ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第117話「終わりなく終わりゆく者達」

 

『ドミナン!! おお、我らの教主!! お帰りになられたのですね!!』

 

 嘗て、少女が帝国に密かな組織を作ったのは全て帝国を崩壊させる手足を得る為だった。

 

 しかし、その本懐を遂げる前に彼女の復讐は砕け散り、今はまた帝都に住まう事になっている。

 

 己の手で誘拐した姉妹を返して以降。

 

 彼女が行ったのは信者達の開放だった。

 

 秘密組織のように若い信者達の善意と善行で成り立っていた組織は現在多くの者達に人々の助けとなるようにと動いている。

 

 朱理。

 

 彼女にとってもう必要ない組織はしかし無くす事も出来ず。

 

 今は慈善団体として彼女の言葉を熱心に聞く者達が益々血気盛んに帝国の為に邁進していた。

 

「今日は皆さんにお話しがあって参りました」

 

 そんな少年少女達を前にして彼女が最後の集会を開くと言ったのは何故だったか。

 

 ケジメは必要だったのだ。

 

 彼女自身の中でも。

 

 だが、それよりも組織が変質する事で本当の宗教と化してしまう事を彼女は気にしていた。

 

 だからこそ、彼女の数年の集大成である技能は今日に限っては使われている。

 

 あの今はお姫様の姿な相手に胸を張って傍にいられるよう。

 

「そうですか。皆、集まるんだ!! 我らが聖女の御帰りだぞ!!」

 

 彼女の後催眠暗示などの現代式心理誘導プロセスは臨床心理学的な見地から人間の脳の構造と精神構造へのアクセス手段としては大陸では比類ないものだ。

 

 要は五感に働き掛ける事と信じさせる事で成り立つ技法なわけだが、完全に論理化されている為、知識と技術さえあれば、死を恐れぬ裏切り者や大量のテロリストを養成する事も出来る。

 

 その内実は大脳生理学や臨床心理学の知識を実践応用した本格的なものだ。

 

 例えば、視覚情報による心情の操作。

 

 色や人、物ごとに対する生理的な反応を限界まで突き詰めて知識化した臨床心理学は心の構造学とも呼べる程に人の精神の反応を見事に制御して見せる。

 

 状況判断の錯誤や脳の誤認、精神的な反応に関する諸知識は更に相手を見やる観察眼と誘導する為の心理的なハードルを下げる事象の積み重ねで深化する。

 

 驚くほど簡単に人間の精神を誘導出来る状態にしてしまう。

 

「今日、此処に呼んだのは皆さんに大事なお知らせがあったからなのです」

 

 人の脳の一部の状況を外部環境と生理反応の積み重ねで制御してしまうのはもはや大脳生理学的にも正しい知識であり、嘗てのマジックや似非霊能者を超越する。

 

 更にその臨床心理学で応用する行動学や犯罪心理学を共に用いた彼女が一番得意としたのは心を読む事であった。

 

 が、帝国でとある占い師が使っていた手法を取り入れてから、その効果は事前の膨大な準備、他者との信頼関係を結ぶ過程をすっ飛ばす事が出来るようになった。

 

「今まで旅に出ていたのですが、今回の遠征によってフィティシラ・アルローゼン姫殿下に目を掛けて頂ける事になりました」

 

 その占い師は特別なクリスタル製の水晶玉を炎の光で照らし、人々の悩みを聞き出すのに使っていたが、彼女は水晶玉から出ている光であまりにも簡単に人が暗示を受け入れやすい状態に移行し、前頭葉の能力を極端に低下させた事を確認した。

 

『おお!? 何と言う事だ!!? 遂に我らのシュリー様が!?』

 

『おめでたい事ですね!!』

 

『凄いです!! シュリ―様!!』

 

 元々はとある地域で産出する水晶を用いた技術だとの話。

 

 地域で不思議な事が起り易いという事で占い師はソレを使っていたが、彼女はそれがこの世界にしかない特別な元素の類だと気付いたのだ。

 

 今は聞いていて知っているが、超重元素がクリスタル化したのがソレだった。

 

 その研究を少しやっただけで日中でも夜中でも光源さえあれば、彼女は人間を後催眠暗示で圧倒的に少ない労力で動かす事が出来るようになったのである。

 

「今までの活動は今や大勢の人々が率先してやろうとする事に外ならなくなり、我ら以外では無かった活動は他の者達にも伝播しています。この社会をより良くという理念は既に姫殿下の政策でもう実質的に達成されたと言えるでしょう」

 

 確かにと頷く信者達は肌身で感じていた。

 

 社会の変容に大いに頷けるところがあった。

 

 今まで自分達しかしていなかったような活動が今では普通になりつつあり、人々の内実を改善しようとする動きは活発化し、彼らに異を唱える者よりも理解を示してくれる者の方が多くなっていたのだ。

 

「昨今の宗教政令の事もあり、我らの集まりを解散しようと思うのです。これは喜ぶべき事であり、今後は皆さんは友人同士で集まる事はあっても組織として活動しない方が良いでしょう」

 

 実際、宗教の大スキャンダルが立て続けに報道されて次々に大宗教と呼ばれるような者達のトップのやってきた不祥事が暴かれ、今や宗教改革の旗手として立った聖女その人の言葉と新宗教宣言と呼ばれる宗教が国家との間に行わなければならない約束事が世間を戦争と同じく賑わせている。

 

「ただ、此処での繋がりはきっと皆さんにも今後の人生においても得るべきものがあったはずです。今まで多くの支援、共に活動してくれた事を感謝します」

 

 今まで朱理が行ってきた人々の取り込みは善人の皮で行われていた。

 

 人々の不満や困りごとを精神的に解決してきた彼女を信頼する信者達の多くがブワッと大粒の涙を零さんばかりだ。

 

「今後、姫殿下の傍で同じような事は続けて行こうと思っています。何か困りごとがあれば、是非お手紙を下さい。忙しくはあると思いますが、しっかりと読ませて頂きます」

 

『おぉぉぉ、ドミナン!! 我らが主よ!! 貴女は次の未来へ羽搏いているのですね!!?』

 

『うぇぇ……ひっく、が、頑張ってくだしゃぃぃ……』

 

 若い者達が中心になっていたので子供も青年層も大泣きだった。

 

「泣かないで下さい。今生の別れというわけでもありません。どうか、笑って送り出して頂きたいのです。皆さんの手で助けて頂けた日々の事……忘れません」

 

 更に泣いている信者達に声を掛け、一人一人の現状を改善する為の様々な政策。

 

 彼女にとって全てに等しいお姫様が感動の再会をした彼女をほっぽって仕事をした成果に誘導しながら、私物を片付けるという名目でいつもの地下に入った彼女は……いつも帝国を崩壊させる為に書いていた本をマッチで燃やした後。

 

 不意に紅い鎧が目に入る。

 

「これ……シューに返さないと」

 

 取り敢えず、誰か人を呼んで持って行こうと手を触れた時だった。

 

 バクンッと開いた鎧の内部に彼女が引き込まれ、その意識は闇に呑まれていった。

 

―――帝都西端葬送街。

 

 帝国における葬儀というのは往々にしてここ最近は不人気な商売だ。

 

 主に軍の死亡率の低さと同時に帝国での各年齢層における傷病での死亡率が極端に下がった。

 

 結果としては国力的には大変結構な事であるが、同時に桶屋が儲からない的な人々もいるわけだ。

 

 木工細工などを軸にして様々な木工商品の加工区域がいつの頃から葬送街と呼ばれる事になったのかは定かではないが、帝国興国期以後の事である事は間違いない。

 

 新品の棺が戦乱期には大量に売れていたので、その頃の名残というものもある。

 

 そんな一角で1人の少女というには歳若い女が1人。

 

 ゼエゼエしながら走っていた。

 

「ま、待てぇ~~~」

 

 ヘロヘロになる彼女エーカはいきなり朱理が教団を解散させた後に現場から飛び出して来た紅の鎧を追跡していたのだ。

 

 気付いたのは施設内から割れ物の音が響き。

 

 猛烈な速度で走っていく全身鎧の兜の中から見知った髪の毛が見えたからだ。

 

 大陸を旅してきた長年の経験から何かマズイ事が起きている事に気付いた彼女は持たされていた万能薬をいつでも使えるようにしつつ、猛烈な速度で走る相手を周辺の乗合馬車を乗っ取って追走し、それも途中で乗り捨てて、込み入った道の多い帝都外縁部にまでやって来たのだ。

 

「あんな動きしてたらシュリーが死ぬ!? クソッ!? あの鎧バルバロス使うてるって話やけど、あの教授!! どういう機能付けてんねん!?」

 

 何とか視界の端に相手を捕捉しながら走って限界まで近付きつつ彼女が不意に立ち止まった紅い竜の鎧を前に距離を詰める。

 

「シュリー!! 大丈夫かぁ!!」

 

 鎧内部から荒過ぎる息が聞こえて来て、まだ生きているようだと安堵した彼女が近付いた途端。

 

 周囲に黒い鎧の数人のドラクーンが飛来してくる。

 

「あの子、フィティシラ・アルローゼンの周囲の子なんや!! ちょっと止めるの手伝ってーな!! 何かバルバロスっぽい動きする鎧に取り込まれてるねん!!?」

 

『存じ上げています。厄介だが、何とか動きを止めましょう。万能薬はお持ちのようですし鎧を破壊しても?』

 

『構わん!! 仲の子だけ傷つけんようにしてくれたらええ!!』

 

 すぐに男達が紅い鎧に殺到した。

 

 その時だった。

 

 ボッと天空が紅く染まったかという刹那。

 

 紅の光らしいものが降り注ぐ。

 

「ッ、シュリー!!?」

 

 男達の1人が咄嗟に上空に盾を向けて下の鎧を護った瞬間。

 

 熱量を電撃に変換する機能が恐ろしい唸り声を上げる雷鳴を帝都全域に轟かせた。

 

 思わず顔を蒼褪めさせたエーカが駆け寄って、鎧の兜を脱がせて顔を確認する。

 

 黒焦げにはなっていなかった。

 

 熱も瞬間的に浴びたにしては持っていない。

 

 だが、意識は無く。

 

「このッ!? シュリ―は関係ないやろ!? 脱げろや!?」

 

 上空で熱量を受け止め続けている男達を背に何とか少しずつ鎧を脱がせ始めた彼女は上半身を脱がせた瞬間に固まった。

 

 少女が全裸だったからだ。

 

 だが、同時にその胸元には見覚えのない紅の宝石のようなものが半分埋まっていた。

 

「何やコレ!?」

 

『お早く!! 盾はまだあります。熱量を遮る地下施設がある研究所までご案内します。外縁部から遠回りになりますが、今の状態ならば、上空からの攻撃も―――』

 

 言っている間にも熱量の照射が終了。

 光の柱が不意に途切れた。

 

「あ、ああ、でも、ウチもうヘトヘトやねん。誰か持ってくれんか?」

 

『解りました』

 

 ドラクーンの1人が両脇に鎧を脱がせた朱理とエーカを抱えて、その上空を護るように盾を展開した男達が次々に高速で機動。

 

 研究所の方へと走っていく。

 

 残された鎧は全て最初からそうであったかのようにゆっくりと砂のように崩れて消えていった。

 

―――帝都研究所群屋内地下。

 

「で、こうなったと」

 

「せやねん」

 

「はぁ……一応、色々と聞きたい事が多いが、まずはこっちで何とかする。ちょっと、診察するから、外で待っててくれ」

 

 研究所の地下には地上と同程度の施設が置かれている。

 

 基本的には部外秘の研究などの重要項目は半地下もしくは地下施設で行う為だ。

 

 その研究室の一角にある小規模な診療施設の寝台の上で朱理が寝ていた。

 

 服を着せていいのかすら分からなかった為、帰って来るのを待ちつつ、ドラクーンを横に女医が診療してくれていた為、一応のカルテもある。

 

 それをさっと読んで胸元に片手を当てて、グアグリスで分子レベルから何か問題が無いかを確認した途端に問題が大量に脳裏に出てきた。

 

「蒼の欠片が無くなったのを見計らったようにコレか。一応はグアグリスでどうにか……」

 

 朱理の肉体が自分と同じような変質をしているのが見て取れた。

 

 簡単に言うと研究所ではバルバロス化と呼ばれる現象だ。

 

 超重元素を人間にくっ付けて強化すると基本的に寿命が縮む。

 

 だが、一部の人間には超重元素を完全に肉体に適応させて受け入れられる人間がいる。

 

 それが帝国の皇帝だったりする。

 

 力が強まった話などを祖父に聞いたら、バルバロスの討伐時に返り血を浴びた後くらいからという話すらあったので恐らくは微量でも受け入れる事で肉体が活性化するのだ。

 

 それとほぼ同じことが朱理の肉体に起こっているだけならまだいい。

 

 問題は胸元の宝珠っぽい代物だ。

 

 超重元素が自然に結晶化したクリスタルは通常の超重元素よりも研究で注目されていて、用途によってはかなり優秀だったりするのだが、胸元のソレは今まで見た事もない変成の仕方をしていて、アグニウムともまた別のものだ。

 

「あの時の鎧の崩れた後に超重元素の痕跡は殆ど無かった。つまり、こっちに超重元素が吸収された? あの竜が特別だったとは思えないし、だとすれば……オレを蒸発させた機構関連の技術でバルバロス化を引き起こして、超重元素も鎧から胸元に集めた事になる」

 

「マヲー?」

 

「今は忙しいんだが、何か悪い事になるかどうか分かるか? お前」

 

「マヲ?」

 

 黒猫がひょこりと背後から顔を出した。

 

 そして、じ~~っと朱理を見た後。

 

 その手に何やら木炭の破片を持って、壁に何やら落書きし始める。

 

 何処から出した的な疑問は置いて、その壁を見続けてみる。

 

 何やら状況の概略みたいなものが図や絵で表されていた。

 

 やたらファンシーで気の抜ける絵の癖に微妙に上手い。

 

「四つの力の一つが……こいつに働き掛けて……何かしようとしてる?」

 

 ざっくり言うとこちらの予測と左程変わらない。

 

 だが、問題は最後の示唆だ。

 

「何かは分からないけど、悪い感じでは無さそう? どういう事だ? 四つの力は文明関連の消去や発達、発生を担うだけじゃないのか? 自分の仲間に引き入れて分断みたいな事をして来るわけでもないって……」

 

「ごじゃ~~?」

 

「お前もか。今取り込んでるんだが……」

 

「あ、その子に託すんでごじゃるね」

 

「は? 託すって何を知ってるのか聞いてもいいか?」

 

 背後からニュッと出てきたごじゃる幼女が黒炭を猫から貰って更に書き足す。

 

「色々と昔の時代を観測してみたのでごじゃるよ。そうしたら、四つの力の大半は大本からのコマンドを実行するだけでごじゃった。でも、一部例外? みたいな事があるようでごじゃ~~」

 

「例外?」

 

「コマンドの仕様なのか。あるいは製作者側が一枚岩じゃないかの二択でごじゃる。人類の通常の科学的発展以外にも自分達を邪魔する連中を造り出す機能があるっぽいでごじゃる」

 

「自分で自分を邪魔するのか?」

 

「うむ。エルゼギア時代の最初の皇帝はこっちの観測に気付くような能力を持っていたでごじゃる。他にも白を使う竜の国の始祖も受け渡し可能な力の継承が最初の人間として与えられたっぽい?」

 

「なるほど。今までどうして連中が神の力にバルバロスの力込みとはいえ、抗ったり利用出来たりしたのかと思えば……もしかして、あの蒼の剣もか?」

 

「それっぽいのでごじゃ~~だとすれば、勝ち目が無いから抗う力を与えて成長を促しているのか。あるいは力を与えて本家を制御するか倒すくらいに強くしたいのかの二択では?」

 

「……覚えておこう。で、コイツの胸元のコレなんだが……削れもしないし、分子構造的に何かやたら特殊な感じが……回路染みてるが、どっちかというと三次元式の遺伝構造みたな情報になってるんだが、何か分かるか?」

 

「ぁ~~コレ、知ってるでごじゃるよ。“神の情報保管庫”でごじゃる」

 

「情報保管庫? どういう事だ?」

 

「確か超遠未来技術の一つとか聞いた気が~~原子力電池の親戚で数百万年単位で放射線を自力で発する物質の原子崩壊状態を使って電源確保した三次元式の回路に情報を記憶しておくヤツ?だった気がするでごじゃる」

 

「ああ、そう。何かヤバイのは解った。で、放射線は使用者に危なくないのか? いや、こっちでも放射線は検出してないが……」

 

「基本的に放射線で回路そのものが発電してて? 永久電流式とか。確か~~~自家発電する記憶回路として使えるとか。この内部の回路形状は人間の使ってない偽遺伝子を使用してるのでごじゃる」

 

「聞いた事はあるな。予備だったり、今は要らないから眠ってる遺伝子の総称だろ?」

 

「うむ。遺伝情報三次元回路基板でごじゃるね。そっちと同じように有機物である遺伝子の結晶化時、超重元素を同時に用いてるのでごじゃるか? この結晶構造は有機結晶と超重元素の結晶のハイブリットでごじゃる」

 

「オレも似たようなもんだが……なるほどね。道理で何か似てると思ったら」

 

「う~~ん……そっちの体の簡易版を組み込んだような感じというのはお揃いにする意味がある的な感じでごじゃるかね~~?」

 

「お揃いねぇ……」

 

「あ、それとこの子の遺伝子を読み出して使う分には繋がってる限り、物凄く大量の情報を記憶処理出来るように見えるでごじゃ~」

 

「脳以外にも情報処理部位が増えた感じか? 今のを総合すると……偽遺伝子を使った情報処理用の超重元素を取り込んだ自己発電式有機結晶三次元遺伝子回路?」

 

「メモリでごじゃる」

 

「メモリかよ……確かに脳内にも何かそれっぽい回路が形成されてるが、分子構造的にもオレの脳に造ったプラットフォームに似てるな……」

 

「やっぱり、お揃いでごじゃる。ペアルック?的なアレ!! バックドアは調べたけど、無いっぽいでごじゃるよ」

 

「マヲー」

 

「……本当にいきなり力を与えられた? それも赤い……赤の隠者か?」

 

「これでこの大陸で蒼、白、赤を持ってる人間が揃ったでごじゃる」

 

「生憎と黒は使用者からオレが取り除いたばっかだ。いや? 一応、お前が食ったんだったか?」

 

 その言葉に片腕は言葉を発しない。

 

 だが、その途端に腕が勝手に動いたかと思うとペッと黒く細いモノリスっぽい棒を吐き出した。

 

 思わず顔が引き攣る。

 

「クソ……お前、今まで隠して狙ってたな? オレが気付かなけりゃ、そのまま誰かに移植するつもりだっただろ……」

 

 話し掛けても片腕は答えない。

 

「こいつを調べてくれ。もしも何でも無さそうなら使う相手が1人思い浮かぶ」

 

「はーいでごじゃ~~」

 

「マヲー」

 

 一匹と一人が黒いソレを取り上げて繁々と眺めて数秒。

 

「ま、大丈夫でごじゃるよ。ちょっと破壊的な能力がある以外はその子の胸のと変わらない感じでごじゃる。全部初期化済みのキューコンみたいなもんでごじゃる」

 

「キューコン?」

 

「量子コンピューターって言えば、解るでごじゃるか?」

 

「ああ、そういうのね。で、破壊的って何だ?」

 

「超磁力減衰砲のデータだけ残ってるでごじゃる。しかも、威力は個人携行火器に搭載出来るギリギリな感じ? これ撃った瞬間に普通の人は死ぬヤツでは?」

 

「マヲー」

 

 黒猫が『だよねー』みたいな相槌を打つ。

 

「ヤバイ兵器類か……」

 

「あ、でも、収束密度と威力の焦点が可変でごじゃる。出る電磁波も全て収束する感じ? おお!! ウチにあるヤツより断然使い易いヤツでごじゃるよ。コレ」

 

「ウチにあるのは突っ込まないからな。取り敢えず、撃っても死なないのか?」

 

「超細い何でも蒸発させる破壊光線で距離まで選べる超欲しいやつでごじゃ~~♪」

 

 どうやら幼女は撃つのが好きらしい。

 

「生憎とまだ使用出来る場面があるから、欲しかったら全部終わった後にしろ」

 

 取り敢えず、片手にソレを持って土神の機能で手の中に吸収しておく。

 

「まぁ、何はともあれ問題なきゃそれでいい」

 

 外に待機させてあった女医を呼んで服を着替えさせてる間に当人が起きた。

 

「ふぁれ?」

 

「起きたか。ええと、何か人間半分止めた感じの朝はどうだ?」

 

「え?」

 

 思わず何が何やらとキョロキョロする幼馴染を落ち着かせてから今まであった事を伝えつつ、聴取してみる。

 

「何か寝てる間に感じた事とかあるか?」

 

「え、えっと……何だっけ?」

 

「夢でも見たか?」

 

 傍で訊ねてみると少し首を傾げられた。

 

「……あの子達を助けてあげてって言われた気がする。誰かは知らないけど」

 

「あの子達……まぁ、いい。とにかく何か体の異変があったら真っ先に傍にいるならオレに教えろ。傍にいなかったら女医かドラクーンの連中だ。いいな?」

 

「う、うん……その、ごめん……迷惑掛けて……」

 

「迷惑なんて思ってない。それよりお前の体の方が心配だ」

 

「シュー……」

 

「今帰って来たばかりだが、お前の作ってた教団とやらにも一緒に行こう。連中に色々と説明したりするのはオレが一緒にしてやる」

 

「え、でも、忙しいんじゃ……」

 

「こんな時くらい傍にいさせてくれ。頼むから……」

 

「ッ……うん!!」

 

「あの~~良いとこで済まへんけど、ウチの事忘れてない?」

 

 朱理が思わず赤くなっていた。

 

「別に見なかった事にしてもいいぞ?」

 

「散々走って疲れてるんやで? これでも……」

 

 大きく息を吐いたエーカの言う事は最もだ。

 

「後でお前用に菓子でも焼いておく。夜になったら部屋に来てくれ。感謝分くらいはモテなそう」

 

「せやな。ふふ、愉しみにしとるわ」

 

「ぅ……わ、わた―――」

 

「お前は今日食事して風呂入って歯を磨いたら寝ろ。せめて、一日でいいから」

 

「あははは、正しくオカンやな♪」

 

「う、ぅ~~~?!!」

 

 頬がぷっくり膨れる。

 

 そんな齢でもないだろうが、昔そんな事すらした事が無かっただろう少女には今正にそんな風に生きていける状況であって欲しかった。

 

 幼馴染の欲というヤツだが、今に限ってはそれを手放すつもりはない。

 

「膨れてもダメだ。明日、お前の体の詳しいところと今後の方針やら諸々話すから、いいな?」

 

「は~ぃ……」

 

 こちらの様子を見ていたエーカが苦笑していた。

 

「ホンマ、あの人前じゃ立派なレディしとるシュリーが子供みたいやな。くく」

 

「こ、子供じゃないもん!? もう大人なんだから!?」

 

 ギャアギャアし始めた2人に少し出てくると部屋を後にして、地下から外に出る。

 

 空はまだ昼間だ。

 

 一日飛行して戻って来てみれば、また難題が出来た。

 

 その原因だと思われるものを遥か天空に見やる。

 

 高度は凡そ500km。

 

 恐らくは大陸を見下ろす静止衛星軌道上。

 

 数は知らないが、其処で確かに鎮座する何かも今はこちらの瞳に見えている。

 

 光学迷彩と同時にデブリで偽装しているようだが、その砲口が鳥のようなものだった事だけは光の柱が出た時に確認していた。

 

「待ってろ。取り敢えず、ぶっ潰す……」

 

 大陸でいつ空から狙撃されるかとオチオチ眠れもしない状況。

 

 だが、それもやがては改善するだろう。

 

 やる事は至ってシンプルであった。

 

 *

 

―――帝国、ガラジオン、ヴァーリと単独講和する。

 

 この報が流れた昨今。

 

 今正に帝国領域に近付いていた50万以上の軍勢は寝耳に水の状況で焦りに焦っていたのは間違いない。

 

 北部皇国からの兵糧の支援などはあったが、それにしても帝国領国境線までもう少しというところで先にぶつかっていた竜の国が脱落したのだ。

 

 しかも、ちゃっかりと帝国から取れるものは取ったらしいとの噂である。

 

 もうコレはかなりマズイという状況ではあったが、帝国が単独講和をしなければならなかったという事実から多くの国々の将官達はこれならば、勝ち目はあるかもしれないと更に先を急ぐ事となった。

 

 簡単に言えば、出し抜かれたが勝ち馬に乗れると考えたのだ。

 

 帝国南部の国境域と中央南部の荒野は距離的には千キロ近く離れている。

 

 ならば、広大な帝国での大規模な配置転換、戦力移動はまだ先だと睨んだ。

 

 そして、馬を限界まで使って馬車で兵力を輸送。

 

 10日掛かる道程を半分で何とかしてみせた彼らは神速の行軍(笑)と帝国陸軍にならば言われるようなタイミングでヴァーリの領域に近付いていた。

 

 ヴァーリもまた帝国との単独講和が成立したとの話は既に流れていたが、竜の国とは違って裏切り者に等しい小国など潰してしまえる。

 

 確かにその武器や兵器は衝撃的なくらいに差があるとしても、初戦は集落が幾つか集まった程度である。

 

 と、考えていた彼らはヴァーリに使者を送り、武器の供与が受けられなければ、攻め落とすとの話を持っていき。

 

 丁寧に食料だけなら差し出せるという言葉に激怒。

 

 最初期に重要拠点を落した後、3分の1の兵をヴァーリ攻めに残し、後は国境線に兵を急がせるという戦略を取る事としていた。

 

 一応、ヴァーリから事前に受け取っていた武器各種は数は少ないがそれなりにあった為、自分達の兵器で攻め落とされるが良いというのが蛮族風味な国家における本音だった。

 

『隊長!! もぬけの殻です!? 何処にも居やがらねぇ!?』

 

『こっちもです!! こりゃぁ、数日は帰ってませんよ』

 

『チッ、先に避難させてたか。食料は!!』

 

『へい!! 蓄えが幾つかありやす。穀物や肉類も』

 

『全部持ってくぞぉ!!』

 

 各地でヴァーリの集落が正しく不意打ちで襲われていた。

 

 が、国民はまったく居らず。

 

 逃げられた事を確認しながら兵達は略奪して回ったが、ようやく最後の要衝であるヴァーリの山岳部に続く街の近辺に差し掛かった時、目を疑った。

 

 軍が通り過ぎる前だと言うのに街は賑わっており、今も商人や旅人や帝国に向かう者達の街道として機能していたからだ。

 

 大軍が動ける道が少なかったとはいえ。

 

 それでも帝国行きの連中に途中で出会わなかった理由も今ならば彼らに解った。

 

 馬車だ。

 

 大型の馬車が幾つも別の街道から人々を輸送していたのだ。

 

 街の山岳部に向かう放牧地には大量の馬が繋がれていた。

 

 それも数百頭では利かない。

 

 数千頭単位でだ。

 

『各々型。俄かには信じられんが、まさか小規模な集落は焼かれても大きな場所は襲撃しないだろう……等とヴァーリは考えているのだろうか?』

 

『まだ出来て間もない小国と聞く。そういう事もあるのかもしれん。事前の打ち合わせ通り、街を潰してから軍を分けるので良いかな?』

 

『よろしい。では、街での略奪に関しては区分けをしておこうか』

 

 こうして裏切り者への罰という事で彼らはヴァーリの元集落があった地点の周囲に野営地を築き一泊して後に明け方前に仕掛ける事とした。

 

 その野営の明かりを見れば、すぐにでも逃げ出す者達が大量に出るだろう。

 

 という、彼らは思惑はしかし外れる事になる。

 

 明け方にも馬はやはり放牧地にいて、寝静まった街の周囲には野外で暖を取る奴隷商の商隊や移民の列に並ぶ為に帝国へ向かう人々の幕屋があったからだ。

 

 本当にこちらに気付いていないかのような状況に首を傾げる将達だったが、明け方になっても逃げだしていない方が悪いとして、奇襲にもならないだろう奇襲を決行する合図。

 

 巨大な貝笛が鳴らされた。

 

 その野太い音と共に全軍が突撃。

 

 最初に狙うのは市街地周辺の連中だと男達が襲い掛かる200m手前の茂みに彼らは紅い光を無数に見る事になる。

 

 相手の街の周囲の林は街を囲うようにあったが、一気に彼らは突撃させた4万の軍勢を失うことになった。

 

 主に霧のような煙がいきなり立ち込めて来て、その中で兵達が倒れ込んだからだ。

 

 すぐにそれが毒の類だと気付いた兵達は慄き。

 

 森の中程までも下がる事になったのだった。

 

―――ヴァーリ最重要区画【ニィト参謀本部】

 

「いやぁ、野蛮だなぁ。時代だから仕方ないけど」

 

 お茶を啜っているマガツ教授と呼ばれる白衣の無精髭男は今日もスタイルを変えずにのほほんとしており、モクモクと朝食代わりに現地生産のカロリーバーを齧っている。

 

 横には黄金色の髪の少女。

 

 いや、今や邦長の貫禄すらあるルシアがいた。

 

 倒れ伏す兵達を次々に要塞内部に造った牢屋に運び込むドローン達の働きを複数の監視カメラやドローンのカメラから2人は共に見ていた。

 

 映像はかなり荒い。

 

 理由は単純に基盤やチップの類が少なかった為、民生品の遺されていた様々な部品をジャンクパーツよろしく継ぎ接ぎした代物だからだ。

 

 この世界にはLSIのような集積回路を作る工場は未だ無い。

 

 あくまでニィトにあったものを使い回している為、ガワは幾らでも作れるが、内部の現在の工場で造れないものは消耗品であった。

 

 働く作業用ドローンなどの外部からの侵食や故障の原因となる振動が多い機器にはそれこそ本当にジャンクレベルのニィトの廃棄パソコンなどから必要な部品を拝借していた。

 

 それとて無線電波が届く地点までしか運用が出来ない。

 

 殆どのドローンはクラウドタイプであり、機械における頭脳は殆ど乗っておらず。

 

 情報の受信器にのみ貴重な集積回路が積まれている。

 

「これがドローンの力……」

 

「人間じゃないから、麻痺毒も神経毒も効かない。ああ、ちなみに彼らに盛ったのは数日痺れる程度の代物だから」

 

「そのぉ……全て任せていたとはいえ、気になるのですが、彼らを全員捕虜にするつもりですか?」

 

「いや、どうせすぐに街は諦めて、捕虜奪還で要塞に来るさ。彼らだって戦って勝てない敵を相手するよりはそっちの方が建設的だって解るはずだ」

 

「そうでしょうか……」

 

「ああ、街の内外に配置したドローンの護衛は抜けない。街に泊まって貰っていた人達には帝国領内に特別便で送るって約束したから、今日が終わる頃には街も空になる。本格的な戦闘は要塞攻略に動かれてからだね」

 

「ちなみに兵糧と捕虜に与える食事はありますか?」

 

「勿論、帝国行きの穀物類を割高で買って蓄えてたからね。100万規模でも1か月は食べさせられる量がある。ギリギリにすれば、5か月は持つんじゃないかな」

 

「出来れば、その前に帰って頂きたいですね」

 

「まぁ、身包みは剥いだら、鎧なんかは適当に加工して別の国に割安で売るから、左程に国庫は圧迫しない。この間、工業用ドローンに麻布で最低限の衣服も作らせたし、問題無い問題無い」

 

「……帝国にこのまま向かうというのは考えられませんか?」

 

「恐らく10万くらう失うギリギリのところで判断するんじゃないかな。40万を下回れば、さすがに帝国相手に戦えないと分かるはずだ」

 

「戦わずして勝つ。本当に……お手本のような勝利ばかり、シュウは凄いんですね……あの竜の国の兵隊に対して一人も兵を失わずに……」

 

「ま、昔から戦略SLGは好きだったらしいから。そういう素質はあったんだろう」

 

 その時、参謀本部のモニター室の扉がガラッと開いた。

 

「邦長。帝国から長距離通信で二日後にはあの人が来るって連絡がありました」

 

 やってきたのは邦長付きの侍従として仕えているリーオだった。

 

「リーオ。ご苦労様。そう……このままヴァーリに来てから南部皇国に……」

 

「見送り出来なくて済まなかったって言ってました」

 

「貴女のおかげで全部どうにかなりそうです。ありがとうと返信して下さい」

 

「了解!!」

 

 少年が笑顔で敬礼してから通信室へと再び掛けて行った。

 

「さてと。後はどうするかな。こっちは素人だが、要塞を彼らが抜けるとも思えんし、ドローンの点検と配備くらいか?」

 

「その……そんなに簡単なものなのですか? あの軍を退けるのは?」

 

「君達に何故最初に労働力としてドローンの作製をお願いしたか分かるかな?」

 

「ええと、復興の為にと聞いていましたが、それ以外にも保安要員になるからと」

 

「だが、実際のところ。本当の高性能ドローンを造っても積めるスタンドアロンタイプのAIじゃ人間よりも判断能力は低い。だから、クラウドタイプ一辺倒で使ってるわけだが、今の我々の通信設備を妨害出来る者は殆どいないだろう」

 

「確かにそういう技術は帝国以外では無いでしょうが……」

 

「そして、死なない兵隊が合理性に伴って戦術兵器で戦った場合、その相手に出来る数は相手の武装にも寄るが……凡そ1対1000くらいは余裕だ」

 

「1000?」

 

「武装や技術の差が10世代以上。更にいつも君達に点検して貰っている作業用ドローンですら、簡単な薬物の散布装置を載せるだけであの有様だ。薬液残量だけで40万人分くらいはある。近付いてきた兵隊を昏倒させて回収するのを繰り返させれば、包囲戦術を取るだけで明日には全滅しているだろうな」

 

「全滅、ですか?」

 

「だが、回収出来る労力には限りがある。だから、小分けにしてるわけだ。4万人を運ぶのに運搬用ドローンを200体フル稼働させて昼夜往復で一往復15分。簡単な計算だ」

 

「つまり、一気に全滅させると回収までに時間が掛かり過ぎるという事ですか?」

 

「殺すなら別にそれでもいいが、殺す気が無いのに死なせるのもどうかと思うだろう?」

 

「それは確かに……」

 

「殺したら死体を回収して埋めないと疫学的にもよろしくない。公衆衛生は基本的にそこらの戦争より我々には致命的だ。特に感染症のリスクは場合によっては致命傷だ。薬を造れる施設は今建造してるが、それでも特殊な薬品毎にプラントが必要になる」

 

「もしかして、だから、帝国から最初に輸入したのが?」

 

「そうだ。万能薬だ。アレは殆どのケガや病気に効く。遺伝子疾患の殆どにも対応可能だが、肉体の代謝で治った細胞も変化するからな。備蓄しておくに越した事はない」

 

 お茶を啜り終えたマガツ教授が伸びをする。

 

「街に残ってる一般人の輸送作業が終了したら、後は此処でのんびりと相手が全滅するのを待つとしよう。構内への侵入者が無いかドローンの警備は倍にしてある。何か問題があるかどうかは最終的に人の目で確認させるが、必ずドローンを伴ってくれ」

 

「解りました。ちなみにどちらへ?」

 

「こういう時に限ってやる事が無い。講義は休講だし、暇人は趣味に興じる事にしよう」

 

「その……あんまり過激な事は……」

 

「解っているとも。では、他の皆も適度に休憩を挟みながら監視任務をこなしてくれ。何か些細な事や見間違いかと思ったものでも違和感があれば、すぐにメインサーバーへ問い合わせるように」

 

 こうして彼らは今まで実感すらして来なかった事を知る。

 

 数人の男達を載せて楽々と要塞内部の隔離壁内部の収容施設に消えていくドローンは正しく本当に労働力としてならば、彼らに出来ない事をして、やれない事をやる手足だと。

 

 本当の戦場を知っているからこそ。

 

 あの現場から人間を運ぶのがどれだけ大変か彼らには解る。

 

 そして、同時にドローンが戦闘とすら呼べない薬物を散布するだけで次々に人が倒れ、一気に部隊を全滅させた情景は今まで彼らがやってきた仕事が報われた事も示していた。

 

 未だ回路の類を造る工場は建造前の設計段階。

 

 あらゆる基礎技術が足りずにニィトの資料を使って基礎的な研究と同時に原始的な回路を作るだけに留まっている。

 

 だが、その先にある力を実感した彼らは思う。

 

 摩耗はするが疲弊しない労働力がどれほどに戦場で怖ろしいものであるかを。

 

 各種のセンサーによって対象を捕捉し、オートで薬液散布用の小型や大型のノズルを複数使い全滅させていく。

 

 相手が近寄って来たらカモでしかなく。

 

 遠距離攻撃で擦り傷程度しか付かない。

 

 少数でも大勢でもまったく取り零しが無い。

 

 次々に増えていく麻痺した敵の体を施設に輸送するドローンは正しく少数である彼らにとっては今や命綱になっていたのだった。

 

 *

 

―――???

 

「君はどう思う? 今回のイレギュラーに関して」

 

「………」

 

「幾度も滅びて来た人類にまた誤差の範囲を越えない程度の何かが起こった、と考えるかい?」

 

「………」

 

「僕はずっと思ってたんだ。連中がこの世界を幾度も幾度も続けようと種を巻き続ける理由って言うのがどうにも目的ではなく単なる歯車を回すような過程になってるんじゃないかと」

 

「………」

 

「なぁ、あの頃から僕は変わったよ。君の事があってから、人の悪意として人の前に立ちはだかる。ずっとずっと悪人をやっていたら、悪人には為れた気もする」

 

「………」

 

「楽園を楽園にする者達。その中で最も重要なのは楽園の労働者だ。しかし、それが見えなくなった途端に人類の多くは破滅する。人の思想や社会構造の果てを突き詰める過程では問題が生じないのに突き詰め切った後の問題には何故かどれだけ対処しても時間稼ぎにしかならない」

 

「………」

 

「この大陸はまだラスト・エイジまでは程遠いはずだ。けれど、既に栄華に時代に突入しつつある。あのイレギュラーは知ってるのか? 人類の究極の姿は滅亡だと。高じた社会は決して破滅を免れ得ないと。この箱庭で我々のやれる事など高が海に砂糖を人摘まみ溶かす程度だと」

 

「………」

 

「胡蝶の夢なのか。あるいは夢こそが胡蝶を生み出しているのか。遥か天に座す者達は成功例を知ってると思うか? もしも、そうなら、僕は思うよ。ああ、まったく―――」

 

「………」

 

「僕らは何て馬鹿げた劇の役者なんだろうって」

 

「………」

 

「ファイナ。君は生まれ変わってすら、やっぱり僕とは口を聞いてくれないんだね」

 

「………もう止めて」

 

「悪い。それは聞いてあげられないな。始祖の祝福を僕の次に引き継ぐのは君だ。僕が死んだなら辞めればいいさ。だが、まだ此処は僕の時代だ。君の登壇はもう少し先だよ」

 

 巨大な円筒形の空間の中心部。

 

 光が辛うじて指す最深部。

 

 半径450mの巨大な大穴の中央に黒曜石のような質感の壁から続く床の上に木製の椅子が一つだけ置かれていた。

 

 そこに座るのは白銀の乙女。

 

 滑らかな褐色の肌と整った顔立ち。

 

 そんな彼女は悲し気に白い少年を見ていた。

 

 立ち上がり、空を仰ぐ少年の笑みは人々を虐殺し、バルバロスの苗木として使用した相手と同一人物とは思えない程に穏やかだ。

 

 悪意の欠片すらも見えはしなかった。

 

「南部皇国首都、か。嘗て、僕らが救い、育てた国も今や単なる地獄と化した。嘗ての仲間達は居らず。嘗ての英雄は居らず。その子孫達は今日も泥を食って生きる有様だ。糞尿を垂れ流し、塗れ、地べたを這い、血を黒ずませ、悍ましいくらいに生きている」

 

「……止めて」

 

「なぁ、皇帝よ。全てを引き継いだ君。君に真実というのは何処まで残酷だったんだい?」

 

 振り返った白い少年がファイナと呼ばれた椅子に座る少女の背後。

 

 ずっと沈黙し続けるもう一人の少女に訊ねる。

 

「君は知識こそ無いが聡明だ。僕の言う事をちゃんと理解してる。だからこそ、聞こう」

 

「………」

 

「このどうしようもなく詰んでいる世界に君は僕の話を聞き続けて一国の王として人は繁栄し続ける事が出来ると思うかい?」

 

「祖なる者。我らの始祖。あたしは別に今しか生きてないわ」

 

「はは、君らしい答えだ。今しか、か……でも、そうだな。嘗て、僕がファイナと生きていた時代……世界はもっと酷かったが、空は希望に満ちていたよ」

 

「何も知らなかったから?」

 

「いいや、知っていてすらそうだった。問題は人の方にこそあったんだ」

 

「……昔の人達が?」

 

「そう、人は変質する。どんな希望もどんな絶望も時間には抗えない。確かに心ある者達は最後まで心ある者達だった。だが、彼らの次の世代も次の世代もと代を重ねていく程に僕らの理想は少しずつ蝕まれていった」

 

「自分では御せなかったって聞こえるのだが」

 

「うん。その通りさ。僕も含めてだよ。感情は擦り減るものだし、現実を前にして何度も対処したさ。何度も何度も繰り返し、繰り返し、けれど……」

 

「―――」

 

 ファイナと呼ばれた少女は押し黙る。

 

 堅く、固く、硬く。

 

「全ては無に帰した。集めて養育していた子供達の子供達の子供達くらいの世代にはもう変質は顕著だったよ」

 

「………」

 

「無能な人間、理解の無い人間、努力が出来ない人間、そういう人間が今までの努力で積み上げてきたあらゆるものを崩していった」

 

「あらゆるもの?」

 

「法、倫理、社会基盤の多くが腐れ墜ちたのさ。それは人の怠惰や傲慢、正しく嘗ての世では言われていた人の原罪と呼ばれるようなものによってだった」

 

「それでも前に進んでいたのではないのか?」

 

「偶には君みたいな子もいたさ。けれど、嘗ての繁栄や栄光はやはりもうこの国には残っていない。あの愚昧な君の兄上のようにね」

 

「………それは」

 

「君達の一族は誇り高かった。君達一族を二つに分けたのは同時に競わせる為だ。だが、そういう仕組みを作ってすら、やはり一族の血統に資質があって尚、誤差が出る」

 

「あれが誤差?」

 

「そうさ。次の政治体系には民主主義という社会システムを使う。けれど、それでもやはり完全にはそういう誤差を取り除けないだろう。そして、やはり腐敗は起こるし、過剰な介入をしなければ、是正も不可能だし、どんなに頑張っても人々の心は荒むんだ」

 

「何もかもが無駄だと?」

 

「無駄じゃないさ!! 無駄じゃない!! 無駄では無かった。けれども、人の社会を俯瞰して見る立場になれば、解るはずだ。人の世の何と愚かなる事か」

 

 白い少年は嘆くように天を仰ぐ。

 

「あの日、あの時、救った世界は!! あの日、あの時、笑い会えた日々は!! やはり、何処にもないんだ。もっと、あの一族は穏やかだったはずだ。もっと、あいつの子孫は出来たはずだ。そう思っても、やはり罪も犯せば、悪人だっている」

 

「それは……どうしようも……」

 

「バイツネード。百名家。どうして、僕がこの家を造ったと思う? 簡単だよ。家々は箱庭なんだ。僕の仲間達、僕の心を動かした者達の血統……あの人ではないけれど、あの人の子供達の末」

 

「まさか? 嘗ての―――」

 

 北部皇国と南部皇国。

 

 二つの国の長の1人。

 

 今は姉妹に国を預け、死んだと思われているだろう本当の皇帝たる少女はその凄まじいバイツネード当主の執念のようなものにやり切れない顔になる。

 

「嘗てのファイナの親族達。嘗ての僕の親族達。あるいは仲の良かったトモダチ。いつも傍にいてくれた優しい人。共に戦った戦友。共に戦場を駆け抜けたバルバロス達。今だって思い出せる!! 僕はね!! 彼らといる時が一番楽しかった。そして、ファイナ……君といる時が一番嬉しかった」

 

「「………」」

 

 少年の言葉に暗いものが忍び寄る。

 

「ああ、だから、思うんだよ!! 何故、僕を裏切った!? 何故、僕の元から去った!? 何故、僕を失望させた!? 何故、何故、何故、何故!!!!」

 

 吠える少年は白いのに真っ黒な影によって呑み込まれていく。

 

 日は落ち掛けていた。

 

「声は言うんだ。それは全て仕方のない事なんだ、とね」

 

 振り返る少年の顔を彼女達はハッキリとは見なかった。

 

「嘗ての祖国で僕は白の祝福を得た。けれど、赤の隠者は教えてくれた。この世界の真実を囁く。その声は少しずつ大きく為っていった。そして、それが現実になっていった。僕は止めようとした。何とかしようとした。沢山頑張ったよ。ああ、勿論。出来る限りをと決めてね。けど……」

 

 少年は空を見上げる。

 

 暮れ掛けた黄昏時が迫っていた。

 

「ゼストゥス、ランテラ……僕を愛したはずの君達の子孫はもういない。僕が殺した。ああ、許してくれとは言わないよ。だって、彼らは僕を殺そうとしたんだ。僕に嘘を吐き、裏切り、汚い手段で殺そうとしたんだ」

 

 いつの間にか。

 

 彼らの床の下から光が溢れ、その数百mの底の更に奥に顔を浮かび上がらせていく。

 

 それは2人の少女の顔だった。

 

 そして、無数にその顔は浮かび上がり、沈んで次々に目を閉じたままに絡み合い、離れていく。

 

「なのに、どうしてかなぁ。君達を造っても、君達の心を掻き集めるようにして記憶を創っても、やっぱり同じにはならない。殆ど同じ精神構造のはずなのに……何故か僕を拒絶する」

 

 やり切れない顔でファイナが瞳を俯ける。

 

「この者達はもしや……始祖に付き従ったという双子の……」

 

「ランテラ、ゼストゥス……嘗ての仲間達……彼にとって本物の家族だった……」

 

 その言葉に少年が反応する。

 

 それと同時に床下に見えた無数の顔が沈んでいく。

 

「ファイナ。僕はもうすぐ死ぬ。あのイレギュラーは次なる時代を築くだろう。だが、僕はようやく肩の荷が下りたような気分なんだ」

 

「……カルネアード。もう彼女達を開放してあげて……」

 

「心配しないでよ。ファイナ……運が良ければ、この偽物達も幾らかは生き残るさ。でも、最後の仕事だ。僕が願った日々の終幕に悪党として立たなきゃ」

 

「貴方は元々そんな事は……」

 

「やるんだよ。そうしなきゃ、また滅びるしかない。先史文明時代の時もそうだった。結局、四つの力に対抗する事は出来なかった。宇宙にすら手を伸ばし、重い石を使いこなしていた。でも、やはり文明には寿命があった。彼らの力が何をせずとも、人は人の愚かさで滅んだ」

 

「それは……」

 

「はは、君には言って無かったけどさ。あの時に滅んだ原因は赤の隠者が教えてくれたよ。馬鹿な話なんだコレが……為政者の一部が不老不死に成りたがった。その実験で無駄に超重元素を凝集した時の化学反応であの始末さ」

 

「?!!」

 

「終末期に産まれた僕らにとって、滅びってのは当たり前だったのに……全てが消えてなくなった時は悲しかったなぁ……」

 

「カルネアード……」

 

「僕は悪党を全うしようと思う。何故なら君にまだ引継ぎが残ってる。それだけは僕の仕事だ」

 

「そんな事、私は……」

 

「……赤の隠者も恐らく反対しないだろう。あのイレギュラーは四つの力にとってすら脅威だ。文明が明日終わるとしても、僕は最後まで抗うさ」

 

 白い少年カルネアード。

 

 瞳を赤く燃え滾らせた少年は空を見上げる。

 

「早く来い。フィティシラ・アルローゼン。ファイナの情報を持つ君が最後の敵だなんて素敵じゃないか。人を滅ぼすモノが世界を進ませ、人類を永らえさせると知った時、君はどんな絶望を見せてくれるのかな……くく、ふふ、あははははははは」

 

 世界が再び燃え上がるまで後――――――。


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