ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第140話「煉獄を裂く者達ⅡⅩⅢ」

 

 アルジャナ・バンデシスは葬式の最中。

 

 聖女の弔辞を読み上げた後、泣き顔を見せまいと一礼した。

 

 そうして親族達の拍手を受けながら退場し、最後の別れを終えた祖父の火葬現場に立ち会う事なくリーフボードに乗って巨大な宇宙開発事業体の本部基地内部へと向かった。

 

(御爺様。貴方の道はオレが、自分が引き継ぎます)

 

 聖女が到着した本部では当日にバンデシス老と呼ばれた男が車椅子に乗って死去した。

 

 大往生であったと多くの白衣の開発者達は語る。

 

 最後に彼が見ていたのはリセル・フロスティーナ。

 

 そう名付けられる事になっている聖女の座上艦を前にして逝ったのだ。

 

 穏やかな笑顔で瞳を閉じた老人を前にして歳も離れた者達は泣く者もあれば、笑顔で送り出してくれる者もあった。

 

 そして、彼の今の主である少女は深く一礼と共に「ご苦労だった」と一言を添えて、彼に一筆を渡して現場での仕事に取り掛かった。

 

 彼は祖父の遺体の処理を終えた後、三日の休暇を与えられたが、葬式が終わった時点で再び職務へ戻る旨を伝え、家族に祖父を託し、仕事現場へと戻った。

 

「お帰りなさい」

 

「クリーオさん。只今、戻りました。これより任務に復帰します」

 

 本部の正面玄関内のエントランスで待っていたクリーオにアルジャナが敬礼する。

 

「良かったのかしら? 御爺様との最後のお別れだったのでしょう?」

 

「あの方の言葉を聞いては戻らないという選択肢もありません。いつか仕事が終わったら必ず参ると言って涙を下さった。あの方の事を傍でお支え出来なければ、祖父に叱られてしましますから」

 

「そうですか。姫殿下は今、集めていたドラクーンとリバイツネードの最上位層。方々を連れて地下プラントにいます」

 

「目を通しましたが、例の計画を早速?」

 

「はい。どうやら中核戦力の増強を始めるようです。中央部に向かう前の最後の準備だとか」

 

「シュタイナル隊長は?」

 

「姫殿下に参加しろと言われてウィシャス様とフォーエ様と共に行かれましたわ」

 

「取り敢えず、戻った旨をご報告しなければ」

 

「ええ、こちらです」

 

 アルジャナがクリーオに導かれて本部地下の複雑に入り組んだ通路とエレベーターを使って数分も歩き続けると通路の先に広大な空間が見えて来た。

 

 凡そ300m四方はあるだろう大空間内部。

 

 ドーム状の場所には大量のドラクーンやリバイツネードの最上級職員達の姿が並んでおり、恐らくは2万人近い数が集結していた。

 

 壁面には大量の屋台らしきものが並んでおり、列に並んだ誰もがイートインスペースらしき場所で昼食を取っている。

 

「これは……」

 

「姫殿下が仕事前の景気付けだと用意したそうです。本部職員の手隙の方々に頼んだらしく。何だか不思議と郷愁を感じるような風情がありますわね」

 

 彼らが見たのは日本式の屋台だ。

 

 お祭り用のチープであるはずの飲食物が無駄に豪華だったり、景品や売られているモノの大半が極めて精巧に作られていて、日本のお祭りの屋台とは微妙に異なっているものばかりだ。

 

 が、物凄く金が掛った祭りみたいな感じに見えないのは屋台が木製だったり、聖女のプロデュースが昭和のノスタルジーを感じさせるような屋台を意図しているからだろう。

 

 会場の奥には登壇出来る広い舞台が用意されており、今は誰もいない。

 

「そろそろ始まります。上の方で見ていましょうか」

 

「え、ええ、それにしてもお祭りですか。いつの間に……」

 

「2日で姫殿下の号令の下に造られた簡易なものです。これから先は家族が死んでも戻れない旨、最初に言い渡されております」

 

「それほどの……姫殿下がそれ程に言われるなら、此処から先は……」

 

「ええ……」

 

 クリーオとアルジャナがドームの壁面内部の観覧席へと向かう。

 

 元々は実験場であるドーム内には耐圧耐爆耐侵食用の硝子を使った部屋が置かれており、実験失敗時にはシェルターになる事もある。

 

 VIP用のルームとして設えられた其処には部下達が大体集合しており、下の露店から買って来たのだろう食事やお菓子の空箱が大量に複数のゴミ箱の上まで積み上がっていた。

 

「う~~何かお祭りって感じがして美味かったぞ♪」

 

「良い味はしていましたね。まぁ、我らの主のレシピ通り作れば、こんなものでしょう」

 

 デュガがお腹をポンポン撫でながらノイテが口を拭いてやりつつメイド姿のアテオラ達と共に最前列の席に座っていた。

 

「西部の方々も合流したのですね」

 

「はい。遂二時間前に仕事が終わったとの事で」

 

「ウィシャス様とフォーエ様は下の会場ですか?」

 

「ええ、シュタイナル隊長を伴って最前列の方へ」

 

 ドーム内に5分後までに隊列を揃えるようにとのアナウンスが掛かる。

 

 大急ぎで食事を終えた者達がゴミ箱に列を為して、次々に疾風のように整列していく様子はまるでマスゲームでも見ているかのようであった。

 

 そうして、最後の1人が列に並んだ時。

 

 何の訪れの予兆もなく。

 

 檀上に背後の舞台裏から少女が歩いて来る。

 

 そして、中央に立ち。

 

 ただ自分の部下達を見つめ、瞳を閉じた。

 

「よろしい。覚悟は出来ているようです。では、まず結論から言いましょう」

 

 法衣姿の少女は背後からやって来た白衣の職員に法衣の上着を脱いで預けた。

 

 下は黒のスウェットのようで肌に張り付いて半袖に半ズボンのスタイルだ。

 

「今のままでは貴方達に任務を任せられなくなりました。わたくしが戦うべきは“天”だからです」

 

 その言葉でどういう事かと怪訝そうな顔をするドラクーンもリバイツネードの者達もいない。

 

 ただ、その言葉を前にして溜息を吐くリバイツネードの局長と最上級局員以外の全ての人員が顔を真っ青にしたくらいだろうか。

 

 精神的な強さで言えば、やはりドラクーンの方が一枚上手かもしれない。

 

「具体的には無数の無限に広がる星座よりも、今では一般的にも広いと言われる星雲よりも、この星から観測出来る“全天”よりも大きいか。もしくはそれに近しい物体だと考えて下さい」

 

 誰もが息すら飲まなかった。

 

「生憎と今のままでは敗北の確率は常に100近いです。まぁ、わたくしの命を燃やしても高が知れているでしょう。だから、貴方達には強く為って貰わねばならない」

 

 少女が地表に降りる。

 

 それと同時に並んだ男達の左手に台座が次々にせり上がり、丁度聖女当人が付けている翡翠色の機会端末らしきものが内部から押し出されて目前に示された。

 

「遺伝的な優位性と同時に実戦経験も大陸では貴方達が最優。ですが、それと共に新たな力を授けます。勝ち取れるかは皆さん次第な代物ですが、わたくしがここ数日、多くの協力者達と共にオリジナルを複製したものです。どうぞ付けて見て下さい」

 

 一糸乱れぬ統率で彼らが大型のスマホのような端末を腕に装着する。

 

 翡翠色の細いダイヤ型の結晶らしきものが僅かディスプレイの下に煌々と光を帯びて煌めくのが誰の目にも見えた。

 

「蒼力と対を為すドラクーンの力として緑炎光を技術的に再現し、同時にまたアウトナンバーに働く邪悪なる存在の意志を排除する事に成功しました。ですが、それは完全なものではなく。人間の悪しき心や弱さに浸け込む形でソレは貴方達を支配しようとする」

 

 浮かび上がる翡翠色の輝きが端末のディスプレイから浮かび上がる。

 

「貴方達にはコレを扱えるようになって貰います。ですが、時間はありません」

 

 初めて彼らの端末に示されたのは日程だった。

 

「わたくしが出来る事を一日でしろと言っても無理なのは確実。故に此処に1日間、隔離すると同時に内部の時間を加速し、10年の時間を与えます」

 

 男達が何も言わずにその声を受け入れる。

 

「自在に扱えるようになった者から順次、この空間を抜けられる仕様です。ただし、無補給の為、事実上は10年は無く。無制限の時間はありません。貴方達が死ぬまでがタイムリミットという事です」

 

 その言葉にもうリバイツネードの猛者達も動じる様子は無かった。

 

「助言しましょう。考えたところで結果は変わりません。そして、迷い悩み、その己の弱さを受け入れる事です。その上で強かに生きる。人の弱さは人の強さなのだと理解した者から、その力は本当の意味で貴方の血肉となるでしょう。創意工夫と叡智を用いた時、如何なる火だろうと人の手は形と為す。では、訓練を開始します」

 

 少女が指を鳴らしたと同時に少女と共に全ての人員を呑み込むように緑炎光がドーム内にドームを形成する形で半球状の壁を生み出した。

 

 それを見ていた者達は僅かに驚くと共に感じていた。

 

 少女は今、本気で命を賭けて部下達を鍛えているのだと。

 

 人の生き死にだけの事ではない。

 

 内部に当人がいるという事はその時点で訓練が想像を絶するものである事を示している。

 

「なぁなぁ、1日で10年過ごすとか。この時点で婚約者十年ほったらかしなんじゃ?」

 

「それは言わないお約束でしょう。我々が巻き込まれないという事は“そういう事”ですし」

 

「姫殿下~~うぅ」

 

 デュガとノイテが平然としている横ではアテオラが十年も離れるつもりになっていた少女の覚悟に涙しており、よしよしとイメリが慰めていた。

 

「ひ、姫殿下……お覚悟していたんですね」

 

「自分で鍛えると言い出した以上は死人が出ても止める気はないという事だろう」

 

 西部王家の兄妹達が光のドームを見やり、拳を握る。

 

「自分はまだ実力不足、ですか。情けない限りです」

 

「私も同じですわ」

 

 クリーオとアルジャナがあの中にいない自分を再び鍛え直さなければと胸に刻む。

 

「あ~む。ん、ん? フェグも行く~~~~!!?」

 

 今まで彼らの横で露店から買って来たブツを食べまくり、空箱を増産していたフェグが夢中になっていた料理を思わず取り落として、ダダダッと部屋から出て行き。

 

 すぐに光のドームに外から飛び込んでいった。

 

 それを見ていた全員が苦笑している横。

 

 神様達と共に座敷でTRPGに勤しんでいた朱理がチラリとガラス張りの窓の外を見てからゲームの駒の方に視線を戻す。

 

「行かなくていいでごじゃ~?」

 

「いいんだ。だって、シューはいつだって帰って来るもん。きっと……」

 

 ごじゃる幼女系神格が首を傾げ、黒猫が駒を動かして探索しつつ、会話を成り立たせる為の大量の会話チャートの入ったPCを尻尾で打つ形で次々に傍の電光掲示板に言語を表示する。

 

「お腹空いたら戻ってくる?」

 

「マヲー」

 

 一声啼いた黒猫はボリボリと横にある皿からクッキーを片手で取りつつ、振り返りたそうな姉妹達に肩を竦めるのだった。

 

「フン。せやな。解っとる」

 

「おねーちゃん……」

 

「ウチらは自分に出来る事しとったらええねん」

 

「うん……」

 

 こうして、一日が経つよりも先。

 

 数時間後に少女が解れた髪もそのままにヨロヨロ光の壁から出て来たのを彼らは見た。

 

 そして、号令と共に詰めていた医療班が大量にドーム周辺に展開される。

 

 すると数秒単位で次々に怖ろしい程に疲弊し、骨と皮だけのような有様の者や両手両足、胴体の何処かしらを欠損したり、人間には見えない人型の者達が次々にドーム内から出て来る。

 

 それをストレッチャーに乗せた医療班が次々にドラクーンとリバイツネードの猛者達に応急処置した後、そのまま医療設備の整った医療棟へと彼らを運んでいく。

 

「戻ったぞ。ホント、懐かしい気分になるな」

 

 入った時と同じ姿のまま。

 

 衣装が煤けた主を見て彼らがホッとしたのは間違いない。

 

「……ごはん」

 

 誰もが働きを労う中。

 

 そうポツリと声が響いて。

 

 涙目になり掛けた朱理がもう一度大きな声で叫ぶ。

 

「ごはん作って!! シュー!!」

 

「解った。今日の夕食はオレが作ろう」

 

 それに屈託ない笑顔で頷く様子を見て、婚約者陣は思う。

 

 これには勝てそうに無いと。

 

「二時間くらい寝かせてくれ」

 

 そう言って、ソファーに身を横たえた少女が瞳を閉じて寝息を立て始めるとよくよく彼らは少女が苦労したのだろう事を見て取った。

 

 肉体のあちこちには打撲痕やら火傷やらが治りつつある。

 

 どんな事をすれば、今の少女に傷を付けられるものか。

 

「ご苦労様だぞ。フィー」

 

「そうですね」

 

 メイド2人組みが眠った少女の上に毛布を掛けて、調理場の準備に出た。

 

 下から聞こえて来る戦場のような治療中の人々の喧騒が大きくなっていく。

 

 他の者達もまた主が起きる前にやっておくべきだろう事を各々やり始めた。

 

「お、遅れました。姫殿下はお戻りですか!?」

 

 そこにエーゼルがやってくる。

 

 そして、傷が治りつつある煤けた少女を見付けて、深くご苦労様でしたとお辞儀すると持って来たデータ入りの小型端末をソファー横のテーブルに置いて、再び研究施設へ戻っていった。

 

「ただいま」

 

「今、帰りました」

 

「帰還しました」

 

 そこに帰って来たのはウィシャスとフォーエとシュタイナル隊長の三人だった。

 

「お~~煤けてる。どうだったー?」

 

 デュガの言葉に三人が顔を見合わせて両手を上げる。

 

「お手上げ?」

 

 首を傾げる面々にウィシャスが息を吐いて頷く。

 

「この星系よりも大きな敵やら惑星を破壊する攻撃が雨霰と降って来るわ。死んだら死んだで蘇らせられて何度でもリトライさせられるわ。はは……僕やフォーエ、フェグはともかく。他は精神が一気に老けたんじゃないかな」

 

 その言葉に彼らは数時間が数年以上だったのだろう内部の光景を想像して、厳しい主の洗礼に耐え切れた者は何人残っているのだろうかと思考する。

 

「4分の1が脱落。彼らは地球残存組。要は護りの要に回される事になるね。残りで宇宙開発に宇宙進出かな」

 

 フォーエがソファーに座って、ちゅーっとストローでカフェ・アルローゼンを吸い始める。

 

「それはアレだな。で、フェグは?」

 

 デュガが訊ねる。

 

「ああ、彼女なら自分の気に入った人達を纏めて殿を受け持ってくれてる。内部で最後に撤退戦の演習をしてて、最後に時間の檻が消えるまで戻ってこないと思う」

 

 いつの間にか。

 

 完全に戦闘要員として定着したフェグは常のダラダラしながら主の頭に顎を載せている印象が大きい為、誰一人として真面目な様子を思い浮かべられなかった。

 

「はぁぁ、青春と若者の時代を全部姫殿下に捧げた気分だ」

 

 シュタイナルの言葉にクリーオがご苦労様と労いつつ、カフェ・アルローゼンを渡す。

 

「それにしても死んでも蘇るとか。どういう訓練だったのです?」

 

「文字通り、頭部以外は完全に消滅したり、バラバラになったり、死亡判定されるまで訓練されたよ。頭部さえ残ってれば蘇らせてやるって姫殿下のお言葉に頭部だけは死守して敵と戦い続けたんだ」

 

「それは……」

 

「無補給で蒼力を使い続けて人員をローテーションしながら互いに生命活動に必要な物質を体内で再構築。代謝で出されるものを更に肉体へ還元。蒼力の使い方がどれだけ下手な人も頭さえ残ってれば肉体は再生しつつ、エネルギーを使って物質を補填する……あるいは質量からエネルギーを取り出して質量がある限り、死なないくらいの階梯には到達した」

 

「つまり、ゼド機関さえあれば、死なないと?」

 

「頭部さえ残ってればだ。これでほぼ不死身の軍団の出来上がり……でも、これですら姫殿下の考える最低限らしい」

 

「これから戦う敵はもはやソレですら勝てないのですね……」

 

 クリーオに青年がグッタリしながら頷いた。

 

「不死身程度じゃ絶対に勝てない規模と能力を備えた数百種類以上の仮想敵と戦わせられた……ソレを倒せるようになるには時間も手札も足りない。でも、それ相手でも生存し、情報を持ち帰り、必ず倒すまで足掻ける力……姫殿下は人類の粘り強さと諦めの悪さの具現としてドラクーンを使う気だ」

 

 その言葉に誰もが次なる敵の強大さを思った。

 

 結局、力不足であっさりと人間は死ぬという現実を前にして限界以上に鍛える事で人類を生存させようという思惑が理解出来る辺り、彼らも毒されているという自覚がある。

 

 だが、それを現実にする為に今も眠る少女が何を支払い。

 

 どんなものを背負って戦い続けているものか。

 

 想像すら出来ない程に彼らの先を征く背中が消えないよう。

 

 自分達もまた走らねばならないと誰もが胸に刻むのだった。

 

 *

 

「ただいまー」

 

 事前に用意していた料理や菓子の類を本部の巨大な厨房から出来立てで各訓練開けのドラクーンに配送、手配して帰って来るとフェグも戻って来ていた。

 

 光のドームはすっかり解消されている。

 

 残されているのは治療中だったり、急速に回復しながらガツガツと食事をしているドラクーンの部隊ばかりだ。

 

 訓練という名の死闘を終えた彼らはしばらく抜け殻みたいだろうが、数日もすれば、肉体も万全で使い物にはなるだろう。

 

「ほら、約束のものだ。味わって食えよ」

 

「っ!!」

 

 フェグがブンブンと頷いてから料理を大量に並べた長いテーブルへと驀進して、すぐに椅子に腰掛けてフォークとナイフを持ってがっつき始めた。

 

 VIPルーム内では色々やって疲れた仲間達が雑魚寝する一角があったり、シャワーを浴びている女性陣が隣室のバスルームにいたりだ。

 

 男女別に使える場所も揃えていたので互いに問題を共有しつつ、対処出来る下地は整った事だろう。

 

 明け方の冷えた空気は此処に無い。

 

 次なる準備に向けて段階を踏んだに過ぎないからだ。

 

 バクバクと料理を味わっているフェグを後ろにして雑魚寝中の朱理の頭を撫でて、静かに部屋を後にする。

 

「エーゼル」

 

 本部内の研究施設内部に続く通路で早歩きのエーゼルを見付けた。

 

「あ、姫殿下。もう大丈夫なんですか?」

 

「ああ、昨日一日ゆっくりさせて貰った。今日からは仕事に復帰する。それでエメラルド・クオーツの量産はどうだ?」

 

「あ、はい。マガツ教授が姫殿下の言っていた方法でクオーツを効率良く生やす方法をさっそく見付けてくれて、ゼド機関のエネルギーを大量に使えば、言われていた予定分は恐らく三か月で増産体制が整うかと思います」

 

「ああ、頼む。こっちのオリジナルのタブレットから欠片だけで再生させてみたが、やっぱり工業的な生産ラインが無いと増やせても加工に手間が掛かるからな」

 

 エメラルド・タブレット。

 

 例の新型の量子コンピューターを用いた端末。

 

 それを数日で量産出来たのは自分の能力が飛躍的に上がった上に現物となったソレを能力で複製する目途が立ったからだ。

 

 翡翠色に今や輝くようになったソレは怪物卿が遺してくれた超重元素のクリスタルを融合した事で再生すら可能な機械というよりは時空間の特異点的な何かになっている。

 

 エネルギーで再生させる事で無限に増やせる事も確定している為、それの機能を解析しつつ、欠片から劣化品のクリスタルを再生産する計画を遂行中だ。

 

 原子というのは大抵はその殻に力が存在しているものであり、超重元素製のクリスタルはエネルギーから質量の殻を複製し、同種類の元素を生成する機能がある事が確認された。

 

 事実上はエネルギーから質量を作り出す事が可能になったという点において極めて人類史に残る画期的な事実である。

 

 事実上の無限機関であるゼド機関から受け取った電気エネルギーを蒼力に変換する事でこの世にある四つの力其々に対応した現象を出力可能になっている。

 

 この組み合わせにクリスタルを用いた原子生成機能、原子分解機能を自分で使えるようになったのも大きく。

 

 2万人よりは少ないが自分に近い能力を使える人物の量産も終わった。

 

 つまり、此処からはとにかく規模の拡大と再生産が必要だ。

 

 その為には超重元素製のクリスタルであるエメラルド・タブレットの劣化再生品であるエメラルド・クオーツを効率よく工業的に増やして機械に搭載する必要があったのだが、生産用基幹システムの構築は恙なくニィトにいるマッドな教授がやってくれたらしい。

 

「その方法で他の超重元素製のクオーツは量産出来そうか?」

 

「はい。多少時間は掛かるかもしれませんが、基礎的な技術は確立されていますから、数か月以内には他のクリスタルのクオーツも量産可能になると思います」

 

「それは良かった。重力に関する知見も理解出来たか?」

 

「あ、はい。姫殿下が書いて下さった概念図を具体的な数式や関数に落とし込む作業に苦労しましたけど、博士達と一緒の実験が終われば、言われている事の正しさは実証出来ると思います」

 

 万能の理論。

 

 大統一理論。

 

 これに何だか体感で会得した能力が近い性質を持っているらしく。

 

 色々と具体的な示唆と共に大雑把な理屈をマッドや一部の研究者達に開示したのは戻って来てから真っ先にやった事だ。

 

 その中で最も進展したのは重力の正体だ。

 

 あらゆる物体に働く重力。

 

 そして、ダークマターとダークエネルギー。

 

 これらへの示唆である。

 

 これに付いては最初から取っ掛かりの部分をゼド教授が作っていた為、理論の完成はこちらの情報が伝わって数時間後には終わっていたらしい。

 

 重力とはざっくりと言ってしまえば、光で観測不能の極小領域において量子的な振る舞いをする物質が量子テレポート効果、量子ワームホール効果と呼ばれる転移現象に晒される際に現在次元から見て低次元領域に近い場所に引き摺られる現象だ。

 

 重力が物質の大きさに比例して大きくなるのは密集した現象が現実で形を取る際に特異点化した低次元、三次元及び四次元よりも低い二次元や一次元、2.5次元のような低次元へ次元下降現象の結果として集約されているからである。

 

 これはブラックホールが低次元に続く低次元平面と呼べるような場所まで物質を引き寄せる事と同種の現象であり、次元下降現象はあらゆる物質に対して働く。

 

 これは高きが低きに流れるように現在の次元から見て安定次元となる低次元へ物質が誘因されているから起こるものだ。

 

 ダークマターとダークエネルギーの殆どはこれらの低次元への物質誘因現象と関連していて、その作用は重力の過多が光学観測不能の系でしか理論展開出来ない事から観測出来ない。

 

 重力と呼ばれていた現象に重力子が存在しない事が立証された上に量子的な現象が宇宙規模での物質的な次元下降現象とその反動で動いてると知れば、現代の科学者達はひっくり返る事だろう。

 

「超重元素製のクオーツで量子テレポート効果の集約が出来れば、恐らくは低次元観測方法が確立可能だと思われます。勿論、ワームホールの生成も恐らくは……実証まで必ず漕ぎ付けるはずです」

 

「期待しておく。だが、それよりも何よりも体を壊さないようにな」

 

「あ、はい……で、でも、ちゃんと寝てますよ?」

 

「寝てるってのは考え事をしながら目を閉じる行為じゃないぞ?」

 

「っ、は、はぃ……」

 

 エーゼルの前に特性のナッツ類と干した果実を用いたヌガーを入れた包みを渡す。

 

「甘い匂い……お菓子ですか?」

 

「朝飯だけじゃ足りないだろ。ソレ食べたら少しお茶をして、優雅に研究してくれ。あのマッド連中みたいに閃きだけで世界を滅ぼせるようなのにならないように、な?」

 

「あ、は、はぃ」

 

 エーゼルがちょっと困った笑みになる。

 

「クオーツの量産が可能になれば、全ての機械に組み込める。制御系の設計が済めば、時空間制御システムの現物をネットワーク状に星系へ張り巡らせられる」

 

「防衛圏の構築は此処から、なんですね」

 

「ああ……人類を救えなんて言わないから、自分の家族や職場の同僚の顔を思い浮かべて仕事に励んでくれ。人間、その程度の背負いものが一番だ」

 

「ふふ、人類を丸ごと背負おうという人の言葉とは思えませんけど?」

 

 思いがけず笑われてしまった。

 

「そこは曖昧にしておいてくれ。オレが人類じゃなく。単なる傍にいる美少女や気の良い男連中の為に仕事してると知られたら、大勢からお叱りを受けるからな」

 

「……はい。秘密にしておきますね♪」

 

 久しぶりに心の底からの笑顔を見れた気がした。

 

『………』

 

 ちょっと額に汗が浮く。

 

 ゆっくりと後ろを振り返ると角の先から数名の女性陣の引っ込む様子が見えた。

 

「?」

 

「何でもない……」

 

 前途多難。

 

 エーゼルを研究施設内部へと見送って別れ。

 

 何故かジト目で見られているような錯覚ではないを覚えつつ、バンデシスが最後に遺した艦のあるドック内に向かう。

 

 すると、数名の白衣の研究者達が待っていた。

 

「お待ちしておりました」

 

「二時間前から待っていられるとこちらも畏まってしまいます。どうか、体に気を付けて……」

 

「ッ―――ありがたきお言葉!!! 我ら一同感激しております!!」

 

 何故かブワッと涙目の研究者達にウンウン頷かれる。

 

「それで? いつまでに飛べそうですか?」

 

「出港準備が整えばすぐにでも!! ですが、姫殿下が新たに下賜されました例の理論による時空間制御用のシステムを組み込むとなると3ヵ月はどうにも……」

 

「目下、全力で工業ラインと生産体制の構築を進めておりますが……」

 

「ゼド博士以下。あの方々の中枢設計待ちとなっております」

 

「そうですか……関連部品及び艤装の見直しは?」

 

「この時点で本艦の艤装は最新鋭でしたが、改修案を全て終えるにはどうにも3ヵ月は物理的に不可能かと」

 

「他の戦時量産体制用の工業団地は確保されており、リージ閣下の号令の下に構築を開始している防衛計画用のラインに更なる改良と増設を加えている途中であり、安全性が確保されるまで……恐らくは半年程……」

 

 やはり、数か月は身動き出来ないらしい。

 

「解りました。では、わたくしはそれまでに地表の問題を片付けておきましょう。全館のシフトを緊急動員にして下さい。専用の薬剤の配布を行います。これより絶対防衛圏構想終了までの3年間……人間らしい生活を控えて頂く事になりますが……どうかお願いします」

 

 こっちの無茶ぶりに何故か白衣達が物凄く喜悦満面で嬉しそうなアルカイック・スマイルだった。

 

「喜んで!!」

 

「勿論です!!」

 

「聖女殿下の御為ならば!!」

 

「絶対に成果をご覧に入れます!!」

 

 思わず顔が引き攣りそうだったが、取り敢えず次のリセル・フロスティーナを見やる。

 

 大気圏外での活動用にバンデシスが最後に遺した船は正しく宇宙戦艦。

 

 だが、火砲も付いていなければ、艦橋も見えない。

 

 剣のように優美な曲線と鋭利さを持つ芸術品のようだ。

 

「わたくしに出来る事は多くありません。ですが、彼の遺した意志にわたくしもまた共に自らの全てを投じましょう」

 

 エメラルド・タブレットの一部を片腕で千切り取る。

 

「?」

 

 首を傾げる白衣達の横を抜けて艦の傍まで行って欠片を押し付ける。

 

 コォーンという済んだ響きと共に船体を瞬時に塗り替えるようにクオーツが侵食し、船体の内部構造をそのまま分子構造をクオーツとの合金へと変化させていく。

 

 煌々と輝き出す装甲は淡く。

 

「―――姫殿下!? これはまさか!?」

 

「クオーツの量産を待っていては手遅れになる可能性もある。量産体制が取られる前に全ての艦をわたくしの手で幾らか改修しましょう。艤装の方はよろしくお願いします」

 

「お手間をお掛け致します!! 本部総員の力を以て必ずや期限までに間に合わせます!!!」

 

 クオーツの量産にはエネルギーがいる。

 

 だが、ゼド機関を小指にしてからはエネルギーを継続して生み出すだけならば無限だ。

 

 指の内部に蓄えていたエネルギーの数%を使ったが、艦はまだまだある。

 

 大陸の質量を全てエネルギーにして蓄えている現状。

 

 足りなくなったら、そっちにも手を出す事になるだろう。

 

 翡翠色が混じり合う不思議な光沢になった船体を眺めながら、外に向かう。

 

 仕事は尽きる事も無さそうな程に宇飛ぶ船は大量に屹立しているのだった。

 

 *

 

「ミクス」

 

『何だ?』

 

 獣形態の緑炎光と蒼力の申し子が今日一日山間部で駆け回って戻って来た本部の野外で尻尾をフリフリさせながら船を眺めている様子は基本的に威容だ。

 

 ついでに聖女の番犬だとか何とか人々に説明していた仲間達のおかげで怖がられてはいないが近付く者も無い。

 

「今度、遠出する時に付き合え」

 

『構わない。楽し気に奔れるところならば』

 

「勿論、走らせてやる。ついでに遊びも用意しておこう」

 

『随分と気前の良いご主人様だ』

 

 獣が笑う。

 

「それまでお前の訓練相手を用意した」

 

『訓練?』

 

「人型との戦い方を覚えろ。その代り、訓練終わりにはお前用のオレが作った食事を用意してやる」

 

『食べる事は必要としないが、まぁいい』

 

 言っている間にもクリーオとアルジャナとシュタイナルがフェグと一緒にやって来た。

 

『こいつらと?』

 

「殺すなよ。それと攻撃する時は頭を噛み千切ったり、喰い潰したり、磨りおろす以外にしろ。そう簡単に死なないように鍛えてある」

 

 かなり血の気がひいいたクリーオとアルジャナ。

 

 それからゲンナリした様子のシュタイナル隊長である。

 

「後は任せた。時間は今日の夕方までだ。休みたくなったら終わりにしていい。武器は無しだ」

 

『じゃれるのには丁度良さげだ♪』

 

 フェグが気の抜けた顔で今朝の食事の余韻に今もふにゃけているが、まぁ大丈夫だろう。

 

 後をシュタイナル隊長に任せつつ、現場を後にする。

 

 背後からはさっそくわーわーきゃーきゃーと爆音やら衝撃音が聞こえて来ていた。

 

 それを置いて屹立する翡翠色が混じるようになった塔の林を抜ける。

 

 すると、本部の玄関口で人影が数名の人物達と共にやってくるのが見える。

 

 相手は老女だった。

 

 だが、見覚えがある。

 

「お久しぶりですね」

 

「……ライナズ閣下と結ばれたそうで」

 

 メイヤ姫。

 

 北部諸国において開発の始りとなった国の姫は今や立派な女王だと言う。

 

 腰入れ後、祖国をヴァドカと統合した後も王族の名を残す目的で王家を二つに分けて、婚姻しているライナズと共に二つの王家を子供達に受け渡す事で統治したのだと言う。

 

「あの人の貴女への執着で幾ら夫婦喧嘩した事か。察して頂けますか? 姫殿下」

 

「それは申し訳ない事をしました。それで今日は予定が入っていなかったという事は緊急の?」

 

「ええ、夫は貴女の為に【自分は老体じゃない!! 御老人と呼んだヤツよりは仕事をしているからな!!】と諫める声も聞かずに仕事で奔走中です」

 

 かなり根に持たれているらしい。

 

 ジト目のメイヤはあの頃よりも何処か泰然としており、女王の風格が確かにある。

 

「後で何かご自愛出来るような類のものを届けます」

 

「火急の用である為、此処で」

 

 頷くとメイヤが仕事モードに入った様子でスーツ姿の胸元から一枚の写真を出して見せてくれる。

 

「これは……新しい石板?」

 

「北部で発掘中だった遺跡から出て来ました。北部でバルバロス達に占領されていた地域の一部から出土したもので先日、不動将閣下から齎された新しい解読方法を使ってすぐに解析した代物です」

 

「……月下の星は不滅の柱なり。星の芯にまた神滅ぼす力有りて、一対となる運命の輪は剣と共に永久の果て至るまで神を脅かさん」

 

「さすがです……」

 

「成程、この後に及んでまだ新事実が出て来ると。そうなると嘗て神が結局、この星を握り潰しても滅ぼせなかった理由が存在する事になる。月と共に大地もまた鍵であると」

 

「詳しい事は分かりませんが、夫はすぐに知らせろと」

 

「そうですか。本当に火急の要件なようです。新しい仕事が出来ました。これで失礼します。それと五十年間、北部での舵取り、ご苦労様でした。貴女が彼と共に舵取りしてくれたおかげで北部は随分と住み易い様子なのは見れば解ります。仕事が終わったら何れお茶でもしましょう」

 

「楽しみにしていますよ」

 

 言っているとゾムニスが玄関口からやってくるのが見えた。

 

 無名山に向かわせた部下達との連絡と同時に突入ルートと退路を確保して貰う為にずっと大陸中央に出張中だったのだ。

 

 頭を下げたメイヤが苦笑しつつ頭を下げて部下を連れて消えていく。

 

 途中、互いに頭を下げた2人が擦れ違い。

 

 ゾムニスがこちらにやって来た。

 

「どうだった?」

 

「部下に損害無し。予定通りだ。だが、内部への侵入経路については新しいものを見付けて来た」

 

「新しいの?」

 

「ああ、中で話そう」

 

 同時進行する仕事は増える一方。

 

 月とこの星の中央に何か埋まっていると言われている以上、良く事は確定だが、普通の方法では辿り着けないのは確実だ。

 

 色々考えつつも、まずはアニメ張りに地底探検用の車両をまたマッド達に発注する事にして、ゾムニスと共に屋内に向かうのだった。

 

 *

 

「なるほど? つまり、無名山は蒼力ですらない概念的な力を利用しているんじゃないかって事か?」

 

 本部の一室でゾムニスから報告を受けていた。

 

「ああ、そうとしか考えられない。少なからず物理法則に準拠しない強制力のようなものがあるのはほぼ確定だと思う。それが実際にどんな技術や力なのかはこちらからは分かり兼ねる。ただ、オブジェクトと言うらしい」

 

「……蒼力でも物理法則でも無さそうな力、か」

 

「あるいは我々がまだ見付けていない知識や技術の体系かもしれん」

 

「解った。レポートは呼んでおく。そっちは部下に気を配っておいてくれ」

 

「抜かりなく。今は定時観察中だ」

 

「……悪いな。貧乏くじを引かせて」

 

「死んでもあいつらが君を恨む事は無い」

 

 現在、ゾムニスの部下は敵地への潜入後に何らかの処置が施されていないかを確認する為の一定期間の観察待機に入っており、外国籍の船や積み荷の検査と同じように時間を置いている。

 

「技術体系。道具……例の西部の連中が使っていた時空間制御用の砂時計みたいなもんか。いや? これを見る限り、諸々のおかしな事象も大量に観測してるのか」

 

「ああ、物品だけではなく。おかしな場所や時間帯でも色々と。幻想のような光景、物理的に在り得ない事象、それらを利用している無名山側の部隊もいた」

 

「潜入部隊の方は?」

 

「残念ながら……山体に張り付いている街から続く城塞内だと思われる。空間的に連続していない場所に監禁されているか。もしくは……」

 

「解った。こちらで対処しておく。一ついいか?」

 

「?」

 

 ゾムニスを見やる。

 

「お前の……」

 

 腕でゾムニスの顔面横を抉り抜く。

 

「―――」

 

「横にいる。こいつは何だ?」

 

 ゾムニスが瞳だけで横を見る。

 

 こちらが貫いた影のようなものが物理的に観測出来ただろう。

 

 瞬時に飛び退いた。

 

「すまない。泳がされていたらしい」

 

「大丈夫だ。今解析してる……単なる影? だが、実態として影が物理事象が無いのに見えるし動く。確かに概念的なものかもしれないな」

 

「はは……それを貫ける君がいたのがそいつの不運か」

 

 拳銃を取り出して影に向けるゾムニスを横に貫いた片手を通して相手の実態を感じてみる。

 

「……高次元から折り畳まれてる事象の投影に近いか? 物理事象的な影ではなく。高位の次元から投影されている影。次元が違う世界から一方的に観測してるのはあの神様連中みたいなのの十八番かと思ってたが……」

 

「神のようなものを相手が使って来ていると?」

 

 腕を力ませるとパンッと影が破裂した。

 

「どちらかと言えば、あの黒猫モドキが使うような力、次元に干渉する力の超絶劣化版だな。恐らく観測用の高次に干渉する道具の類だ。蒼の欠片みたいなもんだな」

 

「無名山……どうやら手強い相手のようだ」

 

「まぁ、この程度の存在なら今の上位のドラクーンなら観測も排除も可能だ。後でドラクーン用の薬剤を飲んでもらうが、いいか?」

 

「是非も無い。付いて行くのに必要なら使うとも」

 

「それにしても筒抜けか。この片腕のおかげで完璧な情報なんて持ってかれてないだろうが、恐らく仕掛ける期日は見抜かれたな」

 

「すぐに行くか?」

 

「いや、相手に準備させよう。その上で叩き潰す事にする」

 

「はは、怖い話だ」

 

「これがもしも相手を殺す類の力ならお前らはとっくの昔に死んでる。基本的に危険は排除。制御下におけるものは制御下に置く。そうしないとまともに宇宙へ出かけられないからな」

 

「汚名返上は無名山への突入時に晴らさせてくれ」

 

「突入になるか微妙になったがな。逆に押し掛けて入れろと言う事に為る可能性も出て来た。とにかく、ご苦労だった」

 

 ゾムニスに異常が無いかと入念に確認してから予防措置的にエメラルド・タブレットで周辺に怪しいものが無いかを観測しつつ、部下達も自分の目で確認する事にして、イソイソと早足にする。

 

 途中、黒猫を見掛けたが、ゲーム中でそっちに意識を割いている様子なのを見て、先程の影が気付く必要すらない相手だった事を確認。

 

 しばらくは重要拠点の観測と敵の目の排除に全力を注ぐ事にした。

 

 *

 

―――同時刻【無名山】山城の一角。

 

「ぐあぁああああ゛あああ゛あああ゛ああああああああ!!!!?」

 

「ぁあああ゛ああああ゛ああああああ!!? あぁああああ?!!!!」

 

 仄かに緑炎光の幾何学模様が壁に浮かび上がる石材製の一室。

 

 2人の男達が絶叫して、絶命一歩手前の状況で血の泡を吹いて穴という穴から流血しながら撃ち上げられた魚のように専用寝台の上でのたうち回り、次々に心停止。

 

 心肺蘇生と同時に治療を行う医師達が慌しい様子で行き交う部屋から数名の男女が通路へと出て苦々しい顔をしていた。

 

「気付かれたな……」

 

「ええ、十中八九間違いなく」

 

「それも情報精度が途端に落ちてからはほぼ何も分からなくなった」

 

「見えたアレ……何だよ。あんな、あんなの……燃える三つの瞳に……」

 

「我らの緑炎光にも似ているが違う光も見えたな」

 

「聖女……白く歪む翡翠と黒色の力を纏う者。燃える瞳を背後に持つ何か」

 

「神だとでも言うのか? 例の四つの力とやらと同質以上の何かだと?」

 

「44030は破壊された。もうこの手は使えない。同様の道具が無い事も無いが、更に犠牲者を増やす可能性すらある」

 

「まだ、死んでないけどな」

 

 数名の男女には少年少女も混じっている。

 

 だが、彼らの顔は一様に暗い。

 

「候補者から新たに選抜はしないと?」

 

「意味が無い。恐らくは次から対策される。情報の隠蔽ならまだしもガセネタを掴まされても困る。解ったのは突入してくる日付が近い事と奴らの練度が我らを遥かに超えている上に規模も上回っているという事実だけだ」

 

 周囲の老若男女が重い沈黙に陥る。

 

「先日、お前が見て来た聖女の話をしてくれないか? ゲーゼル」

 

 リーダー格らしい40代の白髪の男が50代の亜麻色の髪を乱雑に後頭部で一つ縛りにした男に訊ねる。

 

 その男の顔が一気に渋いものとなった。

 

「お山はたぶん一撃持たない。無論、外部からの攻撃にほぼ無敵とも思える質量を備えていても尚だ。地下が露出すれば、アレを使えるが、それも持つのかどうか。そもそもアレで戦闘態勢を取れば、あちらは完全に敵へ回るだろう」

 

「結局は質量を削り尽くす攻撃力に抗えないか……」

 

「だが、前回の東部での状況を見た限り、あちらがオレ達を諦めれば、殲滅は確実だろう。艦砲が束になれば、数刻も持たず、瞬時に山は削り切られる」

 

「だろうな。大陸とも呼ぶべき質量を消し飛ばす個人に艦の群れを前にしては我らに出来るのは散発的な奇襲や市街地戦だが、奴らがこの地を諦めれば、そのまま蒸発する事になる」

 

 ゲーゼル。

 

 そう呼ばれた男が白髪の男を見やった。

 

「ラベナント。ハッキリ言うが、世界を滅ぼせるのはお互いに同じだ。そして、どちらも使えば、やはり我らは滅ぶ。協定や条約の模索が必要だ」

 

「……奴らは我らを危険視している。そして、東部の皇帝が倒れた。となれば、我らの力の源たる緑炎光は殆ど意味が無いだろう」

 

「解っていた事だ。あの皇帝が門となった事はこちらも観測していた。だが、それの反応が消えた今、ソレですらも奴らは倒せるという事実しか手元にない」

 

「そして、唯一対抗出来そうな手札は世界を滅ぼすものばかり。相手を怒らせてもお終い。つまり、対抗出来る力を全面的に押し出しての交渉。これが我々の唯一の道だ」

 

 ラベナントと言われた男が白髪を片手で掻いた。

 

「………001-Aを起動する。O5-2に許可を取ろう」

 

『!!?』

 

 その場の誰もが固まった。

 

「い、いいのか!? ラベナント」

 

「そうよ!? アレは……我々の手には負えないって結論が出たじゃない」

 

「制御出来るのか? いや、制御が可能だと思うのか? それに内部のオブジェクトが破損時に流出した場合、大規模な収容違反の可能性も……」

 

「賭けだ。だが、分が悪いとは思わん。問題は相手との交渉において我々を暴発させない最低限の条件を相手に呑ませる事だ」

 

 その場の男女が難しい顔で黙り込む。

 

「相手もお山の地下には興味があるだろう。問題はタイミングと現実として聖女を納得させられるかどうかだ」

 

 そこでゲーゼルが手を上げる。

 

「何かあるのか?」

 

「オレが見た限り、無茶が必要なければ、相手は無茶をしない。だが、恐らく……こちらが非人道的な手を使えば、躊躇なく制圧してくる」

 

「つまり?」

 

「聖女を招いて、協定や条約を結ぶ為の交渉をこちらから持ち掛けよう。無論、同時にこちらからも制約を付ける。相手は、聖女は悪人でも善人でもない連中を見捨てないはずだ」

 

「……戦力の持ち込みが出来ないとしても単独個人で我らを上回る相手を敢て内部に、か」

 

「無論、こちらもリスクを取る以上、あちらにも聖女と少数でと打診する。オレは恐らく乗って来ると睨む。もし、これがダメなら001を背景にした交渉に移行するので文句はない」

 

 ラベナントが瞳を細めて僅かに思案し、頷いた。

 

「解った。議会に掛ける。明日中には出発しろ。言い出したお前が全権大使だ。ゲーゼル」

 

「解っているとも」

 

「人選は好きにしろ。ただし、001の稼働可能状況までは入れられない。いつでも起動が出来る状況下での話し合いが最低限度の条件だ」

 

「了解した。まぁ、あいつらでも連れて行って、のらりくらりとしておこう」

 

「いつもの兄妹か?」

 

「お前らに憧れる馬鹿なガキ共だ。人選としては丁度いいさ」

 

 ラベナントが両手を合わせて打つ。

 

「話は決まった。総員の意思統一を図る。今後、協定や条約の交渉が終了するまでは切に人倫に反した事はするなと全ての人員に念を推せ。いいな!!」

 

 誰もが頷いた。

 

「これにて最高幹部会を終了する。議会での書類作成後、速やかに帝国へ飛べ。全てはお前次第だ。ゲーゼル」

 

「了解した」

 

 お山と現地の犯罪都市の者達に言われる城塞内部。

 

 こうして巨大な争いの気配は破滅の足音と共にゆっくりと動き出したのだった。


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