ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第143話「切っ先」

 

―――大陸中央旧皇国首都上空。

 

『あはははは!!!』

 

 虚空に響く電波に乗った声は幼い少年のようでいながら、あまりにも邪悪に純粋な好奇心に満ちていた。

 

『此処までか!! あの時の意趣返しにしてはまったく!! 特攻兵器と君達の世界では言うんじゃなかったかい?』

 

 巨大な花が落ちて来る。

 

 花弁にも見えるのは極大の蒼力が拡散されながらも形を持って留められ、真下にある要塞線が囲む施設……バイツネード本家を消滅させる為だった。

 

『くく、逆に僕が迎え討てなんて言う事になるとはね。五十年の効果は大きそうだ!! 砕き散らせ!! アズマダーテ!!!』

 

 要塞線が吹き飛ぶ寸前300m以上の高低差を産む程に盛り上がって傾いた。

 

 急激に半透明の何かがこの世界の空間に出現しようと実体化を始めていたからだ。

 

 それが空間を超えた怖ろしく巨大な黒いアウトナンバーだと気付いた者はその場で周囲を囲んでいたドラクーン達しかいないだろう。

 

 だが、その極大の異変を前にして高速で落ちて来る巨大な花びらを思わせるロケットの切っ先には迷いが無い。

 

 装甲が剥がれたと同時。

 

 猛烈な光が要塞線ギリギリを掠めるようにして薙ぎ払う。

 

 次々に黒き半透明の何かが出現前の何処かの空間で燃やし溶かし蒸発させながら抉られて消えていく。

 

『この質量を削り切るか!! フィティシラ・アルローゼン!!』

 

 嗜虐よりも感心よりも好奇心よりも喜色を浮かべた声。

 

 要塞線が一気に下降していく。

 

 数百m上から真下に叩き付けられた要塞線による巨大な土煙。

 

 だが、内部の人間は時間の変動の最中にいながらも確かに蒼き光が自分達を通り抜けていくのを見ていた。

 

 そうだ。

 

 要塞線を覆い尽したのは散り征く花びら。

 

 そして、巨大な穴開きチーズのように崩れ去って消えた何かの無い世界に再び出現するバイツネードの本拠地は―――その家屋ような偽装を解かれて巨大な大穴と漆黒の大地。

 

 そして、一組の男女とテーブルと椅子のみとなった。

 

 ミサイルがその黒きクリスタルのような大地に突き刺さる。

 

『最高傑作をあっさり脳天から串刺しか。この程度で死なないとはいえ……さすがに決着が付く前に本格稼働は出来ないだろうね』

 

 無傷のままに黒曜石染みた地面に突き刺さったミサイルのハッチが内部から脚で蹴り開けられ、白い少年が愉しそうながらも呆れた様子で待つ地表へ白い少女が跳躍した。

 

 数m先に着地した相手を見て、バイツネード本家当主。

 

 カルネアードが目を細める。

 

「たった五十年。たった五十年だ。それなのにこの有様……君は一体、どれだけ時代を進ませたんだい?」

 

「神を殺し得る可能性が産まれる程度までだ」

 

「……あの神の暴発には驚いたよ。けれど、それがこんな作用を引き起こすなんてね。君がいない間に何度もリセットを掛けようとした。けれど、ダメだった。君の部下は優秀だ」

 

「当たり前だ。自慢の部下達だからな」

 

 そこでようやく少年は少しだけ表情を硬くする。

 

「人でなくなった君が人のように振舞う理由なんてあるのかい?」

 

「ああ、あるとも。オレは心から自分の人生を楽しみたいからな」

 

「何だって?」

 

 さすがに予想外の答えに目が見開かれる。

 

「一度失った命だ。此処にあるモノが何であれ。自分の好きに生きたい」

 

「その結果は君が必要無い世界でもかい?」

 

「逆に問おう。必要ある世界を求める理由なんてあるのか?」

 

「何?」

 

「今更なんだよ。お前がどれだけの時代を見送って来たかは知らないが、所詮この世は泡沫の夢……誰かの見る空想か。あるいは単なる泡沫か。でも、だからこそ、自分の好きにしたいと思うのが生き物の本質だ」

 

「……まるで、自分が真っ当な生物みたいな言い草だ」

 

「例え、人類の結末に果てがあるとしても、それは辿り着いたヤツが好きにしていい特権だ。その時に生きてるヤツがどうにかする。お前は人には過ぎた時間を得たかもしれないが、どんな時代でもやる事をちゃんとやって来たのか?」

 

「―――何が言いたい?」

 

「分からないのか?」

 

「何だって言うんだよ。フィティシラ・アルローゼン!! 君はもう僕と同じ。いや、僕よりも悍ましい何かに為り果てた!! この世界を生み出した神共と戦う? 全てを知ってか知らずか。馬鹿みたいな妄想じゃないか。勝てる勝てない以前の問題だ。同じ戦場に立てる事すらないと君なら分かるはずだ」

 

「……面白くないな。お前」

 

「何だって?」

 

 少女は溜息を一つ。

 

「例え、この世界が今終わっても。例え、オレ以外生き残らない世界だったとしても、オレは諦めるつもりなんてない。手札が無かろうが、時間が無かろうが、好きに生きるってのはそういう事だろ?」

 

「な―――現実を無視するって言うのか!?」

 

「間抜け……そうやって諦めて今更人類に教師面したお前が人を助けもせずに悪意の塊になってるのは……単なる自分の弱さだろ」

 

「?!」

 

 少女は見透かしたように……少年を呆れたように見つめた。

 

「お前は何を諦めた? 何をしなかった? ちゃんとやったと言わんばかりの顔をしてる癖に世界一つ取れてない。誰か一人護れてない」

 

「?!!」

 

「お前はオレ程に社会を変えたか? オレ程に人々を幸せにしてやったか? 誰かを学ばせて、誰かを叩き直して、誰かを咎めて、誰かを罰して、誰かに規律を重んじさせ、誰かの生きる世界に新しい価値観を齎したか?」

 

「―――」

 

 そのあまりな物言いにカルネアードが言葉を失う。

 

 様子だけ見てもまるでお話にならないと少女はキレそうになる。

 

 この程度の何かに自分の大切なものを幾らでも害されるのかと。

 

「ガキが!! 人類を嘗めるな!! 人間に早々絶望しただけのお坊ちゃんがオレに説教だと? 片腹痛い!! お前が絶望したくなかったら、お前が人を絶望から救ってやりゃ良かったんだよ!!」

 

 その言葉に少年が棒立ちとなる。

 

「人の上に立つのにお前は何を努力した!! 誰かの上に立っただけで英雄気取りなら、戦場でゴミみたいに死んでいく戦列歩兵にすら劣る!!」

 

 それは少女の結論。

 

 目の前の少年への評価だった。

 

「時代の流れだの、老獪な手練手管だのやってる暇があったら、今日一人明日一人死ぬ連中を減らして見せろ!! それもしない内から全て解ってます自分は絶望してるんですって顔しやがって!? こっちは毎日仕事が立て込んでるんだよ!! それなのに訳知り顔の歳喰っただけの老害が誰かの道の妨げになるなんぞ!!」

 

 足が一歩踏み出される。

 

「いい加減にしろ!!? オレは忙しい!! 人類を滅ぼせる程度のガキが粋がって道端で他人の壁になってんじゃねぇ!!!」

 

 僅か半歩。

 

 だが、確かにカルネアードがその怒気に下がった。

 

 そして、クスリとテーブルに座る白い少女と同じ顔をした褐色の少女が思わず笑っていた。

 

「~~~」

 

 それを振り返れもせず。

 

 カルネアードが半歩下がった己の脚を見て、拳を震わせる。

 

「……いいだろう。フィティシラ・アルローゼン……なら、君も絶望を知ればいい」

 

 少年の震えが止まった。

 

 その指がツイッと世界をなぞった時、大陸の上空からいきなり猛烈な勢いで全ての大地を覆い尽すだろう紅の光沢を持つクリスタル状の何かが降って来る。

 

 何億トン。

 

 何兆トン有るのか。

 

 それすら分からない超重元素製の塊が世界の上から世界を圧し潰すようにただまっすぐに落下速を越えて、超音速以上の速度で落ちて―――。

 

 黒き漆黒の領域に呑み込まれた。

 

 大陸の上空全て。

 

 遥か上空に出現した黒い領域に全てが呑み込まれて加速度的に消えていく。

 

「ッッ」

 

「それが簡単な解決法か? クソ野郎……なら、次はオレの番だ」

 

 狼狽えた少年を前にして少女が拳を握る。

 

 そして、何の躊躇も無く相手が僅かに見せた怯えとも付かない叫びの最中に放つ何処かの宇宙から送られて来たのだろう超重元素製のクリスタルの濁流に向けて腕を振り抜いた。

 

 白き黄金。

 

 薄緑色の輝き。

 

 蒼の軌跡。

 

 三位一体の拳がクリスタルを砕きながら宇宙空間の背後に身を置いた少年へ殺到する。

 

 ―――空間を割り砕き、宇宙の先にいる何かに亀裂を入れ、空気を全て消し飛ばし、原子の一粒までも漏れなく弾け散らして―――。

 

「誰かの幸せも祈れないヤツが!!」

 

 拳が少年の顔面を顎から捻じ曲げつつ振り抜かれ。

 

「幸せになろうとしてんじゃねぇ!!」

 

 少女のいた大穴の真正面の壁が500mに渡って陥没しながら猛烈な速度で地殻へと沈み込んでいく。

 

 要塞線が衝撃に揺さぶられる。

 

『が―――くそ、がぁああああああああああ!!?』

 

 だが、それでも、その中心部から声がしたかと思えば、猛烈な速度で同じ軌道に沿って逆に飛び出した赤黒い姿。

 

 硬質なクリスタル状の表皮へと変貌した少年が手にしたクリスタルの刃で少女を両断しようとした。

 

「それが本気か? クソ野郎」

 

『舐めるなぁああああああああああああああああああああ!!!?』

 

 刃が蒼と黒と赤の混じり合う剣によって受け止められていた。

 

 少女のいた場所から亀裂が入り、猛烈な勢いで罅割れた漆黒の大地が粉砕し、内部から少女達が次々に放り出される。

 

「人に負けた程度の存在が、人を滅ぼすだと? やってみろよ!! お前が殺してきた人類が今そんなに脆いかどうか!!」

 

『全励起!!! 全空間を開放しろ!! アズマダーテェエエエエエエエエ!!!!』

 

 巨大な空震。

 

 空間が震えながら大地の奥底から呼び起こされるかのように大陸の頭上に次々と浮かび上がるのは直径数km単位の巨大なトンネルが無数に蟻塚の如く結合された空間だった。

 

 それこそは……バイツネードが持つ最大級のバルバロス。

 

 空間を創生せしもの。

 

 アズマダーテが数百年以上掛けて作り上げたもう一つの世界。

 

 その空間の頭上に数百㎞規模の黒いクジラのような何かが頭部の半分程を砕けさせながらも顕現していた。

 

『もうお終いだ!! 【赤の隠者】が熾る今―――全ての力がこの大陸を捻り潰して、新しい世界を創生する!!』

 

「次は手品に上司頼みか? 芸が無いな」

 

『もういい!! 全て潰れろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

 剣を押し込みながら叫ぶ少年の言葉通り。

 

 空間内部から大陸内部へと無数のバルバロス。

 

 否、アウトナンバー化した化け物達が落ちて来る―――はずであった。

 

 だが、それよりも先に蟻の巣状の黒い空間が勢いよく弾けながら内部から緑炎光とも違う薄ら緑色の輝きを零す粘体を吐き出して弾けさせ、大陸にそれらが雨のように降り注いでいく。

 

 そして、それが光の筋か。

 

 鋼の糸の如く。

 

 猛烈な勢いで大地に突き刺さると同時に天へと上り、落下してくる巨大なクジラの図体を両断し、切り分け、粉々にしながら再び出現する黒い空間内部へと消し去っていく。

 

 ソレは世界各地にドラクーンがトンネルを用いて運んだモノだ。

 

 アズマダーテと呼ばれた存在が造っていたらしい異相空間。

 

 そのあちら側へとコンテナを捻じ込んで開放したのだ。

 

 中に入っているのは聖女お手製のグアグリス。

 

 タダのグアグリスではない。

 

 今の当人が使う為に博士達と共に機能を詰め切って土神の能力でエンジニアリングした最高傑作。

 

 ソレは緑炎光を用い、蒼力を用い、土神の能力を有する。

 

『―――こんな、こんな事が?!』

 

「あるわけない? いい加減現実を見ろ。現実と戦え。お前が今戦ってるのはオレじゃない。オレの背後にいる……お前が切り捨て、無関心に投げ捨てて来た非力でカヨワイ人間達の努力だ」

 

 その時、確かに少年の赤いクリスタル状に変質した瞳には少女の背後に大勢の人間が見えていた……いや、見えてしまった。

 

 それは何処までも続く人の群れ。

 

 受け継がれ続ける人の意志。

 

 その頂点ではなく。

 

 切っ先にいるのはただ一人。

 

『ひ―――』

 

「赤の隠者。感謝しといてやるよ。お前らの一部確かに受け取った」

 

『?!!』

 

「さぁ、勝負しようか。勝てるなら勝てばいい」

 

 刃が弾かれ、少年が猛烈な勢いを殺そうとして後退しながら少女の言葉を聞く。

 

「お前が勝ちたかったのは本当にオレなのか? お前が本当に護りたかったものは何処に行った? お前は……お前の希望は、本当にバイツネードなんてもんを支配して、人を悪意で弄ぶ事だったのか?」

 

 哀し気な瞳。

 

『止めろ……やめろ……そんな瞳で僕を―――』

 

 刃が天に向けられ。

 

「開放―――」

 

【全能力を開放します】

 

 何処からか声がした。

 

 その時、熾った事を記す書物は無い。

 

 ただ、それを見ていた者達は語り継ぐ。

 

 ―――アレは人の心の形をしていた、と。

 

「エール・オーラーム」

 

 それは旧い地球で神と呼ばれた何かの名前。

 

「あっちじゃ、万能の唯一神の古い呼び名だ。だが、もうそんなのは此処に要らないんだ。何せあいつらがいる」

 

 銃とも剣とも付かぬ刃。

 

 ソレが無限色にも思える幾多の彩光を取り込みながら、振り切られた。

 

「神なんぞに縋ってるヤツが人に縋らず何が出来るつもりだ……」

 

 その光が天から地表にスンと何一つ影響も無さそうに消えて。

 

 一拍の後。

 

 天と地と狭間にある全てが白い領域の最中へと消えた。

 

 大陸の頭上にあった崩壊する黒きクジラも弾けた空間も要塞群もドラクーンも何もかもがただ白く白く白く何も無いように見える空白へと消えた。

 

 だが、その空白が冷たくなかった事を誰もが証言するだろう。

 

 空白から溢れ出した色彩が天に解き放たれていたから。

 

 その日、旧皇国首都は跡形も無く。

 

 白き空白から零れ出す無限色の色彩の雨と共に消えたのだった。

 

 *

 

「カルネアード」

 

「……死んだのか。僕」

 

「気は済んだ?」

 

「はは、最後にあんなのに当たるなんて……」

 

 空白に浮かぶ少年は褐色の少女を見やる。

 

 もう体も動かない。

 

 再生するはずの体は再生しない。

 

 両断された首筋から心臓を斜めに断たれた体は今にも砕け散る寸前。

 

 彼を転生させるはずの隠者の力の気配も感じ取れず。

 

 そこにいるのは単なる無力な少年とそれを見守る少女だけだった。

 

「もういいや。人類なんて滅べばいいんだ……絶対に勝てないって現実に絶望しながら……」

 

「うん」

 

「誰が護ってやったと思ってるんだ。文明が滅んだ混乱期にどれだけ僕が救ってやったと思ってるんだ」

 

「うん」

 

「……あの頃は毎日楽しかった。みんながいた。みんなが笑って……笑い掛けて、くれて……」

 

「うん」

 

「君だって笑ってた……あいつらの子供達も幸せそうだった……」

 

「うん」

 

「……あいつら良い死に顔だったよね……」

 

「うん……」

 

「……誓ったんだ。あいつらの子供達が幸せになれる世界にしようって……」

 

「うん。知ってる……」

 

「バルバロスとだって、沢山戦った」

 

「ええ、竜の国で沢山の人達と一緒に……」

 

「まだ、何処の集落にも鉄の剣一つ無くて」

 

「竜で飛び回ってた」

 

「……ちゃんと、助けたんだ。僕」

 

「うん。私は知ってる……」

 

「でも、高度な技術が残ってるところほどに襲われて、滅んで……」

 

「……護り切れなかった。悔しかったよね……」

 

「……ああ、4000年だ。滅びる度に立て直してやった。死ぬ度に護った子達が気になった」

 

「……うん」

 

「帝国も竜の国も何度滅んだっけ……もう覚えてないや」

 

「93回」

 

「……そう、そうだよ。93回も救ってやった……四つの力が“復元する度”、あいつらの代りがまた現れる度……何度も何度も何度も……頑張ったんだ」

 

「記憶、消してた事も知ってる……」

 

「もう何を覚えてないのかも分からないのに……あいつらの顔すら思い出せないのに……どうして、こんなに―――悔し゛い゛んだッ」

 

 それは初めて少年が見せる涙だった。

 

「そう……だね……」

 

「っ……“今代の君”は……帝国の君は強かった……強過ぎた……」

 

「そう……」

 

「馬鹿馬鹿しいくらい。あんなに……僕も強かったら……君を……あいつらの子達だって……僕は……っ……ぼくはッッ……」

 

 空白に零れるものを誰も見ない。

 

「傍にいる。ずっと、傍にいるから……だから、そろそろ休もう?」

 

「……ぅん……疲れた……ちょっとだけ、眠っても……いいかな?」

 

 少女は少年を抱き締める。

 

「おやすみなさい。カルネアード」

 

「……ぅん……お休み……“お姉ちゃん”………」

 

 褐色の少女が眠った少年を愛おし気に撫ぜてから真っすぐに前を向く。

 

 自分と瓜二つでありながら、もう違ってしまっている白い少女。

 

「カルネアードは私が連れて行きます」

 

「好きにしろ。人のラブコメを見ていたい性分じゃない」

 

「……“彼ら”が貴方を此処に連れて来た意味は分かりません。けれど、貴方はこうなった。これは今までどれだけ繰り返しても無かった事です」

 

「この世界の真実。繰り返す時代。繰り返す世界。終わらない命。土神の情報が数百年じゃ効かないだけの量降り積もってた理由。4000年どころじゃない。お前ら本当は―――」

 

 褐色の少女が笑みを浮かべて緩々と首を横に振る。

 

 もう過ぎた事なのだと。

 

 少年すらも認識しない遠大な時間の果てに到達した少女は何も語らない。

 

「新しい私。私の顔を持つ人。貴女に頼みがあります」

 

「聞こう」

 

「兄にお別れを。そして、ありがとうと」

 

「そうか。必ず伝えておく」

 

「……この人の敵である貴方にこう言うのはきっと裏切りなんだと思います。でも、どうか世界に押し潰されないで……この子のようにならないで……」

 

「心得てる。それは心配無用だ。何せあいつらがいる。あいつらがいたという事実がある限り、潰れる理由なんて無いさ」

 

「お強いのですね……」

 

「お前らが此処まで繋いだものは無駄じゃない。上の連中にとっては試行回数にしか過ぎないんだろうがな。今、此処に繋がったものは最後まで連れて行く」

 

 胸に手を当てた白い少女に褐色の少女が微笑む。

 

「……感謝、します」

 

「それとお前らが行く場所は決まってる。生憎と地獄はこれから満員になる予定だ」

 

 白い少女が2人に手に手を翳す。

 

 すると、ゆっくりと体が光の粒のようになって解け、手の中に渦を巻いて吸い込まれていく。

 

「いいの、ですか?」

 

「いいんだよ。墓場に二人切りじゃ寂しいだろ? お前らが紡いだモノを見てろ。四つの力だか何だか知らないが、オレは怒ってるんでな。この怒り分の拳くらいはぶつけて来よう」

 

 コクリと頷いた少女と眠った少年が解けて消えて掌に消えた。

 

「光量子物性制御……質量の量子化状態への強制偏向、物質の状態を選んで観測して変化させる。光波による物性制御の極限系、か」

 

 ポツリと呟いて、青年は自分が手に入れていた力を握り締める。

 

 魂の姿のまま。

 

 また一つケリが付いた事を噛み締める。

 

 すると、背後から気配が一つ。

 

 嘗ての青年の姿のままに背後を振り向くと。

 

「ッ―――それが貴女の本当の姿ですか? フィティシラ・アルローゼン」

 

 黒い肌のイオナスがそこにはいた。

 

「まったく、黒の議長様には頭が上がらないな」

 

「その物言い……気に入りませんね」

 

「感謝してる」

 

「ふ、ふん……まぁ、いいでしょう」

 

 ちょっとだけ、その顔が赤くなる。

 

「ゼド機関を用いた大陸規模の空間制御。制御空間内での全目標への同時飽和攻撃と内部での余波と対象の処理。お前に任せて良かった」

 

「あの時の借りは返しましたから……それに貴方の部下の方々が半分は持って行きました」

 

「借りとやらを認識出来る程に進歩したヤツに文句なんか無い。立派になったな」

 

「~~~ッ、帰ります!!」

 

「ああ、先に帰っててくれ。外で影響を相殺してるドラクーンと陣頭指揮取ってるヤツには二日は戻らないと伝えといてくれるか?」

 

「その……四つの力は動かないのですか?」

 

「ああ、今回の事件でハッキリ解った。本番はまだ先だ。連中が動くのはオレ達人類の準備が終わってからだろう」

 

「それについては後で会議の場で聞きましょう。先に行っています」

 

「ああ、頼む。それとお前のばあやはちゃんと仕事をしたようだ。心から感謝する」

 

「……馬鹿。あの人が墓場から嬉しくて蘇ったら、貴方の責任ですからね?」

 

 何処か嬉しそうにイオナスが呟く。

 

「心得ておこう」

 

 黒き少女が消えて白い空白に一人切り。

 

 と、思っていたら、そこにやってくる一人と一匹がいた。

 

「マヲー」

 

「あ、大丈夫だべか?」

 

 猫神様に土神の少女が1人。

 

 空白に上がり込んで近付いて来るのを青年が溜息がちに出迎える。

 

「何か問題か?」

 

「いや、土神様が言っておきてぇ事があるって言っでんだ。ん!!」

 

「そうか。出して貰えるか?」

 

「ええだよ。そんじゃ―――」

 

 白金の少女の手が青年の手に触れた瞬間。

 

 流れ込んで来る膨大なイメージと情報が脳裏を駆け抜けていく。

 

「……そうか。あいつらが自信満々なわけだ。代る世界に代らぬ場所があると」

 

「マーヲ♪」

 

「この情報からすると、お前も上の連中と同様に土神の情報にある“ヒューム値”とか言う数値が高いわけだ」

 

「マヲ~~~」

 

「で、連れてけと」

 

「マーヲ」

 

 黒猫が頷く。

 

「神様が何を探してるかと思えば、チートがチート探すなよ。ちなみに何探してるんだ?」

 

「マーヲ」

 

 シュババババッと黒猫が白い空間に爪先でお絵かきをする。

 

 すると、色合いが虚空に焼き付いて、そこには黄金色の頭が蛸の人間、翼の生えた悍ましい何かがいた。

 

「これが目的か?」

 

「マヲマヲ」

 

「解った。コレが重要なもんじゃなかったら、勝手に持ってけ。無名山側も文句の言いようがないだろうしな。さて、2日は経ったな。崩すぞ」

 

「マヲ~~♪」

 

 黒猫がジャンプした瞬間、今まで存在した空白が急激に消失したかと思うと一人と一匹が着地したのは巨大な旧首都の大穴の中心部だった。

 

 もはや放棄された市街地は何処にもなく。

 

 数十㎞に渡って400m近い穴底が続く世界には崩れ掛けた要塞群と空に無数停泊する船団しか見えない。

 

 だが、すぐに駆け寄って来る姿を少女は見付ける。

 

 傍らには全裸で眠っているヴェーナが―――。

 

「ぁあああああああああああ!!!? う、浮気者ぉおおおおおおおお?!!」

 

 走って感動の再会をしようと迫って来ていた少女達と青年達であるが、情報を伝えた際に服が弾け飛んだヴェーナが地面でスヤスヤ寝ている様子に何とも言えない表情となって立ち止まる。

 

 だが、それも直ぐに仕方なしという顔になったのは少女の周囲に滲み出るようにして見知った顔の2人の姿をした全裸の少女達が無数に現れたからだ。

 

「な、な、なぁああああああ!!?」

 

 涙目になった一番目の少女。

 

 朱理の手型が今日も聖女の頬に付く事になるのだった。

 

「何で学ばないんだろうなぁ。ノイテ」

 

「いえ、学んでいてああなだけでは?」

 

「はは、それって男としては最低なんじゃないか?」

 

「一概には言えませんが、比較的一般女性的にはそうとも言えます」

 

 メイド達の罵詈雑言やら頬を赤くして目を逸らす様子やら、青年達の溜息やら。

 

「今日も平和だな。大陸は……」

 

 いつの間にか元に戻っていた聖女はそう言う事しか出来なかった。

 

 その日、バイツネードという組織は跡形も無く消えた。

 

 そして、一組の少女達が五十年越しに感動の再会を果たす事になる。

 

 が、それはまた別の話。


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