものよりも威力が出た関係での事だ。

 

 絶対的に生産性重視の自走砲は緑炎光から逃げ遅れる方がヤバイからといつでも素早く降りられて、放棄可能な形式が採用された。

 

 つまるところ、大規模戦車戦が起きようも無く。

 

 塹壕戦術も帝国が使って以降、何処の国も採用しなかった結果が今の兵器体系。

 

 だから、もしもソレが運用されるのならば、陸軍同士の激突ならば、圧倒的にリセル・フロスティーナが不利だろう。

 

 戦車は砲弾や弾体一発で焼き切られて破壊される可能性がある。

 

 というのはお約束であるが、結局ドラクーンには劣っても装甲戦力なのだ

 

 互いに撃ち合う状況になれば、生存性はどちらが低いか分かり切った話である。

 

『……あ、正面に誰か出て来ます!! あ、あれは無名山の議長と目される方のようです』

 

 宇宙空間だと言うのに大気が周囲に漂い始め、次々に重力まで発生し始める。

 

 その最中を歩いて近付いて来る議長。

 

 それに1人突っ立っているわけにもいかないだろうと中間地点に歩いて行くと周囲では緊張が高まっているようで無名山側の部隊が固唾を呑んで見守っているようだった。

 

 互いに数mの距離まで近付くと議長本人である事が確認出来た。

 

 本日は軍装寄りではあったが、黒に金の刺繍が入ったスーツに手袋やブーツ。

 

 おめかしはしたらしい。

 

「お招きに与り光栄です。フィティシラ・アルローゼン姫殿下。無名山の精鋭を引き連れ参上させて頂きました」

 

「確かにそのようです。時空間に干渉する獣に高い水準で造られた戦車。砂嵐を発生させている時空間を繋げるオブジェクト。精鋭の兵と彼らを鎧うオカシな装備の数々……なるほど、現実改変でオブジェクトを複製したわけですか」

 

「お見通しですか。はい……これ以外に貴女の用意する戦力に対して物量でも質でも我々には戦う術がない」

 

「御し切れる、と?」

 

「選びましたよ。死ぬ程悩んでレギュレーション違反にならないものだけしか持って来ておりません……」

 

「苦労させてしまいましたか?」

 

「はい。切り札である現実改変能力者の量産だけは最後まで悩みましたが、後で怒られても困りますので結局はしておりません」

 

「良い判断です。では、降伏宣言、もしくは相手側の全滅で勝敗を決しましょう。無論、背後の砂嵐がずっと使えるなら、能力者で持って来ている兵器類は増やして構いませんよ」

 

「よろしいので?」

 

「無限に消耗戦は出来ない。例え、現実改変で傷を復元、再生させようと相手を倒す方法を無限に増やせようと、死者が復活しようと、その能力には限界がある。生み出せる時間と空間と環境。あらゆるものを保全するには処理能力は有限。どうしようもなく後手に回れば、例え無限の類が使えても足が出るのでは?」

 

「……なるほど、仰る通りだ。だが、戦場後方は攻撃禁止である以上、大本を叩けないのにどうしようというのです?」

 

「戦場に戦う者達を0にするか。意志を挫けば、勝てるではないですか。この心理だけは50年前と変わらず単純でしょう」

 

「―――我ら相手にそれを為せると奢らずに言える貴女の言葉だ。全力で押し留めさせて頂きますよ。姫殿下……」

 

「では、会戦といきましょう」

 

 互いに元いた位置まで戻って来る。

 

 すると、古風にも角笛の音がした。

 

 優しい事この上なくて申し訳ない気分である。

 

 同時に重力が低いのに弧を描いて落ちて来る超重元素製の質量弾が全て威力重視で貫徹を意図する砲弾な上に現実改変能力者達による強化を受けた絶対当たる代物だったりはしたが、数千発を一か所目掛けて打ち込んでくれるだけ有難い話だ。

 

 これが市街地だったら、もっと苦労する事になるのだから。

 

「………」

 

 断続的に撃ち込まれてくる砲弾が次々に虚空で斬り捨てられて別方向に逸れていく。

 

 だが、それが再び小さくなってこちらに虚空を迂回して戻って来る。

 

「アレを使え」

 

 言ってる傍から音速を遥かに超えて着弾する秒速2400mの砲弾が虚空で見えない何かに直撃して、ズブズブと見えないままに沈み込んでいく。

 

 超重元素製の実態弾はモノによっては超人系の人々を簡単に殺せる物理兵器。

 

 蒼力による分解にも通常の物質と違って時間が掛かる場合が殆どだ。

 

 だが、問題は原価となる。

 

 加工が専用ラインでしか出来ずに通常物質とは違って時間も手間も桁違いに掛る。

 

 蒼力を用いる様々な加工ラインの始動がようやく始まったばかりだ。

 

 機械化された蒼力による資材化、原料化、自動化まではもう一歩。

 

 近頃寝ずにライン工作用の機械を設計して貰っている帝国技研の精鋭達の報告では1か月あれば、今の自分がしているような加工をオートメーション化出来るらしい。

 

「さて、しばらく頼みます」

 

 少しだけ前に出る。

 

「まず、貴方達に教えるべきは力の使い方、でしょうか」

 

 思わずと言った感じであちらに届いている声に驚く者が出始めた。

 

 脳に直接話し掛けている以上、耳を塞いでも潰しても無駄であり、意識が無ければ判断出来ない以上は聞くしかないという類の演説である。

 

「元々、この大陸において貴方達は戦い方を熟知した兵士としては3流です。理由は純粋に新戦術や元々の秘匿されていた知識を使うには経験が足りない」

 

 あちら側の砲弾は恐らく無限だが、こちらがまるで見えない何かによって砲弾を防いでいるように見える以上は火力投射は続けられていた。

 

 秒間数千発が絶え間なく一点集中で降り注いでいるが、見えない何かに虚空で取り込まれて消えているのを見れば、防御手段の解析中というところだろう。

 

「資質という点で言えば、良いものを持っている方々はいるのでしょう。ですが、まずドラクーン相手に劣らない人材の数が圧倒的に足りない」

 

 此処に異論は敵からすら出ないはずだ。

 

「ドラクーンは最初に必要な人間を集めるところから始めました。資質ある者を教練し、育てる事を始めた50年前。彼らはその後も生き続ける限り、帝国と共に進歩し続けている」

 

 大陸の誰もその事実に異論は無いだろう。

 

 アウトナンバーを退け続けたのは間違いなくリバイツネードとドラクーンだ。

 

「というのが貴方達の頭から抜けている。もしくは本当の意味でその事実がどういう結果となっているのか理解出来ていないと言うべきかもしれません」

 

 真正面の獣は唸りを上げているし、馬車は馬車らしいとは言えないくらいに危なそうなギミックが満載になっているのが手に取るように分かる。

 

 壁は磨り潰されても構わない存在で固めているのだろう。

 

 兵士の大半も恐らくは人形の類であり、実質の戦力は無限なのかもしれない。

 

「例えば、暗算で19桁の計算が瞬時に出来る人間が今のドラクーンの最底辺です」

 

 まぁ、さすがにその桁になると間違える者が多くなるが近似値くらいは出せる者ばかりにしてある。

 

「例えば、人間の物理的な強度が1だとすれば、純粋に彼らドラクーンの最底辺で4000くらいが平均値だと言われています。実際には増減もありますが、大抵はそのくらいでしょう」

 

 実際、4000倍以上ではある。

 

 超重元素を肉体に取り込んでバルバロスのような遺伝的形質を持っている。

 

 今も適応と適合を繰り返して更に強化する為の遺伝子薬を定期的に摂取する以上、肉体の進歩はもはや超人という枠で人に収まるのか疑問な部分が多い。

 

 超重元素による肉体の強化は基礎的な生物の物理強度を飛躍的に上昇させるのだ。

 

「ドラクーンに飲ませている薬はある種の遺伝子改造薬ですが、これは長い時間を掛けて能力を強制的に引き上げ、バルバロスのように超重元素を肉体に取り入れる事で適応させ、生命として生身で宇宙空間で生存可能にはしてあるのです」

 

 相手の心を折りに来る戦法。

 

 と、相手が思ってくれれば良し。

 

 事実は常に相手の真実を裏切る劇薬でもある。

 

「ドラクーンの教育は今も続いています。彼らには最新の技術と知識と技能を常に修めさせています。全人類中で最も人間から程遠く。同時にまた人間であるからこそ進歩する。それが彼らです」

 

 未だ姿すら見えない敵を前にして多くは動揺もしていないようだったが、都市一つを一撃で瓦礫の山に変えられるはずの砲撃の雨が消えている事に僅かばかりの手強いという感想くらいは抱いてくれているようだ。

 

「自分に完璧や完全など求めない。その上で己の時間を自らの力と技と心に割いた者達が、努力と献身と覚悟を積み上げた。この意味が今ようやく覚悟を積み上げたばかりの貴方達無名山に理解出来るでしょうか?」

 

 僅かな動揺はどうやら強い相手なら尚の事らしい。

 

「そもそもの話としてずっとドラクーンは戦時体制で運用されていました。この50年ずっと戦争をしているのと同じ状態で執務に当たって頂いていた事を貴方達は知らなかったのでは?」

 

 僅かに渋い感情が相手側から伝わって来る。

 

「そうですね。単純に言いましょう。今日しか戦争をしない貴方達がこの50年間、ずっと戦争をしていた本当の戦争屋にして兵隊。指揮官にして代えの利く戦力。そうやって生きて積み上げて来た人々の、磨き上げ続けたモノに対抗出来ると思っているのですか?」

 

 こういった事は言わぬが花であり、無粋というものだ。

 

 だが、これは誇張されてもいなければ、嘘でもない。

 

 単なる事実である。

 

「無論、強力な兵器を使えば、彼らを倒す事は出来ます。無防備にしているところを攻撃すれば暗殺も可能でしょう。事実上、実力差のある相手からの一方的な攻撃で死ぬ事はまったく普通に在り得る事ですし、我らが戦おうとしている相手ならば、正しく指先一つ動かさずに存在を抹消出来てしまうでしょうね」

 

 ちょっとだけ相手の馬車を引っ張って来た犬を睨む。

 

 途端、さすがにあちらも威嚇を引っ込めた。

 

「無論、貴方達が率いる現実改変能力者の多くにも敗北するでしょう。ちゃんとした武装とちゃんとした対策とちゃんとした準備が無ければ、それこそ戦争までにドラクーンを拉致でもして解析し、幾らでもその能力で増やして洗脳しておく、とか。そんな下策でも我々は困ったでしょうね」

 

 犬の変化を見て取ったのか。

 

 すぐに現場の兵士達が犬の首にアンプルのようなものを打ち込み始めた。

 

「でも、貴方達は此処に戦争をしに来た。戦争にルールが無用ならば、貴方達は現実に大陸を現実改変で変えてしまったって良かったでしょう。でも、そうはならない。そうは出来ない。そうすれば、どうなるか。貴方達は賢い人々から聞いていたはずですし、わたくしも彼らが教えるような方法でそうします」

 

 火砲の雨がようやく止み始める。

 

 後方の現実改変能力者の部隊ではどうやら小休止が入るらしい。

 

「このような状況下で貴方達ならば、戦争をどうやって勝ちますか? 今の現代戦のノウハウを作ったのは帝国陸軍です。そして、帝国陸軍の帝国式として、戦争の勝敗の付け方は幾らもありますが、こういった状況下での戦争は少なからず帝国の領分であるという事は恐らく今後も長い時代の間は変わる事が無いでしょう」

 

 帝国を持ち上げておくのは士気管理の一貫だが、やはりこれも事実だ。

 

「ちなみに勝敗が決したという定義は敵の戦力の何割を棄損させる、とかではない事を先に申しておきましょう」

 

 まぁ、知っている人間はいるだろう。

 

 だが、インテリは知っていても、それが現実として理解出来ているかと言えば、それは無理な相談かもしれない。

 

「戦争の勝敗の付け方は戦う意志のある人間の割合で決まります。言わば、無力化というヤツですね。国家戦争ならば、国家での戦う意志ある者達の割合。敵集団という程度の数相手ならば、集団内部の戦う意志ある者達の割合……」

 

 お茶でも欲しい気分だが今日は生憎と持って来ていない。

 

「ちなみに戦闘教義において無力化は戦う意志のある者達を8割抹消した時点と定義します。8割というのは現実的な数字でして、7割でも6割でもダメです。何故か? 簡単に言うとこの無力化という定義は相手の母集団の数ではなく。戦いを止めた者達の数で数えるからなのです。今、言っている事が分かる方は賢いと誇ってよいでしょう」

 

 チラリと最前線陣地を構える兵士達に微笑んでおく。

 

 人形を通して見ているだろう人々に向かってアピールは欠かさない。

 

「良いですか? 戦いを止めた者であって、今戦っている者の数ではないのです。それは戦えば、死人が出るので母数は減りますが、それでも戦っている者全てを現実的に殺す事には労力が掛かり過ぎる。故に現実的に戦闘行動に参加している人間と戦闘行動を補佐する補助行動……つまり、補給とか休養を行わせる施設の管理者も戦っていると帝国陸軍は定義し、その戦意消失を以て戦闘が停止されます」

 

 つまりはバーサーカーという事だ。

 

 相対的に敵の実数が減っていたとしても減っている最中に戦っている者を殺したり、重症を負わせたり、武装解除するのを帝国はまったく認めている。

 

 そこでようやく聡い者達は意味が解って来たのだろう。

 

 戦場でも冷や汗を掻く者達が出始めた。

 

「無力化というのは相手を鏖にする事ではありません。あくまで相手の戦う意志を奪う行為であり、抵抗を止めた人間が一定数に達した時点で勝敗が決したと帝国陸軍は理解し、戦闘行動を停止します」

 

 簡単に言えば、軍全体で一斉に相手が投降でもしない限りは戦闘は常に続くし、投降した相手の完全な武装解除として四肢の切断や腱を絶つ事も合法である。

 

「どうやったら戦っていた相手が戦いを止めたと分かるんだ? というお話を疑問に思う方もいるでしょうが、生憎とちゃんと書いてあります」

 

 この50年、自分の書いた教本は未だ使われ続けているとの事である。

 

「戦闘教義用の教本にはちゃんと書いてあるんです。ただ、この50年、殲滅しか許されない敵であるアウトナンバーと戦い続けていた帝国兵士や帝国陸軍はこの教義を知ってはいても、行動に移す戦場が一つも無かったというだけで……」

 

 相手の話の分かるインテリ層の顔が僅かに蒼褪める。

 

「戦いを止めたかどうかを判断するのは武器を持たぬ限り、その意志の確認のしようが無い。故に武器を捨てるまでが戦場の定義であり、後方地帯に対しては完全な降伏でしか帝国はそれを勝利と断定しません」

 

 その恐ろしさが理解出来る者程に高い位についているだろう。

 

 戦場の空気感が僅かに変わる。

 

『―――』

 

「お解りの方はお解りですね。そういう事ですよ。そして、貴方達は一つの集団ではなく。背後の人々と此処で別れてしまっている。傷を負えば、背後に下がる事が出来る。敵の攻撃を受けそうになれば、退却も可能でしょう。死んでも蘇るならば、無敵の軍団かもしれません―――」

 

 ちょっとだけ、気配というには技術込みで周辺空間に指を弾いて小指のゼド機関による空間を伝わる衝撃を広げてみる。

 

 砂嵐が歪んだ。

 

 だが、撓む程度でこれなら攻撃を行っても通るだろうと確認しておく。

 

「では、さてどうしたものでしょうか? どうやって貴方達はわたくしとわたくしの兵隊を相手に勝利するつもりなのですか?」

 

 愕然とした。

 

 というよりはやられたと感じたのだろう絶望感が相手の陣地から伝わって来る。

 

「後方は攻撃禁止なのですよ? それは自分達もだ。と言うならば、お聞きしますが、戦争中の国に大陸の何処が“加勢”するのですか? 貴方達の背後で戦いたいと思うのですか? 帝国はそれを攻撃と見なすのですよ?」

 

 お茶は無いが乾パンがあるので少し齧っておく。

 

「そもそもの話として、無限に戦えないだろうと貴方達は思っているでしょうが、逆に我々をどうやったら殲滅出来ると思っているのですか? このレギュレーションは、後方を焼かない、干渉しないというのが前提条件です。それで時間や空間に干渉してもこの戦場の中だけ、殺すのものこの中だけなのですよ?」

 

 初めて議長の顔が歪んだのが見えた気がした。

 

「お聞きしましょう。貴方達は全てを自給自足出来ますか? 現実改変能力者は万能ではない。そして、その半数以上がこの大地に来てしまっている」

 

 つまり、戦力が半減して現実を改変する能力者も半減以下となったのが無名山の現状だ。

 

 此処で商売をしようという輩は存在しない。

 

「無論、その力で何でも出来てしまうのでしょう。ですが、何でも出来てしまう以上、貴方達は自縄自縛です。何でも出来るのならば、そもそも領地は要らないはずであり、何でも出来るのならば、そもそも食料を自給する必要が無い」

 

 だが、そうではない。

 

 それこそが無名山の限界でもある。

 

「何でも出来るならば、貴方達は死人が出ない。何でも出来るならば、そもそも貴方達が人間のままに戦う必要は無く。同時に理想社会を築いて、我々よりも高度な文明とやらになっていればいい」

 

 だが、そうではない。

 

 現実はそうならない。

 

「どうして大陸の人々と交渉してまで食料や医薬品を売買する必要があるでしょう? どうして閉じ籠っていながら、外の犯罪者を今も受け入れようと躍起なのでしょう? どうして、貴方達は何でも可能はずなのに外部との諍いを起こすだけの領土拡張を止めないのでしょう?」

 

 そう、それはそう出来ないからに他ならない。

 

「答えは一つではないですか。貴方達は人間なのですよ。犯罪者でも、犯罪者の子孫でも、人間の屑でも、人をゴミのように扱う最低の人間でも、人間は人間です」

 

 相手の動揺が伝わって来る。

 

 精神安定用の薬くらいは持たされているのだろう。

 

 が、それを使うという事はまだしたくないらしい。

 

「全て足りるようにと、現実を改変してしまえばいいと、どうして貴方達の上司は言わないのでしょうか? 現実改変能力なんて素晴らしい能力があれば、貴方達は自分達の好きに故郷を変えられるはずなのに……理由は単純明快では?」

 

 大地の端。

 

 巨大な影が次々に現れていく。

 

 数百kmにも及ぶ巨大な大地の端の事なんて此処からは見えない。

 

 だが、多くの報道が見ている。

 

 それは戦場でも見られている。

 

 ジ・アルティメットなんて呼ばれているソレが端から端まで全てを埋め尽くす壁のように現れれば、多くが理解するしかないのだ。

 

 まぁ、殆どは単なるこちらの能力で造っただけの置物で中身なんて無いのだが、暴力とは数であり、質である。

 

「人は他者無くては生きられない。その源泉は感情であり、貴方達はそれに支配されているのですよ」

 

 そう自分ですらそうなのだ。

 

 感情の無い人間も探せばいるのだろうが、少数派であろう。

 

 少なからず今の時代でも人間は人間らしい。

 

「故郷の為、自分の為の誇りはどんな人間にもある。例え、自分が殴った子供だろうと咄嗟の事となれば、盾にだってなってしまう。あるいは自分が捨てた子供が非難されれば、反論くらいしたくなる」

 

 感情とは人間が持つ最大の財産である。

 

 それこそ帝国を改革する時に指針として明示した事だった。

 

 単なる合理性では人間を生かし切れない。

 

 合理性は常に感情を考慮に入れて運用するべきものなのだ。

 

 特に社会という人集団の歯車機械を動かすならば、それは尚更だ。

 

「人情、人の情、人の感情とは……少なからず自分の事を考えて悪事を行う人間にさえあるものです。良心が無い、道徳も倫理も無い。なのに、どうしてでしょうね……それでも何故か家族、親族、恋人、友人、知人……自分以外の誰かが生きる人間には必要なのです」

 

 歩き出す。

 

 少しだけ空間を歪めて陣地の前へ。

 

 陣地の前で犬が吠えられもせずに噛みつこうと口を開けるが勢いよく閉じる事も出来ず。

 

 僅かに躊躇している間に通り過ぎると誰もが道を開けた。

 

 斬り掛かって来れない。

 

 銃を撃てば当たる。

 

 その至近距離でいてさえ、銃弾を発射するのに鈍く迷いが出る。

 

 それは色々な感情故だ。

 

 他のヤツに当たるかもしれない。

 

 撃てば、周囲が鏖になるかもしれない。

 

 あらゆる可能性はあらゆる束縛となって1秒先には撃てても今は撃てないという状況を生み出し、射程圏内であろうとも撃てる心理的な距離が離れていく。

 

「改めて言いましょう。貴方達の勝利条件は戦い続ける者達の8割を戦えなくする事です。実際には全滅させてもいいし、鏖にしてもいい。けれど、それは同時に貴方達に究極的な選択をさせるものなのですよ」

 

 敵を倒す事と相手との勝敗を付ける事は別の事なのだ。

 

 戦術、戦略目標はともかく。

 

 大きな命題として何を解決として定義するのか。

 

 それは自分達が定義すれば、相手も定義せざるを得ない。

 

 それが誤っていたばかりに勝機を逃す歴史の中の戦争は数多かったりする。

 

 要はそもそもの勝敗の定義が戦争を始める前から合理性に欠いていたら、勝てる戦いも負け戦となる。

 

 それこそ第二次大戦で勝敗の定義が馬鹿みたいに広かったり、曖昧なせいで無駄に戦力をすり減らして消えて行った独裁国家があった。

 

「貴方達が此処で戦っているのは単なる聖女と呼ばれている小娘ですが、戦っているのはリセル・フロスティーナ。大陸です……貴方達は大陸のわたくしの為に戦ってくれている、今もわたくしの為に働き続けている人々を8割、諦めさせられますか? それが帝国の、いえ……わたくしの勝敗の決し方です」

 

 ここでようやく陣地の後方。

 

 戦車部隊の前に部隊を率いて待っていた議長がやってくる。

 

「詭弁だ。そもそも我々を8割を諦めさせる事など不可能では?」

 

「ふむ。では、そうですね……貴方達は背後に帰れるのですから、帰ってもいいのではないかと申し上げてみましょうか」

 

「何?」

 

「だから、貴方達が此処で帰っても、貴方達は負けないと言っています。貴方達“は”、ですよ?」

 

 そう大陸は見ないというのは決定的でもある。

 

 最終的に負ける相手に与する者は誰も無い。

 

「―――ッ」

 

「此処で殺し殺された人間を後方に送って蘇生させて送り出せば、万事解決。記憶だって改変しても良いでしょう。それこそまだ激闘は続いているとでも騙して兵隊を無限にやる気のある状態に固定化して使い潰し続けてもいい」

 

 だが、そう出来ないから相手は困っているのだ。

 

「現実改変能力者そのものを現実改変能力者で回復させれば、幾らでも戦えますよ? 時間の感覚を失わせれば、それこそ無限に戦える兵隊の完成です」

 

 言わんとしている事が分かるからこそ、議長の顔は苦いというよりは苦しいものだった。

 

「貴方は……」

 

「現実改変能力者の皆さん。貴方達をもしも今から帝国が十然たる値段で兵力を買い取ろうと言えば、我々に寝返るでしょうか?」

 

 ここでようやく議長の部隊に紛れていた先日の現実改変者部隊の部隊長が進み出て来る。

 

「お断りさせて頂く」

 

「無論、そうでしょう。まぁ、ちらほらと寝返りたそうにこっちを見ている人々はいるでしょうが、建前はそういう事ですよね」

 

「何が、言いたい……」

 

 彼女の額に僅か汗が浮く。

 

「議長閣下に言った通りですよ。人の心を失くせば、貴方達は負けない。兵隊もそうですし、現実改変能力者もそうですが、駒扱いして合理的に能力を使えば、負けないんです。勝てもしませんが、負けないなら戦わねばならない」

 

「我らにはその覚悟がある!! 侮辱するな!!?」

 

「ほう? では、お聞きしましょう」

 

 いつもの銃剣を取り出して砂嵐の方角に向ける。

 

 周囲から次々に銃口と刃がこちらの全方位を埋め尽くした。

 

「今からわたくしが、“砂嵐”に攻撃したとします。これは戦場にあるモノです。では、わたくしが全力で砲撃した際に貴方達現実改変能力者が限界まで能力を使えば、攻撃を食い止められるでしょうか? もしくはその時、貴方達は人間を止められるでしょうか? 後方に逃げるという選択肢を貴方達は取れますか? 部隊を増援するのはまだ分かりますが、この状況下で撤退は在り得ないし、させないですよ?」

 

「どういう事だ!? 後方は―――」

 

「此処は後方じゃないと仰るなら、その通りだ」

 

 議長が割って入って、剣を掴んで自分の胸に当てて方向を変えさせる。

 

「議長!?」

 

「言いたい事は十分に分かった。貴方の言う通りではあるのだろう。我々には覚悟が足りなかった。いや、そもそも戦争を受けた時点で我らは世界を相手にするという意味をちゃんと考えるべきだったのだ……」

 

「ええ、そういう事です。わたくしの合理的とはそういう事なのですよ。そして、貴方達の考える合理的はもう合理的ではない」

 

「言ってくれる……」

 

「此処で最善を尽くしても貴方達には世界が滅ぼせない。此処でどんなに心を失くそうと貴方達は此処では勝利出来ない」

 

「それくらいの事はあるだろうと思っていたさ。ああ、まったく腹立たしい事にその通りだろう……」

 

「ただ勝利するだけなら出来た“然るべき時間”は当に過ぎ去っている。わたくしに勝とうと思うなら、最初からこの勝負に乗るフリをして、世界各地を現実改変能力者で襲撃し、全て味方にする。これが最善でしたね」

 

「心を失くした単なる化け物の集団なら、それで良かった。邪悪な人間ばかりだと開き直っていたなら、それで良かったな……ああ、クソ……ッ」

 

 さすがに議長が顔を歪める。

 

「議長、我々は戦えます!!」

 

 部隊長が吠えた。

 

「戦える。だが、勝てないのだ。勝てない戦いに意味は無い。そして、戦い続ける限り、我々は対話すべき他者を失い続ける。その上、合理的に考えれば、我らの移動手段を狙い打たれれば、防御せざるを得ない。ソレを防ぐ前に貴女を短時間では殺せない……」

 

「ええ、保証します」

 

「その上、最上位層の能力者部隊は此処だ。二次被害は恐らく免れない」

 

 全て分かってしまうからこそ、男は自分を追い詰める言葉を止められない様子だった。

 

「でしょうね。攻撃自体に現実改変耐性はあるだろうと承知しています」

 

「あちらを現実改変で変化させ続けたとしても、此処で戦争が終わらねば、消耗を無かった事には出来ても、世界は我らの勝利を認めない」

 

「無論、大規模な撤退が起こってもやはりダメなのだと貴方達は見捨てられるでしょう」

 

「そして……戦い続ければ、聖女を永遠の戦いに引き込んだ者達として、最も重要な時期の損失を産んだとして、人類史の汚点ともなる、か?」

 

「間違いありませんね」

 

 ニコリとしておく。

 

 聞いている部隊長が顔を歪めて、歯を軋ませた。

 

「謀ったなとは言わんさ。我らの準備と対応があまりにもお粗末だっただけだ。だがな聖女……」

 

 議長の底力か。

 

 男は手鏡らしいコンパクトを持っていた。

 

「お前を殺す手段だけは、時間が掛かるとしても、我らが信じるものに足ると考えた力に限って持って来た」

 

 背後に飛び退いて一気に元居た位置に戻る。

 

 途端、陣地の中央部。

 

 議長のいる周囲から数体の飛翔物体が上空というのも変だが、上に陣取るように現れる。

 

「考えましたね……」

 

 すぐに察した。

 

 何故なら今日のコーディネートは婚約者達だ。

 

 何でもいいからと言って任せたのだ。

 

 だが、首が無い上に首そのものに緑炎光らしきものが管のように通っていて、ソレを操っている議長の他にも次々に同じ管が陣地の下から伸びて接続されていく。

 

『まさか、卑怯などとは言わんだろうな。聖女殿」

 

「勿論ですよ。わたくしを複製するのはオブジェクト。そして、頭部以外。全て緑炎光で支配して操り人形……面白い発想ですが、最も勝つ為の方法論としては正しいでしょう」

 

 言ってる傍から数十体まで増えていた肉体が次々に突撃してくる。

 

 武器とエメラルド・タブレットは無しだ。

 

 というか、コピー出来なかったのだろう。

 

 無論、アレがコピーされた場合はこちらもマズイが、どちらかと言えば、自滅してくれるかもしれないと思っていた。

 

 が、安易にヤバイものへ飛び付かなかったのは評価出来る。

 

(案外弱くて助かりますね)

 

 無数の自分の肉体が次々にこちらを捉えようと迫ってくる。

 

 普通の存在ならば、コピーが完全の域にまで到達しているのだろうが、生憎と神様の欠片を肉体内部に仕込んでしまった手前、その部分までも複製出来なかったという事だ。

 

 それでも恐らく音速の数十倍程度の速度が出る。

 

 光速の何%までなら自分の肉体が耐えられるのかはまだ確認していないが、緑炎光で強化された肉体が管塗れで首無しのままに攻撃してくるのはシュールだった。

 

 打撃、投げ、関節。

 

 タックルの類までも含めて、それらの行動を処理している相手側の部隊の統制が秀逸なおかげで肉体の自壊にはまったく程遠いだろう。

 

 ついでに小指は複製範囲だったせいで相手のエネルギーと時空間制御による攻撃は無尽蔵だ。

 

 相手の攻撃を剣で切り払いながら高速で上空に飛翔。

 

 追い付かれるより先に弾を一発剣に込めて、相手の砂嵐に向けて砲撃。

 

 途端、その直線状に集められた複製体が次々に時空間制御による障壁と我が身を盾にした。

 

 が、相手の肉体を原子分解しながら飛ぶ蒼力の塊が緑炎光を消去しつつ直進。

 

 間に詰められていた首無しデュラハン聖女様の群れが急激に増殖してギリギリまで攻撃を防御しながら自己崩壊するまでゼド機関の防御を全開したおかげでフッと目標地点到達前に蒼力の砲撃は消え去った。

 

 勿論、2射、3射とこちらが撃ち続けると無限かと思うような増殖速度で増えた敵主戦力が次々に盾となって爆撃を耐え抜き始める。

 

「今だ」

 

 こちらの言葉が聞こえていたのだろう議長が即座に防御態勢と索敵強化の指示を出した。

 

 だが、最前衛となっていた部隊がまとめて見えない何かによってクシャッとまるでオリガミ染みて歪んでから消え去っていく

 

 空間に出来た皺のようなものによって罅割れて、積まれていたオブジェクトの能力の大半を使う事も出来ずに消えて行った。

 

『空間防御!! 見えない何かを圧し留めろ!! 躯体復元急げぇええええええええ!!!』

 

 部隊長が叫ぶ。

 

 前衛はやはり損耗率を考えて人形を後方で操るタイプだったらしい。

 

 馬車が砕かれ、兵隊が砕かれた最中でも犬だけは器用に攻撃を避けていた。

 

(生物型のオブジェクト。その上、時間を操るのか。過去や未来に行ける類だと困った事になるが、そう出来そうなのにしない……何らかの制約が付いてるな)

 

 犬の多くが後方に下がったかと思えば、自らから滴り続ける液体をまるで振り乱すように前方へと弾き飛ばした。

 

 その内の幾らかが前衛で戦っていたウィシャスの兵装に命中して、僅かに溶かしていく。

 

『本来、物質的には反応が限りなく出難い物質で被膜してるはずなのに溶けるね』

 

「固定ダメか。物理法則側じゃない攻撃は厄介だな。そのダメージを増やされても面倒だ。犬を最優先処理」

 

『了解』

 

 犬が猛烈な残像を残して何かを回避している様子はまるで踊っているかのようだ。

 

 だが、物理的に逃げ場の無い攻撃が虚空で面制圧しに来た時点で動きが止まり、怖ろしくスローな世界に自分達を閉じ込めたような状況でカチコチに固まる。

 

『2%があっち側で固定化された』

 

「構わない。この時間への干渉を諦めたなら、後は増え続ける前衛を押し出して排除していけ。外周剥離を継続。制圧地域を増やせば相手は下がらざるを得ない。取り敢えず、押し込め。あんま近付くなよ」

 

『解ってる。彼らは手強いよ。使い潰せる人形を無限に複製しての津波じゃないかもう』

 

 ウィシャスの言う通り、前衛には後衛から次々と兵隊が押し寄せていた。

 

 その装備までもがオブジェクトである限り、並みの軍隊ならば負けるのだろう。

 

 だが、生憎と相手に何もさせず処理する為の兵装しか今日は持って来ていない。

 

 見えない、感じられないものは使えない、複製出来ない。

 

 それ以前に一番堅実な聖女の複製と幾らでも代えの利く人形を複製し続ける事が彼らにとって生存時間を延ばす最大の戦術である事は変わらない。

 

 だが、それ以外を指向出来る程に余裕など与えないし、させもしない。

 

 相手が余計なアクションを起こせないギリギリの線で支えさせているので犠牲覚悟で攻撃に現実改変能力を転用する事は悪手だ。

 

 そういう状況で相手の人員を削らないように相手の精神力をすり減らすのだが、それも復元されて元に戻る。

 

 だが、元に戻したとしても制圧面積が増え続ける現実は変わらないのだ。

 

 相手に対応させずに勝つのが現実改変能力者へのまともな対処方法であり、これは神と呼ばれる連中に対しても変わらないだろう。

 

 ある意味で最も本番への実践訓練に近い相手。

 

 だからこそ、加減を間違ったりもしない。

 

―――不意に脳裏の意識に割り込みが掛る。

 

 精神干渉の類だが、問題なのは破壊的な部分ではないという事だ。

 

 精神摩耗耐性は高いが、それでも相手の存在に対して直接干渉するオブジェクトと呼ばれるものがあるらしいとは黒猫に聞いていた。

 

 ごじゃる幼女の話ではまぁ、頑張って耐えてねくらいの話だった。

 

 脳裏に浮かぶのは自分の婚約者達の末路だ。

 

 自分が婚約を持ち出さなかった時。

 

 彼女達が辿る最後には二種類の終わりがある。

 

『さようなら。頑張って下さいね』

 

 アテオラ。

 

 宇宙の果てまで聖女の願いの為に向かう彼女は世界の終わりを見て消滅する。

 

『最後までお供しますよ』

 

 イメリ。

 

 戦い続けた聖女の傍で最後には盾になって死亡……凡そ今から120年後の事だ。

 

『姫殿下。リリは幸せでした』

 

 リリ。

 

 西部に帰った後、神の先兵によって殺されて塵も残らない。

 

『貴女を護るのは侍従の務めでしょう』

 

 ノイテ。

 

 妊娠中に攻撃を受けた惑星の最中、伴侶を護る為に子供と共に死亡した。

 

『あはは、勝たなかったらしょーちせーへんで?』

 

 エーカ。

 

 戦闘に付いて来た少女は爆沈する艦の中で最後まで戦った。

 

『おねーちゃんの分まで戦わないと承知しないから』

 

 セーカ。

 

 同じ船に乗り、最後まで姉と全てを共にした少女は強く笑っていた。

 

『ふぃーはホント泣き虫だな♪』

 

 デュガ。

 

 戦いに付いて来た少女は死んだ……真っ当に戦って、真っ当に死んだ……武人な癖に最後までメイド服を愛用して、傍にいてくれた。

 

――――――まったく。

 

 それ以上の記憶の再生を打ち切る。

 

 相手からの干渉の方法を解析するまで数秒。

 

 遮断するまで1秒。

 

 全ては予測の先の事。

 

 だが、間違いなく近似値として現実に婚約していなければ出現していたイベント群だ。

 

「相手の脳内の強い感情を誘発する情報を強制再生させてループで焼き切る類のもんか。確かに強い……しかも、まったくレギュ違反じゃないと来た。はぁぁ……」

 

『大丈夫かい?』

 

「ああ、ちょっと婚約者の死に顔を10万回くらい見直しただけで済んだ。さすがに記憶消したぞ。戦場で物思いに耽るのはマナー違反だからな」

 

『……未来を視られるのも善し悪しか』

 

「怒りはしないさ。怒りはな……」

 

『君の真顔がきっとこの世で一番怖いと思うのは僕だけじゃないよ』

 

 肩を竦められる。

 

「相手を半壊させる。1割か2割まで取り込め」

 

『分かった。無茶しないでくれ』

 

 ウィシャスの追い込みの速度が上がると同時に今まで開いていた片手を上に上げる。

 

 上空で凝集する蒼力の密度を上げながら球体状に形成して圧縮。

 

 30km程の直径のソレを数個。

 

 1m程まで圧縮して投げる。

 

 相手のデュラハン聖女軍団がまるで密度の高い壁のように展開されて全天を防御する壁として扱われた。

 

 シュールな光景である。

 

 蒼力の光弾がその面に接触した途端。

 

 今までの攻防でビクともしていなかった大地が衝撃で罅割れる。

 

 威力を殺し切れていない蒼力の塊が空間防御と時間障壁と聖女の肉壁を重ねて尚耐え切れずに威力減衰が不十分なままに盾の下の軍を蹂躙しているからだ。

 

 超高圧の蒼力は言わば、宇宙の定理で殴り付けるようなものだ。

 

 時間と空間を形作る決定的な要素の幾つかに付いて、自分で設定する代物であり、物質のスピンそのものを変化させる事すら出来る。

 

 軍の保全に全力を尽くす能力者と言えども、現実を形作るだろう複数の力を操られては困った事だろう。

 

 物質が核力を失えば、どうなるか。

 

 物質がグルーオンを持たなくなればどうなるか。

 

 中性子が物質から引っこ抜かれ、スピンの値が滅茶苦茶になったら?

 

【カオス・パラメータ】

 

 今の無名山の軍に襲い掛かる状態異常を説明するなら、そんな名前になるだろうか。

 

 ゲームで言えば、ゲームのステータス画面がバグッて使えなくなったようなものだ。

 

 だが、これも宇宙の外。

 

 次元からの干渉である現実改変能力者の前ではある程度は復元出来るものだろう。

 

 パッチを当てて、ロールバックするようなものか。

 

 が、それにも限界はある。

 

『7割損壊してるよ。後、4割取り込めそうだ』

 

 部下の呆れたような冷静なツッコミである。

 

 まだ、蒼力の激発した威力は2割に届いていない。

 

 だが、大地の亀裂が想像以上に深く。

 

 自己修復をしていながらも沈み込んだ大地の中心で次々に生み出される聖女の壁の補充が途切れそうな程に相手を分解する蒼光は空間防御もエネルギーも全てものともせず。

 

 相手を真上から押し込み続けていた。

 

 重力異常で次々に肉体があちこちに向かって引っ張られ、脆弱化……否、物質脆化した兵達が、肉体が千切れ分解されそうになる人々が、何とか己を保つ。

 

 それで何とか出来ている理由はもう一つ。

 

 肉体保全用のオブジェクトによる効果だ。

 

 身に纏っている装備の下。

 

 胸元に御守りのように下げられているのはどうやら十字架の類らしい。

 

 それが原子結合に必要なグルーオンも、核力の異常も、殆どの原子分解効果の波及もギリギリで堰き止めている。

 

『ゼド機関を暴走させて上面に叩き付けろ!!?』

 

 議長の判断は正しい。

 

 咄嗟に小指毎爆裂した群体の指向性エネルギーが今にも相手を磨り潰しそうだった蒼力の威力を押し流すように溢れ出して、こちらへと迫って来る。

 

 それに手を添えた。

 

 *

 

 巨大な光の本流があらゆる物質を還元しながら、遥か宙の果てへと過ぎ去っていく。

 

 そのように真下にいた無名山側には見えていただろう。

 

 だが、実際に彼らのいる場所を映し出す望遠カメラが映し出したのは数km程上空で光が途切れ、平然と一人の少女が片手をエネルギーの本流に翳している姿だ。

 

 しかも、光は手の後ろにまでは届いていない。

 

 その事実を無名山の情報収集している部隊は即座に議長へと報告し、同時にまた無名山の真正面から数km後方にまで部隊半壊の事実が誰の目にも確認される。

 

 何も無いとしか見えない。

 

 が、何かに薙ぎ倒されて、齧られたかのように体を失っていく前衛。

 

 彼らがほぼ壊滅状態で占有していた空間を明け渡し、ソレの輪郭と人間がいる陣地が剥き出しになったのはほぼ同時だった。

 

 部隊の中央へと直接何かが進撃してくるのを人形の大群で押し返そうにも距離があまりにも近過ぎて、次々に部隊の損害が増えていく。

 

 人形の背後にいた戦車の多くが装甲を削り取られ、中に乗っていた人間が次々に肉体の一部分を消失させられていく。

 

 比例して火砲や緑炎光による直撃でようやく聖女側の無色透明の敵の姿らしきものの輪郭が彼らの前に人間にも分かる形で露わとなっていく。

 

『しょ、触手!? これはまさか!? グ、グアグリスです!? 大地の端から巨大な触手が伸びて来ています!!?』

 

 議長の顔が渋いのも頷ける話だろう。

 

 もしも、今よりも大量の聖女の複製を使ってゼド機関を暴走させてエネルギーを絞り出せば、対抗は出来る。

 

 だが、その余波で自軍が蒸発する。

 

 如何に軍そのものを復元出来るとはいえ、それにも限度があるのは間違いなく。

 

 空間の歪みや時間の変動を用いた戦場での復元は完全ではないのだ。

 

 更に正面の軍を削っている敵の大本は大陸端。

 

 距離にして数百km先にいる。

 

 ほぼ、大地の中央で決戦していた彼らがその地域から動いてバラければ、今も上空にいて攻撃のエネルギーを受け止め続けている相手からの些細な一撃で個人や部隊単位で損耗が出る。

 

 だが、前に進もうとすれば、相手の見えない巨大なグアグリスの触手の占有する領域で不利な消耗戦となり、今も全力で現実を改変し続けている部隊の負荷は跳ね上がって限界を突破した瞬間に戦闘そのものが終わる。

 

 一次、部隊を後方に下げようとすれば、迎撃の密度が下がって全面攻勢による被害が増えてしまう。

 

 相手からの攻撃が相殺出来ずに飛んでくるし、砂嵐の奥から増援を呼び寄せようものならば、出現の瞬間を狙われ、相手の攻撃する的を増やすだけとなる。

 

『何をしても、どうやっても、現実を捻じ曲げてさえ、現代の創造主は強固か』

 

 何より彼らは大陸の端から端まで壁のようになっている巨大な鋼竜の群れが未だ動いていないという事実を前にしてもしもを常に考えねばならない。

 

 参戦していないという事はその必要が無いという事。

 

 だが、もしもソレが1機でも彼らに攻撃を向ければ、対処能力が瞬時にパンクして無名山の軍は即蒸発してしまうかもしれないのだ。

 

『がはっ!? ふ、復元してくれ』

 

『ああ!! クソ、復元が追い付かねぇ!!?』

 

 能力そのものに必要なのは認識や意識。

 

 だが、精密な現実改変を行う現実改変能力者は脳を酷使せざるを得ない。

 

 具体的には脳を一時的に全てのリミッターを外した状態で運用し、感覚、五感の最大限取得可能な情報量を捌きながら、優先順位で現実を変化させる。

 

 だが、多重のタスクをこなす為には何か1つだけのコマンドを繰り返すのが効率的だ。

 

 攻撃、防御、復元みたいな三つのコマンドを同時にさせ、軍という規模で使うのはあまりにも非現実的だ。

 

 1つの動作だけを繰り返して使わなければ、何処かで必ず人間は間違うし、集中力の持続させてすら破綻する。

 

 故に今回、無名山の中核となる現実改変部隊は何かをするなら必ず1つの事に極振りして改変の実行を行う事で部隊の能力を引き上げ、緻密に運用する事になっていた。

 

 だが、相手の攻撃が途切れない。

 

 議長が持ち出した手鏡のようなオブジェクトは最初から6000個が戦場に持ち込まれ、写した者を現実に実体にする機能を持っていた。

 

 本来は一つのオブジェクトに写しただけの聖女の複製体を別の鏡で作る事は出来ない。

 

 だが、このオブジェクトそのものを改造し、一つのものを映したら、他の同じオブジェクトもソレを写し出すという具合に改変した結果。

 

 中核部隊が持ち込んだ鏡は聖女の肉体のみを大量複製し、緑炎光によって操るという芸当が可能になったのだ。

 

 だが、これには限界があり、鏡に映せる物体を鏡1つで複数体現実には出来なかった。

 

 それ以上の事をすると鏡自体が割れてしまったからだ。

 

 問題はそれだけではなく。

 

 鏡の実態そのものが割れても複製は消えるし、複製が消えても鏡が割れる。

 

 割れない鏡を作ろうとしたが、不可能だったりした事はやはり現実改変能力には一定の限界が存在する事を無名山側に思い知らせた。

 

 だから、割れた鏡を瞬時に復元する中核部隊、何度でも緑炎光の管を生み出す人型のアウトナンバー部隊、これらの部隊を指揮するHQ、彼らを護る戦車部隊にその前衛となるオブジェクトを満載した人形部隊。

 

 これが揃えられたのだ。

 

 こうしてようやく彼らは何とか聖女の猛攻を耐え切っていたのである。

 

 だが、その均衡は崩れつつある。

 

 巨大なエネルギーの本流と時空間の滅茶苦茶な戦場では次々に脱落者が増えており、連携を取ろうにも固まっている部隊単位での音信不通や護る地域を限定する為に密集していた事で相手の攻撃余波に巻き込まれる部隊が続出。

 

 時間の遅延や加速による同じ領域にいるのに継続した相互連携の破綻も増加し、その上で前衛の人形が削り切られた。

 

 戦車部隊が次々に撃破され、見えない何かによって生きているのか死んでいるのか分からないまま仲間達が消されていく。

 

 相手の攻撃の手口を予測している暇もなく。

 

 追い詰められつつある議長はミーム汚染系と呼ばれる敵精神の汚染兵器を解禁したが、12個持ち込んだ対個人用の切り札の内の5個は効果が無く。

 

 残り7個の内の6個は効果が薄く。

 

 最後の1個だけしかまともに聖女へ干渉出来ていなかった。

 

 持ち込まれた中で意味があった7個は今や急激に時空間の変動で劣化を始めていた。

 

 古びれたポラロイドカメラ。

 

 青紫色の水晶球体。

 

 小さな写真立て。

 

 無地のポスターの入った額縁。

 

 黒い木製マイク。

 

 一組の夫婦茶碗。

 

 18インチのブラウン管テレビ。

 

 どれも人類文明……地球において生み出された代物ばかりだ。

 

『写真立てで数秒稼げた事が奇跡だな』

 

 議長が皮肉げに風化していくオブジェクトを捨ておいて、未だ続くエネルギーの本流の光に照らし出されながら、現実改変能力者達が互いを復元しながら、頭部の穴という穴から血を吹いて戦う姿に拳を握り締める。

 

「議長。復元間隔が短くなり過ぎて、我らと鏡の復元が追い付かなくなってきています。もうそろそろ……」

 

「そうか」

 

「次の一撃は恐らく防げません。今の内に後方へ退避を」

 

「命を懸ける君達を放り出せば、どの道全てあちらの思惑通りだ。無名山の議長は部隊を見捨てて逃げた。裏切り者だと喧伝されたら、私はどうお山の者達に言い訳をすればいい?」

 

「議長……ですが、此処で死なれても我々には……」

 

「鏡をもう少し複製して来るべきだったか。いや、どの道、復元する人員が足りん上に管理出来ねば意味も無かったか……001の起動準備は出来ているが、此処で目覚めさせても無名山への各国の反感を買うのみ。儘ならんな。私が世界を道連れにしたい男なら良かったのだが……」

 

「そう言わないで下さい。我々にもまだ意地と機会は残っている。お山側から増援が来ます」

 

「精鋭以外は―――」

 

「その上でたった三人だけ参戦希望だそうです」

 

「三人?」

 

「はい。それで我らの窮地を救う為に3つの条件があると」

 

「条件? この現状を、あの聖女殿を打ち破れると?」

 

「それは分かりませんが、3つの条件を呑めるなら、最も可能性のある選択肢だとゲーゼルからの連絡です」

 

「何を見付けたヤツは? ルッシーニとディグも一緒だな?」

 

「はい。聖女に唯一納得させるだけのものを持って来たと」

 

「ふ……倒すでも殺すでもなく。納得させる、か。よろしい。条件は?」

 

「はい。それが……」

 

 男女が小声で小さくやり取りする。

 

 そして、僅かに考え込んだ後。

 

 ラベナント・アルテールは無名山トップとして決断したのだった。

 

 *

 

「ルッシーニ。ディグ。いいな?」

 

「はいはい。どうせ、死ぬ程苦労するんだから、今更でしょ」

 

「またそういう……これが勝負の分かれ目だ。気くらい引き締めろ」

 

「はーい」

 

「お前らはそのままでいい。行くぞ。御客人を待たせてるからな」

 

 ゲーゼルがイソイソと無名山の地下。

 

 延々と続く古い石道とでも呼ぶべきだろう石の洞穴を通って、外に出る。

 

 そこは外部ではなく。

 

 お山の地下にある巨大な常夜の砂漠。

 

 それ自体がオブジェクトと呼ばれる巨大な空間そのものである異常だった。

 

 彼らの行く手にはリーフボードに腰掛けた女が1人。

 

 フード付きの外套を被って待っていた。

 

 彼らの行く手には今も砂嵐が吹いている。

 

 すぐに合流した彼らは砂原を渡り、嵐の中に向かう。

 

 そして、徐々に音が聞こえて来たかと思うと。

 

 目前で嵐から抜け出した彼らが見たのは広大な宇宙と黒い大地。

 

 そして、無限にも思える戦力が巨大な輝きを上空にして猛烈な勢いで命を摩耗させている状況だった。

 

「こちらで貴女の保護はする。突っ切りますよ!!」

 

 中核部隊へと合流するべく。

 

 彼ら三人がリーフボードを牽いて走り出した。

 

 だが、当然のように彼らの幾手には次々に無理難題染みた時空間の歪みが大量に存在しており、同時に聖女が今も受け止め続けているエネルギーの本流の余波によって物質の分解が促されており、踏み込めば、長生き出来ない事は見て分かった。

 

 だが、最短で突っ切る事を覚悟した彼らは少女と少年を先頭にして戦場に突入する。

 

 その2人の体が輝きを帯びる。

 

 蒼力だ。

 

 だが、同時に緑炎光が混じり合うように肉体から吹き零れ、走る彼らの眼前の全てを吹き飛ばすように時空間の歪みや物質の異常地帯が平常化されていく。

 

 そんな時だった。

 

 上空でエネルギーを受け止め続けていた聖女側からゆっくりとエネルギーと蒼力の柱が押し戻されるかのように落ちて来る。

 

 勢いが、ベクトルが全てを反転させたかのように猛烈な速度で戦場へと降り落ち―――。

 

「マヲ~~」

 

 そのエネルギーと蒼力の塊の落下中心点に黒猫の泣き声が響いたと同時にパァンと風船でも破裂させるかのように弾け。

 

 エネルギー自体がディスプレイ内の映像でもクシャクシャに丸めたかのように空間毎切り取られて、猫パンチと同時に明後日の方向に叩き返された。

 

「「「な―――」」」

 

 思わずルッシーニとディグ、ゲーゼルの顔が引き攣る。

 

 だが、今は何も言うまいと彼らが高速で中核部隊の中枢へと数秒で到達した。

 

 物凄い勢いで到着した際にリーフボードが急ブレーキを掛けられ、載っていた相手がすっ飛んだかと思うとゲーゼルが身を挺して相手を抱き留める。

 

「ありがとうございます」

 

 外套姿の相手の声に議長の顔が僅かに強張る。

 

「先程の条件。何だ? 一体、貴女は誰なんだ?」

 

 三人が外套の相手を取り囲むようにして配置に付く。

 

 こうして地表で色々と起きている様子を見て、聖女様はジト目になった。

 

 黒猫はいつの間にか消えており、彼らがやり取りしていたエネルギーの塊が月を掠めて飛び去った方角からは何故か星間物質に当たったにしては巨大な爆光が地球の半分を染め上げる輝きとなっていた。

 

 そうして、外套を被った相手が指を弾くと同時に周囲の時間。

 

 いや、物質の運動も含めて全てが完全に停滞した。

 

 降って湧いた休憩時間に聖女様は1人大地に降り立つ。

 

「お前は……懐かしい? 何だ……一番古い記憶……いや、いや、そうじゃない。コレはオレの記憶じゃない。記憶領域をちょっと総浚いさせてもらうぞ……」

 

 少しだけ片手を顔に当てて考え込んだ少女がフードを脱いだ相手に目を細める。

 

「お母さん? 母親? だが、同じ顔……この体のオリジナルか?」

 

「そういう事です。わたくしはフィティシラ・アルローゼン。貴方が滅ぼした一組の男女。その過去の時代の成れの果て……言っている意味はお解りですよね?」

 

「エラーか? 何て古典的な……だが、オレが出会った方はあのひねくれ老害ボウヤと一緒に消える事を選んだんだが?」

 

「わたくしも前々から気付いてはいたのです。自分が単なる情報を複製して造られた存在だ。なんて事は……それこそあの人も本当は気付いていた。彼女達をわざわざ自分のように造っていた事から見ても、覚えていなくても心は知っていた……」

 

「それでどうして祖父と関係を持ったんだ? オレの体は実際に蒼の欠片で造られた形跡があった」

 

「ええ、造られてはいます。ですが、それを作る際に何処で造るかまで指定出来たのですよ」

 

「―――相手もいないのに処女受胎か」

 

「そういう事です。だから、乳母役……母親みたいな事はしてみましたが、彼に時間が無いと逃がされて国外に出たフリをしてずっと帝都にいました」

 

「今更だな。出て来たところが決戦中とか。何がしたいのか訊ねたいところだ」

 

「わたくしは前代の彼女とも違いますが、今代の貴女とも違う。この世界の裏側に対して何も有効な実力干渉が出来ない立ち位置にいます。いえ、どちらかと言えば、干渉しても無駄な事を知っている。故に情報の伝達しか出来ない」

 

「神の規模と能力を考えれば妥当だな」

 

「ええ、ですが、この世界には唯一神の畏れる力がある」

 

「月と惑星の中心部。ソレか?」

 

「はい。それは嘗てこの宇宙を席巻した一つの神話に列なる力なのです」

 

「神話……」

 

「あの神々でさえも、ブラジマハターでさえも、結局はこの宇宙に留まらざるを得ない。その最たる理由こそが星と月の中心にある一対の力」

 

「一対の?」

 

「そして、貴方は彼らが創造し、1人の反逆者が奪った鍵を持っている」

 

「鍵……不破の紐か?」

 

 考え込んだ末に少女の腕に紐が現れる。

 

 いつもは光学的に見えないように偽装しているが、常にそのまま付けている為、久しぶりに少女の腕に現れたと言える。

 

「それは核パスタと呼ばれる中性子星の冷えた後の超重構造を依り上げて空間制御で密封した代物。言わば、中性子星の果ての核を紐状に形成した力です。厳密にはエキゾチックマターに類する構造体なのですが……」

 

「物理学的な単語が分かるのか?」

 

「永い時間、暇でしたから」

 

「……それで?」

 

「神々は、ブラジマハターは嘗てこの星を作る前の世界を滅ぼした時、反逆者にそれを奪われた。そして、その幽霊染みた超重凝集天体を用いた構造体を出現させる為だけにずっと此処で歴史を繰り返させているのです」

 

「何だ? 確かにコレがヤバイのは前から分かってた。だが、この体になってもやたら複雑な空間と次元の折り込みと繰り込みで造られてて、高次と低次の量子スピン系すら体感でしか理解出来てない理解不足なオレにはさっぱりなんだが? これがそんなに神とやらは欲しいのか?」

 

「欲しいでしょうね。何故なら彼らは万能にも全能にも近いですが、未だ届かぬ技術体系、未だ分からぬ未知なる知識を前に足踏みしているのです」

 

「足踏み? 超銀河団クラスの実態まで得てるのにか?」

 

「ええ、何故ならソレは二つ目が造れない代物ですから」

 

「今言ったクラスの存在が百億年くらいポンと待てないもんか?」

 

「いえ、それの素材のせいですね」

 

「素材?」

 

「それの中核に使われているのが、この宇宙でも現在進行形で恐らく見付かっていないたった1つだけの材料なのです。そして、それこそがこの星の一対の力の鍵となる理由でもある」

 

「巨大なブラックホールすら内部に取り込んでるだろう相手が一つしか見付けてないって一体何を素材に使ってるんだ? 普通の中性子星くらい腐る程あるだろうに……」

 

「いえ、それの中心核に使われた中性子星の終わった姿はこの宇宙に未だ出現していません」

 

「何だって? じゃあ、どうやって作った? 待て……中性子星が冷める程の時間がこの宇宙で経ってないってなら、何処から原料が出現した?」

 

 中性子星は物理学的には物質の極限のエネルギーを内包した凝集形態であり、ソレの熱量が冷めるというのはそれこそ宇宙の始りから数十億年経っても在り得ないとされる。

 

 だから、最初からこの宇宙には中性子星が冷える程の時間が経っていると思っていたのだ。

 

「いいところに気付きました。ちなみにソレの原料はこの宇宙の始りよもずっと永い時間を掛けて冷え切ったものであるという事が解っています」

 

「何だ? 宇宙の始り前から存在したって言いたいのか。それは……」

 

 宇宙構造の発生を耐え抜いた何かという事に外ならない。

 

「はい。ソレは特異点なのですよ。過去の、宇宙の始りの前の宇宙。その中心領域に偶然存在した中性子星が宇宙の終焉と始りの最中にも冷め続け、ようやくたった一つのモノとして、この現宇宙に出現した」

 

「―――過去宇宙。いや、先代宇宙とでも言うのか?」

 

「はい。その時代からの贈り物を彼らは黒色矮星【オーバーブラック】と呼んでいるそうです」

 

「オーバーブラック。宇宙を超えた黒き星ってところか」

 

 パチパチと幼い聖女の顔をした少女が拍手する。

 

「そうしてソレを、冷め切った中性子星の残骸を……貴方はこの世界で沢山利用して来ました」

 

「まさか……超重元素? もしかして、そういう事なのか?」

 

 何かに気付いた様子で聖女様が目を細める。

 

「この星はソレの一部がガスや塵に混じり、惑星と化した。言わばソレが母なのですよ。そして、この奇跡の上で生命が発生し、独自の生態系を築いていたものが、彼らブラジマハターによって滅ぼされた者達……」

 

「バルバロス……そうか。教授達が言ってたが、超重元素が放射性物質でもなく原子核魔法数を得て安定化しているのは通常は考えられないって話……定理が変わったんじゃなくて」

 

「その通り。別の宇宙の定理が持ち込まれていたのですよ。超重元素が成り立つ宇宙から、成り立たない宇宙に対して持ち込まれた贈り物ですね」

 

 思わずと言った様子で溜息が零された。

 

「異なる宇宙の定理。特異点……その一対の力ってのも……」

 

「はい。だから、彼らは異なる定理の力を制御出来るようにと接収したオーバーブラックを用いてソレを作った。四つの力などソレの余り物を増やして使っているだけのものでしかありません」

 

「余り物に負けてたのか。予測上のオレは……」

 

「随分と負けが込んでいたようですね。ですが、ソレは四つの力すら上回る代物。そんなものが反逆者の手に渡った事自体が彼らには問題だった」

 

「反逆者? 一体何処の何方なんだ? そいつ」

 

「彼らの一部が造反したのです。そして、反逆者は世界の外からやってきた知的存在……彼らが神と定義する何かと共に彼らと戦い敗北しましたが、ソレは外なるモノによって何処かに消されてしまった」

 

「……今の話を聞けば納得だ。この宇宙の万能は別の宇宙の定理では万能足り得ない。追跡すら不可能だったと」

 

「ええ。だから、ずっと彼らは出現を待っていたのですよ。四つの力とは文明の興亡の最中でソレを回収するシステムであり、遂に現代で出現した」

 

「つまり、反逆者の意志を継ぐ者が現れた時、外なるモノとやらが継承させるはずだと考えてたわけか。だが、また失われちゃ敵わない。だから、猶予があると」

 

「後は貴方が知る通りの事が起きています。まぁ、結局は一対の力の掌握に使う鍵ですが、同時にソレは単なる核パスタとも違ってその全てが異なる宇宙の定理に侵食された中性子と超重元素の超凝集体。この宇宙に1gも存在してはならない力でもある……」

 

「宇宙だって滅ぼせそうな言い草だな」

 

「ええ、そう言っています」

 

「……面倒臭い話だ」

 

「その殆どは鉄だと言われていますが、残りの別の元素1%で宇宙を崩壊させ、作製する事すらも可能だと彼らは思っているようですよ。だから、どうやっても四つの力とは交渉出来ない」

 

「渡しても意味が無い? 何でだ? あ、いや、そうか。聞くまでも無いな。オレのせいか……」

 

 気付いた様子で溜息が吐かれる。

 

「過去宇宙から存在する超重元素は異なる宇宙の定理を内包する故に現宇宙とは捻じれの構造となる。その捻じれは神を呼び込む特異点として機能する。そして、そんな危ないものに魂すらも侵食された存在をブラジマハターは許さない」

 

「代理戦争はご遠慮願いたいもんだ」

 

「生憎と貴方はそちら側です。この宇宙から見れば、危険分子にして宇宙を滅ぼせてしまう存在の代理人……戦う理由は正しく宇宙の正義。彼らの大義名分はバッチリですね」

 

「ははは、はぁぁぁ……そうか。だからか。オレが必ず敗北するのは……」

 

 神様の力は極力使わずに何とかしようというのが大前提だったが、ソレが全てひっくり返る話だった。

 

 そして、幾ら予測しても何処かで潰される未来から逆算するにフィティシラ・アルローゼンには持っているものを使わないという猶予は一欠けらも無い事になる。

 

「ふむ。悪役令嬢とでも言うのでしょうか?」

 

 ユーモアなのか天然なのか。

 

「それとも悪の帝国令嬢? どちらにしても、宇宙の敵に彼らは容赦する理由が無いというのが現実です」

 

 そう、幼いとまだ言えるだろう姿のまま。

 

 嘗ての帝国の少女は肩を竦めた。

 

「いいだろう……つまり、アンタはこう言うわけだ。ちゃんとお前の未来を救ってやったんだから、少しはこいつらの意志も尊重してやれ、と」

 

「はい」

 

「条件を聞こう……」

 

「三つです。一つ目は貴女が彼らの地に封じられているモノを運用する事。二つ目は貴女が彼らの地でこの世界の真実に触れる事。三つ目は貴女が彼らに一つだけ自由を許す事」

 

「一つだけ自由、ね……それが代価か?」

 

「はい。恐らくソレが貴女も納得出来る妥協点でしょう」

 

「………いいだろう。ただし、それは」

 

「ええ、彼らの大地のみでの事です」

 

「よろしい。じゃあ、それで交渉しようか」

 

 まだ幼かった時の聖女を模した少女はニコリとして聖女様に手を振るとまたねと言うように微笑んで指を弾いた。

 

 次の刹那にはもう時間が動き出している。

 

「“停戦”だ!!」

 

 聖女の吠え声が世界を圧した。

 

 それと同時に今まで感情を剥き出しにして戦い続けていた誰もが今までに聞いた事の無いような聖女の声で思わずビクリと身を震わせ、立ち止まる。

 

「―――まさか、本当に」

 

 議長が思わず零していた。

 

「彼女は去りました。三つの条件を突き付けられましたが、受け入れる事にしました。一番重要な事なので此処で宣言しましょう。貴方達に一つだけ自由を許します」

 

 議長が何とも言えない表情で聖女を見やる。

 

「自由、か。何とも曖昧だな」

 

「貴方達、無名山に対してリセル・フロスティーナが一つだけ、どんな分野だろうと好きにしていいと確約しましょう。勿論、好きにしていいですが、大陸社会との摩擦が起れば、変更しなくてもいいが、争いになるという事は考えて下されば幸いです」

 

「つまり、自由とやらを盾に我らの領域を広げるという事をすれば……」

 

「ええ、それに付いては自由にしていいですが、周辺国との戦争は免れません。あくまでリセル・フロスティーナは何も言わない、変更も求めないという事だと考えて下さい」

 

「………良く出来ている。彼女が何者だったのかは今はこの際どうでもいい。だが、議会と相談する必要がある。しばし、待たれよ」

 

「分かりました。では、此処で待たせて頂きましょう」

 

 そうして十数分。

 

 緊張した無名山側が周囲を取り囲む最中。

 

 現実改変能力者に囲まれて遮られた議長が地表の議会との連絡に入った。

 

 やがて、人垣が解かれると険しいながらも僅かに汗を浮かべた男が立ったまま待っていた少女の前に進み出る。

 

「議会との間で調整が終わりました。今、この瞬間を逃せば、恐らくは何もかもが呑み込まれるのは確定的。であるならば、そちらの条件で我々の要求を伝えましょう」

 

「どうぞ」

 

「……我ら無名山は共に在る全ての民の裁判権を我らのみで占める事を求めます」

 

「なるほど、司法そのものでなくて良いのですか?」

 

「政治的な派閥はどうあれ。リセル・フロスティーナには不合理な法を押し付ける理由が無い。だが、犯罪者としてやってきた者達が創った無名山は己で己を裁くからこそ、此処までやって来た。また今は犯罪者として追われる者達は外から受け入れる者達しかいません。それが我らの父母と同じような者達ならば、彼らには社会の中で押し潰される以外の人生をと考えます」

 

「……被害者がいる場合の償いをせずに罪を逃れようという者もいるでしょう。では、こちら側で厳罰に処すべき者が流れ込まないように対策を打っても構いませんね?」

 

「勿論。我らは我らの生きる場所においてのみ自由を得る。司法がリセル・フロスティーナと我が国で異なるとしても取り入れるべきところは取り入れたいと考えています」

 

「分かりました。リセル・フロスティーナへの加盟手続きにおいて司法の方々と掛け合いましょう。裁判権はリセル・フロスティーナの基準を採用しない場合でも全ての権限は貴方達に。条約関連の締結に際しての不平等や諸々の問題に対しては問題点のみを提示しますが、そちらの内部で行われる裁判に一切の干渉は致しません。そして、それ以外の分野では通常の手続きを取って頂きます。ただし、リセル・フロスティーナ加盟国内で起こった全ての犯罪においての審議では無名山を原則除外。犯罪者が流れ込んだ場合の引き渡し条約に付いては締結して頂けますね?」

 

「勿論です。裁くに値するべき者以外に用はありませんので」

 

「では、後は無名山側が現時点で障壁の拡張を終了して頂く事は同意と見なしても?」

 

「構いません。そもそもアレは壁ではなく牢ですので」

 

「牢?」

 

「それは今後、こちらに来た時に……」

 

「………色々と詰めるべきところはありますが、大筋はこれで良いでしょう。合意に至ったと見なし、戦闘行動の終了を宣言致します」

 

 その瞬間、あまりにも呆気なく静けさが周囲に漂い。

 

 顔を見合わせながら、何とかなったのかと首を傾げる者達が出始める。

 

「では、そちらの事情も考慮して1週間後。お伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「それまでにはこちらも態勢を整えさせて頂きます」

 

「では、大筋の合意を署名しましょうか」

 

 二組の書類が虚空に現れる。

 

 紙そのものは現物でペンまで一緒である。

 

 合意文書を互いに詰めた議長と聖女がこれでいいと細かい事は文官任せにする事を確認して、全ての書類に自分の名前を書き込んでいく。

 

「一つ訊ねても?」

 

「何でしょうか?」

 

 聖女から議長への問いだった。

 

「貴方達は何を無名山の地下に封印しているのです?」

 

「我々はそれを001と呼んでいます」

 

「……あちら側の要求を受け入れましたが、そちら側も彼女に要求されたという事ですか?」

 

「ええ……」

 

「お互いに振り回されたようですね。いや、実質的にはそちら側だけと思われても仕方ありませんが……」

 

「こちらとしても色々と聞きたい事はあるが、今は止めておきましょう。大陸の目もある……」

 

「そうですね。ならば、最後に大陸に見せ付けておきましょうか」

 

 少女の手が差し出される。

 

 議長はこれに僅かだけ思案し、手を取った。

 

「今後の関係においてお互い良い時間が持てる事を願うばかりです」

 

「争い合うからこそ、手は取られるべきだとわたくしは考えます。殺し合えばこそ、殺し合った後の方が何かと物事が上手く進むものですよ。他者を理解するとは命掛けで戦う事なのです。経験則ですが……」

 

「貴女に言われては誰も反論出来ぬでしょうな」

 

 握手は固く。

 

 しかし、未だ緊張を持ちながら行われた。

 

 彼らが部隊の損失と撤退指示を出すより先に虚空にペッと何かから吐き出されるように損耗した機甲部隊の隊員達が大量に前線でボトボトと大地に落される。

 

 上がる呻きに慌てて、部隊の幾つかが対処して救急搬送の為に混雑する周辺を担架代わりのリーフボードで運んでいく。

 

「手加減されて、このザマとは……」

 

「手加減ではなく。単なる戦略目標とお考えを」

 

「相手部隊を損耗させずに戦うのが目標だと?」

 

「生憎と此処から先は一兵たりとも無駄に失えない。それこそ、この星で共に生きる者達の中でも貴方達には重要な役割が待っている」

 

「空恐ろしい話だ。我らは使い潰す気構えは今聞きたくないというのが本音ですが……」

 

「わたくしも色々とせねばならない仕事が増えました。次お伺いした時に詳しい事は話しましょう」

 

 こうして世間話を終えた聖女が跳ぶ。

 

 その瞬間、姿が消えて……戦場には大量の吐き出された人員がべっちょりとした粘液塗れで山盛りにされ、巨大な触手の気配も遠のいて行ったのだった。


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