ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第144話「終わりへと向けて」

 

―――数日後、帝都研究所内。

 

「派手にやりましたね。シュウさん」

 

「ミヨちゃん教授……具体的にどうなってますか?」

 

「少なからず炭素生命とケイ素生命、更に超重元素を取り込んだ金属生命、これらのトライブリット生命体みたいな事になってます」

 

「なるほど、自己診断結果とあまり変わらないと」

 

「まだ知識に無い体内での超重元素を取り込んだ有機遺伝子と無機物によって紡がれる無機遺伝子。更にソレそのものがクリスタル化と一応は呼びますが、X線などで遺伝子などを撮影する際に使われる技術で変化させた細胞のような状態になっているみたいです。構造強度は砂と鋼鉄以上の開きがありますが……」

 

「有機物の結晶化構造ですね」

 

「はい。採取した血液サンプルと筋繊維。更に脳細胞へのマーキング剤を使った撮影で解った事ですけど、恐らく利き手が第二の心臓。更にクリスタル生成に使っている例のタブレットが第三の外部式の脳みたいな感じになってもいますね」

 

「こっちも左程目新しい情報はありませんか?」

 

「言語化し、自己申告された情報を専門用語に置き換えて知識化してみましたが、遺伝情報そのものが有機物を自ら改変出来るツールに変化している。これはグランジルデの特徴を色濃く引き継いでいますが、物質を体内に生成した偏向歪曲空間内に貯め込んだ部分から空間と肉体、二度の工程で加工するのは超重元素による特異点化と時空間干渉を用いる土神の能力が加味されていて……」

 

 僅かに巨漢の乙女が言い淀む。

 

「更に蒼力による場への干渉からの複雑な高次の超高精度物質工作能力、直接引き出したエネルギーによる事実上の核力、レプトン、クォークの発生、物質のロスが少ない変換能力と外部での高度現象生成能力……凡そナノオーダーレベルの場からマクロの域まで干渉して行う原子変換、原子精密工作も可能だとすれば、貴方自身がほぼ万能の工作機械に近いでしょう」

 

「出来ない事は?」

 

「ネックになるのはエネルギー総量、処理能力の限界、記憶容量です。貴方が感じている通り、全能には程遠いですが、その範囲内でならば、殆どの通常の時空間で起こり得る事象は全て再現可能でしょう。万物の理論を今現在ほぼ体系化したゼド君が言うには極限環境を有限の時空間と処理能力で造るのは止めた方がいいと」

 

「ブラックホール作ったりするな。みたいな?」

 

「中性子星やクェーサー反応を生身で引き起こしても、その対応策で処理能力が食われるせいで自爆もしくは周辺に貴方以外の誰かがいると護れないと思います」

 

「解りました。そこらへんの線引きはこっちの蒼の欠片でやっておきます」

 

「それと既存の情報による遺伝子形成、もしくはそれに類似する生命のスクラッチは可能ですが、完全なフルスクラッチを1からやるのはかなりお勧め出来ません。既にある情報の上で安全だと判断されていないものは実験結果が無ければ、何処かで思わぬ破綻が起きる可能性が極めて高いので」

 

「1から瞬時にまったく新しいものを作れるけど作るのは止めておけって事ですか?」

 

「はい。私達も有限の存在である以上、見知らぬ知識の探求には時間が要ります。後で後悔してからでは遅いので」

 

「大体分かりました。ちなみに……生殖能力はどうなってました?」

 

「ほぼ自己申告通りで問題ありません。ただ……」

 

「ただ?」

 

「未知の領域ではありますが……4年あれば、恐らく完全に制御可能な状態で研究が完了出来ます」

 

「4年ですか……」

 

「取り敢えず、お子さんを作る時は遺伝子のエラーやら機能が偽遺伝子化しないように気を付けたりすれば、健全なお子さんを儲けるのは可能です。その場合、遺伝的には貴方の個体としての能力のトライブリット内のどれか。もしくは他二つ、1.5個、何パーセントみたいな形で受け継がれる資質の割合と種族が違うでしょうし、エラーが出易い場合は“普通のお子さん”にはまずならないかと思います」

 

「解りました。ありがとうございました。ミヨちゃん教授」

 

「いえ、実際自分の目で見ても数年掛かる研究素材なんて久しぶりでしたから、感謝するのはこっちの方です。後、貴方の細胞や血液が人体を再生する仕組みですが、再生というよりは復元です」

 

「復元?」

 

「はい。噛砕いて言うと貴方を構成する“遺伝子”は有機無機を問わず貴方の情報を周囲の環境から復元する機能を備えていて、しかも……恐らくはとても複雑な処理を行うスマート遺伝子、スマート細胞のような感じでしょうか。超が付く程に複雑な超重元素を構造に持つ高分子マイクロマシンやナノマシンの類に近いです」

 

「ナノマシン……」

 

「復元時の煩雑な条件は恐らく脳の有無と個体の細胞識別によって“貴方を疑似的に復元する”……もしくは“貴方そのものとして復元する”のを意志が在るかのように行います」

 

「そういう……能力が上がる薬みたいに使えると蒼の欠片が言ってたのは……」

 

「ええ、貴方という生物の復元が血液細胞単位から可能な能力を遺伝子が秘めている為です。ただ、脳細胞だけは特別なようで恐らく自己同一性の担保から厳重なロックが掛かっている。血液や細胞よりも複雑な復元条件が課せられていると思われます」

 

「バラバラにされないようにします」

 

「自壊機能もあるようですから、あまり気にせず。敵の攻撃で頭部への直撃時にどっちにするかだけ決めておくだけでいいと思います」

 

「そうします……ありがとうございました」

 

「いえ、数日研究しただけでお役に立てないのが解っただけで……申しわけなくて」

 

「でも、これで色々とスッキリしました」

 

「……最後に一つ。いいですか?」

 

「はい。他にも何か?」

 

「利き手に関してですが、ゼド君と一緒に色々と解析してみましたが、実体のない概念側、定理外からの干渉らしき事象が計測されました。物理法則を伴わない事象である以上はこの世界の法則に縛られません」

 

「あくまでこの体は物質世界での万能性を持つだけであって、一番論外なのは結局腕の方と」

 

「はい。そちらの研究はゼド君が行っていますが、恐らく20年くらい掛かるらしいので。その腕やタブレットが属する高次元関連の基礎理論が出来るまで詳しい事は分からないと思います」

 

「解りました」

 

「お疲れ様……診察はこれで終わりです」

 

 ミヨちゃん教授に頭を下げて、診療結果をカルテにして貰った後。

 

 研究室の衝立のブースを出るとデュガ、ノイテ、イメリ、リリのメイド陣にジークが待っていた。

 

「どうでしたか?」

 

 ノイテに問題無しと書かれた表向きの診療結果だけ渡しておく。

 

「健康と言っていい状態だ。誰も他にこの体の事が解るわけじゃないが、先日の事件の影響は無し。しばらくはゆっくり内政をしてられそうだ」

 

「いや、こっちとしては休んでいて欲しいのですが……」

 

 ノイテが呆れた顔になる。

 

「そうだぞー。ようやくバイツネードが片付いたんだぞー。此処はウチの祖国でやる祝勝会に行って婚約発表してもバチは当たらないぞー」

 

「ソウダソウダー」

 

「そうだそうだ~」

 

 イメリとリリがデュガの背後で応援している。

 

 片方は棒読み。

 

 片方はノリノリ。

 

 どちらがどちらか見るまでもない。

 

「(罪な聖女様)」

 

 ボソッと後ろの壁で護衛者のジークの呟きが耳に痛い。

 

「旧皇国首都跡地の調査もある。無名山側との交渉もある。だが、毎日忙しく決済はしなくて済みそうだ……朝昼晩くらいは食事に付き合ってくれ」

 

「遊びに行こうって言わないところがふぃーらしいよなー」

 

「ですね。ちなみに一番心配していたシュリ様ですが、あちらの部屋で疲れて寝てしまいましたよ」

 

 よく見ると待合室の端の壁に凭れて寝ている朱理がいた。

 

 黒猫が頭に乗っかって眠っている。

 

「今日の昼には家に帰る。リバイツネードと今後の事を詰めて来る。全員で研究所製の食材を家に運び込んでおいてくれ」

 

「楽しみだぞ♪ 今日は何作るんだ?」

 

「ああ、研究所が創ったパスタがあるから、数種類のアラカルトとイタリアンのドルチェでも作るか。じゃ、行って来る」

 

「待ってるかんなー」

 

 背後に手を振るメイド陣を置き去りにして朱理の上の黒猫を捕まえ肩に載せて外に待たせてあった車両に乗る。

 

「どちらに?」

 

 本日の運転手はアルジャナだ。

 

「リバイツネードまでだ」

 

 そのまま車両が研究所から出て十数分。

 

 本拠地の学園に真正面から乗り付ける事もせず。

 

 裏門から入ってシュタイナル隊長が案内にやって来た。

 

「また呼び出されましたか?」

 

「いえ、昨日の夜から重要な本日の会議の為に動員されていました」

 

「何も言わなくても用意されている会議というのもアレですが、今はありがたく厚意を受け取っておきます」

 

 本部庁舎内部に入るとマルカスおじ様と未だに自分を妹と言い張る青年の2人だけが出迎えてくれていた。

 

「ようやく来たか。我らを差し置いてバイツネードを壊滅させてくるとは……申し開きがあるなら聞こう」

 

「緊急事態だったのは見れば解る通り。本当ならもう少し真っ当に戦争をするつもりでしたが、間に合わなかったものは仕方ないでしょう」

 

「フン……物は言いようだな。結局、跡地調査もドラクーン主体ではないか」

 

「取り敢えず、バイツネードが何だったのか。それだけでも総括しておきましょう。調査結果は極秘事項にしていましたが、本日はデータで持ってきました」

 

「こっちだ」

 

 USBメモリ染みたフラッシュメモリを一つ手品で取り出すと鼻を鳴らしたマルカスおじさまが歩き出したので背後を歩く。

 

 会議室に付くまで本日に限っては何故か大人しい青年に目を向けるが真面目な横顔しか帰って来なかった。

 

 会議室内は完全に暗室となっている様子で周囲には持ち込み式のランタンが置かれているのみで後はプロジェクターとPCが壁際に置かれている。

 

 リバイツネードの最高幹部会は9名編成でマルカスが議長だ。

 

 メモリを渡してPCで立ち上げて貰った情報をプロジェクターで映し出す。

 

 映像、画像、添付資料の殆どはドラクーン側で作成したものだ。

 

 それを軸に解説役となる事した。

 

「ドラクーンが回収した現地情報は凡そ4000年前までのものでした。殆どは跡地の地下に超重元素製のクリスタルで封じられていたバイツネード総家から発掘されたもので資料はこちらでドラクーンの司書隊が全て編纂しました」

 

 次々に千年単位前の資料。

 

 この世界には残っていない時代の先代文明史が次々に現れる。

 

「バイツネードの当主であるカルネアードは4000年前までの記憶を持っていたようですが、実際はそれよりも更に過去の人類。もしくはそれに類する生物の生まれ変わり。四つの力による万年、億年単位かもしれない繰り返す時代の被害者というところでしょうか……」

 

 バイツネードの目はもはや点になっている。

 

「彼は一対の男女として四つの力に選ばれた者であり、嘗ては白に属していましたが、凡そ数百年前に繰り返す時代の中で赤に乗り換えた。そうして、彼はラストエイジと呼ばれる文明終焉期を何度も繰り返していた人物としてバイツネードを作った」

 

 次々に文章の翻訳分が出て来る。

 

 前時代の文面は近頃全部文法的に翻訳出来るように整えたし、翻訳機能をアプリとして開発してドラクーンのエメラルド・タブレットの劣化版にはインストールしておいたのですんなり翻訳済みの文章が出て来る。

 

「恐らく、文明が4000年というのは彼が記憶を保持していた一番古い時代に起因するのでしょう。先代文明期の文章は白い少年。英雄という文字がよくありました」

 

 そこでようやくマルカスおじさまが目を細める。

 

「英雄……」

 

「彼は滅び去る文明に産まれ、殺された場合には四つの力によって次の文明に転生させられ、人類の進歩の制御役……つまり、四つの力が遣わした文明の進歩制御用の生体ユニットという事になるでしょうか」

 

 バイツネードの殆どの連中が知らなかった事実。

 

 当人達からすれば、自分達が知らない歴史の遺物に導かれて産まれた何かである事なんてどうでもいい話だろう。

 

「これがバイツネードの起源。様々な書面や文面、当時の伝説などを繋ぎ合わせるとカルネアードは人類文明の導き手であり、高度化する文明の守であり、同時に高度化し過ぎた文明が四つの力の規範に沿わない事態で滅ばないように文明を軽く崩すフォーク……食器みたいなものだったのでしょう」

 

「食器……ふ、ふふ、バイツネードが食器、か」

 

「ですが、この数百年で限界が来たようで文明を導くよりも人類を悪意で抑制する方向で心を病んだようだとバイツネードの最初期の者達の記述にはあり、彼が最も幸せだった頃から比べたら人格は別人に等しくなっていたようです」

 

 その言葉にバイツネードの誰もが口を噤む。

 

 そんな事を言われても彼らにとって総家、本家の人間は自分達を地獄に叩き込んで来た張本人達なのだ。

 

 許せる許せない以前に感情を動かす余地も無い程に遠い存在だろう。

 

「この数百年で彼は今までの時代ではして来なかった。4000年以前は分かりませんが、少なくとも此処三千数百年はして来なかった悪意を剥き出しにした」

 

 壁画などに伝わる英雄が暗い色で描かれ始めた頃の資料を出す。

 

「バイツネードの婚姻と血統制御から始まって、様々な記憶や記録の改竄や各地の人間への遺伝子的なバックドアを仕掛けてのあらゆる制御。他にも他国を直接間接を問わず滅ぼしたり、衰退させたり、影から動きつつ人間の愚かさに飽いたら、そう自分に思わせたものを次から次へと標的に破滅を小出しでばら撒いた」

 

 その手足だった者達が僅かに瞳を伏せる。

 

「まぁ、有体に言えば、壊れた機械と変わりません。結果として赤の隠者以外からの力は使えなくなっていた。また、赤の隠者の一部の機能もしくはソレのプログラムに我々へ優位な立ち回りを誘導するパターンも確認されました」

 

 此処で宇宙空間の3D投影が出る。

 

 相手の全形もポンと出る。

 

 地球19個分の体積がある人型らしき黒いシルエットが映し出された。

 

 場所はこの世界で火星と呼ばれている星の外延。

 

 衛星軌道上よりは離れた岩礁地帯のような場所だ。

 

「観測結果だけを言いましょう。凡そ惑星20個分から40個分内の質量を持つ巨大な物体が今回、大陸に攻撃を仕掛けて来たナニカです」

 

『―――』

 

 完全にポカンとした様子のバイツネードの殆どが何かの冗談でも言われたのかとこちらを見て、こちらの笑顔を見て絶望的な表情で眉を曇らせた。

 

「これが赤の隠者というシステムが使う個体の一つなのか。それとも赤の隠者本体なのかは分かりませんが、空間の先にわたくしが観測したので確かでしょう。四つの力の実力行使用のユニットである事は間違いありません。ちなみに倒し方一つ間違うとブラックホールとなって、この星系が消滅します」

 

 肩を竦める。

 

「現在、コレの討伐もしくは接触してこちら側に組み入れる事が出来るかどうか。という感じに調査と並行して複数の計画を研究所の方で練って貰っていますが、3年後に決行する事になっている地球圏絶対防衛線構想が完璧に終わってからやって確率が2割程度です」

 

 マルカスおじさまも“もはやどうにでもしてくれ”と呆れた後はお茶を啜るだけになっていた。

 

「地球圏からドラクーンの最上位層が全て消える3年後……ドラクーンの中堅層から下層、リバイツネードによる大陸と惑星の絶対死守の為に箱庭計画は更なる追加要素を加えられました」

 

 ババンッと全ての情報の上に資料の叩き台を置く。

 

「超長期の無期限防衛計画。これがGルート。人類の最後の砦として大陸と惑星そのものを単独で完結した世界、恒星の太陽光と重力を必要としない惑星に作り替えると同時に全方位からのほぼ無限の戦力投入に対して無限にローテーションして戦う為の戦力強化プランです」

 

 次々に何かもう漫画やアニメですと言われた方が良さそうな計画の追加要素がお出しされる。

 

 惑星各地の再開発。

 

 そして、ゼド機関による絶対防衛圏の構築。

 

 巨大なエネルギーを防衛の為のルーチンを組み込んだ機械に注ぎ込み。

 

 あらゆる人類への破滅を食い止める。

 

 その為の機構を拡大再生産する為の最小単位からの万能型ユニットと称される十徳ナイフみたいな機械群の開発。

 

 単独で自己再生、自己開発、自己増殖を行い人間を支えるソレは自分の細胞をニィトの教授陣が再現する過程で積み上げた技術を用いる。

 

「殆どは研究所の白衣の人達が夢と浪漫と人間の限界を超えた努力と根性と閃きでどうにかしてくれます。後のちょっとは皆さんに任せましょう」

 

「ちょっと、か……」

 

 おじさまはかなりげんなりした様子である。

 

「この計画は極秘ではありません。この大陸に存在する全ての知的生命に戦う権利と義務をセットで配ります。皆さんは教導官役ですかね」

 

『………』

 

「具体的には惑星内部に時間差による地域格差を儲けながら全ての人々が戦えるようにする事が最終目標です。あくまで戦えるようにする。戦えない人間は戦わなくてもいい。戦う限りは誰かの生存は護れる、かもしれない。という事実を提示して飲ませ、戦線で命掛けで戦って貰う事が想定されています」

 

「遂に聖女も悪魔と呼ばれるわけか」

 

 ポツリとマルカスおじさまが呟く。

 

「これでも随分と人の感情に譲歩しているのですがね。戦闘経験はドラクーンとバイツネードの蓄積と集積を使い。脳への直接的な基礎知識の読み込みで対処。大陸の全ての存在への遺伝子レベルでの戦える資質の導入。それらを支援するあらゆるマシンの開発と導入。簡単ですよ」

 

「簡単の意味が我らと違うのは今更か」

 

「ただ、コレをやっても生存率が3割だと覚えておけば、左程の事も無いでしょう。最終目標は完全に遠いですし、取り敢えず銀河系一つを支配下に置くところから始めましょう」

 

「スケールが違い過ぎる。我らは大陸の最先端だと思っていたが、最先端は更に先の先に未だふんぞり返っているらしい」

 

 マルカスおじさまは胡乱な瞳でこちらを見る。

 

 お茶も終わったらしく。

 

 もはや、呆れた瞳で頬杖を付く有様であった。

 

「大陸人は宇宙人。種族や性別や民族や主義主張で揉めている場合ではないという事実で大陸の大勢の人々を殴り付けましょう。その後、現実を知って貰い。自殺するよりは最後まで戦ってカッコイイ死に方を選んだ方が生きるのが愉しいですよと地獄に勧誘しましょう」

 

「まだバイツネードの方が優しそうだな……」

 

「勿論ですとも。あの敗北者が敗北したのは敗北する理由しかなかったから。我らは敗北しないよう勝てる理由を積み上げるだけでいい。まずは四つの力をこの星から全て排除する事が先決です」

 

「一体、どうすると?」

 

「二年後に四つの力の端末を全てこの星から排除する大掃除を開始します。それまでに人間を止めても人間として生きたいと思える人々以外は組織から出て行って貰いましょう。再就職先は全て面倒を見ます。民間人に戻らない場合は私と共に愉しい宇宙遊泳をして、おまけに無限でお代わり、リトライ、コンティニューしてくる敵と命掛けの永い永い戦争へ突入です」

 

 ニッコリしておく。

 

 ゴクリしたバイツネードの良い齢の大人達が顔を情けない感じに歪めて肩を落とした。

 

「文句がある者は前へ。此処で止めても誰も怒りませんよ」

 

 マルカスが堂々と前に出て来たかと思うと腕組みしてこちらを見やる。

 

「特典は?」

 

「ふむ……聖女のお食事か。時間を加速させる地域の監督官でどうです?」

 

「今更に飯や地位で吊るには重過ぎる仕事だな」

 

「でも、これくらいしか持ってないのも事実なので。人生の楽しみ方は人其々ですし、これから時間が無い中でわたくし個人が相手に渡せるモノなんて殆どありませんし、基本的にリソースをかなり民間人に分配する関係で一番上は割を食うのも確定しているので……」

 

「フン。こいつらのやる気が出るようにしてやろう……お前達!!」

 

 マルカスおじさまがもはや自棄気味にやる気も失せそうな顔で叫ぶ。

 

「此処で聖女に恩を売ったら、聖女が頬に口付けしてくれるかもしれんぞ」

 

「―――は?」

 

 思わず地声が出た。

 

 聖女声といつもの口調ではそれなりに声は使い分けている。

 

『?!!!』

 

 だが、男性陣の様子は激烈だった。

 

 ついでに女性陣も何故かモジモジしているのが数名。

 

「自分を捧げるのは想定しているはずだ。少なからずソレはお前が創ったこの時代には例え魂を全て捧げても欲しいと思える人間が多数いる」

 

「……本気ですか?」

 

「ああ、本気だとも。それとも易い褒美も出せない程に聖女はケチだとでも? はは、御大層な理屈を並べても擦り減るわけでもない唇一つ寄こさんとはな」

 

「………………唇が擦り減ったら、恨みますよ。マルカスおじさま」

 

「御墨付が出たぞ。ドラクーン連中に自慢して来い!! どうせ10割中100割死ぬなら、最高の死に方をする方が愉し気で良さそうだろう?」

 

「変わりましたね。貴方も……」

 

「これでも長い事、子供の躾をさせられていたのでな」

 

「それと1000%死ぬって何です?」

 

「単なる比喩だ。あながち間違いでもあるまい? 聖女殿」

 

 悪い顔をした“してやったり”のおじさまである。

 

 頭をド突きたい衝動に駆られたが止めておく。

 

 そんなんで本当に永遠に仕事をする理由になるのかどうか。

 

 脳裏でまた浮気者コールが響き始めたのだった。

 

 それから数時間後。

 

 すっかり、唇が擦り減った気がするリバイツネードの上層部人員数百名に対する頬にちゅー確約事件が終わった頃、本日に限って何も言って来ない青年を前にしていた。

 

 いつもなら妹の名前を叫ぶヘンタイもさすがに静かだ。

 

 リバイツネードの本部庁舎の全面ガラス張りの通路にある長椅子。

 

 そこに座った男はずっと夕景を見ていた。

 

「報告書は読みましたか?」

 

「………」

 

「妹さんからの最後の言葉です。お別れだと。ありがとうと言っていました」

 

「………」

 

「まだ死なないで下さいよ」

 

「死ねませんよ。あの子が遺してくれた命だ。あの子のように死ぬ子達を1人でも少なく出来るなら、我が身が擦り切れるまで戦いましょう」

 

「ようやく正気に戻りましたか」

 

「貴女は妹ではない。ファイナではない。でも、やはり貴女は……」

 

「………」

 

「いつか、あの子に合う日が来たら引き留めないで頂きたい」

 

「解りました。約束します。ただ、死に方が選べるとは限らないとだけ……」

 

「存じていますよ。この50年……妹みたいな子供達を送り出してきた。でも、その内の1割に満たない数だとしても……死人は出たのですから……」

 

 青年は胸に手を当てて握り締める。

 

 去来するものは過去か未来か。

 

 分からずとも。

 

「また来ます。貴女の妹には為れませんが、友人としてならこれからもよろしくお願いしたいですしね」

 

「罪作りな方だ……でも、その申し出は受けましょう。いつか、あの子の傍であの子に良く似た人の話をしたら、きっと……楽し気に聞いてくれると思いますから」

 

 初めて青年から真っすぐに見つめられている気がした。

 

 最敬礼をしてから背を向ける。

 

 やがて、小さな嗚咽だけが通路の先から響いて来た。

 

 それは新しい時代に誓われた思い。

 

 過去はただ苦しいだけではないと。

 

 そう……バイツネードの終わりに立ち会った一人の青年が大人になった日の事に違いなかった。

 

 *

 

―――1か月後、竜の国ガラジオン首都国立公園内式場。

 

『きゃ~~~!!!? 来たわ!! 来たわよ!! 姫殿下と婚約者の方達よぉおおお!!?』

 

『あ、あれが我が祖国が排出した“軍事の天才”!! デュガシェス姫様か!!? 話には聞いていたが、まだウチの娘くらいじゃないか!? ああ、アレは“姫殿下の筆頭侍従”ノイテ様か!?』

 

『うぅ~~他の方達もお綺麗ねぇ~~~』

 

『姫様~~~ご婚約おめでとうございます~~~』

 

『あの頃の姫様があのように変わらぬお姿で!! おお、めしいた目にも見えますぞ!!』

 

『お爺ちゃん視力3.0でしょ? それにしてもご婚約が女性って姫殿下の物語の中でもあの大文豪の書いた物語って相当に真実を言い当ててたのね!!』

 

『もはや姫殿下に性別など関係無い!! これは……尊い!!! 親父ぃ!? 酒だぁ!!』

 

『うぉおお!! 今、話題の大河ドラマ通りとかぁ!? 熱い!! 熱過ぎるぅ!? こ、これは姫×姫!! 姫×メイド!! 姫×姫×メイドまで網羅する素晴らしき百合の世界だ!?』

 

『デュガシェシュゥウウウウ!? にゃんでぇええぇえぇええ!!?』

 

 やたらと盛り上がっているガラジオンの大通りから婚約発表記者会見の壇上まで続く道をオープンカーで数名のいつものメンバーで通る事になっていた。

 

 ちなみに嘗ての王城前広場である。

 

 あのヒ素塗れになって戦った場所だ。

 

 王城は史跡兼議会となっており、山岳部の内部に巨大な会議場兼シェルターが新設されていた。

 

 横ではメインであるデュガシェスとノイテが愛想よくドレス姿で左右に立って手を振っている。

 

 その顔はニコニコである。

 

 ついでに言えば、ここ最近何か成長していたデュガシェスが13歳くらいに見えるようになったので大人びた様子は人々には凛々しく映ったかもしれない。

 

 ガラジオンの戦闘民族的な色合いを濃く受け継いだデュガシェスはそれよりも幼い頃から大隊を率いていたわけだが、全滅した部隊の遺族達から来訪時に責められるのかと緊張していたのが先日。

 

 すぐにその杞憂は消えた。

 

 遺族の誰もが父達が話す少女の事を覚えていたからだ。

 

 そして、例え命を失うとも共に戦える事は自らにとって誇りであり、いつか合わせたいと言われていたのだと。

 

 そう50代60代70代の老年の者達から涙を流して帰還を喜ばれた。

 

 ノイテもまたまだ生きていた兄弟姉妹達と涙がちに再会し、一時は仕事も忘れて水入らずの様子で過ごしていたのだ。

 

 そして、ようやく大事件という体で今回の来訪の目的が政府から発表され、婚約発表記者会見をするまでのパレードが何故かまったく数年掛かりで整えられていたような有様で周到に根回しされており、逃げられないこちらを前にして悪い笑みの王様と王妃がさっさと担がれろと遠回しに脅迫。

 

 ついでにそれを今の今まで知らされていなかった約1名があまりに突如発生した婚約発表の報にひっくり返り、ホテルのデュガシェスの部屋に侵入。

 

 本人から婚約指輪を何か幸せそうに見せびらかせられて撃沈したのである。

 

 その当人……ガラジオン当代最強の某女竜騎士(50年現役)が途中で最前列の中に紛れて大泣きしていたような気もするが、まぁ……応援だとでも思っておこう。

 

「イメリ、リリ、良かったのか?」

 

「え、ええと……その……これからの進路が完全に消えたので」

 

 イメリが何とも言えない困り顔になっていた。

 

 旧皇国首都は完全に消え去った。

 

 国家として再興するには恐ろしく手間が掛かるので跡地はリセル・フロスティーナ預かりの封地として二年後まで再開発する運びとなった。

 

 惑星を制御する為の技術と拠点を置く宇宙港にする予定でもある。

 

「大丈夫です!! お兄様には御許可を取りました!!」

 

 西部王家の末娘は胸を張った。

 

 近頃、周囲の女性陣の逞しさというのだろうか。

 

 そういうのを吸収して明るく大胆になったようにも見えるリリは兄にすらちゃんと意見が言える大人びた発言も増えた。

 

「ん~~~♪」

 

 自分の横では猫のようにドレス姿でベッタリくっ付いているフェグが頬擦り中であり、反対側では負けないもんと言いたげにヒシッと幼馴染がドレス姿で腕を独占している。

 

「まぁ、とにかく婚約発表したら、帝都を出て旧皇国首都に拠点を移すぞ。しばらく、あそこの開発と諸々の後片付けに注力したい」

 

 誰も聞いていなかったが、構わない。

 

 帝都では少し関係者が増えたので手狭なのだ。

 

 今の邸宅には行き場所が無かったゼストゥスとランテラのクローン仲間が大量に住まうようになってメイド業な一族総出の教育中。

 

 研究所では本家の2人が感動の再会をしてから教授達の下で嘗てのバイツネードの技術や能力の解明によって次々に新しいバイツネードの封印されていた技能を復活させている。

 

 結局、位相空間にいたランテラの位置を特定してドラクーンの一部、最上位層メンバーによる救出が間に合った事は幸いだっただろう。

 

 空間転移をぶっつけ本番で博士達が創った車両で実行。

 

 巨大な地下トンネルから直接飛ばせて、こちらが相手を叩き潰す最中に確保させていたのだ。

 

 ゼストゥスがその際には動向しており、部隊長として異相側の部隊の指揮を執っていたフォーエには無茶な戦闘をさせた。

 

 数分でざっと全能力を開放させた最上位メンバー200人による一斉攻撃と一斉掃討で凡そ400万規模の内部戦力を駆逐。

 

 辛うじて異相の崩壊前に脱出。

 

 例の巨大な人造バルバロスが崩壊する前に全てを成し遂げた手並みは殆ど神業に違いない。

 

 四つの力への備えとしてウィシャスが外に残ってくれていたのも大きい。

 

 誰もが最大限の準備の上で限界まで行動した結果が先日のバイツネードの壊滅へと繋がったのである。

 

 大規模な異相への転移機能や空間制御も大陸中に整備されつつある巨大なゼド機関のネットワークによる試運転が間に合っていなければ不可能だっただろう。

 

 何もかも誰かの掌の上だとしても随分と上手くいっているのは喜ばしい話だ。

 

「見えて来ましたよ!!」

 

 リリに言われて先を見通すと長いオープンカーの先には巨大な竜の列と公園中央にある当時の石畳の中心地に置かれた舞台が見える。

 

 周囲には大量の国家の要人と王家の人々。

 

 そして、王様と王妃様とやらが何だか笑えばいいのか困ればいいのか。

 

 そういう微妙な表情で喜ばしいながらも素直に喜べ無さそうな表情になっていた。

 

「自分で準備したもんだろうに……」

 

「いやぁ、アズにぃはこういう事を突っ走ってやった後に何か我に返る感じだから……」

 

「敵国の首都に来たり?」

 

「ふぃーとは違って後から後悔したりするし」

 

「今、サラッと婚約者から人格批判された?」

 

「ま、今更だしなー。付いて行くって決めた時から何やっても後悔だけはしないんだろうなーって思ってたし……」

 

「はは、物凄くやり難い妻帯者になりそうだなオレ」

 

 精々重い神輿となって担がれようとガラジオン側の発言力増大策……聖女を使っての政治工作に乗りつつ、発表用の脳裏のお言葉を清書。

 

 取り敢えず、此処にいない婚約者達にドレスと指輪と披露宴用意しなきゃなと脳裏で算盤を弾く事にした。

 

 *

 

―――帝国主要紙帝国新聞号外。

 

 姫殿下のガラジオンでの婚約発表記者会見から一夜。

 

 我々、帝国新聞の面々は姫殿下のお泊りになるガラジオンの旧王城を前にして地道な情報収集を行っていた。

 

 此処で王城に出入りする業者A社の社員と話す事になったのは完全に幸運であった。

 

 仮称B氏は社の中堅社員である。

 

 氏の話によれば、王城は数年前からこのようなパレードを用意していたのではないかという話であり、姫殿下が帰って来る事を予め知っていたかのような手際の良さだったという。

 

 また、姫殿下は王城の他国の王侯貴族専用として使われる迎賓館内部に入ったとの事であり、公にされている情報と食い違いは無い。

 

 ただ、姫殿下のあの会見で言われていたようにまだお目見えしていない複数の婚約者の方々は帝都方面にいる為、今回の会見はあくまでガラジオン出身であるデュガシェス姫殿下とノイテ筆頭侍従の祖国に筋を通したというので間違いないの無い理解であろう。

 

 先日、旧皇国首都を消滅させたバイツネードとの戦いでは大陸規模での攻撃をドラクーンと姫殿下のお力によって退けた。

 

 それから間もない時期にこのような会見があるという事は今後もまた大きな人類にとっての試練が訪れる前にしておかねばならなかったのではないか。

 

 そう筆者には見て取れた。

 

 姫殿下の御婚約に関しては帝国の大文豪である某氏の書いた女子恋愛の傑作にして史実的な側面を描いた作品が現在大河ドラマとして放映されており、氏の発想や書物の構想は突飛であったという評価が今後180度変わる事になるだろう。

 

 また、数多くの婚約者の方々の多くが50年という時間を共に飛び越えた方々である事もあり、知られていない方も多い。

 

 方々の殆どは50年前に姫殿下と共に消えるまでに多くの偉業を為したという事は覚えておくべきであろう。

 

 不安定な50年前の西部での戦争において軍に志願されていた西部王家の姫リリ様。

 

 北部出身でありながら、その才ある家柄から見込まれ、天候と地図の現代基礎を築いたアテオラ嬢。

 

 帝国出身であり、帝国経済界の女帝の実妹にして帝国技研の基礎と電子工学の母と呼ばれた大碩学者エーゼル博士。

 

 嘗て姫殿下によって奴隷から救い上げられ、そのお力を受けて今も最前線で姫殿下の為に戦う帝都の守護竜フェグ様。

 

 そして、ガラジオン出身のデュガシェス姫とノイテ筆頭侍従。

 

 他にもまだいるものの、多くの方々のご詳細は未だ分からぬところも多く。

 

 今後の本紙での続報をお待ち頂きたい。

 

 何はともかく。

 

 フィティシラ・アルローゼン姫殿下御婚約御目出とうございます!!!!

 

―――帝都地下鉄購買所。

 

「……この状況で婚約。なるほど分からん。何処まで見通されているものか」

 

 購買で買った新聞を読んでいた男が少年少女を引き連れて朝のラッシュが終わった電車に乗って移動を開始する。

 

 その横では2人の子供達が同時に端末を操作して、電子ネットワーク上の情報を次々に流し読みしていた。

 

「どうだ?」

 

「ダメだね。殆ど、既存情報の焼き回しだ」

 

「う~ん? 帝国スゴイ。帝国万歳。帝国の姫殿下に栄光あれ。お祝いします。みたいな事しか書かれてないじゃん……」

 

 男に訊ねられて少年少女が収穫無しを報告する。

 

「ふ……地道な情報収集とやらが、こんな高級家具染みた座席の上で行えるというのだから、頭が下がる」

 

 皮肉げに男が呟いた。

 

 今や聖女婚約の報道は大陸のトレンドだ。

 

 遂にバイツネード本家を倒した大陸の英雄が結婚を決意した。

 

 というのが多くの人々の味方であり、それは帝都では殊の外喜ばれる吉報としてほぼ全ての帝国市民に受け入れられていた。

 

 だから、今日も通勤ラッシュが終わってすぐの時間帯にも関わらず、乗車率はそれなりに高い。

 

 幾らかの人々が仕事を休んで聖女殿下おめでとうございますという寿ぎを国が設営した石碑に書き込みに行く為だ。

 

 予め予定されていた国家規模での計画だったらしく。

 

 帝国各地に儲けられた国立公園や指定の自然公園内に立てられた石碑へ簡易に文字を彫り込む機械が設置されており、受付に文言を公文書扱いで家系の家督相続者が提出すると文字制限内で彫り込んでくれるというサーヴィスである。

 

 恐らく人類史に刻まれるだろうという事件の一つとして多くの人々が祝福を送る為に公園への長い列や待ち時間を覚悟して参列しているのだ。

 

「……帝国ってスゴイんだね……」

 

 少女がポツリと呟いた。

 

 流れる川の上、橋を渡る電車はとても静謐だ。

 

 多くの人々がまるで図書館にでもいるかのように静かな様子で本や電子端末、娯楽書籍に浸りながら、時間を待つ様子は彼らにはいっそ神殿だと言われた方がしっくりと来たに違いない。

 

「言っただろう。世界最大の都市にして世界最大の文明の中心だと」

 

 男が少女の思う事を理解して静かに告げる。

 

「これでもそれなりに大きな都市には行った事がある僕らが完全に置いてけぼりなのは……見れば解る……」

 

 少年が肩を竦めた。

 

 同じような設備や同じような風景ならば、他の国でも見られるところもある。

 

 だが、都市の規模や設備の真新しさよりも彼らを穿つのは人々の優秀さと善良さであり、人間の質が違うという事実自体が彼らを打ちのめしていた。

 

 技術に裏打ちされた高度な設備は技術者の質がものを言う。

 

 だが、それを使う人間の質は例え大陸の何処に行っても帝国以上は無く。

 

 大勢の人々の仕事の質が歯車のように噛み合った帝国の中心部たる帝都においては全てが作り物めいて過不足無く。

 

 怒号や罵声がこの数週間一度も聞こえなかったという事実を持って、彼らに心底の敗北を植え付けていた。

 

「……快適過ぎて気持ち悪いくらい都合が良い街。殆どの国の人達もそう思ってるみたい。そして、祖国に帰ると落差に酷く動揺するんだって」

 

 少女はネットに転がる情報に目を細める。

 

「これ以上ない事実というヤツだな」

 

 男が新聞の端に新しい情報を見付けて溜息を吐く。

 

「「?」」

 

「ドラクーンとリバイツネードの装甲の大型化が発表された。恐らくは四つの力が使っていた端末と殆ど変わらないものになるのだろう」

 

「―――もしかしてお山の“先見”の人達が言ってた?」

 

 少女が男に訊ねる。

 

「ああ、恐らくコレだな。今時のアニメだったか。ソレでも良く出て来るだろう? 古くは女の大碩学エーゼル。紙芝居にも出てくる彼女の巨大な鋼人形。ロボットと今時は言うヤツだな」

 

 少年が男から新聞を借りた。

 

「既に開発が最終段階……今までリバイツネードが使っていたアストリアルの巨大化版のようなものになるだろうって……コレは……」

 

「ドラクーンが未だに人間の大きさで収まっているのは単純にもう過剰な能力がある超人を更に強化する為の装甲に小回りを求めたからだ。リバイツネードのアストリアルがそれよりも大型なのは民間戦力として超人の中でも凡庸な連中にも着せて命を現場で張らせるからだ。意味は分かるか?」

 

 男の言葉に少年が肩を竦める。

 

「つまり、前者は小回りの利く適正な戦力に留める為の装甲。後者は弱者を強化する為の装甲。そういう事でいい?」

 

「?」

 

 少女がよく分からずに首を傾げる。

 

「お前にも解るように言えば、だ。帝国が本気で戦力を増強し始めている。それも急速な形で……小回りなんぞ知った事ではない強さを追求する装甲だ。恐らく1体でお山が消し飛ぶようなナニカが何百万単位で量産される」

 

「―――」

 

 少女が絶句する。

 

「前回のバイツネードの排除時の損失は聞いている。だが、一般兵クラスの存在では太刀打ち出来ない相手はどうやっても被害が出る」

 

「えっと……つまり、今までは抑えていた力を使って見境なく強くなるって事?」

 

 少女に頷きが返される。

 

「巨大化。つまり、ドラクーンにとっては更なる力を得る為の装甲。リバイツネードにとってはソレに近しい能力を要求されるという事……コレは恐らく四つの力。神が遺したソレらとの最終局面に投入される“神殺しの戦力”という事だ」

 

 ゴクリと2人が唾を呑み込む。

 

「どうなるって言うのよ……」

 

「今の状態でもこちらは共倒れには持っていける。でも、これからは……それすら怪しい。いいか? ドラクーンの最上位層は本気になれば今でも単独で我らお山の連中を軽く全滅させられる程度の力がある。あのゼムスが黒騎士と対等だったというのは稀有な事であり、我らの切り札は精々、ゼムスを倒せるか倒せないか。同じような戦力を幾らか用意出来る……というのが限界なのだ」

 

 少女に男が事実を告げる。

 

「解るか? それがこれからはゼムスが何体いても物量で押し潰せる程の質までも獲得する……」

 

「それってもう……」

 

 少女は普段の自信ありげな様子からすれば、別人のように沈黙する。

 

「この情報がリークされているという事は……この情報を受け取って欲しい相手がいるという事だ。神だのに手紙を出すヤツはいない。なら、これは……」

 

「え? も、もしかして、この情報……」

 

「間違いない。我々に向けてのものだ。もはや本気になった聖女と帝国を前にして破滅で脅せると思うのかと暗に言われていると考えるべきだ」

 

 男が息を吐いた。

 

「これは恐らくあちらにも届いているだろう。連絡が来たら、一端戻る事も視野に入れねばならない。分かるな? 楽しい休暇は終わりだ」

 

「「………」」

 

 少年少女が頷く。

 

「さぁ、詰めに掛かるぞ。まずは帝国式の持て成しをお山にさせるところからだ。あちらは警備と組織固め、諸々の諸問題で手一杯。他の雑事はこっちの仕事だ」

 

「まずは……」

 

 少年が車両の先の窓を見やる。

 

「本屋、だな」

 

 男が呟いた。

 

 三人は電車の窓から都市の外延に見えて来る大陸の叡智を保管すると言われる巨大図書館。

 

 実にこの40年以上、人類文明が滅びた際にも後世に情報を遺す為に造られたとされる全長4kmの巨大構造物を見やる。

 

 ソレは都市を巡る運河の横。

 

 悠々と六本の巨大な鋼の建造物を開く六葉の花びらにも見えた。

 

 嘗て、帝都を囲うように建てられた複数の要塞。

 

 その一つが増改築を繰り返された結果として誕生したソレは1人の少女の為にあると言われる。

 

 故に“姫殿下の本棚”“聖女の書架”と呼ばれて長い。

 

 地下200m。

 

 地上50m。

 

 一葉の全長2km。

 

 この巨大な帝都の郊外に立てられた最後の巨大要塞。

 

【アルローゼン聖大書堂】

 

 これが図書館である事実は聖女の意向であったと多くの書籍には記載されており、帝都の研究所を補完する世界最大の一般学術機関として運営されていた。

 

「一般マナー講座から食事の作り方、王侯貴族を迎え入れる作法まで。何でも全てあちらに送れ。お山の女性陣が後は何とかする。聖女を迎えるのも一苦労だな。はぁぁ……」

 

 男は溜息を吐きながら立ち上がる。

 

 そして、三人は電車が停車するのを待ちながら、人混みを今も呑み込み続ける叡智の殿堂へ続く回廊に直付けされた車両から降りていくのだった。


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