ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第129話「煉獄を裂く者達ⅩⅡ」

 

―――報道特番【ある少女の帰還】

 

『若いもんには分からないだろうなぁ。あの頃、たった五十年前……この世界には明確に死と悲劇が溢れていた。それを抱きしめて下さったのが聖女様だったのさ』

 

 男は語る。

 

『あらまぁ、姫殿下の事ですか? それなら今も覚えているわ。村の中で見て貰ったから。当時は息子が重い病でねぇ。ああ、息子はとても今は立派になったのだけれど、そうなるまで命があるとは思わなかった。あの方は我々に希望ではなく時間を。生きる時間を与えて下さったの』

 

 女は語る。

 

『君達、若者は聖女など単なる帝国陸軍のプロパガンダだ。聖女は確かに偉大な功績を残したが、物語を現実みたいに話すのは止めろ、と言うが……さて、当時あの方の物語を最後まで嘘だと思えた者達は居ただろうか?』

 

 嘗て酒場のマスターだった男は語る。

 

『帝国の教育は教育では無かった。帝国は子供達に本当の教育を施してはいなかった。毎日を生きるだけで精一杯の最中、未来を考える事すら出来なかった。けれど、あの方は言いました。貴方達が子供達の未来を切り開いて欲しいと。自分にはその力は無いからと。とても儚げな笑みで頭まで下げて……』

 

 嘗て教師をしていた女は語る。

 

『とても、口にするのも憚られるが……当時の帝国陸軍の士官であの方よりも強い者はいなかった。そして、あの方はいつも頭を下げていたよ。向かった先で真面目に軍務に励む者達に敬意を持って、ありがとうと言ってくれたんだ』

 

 嘗ての軍人の男は語る。

 

『あの方はなぁ。単なる一般庶民にしか過ぎんウチのとうさま達……当時の工場の誰にも丁寧な仕事に頭が下がると言って労ってくれたと聞いとる。その日の事はよう覚えとる。とうさまが泣いて泣いて死ぬまであの工場を護ると決めた日の事さ』

 

 嘗て工場にいた男の娘は語る。

 

『はは、今の若者は誰も信じんだろうが、あの頃……海で見たよ。あの船団を御一人で制圧し、また大船団を座礁させ、巨大なバルバロスを空より舞い降り撃ち倒す……当時、誰も疑わんかったさ。北部竜騎兵の誰一人としてあの方の戦いぶりを疑う者はおらんかった』

 

 嘗ての竜騎兵だった男は語る。

 

『君はぁ……毎日、鶏肉や豚肉、牛肉を食べるか? 魚や野菜や果実。生鮮食品は食べるだろう? ああ、今時は加工食品か? だが、それならば、君はもう聖女の世代だよ。それら現代の食糧の全ては聖女殿下と家臣団の方達が生産方法を確立し、物流による長距離輸送を始めたのであり、その支援をした銀行も資金も行員も全て聖女殿下の手によって育てられたもののはずだ。健康の為に保存料や添加物を限界まで減らす法規制をしながら、不便と便利の境界を創ったのさ。故に今も多くの帝国民の健康と食文化は護られている』

 

 嘗て農産物専門の商社に勤めていた男は語る。

 

『何ぃ? 君は法律の話を聞きに来たんじゃないのかね? 聖女殿下の話? はは、何ともまぁ下調べすらして来ていないわけだ。して来た? なら、何も話す事は無いじゃないか。現代の帝国法とは全て姫殿下によって書き起こされたものだ。民法、刑法、その他六法に書き記されたあらゆる分野、あらゆる領域に関する多くの法律……君はこの50年で法律が増える事はあれ、改正されたという話は聞いた事があるかね? つまり、そういう事だよ……姫殿下の法律は美しい。未だ色褪せないものであり、未来を見て来たかのように全てが最初から整備されていた。あらゆる未来の問題に対して問題が起きる前から法整備されていたのだよ。我らは問題が起きて、初めてその法律が何の為にあるのかを知ったんだ。帝国法曹界が他国よりも先んじて社会問題に対応出来るのもそのおかげなのだよ』

 

 今も法律家として名高い男は語る。

 

『君達はッ、知らないのかね!? 労働者が何故帝国において飢えず、苦しまず、まともな生活をしていられるのか!? 姫殿下の労働法規無くして!! 姫殿下の労働に対する倫理と道徳の普及無くして!! 我々労働者は決して今のように暮らせたものではないのだぞ!? 帝国人労働者の勤勉さとは姫殿下が御作りになられた社会あってこそなのだ!! 思想家、法律家としての姫殿下の掛かれた書物を一度でも読めば、全て分かるはずだ!! 君達が如何に何も知らないかが分かるだろう。嘗てのように無知蒙昧や門地による差で搾取されない時代がどれだけ貴重なものか!! それが誰の手によって作られたのか!!』

 

 今も労働者団体の会長を務める男は熱弁する。

 

『報道局の方ですか? 姫殿下の資産を秘匿管理しているのではないか? はは、御冗談を……我々の一族、また我々の同胞達が管理している資産は全て帝国のものですよ。意味が分からない? 帝国人の質が不安になる事を仰る。帝国とは何か。それを考えれば答えは出ているでしょうに……』

 

 今、帝国一の富豪と思われる商業貴族代表者の男は語る。

 

『この教会の事を教えて欲しい? ああ、報道の方でしたか。此処は姫殿下の聖蹟を刻んだ地に立てられた教会です。ですが、此処にあるのは石像一つですよ。何故? 姫殿下は宗教を戒められた。そして、此処はあの方に救われた方や迷える方が自分と向き合う以外の場所ではないのです。故に我々は横の繋がりも無ければ、お金を貰っているわけでもない。此処は街の共同管理でして。建て替えの時は街が、それ以外の管理は汚れていれば気付いた者が行うだけです。え? それにしては綺麗? ええ、制度になっているわけでもないのに皆さんが自らの意志で置かれている掃除用具を使って清めてくれているおかげですよ』

 

 今も街にある教会に毎日通う女は語る。

 

『何だおめぇら? 姫殿下の事が知りたいぃ? この街で姫殿下を知りたいなんざ。モグリか? モグリなんか? ホウドウ? ああ、そういう事か。此処は姫殿下が開発された鉱山の一つさ。今は鉱脈が枯れちまった場所にグアグリスを放して、周辺から生ごみとか出来過ぎた収穫物を集めて育ててんのさ。知ってるだろ? グアグリスっつーのは色んな薬を創るのに必要なバルバロスなんだ。そいつを生ごみや過剰生産されたり、規格外になった野菜で養殖して、国に出荷するのが今のオレ達の仕事だ。生物精錬で枯れた鉱脈からも色々と鉱物自体は出るし、街の食糧貯蔵庫、食品熟成の現場でもある。もしもの時の水が出る避難先にもなっとる。此処そのものが周辺地域の人間を大量に養えるシェルターなんだ。大学と共同で講堂内で植物栽培もしとるから食い物にも困らん。全て姫殿下が残して下さった計画通りって事よ。がははは』

 

 今も帝国の廃棄物処理を行う街の男は語る。

 

「………改めて聞くと凄まじいですね。フィルニーネさん」

 

「ええ、そうですね。学校でも習ってはいたのですが、それは1人握りの情報でしかない事がよく分かります」

 

 今までVTRを見ていたコメンテーター達が一様に頷いた。

 

「あの衝撃の報道から数週間が経ちました。今や例の請願には総人口の74%程の数が取り纏められているとか。我々、番組スタッフも勿論請願致しました。その後、姫殿下の素顔について綿密な取材を決行し、今まで多くの証言を集めて来ましたが、何処に行っても、何を聞いても、どのような分野でも……姫殿下の影響がある事を知ったのです」

 

「ザトウさんは歴史家でもいらっしゃいますが、これらのVTRからも多くの証言は正しいと考えるものでしょうか?」

 

 白髪の40代の男がギョロリとした目をコメンテーター達に向けた。

 

「え、えぇ……姫殿下のご功績は帝国外の国々の特に若い世代においては帝国陸軍のプロパガンダに過ぎないとの意見もありますが、実際に確認された公式の裏が取れている功績だけでも数百、数千では利かないものがあるのは事実です」

 

「成程。大抵は真実であると。では、荒唐無稽と言われる紙芝居などを代表とする小さな子供達に教えられている御伽噺に付いてはどうでしょうか?」

 

「疑問に思う方も多いかもしれませんが、姫殿下の足取りはリセル・フロスティーナが作られた直後からよく消える事で歴史家の間では有名です。つまり、足取りを追えない先で何をされていてもおかしくない。また、姫殿下の家臣団……特にお傍にいた方々でこの五十年存在が確認され続けている存在の多くには報道関係者も取材出来なかったのでは?」

 

「え、ええ、はい。確かにそうです。全て途中で帝国陸軍情報部からの書面での接近禁止令が出されておりまして」

 

「帝都の守護竜たるフェグ様。白金の乙女ヴェーナ様。ドラクーンの総大将フォーエ様。黒騎士ウィシャス様。帝国経済界の女帝イゼリア様。そして、知らぬ者はいない帝国最大の権力者にして統一政体初代首相を蹴った事でも有名な帝国議会議長リージ様。彼らを知らぬ者は大陸でも少数でしょう」

 

「まぁ、でしょうな」

 

 コメンテーターの男の1人が頷く。

 

「特に12年前のアウトナンバーの大攻勢においてはフェグ様とヴェーナ様の手により、巨大な古代竜型のアウトナンバーが屠られ、数多くの帝都民の命が救われました。他国においてもウィシャス様の手によってkm級の中でも最大級のアウトナンバーが複数体屠られ、大陸を周遊しているアウトナンバーの討伐部隊を率いるフォーエ様が現地で指揮を取って戦う姿を祖国で見たという方々もいるのでは?」

 

「誰も彼もが時代に綺羅星の如く刻まれる人々なのは間違いない事でしょうね」

 

「その通り。彼らは全て姫殿下。フィティシラ・アルローゼン聖女殿下の直属の部下であり、姫殿下の家臣団と呼ばれる帝国技研は世界を事実救っている技術の全てを他国に供給する立場であるわけです」

 

「なるほど。そう考えれば、確かに全ては姫殿下に通ずるのですね?」

 

「はい。彼らの人を越えたとも思える力。ドラクーンとバイツネードがたった一人の少女が創った組織である事を貴方達は知っている。帝国陸軍のプロパガンダだと言う方もおられるでしょうが、当時の状況を克明に書き記した50年前の日誌の類は各地で収集されており、御伽噺を裏付ける証拠も多いのです」

 

「姫殿下とは一体……何者なのでしょうか?」

 

「超人を越えた超人とて、もう少し歴史には優しいものですよ。まぁ、今はご自宅である史跡となっていた邸宅にお戻りになっているのは確認されていますし、多くの報道関係者が法を犯すギリギリで姫殿下のお姿を捉えていますが、今は技研に出入りし、大陸中の重要人物と目される方々とお会いしているとか」

 

「内情は一切入って来ていませんが、関係者への取材ではどうやら青空が戻った事に比例して、新たな大陸の危機が迫っているかもしれないという話も……」

 

「こう考えても良いのではないでしょうか? 50年の時を超え、あの方は再び大陸に戻って来た。それは新たなる脅威に対しての事である、と」

 

「新たなる脅威……アウトナンバー以外の脅威が再び迫っていると?」

 

「嘗て、帝都の大襲撃を行ったバイツネード本家は未だ時間障壁の只中にあり、それも消えるとすれば、統一皇国もまた放棄した首都を世界最大の戦場としなければならない畏れがあります。他にも大陸各地の大企業が続々と帝国からの吸収合併に応じて現地の工場に今まで貯め込んで来た内部留保によって新型の機材の導入と同時に何かを作る準備をしているという話も聞きます」

 

「何か?」

 

「内容は未だ分かりませんが、関係者から漏れ聞こえてくる情報によれば、新型の工作機械が突如として導入される事が決定し、今はその生産用の資材を帝国から猛烈な勢いで買っているとか。その資材の購入資金は帝国のメインバンクからも借り入れ、同時に北部と帝国の工業地帯から続々と見た事もない鋼材が入って来ているとの報道も……」

 

「帝国の大号令と共に何かを造ろうとしている、という事ですか?」

 

「ええ、調べて見たのですが、当時の帝国留学を経験した各地の企業の会長職の方々が関わっている様子です。また、各国の首脳会議と同時に統一政体にて新たな軍事関連の提起が行われるとの情報もあります。これは帝国の軍事行動の開始を顕しているのではないかとの見方もあり、説明されるのではないでしょうか」

 

「専門家の方々は何かが変わろうとしていると口を揃えますが、どうやら我々の時代は更なる転換期へと向かっているようです。では、次に―――」

 

 ズチューッと激甘で1週間に1回くらいにしておけと言われる帝国民愛飲のカフェ・アルローゼンが大量にストローで吸われている。

 

 中身はこの50年で色々と香辛料や原料を揃えられたらしく。

 

 嘗ての現代にあったものとほぼ同等と言えるだろう。

 

 甘い香りのバニラに似た香料も手に入ったので周囲には甘い香りが漂っていた。

 

 テレビでは今も聖女特番なるものが垂れ流しにされている。

 

「さて、血糖値も上げたし、ブリーフィングに入ろうか」

 

 現在、研究所内の一角にある三教授のラボの反対側にあるガラス張りの部屋での作戦行動の概要の解説へと入っていた。

 

 アテオラ、フェグ、ウィシャスの三人とリバイツネードから見知った青年と金髪縦ロールさんが来ている。

 

 隊長とクリーオだ。

 

 雑用として車両と船を操縦出来る人間を所望したわけだが、大丈夫なようだ。

 

 仕事ぶりと実際の戦闘能力は現地で見ていたのでもしもの時も安心である。

 

「まず、今回の作戦の概要として周知するのは人間化したアウトナンバー。要は狂人が自分達の統治領土を作って支配してる地域が幾つかあるって事だ」

 

 既成事実化を狙う者もいれば、単純にブン盗った者もいる。

 

「この領域内部の人間の調査と出来れば回収。更に狂人連中の殲滅が主な今回の作戦の目標となる」

 

 フェグはまぁいつも通り欠伸して眠そうにしているから、後でやる事だけ教えればいいだろう。

 

「主要地域は3つ。大陸東部、アマギア共和国。東部の中でも昔は奴隷が多かった地域の一角にある奴隷集落群があるウルと呼ばれる20km四方の地域」

 

 山間の草木が生い茂る山深い土地の映像が出る。

 

 そこには未だ薄緑色の光が全体的に凝っていた。

 

「西部にある元々無人地帯だった大砂漠の最中に突如として出現した古城。連中曰く主の住処。古城をカモフラージュにしている地下勢力セルマルノの根城【オーリオール大要塞】」

 

 西部の砂漠地帯の中心域に古風な崩れた城の映像と同時にCGで内部まで再現される。

 

「西部の地下領域に関しては何も心配してない。事前に要塞内部の地図はドラクーンが手に入れてるし、周辺を看視する時間変動に対応したカメラの設置も終わってる。要塞を攻略する必要は無いから、人間が消えたら一番楽に攻略出来るだろう」

 

 伝えながら次の映像を出す。

 

「最後に大陸中央の荒野地帯にある国際協商路周辺に30年前出現した山だ。現地の人間は【無名山】と言っているようだが、そちらには人間が多数囚われているという情報がある」

 

 三つの地点の映像をディスプレイに張り付けてリプレイしておく。

 

「各地の被害だが、東部は奴隷廃止が世界協約で実現した40年前から住む人々がいる。奴隷解放後は農耕目的で当時の集落場所をそのまま居住地とした。その人々が約83万人。それが12年前に領域に取り込まれて周辺から隔絶。内部から逃げ出したモノに拠れば、奴隷制の復活と同時に領主を名乗るアウトナンバーが押し寄せて来て、無法を働いて搾取しているとか。ついでに新たな神として緑炎光を崇めさせる宗教も立ち上げたらしい」

 

 最後にドラクーンからの連絡で届いていた映像をお出しする。

 

 正しく末法の世であると言いたげな死人が吊るされ、荒れ果てた集落が延々と続く地域が出た。

 

 道端には死体と死体の成り掛けが大量であり、猥雑な路地では強盗恐喝殺人は元より悪徳の限りが尽くされている様子が映し出されていた。

 

「最初に掛かるのは此処だ。連中は旧奴隷管理用の領主の館に屯ッてる。そいつらの下にいる数千人からなる私兵集団がいるようだが、そいつらは人間だとオレが判断したならば、真っ当な裁判に掛けてやる予定だ。それ以外のアウトナンバーは悪意がある者も無い者も人間を害してしか生きていないようなら一律殲滅でいい」

 

 ゴクリとアルスとクリーオが唾を呑み込んだ。

 

「主にこういった人間の回収はウィシャスとリバイツネードからの出向組に任せる。基本的にはオレが時間を稼いで相手を潰す。文字通りの雑用はお願いするぞ」

 

「「了解しました」」

 

「よろしい。フェグはオレと一緒に適当な連中を潰す際の護衛役だ」

 

「あふ。むにゃ~~」

 

「後で言っておくか……西部の砂漠の城に関しては12万人が犠牲になってる。主に周辺への略奪と侵攻でだ。アウトナンバーによる周囲の砂漠に生息するバルバロスを用いた侵攻が唐突に始まったのが3年前。それと同時にアウトナンバーが周辺地域では異常発生してる」

 

「前に大量駆除を手伝ったばかりだよ。フォーエが3万匹くらい単独で潰してたけど、質はまぁまぁだったかな」

 

 ウィシャスが肩を竦める。

 

「それまでは水面下で活動していた組織だったみたいだ。各地に自分達の下に付くか。国家や統一政体に付くかと迫っていたようだが、多数の優秀なアウトナンバーの人材を抱えて、国家への内部工作や外交的な不和を引き起こしたり、各地で軍事基地を壊滅させたりしていたらしい」

 

「そっちはリージさんが対処してたけど、上級のドラクーンの出現で逃げてたから、要注意って通達が出てる」

 

「まぁ、下位のドラクーン相手にも引けを取らない戦力だったようだが、上位のドラクーンと戦えば、無傷では済まないのが解ってて退却した点で手強いのは確定。そういうのが出てきたら撤収する事で被害を出さずに人社会を侵食してたようだ」

 

 クリーオが手を挙げる。

 

「3年前の事件ならば、存じています。当時、リバイツネードの研修で侵攻戦力と戦った経験があります。当時はアウトナンバーではなく。【アウトロー】と呼ばれる聖女の子供達による犯行であると説明されていましたし、多くの高度な技術を用いる兵器や戦術が使われていたのを見ました」

 

「それもお前が選ばれた理由の一つだ。不良化した聖女の子供達に付いては今後、色々と政策を用意してあるが、まぁ後だ。取り敢えず、こいつらはどうやら忠誠を誓う頂点の存在の為なら人間みたいな虫けらは幾ら殺してもいいし、何なら絶滅させてって構わないくらいの奴ら、らしい」

 

「確かに言葉を交わした相手はそのような事を言っていたような……」

 

「頭も回るし、要塞も持ってる。人間を要塞内部で家畜として量産してるって話もあるし、周辺域から密かに人攫いをして何かの材料にしてるって話もある」

 

「家畜?! それは初耳ですわ」

 

「要塞周囲2km四方に派遣したドラクーンが時間変動領域内部に呑み込まれ、連絡が取れなくなって1年半……此処での作戦は主に要塞内部で家畜化されたり、量産されたり、何か人間を材料にした何かにされてる連中の救出もしくは元に戻せない場合は楽に死なせてやる事も今回の解決手段には含む」

 

「「………」」

 

「教育されてたり、洗脳されてたりしても問題はない。そこらはどうにかなる。問題は罪を犯させられたりした人間の扱いだが、そっちは悪意があれば、人間社会で機密法廷で起訴され、審理される。だが、全ての人間が救出された後の殲滅方法は至って単純だ」

 

「どのように?」

 

 クリーオに肩を竦める。

 

「要塞内部に人間扱い出来るヤツがいなくなったら、“要塞毎”殲滅する事にした」

 

「「………」」

 

 2人にはどうやらそういう想像が付かないらしい。

 

「続いて中央の荒野地帯にいる連中だが、こいつらだけは話し合いで決着が付く可能性がある」

 

「話合いで? 基本的には殲滅だったのでは?」

 

 アルスに頷く。

 

「アウトナンバーの人間に関しては能力というよりも取り憑いた相手によっては理性を保持している場合があり、狂人は狂人でも話し合える狂人である場合もあるそうだ」

 

「話し合える? 狂人とでしょうか?」

 

「そうだ。話し合えるってのは言葉が通じるって意味じゃないのは先に言っておく。こいつらは人間の被害は出していない」

 

 クリーオが再び手を挙げた。

 

「囚われているのではないのですか?」

 

「ああ、無名山周囲は50年前にガラジオンの侵攻時、先遣として来てた古代竜の死骸の力で大規模な森林地帯になってるんだよ。知ってるか?」

 

「え、ええ、一般常識的な範囲では……」

 

「入植は進んでるらしいんだが、何しろ森の広がる速度が半端じゃなかったようだな。この50年で帝国民が一番入植した地域でもある。その一部が被る荒野地帯の一部を占拠したんだが、こいつらだけは目的が不明だ」

 

「目的が不明?」

 

「ああ、社会から爪弾きにされた犯罪者や犯罪者の家族。白い目を向けられ、社会的な信用の無い倫理や道徳の低い連中や悪党を勧誘して自発的な意思で集めてるようだ」

 

「それは確かにリバイツネードの講義の中で一部出ていたと思います」

 

「出入りは自由らしい。ただ、こいつらが塞いでるルートは国際物流の一角であり、そのせいで経済的な損失も出てる。周囲に自発的に来ている者以外はどうやら弾く仕様の空間障壁みたいなのを展開させてる。その大きさが60km四方と馬鹿デカイ上に上空にもある。更に拡大中との事だ」

 

「内部の様子はどうなのですか?」

 

「電子機器の類での情報の持ち出しが出来ないようになってるらしい。ただし、記憶はセーフで内部では犯罪都市みたいなのがあるそうだ」

 

「犯罪都市? そこまでは存じませんでした」

 

「要は大陸の爪弾き者達が一同に会した見本市。無論、国家として認められているわけでもないし、地域一帯は入植時に統一政体の規約と協定を順守した国家の国民が将来は統一政体に加入する独立国家となる事を了承して自治州化を認証してる」

 

「つまり?」

 

「各国の承認が無ければ、何処の領土でもない地域は自治州承認されるまでは如何なる自治権も認められない」

 

「法律的な問題であると?」

 

「既成事実化で無理やりに権利は主張出来ないように法規は昔に組んだからな。どんな理屈を捏ねても中央の荒野地帯の周辺国全てに了承を取って作った条約は崩しようが無い」

 

「な、なるほど……」

 

「此処に住まうアウトローの殆どは大人しい奴らのようだが、頭のキレるヤツがいる。ついでに何かこっそり自分達の目的の為に大人しいような気もする」

 

「それは勘のようなものでしょうか?」

 

「こういう状況に陥らせて時間を稼ぐ連中がロクな事をしないのは世界共通って事だ。潰す時は潰すが、潰すのが一番難しいのが此処だ」

 

「話し合えるからでしょうか?」

 

「いいや、人間の盾が多過ぎる。凡そ100万から150万人規模だ。連中を滅ぼす際は至近距離での戦闘になる。市街地戦に成れてるリバイツネードの人員がいなければ、犯罪者連中を避難させたり、人間を誘導したり出来ないと踏んでもいる」

 

 此処でようやくシュタイナル隊長が納得のいった様子になる。

 

「つまり、自分達の一番の仕事内容は此処ですか?」

 

「ああ、そういう事だ。ちなみに出入り自由なはずの場所でドラクーンの隠密部隊が行方不明になってる。あっちに殺されたか。もしくは囚われたか。又は今も何処かで戦い続けてるだろう」

 

「ドラクーンの被害が確認されれば、殲滅に?」

 

「いいや、ドラクーンは民間人じゃないから、話し合う場合のカードとしては使うがそれだけだ。だが、ドラクーンに手を出したなら、落とし前くらいは付ける」

 

 この一週間程のウィシャスの教育成果でリバイツネードの2人も戦う事は出来るようになった。

 

 ドラクーン相手に引けを取らない戦力であるならば、問題はないと言えるだろう。

 

「東部、西部、中央の順で行く。明日出発だ。今日中に装備を受領しろ。戦闘手順は全てウィシャスが言っていた通りだ。今日は何処に行ってもいいが、明日からは情報封鎖される。ゆっくり家族に会えるのはしばらく先だ。休暇を言い渡す」

 

「「了解しました」」

 

 リバイツネード組が敬礼した。

 

「解さ―――」

 

 言ってる傍から脳裏の常時予測が引っ掛かる。

 

 52秒後に大陸西部よりの超長距離爆撃との事。

 

 ウィシャスが同時に動いた。

 

 すぐ外に続く窓を開いて飛び出し、阿吽の呼吸で研究所の上空を見やるのと侵入者を探す組に分かれた。

 

 途端、こっちが感付いた事を知ってか知らずか。

 

 待避しようとする影を4km先のビル壁面に捕捉する。

 

「―――来い」

 

【ッ】

 

 相手がこちらに気付いて逃げるより先にこちらの能力に捕まる。

 

 場を掌握する能力は基本的に物質に干渉する。

 

 それを自身の手で様々な事象として出力するわけだが、サイコキネシス。

 

 念動力的なのは初歩的な代物だ。

 

 それそのものの力があるわけではなく。

 

 あくまで物質を操作してモノを動かすといのが正しい。

 

 相手が案外強い力で対抗しようとして緑炎光を発したので敵は確定。

 

 無理やりに能力の力比べで虚空を引きずって音速の数倍の速度でこちらの手の中に引き込む。

 

 その途端に手の中に収まったのは小柄な少女の姿をした何かだった。

 

 だが、場で読み取れる限り、その手は真っ黒だ。

 

 脳裏の思考読み取りである。

 

 心を読むのはこの体になってから、昔の心理学を用いるまでもなく簡単になってしまっている。

 

「ふむ。真っ黒だな。確認終了」

 

 主の為なら邪魔な人間は幾らでも殺して構わない系人材らしい。

 

 相手がこちらの意図を読み取って何かをするより先に頭部から先の肉体まで全てを分解、消失させる。

 

 同時に相手が持っていた何かしらの道具……危ないアイテムらしきものが転がったのでそちらは土神の能力で分解しながら能力が発揮されないように解析しつつ内部で保存。

 

 後には少女らしき存在がいた服だけが残った。

 

「ウィシャス。爆撃を叩き返せ。散らさずにだ」

 

「それ命令かい? 安全を最優先にしたいんだけど」

 

「ああ、衝撃で起爆するタイプだから問題無い。要塞上部を丸裸にする。古城内部の情報はリアルタイムで軍のネットに乗ってるが、予測でも観測でも人間の姿は無い。ついでに集まってる連中の大半はどうやら化け物みたいだ。ドラクーン程度の実力しかないし、照会作業でも人を殺しまくりの攫いまくりだ。確認された個体の情報には目を通してある」

 

「来た。行くよ」

「ああ」

 

 ようやく外に出て来たリバイツネード組が見ると空の彼方から見えない何かが迫って来るのは見えていただろう。

 

 だが、ウィシャスが瞬時に土神の能力で黒い鎧を装備する。

 

 嘗てのドラクーンの鎧に似ている。

 

 が、今時な改修が施されている……ように見える。

 金属内部に奔る超重元素製の回路が発光しているのだ。

 

 実際には形は自由に変えていいとの話で自分に作られた鎧を改修した最新型だ。

 

 その片手が腰にマウントされていたグリップの一つを抜き出すと盾がグリップの一部から復元された。

 

 長方形の大盾。

 

 俗にスクトゥムと呼ばれるソレは嘗ての頃よりも軽量で防御力を高めながらも攻撃を受け止めるものよりも弾く事を念頭に再形成された。

 

 複数の薄い盾を瞬時に復元して何層にも重ねる上に破壊するには層一つを全て破壊しなければ次層にダメージが伝わらないあらゆるエネルギーの分散を行う使い捨ての装甲だ。

 

 嘗てよりも利便性の高い盾の名は現代のアニメならお決まりの名前でもある。

 

「【イージス】!!」

 

 盾を持って上空に跳んだウィシャスが上空60m地点で遠方から来た何かを盾でシールドバッシュしたと同時に回し受けのような体制を取り、即座に崩壊したシールドの二層目を犠牲に二度目のバッシュを打つ。

 

 一撃目で相手の弾体らしき何かが爆発したり、効果を及ぼさないのはウィシャスの盾が更にゼド機関や空間障壁を用いる精密操作が可能な代物だからだ。

 

 相対位置を特定して爆発するような近接信管的なものでなかった為、瞬時に打ち返されたソレが音速を遥かに超えた。

 

 数十秒で千数百㎞先の城へと返っていく。

 

 そして―――1分もせずに砂漠を見ていた遠方の定点カメラが猛烈な爆発と共に城の周囲2km四方が大炎上し、爆発の中心となった城が跡形もなく消し飛んだのを確認した。

 

「ナイス・パリィ……と言ってやりたいところだが、あの見えないのを撃った砲台は動いてるな。定点カメラに確認。なるほど……専門の射手か。映像越しでも大体は推測出来る。バイツネード連中くらいはあるか。こっちで処理する」

 

 脳裏で軍のネットの電波を受信しながら相手の位置を特定する。

 

「ああ、いいけど、長距離攻撃用の武器なんて常備してたかい?」

 

「逃走しようかと上に通信して時間を潰してるヤツには丁度いいのがある」

 

 片手から例のリボルバー剣を取り出して、そのまま蒼い弾丸を一発装填して、定点カメラ越しに狙いを付けて軽く引き金を引く。

 

 弾丸そのものを打った衝撃のようなものはない。

 

 飛ばしているのは蒼力の塊だ。

 

 物質を操作する場への干渉力そのものなのだ。

 

 距離的な減衰はそもそも干渉の強さに拠るが、現在蒼の欠片を使っている手前、神様とやらの力の欠片の欠片の欠片くらいの威力はある。

 

 二秒後に姿を消した自走砲らしきものを操作していた相手。

 

 先程、観測手役をしていた少女と同じ顔の双子らしい相手の頭部に着弾する寸前、相手の展開したらしき緑炎光の空間障壁が瞬時に数十枚周囲に展開されたが、意味も無く。

 

 貫通する間に避ける時間を稼がせる事もなく。

 

 素通りして相手の肉体と頭部を直撃弾で完全に分解、抹消する。

 

 空間や時間を操るとしても、瞬時に時間を止めて救出してくれる誰かさんはその場にいなかったらしいのでコレで問題無いだろう。

 

「報告する暇があったら城の地下に逃げてれば良かったものを……」

 

「周囲50km圏内に不穏な気配は無し。リバイツネードとドラクーン全員の気配は知ってるけど、隠れてる連中も含めて面倒そうなのはいないね」

 

「あの観測手は特別製のアイテムを持ってたようだな」

 

「アイテム?」

 

「空間を歪めるゼド機関に近いものだが、隠密専用の道具っぽい。もしかしたら、戦闘にも使えてたのかもしれないが、そもそも隙は与えなかったからな」

 

 部品単位で分解したゴツイ超重元素製の掌から少しはみ出す砂時計のようなものを見せる。

 

「直前まで隠れてたのか……道理で……」

 

「ああ、出た瞬間にこっちの能力に引っ掛かったからな。時間にも干渉するんだろう。観測手として隠蔽を解除しなけりゃこっちはもっと困ってたから、今回は僥倖だったな」

 

「で? どうする?」

 

「これが雑兵クラスなら面倒な事に成る前に潰す。相手の親玉が最優先だ。が、同じようなアイテムを持ってないとも限らない」

 

「解った。すぐに向かおう」

 

「周辺地域のドラクーン全てに非常警戒態勢を出せ。更にゼド機関で周辺空間を歪めて何かいないか探知させろ。運用に付いては昨日配布したアプリで回路式のゼド機関の運用項目見てやれって伝えといてくれ」

 

「解った。出発するかい?」

 

「ああ、内部の人員はオレ達で確認する。城が吹き飛んだ後に撃ったやつで周辺の時空間変動もほぼ限界まで薄まってるはずだ。叩くなら今だな」

 

「了解した。悪いが予定を繰り上げるよ。2人とも搭乗してくれ」

 

「「了解しました」」

 

 リバイツネード組が最敬礼。

 

 すぐ駆け足で車両の入った最新の船に向かっていく。

 

 二代目のリセル・フロスティーナにも似ているが、最新鋭のクルーザーのような流線形の船体はスマートな白銀色でご丁寧に大公家の紋章入りだった。

 

「フェグ。アテオラを連れて船に乗れ」

 

『はーい』

 

 室内で待っていたフェグが手を振ってから屋内に消えていく。

 

「先制攻撃。一日前。未来でも見たか? いや、死ぬのが解って出して来たにしては装備が良過ぎるか? こいつも量産可能なもんには見えないし、読み違えたか。あるいは単純に戦略的な頭が切れる方か。どちらにしてもやっぱり高位の能力を持つ連中の予測能力は厄介だな」

 

 現在、帝都周辺において特異な蒼力に類する能力で内部に干渉したり、観測したりするような事をした場合、相手の事を即座に把握出来るようにゼド機関の一部を用いて網を張っている。

 

 今回は別の空間に引き籠っていたようだが、それにしても空間の歪みを検知出来なかったので時間に関しても弄られている可能性があった。

 

 それをもしも砂時計っぽい道具がやっていたとすれば、中々のアイテムと言える。

 

 正しくゲーム的に言えば、チート・アイテムみたいなものだろう。

 

「さぁ、行動開始だ」

 

「まーあの程度ならウチが何とかするべよ」

 

 白金の乙女は肩を竦めて、歩いて行くこっちに手を振っていたのだった。

 

 *

 

―――8時間後、西部古城跡セルマルノ地下大要塞【オーリオール】

 

 セルマルノの根城。

 

 オーリオールは彼ら緑炎光を宿した者達にとって正しく護るべき家だった。

 

 彼らを導く要塞の主。

 

 ゼムスは主なる者と呼ばれている。

 

「アクンドゥスとセムンドゥスが死亡しました……」

 

 セルマリノの幹部会は沈鬱な空気に包まれていた。

 

 聖女の暗殺に失敗した上。

 

 彼らが送り出した暗殺においては最大戦力である幹部の姉妹が瞬間的に敗れた事をゼムスが幹部会前に彼らへ伝えていた。

 

「各地に潜んでいた者達が次々に通信を途絶させております。ゼド機関による新型の探知方法が一斉に使用されているのではないかと現地の者達から一報があり、最後の部隊からの通信が途絶して3時間になります」

 

 円卓の会議室には現在4名が在籍していた。

 

 その上座にある玉座には未だ誰も座っていない。

 

「人間達めッ……よくもッ、よくもッ、アクとセムを!!?」

 

 悪鬼の如き形相で顔を憎悪に歪めていたのは頭部から背後に流れる羊のような巨大な角を持つ女だった。

 

 顔を見れば、美しいと言えるだけに整っていたが、今は歪んだ顔には怒り以外の感情は刻まれていない。

 

「気を静めなさい。ルクシア。我らが此処で怒っても何にもなりません」

 

 黒に金のヤギの紋章を刺繍をしたドレスを纏う女に対して声を掛けたのは白いスーツにドギツイ臙脂色のネクタイをした壮年の男だった。

 

 痩せぎすではあったが、その手の甲には青筋が浮いている。

 

「アゼートッ。貴方は―――」

 

「私とて悲しんでいる。だが、今は悲しんでいる時ではない」

 

「くッ―――」

 

 ルクシアと呼ばれた女が白スーツのアゼートと呼んだ男を前に顔を俯ける。

 

「私とて哀しいが、今は対策を先にせねば。要塞内部での情報統制はどうなっている? ベズテート」

 

 アゼートに聞かれたのは30代程の顔にそばかすの残る数十年前の野暮ったい町娘風のスカート有りの古びれたワンピースを着込む女だった。

 

「各層の氏族長の腹は解りませんが、次の席次が空くと喜んでいる者が複数。更に下級の戦士達は噂しているようですが、それだけです。お兄様」

 

「報告ご苦労。フギ……要塞のダメージはどうだ?」

 

 次にアゼートに聞かれたのは枯れ木のような相貌と体の男だった。

 

 来ている白衣は研究者のものだろうか。

 

 しかし、男の顔は完全に死人のようであり、その相貌は暗闇の中では落ち込んだ瞳も相まって酷く見え難い。

 

「古城に偽装していた上部は全損。詰めていた戦士も消滅。その内部に置いていた各種の備え全てと共に。空間の歪曲と途絶によって被害は地下層には出ていないが、入り口が破損状態で野晒だ」

 

「なら、すぐに修理なさい!? 何をしているの!!?」

 

 ルクシアと呼ばれた女が喚く。

 

「君はわざわざ敵に普通は感知されない入り口の場所を教えると言うのか? 見えない綻びを治しに見える存在が出向けば、一目瞭然だ。時空間変動による観測欺瞞はまだ行われているはずだが、向かうべきではない」

 

「どうしてよ!?」

 

「外を計測したら我らの主の結界は既に9割以上が消滅していたよ」

 

「なッ―――我らの全能たる主ゼムス様のお力が掻き消されたというの!? 嘘を言わないで!?」

 

「嘘を言ってどうする……ちなみに消えた理由は敵の反撃によるセムへの直撃弾の余波だ。恐らくはな。どんな攻撃をされたものか。此処から帝都まで1400km以上ある。つまり、地平線の果ての果てだ。だが、セムが用いていた空間投射砲ですら1分近く掛かる距離を敵は恐らく数秒。正しく神の力かもしれん」

 

「神!? 神が何だと言うの!? クソッ、クソクソッ、人間共め!! 聖女がそれ程の力だと言うの!?」

 

「黒騎士ですら、そこまでの力は無いだろう。ゼムス様が仰ったように神の力を持ちし者が再び帰って来たと? 聖女が、我らの根源を打ち滅ぼして?」

 

 アゼートが白衣のフギに訊ねる。

 

「お前さんらは知らんだろうがな。聖女とはこの世を自らの手で作り直した人類中興の祖……ゼムス様の誕生が凡そ44年前。だが、それ以前に彼奴等は我々の得た力と同等以上のものを得ていた」

 

「……此処まで勢力を拡大し、ようやく帝国を崩し、大陸に覇を唱える準備が出来たところで戻って来るか。我らの怨敵。聖女の子供達……蒼力がもしも祖たる者の力ならば、奴らの……いや、黒騎士以上の化け物が出てくるのも道理か」

 

「何を弱気になっているの!? 反撃よ!! これ以上後手に回れば、また被害が出る!! 今あるアウトナンバーの投入で各国の都市を焦土化し!! 一気に周辺国を落すべきよ!!」

 

 アゼートがルクシアの意見に目を細める。

 

「確かにこれ以上、相手に先手を取られるわけにはいかない。だが、アウトナンバーの数には限りがある。400万体のアウトナンバーの一斉蜂起。この居城を中心に各地域に潜ませた戦力を投入すれば、確かに周辺国は堕とせる。だが……」

 

 フギが溜息を吐いた。

 

「足りんな。上位ドラクーンの数だけで100m級のアウトナンバーは全て討伐可能だ。km級がせめて後300体配備が完了していれば、どうなるかは分からんが……黒騎士の討伐速度を考えても各国で地盤を固めるまでに制圧するには後せめて100m級が800万は必要だ」

 

「なら作りなさい!! 今から!? 人間など吐いて捨てる程に供給しているでしょう!?」

 

「無茶を言わんでくれ。アウトナンバー化させて、こちらを襲わんように調整。更にkm級に育てるには緑炎光が足らん。我らが今から全ての力を使って育ててもkm級が7~9体が限度。100m級とて100万も作れん。力が戻るまでに数か月以上無防備で過ごす気か?」

 

「く―――ッ」

 

「更に言えば、聖女という力は未知数。黒騎士ですら今の我らの手に余る。黒騎士をゼムス様が抑えられたとしても、聖女はどうする? 他の最上位ドラクーンは我ら幹部会以外に相手出来まい。居城が割れている事自体は構わん。だが、城を移すには時間が掛かる」

 

 ギリギリとルクシアが歯を軋ませた。

 

「各階層の氏族長達を使えばいいわ……」

 

「時間稼ぎにか? それで何分稼げる? 我らの戦力は無限ではない。要塞に攻め込んで来た連中を各階層で食い止めたとしても、送られてくるのは最上位ナンバーのはずだ。それが7人投入されれば、我らが同胞と共に戦って互角。黒騎士をゼムス様が抑えられたとしてもギリギリだ」

 

「聖女……だから、聖女をッ」

 

 ルクシアが拳で円卓を叩いた。

 

 腕がめり込む程に。

 

「ああ、だが、失敗した。しかも、幹部会から初めての死者だ。時刻を見るに凡そ即死であっただろう。この身を削って20年の歳月を掛けた隠蔽用の疑似時間停止を可能にする【ノクターン】を2人とも持っていた。だが、使われる様子も無かった」

 

「本当に即死だったと?」

 

「そうだ。ゼムス様に判断を仰いだ瞬間を狙われた。相手がどのように外の双子を知覚したのかも分からん」

 

 煮詰まっている所でそばかすの女。

 

 ベズテートが手を挙げる。

 

「ゼムス様にご意見を伺っては? あの子達の死は辛いけれど、今は我らセルマルノの危機。臣としてお聞きするべきでは?」

 

「その通りだ……」

 

『ッ』

 

 その場の玉座にフワリと荘厳な法衣を着込んだ男が現れる。

 

 紫、黒、金、今時の坊主達には着こなせもしないだろう。

 

 嘗て大陸南部で勢力を誇っていた大宗教。

 

 その総主教の用いたものを元にした威厳ある衣装だ。

 

 男は墨よりも夜を溶かしたような一切光を発さない漆黒の肌に碧い瞳をしていた。

 

 その瞳には理知の光が宿っており、幹部が死んだという話の後にも曇ってはいない様子であった。

 

 齢の頃は皺も見えぬとはいえ形と背丈から恐らく40代頃だろう。

 

「ゼムス様!! おお、我らが主よ!! どうかご意見をお聞かせください!!」

 

 安心し切った様子になるルクシアが縋るように主へ訊ねる。

 

「フギ。我が能力を疑似的に再現したノクターン。能力を落して即座に作るとすれば、どれほどの時間で出来る?」

 

「能力の半分であれば、40日後に4つ。能力の4分の1であれば、20日後に8つ。能力が10分の1であれば、1日で16個というところでしょうか。ただし、どれ程に力を落しても早期となれば、我が命を使う事になります」

 

「……1時間後ならば?」

 

「能力が50分の1であれば、32個程都合出来ますが……」

 

「即座に1時間後まで32個作れ。本要塞を放棄する。全氏族長を招集し、優秀な者以外は此処で死守命令を出せ。後、人間共は全て屋外に放逐せよ。纏めていたアウトナンバーの一斉襲撃を開始……ダメか。これでも……クソッ」

 

 男が最後に苛立ったように歯を軋ませる。

 

「我が主。何が有ったのですか?!」

 

 心配そうにルクシアが訊ねる。

 

「条件が揃わんッ。未来が閉ざされていくッ。我らの未来がッ、何処にも無いッ!!?」

 

「何と―――未来予知をしておいででしたか」

 

 アゼートが主の瞳が今も深淵を見ているように瞳孔が開いているのに驚く。

 

「……20分後に何個作れる?」

 

「全ての能力が100分の1以下で良いならば、100個以上は」

 

「ッ、見えた……これが我らの道筋か。すぐに用意しろ。我らが城はまた作れば良い。だが、此処で我らの火を消させては―――」

 

 その時、彼らは最後まで気付かなかった。

 

 そして、最後の最後にゼムスと呼ばれた男は脳裏に奔る未来への道がフッとそよ風に吹かれる蝋燭の火の如く消えた事を悟り。

 

 虚空に自分を見つめる蒼い瞳を見た。

 

 とても悲しそうに溜息を吐く相手が敵だという事を彼は知って消えたのだった。

 

―――オーリオール直上

 

『全人間の収容を完了したよ。アウトナンバーの氏族長。一部の情報で知っていたけれど、上位層並みの相手だったね』

 

 肩を竦めたような声の通信先の相手の優秀さに頭の下がる思いだった。

 

 船の真下。

 

 今、虚空で撃った一発の弾が直撃した瞬間。

 

 地下1200m以下まで続く大要塞が呑み込まれながら光の中で急激に分解されて消えていった。

 

「教授達に作って貰った道具はやっぱり便利だな。空間の歪曲を用いて人間を高速で安全にストック、移動出来るようになったのも大きい」

 

 光の傍からギリギリで要塞内部から抜け出していたウィシャスが高速で離れながらも、上空に跳躍して飛行。

 

【高速時空巡航艦】の上に戻って来る。

 

 艦名はフィシル・イルデ。

 

 西部の言語で蒼き暁光。

 

 相手と予測合戦しつつ、未来を残せるかどうかというところまで追いつめて処理能力を拮抗状態で維持しつつ、その合間にウィシャスを要塞内部に潜入させ、予め分かっていた内部構造を探索させて人間を回収させるのに30分。

 

 敵が動き出す前に襲撃しようとした時点で相手が未来予測の類を持っているのは自分が一番よく解っていたので逆利用して油断させる作戦は大成功に終わった。

 

(さすがにあの神の眷属……蒼の欠片の力もある程度借りなきゃならなかったな)

 

 途中、見付かった相手を瞬間的に斬殺させていたが、人間をアウトナンバー化させる施設らしき場所に大量に捉えられて、手足を両断され、芋虫状態で餌を与えられていた人々やドラクーンを救出後、速やかに要塞を崩壊させた。

 

 ウィシャスが持っていた細長い鈍い銀色のスティック状物体を見せて来る。

 

「3000人弱入ってる。この棒の上部を僅かに開いて閉じるとシステムに認識されてる人間を優先的に回収。空間の歪曲を使うみたいだけど、凄いね。中の人間を生きたままって言うのが……空気はこの数だと40時間持たないらしいから、先に帝都へ帰ってるよ」

 

「解った。オレは此処の後処理をしてから行く。フェグ。中の2人を護ってやれ」

 

「りょーかーい」

 

 船上に出ていたフェグがイソイソと船内に続くドアまで虚空を歩いて行くと内部に消えた。

 

 鎧のまますぐに帝都に向かって飛び出したウィシャスが見えなくなったのを確認して未だに内部の物質を分解し続けている光の上に陣取る。

 

 すると内部から猛烈な振動と共にモコモコと城跡地の平べったい今も全てを分解し続けている光の床が膨れ上がり、バリバリと中から食い破るようにして漆黒の巨人らしきものが現れる。

 

「おでましか」

 

 全長で12m程だろうか。

 

 先日倒したkm級とかいうアウトナンバーよりは強そうだった。

 

 巨人の瞳から緑色の炎の光が零れており、正気には見えないが、本能的にこちらを警戒している様子で蒼い光で全身を焼け爛れさせながらも、憎悪で歪む顔をこちらに向けてくる。

 

「『各地のドラクーン及びリバイツネードへ。全兵装の使用を許可する。空間を越えて潜む人類の敵を駆逐せよ!!』」

 

 その言葉と同時に予め言ってあった通り、ゼド機関をレーダー化するアプリによって確認された空間の歪みのある地点に対して、その先に向かって、リバイツネードとドラクーンの火力が叩き込まれ始める。

 

 火砲。

 小銃。

 能力。

 

 戦術兵器に戦略兵器。

 

 人類が持てる火力の一部が容赦なく注ぎ込まれ、同時に空間の先から罅割れと共に現れる死骸で周辺国の国土が恐ろしき血の河や臓物の山となっていく。

 

「タイトルマッチと行きたいところだが、生憎とオレは忙しい。人類をまともに利用出来ず。共に笑い会う事を考え付きもしない生物……どれだけ感情豊かだろうが、お前らは敵にも値しない」

 

【ッッッ】

 

 相手の方向で瞬間的に数百m圏内が音圧というよりは気圧に近い波動で潰れる。

 

 だが、同時にこちらの投擲した剣が突き刺さった頭部が瞬時に分解され、緑炎光を蒼いスパークで散らされながら、剣の自重が相手の肉体を両断していく。

 

 ―――!!!

 

 周囲数kmに渡って断末魔のようなものが響き渡った。

 

「後始末完了だ」

 

 相手の炎が完全に消え去り、光が蒼い光に呑み込まれて要塞の全てを消滅させた。

 

 だが、油断はしない。

 

 剣を手元に戻して、瞬時に周囲を切り払う。

 

『―――無念』

 

 三人の男女が上半身や下半身、四肢などを5割以上損傷した様子で空間の歪曲と時間の変動を膜のように纏って隠れていたようだったが、ゼド機関による空間歪曲で時空間を歪め、同時に空間振動を用いるレーダー化アプリの力は隠蔽を許さない。

 

 引っ掛かった相手を剣で撫で斬りにしたのだ。

 

 壮年の男、白衣の男、大きな角のある女。

 

 それが間違いなく本体である事を確認して、振り切った刃から迸るアグニウムの炎が相手を蒸発させた。

 

 猛烈に吹き上がる極高温の炎の最中で滅びる悪鬼は憎悪に顔を歪める者もあれば、哀しそうに自らの最後を見やる者もいた。

 

 しかし、それも1秒せずに炎と共に消え去る。

 

「仲間を逃がして、囮になる。その気持ちがあるなら、人間と妥協するべきだったな。道徳と倫理はこれからの時代必須アイテムだと知ってたろうに無視したツケだ……大人しく払っておけ」

 

 溜息一つ。

 

 自分はこうならないようにしなければと戒めつつ。

 

 上空に浮遊して戻り、遠方から駆け付けて来るドラクーンの一団に後は任せて船で帝都に帰還する事にした。

 

 船の横にあるハッチが開かれ内部に入ると金髪縦ロールなクリーオが慌てた様子でタオルを手渡してくれた。

 

「お、お疲れ様ですわ!! お働き!! ご苦労様でした」

 

「ああ、助かる。紅茶を貰えるか?」

 

「わ、解りました!! すぐに入れて来ますわ!!」

 

 初めての実戦という事は無いのだろうが、それでもやはり先程の戦闘シーンは驚いたのだろう。

 

 慌てた少女は給湯室へと消えていく。

 

「おわったー?」

 

 フェグがいつの間にか背後から顎を頭に載せていつも通りの調子で聞いて来る。

 

「ああ、殲滅完了だ。力そのものはオレの方が勝ってるし、戦力の供給量でも問題無い。負ける要素はゼロだな。問題は連中が人間を利用して一々悪事を働かないと気が済まない病に掛かってるところだ」

 

「びょーき?」

 

「ああ、オレの腕のヤツと同じような侵食なんだろ。コイツも大概だが、コイツの敵も大概って事だ。あの時、本体殴り飛ばしときゃ良かった」

 

「戦う~?」

 

「お前の出番は後だ。今回は状況確認が完全に出来てたから、すぐに此処まで勧められたが東部と中央部はそう簡単に行かない。此処より戦力が無くてもな」

 

「ふふ~~~」

 

 上機嫌なフェグがしばらくまたダラダラしようとギューしてくる。

 

「帝都に帰還する」

 

『了解しました。これより研究所へと帰還します』

 

 声を遠方にまで届けるとコックピットのアルスが返して機体がすぐに反転して帝都に機首を向けた。

 

 情報端末を懐から出して確認すると世間ではいきなりドラクーンが何も無い場所に兵器を乱射しまくって、何も無い空間から大量の血や臓物の雨が降るという怪奇現象が発生。

 

 市民が大混乱しつつも、すぐ広報で大襲撃のような企みを事前に防いだと喧伝された事で事態は収拾しつつあった。

 

『国民の皆さんは落ち着いて屋内退避を!! ドラクーンによる掃討作戦の完了まで10時間以上必要と思われ、それまで屋内にてお待ち下さい!! 敵は特殊な空間内部に隠れており、その狩り出しが終わるまでは安全が保障出来ません!! 繰り返します!! 国民の―――』

 

 バイツネードの歪曲空間内の敵を狩り出すか。

 

 もしくは消滅させる為の訓練は事前に行わせていたが、その演習がこんなところで役に立つとは思っていなかった。

 

 バイツネードよりも空間の歪曲が比較的浅い場所に大量のアウトナンバーが潜んでいたらしく。

 

 ゼド機関の干渉で入り口を抉じ開けて、内部空間に威力を投射すれば、相手は逃れようもなく絶対攻撃が当たる射的の的状態。

 

 面倒な強個体だろうともドラクーンの火力をまともに戦闘する前に猛烈な速度で速射され続ければ、如何に時空間を盾にしようとも限界がある。

 

 特にゼド機関を用いた空間を掘削する槍は効果覿面。

 複数のkm級が次々に討伐完了報告されていた。

 

「紅茶をお持ちしました」

「ありがとう」

 

 クリーオから紙コップで紅茶を受け取って口を付ける。

 しっかりと丁寧に入れられた紅茶は美味しいものだ。

 ミルクに砂糖を少々入れられているのも何だかホッとする。

 

「………その」

「今回の一件は時間が無かった」

「は、はい……」

 

「だが、次はこうも行かない。東部には数日後に出発する。要塞を吹き飛ばせば終わりなんて事にはならないから安心しろ」

 

「い、いえ……その、わたくしは……」

 

「ウィシャスのやり方は見てたな? だが、すぐに回収されるような場所に一纏めに人間が集められているような事が無ければ、更に事態は複雑だ。ウィシャスは確かに優秀だが、任務には数が必要な事もある」

 

「はい……」

 

「10km先の人間を1人救うのに10km移動させるより、別の傍にいるヤツが助ける方が手っ取り早いし、合理的なのは分かるな?」

 

「勿論です」

「東部での働きに期待する」

 

「は、はい!! 必ず、人々を救い出して見せますわ!!」

 

「その意気だ。帝都に帰ったら東部の言語を見直しておくといい。それとフェグに一応、稽古でも付けて貰え」

 

「え? フェグ様にですか?」

「けいこするー?」

 

「お前が様って柄か? まぁ、いい。取り敢えず、当たったら死ぬ攻撃を見切れるようにしてやれ。死なせるなよ?」

 

「わかったー♪」

 

「あ、あはは……お手柔らかにお願い致しますわ……」

 

 多少、顔が引き攣ってはいたが、クリーオを見てフェグが満面の笑みで稽古を付ける事を承諾したのだった。

 

 *

 

―――オーリオールを望む砂丘。

 

「うわ……あのゼムスを要塞毎一撃? しかも、本体に攻撃すらさせないって……」

 

「他の幹部会連中も逃げてれば助かったが……主一筋って事か」

 

「あの能力を自分に使っていれば、重症でも逃げられただろうに。幹部を逃がすのに使ったのにヤツも報われないな。だが、聖女の能力は解った」

 

「だよね。未来を予測する能力があるゼムスが逆に想定外で殺されてる以上、相手はそれ以上の予測能力を持ってる」

 

「それだけじゃない。あの要塞を丸ごと消す火力を個人で出せるなんてのは想定外だ」

 

「はは、冗談みたいな火力に予測能力。ついでに敵を発見する探知能力。我らはどうすればいいものかな」

 

「うん。さっさと逃げよっか?」

 

「人間だから、引っ掛かっていないだけだろうし……」

 

「【無名山】側への通信は……ダメだな。ドラクーン連中に傍受される。乗り物もダメか。徒歩になるが捕捉されないなら問題無い」

 

「うぇ~~現代の利器全部ダメってマジ疲れるんですけどぉ!?」

 

「愚痴るな。リバイツネードやドラクーン、聖女の探知を潜るには恐らく徒歩で普通に歩くのが一番効率が良い。特異なものはすぐに発見されるし、乗物は電磁波や音で気付かれる」

 

「これ現代文明とは全て聖女の賜物である。なんて言われてるけど、そう言われるくらいの実力はあるって事か……あの聖女も……」

 

「あらゆるものを独占されているからな。通信、物流、技術、食料を牛耳る帝国すら、聖女の恩恵無くして現代に覇は唱えられなかった」

 

「へぇ~~そうなんだ?」

 

「お山ではそういうのも別に教えないから貴様らは知らんのだろうが、覚えておけ。帝国の聖女無くして現代は無い。そして、我らはその聖女のせいで現代から落ち零れた者とその末裔だ」

 

「ふ~~ん? 別に楽しくやってるし、お山での暮らしに不満は無いけど、外の人ってそういうの気にするんだね」

 

「さすが山育ち……モノを知らないにも程がある。だが、お前らが知ってる大人の殆どは自分が悪いのを知ってるから、何も言わずにあそこへ落ち延びたのだ。お前らのような山育ちとて無縁では要られないぞ」

 

「どゆこと?」

「お前、此処に何しに来たか分かってるのか?」

「な、何よ……2人して」

 

「我ら【無名山】もまたセルマルノと同様に統一政体に危険視されている。つまり、此処と同じような事に成り得るという事だ」

 

「―――フン。その時は聖女とやらをぶっ殺せばいいじゃない」

 

「それが出来ないから、こうして情報収集してるんだけどな。お前は本当に……はぁぁ」

 

「お山が負けるって言うの? あんたら……」

 

「負けるかどうかよりも生き残れるかどうかだ。山の掟で団結したからと勝てるなら、今頃我らは統一政体と対等になっているとも……」

 

「何よソレ……あたし達には―――」

 

「例え、世界最大のアウトナンバーを用いていようとも、奴らの力はそれ以上と仮定しておけ。どんな力も遂には滅びる。生存と滅亡の天秤の上で綱渡りをしている我らには慎重さが必要だ」

 

「むぅ……」

 

「どれだけ、力の恩恵を受けられても限界がある。例え、お前の大好きなお山の最高戦力共が束になっても、あの聖女一人に勝てるものではない。だから、我らがいるのだと理解しろ」

 

「……ふん」

「臍曲げてないで行くぞ」

「はいはい。負け犬根性で逃げましょうね~~」

「こ、こいつ……全然分かってない……」

 

「街に出たらアイスを山ほど買ってやるから、真面目にやれ。兄弟姉妹達の分も好きなだけいいぞ」

 

「ッ―――行く行く!!」

「現金にも程があるだろ……」

 

 丘の上で双眼鏡を見ていた40代の男と10代らしい少年少女の声がイソイソとその場を後にして最も近い地域の街へと戻っていく。

 

 やがて、彼らのいた地域の砂漠では巨大な流砂が大穴へと流れ込み始め。

 

 砂埃が砂漠を夜の最中に隠していくのだった。


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