ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第147話「真実と現実と事実と」

 

「フィティシラ・アルローゼン。いや、まさかバイツネードの……」

 

「そのどちらでもあり、どちらでもない。そうですね……わたくしは嘗てフィティシラ・アルローゼンだったもの。同時に四つの力にとっては些細なエラーと言うところでしょうか」

 

「エラー……」

 

 男が目を細める。

 

「そして、わたくしは今この国の聖女の母親でもある」

 

「ッ」

 

「乳母という事で一応この世界にも足跡は残していますが……」

 

「フィティシラ・アルローゼンであり、その母親であり、バイツネードの一組の男女でもある。なるほど、謎掛けのようでいて、全て事実ならば、我らの知らない理屈や現状があると見るべきか」

 

「物分かりが良くて助かります」

 

「……確かに似ている。あの姫殿下とそういった言葉の端々が」

 

「彼女はわたくしになるはずだったもの。そして、貴方が今考えているようにミーム汚染からの同存在の生成という事象にわたくしは近い」

 

「やはり、我らの事を知っていたか。四つの力によって生み出され続け、復元され続けた時代の遺物となれば、そう……確かに我らのようなアンチ・ヒューム技術は持っていないと考えるべきだが、多数のバルバロスとオブジェクトを従えているとなれば、話は別だ」

 

 男が僅かに剣呑な顔で少女を眺める。

 

「それで我ら無名山にどのような御用件だろうか。暫定にて先史文明期のフィティシラ殿」

 

「貴方にお願いがあってお呼びしました」

 

 立ち上がった少女が男の下まで歩いて来る。

 

 その姿は今の聖女と呼ばれる少女から手や腕、顔に至る侵食痕の無いものと言って差し支えなかったが、同時にまた本来の聖女とは異なる点として紅の宝玉らしいmのが胸に埋め込まれていた。

 

 シンプルな白いドレスを着込む少女が男にカーテシーをしてみせる。

 

「どうでしょう? あの子のように見えますか?」

 

「……化粧をすれば、バレない程度には」

 

「ならば、話し易い相手だと思って気軽にお話をしましょう。どうぞ」

 

 少女が手を横に開けば、いつの間にか部屋の床から生えたかのように椅子とテーブルが置かれていて、ティーカップがその上に一組。

 

「頂こう」

 

 2人が同時に着席する。

 

 互いに紅茶を一口にした彼らの横には先導していた女性が静かに用命を待つ形で待っていた。

 

 主の後ろに立たないのはこの場では客人の為にも働くという意思表示か。

 

「手っ取り早く本題を伺おう。要件は?」

 

「二つ。001の起動は止めた方がいいという忠告。そして、一つのオブジェクトをあの子に貸し出して欲しいのです」

 

「あの子……母親と言っていたが、面識は?」

 

「赤子の頃に少しだけ」

 

「……訊ねたい。何を目的としているのだ。貴女は」

 

「そうですね。この世界が四つの力によって今、猶予されている理由を前にして悩んでいる。そして、悩むからこそ、その答えをあの子がどうするのか見たい。そう、思っています」

 

「何故、そういった理由で貴女が悩む?」

 

「四つの力に見初められし一組の男女。初めて、この星に興った人類文明にて選ばれた一組の幼き少年少女は自分達の結末に準じて消えた。けれど、それに至るまで幾多の文明が滅んでは復元されて来た。貴方達、無名山の地下にある者達もまたあらゆる手段を駆使して、この時代にまで辿り着いた」

 

「………」

 

「では、滅んだ文明にいた一組の番は本当に死んだのでしょうか? 復元されたソレは本当に同一個体なのでしょうか?」

 

「何?」

 

「貴方達のようにヒュームを用いた現実改変とは違って、惑星単位での復元能力は四つの力による完全な物理事象。物理事象である限り、四つの力に出来ぬ事は殆ど無い」

 

「つまり、我らとは違うと?」

 

「嘗て、幾らかの年代の前。文明が滅びた時、一人の少女はうっかり生き残ってしまったのですよ」

 

「―――復元されたのはコピーでしかない。そう言いたいのか?」

 

「自己同一性のあるコピーは本人と変わらない。しかし、実際には物理事象の復元であって、その死んだ人間を構成していた物質やエネルギーそのものを使わない」

 

「なるほど。自分のコピーは自分じゃないと来たか」

 

「……それに気付いた時、壊れてしまった少女はイレギュラーとなった。ただし、現生文明に残存する過去文明のエラー。四つの力が処理しない案件。ゴミ箱の片隅に置かれた掃除されない残滓として」

 

「機械の消去猶予されたデータのようなものであると?」

 

「実際にはそれすらされない些細な塵ですが……」

 

「……塵、塵か。こちらの目には王座に座った塵には覚えが無い」

 

「ふふ、ありがとうございます。ですが、彼女は次の自分の後釜に戻ろうとは思わなかった。そして、同時に自分が愛した人もまた死んでいる事にようやく……気付かないフリを止める事が出来た」

 

「複雑だな……」

 

「エラーの一つは四つの力に認識されないまま。こうして、多くのエラーを集めて今や王様のように祭り上げられているわけです」

 

「001の事も知っているわけだ」

 

「ええ、アレは遥か太古。始りの時代から合わせて都合4度だけ起動されました。ですが、その度に四つの力によって消去され、この星の力によって復元されて来た」

 

「ちょっと待って欲しい。 星? 星の力とは何だ?」

 

「O5が貴方達に知らせていない真なる001の事です」

 

「―――何だと?」

 

「001の情報は嘗てより財団が幾つも001に匹敵すると嘯いた世界の破滅を集めて事前に情報を隠蔽、すり替える事で改竄を行っていました。其々の疑似コードに紐付けられたオブジェクトは001のフリをさせられた最大級のケテル・クラス。しかし、実際には……」

 

「我らの001よりも恐ろしいものが存在すると言うのか?!」

 

 男が思わず顔を歪める。

 

「ええ、全ての情報を握るO5すらもう忘れているかもしれない程、遠い遠い昔。約束の星の最中にある世界最大にして最高のオブジェクト。ケテルであり、アンクラスドであり、同時にまたXKシーリングの起動キーでもある」

 

「XK……この宇宙そのものに関わるだと……それは一体……」

 

「全ての始り。月と一対となった汎人類復元機構。もしくはそうですね……人々が浴する食糧事情と大差の無いものかもしれません」

 

「意味が分からない……」

 

「ごはんとパン。米と麦。食べるならどっち? と、聞かれる喜びを人類は今も噛み締め続けているという事ですよ。それが気に喰わないのでしょうけれどね。神とやらは……」

 

 男は少女の苦笑気味の顔を見て、名状し難い様子になった。

 

「まぁ、お気に為さらず。我らは裏方、黒子、行間、その一つ。貴方達のように舞台上の役は無いのです。だから、こうして忠告する事しか出来ないとだけ覚えておけばよろしいかと」

 

 男は目の前の相手がどうにも苦手だと言う意識のまま。

 

 カップを飲み干して、目を開けた時には本棚の前で少年少女が横で未だに歴史がどーたらこーたらと話しているのを確認し。

 

「……裏方、か」

 

『今日の夕飯は帝国風のステーキセットがいいの!!』

 

『聖女風のさっぱりした帝都御前がいいんだけど』

 

 自分にミーム汚染が少なからず自己診断で確認出来ない事から、溜息を吐きながら、窓の先に広がる空に日を眺めて男は目を細めるに留まったのだった。

 

 *

 

―――ルイナス中央大区画汎用広場。

 

「ん?」

 

 少女が首を傾げたのは夕暮れ時の事であった。

 

 邸宅前での仕事が終わったのでそこから数キロ離れた虚空に浮かべた巨大な一区画の基礎。

 

 つまり、巨大な正方形の床の中心で何事もなさそうに指を振りながら、明日以降の工事関係者達が使う足場や諸々の基礎の基礎を形成していたのだ。

 

 が、少女は気付く。

 

 まだ完全には上部階層の天蓋が出来ていない空も見える場所。

 

 その明日以降は区画が載って一体化するはずの梁の上に自分を見やる者がいた。

 

 黒い外套姿。

 

 だが、問題は相手の手に刃が握られている事だ。

 

 即座に30名からなる上位ナンバーも含めたドラクーンの精鋭が相手を制圧に掛かる。

 

 だが、その攻撃の大半が回避された。

 

「あん?」

 

 回避のされ方があまりにも特殊だった為、思わず少女が声を出す程の綺麗な避けられ方。

 

 空間を超えていない。

 

 だが、現実が捻じ曲がったとしか思えない様子で全ての刃が相手を避け、同時に空間を超えて届くはずの狙撃が全て擦り抜けるようにして命中しなかった。

 

 が、その命中しなかった弾丸が瞬時に相手を捉えようと方向転換して無限に相手を音速の12倍程の速さで追撃を駆けるのだが、ヒュンヒュンと相手の周囲を回るかのように到達しない。

 

「為るほど。それが現実改変能力ってヤツか」

 

『―――ッ』

 

 相手が動きを遅くしながらも近付いて来る。

 

 本来、相手はこちらを瞬時に倒せる程度の手札を持って来ているはずなのだが、ドラクーンの猛攻の最中をゆっくりと何とか進んで、虚空を蹴るようにして一直線にやってくる。

 

 だが、面白いのは進行方向に対して巨大な壁となった緊急展開されるドラクーンの盾。

 

 自動で防御を可能にする体積と表面積を瞬時に偏向可能な黒きクリスタル製の壁が展開され切って尚、相手の進路上に隙間を作っている事だ。

 

 現実が捻じ曲がっているとしか形容出来ない。

 

 本来、その正面こそ護りの要であるはずなのに盾が無数に重ねられて尚、壁が重ねられて尚、一直線上の空間がまるで襲撃者を避けるかのように何も無い空間を残していた。

 

 焦った様子のドラクーン達はこの道の敵を前にして最後には自身の体を盾にして、こちらを逃がそうという努力を行ってくれたのだが、そのドラクーンが脚を滑らせてこけたり、こちらを護ろうとして見当違いの方向を見ていたりと……滅茶苦茶である。

 

 だが、その様子をじっくり眺めていられる程に相手の移動速度が低下する。

 

 恐らくは現実の改変そのものに負荷が掛りっ放しなのだ。

 

 強固な現実を変化させ続けるならば、それに伴ってリソースが消費される。

 

 ヒューム値と言うらしい現実強度みたいなものが高いと現実を簡単に捻じ曲げられるらしいのだが、捻じ曲げられた現実が再び高確率で高速且つ最高効率の現実での行動……つまり、ドラクーン達の必死の働きを前に改変速度が追い付かなくなっていると言うべきだろうか。

 

 取り敢えず、指を弾く。

 

 途端に相手が空中で制止。

 

 同時に殺到していた攻撃が当たらないが相手を囲い始めた。

 

 正確には狙撃と斬撃が逸らされた先から相手に向かい外れるという状況が繰り返されまくっている。

 

 一種の結界染みた無数の攻撃の檻が相手を絡め取って閉じ込めている。

 

「お早く」

 

 現場から連れて行こうとするドラクーンに片手で制止を掛けて、虚空で片手を握った。

 

 途端、グバンッと空間そのものが波打って相手を拘束する。

 

【馬鹿な】

 

 襲撃者が思わず声を上げていた。

 

「原理さえ解ってしまえば、簡単ですよ。現実を改変する。現実の改変にはコストが掛る。なので、貴方が現実を改変する速度よりも早く相手を拘束する無限に続けられる手管をぶつけてみればいいのですよ。拘束されないという現実に対して、これは絶対に拘束されなければおかしいという確率の暴力を圧倒的な質と量でぶつけ続ければ、それは矛盾でしょう?」

 

【ッッッ】

 

 相手の喉が干上がった様子になる。

 

「矛盾は修正される。現実を改変する強度にもよるでしょうが、貴方が書き換えるよりもわたくしが捕らえるという現実の方が、この世界ではより確かなわけです」

 

【―――】

 

「そもそもですが、わたくしをいなかった事に出来ない。ドラクーンを消してしまう事が出来ない時点で貴女の能力は高が知れているのでは?」

 

 何も無い虚空でドラクーン達に周囲を囲まれながら浮かんだ黒い外套の相手がしていた白い無貌の仮面が罅割れていく。

 

【在り得ない……】

 

「帝国を消せない時点で貴女に最初から勝ち目はありませんよ。お嬢さん」

 

 パリンと仮面が割れた。

 

 同時に黒髪の顔の無い少女の顔が露わになる。

 

 まるで光を一切反射しない暗黒。

 

 光を反射しない物質を限界まで塗り込んだような漆黒。

 

 人種などの類ではなく。

 

 存在としての問題として黒いのだろう少女は瞳と輪郭だけは空間内に浮かび上がっており、そっと地表に降ろすとペタリと尻もちを着いた。

 

 どうやら人間らしい意志はあるようだが、人間かどうかは微妙らしい。

 

 背後にいた人員にニコリとするとこちらの意を組んでくれたらしく。

 

 数秒で少女のいる場所の前にテーブルと椅子と紅茶セット一式が用意された。

 

 ドラクーンの基礎装備内に紅茶セットを忍ばせているお茶目はいつでも誰とでも会談出来るようにとの計らいである。

 

「どうぞ。お掛け下さい。まずはお話を聞きましょう」

 

「………距離を詰めて無事でいられるつもりか?」

 

 ようやく相手の声が現実のものとして聞こえて来る。

 

 今までは相手の内心を聞いていたので中々、可愛いものだった。

 

「貴女がわたくしに届く刃を現実改変で届かせるより、わたくしが彼方の刃を絶対に届かないように能力で吹き飛ばす方がきっと早いと思いますよ?」

 

 そこでようやく相手が絶望を前にしたようにガクリと漆黒の両手を床に付いて項垂れた。

 

「これが……聖女。現代を創生せし者、謳われし伝説の力……」

 

「何を絶望しているのか知りませんが、貴女の努力は此処からですよ?」

 

「どういう事だ? 何が言いたい」

 

 相手が僅かに顔を上げる。

 

「此処にはテーブルがあり、椅子がある。貴女の人生です。貴女の意志無しに危機は決して去りません。それがわたくしの護衛の方々であるならば、尚更でしょう。貴女の首や頭が消え去るのに刹那も要らない以上、自らの手で自らの生を勝ち取る気があるならば、お掛けになった方がよろしいかと思うのですが?」

 

「―――いい、だろう」

 

 ジットリと汗が浮かんでいるのかどうか。

 

 黒い影のような少女は立ち上がり、ゆっくりと今世紀最高に座り心地が悪そうに木製の椅子に腰掛けたのだった。

 

 *

 

「フィー!? 何かドラクーンが役立たずになって襲撃されたって聞いたぞ!?」

 

「止めてやれ。それはあいつらに効く」

 

 ズーンと明らかに反省のポーズで固まりそうなドラクーン達が壁際で気配のみ気落ちさせていた。

 

 邸宅に戻って数分後。

 

 邸宅の管理や諸々の秘書業務から戻って来たデュガとノイテが慌ててやって来たのはちょっと嬉しいかもしれない。

 

「襲撃者さんは今反省文を書いてる最中だから、お静かに。それと今日の晩餐用に余計に料理を出す事になったから、ちょっとこのレシピで適当に仕込んで来てくれ」

 

「え? いや、ハンセイブン? 何したんだ? ふぃー」

 

 ジト目になるデュガにチョイチョイと壁際を指して教える。

 

 何やら物凄く黒い濃密な闇のような何かが机のある場所を占領しており、カリカリと鉛筆の音が周囲には静かに響いていた。

 

「反省文……まさか、自分を殺しに来た相手に反省文を書かせて? 貴女は馬鹿ですか?」

 

 ノイテが物凄い渋い表情でこちらを露骨に睨んで来る。

 

「まぁ、そんな悪い子には見えないし」

 

「いや、悪いかどうかは法律が決めるんじゃなかったっけ?」

 

「生憎と此処は帝国領域外だ。いいな?」

 

「……はぁ、心配させないでくれよー。もう……驚いて損したぞ!!? まったく」

 

 疲れた様子でレシピをメモで受け取ったデュガがノイテを連れてジト目のままに退出していく。

 

「………」

 

「何か言いたそうだな」

 

「気安い言葉遣いも出来るのだな……」

 

「そういうものですよ。政治家には仮面が幾つもあるものです。いえ、人間にはと言うべきでしょうか。無名山幼年大隊の隊長さん」

 

「……一皮剥けば50歳過ぎたババアの癖に……」

 

 ドラクーン達がこいつの口を縫い付けてやろうかという顔になっているのは想像に難くないが、少し片手で抑えて抑えてのジェスチャーをするとシオシオと萎れた花のように気勢を削がれていつもの冷静な状態へと戻る。

 

「生憎と現実での年齢は数歳ですよ」

 

「はぁぁ?! 嘘も大概にしたらどうだ……」

 

「いいえ、事実です。時間障壁内部に捕らわれる前から左程、年齢を重ねてはいませんでしたよ」

 

「……一体、何なんだ。お前は……」

 

「ただの人間ですよ。心はそうありたいと願う化け物な、ね?」

 

「―――フン」

 

 ちょっと振り向き掛けた相手が再び机に向かってカリカリと鉛筆で反省文10枚の作製を再開した。

 

「それでお聞きしたいのですが、今回の襲撃に使用したこのギザギザなナイフ。これがオブジェクトというヤツですか」

 

 相手から没収した得物を手にして繁々と見てみる。

 

「ッ、そう……だ……」

 

「能力は?」

 

「登録番号843922。存在を昇華して完全にこの世界から消滅させるものだと聞いている……」

 

「なるほど? 先程のが自前の能力。こっちが本命、と」

 

「それで斬り付けられた存在は握っている使用者が判別した対象であるなら、全て消え失せる。この世から……例え、聖女だろうともきっと殺せるはずだと思っていた……」

 

「ふむふむ。なるほどなるほど。菌類で試してみても識別出来ていれば、効果対象になるわけですか。ついでに実際の能力は……ああ、これはちょっと惜しいですね」

 

「何だと?」

 

 相手が振り向いてこちらを見やる。

 

「コレは貴女が思っているような使い方が出来るだけで実際には違う能力ですよ」

 

「え……?」

 

「これ、使えますね。使い過ぎた文明は消えたのでしょうが」

 

「ぶ、文明?」

 

「色々と今、調べて見たのですが、昇華というのが何とも……」

 

「?」

 

「コレは対象を殺す為の刃ではありません。ついでに言うと文明を幾つか滅ぼした形跡があります」

 

「な―――どういう、事だ!?」

 

 肩を竦める。

 

「コレ、存在をより高次に引き上げる為の儀式用短剣みたいなものですよ」

 

「儀式? 高次?」

 

「そうですね。簡単に言えば、これを使われた人間は死ぬのではなく。この世界から卒業しちゃったんですよ。恐らくは……」

 

「卒業?」

 

「ですから、この四次元の世界から上の次元の世界へと存在をシフトさせる面白い玩具という事です。今、使ってみた菌類をわたくしの能力で追跡したら、やたら複雑な生物として高次元で活動してるのが見えました」

 

「は―――な、一体、それは……」

 

「ああ、分からくていいです。人間より賢い菌類とか。この四次元の世界にいても困るだけですし、ちょっと感謝されて贈り物を受け取ったくらいです」

 

「菌類、感謝、お、贈り物? ほ、本当にお前は……お前には何が見えて……」

 

 ようやく黒い顔が怯えた様子になっていく。

 

「でも、惜しいのは本当ですよ。かなり良い線を行っていました。この刃は強制的に相手の存在を高次元に叩き込んで存在変質を引き起こさせ、こんな低次元に興味を失くさせる最強の追放ツールの類です。これなら貴方達がケテルと呼ぶ収容不可能な存在達にも通用するでしょうね」

 

「ッッ、お、前、わたしの頭の中を!?」

 

「覗くまでもなく教えて貰っていたので、ある程度は知っているというだけです。これが重宝されていたのも納得の能力。良い拾い物をしました。これはありがたく罰金として受け取っておきます」

 

「~~~?!」

 

「ほら、サボってないで反省文10枚。約束ですよ?」

 

「わ、解ってる!! 解っているとも!!」

 

 涙目の少女が再び鉛筆で反省文を原稿用紙に書き始めた。

 

 ちなみに反省文の構成は指定したので、ちゃんと書いてくれるだろう。

 

 まず、原因、仮定、結果。

 

 更にそれまでの具体的な行動と自分が犯したであろう罪に関しての記述。

 

 全てを書き終えれば、10枚くらいにはなるだろう。

 

「あの~~姫殿下はいらっしゃいますか~~ドラクーンの方達が何も出来ずに敗北したとか聞いて……」

 

「姫殿下大丈夫でございますか~~!?」

 

『――――――』

 

 アテオラとリリがひょっこりと扉から顔を出し、またドラクーンのピュアハートを地獄の業火で焼かんばかりに炙り始めるのだった。

 

―――邸宅内大食堂。

 

「というわけで、襲撃者で反省文を十枚書いて反省した無名山のミュニト・ペールちゃんだ。16歳だから仲良くしてやれ。こいつの保護者が来るまでの短い付き合いだがな」

 

『………………』

 

 シーンと仲間達が食事を前にして、何か名状し難い顔でこちらと真っ黒な少女を往復して見やり、取り敢えず何も分からない組は『よろしく』と軽く言って食事を初め、分かる組はこちらにジト目で見つめてから、仕方なさそうに溜息を吐きつつ皿を突き始めた。

 

「も、もうシュ、シュウを襲撃しちゃダメだからな!!」

 

 朱理がミュニトと名乗った少女を前に両手を握って断固反対とでも言いたげに目を怒らせる。

 

「それは駄洒落か?」

 

「お、怒るぞ!? シュウ」

 

 御立腹な朱理が膨れっ面になる。

 

「解ってる。心配してくれて有難い。だが、まぁ、何事も無かったから別にいい。問題はこいつの保護者さんとの折衝がまた増える方だ」

 

「はぁぁ、君というヤツは……」

 

 ゾムニスが片手を頭に当てて被りを振る。

 

「ああ、そうだ。ゾムニス。お前にはこれから来る連中の応対を任せる。それとドラクーンは今回に限っては無しだ。その代り、例のものをお前には使って貰う」

 

「例の? いいのか? 手札の一つなんだろう?」

 

「此処で示しておく必要が出来たってだけだ。相手の反応が見たい」

 

「解った。フォーエとウィシャスにはこちらから言っておく」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 そうして会話していると食堂の外からタタタッと駆けて来るメイドが1人。

 

「イメリ。来たか?」

 

「はい。今、外縁部で止まっているそうです」

 

「解った。ゾムニス。悪いが食事は後で温め直してやるから、行って来てくれ」

 

「了解した」

 

「ジーク。此処に詰めててくれ」

 

「……また少数精鋭で?」

 

「あっちは団体さんだ。困った事に完全武装でな」

 

「それも見えてるとか。本当に貴方は……分かりました。此処の護りはお任せを」

 

「デュガシェス」

 

「何だ? 戦うのか?! いつでもいいぞ!!」

 

「違う。ミュニトにデザートを出してやってくれ。アイスの削り方は教えた通りだ」

 

「はいはい……はぁぁ、婚約者が過保護過ぎて辛いぞ?」

 

「今更でしょう」

 

 愚痴ったデュガにノイテが肩を竦めていた。

 

「さ、団体さんの相手が始まる前には食べ終えておいてくれ。人を持て成すのは骨が折れるからな」

 

 こうして、外側から初めて都市に来た来訪者を出迎える準備へと奔走する事にしたのだった。

 

 *

 

―――ルイナス外縁部【白明の淵】

 

 旧皇国首都を丸ごと呑み込んだ超巨大な大穴は平たい台地上の地下と数百mもある断崖によって形成された地球の大穴である。

 

 岩盤の上に形成されたとはいえ、それでも都市基盤となる区画を大量に敷き詰めている途中である都市建造中の世界は昼夜が無い。

 

 強力な全方位型のサーチライトが多数導入されて、あらゆる場所に光源を確保し、蒼力で夜間工事中の人員が絶え間なく立ち働いているからだ。

 

 此処では24時間4交代制を取っており、外縁部の半数以上が今は1km単位で巨大な球体居住区画を入れ込んだ大地と区画の基礎が工事中の看板を下げて、1時間で30mくらいの速度で陸続きの場所が増え続けている。

 

 その入り口である検問所手前に押し掛けて来たのは正しく異様な風体の団体であった。

 

 人間のみならず。

 

 人間には見えない人型を取った各種の生物。

 

 そういう者達が数十人単位で検問所前に陣取っていたからだ。

 

 その先頭を歩くのは何処かキツイ目元に髪を背後へ一つ縛りにした眼鏡の女だった。

 

「………」

 

 メガネの内側は伺えないが、検問所に詰めるドラクーンを前にして立ったままに待つ様子は静かだったが、張り詰めているとも思えるだろう。

 

「オイ!! まだ連絡は来ないのか!!?」

 

 その女性の背後。

 

 獅子のような頭部を持つ人型が叫ぶ。

 

「申し訳ありません。何分、一切のアポが無い状態での来訪という事もあり、今は支度を整えているとの事です。また、問い合わせられた相手に対しての答えは実際私にも分かりません。そういった姫殿下への御来客に関しては情報が共有されぬよう情報保護用の規則が置かれていまして」

 

「つまり、ここで問い合わせても答えは返ってこない、と」

 

「今しばらくお待ち下さい」

 

 先頭の女性が待とうという姿勢になる中。

 

 背後の男女の別ない集団にはイライラした者が出始めた。

 

「隊長!! もういいんじゃないですか?」

 

「……此処は我々の家ではありません。他者の家に押し掛けているのは我々です。で、ある以上は礼と仁義くらいは通しましょう」

 

「ですが……」

 

「まだ20分ですよ。お山の会議を毎日している内勤型の議員達に比べれば、我らは何を我慢していると言えるものか」

 

「……分かりました」

 

 そう代表者らしい獅子男が承諾した時、検問所内の黒鎧が耳元に手を当てた。

 

「はい。はい。了解しました。姫殿下より侵入許可が下りました。迎えの者を寄越すので共に中心域の広場まで来るようにとの事です」

 

「迎えの者? その到着はどれくらいになるでしょうか?」

 

「ああ、そろそろ来ると思われます。ご心配なく」

 

 完全武装の黒鎧。

 

 腰には剣とも銃とも付かない同じ色合いの武装を下げ、両腕の肩に大盾を備えた男が検問所の受付へと戻っていく。

 

「どうぞ。お通り下さい。迎えは現在工事中である1.4km先の接続部に来るとの事です」

 

「はぁぁ?! 何でだよ!? 此処に直接く―――」

 

 獅子男を片手で女性が制止する。

 

「ありがとうございました。全員、行くぞ」

 

 僅かに頭を下げた女性がそのまま早足で検問所の先。

 

 未だ無舗装のクリスタル製の床を鳴らして先へと進んで行く。

 

 しばらくして、彼女の背後で獅子男が不満そうに口を開く。

 

「いいんですか? あんなに嘗められて……」

 

「こちらはお願いをしに来たのであって、それ以上ではありません。そして、議長からも厳に殺されても殺すなという制約の下、此処に来る同意を得られた事は殆ど奇跡的であるとまずは自覚為さい」

 

「く……」

 

 獅子男が悔しそうな顔になる。

 

「現実改変能力者をダース単位ですよ? それでもダメですか?」

 

「何をしようとも絶対に聖女を怒らせるなというのが今回の任務において掲げられた最大の制約です。少なからず自分の命を守る以外での使用禁止。相手への直接間接での変更も禁止です」

 

「……分かりました」

 

 早足の集団がその工事中の都市の淵へと辿り着いた時。

 

 彼らは周囲が遠方に見える明るい地域とは違って周囲が暗い事を悟る。

 

「誘い込まれましたよ」

 

 獅子男が愚痴り。

 

「そうとも限らないでしょう。まずは―――」

 

 言い掛けた時だった。

 

 ズンッと彼らは大気が震えるのを感じた。

 

「?」

 

 そして、目の良いものから最初にその巨大な穴の中心域からやって来る何かの姿を月明かりや僅かにポツポツと灯る街灯代わりの壁に埋め込まれた薄ボンヤリした光から知る。

 

「んだよ。こっちは天下の現実改変能力者様だぞ……あ、あんなもん怖くなんか……」

 

 獅子男がさすがに冷や汗を一筋流していた。

 

 先頭の女性も同じだ。

 

 山が動いていた。

 

 そして、山が奈落の底を踏み締めて歩いて来る。

 

 その様子は暗い区画の中から分かるほどの振動を響かせている。

 

 その全容が僅かな光源に近付く度に輪郭が浮かび上がる。

 

 鋼のフォルムは人型でありながら、彼らはソレを見た事があった。

 

「デケェ……古代竜の何倍ありやがるんだ!?」

 

「古代竜にこっちの能力は効かない。お前も知っての通りな。四つの力とやらが我らのような例外に倒されない理由の一つだ。もしも、帝国がソレに近しいものを作り上げていたならば……」

 

「クソが……あのガラジオンの切り札と同じだってのかよ……」

 

 ソレは蜥蜴のような頭部に大きな尻尾を有していた。

 

 人型の竜。

 

 だが、生身の部分は見えず。

 

 有機的なフォルムは全て鋼のような質感の装甲と超重元素製のクリスタルによって形作られており、半有機半無機のような……正しくこの時代にはアニメの中にしか見ないようなものだった。

 

 彼らが警戒しながら到着を待つ中。

 

 片手がゆっくりと彼らの方に向かってくる。

 

 そのあまりの恐ろしさにもう攻撃しようという輩が出始めるが、女性が片手で制止する。

 

 そうして十数秒後。

 

 彼らのいる工事中の淵に攻撃用にも思える鋭い爪の切っ先が接した。

 

「乗れ、と言うのか……」

 

 何も言わない巨大な物体は動かず。

 

 女性が背後の部下達の心配をよそに人が数名は横並びで歩けるだろう切っ先へと歩き出した。

 

 それを見て、部下達がマジかよという顔ながらも恐る恐る同じように続いた。

 

「これが帝国の科学力。我ら無名山すらもコレは……」

 

 呟きながらも女性が物怖じせず。

 

 手が引き戻されて、巨大な何かが中心域へと振り返って歩き出した。

 

 掌の上に集まった者達があまりにも巨大な物体がゆっくりと怖ろしく大きな歩幅で中心域に近付いて行くのを間直で見て、壮大さに唾を呑み込む。

 

「こんなのが量産されるかもしれねぇってのか……」

 

 獅子男が呟く。

 

 彼らはどれだけ集めても少数者だ。

 

 現実改変能力者は多くない。

 

 無名山が今の今まで何とかやって来れたのは先進的な技術と様々な能力を有する統治機構と下部組織が頑張って来たからである。

 

 彼らの一部は【D】と呼ばれ、その殆どは無名山が要する都市や地下に住まう。

 

 その彼らが何人束になれば、勝てるものか。

 

 そんな敵が一体でも存在する。

 

 そして、帝国の戦力強化が始まっている事を外部の諜報員より知らされていた彼らにしてみれば、ゾッとする未来というのは正しくソレと戦う事だろう。

 

 一撃で山が消し飛び、海が割れ、大河が形を変える威容。

 

 こうして数分後。

 

 彼らは近付いて来る中心域。

 

 今はまだ巨大な数百mはある作り掛けの塔のようにしか見えない場所へと辿り着く。

 

 爪が再び接岸し、断崖の上に降り立った彼らは広大な広場が数十m先に広がっているのを見て、歩みを進め。

 

 その中心にあるテーブルの上に料理らしいものが大量に並んでいる様子に気付く。

 

 皿の上の料理に何やらサラサラと指で摘まんだ何かを振り掛ける少女が1人。

 

 エプロンをして待っている。

 

「……何なんだ」

 

 獅子男が彼らの言葉を代弁する。

 

 こうして封地の中心域に脚を踏み入れた先頭の女性がテーブルと料理を挟んで相手と対峙する。

 

「突然の訪問。このように押し掛けた事をまずは謝罪させて頂きたい。フィティシラ・アルローゼン姫殿下」

 

 女性が片膝を着いて頭を下げる。

 

 それに背後の男女達が続いた。

 

「いえ、何事も天の采配であると言いますし、お顔を上げて下さい」

 

 立ち上がった彼らはエプロンを解いてすぐ横の椅子に掛けた少女の笑みに『これが……』という感想を抱いた。

 

 今まで彼らが画面越しに見て来た仮想敵は戦場の中にあり、まるで傷跡のようなものを肉体に刻んだ神の如き何かであった。

 

 だが、目の前にいる相手は同じ存在であるというのに何か何処か違う。

 

 今、こうして目前で喋っている間にいつの間にか好意を持ちそうになる自分達に気付いた半数がハッとした様子で僅か首を横に振った。

 

「さて、まずは堅苦しい挨拶というのも皆さんには苦痛でしょう。御用件はお伺いしますが、皆さんのご懸念自体は知っています。まずは席にお掛け下さい。交渉は食事をしながらにしましょう」

 

「―――」

 

 獅子男が声を出そうとするのを即座に後ろ出のジェスチャーで止めた女性が頷き。

 

 地表から生えて来るように形成された長椅子とテーブルに失礼してと座る。

 

 それに隊員達が習った。

 

 最前列の女性と数名の前に料理の並んだ皿から次々に料理がフワフワと浮かび上がり、盛り付けられていく。

 

 蒼力の無駄遣い。

 

 料理が全員のテーブル上の皿の上に移動した後。

 

 最後にテーブルを挟んで少女が着席した。

 

「一つ質問してもよろしいでしょうか?」

 

「何でしょう?」

 

 女性が訊ねる。

 

「何故、不意の訪問者である我らにこのような食事を?」

 

「お腹が膨れていた方が穏やかに交渉が進むからですよ。腹が減っては何とやらと古から言われている通り」

 

「なるほど、ですが、火急の要件である事もそちらは御承知のはず」

 

「ええ、彼女なら今頃、食事をしています」

 

「食事……」

 

 女性が目を細める。

 

「では、まず自己紹介をしましょうか。わたくしはフィティシラ・アルローゼン。今は帝国の居候をしています」

 

「……わたしはエウレア。エウレア・ミスカード。この部隊の隊長をしています」

 

「無名山は実力主義と聞きますが、優秀なのですね」

 

「能力が一際強かったというだけの小娘です。どうかお見知りおきを……」

 

 少女がいつの間にか目の前に置かれたカップから紅茶を一口。

 

 だが、その瞬間を料理を前にしていた誰もが固唾を飲んで見守る。

 

 現実改変。

 

 それは彼らの十八番だ。

 

 だが、同じ事が目の前で行われたとしか思えなかった。

 

「どうぞ。我が名に誓って安全なものであると証明しましょう」

 

「……総員。ご相伴に与りましょう」

 

「ッ、隊長……」

 

「今は交渉、なのですよ」

 

「……分かりました」

 

 獅子男の言葉ですぐに人員が食事を始める。

 

 そして、すぐにさっさと喰い切ろうという顔で料理を口に含んだ誰もが呆然とする。

 

「どうでしょうか? お口に合いましたか?」

 

「ッ……はい。思ってもいなかった程にとても美味でした」

 

「それは良かった」

 

 少女が微笑む。

 

「……食べながら聞いて下さい。そう、畏まる必要はありません。わたくしはただ世界を変える事の意義を皆さんに伝えたいと思った。それだけなのです」

 

「世界を変える意義?」

 

 食事を片手で勧められながら、ミスカードと名乗った彼女は目を細める。

 

「皆さんは自分の思い通りに世界を改変出来るとあの子から聞きました。ですが、それはわたくしにしてみれば、誰もが持っている能力でしかないという事ですよ」

 

「……現実を直接思い通りに変える事が出来る我々と同じ力が多くの人にあるという意味ではありませんよね?」

 

「ええ、多くの人々が未来に向かって自らの力を用いて自己の生存環境を実現する時、それは生きるという行為そのものを指します。皆さんも本質的にソレは同じでしょう」

 

「………」

 

「普通の方々はそれを自らの行動や手で為しているのに対して皆さんは触れずに思考によってそれを可能にする。ですが、手段は然して問題ではありません」

 

「……何故でしょうか?」

 

「何れ、どんな世界のどんな生物も手段を高度化させていく。文明化、技術の高度化、精神の高次性……あらゆるものが上昇志向である生物の大半の究極は“到達点が一緒”なのです」

 

「つまり?」

 

「結論から言えば、人は何れ神になる。神の力が究極ならば、それはつまるところ。どんな技術でも辿り着ける終点にある能力です」

 

「我らはそれだと?」

 

「いえ、それに近付いた者達。技術ではなく能力でとなれば、究極へと向かう道の一つにいるというだけでしょう」

 

「なるほど……貴女にとって、我らは大勢の人々の1人でしかないという事なのですね」

 

「本来、技術であろうと能力であろうとその果てを目指すには永い時間と世代と人々の努力が必要なのです。それは四つの力を生み出した神すらも同じ事だったでしょう」

 

「………」

 

「皆さんは類稀なる力を持っている。しかし、そこにある優劣は生命としての優秀さではなく。手段としての優秀さなのだという事実をまずは知って頂きたいと思います」

 

「生命として生存能力は高い方だと自負はありますが……」

 

「それは確かにそうでしょう。けれど、貴方達には能力以外で普通の人達と明確に違うと言える精神性や生命体としての特徴はありますか?」

 

「―――我らの痛いところを突かれましたね」

 

「例え、自分を人間以上の何かに改変しても、精神性は一朝一夕には変わらない。そして、心が人間である限り、体がどうあろうと貴方達は単なる人間にしか過ぎない」

 

「……何が言いたいのですか?」

 

「同じである事を貴方達はそう良くは思わないのでしょう。けれど、こうして食事も出来れば、美味しいという感情を抱く事も出来る。だから、わたくしは貴方達を人間扱いするという事です」

 

「まるで故郷で人間扱いされていないと言われているようですが」

 

「人は他者と違うものを抱えた時、孤独になりがちです。ですが、それは誰にでもある孤独であり、特別な孤独なんてものはこの世の中には無いのですよ。神だろうと何だろうと知的生命が抱える悩みというのは大抵そういうものです」

 

「……まるで、全てを見て来たかのように語るのですね」

 

「わたくしは出来る限り、心は人間であろうと決意して戦って来ました。けれど、それでもやはり最初から異質なものであった精神性は人間よりは化け物に近い」

 

「ご自分を化け物だと?」

 

「何かしらの欠陥とも言えるかもしれません。あるいは自分を化け物と思っている間抜けな人間なのかもしれません。ただ、どちらであろうとわたくしは自分の願いの為に戦い続けるでしょう。それこそ、他者を傷付けるものから、多くの人を導く事まで含めて……」

 

「それが……我々とどんな関係が?」

 

「現実を改変するという事の重さを皆さんにも知って貰いたいと思ったのです。この世で今一番現実を改変しているのはわたくしです。貴方達が思っているよりも……」

 

「確かに……それは間違いないでしょうが……」

 

 少女がカップを飲み干してから、そっと立ち上がる。

 

「あの子を見て、わたくしは改めて思いました。現実を変えるというのは目標ではなく。過程でしかないのだなと。それこそが意義なのだろうと」

 

「過程? 意義?」

 

「道は険しいものであり、現実は強固です。ですが、それを変える過程が多くの場合、その変えようとした者を進ませる。わたくしは今、急いでいますが、急ぎ過ぎた先にあるのが何でも変えられてしまう力ならば、それには義務と責任が伴う。誰でもない自分の心が自らで負う義務と責任が」

 

「―――」

 

 女性が僅か呆然としつつ、少女を見上げる。

 

「でなければ、わたくしも、貴方達も四つの力を生み出した神と変わらぬ何かに為り果てるでしょう。結果を追い求めた末路がもしも他者と分かり合う過程を省くものならば、それは生命にとって害悪とも為り得る。故に驕りを戒め、先に進む覚悟がいる」

 

「貴女は……」

 

 女性が僅かに目を細める。

 

「わたくしは神とは違う道を征く。それが例え同じ結末に辿り着くのだとしても、過程を飛ばし過ぎて、最後に心を失くさぬように……先に進もうとする努力は決して無駄ではないのです」

 

 少女が彼らの背後を見やる。

 

「貴方達を載せて来たコレもそう。決して現実を消し飛ばして出来た代物ではない。この時代、この大陸、この今に無し得た人々の努力の結晶……」

 

 周辺にサイレンが鳴り響き始めると同時に世界を光が照らし出す。

 

 それは地表から天空へと昇るように立ち上がる蒼力の輝き。

 

「!?」

 

 振り返る彼らは見やる。

 

 闇に閉ざされていた力を。

 

 あまりにも巨大なのに比率的には何処かスラリとした人型の竜。

 

 それは白銀の如く色を変化させながら金色へと染まっていく。

 

 鎧というよりも無数の幾何学的な鱗とも装甲とも付かないパーツが織りなす鎧染みた全身。

 

 クリスタルの輝きは内部から発される力によって染め上がり、その巨大な人型竜を曝け出す。

 

「【The Ultimate】……現段階において我々が量産出来る最高位の鎧の雛型です」

 

「ジ・アルティメット……ッ、こんなものが鎧だと……これを帝国は―――」

 

 圧倒的な輝きの中で佇む山の如き白金の巨鋼竜。

 

「これでも四つの力にしてみれば、芥子粒程度の力しかないでしょう。我らが目指す世界にはこれが単なる雑兵にしか過ぎない戦場がある」

 

「ッ」

 

 少女が浮かび上がりソレを背後にして彼らに向き直る。

 

「無名山の皆さん。わたくしの戦場に付いて来れますか? もしも、貴方達が自らの手で自らの未来を切り開けると証明したならば、貴方達の帯同を許しましょう。ですが、もしも貴方達がこの程度の障害にも屈してしまう弱者ならば……」

 

「ッ―――何とすると?」

 

「大人しく我らリセル・フロスティーナに組み込まれて下さい。この先、大陸が一つとなれぬのならば、どちらにしても未来は無い。先日、議長閣下からの招待も受けました。ですが、ただ話し合うだけでは互いに禍根が残るでしょう。故に……」

 

 少女が指を弾く。

 

「わたくしは無名山に力の証明を求めます。我らと同等に戦い。あるいは我らを超える力を示し、この大陸を先に進ませる者としてお付き合い出来るならば良し。違うならば、軍門に下って頂きたい。その為に決戦の地を用意しました」

 

 天が輝きを取り戻す。

 

 夜の最中。

 

 部隊の者達は空を見上げた。

 

 遥か天に何かがある。

 

 何かが見える。

 

 それは巨大な島のようにも見えた。

 

「全長300kmのフィールドです。蒼力と超重元素製のクリスタルで造られた薄い大地ですが、将来的には本星を守護するあらゆる機器を置く拠点として衛星軌道上1200km地点に数百か所設置する事になっている宙の大地……名前をアーテルと言います」

 

「アー、テル……ッ」

 

 驚愕のままにミスカードが僅かに汗を滴らせる。

 

 帝国の脅威は知っていたはずだった。

 

 だが、彼女の想像を超えた力が今この場に出現しつつある。

 

「話合いの前にどちらが上か。決着を付けましょう。帝国は逃げも隠れもしません。全ての結果は大陸にリアルタイムで映像を報道させて頂きます。大陸を先導するものとして一角の力を示して下さい。あの大地に上がって来る事も前提条件の一つとなります」

 

「―――隊長。これは、オレ達の領分を……」

 

 獅子男が背後からミスカードに呟く。

 

「解っています。ですが、此処で答えを保留する事のリスクがあまりにも大き過ぎる。それに今日は此処へ迷子を捜しに来ただけなのです。我らの制約を忘れてはいませんね?」

 

「……分かりやした。出過ぎた真似を……」

 

 ミスカードが少女に改めて視線を向ける。

 

「無名山議員の1人として、その話は承りました。一人では議決出来ぬ為、本国に持ち帰らせて頂きますが、必ずや応えてみせましょう」

 

「その意気や良し。では」

 

 少女が両手をパンと胸の前で合わせる。

 

 それと同時に全ての輝きが消え失せていく。

 

 そして、部隊の者達が背後から足音を聞いた。

 

 振り返れば、そこに漆黒の何かがいる。

 

「ミュニト!!」

 

 ミスカードが駆け出して、思わず少女を抱き締めた。

 

「ご、ごめん、なさい……」

 

「叱るのは後です。大丈夫でしたか?」

 

「ぅん……ご飯も食べさせて貰った……」

 

「そうですか」

 

 地表に降りて来た少女が2人の傍まで歩いて来る。

 

「今回の一件に関しての報告書を書かせました。これを議会でちゃんと審議する事。それが今回の一件を不問に伏す条件です」

 

「報告書? ミュニト? お前が?」

 

「……ぅん」

 

 今にも消え入りそうな声で漆黒の少女は小さくなりながら呟く。

 

「解りました。ご迷惑をお掛けした事、最後となりましたが、本当に申し訳なく……」

 

 ミュニトと共にミスカードが頭を下げる。

 

「いえ、自分を見つめ直す良い機会になりました。これに懲りず。もしもまた来たくなったらいつでもどうぞ。ですが、今度は戦いに来るのではなく。わたくしの仲間達と仲良くする為に来て下されば幸いです」

 

「―――ッ」

 

 ミュニトに頭を下げておく。

 

「……本当、だったんだ……その高貴にして聖なるもの……他が為に頭を垂れん、て……」

 

「ふふ、単なる社交辞令ですよ。本当に頭を下げるべき方にしか頭を下げた事はありません」

 

 そうして、その日、破滅の名を冠した作り掛けの都市において初めて帝国の恐るべき力が無名山に啓かれ、その威容を多くの者達が知る事になったのだった。

 

 大陸の各地で空に浮かんだ巨大な島の如き影を観測した者達が翌日には騒ぎ出し、帝国が宇宙開発による軌道上での巨大人工物。

 

 惑星防衛圏構想による大拠点の設営を記者会見で発表したのは報道が騒ぎ出した番組に被せての事。

 

 大陸の民はその時、映像として報道に予め送られていた現実を目撃したのである。

 

 真空の世界。

 

 その最中に薄紫色の輝く巨大な大地があり、人工の建造物が置かれ、大量の機械が構造体を次々に建築しては張り合わせ、大きく大きく形成していく。

 

 それはこの世界に今新たな台風の目が出現し、轟々と音を立てて時代を巻き込み始めたのを意味していた。

 

 そして、無名山と帝国のタイトルマッチ染みたエキシビション。

 

 新たなる破滅を回避する為、戦力評価試験を共に大陸を護る為の力を対戦形式で発表するという報道が遠回しに帝国から宣言され、無名山は逃げる事も退く事も閉じこもる事も出来なくなったのである。

 

 彼らの本質は旧時代の思想と犯罪者であり、逃げるは恥にも思わない。

 

 だが、同時に彼らはもはや国家であり、名誉もあれば、面子も誇示すべき体面もあった。

 

 その誇りと言うべきだろう組織における理屈は感情的であり、情緒的であり、同時にまた現実の多くの繋がり……つまり、彼らの支援者や交渉相手が、ソレを重視する以上、彼らには此処で無名山の体たらくなど見せられるわけはなく。

 

 自分達の国家を、組織を保つ為には決して不名誉は許されなかったのだ。

 

 それは間違いなく宣戦布告だった。

 

 だが、同時に間違いなく極めて人道的な宣告でもあった。

 

 戦争をするならば、互いにルールを護って楽しく殺し合おう。

 

 誰にでもわかる暗黙の言葉は世界に響く。

 

 そういう帝国の狂気染みた感情に配慮した合理性が牙を剥いた時、彼らの上にはもう断頭台の刃が迫っており、逃げ出す事は組織としての死を意味したのである。


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