ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
ヴァーリにおける戦いの趨勢があっさりと決着した翌日の深夜。
遠方から来たIFF染みた信号発振器を付ける小型艇。
帝国最新鋭の二代目リセル・フロスティーナの実証試験機の一つはヴァーリの山岳部にある秘密滑走路へと降り立っていた。
ハッチが開いて、そのまま階段になり、少女2人と青年一人が降りて来る。
「ただいまやで~~」
「お帰り。おねーちゃん」
出迎えたのは姉を待ち侘びていた妹のセーカだった。
周囲は指向性の赤外線ライトで滑走路を露わにしており、すぐに電源が切られた様子になる。
「ウィシャス。高高度の監視網は潜れたか?」
「恐らくは……事前に調べていた時には見付かりそうになったけど、雲の下を全て見通せるようなのはいなかったから」
「これで追い付いて来ないなら、大丈夫だ。ようやくガラジオンに情報を抜かれずに移動出来るな」
降りてきた青年が先日のガラジオンの陣地上空へと秘密裡に潜入し、高高度に散らばる敵の隠密観測部隊を捕捉し、配置などを確認した仕事が無駄にならずに良かったあと安堵する。
「他の連中は寝てるのか?」
「交代で見張りをしてるよ。ヨンロー」
「ああ、反帝国連合の連中は結局、こっちにもちょっかいは出す方向にしたのか」
「ちっとも心配してなさそうだね」
ジト目になるセーカである。
「あの教授がいて無策なわけもないし、この世界で唯一ドローンを運用してる国が要塞まで作って中世クラスの戦力に負けるわけないだろ」
「まぁ、そうだけど……」
「まぁまぁ、とにかく疲れてるやろ。今日は休んで明日の朝から動こうやないか」
「いつの間にか。お前があいつらを仕切ってたよな。そう言えば……」
「人徳があるからな♪」
「そういう事にしておこう。ウィシャス」
「夜衛はこちらでしておくよ」
「頼む」
「そっちの倉庫へ入れずにええんか?」
「いつでも出せるようにしておかないとならないからな」
「ま、頑張りや~」
ウィシャスが現場に残り、こちらが歩き出すと機内に戻ってゆっくりと機体を滑走路上で移動させ始めた。
秘密滑走路の端にある倉庫は地下に続いており、航空機が数機格納されている。
基本的には輸送機ばかりだ。
その横を通り過ぎて簡易のエレベーターに乗って下降。
その後に出た通路脇に止めてある小型の天井の無いタイプの車両で数分移動。
ニィトの機密区画らしい工場の音が響く場所を通過して大学構内に新しく出来た通路に到着。
内部は消灯されておらず。
戦時中という事もあり、ニィトの夜勤だろう数少ない大人達の一部が起きており、最敬礼でこちらを出迎えてくれた。
「あふ。やぁ」
欠伸を噛み殺してやって来るのはいつもの白衣スタイルな無精髭のマガツ教授である。
「教授。まだ、起きてたんですか?」
「いいや、今起きたところだ。やる事が無かったから、趣味に没頭してたら、いつの間にか寝ててね。取り敢えず、夜食でも取ろうかと」
「いつも通りですね……」
「ま、そんなものだよ。戦時中だからと緊張しっ放しも体には悪いだろう?」
「緊張してるのかどうかは置いておきます」
「ああ、そうそう。君が来るって聞いてたから、色々とまた試作してたんだよ。おお、どうやらちゃんと作れたようで何よりだ」
自分の額をコンコン人差し指で叩いた教授の言葉に肩を竦める。
「使い処が無くて困ります。後、外せない呪いの装備になりました」
「ちなみに空中で使わない限りは前方の地面が掘り返されて進むのにも苦労するぞ?」
「……そこまで考えてませんでした。いよいよ、緊急避難以外に使えなくなりましたね。防御したまま行方を眩ませようと思ったら、跳躍して着地するまでくらいしか使えない気が……」
「いや、使い方まで考えないからな。はは」
「取り敢えず、そっちは寝ててくれ。こっちはこの教授とオハナシしてくる」
「頑張ってや~」
「睡眠不足だと明日に響くし、寝よ。おねーちゃん。あふ」
「じゃ、またやで~~」
こうして2人と別れ。
いつものゼミまでやって来ると座った教授がまだどうやらあるらしいインスタントコーヒーをポットで入れてくれた。
「良くまだ備蓄がありますね」
「六年以上前のだが、まだしばらくは大丈夫だ。何せあの2人と私くらいしか飲まないからな」
「そうですか。それで何を試作したんです?」
「ウチのスパコンはいつもドローンの操作や各種の工場の稼働点検に使ってるんだが、気象予測やその他の分野にも一応使えるんだ。AIにLSIの工作工程に必要な資源と工場を算出させて、必要な基礎をドローンで造らせてたりする」
「集積回路がもう出来そうなんですか?」
「今の設備じゃ無理だ。特にウェハー1枚作るだけならまだしも……それを工作する為の精密加工用の機材は基本的には知財として登録されていない企業独自の機密が必要でね」
「成程。此処のデータバンクには企業の機密まで入ってないと」
「一応……ナノ単位のオーダーで回路をプリントする知識はあるんだが、それを実現するエンジニアリングには程遠いわけだよ」
「設計図はあっても作れるかは別だと?」
「そういう事だ。特に半導体関連は色々と入り用なものが多い。精密加工が出来る機械類は此処にもあるが用途が違う」
「じゃあ、しばらくは半導体はお預けですか」
「いいや、そうでもない」
「?」
ポンと放られた宝石のようなものを片手で受け取る。
それはアメジストのような色合いをしていた。
「これは?」
「三次元構造の半導体というのは聞いた事はあるかね?」
「まさか? でも、今は出来ないって話をしてたじゃないですか?」
「此処の今の機材じゃ回路を集積する程の精密加工は不可能だ。だが、此処の機材で出来る回路のプリンティング機材で限界までやってみた」
「宝石……また似てる」
「似てる?」
赤の隠者が朱理にちょっかいを出した事を報告する。
「成程。超重元素を取り込んだ遺伝子を結晶化したものを原子力電池的なものにして集積回路化するのか。面白い事を考えるが、頷けるところもある」
「そうなんですか?」
「遺伝子はそもそも情報の保管庫としては最適だと考えらえていたからな。あちらの最新の研究でも遺伝子のデータバンク化、遺伝子そのもののメモリ化、みたいな事はしていた。人間の機能を遺伝子で強化、余剰した部分を切り貼りする感じで情報集合体として最適化。将来は自分の遺伝子の余白を使って自己強化したり、メモリ部分を使って人間コンピューター的な能力を得たり、メモリ部分の領域を売買出来る人類……みたいなのを造ろうしていた研究者もいた」
「え、何ソレ……ドン引きなんですが……」
「勿論、人間が倫理的にアウトなら動物で試して色々やろうとしていたらしい」
「益々怪しい。バルバロスってそういう計画の一部じゃないでしょうね?」
「生憎と僕らの発案じゃなくて普通の最先端の研究してる連中の論文にあっただけだ。まぁ、遺伝子そのものを更に改良して人間をより良く品種改良する程度はもう終わってたからな」
「終わってたんかーい!! って突っ込み入ります?」
「はは、君なら解ってるだろう?」
「つまり、教授の仲間達……天雨機関の面々ですか?」
「ああ、彼女が途中で事故死したりしないようにって、こういう遺伝的なリスクヘッジしますかって聞いて来たから、全員がそれに乗ったのさ」
「よくやりましたね……ゲームでなら化け物になってるところですよ」
「生憎と彼女の叡智と技術はそんなのを軽く超越していたし、信頼に足りる相手だったという事だ」
「それでそんな不摂生でも病気一つしてないわけですか」
「まぁ、惜しむらくは彼女の提案が我々の師が死んだ後だった事か。だが、提案自体、それがあったからなのだろうな。彼女には色々と世話になった。まだ開放するのは難しそうかい?」
「恐らくですが、今の話が本当なら生きてる可能性はあります。ただ、棺が尋常のものじゃなかったので開放するまで時間が掛かるかもしれません」
「そうか。期待しておこう。それで何だが、そいつは超重元素のクリスタルに光圧で回路を刻んだ代物だ」
「こうあつ。光ですか?」
「そうだ。元々はプリンティング技術の一つでね。特殊な光で反応を引き起こして原子レベルでばらける分子を入れ込んであるんだ。完全な絶対零度の暗室で精密加工する嵌めになったよ」
「機材無かったんじゃないんですか?」
「現代式の最新機材は勿論無かった。ついでに現行で運用されていたGPUやCPUの現物はあるとはいえ、それを再現する事も出来ない。だが、ウチは大学なわけだ」
「最先端の技術開発自体は行われていた、と」
「そういう事だ。まぁ……生憎と彫り込める設計図が一つしかなかったが」
「一つ? どんなのですか?」
「ウチの天才が一個だけ作ったマシンアーム君に使われてるヤツ。最初のドローンを作ってくれたのもマシンアーム君だ」
「マシンアーム君。もしかして?」
「君も見ただろう。あの大きなヤツ。大学を復旧させたのも殆どアレのおかげと言っていい」
「あの人の……」
「彼女は天才でね。歴史とエンジニアリング専攻だ。機械工学、電子工学に列なるあらゆる関連学問全般は彼女の領域とされていた」
「あの人、この時代にいますけど、まだ出会ってませんね。そう言えば……」
「彼女の事だ。きっと色々とやってくれているんだろう」
「それでこの宝石、何が出来るんです?」
「基本的には古のフラッシュメモリみたいなものだ。320ヨタバイトくらいなら情報は入れ放題だ。ただ、そもそものOSが問題でな」
「OS?」
「プログラムがさっぱりでね。インストール用の機材はあるんだが、中身が無い。というか、OSをインストールするのは今時全部クラウドだったからな。中身をパッケージングした円盤も大学構内に一つも無くてお手上げだ」
「ああ、一応はやってみたけど、素人には無理だったと」
「ちなみに機材としてはこんなの何だが……」
宝石を嵌め込むシガレットケースみたいな超重元素製の鉄の武骨な長方形の代物が出された。
再び受け取った宝石を入れ込んだ教授がフタをスライド式で閉める。
そして、それをひっくり返すと大き目のスマホ用の画面が暗い画面を映し出していた。
「ざっくりとした仕様としては中身を覗ける画面に繋いだだけのものだ。デバイスは手袋を用意した」
「手袋ってアレですよね? 手話とか指間接の動きで対応する文字とか入力する」
「フィンガーデバイスの一種だよ。元々は宇宙で高速で入力する為の視覚操作デバイスと一緒に造られたヤツ。今は災害救助用の隊員が現場でドローンに詳しい指示を音声や視覚無しでも出せるように使用されてたはずだな」
「OSを一から作るのは疲れそうですね」
「はは、コンピューターを初めて運用した人々の気持ちが味わえるだろうな。何万行書けばいいのかと気が遠くなる。一応、例のOS構築用の基礎的なプログラムまでは入れたんだがな。OSの違法コピーをしようにも機材や専門のプログラムがウチには無いのが悔やまれる」
「解りました。こっちでやっておきます」
「一人で出来るかね? 一応は君の専門分野みたなものだが」
「言語学は得意分野なので。OSの開発もプログラミング言語の開発段階から一応は検討に関わってましたし」
流線形の黄金色の金属片が複数付いた手袋を渡される。
「楢薪のところだったな。まぁ、後は君次第だ。構内のプログラムの殆どはウチのアーカイヴにある。何か必要になったら、アクセスしてくれ」
「解りました。じゃあ、しばらくサーバールームを借ります。戦況に何か変化があったら教えてください」
「了解だ」
こうしてスマホにしては大きな機材を腕にバンドで括り付けてOSの開発というよりはプログラミングを始める事にしたのだった。
サーバーに残っていたデータから参加していたプロジェクトに関する情報を全て引き出して眺めつつ、両手を虚空で小刻みに高速で動かす自分は正しく変人に違いなかった。
*
―――反帝国連合軍幕屋。
『将軍閣下。このままでは我が軍が瓦解します……』
『解っている……毒霧を散布する死なない奇怪な鋼のバルバロス。あのようなものを何百と投入されては我が軍は終わりだろう』
『では、何故このような場所に留まっているのですか!? 4万も失ってしまった以上、ヴァーリはこのまま素通りするべきではないのですか!?』
反帝国連合の幕屋の一つ。
二つの影が明け方前の世界に溶けるように会話していた。
『……今、先史文明時代から残されていた秘宝を隣の幕屋で開放している』
『な―――まさか、持って来たのですか!? あれを!?』
『今回の遠征において王が持たせた本当の切り札だ。そもそも単なる中堅国たる我が国がこんなものを持っていると知られる方がマズイ。ついでに言えば、これがあったから、我が国は今回の遠征に参加した』
『……御せるのですか?』
『いいや、単純に向かう方向を定められるだけだ。嘗て、一度使った時の話は残っているが、ガラジオンと複数か国の大規模な戦争中に他国を陥れると同時にガラジオンを疲弊させる為に使われたという話だ』
『結果はどうだったのです?』
『……ガラジオンの持つ古代竜を20体程道連れにしたらしい。連続使用出来なかったせいで致命打までは与えられず。我が国の関与も表沙汰にならなかった。使い処は此処だ。これでヴァーリがこちらの幾つかの条件を呑むなら良し。呑まぬならば滅びて貰おう』
ひっそりと会話していた男達が不意に光が隣の方から零れている事に気付く。
それは幕屋の皮を空かして見える程の光。
すぐに2人の男がもう夜明け前という薄暗がりに怪しい程に薄緑色の輝く波のようなものが隣から溢れている事を確認し、天幕内部に入っていく。
すると、数人の男達が倒れていた。
『死んではいないようだな……』
『これが秘儀において目覚めさせた秘宝……』
『【腐食の緑炎】と言う。嘗ての先史文明期。我らの土地にあった国が用いたとされる大陸でも無類の戦略兵器だ。まぁ、兵器というよりはバルバロスに近いがな』
『バルバロスに?』
『あまり近付き過ぎるなよ。使い方は基本的に誘導するだけでしかない。古代竜を倒したのも身動きの取れない戦場で使ったからに過ぎない。全ての物体を風化させる程の時間を触れたものから奪い去るとされる』
『時間を奪い去る?』
『まぁ、見ていろ』
影となった男の1人が懐から取り出したリンゴを天幕内部で未だに波動を発し続ける小さな燭台の上の火に投げ込んだ。
瞬間。
サラサラと音を立てるように燃えるでもなくリンゴが一瞬で萎んで砂のように崩れ去る。
『―――』
『さぁ、行くぞ。これで我が国の勝利だ』
燭台が取られ、男が燭台を振って炎を燭台から追い出した。
途端、その波動らしきものを発する炎がニィトのある山岳部へと向かっていく。
だが、男達は未だ夜明け前の世界に効果を確認する事は無かった。
反帝国連合。
その最後の牙城であった彼らの部隊が中心部から風化して……まるで絵の具でも塗ったかのように全ての生物資源で造られた道具の風化と生物の消滅で消えてしまっていたからだ。
その半径は100m前後。
時間差で砂と散ったあらゆる有機生命体のいない不毛の大地はゆっくりと大きく為りながら炎は揺らめき始めていた。
*
「ッ」
殆ど瞑想しているような調子で両手を動かし続けていたこちらの脳裏に何やら想像を絶する悍ましさでアラートが鳴った。
例の怪物の鳴き声が脳を揺さぶる。
何をそんなに動揺しているものか。
その光景がパッと移り込んだ時にはカウントダウンが始まっていて。
サーバールームからすぐに外へと出て、通路を一足飛びに外に出るルートを脳裏で検索して、人々が擦れ違う最中を擦り抜ける。
外に出た瞬間。
瞳に移る波動の尋常ならざる歪みに吐き気がした。
「何だ? あらゆる波動が捻じれてる? コレは……コイツは……お前の同類か?!」
「マヲー」
黒猫が頭の上に振って来た。
「お前、アレ知ってるか?」
「マーヲ、マヲヲーヲマヲヲ!!」
翻訳すると『知ってる。ヤバイから逃げた方がいい!!』的なニュアンスの声だった。
「あ~~マズイでごじゃる」
今度は幼女が頭の上に振って来るが、虚空でフワフワと浮かんでいた。
「何だアレ? まだ波動しか見えないが、普通じゃないだろ……」
「この世の中の方に理屈が無い存在でごじゃる。その腕と同じでごじゃ~」
「やっぱり、同類か。そんなの何処から……」
「この世界は特異点になる超重元素が豊富でごじゃる。歪みが蓄積すれば、何処から何が侵入して来ても不思議ではごじゃらん。あふ」
「で? こういう時こそお前らに頼ってみたいと思うわけだが、どうだ?」
「マヲーヲオー……」
「惑星破壊するより難儀しそうでごじゃるよ……」
「マジかよ……」
「アレが出てきた時の繋がりのある特異点を直接叩けば、恐らくこの世界との接続が保てなくなって消え失せるはず……でも、あ……使ってた連中が全滅してるでごじゃる」
「どうにか出来ないか?」
「使い方分からない兵器を説明書無しで使うからぁ……ぁ~~今から別の時間軸覗くのは時間が掛かり過ぎるでごじゃ~~」
「マヲーヲ……マ? マヲー?」
テシテシと猫が頭を叩いた。
正確にはバリアー発生装置付きサークレットのアレだ。
「お~~それは良い考え。だが、あれを摩滅させるくらいに減衰させるとなると……」
「こいつで防ぐって事か?」
幼女がフルフルと首を横にふって肩を竦める。
「あ、もう見えてきたでごじゃる。あの波動を放つヤツは空間に左右されるのでごじゃる。空間そのものに存在するには密度が必要でごじゃ~」
「密度? つまり、空間を歪めてアレを散らせばいいのか? いや、だが、コイツの効果は発現させてから拡大させたら……」
「ちょっと弄らせて貰うでごじゃる」
幼女がサークレットに触れた。
次の瞬間に今までの水晶のような輝きが琥珀色に染まっていく。
「これで真球状の状態のまま拡大させれば、特定の対象だけ歪ませられるでごじゃる」
「役に立つな。神様……」
「ごじゃ~~あ、でも、アレを拡散消滅させるには……ざっと大陸覆うくらい広く発動させないとダメでごじゃるよ?」
「ダメじゃねぇか」
『どうした? 何か問題か?』
その時、校内放送で見知った声が話し掛けて来る。
すぐ教授に現状を伝える。
『解った。今、動力部の運転を通常まで引き上げる。近くにあるのは……真上にある壁のカバーを外してくれ。その中に引き出す方式の電線がある。今、流す用意をする』
「解りました」
頷いてすぐに校舎の壁にあるカバーを外すと確かに電線が引き出せるようだ。
元々は大規模なお祭りを行う時に屋上や学内に電力を供給する為の仕掛けだったはずである。
『他にも近くだと7本ある。全て位置を教える。電力の供給タイミングはそちらで行ってくれ』
「解りました」
すぐに人々が何事かと集まって来ようとしたが、教授が厳戒態勢で屋内待機を命じた為、すぐに戻っていく。
猫と幼女に手伝って貰って自分の背後にあちこちから電線を引っ張ってきた。
「効果範囲になるまで後30秒でごじゃ~~ちなみに生物は耐えられない効果であるから早めをお勧めするでごじゃるよ」
「ああ、そうかい。送電スタート!!」
全ての送電線を自分の足元に集めて、直踏みしながら、土神の力で電力をドカ食いしながら、効果を発動させた。
途端だった。
巨大な半透明の球体がニィトを完全に覆う。
途端、バチバチとその外縁で火花というよりは歪みが四方八方にばら撒かれて、歪んだ空に薄緑色の波動が広がっていく。
「何だコレ?!! 本当に生物じゃない!? 波動!? だが、意志みたいなのがッ、教授!! 一気に流してくれ!! 消費量が半端ない!!」
『一応、今、原発9台分くらい流してる。電線自体はウチの特性で物性制御のおかげで焼け解けないとは思うがいいかい?』
「やってくれ!!」
『解った。今から原発124台分くらい流すが、死ぬなよ……』
電線の先から猛烈な電流が土神を通して流れ込んで来る。
それを内部で貯蔵しながら波動の大本を押し返す。
だが、その押し返した時の衝撃か。
空間が歪みながら次々に上空が罅割れ始めた。
「ぁ~~~マズイでごじゃる。何か活性化して……ふむふむ。あ、これ本体呼び出そうとしてるでごじゃるよ?」
「本体って何だ!?」
「ん~~~? 宇宙の外にあるヤバイ神様の実体みたいな感じでごじゃる。顕現した瞬間に宇宙規模での基本原則の崩壊が起きて、この星を中心にして生物が全滅? くらいの事は起きそうな感じでごじゃ~~」
「クッソ!? 何でいきなりそんな事になるんだ!?」
「その腕の主と敵対中っぽい?」
「マヲー?」
黒猫まで首を傾げて、こっちの腕を見やる。
「ああ、だからか!? いきなり、我鳴ってたのは……お前の敵が来たからか?!」
言ってる傍から、罅割れた空間の破片が落ちた集落の一部では奇妙な事に集落が建造途中になったり、人々が長閑な生活が一瞬見えたりと、何やら時空間がゴチャゴチャとおかしな変化をしているように見えた。
「このままだと後30秒で本体の一部が顕現するでごじゃる」
「ッッ、教授!! 全力運転で電力を!!!」
『了解した!! ブラックホール機関をフルドライブ。機関のオーバーロードまで残り42秒!! 行くぞ!!』
「ッ―――」
土神の能力で電力を吸収していた周囲が熱量で瞬時に溶けた。
だが、電力を逃さぬ為に髪を伸ばして絡め取り、直接吸収する。
先日引き込んでいた莫大な電力を越えるものが一気に流れ込んできた。
「悪いが、こんなところで死んでられないんでな。化け物は化け物の世界に帰れ!!!」
一気に空間歪曲の距離を広げる。
その速度が瞬時に音速を越えていく。
馬鹿デカイ世界規模での空間の剥落が東の空に延々を続きながらも薄緑色の波動を放つ炎のような実体が空間の歪みに引き摺られて拡散し、空一杯を覆い尽す程に薄く薄く引き伸ばされて大陸を覆う程の球体の全天に現れた。
バチバチとサークレットが揺れている。
あまりの大電力を一気に流したせいだ。
さすがにマッドが作ってもサークレット自体が融解寸前だった。
だが、構わずに最後の一押しで全ての電力を額に集中する。
「いいから家に帰れ!! 此処はお前らの遊び場じゃないんだよ!!!!」
吠えた瞬間に一瞬……ほんの一瞬だけ自分の生み出したバリアーが全てを包み込んだような気がして、その中に複数の同じような感触を感じた。
ような気がした。
それが自分の使っているバリアーと同じモノがある場所だと気付いた次の刹那。
世界の空の全てが剥落し、同時に剥落が時間を戻したかのように元に戻って、その連鎖が最初の剥落地点である本体が出てくると言われた場所にパズルのピースを嵌めるかのようにカタリと収束して収まる。
そして、ブワリッと隙間から漏れた緑炎が大陸を埋め尽くすように広がって、バリアーの外へと押し出されて霧散していった。
「………終わった、のか?」
最後に残されたのは溶け崩れたニィトの広場と焼き溶けた電線に髪を結び付けたこちらのみ。
服は途中で燃え散って、サークレットは使い終わった後に弾けて壊れた。
正しく全裸である。
「何とか、守れたか?」
疲れたので建物の中に降りる。
途中から電磁力を莫大に使い込んだせいで浮遊していたのだ。
ヨタヨタと中に入るとまだ熱を持っている体がシュウシュウと体の周囲の空気を熱しているのが解ったのですぐに近くにあったシャワー室に向かい。
あまり周囲の人々に近寄らないようにと言いながらシャワー室まで辿り着く。
足跡は完全に焼き焦げていた。
「う……」
「取り敢えず、おめでとーでごじゃ~」
「マヲー」
「お前ら、シャワー捻ってくれ」
「どぞ~~」
「マヲー」
ブシャーッッとシャワーが一気に溢れ出し、冷水が瞬時にお湯になったせいで猛烈な白い湯気に視界の全てが覆われていく。
それと同時に意識が途切れていく。
「あ~~でも、ちょっとコレは後で困るタイプの状況でごじゃ~~? あ、でも、関係者の殆どは影響範囲内だから、頑張った甲斐はあるかもしれないでごじゃる♪」
「マヲーマヲヲー? マヲヲーヲー?」
「ぁ~~確かにそれはあるでごじゃる。でも、因果律疑似観測してる連中にとって、コレは一番のイレギュラーのはず。先程までとは違う。完全に此処からの再計算はあちらも不可能となれば、此処からは正しく自力よりも特異点の使い方が問題になる気がするでごじゃ~~」
「マヲヲーヲヲヲマ!!!」
「ふぅむ? それいくらいの奇跡は許容範囲でごじゃるよ。ま、世界を救う相手には相応の代価が必要でごじゃる。これくらいはプレゼントでごじゃ~~♪」
何やら声が遠く感じた。
一つ解っているのは何とかなったという事のみ。
この先に何が起こるのか。
何だか嫌な感覚がしていた。
自分が思っているよりも窮地に立たされているような。
そんな予感だけが全身を包んでいたのだった。