ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第134話「煉獄を裂く者達ⅩⅦ」

 

 道すがら竜の民と呼ばれる地下水道に住まう者達の事に付いて聞いていた。

 

 どうやらこの都市の建設が始められた当時にはもう存在していたらしく。

 

 昔は山間の方にいたらしいが、隠れ住む場所を街区の軍隊に襲撃される事があってから、地下に潜る事にしたのだとか。

 

「偉大なる長はアタシ達の祖先を率いて街区の地下に身を潜めて、街区の連中を追い出して沢山手柄を挙げたんだ。そして、連中が二度と此処に手出し出来ないように痛い目に合わせて、暗黙の不可侵を敷いたんだって」

 

「暗黙の不可侵……問題の保留、先延ばしをさせたと。良い手です」

 

「それにしてもアンタらも夜目が効くんだね。竜の民じゃないと明かりの無い此処じゃロクに動けもしないのに……」

 

「視力が良い方なので」

 

 事実、地平線のギリギリに立つコインの絵柄なら普通に見える視力である。

 

 実際にはマイクロ文字以下の細菌やウィルスまで見えたりするが。

 

「あ、見えて来たよ。スラムの連中も此処から先までは入って来ないから安心して」

 

 少女に先導されるがまま。

 

 地下の数百にも及ぶ集落の一つに辿り着いていた。

 

「……なるほど」

 

 自分の目で見れば、見る程に此処を創った連中の苦労が偲ばれた。

 

 広大な空間は地下水道内部の壁を削って水道の建材を地下に敷き詰め固めたものを土台として集落を構成していた。

 

 明かりは電灯の類だが、超重元素製のフィラメントを用いた特製品だろう。

 

 木製の廃材ではなく。

 

 金属資源で建てたバラックを結合した作りになっている集落は一つの家と一つの家が通路で繋がる仕組みで逃げる際は何処の水道の通路にも繋がるように脱出口を設けてあるようだ。

 

 集落の中央には畑が置かれており、大きなナスのような野菜が育てられている。

 

 普通の野菜ではない。

 

 帝国の研究所特性の長期遭難時用の代物でグアグリスの一部の能力を得ており、汚水などからも健康的な野菜が育ち、養分さえあれば、成長も1週間程で出来る肉の代用品ともなる総合栄養食的な果実が実る樹木型の代物だ。

 

【叡智の実】と呼ばれているが、味が左程良くない事を除けば命を繋ぐには十分な食料である。

 

「そういう事でしたか」

 

「此処にドラクーンが?」

 

 アルジャナとシュタイナルがすぐに理解したようだった。

 

「そうだ。此処が行方不明になった連中の作った村、なんだろうな」

 

「あ、こっちだよ。こっち」

 

 少女が手招きする方へと向かうと。

 

 ボロを着込んだ少年少女に大人達が身綺麗な街区の人間見えるだろうこちらをジロリと睨んでいた。

 

 少女が呼んでいる建物内部には大勢で入れなそうだったので、フェグとノイテとシュタイナル以外はsとで待っていて貰う事にする。

 

 内部に入るとすぐに今のようなところに通され、その奥の壁にはドラクーンの鎧が鎮座していた。

 

 中に人間が入ってるのは間違いない。

 

『………奇跡か』

 

 ポツリと内部から声が響く。

 

 その声は皺枯れていた。

 

 鎧の老人。

 

 そうなのだろう相手は椅子からゆっくりと立ち上がると敬礼してくれる。

 

 その様子に少女が驚いた様子で目を見張っていた。

 

『ドラクーン所属第1294番リーナス・ゲリル中尉であります。若き竜騎士とリバイツネードの青年達……よく、良く、来てくれた……っ……申し訳、ございません。姫殿下……』

 

 鎧の中から涙は零れない。

 

「待たせました。そして、貴方は五十年どころか百年を超えて待っていてくれた。その献身、その忠義、決して忘れませんよ」

 

『おぉぉ、不甲斐なしッ!! 我が身の何と不甲斐ない事か!? お出迎えにも行けずッ、人々を救う事も出来ずッ!!』

 

「貴方に救われた人々はいますよ。それは決して幻ではない。だからこそ、言いましょう。リーナス・ゲリル中尉……もう一度、わたくしの下で戦って頂けますか? そして、この地から人々を開放し、世界を救って下さい」

 

『否など!! 否などあろうはずもありません!! 我が寿命の最後まで必ずやお仕え致します!!』

 

 膝と頭を下げた中尉の肩に手を掛ける。

 

「巻き返しますよ。中尉」

 

『ハッッ、この身に代えましても!!!』

 

 立ち上がる相手に頷き返す。

 

「それで貴方だけなのですか? 仲間は?」

 

『……お話します。一体、内部で何があったのか。あの140年前の事を』

 

 こうして、この威容な世界の事が語られ始める事になった。

 

 それは長い長い昔話に違いなかった。

 

 それを見ている少女が面食らった様子で何やら泡を吹く勢いで驚いていたりしたが、それは横に置いておく事になったのである。

 

 *

 

「つまり、奴隷達の一部を開放した時には敵によるこの時空間が形成されていて、相手の力が大き過ぎて領域形成時点で領域の端ギリギリまで逃げていたと」

 

「はい。当時の部隊の死傷者は4名。敵アウトナンバーの大攻勢に耐え切れず。ですが、死体と装備は持ち帰り、全て今も保管されており、装備の補修の為にパーツを取り、幾つかの超重元素による生活の維持の為に……」

 

「そして、この都市が出来てからは地下に潜って生活し、事実上の迷路を用いて徹底的な耐久消耗戦略を取ったわけですか。よく隊員から脱落者を出しながら此処まで……」

 

「いえ、護るべき民間人を支えるだけの力が無かったのです。街区の人間は瞬く間に増えた。それを殺すわけにもいかず。しかし、同時にこちらの開放した民を殺させるわけにもいかず。人出が足りない為に戦争をさせない事すらも難しかった」

 

「故に街区の地下に立て籠らざるを得なかったと」

 

「はい。お恥ずかしい話です。目標は完全に奴隷化した民を使い帝国を築いてしまった。そして、築いた帝国は今正に外への侵略までも目論んでおります」

 

「侵略、ですか?」

 

「こちらの時間軸では7年以上前の事になりますが、急激に青空が戻ったと同時に街区を覆っていた緑炎光が急激に弱まったのです。それこそ今の年老いてほぼ薬も使っていない我々にすら倒せる程にアウトナンバーの力も急激に弱まった。また、街区の人々が持つ緑炎光も今やほぼ消え掛けており、嘗ての脅威は過ぎ去り、此処への襲撃も随分と減ったのです」

 

「そうだったのですか。親玉をこの世界から放逐した為、力が一時的に弱まったのでしょうね」

 

「何と!? つまり、もうアウトナンバーの脅威は?」

 

「ええ、低減しています。しかし、残党の掃討作戦を立案中です」

 

「一重に姫殿下と家臣団の方達のお力……この領域に取り込まれてすら救われていたとは……感謝するばかりです」

 

 中尉が頭を下げる。

 

「まずは現状の詳しい都市の情報が知りたいのです。それとこの世界の人々の事も……」

 

 頷いた中尉がすぐに紙や地図を取り出して説明してくれた。

 

 何でも再奴隷化した東部の民を緑炎光で強化した街区を創った領主。

 

 今の皇帝はその力を使わせつつ、人間をアウトナンバー化させて化け物にする事もしていたらしい。

 

 優秀な人材は全てが一度はその能力を身に着け、自由に変身出来るようになったのだとか。

 

「アウトナンバーまで育てる為に当時の領主はメダルのような超重元素を含有した金属片を使いました。そして、その適合率が高いと思われる人間から順番に位を与えて支配したのです」

 

「つまり、貴族種だの商人種だのという区分は……」

 

「はい。化け物としての適性。アウトナンバー化した際の能力に比例して付けられた位です。最初期のメダルを用いた確認の後はそのメダルを使う事なく。区分毎の種族を使い分けて集落への襲撃も受けていました。km級に近いか。もしくはkm級のアウトナンバーとなれる貴族種。100m級となれる商人種。10m級の個体となれる技能種」

 

「では、奴隷種というのはアウトナンバー化出来ない相手という事でしょうか?」

 

「いえ、それよりも酷い。適応出来ずに死ぬか。死に掛けます」

 

「……そういう事ですか」

 

「奴隷種は正しく奴隷として残されており、この国においては最も人間としてしか生きられない者達が最も差別されているという事になるでしょうか」

 

「この領域が生成された時の方法や状況については?」

 

「仲間達と観測していたのですが、緑炎光を物質化したのではないかと。それを裏付けるようにこの領域が生成された当時には領主だった相手の気配が感じ取れなくなり、下っ端のkm級となった者達がこちらに戦闘を仕掛けて来ていました。それが都市が数十年で出来上がった頃になると襲撃者に領域生成時にこの世界の全域で感じられた相手の気配が混じるようになり……」

 

「力を回復させていたわけですね?」

 

「恐らくは……」

 

 中尉が頷く。

 

「それで鎧が脱げなくなったわけですか……」

 

「あはは……お見通しでありましょうな。姫殿下ならば……」

 

 その恥ずかしそうな言葉に後ろのアルジャナとシュタイナルが首を傾げた。

 

「肉体の何割が残っていますか?」

 

「「?!!」」

 

「お恥ずかしながら、現行では3割弱です。残った部位を全て鎧内部の生命維持機能と万能薬で生きられるように継ぎ接ぎしていますが、頭部から心臓程までしか……後は万能薬で肉体の一部から再生させた小規模の臓器を用いております」

 

 鎧の中尉の言葉に後ろの2人もさすがに言葉を失っていた。

 

「他の者達も同様ですか?」

 

「はい。最も残っている者でも5割程です。そのせいで子供も出来ず。此処に骨を埋める覚悟はすれど、一人身であります」

 

 少しはにかんで、おどけて笑う中尉の強さがようやく2人にも解ったようだった。

 

「ふふ、まったく100歳を過ぎた殿方に言うのも何ですが、帰ったらドラクーンの合同お見合い会でもしようかと思っているのです。愉しみにしておいて下さい」

 

「おお、何という寛大なお心。これは鎧を新調せねばなりませんな」

 

「ならば、問題ありません」

 

「どういう事でありましょうか?」

 

「持って来たのですよ。鎧も装備も薬も……」

 

「―――」

 

「仲間達を秘密裡に集めて下さい。回復後、数日中には貴方達に働いて貰いますよ。全ての地域にはわたくしが単体で護りを敷きます。それと集落の問題に関しても教えて下さい。出来る限りは必ず解決すると約束します」

 

「この朽ちるのを待つだけの身に何という……っ……」

 

「泣くには早いですよ。中尉」

 

「そ、そうですな。姫殿下。我らが体の全てお任せ致します」

 

「はい。任されました。では、外から聞き耳を立てている男の方達に事情の説明と今後の方針を教えておいて下さい。わたくしは自分の足で少し集落を廻って来ます」

 

「どうぞ、彼らの働きを見てやってください。この老骨に出来ぬ事は全て彼らが独自に遣り遂げたものばかりです。強いですよ。竜の民は……」

 

 そう言った中尉がすぐに外の男達に大声で叱り付けるように呼び出すとドカドカと男達が入って来て、混乱した様子でこちらを見てから、長として今まで集落を導いて来た偉人に話を聞き始めた。

 

 邪魔しないように外へ出ると先程案内してくれた少女が何やらウチの女性陣と会話しながら驚いた声を上げていた。

 

「えぇ!? あのお嬢様っぽいの料理出来るの!? 貴族種は料理とかしないと思ってた」

 

「ふぃーの料理は記憶が無くなるほど旨いからなぁ……」

 

「そうですね」

 

「いや、それ薬盛られてるんじゃないの? ま、まさか、あの貴族種!? 貴方達みたいな良い子に薬を盛って手籠めに……」

 

「手籠めに? されてないけど、される予定だぞ♪」

 

「ですね」

 

「いや、あの子は……いや、愛人相手に何か語る事も無いわね。それにしても愛人多過ぎじゃない? メレイス様も吃驚な展開過ぎるわ」

 

「あいじん~~あいじん~~♪」

 

「「………」」

 

 背後から突き刺さる色々な視線が痛い。

 

「はぁ、集落の話を聞いて来て下さい」

 

「「了解しました」」

 

 男性陣を送り出して、情報収集へと向かう事にした。

 

 *

 

「あ、あたしはイルミナよ。貴族種」

 

「フィティシラと呼んで下さい」

 

 結局、女好きのおかしな愛人を囲いまくりの貴族種女子というレッテルを張られた昼時。

 

 ナスみたいな果実の丸焼きを齧りながら、今まで女性陣と話していたこの集落まで誘導してくれた少女から自己紹介を受けた。

 

「それで長をどういう風に取り込んだのか知らないけど、何をするつもりなの?」

 

 ジト目で怪しそうにこちらを見やる。

 

 他の女性陣はさすがこちらの目の前で明け透けに情報漏洩はしない様子でつい喋り過ぎてしまったという顔である。

 

 フェグは戻って来ると幸せそうに昼食の丸焼きを頭の上でモッチャモッチャし始めたのでしばらくは大人しいだろう。

 

「これから街区の方で色々と騒ぎを起こしに行きます。それと長達が不在の間はわたくしが各集落を護る事になるでしょう」

 

「何ソレ!? 長をどうする気!?」

 

「彼らには治療が必要です。そもそも長達の使っているものは全て我々が作った代物なのですよ」

 

「え!? りゅ、竜の鎧を!?」

 

 今もドラクーンの鎧の兜は竜を象っている。

 

「彼らの肉体はもう限界です。それを治す設備はありますが、街区の外にあるのでそちらに集めて移動させなければならないのです」

 

「ふ、ふ~ん。だから、あんなに喜んでたんだ」

 

「この集落もしばらくしたら放棄して皆さんも外に向かう事になります。それまでに色々とせねばならない事も多いのですよ」

 

「外?」

 

「聞いた事はありませんか? 長から」

 

「そう言えば、大人達は約束の日には遠い場所に旅に出る事になるって言ってるけど、あんなのただの言い伝えでしょ?」

 

「今はその認識で結構。昼食を取ったら各集落に案内をお願いします。それと道すがら竜の民で困った事があれば、教えて下さい」

 

「困った事?」

 

「ええ、何が足りないかとか。何かの問題があるとか」

 

 それにイルミナが口を開こうとした時だった。

 

「お、おい!! イルミナぁ!? 川が!? 川が!?」

 

「何かあったの!? 街区の連中でも攻めて来た!?」

 

 バッと立ち上がったイルミナがタタタッと走って同年代の少年が慌てた様子でやってきたのに対応していた。

 

「そ、それが、川がオカシイんだ?!」

 

「オカシイ?」

 

「と、とにかく見てくれ!? 大人達も騒ぎ始めてる!!」

 

 見れば、ようやく川の異変に気付いたらしい大人達が騒めいていた。

 

『何だ? この水は!? と、透明だぞ!?」

 

『嘘だろ。こんな水、街区でしか見たことないぞ!?』

 

『それがこんなに……一体、どうなってるんだ……』

 

 グアグリスで適当に下水の入り口を全て封鎖して、簡易の浄水場にして増殖用の栄養素を取り込んでいる。

 

 なので、川に流れているのは建材の微粒子以外はほぼ純水だ。

 

 下水道のあちこちの掃除も一緒にして塵や埃の類は全てレンガのようにグアグリス内部で押し固めてレンガの補修などに使ったので作られた当時よりも綺麗な道になっているのは間違いない。

 

『そ、外回りの連中が帰って来たぞ!?』

 

『た、大変だ!! 化け物共が何処にもいやがらねぇ!?』

 

『な、何だってぇ!? どういう事だ!!?』

 

『それが朝方からいきなり姿が消えちまって!?』

 

『連中の巣が何処にも見当たらねぇんだ!?』

 

『食われた連中の骨も回収出来た!! これは一体、どんな状況なのかオレ達にもさっぱりだ!?』

 

 川を覗いてそっと手を入れたイルミナが手から水を下に落として、その水滴の流れる様に目を見張りながら、グリンッとこちらをフクロウ染みて首が捩じ切れそうなくらいに曲げて見て来る。

 

 そして、ズダダダッと近付いて来て、超至近で睨んで来る。

 

「アンタ、何かしたの? 貴族種」

 

「少し綺麗にしただけですよ。ああ、この知恵の実が成ってる樹木型のソレに栄養分は補給してあるので枯れたりはしません。ちなみに水浴びしても良いくらいの純度にしてあります」

 

「―――水浴びって。そんなの貴族種の遊びじゃない!!?」

 

「水が貴重では無くなりました。今のところは……」

 

「……みんなに知らせて来る」

 

 こちらを疑心暗鬼でジロリと再度睨んだ後。

 

 少女が大人や同年代達に向けて走っていく。

 

「此処ってやっぱり水貴重だったんだな。ふぃー」

 

「でしょうね。恐らくドラクーンの装備の一部を浄化設備として使っていたのでは?」

 

「その通りだ」

 

 デュガとノイテに頷く。

 

「臭気も薄まって来たわね」

 

「ああ、各地のグアグリスに大気の浄化もやらせてる。一日も経てば、地下の全域で殆どの大気が外と同等くらいになるはずだ」

 

 ジークの言葉を肯定しつつ、丸焼きを齧り終えて立ち上がる。

 

「只今戻りました。姫殿下」

 

「情報収集完了しました」

 

 男性陣が戻って来る。

 

「それで? 大まかな生活上の困窮に直結する問題は?」

 

「水、大気、衣食住。それと化け物との戦闘での人死にだそうで」

 

「なら、次は諜報活動するか」

 

「今、サラッと解決したの流したぞ」

 

「まぁ、いつもの事です。今までは部下の部下がやってたのを今回自分でやっただけですし、近頃は体が鈍っていたと言わんばかりですし……」

 

 デュガとノイテが肩を竦めた。

 

「今日は予定通り、街区に泊まる。集落を検分した後は集落側にシュタイナル。アルジャナ。お前らが残れ。此処からは時間の勝負にもなるだろう。集落群に暮らす者達を護れ。それと同時に地下で調査して欲しい事が色々ある。頼めるか?」

 

「「了解しました」」

 

「フェグ。クリーオ。お前らは一緒に来い。ノイテ、デュガ、ジーク。そっちの男共を頼む」

 

「解りましたわ」

 

「いくー♪」

 

「了解だぞ」

 

「解りました」

 

「こっちの指揮は誰が取ればいいの?」

 

「隊長はシュタイナル。副官としてジークとアルジャナという形で行こう。意思決定はその順だ。ただし、一つ条件を付ける。どんな時も人員を分散させずに行動しろ。調査や他の事に付いても同様だ。シュタイナル。お前にはこの時点でドラクーンの鎧を装備して貰う。単独行動用だ」

 

「よろしいので?」

 

「アルジャナ。お前は女性陣の防御だ。もしもの時は鎧を使ってもいいが、出来る限り生身で対応可能な内はそうしろ。無暗に目に見える戦力を増やすとあちらに狙われる可能性が高い。シュタイナルが単独任務で離脱した場合はお前が隊長だ。そうなった場合は何があってもこいつらから離れるな」

 

「ご期待に沿うよう必ず!!」

 

「よし。集落をまずは廻る。二手に分かれるのはそれからだ」

 

 見れば、再びこちらにイルミナが走ってくるところだった。

 

「長からアンタ達の案内を頼まれた。今から、各地の長がいる集落に案内する」

 

「よろしく頼みます」

 

 頭を下げると何か物凄い顔をされた後。

 

 小さく頷きが返されるのだった。

 

 *

 

 結局、残っていたドラクーン14人全員と会う事が出来た。

 

 急いでいる旨と同時に近々、この領域がどうなるかを伝えた。

 

 どうやら全員が気付いていたらしく。

 

 領域の崩壊を最初から集落の人間達には何れ来るものとして教えてはいたらしい。

 

 また、戦力として補充する為にドラクーンの治療設備を郊外に待たせてある為、再び働いて欲しいとの言葉にすぐ承諾もしてくれた。

 

 その場所までシュタイナルに案内させて本日の大仕事は終わりとなるだろう。

 

 鎧自体はペンダントに入っている為、最新の鎧を身に着けたシュタイナルはすぐに彼らを誘導して、夕方頃には車両の一つがある地点に消えていった。

 

「ふぅ。誰もいないみたい。いいよ」

 

 そうして、街区の中でもスラムとの境界付近のマンホール。

 

 それをそろっと開けたイルミナに続いて三人連れて外に出る。

 

「でも、女の人だけで宿取るの?」

 

「ああ、問題無い。もう飯の支度で市場は賑わってるな。姉妹みたいに振舞え。このまま市場で食べられるものを買って、そのまま宿に向かう」

 

 イルミナに案内されて市場に向かうと夕暮れ時という事もあり、多くの夫人や独身男達が食料を買い求めに集まっていた。

 

 この世界の食糧はこの世界の土地で育てたものらしいが、普通は循環するはずの物質が循環速度が速い状態で小さな領域に留まっている為、色々と不具合が起きている、という様子はない。

 

(この完成して

 

 閉じられた領域は実験用のスフィアみたいなもんか。生態系を人工的に作っても問題無いとすれば、その皺寄せを領域を創ったものが被っているはず……資源や動植物の管理を緑炎光で行うとすれば、かなり面倒な相手だな)

 

『いらっしゃい。いらっしゃい』

 

『おう。店主!! 肉の値段がまた高くなってねぇか!?』

 

『仕方ないさ。青空なんてもんが広がってるんだ。各地じゃ家畜も体調を崩しちまってるって話だ』

 

 あちこちの言葉を聞く限り、緑炎光によって成り立っていた文明のあちこちでは急にガタが来たかのように色々と問題が起きているらしい。

 

 街区の民の多くが少しずつ迫る破滅の足音に不安を隠せない様子だが、それでも日常には異常らしいものを感じさせないよう振舞っているようだった。

 

 市場で目立たないように予備の服を与えたイルミナは此処に来る前に川で水浴びもして汚れもすっかり落として溶け込んでいたので問題無い。

 

 フェグもさすがに此処では普通に歩いている。

 

「?」

 

 すると、市場の奥でわずかに騒めきが起きた様子になる。

 

 人垣が割れて中から歩いて来るのは南部の貴人にはありがちな金の装飾を身に着けた十代後半くらいの少女が下賤な民と言わんばかりの見下した嘲笑を浮かべて歩いて来る姿だった。

 

 あちこちで少女に向けて頭を下げる者達がいる一方。

 

 奴隷種なのだろう労働力に使われている襤褸布を纏った者達は平伏していた。

 

 地べたに何を置いても先に頭を付けるという様子は貴族種が嘗ていた大陸の貴族よりも余程に畏れられている事を顕しているようだ。

 

「ふふん。相変わらず、醜い連中が多いわね」

 

「左様でございます。ひいさま」

 

 30代くらいだろう背後の執事っぽい服の男は腰に帯剣しており。

 

 他には従者もいないらしい。

 

 緑炎光の煌めきが少女の歩いていた場所から立ち昇っているのを見れば、それがアウトナンバー化した元人間である事は明白だろう。

 

「あれが貴族種だよ」

 

 ヒソヒソとイルミナが耳元で教えてくれる。

 

 今は商人種の首輪をしている為、バレる心配はないだろう。

 

 だが、一応クリーオとフェグに任せて後ろに下がらせ見付からないように待避させておく。

 

「わたしはこの南部第十四街区を治める大貴族種エルレ・シル・イーレ伯爵の長女メイ・シル・イーレである。本日、我が偉大なる父の命により、此処へ罷り越した!! これより第2市場を狩り入れ場とし、街区の蛆虫共を駆逐する徴兵の開始と名簿の作製を宣言する!!」

 

 隣の男がお触れらしき書状を開封して高く掲げる。

 

 周囲がすぐにざわつき出した。

 

「狩り入れ場?」

 

 その言葉を聞いたイルミナが背後で青くなっているらしい。

 

 イソイソとフードで顔を隠して背後に下がると男達が何やら一斉に気勢を上げ始める。

 

『遂にだな!! 空が青に染まって始めてか!!』

 

『ようやく地下の溝鼠共を駆逐出来るぞ!!』

 

『とーちゃん!! お、おれ、戦って立派な男になって一杯褒章貰ってくるよ!!』

 

『あはは、とーちゃんも負けないからな?』

 

 あちこちで男性が盛り上がり、女性は少し冷めた様子で顔を背けていた。

 

(そういう事か。都市のストレス発散と敵対勢力の掃討をお祭りにするわけだな……いや、結構嬉しい誤算だったな。相手に差し迫った事情があるか。もしくは遊びか。どちらにしてもかなり助かる)

 

 イルミナのいる場所まで戻って調達した食料を持ってその場から退散する事とする。

 

 宿屋に入って、相手の眼球を見えざる触手で侵食し、別の映像を投影しながら、鼓膜も侵食して声を変調させておく。

 

 声が入って来ない部屋を借りて内部に入って扉を閉め、膨張させた触手さんを壁のあちこちに張り巡らせて防音にしておく。

 

 青い顔のまま座り込んだイルミナは僅かに震えていた。

 

「狩り入れ場って何だ?」

 

「そんな率直な……もう少し労って差し上げるべきでは?」

 

「生憎とこんなところで情報伝達の遅れで人死に出すわけにもいかないだろ?」

 

「……それはそうですが」

 

 クリーオに窘められつつ訊ねてみる。

 

「狩り入れ場って言うのは……地下の竜の民に対する攻撃拠点の事。普段は街区の連中は地下に入って来ないけど、貴族種が率いた部隊があちこちから内部に侵入して来て、長達が貴族種と戦っている間にこっちに仕掛けてくるんだ……」

 

「今まで被害は大きかったのですか?」

 

「……うん」

 

「つまり、竜の民の数を減らす為に仕掛けてくる戦争。という事ですか?」

 

「前の狩り入れ場が立った時の【侵攻】で長がいない集落が幾つかスゴイ被害を受けたの……」

 

「それにしても狩り、ですか。竜の民とて戦える男はいたはず。そんなに一方的なものなのですか?」

 

「みんな、化け物になって押し寄せてくるんだ……それで竜の民を殺したら、外に持って行って勲章と引き換えるの……それで……それで……」

 

「姫殿下。これ以上は―――」

 

 言い掛けたクリーオだったが、青くなったイルミナがその手を制止する。

 

「あいつらはね。殺した竜の民を焼きながらお祭りをするの……」

 

「そうですか。食いながら一杯やらないだけ、大陸よりはマシかもしれませんね」

 

「姫殿下!?」

 

「嘗て、帝国が滅ぼした人食い部族には他部族を狩り殺して、侮蔑しながらソレを飲み食いしつつ、子作りするみたいな風習のある者達もいました。東部の一部での話です」

 

「―――それが今、何の関係が?」

 

「簡単ですよ。相手は恐らく東部に詳しい人間がいる。ただ残虐なだけなら死体を運ぶ労力など掛けませんよ。恐らくですが、皇帝自身もしくは裏にいる者がそういう統制方法を知る知識階級である可能性が高いでしょう」

 

「そういう事ですか……ですが―――」

 

「イルミナ」

 

 話を切って寝台に座り込んだイルミナに目を合わせる。

 

「街区の人間が憎いですか?」

 

「……憎いよ。憎くないわけない。あたしのお父さんも母さんもあいつらに殺されたんだ。最後には燃やされて消し炭をゴミみたいに地下に流されて……ッ、あんなやつら殺してやりたいに決まってるじゃない!!」

 

 頭をヨシヨシしておく。

 

「ならば、まずは相手を知る事から始めましょうか。それと復讐がしたいなら、してもいいですが、それは集落の人々を護って、自分達の命の確保をしてからでも遅くはありませんよ」

 

「……アンタだって、あの貴族種見たでしょ。勝てるの?」

 

「あははは、はぁぁぁ……」

 

「何で溜息吐くのよ……」

 

「心外だからですよ。あんな素人に毛が生えた程度の知能のある人外がわたくしに敵うならば、ドラクーンは必要になどされていません」

 

「ど、どういう事? ドラクーンて長達の名前でしょ……」

 

「ええ、ドラクーンとはわたくしを殺せる刃。そして、人々の為に己の命と人生を尽くし、人らしい死に方が出来ないと覚悟した末に力を手にした超人にして、その超人を超えた者を狩る者達……」

 

 何処か呆然とイルミナがこちらを見やる。

 

「人間は残酷で卑しく愚かですが、その本質を引き出せぬ統治者など単なる的にしか過ぎない」

 

「まと?」

 

「まずは大貴族種とやらの話を聞きましょうか。それと狩り入れ場となった街区を廻った後、明日は地下に戻ります。貴方達を脅かした者達の正体くらいは自分で見て見るといいでしょう。それから今後憎むだけの価値があるか判断するといい」

 

「憎むだけの価値?」

 

「解りますよ。すぐにでも……」

 

「(あ、これ怒ってますわね)」

 

「(フェグしってるー。ご主人様ぷんぷん~)」

 

 外野が煩いもののイルミナから更に大貴族種とやらに付いて聞いておく。

 

 要は貴族種の親玉らしい。

 

 それに近い者か。

 

 もしくはその当人が出て来て今まで戦って来たらしい。

 

 悪魔の如き化け物に変貌した街区の人間達は奴隷種には情けを掛ける事もあるが、竜の民には容赦なく襲い掛かり、女子供赤子の区別なく鏖殺し、嘲笑するとの事。

 

「つくづく教育成果だな。クリーオ」

 

「何でしょうか?」

 

「貴族の心が折れるとしたら、どんな時だと思う?」

 

「……それは貴族としてお聞きになっているのですか?」

 

「いや、1人の人間としてだ」

 

「そうですね。もしも貴族の心が折れるとすれば、それは自らの誇りが打ち砕かれた時でしょうか。それが憎悪に変わればまだ立て直しも利くでしょうが……」

 

「まぁ、そんなところだよな。未だ人間を止めておきながら貴族を気取る連中ってのも……おかしな話だ。貴族ってのは人間の事だって言うのに……」

 

「人間?」

 

「本質的な話だから、今はいい。イルミナに何か温かいものでも作ってやれ」

 

 小さな調理道具と電熱式の小規模なコンロを出して、買って来た食材の調理を頼む。

 

 ペンダントからモノを出したり入れたりする様子にイルミナは目を点にしていた。

 

「作らないー?」

 

「記憶が飛んだら困るだろ。いや、普通に作っても気持ちはしっかりしてて欲しいところだからな」

 

「ん~~ざんねん」

 

 フェグに頭の上でダラダラされながら、クリーオを手伝い始めたイルミナは料理に集中し始めると顔には笑みが少しずつ戻っていくのだった。

 

 *

 

 夜を越して明け方から街に出た全員で狩り入れ場が立った区の確認をしていたら、昼になった。

 

 総数はここ最近で最大の数らしく120近い狩り入れ場が街区中に乱立しており、総勢で300万人近い人数が動員されるとの事。

 

 その為に大貴族種と呼ばれる者達が140名近く戦いに赴くらしく。

 

 今世紀最大の借り入れ場となり、これで竜の民は滅ぶに違いないと街区の民達は噂していた。

 

「大貴族種が凡そ3万人。その中でもkm級になれる当主クラスが300人。その内の約半数を投入。なるほどなるほど……こっちの事はバレてるな。ある程度なんだろうが、竜の民をこのままにしておけないと決断した速さは評価してもいい」

 

 お茶を啜りつつ、中尉がいた家に椅子に座って、ナスっぽい果実の丸焼きを齧る。

 

「調査一日目なんだけどなぁ。もう帰って来たのか?」

 

「仕方ありません。また新たな犠牲者が出るようですし、我々は精々使われましょう」

 

 メイド達にはえーよという視線を向けられつつ、ジークを見やる。

 

「どうするつもりなの?」

 

「どうするも何も戦うだけだ。お前らに頼る程の話でもない。ただ、集落の連中も手伝ってもらう事は確定だ。街区の人間から、この世界の常識と力を剥奪する。大仕掛けはこっちで用意する。集落の方には簡単な仕事をして貰う」

 

「また、ロクでもない事を考えているようで。それに簡単な仕事? どう考えても簡単には思えないわ」

 

 ジークが首を傾げる。

 

「姫殿下。只今戻りました」

 

 アルジャナが外から戻って来る。

 

「どうだった?」

 

「事前に長の方達が言ってくれているおかげで手伝って頂ける事になりました」

 

「そうか。なら、後は大改造が必要だな。集落の連中を集めるドームを創る。此処は中心部付近だから、此処を広げる。フェグ」

 

「はーい♪」

 

「鱗一枚貸せ」

 

「うん」

 

 胸元の大きなエンブレム状の鱗部分を髪の毛みたいに一枚引き抜いて手渡してくれる。

 

 他の面々と共に外に出ると各地の集落の長の下にいる男達が一同に集っていた。

 

 その傍には何やら何かを伝えていたイルミナが何しに来たのかという顔になっていた。

 

「各々方!! これより、街区からの大侵攻が起きる前に貴方達の集落の保護の為、この地下を少し変えてしまう事を了承して頂きたい」

 

 その言葉に此処の集落の男達の纏め役がやってくる。

 

「どういう事だろうか?」

 

「全ての集落の人員を収容する為の場所をこれから作ります。貴方達には集落の人々を集めるのと各地で防衛体制を敷いている者達を率いて、此処まで連れて来て欲しいのです」

 

「無茶だ。此処の広さは集落の全ての人々を入れる事が出来るようなものでは……」

 

「だから、その広さをこれから確保しようと言っています。しばらく見ていて頂ければ」

 

 片手を伸ばすと次々に川の中から水に擬態していたグアグリスが出てくる。

 

 それにフェグの鱗を一枚入れて、上空に向かわせた途端。

 

 全ての繋がったグアグリスが次々に鱗を表面に生成していく。

 

 超重元素は予め与えていたのでそれなりの強度の鱗付きグアグリスが出来た。

 

 それはまるであらゆる水辺を鱗で埋め立てかのようだ。

 

 だが、それが違う事はその場の誰にも解っただろう。

 

「掘削を開始せよ。全集落の壁を取り払え!!」

 

 命令を一応、相手側にも解り易さ優先で声にしておく。

 

 上空に延ばされていた無数の触手が蠢き出して、猛烈な速度で石作りの天井を削り始めた。

 

 その恐ろしい光景に今にも天井が落ちて来るという錯覚に陥った者達が恐慌状態になりそうだったが、お茶を入れてくれたノイテからカップで紅茶を貰って休んでいるこちらのノホホンとした様子を見て、何か名状し難い顔が複数。

 

「い、一体何をしているのだ!? 貴女は!?」

 

「我が力の一部に全ての集落の壁を取り払わせて、街区の下に巨大な一繋がりの半球状の空間を造らせています」

 

「な!? 崩落す―――」

 

「崩落はしません。今、貴方達が見ている竜の鱗を用いたソレらが空間を確保し、支柱となって支えます。集落外の地域に人がいない事も確認していますし、しばらくお待ち下さい」

 

 言っている間にも電灯が明滅する中、次々に削られた土砂が鱗の内部から沁み出したグアグリス本体に受けられ、空間の拡張と同時に削れた地下の大地の補強へと回されていく。

 

「まぁ、一日も掛かりません。鱗で通路も作って来ました。早めに此処へ人々の避難を。よろしくお願い致します」

 

『………』

 

 男達は信じられないような工事中のグアグリスの蠢く鱗達を見ながら、慌てた様子で自分達の集落へと戻っていくのだった。

 

 ポイッと。

 

 先程ペンダントから出していたカロリーバー数本を出して投げ込んでおく。

 

 嘗てよりも更にハイカロリーな一本2400万kcalの危険物を溶かし喰らうグアグリスがゆっくりとその透明な内部を薄い青色へと変えていく。

 

 引き続き街区から流れ込む汚水を取り込んで蓄積浄化、漉し取った栄養分と遺伝子……物質を体内で弄びながら、グアグリスの増殖は進んでいた。

 

 *

 

「なぁなぁ」

 

「何だ?」

 

「待ってれば、攻めてくるんだから、わざわざこっちに来る必要あるのか? ふぃー」

 

「取り敢えず、今日中に集められていない大貴族とやらを襲撃してみる事にした」

 

「ふ~ん。それって暗殺?」

 

「とんでもない。戦うならフェアに戦いたいと思ってるし、常々ゲームの逆転劇には飽きてたところだ。こういうのは人間の心が無い悪人を人間らしい善意で叩き潰す方がいい。心を折るのが一番手っ取り早いなら、尚の事だ」

 

「よく分からないけど、悪い事考えてそうだな」

 

 肩を竦めておく。

 

「ノイテ。後は任せる」

 

「解りました」

 

 大貴族の屋敷の一つ。

 

 その裏手、騒がしい街区の狩り入れ場から離れた高級住宅街っぽい邸宅が立ち並ぶ場所へと馬車で来ていた。

 

 その幌馬車の上に座ってデュガの前で空を見上げる。

 

「もういいな」

 

「?」

 

 見えないようにグアグリスで光学迷彩張りに夜の静寂に溶け込みながら、ペンダントから取り出してた糸を巻いたボビンを取り出す。

 

 糸を巻き付けてあるヤツと言えば、解り易いだろうか。

 

 まぁ、巻き付けてあるソレはゼド機関なのだが。

 

「………」

 

 クルクルと回り出したゼド機関を虚空で更に回転させていく。

 

「何してるんだ?」

 

「糸を出してる」

 

「糸? その糸巻いてるヤツに糸見えないんだけど」

 

「ああ、ゼド機関の超小型版だからな。糸も見えない糸だ」

 

「見えない糸とか」

 

 デュガが胡散臭そうな顔になってボビンを見やる。

 

「いつものグアグリスとか使ってクルクルしてるのか?」

 

「ああ、そうだ。見えないグアグリスは今やこの都市を覆い尽してる。それでこいつから糸を取り出すと……こういう事が出来る」

 

 少しだけ巻き上がった風に街路樹の木の葉が一枚。

 

 それがデュガの前の虚空で留まりながらゆっくりと消えていく。

 

「消えてる?」

 

「いいや、消えてるんじゃない。木の葉は此処にある。だが、全て細断されてる」

 

「サイダン?」

 

「細かくしてる」

 

「……それでそれがどんな関係があるんだ? 此処に来たのと」

 

「ああ、最初の一個目だ。後は別のルートで来るからな」

 

 あちこちの館で音も無く窓が開いて行く。

 

 その一つから音も無く虚空に飛び出したソレがデュガの目の前に落ちて来た。

 

「―――ッ」

 

 落ちて来たのは頭部だ。

 

 首筋には血も滲んでいないし、緑炎光が体から漏れている様子もない。

 

 昏睡中の50代男性の大貴族種サンである。

 

「後でルシアに言い付けておこ。生首ポポポンしてたって」

 

「止めろ。何も悪い事してないだろ」

 

「いや、生首取って来るのは悪い事じゃないのか?」

 

 呆れた様子でデュガが溜息を吐くと同時に馬車が出発した。

 

「死んでないし。緑炎光の影響を脳髄内部に糸で伝導させた蒼力で相殺してもう化け物にもなれないし、ついでにしばらくは目覚めないという画期的な拉致方法なんだが」

 

「……いや、それはおかしい」

 

「お前、いつの間にそんなツッコミ技を……」

 

「エーカが言ってたぞ。ヤバイものはヤバイって言わなあかん、て」

 

「あいつか。はぁぁ、愛人予定の人々が似非関西弁とツッコミ役になるのも遠くないな」

 

 首を放り投げて空の見えない糸に吊るして夜の彼方に消してく。

 

「一体、何してるんだ? 大貴族種とか言うのの戦力を削いでるとか?」

 

「いいや、こいつらと襲撃に来る連中の心を一番簡単に折る準備だ」

 

「ええと、こいつら起きたら心折れてると思うぞ?」

 

「そんな超人未満期待してない。ウチのドラクーンは首だけになっても普通に会話してくれるし、戦ってくれるし、ちゃんと笑顔で死んでくれるくらいにはオレが信じる超人なわけだが……」

 

「今、すっごくアルジャナとフォーエとウィシャスが哀れになったぞ……」

 

「取り敢えず、戦いに来る連中のリストは上にいる竜の民の間諜から手に入れてる。連中以外の全ての大貴族種を今日中に狩り集める事にしようと思ってな。無論、起きてる連中以外で」

 

「聖女が首好きって伝説が出来ても知らないかんな」

 

「その時は敢て称号は受け取ろう」

 

「グアグリスにやらせるなら、どうして馬車で走る必要があるんだ?」

 

 デュガが最もな事を訊ねて来る。

 

「ああ、蒼力は距離で減衰するからな。極微量を頭部に流し込むには近場にいないとならない。と言っても、一晩走れば、足りるくらいの範囲だ。明日は混乱してダメだろうが、明後日から本番だな。恐らく……敵は慌てて攻めてくる。ついでに首返せーって大攻勢を一斉に仕掛けてくる。とても、嬉しい話に違いないな」

 

「あ、また悪い事考えてるぞ。だから、アズにぃに悪魔みたいって思われてるんだろうなぁ……」

 

「そう言えば、近頃は電話してるんだったか?」

 

「エジェットとか。スッゴイ不満そうだった。戦わず勝つのが最上なのは分かるけど、やられるとすっごい腹立つって言ってた」

 

「はは、後ろから刺されないように気を付けよう……」

 

「リニスは何か泣いてた。早く帝都に行きたいけど、王命だから動けない。アズにぃの馬鹿阿保間抜け早く自由にしなさいよ負け犬王とか愚痴ってエジェットに絞められてた」

 

「はぁ、あっちは変わらないようで何よりだ」

 

 言っている間にも無音で開く大貴族種とやらの館からは次々に一族の者達の首が死ぬ事も無く万能薬で生かされつつ昏睡したまま取られていく。

 

 残されているのは奴隷くらいなものだ。

 

 大貴族種、貴族種、商人種、技能種が大貴族種の館にいた場合は一律で全ての首をグアグリスに通した総距離500kmはある見えざる超重元素製の単分子ワイヤーで切り取っているのである。

 

 ウルトニウム製なので物理的な引っ張る程度の事象では切れない優れものだ。

 

 まぁ、巻き付けておけるのがゼド機関の空間を歪曲したボビンしかないというのを覗けば、かなり素材としては有用だろう。

 

 超人の首を斬るので気付かれてはいけないわけだが、グアグリスで相手の首筋から侵食して傷口から血が出ないように処置して、糸で切って、浸食部位から脳幹に蒼力を流し込んでグアグリスで脳内に昏睡させる薬液を注入して、それを張り巡らせた見えざるグアグリスの網に引っ掛けて各地の下水道内にマンホールへと高速で輸送するのだ。

 

 ベルトコンベアー的な流れ作業である。

 

 無論、都市の守備隊や夜間警邏の人々には漏れなく昏睡薬を嗅がせて昏倒させている為、目撃のしようも無く。

 

 常識的には内側から開けられない窓や扉とて隙間が空いていれば、グアグリスに入り込めない場所は無い為、意味も左程無かった。

 

 こうして翌日の明け方には集落に戻る事になったのだが。

 

 数多くの大貴族種やその周囲の人々の首がいきなり工事中の天井に吊るされ始めて恐慌を来していた集落の住民を宥めるのに色々と苦労する事になった。

 

 クリーオを筆頭に他の連中から微妙に白い目で見られたが、戦争前の下準備だからで押し通して、ようやく各地の集落から来た人々を収容する場所が出来た事を喜ぶ暇もなく。

 

 集まって来た相手にまた生首の説明をさせられる嵌めになったのである。

 

 誰も他に自分の仕事を引き受けてくれなかった事は悲しいが、仕方ない。

 

 最初に何かを始める人間が理解されないのは世の常である。

 

 グッと愚痴りたい気持ちを我慢した戦争準備中なのだっだ。


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