ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第137話「煉獄を裂く者達ⅡⅩ」

 

「さて、皆さんの報告を聞きましょうか」

 

 威力偵察から戻って2日後。

 

 大まかな体制が出来た事で各地の避難は早いペースで進んでいた。

 

 竜の民の男達を筆頭にしてグアグリスが取り込んでいない奴隷層の多くはこちらに従う事を望んでおり、外への脱出に連れて行って欲しいと嘆願する者が殆どらしい。

 

 中には本当に貴族種との間に信頼関係を築いた者達もいて、そういう相手から聞いた貴族種や商人種達の一部は人格をこちらで確認した後に緑炎光を相殺して脳の高次元干渉用の領域を僅かに弄った後にその奴隷の下へと開放。

 

 共に逃げ出す準備をさせている。

 

 全体的に見て、数百人を超えないというだけで奴隷種達の怨嗟が如何に深いか分かろうというものだが、竜の民からの非難などは無かった。

 

 彼らもまた相手が疑似的にとはいえ、絶滅していく光景を見て、何か感じるところがあったらしく。

 

 処遇を投げた後の事は大人として対処出来るくらいには留飲も下がったらしい。

 

「つまり、街区の食糧が枯渇するまでなら何とかなると」

 

 それにシュタイナル隊長が頷く。

 

「ええ、現在元奴隷種の方々が総出で各地の食糧を取り纏めて街区から運び出し、我々が侵入して来た領域にある地域に集結しています。食料的には1か月は持つだろうと」

 

「それなら良かった。元奴隷種の方達は人足をしていただけあって、動きも迅速ですね」

 

「はい。街区外に全ての奴隷種の方々が到達するまで凡そ4日と言われました」

 

「ならば、間に合いそうですね。街区からの完全退避が完了した時点で宮殿域の殲滅に赴きます。それまでに避難用の番号の割り振りと組み分け。避難用の装置の設置をお願いします」

 

「了解しました。それでなのですが……」

 

 周囲にはいつもの面々と竜の民の男達が野原に座っている。

 

 街区の外にある丘に現在は避難誘導を竜の民に任せて各地から集まる奴隷種達の幌馬車と荷車が大量の食糧と共に集まって来ていた。

 

 椅子は用意出来たのでそのまま青空会議となっているのだ。

 

「どうやら我々が来た田舎の方で問題が起こっているらしく」

 

「青の怪物ですか?」

 

「はい。どうやら目撃者が大勢いるようです」

 

「しばらくはあっちも大人しいでしょうし、この後に及んで何か面倒事を起こされても困ります。こちらが単独で行って来ましょう。皆さんは避難民の誘導を最優先に」

 

「フェグもいくー」

 

「今回は無しだ。あの新入りもいるしな」

 

「………」

 

 そう言われてフェグがジト目で会議の傍で肩身の狭そうな男を見やる。

 

「彼に付いてですが、本当によろしいのですか? 緑炎光の民……大貴族種達を操っていた者達の一員なのでしょう?」

 

「構わない。そもそも、何の力も無いからな。今は……」

 

「力を剥奪したと?」

 

「ああ、強さ的にはドラクーンの1000番代が2桁いれば倒せる程度だった。攻撃型はまた100人単位必要だったんだろうが、戦う人間ではあっても外側の人間との実戦経験がほぼない有象無象の内に滅ぼせたから何も問題ないな」

 

「フェグ様でもまともにやれば、攻撃型との戦闘は辛かったと?」

 

「まぁ? 恐らく重症くらいはいったかもしれないな。だが、幾ら能力が強かろうと不意打ちで殺される程度の経験値じゃ話にならない」

 

「不意打ちですか……我々とは正反対という事ですね」

 

「そういう事だ。力ある者の性を体現してくれて、戦い易くて助かった」

 

「その点だと我々はかなり人間としてはアレなのが解りますね……」

 

「リバイツネードはそんなじゃないだろ。ドラクーンは基本的に敵が来たら、さっさと殺すか。殺されても話し合うかの迷わない二択だし」

 

 今まで針の筵のように周囲からの視線にボリボリと額を描いていた男。

 

 ジースが溜息を吐く。

 

「さて、それじゃあ、話を聞こうか。ジース」

 

「何の話をすればいいのか訊ねても?」

 

「青い怪物。それと宮殿域の事だ」

 

「今まで治療して貰った事には感謝する。だが、全てを知っているわけじゃないのは了承して欲しい。内政をしていたわけじゃないんだ」

 

 竜の民がざわつく。

 

 男は手枷こそ付いていなかったが、それこそ捕虜のようなものだ。

 

 竜の民と同じ格好をさせられたジースを批判的に見つめていた男達がイラッとしたのも仕方ない。

 

「ジースと言ったか!? 貴殿は自身の処遇を―――」

 

 そこで片手を上げて制止する。

 

「いいのです。彼にそのような発言を許しているのはわたくしです」

 

「姫殿下……いえ、御身に不満があるわけでは……」

 

「皆さんの気持ちもあるでしょう。ですが、貴方達にとっては貴族種達の上にいる怨敵というのを承知で私は此処に呼んでいます。それは皆さんの気持ちよりも今は優先するべき情報を知る為……どうかしばらくは目を瞑って下されば……」

 

「申し訳ありませんでした……」

 

 男達の1人が頭を下げて引きさがった。

 

「こちらは友人や同僚を殺されたばかりなんだがな……これでもそちらに配慮はしているつもりだ」

 

「勿論ですよ。ジース……だから、貴方にはこの場にいる権利がある」

 

「権利、か……」

 

「ええ、権利ですよ。仲間や友人が即死させられた理由くらい知りたいでしょう? 貴方はそういうのが気になる性質と見ました。攻撃型の人々ならば、理由など知った事か。あいつを殺したお前を殺すで済むのかもしれませんが、貴方はそういう類の人には思えませんね」

 

「……ちっ」

 

 舌打ちしたジースがやり難そうというか困った表情を浮かべる。

 

 周囲の人々はまーた人を言い込めてるよと言いたげな視線になっている。

 

「まず、この世界の成り立ちに付いてどれほど知っているのか聞きましょうか」

 

 ジースへの初めての尋問がこうして始まったのだった。

 

 ―――10分後

 

「なるほど。大体は予想通りですね。南部皇国の崩壊に伴って逃げ出した皇帝と臣下の一部が傭兵や山賊を率いて潜伏。アウトナンバーの混乱に乗じて勢力を強め、その力で東部の元奴隷のいる地方を強奪。そして、地方そのものを封鎖して、この街区と周辺地域を現実から切り取って拡大しながら時間を重ねさせて強大な戦力を手に入れようとした。と」

 

「代々伝わる日誌にはそう書かれてあった。緑炎光の民の殆どは短命だ。理由は緑炎光に適合出来ない。もしくは適合の度合いが低い者が命を落とすからだ」

 

「ふむふむ」

 

「4000人いた者達が140年で殆ど人数が変わらないのもそのせいと言われている。20歳になるまでに凡そ半数の子供が自我の無い化け物になり、残り半数の内の半分は自我のある異形として固定化されるが、そいつらも破壊衝動や人格の歪みが酷過ぎて使い物にならない。残った4分の1は30歳になるまでに大抵は死ぬ」

 

「なるほど……」

 

「人格を保持した強い個体だけが年齢を重ねて長老職に就く。そして、その一族の女が毎年子供を産んで他の長老職の一族と結ばれる事でようやく最初の半数は化け物にならなくなる。この長老の一族同士の婚姻で結ばれた者達は寿命も長くなり、力の制御も可能で暴走も殆ど無くなったと言われている。それから、その一族同士を再び掛け合わせ、強固な血筋に統合して、ようやく化け物になる者が1割以下、異形化する者が三割以下になった」

 

「グリンガルド殿の涙ぐましい努力というところでしょうか」

 

「今代は戦闘に使える者達が隊を組めるほどに増えた。はずだったんだがな……」

 

「脅威ですね。人類を駆逐したなら、貴方達の世界を築く事も出来たのでしょうが、生憎とソレは叶わなくなりました」

 

「……こちらの最終目標も知ってそうだな」

 

「ええ、緑炎光の民というよりはグリンガルド殿当人の目標でしょうが」

 

「何れ……時が来たら、我ら緑炎光の民が大陸の民の数を上回る程に増えていたなら、その時は世界を掛けて挑む手筈だったと聞いている」

 

「どうしてあのように彼が落胆していたのか分かりました。此処から一気に一族を増やしていくという寸前だったのでしょう」

 

「そういう事だ。後せめて100年あれば……そうなれば、街区の民と緑炎光の血筋を混ぜて、更に数を増やし、何十億という民の力を以て、戦う事が出来る……そういう算段だった」

 

「しかし、皇帝の力が衰え、この領域が不安定化した。その時には悟ってしまったのでしょうね。そして、最悪の敵が最悪の間の悪さで現れた、と」

 

「………我ら緑炎光の民を滅ぼすか? 古に語られし、悪魔の如き聖女よ」

 

「ふふ、それは宮殿域の教育ですか?」

 

「ああ、そうだ。陛下に弓引き、追い落とす。黒き悪魔の軍勢を率いし、蒼の聖女……子供達に親しまれる御伽噺だ。いつか、皇帝の目が覚める時、神なる軍団を率いて、祖国を奪い返し、悪魔を殺し尽す事でようやく安寧が得られるのだと。そう……言われていた」

 

「今のご感想は?」

 

「そもそもだ。自分達が正義と疑っていない者は戦闘が出来る者の中には殆どいない。あいつらにとっては敵を倒して強さを証明し、破壊衝動を満たせれば、政治というのはグリンガルド殿に投げておけばいいだけの代物でしか無かったからだ」

 

「脳が筋肉だけで出来ているようで助かります」

 

「その挙句がコレか……確かに悪魔の軍団を率いる聖女はいたな。思っていたのと違うのは攻撃型が千人束になっても勝てなさそうという事実くらいか……」

 

 皮肉げにジースが愚痴る。

 

「買い被りですよ。わたくしは戦闘技能がありません」

 

「フン……時を加速し、時を遅らせ、空間を歪め、幻影を見せ、相手の周囲の空気を変質させ、一滴で万人を殺せる遅効性の毒を受け、相手の人格に干渉して破壊する精神攻撃に身を浸し、空間を超えて備蓄された馬鹿馬鹿しい量の緑炎光に次元を超えて焼かれ、殆どの当人への干渉で成り立つ能力を全て立ったまま何もせず数千発叩き込まれておいて……平然とそう言える……何と言えばいいのか……」

 

 ジースが悪夢を見るような渋い顔でこちらを見ていた。

 

「だって、別に害に為るほどの攻撃は受けていませんでしたし」

 

『………』

 

 何か周囲の視線が微妙にドン引きしている気がした。

 

 フェグくらいだろう。

 

 何かあったっけ?

 

 と、首を傾げてくれているのは。

 

「アウトナンバーの対処法は最初から全部実戦していましたしね。時間の操作や空間の操作は逆の事を道具ですればいいだけですし、認識力が高ければ、幻影なんて俯瞰して見れる程度の代物。毒はそもそもわたくしの信じる権威達が作った耐性の力に及ばず、精神干渉というのは精神にちゃんと干渉出来てから、能力として示して欲しいです」

 

 肩を竦めるしかないだろう。

 

 もっと、ヤバイのが来るかと思えば、左程でも無かった。

 

 ドラクーンの鎧や蒼力のそれなりの使い手ならば、個人対個人ならギリギリ相手からの攻撃方法や能力が届くだろうという程度のものばかりだった。

 

「空間を超えて力を備蓄しているのは見れば解ったので空間を超えて自分と直結されたなら、逆に蒼力を流し込んで相殺しただけです」

 

「非常識め……」

 

「個人への干渉能力は干渉する媒質。つまり、光だとか空気だとか、肉体を取り巻く物質を媒介にして飛んでくるのですから、ちゃんとした蒼力使いには無意味でしょう」

 

「恐ろしい話だ……」

 

「そもそも緑炎光を微弱に使う程度の見えない能力なら、肉体の皮膚上に凝結させた微弱な蒼力の場に包まれてるだけで殆ど対処可能。何も問題ありませんね」

 

 そもそも能力者バトルものと違って高次の能力の大半は見えないし感じられないというものが多く。

 

 特殊なものほどに何らかの仕掛けが存在する。

 

 その仕掛けが物質を媒質として使うならば、物質制御能力である蒼力に敵うはずもないし、緑炎光に乗せられた能力ならば、出力が下回らなければ相殺出来る。

 

 ついでに最初の一手で東部のヤバイ能力者と戦うついでに便利道具までゲットしていたのだ。

 

 本体はそのままエーゼルに預けてあるが、コピー品を作っていたので一応使えるか確認しており、時空間の変動による加速と遅延にはある程度対処出来ていた。

 

 つまるところ。

 

「あれなら、適当に緑炎光を凝集して破壊と防御の攻防一体で戦っていた方がまだ可能性はあったでしょう。貴方のように……」

 

「………」

 

「最初に攻撃を受けても平然としているこちらを見て結果を予測してソソクサと退散した人々の賢さがもう少し貴方の友人と仲間にあれば、命をアレほど軽く失う事も無かった」

 

「………」

 

「そもそもあそこで更に倒し甲斐のある敵を見付けたと言わんばかりに食って掛って来なかったならば、殺すまでも無かったのですよ」

 

「………」

 

 苦虫を噛み潰したようにジースが顔を俯ける。

 

 その顔にはありありと自分達の未熟さに対する後悔が浮かんでいた。

 

「ジース。貴方が言っていた通り、防御を磨かないのは愚の骨頂。破壊衝動や負の感情を制御出来ず。自身の命を顧みない兵士なんて言うのは欠陥品です」

 

 それを知っていた男が生き残ったのは必然である。

 

「防御を学べという貴方の言葉があったから、わたくしは貴方を比較的まともな方として連れて来たのです」

 

「悪魔の軍団。蒼の聖女。いや、我らの神すら下す者か……敵わんわけだ」

 

 もうどうにでもしてくれと言わんばかりに男は顔を片手で覆った。

 

「便利な能力に頼り過ぎた弊害です。兵器や能力を失っても最後に殴り合いであっても勝とうと思えない兵士など我が騎士にはいません」

 

 ニコリとアルジャナを見ると汗をダラダラさせている。

 

 どうやらまだまだひよこは卒業出来ないらしい。

 

 シュタイナル隊長は大きな溜息を吐いていた。

 

「それで宮殿域に封印されている緑炎光の民。いえ、貴方達にとっても怪物や異形とされた者達の数は?」

 

「……詳しくは知らないが、長い間……毎年5万単位で捨てられていたとは言われている。今は恐らく1万にも満たない。出産期間は通常2か月程だが、今は4か月程だ。昔よりも質を重視して緑炎光を胎児に宿すのに時間が掛かるからだとか」

 

「140年で単純計算すれば、700万ちょっとですか。まぁ、何とかなるでしょう。グアグリスには一緒に逃げて貰わねばなりませんし、戦える者総出での戦闘と行きましょう」

 

「ちなみに領域端の怪物というのは我らの眷属ではない」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「グリンガルド殿から調査依頼はあったのだ。ソレが何なのかは知らないが、緑炎光の関わるアウトナンバーではなく。まったく、別の何かだ。遠目から見た事はあったが、逃げられた。アレは……どちらかと言えば、お前らの方が近いだろう」

 

「―――そういう……」

 

 僅かに思考してみる。

 

 そうして幾らかの予測を立ててから更に訊ねる事にした。

 

「貴方達はコレを知っていますか?」

 

 例の死体から拾った金属物体を差し出してみる。

 

「それは……選別時のものか?」

 

「やはり、最初期に緑炎光との親和性を見る為のものですか?」

 

「ああ、それを何処で手に入れた? 宮殿域の倉庫にしかないはずだが……」

 

「ほうほう? これは調査が必要なようですね。我々に近いものにコレを持っていた人間が食い殺される。緑炎光を図るはずのものを持って……となれば、中々に面倒そうな話です」

 

「悪いがこれ以上は知らん」

 

「ありがとうございました。しばらくは貴方達が虐げて来た者達が今どうなっているのかを適当に見物していて下さい。ああ、ちゃんと食事は出しますよ」

 

「……御馳走になろう」

 

 こうして青い化け物を1人で見付けに行く事になったのだった。

 

 *

 

「……見付けた」

 

 陣地内ではジースをフェグに監視させる事にして、他の人員には避難誘導を迅速にさせる一方。

 

 山間のこの領域のギリギリをウロウロしているという化け物に会いに来ていた。

 

 化け物の姿は山林の中を歩いているのを見る限り、4m程ある獣型の四脚獣。

 

 しかし、問題なのはその全身の認識が歪められている事だろうか。

 

 極めて強力な認識阻害する為の能力があるらしい。

 

 観測用の五感に制限が掛かっているとはいえ、それでも今の自分の認識を歪める程なのだから、それなりに危ないのは間違いない。

 

 だが、認識阻害よりも問題なのは相手の全身の色合いが緑と蒼に塗り分けられている事だ。

 

「……ハイブリット? こっちが計画していた事を此処の連中がしていたのか。あるいは自然発生的なものなのか。どっちにしても困るな」

 

 未だ歪んだ獣の全体像は見えないが、相手を呼んでみる事にした。

 

 指笛を吹いてみる。

 

 すると、すぐに反応した獣がこちらをジッと見てからノソノソと歩いてくる。

 

 住人を食い殺しているにしてはまったく獣っぽくない足取りだ。

 

 まるでようやく来たかと思っていたような感じだろうか。

 

 ほぼ3mを開けて山間の山林の中で対峙する。

 

 すると、フッと認識阻害が解除された。

 

 空気中を伝わって来る情報が全てクリアになると。

 

 相手の全身が見える。

 

 蒼い瞳と緑の瞳。

 

 左右に別れた瞳を持つソレは獣はライオンよりは大きいが、竜よりは小さいみたいな感じだろうか。

 

 だが、肉体の毛皮の基調が緑炎光の色合いで四肢や縁取りするように奔る各部位が蒼力によって変化しており、頭部の脳幹辺りからも同時に二つの力が見て取れる。

 

【ようやく来たか】

 

「初めまして。フィティシラ・アルローゼンと申します」

 

【宮殿域を崩壊させてくれた事に礼を言う】

 

「彼らは物珍しい貴方が何かを知りたくて密かに調査していたというところでしょうか?」

 

【その通りだ。我が名はまだ無い。元々は宮殿域の地下で生まれたものだからだ】

 

「地下? つまり、変異した化け物達の中から蒼力に目覚める者が出たと?」

 

【いいや、宮殿域の地下にいる者達は破壊衝動に苛まれている。だが、我が命はそれらの中から更に血統が交わった中で突然変異で生まれた。他の者達は我が肉体を破壊しようとしたが、我が力はそれを許さず。この空が青くなった頃に産まれた我は宮殿域の事を多く知り終えた後に逃げ出した】

 

「貴方が彼らに捕まっていたら、面倒事になっていました」

 

【お前が我が力の源の一端。そして、ソレがお前の主か?】

 

 片腕を見られているらしい。

 

「主だなんてとんでもない。単なる同居人ですよ」

 

【……この世界の外は此処よりも広いと聞いている】

 

「ええ、間違いはありません」

 

【この領域を破壊するには我が力では足りぬ。だが、お前であれば、可能だろう。蒼き姫よ】

 

「でしょうね。貴方はこの領域から出たいのですか?」

 

【そうだ。自由に走り続けられる場所を所望する】

 

「外の世界にはもっと沢山の人間がいて、もっと沢山の人々が治める領域がある。その数倍以上の地域が自然として残ってはいますが、人里は山林の中にもあるでしょう」

 

【何が言いたい?】

 

「人間を殺さない、傷付けない、迷惑を掛けない。それと不法行為を見たら、報告したり、取り締まったりするなら、連れて行きましょう」

 

【……支配下に入れと?】

 

「人間の悪意と善意を学び。その上で倫理や道徳を得て、それなりに社会貢献してくれるなら、この星の何処を走ろうと構いませんよ?」

 

【受け入れねば?】

 

「此処でわたくしの手で研究材料にします」

 

【いいだろう。つまり、外の世界の常識を学び。人に手出しせず。人に資すればいいのだな?】

 

「ええ、それならば何も文句はありません」

 

【蒼いだけなら勝てるかと思えば、そうか……お前は皇帝と同じ位置にいるのか。蒼き姫】

 

「同じかどうかは分かりませんが、代弁者というヤツです」

 

【アレは今お前が言った事と同じモノだ。だが、本体が消え去った今は門にしか過ぎない】

 

「困りそうな情報をありがとうございます」

 

【アレが再び力を振るい。門から本体が出てくれば、我が身も危ないだろう。だが、それをお前が食い止めるならば、我が力の一端を開示しよう】

 

 獣の前に蒼と緑炎光が混じった球体が出現する。

 

【本来打ち消し合うものでも混じらずに共存出来る。これは世界の根源を理解すると同義だ】

 

「根源ですか……」

 

【蒼は人が何れ到達する力。緑は世界の外にある力。だが、どちらも共存出来る。いや、人の意識が受け入れぬからこそ、緑は打ち消される】

 

「受け入れるのと支配されるのでは違うわけですね」

 

【そうだ。我が力は意志の力。そして、世界の外にある悪意は同時に現象として現れる以上は事象にしか過ぎない。事象を受け入れるのと支配されるのは違う。理解するならば、ソレは単なる人が使う技術の理と然して違いはない】

 

「……根源的な力ある光。そもそも差異というのは単なる種類であると。確かにそれならば、蒼も緑も根幹的には事象でしかなく。付随するものを取っ払えば、単なる技術に使われる法則と変わらなくなる……消し合うのも余計なもの同士の性質と考えるべき……とすれば」

 

 その光の玉を受け取って両手で触れて目を閉じる。

 

 片腕から嫌そうな気配というのだろうか。

 

 そういうのが感じられた。

 

「元々世界の外にいるのでしょう? 割り当てられた宇宙内の事象にしか過ぎないなら、この現象自体に一々悪意を向けているのは影に怒る人間のように哀れなものでは?」

 

 こちらの言葉に何やら更に嫌そうな気配がして沈黙した。

 

 利き手には蒼の力を。

 

 もう片方には緑の力を。

 

 分けて持ちながら、緑から伝わって来る付随する無駄なものを押し返すようにして、支配出来ないかと蒼の力を使わずに意志力で対抗してみる。

 

 すると、いつもの片腕に感じるような気配や意識のようなものが感じられた。

 

「オイ。喧嘩するなら世界の外でやれ。此処は人間の世界だ。人様の家に争いを持ち込むなら、お前を先に此処から叩き出すぞ」

 

 明確な言葉として伝えてみる。

 

 すると――――――。

 

「消えた。な」

 

 浸食しようとしてきた意識のようなものから何やら物凄く渋い顔をされていたような感じがして、それが現象そのものから遠ざかっていった。

 

【たった数秒で……あれを追い返すとは……】

 

「前に大陸から追い出した実績がありますから。実績がある以上は脅しに聞く耳くらい持つでしょう」

 

【ふ、ふふ、あはははははは!!!】

 

 獣が大笑いしていた。

 

【いいだろう。好きにするがいい。お前に付き従おう】

 

「了解しました。では、しばらく付き合って貰いましょうか」

 

【我が名を付けろ……蒼き姫】

 

「では、失礼して……二つの力の混合者。ならば、貴方をミクスと名付けましょう」

 

【ミクス。ミクス……いいだろう。ならば、我は今後ミクスと名乗ろうか】

 

 ギュルッと音をさせて4mの獣が変貌していく。

 

 それは蒼と緑の二つの光に体を覆われながら、人型となった。

 

 ギュムッという音と共に空間が歪んで空気圧が変動する。

 

 4mの人型が1m50cmくらいになると中心が蒼で毛先が緑色のショートカットの少年とも少女とも付かない顔立ちの相手が全裸で立っていたが、それすらも獣に変貌していく。

 

 基本的にはアウトナンバーと同じなのだろう。

 

 それを自分で変化させられるのはジースと同じでもある。

 

「これからよろしく。我が主……名前を聞いても?」

 

「公にはフィティシラと名乗っています」

 

「では、そのようにしようか。宮殿域を攻め落とすのならば、手伝ってやる」

 

「後で頼みましょう」

 

 こうして獣はニヤニヤしながら背後から付いて来る事になったのだった。

 

 *

 

―――6日後。

 

「何事も無く完了、か」

 

「そうですか? 案外、苦労していたと思いますけれど」

 

「途中で確かに宮殿域側からの一切の干渉が無かったのでシュタイナル隊長の言う通りかと」

 

 シュタイナル、クリーオ、アルジャナ。

 

 新人三人が見守る中。

 

 領域の限界地点。

 

 外と中を区切る変哲の無い風景の只中へと次々に人々が神隠しに会ったかのように消えて行っていた。

 

 その背後には今まで地下で待っていた超巨大グアグリスが山みたいなバケツプリン的存在感でプルプルしている。

 

 内部には首と面倒を見切れなかった赤子が共にフルンと保存され、生きたまま眠りに付いている。

 

『こちらフォーエ。元奴隷種の輸送は順調に推移。整備していた50km先の一次非難地区への受け入れも民間輸送で間に合ってる』

 

「引き続き、境界の先の受け入れを進めてくれ。グアグリスは最後になる」

 

『了解。ああ、今竜の民が到着した。今、そちらにいる人達が最後になるよ』

 

 陸の上で無線機を聞きつつ返して繋ぎっ放しにしておきながら、空を見やる。

 

 領域は正しく崩壊の前兆か。

 

 空が剥落しており、薄緑色の輝きが青空の罅割れた先から見えていた。

 

「……これの理由だけは聞かないとな」

 

 お茶を口にしつつ、数百万規模の元奴隷種達の最後尾を見送る。

 

 1400mに渡って開いた外へ続く領域は普通の場所にしか見えない山林だったが、実際には切り取られた空間の先にある元奴隷達がいた東部の半球状の障壁外に繋がっている。

 

 ずっと内部から外部との出口が無いかと確認しつつ、解析を続けていたゼド教授が久遠教授と共にゼド機関に一部改良を施して外と無理やり内部を繋げたらしい。

 

 急造な上に持って来たゼド機関を使い潰しているらしく。

 

 限定2日程度らしいが、その時間内であれば、フリーパスになるとの話。

 

 外との時間差もこのゼド機関を設置したラインから半径1km圏内に限っては繋がっているとか何とかで数秒の時間差まで短縮。

 

 あちらへ時間の誤差を気にせず送り出す事が出来ていた。

 

『さ、行きますよ』

 

『慌てないで。お母さんがいるから……』

 

『お父さんが付いてる。行くぞ』

 

『手をしっかり握って』

 

 慌てず走らず早足で向かうようにとの指示は護られており、千人単位で次々に人々が消えて行っている為、あちらは最初の予定通り、民間国営問わずの輸送網の力で次々に開放された人達を外の避難場所へと一時避難させていた。

 

 バスのピストン輸送や国営企業の持つ航空輸送キャリア。

 

 大陸物流の要である巨大な空輸用タンカーやら動く陸地と言われた竜の国の古代竜まで総動員している。

 

 そして、最後に竜の民が掃けた後。

 

 開放された貴族種と貴族種の嘆願をしていた奴隷種達をグアグリスと共にあちらに送り出せば、今回の難しかったミッションの9割は終わった事になるだろう。

 

 グアグリスの傍には首だけになった貴族種の同胞を見やる者達。

 

 こちらに寝返った彼らは沈痛な面持ちながらも、ようやくこれで悪夢から解放される。

 

 そう僅かに息を吐いている。

 

『竜の民の最後尾が出るぞ!!』

 

 その言葉と共に今まで避難活動に当たっていた男達がこちらに頭を下げてから次々に領域を潜って外へと消えていく。

 

「グアグリスを動かします。貴族種達に合図を」

 

 三人が拡声器を取り出して、集まっていた貴族種達へと叫ぶ。

 

 グアグリス内部に入るよう促された彼らは敗者らしくスゴスゴと従った。

 

 僅か躊躇いつつも取り込まれた者達がそのまま巨大で透明な山の中、頭部だらけの内部に沈痛な顔を深くしつつ、動き出した事に安堵した様子で目を閉じた。

 

 残されたこちらを跨ぐというよりはまるで何かの壁があるかのように避けてグアグリスが領域を潜り抜けて消えていく。

 

 さすがにその様子は一大スペクタクルだったが、1分もせずに山は縦に長く車輪のように回りながら領域の先へと消えていった。

 

「これで良し。さて、時間だ」

 

 ノイテ、デュガが頷く。

 

 その姿はもう完全にドラクーンの鎧に覆われていた。

 

 無駄な装甲を付けない機動力優先のハーフスタイルと呼ばれる姿は各関節と主要な防御面である胸部、腰部、脚部のみに装甲駆動部を付けた代物だ。

 

 急所以外には重量のある装甲は付けておらず。

 

 その手には涙滴状の1mはあるだろう金属の塊が握られている。

 

「これが強い兵器って言われてもなぁ」

 

「まぁ、書類上は最強に見えますが……」

 

 各関節部に付けられたパワーアシスト機能が無ければ握って振り回す事は不可能だろう総重量740kgの機械の塊は全て超重元素製の初期ロット8個のみの超兵器の類である。

 

 その表面は薄紫色のクリームのような色合いだが、その周囲にはまるみを帯びた宝玉のようなものが左右と前方に向けて付けられており、その内部には複数の超小型のゼド機関が複数個使用されて宝玉内部に見えている。

 

 莫大な電力の使い道は一つ。

 

 外環境に極小規模の空間圧縮による物質崩壊を引き起こすマイクロ爆縮機構。

 

 ブラックホール機関の主要技術によって作られたマッドのガチ兵器だ。

 

「空間を歪める防御が無いと絶対当たるとか反則だよなぁ。実際」

 

「事実上は我々が使っていた兵器とは比べ物にならない代物なのは確かです」

 

 一定距離圏内において相対的な空間座標に超重元素製の空間振動用の発振器による振動を集中させて、空間的に歪めて僅かにスポイルした部分を刹那の時間、マイクロ・ブラックホール化させるのだ。

 

 これは空間の歪みそのものを操る兵器であり、精密誘導兵器における極限系。

 

 科学的には今の技術では限界だろう空間兵器の雛型らしい。

 

 一瞬、兵器の作用領域内部に取り込まれた物質は固体だろうが、気体だろうが、液体だろうが、過剰な質量圧縮によって崩壊。

 

 クェーサー反応と呼ばれる天体でしか起きないような巨大なエネルギー放出現象を発生させて、莫大な熱と光と粒子線を出す。

 

 そのエネルギーを空に向ける事で安全に放射させ、同時に全ての周辺物質を熱と光と圧力で吹き飛ばす見えざる兵器は空間そのものの変異を感じ取れる生物でなければ、避けようもないし、避けられる速度でもない。

 

「秒間で百以上を同時照準とか。弓矢撃ってた頃が懐かしいぞ」

 

「向けて引き金を引くだけですから、言いたい事は解ります」」

 

 攻撃時間は指定の座標にいる対象の捕捉まで0.0003秒弱。

 

 それから瞬時に外環境爆縮プロセスを用いて原発数百基分のエネルギーが空間振動となって兵器の宝玉部位の複数地点から相手に向けて放射され、収束するまで1秒も掛からず。

 

 空間的な防御が為されていなければ吹き飛ぶ。

 

 防御が為されていたとしても蒼力による防御の無力化が同時に為されていれば、相手は単なる超頑強な生物にしか過ぎず。

 

 体内、体表付近でクェーサー反応が起きた時には死んでいるという寸法だ。

 

「総員出立するぞ。ジースにミクス。お前らに突入後の先導は任せる。即死しない限りは何とかしてやる。さぁ、戦争の始りだ」

 

 ご指名された2人以外、周囲の全員が頷いた。

 

 シュタイナル、クリーオ、アルジャナ、デュガ、ノイテ。

 

 五人が着込んでいるのは薄く黒い全身鎧。

 

 教授達が今回の遠征用に用意したドラクーンの鎧のマイナーチェンジ版だ。

 

 物質的な強度はそのままに空間防御特化の代物でスーツの様に薄いが背骨、膝、肩、心臓、首筋を護るパーツ全てにゼド機関による空間障壁の多重大量展開を常時固定化する代物である。

 

 動き易さと防御力を重視しており、ゼド機関を用いた高速機動も可能にする。

 

 唯一の問題は防御特化なので攻撃にエネルギーを転用出来ない事か。

 

 相手の能力が分からなかったので極限環境用にシステムに外から繋がれないように単独で完結させた独立システムが採用されており、端子のようなものは付けていない。

 

「おお、フェグ。カッコイイぞ♪」

 

「そうー?」

 

 フェグがデュガの言葉に気を良くした様子で嬉しそうに尻尾を振る。

 

 既に竜のような装甲姿になっており、ジース達を尻尾を増やして掴ませていた。

 

 2人を運ぶのが今回の役割なのだ。

 

「あまり揺らさないでくれないか」

 

「やはり、我が力に似通ったものを感じるな。お前」

 

 ミクスはこの数日、こちらの傍において教育しながら、獣形態で人間観察させていたのだが、どうやらフェグを同族みたいに感じているらしい。

 

「離陸!!」

 

 全員で空の上から浮き上がり、そのまま宮殿域へと加速する。

 

 街区の上空からはもう人気が完全に捌けているのが解った。

 

 時速100kmで数分間。

 

 自分が先頭で進んで行くと宮殿域が見えてくる。

 

「勧告を出すぞ。事前計画通り行動開始だ」

 

『了解』

 

 フェグがこちらの下に付いて、他が宮殿域を半包囲するように数百m感覚で離れる。

 

「こちらはリセル・フロスティーナ大陸統一連合である。宮殿域に属する全ての者達に告げる。これより我が方は戦闘行動を開始する。無抵抗で降伏する場合に限り、命は保障する。ただし、逃走を図った場合は我が方の捕獲部隊がそちらを捕縛する際、抵抗に対して攻撃を加える事を了承して貰いたい」

 

 宮殿域からは何も声が戻って来ない。

 

「突入準備を開始する」

 

 先日の連射式の大砲をペンダントから出して撃ち放とうとした時だった。

 

 急激に緑炎光が宮殿域から吹き上がり、ビキビキと構造物全体に罅が入って、その隙間から力が溢れ始めた。

 

「始まった。地下の連中が開放されるぞ」

 

「想定通りだ」

 

 ジースの言葉を皮切りに宮殿域の内部に見える庭などが崩落し、内部から次々に高速で緑炎光を纏ったものが大量に噴出したが、それに対してノータイムで五人が持っていた。

 

『おう!!』

 

 戦いが始まる………。


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