ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第125話「煉獄を裂く者達Ⅷ」

 

「姫殿下。お時間です」

 

「解りました。調理場を冷やしておいて下さい」

 

「既に……」

 

 私室に持ち込んだ異世界最新のPCは言語体系さえ解っていれば左程扱いは難しくなかった。

 

 また、英語によるプログラミングはこの世界においても有効だ。

 

 どちらが早いかと確認してみたが、左程問題は無さそうだったので後の事も考えて大陸言語と地球の英語でバイリンガル的に両手で書き分けて同じモノを二つ。

 

 元々、OSのプログラミング言語から色々と作る気だったので当時の記憶を引っ張り出しつつ、使用書も確認しつつ、3時間弱で5万行程を書き終えた。

 

 一度も見直さなかったが、ミスをチェックする為のコマンドは最初に造っておいたので問題無い。

 

 しばらく、この世界のPCにミスのチェックでもしていて貰おう。

 

 16面のディスプレイをそのままに伸びをして調理場に向かう。

 

 全員が帰って来るまで残り2時間から3時間弱。

 

 夕食は7時から9時くらいまでと見積もっての調理がスタートする。

 

 調理場に入った時にはもう内部は冷風で満たされていて、お菓子作りからスタートするには丁度良い気温になっていた。

 

 周囲には料理版らしい女性と少女達が合計で6人。

 

 コックコート姿で並んでいて。

 

「これからお菓子作りを始めます。その後に時間の掛かる煮込み料理。前菜として葉物野菜や魚を用いた皿。冷製のスープ。最後にメインの焼き物などの温かい内に出す料理の順とします」

 

『学ばせて頂きます』

 

 全員が一糸乱れぬ統率で頭を下げてくれた。

 

「今日は皆さんにも見えるように工程の最初だけは動きます。通常は分担して行うものを全て一人で仕上げるので皆さんが行う時は手分けすると良いと思いますよ」

 

 取り敢えず、調理場に中華鍋なども用意されているのを確認して、薬味の微塵切り、野菜の下処理と隠し包丁と飾り切り、肉類のカットを始めるのだった。

 

―――2時間後。

 

「うぇ~~~ようやく終わったぞ……はふぅ」

 

「お疲れ様でした。結構、こちらも疲れましたね」

 

「覚える事、多過ぎぃ……」

 

「中々覚える事が多くて大変でした。さすがに50年分は一月掛かりそうです」

 

 メイド三人衆。

 

 デュガ、ノイテ、イメリが最後の到着となった。

 

 各々自分の出来る範囲でやってから個別に帰って来るように言っていたのだが、やはり現代式の諸々を覚える事が大変な三人が残ったと言うべきだろうか。

 

 エーゼルは弟妹達と共に少し前に帰って来たが、今はその世話は侍従達と共同でやっており、負担は減っている。

 

 取り敢えず、厨房で100人前近い料理をやっていたのだが、最初手伝おうかと言い出そうか迷っていた料理人でもあるコックコートな侍従達は呆然と沈黙する事になっていた。

 

 一応、見えるようにとは言ったが、同じ作業の繰り返し部分は全て高速で行ったので調理中に色々と教えた。

 

 後は殆ど人の動体視力的に何が行われているのかくらいしか分からなかったかもしれない。

 

「取り敢えず、お疲れ様だ。夕飯出来てるぞ。侍従も並べ終えたら同じテーブルで食べててくれ。焼き物は今焼き上がったのを出すから最初の給仕だけ頼む」

 

『了解しました』

 

 厨房でフライパン10個の上で肉を同時に焼き上げつつ、料理が次々にメイド達の手で配膳されていくのを横目に新しいフライパンで更に焼き増し。

 

 事前に調理が終わって適温で保管していたものや煮込み料理も次々に運ばれ掃けていく。

 

 パンも菓子を焼く時に焼いたので焼き立てをそのまま切ってお出しする。

 

「ふぅ……」

 

 仲間と侍従とエーゼルの弟妹達の分は運ばせ終えたので外の分を更に自分の背丈より大きなカートを四つ同時に腰から伸ばした触手で押しつつ、調理場を出て、玄関先に向かう。

 

 玄関を開けてから使い終わった中華鍋をお玉でガンガンする。

 

「待機任務中の者は集合しなさい。任務中の者は交代後に参集」

 

 こちらの言葉に光学迷彩で消えていたドラクーンが30名程集まって来る。

 

「お疲れさまでした。これは心ばかりの品だと思って下さい。帰宅から続けて護衛任務に従事してくれている全ての者に……情けなくも50年ほったらかしにしていた主からの僅かばかりの気持ちを受け取って頂きたいのです」

 

 途端、小刻みに黒鎧達が震え出した。

 

「今後もしばらくは皆さんに頼らねばならない事が多いでしょう。どうか、その終わりまでよろしくお願い致します」

 

 頭を下げてから来ている者にパンを配って、皿はカートの下段から戻しておいてくれと言って追加を40人分調理する事にする。

 

「……格別の御高配。ドラクーンの方達も感激している事でしょう」

 

「ゼイン。先に食べていて欲しかったのですが」

 

「主と頂くのもまた格別ではないでしょうか?」

 

「解りました。では、手伝って下さい。もう45人前程」

 

「畏まりました」

 

 こうして再び調理場で作り足りなかった料理を追加で調理する。

 

 時間が掛かるものは最初に全員分仕込んでいたので調理時間は殆ど焼き物や調理工程が多い代物ばかりだ。

 

 再び相手の任務の交代時間直前に仕上げるまで20程。

 

 カートを持って来て貰い。

 

 満載して持って行ってようやく自分も食事時になったのだった。

 

 *

 

―――夜半過ぎ帝国技術研究所:俗称【姫殿下の家臣団】の会議室。

 

「諸君。出番が来たぞ」

 

 その夜、帝国及びその同盟国の一部から帝都に招集された現代のモノ作りの根幹である工作機械メーカーの会長達が大陸において集うという異常事態が起きていた。

 

 今まで彼らは競合他社の関係にあり、一同に会するとなれば、独占禁止法に違反するかもしれない事態であり、談合を疑われて然るべき地位にいる。

 

 70代から90代の会長職とはいえ。

 

 彼らは全員が現役の企業において絶大な権力を持つ権力者だ。

 

 CEOなどの代表取締役は幾らでもいるが、それを動かす指針を与えるのは正しく彼らだった。

 

「嘗て、我々、家臣団は君達に言ったな。いつか、君達の技術を貸して欲しいと」

 

『………』

 

 帝国の中枢たる研究所。

 

 その元所長は彼らの中で最も若かった。

 

 が、技研で署長になってからも彼らとの繋がりは保ち続けていた。

 

 その理由は正しく。

 

 このような時の為であったのだろうと会長職の老人達も理解していた。

 

「今がその時だ。大陸に破滅が迫っている……」

 

 その言葉にざわめく者達は無い。

 

 他の会議室でも各分野を牽引する帝国外の大企業の会長職達が次々に来ていたからだ。

 

 そして、彼らは一人残らず最初期の起業時から帝国と研究所相手に一つの約束をしていた。

 

 それを彼らは若い時は笑って冗談だとすら思っていた事もある。

 

 だが、彼らが地位と名誉を得て社会の上に上にと上り詰めてゆくと。

 

 そこには不合理なくらいに最初の言葉が重く重く事実として感じられていたのだ。

 

 情報は幾らでもある。

 

 歴史から気付く者もあれば、大戦と呼ばれる帝国の一連の戦いからの情報で理解した者もいた。

 

 大陸へ急速に技術が広められた理由。

 

 不合理な真実。

 

 帝国がわざわざ世界を取っておきながら、独占しない技術が大量に各国へ降ろされた経緯。

 

「所長。それが各国の頂点に立つ者達が言う歴史の終わり、なのですね?」

 

 老人の1人が訊ねた。

 

「君達には他の部屋の者達にも見せている最新情報をお伝えしよう」

 

 白い壁をスクリーンとして映像が映し出される。

 

 それは現在帝国でしか生産出来ない高解像度のカメラを用いた宇宙空間の映像だった。

 

 そこには白いクレーターが無数にある月が映し出されている。

 

『これよりフィルター操作を開始する。各観測衛星からのリンクを確立。【蒼力】の集中による光学フィルターを形成。地表及び各衛生の電波望遠鏡よりの情報を統合。光学フィルターによる不自然な発光の識別を開始、当該施設内にて分析する。状況開始』

 

 音声が流れて数秒後。

 

『月の余剰発光現象地点を特定。映像内に合成する』

 

 月の映像にCGらしい×マークが付けられていく。

 

 それが数秒、十数秒と時間が経つに連れて増していき。

 

 会長職の男達の顔色は蒼褪めていった。

 

「マッピング終了。そうか。これが人類を滅ぼせし力の正体か。【白の賢者】本体もしくはその端末を確認した。ガラジオンからの再確認を求む」

 

『……接続良好。我が王家の持つ情報とやはり異なる。指の位置が若干下がっているように感じる。十年前よりもだ。手を開こうとしているのではないか?』

 

 別の男の声と同時に送られて来た画像が映像の横に添えられた。

 

 月の×マークで埋め尽くされた場所は正しく五本の指を浮かび上がらせ。

 

 過剰な発光。

 

 つまり、本来の月に見えるはずの景色が現実とは食い違う事を示唆している。

 

『指が月から離れる。つまり、そういう事か……』

 

『こちらでは分かり兼ねる。一つ確かなのは10年前の精度で観測した時よりも更に指が月から離れているという事だけだ』

 

 映像が閉じられた。

 

「諸君は嘗て言っていたな。大陸が滅びるなんて話は信じられない、と」

 

 誰もが沈黙していた。

 

 その冷や汗は止まっていない。

 

「だが、時は来てしまった。時間変動による誤差の中で我々は随分と技術と力を高めたつもりだったが、青空の下でも結論は変わらない」

 

 元所長が肩を竦める。

 

「これより帝国は大陸の関係協力企業への総動員令を発令する。嘗て、君達との契約において最初に書かれていた文言通りだ。世界の破滅の前に団結して対処する為の企業の吸収合併だ」

 

 誰も何も言わなかった。

 

 そもそも破滅というのがどれほどの事実に当たるものなのか。

 

 彼らには分からない。

 

 だが、帝国の今までの不合理の全てがたった一つの真実の下においては合理的な結論になる。

 

「本当に世界が……終わるというのか」

 

 ポツリと老人が拳を握り閉めて震わせる。

 

「文明の終焉。姫殿下が大陸に種を蒔き。育てた理由……か」

 

 戯言に陰謀論を信じる程、彼らは暇ではない。

 

 だが、その戯言に陰謀論が必要な事態を大真面目に世界を統一した国家が言うのだ。

 

 信じない理由は……彼らの感情以外に無かった。

 

「諸君。絶望するにはまだ早い。それは人事を尽くした先にこそ感じて良いものだ。君達は仮にも人の上に立ったのだ。君達が属する国家、民族、宗教、地域、企業、家族……あるいは大勢の大切な人達」

 

 元所長の声は会議室に静かに響いていた。

 

「これを諦められる程に君達は物分かりが良い相手だっただろうか? 容易い競争相手だったろうか?」

 

 その言葉でようやく老人達が俯けていた顔を上げた。

 

「久方ぶりの青空の下にあの方は帰って来た。人の体を捨て、傷付き、世界を今一度救わんと再び自らに出来る仕事をする為に……」

 

 老人達の目が見開かれた。

 

「もう待つのは止めだ。あの方の手を離れて、我々は自らの足で歩き出さねば。そうでなければ、いつまでも我々は取るに足らない無力な人間でしかない」

 

 老人達は目を細める。

 

 本来、同年代であったはずの所長が年下になる程に時間の変動は彼らを蝕んだ。

 

 だが、それでも変わらぬ事がある。

 

 変わらぬものがある。

 

 それは未だ男が持ち続けているもの。

 

 そして、彼らも持っていたもの。

 

「大陸の全ての技術、全てのモノ作り、全ての文化、その精粋を以て立ち上がる時だ。滅ぶのは我々の中の弱さと無智蒙昧だけでいい」

 

 老人達が立ち上がる。

 

 嘗て、共に笑い会った友。

 

 青年だった頃、帝国への留学によって人の未来に期待した彼らは今また今度は人々に未来を示す者として立たねばならないと理解したからだ。

 

「全ての叡智を持ち寄り、これより帝国は神と戦うだろう。君達には神殺しの兵器の開発、多くを護る為の力の建造を共に行って貰いたい」

 

 スクリーンに新たな画像が映し出される。

 

 それは大陸の地図だった。

 

 そして、惑星の地図だった。

 

「本計画は我らの母星全土と大陸の全てを防衛する人類防衛計画の一端である。これの名を我らは遂に決める事になった」

 

 計画名が画像に書き殴られる。

 

「【箱庭計画(エデンズ・プラン)】。この神が創り、我らが継し大地はもはや人類自らが統治する楽園となった。不用となった神に焼かれる筋合いは無い!!」

 

 男の険しい顔に誰もが頷く。

 

「これより30万本のゼド機関を地球上の重要地点に設置し、本星全土を覆う“箱庭”の制作へと動いて貰いたい」

 

 画像が映像に切り替わる。

 

 未だ緑炎光によって閉ざされていた大陸や惑星の上からの映像に無数の赤い地点が構築され、発光していた。

 

 大陸外の大海洋。

 

 また、人が居ない事を確認している小さな島々や火山帯、岩礁地帯。

 

 北極南極は元より未知のバルバロスが発見されている小大陸。

 

 全ての場所に点は穿たれていた。

 

「これは嘗て滅びて来た先史文明、高度文明にも恐らく不可能だろう計画だ。しかし、私は信じる。諸君を……我らを選び、育んだあの方を……この我らにとっての50年を……あるいはそれよりも永き日々を……」

 

 老人達もまた男と同じ気持ちで赤い点を無数に穿たれた今はまだ予定でしかない星を見る。

 

 時間変動によって人々のいる地域の時間が分断されて尚、人々の繋がりは途切れなかった。

 

 帝国に来ていた多くの留学生達が時間の制約によって連携を失わないよう。

 

 寿命を延ばす薬は50年前の時点で多くの人間に投与されていた。

 

「計画は極秘裏に。だが、迅速に行うものである。人の世を人の手で護り切ってこそ、あの方はようやく全力で自らの障害に立ち向かえるのだ」

 

 誰にも異論は無かった。

 

「神を殺すとすれば、それは正しく……人を導き、人を育み、人を愛したあの方と……その手に収まる二本の剣以外には無いのだから」

 

 あの紙芝居を見て嘲笑う者が今は多いとしても、彼らにとってソレは真実だった。

 

「生き残るぞ。我が青春の同胞達よ!!」

 

 老人達が腕を振り上げて気炎を上げる。

 

 こうして人々の行く末は嘗てとは違う。

 

 大勢の人間の肩に託され。

 

 それを望んだ本人は自らの蒔いた種の成長も知らず。

 

 料理の出来栄えに満足しながら、書類仕事に打ち込むのだった。

 

 *

 

「マヲ!!?」

 

 何か昨日の夕食時から記憶が曖昧な黒猫がハッと気付いた時には翌日の朝方であった。

 

 涎をジュルリと片手で拭った猫型物体が四方を見渡すと。

 

 何か死屍累々だ。

 

 聖女様の仲間達は誰も彼も雑魚寝状態で寝台の上で衣服のまま横たわっていた。

 

 それもかなり幸せそうな笑みを浮かべながら。

 

 男性陣はどうやらさすがにいないようだったが、いない人間の中には当然のように寝台の主フィティシラ・アルローゼンその人もいない。

 

「マゥヲ~~?」

 

 キョロキョロしながら、近頃は一緒にいるごじゃる幼女を放っておいて、黒猫は開いていた窓の外に出て庭に降り立つ。

 

 すると、庭の端にある何かの石碑の前で1人佇む家の主の姿があった。

 

「こんなところに墓立てたのか。物好きだな」

 

 その石碑にはこう書かれている。

 

 帝国を守護せし悪逆大公此処に眠る。

 

「何だよ。フィーちゃんが帰って来た時にいつでも見守ってられるようにって……どんだけ孫馬鹿だったんだか。最後まで治らなかったな……」

 

 その顔から眼を逸らした黒猫だった。

 

 が、その石碑の裏に寝息を捉えて背後を見やる。

 

 すると、其処には古びれた外套姿の男が2人寝入っていた。

 

「マヲー」

 

「ん? 鼠でもいたか?」

 

 後ろを確認した当人が驚きに目を見張る。

 

「……不動将閣下。グラナン校長」

 

「んお!? い、いつの間にか朝になってる!? ハッ!? そして、姫殿下の幻覚が見えるぞ!!」

 

「閣下……こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ?」

 

「あふ……おんやぁ? どうして、私はこんなところで寝てるんでしょうねぇ? ああ、ついでに姫殿下の幻覚まで見えますよ」

 

「現実ですよ。お二人とも」

 

「「………」」

 

 2人のおっさんが情けないところを見せた相手にすぐ真面目な顔を作った。

 

「実は重要な事をお伝えしに来た次第なのです。姫殿下」

 

「そうですねぇ。これは帝国の危機ですよぉ」

 

「そんな真面目な顔を作ってもやってた事は酔っ払いですからね?」

 

「「………」」

 

 こうして2人のおっさんはスゴスゴと玄関口から主に連れられて談話室へと連れ込まれるのだった。

 

―――10分後。

 

「いやぁ、申し訳ない」

 

「不覚でしたよぉ。まさか、姫殿下の料理が噂に違わぬ人の記憶すら奪うものだとは」

 

 談話室内。

 

 テーブルに腰掛けた顔見知りにサラッとゼインが朝のお茶を入れてくれていた。

 

「それにしてもドラクーンに使っていたグアグリスの力で寿命を延ばしたのですか?」

 

「いえねぇ。閣下に泣き付かれまして。姫殿下が帰って来るまで時間が掛かった場合の保険として、今しばらく永らえろと」

 

 グラナンが肩を竦める。

 

「はは、自分だけ仕事から逃げるのは騎士の名折れと言うもの」

 

「学校の校長も続けさせられましたし、ようやく退官したのが4年前ですよぉ」

 

 グラナンが愚痴る様子は前よりも何処か人情味に溢れているような気がした。

 

「それはそれは……ちなみに今はグラナン校は誰が?」

 

「ああ、アディルですよ。アディル」

 

「アディル……あの子がですか?」

 

「ええ、ドラクーンに一度成った後、ガラジオンとの連絡役として更に蒼の欠片で強化され、王族と同じ処置を受けたとか。今は角の生えた竜の化身なんて言われて3期生以降に我が校から出たドラクーンの母親みたいな存在になってますねぇ」

 

「そうですか……何とも数奇な人生ですね。それで今日は?」

 

 こほんと不動将閣下が佇まいを正す。

 

「まずは御帰還をお祝い申し上げます。姫殿下」

 

「こちらとしては数週間や一ヵ月程度なのですが……」

 

「解っております。ただ、ある意味ではこの50年は貴重なものだったとも言える」

 

「文明と技術の発達、ですか?」

 

「ええ、ですが、それだけではない。人々の心が変わった。それは間違いない事でしょう。それが姫殿下が願われた平和ではなく。アウトナンバーという新たな人類の脅威に対しての団結だったとしても、それは間違いない事でしょう」

 

「そうですね……確かにそうかもしれません」

 

「また、帝国の事実上の大陸統一は全ての国家の民に受け入れられる偉業となった。彼が、リージが後を継いだというように世間では言われていますが、彼が実際にやったのは貴女が準備していた計画の遂行でしかない」

 

「無論、リージにはわたくしが死んだり、帰還困難な状況になった場合の予定と準備は全て引き継がせていましたから」

 

「現行、企業や政治家、技術者の多くは大陸の不安定化要素とは為り得ていない。先見的な社会システムたる帝国式の統治は大陸全国家において唯一のものとなっている。思想主義心情への部分的な制限とそれに対しての対価である物流経済網の平等で簡便なアクセス、万能薬による社会保障費の圧縮、医療格差の是正による不平等感の解消も大きかった」

 

「嘗ての不満を汲み上げれば、そのようなものだったというだけの事です」

 

「医療技術の中でも外科手術の進展は遅れ気味ではあると聞いていますが、それでも今こそが理想時代と多くの社会学者達が考えるくらいには……先回りされた問題解決は正しかったでしょう」

 

「問題を越えようとする努力を奪っているとも言えます。だからこそ、色々と別の面で不便を強いたりもしていますしね」

 

「……御慧眼かと」

 

「詳しいところは大体把握しました。それで昨日。いえ、もう今日ですが、どういった要件で?」

 

「退官後に各地の王家や邦を廻って大陸の先史文明期の情報を集めていたのですが、一部の遺跡を発見致しました。無論、帝国からの依頼としてリージからの支援を受けてのものですが」

 

「遺跡、ですか?」

 

 そこでグラナンが会話に入って来る。

 

「それがですねぇ。先史文明でもバルバロスはいたようなのですが、これがまた……」

 

「何か問題でも?」

 

「バルバロスの始祖と呼ばれる者達の一部が未だに現存しているようなんですよぉ」

 

「始祖……この星の生命の出発点。ルカですか」

 

「ッ―――知っておいででしたか。こちらが名前を知ったのも数年前だというのに。いえねぇ。遺跡の解読はウチのドラクーンが持って帰って来た情報を言語学者やその他の学問の新進気鋭を総動員して何とか読めるようになったのですが……」

 

 グラナンが写真を渡してくる。

 

「石板……いえ、超重元素製でしょうか?」

 

「ええ、当時も超重元素は文明において利用されていたようですねぇ。書いてある文面は―――」

 

「神は異種を滅ぼしたり。故に人は神の似姿として異種の呪いを受けたり。神を滅ぼさねば、我らが滅ぼされ、異種もまた永劫の奴隷とならん」

 

「お読みになれるのですか? 一応解読だけで3年も掛かったのですが……」

 

 グラナンが半ば呆れたように肩を竦める。

 

「ですが、これは続きが書かれてありますね」

 

「続き? いえ、文面はこれだけですが……」

 

 グラナンが首を傾げる。

 

「この文面は二重構成になっていて、文面周囲の色と象形を使って同じ文面を別の文言に並べ替えられます」

 

「は?」

 

「ええと……星を割る境界に神の先兵は坐ものなり。我が手が届かず。月は……下。いや、月の中核こそが恐らくは神の畏れる力……月が畏れる力? 指がどうして月を掴んでいるのか。今まで分かりませんでしたが、そういう事ですか……アレは月を砕く指ではなく。月を―――」

 

 その先を言うよりも早く。

 

 薄緑色の輝きが窓の外の遠方から入って来る。

 

「どうやら、色々と後回しにしなければならないようです。昨日の今日なのですが……」

 

「アウトナンバー。しかも、この光量……km級かもしれません」

 

「不動将閣下」

 

 立ち上がる姿は今もあの頃のまま。

 

 何処か胡散臭い笑みの彼はニッと笑う。

 

「大丈夫ですよ。帝都には優秀な人材がいますから」

 

「そうですか。では、我が家は任せました。見物に行ってきます」

 

「一応……現場の者達の努力を尊重して頂ければ」

 

「存じてます。昨日は人の仕事を取るなと怒られたばかりですしね。ですが、此処はわたくしの家でもありますから。わたくしがいない間の事ならば、諦めも付きますが……」

 

「解りました。せめて、ドラクーンを最低一人はお連れ下さい」

 

「バンデシスの孫の方に頼みましょう。ドラクーンは此処を護っていて欲しいと閣下から説明をお願いします」

 

「解りました。しばらくぶりなのですが、鎧くらいは身に着けてそれっぽくしましょうか」

 

「ああ、それと今朝の朝食はわたくしが作ってはいませんから、食べていかれて下さい。今度は記憶を失ったりはしませんよ。ええ」

 

「はは、昔の部下が恍惚で呆然としていたのでちょっとお裾分けしてもらったら、朝のような有様ですよ。いや、本当に味を覚えていないのが残念だ」

 

「そうですねぇ。知りたいような、知らなくていいような……」

 

 2人に礼を言って、部屋の外で待っていたゼインが軍装用の外套を持って来てくれていた。

 

「ドラクーン用の外套です。鎧の上から羽織るものなので大き目ですが、一番小さいのを選んだので邪魔にはならないかと」

 

「現行のドラクーンには若年層もいるのですか?」

 

「グラナン校他、大陸の各地に作った9歳からのドラクーンの養成校がありまして。現行で養成校には4万人。ドラクーンの卵が鎧付きの精兵として300人。ドラクーン見習いをしております」

 

「ああ、つまり彼もその一人だと」

 

「はい。アルジャナ・バンデシス様は9歳から勤めて現在は17となりました。予備兵力としては見習いの10番代となります」

 

「それは優秀ですね」

 

 玄関先から慌てて駆け寄って来たアルジャナが敬礼してくれる。

 

「おはようございます!! 姫殿下!!」

 

「おはようございます。外が騒がしいようですが、アウトナンバーは何処に?」

 

「は、既にお気付きになられていたご様子。では、端的にご報告します!! 帝都南東部の商業地区の一角にてアウトナンバーが出現!! 四方4kmに緊急避難警報が発令されました!! 現在、リバイツネードの部隊が展開中であります!!」

 

「敵の数と脅威度は?」

 

「1km級と推定されており、アルローゼン邸まで凡そ7km地点に数4体との事です」

 

「訊ねますが、km級というのは一体でどれくらいの被害が出るものなのでしょうか?」

 

「ハッ!! 一般的には一体が都市部に現れた場合、都市の焦土化を前提とした飽和火力支援で区画を砕いて、手練れのドラクーンが10人掛かりで一体倒すというような形になります。ただし、相手のタイプによっては動き回られる事もある為、本当に都市が壊滅する場合もあり、最初期対応において時間変動が大きくなる前に戦力の集中が必要とされる場合が殆どであります」

 

「解りました。では、最初期対応にわたくしが当たりましょう。実は今日中に商業区画でやりたい事があったので。砲撃で消されては困るのですよ」

 

「は?」

 

「アルジャナ・バンデシス。付いてきますか?」

 

 こちらの聞いている事を理解した軍装姿の青年が頷く。

 

「―――御身のお傍にならば、喜んで!!」

 

 気前の良い若者の言葉に頷いて、玄関前で数名の侍従達が空飛ぶボードを二つ持って来てくれているのに感謝して受け取る。

 

「乗れますか?」

 

「子供の頃に親にせがんで買って貰いました」

 

「では、行きましょうか」

 

「はい!!」

 

 こうして朝っぱらから害獣駆除に出掛ける事になったのだった。

 

 *

 

―――商業区画より300m後方ビル屋上。

 

「昨日の今日で今度はkm級か……」

 

 一人の青年が溜息を吐いていた。

 

「まるで、あの方を狙ったかのような……」

 

「隊長!! 現在、隊員各位は現場に急行中です。昨日に引き続きリバイツネード本部より最上級【聖凱(アストリアル)】の使用許可が出ました。投入準備が出来ているとの事で既に送り出したと」

 

「なるほど。抜かりはないわけだ」

 

「え? ど、どういう……」

 

「何だ? どうした?」

 

 青年がビル屋上で小型の通信設備をバックパックとして背負っている通信兵たる少女に訊ねる。

 

「そ、それが……今回の作戦に関わる全ての隊員に同じ【聖凱】の使用を許可すると」

 

「ッ―――戦略級を300人単位で?」

 

「はい。間違いはないと。管制の方もざわついている様子で」

 

「確かに複数のkm級となれば、ドラクーンの対応が必要になるが……使い方によっては帝都が消し飛んでしまうぞ」

 

「はい。ですが、一切の使用責任はリバイツネードの局長が負うものであると」

 

「……局長自らの御墨付とは」

 

「こ、これは―――隊長!! 帝都封鎖区域より空を高速で抜けて来るリーフボードが2つ!! 軍用のものですが、IFFは確認出来ず!!」

 

「今度は何だ?!」

 

 青年が遠方の空を眺めていると低空を物凄い速度でカッ飛んでくるリーフボード……帝都民の間でもスポーツとして普及している空飛ぶボードが見えた。

 

 現在、大陸中で売られているものだが、許可制である為、やるのはハードルが少し高い。

 

 それというのもボードを用いた小型の宅配運送業が盛んだからだ。

 

 そういった運送用のボードは通行人や車両と被らないように低空飛行出来る能力があり、一定高度以下での使用は緊急時以外は禁じられている。

 

 その点で言うと通常の遊興用ボードは様々な面で安全策が取られている為、地表から浮かぶ距離やら速度もかなり作る時に抑えられている。

 

 だが、生憎と二つの近付いて来るボードは全ての能力が無制限の軍用ボードに違いなかった。

 

「アレは……そういう事か」

 

「隊長?」

 

「各員に通達しろ。これから先に何を見ても個人の責任で見てはならないものと感じた事柄に関しては何も見ていないと言え。いいな?」

 

「え? それはどういう……」

 

「お客様のお通りだ」

 

 言ってる傍から更に時速800kmを越えたボードが超高速機動にも関わらずビルをクルッと急速旋回して屋上に降りて来る。

 

 帝国陸軍の軍装に身を包んだ見覚えのある少女と見知らぬ青年を前にして隊長と呼ばれた男はジト目になっていた。

 

「また会いましたね。此処も貴方の部隊の管轄ですか? シュタイナル隊長」

 

「ええ、これでも忙しいもので。出来れば、色々と後にして欲しいのですが」

 

「今日に限ってはそうも行きません。此処でやらねばならない事があるので砲撃も攻撃も遠慮願いたいですね」

 

「それは御命令でしょうか?」

 

「いえ、単なる個人的な感想です」

 

「あ!! 昨日の!!? 隊長!!? つ、捕まえましょう!!?」

 

「ですわ!! こんな怪しい相手!! 今日はどうやら軍人連れのようですけれど、幾ら帝国陸軍のお偉いさんの親族だとしてもコレは聊か問題ですわ!!」

 

 青年が傍にいた部隊員達の言葉に溜息を零す。

 

「苦労なされてますね」

 

「出来れば、それは苦労していない時に言って欲しいものです。部下達の手前、色々と失礼な事になりますが、黙って見ていて頂ければ幸いです」

 

「な!? 君!? この方がどなたであらせら―――」

 

「ドラクーン見習いのエリートさんは黙っててくれ。リバイツネードは基本的に親に捨てられた孤児上がりも多い愚連隊なんでな」

 

「ぐむ……むぅ……」

 

「貴方の負けですよ。アルジャナ」

 

「解りました。御身の意のままに……」

 

 控えたアルジャナが少女の背後で固まる。

 

「隊長!!」

 

「これは個人として話す事だが、よくその方の顔を見ろ。そして、理解したなら後は黙ってくれ。それが回答だ」

 

「は? この生意気な癖にやたら整った顔立ちが何か……ええと、何か教科書で見た事があるような……」

 

「ぼ、ぼくは歴史書で見たような……」

 

「え? え?! いや!? ちょっと待て!? いや、いやいやいや!? あ、あれですよ隊長!! きっと、毎年恒例の大河ドラマで出てくるそっくりさん!! 若年女優さんじゃないですか?! きっと、オーディションに落ちて、その腹いせにこんな事を……」

 

「………」

 

 その部下の男子の言葉に額に手を当てた青年が断固とした沈黙を貫いた。

 

「う、うそでしょ。いや、そもそも!? 公式に行方不明になった偉人が何故か帰って来るとか!? 昔、子供の頃に紙芝居の最終回で凄く泣いちゃったけど、アレはお話よ?」

 

「そ、そんな……肌や髪の色が変わっていて気付きませんでしたけれど、その顔や片腕……御婆様が言っておられたあの方の化粧と同じ……公式の図画は全て化粧に付いては修正されていたはず」

 

 どうやら貴族の子女はブラスタ女学院の生徒も混じっているらしい。

 

「お名前は?」

 

「わ、わたくしですか? 我が家はブランジェスタと言いますが……」

 

「ああ、あの子ですか。当時の傍に来ていた子の名前は覚えていますよ。確か紡績業で財を成した家系だったのでは? あの子の祖父の方にはドラクーンの軍装に付いて仕事を発注した事があります」

 

「―――ッッッ!!?」

 

 貴族の子女らしい渦巻き縦ロールさんが驚愕に黙り込んだ。

 

「そうですか。あの子の……行方不明になったと聞いたら、泣かせてしまいましたかね」

 

「……三日三晩泣いたと。その……祖母からは……その後、あの方の為に戦わねばと祖父の事業を継いだのだと聞いております。今は大陸最大手のアパレル企業の会長をしていて。現在の企業はドラクーンやリバイツネードの軍装に関しても軍需部門で入札していると聞き及びます」

 

「随分と立派になられたようで安心しました。でも、どうやら今日はこれでお話の時間は終わりのようですね。あちらも活動を開始しそうですし」

 

「え?」

 

 未だ何処の観測機器にもアウトナンバーの活性化は観測されていなかった。

 

「なるほど? つまりは空間を越えた弊害を修復しているわけですか。そのせいで初期対応が間に合うというのですから、まったく世の中は上手く出来ていると言っていいですね」

 

 何やら自分で納得している少女の言葉を誰も理解出来なかった。

 

「シュタイナル隊長。局長の方にはこう伝えておいて下さい。『後でそちらに行く。五十年間の業績を見せてみろ。無能を晒してたら分かってるな?』と」

 

『―――ッ』

 

 その言葉だけでその場の青年以外の喉が干上がった。

 

 リバイツネードの局長と言えば、最優のドラクーン数名とも互角に渡り合えると言われる大陸最強の超人達の1人であり、事実上は彼らなど敵対すれば即死レベルの差がある本当の化け物だ。

 

 それを呼び捨てにして脅す事など大陸の誰にも出来はしない。

 

 そう、たった一人の相手を除いて。

 

「アルジャナ」

 

「ハッ!!」

 

「この方達に危害が及ばないよう。しばらく、護りに徹して下さい。わたくしが地表の敵を掃討するまで頼みましたよ」

 

「了解致しました!!」

 

「御一人で行かれるつもりですか?」

 

 隊長たる青年がそう訊ねる。

 

「生憎とこれから皆さんを失える余力はわたくしにはありません。どうやら、わたくしの敵もまた目覚めたようです……ようやく解りました。いきなり現れるというアウトナンバー。それが一体誰の手によって送り込まれていたのか」

 

「それはどういう?」

 

「旧南部皇国でヒキコモリになっているかと思えば、あの大襲撃もアウトナンバーの出現も本質は同じ。帝国への嫌がらせとしてはまったく以て効果的だったという事です」

 

「―――まさか?! アウトナンバーは」

 

 聡い青年がその言葉だけで真実に気付く。

 

「明日以降も連続しての勤務となるでしょうが、どうか頑張って下さい。大物以外は任せましたよ」

 

「お力添え出来るかは知りませんが、仕事はします。我らの誇りに掛けて」

 

「では、これで」

 

 ボードが高速で現場に向かっていく。

 

 やはり、昨日と同じく。

 

 敵の上空へと陣取った相手がそのままボードから落下して頭から落ちていく。

 

 だが、今度は高速ではない。

 

 通常の落下だ。

 

 それが何故なのか。

 

 空輸用のボードが次々に各地のビル屋上に巨大な棺桶を落着させていくのを見ながら、彼らは知る事になる。

 

 その片腕が、文様のような亀裂の入る片腕から飛び出した巨大な剣とも銃とも見える何かが【蒼力アズラル】を凝集した弾丸らしきものを剣の得にある機関部に装填し、回転しながらの連射四連。

 

 それが四方に陣取っていたウナギのようなのっぺりとした口だけの化け物。

 

 当時、大襲撃時に現れたという個体と酷似したバルバロスへと撃ち放たれ。

 

 狙い違わずその頭部と体を貫き。

 

 瞬間的に爆発したかに思えた蒼い燐光が爆風一つ漏らさずに相手の肉体を全て包み込んでからフッと消えた。

 

 威力で破壊したというよりは相手を力で分解したというのに近いだろうか。

 

「た、隊長……【蒼力アズラル】の観測機メーターが振り切れて戻って来ません。壊れました……」

 

 背後の観測手の少女がポツリと呟く。

 

「だろうな。蒼力は元々が蒼の欠片と呼ばれるあの方の力が溢れた際に子供へ宿る事になったものだと伝わっている。それが真実かどうかは分からないが、その大本であると言われた方が自らの手で使えば……どうなるのかは明白だろう」

 

 その言葉であちこちのビル屋上がざわつく事になる。

 

 今まで隊長の傍で通信を繋ぎっぱなしだった少女のせいで音声は筒抜けだったのだ。

 

「場への干渉だけで物質を原子分解した!! あ、あんなの局長達の直属の部下だって出来るやつ少ないはずだろ!? それもkm級相手に何もさせず!?」

 

「ほ、本当に!? 本当の本当にあの子は―――」

 

「建物への被害も最小限だ。僕の手が、本能が震えてる……この天才の僕が!!?」

 

「時間変動による各種の攻撃阻害、能力による加速と減速、周辺時空間の盾化、緑炎光による高等自動防御、相手の構成物質を時間の変動で崩す崩壊領域。何もかも……何もかも貫いて……こんな事が起り得るって言うのかよ!?」

 

「戦闘時間12秒……はは、10m級4体倒すのにも一般隊員は30秒掛かるんだぞ」

 

「これが……私達リバイツネードを創った……いえ、現代帝国、世界の礎を築いた者の力……」

 

「国家を1時間で滅ぼす敵が4体12秒……もう、これって御伽噺の領域じゃないの!?」

 

 彼らは特大の大問題が、特大の超大問題によって即時殲滅された事実を前にして最後は沈黙せざるを得なくなっていた。

 

「アレが伝説の―――」

 

 地表に降り立った白い肌に髪の少女が落ちて来たボードを掴んで上空に向かうと既に周囲の異変が解決したのを見た軍装姿のアルジャナが傍まで来ていた。

 

「アルジャナ。帰りますよ。今日の朝食の献立は?」

 

「は!! ゼイン殿より聞いております!! 今日は帝国の伝統的なパン各種と10種類程の総菜を立食形式にしているそうで帰る頃には出来ているだろうと」

 

「解りました。では、帰りましょう。我が屋に」

 

「ハッ!!」

 

 リーフボードが再び高速で帰っていく姿を見届けながら、彼らは呆然と何事も無かったかのように僅か化け物がいた場所に残る足跡だけを現実として認識した。

 

 結局、ビル屋上の修理代だけがリバイツネードに請求される事になったのである。

 

 *

 

 朝から料理を取ってビュッフェ・スタイルな朝食を食べ終えた後。

 

 何やら不動将閣下とグラナンが微妙に何かやる事は無いかとソワソワしている様子にこれが定年後のやる事が無くて困るおっさんの図なのだろうかと納得しつつ、研究所に向かう全員の護衛を頼む事にした。

 

 ドラクーンの殆どもそちらに向かって貰っている。

 

 神様や基本お仕事の無い系人材たる2人を任せた朱理には全員で神様チームと遊興に耽れと言ってあるので現在は邸内の一室でエーカとセーカが買い込んで来たゲームを姉妹達と共に遊んでいる最中だ。

 

「よし。やろうか」

 

 指は十本だが、腰から伸ばした触手は更に60本程手の形を取らせている。

 

 ついでに瞳もセットで付いているので一人31人分の両手を使いながらの作業である。

 

 これが一番簡単で一番楽にお仕事をするのに良い形なのだが、中を見た侍従の少女が何かガクブルして部屋から下がっていった。

 

 あまり人前で使えない仕様である。

 

「ゼイン。お茶」

 

「どうぞ」

 

 傍に控えているゼインはまるで動じていないが、さすがに年頃の少女には刺激が強過ぎたらしい。

 

「………」

 

 パラパラと余った瞳と触手の手で現在の帝国の技術や機械や電子機器の仕様を本で確認しつつ、他の手がプログラムを場所毎に書いていく。

 

 それから三時間程無言で無心にコマンドの河を書いていたら、時間になっていた。

 

 例の教授から貰っていたスマホよりは遥かに高性能な情報処理端末を腕に付けたまま端子を引っこ抜く。

 

「これから商業区に出てくる。バックアップは取ったし、電源も問題無いな……昼食は?」

 

「カモのローストでサンドイッチなどを予定しております。スープはコンソメ。サラダは南国産の良いフルーツが入ったので香辛料で淡いチーズと和えたものにしようかと」

 

「美味しそうだ。それで頼む」

 

「いってらっしゃいませ」

 

 部屋を出て外套を羽織って玄関口で磨き直されていたボードを取って外に出る。

 

 軍用なので高速で空を飛べるが、目撃されるのが面倒なので人の目に掛からない速度で一気に飛び出した。

 

 後、何か気を遣う事があるとすれば、衝撃波でビルの硝子が割れないように動く事くらいだろう。

 

 左程の時間も経たずに朝方から事件が消えた場所に到着する。

 

 商業区は帝都のあらゆる商業の中心だ。

 

 周囲には朝見る余裕も無かったが、大型店舗や中小店舗が乱立しており、群雄割拠で大陸で最も優れた商業施設と称される企業体や小規模の私営店舗が溢れている。

 

 何処か他の同業他社に遅れれば、一瞬で地べたを這う激戦区である為、何処も洗練されていると言っていいだろう。

 

 此処は言わば日本で言うところの新宿みたいなものだ。

 

 人気はさすがに休日ではない上に明け方の事件でかなり少ないが、それも今は有り難かった。

 

 ボードを片手に元々ディアボロ一号店があった場所に向かう。

 

 すると、そこには御大層な最新建築は無く。

 

 何処か風格さえ感じられる清掃が行き届いている以外は殆ど外見すら変わっていない店舗があったが、今日は開いているようだ。

 

 どうやら文化財指定されているらしい。

 

 内部に入ると老若男女が嘗ての客層とも違って普通にカフェのような感じで昼に近付く最中にも寛いでいた。

 

 スタッフオンリーな扉の方に歩いて行くと。

 

 若い店員がすぐに応対してくれて、何も言わずに頭を下げて通してくれた。

 

 どうやらドラクーンの卵がバイトしているらしい。

 

 頭を下げたバイトの少年の顔には冷や汗が滴っていた。

 

 通路を進んでいくと途中でバイトの少女やら調理場の料理人連中と出くわしたが、一瞬壮絶に体の毛が逆立ったような顔になった後、すぐに頭を下げてくれたので見知らぬ顔にも教育は行き届いているらしい。

 

 奥の方に入るとさすがにもうリージが使っていた部屋は物置になっていたが、その背後の扉の先には店舗と同じ敷地の柵で囲われた一軒家がある。

 

 家の前には守衛として軽装備で鎧無しのドラクーンが三人テーブルでカードに興じていた。

 

 そして、こちらに軽く会釈してからカードに再び視線を向けてくれる。

 

 40代くらいだろうが、最精鋭の部類だろう。

 

 瞳ではなく。

 

 五感の全てで周囲を看視しているのは見れば解った。

 

 此処が現在の帝国最大の権力者たるリージ議長の住処であるとは誰も思うまい。

 

 玄関先のインターホンを鳴らすと誰も出ない。

 

 が、すぐに扉の鍵がオートで開けられた。

 

「お邪魔します」

 

 中に入ると奥から私服なのだろう。

 

 パーカーにジーパンにしか見えないリージがやってくる。

 

「お邪魔された事はありませんよ。貴方には……」

 

「そうか。悪いな。朝から騒がせて」

 

「アウトナンバーのせいです。お気に為さらず」

 

 迎え入れてくれたリージにリビングへと案内されると。

 

 緊張した様子の数人のおっさんと妻らしい女性達。

 

 更に孫らしい少年少女が合計で9名程いた。

 

 誰も彼もリージとイゼリアの面影がある。

 

「家族です。お前達、ご挨拶を」

 

 そこから全員の挨拶を聞き終えて、自己紹介するとブワッと涙目になるおっさんと女性達。

 

 そして、孫の方は何か目をキラキラさせていた。

 

「では、これからじーじはこの方とお仕事がある。二階で遊んでいなさい」

 

 さすがに聞き分けの良い孫に息子達らしい。

 

 頭を深く下げてから二階の方へと階段の先へ消えていった。

 

「イゼリアは?」

 

「朝に朝食を創った後、仕事場に」

 

「いつも妹弟が心配でそわそわしていたのも今は昔って事か」

 

「ええ、妹弟達が巣立った頃からですか。愚息達の嫁となってくれた子達が来た頃からは更にそういう様子も無くなりました」

 

「良い人生が送れてるようなら何よりだ。それで今朝の話に関連して色々分かった」

 

「色々?」

 

「今日は今後の大陸の体勢に付いて何処まで突っ込んで変えるかを決めに来たわけだが、その前にアウトナンバーの正体が解った」

 

「正体? 例の存在に干渉された自然発生的な敵ではないと?」

 

「恐らく、まだ干渉する影響が残ってる場所が存在する。ついでに大襲撃時にオレが仕掛けに気付かなかった理由も分かった。南部皇国で未だにだんまりを決め込んでる癖に面倒な仕掛けだけはしてたって事だな」

 

「バイツネードですか?」

 

「ああ、ある程度の干渉もしてる。簡単に言えば、大陸規模で空間を歪曲して生み出した領域に大量のバルバロスを飼育もしくは備蓄してる。そこに例の干渉が未だに残ってる。ついでにそこのバルバロスを何処に出すのかはあっちの意図次第だ」

 

「時間の壁に守られた鉄壁の要塞に籠って、こちら側からは行けない場所から一方的に戦力を大陸へ送り出している。という事ですか?」

 

「ああ、あっちとしては恐らく想定外だったんだろうが、使えるものは使う主義なんだろ」

 

「何とも困った敵だ」

 

「だが、攻略の目途は立った。ゼド教授を筆頭にオレ達の世界の最高峰の頭脳が三人。そちらに押し掛ける船と車両に積むシステムを作ってる。今日の事で確信した以上、少し規模を拡大しなきゃならない。具体的にはドラクーンの精兵を1万。最優層から二段階くらい下の連中でいい。都合出来るか?」

 

「可能でしょう。現在、リバイツネード側が戦力の増強を願い出てもいます」

 

「そっちはそっちで進めておいてくれ、車両や船自体は従来のものでも超重元素製なら改造出来るそうだ」

 

「それならば、必要なのは重要機材の量産という事ですか?」

 

「ああ、ソレが出来るのは一か月後くらいだ。となれば、後は量産するラインが欲しい」

 

「解りました。国内事業体に号令を掛けましょう」

 

「二か月以内に1万のドラクーンを輸送する機材として仕上げたい。システムの構築はこっちでやってる。システム量産の為のラインは超重元素を用いた部品を製造する機器さえあれば構築可能なはずだ」

 

「今日にでも研究所群と調整を」

 

「ああ、頼む。それと体制に関してだが、まだ四つの力がこちらの状況に介入して来てない内に準備は終わらせておきたい。大陸すら滅ぼすバイツネードの力を喧伝して、緊急避難訓練やその他の情報操作でもしもの時が迫っていると危機感だけ持たせておいてくれ」

 

「それだけでよろしいのですか?」

 

「ああ、心構えが出来てるのと出来てないのじゃ段違いだからな。後で世界の危機に関してはこっちで大陸のお歴々に宣伝する。もしもの時のマニュアルは五十年前からのものを今風にして宣伝してくれ。重要なのは周知だ」

 

「解りました。それが最終的には生き残れる数を増やす事になると」

 

「ああ、五十年前に始めた種の保存と技術、文化の収集、蓄積、保管。今はどうなってる?」

 

「嘗ての時代のものは大陸全土で収拾し終えました。今は新時代のものを中心に1年に1度の割合で超重元素製の石板や超長期保存用の磁気テープ、電子機器用のメモリに……種の保存は例の狂人連中に任せています」

 

「分散しておくのは良い事だ。大体の大枠はこれでいい。後はあっちが動く前にどれだけ準備出来るかだ。忙しくなるぞ。大丈夫か?」

 

 年齢も年齢だろうと気にしてみる。

 

「これでも成形手術を何度かしているので」

 

「……お前も寿命伸ばしてたのか? イゼリアもか?」

 

「いえ、彼女には普通の人生を送って貰いたかった。だから、勧めていません」

 

「確実に相手が先に逝く事になるが……」

 

「承知ですよ。貴方の片腕となった日から戦う我が身を厭う事は無くなりました。彼女も承知の事……それが私の覚悟です。姫殿下」

 

「……解った。今後も頼む」

 

「了解しました」

 

「それと……」

 

「何でしょうか?」

 

「良い家族に恵まれたな。悪魔卿」

 

「ははは、人々に言われるくらいにはその自覚はありますとも」

 

「後方を頼む。次のアウトナンバーの襲撃からは恐らく相手も本気を出してくるだろう。各地に厳戒態勢を敷かせてくれ。大陸規模での嫌がらせになる可能性もある」

 

 頷いたリージと珈琲を一杯飲んだ後。

 

 家に帰ると遊び疲れた自宅待機組がヘロヘロな様子で猫と幼女の前でグッタリしていた。

 

「マヲーヲヲ♪」

 

「ふっふっふっ、シャクナはボードゲーム強者!! 姉妹達の中で一番強いのでごじゃるよ~~♪」

 

 どうやら一人と一匹は遊興に強い神様らしかった。

 

 *

 

 昼食を取った後。

 

 午後のお仕事はリバイツネードへの訪問で決まりとなっていた。

 

 嘗て、本部庁舎が立てられていた場所には正しく大学のようなカレッジ的な集合建築物群が数百m単位で大量に密集しており、本部の規模の大きさを伺わせた。

 

 殆ど基地化されていると言ってよいだろう。

 

 リバイツネードはこの50年で肥大化し続け、大陸各地に分校を複数持つまでに成長。

 

 聖女の子供達と呼ばれてる蒼の欠片の力を扱える子供を大量にリクルートして養育を続け、アウトナンバーの対抗する為の防衛ネットワークを作る事に成功。

 

 現行においては中小規模のアウトナンバーの出現事件はドラクーンではなくリバイツネードの管理下で処理される事が決まっており、その部隊の人数は数十万人規模。

 

 増え続ける子供達の養育の為に様々な施設を独自経営して半ば自治区染みた経営を行っているという。

 

 結果として若者が通う学園施設を中核とした小都市のようになっている。

 

 帝都の中でもリバイツネードのある区域はかなり広大となっており、アウトナンバーの出現時に迅速な対応が出来るのもその規模があってこそだと言う。

 

「此処か」

 

 普通の空をかっ飛ばして来て、一番高い建物のビル屋上にボードを着陸。

 

 ボードは立て掛けておいて軍装に外套姿でビル屋上の扉を開くと。

 

「………」

 

 ジト目のシュタイナル隊長が待っていた。

 

「よく来る場所が解りましたね」

 

「ウチの機関には未来を見る能力者がいますから。彼らに口を揃えて『お前が迎えに行け』と言われたら、逆らえる関係者なんていませんよ。局長達くらいでしょう」

 

「左様ですか」

 

「ご案内します。それとその目立つ顔はこれで」

 

 白いのっぺりした微笑みを浮かべた女性の仮面を渡された。

 

「怪しいですね」

 

「ご自分が怪しくないとでも? ちなみに貴方が素顔で構内をうろついたら、確実に騒ぎになりますがよろしいですか?」

 

「被っておく事にしましょう。案内をお願いします」

 

「了解しました」

 

 言われてビル最上階からエレベーターで地表まで降りる。

 

 どうやら此処はデータサーバーが置かれた場所らしい。

 

 人気は無い様子で外に一歩出ると普通の学生らしき黒の生地に金の刺繍を用いたガクランと蒼を基調にしたセーラー服らしいものを着込む少年少女が大量に闊歩していた。

 

 彼らはこちらを見やると変なお面に軍装姿に首を傾げつつも、シュタイナル隊長の顔を見てすぐに目をキラキラさせるやら敬礼するやらして通してくれた。

 

「随分と有名人なのですね」

 

「ご自分の事を棚に上げないで下さい。それと朝の方はどうしたのですか?」

 

「彼には朝方の事件の報告書作成が待っているのでそっとしておきました」

 

「そうですか……」

 

 2人で歩いているとすぐに注目の的になったのだが、どうやらシュタイナルが軍装姿の誰かを案内しているようだと気付いて『さすがシュタイナル隊長!! 新入生にも優しいぜ!?』みたいな尊敬の眼差しを集めていた。

 

「憧れのシュタイナル隊長と歩いてるなんて、あの新入生何様って陰口叩かれてましたよ。今」

 

「耳が良過ぎるようですが、人権侵害ですよ?」

 

「その人権とやらはわたくしが法律に書いたものなのでしばらくは留守にしてくれるでしょう」

 

「はぁぁ……一つお聞きしても?」

 

「何なりと」

 

「戦う事が怖くはありませんか?」

 

「怖いですよ。もしかしたら、相手は実力を隠していて、自分よりも強いかもしれない。あるいは何かの準備が足りずに死ぬかもしれない。単純に自分の全てを掛けても敵わない相手が出てくるかもしれない。そう思えば」

 

「なら、何故戦ったのですか? 北部で西部で東部で……此処には嘗ての情報が全てありました。ですが、そのどれだろうとも貴女は決して力を得ていないと思われる時でも引かなかった」

 

「引けなかっただけです。わたくしの後ろには大勢がいました。ただの見知らぬ国民から大切な人まで沢山の人が……」

 

「実際に後ろにいる事は少なかったように思えますが?」

 

「そこは戦略を嗜む者の矜持ですよ。此処で引けば、どうなるか大体解ってしまえば、背後に誰かがいるのと変わらない」

 

「例え、死ぬしかなくても?」

 

「例え、そこで終わってしまうとしてもやらずに生き残れば、後悔だけしか待っていない。わたくしは誰かの前で戦う力があり、戦う以上は勝つだけの算段を立てるだけの環境にも恵まれた。それは戦う理由の一つではありますが、重要な事だった」

 

「もしも、帝国の姫に産まれていなければ?」

 

「戦わない事もあったでしょう。自分に出来ない事は出来ない。出来る事は出来る。その線引きはちゃんとしているつもりです」

 

「……出来るから帝国を救い。出来るから、大陸の多くの人々を救う。出来るから、未来にすらも戦って見せる、と?」

 

「……わたくし以外の誰かが出来るのならば、それに任せてみるのも一興でしょう。ですが、敢て致命的な失敗を見ている理由もありません」

 

「はは、お人好しと言われませんか?」

 

「生憎と仲間達からは何かする度に白い目で見られます。それを貴女がやる必要はあるのかと」

 

「貴方は何も信じていないのですね。自分の力と自分の気持ち以外は……」

 

「そういうところはあると自覚しています。ですが、信頼と信用は別物です。戦えない人々に戦えると言われて信用してしまう程、わたくしは綺麗な心はしていません」

 

「成程。これが聖女。これがフィティシラ・アルローゼン。大陸全体では未だ貴方の信用には達していない。そう、一握りの人々以外は……」

 

「本当の天才や本当の秀才を知っている身からすれば、そうもなるでしょう。わたくしは本当の有能ではありません。無能側の最上位ではありますが。だからこそ、有能たる人々には彼らの仕事を、無能たる人々には仕事よりも心持で自分の世界をより良くして貰いたいと願うのです」

 

「優しいのか厳しいのか。判断に迷うお言葉だ」

 

「出来ない仕事を出来ない人間にさせるのは残酷というのですよ」

 

「リバイツネードは無能の集団と仰るので?」

 

「個人に拠りけりでしょう。少なくとも局長と呼ばれているマルカスおじさま達は有能の部類でしたが、有能止まりだった。天才には程遠い。だからこそ、無能でも自ら準備を揃え切った上で臨めば、負ける要素は無かった」

 

「あの局長達を有能止まり扱いですか」

 

「事実ですよ。わたくしが特別な力を得て、それを彼らに与えたのも彼らが天才では無かったからです。本当に替えの効かない才能に愛された者は根本から見ている景色が違う。そして、それは本能的ですらある。無論、ちゃんとした教育を受けなければ、花開かないものも多いですが」

 

「………」

 

「わたくしはそのような人々が出来れば、幸せに生きていける世の中にしたいと思った。そして、それを取り巻く人々もまた同じように笑っていられればと願った」

 

「聖女の子供達を産み出したのもそういったお考えからですか?」

 

「いいえ、アレは事故です」

 

「事故?」

 

「わたくしが持つ力の中でも複雑な事情を抱える力は扱いがとても難しい。そして、その一つが意図的に使われた結果です。ですが、その理由がようやく解りました」

 

「理由?」

 

「この未来にまで到達する。その為の聖女の子供達だったのでしょう。アレが蒼の欠片を使ったのは……恐らく、そうでなければ、人類の半数が死滅していた」

 

「―――姫殿下のお力に関しては未来を見るというものもありましたが……」

 

「それは未来を見ているのではなく。予測しているに過ぎません。そして、再計算してみても、やはり結論は変わらない。聖女の子供達と呼ばれる貴方達がいなければ、人類は斜陽の時代に突入していた事は間違いないでしょう」

 

「……つまり、我々は人類の未来の為に力に目覚めて戦わされている、と」

 

「現実を変えようとする時、力が有るか無いか。それだけの事です」

 

「それだけで人生が変わった子供が多過ぎる気もしますが……」

 

「そうですね。わたくしは嘗て人々の力に期待し、多くの準備をしました。ですが、結果論的に言えば、それは不十分だった」

 

「不十分?」

 

「蒼の欠片の暴発は結果的にわたくしの願う未来を護った……貴方達が普通の生活を送れなくなって此処にいるという時点で……わたくしの敗北でしょうね」

 

「……誰に負けたのですか?」

 

「わたくしの体はとある存在によって特別足り得ている。それは人食いの恐ろしい化け物です。それはきっと思ったのでしょうね。他者を敗北させるならば、それは自分が無力であると知る時であると」

 

「ふぅ……聞かなかった事にしても?」

 

「そうしておいて下さい。まったく、自分の未熟を思い知らされるばかりですね。五十年後は」

 

 言っている間にも目的地らしい50年前と同じ形の建造物が見えてくる。

 

「……一つだけよろしいですか?」

 

「何でしょうか? 罵倒の類なら聞きますが」

 

「……確かに親に見捨てられ、あるいは畏れられて此処にいる不幸な子供達は多い。しかし、同時に仲間を得て、自らの知らない世界を見て、共に生きる喜びを感じ合う者も多い。それは表裏一体でしょう」

 

「かもしれません……」

 

「原因はどうあれ。彼らは彼らなりにしっかりと生きている。少なくとも自分を不幸だとは思う者もいるでしょう。ですが、彼らが毎日安らかに眠り、満足に食べ、友と語らい、遊ぶ事すらある。これもまた貴方が努力した結果としての現状があればこそだ」

 

「………」

 

「大陸には未だ帝国程に発達していない地域が多々ある。古の因習、文化的には程遠い生活、農村で農民の息子や娘として愉しみも知らずに田畑を耕すだけが世界だったかもしれない。それを思えば、我々は確かに命の危険とは隣り合わせでも恵まれている」

 

「そうですか」

 

「本一つを読めば、世界の見え方が変わり、遊びに行く場所一つで価値観が変わる。帝都は良い都市です。それは……例え不幸の最中にあろうとも誰もが知る事実なのです」

 

「―――感謝します」

 

「いえ、事実ですので」

 

「ふふ、そうですね。ならば、仕方ありません。案内ご苦労様でした」

 

「自分はこれで」

 

 最敬礼でシュタイナル隊長がこちらに背を向けた。

 

「よく出来ているだろう? 次期、局長候補だ」

 

 そこに見知ったおっさんが話し掛けて来る。

 

「マルカスおじさま。それに勢揃いですか。他にも知らぬ顔が結構いるようですが……」

 

 本部庁舎前には局長以下、見知らぬバイツネードらしい男女が多数集結していた。

 

「これでも本家から引き抜いた一部だ。大陸各地で説得して回る甥がいたせいでもあるがな」

 

「はぁぁあ~~~我が妹よ!! 五十年!! 五十年待ったよ!?」

 

「まだ、この状態なのですか?」

 

 妹大好きな義兄的な青年はあの頃から何一つ変わっていないらしい。

 

 目をランランと輝かせていた。

 

 それを見ていた他のバイツネードの連中が何かギョッとしている。

 

 どうやら本性は今まで知られていなかったらしい。

 

「貴様が帰って来なければ、今でもリバイツネードの切れ者で通っていたはずなのだがな」

 

「取り敢えず中に入れて下さい。リバイツネードの五十年が如何なるものであったのか。報告を聞きましょう……」

 

「ああ、書面にも纏めてある。会議室で報告させて貰おうか」

 

 こうして見知らぬ元バイツネードの人々をゾロゾロさせながら、会議室で五十年間の報告を聞く事になったのだった。


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