ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第141話「煉獄を裂く者達ⅡⅩⅣ」

 

―――帝都終戦記念日祝日。

 

「……これが帝都。世界一の都市……」

 

「う……さすがに認めるしかないわね」

 

 十歳前後の良家の子女に見える兄妹が1人の男の背後で電車から降りて、帝都の中心地である巨大な帝都駅構内から外に出て、異様とすら思える巨大建造物の最中を歩く大量の人々を見やりながら、自分達が田舎出である事を自覚せざるを得なかった。

 

 五十代に見える男が顔を一撫ですると10歳程若返る。

 

「よし。こんなもんでいいか」

 

「また役作りしてんの?」

 

 少女が呆れた瞳で男を見やる。

 

「此処じゃどんな変装も意味が無い。そもそも、この都市で諜報活動をしようと思ったら、まず真っ当な手段じゃ不可能だ」

 

「じゃあ、どうして能力使ってるわけ?」

 

「単なる地顔にしただけだ。相手を不快にさせたらお山が消し飛ぶと思え」

 

「……これから訊ねるのにどうして私達を連れて来たの?」

 

 少女がおずおずと不審そうで複雑な顔になりながら訊ねる。

 

「お前らに現実を教えておく為だ。不用意な事はするな。手癖が悪いと普通に捕まるぞ。例え、能力を使っていてもな」

 

 それを聞いた少年がオノボリサン全開……のように見せ掛けて周囲を普通に眺める。

 

「注目されてはないんじゃない?」

 

「世界最高峰のセキュリティーが姿を現すわけも無いだろう。此処はあらゆるものが監視、制御された都市だ。我々に見付かる程度の諜報が行われているはずもない」

 

「……それにしては何も感じない」

 

「何も感じないじゃない。我々には感じられないの間違いだ。行儀よくしておけ。兄弟姉妹達に土産を買って行ってやる程度の路銀は貰ってる」

 

「仕事終わったら絶対ね!!」

 

 少女にゲーゼル。

 

 全権大使を拝命した男が頷いた。

 

 彼らは傍目には良家の子女とその御付きのように見えるかもしれない。

 

 ターミナルの外に脚を向けた彼らが道路脇で黒塗りの高級車を確認すると内部から男が1人出て来て、彼らに頭を下げ、全員を載せて帝国議会に程近いホテルへと向かう。

 

 ホテル内部ではそのあまりの世界の違いに少年少女はポカンとして、ただただ圧倒的な差をたかが宿泊施設の一つに感じ取りながら、香りからして違う世界の奥。

 

 ホテルのスイートへと向かう。

 

 エレベーターなんて殆ど乗った事が無い2人は密室に入れられる事への不安をグッと押し殺しながらも、巨大に過ぎる都市への負けん気というのだろうか。

 

 自らの矜持で何とか自分を立たせていたが、保護者がスイートルームの鍵を使って内部に入った途端、何もかもが違う現実を前にして良し悪しが分かる程度には聡明なせいで……圧倒的な敗北感に挫折した。

 

 目を輝かせずにはいられない。

 

 スイート内部の調度品、壁紙、内装、室内に設えられた全ての設備。

 

 香り、活けられた華、備え付けの冷蔵庫。

 

 目を輝かせてしまった2人が冷蔵庫に思わずフラフラと近寄り、中身を確認して思わず振り返り、ゲーゼルが頷くと同時に食べるだけ菓子と飲み物を強奪。

 

 これは自分のだと言わんばかりに袋から菓子を掴み取って齧り、我に返って敗北に沈むまでほんの20秒程のスペクタクルであった。

 

「解ったか?」

 

 煙草を吹かしながらソファーに腰掛けた男が少年少女に訊ねる。

 

 そして、彼らは一様にゲーゼルに訊ねられた事の真意が解った。

 

「勝てない、か」

 

「そ、それは……その……でも、お山の人達なら……えと……」

 

「あいつらだって人間だ。若い連中だってお前らみたいな顔にもなる」

 

「「………」」

 

「いいか? どんな事があってもキレるな。怒るな。例え、心で憎悪しても朗らかに笑って対応しろ」

 

 2人が更に複雑そうな顔になりつつ、袋菓子を頬張る。

 

「例え、誰が死んでも、誰が傷付けられてもだ。オレが死のうとお前らのどちらかが死のうと、事この場では能力と暴力は無しだ。これは遊びじゃない。いいな?」

 

 ゲーゼルの念押しに2人が真剣な表情になった後、ボリボリとお菓子を齧って沈んだ様子で頷く。

 

「そこまでして頂かずとも結構ですよ。人間らしさを諦めろと言う程に帝国もリセル・フロスティーナも懐は浅くない。互いに笑顔で殺し合おうなんて言いはしません」

 

「「「?!!」」」

 

 彼らは咄嗟の反応を思わず自分の手を片手で抑えるという行為で封じた。

 

 ソファーの対面に誰かが座っている。

 

 それを初めて彼らは認識したのだ。

 

「これは……冗談にしても心臓に悪いですな。フィティシラ・アルローゼン姫殿下」

 

 ゲーゼルが内心で失態に自己罵倒している間にも取り繕う。

 

「失礼しました。愛らしい方々が我が国のお菓子をどう思うのか。少し興味が湧いてしまって……大人げなかったと反省しているところです」

 

 少年少女は自分達と歳の頃も変わらないように見える相手。

 

 だが、圧倒的に人を超越した何かがニコリとしてくるのにゾワリと背筋を凍らせた。

 

 よく見れば解るというのは人間の基本的な性能だが、人の形をしていても尚、圧倒されるような気配を彼らは“感じ取れなかった”。

 

 あれほどの性能を世間に示しておいて、ソレを感じさせないというのがどれほどに悍ましい事か。

 

 今、世界を滅ぼせる何かが目の前にいても生まれたての赤子にすら劣る気配しかないとなれば、その隠蔽は天から星を隠すようなものだ。

 

 少女の強力さを彼らはそれで改めて知ったのだ。

 

 そんな現実を前にしてこそ。

 

 彼らは戦う者の端くれとして、絶大な敗北感に苛まれる。

 

「お初にお目に掛かります。無名山の全権大使として参りました。ゲーゼル・ビルギワットと申します」

 

 すぐに立ち上がり、深く頭を下げたゲーゼルの背後へ即座に移動した少年少女が同様のポーズで畏まった。

 

「顔をお上げ下さい。此処では単なる親睦会を催そうというだけの話。まだ、条約や協定の類に関しては関係がありません。まずは互いに相手の事を知ろうというのが此処へ大使を招いた意図であって、何も命のやり取りや政治の駆け引きで打ち負かそうというのでもありません」

 

「お心遣い痛み入ります。姫殿下」

 

 再び座り直したゲーゼルの背後で付き人として立ったままの2人にニコリとしてからフィティシラ・アルローゼンと呼ばれる存在は書類一式を用意してテーブル端に置いた。

 

「本日はお招きに与り、無名山の代表としてまずは感謝を。このような田舎者にも寛大な御慈悲を賜っている事はこの身の幸運であります」

 

「いえいえ、帝国式をちゃんと学んだアウトローというのも珍しいですし、貴方のような人間が無名山側にもいるとなれば、対応は着実に変化します。その点、安心して頂ければ」

 

「感謝致します」

 

 ゲーゼルは内心であまりにもやり難い先制を取られた悔しさを胸に先程の手品。

 

 どうして気付かなかったのかについて考えたが、すぐにそれを止めた。

 

 最初から相手が上手。

 

 ならば、開き直る以外に彼に出来る事なんて無かったからだ。

 

「では、まずはこちらから我々の事を知って頂く為にも情報を提供致しましょう。わたくしの名前と軍事機密以外での話になりますが……」

 

 先制攻撃の間違いだろという内心は呑み込んで相手から差し出された書類一式を失礼してと前置きしながら拝見した男の内心は渋くなるばかりだ。

 

「なるほど、我々の数万倍では利かない経済力と文化力は持ち合わせがあると」

 

「文化力という面で見れば、無名山内部にも我が方の文化の流入は起こっているでしょうし、事実として文明の利器も文明としての娯楽も愉しまれているのでは?」

 

「それはあります。では、こちらからも……」

 

 ゲーゼルが自分達の持参した書類を差し出す。

 

 テーブルの上から取って眺めて、数秒で全て読み終えた少女はニコリとした。

 

「為るほど。無名山はあくまで犯罪者の子孫が都市を作っているものであり、人口の9割以上はもはや犯罪者として登録されている者達ではないと」

 

「はい。ご存じの通り、我々は緑炎光を受け継ぐ者達の勢力の一部ではありますが、東部の者達のように化け物を生み出す為、緑炎光を積極的に血統へ取り込んでいるわけではありません」

 

「……では、出生率に対して死産が6割を超えているのは医療技術の未熟のせいではないと?」

 

「そういう事になります。技術的には今も外の技術を取り込んではいますが、医療技術の殆どは独自の体系であり、リセル・フロスティーナ程のものではない。そもそも万能薬の横流し品が最高の医療として鎮座しています」

 

「そして、化け物となった子孫を自ら処分している、と」

 

「事実上、東部の者達とは逆ですよ……無論、子供を産む女達はその覚悟が無ければ、子供を作るなという戒律があります」

 

「なるほど。生理用品の中でも中絶用や避妊用の薬が大量に仕入れられているのはそういう事ですか。人口統制に使っているのかと思っていましたが、化け物化する赤子を作らない為に使っていたと」

 

「我々は東部の者達と違って自律して人間であろうとはしている。無論、能力者としてアウトナンバー化した人間が超人として上には立っていますが、そもそもの話として犯罪者が立ち上げた組織。犯罪者の自治共同体なのですよ」

 

「鉄の掟。仲間は売らない。裏切り者には死を……みたいな事でしょうか?」

 

「何処の国の何処の組織にもありがちな話では?」

 

「今の時代はほぼ無い話ですが、一昔前ならありましたね。然りと頷けます。ちなみに今の言い分からすると力の有無よりも既存社会からの離脱者としての倫理や道徳を指導層が持ち合わせていると?」

 

「その中でも穏健派が実権を握っている。アウトナンバー化した者達にしても、暴力性が高い者程に今の上に立つ者達の数の論理で押し潰された」

 

「自浄作用はあると言いたいわけですか」

 

「ええ、だからこそ、西部や東部の者達とは違う道を歩いている」

 

 街並みの写真がプリントされた参考資料に白い少女は目を細める。

 

「街角にゴミは落ちていないようですね。実際、住民達の民度はどうでしょうか?」

 

「それは……お世辞にも良いとは言えませんが、暴力沙汰や恐喝、暴行は厳に戒められている。それこそ一番検挙率が高い犯罪は住民同士の騙し騙されの軽犯罪としての窃盗や詐欺の類が一番多い……暴力沙汰にしても喧嘩程度はありますが、半殺しとなれば、重い刑罰があります」

 

「ふむ……」

 

「子供に関してもこの子達のように力ある者ならば行政が取り立てますし、孤児院や福祉機能も最低限以上はあります」

 

 その言葉に少年少女は聖女の瞳に見られ、背筋を伸ばす。

 

「良い子達のようです」

 

「ええ、自慢の同僚ですので」

 

「「………」」

 

「内実の概要は分かりました。それで今も拡大を続ける領域に関しては?」

 

 そら来たとゲーゼルが内心で気を引き締める。

 

「そちらに付きましては我が方の軍事機密ですので……」

 

「解りました。ですが、今の状況のまま拡大し続けると凡そ半年後には国境を接する国家の領土を呑み込む事になります」

 

「承知しています……」

 

「何らかの停止措置もしくは縮小が為されなければ、問題になる。無論、それまでに貴方達が世界を滅ぼせる絶対的な力を手にして他国を威圧するという事も出来るでしょうが、お勧めはしませんね」

 

「我が方としても、全面的な混乱は望むところではありません。姫殿下」

 

「わたくしとしては査察を今後予定しているのですが、受け入れは可能でしょうか?」

 

 本題が来たと彼は気を引き締める。

 

「勿論。ですが、軍事力としての戦力が査察に来られた場合は対応が難しい以上、受け入れは出来かねます」

 

「かと言って、何の戦力にもならない者を送るのもまた困った事になりますね」

 

「情報の確度が担保出来ないと言うのならば、我が方としては極少数の練達の方達に来て頂くというのが望ましいのですが……」

 

 此処からだとゲーゼルが上手く話を持っていこうと思考を研ぎ澄ます。

 

「では、わたくしが行きましょう」

 

「ッ、よろしいのですか?」

 

「ええ、無理な査察で事が起こっても問題でしょう。少数精鋭と言うならば、わたくしが最も適任でしょうしね」

 

 ゲーゼルは測りかねる。

 

 これもまた相手の攻撃の一つなのだろうかと。

 

「こちらにも受け入れ準備がありますが、用意さえ出来れば、査察に関しては可能だと伝えておきましょう」

 

「それは良かった。では、しばらくは帝都を愉しんでいって下さい」

 

「はい。ご厚意に甘えさせて頂ければ……」

 

 2人が握手する。

 

 そして、白い少女はテーブルの下に置いていたバスケットを取り出して目の前で広げる。

 

「知らない相手に親睦を深めるも何も無いでしょうし、お茶菓子を焼いてきました。しばし、お茶の時間としましょう。勿論、背後のお二人も含めて。その上で帝都の歩き方や観光の仕方ならば、教示出来るかと」

 

「これは御高配の事……感謝します。お前達」

 

「「失礼、します」」

 

 兄妹が頭を下げてソファーに座り、緊張しながら菓子を頬張り―――。

 

 数秒程意識が飛んだ様子でハッと我に返ってから菓子を勝手に取った手が口に運ぶ様子に何か理不尽な事をされているような顔になるのだった。

 

 *

 

「今日はお祭りなのです。実際には五十年前の反帝国連合との戦争が終わった日を講和条約の締結日と定めてのものです」

 

「知っています。この日は帝国のみならず複数の南部大国の多くでも祝日となっていますので」

 

「うわ~~すっご!?」

 

「御上りさん過ぎる……」

 

 目を輝かせる少女に呆れた視線を向けつつも車両内部でグラスからジュースを嗜む少年がボソリと呟いた。

 

 それを対面にして横に無名山の全権大使を置いて、お祭り中の帝都の一番空いている道路を長い車両で移動する事になっている。

 

 街中は常の4割増しで人出があり、賑わっている路上には露店が立ち並び。

 

 あちこちの商店ではセールや記念日限定の商品が飛ぶように売れている。

 

 家族連れ、カップルのみならず。

 

 単身者も大勢出ている路上にはパレードする山車が引かれており、戦争を終わらせた英雄と称えられる人々を模したハリボテの像やら仮装した人々が周囲に愛想を振りまいて、子供達にお菓子や商品の割引券の類をばら撒いていた。

 

「それで何処へ向かわれているのでしょうか?」

 

 胡散臭い風貌をスーツで押し固めたような男。

 

 それがゲーゼルと名乗った全権大使だった。

 

「わたくしがいない間に大きく娯楽産業が発展したおかげで帝国を中心とした体験型のアトラクションを使う遊興施設が世界各地に出来たとか。ええと、今は【聖女の園】と呼ばれているようですね」

 

「「?!!」」

 

 少年少女が顔色を変える。

 

「ああ、入った事はありませんが、各国で見た事はあります」

 

「今はどうやら青空の下でも合う色合いに塗り替えたらしいです。向かっている理由は単純にその国の事を知るのに一番簡単なのは何で遊んでいるかを知る事だからです」

 

「確かに……娯楽は国をよく表す指標だと思います」

 

「娯楽は人々の文明の精粋であり、人々の規範や常識、良識や知識の上で成り立つものです。電子的な遊興が昨今のトレンドとはいえ、こうした体験型の設備は帝国をよく知るのに一役買うものでしょう」

 

「……なるほど。無名山では今や幼児教育に使われる紙芝居がまだ一般的で、裕福なところは電子ゲームや卓上遊戯。そのようなアトラクションと言うのでしたか? それに付いてはありませんので良い体験になりそうです」

 

「カードをどうぞ。施設内なら何処でもコレで買い物が出来ます。まとめ買いも出来ますが、配送出来る程度の数にしておけば、こちらで配送用の車両込みでお送りします。お土産は好きなだけ買い物して頂いて是非帝国の理解にお役立て下さい」

 

 その言葉に内心の渋さを覆い隠すようにゲーゼルが笑み。

 

 そっと受け取ろる。

 

 シュパッと少女がそのカードをゲーゼルの手から瞬時に取った。

 

「ッ、行儀が悪いぞ」

 

 僅かに咎めるような声になった男を前にしてちょっと手癖が悪かったかなと脂汗を滴らせた少女にニコリとしておく。

 

「いえ、そう咎めず。最初から3枚ありますので」

 

「その、これは……申し訳ない」

 

 ゲーゼルの内心は暗澹たるものだろう。

 

 隙を見せた外交官は単なる無能であるのは事実だ。

 

「何も謝られるような事はありませんよ。世界中の子供達に全てを与えられる程、我々大人は仕事の出来る存在ではなかった。その事実に対してちょっとだけ罪滅ぼしをさせて欲しいというだけの事ですので」

 

「……どういう事でありましょうか?」

 

「無名山とて何処かの国民ではないにしても大人や子供がいる。そして、世界を牛耳った帝国が誰の手の上に在ろうと人々にちゃんとした生活を送らせられなかったのならば、それは帝国の失態であり、帝国の無能です。その対価は支払われるべきだと言うだけの事ですよ」

 

「………」

 

「まぁ、そう気負わず。それにこれは個人的なお金です。帝国の税金は僅かも入っていません。純粋な大人から子供へのお小遣いだとでも思って貰えれば」

 

「……御身の背丈の大きさに感謝を。痛み入ります」

 

 ゲーゼルの内心はともかく。

 

 自分に向けたに等しい自嘲を呑み込んだ言葉に苦笑しておく。

 

 カードを渡された少年少女達は顔を見合わせつつも、自分達の失態に対しておずおずと頭を下げてくれた。

 

 そうして祝日のアトラクションの満員御礼の様子を眺めながら、長蛇の列が出来る乗物を横目に貸し切りにしておいた店舗でお買い物をして貰う事にする。

 

 少女は目移りしながら、商品に爛々と瞳を輝かせ。

 

 少女が次々に商品を買い物用のカートに放り込むのをどう止めたら良いものかと少年がヒソヒソ言っていたが、その度に無名山の知り合いに配る分は絶対に買い切るとカートを大量に使ってレジで精算する様子は微笑ましいものだろう。

 

「無名山の子供達に甘味は貴重なものなのでしょうか?」

 

「それは……少なからず一月に数回以上口に入るものではないとだけ」

 

「そうですか。人口の大きさに比例して甘味は左程仕入れられていないわけですか」

 

「実際に食料へ砂糖は使われています。ですが、子供の菓子ではなく。基本的には糖分の補給という形で貧しい者達に主食以外で肉体を維持させる為のものであり、広がった領域内部の農地では幾ら食料が取れても余剰しない為、そういった嗜好品の類は栽培されていないのです」

 

「食料自給率は低くないと思いますが、嗜好品までは手が回らないと?」

 

「ええ、結果として安い塩菓子が我が国では主軸です。塩は岩塩が取れる山を保有していますので」

 

 喋っている間に少年少女。

 

 途中、ルッシーニとディグと名乗った兄妹は買えば買うだけ良いと言わんばかりにカードを使って店舗内のお菓子を大人買いで買い占めていた。

 

「……姫殿下。幾つか訊ねてもよろしいでしょうか?」

 

「答えられる事なら……」

 

「無名山を東部のように滅ぼすならば、御身はどのような大義を掲げられますか?」

 

 突っ込んだ話だが、相手はきっと此処以外ではこんな事を聞く事もないだろう。

 

 それくらいは少し話せば解った。

 

 そもそも帝国を相手にして勝てないのだ。

 

 共倒れ。

 

 もしくは一方的な蹂躙しか想定されていない。

 

 故に公以外の場でしか、こういう類の話は出来ない。

 

「そうですね。表向きには事実として知られているアウトナンバー及びアウトローと呼ばれる人々の危険性を周知しながら、その危険性を誇張して世論を誘導し、そうなり切っていない人々を治療する名目で地域を制圧し、その過程で全てのアウトナンバー、緑炎光との親和性の高い生物を人間ではないと社会的な方の事実として規定して、他種族であると印象付けた上でゆっくり衰滅させます」

 

「―――随分と具体的であられるようで」

 

「ええ、これはわたくし達が強過ぎて、貴方達が弱過ぎた場合の最悪の想定です。主にわたくしが人の心を失くしたら、こういう処置になりますね」

 

「人の心のある内は手加減して頂けると?」

 

「勿論です。人間が愚かなのも残酷なのも変わりはしません。わたくしもその一人である限りは……けれど、人間の心というのは不思議なもので、そういうのを少なくとも止めようとか、可哀そうだと自制する事が出来る」

 

「……今のような行為も自分を為政者と割り切れるならば、可能なのでは?」

 

「割り切れるだけの為政者にこれから先の未来は何一つ微笑みなどしませんよ。これから世界に起こる問題は決してこの程度の残酷さでは解決出来ない」

 

 ゲーゼルがさすがに黙り込む。

 

「未来、ですか」

 

「わたくしの悪いところは予定を緻密に組むからこそ、現実の今が疎かになりがちなところ。それを補う為の部下達です。そして、彼らの未来を預かるわたくしは今を彼らに投げて、ようやくまともに自分の実力を発揮する事が出来る」

 

「御謙遜では、ないのでしょうな……」

 

「勿論ですよ。わたくしは全能でも万能でもない。しかし、手を伸ばせば、高みに届くだけの手はある」

 

 それは事実だ。

 

「今のところは手を伸ばしていられる。だからこそ、こうして準備もすれば、無名山側との接触も自分で行っているわけです」

 

「我々に手を伸ばすと仰られる?」

 

「逆に聞きますが、その高さに疲れていませんか? 無名山の上層部は……」

 

「言い難い事をお聞きになりますな……」

 

「ですが、貴方達を外側から見た感触的には背伸びをし過ぎているようにも見えます。手が届かないところには届かないという現実は覚えておくといいでしょう」

 

「まるで子供扱いですか。この数十年で国家を築いた我々が……」

 

「どんな道具や能力があっても、現実として人の心の限界に捕らわれた人間は感情的です。そして、人の限界を超えて人を止めた人間には人の心が分からない。だからこそ、人々の命運を左右するのはどちらの狭間にも立つ者であるのが一番合理的で妥当性が高い。と、わたくしは考えます」

 

「御自身はどちらだとお考えで?」

 

「わたくしは最初から人の心が分かるけれど、共感は出来ないという人間以上化け物未満に近いですかね。理解と共感は最も縁遠いものです。わたくしにとっては……」

 

 そこまで聞いて男が初めてこちらを見やる。

 

「アウトナンバーとなった人々を貴女はどうしたいのですか?」

 

「普通の生活を送って、艱難辛苦はあれど、人間として適当に生きて死んで頂ければ、それが最も良い結末でしょう。個人としては……」

 

「集団ならば?」

 

「特別な力など何も無いという事実を受け入れて人社会に馴染めないなら、馴染めるようになるまで教育もしくは矯正させて貰います」

 

「馴染めなければ?」

 

「勿論、相応の幸せを用意しましょう。為政者というのは人の幸せを作る仕事であって、彼らを導くのは二の次な職業ですよ」

 

「ほう? それはまた暴論のような?」

 

「未来の話より今日の食事。それが真理であり、それを間違えた指導者は幾らでも人類の歴史の中で悲惨な死に様を見せて来ましたし、これからもコレは変わらないでしょう」

 

「最もです……」

 

「例え、人が食事を取らずに良くなったとしても、食事の変わりに彼らが欲するものはきっと未来の話よりも切実ですよ」

 

「……だから、その未来を貴女が作ると? 二の次にしていながら導くと?」

 

「ええ、幸せというのは案外、易くても良いものが造れる。宗教が貧乏な人々に幸せを与える事が出来たように……誰かが死に掛けの老人の傍で微笑んであげるように……」

 

「人の幸せ。ならば、我々のような化け物の幸せは誰が作ってくれるものやら」

 

「決まっているでしょう。それこそ貴方達が自分達の方法論で建設的に決める事であり、わたくしが口を挟む事ではありません」

 

「はは……手厳しいですが、仰る事は正論です……」

 

「その方法論に付いては当事者が決めるのが一番良い。無論、この世界に住まう他の人々と社会的に折り合いが付けられる範囲でという事になりますが」

 

 相手が敵わないなと肩を竦める。

 

「それがもしも人倫や人の社会に対して馴染まないものなら、戦争はいつの時代だとて起きるでしょう。共に生きるとは共に傷付けあって距離感と関係を適度に構築する事なのです」

 

「その結果、どちらかが滅んでも?」

 

「共存という概念。これは生存と環境を維持する為の人々の力を具体的にしただけで、元々人々の中にあるものです」

 

「………」

 

「一方的に他者を排斥して大丈夫なのか。あるいはそれを行った事で自分達がどうなるのか。未来を見据える事が出来た生物。その末裔が我々であるならば、雑な仕事をしない限り、どうにでもなりますよ」

 

「心に留めておきましょう。少なからず、我々が考え無しと言われるのは食い止めたいところだ」

 

「応援させて頂きます。それで具体的にはどの程度の日数で受け入れ準備は出来るものなのでしょうか?」

 

「2ヵ月程と上からは……」

 

「解りました。そのくらいで予定を調整しておきます。ああ、それと左程緊張せず。彼らは皆さんを害する事はありません」

 

 ゲーゼル。

 

 手練れなのだろう男は周辺で働く従業員達に紛れているドラクーンをかなり気にしているようだ。

 

 まぁ、それもそうはなるだろう。

 

 彼にとっては正しく今まで逃げたり、隠れて来た相手なのだから。

 

「何分、前々から色々と裏方をしていまして。どうにも尻の座りが……」

 

 ゲーゼルが頬を掻く。

 

「彼らには例えわたくしがこの場で死んでも待機という命令が出ています。そもそもの話として持て成しが終わるまで政治的な部分での会話も一切記憶出来ないよう処置してあります」

 

「……どうやら帝国の彼らも大変なようだ」

 

「自分で歩んだ道です。不満は出ていません」

 

「人徳のなせる技、ですか」

 

「規律と倫理、道徳。それだけの事だとお考え頂ければ」

 

「はは……“それだけ”がどれだけ難しい事か。知っている身からすると奇跡のように見えますよ。帝都に初めて来たとは言いませんが、この帝都の中央まで来た事はありませんでしたので」

 

「奇跡など起きてはいません。人々が“わたくしにとって”正しい方法で社会を積み上げた結果です。人が人として積み上げた結果は偶然でも奇跡でもなく必然。ちゃんと仕事をしてくれている方々のおかげです」

 

 ゲーゼルがこちらを見やる。

 

 それは真摯な顔にも見えた。

 

「本音を言わせて頂いてもよろしいでしょうか? 姫殿下」

 

「どうぞ……」

 

「私は貴女が……怖ろしい。人を理解し、共感せず、上に立ってながら驕りも高慢も過剰な自信すらない。全て知っていて事実を言えば、それが高慢に映り、過剰と見える事もあるでしょうが、貴女にはそういったものとは無縁だ」

 

「ありがたい評価です」

 

「……真なる支配者が貴女ならば、人々は迷わず貴女を選ぶでしょう。だが、何よりも恐ろしいのは……」

 

 ゲーゼルが心底疲れたように呟く。

 

「貴女は全てを滅ぼす事も全てを救う事も両の天秤の端と端に置いている。貴女程に平等で公正で理想と現実を理解した者はいない。あまりにも理路整然と感情すらも語る貴女の……知性とも狂気とも付かぬ言葉が恐ろしい」

 

「誉め言葉として受け取っておきましょう」

 

「……もしも、個人として貴女に言うべき事があるとすれば、それは疑問だけです。貴女は人間のフリをした怪物なのか。それとも怪物のフリをした人間なのか。そのどちらでも我々には致命的な劇薬。それだけは間違いない」

 

 思わず笑みが零れた。

 

「いいえ、生憎とどちらでもありませんよ」

 

 肩を竦める。

 

「わたくしはただ“どちらでもあるだけ”です。人々が善悪を持つように。ただ、その許容量というのでしょうか? そういうのが普通よりもちょっと多いだけです」

 

 ゲーゼルの額に僅か汗が流れる。

 

「………はははは、確かに器は大きそうだ。お互いに道行きは違えど、最善を尽くしましょう。貴女が世界を救うように。我々もまた我々の世界を救う事だけはお約束しますよ」

 

 こうして空いたアトラクションに幾つか乗って帰った夕暮れ時。

 

 第一報が入った。

 

 南部元皇国旧首都中央部。

 

 廃棄された都市に建造された要塞群の観測機器に異常在り。

 

 時空間障壁の唐突な消滅と同時に溢れ出した巨大なアウトナンバーの群れと要塞群に詰めていたドラクーンと詰めていた5個師団が交戦を開始。

 

 敵を100km級と呼称。

 

 ドラクーン3400人が軽傷、即応2個師団が損耗率1割を突破。

 

 そんな傷を負いつつも敵を撃破する事に成功。

 

 帝都からの遠距離支援砲撃は届いたが、それでも多くの兵士が犠牲となった。

 

『やぁ、久しぶり。僕にとっては昨日ぶり程度の感覚だけれどね。まったく、酷いじゃないか。先に出るなんて。君が遅いから宴の催しを派手にしてみたんだ』

 

 50年ぶりにバイツネード本拠地が露わになった日。

 

 10分足らずの戦闘によって要塞群が半壊したと同時に世界の軍事関係者へ緊急警報が流れた。

 

『世界の命運とやらを決める戦いくらい見せてあげなよ。人の世が滅びる様はいつでも人の心を打つ真に見るべき演目さ』

 

 白い少年は微笑む。

 

『ねぇ? フィティシラ・アルローゼン……神を討ち果さんとする罪深き君』

 

 3時間後、負傷者の救出と回復、周辺地域からの避難を行わせながら、全軍への即応シフトを敷いて現地に赴く事にした。

 

 速攻。

 

 被害が拡大する前に全てを終わらせる為、関係者には一晩不眠不休で働いて貰う事にしたのだった。


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