ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第126話「煉獄を裂く者達Ⅸ」

 

 リバイツネード連中に会って来た翌日。

 

 朝から昼までプログラム言語の開発と並行して、OSもザックリ作りつつ、異世界のコンピューターをガリガリ使って使用感を確認していたりしたら、あっと言う間に時間が過ぎていた。

 

 遊興勢とお仕事勢はどっちもげっそりしていたが、何とか己の戦場を戦い抜いているようだ。

 

 特に神様相手にサイコロを使って戦う遊興勢は物凄い勢いで負け倒しているらしく。

 

 エーカとセーカはウガーと途中で切れて電子ゲームに移行したらしい。

 

 だが、さすがに神様。

 

 電子ゲーム関連も次々に異常な速度で上達してしまい。

 

 戦えば、連戦連勝状態になるまで左程の時間は掛からず。

 

 神にゲームで勝つ事を夢見る朱理と姉妹達はガッチリタッグを組んで本気で相手を負かせる遊戯を現在は探っているらしい。

 

 今日の昼時はあっさりした麺類をメンツユで頂く代物が出て来た。

 

 スパゲッティーがそばつゆで出て来たような料理だったのだが、左程悪くなかったのでゴクリしておいた。

 

 野菜が洋風なので和洋折衷のスパうどん的なごっちゃな料理に思えたが、現代では確立された料理の一系統らしく。

 

 今度うどんとそばくらいは打って食わせようと誓った。

 

 今日は夕方過ぎから研究所に向かう事になっていたのだが、どうやら明日には帝都の封鎖は解かれるらしく。

 

 その為にドラクーンの警護人員は増やされるとの事。

 

 ようやく普通の都市運営していてもこちらを護れるという体制が整ったらしい。

 

 だが、現実は非情だ。

 

(はぁ……)

 

 内心溜息を吐いたのは頭にゼド機関入りの槍を四つも超至近距離で向けられているからだ。

 

「姫殿下。我らの指示に従って頂こう」

 

「解りました。場所を移して、持っている武器の類も置けという事でよろしいですか?」

 

「物分かりが良くて助かります」

 

 ちなみにザックリと言えば、ドラクーンの一部が反乱した。

 

 という事になるだろうか。

 

「武器とこれを頼みますよ」

 

 言っている傍から黒猫が何も無いテーブルの上に現れ、片手にしていたスマホよりは大きなマガツ教授特性の小型端末と例の名前はまだ無いリボルバー剣(仮称)が猫の手が触れた瞬間に消え去っていた。

 

「ッ―――こいつは!!?」

 

 複数人が瞬時に黒猫に槍を向けようとしたが。

 

「止めて置いた方が無難ですよ。わたくしより強いですから、此処で全滅したいのなら御止めしませんが……」

 

「……研究所内に出没するバルバロス。もしやと思っていたが、頂点種の類だとは……」

 

 バルバロスの頂点に立つ存在というのに誤認された黒猫であるが、何も言わず現場から消え去ったので反乱ドラクーン達も警戒するに留めたらしい。

 

「それで何処で要求を聞けばいいのか。お聞きしても?」

 

「……全て見通されているのならば話は早い。帝都郊外の射爆場は地下100mに渡って露天掘りされており、半径500mの大きさがあります」

 

「解りました。では、案内して頂きましょう」

 

 ドラクーン達に連れられて、通路に出るとドラクーンに横へ突かれたゼインが全てを理解している様子で佇んでいた。

 

「御召し物は入り用でしょうか?」

 

「いえ、ちょっと出て来ますが、今日は陽気なようですし、構いません。それに要らぬ疑いを掛けられても困りますしね。服の代えだけお願いします」

 

「畏まりました。お昼は如何しましょう」

 

「残念ですが、抜く事にしましょう。明日の夕食までには帰ります。家の者達には何もされないでしょうが、間違ってもドラクーンへの手出しは無用です。食事だけ出してあげて下さい。何も食べずに籠城も何もあったものではないでしょう。そもそも食べなくていいと言われたら、命を賭けてるのに食中毒程度の心配をしてる場合なのかと謗っておいて下さい」

 

「承りました」

 

 片手を胸元に当てて頷いたゼインが頭を下げて見送ってくれた。

 

 ドラクーン達は何も言わず。

 

 そのまま外にある黒塗りの車両に載せられて、郊外に向かう。

 

 道すがらあちこちの空で爆発が起きていたが、同時に緑炎光があちこちで見られたので現場は混乱中であろう。

 

 まぁ、ドラクーン側はリバイツネードに不干渉の立場を取っているようなのでドラクーンの事はドラクーンが解決するというスタンスであるのは間違いない。

 

「ちなみにお聞きしたいのですが、わたくしの治世で貴方達の心理的な部分以外において不満がある事は多かったでしょうか?」

 

「―――黙秘させて頂く」

 

 運転手をしているドラクーンなのだろう鎧無しの男がそう語る。

 

 横で小型のゼド機関を用いた短剣らしきものを頭部に突き付けている男達も感情の制御は出来ている様子で顔色は変わらなかった。

 

 まぁ、顔色と体から読み取れるものが無いだけで脳の信号や電磁波、内部の動き自体は見えていたので左程感情の判別には問題無かったのだが。

 

「特別自治区出のドラクーンが大勢いる事は聞いていましたが、上位三位から七位。更に下の10番代から300番代まで凡そ73名が反乱という事はこれは計画的にドラクーンに入っての犯行だったという事なのですか?」

 

「……黙秘させて頂く」

 

「ふむ。軍警の協力者が34人、一般の協力者が123人、慕われていますね。皆さん」

 

 僅かに刃を握り締めるドラクーン達の手が湿っていた。

 

 まぁ、本当に極僅かで傍目から何も分かりはしないが。

 

「……黙秘させて―――」

 

「必要ありませんよ。そもそも戻って来た時からこちらを捕縛出来るのだろうかと考えてたドラクーンがいる時点で誰に何を言われるまでも無く。こういう事になるだろう事は知っていました」

 

 その言葉で男達が遂に黙秘は必要ないらしい事に大きな溜息を吐く。

 

「……我々は5期生以降のドラクーンとして入りましたが、なるほど……最初期の六千騎の方々に教えを請うた時に姫殿下には我々が束になっても敵わないと言われたのは真実だったという事のようです」

 

「大そうな評価をされていた事、嬉しく思いますよ」

 

「我らの最終目標は御存じですか?」

 

「予想は付きますが、最初に言っておくと。わたくしは帝国を動かす立場にはありますが、それは基本的には人々の善意であるという事を教えておきます」

 

「善意?」

 

「そうですね。何故、わたくしが今も権力を使えているのか。それは今、ちゃんとした法の定めに従って動いている方々がわたくしに何の雇用関係も無く、何の法的関係すらなく。言う事を聞いて頂いているというだけの事なのですよ」

 

「……法的な後ろ盾があるわけではないと?」

 

「ええ、わたくし個人に帰属する権力以外はそうなります」

 

「成程……個人的な繋がりと関係性だけで構築されたものに過ぎないと仰りたいわけですか」

 

「帝国議会は合理的な判断としてリージを通してわたくしの判断を審議し、聞き届ける。ですが、脅されたりした個人の言う事に聞く耳は無いでしょうね」

 

「その結果が帝国最大の権力者の死であろうと?」

 

「涙位は流してくれるでしょう。それだけあれば、死に様として十分では?」

 

「……我々は本当に貴方を分かった気になっていたという事が解りました」

 

 以降、会話が途切れる。

 

 しかし、しばらく目を閉じて眠っていたら、郊外の射爆場付近に辿り着いていた。

 

 あちこちで軍用車両らしきものが炎上しているが、怪我人は待避しているらしい。

 

 死者はまだ出ていないようであった。

 

 巨大な大穴。

 

 そう呼ぶしかないものが帝都郊外にあるのは遠目に見ていたが、どうやら射爆場だったらしい。

 

 アグニウム辺りの実験をしていたのだろう。

 

 穴の内部は焼け焦げた場所が多数だった。

 

 車両用のリフトに乗って地下まで降りて、日の当たる中央に向かう。

 

 すると、中央にいた複数の車両から老人が降りて来ていた。

 

 権力者の類ではない。

 

 スーツに着られている事からも一般人なのは目に見えて分かる。

 

 そして、車両に囲まれた中央には木製のテーブルと椅子が置かれていた。

 

「どうぞ。お座り下さい」

 

 言っている間にも穴の外にある外縁には次々に黒い鎧に黒い竜を操るドラクーンの中でも最精鋭の竜騎兵達が昔よりもメカメカしい通常の黒鎧とも違う姿で全方位360℃の配置に付いていた。

 

 それに対しておざなりにも重火器を向けるような事はせず。

 

 この反乱に加わったドラクーンの残りが全員車両の外で盾となるように両手に大盾を構えて陣形を強いていく。

 

「お初にお目に掛かる。フィティシラ・アルローゼン姫殿下」

 

「初めまして」

 

 老人の1人が対面に腰掛け、他は立ったままに背後に控えていた。

 

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「いえ、名乗る程の事でもありません。それに名乗ったところで意味は無いでしょう」

 

「そう理解しているのに特別自治区の枷を外せと仰りに来たのですか?」

 

「左様。まぁ、我々の中身を知っていれば、当然こちらの要求は知れているでしょうな」

 

「一応、お聞きしますが、貴方達を御両親はそうご教育なされたのですか?」

 

「いえ、契約は護っておりましたよ。律儀に何一つ過去を語らず」

 

「家族愛が深かかったのですね」

 

「……我らの国が帝国への編入を願い出て特別自治区となったのが19年前。我々は反対しましたが、結局は数の論理には敵わなかった」

 

「民主主義の根幹ですから。無論、少数意見にも利があれば、配慮されていたはずです」

 

「でしょうな。だからこそ、感情論は軽視されがちだ」

 

 パーカーに紺色のズボンを履いた老人は静かに語る。

 

「我々は虐げられた家族の1人として帝国人には成りたくなかった」

 

「………」

 

「我々が少数派なのは理解しております。それこそ我らは我儘なのでしょう」

 

 老人は悲しそうに自分達を囲んで護っている反乱側のドラクーン。

 

 彼らの親族達を見やる。

 

「両親、父母達の努力を水泡に帰した事は何れ逝った時に叱られるでしょうな」

 

「ちなみに具体的な提案としてはどのような?」

 

「何も憎む教育をさせろと言っているわけではありません。憎む教育をするなという枷を外せと言っているのです」

 

「なるほど……必要無くなったなら、要らないものでしょうが、帝国側はその枷そのものが意味を無くすまで絶対に危険度の高い事はしませんよ?」

 

「それでは意味が無いのです。枷の意味が無くなれば、我らの意志は滅び去っている。それを願われているのは重々承知です」

 

「だからこそ、わたくしに直談判したわけですか」

 

「ええ、それ意外にこのような大それた事をする意味は無い」

 

「ふむ……そうですね。帝国議会はわたくしの働きかけでもやはりこういう明らかに困った要請は蹴るでしょうが、個人的なお力添えは可能ですよ」

 

「個人的な、とは?」

 

「こういう事です」

 

 ドラクーン達が小型のサーチライトを次々に中央に集めた。

 

 それと同時に帝都中の電波塔からの通信を脳裏で受信しつつ、光が届かないカメラの方を見て声を放つ。

 

「皆様。このような時間帯にまず事情を知らない方には意味の分からない放送を公共の場に挟ませて頂いた事。心よりお詫び申し上げます」

 

『何だ!? どうした!!?』

 

『こ、これを!? わ、我々が映し出されています!?』

 

『何ぃ!? まさか、今までのやり取りを全て公共放送で流されていた!?』

 

『直ちに中―――』

 

 そう言ったドラクーンの1人が崩れ落ちる。

 

 だが、その理由はその場の自分以外の誰にも分からず。

 

 誰もが呆然としながらも身動きが取れなくなっていた。

 

 しかし、研究所製の手持ちのサーチライトを持つドラクーン達はそのままライトを付けっ放しにして攻め込んで来る様子も無い。

 

「最初の映像で流れていたようにわたくしの名はフィティシラ。フィティシラ・アルローゼン……嘗て帝国において大公家に生まれた者です」

 

 老人達もいきなりの状況に戸惑っていた。

 

「この五十年の留守はわたくしにとって帝国を心配するに足るものでした。ですが、発展した帝都や多くの国々を見た時、もうわたくしの手が誰にも必要が無い。人々が立派に巣立ち、自らの足で立っている事を知りました」

 

 老人達はこちらに集まる光に目を細めて成り行きを見守っている。

 

「ですが、過去の清算は決して時間だけで解決出来るものではなかった。嘗ての帝国が虐殺した小規模な集団、集落、国々の多くは現在では特別自治区という名になって帝国内に残っているようですが、わたくしは当時この地を追われた人々に戦後処理として独立国準拠で領土返還と同時に支援の代わりに帝国内での憎しみを育てるなという指針の下に契約を結びました」

 

 歴史の教科書には乗っている程度の事だ。

 

 虐殺した後、虐殺された民族の一部に領土を開放し、教育に対して口出しする代わりに支援を行うという方策で帝国は国際法的にも賠償は済ませている。

 

「ですが、結果的には教育していないにも関わらず、憎しみというよりは哀しみを育ててしまった。その結果として多くのドラクーンがわたくしを拉致するという犯罪で職を失い。家族や親族達にまでレッテルを張られ、社会から爪弾きにされる事を覚悟せねばならなくなった」

 

 周囲は静まり返っている。

 

 ライトは未だ付いたままだ。

 

「嘗て、多くの人々をわたくしは諦めさせてきました。多くの人間達を直接間接問わずに殺しても来た。ですが、自らの手の届く人々にはせめて笑って生活出来る環境をと願い。多くの困難と闘う為にこそ人々を諦めさせ、殺してきたと自負しております。ですが、その結果としてまたわたくしの犠牲者を増やしてしまっている」

 

 事実は事実だ。

 

「わたくしが戻らねば、リージ議長を奪う為に更に多くの血が流れていたという事以外、今回の件でわたくしが果した役割は無いでしょう」

 

 だからこそ、仕事くらいはしておこう。

 

「ですが、それではわたくしが戻って来た意味が無い。わたくしは未だ現帝国の議員でもなければ、世間一般で言う公権力を直接行使する立場にもありません。故にわたくしはこの場で帝国議会に一般請願として現在この放送を見ている方々の中から署名を募り、特別自治区の解消を建議致します!!」

 

 その言葉に帝都中がざわついたような息遣いが聞こえた。

 

「彼らは言いました。憎む教育をしたいのではない。憎む教育をするなという契約を破棄したいのだと。ですが、それに帝国の利が無い。そして、帝国の今までの義に対して彼らは不義である事が確定してしまう。しかし、彼らが特別足り得る事を放棄するならば、帝国には十分な利がある」

 

 リージは頭を抱えていそうだが、最終的には首を縦に振るだろう。

 

「帝国が特別自治区にこの五十年で割いた予算は年間予算平均でも2%にも達しています。これらの多くは特別自治区という賠償するべき相手に対しての正当な賠償でした。ですが、戦後五十年以上を過ぎた昨今。今や当時を生きていた主要な年代の人々は過ぎ去り、彼らの幼なかった子や孫の世代になった。これは正当な賠償後も帝国を憎むなとの圧力を金と引き換えに強要していたという事に外ならない」

 

 実際、特別自治区の多くはもう帝国人として同化し切っている事は聞いている。

 

 特に孫世代以降は殆ど帝国人と自分達の違いが分からないレベル。

 

 との報告書もある。

 

「故にわたくしは彼ら特別自治区の一部過激な事に奔った人々の代わりとして代価と引き換えの請願を実施致します。この一般請願による建議には帝国国民の1割以上の署名が必要ですが、帝国人が特別自治区の人々を特別ではなく同胞であると考えるのならば、決して集めるのは非現実的な数字ではないはずです」

 

 必用なのは大勢を巻き込み。

 

 大勢を納得させる事だ。

 

「特別自治区の人々もまた帝国の中で利権を貪る被害者等と陰口を叩かれながら利益を享受するよりは同胞として何一つ陰口を叩かれる理由など無いと正論を言える方が清々しいでしょう。それで事業が潰れるような経営や特別自治区という名前に縋って生きる者が悪いのは明白です。この五十年の時間を無為と怠惰に過ごしていたのでなければ、ちゃんと自立する時間はあったはずなのですから」

 

 面倒な愚痴は正論で叩き潰す。

 

 これが政治の正道だ。

 

 グゥの音も出なければ、被害者面で利権を寄越せという人間は世間体を気にして出て来ない。

 

「特別自治区の人々よ。わたくしは帰って来ました。貴方達にはこのずっと泣いていた。ずっと戦い続けて来た。わたくしの下まで辿り着く程に努力した人々に文句を言う筋合いはありません」

 

 一応、関係無い特別自治区の人々に釘を刺しておく。

 

「彼らは貴方達の代弁者であり、同時に貴方達が見て見ぬフリをして来た真実を今も受け継ぐ者なのです。無論、子供達や赤子には関係の無い話でしょう。ですが、これから帝国人として生きていくという気持ちを胸にしたならば、多少の不便や今まで帝国人よりも良い生活をしていた事は良い時代だったと笑って済ませて欲しいものです」

 

 笑って済ませられない人間は絶対にいる。

 

 が、それを諦めさせるのもこちらの仕事だ。

 

「その利益は帝国人の税金で賄われている。これからは他の地域と同様になるという事実を受け入れ、恵まれない人々に自ら利益を以て同じように報いて頂きたい」

 

 最後にカメラ目線にしておく。

 

「これにて放送を終えようと思います。放送局の報道枠を売って頂いた企業の方々、このような突発的な放送にも対応して頂いた放送局の方々、今回の事件で傷を負った公務員の方々、我が身の不徳の為に迷惑を掛けた事を心よりお詫び申し上げます。今回の事件において負傷した方々にはわたくし個人として賠償させて頂きます。もしも、怪我を負ったのにそういう声が掛からなかったという方は帝国議会に設営した事務局にお問い合わせ下さい。ただし、それ以外のわたくしに付いて知りたいという方は歴史書や教科書をお使い頂ければ幸いです」

 

 一斉にライトが消える。

 

 振り返ると唖然としていた人々が唯々呆然としていた。

 

「これ以上の“請願”があればお聞きしますが? 何かありますか?」

 

「……ふ、ふふ、あははは、あははははははははは」

 

 代表者たる老人が大笑いしていた。

 

「ああ、そうか。そうだったのか」

 

 老人が目の端から涙を拭ってこちらを見やる。

 

「父は……あの交渉の場にいた父はアレ以来、帝国を罵倒する事も無くなった。しかし、あの大襲撃の時、ドラクーンに護られた父や我らが反感の目で見やる中でも……彼らは……決して化け物に対して背中を見せる事は無かった。我らに背中以外を見せる事は無かった」

 

 ボタボタと涙が零される。

 

「あぁ、今更気付くとは……ずっと、我らは護られて……父母の悲哀を憤怒を絶望を……ただ、それだけしか見ていなかったのか……父は竜騎士の背中を覚えていろと言っていたのになぁ……」

 

 周囲の誰もがその言葉にハッとしているようだった。

 

 契約を護り抜いたのだろう誰かは誠実だった。

 

 そして、現実は現実として己の絶望はともかく。

 

 子供に前を向いて生きる事を自らの生き様で教えたのだろう。

 

「ウィシャス」

 

「いるよ」

 

『!!?』

 

 その言葉だけでその場の反乱側のドラクーン達が喉を干上がらせた。

 

「今回の事件の重軽症者は?」

 

 見えない相手は何処にも感じられない。

 

 だが、声はする。

 

「軽傷者323名。内321名が公務員で全ての了承を取り付けて来た」

 

「残りの2名は?」

 

「軍警の車両に乗っていた一般人が戦闘の余波で横転した際にちょっと怪我をしたけど、万能薬で回復して家路についてるよ」

 

「解りました。後で菓子折りを持って行くので車両だけ手配しておいて下さい」

 

「了解した」

 

 相手が遠ざかっていくのを確認して、もう盾も持たずに集まっているドラクーン達を見やる。

 

「今回の一件は過激な請願活動として厳重注意される事になります。首謀者に関しては一般刑事事件として禁固3年、執行猶予8年くらいの罪状が付くでしょう」

 

「………」

 

 その言葉に周囲の人々が互いに顔を見合わせる。

 

「今回、怪我をした全ての公務員に対しては請願活動時の過激な行動を抑え込んだ功績を以て勲三等祝華褒章が授与されます。特別手当が出る事にもなります」

 

「………」

 

「本件は民間団体による請願活動時、過激な活動を抑止する為にドラクーンが帯同したものとして扱われますが、ドラクーンの装備の無断使用、無断活動で負傷した者がいる為、その点においては今回の件に加担したドラクーンは厳罰を以て対処され、勤務態度如何に関わらず、執務停止10年……その間の労務奉仕活動が課されます。ボランティアですね。ああ、ちゃんとこちらである程度の“御心”はお渡ししますので。生活には困らないでしょう」

 

「一体、何を……」

 

「言ったままですよ。ちなみに労務奉仕活動は歴史的な史跡であるアルローゼン邸の清掃及び管理修繕、警備業務の為、ドラクーンの余っている装備を貸与しての特別措置となります」

 

 反乱側のドラクーンの男達が兜を外して呆然とした顔でこちらを見やる。

 

「我々は……貴方に刃を向けたのですよ?」

 

「何を言っているのか分かりませんね。わたくしの視線は前にしか向いておりませんでしたし、何かをわたくしの頭に突き付けてでもいたのですか?」

 

「―――っ」

 

 男達が男泣きでボロボロと心の汗を流し始めた。

 

「業務は明日からです。遅刻して来た場合は執務停止処分を深刻に受け止めていないと見なし、停止期間が延びる事があるのでご了承下さい」

 

 老人達が同じように瞳を潤ませて、大きく頭を下げてくれた。

 

「では、御機嫌よう。ああ、言い忘れていましたが、請願活動に関しては帝国の全ての上場企業に了承を取り付けてあります。関連の中小企業も含めれば、凡そ2億400万人程。企業体の一筆で所属する人員も請願したとみなす集団請願で人数を取り纏めさせて頂きました。帝国の全人口の9%はお約束しますよ。後はご自分達で何とかして頂ければ」

 

 その言葉でようやく自分達の状況が呑み込めたらしく。

 

 深く頭が下げられ。

 

 上空から竜騎士が1人竜に跨って降りて来る。

 

「フィティシラ。迎えに来たよ。周辺道路は大混雑予定だからね」

 

「ボードを持ってきてくれれば、1人でも帰れたのですが」

 

「今の君を1人にしておけるほど、僕は不義な騎士じゃないからね」

 

 竜に飛び乗ると上昇していく最中。

 

 ここら辺の道に殺到しようとする車両の群れが見えていた。

 

 殆どは検問で引き返させられているが、何処かに抜け道があるのか。

 

 次々に数台ずつ車両が大穴の縁にやって来ている。

 

「それにしても、いつのまにあんな大仕掛けしたの?」

 

「報道出版連中やリージがそもそも知ってたからな。色々紙やリストで教えて貰った後、ウィシャスにゼインから連絡して貰って、色々やった」

 

「そう言えば、ウィシャスさんは?」

 

「あいつは裏方で動いて貰ってる」

 

「大変そうだ。家に帰るかい?」

 

「いや、公務員に一応は話しを取り付けたが、謝るのはオレの仕事だ。明日の夜まで軍警所を廻ってお詫び行脚だ」

 

「あの人達の代わりに?」

 

「ああ、他にも協力者を無罪にする代わりに無職で事を治めるようにって手を打ったからな。そいつらを雇いに行く。その為に一部のドラクーンにも動いて貰ってるから、集めた連中にスカウトの話を持って行ったりする予定だ」

 

「何から何まで君が後始末してるようにみえるけど?」

 

「それがオレのお仕事だ。ついでに合間合間で各自治区の長達にも連絡を取らなきゃならない。今後の消えた利権の補填したり、関係各省庁にも色々と話を持って行く。リージにも言ってあるからな。ちょっと釘を刺しておくだけだが……」

 

「補填? 釘?」

 

「内部の不満が溜まる前に同化政策事業で期限付きの美味しい仕事をして貰う。まぁ、一部の権力者だけじゃなく全ての自治区の労働者に対しての猶予期間だな。後は自力でやれって事を納得する時間をやるんだ。それと今回の件を後押ししてた連中に次は無いって事は言っておかなきゃならない」

 

「やる事多そうだね」

 

「それが政治家ってもんだ」

 

「君以上に働いてる政治家ってリージさんか大公閣下くらいしか知らないよ? いや、一応不動将閣下達もかなり苦労人ではあったけど」

 

「なら、政治家のハードルが低過ぎる。後で過労死しない程度に業務に付いて貰えるように考えてみようか」

 

「ああ、何か言わなくていいことを言った気がする」

 

「もう遅いな」

 

 こうして、竜騎士に連れられて、都市上空を散歩する。

 

 各地では出ていたアウトナンバーを次々にリバイツネードの人々が狩っているのが目に付いた忙しい日になったのだった。


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