ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第124話「煉獄を裂く者達Ⅶ」

 

「と言う事で~~じゃ~~ん」

 

 ミヨちゃん教授がニコニコしながら、ゼド教授と久遠教授と共に何やら見せたいものがあると言われたので昨日今日で世界を破壊する兵器でも出来たのだろうかと付いて行ったのだが。

 

「ラボ?」

 

 そこには三つの座席がある広い研究室があった。

 

 其々三方向には彼ら用らしい実験室や何かを作る為の作業室が一つずつ併設されている。

 

「うん。此処の人達がゼド君の研究室を作ってたらしくて。ゼド君が広過ぎるから一緒に使おうかって言ってくれて、久遠さんや他の研究所の職員の人達がちょっと改造してくれたの~~」

 

 ミヨちゃん教授はニコニコだ。

 

 字面だけ見れば、可愛いのだろうが、生憎と彼女は全身マッチョで一目では女性と分からない体格の持ち主である。

 

「良かったですね。久遠教授もそれで良かったんですか?」

 

「ええ、研究所側は必要な物資に関しては持っていることが確認出来たから、余程に大きな制作物じゃない限りは此処で出来ると思うわ」

 

「三人の助手になりました!!」

 

 ゼストゥスが軍装に白衣姿でこっちに敬礼する。

 

「三人をよろしく頼む」

 

「はい!!」

 

「それでまずは三人で何を?」

 

「ゼストゥスちゃんのお姉さんを助ける研究が第一だよ!!」

 

「ありがとうございます。ミヨさん」

 

「まぁ、今すぐ世界が滅びるのでもなければ、人助けから始めるのがいいだろうと思ってな」

 

 ゼド教授が肩を竦める。

 

「解りました。ちなみにエーゼルは?」

 

「彼女は今まで所長代理をしていた者から真の所長として地位を譲り受けている最中だ。元々が彼女が指導していた男らしくてね」

 

「そうですか……」

 

「ちなみに久遠君から何を作るか聞いていたかね?」

 

「いえ、詳しい事は。ただ、ランテラのいる場所に向かうのに必要だとか」

 

「一応、簡単に言うと船や車両だ」

 

「現代技術で作るのに金が掛るだけなら、五十年あれば、行けそうにも思えますけど。普通のものなわけがない。って事ですか?」

 

 久遠教授を見ると頷きが返される。

 

「説明しようと資料は作っておきました。正面のメインモニターに出します」

 

 全員分の椅子が置かれていたのでゾロゾロと座る。

 

「ランテラが囚われているのは恐らくですが、通常空間ではなく。空間に干渉するバルバロスによって作られた歪曲空間だと思われます。それもかなり広大な……」

 

 大陸地図と同時に何やら新しい地図らしき線が重ねられた。

 

 それはアリの巣状に大陸の各地の国家と繋げられたトンネル。

 

 もしくは網に見えた。

 

「歪曲空間? 曲げられた空間……ゼド機関のようなもので造る領域と同じような、ですか?」

 

「同じようなとは心外だ。アレは仮にも特異点化していたが、久遠君の言うものだと仮定した場合は恐らく本当に単純に曲げているだけだろう」

 

「本家にも繋がってる……もしかして?」

 

 久遠教授が頷く。

 

「これは空間障壁で遮られたあちらに入る事も視野に入れた車両や船の建造計画です。基本的に船体や車両が超重元素のガワであれば、中身の駆動系と歪曲空間内部に突入する為の装備を付ければ、短期間で仕上げられます」

 

「つまり、この蟻の巣状の歪曲された空間の何処かにランテラがいると?」

 

「いえ、もう特定は済ませました。嘗て、大陸規模で情報網を敷いていたバイツネードですが、通常移動では間に合わないような場所にも目や耳を送り込む事がありました」

 

「確かに1匹見たら50匹いると思えってペースで帝国内の駆除はしてましたが……」

 

「周囲にバルバロスがいない事を確かめた直後に相手が現れた事もあって……」

 

「つまり、空間を越えて現れていると考えたわけですか」

 

「はい。ですが、こちらにはそれらの空間を超える為のエンジニアリングの技術があっても資材が無かった。同時に空間を超える為の理論的な構築が拙いと恐らくロクに空間を越えられずに死ぬ可能性も高かった」

 

「ああ、だからゼド教授やマガツ教授の力が必要だったと」

 

「はい。そもそもエンジニアリングする為の機材が50年前はニィトにしか無かったのですが、それが使えなくなった為、設計を温めておく事しか出来なかったんです」

 

「うぅぅ~~久遠さん。絶対協力するからぁ~~」

 

「ありがとう」

 

 涙目のミヨちゃん教授の頭をヨシヨシと久遠教授が撫でる。

 

「此処には全てが揃っている。昨日、話したらすぐに計測と同時に理論的な構築はゼド君が行ってくれて、連絡したマガト君が必要な合金資材に関しては創り方を教えてくれました」

 

「つまり、残るのは資材供給と機材だけと」

 

「研究所側から本技術の開示と引き換えに現在ほぼ完成している中型艦船一隻と車両数両を提供してくれる約束も取り付けたので、実際にはこちらで造って建造済みの船と車両にシステムを組み込むまでが本計画の工程になるわ」

 

「時間はどれくらい掛かりそうですか?」

 

「凡そ1か月。此処にある機材でシステム作成用の機材を作って、それを用いて二週間くらいで作業が完了する予定よ」

 

「ちなみに理論構築が終わったゼド教授は?」

 

「サブシステムの構築に携わって貰うわ。ミヨさんは当該空間を超える際や超えた後の人体への負荷の軽減や除去、他にも生命維持システムやそのバックアップの作製を」

 

「マガツ教授は?」

 

「彼が一番の功労者よ。バリアー発生装置。アレを元にすれば、歪曲した空間と装置の歪曲空間を同期させて中に入るのが随分楽になる……今はあちらでシステムの中枢である空間を歪めるコアの研究を行って貰っているわ」

 

「解りました。では、一か月前後は全員が身動きも取れない状況になるって事でいいですか?」

 

「ええ、済まないとは思うけれど」

 

「構いませんよ。プログラムの方はどうですか?」

 

「一応、この世界のもので代用出来ると思うわ。でも、専門じゃないから、三人で色々と詰めないと為らないでしょうね」

 

「じゃあ、それはこちらで請け負いましょう」

 

「出来るの?」

 

「ええ、マガツ教授から専用のデバイスも貰って来ていますし、一応言語学は得意分野です。例のOS開発にも参加していたので、帝国の政治の掌握の片手間に余ってる頭の処理能力をどう使おうかと思っていたので」

 

「ミヨさんが言っていたけれど、人間の数万倍になるって言うのは本当に?」

 

「ええ、人間止めたので。今は心だけで人間を名乗ってます」

 

「……貴方の決意なら、何も言う事はないけれど、何かあったらミヨさんに調べて貰ってね?」

 

「はい。その情報をミヨちゃん教授に渡すのも今日来た理由なので。システム概要と求められる仕様。それから機能に関しての詳しいデータをお願いします。OSから書いてくるので」

 

「1人で……人間を止めたってところに嘘偽りは無いようね」

 

「はい。今なら恐らく1週間で最低限のOSは行けます。元々概要や仕様は聞いていましたし、OS構築用のプログラム言語開発は元々メインプログラマーとして採用されてましたから。楢薪教授直伝ですよ」

 

「なるほど。貴方も並ぶ者無き者……なのね」

 

「単なる文系です」

 

「ふふ、あの計画の推進者である彼の弟子なだけあるわ」

 

「教授とは4、5回。それもプログラム言語に関して専門的にやり取りしただけの関係なんですけどね……」

 

「そんなものよ。ニィトは元々、天雨機関の人員に相応しい人間を発掘しつつ、好き勝手構成員が実験研究する為の場だったんだもの。もう機関は無くなって久しいけれど、先達として貴方を歓迎します」

 

 取り敢えず、握手する。

 

 だが、背後で婚約者一同がヒソヒソしていた。

 

「なぁなぁ、ふぃーって実は頭良いのか?」

 

「人を使うのと悪知恵と相手を唆す才能と文芸の才能はあったように記憶していますが、まぁ……昔は必要なさそうな技能も持っていたという事でしょう」

 

 何か異世界組の方には何なら姫殿下出来ないんでしょうか?

 

 みたいな顔をされている。

 

「シュ、シューはお菓子だって作れるし!! ゴハンも美味しいし!! それに勉強だって出来るもん!!」

 

「ま、せやな。つーか、そういやシュウの大学での点数って何点やった?」

 

「ヨ、ヨンローの癖に頭良いの!?」

 

「おまえら、オレを何だと思ってるんだ? ちなみに平均98点だけど」

 

「うわ~~ん!? ヨンローが頭良過ぎるぅ~~!? それ本当に試験の点数平均なの!?」

 

 姉妹の妹に思いっ切り文系扱いされてたせいで普通と思われてたらしい。

 

 実際、普通以上ではないのだが、勉学が可能な資質には恵まれている自覚はある。

 

 そもそもニィトそのものの平均点が低いので有名私大に入れる学力があれば、露骨に点数が90点を下回るのは勉強をしない連中か。

 

 そもそも勉強しても限界がある層だ。

 

 自分は勉強しても普通より平均以上が出せる点では恵まれていたが、裏返せば、有名私大辺りなら普通か普通より少し上でしかない。

 

 本当の秀才という程に勉強が好きでもなければ、本当の天才と呼ばれるような実績も残したわけではないのだから、凡庸な秀才止まりだ。

 

 そもそも青春の半分くらいは幼馴染の生活の立て直しをしていたので労働青年というよりは住み込みな家庭教師に近かったかもしれない。

 

 言語学関連は一応、才能があると言われていたが、それも大学で非凡な教授に認められてから気付いた事に過ぎなかった。

 

 そもそも外国語を話す事になった切っ掛けが祖父が外国語が堪能で電話している時に格好良いと思ったから、なんて理由である。

 

 当時は60か国語話せていたが、生活に無用な技能だったし、今話せと言われても妖しいのは間違いない。

 

「取り敢えず、仕事はある程度片付けておかなきゃならないから、各自にまた勉強してもらうぞ。デュガシェス、ノイテ」

 

「はーい」

 

「先日、死ぬほど詰め込んだばかりなのですが……」

 

「研究所で乗物関連の基礎知識と講習受けて来い。それと此処にある船と車両乗れるように国際法規関連も学ぶように。後で実技試験させる。取り敢えず一か月後までに連続で200時間以上は乗ってくれ」

 

「今、サラッと業務が増えたぞ。しかも、苦手なやつ……」

 

「やりましょう。五十年後は更に大変なようです」

 

「次。アテオラ。大陸中の地図と50年間の天候の把握、歪曲空間内の地図作成に関してゼド教授と久遠教授に付いて関連知識を教えて貰え」

 

「わ、分かりました!!」

 

「次。イメリ。南部皇国の立て直し時の計画その他全ての情報を頭に入れた上でバイツネード本家跡地の利用方法を考えといてくれ。今更お前を50年後の統一された皇国に捻じ込むのはかなり骨が折れるか。もしくは不可能な可能性がある。だが、まだ“開放されて無い場所”に関して余地があるからな」

 

「―――はい!!」

 

「次。リリ、ラニカ」

 

「は、はい!! 姫殿下」

 

「どうぞ御下命を……」

 

「2人には此処で頑張る全員の支援をして貰いたい。雑用だ。ただし、五十年で変化した大陸の常識や歴史、諸々の一般人目線での認識がどういうものか調査して欲しい。研究所に寄る連中にそれとなく聞いておいてくれ」

 

「解りました!!」

 

「承りました」

 

「エーカ、セーカ」

 

「何かさせるん? ウチらにも」

 

「何させるつもり? ヨンロー」

 

「お前らには買い出しを頼む。色々とな。あらゆるジャンルの本、娯楽用の電子媒体で売られてるゲーム、またアナログのゲーム、何処かの店舗で電子機器を一括で上から下まで一つずつ、これらを買って来てくれ。支払いはリージから貰ったカードを渡す。それで一括だ」

 

「了解や。で、何に使うん? 普通に遊ぶとか?」

 

「それは色々と見てからだ。大陸の文明の成熟度とか。物の本における常識や一般人が何からどういう影響を受けてるかとか。そういう数字に出て来ないもんを感じるには現物が一番いいんだ。四つの力が文明をどう判断してるかの判断材料にしなけりゃならない」

 

「解ったけど、それ全部持って来るの?」

 

「宅配は受け付けてるはずだ。現地でアルローゼン邸指定で送れ。住所はこれだ。敷地に倉庫が新設されてるからそっちに仕分けて貰う」

 

 メモ帳を破って2人に家の住所を書いたものを渡しておく。

 

 そうこうしている内にラボの扉が開いた。

 

「エーゼル。どうだった?」

 

「あ、はい!! その、色々忙しいのに私だけ別行動で申し訳なく……」

 

「そういう事じゃない。家族とちゃんと話せたか?」

 

「っ……はい。姉さんとも沢山話しました。あちらの弟妹の子達も今じゃ私より大きく為ってて、何だか不思議な気分で……家族も増えたって言われて、本当に立派な子に……いえ、大人になってました」

 

「そうか。それでお前に対してなんだが……」

 

「何でも言って下さい!!」

 

「五十年後のお前が専攻してた現行技術を全て習得した上で教授達を手伝ってやってくれ。期限は2週間だ」

 

「ッ、必ずお役に立って見せます!!」

 

「しばらく、徹夜させる事になる。こっちに来てくれ」

 

「あ、はい」

 

 おずおずと近寄って来たエーゼルの手を握る。

 

「ふぁ?! ひ、姫殿下!?」

 

「ちょっとだけ体を弄る。脳と肉体の疲労軽減と集中力の確保。それから代謝の促進。諸々だ………これでいい。必ず一日に1時間は寝る事。それで後は普段通り仕事が出来るはずだ」

 

「ぁ……はい!! ありがとうございます!!」

 

 エーゼルが嬉しそうに笑ったところで袖を引っ張られる。

 

「シュー……」

 

 自分にも仕事させろと少し不満そうに膨れている幼馴染の頭をポンポンしておく。

 

「お前には一番大事な仕事をして貰う」

 

「何!? 何でも言って!!」

 

 何でも言ってと鼻息も荒く頑張るアピールされる。

 

「猫と幼女とヴェーナとフェグの世話だ。オレが仕事してる間頼んだぞ? こいつらをそのままにしておくと大抵仕事の邪魔してくるからな」

 

 両手で何も無い虚空を掴むとズイッと黒猫と幼女の首筋が現れて、ブラ~ンと首根っこを掴まれた一人と一匹が頬を膨らませた。

 

「何も悪い事なんてしてないのでごじゃるよ~~!!」

 

「マヲヲ~~!!」

 

 いきなり現れた神様連中に教授達も目をパチクリさせる。

 

「取り敢えず、乗物関連で何か教授達にアドバイスはあるか?」

 

「神様には最後の最後に頼るんじゃなかったでごじゃるか?」

 

「ツマラナイ理由で全滅したり、教授達が現行技術で予想出来ない理由で乗ったまま全滅したりしたら、興覚めだろ?」

 

「む~~あ、この星の空間は元々不安定なんでごじゃるよ。そもそもの話として天雨機関が知ってるかどうかは知らぬでごじゃるが、大抵の人がいる惑星の中心にはこの世の真実が埋まっておる」

 

「この世の真実ねぇ……」

 

「だから、連中はこの星を潰せなかったんでごじゃるよ~」

 

「何かそういう事らしい。詳しい事は悪いが訊かない方がいい。神様が言わないって事は知ると面倒な事になるって話だからな」

 

「ホント解ってるでごじゃ~~♪」

 

「マヲー」

 

 ポイッと2人を朱理の方に預けておく。

 

「よろしくでごじゃる~~」

 

「マヲー」

 

「お、おう。よ、よろしく。神様」

 

 朱理がさすがに神様相手にどう対応したものかとオロオロしていた。

 

「シャクナ!! シャクナって呼ぶの~!!」

 

「マヲー、マヲヲヲー!!」

 

「こっちはマヲンちゃんでって言ってるでごじゃー」

 

「よ、よろしく。シャクナ、マヲンちゃん」

 

「ふぇぐだよー」

 

「ヴェーナだべよ~」

 

 三人と一匹に圧倒されながらも何とか対応している幼馴染にあちらの世話は任せておいて、教授達を見ると三人が先程の言葉を反芻している様子で何かを考え込んでいた。

 

「なるほど……我らが師の言っていた事は事実だったと」

 

「彼らと関係あるとの話も要はそういう事ですか」

 

「先生は最初から知ってた? この星はもしかしたら、私達のいた時代と同じなのかもね」

 

 三人が何やら会話していたが、すぐに切り上げる。

 

「了解した。我々の事は気にしないでくれ。今ので色々と仮説やら何やらが推測出来たが、今は構うものではないだろう。元々が不安定な空間というのは念頭において技術開発しよう」

 

「お願いします」

 

 こうして五十年後の新たなお仕事が始まる。

 

 そこにどんな世界が待ち受けているものか。

 

 まだ、知る由も無かった。

 

 *

 

 研究所であちこちの部門を訪問すると涙で前が見えない嘗ては若者だった老人の白衣の研究者達と次々に面会する事になった。

 

 現行の技術開発は50年前に出していた指針に沿って今も行われており、次世代への技術的な引継ぎも終えて、今は最初期の親帝国領域と呼ばれている北部、西部、東部の重要地帯でも研究所の株分けされた組織が細々とした基礎研究を行ってくれているらしい。

 

 現在、この帝都の最初の研究所はその全ての成果を統合する現場となっているようで、携わる研究者達は基礎技術の上にある研究成果として嘗ては研究所単独で行っていた兵器開発もしているようだった。

 

 帝国が大陸で最初に電子機器の最大手となったおかげで資金は潤沢。

 

 今は量子コンピューター関連の技術やプログラムが兵器開発でもウェイトを占めている様子で軽く紹介された成果は地球時代に見聞きしたものと遜色の無い20年以上の格差は感じないものとなっていた。

 

 回路研究は集積回路が凡そ現代水準には少し遠いくらいだが、早めに量子コンピューターの方へと舵取りしたらしく。

 

 現代の当初に造られた汎用品まで後幾つかのハードルを越えれば、届くというところまで来ている。

 

 だが、それよりもやはり驚くのは超重元素関連の新技術だ。

 

 それらは【超重科学】と称されているらしい。

 

 大陸特有の資源である超重元素は通常の冶金学や研究そのものを阻害するかと思って基礎研究は超重元素無しでもちゃんとやれというのは言っていたのだが、それは守られていた。

 

 だが、その土台の上に超重元素の研究が進んだ事で地球とは異なった技術体系が産まれている。

 

 その殆どは非公開だが、リバイツネードの特異な超能力みたいな場に干渉する脳の器官やドラクーンの遺伝レベルでの超強化された人類との相性が良く。

 

 重量という点も浮遊する事で減らし、殆ど超兵器の展覧会染みた各種の副兵装や細々とした装具、装備品として具現化されていた。

 

「アグニウムの扱いも随分と良くなったようですね」

 

 此処に配属される新人研修用に立てられたらしい一角、各種一般人には非公開の展示物と来歴や開発履歴を通路の左右に確認しながら目的地へと向かう。

 

 道すがらポツリと出たのは研究者達の血の滲みそうな書き殴られたノートや閃きの結果だった。

 

「はい。物質の摩擦を限界まで減らす為、真空を用いる事やその為の真空ポンプの開発。他にもアグニウムの結晶化と同時に酸化防止剤の塗布など。色々とありました」

 

 白衣の老人達が懐かしそうに頷く。

 

「そして、今度は威力過剰と言われながらも、その収束と」

 

「殆どの超重元素を用いた戦略兵器の開発は嘗ての大国となる地域で統一政体管理下で行われています」

 

「ですが、相手が相手であり、敵の規模が惑星規模や星系規模という話が出てからはこの星を滅ぼせる以上の兵器が必要だと結論付けられました」

 

「結果として我々が個体として認識出来る敵に対しては威力の収束。それ以外の広範囲を殲滅する為の恒星間兵器の開発に乗り出した、と」

 

 驚く事に宇宙開発と並行して、そういった惑星規模の威力がある兵器が次々に実用化に向けて開発が進んでいるという。

 

「此処数年の話です。現在、各研究所が総力を結集しておりますが、限界としては凡そ光の速さを越えられないという事実に基いて、敵がもしも光の速さで全景を捉えられない程の大きさだった事を想定し……光学兵器及びそれに近い速度が出る粒子兵器の開発が更に重点化されました」

 

「そして、時空間に関わる武装をゼド機関及び例の空間障壁の発生装置から知見を得て大規模開発していると」

 

「はい。現在、大陸を覆う程度の大規模防御設備は開発致しました。あくまでアウトナンバーとの戦いの為だという理由でのものでしたが……」

 

「実際は月を砕く指相手という事ですか」

 

「はい。現在、ゼド機関の改修及び現行技術での最新型を開発、動力蓄積期間へと入っています。古いゼド機関はいざとなれば、正しく電池として。相手の数によっては武装として運用出来るようにしております」

 

「正しいと思いますよ。ちなみに最新のものに付いてはゼド教授からは何か?」

 

「それでいいとお言葉を頂けました」

 

「なら、そのまま進めて下さい。ちなみに昔と最新型では何が違うのでしょうか?」

 

「利便性を上げる為の形状の変化や小型化しつつの余剰出力の増大。他にも堅牢化。安全装置の高度化。電子回路を組み込んだ現代化。兵器をアタッチメントにしてコア部位として運用するブロック換装システム化などでしょうか」

 

「現在はどれくらいの能力になっているのですか?」

 

「大型艦船や動力供給用の大型はその用途と各種兵装や主砲の動力供給に特化しており、単一兵器のコアとして運用する代物は戦略兵器、戦術兵器用に対応。個人用は武装への動力供給と同時に空間障壁と空間掘削兵器のコアとして広大な空間に展開する敵個体もしくは大軍殲滅を可能としております」

 

「小型の最新となれば、動力的にはどれくらい供給出来るのですか?」

 

「一都市の電力数年分を一気に賄う程度が可能です。ただし、最新の形は棒に輪が浮かんでいるものではなく球体に輪と棒を複数入れ込んだものとなります」

 

「輪を入れ込む?」

 

「超重元素製の結晶内部に超重元素を摩耗させずに摩擦して電力と熱量を引き出せる超重元素入りの特殊な液体金属が入っております。これから発される熱と電力を空間の歪みを用いて封じ込め、全てを動力として輪の捻じれに蓄積する。これを電力と熱量で出力出来ます。見た方が早いでしょう。此処です」

 

 自動の扉が開いて内部に向かうと何も無い伽藍とした空間に出た。

 

 白衣の男が壁際のレバーを引くと電灯が付いたと同時に電源が入ったようで機械の作動音が響く。

 

 部屋の中央にある床がせり上がったと同時に内部から出て来たモノリスのような壁が現れた。

 

 その中央には白銀の片手に収まらないくらいの大きさの宝石みたいなものが嵌っている。

 

「これですか?」

 

「はい。定常稼働を続けて一年になります。予測では現在の大陸で稼働するゼド機関の約8%が今まで蓄積した動力を既に蓄えているかと」

 

「取っても?」

 

「構いません。普段は此処に安置して、異常が無いかを確認すると共に研究所の予備動力として運用しております」

 

 大きな水晶玉という感じだろうか。

 

 片手に取って確かめようとした瞬間。

 

 キュンという音と共に玉が消失した。

 

「あ……お、お前ぇ……」

 

 思わず無防備にいつもの片手で取った瞬間だった。

 

 今まで指が一本無い状態だったのだが、いきなりそれっぽい白銀の指がニョッキリと生えて来た。

 

 しかも感触付きだ。

 

「ど、どうされたのですか!? あのゼド機関は何処に!?」

 

「済みません。土神の能力が欲したようでわたくしの体に吸収されたようです」

 

 相手に生えて来た人差し指を見せる。

 

「ま、まさか、この指が? そう言えば、お聞きしていなかったのですが、指を失くされていたのですよね?」

 

「はい。バイツネードとの戦いで失って、五十年後に飛んだ後は色々と状況把握や対処に忙しく。そのままになっていたのですが、どうやらそのままにしておけないと思われていたようです」

 

 土神には悪いが今は罪を被って貰おう。

 

 片手に宿る化け物がニタリと嗤った気がした。

 

「そ、そうですか……確かに特別な傷などはそのまま放置しておけず。現状復帰させようとするのは土神の機能の一つと言われていますし、あの動力源をこのような形で取り込むとは……」

 

 白銀の指を繁々見られた。

 

「済みません……」

 

「い、いえ!? 失われた姫殿下の指となったと言うのならば、我ら一同!! これ以上に名誉な事はありません!! 我らが未来の為に失われたのならば、それをお返しするのは我らの使命でありましょう!?」

 

「そう言って頂けると助かります。以後、わたくしの力として活用させて頂きます」

 

「どうか、存分にお役立て下さい」

 

「ありがとう……」

 

 こうして失ったはずの小指が戻って来たが、何処まで信用して使っていいものかと内心で目を細めつつ、片腕に何かを安易に持つのは止めようと誓うのだった。

 

―――1時間後、研究所地下第一工作室。

 

「姫殿下。それで地下の安定した工作室を借りたいとの事でしたが、何か御作りに?」

 

「ええ、今まで多くの力を収集して来ましたが、あまり増えても出し入れする手間が必要な上に相手の規模からして一つ一つでは太刀打ち出来ないと思っていたのです。これを今から統合しようかと」

 

「統合、でありますか?」

 

 研究者達には背後の強化硝子張り部屋に入っていて貰い。

 

 工作台のある部屋の中央で掌から一つずつ今まで自分が貰って来た力を出していく。

 

 まずは蒼の欠片。

 

『おお!? あの色!? あれはもしや!?』

 

『室長!? は、8000kg以上の加重が一気に工作台へ掛かっています!?』

 

『何と!? あれほどの体積でそれだけの重量を!? やはり、アレは蒼の欠片!?』

 

 驚く白衣達の背後に次を出す。

 

 黒い刃。

 

 不破の紐とリングとセットなソレは逆に軽いくらいだが、意識すれば出せるようにはなったらしい。

 

『部門長!? く、空間の歪みを検知しました!? け、研究所全体が僅かですが歪んでいます。空間の歪曲を防ぐ防護建材すらも―――』

 

『い、一体、あの黒い刃は……神話級の力なのか?』

 

 研究者達には垂涎の研究素材だろう。

 

 恐らくはブラジマハター側の兵器だ。

 

「これもだな」

 

 紅色の剣を手から出して横に並べる。

 

『ッッ―――』

 

『教授!? 工作室内の光学観測機器がア、アグニウムを1000kg単位で検出しています!!?』

 

『狼狽えるな!? 全ては姫殿下の手の内だ!!』

 

『で、ですが、あ、あんなものがもしも発火したら!? 帝都どころか惑星上の―――』

 

『落ち着け。我々は奇跡を見ているのだ!! 奇跡相手に狼狽えては科学者にして研究者の名折れだぞ!! 我らは観測し!! その現象を解き明かす者だ!!』

 

 白衣の男達が真っ青な部下達を宥めているのを後ろにして蒼の欠片である大剣に紅の剣を重ねて手で触れる。

 

 土神の力を触手状にして剣二つを包み込んで数秒。

 

 蒼い刃の内部に紅い部位が嵌め込まれたような形状となった。

 

 それに続けて黒の刃を刃の根本へと重ねて同じように埋め込んでいく。

 

『つ、土神の練成能力か。まさか、これほどのものを重ねて融合させている?! こ、こんな事が生物であるはずの姫殿下に可能なのか?! 最新の機械でもあのような空間の歪みをそのままに大質量、アグニウムの融合を無理なく行う事など……』

 

 三つ目の刃を重ね終えると黒い中心が紅の部分を侵食するように埋め込まれたのが確認出来た。

 

「ふむ……最後にコイツか」

 

 先日使った銃を手から取り出して、中央部に当てて、土神の触手で包み込む。

 

『同じような黒い銃!? もしやアレも一緒に!? 銃剣とでも言うべき、なのか?』

 

『室長―――だ、大質量警報が作動しました!! 空間崩壊の可能性があるとメインサーバーから工作室の緊急破棄が提言され―――』

 

『機械は黙らせておけ!! 奇跡のバーゲンセールだぞ!? 機械がダメだと言うなら、死を覚悟して我らが見届ければいい!!』

 

 少し時間が掛かった。

 

 昔、ゲームで見た銃と剣を融合させた武器は格好良かったので、自分が作るのだから同じような見た目になるのかと考えたのだが、どうやら違ったらしい。

 

「トリガーは柄を持つ人差し指。剣は大剣の形で機関部はリボルバー形式? オートマチックだっただろ。どうしてこうなる? アレか? ロマンか?」

 

 蒼い刃、赤い剣身、黒い柄と中央の機関部。

 

 だが、リボルバー方式の弾倉に装填する弾丸らしきものは見当たらないし、そもそも装填する機構も無かった。

 

「エネルギーでもぶち込めばいいのか?」

 

 そう呟いた途端、リボルバー式の弾倉に蒼い燐光が凝ったような光の弾丸らしきものが装填された。

 

「ああ、そういう事ね。こっちの能力で場に干渉して干渉弾みたいなのが作れるのか」

 

『あ、あの輝きは!? 【蒼力アズラル】か!!? おお、あの剣はあの力を凝集して力に変え―――』

 

『部門長ぉおおお!!? 【蒼力アズラル】の凝集で場が揺らいでいます!? こ、こんな!? こんな数値、見た事ありません!? 場、場が再度破れたら、既存の定理が崩壊する可能性があります!!?』

 

 何かもう白衣の若者達が絶望的なんだか希望的なんだか分からない涙と汗を吹き溢して混乱している様子だった。

 

 エネルギー自体も全て片腕の中に引っ込めて消していく。

 

『け、剣が一瞬で片腕の内部に!? はッ!? せ、正常値!? 全ての観測機器が正常値を示しています!? お、おお、オレ達は助かったんだ!? う、うぅぅぅぅぅぅ』

 

 どうやら心臓の弱い人にはヤバイ状況に見えたらしい。

 

 何か一気に数歳くらい齢を取ったような脂汗と鼻水と涙を零した研究者達だったので、少し背中を摩ったりしながら、いつものグアグリスの万能薬を流し込んで回復させておく。

 

「あ、ありがとうございます。姫殿下。どうもお見苦しいところを……」

 

「いえ、わたくしが悪いのは間違いありませんし、皆さんには少々刺激が強かったようです。ですが、これで最低限の準備は出来ました。それでなのですが、わたくしの為に作ってくれていたという鎧を貰い受けてもよろしいでしょうか?」

 

「む、無論です!!」

 

「それと先程聞いたのですが、ゼド教授達があの鎧は現行ではまだ改良の余地があるという事らしく。船と車両を作り終えた後に改良したいと言っていました。その支援も出来れば、今後お任せしたいのですが……」

 

「そうですか。ゼド教授とお仲間の方々ならば、確かにあの力すらも先に進められるのかもしれません。話は分かりました。研究所の幾つかの部署には今後の協力をと」

 

「ありがとうございます。わたくしはこれよりこの五十年の記録を精査せねばなりませんのでしばらくは研究所には来られません。ただ、仲間達はこの場で多くの仕事を任せねばならず……どうかよろしくお願い致します」

 

「この身命に掛けて必ず」

 

 こうして白衣の研究者達全員と固く握手して、現場から家に帰る事になったのだった。

 

―――10分後。

 

 そして、まったく仲間達がお仕事に勤しんでいる間にも帰り道でまた面倒事に巻き込まれる事になったようなので溜息を吐く。

 

『う、うぉおおお、ベイルちゃぁああん!?』

 

『こ、こっち向いてベイルぅうぅぅぅ!!!』

 

『きゃぁあああ!!? 今、こっち見たわよ!? こっち見たぁ!?』

 

『愛しているよぉおおおおお!!!』

 

 何かピンク色のハッピらしいものを着ているアイドル・ヲタク=サンな連中と普通の女子中高生っぽい集団が研究所の周囲を歩く一人の少女らしい相手を囲んでいるらしい。

 

 しかも、集団が半端なく多い。

 

 少なくとも現場に200人近かった。

 

「姫殿下。申し訳ございません。騒がしいのは恐らく近隣に住んでいる若手女優のおっかけ達かと。直ちに排除を……」

 

「いえ、それには及びませんよ。平和な時代の平和な日常に水を差しているのはわたくしです」

 

 車両の運転手が何処かに連絡しようとした手を止めさせる。

 

「ドラクーンや陸軍情報部には穏便に何事も無い平穏を彼らに送って貰えるようにと言っておいて下さい。それと研究所の外は確か関係者の居住区域だったはず。彼女も研究者の親族なのでは?」

 

「は、はぁ、そのように聞いておりますが、さすがにあの騒音は……」

 

 行ってる傍から少女が何か研究所の幾つかある門を越えて、何故かこっちに歩いて来る。

 

『う、うぉおおお!? ベイルちゃんが此処に入っていったぞ!?』

 

『オレ達も乗り込めー^-^!!!』

 

 いや、乗り込めないだろと思ったのも束の間。

 

 次々に何処からか現れた研究所の守衛達が人垣を人の鎖でガッチリと食い止めた。

 

『な、何をするぅ!? 我々をベイルちゃん親衛隊と知っての狼藉かぁ!?』

 

『………』

 

『どきなさいよぉ!? ベイルちゃんが見えなくなっちゃうじゃない!! この筋肉!!』

 

『………』

 

『く、かくなるうえはダイナミック不法侵入ぅうううう!!!』

 

 いい加減、ニコニコしながら切れそうな守衛達であったが、若者の熱いパトス的なものは止められなかったようだ。

 

 仕方なく鎖を解いた。

 

 そうでなければ、そろそろ将棋倒しで人死にが出そうだったからである。

 

 チラリとこちらを見た運転手さんであるが、ニコニコして車外に出る。

 

 すると、こちらを見付けた少女がトコトコと歩いて来た。

 

 少女は物凄く端的に言えば、ポップカルチャー大好きそうな原色系のロリポップな衣装に身を包んでおり、日傘を持って飴を咥える様子は正しく何処かの絵から飛び出してきたかのようだ。

 

 容姿も整っており、短い髪を銀と赤で染めているのは今時の最先端だろう。

 

 ちなみに今も帝国では女性の髪は長いに越した事は無いという伝統があるし、今まで見て来た女性の髪はショートカットが殆どいなかった。

 

 それを考慮しても恐らくは帝国最先端のファッションである。

 

 足を出すスカートはキュロットタイプ。

 

 袖なしのシャツと愛らしい桃色のタイを結んだ首元。

 

 キツメの目元と小柄な様子は年相応なのか。

 

 あるいは更に幼く見えるかもしれない。

 

 まぁ、彼女達を筆頭に不法侵入した人々は現在、ドラクーンの銃口が向けられているが、基本的には頭の足りない若者みたいに見られているだろう。

 

「……アンタが聖女様?」

 

「どちら様でしょうか?」

 

「不破の紐」

 

「っ」

 

「こう言えば、必ず聞いて来れるって聞いたわ。アタシのお爺ちゃんの親友からの遺言があるの」

 

「成程。あの方の関係者でしたか」

 

「お爺ちゃんの親友って言われてる人からお爺ちゃんに。そして、お爺ちゃんからアタシに」

 

「どのような遺言でしょうか?」

 

「一言一句正確に伝えるようにって。いい?」

 

「どうぞ」

 

「【済まない。君の消えた後に我が人生最高の発見をした。老い先短いこの齢で新しい友人が出来た為、そちらに伝言を残す。我が屋の跡地から捜索してくれ。この怪物卿人生最大の贈り物をどうか受け取って欲しい。帝国の未来と人々を頼む】」

 

「―――」

 

 少しだけ沈黙してしまった。

 

「貴女の祖父は既に?」

 

「一年前に……」

 

「そうですか。その遺言……確かに受け取りました。それとありがとう……貴方の祖父とあの方にはわたくしのみならず、世界も借りが出来てしまいましたね」

 

「世界に借り?」

 

「こちらの話です。ああ、それと貴方個人に幾つか」

 

「……な、何よ。聖女様」

 

「わたくしを演じるなら、せめて他者への感謝と覚悟をお持ち為さい」

 

「ッ―――し、知ってるの!?」

 

「昨日、見ましたよ。口付けされていましたね」

 

 少女が今までの睨み付けるような視線をオロオロさせて赤くなる。

 

「わたくしは人を愛する事を分かってはいるつもりですが、実践は貴方と同じように苦手な方です。ですが、もしも誰かを愛するなら、その人の人生の全てを受け止めるつもりで愛します」

 

「全て?」

 

「ええ、もしかしたら、老いれば、自分を事を忘れてしまうかもしれない。下の世話をしてお金も無く惨めな気持ちで生活をするかもしれない。あるいは先に死なれるかもしれない。病の痛みと苦しみに泣く相手に何もしてやれないかもしれない」

 

「―――」

 

「誰もが良い終わりを迎えられるものではない。でも、それを受け止める覚悟があるならば、その人に愛していると伝えます。そして……」

 

 相手は昨日、自分を演じていた時には似ても似つかない。

 

 だからこそ、その才能は非凡なのだろう。

 

 この彼女もまた演技の一つなのだ。

 

「そんな誰かが満足に死ねる世界を作るのが政治家の役目です。それが演技だろうと他者への理解と感謝無き者にその資格は無い。政治家の覚悟とはそういう事だとわたくしは思って仕事をしています」

 

「………」

 

「お節介でしたね。わたくしには演技の事は何も分かりません。ただ、それがわたくしの哲学なのです」

 

 見れば、周辺では誰もが沈黙していた。

 

「今日は貴女にも無理をさせたようです。ですが、その心意気と勇気に賞賛を。では、御機嫌よう……我が名を追いし貴女の前途が明るい事を願っていますよ」

 

 カーテシーを決めて頭を下げた後、車両に乗る。

 

 そのまま運転手が何かを外に言うまでもなく人垣が割れて進路が開けた。

 

「発車致します」

 

 研究所を出る車両の中。

 

「……よろしかったので?」

 

 ポツリと運転手が呟く。

 

「ドラクーンの護衛に誰も指を掛けた者がいないのならば、そういう事ですよ」

 

「御身が如何様にしてそれを知っているものか。浅学菲才の身には分かり兼ねますが、どうやら我らの仕事など本当は無かったようです」

 

「ドラクーンを引退した方に車両を預けている手前、何を心配していいのか分かりませんよ」

 

「っ……はは、最初からお見抜きになられていたのですね。姫殿下」

 

「リサールト・ベネル。第232番……最初期の500番代までの事は自力で覚えましたから」

 

「―――我らドラクーン一同。そのように御身の心に刻まれていたならば、光栄であります」

 

 ハンチング帽を被った40代に見える男は50年前から変らず。

 

「直ちに帝都郊外の怪物卿の館へドラクーンを20人送って下さい。研究所からも人員の派遣を要請。あの方が遺した遺産は恐らく地下でしょう。頼みました」

 

「ハッ!! 予備待機中のドラクーン300番代より選抜致します」

 

「よしなに……」

 

 こうして、あの老人の遺産を受け取る事になった。

 

 時代が移ろえど、人の優しさというのは身に染みるものであるのは変わらないようだった。

 

―――研究所内玄関口。

 

「さてと。みんな~~今日はありがとう!! でも、ここにずっといると怖い国の人達に捕まっちゃうから解散!! 一目散に逃げてぇ!!」

 

 先程までの様子とも違って明るい調子で言われたファン達が呆然としていた己の頭を振ってハッとした様子で我に返り、すぐに少女へ挨拶してから脱兎の如く逃げ出した。

 

「……どうやら姫殿下に御迷惑をお掛けしたようだ」

 

「あ、御父さん。ヴェーナちゃんにフェグちゃんにマヲンちゃんも? ええと、その子誰?」

 

 ベイルと言われていた少女が見知った研究所のマスコット達の背後から来る長い黒髪の少女を見て首を傾げる。

 

「もしかしておじさん所長さんだったり……あ、案内の人だと思ってた……」

 

「ああ、元所長です。今やエーゼル様に地位はお返ししましたから」

 

 朱理が自白すると白髪の男がハハハと笑う。

 

「ショチョーいいやつー」

 

 フェグが間違いないと頷く。

 

「んだ!! お菓子持って来てくれるだよ!!」

 

「マヲ!!」

 

「か、懐柔されている!!」

 

 2人と一匹のべた褒めを見て朱理が所長は伊達じゃないのだろうと理解する。

 

「御父さん?」

 

「ああ、こちらはシュリー様だ。姫殿下の本当の家臣団の1人だよ」

 

「え?」

 

「シュ、シュリーです」

 

 ペコリと朱理が頭を下げる。

 

「あ、はい。アリベル。アリベル・マーチって言います」

 

「ああ、ベイル。シュリー様の他にも有名な方の家臣団の方達が帰って来たんだ。昨日は撮影でいなかっただろ? 皆さんがあちこちで仕事をしているから、ご迷惑を掛けないように」

 

「う、うん。でも、ほ、本当に帰って……」

 

 何か信じられないというような顔でフルフルと体を震わせるベイルである。

 

「?」

 

 その様子に何故に衝撃を受けているのだろうかと朱理が首を傾げる。

 

 そもそも研究所の身内ならば、そこまでフルフルしなくてもいいのでは?と思ったのだ。

 

「ああ、実は娘は昔から姫殿下の物語が大好きでして。演技は上手いのですが、その分色々と自分を隠すのが巧過ぎて……こう、感情の箍や自分を抑えきれなくなるとあんな感じに」

 

 その言葉も聞こえていない様子でアリベルと父親から呼ばれた少女が体全体で飛び上がった。

 

「本物だよ!! 本物!! 本物に!!? わたし、会えたよぉぉぉぉぉ~~~~~っっっ」

 

 ボロ泣きで泣き笑いだった。

 

「おお、よしよしヾ(・ω・`)」

 

 父の胸元に顔を埋めながら、泣き笑いの少女が目を輝かせていた。

 

「うぅぅぅぅぅっ!!? ヴェーナちゃんやフェグちゃんの言う通り、凄い子だった!!? とっても!! とっても!! 本当に物語の中の人みたいに綺麗で優しくて厳しくて温かくて……うぅぅぅぅぅ」

 

 その様子を見ていた朱理がプクリと膨れる。

 

 何かこう自分だけの宝物を誰かに発見されて、しかも良いものだーと言われるのだが、自分だけのものにしておきたかった。

 

 という、感じなのだ。

 

「シュリーぷんぷんするー?」

 

「ち、違うもん。べ、別にぃ……」

 

 面倒見ろと言われたフェグから逆に聞かれて朱理が視線を横に逸らす。

 

 世の中には知られたくない事が一杯あるのだという事を彼女は人の心が見えてしまうからこそ知っていたのだ。

 

 *

 

―――公共電子掲示板【蒼き翡翠亭】

 

 帝都発の電子機器によるネットワークはこの20年でほぼ大陸を埋め尽くした。

 

 最初は企業が用いているばかりだったが、後から個人用の通信端末が大陸統一政体の商業企画において販売され、各国に派遣された帝国電算企業によって普及させ、最後の追い込みをしている最中だ。

 

 値段は子供でも小遣いを貯めれば半年程度で買えてしまうくらいに安いが、同時に公共の電波を独占する事に成功した帝国規格に同意する必要がある。

 

 大雑把に言えば、こうだ。

 

 帝国及び帝国の諜報活動に使われるよ。

 

 個人の情報は各国の司法と警察権力の要請があった場合に開示されるよ。

 

 帝国の倫理、道徳的に反した情報が流れた場合は司法や警察に通報されるよ。

 

 それ以外では情報は全て中身の覗けない情報の保管庫に入れられてるよ。

 

 用法容量を護って正しく使ってね。

 

(PS.後、この電波技術は帝国が開発したものだから、使用料は国家負担で当該地域や国家で同技術を用いた商品を生産する場合でもこの規約は外せないよ。その上、国家が不正利用、不正生産したら死ぬほど違約金が発生するよ。その代わり、利用料は世界物流インフラと同じようにほぼ0だよ。良かったね?)

 

 このような事実によって電波を発する全ての通信設備、電波の使用権限、それに掛かる全てのルールは帝国式になった。

 

 この特大のルールを30年以上前に各国に呑み込ませていた悪魔のような男が現帝国議会の議長であり、各国は諜報に電波を使用出来ず。

 

 また、電子機器の不正利用が馬鹿高く付く為、便利なものであるとは知りつつも、基本的には文化的利用方法や商業利用が主であり、ネットワーク化され始めた国家の通信設備を電波を使わぬ回線に頼る事となっていた。

 

 実際にはそれすら帝国製の機器が無ければ成り立たないが、運用に文句を言われないという事で電線と同時並行で情報伝達用の電話回線を引く国は大量だ。

 

 軍事に利用出来れば、随分と嬉しい事になるだろうが、生憎と今の帝国や統一政体そのものに喧嘩を売ってまで不正利用したい者は居らず。

 

 結果として商業レベルの情報端末は爆発的には普及しなかったが、不正利用する気もない一般人には随分と安く使われている。

 

 子供にお菓子を一箱買ってやる程度の値段が月額な上、支払い方法や各種の制度を使えば、さらに安くほぼ無料に近い値段で使う事すら可能なのも大陸の民間人から受け入れられている理由だろう。

 

 これに対抗し、独自規格路線で有線ネットワークを作ろうとした者達もいたが、殆どが頓挫したのも帝国の利用料の安さに負けての事である。

 

 自由度が基本的に狭い代わりに大陸の何処でも誰とでも安く定額でやり取り出来る上、犯罪に使われさえしなければ、どんな情報をやり取りしてもよい。

 

 市場原理を知り尽くした上で赤字を被りながらも、世界の情報を掌握した帝国に喧嘩を売ろうという商売人は帝国の全てを先回りしたかのような各国との条約諸々で身動きが出来ずに全てを諦めるしか無かったのである。

 

 これで高額ならば、文句も出るだろう。

 

 だが、帝国のプロパガンダは常に帝国は料金を引き下げる努力をしていると謳っているし、実際に激安の利用料金がこの20年で5%以上の価格で上下する事は無かった。

 

 以降、電子空間は帝国の寡占体制となり、人々は地域毎にある無数の公共掲示板を使い続けているし、SNSの類のサーヴィスは色々あるが、全て帝国の規約を護ったものばかりだ。

 

 倫理と道徳に気を使いながらのネット環境は歯止めが掛かった意見交換の場と化して久しい。

 

―――今日、聖女に会いました。

 

―――はい。次の患者さぁ~ん。

 

―――ちょっと聞いてくれよ!! あの、聖女に、会ったんだよ!!

 

―――お薬増やしておきますね~(・ω・)。

 

―――ベイルちゃんが勇気を下さいって書き込んでたから苦労して行ったら、本当に聖女様が例の帝国技研にいたんだって!!

 

―――証拠は?

 

―――い、いや、写真取るの忘れたし……。

 

―――普通、写真取るでしょうよ?

 

―――そんな雰囲気じゃなかったの!!

 

―――あ~~~でも、他の掲示板も同じような事書いてるやつがいるなぁ……。

 

―――そ、それにこれでも帝国民だからな!! 聖女殿下に下種なレンズを向ける事なんて出来なかったんだ!!?

 

―――妄想逞しい連中ってみんなそう言うよね。姫殿下に夜は慰めて貰ってる癖に騎士様気取りかよm9(^Д^)。

 

―――く、クソゥ!? ああ、姫殿下!! 下種な私をお許しください(´;ω;`)。

 

―――ふぅ、悪は滅びた( ´ー`)。

 

 帝国内の掲示板のあちこちでは聖女と会った。

 

 聖女を見た。

 

 例の帝国技研の本部には聖女がいる。

 

 という書き込みが溢れた。

 

 しかし、その度に嘘認定されていく様子は半ば流れ作業に見えたかもしれない。

 

 それもそのはず。

 

 掲示板に紛れている住民には帝国陸軍の情報監査官が何名か常駐している。

 

 ついでにその掲示板の管理者は彼らであった。

 

―――もう80のジジイだが、姫殿下が本当に坐ならば、邪魔をしてはいけないよ。

 

―――は? 釣りにしては面倒なのが出たな。また、聖女様の行いを邪魔してはいけない論者かよ。どうせ、10代なんだろ?

 

―――あの方の姿は、あの奇跡は今も忘れない。私の母や弟を治して下さったからね。

 

―――いや、もう、あのね? お爺ちゃん。聖女の奇跡って言うのは帝国製の万能薬の試作品を使ってバルバロスでそれっぽく投与してただけなんだよ。奇跡じゃないの。ねぇ? 解る?

 

―――そうそう。そもそもグアグリスを手懐けてたとか今時眉唾過ぎて誰も信じてないよ。公式のグアグリスの生態とかヤバ過ぎ!! 夏場に近付いたら即死って何だよ!!? しかも、バルバロスの一部を埋め込む連中は軍ですらグアグリスは無理って見解になってるし。

 

―――未だに帝国でだって、グアグリスを埋め込んだ超人はいないらしいし。つーか、超人枠ならドラクーンとリバイツネードの連中だけでお腹一杯だよ。

 

―――あの方は優しくてね。処方箋や生活の仕方を教えて下さったんだ。そうすれば、病にならないはずだと微笑んでね。

 

―――いや、だから、ね? お爺ちゃん!! 姫殿下があの当時にどれだけ優れた教育を受けてたにしても、帝国ですら知られて無かった病の処方が出来るわけないんだよ!?

 

―――そもそもグアグリスに似たエルデストリデとかいうクラゲのバルバロスが幻覚作用のある触手を使うって話だし、帝国政府が発表してないだけで今じゃ旧帝国陸軍のプロパガンダで聖女殿下の力を盛っていたってのが識者が言わない本当の見解なわけだよ。

 

―――北部での聖女の奇跡とか。大診療とか。あれも万能薬と幻覚剤をエルデストリデを使って併用した結果じゃないかって言われてるし。

 

―――そもそもだよ。当時、50年前でも数十隻の大艦隊に巨大な海洋系バルバロスをたった一人で打ち倒したり、計数千万人規模の診療したとか言われてもなぁ。

 

―――艦隊は座礁させて、同時にバルバロスを殲滅して、ついでに南部帝国の海軍に使われてたバイツネードを全員無傷で説き伏せたとか。眉唾どころじゃないでしょ!! 気をしっかり持ってお爺ちゃん!!

 

 ―――いや、リバイツネードはいるけどさ。あれも局長以下嘗てのバイツネードの連中は帝国陸軍が捕獲したって聞いたけど。

 

―――姫殿下は確かにいただろうけど、眉唾も多いよ。やっぱりさ。

 

―――大陸各地で帝国がやってた紙芝居が今も残ってるし、旧帝国陸軍がプロパガンダで聖女を仕立て上げたって方がそれっぽいよなぁ。

 

―――私は60代のものだが東部出身なんだ。今は特別自治区になってる大森林の出さ。あの方が我らの指導者を炎の上から遠ざけんとした様子も見ていた。

 

―――だぁーかぁーらぁー!! ドラクーンの公式での出撃がバルバロスによる大襲撃時点なんだって!!

 

―――しかも、帝国技研からの正式見解も出来たばかりの鎧と装備をようやく配備し終わった瞬間に襲撃が起きたから、奇跡的な配備だって言われてたような?

 

―――姫殿下が幾ら万能完璧超人でもさぁ。さすがに盛り過ぎだよなぁ。

 

―――当時、東部で帝国憎しで戦ってたゲリラの首魁……現東部特別自治区の議長と一騎打ち出来るわけがないの!! いーい? お爺ちゃん。

 

―――そもそもだよ。幻の数百万の亡霊と戦ったって何だよ!? 現実はなぁ。いつも出てくる聖女様万能紙芝居じゃないんだぞ!? 

 

―――もしも、数百万の兵が東部で展開してたなら、帝国陸軍が見逃すはずがないし、実際に軍の機密指定解除された資料には東部での戦争の最終段階において東部の三氏族が降伏して来た為、その場で調印式を行ったってあるし。

 

―――巨大な竜と合体した指導者と空飛ぶ鎧を身に着けた指導者が数百万の兵が戦う戦場で万雷の最中で決戦して、天を焦がす炎の壁の上で決着を付けた後、身を挺して負けた方を勝った方が助けましたとか本気か? 

 

―――う~ん……リアリティが一切ありませんね。

 

―――まったく、紙芝居万能主義連中は……西部で数十万の敵兵の中に飛び込んで和解を成立させたとかさぁ……。

 

―――現地も酷い事になってんだよ。歴史修正主義も此処に極まれり状態だよ。全14万の軍勢が聖女殿下が用意した100名に満たない黒き兵、要はドラクーンと戦ったとか。

 

―――あったあった♪ しかも、ドラクーンの正式配備前から大量の重火器を運用して進軍を沼地の中で食い止めたとか。

 

―――しかも、リセル・フロスティーナで脱出したとかならまだしもさぁ。いきなり、ブラジマハターが出て来て、歴史の講釈垂れ流した後に消えて、あの宗教基地外時代の西部軍がスゴスゴ大人しく帰っていくとかあり得ないでしょ?

 

―――何処の誰が立てたのかも分からん巨大剣のオブジェもあるしな♪ 錆びてるけど。

 

―――帝国陸軍も大襲撃が起きたり、反帝国連合が来るまで本当に当時は暇だったんだなって思いました〇。

 

―――帝国民だろお前ら、少しは信じてやれよ(笑) つーか、旧帝国陸軍のプロパガンダはともかくさぁ。お前らんとこの聖女の設定盛りに盛ってた文豪もマジでアレだからな?

 

―――聖女に当時冴えない軍人の家のボンボンのおっさんがいきなり帝国の偉人となってくれとかさぁ。自伝にしても妄想が酷い話。何処に聖女と接点あるんだよ。あの大文豪(笑)

 

―――『いや、アレはマジだわ』×20人程の住人達(*´Д`)。

 

―――はぁ、そんなん帝国民信じてんの?

 

―――あのおっさんの自伝の中身知っててそう言うのか? 『姫殿下が行方不明になられた。自分が死ぬまでに帰って来ない事を想定してコレを書き残すものとする』から始まってんだぞ?

 

―――明らかに病気ですね。オレ詳しいんだ。にーちゃんが心理調査省のエリートだから。

 

―――クッソどーでもいい日常回は愚痴とか友達の噂とか当時の帝国の食糧事情とか色々真面目に書いてるのに何か『姫殿下』の言葉が出るといきなり飛ばすんだよなぁ。

 

―――『この世界には無かった概念だ。やはり、全ては姫殿下の御計画の……いや、止そう。それは今語られるべきではない』とか連呼するからな(笑)

 

―――『この世界の真実に気付いてしまった者達よ。これを読む事になったなら、あの方に伝えてくれ。貴女の望んだ未来は確かに来ている。それが世界を救うと言うのなら、私は貴女の信じる未来の糧として全てを捧げますと』とかさぁ(笑笑笑)

 

―――どうなってんの? 帝国人の頭の中って? 聖女様万歳病なの?

 

―――『長年の研究の結果。やはり、姫殿下は別世界からの……いや、我らにとって姫殿下は姫殿下なのだ。その御恩に変わるところなど無い』とかもあるぞ♪

 

―――もはや、姫殿下が別世界からの来訪者になってんじゃねぇか(笑)

 

―――そういや、あの文豪の代表作って小説だと別世界から来た男と帝国の良家の子女達との涙あり感動あり戦闘ありのハーレム・ファンタジー路線だったわ(笑)

 

―――そのハーレムとかファンタジーって単語は姫殿下が創ったんだけどな。他にも新語や造語が数万語単位だ。

 

―――姫殿下って研究者連中に言わせると現代帝国語、現代大陸言語の礎を築いた言語学者に近いよ。

 

―――つーか、新語や造語が大陸規模で取り入れられてるから、現代大陸語の3割くらいは姫殿下が創った概念や単語が無いと何も表せないという。

 

―――ちなみに彼の文豪の一番有名な台詞がコレ→(後は本持ってるヤツ頼む)

 

―――『麗しく尊き方よ。我が名は残らねど、我が力、我が心、帝国の未来の糧と為して残します。異なる世界の来訪者、神世の力と戦いし、異種の王にして蒼き瞳の貴女……この花開く時代の先で偉大なる勝利を願っています』

 

―――(´;ω;`)感動した!!

―――(´;ω;`)感動した!!

―――(´;ω;`)感動した!!

―――(´;ω;`)感動した!!

―――(´;ω;`)感動した!!

―――(´;ω;`)感動した!!

 

―――滅茶苦茶湧くな(笑笑笑)

 

―――注:この文豪は現代に生きる全ての帝国男子にとって聖人です。

 

―――何故なら裏の代表作は18禁の性描写マシマシで聖女殿下に似た大貴族の少女が出て来て超過激に運動するからね(笑)

 

―――後、40代から10代の連中は大体この本の再販や文庫版を持ってるね。ちなみにカピカピなのはご愛敬(笑)

 

―――へ、ヘンタイだぁああああああああ(/ω\)。

 

―――帝国人はやっぱりヘンタイ。ハッキリわかんだね。

 

―――さすが世界一進んだ変態国家……どうやったら、あんな道具思い付くんだよ。

 

―――ちなみに一説にはその変態道具の大半は聖女殿下が作らせた云々。

 

―――聖女もヘンタイだったか。帝国ヨイ国一度はおいで。ヘンタイの楽園にようこそ(笑)

 

 こうして話題を逸らされた掲示板は真実に辿りつく事もなく。

 

 またくだらない話を垂れ流すのに忙しくなっていく。

 

 人々は知らない。

 

 未だ、帝国も大陸も全ての国家の重鎮達が覚えている事を。

 

 あの時、若者だった者達。

 

 その誰もが紙芝居や多くの吟遊詩人達の話に真実を見た事を。

 

 世界が確かに動き出したのはその物語故であったのだと。

 

 動乱の五十年の最中に迷い込んだ者の多くが今も心の何処かで信じている事を。

 

 聖女は帰って来る。

 

 帰って来た少女が現実になる時、また大陸の時は動き出すのだと。

 

「さてと。我らの姫殿下に会いに行くとするか」

 

「どうして、こんな時代にまで老骨が残っているんですかねぇ……」

 

「はは、帝国の若者達の認識を確かめて、良い話に感動する為さ」

 

「あの本の作者。別に軍関係者じゃないのにやたら詳しく書くから検閲しようかって話が出てたくらいですから。まぁ……姫殿下の人を見抜く才は本物だったと言う事でしょう。事実、彼の本のおかげで色々と大陸統一における娯楽文芸分野は一足飛びに飛躍したわけですし」

 

「生前に一度は会っておくべきだったかな」

 

「今更でしょうねぇ」

 

 掲示板に書き込んでいた2人の壮年が帝都の電子機器を置くカフェの一角で大型の情報端末の電源を落として、カフェ・アルローゼンを呑み干した脚でアルローゼン邸へと足を向けた。

 

「毎度あり~~」

 

 カロンとベルが鳴る。

 

 扉が閉まり、2人の男の後ろ姿が窓に映った。

 

 今時珍しい古びれたビンテージものの外套と今やコスプレでしか見ない旧帝国陸軍の軍装を纏った男達は正しくコスプレおじさんとして怪しさ満点に途中ですぐ軍警から職質される。

 

 そんな慌てた2人の様子を背後から見る者が店の中に数名。

 

「アレが大襲撃を防ぎ切った守りの天才と竜騎兵の親玉か」

 

「不動将と醜悪将。どちらも当時の聖女の直轄戦力とされた者達だ」

 

「ドラクーンの大将に生みの親か……」

 

 呟きは静かにカフェの中に消えていくのだった。


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