ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
………始りの日。
『もしも、貴方が平穏で幸せな人生を欲するならば、今からでも遅くはありません。まっすぐに光を目指して歩き。二度と此処に来てはいけません』
何も無い暗闇で彼らはそんな声を聴いた。
世界には暗黒という名の何も無い空間が広がっていて。
彼らはそこに身一つで浮かんでいる。
その遥か果てには光の差す場所がポツリと在って、歩き出す事は出来たが、歩き出す者は無かったのだ。
『貴方の献身と人生を捨てる覚悟に感謝を……だが、しかし、それだけでは足りない』
彼らが動き出すのではなく。
世界が動き出す。
彼らは川のように流れ始めた闇の先から自らの背後へと多くが流れていくのを見た。
それは自分の人生だっただろうし、自分の周囲の光景だっただろう。
しかし、虚空にいる美しき少女は目を閉じたまま語る。
『この世に幾多ある理不尽。幾多ある願い。幾多ある絶望と希望。貴方にはこれを受け止める覚悟と永遠を戦い続ける義務を背負えますか?』
彼らは見た。
無残に王侯貴族の為に虐げられている民を。
彼らは見た。
善政を敷いていた者達がならず者と唆された民衆の手で残酷に殺されるのを。
彼らは見た。
宗教の為に人を殺し、殺される者を。
彼らは見た。
政治、軍事、経済の末端たる底辺で朽ちる民衆を。
彼らは見た。
空高く存在する何かが星を壊そうと延ばす手を。
彼らは見た。
全てが地獄のように炎に呑まれていく大陸を。
彼らは見た。
戦っても意味は無く。
戦っても護れはせず。
戦っても人の世など世界の泡沫の夢に過ぎない現実を。
人類が滅ぶのは滅びを退けて尚、人の業故であった。
彼らは知る。
何もかもが流されて冷たい宙に満ちているのは星の灯りだけでしかない。
それすらもやがては朽ちる。
世界は人が思うよりもまた広大で暗黒に充ち―――彼らはちっぽけな存在だと。
『今、其処にいる貴方に訊ねます。人類の歴史が繰り返すとすれば、貴方が救った人々の笑顔に価値などあるのでしょうか? 一時の事でしかない人類の生存……そんな大言壮語の為に己の命を使い潰す事に意味はあるのでしょうか?』
少女は訊ねる。
彼らに訊ねる。
それはとても純粋な問いだった。
貴方ではなくてもいい。
それはもっと優秀な誰かに任せてしまえばいい。
だが、彼らの心は無数なれど、答えは一つだった。
『嘗て、多くの者達が味わって来た絶望はきっと単純です。勝てない。負け戦。どうしようもない。どうにもならない。こんな事なら―――』
少女は言わない。
だが、彼らは知っている。
それは例え戦わなくても人生について回る事だろう。
心無い人の言葉かもしれないし、どうにもならない現実を前にして屈した者達の口惜しさだ。
だが、それでも、そうだとしても。
『たった一人の赤子の為に人類を裏切って貴方は死ねますか? また、たった一人の赤子を人類の為に殺せますか? それは決して大げさではない』
彼らの前には赤子が1人。
少女は薄く目を細める。
『人を捨て、人の為に戦い、人に打ち捨てられ、人に不用と言われ……あるいは貴方の貢献など必要無い未来が其処に有る』
彼らの手には剣が握られている。
『もしも、貴方がその道を征くならば、わたくしを打ち殺し、その先に歩き出しなさい。人の痛み、人の心を持ち、人に出来ぬ事を為して、尚人足らんと足掻く』
彼らは泣いた。
彼らは喚いた。
だが、彼らは同じ剣を握り、その赤子を前にして苦悩を前にしても前に進む事を決めた。
『その苦悩を持たざる者。我が力を使うに能わず……』
彼らが涙の先に剣を振り下ろし。
切り裂かれた者は無残に転がりながら、その尊い瞳を細めて。
『優しさを忘れないで。慈しみを持ち続けて。悪夢の中でさえ憎悪の先に答えはある』
声は途絶えていく。
彼らの中にあった少女という存在が消えていく。
その喪失感は全てを失ったに等しく。
泣き続ける彼らはそれでも歯を食い縛り―――。
『おめでとう……並び立つ者よ……その意志在る限り、我が力を貴方の手に』
彼らは目の前に現れる蒼き燐光を掴んだ。
『ドラクーン……竜の如きものよ……』
溢れ出した力が自己を変革していく。
人には過ぎた力が。
人には余る力が。
けれども、彼らは知っている。
この力は何の為に在るものか。
『人を護り、人を制し、人を生かす汝……人の剣也!!!』
彼らが走り出した先。
そこに光が産まれる。
そうして、彼らは―――。
「……ドラクーンになった日の事を思い出していた」
「ああ、同胞よ。オレもだ」
「戦域到達まで残り40秒」
「征くぞ。此処まで来れなかった者達の意志を継いで」
「今まで救えずに死んでいった者達の命を背負う戦いだ」
「ようやく到達したぞ。お前達の無念連れて行く」
「全騎―――ハイフォーマット・アームズ・フィックスアップ」
彼らがもしも今時の娯楽作品を読む事があったならば、それは自分の事だと言うものが恐らくあっただろう。
鋼の鎧は機械に変わり、持ち出す剣は弓でもある。
嘗ての五体は肉体と言わずとも鋼体と言える程に減少しているが、それ故に全ての能力は単なる生身を上回る。
そう、通常のドラクーンすらも上回る。
その機械式の装甲に用いられる精密無比の部品の耐久力を造るのは最新の叡智であり、同時にそれらを体現させるに足る技能を持った世界最高の精密工作機器と機械に出来ない仕事を生み出す親帝国域の工場の人々がいればこそだ。
誤差0.0002mm以下の精度を要求される部品とそれを完全に一体化させて分子レベルで結合させる技術力。
超重元素を只管に実験し、無限にも思える配合を繰り返し、あらゆる方法で合金化してきた冶金工学の博士達、それらを人体に模倣した肉体に見立て、身に付ける装甲として設計した人体工学の偉人達。
装甲、兵装、内部システム、設計、部品調達から組み上げ、調整まで全てが人の手と最新の技術と叡智の融合だ。
全ては1人の少女の手が社会から零れ落ちた人々を掬い取ったからこそ成り立っているというのは言い過ぎではない。
幾多、頭を下げた少女が街の鍛冶師達を支援した。
幾多、声を掛けた少女の手が育んだ公僕が、貴族達が、人々の知識水準と教育水準を引き上げた。
多くの工場の者達が勤勉に働くのはたった一人の少女が根付かせた誠実に仕事して先進的であれという教えが未だ受け継がれているからだ。
無数にも等しい学問を拓き。
自らのあらゆる資産を最低限以外全て社会の為に投資した事実は今も公的な記録において最も世界に投資した人物として少女の存在しない治世で知られていた。
誰もが自らの仕事に誇りを持ち、やり続ける事で錬磨された世界。
頭を下げて、頭を下げて、頭を下げて、本当にただ心の底から、人に頼み、人の誇れるものを誇らせ、敬意を持って接した貴族の少女がいたからある世界。
だからこそ、彼らは此処に、この時点で、その“領域”へと到達していた。
「時空間制御開始。稼働限界320秒で片を付ける」
「全兵装許可……【蒼竜装騎兵ドラクーン】展開!!!」
彼らが座席から即時射出される。
その時に見た光景を彼らはきっと一生忘れないだろう。
天地空を埋め尽くす無限にも等しく見える化け物の群れ。
正しく並みの如く溢れ出す地獄の釜を中心にして光の柱が次々に立ち昇り続けて、彼らを待っていた者達の背中は一歩も引かず。
最前線で蒼き燐光を纏い剣を振り続けている誰かの姿。
一太刀で万の軍勢を薙ぎ払い、消し去りながら、それでも溢れ出す化け物の本流を前に敢然と立ち向かう背中。
「全機、我らが主の往く手にある全てのものを退けるぞ!!!」
『おうッッッ!!!!』
その十数機の黒き鎧。
いや、機械の人型としか見えない者達が次々に二両の走行車両が展開する増槽とも見える横のハンガーから投下され、高速で戦域で拮抗している光と悍ましい化け物の本流と呼べる噴出中の間欠泉の如きドロドロに飛び込んだ。
途端、その化け物達が急激な膨張と共に熱量に昇華されながら巨大なキノコ雲を遥か天に注いでいく。
ソレの本流は蒼き光の中で昇華されて変幻し、その変換を行っている円陣を組んだドラクーン達が何も言わずに現状を維持し続ける。
「助かりました。これより門たる皇帝を叩きに宮殿域内に突入します。殿は任せましたよ。我が騎士。否、この世の全てを護りし騎士達よ」
無理やりに空間を圧縮する領域を展開して、断熱圧縮のように熱量が急激に上がる領域を生み出し、その最中で化け物の細胞を9000℃近い熱量で瞬間昇華している男達に礼を言って、全員がそのまま宮殿域内部へと突入していく。
『どうぞ。ごゆっくり……』
無限にも思える化け物達が彼らへ次々に天地なく殺到してくる。
全てが緑炎光を宿した化け物だ。
並みのドラクーンでは護るのにすら苦労する数。
だが、彼らに撤退も決死の二文字もありはしない。
生きて、平然と、主の帰りを待つ。
たった、それだけの事に全力で取り組む限り。
彼らはやはり騎士として敗北など無い。
勝負ではないのだ。
任務を遣り遂げた者こそが優秀であり、それを誇らず、奢らず、何もかもを退けてこそ、主にまた一つでも恩を返せるのだ。
その心在る限り、彼らが敗北というものを知る理由は無い。
ガチャリと彼らの片腕が外され、腕に込められたゼド機関が領域を維持しながら虚空で固定化され、彼らは片手で剣を構える。
『各々方。何と慈悲深き我らが主の賜りものである。片腕で戦えるぞ!! 誇ろうではないか!! まだ三つも我らには戦う術がある』
『ははは、それを言うなら頭も加えるべきでは?』
『おお、そうだった。では、駆除に掛かろう』
彼らはユーモアたっぷりに笑いながら、瞳の部位を赤く輝かせた。
そして、彼らがその剣を一振りした瞬間。
半径3km圏内に群がっていた無数の化け物達はただ波のように自らを焼き潰していく千雷の輝き、空気を劈く霹靂を目に焼き付けて焼滅していく。
もはや、嘗てのバイツネードが送って来たバルバロスすらも瞬時に滅ぼせるだろう威力が顕現した街区は猛烈な雷撃の海に浸り、灼熱して焼き切れる建材は全てが融ける程に熱されて、溶鉱炉の如く電熱の内部へと没していくのだった。
*
男は柱で建てられた宮に寝そべっていた。
巨大な神殿は柱のみで打ち立てられ、周囲の空間が歪んでいるのか。
吹き曝しの柱の先に見えるのは無限に広がる玉砂利の海だ。
堅く石畳の上に白布を敷いただけの其処に横になって片肘を立てて頭を載せた男は少女が来るまでずっとそうしていた。
「ようやく来たか。もう一理の門よ」
「……フィティシラ・アルローゼンと申します。陛下……お名前を伺っても?」
数m先にやってきた白い少女を前に男が体を起こす。
「我が名はもはや失われた。そもそも人間だった頃の自分を思い出せぬ」
「なるほど」
「だが、名前が無くては困ろう。そうだな……代理人と呼ぶがいい」
「代理人。それは貴方を変質させたモノの?」
「いいや、あの理屈を捏ねる男のだ」
「つまり、貴方の考えは彼の考えに対して賛同していると?」
「そうでもない。だが、責任を取るのが上の者の務めなのだろう?」
男が胡坐を掻いて少女を見て薄ら笑う。
「嘗ての貴方は単なる皇帝になっただけの何処にでもいる勘違い野郎でしたが、随分と賢しくなったようで困りますね」
「ははは、違いない。だが、嘗ての人格の僅かでも残っているとは言えんなぁ」
男には顔が無かった。
だが、男の顔の中には緑炎光が揺らめいた黒い虚無がある。
男の体は男性のもので白い一枚布を着込んでいるが、その異様な風貌からもこの世のものではないのは一目瞭然だろう。
「言う程、人生などに未練は無かった。覚えていないが魂は知っている。この男はな。ただ、自分の優位性を証明したかっただけなのだ。後はどうなろうが知った事では無かった」
「……では、何故戻って来たのですか?」
「あの領域と繋がってしまった男は最初に自らの全てを脱色された。そして、自らの全てを染め上げられ、その後に自らの色すらも剥奪された」
「この世から本体には退場願ったので」
「その時に正気……いや、男は人の意識のようなものを得た。それが私だ」
「代理人になると言うからには彼の釈明もしくは思想に対して詳しいのですか?」
「単純な事だ。あの男は世界が欲しかった。嘗ての男とは違ってな」
「よくある欲望です」
「だが、それは阻止された上に芽が無いと聞いて、ほれ……あそこだ」
男の指が先を示す。
すると、玉砂利の海の上に干乾びた死体が一つ。
「責任は取って欲しかったのですが……」
「だから、こうして私が代理人として責任を取っている」
「ふむ。この領域を破壊する許可と貴方の消滅もしくは封印を所望します」
「よいよい。好きにせよ……抵抗しようとも思わぬ。代理人として最後の責任を取ってやるとあの男に約束しただけだ」
「民の扱いも関与せぬと?」
「左様。どちらにしても、この門をどうにかせねば、次なる試練には耐え切れまい」
「試練?」
「嘗て、この星に産まれた幾代にも渡る神々と四つの力を産み出せし者達の争いには終止符というものが無かった。勝とうが負けようが、それは一時の事」
「でしょうね。長い期間で見れば、勝っても負けても長期戦で取り返せばいいだけの事。片や時間制限の無い存在、片や惑星すらも単なる小さな資源にしか過ぎない何か」
「四つの力などはもはや古びれた力でしかない。ブラジマハターと呼ばれし者達は永遠の闘争先として、この星を選んではいるが……それすらも奴らが賄う領域の広さに比べれば大海の一滴にすらも満たん」
「……彼らの事を知っているようですが、どれくらいの規模のものなのですか?」
「ふふ、それを聞くのか? 絶望しかないぞ?」
「別にいつも絶望してますよ。幾ら未来を見ても、最終的には負けるとしか予測能力に言われませんしね」
「カカカカッ♪ 凡そであるが、恐らく複数個の超銀河団級を領域とする。また、本体は数百個程の超銀河団程度の領域を占有する“物体”だ」
「……なるほど。思っていたよりも大きいですね。光年級は考えていましたが、それほどの質量を一体何処から集めて来たものやら……」
「さてな。質量をエネルギーから増やしているのか。あるいは何処かの銀河をたらふく呑み込んでいるのか。どちらにしても黒き星には為り得ぬ時点で人の域どころか。神の域に達しつつある」
「それで貴方は門としての己すらも諦めてよいとの事ですが、本音は?」
「我が存在は神ではない。また、門であっても人ではない。人のような意識があるだけだ。お前程の存在でなければ、こうして人のように会話する事すらも叶うまい」
「でしょうね。翻訳するだけで脳が壊れそうな言語染みた光子の波……この体でなければ、貴方は単なる無言で佇む呪いの神みたいな敵としてしか記録されないでしょう」
「何とする? 同じ門ではあっても、貴様は人として貴様の同居人とやらを扱うのだろう?」
「ふむ……少しこの領域に穴を開けても?」
「好きにしろ」
少女がいつもの剣を取り出す。
「開放」
そのキーワードと共に能力のリミッターが全て外れた。
その状態でまだ少女が試した事の無い全力。
六発の蒼力を込めた弾がシリンダーに装填されていく。
「此処が崩れると困るのはそちらではなかったか?」
「そうも言っていられなくなりました。最終的な目標規模の概算が大きくなったのでウチの騎士達に働いて貰う事にしましょう」
「何とも……」
一発を天井に撃たれた。
実際には空しか見えないが、瞬間的に罅割れた世界の真上が崩落し、更にその先の空間が捩じ切れながら繋がった場所から繋げた座標に置いてあったものが落下してくる。
それは怪物卿が遺した二つの鉱石だ。
どちらも一抱え程もありそうな黒と緑の鉱物の塊である。
超重元素のクリスタル。
それも未だ鉱脈どころか他の鉱山でも発見されていない未知の代物だ。
繋がったのは帝国の研究所地下倉庫内であった。
「ほう? どうすると?」
左手に剣を持ち換えて、右手に剣を向ける。
「オイ。此処で選べ。受け入れてオレと共に行くか。諦めてさっさと逃げ出すか」
右手が突如として少女の首筋を掴もうとして、ゴリッと剣で半ばまで骨を削られて止まる。
「くっ、くくく、くはははは!!? そうか!? そういう事か!!? 何ともまったく欲深な人間様だ」
ゲラゲラと炎を宿した男が嗤う。
「オレはコレが最善だと選択する。まぁ、その分オレの人生における婚約者達とのラブラブな時間をある程度は犠牲にしてやるんだ。対等な代価だろ?」
少女の右手がまるで威嚇するように顔を前に開かれて、しばらく睨み合い。
ベキベキベキッと右手の指が全て反対側に折れた。
「痛ってーな……臍の曲げ方がソレかよ」
「くくくくく、それを言うなら指の曲げ方では? それで話は付いたか?」
「ああ、付いた。左手と右手で喧嘩してもいいが、オレの大切なものに手を出したら、両手毎処分する。お前に異存はあるか? 代理人」
「門を二つ。それも相反する神を宿そうというのか。まったく、力を求めて已まない人間というのは面白いなぁ。ああ、面白い……」
「お前らの悪戯で人類が滅んだら、迷惑なんだよ。全部終わって、オレを殺すならまだしも、上手く行ってお前らが戦争ごっこ初めても困る。そういうのは実家でやれ実家で」
「我らは母に怒られる子供だったらしい……」
「此処はよそ様の宇宙だ。この宇宙の中でくらい現地民の法に従え。遊びは規則があるから面白いんだ」
「御尤も。いいだろう……所詮はアレの門にしか過ぎんが、力を引き出す役としては、そちらの神の残渣と同じようなものだろう。依り代は片腕とソレか」
少女が剣を消して、右手の指を一本ずつゴキンゴキンと元に戻してから痛そうな顔でしかめっ面になり、右手に黒を、左手に緑の鉱物を握って吸収して消し去り、近くまで歩いて代理人の頭に手を掛ける。
「これでお前の眷属共に対する権威も持てるな。まぁ、改心したら、立派な社会の歯車として使い倒す予定だ。期待してていい」
「そうしておこう……倒すでもなく。殺すでもなく。封印という名の簒奪か」
「自分でやった事だ。やり返されてみろ」
「見ているぞ。是非とも楽し気な地獄を築くがいい。神の手駒が逆に神を手駒にするとはな」
「お前らの本体なんぞとやり合っても面倒なだけだ。本気になられたら、どうせ全滅だしな。なら、お互いに不自由を取って邁進する方が健全だろ?」
「くくくく、では……その居心地の良さそうなソレに入っている事にしよう。体の優先権を競合させても面倒だろう?」
男の体が解けながら炎と化してサラサラと渦巻きながら崩れた。
少女が片腕に付けていたディスプレイ付きのデバイス。
マッド特製の小型電子端末内部へと吸い込まれるようにして消えていく。
それと同時に左手の端末の下から猛烈な勢いで右手から伸びているのと同じように線が、緑銀色のラインが次々に浮かび上がって半身を侵食した。
「お前も出力は上がってるだろ? すねてないで適当に強く為っておけ」
右手の文様がその言葉が終わる途端に肥大化した。
「……ちょっと手伝え。お前ら」
両手がパンと祈るかのように合せられる。
その合間から蒼と緑の炎と燐光らしきものが混じり合いながら吹き上がり、周囲に溢れ出していく。
「【エメラルド・タブレット】ってところか?」
少女は端末から溢れ出す緑炎光とも違う翡翠色の輝きを全身に纏う。
同時に二つの刻まれたライン。
ソレが繋がったのか。
渦巻く色合いが混じり合い、少女の体に力と光を導く線が白く変質していく。
「まずはどれくらいやれるのか見せて貰おうか。内部の生命体と装具及び生存環境以外の物質を還元する」
混じり合うソレが掌の間から溢れ出しながら世界を侵食し、次々に全ての物質を崩しながらソレを光の粒のようにして吸い込んでいった。
その粒一つ一つが物質がエネルギーに変換される途中。
少女の部下達が持ち込んだマッドの超兵器の原理と根本的に同じことをしているというのを少女と周辺領域を観測していた領域の端を飛ぶ艦の内部にいるマッド達以外、誰も知る事は無かった。
遂に到達した少女の力は正しくあらゆる物質を任意にエネルギーに変じて吸収する程のものにまで高まっており、その根幹原理すら実際には超技術大好きなマッド科学者達にも推測の域を出ないものとなっていた。
万物の理論。
それは少なからず。
そう呼ばれるものの体現であった。