ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第133話「煉獄を裂く者達ⅩⅥ」

 

「此処でお別れだ。フィティシラ。外でまた」

 

「ああ、外でな。ウィシャスの方にも言っておいてくれ」

 

「了解」

 

 黒い竜。

 

 いや、鳥竜と言うべきだろう。

 

 嘗ての愛竜の子孫に乗って、フォーエが後部ハッチから外に消えていく。

 

 ハッチを閉めた後。

 

 ジークとアルジャナがすぐに各自の持ち場である左右の二台ある八輪装甲車内部へと向かった。

 

 アルジャナのいる方に乗るとシュタイナル隊長とクリーオが同乗している。

 

 クリーオが車両の運転手を務める形だ。

 

 もう片方の車両にはデュガとノイテがジーク、フェグと共に乗り込んでいる。

 

 一緒に乗るとフェグにグズられたのだが、車両を二台運用するに当たり、自分以外に周囲の人間を任せられる戦力が今回はフェグしかいないので合流したら好きなだけ構う約束で同意させた。

 

 車両内部は載った後部座席から見てもハイテクと呼べるだろう機能性に溢れている。

 

 柔らかな椅子が多用途であり、様々な状況で活用される黄金やダイヤの玉座よりは確実に高い芸術的な工業製品とは誰も思うまい。

 

 更に後部トランクは見えないが、ソレは大量に入っている車両内部の物資が満載されているからである。

 

『アルファ1、アルファ2、これより本艦は目標地点の空間障壁に突入する。突入終了後直ちに車両を射出。本艦は領域最遠部に離脱して周回軌道に入る。目標地点突入まで残り1分。教授方からの最後の装備に関する通達があるそうだ』

 

 最後まで載せている武装に関して色々と調整をしてくれていたゼド教授と久遠教授の顔が同時に各座席の前方上から下がる3D式のホログラム投射装置で現れる。

 

『まずはこちらから。今回、空間が不安定な地域での戦闘という事でそのバランスを崩さないよう空間歪曲用のゼド機関及び空間歪曲を用いた武装の出力には10分の1以下まで制限が掛かる。緑炎光に対する防御力が脆弱になり、攻撃力も殆ど無いに等しい』

 

 久遠教授の下に今回持ち込んだ武装の各種の能力制限が映し出された。

 

『基本的には物理攻撃用の武装を使ってもらう事になるわ。強敵相手なら制限を自身の意志で解除出来るようにもしておいたから、もしもの時は安心して使って頂戴ね。それと武装一式に付いての装着には前以て言ってあるように黒い棒をシャコッと開いてくれればいいわ』

 

 今回、突入にして都市に向かう部隊の全員が50年前の都市民達の目立たない恰好を参考に偽装していて、砂が多い南部用のフード付きのボロい外套と薄い布地で全身を覆うフォルマウという衣装が用意された。

 

 だが、この装いに武装は身に付けられないのが今回の課題だった。

 

 しかし、それを技術力でカバーしてくれるマッド三人衆である。

 

 大型の装備や小型でも武器の類が見かけ上持っていない事を装う為に細長い八角形のペンダント型装置。

 

 空間歪曲によって物質を持ち運べる力を使う事になった。

 

 結果としてはそれ一つ一つが命綱なので胸元に隠しており、そのものを盗難されないよう価値が無いように見せる為、真っ黒に塗られている。

 

『私達は此処で全員のペンダントから観測した情報を元に状況を探るわ。じゃあ、良い旅を』

 

『突入まで5、4、3、2、1、突入!!』

 

 後部ハッチが開くより先にゾムニスの声が響く。

 

 そして、猛烈な空間の歪曲に突っ込んだせいか。

 

 僅かに周囲の空間が歪んで見えたかと思えば、数秒で元に戻った。

 

『突入成功!! 外界との時間の誤差を計測……約4時間早い。ハッチ開く!! 射出!!』

 

 装甲車の車輪が回り、瞬時にハッチから上空に跳び出した。

 

『射出完了。これより全天候量子光学偽装状態に移行する!!』

 

 剣のような二代目リセル・フロスティーナにも似た中型艦がスゥッと空に溶けて消えた。

 

『車両をホバー状態に移行しますわ!!』

 

 運転手であるクリーオの言葉と同時に自由落下中の車両の浮遊する装甲に電力が奔り、落下速度が減速。

 

 首都圏が上空からは見渡せた。

 

「これが……実感としてもデカイな」

 

 空から見える旧南部皇国首都は遠方の果てまで続いている為、正しく大帝国と呼べるだけの威容を誇っていた。

 

『減速完了』

 

 最終的にすぐに見えていた森林地帯の内部に落着した。

 

 樹木の多い南部皇国の植生を完全に再現した首都の端に出た事が事前観測時の情報から仕立てたマップには映っている。

 

 現状の位置を把握するのにさっそく船からの情報が瞬時に受信され、居場所の詳しい位置が特定された。

 

『南東部、ラクサンの森と確認。周囲の樹木の密度であれば、浮遊状態で抜けられますわ。人気の無い首都圏域の外れですから、こちらも姿を消したまま行けます。今は明け方でしょうか……』

 

 すぐに運転席でギアを入れ替えたクリーオが先導する形ですぐに第一拠点となる地点へと向かう事にした。

 

 出発までに飛び出る地域や位置を複数用意して、その際の対応を決めていたのでクリーオの運転にも迷いはない。

 

 もう一つの車両は現在ノイテが運転している為、はぐれる事も無いだろう。

 

「クリーオ。さっそくだが、一つ異変がある」

 

「え?」

 

「此処は時間がズレてるはずなのに同じような時間帯の空が既におかしい」

 

「―――言われてみれば、確かに!?」

 

 クリーオが運転しながらも、こちらの指摘に気付いた様子となる。

 

「恐らくだが、この空は自然光を真似ただけの偽物だ。時間がズレてるだけならズラした空の時間があるはずだからな。ただ、自然光を真似てる意味が分からない。この世界そのものを作ってる力がそういうものなのか。もしくは別の意図があるのか」

 

「言われなければ気付くのが遅れていました。済みません。姫殿下」

 

「いや、いいんだ。ただ、自分の常識と認識をまずは疑うところから掛かってくれ。どんな時も状況の齟齬や違和感は何かしらの重要な事実に気付く切っ掛けになる」

 

「は、はい!!」

 

 横に座っているシュタイナル隊長がこちらに顔を向ける。

 

「姫殿下。では、此処から首都圏に向けて?」

 

「ああ、内部調査開始だ。奴隷の証である首輪を装着しろ」

 

 教授達に作って貰った偽物を装着する。

 

 現在、目立つ人間には現地民に見えるように化粧をしたり、髪の色を変えたりしている為、全員が南部っぽい装いと姿になっている。

 

 肌の色も褐色だ。

 

 専用の化粧道具も持ってきているが、基本的にはバレないように身体をしばらくは洗う事も無いだろう事は決まっていた。

 

「姫殿下。目標地点は近場でしたのですぐに付きます」

 

「付いたら、総員降車。車両は自動運転も可能だからな。隠したら、さっさと行くぞ」

 

「「了解」」

 

 目標地点に着く。

 

 そこは見晴らしが良い高原の一角だった。

 

 なだらかな丘陵が広がる一帯は一部で先に続く場所にはしばらく数百mくらいは森が広がっており、その先は草原が続いている。

 

 南部皇国旧首都の市街地までは恐らく7km以上は距離があるだろう。

 

 車両をほぼ同時に止めて全員で降りる。

 

 すぐにノイテとクリーオが首のペンダントの一部を捻ると車両が自動で森の中へと透明なままに戻っていった。

 

「ごしゅじんさま~」

 

 フェグが背後にベッタリしてくる。

 

「フィー。此処からはどうする? 市街地まで向かうか?」

 

 デュガの言葉にアルジャナを見やる。

 

「何でしょうか!! 姫殿下」

 

「良し。取り敢えず、育ちは良さそうに見えるな」

 

「へ?」

 

 アルジャナが首を傾げた。

 

 ジークとアルジャナは付いて来なくても構わないと言ったのだが、仕事は完遂すると断言されたので連れて来た。

 

 だが、此処に連れて来る男がせめて2人は欲しいと思っていたので打って付けではあったのだ。

 

「シュタイナル。アルジャナ。これからお前らがオレ達の主人だ」

 

「え?」

 

「は?」

 

「南部皇国は重婚が許されてた国だ。それと亭主関白が普通だった。アルジャナ。お前はノイテとデュガとジークを妻に迎えたばかりの夫になれ。こっちはフェグとオレとクリーオがシュタイナルの妻という体で行く。何かオレ達が会話で口を滑らせた時は適当にオレ達の頬を張って怒鳴るか怒ったフリでやり過ごす。いいな?」

 

「え、あ、そ、その!? さ、さすがに頬を張るのは……」

 

「構わないぞ。命の方が大事だし」

 

「ですね」

 

「……叩いたら後で倍返しね」

 

 最後にジークがニコリと微笑んだ。

 

「ひぃ!?」

 

 三人の女性陣の言葉にプルプルしたアルジャナである。

 

「お前もいいか?」

 

「冗談は存在だけにして欲しいところです」

 

 シュタイナルが溜息を吐く。

 

「わ、わたくしは構いませんわよ?」

 

「ふぇぐもいいー」

 

「取り敢えず、咄嗟に叩く練習だけして貰うぞ。後で出来ないとか言われても困るし、面倒事を増やさない為にも適度に叩け。此処はオレを使っていい」

 

「お、畏れ多いですよ!!? ひ、姫殿下の頬を張るなんて!?」

 

「後で怖い人達から怖ろしい目に合いそうなんですが……」

 

「此処での事は無礼講だ。仕事と命が大事ならやれ。ああ、オレは化粧があるから、化粧が消えない強さでな」

 

 現在、肌は褐色で髪は赤毛にしているのだ。

 

「わ、解りました」

 

「はぁ、解りました」

 

 アルジャナがまず前にやってくる。

 

「オレが失言をしたところからスタートだ。台詞はそうだな。お前、何を言ってる!? と驚いた様子で思わず手が出たみたいな感じで行こう。やれ」

 

「う、うぅ……」

 

「や・れ」

 

「は、はい……ッ、お、お前!? 何を言ってる!!?」

 

 パンと音がするくらいアルジャナに引っ叩かれた。

 

「うぅぅぅ、済みません。済みません。済みませんぅぅぅぅぅぅう!?」

 

 アルジャナは涙を流して平謝りである。

 

「出来れば、要所要所で街の男と女の様子を観察しておけ。いいな?」

 

「解りました。済みませんぅぅぅぅぅ!!?」

 

「次」

 

「解りました……ッ、お前!! 何を言ってる!!?」

 

 今度はアルジャナよりも少し強めに入ったが手が痛いは相手なので問題はない。

 

「それでいい。お前は……そうだな。冷徹そうな感じを出しておけばいいな。如何にも毎日妻を殴ってますって感じの冷血漢で」

 

「その設定、要ります?」

 

「似合ってるぞ?」

 

「はぁぁ、解りました。君もいいか?」

 

 シュタイナルに聞かれたクリーオが肩を竦める。

 

「構いませんわ。全ては任務達成の為ですもの。叩いたら、後で三倍くらいにして殴るので悪しからず……」

 

「そうならないように努力しよう」

 

 顔が引き攣ったシュタイナル隊長である。

 

「フェグ。今回はオレ達が誰に殴られてもキレたりするなよ?」

 

「はーい♪」

 

「後、お前のいた都市を再現してるとはいえ、此処はお前の故郷じゃない。だから、何かあったらオレを思い出せ。約束だ。いいな?」

 

「わかったー。えへへ~~」

 

 フェグが上機嫌で頭の上に頭をくっ付け、ベタベタしたまま頷く。

 

「此処からは徒歩だ。主人の後ろを3歩離れて歩け。妻と外出する際の規則は主人が話している間は会話に割り込まない事だ。もしも、知りたい事があったら、また別の機会にやるから、無理するな。全員、南部皇国の言語はそれなりに上手くなったがニュアンスが分からないから、商店や露店で話を聞く以外はオレかシュタイナルに任せろ。いいな?」

 

「はーい」

 

 フェグを筆頭に頷きが帰る。

 

「出発だ!!」

 

 こうして二組に分かれてイソイソと首都市街に向けて歩き出した。

 

 空は明け方の紫雲を連れ去り、周囲の小川から靄が立ち込めている。

 

 砂除けの外套は首都が砂漠や荒野と接していた旧首都では必須装備だ。

 

 テクテク歩いて行く内に第一村人を発見した。

 

「最初に出会うのが死体か。シュタイナル。クリーオ」

 

 2人が同時に周囲数km圏内に自分達を見ている者がいないか。

 

 もしくは何らかの通信手段が存在しないかと確認した後。

 

 ようやく道らしき道が出来ていた森の中で発見した死体に近付く。

 

 シュタイナルが先に確認した。

 

「40代の男性。東部の血筋ですね。死後4時間。外傷有り。これは……刃物傷ではなくて獣の噛み痕のようです。森の獣にしては歯型4m級の何かですが、食い千切った痕が無い。殺す目的で噛まれたと見て間違いありません。死体の状態は良好。天候からして夜中に襲われてそのままだったと思われます」

 

「何か持ってないか? 身元もしくは襲われる理由だ」

 

「しばし、お待ちを……これは……」

 

 シュタイナルが何かを血塗れの指で取り出す。

 

「メダル?」

 

「事前知識に該当する物品無し。ただし、硬貨にしては重過ぎます」

 

「何らかの印の類の可能性がある。一応、洗っておけ。そこの小川でな。それと感染症対策用のスプレーを一回」

 

「了解」

 

 シュタイナルが小川で銅のメダルらしいものを洗って、ペンダントを少し捻って、捻り具合でペンダントの表面に浮かび上がった象形で物品を選び、手の中に物品を取り出す。

 

 音も無く目の前に出て来たその缶スプレーを自分に一回吹き付けてペンダントの尻部分に缶を接触させながら押すとまた缶が消えた。

 

「メダルが何の印なのか分からないから、しばらくは人に会っても不用意に出すなよ」

 

「了解。それにしてもこの死体……本当の奴隷層ではなく。一般人に見えます」

 

「ああ、それはオレも思った。全員が奴隷の首輪をしているとはいえ、それでも一般人と見分けが付くんだから、こういうのが夜中にここら辺をフラフラして獣に殺されるってのは尋常じゃないな」

 

「何かいるー」

 

 フェグの言葉で指差された森の一角を見やると確かに赤い瞳の獣らしい影が明るくなってきた森の奥の方からこちらを見ていた。

 

「……アウトナンバーだ。だが、妙だな。警戒してるどころか。こちらを襲うような意識を感じない。ただ、見てるって感じだ。何かしらの監視装置なら、誰かに即時伝えるか。もしくは五感の幾つかを誰かと共有してる可能性もあるが、そうオレには見えない」

 

「何かしらの条件を踏んだのでしょうか? 我々もしくはこの死体が……」

 

「その可能性がある。警戒しつつ先に進むぞ。誰かと出会ったら、慌てた様子で人が死んでる事を教えろ。ちなみに森の方に来たのは朝の散歩だとでも言っておけ。ここら周辺の風土的には朝に宗教的には森に祈りを捧げるって信仰方法があったはずだ」

 

「お詳しいのですね。姫殿下!!」

 

 アルジャナが目をキラキラさせていた。

 

 取り敢えず、獣を警戒させつつ、更に森を抜けて近くにある集落が見えてくる。

 

「此処からは女は黙って男に任せろ。男性陣、上手くやってくれ」

 

「は、はい!!」

 

「了解」

 

 2人が共に少し早歩きで集落の近くまで行くと家の近くの畑を耕す男がいた。

 

「どなたか!! どなたか!!」

 

「ん? どうしたんだい? こんな時に散歩かね? ご婦人方を連れて」

 

 男がシュタイナル隊長の慌てた声に振り返る。

 

「朝の祈りを捧げていたら、し、死体が!? 森の中に男の死体が!!?」

 

「何だって!? どういう事だ!? ちょっと聞かせてくれ!?」

 

 シュタイナルが此処に越してこようかどうかと朝から地域を確認するついでにやって来た新婚である事を伝えつつ、男に死体の状態を告げる。

 

「何てこった。もしかして、此処にも出たのか……」

 

「此処にも? どういう事ですか? 此処は静かな土地と聞いていたのに……」

 

「ああ、いや、お前さんも聞いた事はあるはずだ。この忌々しい青空になって7年。青空の怪物と言えば、解るだろう?」

 

「あ、ああ、あの噂の?」

 

「そうだ。お前さん詳しくないみたいだな。いや、だが、本当にいるんだよ。他の集落でも噂になってる。それにしても死体か……どうにも村長に人を出してもらわにゃならんな。ああ、済まない。悪いが今日のところは帰ってくれ。いや、本当に嫌なところに出会っちまったなぁ」

 

 上半身裸の男がすぐに断りを入れて集落の一番大きな家へと向かって行った。

 

 レンガ造りの家が多いので比較的裕福なのは確定だろう。

 

 旧首都の地域においては痩せた土地や市街地の砂の多い地域に住まう者は最下級の奴隷。

 

 良い場所は一般農民や街の技能労働者達が殆どだとの話だ。

 

 前以て50年前の常識を読み合わせていたので問題無く溶け込む事が出来たらしい。

 

「急いで離れるぞ。集落間及び市街地までの乗合馬車を探せ。当時の通貨は持って来てる」

 

「了解」

 

 すぐに全員で現場を離れて集落から少し離れた細い街道沿いの一角に馬車が止まっているのを見付ける。

 

「その馬車、載せてくれないか!!」

 

 シュタイナル隊長の演技は絶好調である。

 

「おう。いいよ。どこまで? あ、料金は前払いな」

 

「これでどうにか出来ないか?」

 

 一応、当時の旧首都の相場も教えていたので手渡して使えるかどうか確認する。

 

「ん? 何処の通貨だオメェ、コレ?」

 

(ダメか……)

 

「すまん。慌ててしまって今、持ち合わせが……何か変わりになるものがあれば、運賃代わりに渡してもいいんだが、どうだろうか?」

 

「多いなぁ。ま、こんなご時世で馬車に乗る連中も少なくなっちまったからよ。そうだな……おう!! そこのお嬢さんが羽織ってる外套でいいぜ?」

 

 50台のおっさんがちょっと下心有りでニヤニヤした。

 

「~~っ、仕方ない。オイ!! お前!! それをこの人に差し上げろ!!」

 

 言われたのはクリーオだった。

 

 おずおずと外套をクリーオが男に差し出す。

 

「ははは、そんなに急いでるのか? 仕方ねぇなぁ。何処までだ?」

 

「街区の端まででいい。とにかく此処を離れたい。青空の獣が出たと集落が騒がしくて」

 

「っ、本当かよ。はぁぁ……こんな空になっちまってよぉ。世の中、どうなってんだか」

 

 おっさんが被りを降って、すぐにこちらを馬車に載せて走り出した。

 

 大型の幌馬車に全員乗れたのは幸運だろう。

 

 カタカタと馬車が奔り始める。

 

「で、お前さん。青空の獣が出たって本当なのか?」

 

 シュタイナルに訊ねるおっさんが興味津々そうに聞いて来る。

 

「あ、ああ、本当だ!! 親友と一緒に新居を探していたんだ。ここらは静かだって聞いたから、そうしたら朝に森へ祈っていたら死体が……」

 

「おおう。そいつはまったく不幸だったな。青空の獣……本当にいるのかって話すらあるが、実際に聞いちまうとなぁ……」

 

「済まないんだが、あまり詳しくなくて。此処でも獣の話は出ていたのか?」

 

「ああ、そうか。街区に住んでちゃ、左程詳しくはないか。ま、上等なもんを貰っちまったから、おまけしとくぜ。そもそも7年前の大異変で空が青くなるなんておかしな事になっちまった頃からだ。この街区最大の権力者である大都督殿が見たのが始まりってんだからなぁ」

 

 おっさんが静かに噛み煙草を少し齧りつつ空を見上げる。

 

「とにかく街の外側に出るんだよ。気味悪りぃ獣がさ。しかも、青空になってから出たわけだ。大都督殿は鹿狩りで見たらしいが、今もそこらの連中が時々見てるらしいな。死人もちらほらと一月に3回は出てるってよ。街区には関係ないから、お前さんみたいに分からん奴もいるだろうが、今じゃ街区の方に移り住もうかって連中すらいる始末だ」

 

「そんな大事になっていたのか……知らなかった」

 

「オイオイ。どこのお坊ちゃんだオメェ。でも、可愛い子ばっかり。あ、もしかして御貴族様の家柄に近いとか? いや、そうならさすがに失礼したなぁ」

 

「いや、少し良い商家に生まれてね。親友殿と同時期に結婚したものだから」

 

「ははは、そうだよなぁ。街区じゃ砂は結局入って来るし、奴隷種も多いしなぁ。お、そういやお前らの首輪は“商人種”か? いやはや、金くらい持ち歩けよ。ははは」

 

 おっさんがゲラゲラ笑って色々と話してくれたところによると。

 

 今現在、首都には独自の階級制度が敷かれており、種族として貴族種、商人種、技能種、奴隷種に分けられているのだと言う。

 

 士農工商なんてのは今じゃ廃れた歴史の考え方なわけだが、それをやっているのが此処らしい。

 

「まったく、この都市が出来て140年……世界の破滅からオレ達を救って下さった皇帝陛下の都市にもガタが来てるなんて話もあるが、おっと……コイツはご法度だったな」

 

「いや、ありがとう。いつもこういう事はそれが解る者にやらせていたものだから、何も知らなくて」

 

「いやいや、お坊ちゃんにはありがちだなぁ。奴隷種には気を付けろよぉ。近頃は街区の外で奴隷種を見たって奴らもいる。何処にも所有されてない幽霊奴隷が森に消えるとか。まったく、世も末だ」

 

 そこから更に色々ペラペラおっさんが話してくれた事を情報源としている内に街区の端まで来る事が出来ていた。

 

「そう言えば、死体を見た時に助けようと思ったら慌てていて、これを持って来てしまったんだったな」

 

 わざとらしくない様に呟くようにしてシュタイナル隊長が出した銅製メダル。

 

 それを見せて反応がどのようなものなのか確認したら、おっさんは何だソレ?という顔になっていた。

 

「いや、慌てていて……」

 

「ほう? 何だ通貨じゃねぇよなぁ」

 

「何か値打ちものなら返してきた方がいいんだろうか……」

 

「ま、持って来たもんはしゃーねえよ。親にでも聞いてみたらどうだ。それにしてもこの通貨? なんつーか、大昔の伝説みてぇだな」

 

「伝説?」

 

「ほら、子供の時に聞かなかったか? 奴隷種の中から皇帝陛下が貴族種や商人種、技能種を選び出す際に大きな金属の塊を割って、その相手に与えたって。でも、そういうのは家に伝わってないから、恐らくは何か別の話が混じってんだろうなぁ。それこそ金を与えて下さったのかもしれないし」

 

 街区の一番端は簡易の壁があったが、獣除け程度で人が跨いで通れるくらいのものしかなかった。

 

 お礼を言ってから降りるとおっさんは手を降って馬車を今度は来た方向とは反対側に向かわせて、道の先へと消えていったのだった。

 

「奴隷の選別に使われた道具、でしょうか」

 

「それを持ってるヤツが殺されたのか。もしくはそれを偶々持っていただけなのか」

 

「ですが、それはこの地には伝わっていない」

 

「何か重要なものかもしれないし、一応持っておけ」

 

「了解」

 

「アルジャナ」

 

「は、はい。何でしょうか」

 

「そろそろ朝も終わりの時間帯だ。このまま商業区に大人数で向かうのは得策じゃない。それに男は仕事の時間でもある。この都市の通貨と拠点を手に入れなきゃならない。お前は安全な寝床の確保に動け。ジーク。こいつを頼む。金は適当に金持ってそうな下種とか。そこらの酒場にいる酔っ払いから幾らかスッて来てくれ」

 

「解った。行くよ。アルジャナ」

 

「あ、ジーク殿。ちょっとま―――」

 

 ジークに連れられて、アルジャナが背中を押されて街中に消えていく。

 

「こっちはどうするのですか? 姫殿下」

 

 クリーオの訊ねにシュタイナルをそちらに押し付けておく。

 

「2人で地図を作製してくれ。勿論、頭の中でな。書き留める場所は他の目が無いところで」

 

「それは単純な地図ではないという事ですか?」

 

「ああ、重要拠点、重要な人物、あるいは使えそうな場所。そういう情報を集めてジーク達と合流したら部屋で作成開始だ」

 

「姫殿下と他の方々は?」

 

「オレ達は独自に地下の調査を行う。この都市には下水処理用の下水道が奔ってる。グアグリスを用いて内部の探索と使えそうなものを探す係だ」

 

「おぇー。臭いのかぁ」

 

 デュガがげっそりした顔になる。

 

「すぐグアグリスで綺麗になる。問題は誰かがいたり、何かがいたり、面倒な仕掛けがされてるかどうかの確認が出来るかだ。グアグリスが使えるオレ以外に誰がやっても時間が掛かる」

 

「解りました。集合場所は予定通りの方法でよろしいですか?」

 

「ああ、頼む。お前らは蒼力を使えない事を忘れるな。一応、この作戦の為にドラクーンの薬は服用してもらったけども、訓練もロクにしてないお前らじゃ性能を限界まで引き出せないからな。無茶はするな」

 

「了解ですわ」

 

「では」

 

 シュタイナルを前にしてクリーオが共に街区の噂が集まりそうな中央の歓楽街に向けて歩いて行く。

 

「よし、行くぞ。お前ら」

 

「いつもの面子ですね」

 

「フィー。下に潜ったら暗くないか?」

 

「何でお前らに薬渡したと思ってるんだ?」

 

「花嫁用って言ってた癖にー」

 

「オレが用意出来る最高のものだ。無論、汎用性が高いんだから、仕事にも有用だ」

 

 正式に花嫁として囲う事にした少女達の中でも傍にいた少女達にはもう自分が出来る限りで作った遺伝子改造用の薬を渡していた。

 

 ドラクーン用の肉体強化は元よりあらゆるバルバロスの遺伝子を用い、ミヨちゃん教授との合作である花嫁の薬(仮)である。

 

 一緒に生きる以上、寿命の問題が付いて回る上にあらゆる危険に付き合わせる事になる。

 

 だからこそ、準備として渡した薬をその場にいた全員があっさり飲んでくれた。

 

 西部に行っている相手は戻って来たら飲んで貰いたい旨を伝えていたので、事実上は婚約指輪みたいなものだろう。

 

「下にもぐるー?」

 

 頭の上のフェグに頷いて、適当に入れそうな下水管を周囲に広げたグアグリスで探しているとすぐに街の下を流れる大きな下水道が見付かった。

 

「こっちだ」

 

 歩いて2分程で辿り着いた鉄格子も錆びた様子の河に流れ込む汚水の出る場所大穴はどうやら周囲がスラム街らしい。

 

 衛生環境は悪そうだった。

 

 臭いは鼻に着いたが、すぐにグアグリスを汚水内部に潜り込ませて増殖させつつ、浄化して下水道内を探索させつつ、成長させていく。

 

 増殖速度は嘗ての頃よりも簡単に制御出来るようになっている為、十分足らずで3km圏内の地下下水道内の様子を探り終えた。

 

 周囲に人影はない。

 

 夜ならばまだしも朝方に溝攫いする奴隷種なのだろうスラムの住民は見当たらず。

 

 周囲の生命反応の殆どは微妙に鈍い様子で蠢くばかりだ。

 

「よし。適当に浄化し終わった。このまま行くぞ」

 

「おー」

 

「鼠さんと黒光りするヤツには世話になったから、此処が作戦後に残ってたら石碑でも立てよう」

 

「うぇ~~~鼠と黒いのでグアグリス育てたのか~ふぃぃ……」

 

「はぁぁ、何だか花婿の体がそれで出来てますとか言われたような気分ですね」

 

 嫌そうな顔のデュガとノイテである。

 

「そんな事言ったら、お前らの体だって、大昔の何処かの誰かの排泄物が混ざった土から出来た野菜や、それを食った家畜の血肉とかで出来てるわけだが」

 

「何か屁理屈で言い込められてる気がするぞ」

 

「とにかく入りましょう。誰かが来る前に……」

 

 こうして夜目が効く全員で真っ暗な大穴の中に入っていくのだった。

 

 実際にはネズミさんと蟲さんが多種類。

 

 細菌やアメーバや諸々のウィルスが大量だったが、全てグアグリスの前には単なる有機資源でしかなったので今も都市各地から流れ込む汚水は宝の山として触手は急速に綺麗になる水の中で見えないままに大増殖している。

 

「何処に向かってるんだ?」

 

「下水道の取水地は確認が取れた。だが、取水先がどうやって水を出しているのかが分からない。恐らく、空間を越えて東部の地下水脈を取り込んでるか。もしくは物質を作る何かが其処にあるかだ」

 

「なるほど。ですが、グアグリスならばわざわざ行かなくても詳しい事を調べられるのでは?」

 

 ノイテの言葉は事実だ。

 

「ああ、だが、そこがもしも人間に占拠されてたら?」

 

「地下に住んでる家無しでもいるのか?」

 

「ああ、いるな。それも沢山。触手の瞳で見てるが、ざっと40万人くらい。しかも、全員何か首輪が無いみたいだ」

 

「首輪が無い?」

 

「着てるものはボロボロだが、地下で農業してるぞ。こいつら……」

 

「え? 水はあるけど、光が無いとロクな野菜って育たないんじゃ……」

 

「成程……140年か。長かったな」

 

「どういう事だ?」

 

「見付けた。どうやら此処は……」

 

『お前達!! 何者だ!! 此処は竜の民の縄張り!! スラムの者ならば帰れ!!!』

 

 振り返れば、カンテラらしきものを持った薄汚れたボロの布を重ねて纏い。

 

 両手両足に革製の靴や手袋をしている10代前半の少女が1人。

 

 その背後には同じ姿の少年が複数人控えていた。

 

「貴方達に危害を加えるつもりはありません。ただ、貴方達の長に会わせて欲しくて此処まで参りました」

 

「長に会わせろだと!?」

 

「もし貴方達がわたくし達を怪しいと思うなら、貴方達の長にこう言って頂けませんか? 『140年にも及ぶ任務の遂行に感謝する。我々は間に合った』と」

 

「お前達、何者だ!!」

 

「わたくしはアバンステア帝国より参りました。フィティシラ。フィティシラ・アルローゼンと申します」

 

 頭を下げておく。

 

「な、何だコイツ!?」

 

 少年達が背後でざわつき。

 

「し、静まれ!! とにかく帰ってくれ!! 此処は竜の民の縄張りだ!!」

 

「解りました。今日の処は帰りましょう。ああ、それとしばらくは下水道内は安全に行き来出来るようにしておきました。もう怪物の類は出ませんから。それでは……」

 

 軽くお辞儀をしてから元来た道を引き返す。

 

「なぁなぁ、怪物って何だ?」

 

「巨大化したアウトナンバーの鼠とか黒光りするやつだな」

 

「聞かなきゃ良かった……」

 

「ですね」

 

 おぇーという顔をするデュガである。

 

「………」

 

「どうかしたか? フェグ」

 

「懐かしい感じがするー」

 

 久しぶりにキリッとした言葉が帰って来る。

 

 似せられているだけとはいえ、それでも嘗ての故郷に似ているのは間違いない。

 

 そういう点で昔の事を思い出しているのだろう。

 

「そうか。何か具合悪くなったりしたら言えよ?」

 

「いうー」

 

 フニャッと再び自分の頭の上でふにゃけたフェグを引きずりながら、地下下水道の浄化と掃除と規模を確認していく。

 

 化け物をグアグリスで取り込みながら延伸していく網は取り零しもなく巨大な首都街区全域の地下をくまなく覆い尽しながら1時間後には全容を把握出来たのだった。

 

「さて、どうするか」

 

 下水道から流れ出ていた汚水が大量に存在していた川の付近は今や透明なグアグリスさんの領域と化して、綺麗なお水が垂れ流されている。

 

 スラム街の端で石壁に背中を預けてしばらく待っていると街区のあちこちに伸ばした巨大な網の先からようやく集め終えたものが運ばれて来て、ジェル状態のグアグリスが纏めて排水溝の先に吐き出した。

 

 1mくらいあるだろう半透明の膜に覆われたソレを全員が何これという顔で見ている。

 

「フェグ。引き上げてくれ」

 

「りょーかーい」

 

 綺麗になった川に入ってポイッと壁際に半透明の膜に包まれた物体を投げたフェグがすぐ横に戻ってくる。

 

「何だコレ?」

 

「開けるぞ」

 

 指でサッと膜を開くと音もさせずにズサァッと内部から金属の煌めきが出て来た。

 

 それも全てピカピカだ。

 

 表面を酸で軽く洗って錆びを落したのである。

 

「おお、これって硬貨か?」

 

「下水に落ちていたのをグアグリスに拾わせたわけですか」

 

「ああ、これならジークにスリさせる必要無かったな」

 

「それにしても硬貨に金貨はちょっとしか混じってないなー」

 

 ジェルの中から硬貨を掴んで分けているデュガが一つずつ硬貨を並べていた。

 

「金貨、銀貨、銅貨、青銅貨、後は赤銅貨だな」

 

 50年前には一般的に出回っていた貨幣の類だ。

 

 さすがに当事者として使っていたので解る。

 

「この量なら全員分の宿が取れそうですね」

 

 ノイテがジェル付きの硬貨ジャボジャボと川に浸して滑りを取って、持っていた何も入っていない革袋に詰めていく。

 

「此処に集めたのは一部だ。全部でこれと同じくらいの量が400個くらいある。必要になったら取りに来よう」

 

 こうして全ての硬貨を拾い集めて洗った後。

 

 イソイソとその場を後にする。

 

 合流場所に向かって一時間弱。

 

 全員が街区の人気の無い合流ポイントに集まる事が出来た。

 

 廃墟が一部の区画に集中している場所を予め確認していたのだ。

 

「全員揃ったな。このまま逗留施設のある区画の端まで移動して、アルジャナとシュタイナルで別々に部屋を取る。出来れば、並んだ場所をな。このまま―――」

 

 言っている間にも足音が慌てた様子でこちらに近寄って来るのが聞こえた。

 

 シュタイナルが僅かにペンダントを握ってアルジャナが全員を周囲の廃墟の方に誘導して隠す。

 

「若い少女の足音ですね」

 

「お前、それどうして解る?」

 

「いつも聞いているので」

 

「なるほど、だが、生憎と聞き覚えのある音だ。オレが出る。後ろにいてくれ」

 

「了解」

 

 廃墟にやって来たのは先程地下の下水道で出会った少女だった。

 

 東部風の黒髪を短くした少女がゼエゼエしながら、こっちを見付けて駆け寄って来る。

 

「おや、どうしましたか?」

 

「あ、あ、アンタ!! アンタを連れて来いって!! 長が、はぁはぁはぁ」

 

「そうですか。案外早く分かってくれたようで。まだ生きているのか。あるいは子孫か……」

 

「そ、そこに他の子達も隠れてるなら、一緒に、はぁはぁ、ッッ!?」

 

 バッと彼女が振り向く。

 

 すると、確かに彼女を追い掛けて来るような足音が数名。

 

 それも大人な上に凶器らしいものを持っているのが遠目に見えた。

 

 追剥だろうか。

 

 目をギラギラさせて笑みを浮かべたスラムの住人かもしれない。

 

「ああぁ、もう!? こんな時に限ってゴロツキに見付かるなんて!?」

 

「竜の民というんはゴロツキに狙われるものなのですか?」

 

「何で知らないの!? そんなに上の人なの!? アンタ!? 竜の民は殺してもいいってお触れ出てるじゃん!?」

 

 少女が息を整えつつ喚く。

 

「ああ、そういう。安心して下さい。彼らはもう何処かに行きましたよ」

 

「へ?」

 

 少女が背後を振り返れば、今まで近寄って来ていたゴロツキ達が目を虚ろにして遠ざかっていくのが解っただろう。

 

「ど、どうして……」

 

「気にする前に危険な場所から立ち去りましょう。案内して頂けますか?」

 

「う、うん。アンタ……本当に誰なの?」

 

「単なるお節介な旅人ですよ。ああ、それと仲間達がいるんですが、一緒に連れて行っても構いませんか?」

 

「う、うん。いいけど」

 

「出て来ていいですよ」

 

 ゾロゾロと全員が出てくると少女が目を丸くした。

 

「お、多過ぎでしょ……」

 

 そう言いはするものの。

 

 少女はそのまま再び地下水道へと誘導してくれたのだった。


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