ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第116話「向かう者達」

 

 あれから一週間が経った。

 

 と、言ってみてもまったく寝ていないので実感は湧かないかもしれない。

 

 各地に潜伏し、増殖していたバルバロス達を各地のドラクーンとドラクーン候補の予備兵達で囲って、初めての実戦投入となった小銃を持った兵も使って潰して回ったのだ。

 

 各地の地表から次々に現れる小分けにされた強力なバルバロスの群れをモグラ叩きにして数十時間が正しく地獄だった。

 

 死傷者が凡そ1万人。

 

 重軽傷者が合わせて12万人。

 

 だが、死者以外は何とかなったと言っていい。

 

 ドラクーンが全力で戦い抜いて500万近いバルバロスを駆除し切った事は正しく超人的な出来事であり、各種の使われた準備は凡そ全体の3割にもなった。

 

 主に使用されたのは各地の補給基地の物資。

 

 ドラクーン用の対バルバロス用の武器が合わせて12万個。

 

 銃弾も込みではあったが、超重元素製の使い潰された武器が凡そ8万にも達した。

 

 その殆どは一線級の実用兵器として武装三種完成まで番号だけで分けられた厳選前の試作品の山だ。

 

 殆ど使い勝手と威力が二割から三割くらい違うだけの代物だが、元々はドラクーンの予備連中に使わせる為の備蓄だった為、聊か今後の軍事活動の工程に支障が出るだろう。

 

 だが、その甲斐は有ったと言える。

 

 高速再生、高速機動する蟲を使う赤黒いウナギっぽいソレらを倒すのに武装を全力で使っていたのだ。

 

 が、とにかく全力での摩耗が著しく。

 

 武器があるだけマシと思えと最低限度の装備でバルバロス駆除の野戦訓練させたのは無駄では無かっただろう。

 

 使えなくなった武器で次の武器が来るまで戦ったり、継戦能力を維持する為に体力を維持したまま後退しながら長期戦をしたりしたドラクーンの肉体は幾ら耐久特化にしていても疲弊したのは仕方ない。

 

 ドラクーン再生用の万能薬が武器に続いて使用頻度では第二位だったのも頷ける。

 

 重症者はいないが、中軽傷者は大量だった為、正しくドラクーンを被献体にして試験したようなものとも言えた。

 

 小瓶で20万個近い消耗。

 

 1戦闘で1回必ず使うような戦いだったので6000人近い人数が戦闘したら肉体を回復させて武器を補給されて次の戦場へというのを繰り返していた。

 

 ようやく殆どのバイツネードのバルバロスを狩り尽くした時には問答無用で24時間の就寝を義務付けたのは正しかったはずだ。

 

 精神の摩耗に対処したが、それが凡そ3時間前の話である。

 

 リバイツネードのおじさま達は全員を大陸西部東部北部に向かわせて道すがら、目に付いた化け物を片っ端から狩らせていたのだが、此処で研究所から取り寄せた空飛ぶボードがかなり役立った。

 

(やっぱり、小回りの利く長距離高速移動用の乗り物は必須だな……)

 

 広範囲の敵を短時間で殲滅するリバイツネードの超人達を運ぶ方法が竜以外だと休む動物ばかりだったので疲れないボードは打って付けだったのだ。

 

 三日徹夜させた後に4時間寝かせて、三日徹夜させた後に四時間寝かせてを繰り返して二週目。

 

 今現在も大陸の寒村や小さな集落各地の異常を見て回らせている為、しばらくは帰って来ない。

 

「……8349人、か」

 

 今回のバルバロスの襲撃によって亡くなった民間人の数は辛うじて1万人を切っていたが、現在進行形で僅かながらも二次被害、救助が間に合わない為に死者が出ているので全体的には恐らく1万数千人くらいが今回の襲撃での犠牲者となるだろう。

 

 バルバロスの残党がいるかもしれない為、動かせる対応戦力はドラクーンを含めても10万人もおらず。

 

 それを各地の安全確保、探索にも使っている為、人が足りないのだ。

 

 化け物に襲われても生きてさえいれば、フル稼働させた施設で生成した万能薬で治せたが、死者はこの範疇ではない。

 

 だが、これで死者を大分減らせたのが大きい。

 

 その半分が奴隷と移民でもう半分が帝国人だ。

 

 やはり、被害を受けたのは地方の小規模集落などが多く。

 

 バルバロス出現時に場所がほぼ直近で全滅した場所が多かった。

 

 駆け付けた時にはもう全滅していた為、対処のしようが無かった。

 

 というのが今後は最大の課題だろう。

 

 辛うじて生き残った少数は主に子供などで大人達に隠されていて生き延びた事が報告されており、現在は帝都に移送して、落ち着かせて養育施設の一部に任せている。

 

「……オレの落ち度だな」

 

 出来る限りはしたが、それが足りないというのはよくある事だ。

 

 だが、それを言い訳にしては政治などやるべきではない。

 

「……それで次はどうするんだい? 竜の国はあの騒動の時に殆ど動かなかったって聞いたけど」

 

 高高度での待機任務を任せていたのがようやく帰って来たウィシャスである。

 

 本日の朝に帰還したのだが、早めに自分が来ていた方が良かったんじゃないかという顔になっていた。

 

 現在地はリバイツネードの宿泊施設の一角。

 

 殆ど無重力で静止衛星軌道上に止めさせた事はぶっちゃけ超人なドラクーンの勘と事前の超高高度戦闘、ほぼ宙間戦闘を想定した一部のカリキュラムのおかげで無事に終わった。

 

 今度、ボーナスはしっかりと払いたいところである。

 

 現在、リバイツネードの本庁舎は中にいるはずの当人達がいないので子供達と所員だけが生活している場所だ。

 

 後片付けに追われている所員達を邪魔せぬようにと届けられる荷物は全て部屋の外に投下ポイントを指定、封書を筒に入れて投げ込む形を取って貰っていた。

 

 今もボトボトと窓の外では筒が落ちて、書類が見えざる触手さんで開封されて、外に造った触手の瞳が一斉に読んでいる最中だったりする。

 

「動かなかったんじゃなくて動けなかったんだよ。祖国の確認とか諸々やるべき事が多過ぎて首脳部も対応に苦慮してたんだろ。ちなみにお前を戻したら、もう一回お代わりの可能性が8%あった」

 

「無視できない数字か。そっちは解った。けれど、竜の国はあの時に侵攻していれば、かなり食い込めたんじゃないかい?」

 

「切り札である近衛連中を出して対処しなけりゃならないし、損耗した瞬間にこっちに手の内がバレるわけだが?」

 

「いや、それにしても戦略的には正しいと思うんだけど」

 

「戦略的には、な」

 

「どういう事だい?」

 

「戦略的には正しいけど、それは外交戦略的には間違いなんだよ」

 

「外交戦略? つまり、遠慮したって事かな?」

 

「ああ、あいつらにとってはこっちが消耗した後に此処は痛み分けにしませんかと持ち掛けた方が良いと判断したんだ。その為に無駄に怨みを買うような行動は控えたわけだ」

 

「そもそもドラクーンの実力が白日の下になって、あっちは頭を抱えてそうだけど」

 

「近衛の連中と戦っても引けを取らないからな。それもこっちには戦術兵器が大量にある。初手でぶつかっても恐らく数では負けても威力で勝るこっちは互角の勝負が出来る」

 

「となると、通常戦力で負けてるあっちの方が戦端を開いたら分が悪いのか……」

 

「そういう事だ。特にこっちは殲滅されたら、強硬手段しか取れないのは解るだろ?」

 

「化け物から人々を護っている最中に後ろから斬り掛かるなんて、って事?」

 

「そうだ。対外的にも外聞が悪過ぎる。そして、あっちも恐らく万能薬に気付いた。となれば?」

 

「消耗戦じゃ益々不利なわけか……」

 

「以上が今回の竜の国の襲撃に便乗しなかった理由だ」

 

「……あっちに1週間以上の時間を与えた事に対しては?」

 

 嫌がらせの意味はあったと言うべきだろう。

 

「そろそろ、あちら側からの使者が来る。フォーエが一番此処の連中とは相性がいいだろう。あいつに此処を任せたら、一緒に行くぞ」

 

「ゾムニスさんは?」

 

「あいつには二代目リセル・フロスティーナの内装と艤装の詰めを任せてある。こっちは今点検中のお前が乗ってきたので行くぞ」

 

「気になってた事を一つ聞いてもいいかな?」

 

「何だ?」

 

「フォーエ……彼を今回出さなかった理由は?」

 

「お前が切り札であると同様にあいつも切り札だ。この世界にとっての……」

 

「この世界にとっての?」

 

「お前が全てを力で解決する英雄なら、あっちはフィティシラ・アルローゼンの騎士様。ドラクーンの師団長って事だ」

 

「僕みたいに肉体をって事じゃないんだろうな……」

 

「勿論だ。あいつには人間のままに戦って貰わなきゃならない。その姿こそが一番大切なんだ……あいつの姉さんにも約束してるしな」

 

「君はまた……人の知らないところでそういう」

 

「お前の覚悟は死を越えていくものだ。だが、あいつはそうじゃない。あいつにはこの時代、この世界、この大陸で生きて貰わなきゃならない」

 

「死なせないと聞こえるけど」

 

「道具の使い方と一緒だ。お前とあいつの用途が違う」

 

「用途、ね……」

 

「御伽噺の英雄と共に行く仕事仲間の差だな」

 

「君に関わった人間の大半が今は吟遊詩人達に御伽噺として語られてなかったかい?」

 

「野暮な事言うなよ。あいつには……幸せになって欲しいんだ。それにお前よりも更にドラクーンの頂点として働いて貰うんだからな?」

 

「そうか……それは……だが、彼は怒るだろうな」

 

「いいさ。幾らでも怒られよう。あいつに戦われて死ぬよりも、生きて仕事をして貰う方が大事なんでな」

 

「はは、僕は雑用って事か」

 

「ああ、お前には使い処で恐らく死んでもらう事になる……悪いな」

 

「いいよ。君が決めた事だ。神相手にだって相打ちくらい取って来よう」

 

「だが、それはまだ先だ。行くぞ」

 

「一応、引継ぎをして来ていいかな?」

 

「解った。一時間後に研究所でな。その合間に諸々の準備は終わらせおく」

 

 竜の国との最後の交渉が迫っていた。

 

 やるべき事は殆ど終わらせていたが、詰めの作業は早めに済ませよう。

 

 それがきっと自分らしい戦い方なのだから。

 

―――リバイツネード施設通路角裏。

 

「で、君はどうするんだい? フォーエ」

 

「フィティシラに今まで沢山の事を学ばせて貰った。その分だけ戦う覚悟は決めてました。でも、戦うよりも大切な事があると言われて……死ぬ覚悟とは違うものを求められて、少し寂しいです」

 

「年齢というのはこの際、何も関係ない。一つだけ事実があるとすれば、君は彼女の騎士なんだろう。そして、僕は彼女の剣だ。そういう違いに過ぎない。たぶん……」

 

「そっちが良いって言ったら、怒りますか?」

 

「生憎とこの立場を誰に明け渡す気もない。あの世界すら救って黙ってそうな無欲のお姫様には剣くらい必要さ。その手を汚すよりも、その手に余るくらいの誰かを救って貰う為にもね」

 

「ウィシャスさん。必ず……フィティシラに相応しい騎士になると誓います」

 

「ああ、そうしてくれ。生憎と彼女の騎士なんて面倒な役は僕には荷が重過ぎる」

 

「っ……はい!!」

 

「僕はもう行くよ。故郷の事なら彼女に礼を言わなくてもいい。きっと、重要拠点に護りを置いておくのは普通の危機管理だ、みたいに誤魔化すだろうしね」

 

「あはは。確かに……」

 

「……僕がいつまで生きてられるかは分からないけど、先達として君に一つ教えておこう」

 

「?」

 

「貴族の子女の我儘は時に世界が滅ぶよりも難事だよ」

 

「―――ふ、ふふ、あはは、はい!! 確かにそうかもしれません」

 

「これでも詳しいんだ。散々に姉さんと妹に振り回されてたからね」

 

「肝に銘じて置きます」

 

「じゃあ、帝都は任せた」

 

「フィティシラを頼みます」

 

 2人の男が互いに頷き合い擦れ違う。

 

 そのやり取りを誰も聞いてはいない。

 

 そう一匹を除いて。

 

「マヲ……マヲヲヲ……」

 

 難儀なヤツらだなぁと呟いた黒猫は欠伸をしつつ、近頃出来たトモダチの下に向かう事にした。

 

 これから更に世界は混沌としていくだろう。

 

 その現実を前にお預けを喰らっている一人と一匹はせめて一番良い場面くらいは直に見る為に各地に出没しては人々の営みと決断を前に脳裏で計算する。

 

 これは破滅に届く力だろうかと。

 

 今、2人の騎士が擦れ違い。

 

 2人の騎士の未来が決まった。

 

 その戦いは確かに彼ら自身の願いであり、己の戦場でしか描けないものに違いなかったのである。

 

 *

 

―――二代目リセル・フロスティーナ艦内。

 

「アテオラ。少し良いですか?」

 

「はい。何でしょう? イメリさん」

 

 2人にとって二代目リセル・フロスティーナは何処か懐かしさを感じるものだった。

 

 基本的に形状は一新されたが、部屋割や通路などの幅は据え置きにされたからだ。

 

 一週間近く高高度に留まり、数名のドラクーンが運用していた後、大気圏内部に戻ってきた船は現在詳しい調査と回収を行われている最中だが、既にあちこちへ物資の搬入が行われている。

 

 自室となる2人部屋に私物と仕事道具を持ち込んで収納に詰め込んでいた時の事。

 

 イメリがひっそりと今は自分の二人目の主である少女に言葉を掛けていた。

 

「実はお聞きしたい事があって……」

 

「?」

 

「お恥ずかしい話ですが、こうして故郷に帰る段になって思うんです……自分は故郷の為に何かを出来ているのかと……アテオラは故郷の家族と手紙で連絡を取っていると聞いて……それでその……」

 

 僅かに言い淀む少女にポンとアテオラが手を叩く。

 

「ああ、故郷に帰りたいと思うかって事ですか?」

 

「―――あの、どうして……?」

 

「実は私……家族から当分帰って来るなって言われてて。ちゃんと仕事をしてから帰郷しろって……」

 

「そうなのですか?」

 

「はい。でも、帰るとか帰らないとか。そういう事を思ってる暇も無くて。毎日、地図を書いてるじゃないですか。それを見る度に行ってみたいなって思ってて……」

 

「寂しくなりませんか? 自分は此処にいていいのかと不安になったりは……」

 

「そういうのはありますけど、そんな事に時間割いてる暇有ります?」

 

「え、あ、はい。そう、ですよね……あのお姫様の無理難題は知ってるつもりです」

 

「あはは。でも、嬉しくて。私……」

 

「嬉しい?」

 

「だって、そうじゃないですか。御伽噺みたいなあの方と出会ってから、知らないもの、見た事の無いもの、驚くばかりの毎日……その代価が苦労だとすれば、それが私には支払えちゃう……」

 

「………」

 

「あの方の遠くを見る目が好きなんです。ずっとずっと遠くを見つめて、傍の誰かに微笑むところが……だから、苦労しても苦しくはない。自分の才能がこんなに嬉しくなる事なんて、きっと此処に来なければ無かった」

 

「アテオラ……」

 

「イメリさんだって、姫殿下に認められたからこそ、此処にいる。帰る場所は故郷じゃなくても、私は構わない方だったみたいです。だって、此処はみんなの夢と努力と願いの結晶なんです。あの方の傍が今は私の居場所になっちゃったかもしれません」

 

「……あはは。アテオラから、そんなに大胆な言葉が出るとは思いませんでした」

 

「え? 大胆?」

 

 解ってい無さそうに少女が首を傾げる。

 

「好きとか。その……」

 

 目を逸らしたメイド姿の少女が呟く。

 

「あ、えと!? こ、言葉のアヤというやつですからね!?」

 

「ふふ、解ってます」

 

「あ、も、もう!? 揶揄いましたね!? イメリさん!?」

 

「ごめんなさい。でも、今のを聞いて思いました。結局……私は故郷の為に此処で仕事をして学んでいるのに……故郷よりも大切な場所がもう出来ていた。そういう事だったんですね」

 

 何処か自嘲気味に呟きが零される。

 

「イメリさん……」

 

「此処はとても騒がしくて。毎日が楽しくて。勉強や仕事は大変だけれど、それも充実していて……軍に使い潰される暗殺者として生きていた頃よりもずっと嬉しい事ばかりで……」

 

 少女は涙を見せない。

 

 それは堪えているのではなく。

 

 何処か涙を覚えていないかのようだった。

 

「感謝してもし切れない。けれど、私が望んだ未来は此処じゃない。だから、苦しかったみたいです……」

 

「イメリさんは故郷に戻ったら、どうするつもりなんですか?」

 

「全てが終わった後、南部皇国をフィティシラ・アルローゼンの代理人として立て直す政務官僚の1人として携わる事になると思います。本国からの役人とは別のお目付け役として、ですけれど。何れは政治体制が変わる時に政治家になる道筋を作って貰ってしまって……」

 

「良かったじゃないですか!! イメリさんならきっと故郷の人達をちゃんと助けられます!!」

 

「そ、そうですか?」

 

「はい!!」

 

 その明るい笑顔に少女は思う。

 

 ああ、やっぱり、自分は故郷よりも大切なものが見付かってしまっていたのだと。

 

 だが、それで自分の願う未来が変わらない事を彼女は知っていた。

 

「治水や天候の問題が起きたら、頼ってもいいですか? アテオラを……」

 

「勿論です!!」

 

 ボフッとフカフカな寝台に抱き着かれて倒れた少女は「ああ」と思う。

 

 今日を懸命に生きよう。

 

 例え、南部で命を落とす事になろうとも、後悔はしないだろう。

 

 此処に自分が求めたものがあったと。

 

 その上で戦い抜いた事で命を落とすならば、それは最上の生き方の一つだろう。

 

 そう気付いた。

 

「その……一ついいですか? アテオラ」

 

「何ですか?」

 

「その……夜にあまり声を出さない方が……此処の壁は薄くないようですけど、2人部屋だとその……聞こえてしまって」

 

「ッッッ―――!!!?」

 

 ボッと頬を染めた少女がメイド服な少女にちょっと頬を膨らませて、恥ずかしそうに今度は自分からゴニョゴニョと耳打ちする。

 

「?!!!」

 

 ボッと言われた彼女もまた頬を湯だる程に染めて顔を思わず隠した。

 

「こ、この話題は禁止!! 禁止です!!」

 

「……姫殿下が実は前世で男性の方だったって聞いて、納得です。うぅ……こ、これから寝たかちゃんと確認しますからね!!」

 

 アテオラの言葉に頷くイメリだったが。

 

「は、はい。でも、寝たふりをしていたら分からないんじゃ?」

 

「じゃ、じゃあ!!? ど、どーすればいいんですか!?」

 

 こうして2人の少女は共にまだまだ互いに解っていなかった事を語り合い。

 

 そして、2人だけの秘密のルールを作る事にしたのだった。

 

 *

 

―――アルローゼン邸談話室。

 

「リリ」

 

「あ、お兄様」

 

 兄と妹。

 

 ラニカとリリ。

 

 西部の王族出の2人は今日に限っては明確に話し合う時間を取って、談話室を使っていた。

 

「どうだ? 父からの手紙は?」

 

「あ、はい。先日出した手紙の内容は見たと。戻って来ないならば、しっかりとあの方の生き方を傍で見届けよと」

 

「そうか。リセル・フロスティーナへの乗船は願い出たな?」

 

「はい!!」

 

「こっちも許可が下りた。2人部屋でお前と一緒だ。南部皇国……この世の悪徳の園はお前が思っているよりもずっと酷い場所だとのことだ」

 

「はい。それは一応……聞いてて……」

 

「調べなくてもいいが、見る事になるものはお前の心を殺す程に怖ろしいだろう。それでも行くんだな?」

 

「……うん」

 

 瞳の強い妹に兄は頷く。

 

「解った。なら、何も言わない。2人で見届けよう。あの方の行く末を……」

 

「……お兄様。姫殿下の事が好きなの?」

 

「ゲッホ?! 馬鹿を言うな!?」

 

「じゃあ、姫殿下の外見は?」

 

「いや、その、何処でそんな話題を覚えて来た?! 兄さんはふしだらな友人とかが出来たら、どうすればいいんだ!?」

 

「デュガシェスさんが言ってたの。『大体の男の下半身を持っていける美貌だよなぁ』って」

 

「あ、あいつか!? ウチの妹に何て事を!?」

 

「でも、お兄様。いっつも姫殿下の事を見て、ちょっと嬉しそう」

 

「な?!」

 

 ジト目になる妹という初めての状況に兄が愕然とする。

 

「それと姫殿下の御召し物の着替える時に手伝った後、少しだけ前屈み」

 

「なぁぁ?!!」

 

 妹の発現に愕然とした兄である。

 

「デュガシェスさんが『フィーはそういうの無頓着だかんな』って言ってた。それと『あんまり男にそういの手伝わせるなよと思うけど、別に気にしないから仕方ないんだよなぁ』って」

 

「う、うぐぅ!?」

 

「……お兄様。姫殿下の外見好き?」

 

 ズイッとジト目で自分を追い詰める妹。

 

 いつの間にそんな事を言うようになったのかと兄は戦慄する以外無かった。

 

「あ、あの方はだなぁ!? 美しいというよりは綺麗と言うべきで!? 性格は悪いのに微笑んでるところが聖女の名前通りなのがまったくけしからん!! だから、不敬な輩が出ないようオレが身の回りの世話では目を光らせて―――」

 

「お兄様。姫殿下を護ってるの?」

 

「あ、ああ!! そうだ!! 不埒な輩から守る為だ!!」

 

 妹の手前、兄の威厳を保とうと必死な青年である。

 

「そっか……えへへ。リリ、お兄様のお部屋お片付けしてくるね!!」

 

「あ、ああ、頼む」

 

 ニコニコ笑顔を取り戻した妹に良い兄の顔で頷いたラニカの前から少女が消えて数秒後。

 

 ようやく兄としての顔を解いて疲れた様子になった彼は思う。

 

 日々、妹も進歩しているのだな、と。

 

 昔は兄にあんな視線を向けるような事は無かったのに女性は早熟とか誰が言い出したんだ、と。

 

 いつまでもカワイイ妹でいて欲しいと切に思う彼はそうして忘れていた。

 

 自分の私室にある帝都においては男の嗜みとなりつつある黒本。

 

 要はエロ本が一冊。

 

 研究所に真夜中に届け物をした時に買い込んだまま。

 

 寝台の下に隠してある事を……。

 

 その日、妹の信頼を一気に半減させた兄なのだった。

 

―――曰く、お兄様は変態!!!

 

 それが妹の裁きだったのである。

 

 *

 

 帝国が建国以来の巨大な戦争に巻き込まれ、同時に無数のバルバロスの襲撃を乗り切った事は正しく神掛かった出来事として各国に矢の如く伝わっていた。

 

 主にそれらの情報をばら撒いたのは当人たる帝国陸軍情報部そのものだったが、事実のみを伝えた結果として、人々は正しく思った事だろう。

 

『おお、これこそ亡国!!』

 

『帝国の滅亡は近い!!』

 

 確かにバルバロスの大襲撃を退けたとは言うが犠牲者も出たというし、竜の国との戦争で戦力を集結させていた為に対応は遅れて、国力は衰退の一途である。

 

 さぁ、そろそろ帝国から手を引く時だ、と。

 

 大陸商人達の多くはそう思っていたが、此処で帝国で商売をしていた者達と齟齬が起きている事を彼らは知らなかった。

 

 帝国にいる国外商人曰く。

 

『手を引くだなんてとんでもない!!!』

 

『今、大量のバルバロスの遺骸が物凄い勢いで資源化されてるらしいですし、大量に造られるバルバロス関連の製品に投資すれば、大儲け間違いなしですよ!!!』

 

 と、言うのである。

 

 半信半疑な参入後続の商人達だったが、一週間もせずに大規模なバルバロスの死骸を用いて造られた製品が割安で大量に国外輸出されるとの話と同時に新たな輸出先を探していると言われて、儲け話に乗らざるを得なかった。

 

 新規発行された【不滅の紙幣】の力がこれを後押しする事になったのは言うまでもない。

 

 帝国製のバルバロスを用いた兵器類が竜郵便で割安で届くとの話に乗った大陸各国の軍事関係者は微妙に良い買い物をしたと言いたげであり、予約待ちの商品がまた帝国の棚には並んだのだ。

 

『バ、バルバロスの毛皮のコートが4万パレル?!』

 

『他にもこいつはバルバロスの栄光の油じゃねぇか?! 長寿命の明かりが4000パレルぽっちか!!』

 

『こっちは骨製の食器!? くっそ高いヤツ!? これが1000パレルとか!?』

 

『こっちは何だ? 尻拭き用の紙……だと? うお!? 薄い!? 軽い!? 肌ざわりまで?!! これが300パレル?!! 水に溶けそうなくらいのもんがか!?』

 

 こうして帝国に戦争を仕掛けようとしている国々すらも帝国から割安で先進的な商品や高額商品の流入が日増しに増加していた。

 

 物流は基本的に大陸では遠方の国なら数か月単位、年単位待つものであるが、帝国が開発したとされる空飛ぶ馬車なるものを竜が引いて、大量の荷物を数日から一ヵ月前後で大陸各地に配送する段に至って、その事実を知る彼らの多くは帝国の見方を少し変えていたのである。

 

 今までは破産すると言っていた者達は声を潜め。

 

 逆に帝国は何とか持ち直してギリギリのところで踏ん張っている。

 

 これは帝国に乗った方が良いのではないか?

 

 という疑心を生み出したのだ。

 

『竜が引く馬車……あれが帝国。あれが帝国の技術……』

 

『何とも恐ろしい……あんなにも巨大なものを竜一匹で引くのか……』

 

『帝国の商人共はこれで物腰が低いというのだから、さぞかし金食い虫なのだろうな……帝国陸軍とやらは……』

 

 空飛ぶ馬車を見た国々の王侯貴族や商人達はまるで自分達との技術的な世代が違う商人達の物腰の低い様子を見て、風向きが変わったような気がしながら、あらゆる商品の注文をしていた。

 

『備蓄に帝国製の瓶詰めを400お願い出来るかね?』

 

『こっちは瓶そのものを売って欲しいんだが、何? 余ったのを回収する業者を欲しがってる? よし来た!! ちょっと商売の話をしようか!! 瓶を幾らか流してくれるなら、回収を割安で手伝おう。どうだ?』

 

 この一連の事件の影響は結局のところ親帝国領域と称される同盟国との間では山間部の者達を失ったものの、国力の衰退までは行かない軽微なものとして扱われ、大陸の中央から下半分でのみ、風向きの変化が感じ取られていただろう。

 

 そうして、未だ竜の国との戦争には決着が付くまいと思われていた矢先。

 

 帝国の南部国境地帯には新たな風が吹こうとしていた。

 

―――帝国南部国境域古代竜セルザート上野営地。

 

「……以上が配下から聞こえてくる他国での風評です」

 

「バイツネードの襲撃で犠牲者は出したが、軽微か……」

 

「はい」

 

 国王と呼ばれる青年と彼に付き従う女傑エジェットは報告書を王族用の天幕で精査しながら、マズイ事になっている状況をどうにも出来ずにいた。

 

「これで帝国から人と金が離れていくかと思えば、バイツネードの本気の襲撃を金に変えるとは……」

 

「これ程に大量のバルバロスの遺骸を一気に処理しているのも驚きですが、問題は背後にいるリバイツネードと彼らと提携する各地の研究所群です」

 

「100万規模の遺骸の下処理が出来る事自体が驚きなのだが、そこまで人員に余裕があるのか?」

 

「いえ、殆どは陸軍と民間の運輸業者に装備を与えて専従業者として雇い入れているとか」

 

「やはり、国力が違う、か」

 

「はい。残念ながら……帝国各地に大量に食料も備蓄されていたようで輸送関連の業者が処理に回っても大規模な街からの配給で各地の小規模の集落も飢えていない様子だと」

 

「つまるところ準備されていたという事だ」

 

「ええ、そうなるでしょう。それも数百万規模想定で分野毎に動かす事を事前に訓練していた様子まで見受けられると」

 

「……結果論だが、犠牲が少なかったせいで我が国との戦闘での犠牲者が上回れば、周辺国からの圧力は更に増すな」

 

「はい。このままでは交渉にも響くかと。一度、交渉への一歩として探りを入れるべきです」

 

「お前の策は承知しているが、戦場の空気が白けている」

 

「承知しています。気を引き締めろと幾ら上から言っても、兵達からすれば、絶好の機会に責められず、かと言って今から攻めるのでは背後を突くようで意気揚々とは行かないでしょう」

 

 周囲には参謀役の男達も詰めている為、2人の言葉は正しく総意を再確認しているようなものだ。

 

「良くも悪くも良い兵過ぎるな。我が軍は……」

 

「それは贅沢な悩みというものですよ。他国が兵の略奪に苦心する事もあるというのに良い子過ぎると言って不良になれとは言えません」

 

「では、どうする? もう一度、宣戦布告でも出すか?」

 

「それは一案ですが、まずはこちらを……」

 

 紙が一枚青年に渡される。

 

「交渉前に帝都へ乗り込むのか?」

 

「はい。事前交渉だと言って使者を送りましょう」

 

「……お前は入れないだろうな」

 

「無論、承知です。ですから、そちらにお願い出来ませんか」

 

「その間にこちらをどうする?」

 

「今、再編が終了した部隊を順次展開させていますが、そちらを……」

 

「どうにか出来るか?」

 

「いえ、今はまだ。とにかく戦域が狭過ぎます。どのような作戦を使うにしても、戦場の余白が無いと部隊の動きに支障が出る。これもあの姫殿下の策でしょう」

 

「最初から我らは誘い込まれていたようだしな」

 

「ええ。200万規模の兵を展開させるにはこの地方が小さ過ぎる。部隊の連携は出来ても身動きが取れない。空での戦いで押し負ける部位が出れば、地上の兵は地獄を見るでしょう」

 

「そして、意気軒高と勇んで逸れば、相手は引くだけで兵站を伸ばさせる事も出来ると」

 

「とにかく、広範囲の攻撃を護り切れません。散兵させようにも相手は規模的にこの地方そのものを焼き払うような、広域を焦土にする火力を用意しているはず」

 

「戦略兵器が無くてもこの有様か……」

 

「まず以て、ヴァーリから供与された23万丁の銃と銃弾1200万発が地上部隊の要です。敵陣地を竜で焼き払い、地表から抉じ開け、包囲を突破し、後背に回っての逆包囲……欲を言えば、相手が陣地に固執してくれれば言う事はないですが……無理でしょう」

 

「だろうな」

 

「一点突破を狙うのは悪くないですが、その突破力を殺された瞬間に喰らい付く事が出来ない横っ腹の兵を砕かれて終わりとなれば、突破の意味も無くなる」

 

「戦術的にはまだ挽回出来そうだが、戦略的には詰んでいるな……」

 

「だからこその事前交渉です」

 

「昼にはゆけ。この期間で辛うじて40体は覚醒させられた。古代竜用の兵器類の使用は最終手段でいいな?」

 

「大陸が滅びても困ります」

 

「解った。では―――」

 

『伝令!! 伝令!!』

 

「騒がしいぞ!! どうした!!」

 

 参謀の1人が悪かった顔色を隠して天幕の外に叫ぶ。

 

「失礼します!! 第一報!!! 敵主力包囲陣北東部より剣のような空飛ぶ船が陣地に降り立つのを隠密観測部隊が確認!! も、紋章はアルローゼン大公のものであると!!」

 

 周囲にざわめきが奔る。

 

「この段になって、まだ先手が打てるのか。あの姫殿下……」

 

 青年が溜息を吐く。

 

「交渉相手が陣地にいるならば、逆に手間が省けたと良い方に考えましょう」

 

「はは……結局、どのような手を考えても何処かで対策されている。未来でも見てきたのかと思う程にな……」

 

「済みません。参謀役として至らず」

 

「良い。お前が姫殿下のようであったら、こっちの胃が持たない。取り敢えず、手を出すなと全部隊に通―――」

 

『伝令!! 伝令!!』

 

「今度は何だ……はぁぁ」

 

 王が溜息を吐く。

 

 だが、やって来た兵の鎧が黒い事ですぐに2人の顔色が蒼褪めたのだった。

 

 *

 

『敵展開済みの部隊に動き有り!! 敵は20m級個体が約200体!! こ、近衛軍です!!』

 

『姫殿下!! 直ちに後方へお下がり下さい!!』

 

「いえ、間違っていますよ。一般兵を直ちに後方地域へ輸送開始!! 陣地を放棄して周辺地域にはこの地点を狙っての火砲の用意をさせて下さい」

 

『姫殿下?!!』

 

「ご苦労様でした。アレは攻めに来たのではないのですよ。あの騒ぎの中でもよく陣地を護り続けてくれました。後方で準備を……後はドラクーンとわたくしに任せて下さい」

 

『―――ご武運を!!』

 

「ありがとう」

 

『ブワッ(´;ω;`)』×一杯の士官達。

 

 陣地に鐘の音が響き。

 

 即座に後方に向かう十台近い小規模なトロッコ列車が即座満員状態で小型の蒸気機関で牽引し始める。

 

 簡易の蒸気機関なので左程に大きなものは動かせないが兵を満載した台車を数十両引くなら問題は無い。

 

 周囲に展開していた30人のドラクーンの一部が殿に付いて飛行しながら、背中を護っていた。

 

 幕屋の外に出ると。

 

 確かに朝が終わろうという時間帯に黒々しい一団が空を飛んでいるのが見えた。

 

「ふむ。先に来たのは彼女ですか?」

 

「お知り合いで?」

 

 ドラクーンの1人に頷く。

 

「ええ、ちょっと殴って壁にめり込ませたら、恨まれました」

 

「はは、さぞかし相手は竜も慄く醜女なのでしょうな」

 

「残念な事にとても愛らしい方ですよ。机と椅子は?」

 

「出しておきました」

 

「よろしい。ウィシャスには予定通りと伝えて下さい。後、総員はわたくしの背後へ立つように」

 

「了解致しました」

 

 黒鎧の兵達は武器も手に持たずに背後にゾロゾロしている。

 

 こっちのドラクーンも黒なので真っ黒な会談現場となった。

 

 間にもやってきた先頭の竜から人影が降りて来る。

 

 それがすぐに誰かは解った。

 

「お久しぶりですね。リニスさん」

 

 そう、やって来たのは竜の国で団長を務める代替わりしたばかりの少女だった。

 

 デュガシェス命な彼女が周囲をキョロキョロした後、あからさまにお目当ての人間がいない様子なので不機嫌になる。

 

「デュガシェスなら船で待機中です」

 

「ッ」

 

「ちなみに幾らデュガシェスの友人の方と言えども、他国の船へ勝手に押し入れば、交渉事は最悪の状況から始まります」

 

「~~~この誘拐犯!!」

 

 背後のリニスの部下達はあからさまに『あちゃー(ノ∀`)』という顔で額に手を当てていた。

 

「取り敢えず、罵倒分は貸しにしておきます」

 

「く……何の用よ!! 戦うんならさっさと攻めて来なさいよね!! こっちは早くアンタをぶん殴りたいってのにあのヒョロヒョロは何日も何日も『まだだ』『まだだ』しか言わないのよ!?」

 

「攻めたら、無駄に兵が死ぬのではそう言いたくもなるでしょう」

 

「そのせいで士気は駄々下がりよ!? もう!? だから、嫌なのよ!? あの眼鏡!!」

 

 地団駄を踏みまくる勢いでリニスがキレる。

 

「やる気満々な人が傍にいると逆に冷静になるわけですか。反面教師は偉大ですね」

 

「は?」

 

「取り敢えず、まだ殺し合いにもなりませんし、お茶でもどうです?」

 

 用意させていた紅茶のポットがドラクーンにお盆で出される。

 

「フン……ウチのヒョロヒョロが来るまでに口で決着付けようっての?」

 

「いえ、別に……デュガシェスの昔話でも聞かせて欲しいと思っただけです」

 

「ふ~~ん? ま、いいわ。なら、お呼ばれしましょ」

 

 椅子にふんぞり返ったリニスに持って来ていた袋からお茶菓子のクッキーを出す。

 

 帝都で造って乾燥材を入れたブリキ缶で冷凍していたものだ。

 

 間違っても食中毒は起こさない代物である。

 

「戦争中にお菓子? 良い御身分ね」

 

「ええ、士官にだけですが、各地で焼いたものを配ってるんです。あまり数は出せませんが、戦場での一時の癒しになればと」

 

「は? 自慢? 自慢なの? ねぇ? それ」

 

「いえ、単なる事実ですよ」

 

「くぅ~~~ウ、ウチだってねぇ!! すっごい高級な干し肉くらいなら士官連中に出せるわよ!!」

 

「甘いものはさすがに無理だったと」

 

「あ、甘いと腐るじゃない!!」

 

「砂糖は腐りませんよ?」

 

「果実の話よ!? 戦場に持ってける程に干し果実の量が無いなんて普通なのよ!? 解る!?」

 

「はい。我が国では戦場にようやく菓子を配れるようになった程度ですし、そう違いはありませんよ」

 

「ぐッ、~~~?!!」

 

 歯ぎしりしそうなくらいに悔しがられた。

 

 背後では『そんなの食わせて貰ったことあるかお前?』みたいな部下の人が互いに顔を見合わせていたが見なかった事にしておく。

 

「デュガシェスの事なら何でも知ってそうと思い話し掛けたのですが、あの子は昔はどういう子だったのか聞いても?」

 

「何よ。昔って……数年前の事くらい聞けばいいじゃない」

 

「本人に聞くのもアレじゃないですか」

 

「………何で知りたいのよ」

 

「自分の片腕の事を知らずにはお仕事も出来ないでしょう」

 

 リニスが複雑そうな顔で渋る。

 

「あの子はね。特別なの!!」

 

「特別?」

 

「そうよ。でも、特別だから一緒にいたわけじゃない。あの子がいつも楽しそうだったから、昔はよく一緒にいたの」

 

「楽しそう?」

 

「何でもそうだったわ……空で竜から落ちそうになった時や落ちた時ですら、そうだった。怒られてもドキドキしたとか。楽しかったとか。反省してるのかって怒られて。でも、やっぱり楽しそうだった」

 

「良い方達に囲まれていたようで安心しました」

 

「……ねぇ」

 

「?」

 

「アンタは兵隊を何だと思ってるの? 兵隊はお姫様じゃないのよ?」

 

 何やら少女はこちらの意図くらいは見抜いているらしい。

 

 時間稼ぎされている事も解っているのだろう。

 

「人間は人間ですよ。兵隊の別名は一般人。またの名を凡人。二つ名は無能と言います」

 

「―――自分だけで戦争出来ると思ってそうね」

 

「そんな事ありませんよ。人々に支えて貰わなければ、何も出来はしません。全て貰いものや拾い物で継ぎ接ぎした結果として今の体もありますし」

 

「それが……帝国の神の残滓の力?」

 

 白い髪に白い肌の事を言っているらしい。

 

「ちょっと、人間を止める事にしたので。ああ、心は人間のままですよ。一応」

 

「そんな力を得てまでやる事が兵隊を後ろに逃がしたり、こっちの軍に睨みを効かせたり、だなんて……使い方間違えてるでしょ。古代竜共が怯えてる。アンタ一人に……」

 

「逆に聞きますが、この程度の力の使い方に何か人助け以外に用途がありますか?」

 

「は? 不老不死になった馬鹿なら昔一人いたって話よ。それこそバイツネードになったらしいけど。アンタだって同じようなもんじゃない」

 

「解ってませんね。貴女もあのバイツネードの当主も、貴女の王様も……」

 

「何が解ってないって言うの?」

 

「結局、人間らしい生活を維持する為以外じゃ、こんな力は使いどころがありませんよ」

 

「本気で言ってるの?」

 

「勿論。力なんて言うのは単なる道具。使い方を選ぶ事が出来るのが良いところです。他者と自分が幸せに生きていけるように使うのが妥当でしょう。ちゃんと使うのが力が大きければ難しいというだけの事で、それ以外は木の棒と変わりはしません」

 

「木の棒って……アンタ」

 

「この力はそういうものなのですよ。少なくともわたしくにとって」

 

「本気?」

 

「リニスさん。万能や全能の道具があっても人間困るだけです。だから、こういう事に使う程度で丁度いい。不老不死なんてなったところで幸せの本質というのは変わりません」

 

「何が言いたいのよ……」

 

「貴方は剣でスープを食べないでしょう? 槍でパンを刺さないでしょう? この力はそれが出来てしまいますが、普通はしないと貴女は言った」

 

「普通しないでしょ……」

 

「確かにわたくしもスプーンでスープを食べたいですし、フォークでパンを刺したい派です。でも」

 

「何よ……」

 

「じゃあ、この力で何をすればいいんです? この力は用途の為に造られたわけではありません。何でも出来るよう作ったから、用途は使用する相手任せなんですよ」

 

「何をすれば? そりゃぁ……何か大きい事よ」

 

「では、その大きい事とは戦争でしょうか? それとも虐殺? 人間を別の生き物に変えてみる? どれも出来ますが、する意味は無いでしょう。出来るからやるのではなくて、やらなければならないから出来るようになるんです」

 

「その力は何でも出来過ぎるって言いたいの?」

 

「はい。人間はやらねばならないから進歩しますし、生きる事が愉しい。この力でそんな幸せを奪うのは傲慢でしょう」」

 

「苦労が幸せだって言うの?」

 

「ええ。これはそういうものを邪魔せぬよう精々人々が涙を不用に流さずに済ませるのに使うとか。死ぬにはまだ早い人に生きられるように命を与えるだとか。その程度の事に使うのが良いですよ……社会的な面で使用するならば、ですが」

 

「何よソレ……奇跡じゃない」

 

「ええ、奇跡でしょう。今はまだ」

 

「まだ?」

 

「いつか……人間はそれが出来るようになるはずです。奇跡は起こせます。人間の手でだって……神の力や遺物が無くても……」

 

「なら、アンタはそれを捨てられるって言うの?」

 

「ええ、勿論。必要なら捨てて構いません。必要な時に必要なだけあればいい。大げさな破滅や理不尽な死から人を護るのが奇跡なら、喜んで使いましょう。でも、それは人の進歩の妨げにならないよう配慮しての事です」

 

「そんな都合良く……」

 

「行きますよ。その為の努力です。奇跡の代価を人が払えるようになった時、奇跡は単なる道具として、互換性のある叡智や技術で代用され、不用となるでしょう。それが進歩だとわたくしは思います」

 

「……アンタの持ってる力を寄越せと攻めてきたガラジオンにもそう言える?」

 

「ええ、勿論。試しに3か月くらい借りてみます?」

 

「は?」

 

 指輪を抜いて相手に投げる。

 

「それが奇跡。蒼の欠片ですよ。お貸ししましょう」

 

「な―――?!!」

 

 パシッと受け取られた。

 

「しばらく使う予定もありませんし、南部皇国で使う分は使ったので」

 

 肩を竦める。

 

「ああ、そろそろ怖い人達が来る頃ですね。わたくしはここら辺で退散しますが悪しからず。帝都に戻ってから南部皇国に向かわねばならないので。そう言えば、バイツネードの当主が先日、ガラジオンは攻め時だと言っていましたよ?」

 

「なぁ?!」

 

「では、これで。総員撤収!!」

 

 ドラクーンがスタスタとその場から浮遊して去り始め、こっちも例の小型機のハッチを開いて貰って乗り込んだ。

 

 すると、迎えのメイドがデュガシェスだった為、慌ててあっちがこちらに近寄って来る。

 

「リニス!! ちゃんと、貸りたものは返すんだぞ~~~」

 

「あ、へ!? え!!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? デュガシェス!? デュガシェスったらぁああ!?」

 

 ハッチが問答無用で締まり、すぐに飛行状態に移行する。

 

 その場から反転して戻っていくと。

 

 何やらやってくる竜の群れからは血の気が引く音がした、気がした。

 

「なぁなぁ?」

 

「ん?」

 

 小型艇の中でメイドが主に訊ねる。

 

「本当にあんなのリニスにやって良かったのか?」

 

「ああ、基本的に条件を満たさないと使えないしな」

 

「え?」

 

「本物は渡したぞ? だが、本物だからって誰でも使えるとでも?」

 

「え、えぇ……それはアレじゃないか? 詐欺的な……」

 

「誰が詐欺師だ。これでもかなり譲歩したんだが?」

 

「そうか?」

 

 デュガシェスが未だに地表で何か喚いているリニスを窓の外に見ていた。

 

「奇跡貸しただけし。奇跡がただで動くなんて一言も言ってないし。それ以前に本物を渡したんだから、相手の戦略目標も達成させたし、もし此処で戦争を続行したら、単純に使い方が永遠に解らなくなるって結果だけが残るな」

 

「……あぁ、今アズにぃの胃が心配になったぞ。物凄く」

 

「戦争がしたければ、どうぞご勝手に……好きなだけ勝利して欲しいな。使い方も分からない奇跡とやらを得る以外じゃ無理難題しか持って帰れないだろうが……」

 

「はぁぁぁ、で? どうするんだ?」

 

「勿論、南部皇国に向かう。早く使いたいならオレを捕捉して条件を聞き出すしかないな。だが、生憎ともうあいつらが動いた時には南部皇国に一っ飛びだ」

 

「あの新しいリセルは使わないのか?」

 

「まだ一月以上掛かるみたいだが、懸案だった150万人分の相手側の戦争資源は使わせた。しばらくの猶予がある。リセルの投入まではあっちであちらの事を調べつつ、諜報活動だ」

 

「それ一人でやる気か?」

 

「勿論。他の連中が来る前に下準備は済ませておく。現地の情報で綿密に作戦も立てなきゃならない。フォーエやイメリ、アテオラの協力もリセルが来てからが本番だろうな」

 

「こっちは大丈夫なのか? 普通、こういう時って講和蹴られるけど」

 

「あそこに軍を放置してるだけで国力を摺り減らす以上、あっちが取れる合理的な判断は一つだけだ。そして、オレはまったく条件付き講和が蹴られる未来が見えない。相手の受け入れに期待しておこう」

 

 肩を竦めておく。

 

 その背後では白い目になったリージが溜息を吐いていた。

 

「前々から言われていた通り、帝国はまた負けるわけですか」

 

「無論、小さな敗北と真なる勝利の為に……」

 

「解りました。では、対外的にはいつもの過少評価的な情報操作を。それと不動将閣下にドラクーン経由で信号を送ります。例の条件付き講和内容はすぐにでもあちらに届くかと」

 

 予め作っていた内容をザックリと軍に任せて、帝都に帰還する。

 

 二代目リセル・フロスティーナの完成は突貫工事も相まって2週間掛からないとの話なので先に南部皇国に先行する事になっている。

 

 途中、ヴァーリに寄って道すがら問題を一つずつ解決する事に決めたのだった。

 

―――6分後、帝国放棄陣地跡。

 

「えっと、その……はい。あげるわ!!」

 

 呆けた表情の王様と物凄い渋い顔をした女傑を前にしてさすがにマズイと感じたリニスが貸して貰った指輪をポイッと青年に渡す。

 

 そうして即座にその場から逃げ出そうとして。

 

「エジェット」

 

「言われずとも」

 

 ガシッと大柄の女傑にリニスが首根っこを掴まれた。

 

「な、何も悪い事してないわよ!? 放しなさいよ!? エジェット!!?」

 

「何か他に言いたい事は?」

 

「え? あ、敵陣地取ったから、後で一番槍の報奨金だけ―――」

 

 ゴインッと青年が少女の頭に拳を降らせた。

 

「い、痛ったぁ~~~?!! 今、始祖の祝福使ったでしょ!?」

 

「はぁぁぁ~~~………」

 

 王の口から暗澹たる溜息が吐かれる。

 

「最悪の事態だ。お前は今までの労力を全て無に帰したと解ってるのか? リニス」

 

「ど、どういう事よ? 欲しかったもん手に入れたんだから、さっさと帰ればいいじゃない」

 

「エジェット。どうだ?」

 

「………ダメですね。しかも、本物だからこそ性質が悪い。交渉が暗礁に乗り上げました。目的を半分達成しましたが、同時に主導権は全てあちらに移りました。此処から先は返って来ません」

 

「どういう事よ? 懸案もそれがあれば解決するんでしょ?」

 

「そんなわけがあるか。どう使うつもりだ?」

 

「え? 使えばいいじゃない。始祖の祝福みたいなもんなんでしょ?」

 

「エジェット。前団長には悪いが祖国を亡国寸前まで追い詰めるのが身内では洒落にならん」

 

「後で報告しておきます」

 

「な!? や、止めてよ!? お父様やお母様に何言うつもりなの!?」

 

「難しい話が嫌いなせいで漬け込まれる隙があったのに放置していた私達の怠慢でしょう。取り敢えず、難しい話は塔でゆっくり致しましょう。軍はどう動かしますか?」

 

「あちらは恐らくダメ押しをしてくるぞ。備える為に展開は即時中止。使者が来たら、何が有っても絶対に手を出すなと厳命しておけ」

 

「了解しまし―――」

 

『伝令!!!』

 

「まさか……もう?」

 

「……主導権はどうやら永遠に行方不明のようです」

 

『て、敵軍より条件付き講和の使者がドラクーンと思われる一団を伴って白旗で現れました!! 我が軍の展開中の部隊の一部がこれに一度だけ発砲!! し、死者は出ておりませんが、敵使者は自らを“地方軍総司令官”であると名乗っており、現地の軍が対応を求めて来ております』

 

「「―――」」

 

 黙り込む2人の男女にリニスの顔が引き攣る。

 

「何処の部隊だ」

 

『は?』

 

「その発砲した馬鹿は何処の部隊だと聞いているッッッ!!!?」

 

 激怒した王というものを初めて見た伝令がその怒髪天を突く形相に震え上がり、即座にリニスが統括している展開地点の兵だと伝える。

 

「すぐに行く。対応する士官以外は全ての兵をその地点から引かせよ!! その地域の軍には兵器を全て地表に置いてから引けと伝えておけ」

 

『りょ、了解致しました。直ちに!!!』

 

「……王たる態度が崩れていますよ」

 

「はぁぁ、代わってくれるか? エジェット」

 

「御免被ります」

 

「まぁ、いい。起きた事は仕方ない。そっちのお転婆の教育は今後お前に一任する。どんな事をしてもいい。死ななければ、別に構わん。徹底的にやれ」

 

「解りました。仕事が終わったらさっそく取り掛かるとしましょう」

 

「な、何よ? 敵軍総司令官とか大物じゃ―――」

 

「「お前はもう黙れ」」

 

「きゅぅ……」

 

 2人の青年と女傑から同時に極寒の射殺されそうな瞳を向けられて、思わず少女は小動物のように震えて口を塞いだ。

 

 今ならきっと小動物くらいなら視線で殺せる2人である。

 

 彼女くらいの小童一人、視線だけで蒸発してしまうかもしれない。

 

「もはや我らには戦争をする理由が無い。だが、同時に相手にお願いをする義務と責任が出来たわけだ……」

 

「でしょうね。諜報部隊に追わせます。戦後処理はこちらで。王は最低限の裁可の後、すぐに本国から南部皇国へ」

 

「解った。参謀連にも迷惑を掛けるが、そちらで処理しておいてくれ」

 

「あ、そう言えば、あいつがバイツネードの部隊で本国が危ないって」

 

「「どうして先に言わなかった!!?」」

 

「ひゅい?!!」

 

 2人は知らない。

 

 その指輪が実は3か月くらい貸しておくと言って渡されたものであるという事を。

 

 その日、戦争が終わった事を帝国の多くの民は早過ぎる新聞記事で知る事になるが、それすら彼らが気付くのは随分後になってからだろう。

 

 予め刷られた400万部のソレはすぐに帝国から周辺国へと浸透し、帝国の敗北を印象付ける事になる。

 

『帝国、条件付き講和を求める。ガラジオン、これに即日停戦か?』

 

『講和案判明。領土原状復帰と無期限の不可侵条約が軸』

 

『反帝国連合からの離脱による単独講和が成立すれば、反帝国連合に痛手』

 

『帝国側からは賠償金代わりとして今後の帝国通商連携協定への無条件参入可能を示唆』

 

『帝国への関税を全て許容し、帝国側からは関税無し40年で調整と政府要人』

 

『特報!! 国土を焼き払う戦略兵器の保有数制限協定と領土空白地帯の多国間交易路協定』

 

 どう考えても最初から用意されていたままに大陸南部にまで伝わったこの話は多くの国々でも激震が奔るものだった。

 

 しかし、一番の話題はこれで決まりだろう。

 

『災禍を静めんと奔走したフィティシラ・アルローゼン姫殿下全録!!! 既知の竜の国の将兵を通じて事前に講和を打診!!! 単身、数百の竜を前にして迫真の交渉を成功させたとの見方!!!』

 

 戦争を治める為、最前線に赴いて数百にも及ぶ精鋭の竜騎兵を前に講和前の事前交渉を成立させた立役者。

 

 という事で多くの人々はまた小竜姫伝説が積み上がったのを目の当たりにしたのである。

 

 まぁ、殆どの記事は最初から誰かさんが書いた原案を使っているのだが……何故か当人が書いていない噂好きな人々の書いたコレが一番売れる記事だったのだ。

 

 結局のところ掌で踊らされているという事実を知った無力感に苛まれる竜の国の首脳陣は打てる手が無かった。

 

 フィティシラ・アルローゼンによる予想外の手で全ての状況がひっくり返り、強制的に講和を成立させた悪魔のような手法は人の合理性と感情論をざっくり操った正しく極めて狡猾な代物だったのである。

 

『まさか、こんな手を……』

 

『王家の攻め手をこんな手段でひっくり返すとは……』

 

『しかも、講和内容が良過ぎる。この時点で戦力を消耗せずに取れるものとしては恐らく最大。絶妙な線で調整されている……』

 

 本来ならば、戦争の結果として様々な要求が出来たはずの彼らは逆に早過ぎる展開に戦果を挙げる暇も無く最低限度の戦略目標を達成させられた挙句に対外的な戦争への大義名分を失ってしまったのである。

 

 一方的な関税の不平等条約というのは大陸においては権威を示す力もあり、帝国よりもガラジオンが上であるという権威付けと一方的な設定で貿易に極めて有利に働く。

 

 これは一般常識だが、この条約の罠はガラジオンが売れるものが傭兵しかないという事実であり、帝国は懐が痛くも痒くも無い。

 

 こういった痛み分けよりも少し不利な講和を帝国から言い出した以上、各国からはガラジオンは勝利したと見なされる。

 

 此処から更に何かを要求する事は各国から見ても不当で悪辣という印象を拭えない。

 

 つまり、ガラジオンはこの時点で他国からの風評を考えるなら戦争を続ける事は不可能だった。

 

 更に相手が出して来た実利は思っているよりも良く。

 

 帝国との貿易における長期の関税特権と通商協定への無条件参加は国内の外交関係者達や商人達にしてみれば、魅力的に過ぎる代物だった。

 

 これを蹴るとなれば、国内の統制は更に揺らぐ事になるのは解り切っていたのである。

 

『これは……直接の賠償金の方はともかく……』

 

『まだ、我々は戦っていない。この時点でコレを出して来られるとなれば』

 

『ほぼ我が方にしか利が無い。これは勝ったと言えるのではないか?』

 

 同時にこれ以上を得ようとすれば、尋常ではない被害が出るという事をヒシヒシと感じていた将兵以下の士官達は『これで止めとけりゃなぁ』という心持であった為、『まだ戦争を続けるの?』という空気が醸造された。

 

 こういった心理的な要素が決して看過出来るものではなく。

 

 相手の本気の講和だと地方軍総司令官まで出てきた事が噂となれば、対外的にも内外的にも経戦への『不毛過ぎる』という圧力はガラジオンを絡め取ってしまったのであった。

 

『オイ。聞いたか!? 帝国があっちから白旗を挙げたってよ!!』

 

『戦争が終わるのか? 此処を返す代わりに関税特権でどうかって話らしいぜ』

 

『オイオイ。まだ、一回も戦ってねぇぞ?』

 

『だが、あの陣を突破させられる前に終わるとなりゃ、国的には儲けだろうよ。此処で死ぬのが馬鹿らしくなるくらい魅力的らしいぜ。渉外担当の連中がどうするどうするって議論してたぞ?』

 

 こうして軍全体の政治と現場の身動きを封じ、棚上げされた祖国の滅びに関する現状を推し進めるには小竜姫当人を捕捉しての要求や交渉が必要となった。

 

 そして、その当人は誰も止める事の無いフリー状態でヴァーリを経由して南部皇国へと向かう事になったのである。

 

 これがもしも小竜姫が一度でもガラジオンを来訪していなかったという状況ならば、戦争を強行し、無理強いする事も出来た。

 

 が、小竜姫の化け物ぶりは知れ渡っており、その彼女が差し出した手を振り払って刃を向ければ、どんな被害が出るかと戦々恐々とする将兵は多かった。

 

 更に内部闘争の相手を殺さずに再吸収してしまった手前……王様たる青年には常に政治的にも軍事的にも内部崩壊の可能性が付き纏う。

 

 これで軍への無理強いでの戦争要求は事実上は不可能になっていた。

 

「はは……何もかも、何もかもか。人を転がすのが巧いお方だ。はぁぁ……」

 

 それに思い至った彼が全て小竜姫の手中だと竜の上で理解したのは当然の事であり、政治家として戦略家としての絶対的な敗北を味わう事になったのである。


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