ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第132話「煉獄を裂く者達ⅩⅤ」

 

―――帝都アルローゼン邸東部出発7時間前。

 

「なぁなぁ、ふぃー」

 

「何だ?」

 

「今日はのんびりしてていいのか?」

 

「精神的に昨日疲れたから、必要な小休憩を4時間挟んだ」

 

「シューはいつも大体疲れたらお菓子作るから。あ!? その生地食べちゃだめぇ!?」

 

「マヲー?」

 

 現在、調理場で女性陣にお菓子教室を開いていた。

 

 東部や中央荒野に向かう前に食べる分の食糧は作っていこうという話である。

 

 小麦菓子に入れる保存料と滅菌処理したブリキ缶があるので左程の問題も無い。

 

 他は今日中か近日中に冷蔵庫から取り出して食べるという事になっていた。

 

「生地を混ぜる時はフワフワの卵白から気泡を潰さないようにさっくりと。最初はしっかり混ぜて、後は焼くまで手早くだ」

 

「お菓子とか作った事無かったけど、案外面白いんだな♪」

 

 デュガがスポンジ生地を混ぜながら楽しそうに調理場に並んだ大量のお菓子の作り掛けの途中工程を眺めていた。

 

「そっちのパン生地は発酵用酵母を入れた後は1時間発酵。過剰発酵させてから空気を抜かないように一回焼いて、極薄のクッキー生地を張って二度焼きする」

 

「う、ぅぅ、これだけでも美味しそう。って、だから、その生地ダメだってばぁ!?」

 

「マヲマヲ♪」

 

「単なるメロンパンだ。フワフワサクサクのな」

 

「マヲー!!」

 

「ん~~良い匂いでごじゃ~~」

 

 朱理が完成したものを想像したらしくふやけた顔になりつつも黒猫相手に格闘していたが、完敗したようでグッタリした。

 

 その横では神様が1人と一匹。

 

 幼女は子供用の椅子に座って、出来るのを待っていた。

 

「ちなみに調理場に猫は出入りき―――」

 

「マヲー?」

 

 首を傾げられる。

 

「いや、何でもない」

 

 溜息一つ。

 

 デュガの方をノイテに任せて、朱理のパンの形成を手伝っておく。

 

「何やホントに本格的やなぁ。というか、素人のウチらにクッキー手伝わせるん?」

 

「おねーちゃん。型抜きだけなら素人でも出来るよ。たぶん」

 

「おっしゃ!! 抜きまくるで~~」

 

「はぁ、おねーちゃん。誤解を招きそうだよ」

 

「?」

 

 姉妹達が横でワイワイやっているのを横目にまったく調理とか向いていないと思っていたフェグとヴェーナが一緒に言われた通りに生クリームを大量に手動のホイッパーで撹拌し、バターを作っていた。

 

「ぉぉ……何かカタイー!!」

 

「ウチもスゴイ堅い気がするだよ。これがバター……」

 

「バターミルクは捨てるなよ。それで本日の昼食分のパンも焼く」

 

「「はーい」」

 

 出来立てのバターは香りも良く。

 

 余分な塩分も入っていない。

 

 ミルクは今朝搾り立て。

 

 低温殺菌したものを取り寄せたので鮮度もいいだろう。

 

「クロワッサンは外の連中用だ。午後のお茶の時間の為にフルーツカスタードクリームパイも作る。新鮮なバターと香辛料とフルーツとクリーム。全部組み合わせると記憶が飛ばない程度に旨いはずだ」

 

 2人が作ったばかりのバターを氷で冷やし固めてさっと容器に入れて、手早くパイ生地を降り重ねながら、横のゼインを見る。

 

「誰か客か?」

 

「はい。本来ならば、このような貴重な時間にお客様はお断りしているところなのですが……」

 

 ゼインが耳元で状況を説明した。

 

 その間に計50回程の層を折り曲げて繊細な生地を氷を敷いたトレーの上に置いて、後をゼインに任せる。

 

「焼く時には細心の注意を払ってくれ。これが焼き方のレシピだ。後、パイ自体が脆い。殆どクリームを載せたら水分でふやける生ものだと思って欲しい。焼いて冷やしたら、食べる前にクリームとフルーツ、ジェラートを添える。香辛料は練り込んだが後掛けの細粉も忘れるな」

 

「畏まりました」

 

「ふぃーまた何かするのか?」

 

「今度は警察の親戚相手にちょっと色々してくる。帰らなかったら、予定通りに研究所でな」

 

「りょーかーい」

 

 デュガが手を挙げる。

 

 その合間にも集中している幼馴染は至極真面目な顔で額に汗を浮かべながらクッキー生地を限界まで薄くして重ねる作業を凝視していた。

 

 苦笑一つ。

 

 エプロンを取って、ゼインが是非にと用意してくれたワンピース。

 

 少女用の衣装姿に外套を着込んで玄関先に向かう。

 

 すると、リバイツネードやドラクーンとも違う気配が近付いて来る。

 

 玄関先にいるのはどうやら真っ当な帝国の人々らしい。

 

 研究所が解禁している遺伝子操作技術の一部。

 

 更に研究所が聖女の子供達の蒼力を再現する目的でグアグリスに蒼力を司る脳の器官を遺伝的に再現する実験を成功させた事によって発展した疑似的な蒼力に近しい能力を持たせる技術。

 

 これらを組み合わせた者の気配だ。

 

 帝国陸軍と警察の統廃合で子組織として設立された軍警察の一部にはそのような戦力を保持する特別監察機関が存在する。

 

 通称を【ルードヴィヒ機関】。

 

 悪獄大公。

 

 悪虐大公。

 

 そのように言われていた祖父の名を冠した組織だ。

 

 正式名称は【特別軍事監察課】と言う。

 

 取り扱う犯罪の種類は正しく特別なものだ。

 

 リバイツネードやドラクーンを筆頭にした超技術や超能力系統の人間が組織から離脱したり、犯罪を犯した場合の対応部署でもある。

 

 リバイツネードもドラクーンも帝国のちゃんとした組織であるが、その保持している能力と影響力が大き過ぎて、帝国陸軍と警察が協力してそれに対してもしっかりと治安維持名目で対抗出来る力が欲されたのである。

 

 これを創ったのが祖父の最後の仕事だったというのだから、孫が帰って来ない時の事も考えてはいたのだろう事が伺える。

 

 背後に侍従達には付いて来ないようにハンドサインを送ると頭を下げられた。

 

 玄関の扉を開けるとそこには数名の男女がいた。

 

 軍装とも軍警の制服とも違う蒼色の制服に身を包んだのはまだギリギリ二十代くらいの女性が2人と二十代前半の女性が2人と男性が1人だ。

 

 しかし、明らかに男性は制服に付けた階級章に星と線の数が足らないので最上位の命令権限を持つのは一番前で待っていた女性2人なのだろう。

 

「私は特別軍事監察課の者です。お時間よろしいでしょうか。フィティシラ・アルローゼン姫殿下」

 

 待っていた目の前の2人は栗色の髪のショートカットと後ろで髪を伸ばした黒髪ストレートの2人だ。

 

 どちらもイゼリアやエーゼルと同じ二民族の出だろう。

 

 顔立ちでそれは解るし、どうやら良い所のお嬢様なのが仕草からも見て取れた。

 

 背後のまだ若い20代の女性2人は小さいのとのっぽで凸凹コンビ的な感じだろうか。

 

 帝都では珍しい紅と灰銀の髪は短くお姫様カット的に揃えられている。

 

「課長グエリア・イルモンド? ああ、イゼリアの二女の娘さんですか」

 

「……お解りに成るのですね」

 

「ええ、関係者の家系図と個人情報に関しては全て目を通してあります」

 

「それはそれで問題になるのですが……」

 

「帝国法では帝室関係者には臣民の情報の一切は開示されるものとするという法律があるのですよ」

 

「過分にして存じませんが……」

 

「一般には公開されていない帝国憲法の帝室典範にもそのようにありますし、現行法の今の時代にはまだ殆ど使われていない場所に記してある高度情報管理法の一部にもそうあります。法曹界でも知っているのは最高裁判所の最上位層くらいでしょうがね」

 

「はぁ、そうですか。そういう……」

 

 イルモンドと名乗った栗色の髪の女性が思わず何とも言えない顔になった。

 

「支配者層の嗜みですよ。一部の規律に自分専用の穴を儲けておくのは……」

 

 視線を横に向けるとすぐに敬礼が返される。

 

「特別軍事監察課のシギル・エルバシア次長です」

 

 黒髪ストレートの方はどうやら知り合いではないが、商業貴族の家らしい。

 

「万能薬の販路開拓に当時から携わって頂いた家の方ですか。御爺様とは面識こそありませんが、優秀な商家に劣らない人物だったと記憶しています」

 

「ッ―――ありがとうございます。祖父も空の方で喜んでいるかと思います」

 

「では、お入り下さい。家の者達の準備も出来たようですので」

 

 五人を出迎えて接客用の部屋に通す。

 

 先に座って勧めると相手は怖じる事無くソファーに腰掛け、背後の男女三人は立ったまま軽く頭を下げて微動だにせず待機状態となった。

 

「紅茶は御出し出来ますが……」

 

「ご配慮痛み入ります。ですが、今日は仕事でありますので」

 

「なるほど。これはこちらこそ配慮が足りなかったと言うべきでしょう」

 

 言っている合間にもゼインが水と水差しだけ出して部屋から出て行った。

 

「それで今日はイオタ家からの告発を正式に受理した事で関係各所に一切連絡を取らず、【ルードヴィヒ機関】の代理査察権限により来訪したという事でよろしいですか?」

 

「「「ッ」」」

 

 背後の三人の顔色が変わったが、表情は自分くらいにしか読めないだろう。

 

 心音や体温まで見えるので仕方ない事ではあるのだが。

 

「はい。ご想像の通りです。我が課に出された書類は適法で用意されたものであり、添付されていた資料と証拠は全て裏が取れました。現行、大公姫と呼ばれる位に関しては特別な権限などは何も無く。戴冠の儀が執り行われるまでは帝国の主権者たる皇帝の持つ帝権に付属する不逮捕特権なども発生しない事。更に帝国法における第一級犯罪である帝国公権力の私物化は重罪である為、通常の逮捕権限において御身を確保する事が課内部での会議でも適法である事を確認後に実施される運びになりました」

 

「……素晴らしい。自分で書いた法律がちゃんと適応されている様子というのは中々に感じ難いものなのですが、こうして見ると嬉しいものですね」

 

 ニコリとしておく。

 

「御同行願えますでしょうか? フィティシラ・アルローゼン姫殿下」

 

「お断りします。理由は三つ」

 

 相手の顔が緊張を帯びる。

 

「帝国法においては帝室典範を筆頭にして緋皇帝陛下と共に御爺様のような事実上の帝国の主権者及び継承権のある人物に対しての軍、警、民に対する指揮権があります。これは現在においては陛下とわたくしにのみ適応されるものであり、陸軍及び軍警における最高指揮権の帰属問題に関しては現在も陛下から貸し与えられているという法解釈が一般通念です」

 

 イルモンドの内心がかなり渋くなる。

 

 だが、何処か感心しているようでもあった。

 

「法執行に関しては最高指揮権を貸与されている相手からの行政書類によるあらゆる執行を陛下や帝権の継承者が無効に出来る旨の判例が存在します。これは嘗てエルゼギア時代において反乱を防ぐ為に使用されていた法律の一つであり、わたくしが整備して帝国議会が承認した正式な権利です。同時に実際の執行は司法判断に委ねられるものであり、司法判断における最高指揮権を持つのは今も皇帝陛下及び継承者という事になります。無論、帝国議会を蔑ろにするものではありません。帝国議会にわたくしや陛下が信任している以上、この法執行の事実確認は適法内の行動であるならば、構わないはずですね?」

 

「……はい。それは認められた権利だと考えます」

 

「では、聞いてみましょう。ゼインへ既に掛けて貰っています」

 

 そこで背後の三人がマズったという顔になった。

 

 まぁ、顔色も表情も変わらないのはさすがである。

 

 そして、丁度関係各所に電話して来たゼインが入って来る。

 

「法務長官及び軍警長官の方から『今回の法執行は適法の範囲であるが、信任者からの一時的な法執行の停止もまた適法と判断する』との一言一句違わぬ確約を頂きました」

 

「「「「「………」」」」」

 

 僅かに全員が固まった。

 

「理由の二つ目は提出された情報が全て事実だから、ですよ」

 

「ッ」

 

 その言葉にイルモンド課長の顔色が変わる。

 

「帝国の公権力の私物化に関してですが、事実だからこそ、この適法の法執行はお断りします」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「お気付きになっていると思いますが、その証拠にある私物化の範囲内に含まれる全ての行動に対して関わる人数があまりにも多過ぎるのですよ。ちなみにわたくしを逮捕したら、貴方達はこれから30年間くらい関わった人間を全員毎日毎日逮捕する事になりますよ?」

 

「―――」

 

「その、どういう事? グエリア課長」

 

 横のエルバシア次長が訊ねる。

 

「はは、はぁ……思ってたよりも難物そうやな。やっぱりお祖母ちゃんにはちゃんと聞いておくんやった」

 

 その言葉遣いに驚く。

 

 言語こそ日本語ではないが、そのニュアンスの言葉遣いは大陸に無いものだ。

 

 正しく関西弁の大陸言語バージョンである。

 

 そちらの方がよっぽどに驚きで興味深いのだが、そんなこちらの内心とは裏腹に溜息を吐いたグエリアがこちらを困った瞳で見やる。

 

「つまり、このお人とその周囲が全て法令適応外の対応だけで今まで動いてたっちゅー事や」

 

「法令適応外?」

 

「各種の法律で定められているあらゆる行動や規律ってーのはな。基本的に部外者や国外の人間、内部の統制に使うもんなんや。でも、それをちゃんと習ってた誰もがその法の適応外として姫殿下とその周囲の人々を扱っとる」

 

「例外って事?」

 

「せやで。大小ある全ての法令違反を上げて行ったら、恐らく研究所から誰もいなくなるし、関わった関連省庁のあらゆる人員に違反者のレッテルを張ってしょっ引かなきゃならなくなる」

 

「でも、それって捕まえたら……」

 

「出来んよ。法律は国家が国家として成立し、その利益を護る為に必要とされるもんなんや。国内の国力そのものを削ぎ落して執行される法律は無い。悪法もまた法なんてのは嘘や」

 

「ええと、つまり沢山人を捕まえなきゃならなくなるけど、その捕まえる人が多過ぎてその捕まえた人達のする仕事が無くなると大変な事になる。で、いいのかな?」

 

「そうなりそうになった時点でウチらの機関は解体されるやろうな。適法は適法にしか過ぎないんや……それ以上の国家にとっての害悪となれば、国そのものが敵に回ってまう」

 

「―――それって……」

 

 課長以外の全員がこちらを見やるのでニコリとしておく。

 

「三つ目は今の貴方達にはわたくしを拘束する理由があっても、力が無い。わたくしのような法の埒外に置かれた存在を貴方達は非難は出来ても拘束は出来ない。単純な力不足ですよ」

 

「……相対してるとそういう気配はしないんやが、偽装なんやろうなぁ……」

 

 砕けた様子のままグエリアが溜息を吐く。

 

「ええ、勿論ですよ。帝国にわたくしを拘束出来る人物は3人しかいません。全員、わたくしの部下で今捕まえようとする理由はありませんね」

 

 他の課長以外の全員が汗を浮かべていた。

 

「でも、ウチらも仕事なんですわ」

 

「心得ていますよ。お仕事はお仕事。その矜持こそが貴方達のような独立愚連隊には必要でしょうし、それを頼もしく思います」

 

「なら、捕まって欲しいもんですが……」

 

「それはそれ。これはこれです。ただ、此処でお仕事をされても、恐らく後で課に所属する全ての人員が三度人生を繰り返しても払い切れない額の賠償が課される可能性もありますし、やるなら人に迷惑が掛からないところにしましょう」

 

「はは……御尤も」

 

 課長としてグエリアもその事実には気付いていたらしい。

 

 この国では国家機関が破損させたものへの弁償はその国家機関が背負うものとして法律にしっかりと記載されている。

 

「今から武装されたり、軍装を纏っても公務執行妨害が追加されそうですし、このまま郊外の射爆場に行きましょうか」

 

「あそこは軍が封鎖してたような……」

 

「ええ、昨日使ったばかりですから」

 

「ちなみに何してたのかお聞きしてもええですか?」

 

「ちょっと皇帝に成り損ねた方と決闘をしていまして」

 

「古風ですね」

 

「ええ、古風な方だったので。では、行きましょうか」

 

 ゼインが扉を開いて玄関口から外に出て、そのまま飛び上ると課長以下全員が上空に浮遊する。

 

 蒼力による浮遊は物質制御の一つだ。

 

 基本的には上空に浮いているというよりは大気の分子組成を変化させて、窒素を使って大気中に自分を移動させる糸を造ったり、足場を造ったり、あるいは大気圧操作で自分を掃除機のように吸い込ませて一定方向に吸い寄せる感じに移動したりする。

 

 空を生身で飛ぶのは高等技能らしいのだが、それが全員出来る辺り、相手もリバイツネードならそれなりの人員と見なされるだろう。

 

 まぁ、頭が疲れるからやらないというのが大半の人々だろうが、生憎とこっちを捕まえなければならない相手は付いて来る事を仕事に要求されている。

 

 現地まで飛行する間、背後の全員が僅かにも息切れしていない事は解ったので最低限度の戦闘は可能だろう。

 

 現地に到着すると連絡をゼインから受けてか。

 

 周囲には軍の姿は一切無かった。

 

 昨日、戦闘後に付けられたと思われるクレーターが

 

 ポツンと巨大な大穴の中央にあるだけだ。

 

「では、口上をお聞きしましょう。そちらも恰好が付かないでしょう」

 

「課長」

 

 後ろの男女三人が戦闘態勢を取る。

 

 すると、さすがに部下の手前恰好は付ける必要があるのか。

 

 今までの様子は成りを潜め。

 

 こほんと咳払い一つの後。

 

「【特別軍事監察課】です。当該事案に対して特別監察の要請を受け、受諾しました。直ちに武装解除し、連行に応じて下さい」

 

「お断りします」

 

「抵抗を確認。これより、確保に入る。総員、武装!! 全ての力を以て被疑者を確保せよ!!」

 

 課長らしくビシッと決めたはいいものの。

 

 僅かに背後の三人が戸惑うのが解った。

 

 こちらは生身だ。

 

 ワンピースも普通の代物だ。

 

 ついでに他には靴を履いているが、普通の革靴である。

 

「後ろの三人。このお人はなぁ。生身でも完全武装の最上位ドラクーンをダース単位でボコボコに出来る実力や。何も心配あらへん。全力でやりぃ!!」

 

 その言葉に驚く後ろの三人がすぐに言われた通りに武装する。

 

 腰から下げていた長剣や小銃。

 

 更にガントレット的な武装も見えるし、次長や課長も杖らしきものを背中から取り出すと一振りして柄の付いた大槍か長刀のようなものを展開する。

 

 全て超重元素のクリスタル製だ。

 

 普通の超重元素の合金とは違ってクリスタル化された代物は硬度は元より様々な点で単なる合金に勝る。

 

 冶金学の精粋たる超重元素合金による高度機器の最先端ではどうやらクリスタル化したものが主に資材としては有用とされているようで、リバイツネードやドラクーンの裏切り者や犯罪者を処理するだけの武装ではあった。

 

 その全てに最新のゼド機関が入れ込まれているのだから、出力も大きいと見るべきだろう。

 

「確保させてもらうで。姫殿下!!!」

 

 課長が長刀を突き付けて来る。

 

「お断りします」

 

「行くで!!」

 

 と言っている合間から2人の背後から飛び出した男がガントレットを両手に付けて殴り付けて来る。

 

 躊躇が無いのはさすがに課長から釘を刺されたからだろう。

 

 こちらが避ける様子が無いのでゼド機関を全開にして電力を供給された拳が空間の歪曲と猛烈な電撃と打撃を同時に放って来る。

 

 それを指先で突く。

 

 例のゼド機関の指だ。

 

 瞬間、ガントレットが崩壊し、相手の腕がねじ曲がりながら、空間の捻じれに巻き込まれた全身を猛烈な速度で回転させられて、相手が吹き飛び。

 

 遥か遠方の壁際に音速に近い速度で吹っ飛んでクレーターを作ってめり込んだ。

 

「ダイナス!!? 指やろ!? 何で指で―――って、何やその指ぃ!!?」

 

 課長は愕然と叫んでしまっていた。

 

 ツッコミ気質らしい。

 

 手袋は脱いでいたので解ったのだろう。

 

「ああ、研究所で義指として頂いたものです。最新のゼド機関ですが、空間を歪める系統の攻撃に対しては武器が無くても防御や反撃に使えるので重宝してます」

 

「あ、あれか!? あれなんか!? んなもんを指にするとか!? あの白衣連中何考えとるんや!? 戦略兵器を個人の義指にするとか!?」

 

「え!? そ、それって……」

 

 背後にいたダイナスと呼ばれた男、他の凸凹コンビの顔が青くなっていく。

 

「あんなぁ。4か月前の事件でウチらが偽物を運んで不穏分子釣り出した事があったやろ。あれの本物や……」

 

「本物って……偽物ですら、帝都が吹き飛ぶって言ってませんでしたか!?」

 

 背後の長い方の言葉に全員が同意していた。

 

 どうやらダイナスとやらはこれくらいではまだまだ戦えるタフガイらしい。

 

 実際、もうクレーターの中から体を起き上がらせて、複雑骨折していたはずの腕が治っていた。

 

「帝都が吹き飛ぶじゃ済まへんよ。地殻どころか星の一部が吹き飛ぶ」

 

 その言葉に周囲の女性陣が額に汗を浮かべる。

 

「掛かって来ないのですか? 同時波状攻撃の用意は済んだみたいですが」

 

「何から何までお見通しか。これが伝説に謡われる聖女の力って事かいな」

 

「済みませんが、仕事があるので早めに終わらせてくれると嬉しいのですが……」

 

「すぐに終わらせたる!! 総員、相手が死傷するかどうかは問わへん!! とにかく全力で行くんや!! ウチらがそれでようやくこのお人相手に戦いに成るかどうかやからな!!」

 

 課長以外が全員散開し、包囲陣形を取った。

 

「ホント、お祖母ちゃんの言う通りのお人やな」

 

「イゼリアに何と聞いていたのですか?」

 

「色々と聞いてはいたけども、理不尽の塊ってのは本当だったみたいや」

 

「理不尽なものと戦っていたら、そうなっていただけなのですがね」

 

「行くで!!」

 

 動いた総員が一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 

 周囲には空間を歪めるバリアーが五感に掛からないように薄く薄くあちこちらに張り巡らせており、反撃時進路を変える事で攻撃時の防御も万全にしている。

 

 次長の剣と蒼力の運用はとても丁寧なものだ。

 

 課長の方は後方からの火力支援役らしく。

 

 4重の大攻勢を用意しており、長刀の超重元素に電力を限界以上に注ぎ込んで威力を高め、高高度に蒼力による物質制御で巨大な氷解を作っているようだ。

 

 氷による質量攻撃を行えば、最も軽い元素である水素を用いて更に色々と蒼力による応用が利くだろう。

 

(リバイツネードやドラクーンを処分する為の機関というのは嘘偽りないらしい。まぁ、完璧に個人を相手する用の戦術みたいだが……)

 

 此処に突撃したり、攻撃してくる全員の体表を同じ蒼力でアシストしており、先程までの数十倍以上の能力速度、筋力が出力可能になっている。

 

 それを敢て全員が抑えながら相手の反撃に合わせて開放する事で相手を上回る瞬間を意図的に作り出して相手の混乱や思惑を外させるという感じに違いない。

 

 だが、最後の奥の手である課長の一撃は少し考えねばならないだろう。

 

 蒼力による超能力的な能力使用というのは基本的に応用が利き過ぎる。

 

 リバイツネードでは基本的に自己強化や他者強化。

 

 あるいは汎用性を伸ばしたり、特異な物質制御を伸ばさせたり、諸々の能力の一部を特化させたりして、固定化した能力を使わせてみたりしているが、課長の能力の最も延ばされた部分は恐らく他者への脳波干渉。

 

 要は人間の直接制御だろう。

 

(リバイツネードのマルカスおじさま連中と同じような事考えるのか。いや、そっちから輸入した感じか? あっちは最初期子供に戦わせる方針だったから集団戦特化になったみたいだし。局長級の奴らもこれには苦戦しそうだな)

 

 他者の外部に蒼力による様々な恩恵を与えるようなものとは違う。

 

 純粋にマインドコントロールの類は全て集団戦の為に使われるものだろう。

 

 人員の潜在能力を十全に引き出して、完全な連携攻撃を叩き込んで来る。

 

 というのはともかく。

 

 超至近で頭に直接能力を叩き込まれたりすると抵抗する間に硬直してしまうかもしれない。

 

 他の人員が威力の大きい兵器類、課長は正しくそれを使う者を操る約と言えた。

 

 だが、生憎と休憩時間を使っているので早めに帰りたいところである。

 

 課長に突っ込む。

 

 途中にある見えない空間障壁を全て割り砕いた最短での即効。

 

 相手が後方から攻撃を集中させてくるが、構わず課長の腹にグーパンを決めておく。

 

 防御用のシールドが全力で4枚同時に重ねられて、ドラクーン仕様とも少し違う盾のバーゲンセールをされてしまうが、意味は無い。

 

 現在のところ、超重元素を使っていようが、空間を歪めていようが、同じことを蒼力で行って、体内の超重元素の一部を土神で表出させれば、見知った超重元素製の武具の類は全て肉体の基本スペックで殴り壊せる。

 

 弓なりの拳で盾をほぼ同時に四枚割りつつ、相手の腹部に打撃を叩き込んで、衣服に縫い込まれていた幾つかの緊急起動した防御用の着ている服内部の装甲も破壊して、接触状態で腕を振動させて、衝撃を増加させつつ、相手の肉体全体にダメージを与える。

 

 背後からの攻撃は敢て受けておく。

 

 蒼力を纏っただけの内部で全ての超重元素製の弾体と干渉弾が崩壊した。

 

「カッ?!!」

 

 課長がそれでも背後に跳んで威力を僅か逃したものの。

 

 加速度が付き過ぎた肉体が大穴の岸壁に直撃し、30m近いクレーターを造りながら沈み込んで崩落した岩の雪崩に呑まれた。

 

「課長!!? このぉ!?」

 

「ダメ!? 不用意に仕掛け―――」

 

 言ってる傍からのっぽと小さい凸凹な二十代の女性陣が自分達の超重元素製の獲物で近接格闘を挑んできつつ、後方からは打撃だけかと思っていた者達がいつの間にか銃を取り出してこちらを狙い撃つ。

 

 全員が同じ力を最低限度以上は持っていたらしい。

 

 これは面食らう者も多いだろう。

 

 最初に自分達は後衛や前衛だと印象付けておきながら、全員が前衛も後衛もバックアップも出来るオールラウンダーなのだ。

 

 まぁ、連携は崩れて来ているが、ブラフだろう。

 

 振り返っては見たものの。

 

 未だに課長の制御が全員に利いているのだから、相手は一切の戦闘指揮能力に制限が掛かっていないのだ。

 

 後方支援からの射撃をしている次長とダイナスという男の弾道予測をしつつ、向かってくる凸凹コンビを無視する。

 

 ちょっと力を込めて何も無い空間を指で引き裂く。

 

 すると、最初に来訪時からシレッと潜んでいた者達が2名。

 

 まだ10代後半くらいだろう少年少女達が現れて、引き裂いた際の衝撃で弾け飛んで宙を舞う。

 

 空間の歪曲を強引に同じような歪曲……この場合はかなり空間で殴り付けたような感じになるので超重元素製の鎧を着込んでいてもダメージは入っただろう。

 

 空間の歪曲系統の防御は同じ系統の攻撃でなければ突破出来ない。

 

 そして空間の歪みによる物質構造の崩壊は超重元素でも通常物質より抵抗出来はするが、完全に防ぎ止められるものでもない。

 

 体表から伝わった分子の崩壊現象は肉体を満遍なく損傷させるくらいに収まっているので死にはしないが、再生も歪曲が細胞に残っていると難しいはずだ。

 

 相対座標空間に残存させる空間攻撃手法の多くはぶっちゃけ残留させる為の方法がかなり煩雑なのだが、今の自分の頭ならば、処理し切れる。

 

 無力化したアンブッシュ班をそのままに超至近まで近付いて来た凸凹の頭を両手で鷲掴みにしながら上空に跳ぶ。

 

 そのまま回転しながら相手の意識が潰れる限界まで速度を上げて、地表に投げ捨て、クレーターを二つ量産した後に上空から向かってくる複数の弾丸を蒼力で曲げつつ、2人を掴んだ時に千切り取って置いた鎧の一部を指弾で飛ばした。

 

 ソレが弾幕を張った残る2人の銃口内部に飛び込んで破裂させる。

 

 巻き込まれて掴んでいた腕を潰したのを確認して、再生する前に蒼力を適当に100個程のボール状にして容赦なく穴底に叩き込んだ。

 

 光の爆発は瞬時に起こったが、すぐに消える。

 

 後に残るのはクレーターが増えた底で倒れ伏した課の面々ばかりだ。

 

 全治2日くらいだろう。

 

「課の実働部隊が全滅という事で今日は満足しておいて下さい。仕事前であれば、いつでも歓迎しますよ。課の皆さん。御爺様が残して下さった組織がちゃんとしているようで安心しました。それではわたくしは昼食の仕込みがあるので。これで失礼します」

 

 ちゃんと聞いているだろう課の人員にペコリと頭を下げてから、自力の浮遊で家に戻る事にした。

 

 東部に行く前にウォーミングアップをウィシャス辺りに付き合って貰おうと思っていたのだが、手間が省けたので時間は逆に節約されたのだった。

 

 *

 

「……さすがに勝てるとは思うて無かったけど、完敗やなぁ。げほ。ごほ。う、手加減して下さってもこの有様かいな。不甲斐ないとは言えへんが、敵わんか。まだ今のウチらじゃ……」

 

 ガラガラと雪崩で埋まった場所の大岩が崩れて課長グエリア・イルモンドがゆっくりと内部から出てくる。

 

 その衣服はスーツ姿だったが、スーツはお腹が出ていてボロボロだし、ボタンが弾け飛んだせいで下のシャツや下着も露わになっていた。

 

「グエちゃん。生きてるぅ~~」

 

 シギル・エルバシア次長と名乗っていた女がふら付きながらボロボロのスーツ姿で立ち上がり、ベルトが壊れてハラリと落ちたのを恥ずかしそうに上げて、雑に縛り上げて止めつつ、ヨタヨタと仲間達の回収に向かう。

 

「おう。生きてるでー。シギちゃん。他の連中はぁ?」

 

「ん~~アンブッシュ組の新人ちゃん達が一番軽いかなぁ……でも、みんな全治2日くらい? 全員病院に行けばだけど」

 

「万能薬のお世話になるしかなさそうやなぁ。はぁ、また給料から棒引きやな」

 

「それは言わないお約束だよぉ~。う、それにしてもあれで手加減して貰ってたの?」

 

「あんなぁ、素手やで?」

 

「そ、そうだよね。みんなまだ気を失ってるけど、致命傷貰ってる子はいないし……」

 

「ついでに蒼力も全力には程遠いやろ。先日の西部の時の映像見たかいな? 本気の弾でも撃たれてたら、この穴が十倍くらいになっとるで? 深さも範囲もな」

 

「ぅ~~~規格外過ぎるよ。黒騎士様だって、あそこまで理不尽じゃないでしょ? グエちゃんの防御方法全部纏めて一撃とか今まであったっけ?」

 

「無いなぁ。これ大半のドラクーン最上位層にも通じる防御なんやけど」

 

「だよねぇ……というか、基本の能力がそもそも違う感じなのかな」

 

「聖女の伝説は伊達や酔狂やないってお祖母ちゃん言うとったけど、ほんまやったなぁ。全員の潜在能力引き出して最高の状態で戦闘してアレとか」

 

「あはは……この装備の修繕費どうしよう……」

 

 あちこちに散らばった超重元素製の武器の破片を見てシギルが溜息を吐く。

 

「年間予算的に来年度からの棒引きやな」

 

 2人がヨタヨタと歩きながら気絶している課の人員を歩いて集めていく。

 

 すると、途中から黒い鎧のドラクーンが一騎やってきた。

 

『任務ご苦労様です。騎士フォーエ様より伝言がございます』

 

「伝言て。フォーエって、あのドラクーンの総大将の?」

 

『はい。【ルードヴィヒ機関】の皆様におかれましては我が主の東部遠征前の“事前調整”に付き合って頂いた事に感謝しかありません。これらの戦闘で出た装備的な被害は全てドラクーン側で補填させて頂きます。との事です』

 

「は、はぁ? 武装の補填してくれるという事で?」

 

『はい。破損した武装の再取得用にドラクーンの予算から幾らか労働の対価として色を付けてお出しすると聞き及んでおります』

 

「え、えっと、これって……グエちゃん」

 

「はぁぁ、せやな。フォーエ様にお伝えして下さい。心から感謝致しますと」

 

『はッ!! では、これで。ああ、それと研究所の医療部門より回収班が来ますのでその時に万能薬をお受け取り下さい。それと空間系の技能で傷付いた方々には専門の入院機関でしばし入院措置も取れますので、そちらの個室を空間障害が治るまでお使い下さい。全てフォーエ様からの感謝の気持ちだとの事です』

 

 ドラクーンが空の上へと豆粒のように消えて見えなくなっていく。

 

 残された仲間達を横に2人の女性は溜息を吐いた。

 

「……ねぇ、グエちゃん」

 

「言わんくてええで?」

 

「完敗だね」

 

「せやな。完敗や……どう報告書を書いたらええねん。軍警のお偉いさん達はともかく。関係各所への謝罪行脚もしなくて良さそうって言うのも何か締まらんな」

 

「これもあの方のご指示なのかな」

 

「解らん。解らんが今は倒れてええか?」

 

「うん。おやすみ。しばらくはこっちで何とかしておくから」

 

「頼んだ、で……」

 

 パタンと意識を落した課長を抱き込んだシギルが遠方から聞こえてくる複数台の車両の音を聞きながら蒼い空を見上げるのだった。

 

「帰って来た少女。本当にいたんだなぁ……」

 

 その日、郊外の大穴では何処かの公的組織が事前演習をしていたという事で公には何ら大事件など起きてはいない事が確定したのだった。

 

 *

 

 お料理教室後、昼食も午後のお茶の時間も美味しそうに作っていたものを全部平らげた仲間達が殆ど自分達のやるべき仕事に専従する中。

 

 ようやく東部の事前偵察が終了したとの事でウィシャス、ゾムニス、フォーエの三人を横に報告書と画像映像を確認する事になっていた。

 

 会議室内の白壁に映された映像はまず50年前かと思うような古い時代。

 

 自分にとっては何とか改善しようと思っていた当時の街並みにも似た世界が広がっていた。

 

 だが、その街並みが問題だったのは間違いない。

 

「これが本当に東部の一部奴隷達が住んでた場所かい?」

 

「変動が薄れた事で最新の内部情報の観測が可能になったが、これが現実だ。もう既に無い南部皇国首都……当時のオレ達が攻め落とすはずだった場所にそっくりとはな」

 

 ウィシャスとフォーエだけが知っている当時。

 

 南部皇国を落した時の状況は事前に調べていた通り、酷いものだったらしい。

 

 それを万能薬や新しい制度で占領後に改善して旧首都を放棄。

 

 今は封鎖区域としてバイツネード毎葬る為の巨大軍事要塞となっている。

 

 だが、その旧首都にそっくりな情景が広がっていた。

 

「南部の気候、天候、植生、諸々が再現されているのみならず。奴隷が恐らく1200万規模。というか、奴隷しか見当たらないそうだ。商人や一部の高級官僚らしい当時の姿を持つ者達も等しく首輪がされてるらしい」

 

「本当だ。首輪以外は全部あの頃の……」

 

「どういう事なのかが問題なわけだが……」

 

 ゾムニスが首を傾げる。

 

「時間が経った。恐らく100年規模だ」

 

「もしかして、今まで内部を観測出来ていない合間に?」

 

「だろうな。ついでに言うと空間の捻じれと歪みが解消されつつあるせいで周辺地域に異常現象が頻発してる」

 

「異常現象?」

 

「これを見ろ」

 

 巨大な空間障壁。

 

 半球状のバリアーのようなソレが遠方からの観測している最中に明滅したかと思ったら、巨大な地盤らしきものが上空から降って来た。

 

 ついでに下にある山林が押し潰され、更に上空から落ちて来た地盤の上にある建造物が砕けて周辺に飛散していく。

 

「何だ!? いきなり、地面が降って来た?」

 

「あの空間内の面積が恐らく最初の頃よりも肥大化しているんじゃないかって話だ」

 

「肥大化? その土地や建物はあの中から降って来たって事でいいのかい?」

 

「ああ、そういう事だ。その物質を調べて見たが、普通のものと変わらないらしい。これを考えると結論はこうだ。あの地域にはあの地域以上の広い空間が広がっていて、その領域内部にある莫大な質量は全て現実世界に持って来れる本物。ただ、あの領域を囲む障壁が消え掛けると内部の空間と現実の空間の齟齬が発生して、都市が落ちて来る」

 

「「「………」」」

 

 三人が滅茶苦茶な現実を前に難しい顔になった。

 

「どうやら蒼力を使うドラクーンが近くで小型のアウトナンバーを叩く時に力を放射して使ったら、こういう事になったらしい。つまり、緑炎光の打ち消しがそのまま領域に作用して都市が降って来る事になる」

 

「どうするんだい?」

 

 ウィシャスがこちらを見やる。

 

「蒼力無し。もしくは小規模で戦えば問題無い。だが、恐らく都市そのものに時間が無い。予想だと旧首都が丸々入ってるらしい。一部の崩落が連鎖した場合、旧首都そのものが地域一帯に落下するな」

 

 被害予想区域がすぐに映像の地図上に広げられた。

 

「また、落下速度、落下地点が一定高度を超えた場合、東部全域が地表に墜ちた都市の破片で壊滅する。ついでに巨大な爆発の類が同時に起きたりすると都市の地下200mまでの岩盤を猛烈な速度で大気圏上空に塵として巻き上げる事になる」

 

「つまり?」

 

「太陽光が遮断されて死の星になる可能性がある。少なからず大規模な火山灰の噴出と同等か、それ以上の事態だ」

 

「「「………」」」

 

 三人がまた難しい顔になった。

 

「今回の侵攻ではこの空間を極力消さないようにこの都市の内部にいる1200万人規模に膨れ上がった人口の内実を確認後に確保して、現地の馬鹿を始末する事が求められる。勿論、そいつと都市が連動してたり、戦闘で空間が不安定化したりするのが予測しなくても解る」

 

「また、無理難題だね。フィティシラ」

 

 フォーエが肩を竦めた。

 

「今回は火力過剰でどうにかなる範疇を越えてない。言ってしまえば、内部の人間を見捨てて、その空間内部の都市の質量を全て安全に消し飛ばせば、解決だ。だが、そういう大仕掛けをすると四つの力が動く可能性が高い」

 

「現地でどうにかする案を考えなきゃいけないって事?」

 

「ああ、そうだ。今回、領域内部が変質したのを確認したから、ゼド教授と久遠教授は連れて行く事にした。現地でどうにか出来ないか解決案を探って貰う」

 

「僕らはどうすればいいの?」

 

「ゾムニスは船からオレを筆頭にした部隊を降ろしたら、教授達を載せて船で内部の調査。フォーエ。お前は外で落下する都市部をアグニウム入りのミサイルの類で消滅させたり、空間障壁で領域を保護したり、巻き上がる塵を焼却したりと忙しくなるぞ」

 

「自分は?」

 

 ウィシャスが訊ねて来る。

 

「お前は外で待機だ。四つの力が出た時には対処して貰わなきゃならない。この規模になるとお前一人の労力には意味が無い。大仕事になる。嘗ての南部皇国侵攻の焼き回しだ」

 

「大丈夫かい? 当時は6師団規模のドラクーンと候補が随行したんだけど」

 

「オレがそもそも当時の首都を落とす算段をしてた時は制圧以外は10人も人員を使う予定は無かったんだ。今更だろう。それとこれは映像や画像の分析で解った事だが、首謀者が判明した」

 

「首謀者?」

 

「ああ、奴隷を使って地方領主をしていた頃には領主の姿は確認されていなかったんだが、自分の住処を取り戻して気を大きくしたんだろうな。こいつだ」

 

「―――あの時、逃した南部皇国の皇帝か」

 

 宮殿内部。

 

 大勢の美女達や奴隷に囲まれている者が1人。

 

 30代程に見える整ってはいるが、何処か浮ついた人を見下す嘲笑を浮かべる銀髪をだらしなく周囲に流した男が映っていた。

 

 だが、その姿がノイズ塗れであり、相手が使っている偽装なのはほぼ間違いないだろう。

 

 それが姿に対してか存在に対してかは分からなかったが。

 

「南部皇国、黒の陣を率いた最後の皇帝……名前は……忘れた。今度でいい。取り敢えず、コイツか。もしくはいきなり100年以上の時間を進めて都市を開発し、大地を増やした犯人を捜さなきゃならない」

 

「それが今回の侵攻最大の難関かな」

 

 ウィシャスが紅茶を一口した。

 

「だろうな。出発は今日の夜12時。明け方までに空間内部に船で突入する。車両は各種の偽装を施したのが2台最終的に積まれる。予備部品付きでな。ゾムニス。お前はもしもの時の回収と退路確保に動いてくれ。内部は何があるか分からない。もし撃墜されたり、相手に船を奪われそうになった時はお前の判断で決めろ」

 

「解った。内部の通信状況は?」

 

「不明だ。出来ない。あるいは傍受される可能性も考えると無線封鎖が基本でどうしても必要な時に短時間となる。じゃあ、後は準備中の白衣連中に細々した事を聞いてくれ。各自解散。人事を尽くすぞ」

 

「「「オウッ!!」」」

 

 こうして赴く事になる東部は嘗ての面影もなく変質し、新たな脅威として対応する事になった。

 

 相手の顔を見ながら思う。

 

 何故、この男が東部にいるのか。

 

 そして、黒幕はこいつなのかどうか。

 

 予測してみてもやはり真相は未だ出ないまま。

 

 未来は靄の中に取り残されているのだった。


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