ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
―――帝国異種開発機関リバイツネード本部庁舎地下。
「君達の身柄を預かる事になっているリバイツネード局長のマルカスだ」
到着してみると地下施設の一角の大規模な倉庫内で集められた子供達が凡そ600人前後。
何処か怯えたような様子でおじさまの演説を聞いていた。
「これから君達には我が機関において養育を受けて貰う。故郷や家に帰りたいと思う者はまず自分がした事を自覚する事だ。君達は今のままならば、突如として建物を破壊する力を暴走させただけの危ない化け物でしかない」
おじさまはオブラートがお嫌いらしい。
「かと言って理不尽だからと怒れば、また先日の君達の破壊活動のような出来事が起こり、君達はやはり化け物として帝国に処分されるだろう」
マルカスの目は凍て付いたツンドラよりもツンツンしている。
「君達の生きる術は二つだ。我が機関で大人しく養育され、己の力がどのようなものかを理解する為、今後の人生の為、幼い自分達の時間を捧げるか。このまま化け物と蔑まれ、恨まれ、畏れられながら、家族や仲間や多くの見知った者達に引き攣った顔で接せられるかだ」
その言葉が解る年齢の子供しかいないようなので恐らくは何らかの条件があるのだろう。
「どちらでも君達はある程度は生き残れるだろうが、まず間違いなく後者は勧めない。もしも君達の誰か一人でも故郷や家でまた力を暴走させれば、それだけで君達は連帯責任を負わされる。主に国家が君達が危険であると認識すれば、もはや私の手を離れて単なる化け物としてあらゆる国家、集団に利用されつつ、実験動物のように殺される道しかない」
マルカスの容赦のない言葉に泣き出す子供が大勢だ。
後の半分は恐怖に顔を引き攣らせるか。
あるいは抗うように震えながら睨み付けている。
「そう、脅かすものでもないでしょう。おじさま」
「……フン。事実を言って何が悪い」
そこで視線が倉庫の荷台の壇上に向かうこちらに向いた。
「事実は事実。ですが、何事も形から入るものでしょう。特に中身が伴っているならば」
「貴様が子育てを騙るか。聖女と持て囃されている内に化けの皮が剥がれなければいいな」
大量の電灯に照らされた倉庫内は明るい。
だが、地下という圧迫感が誰にも優しくはない。
「皆さん。初めまして。わたくしはフィティシラ・アルローゼンと申します」
簡易の壇上に上がって今や疑心暗鬼状態な子供達に目を向ける。
解析結果だけを言うならば、全員が自分と同じような有機プラットフォームを脳内に構成されていた。
どうやら一足先に高次元を観測可能な器官を化け物が脳に構築したのが問題らしい。
となれば、その理由は恐らく単純だ。
「皆さんにまずわたくしは謝らねばなりません。その力はバルバロスを産みし存在。神代の力の暴走によるものです。ブラジマハターの四つの眷属。その内の一つを先日、わたくしが御せずにばら撒かれた人に新たな次元を見せる能力なのです」
騒めきが大きくなる。
「嘗ての神話などまだ幼い皆さんには意味のない出来事でしょう。ですが、こうして世界が滅ぼうという時に解かれた神の力が幼い皆さんに宿ったのは意味のある事だと思います。まだ、その力とどう向き合うかすら分からないでしょうが、何れその意味は皆さん自身で見付ける事になるでしょう」
有機プラットフォーム。
と、言っても脳機能を増やす左脳右脳に続く新しい脳にも等しいソレに解るよう僅かに波動を発する例の剣を腰から引き抜いて掲げる。
その瞬間には誰もが感じたはずだ。
ソレこそが自分達の力の源に等しい何かだと。
「今から皆さんの能力を不用意に暴発しないよう一定に制限します。これは皆さんが真に人として生き方を決め、己の力で何かをしようと決心した時に外れるでしょう。ですが、皆さんが見たり、聞いたりしたはずの巨大な怖ろしき力は現実に存在します」
ようやく子供達の瞳がこちらを真っすぐに見始める。
「皆さんが逃げるにしろ。戦うにしろ。破滅は決して容赦も躊躇も無く襲い掛かって来る。その時、皆さんは自分の力としてソレを使えば、貴方達の周囲の誰かを護れるかもしれない。あるいは破滅と戦う事も可能かもしれません」
沈黙が子供達の間に降りる。
まぁ、それはそうだ。
「ですが、それはその時にならなければ分からない。戦えぬ力ある者に戦わせる程、わたくしはまだ追い詰められてはおりません」
追い詰められつつはあるが、それを言わないのが大人というものだろう。
「皆さんが後方で安心して暮らせるようにするのは政治家としてわたくしの責任でもある。ですが、わたくしもまた皆さんと同じように完全ではありません」
マルカスが何を今更言い出したんだという顔でこちらを睨んでいた。
「わたくしが消えた世界。あるいは戦う者達が全て破滅と戦い死んだ世界。それは厳然として可能性としては有り得ます」
常に人生は逆境系である。
誰かの仕事と善意に助けられていなければ、此処まで絶対に来られなかった。
「皆さんを最後に護る事になるのは今までは軍人や家族で良かった。けれども、皆さんはもう得てしまった」
それが事実。
「その力は最後の最後に皆さんが頼ってしまえる力なのです」
子供達の中には己の手を見る者もあった。
「己の生き方を後悔したくないなら、皆さんはどうやっても奪う事が出来ないその力を持って生きるしかない。だから、わたくしは皆さんに戦い方と身を護る方法を学ぶ場を与えましょう」
マルカスがこちらに渋い顔をしていた。
「心有る者。破滅を前にして家族や友人を護りたいと思う者。己の身を守りたいと思う者は此処に残り、この怖い顔をしたおじさまと部下の方達に教えを請い盗むと良いでしょう」
それが現時点では最良の選択である故に勧めるのはソレしかない。
「ですが、自分には出来ないと思うのならば、破滅の力を前にしても無力のまま。それでも最後に家族や友人達と共に死ぬ覚悟だけはして帰宅なさい」
まったく悪い大人の言い方だろう。
「厳しいですが、これが普通では無くなった皆さんにわたくしが与えられる選択肢です」
ほれ見た事かというおじさまの顔である。
言ってる事は左程あのおじさまと変わりはしない。
「ただ、立ち向かおうとするならば、絶望や痛みを前にして危険に身を投じて傷付く事は絶対にあります」
言わずに放り込めはしないだろう。
死は常に傍らにある。
こんな時代の子供だからこそ、それは確かに解っている者も多い。
「その決断は人間らしい死に方が出来ないものだと心得て下さい。覚悟は決して軽くない。化け物に食い殺され、踏み潰され、仲間や大勢の軍人達が横で酷い死に方をして消えていくかもしれない」
そう、それは自分も同じ事だ。
「後方の村々や街が、貴方達の大切な誰かが消える最中、戦い続けねばならないかもしれない。コレは決して夢や幻の類ではなく。いつも傍らにある現実なのです」
どちらが脅かしているのだか。
という顔のマルカスである。
「今すぐに決断出来るものでも無いでしょう。ですが、此処もまたこれから戦うと決めた者以外には厳しい現場になる」
それもまた現実だろう。
戦わねば生き残れず。
子供だからと何もせずに後悔したくもないだろう。
「これから多くの化け物が帝都を襲撃し、多くの軍人達が戦う事になる。その最中に此処も含まれます……つまり、時間はありません」
恐らくは戦うべき相手は大人が幾ら減らしても此処まで到達する。
「今日に限ってはまだ決断は後回しにして下さい。今の皆さんを各地に再度送り届ける事は他者に危険を強いる行為。決断は今日を生き残った後。後日、決断出来ない者も含めて家族のいる避難所へと搬送する事は確約します」
「バイツネードか?」
マルカスに頷く。
「ええ、本家の当主を何とか仕留めましたが、あちらはどうやら肉体を失っても生きられる存在のようで嫌がらせに特大の難題を吹っ掛けて来る。明日の朝には帝都に襲撃があります」
「ドラクーンは?」
「済みませんが、竜の国と各地の護りで手一杯です。特に竜騎兵が少ないせいで進路上にある地域の住民を避難所に避難させて防衛陣地を敷かせるのがやっとですよ」
「帝都に誘い込んで殲滅するのか?」
「それ以外に手はありません。竜の国と戦争中でなければ、対処も出来たのですが……相手も途中の陣地に手を出してモタモタすれば、包囲殲滅される未来を知っているので出来る限り、高価値目標を叩く為に一直線に帝都へ進軍するはずです」
「我々の出番という事か……」
「ええ、元バイツネードのマルカスおじさまには易い相手ですよ。常人のままでは戦い難いでしょう。能力も御返しします。今日はこの子達の処遇と同時にそちらの為に来ましたから」
「……もはや神の如き力を手にした貴様が我らを今度はこき使うか」
「良いではないですか。本家当主に一泡吹かせる事が出来るなら、まったく嬉しい誤算なのでは?」
「フン……本家が本気で送って来る化け物共が易い相手だと?」
「ええ、そのように感じられるくらいの力は与えましょう」
指輪集まっているバイツネード全員に向ける。
「【起動】せよ」
日本語と同時に目覚めた指輪が僅かに燐光を溢れ出させる。
だが、それだけで子供達の殆どが目を見開いて愕然としていた。
「その力……それが本家の狙っていた代物か」
「ええ、バルバロスを任意に作成する機能を持つ代物です」
「それで我々を化け物にしてくれると?」
「ええ、姿形はそのままにドラクーンとは別の特化型として再形成します。安心して下さい。人間は止めますが、ちゃんと子供も作れれば、死ぬ事も出来るし、精神構造もそのままですよ」
「選択肢があるような事を……」
「では、受け入れて目を閉じて下さい。二分程で終わります」
従う全員が目を閉じたかと思われたが、未だ妹扱いしてくる兄的な青年だけがこちらを見ていた。
「……わたくしは妹さんではありませんよ」
「いいや、君は妹だとも……」
瞳を閉じた相手の言葉に何か解けない類の謎を出されたような気分になりながらもすぐ結果は出る。
元バイツネードの人員の情報は最初から持っていた為、彼らが持っていた能力を二百倍程度の効果範囲の拡大と質を数十倍程に上げて与えておく。
巨大な力のリミッターを外す方法は基本的には特定の状況下でのみ発動するようにする。
早く動く事に特化した者。
気配を断つ事に特化した者。
音を操る事に特化した者。
視覚情報の認識と精査に特化した者。
あらゆる戦闘対応に特化した者。
諸々、技術的な面と遺伝的な面で支援しておく。
肉体が常人の数百倍はGに耐えられるようにしたり、皮膚の表面を電磁波を吸収し、光学迷彩を行えるようにしてみたり、音波であらゆる低周波や高周波を操れるようにしたり、戦闘に大そうする知識を爆増させてみたり、色々である。
それもこれも指輪のおかげなわけだが、内部に入れ込まれていた技術や遺伝子の多くは恐らくは過去の文明のものなのだろう。
未だ掘り尽くせない鉱脈みたいな情報の積層圧縮されたアーカイヴを現在進行形で閲覧しつつ、必要な情報を網膜投影で取捨選択して組み合わせ、バルバロスの製造と同じように作っていく。
物質的に足りない部分は殆ど中性子を発さずに原子変換した質量で補完出来るとか。
万能の域の力だ。
量子転写技術というらしいが、足りない超重元素が無いようにと服の下に持って来た超重元素のインゴットを消費しつつも、ソレすらどうやら時間さえあれば、通常の物質から作れるらしいと聞けばヤバイのは解る。
現実でも原子変換技術は規模的に極小規模で良ければ、数gオーダーでは可能な技術が出来ていたが、それも変換出来る元素は僅かな種類だけだった。
だが、この蒼のシステムの基礎技術の大半が原子変換クラスのオーバーテクノロジーを大量に使ったような代物であり、コレを単なる無人端末に搭載しているとすれば、正しくブラジマハターとやらの規模は星系や銀河系を席捲する以上のものだろう。
「……出来ました」
超重元素を自分と同じように大量に肉体に取り込ませたバイツネードの全員が人間らしい外見はそのままに肉体の変化に呆然と己の手や体を確認していた。
「これが我らの始祖を造りし力か……」
マルカスがポツリと呟く。
「現在のわたくしの基礎能力の10万分の1程でしかありませんが、十分なはずですよ」
「その言葉の方が我々には絶望的に聞こえるのだがな……」
「先程、肉体的には人間は止めてしまいましたから」
「フン……いいだろう。命令を寄越せ!! フィティシラ・アルローゼン!!」
マルカスの声と共に元バイツネードの数名がこちらを前に横一列に整列する。
「民を護り、帝都を護り、力の限りを尽くして戦いなさい。化け物には容赦一切無用。それが哀れな犠牲者だとしても、多くの命の為に刈り取りなさい」
「了解した。我らリバイツネード。聖女の剣として帝都防衛の任に就こう」
「子供達の方はわたくしが此処の所員と共に対応します。優先順位は人命が最優先です」
頭を下げて、その場から瞬時に常人には見えない速度で駆け出していく男女はもう人間らしいとは言えない身体構造だったが、十分な戦力として帝都の防衛は果たされるだろう。
「さて、貴方達にも今は働いて貰いましょう。帝都だけの事ではない。これは皆さんの家族や住まう故郷をも護る戦い。この帝都が落ちれば、此処から無数の化け物が世に放たれ、全ての生物を殺し尽すでしょう」
『?!』
「そうなれば、悩む時間すら無くなりますよ?」
声は既に相手の脳裏のプラットフォームそのものに響いている。
耳を塞いでいてすら意味は無い。
少年少女には酷だろうが、その現実をまざまざと予測していた映像でお伝えすれば、それが少なからず可能性としては高過ぎる事を彼らは知るだろう。
苦悶に歪む顔は自分達の故郷が戦火に巻き込まれる可能性を前に絶望に染まっている。
「逃げられない戦い。それをその歳で経験させる事に対して、わたくしの至らなさを心底に謝罪します。ですが、この世界には大勢の人々がいる。彼らの仕事がある。そして、それに支えられたわたくし達がいる事を忘れないで下さい」
あちこちに展開しているドラクーン達の姿を脳裏で予測したままに伝える。
『……っ』
誰かを護らんとするその背中と姿を前にして、子供達の瞳にもまた光が宿る。
ドラクーン達の仕事ぶりが、人々を護ろうと立ち上がる普通の誰かの小さな積み重ねが、社会の在り様を誰にも伝えていた。
物流業者が悲鳴を上げるように馬を走らせ、医者達が怪我人の受け入れ準備に追われ、帝国各地のシェルターや要塞化した避難先や街への移動に兵士が叫び奔る。
人は一人では生きられない。
その現実にこそ人は明日を見るのだ。
「皆さん……どうやら心は決まったようですね。貴方達をリバイツネードはを心より歓迎します」
子供とはいえ。
それでも自らの意志を確認したらしい子供達の覚悟は決まっていた。
誰もが見れば、顔に決意を宿している。
「生き残る為の全てをわたくしは貴方達に与えましょう。自分の居場所にまた戻る為に戦いなさい。その先に自分の願いがあると信じて……先頭にはわたくしが起ちます」
相手の脳裏に戦闘用の基礎的な知識と機動方法をコマンドとして打ち込む。
今まで自分で予測したり、観測して来たバルバロスや化け物達相手の対処方法と共に。
『―――!!?』
「例え、子供でも関係はありません。此処は貴方達の産まれた世界。遠くも近くもありはしない。己の世界を護れずして、困難に立ち向かえずして、生きていく事は出来ないですから」
未だ事態をよく呑み込めていない相手だろうと。
子供だからと言い訳してもいいだけの時代に今ははない。
何もせずに死なせるつもりはないが、生きていく上で余計なものを背負わせた以上、自分が為すべき事は決まっていた。
「平和な世の中でも、戦火の只中でも、山深い故郷でも、都市の寂れた路地裏だろうとも……そこが貴方達の、わたくしの戦場です」
周囲にいた所員達が拳を震わせながら、幼き者達に対して何もしてやれない己の不甲斐なさに唇を噛み締めていた。
まったく、善良過ぎて困る。
よくあのおじさまにこんな連中の面倒が見れるものだと。
実は結構良い上司なのだろうと苦笑が零れた。
「怒り、苦しみ、悲しみ、今は全てを呑み込みなさい」
子供にそれを求める自分は正しく悪鬼修羅の類か。
「皆さんの道がどんな場所に続いているとしても、彼らとわたくしと此処にいる全ての大人達が未来を切り開く事だけは誓います」
ニコリとしておく。
「総員!! 厳戒態勢!! 直ちに行動へ移りなさい」
『ハッ!!!』
「この子達に備蓄してある子供用の戦闘服を。武器は最低限の刃物のみ。後方の施設内の補給要員として簡易に戦闘指導し、朝までに所定の規則を覚えさるように。後は防護用の軽量盾だけ背負わせて班を組ませ、施設内の地図を暗記させて下さい」
『了解致しました!!』
「わたくしはこの場所を拠点として迎え撃つ為の行動に移ります。施設の最も高い場所は?」
『本棟のB-32給水塔であります!!』
「よろしい。この子達を頼みます」
こちらを見る子供達に敬礼をしてから、笑って誤魔化しておく。
それが悪い大人の常とう手段だと分かる子がいればいいと思う。
何を言おうとも巻き込んでしまったのは自分なのだから。
怨まれるくらいの事は背負わねばならない。
背を向けて施設の外に向かい。
馬車に積んで来た荷物を大型バックで10個程、見えない触手で釣って、そのまま跳躍。
施設壁面の縁を用いて即座に給水塔の上まで飛び移る。
予測で出ている相手の行動まで左程無い。
給水塔の上で胡坐を掻いて、バックを周囲に置いて瞳を閉じる。
腰から伸ばしたグアグリスが器用に給水塔の蓋を開けて中にボチャンと落ちた後、そのまま水分を吸収しつつ、分裂を開始した。
ついでに此処に来る際に持って来た超々高カロリーで超重元素入りの栄養食のバーをカバンから取り出して齧り始める。
1本で226万キロカロリーというド級の代物だ。
内容物の分子構造は殆ど未知の爆薬に近い。
とあるバルバロスの肉体を用いた合成甘味料……バルバロスの飼育用の餌として開発していたのだが、どうやら超重元素を用いた分子構造を持つせいか。
物凄く分子が大きくて複雑な上に元々が蟲型のバルバロスを用いたせいでハチミツみたいな味になったのだ。
僅か一滴を1リットルの水に溶かすだけで高栄養剤になるレベルであり、その性質上……常人の体には悪い寿命を縮める悪魔のハイカロリー物体である。
それをたっぷり使った小麦菓子はパイ・スティック状の棒にどっぷり付けて乾燥させ、上から豆類の粉を塗したので食べれば、普通の動物型バルバロスは元気一杯、三日三晩戦ってくれるだろう。
こんなところで最初期に輸入して帝都の下水道の主に投入した蟲が役立つというのだから、世の中は分からない。
「……増殖開始」
細胞分裂を開始したグアグリスが恐ろしい栄養価のスティックを齧り続ける時間に比例して、大量の実体を上水道を伝って地区に伝播していく。
更にその先の地域、帝都全体に広がるまで1200秒程も掛かった。
そして、600本程を齧り終える頃には朝方になっていた。
傍目からはバックから虚空に浮遊するスティック菓子を目を閉じたまま齧る変な女だろう。
だが、立ち上がって都市が自分に付いて来るのが解った。
都市の全ての水インフラに行き渡ったグアグリスと繋がっているのだ。
正しく、今は帝都が自分そのものと言ってもいいだろう。
帝都守護を司るドラクーン達は上空で待機中。
そして、ようやく予測ではなく。
相手の明確な悪意の波が電波で伝わって来る。
その発振は正しく遥か遠方の南部皇国首都からだったが、電離層を反射して伝わって来るのだから、まったく相手の規模は知れているだろう。
【やぁ、同胞】
「………」
【そんな嫌そうな顔をするなよ。戦争中だとしても僕らの事情には関係ない】
「………」
【ふふ、どうやらまた存在の階梯を上がったみたいだね。君が何処まで強くなり、何処まで僕を追い掛けて来るのか。愉しみになるじゃないか♪】
「死んだなら死んでおけよ。それを望まれてるなら尚更な」
【くくくく、今までよりも明確に高次の領域に手を伸ばしたみたいだね。そうか……脳梁にその器官を持つまでに至るのか。君はようやく僕らの戦場に立つ資格がある】
「で、今度はどんな嫌がらせをしてくれるんだ?」
【近付いたら、あの黒騎士にまたやられかねないからね。本日は遠くから失礼しようか】
「防衛体制なら取らせて貰ったが?」
【それは南部皇国から帝都までの移動時間込みだ】
「ッ」
【なら、その時間を限界まで削れば、態勢は取れない】
わざわざ、あちらから脳に情報が送られてくる。
現在、頭に新たに生成された器官は場に左様するものであり、通常の電磁波のみならず、量子的な効果までも用いた通信にも使える代物だ。
それに映像をわざわざ送って来るのだから、相手は一度殺した程度ではまだまだ力を削がれたとは言えないだろう。
南部皇国の中央都市。
悪徳が蔓延る【連獄都市】と称されるようになった地獄の一丁目。
その誰もいない地区の巨大な屋敷らしき場所の周囲。
更地になっている場所から次々に赤黒い液体が伸びて、石化して光沢を放つ赤色のルビーの塔のようになって固まる。
【大陸上半分にこれからばら撒くのは150万人分のバルバロスの種だ。迎撃してもいいとも。勿論、その瞬間に弾けて散弾化する。そうなれば、大陸中に降り注いで対処不能になるけれどね】
「……お前は一体、何がしたいんだ? 本当に遊びたいだけで人類を削減するわけか?」
【いいじゃないか。退屈は不老長寿な生命体には天敵さ♪ それに竜の国が切り札を持って本国を離れてくれたおかげで陸路で攻め易くなった。これも全体的に見れば、君のせいで事態が早まったせいだ】
「何処に落とすつもりだ?」
【帝都に9本、北部に2本、東部に2本、西部に2本】
「随分と買い被られてるようだな」
【1本10万人分だ。君の手札を削るにはそれくらいは必要だろう。1本だけでも今の君程の力が無ければ、あの騎士くらいしか軍勢の単位では倒せないモノだ。ドラクーンとやらが分散して配置されている以上、時間稼ぎすら出来るのか怪しいね】
「なるほどな……だが、少しオレを嘗め過ぎじゃないか?」
【何?】
「曲射だとすれば、上空からの弾道弾的な運用になる。迎撃されるまでの時間稼ぎにわざわざ10分前の映像を流してくる。そういう小細工をするなら、もう少しオレを、オレ達を知っておくんだったな」
こちらから上を向いてリアルタイムで映像を送ってやる。
遥か帝都から離れた大気圏上層80km地点。
二代目リセル・フロスティーナ。
その試作0号艦が大陸直上で猛烈な速度で上がって来ている紅い巨塔を望む位置にいた。
現在造られている二代目の前に各種の技術の確認用に作られた技術実証艦である。
規模も能力も最低限だが、それでも大気圏上層に辿り着く事が出来る現在一隻しかない船だ。
【馬鹿な―――大気圏をあそこまで登る技術だと!!?】
初めて相手の声に驚きが混じる。
「やれ!! ウィシャス!!!」
この肉体になってからリバイツネードに来るまでに更に大気圏外で活動可能なレベルの改造を施したウィシャスを超高高度に向かわせていたのだ。
先日の一件で弾道弾的な攻撃手段を相手が使ってくると呼んでの対処方法はどうやら無駄にはならなかったらしい。
もしもとなれば、その高度から地表に人力で照準を付けさせて爆撃用の物資を射出させたりもする予定だったので準備は万端だ。
『これが帝国の力だ!!!』
ウィシャスが吠える。
【弾道予測以前の問題だ!? この手を最初から読むだって?】
高速で曲射される紅の塔の一団がバラける寸前に船の天井から鎧の力で飛び出す。
弾道計算だの面倒な事はまだ教えていない。
基本的な超航空での必要な基本事項だけだ。
相手の行動を予測して、相手と最も近付く最中に目標に届く武器を与えただけに過ぎない以上、恐らくは打ち漏らしが出る。
これから諸々の宇宙飛行士用のマニュアルでも作ろうかと一応は無重力や低重力戦闘を水の中で訓練させていたので動きは左程悪くない。
肉体に掛かる作用、反作用、その程度の事は学ぶ事すらなく体感でやってしまえる天才というのはいるのだ。
【だが、持ち込める武器であれだけの質量をどうにか出来るわけがない!!】
「ああ、そうだな。空気が薄くて助かるよ。まったく」
【ッ、まさか?!】
ウィシャスが近付いて来る塔をすり抜け様に紅の刀身を持つ剣で相手の塔の表面をなぞった。
瞬間、猛烈な閃光が明けの空に広がる。
【宇宙空間で運用するのか?! だが、その熱量に耐え切れるわけが―――】
「オレが耐え切れて、オレの切り札の一つが耐え切れないわけないだろ。いい加減に現実を見ろ!!」
【?!!】
ウィシャスの鎧は熱量に歪んでいたが、壊れていない。
両手のアグニウムの二剣が流星の如く擦れ違う塔の表面との摩擦で発火した。
表面を柔らかい金属でコーティングして高速で使えるようにした扱い易いバージョンである。
爆発的な熱量の発露。
その太陽の如き輝き。
圧倒的な火力で焼き払いながら次々に全てを蒸発させて燃え散らせていく。
だが、それにも限界が来る。
相対速度的に一度だけの機会。
残る塔が2つになった時点で剣を投げて擦れ違った塔を追撃するが、巨大な熱量の槍にジリジリと焼かれながらも、地表へと向かう塔は二つとも逃げ切った。
アグニウムが空気摩擦で完全に燃焼し切ったのだ。
だが、そのせいで予定の軌道をズレた塔が突入確度を間違えたらしく。
猛烈な断熱圧縮で更に燃え尽きていく。
それでも巨大過ぎる質量に残りが3分の1程の中層部が地表近くまで残った。
【残念だが、此処で爆発させて貰う。驚いたが嫌がらせにはなったから、此処で引いておくよ。精々、6万のバルバロスに悩ませられて欲しい】
「……だから、お前は三流なんだよ。バイツネードの当主とやら」
【な、に?】
落着地点は帝国西部と帝国北部の無人地帯。
ばら撒かれたバルバロスが暴れれば、確かに被害が出るだろう。
ばら撒かれたならば、だ。
地表から猛烈な速度で上空に突き抜ける竜が数匹。
恐らくはあちらにも解っただろう。
【音速の二倍程度では追い付く事など……】
「ああ、音速の二倍程度ならな」
【ッ】
黒い竜達が嘶きと共に吠えた。
その姿が黒い装甲をより鋭くしながら変形していく。
高速巡回用の加速形態だ。
今、自分が食べている携行食を4本食べさせた場合に可能な最大加速。
それは音速の6倍の速度を実現する。
音を遥か置き去りにして秒速1800mを超えるライフル弾と化して、それに耐えるドラクーンが僅かな間だけ肉体の限界を引き出して自らの体を動かす。
その肉体はいつの間にか黒く染まり、瞳までもが赤く硬質化している。
そう、それはドラクーンの駆る竜と同じような姿だ。
無論、同じような力で補強しているのだ。
どちらも炭素によるカーボンナノチューブをグアグリスで織り上げて体組織上に浮かび上がらせて表皮を保護している。
耐熱、帯電、対衝撃用に特化した本気での戦闘のみで引き出される外部の極限環境耐久用の生体スーツのようなものだ。
猛烈な擦れ違い様の一閃。
大剣と腕一本を犠牲にして放たれた超高速弾染みた一撃が猛烈な電撃と熱量による爆発的な威力を同時に4発クロスさせた。
その莫大な威力が二本の紅の塔を直撃する。
【砲弾並みの加速力に耐える肉体。それはバルバロスだけに許されていい力だ】
「ドラクーンは帝国最優の兵。そして、オレがドラクーンの全てを耐久特化で改造した。解るか? 能力の全てを耐久に振って、それ以外の能力は単なる“おまけ”なんだよ」
【―――】
「やつらは自らの人生と人並の幸せを引き換えにした。その覚悟にお前の嫌がらせとやらは無残に爆発四散したわけだ」
【………】
「遺伝子的には超重元素を使わないバルバロスに近い。対G性能、耐熱、帯電、対冷、対腐食、対精神、あらゆる攻撃に対する耐久力だけをオレの出来る限りの知識とバルバロスの遺伝子で補強したんだ。納得だろう?」
【……だが、事前情報ではあそこまででは無かったはずだ】
無論、バイツネードにドラクーンの情報もある程度は抜かれていただろう。
「当たり前だろ。切り札ってのはいつでも在ると知られないように制限を掛けて使うもんだ。遺伝子の発現と肉体の改良は本人すら、その時になるまで分からないようにしたさ」
【はは、あははは、あははははははははははは!!!!】
やられたと言わんばかりに声が響く。
【なら、あの兵は自分が死ぬと思って突っ込んでいたわけか!!】
「それでこそだ。そして、そうする奴らしかいない。オレの命令は護られた。奴らの命は奴らが護りたいものの為に使われた」
【……故郷でもない無人の地を護る為に命を賭ける? 馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しいが……どうやら今回も僕の負けのようだ。同胞……】
「次はお前だ。大人しく待っておくなら、手加減くらいしてやるぞ?」
【御免被る。こんなに面白い事、今まで無かった。今までの人生で無かった!! ああ!! 僕が認めよう!! フィティシラ・アルローゼン!! 我が同胞よ!! 君はこの繰り返す人の歴史の何よりも面白い!!】
「ああ、そうかい」
【だから、僕からの嫌がらせも最後まで受け取って欲しい。確かに切り札というのはいつでも隠しておくものだ。我らバイツネードが持てる最後のバルバロス490万匹!!! 君に送るよ!!】
その言葉と同時に帝都周辺だけでも3400匹近い気配が現れる。
【是非とも帝国を護り切ってくれ!! そして、遊び終わったら、ウチに是非とも寄ってくれ!! 盛大に歓迎する!! あははははははははははははは―――】
テンションマックスな様子の声の主の哄笑が響き消えて行った。
それとほぼ同時に送られて来たのは大陸中央の何処にも併合されていない荒野の只中から5m程の図体を持つ巨大な人型のバルバロス。
あの西部で見た白い耐熱な表皮で蟲さんと一緒に矯正していたバルバロスと外見がほぼ一緒だった。
違うのは赤黒い肌である事か。
その獣が吠えながら猪突猛進に這い出して北へ向かう様子が見える。
その背後には今まで帝国中で刈られていた見えざる空飛ぶカメレオンや再生能力を持つとされて要注意な書類に乗るバルバロスが混ざっていた。
3種類だけの構成とはいえ。
逆にその3種類だけで大量に揃えたのだろう相手の攻勢は正しく帝国を混沌に貶めるに十分な威力だろう。
とにかく数が多過ぎる。
「帝国と親帝国領にまだこれだけ……特別なバルバロスの能力を使ってるな。後で調べないと……これは手間が掛かりそうだ」
今まで力押しで来なかったのは十分な数を揃える時間が欲しかったのだろう。
それも相手に見付からないようにと隠されて養殖されていたとすれば、戦力を集中した途端に何処からか別動隊が出てくるかと疑心暗鬼にならざるを得ない。
先程の言葉が嘘という事を考えても戦い難い数と質の相手だった。
「……竜の国への牽制分て事か。本国を落すつもりでも中身が無いと気付いたら、その分もこっちに転用するはずだな……はぁぁ、戦争してる敵国まで護る政治家の鑑だな。オレは……」
背後の給水塔から上空に細い塔を一本組み上げる。
そして、それに巨大なスピーカーを構築。
『我が騎士達へ通達。バイツネードによる襲撃を全力を持って食い止めよ。この大陸上部にある全ての悲劇を喜劇にしてみせよ。竜すら破る者。覇竜師団ドラクーン!!』
こちらの電気信号がざっくりと各地に散らばせていたグアグリスによって受け取られて、同じグアグリスのスピーカーを量産、声を届けていく。
「……さすがに帝都の防備を抜けないか」
此処に詰めていた者達の層は厚く。
いきなり高速で動き出した数百匹の化け物達が赤子の如く殴殺され始めていた。
高速機動、高速再生しながら相手を猛撃する敵の化け物が次々にドラクーンによって脳を破壊され、燃やし焦がされていく。
更に輪を掛けてバイツネードの能力は目覚ましく。
耐久特化にした超重元素無しのドラクーンとも違って、生身で再生する化け物達に大穴を開けるやら粉々に切り刻むやら猛烈な高周波で細胞毎破壊するやら何でもありの攻撃で命を刈り取り続けていた。
だが、その網を抜ける化け物が一匹。
赤黒い肌の例の個体が蟲を用いて盾を無数に作り、他の化け物を犠牲にして此処まで抜けて来る。
その合間に計8度程も絶命していたが、それすらも回復した化け物は正しく普通の人間には殺す事も儘ならない神話の生物だろう。
『き、来たぞぉおお!!! 溶解液散布開始ぃいいい!!』
所員達が防護服を着用して、ガスマスク姿で猛烈な勢いでホースから王水を周囲に散布する。
化け物を焼き潰す為の薬品だけは莫大な量で備蓄していたが、霧雨状に化け物へ散布すれば、まったく相手も成す術無く溶けていく。
ちなみにこちらの防護服はそれでもあまり解けないように作った特注品だ。
バルバロスとて、ある程度の耐性はあるだろうが、蟲のような体積の小さい敵や動きの遅い大型はそれを大量に浴びて溶けるしかなかった。
「一番安全なのがやっぱりコレか……」
化け物が絶叫しながらこちらに蟲を固めて弾丸のように放って来る。
それをグアグリスの触手で掴んで溶かしながら、相手を打撃で吹き飛ばし、溶かし切るのに丁度良い位置に調整する。
施設内の窓付近から怪獣大決戦的な触手と化け物と人間の戦いを見ていた少年少女達が口をアングリと開けて呆けていた。
しかし、すぐに所員達に急かされて再び教えられた仕事を再開しに行く。
「まったく。わざと逃がしたな。おじさまはスパルタがお好きか……」
一匹寄越したのは子供達に戦場にいるという実感を持たせる為なのは明白。
実際、こちらが対応可能だと分かっていて投げたのだろうが、それにしてもそういう空気だけ感じさせるのでも良かったと思うのは自分が未だ現代式な倫理から離れられないからなのだろう。
ドラクーンによる順次掃討は順調に続いている。
だが、山間部などの小さな集落などにまでは手が回らない為、帝国陸軍の兵と予備の数万の準ドラクーン候補者達に避難を任せるしかないだろう。
無論のように死人は出るだろうが、何もしないよりはマシな人数が助かるはずだ。
中規模から大規模な街の殆どはカバー出来るとはいえ。
それでも生活圏が都市圏から離れた場所には軍事力の常駐は難しい。
「……引退したドラクーンの静養地として地方の寒村の整備でもするか」
帝国と周辺国で狩り出されていく化け物達の掃討が終わるのは凡そで6日後と予測出来た。
出来る限りを行う為、さっそく周辺の掃討が完了したバイツネード各位に四方に散って小規模な村や集落を廻るように通達し、ドラクーン達もまた各地の小規模な民間集落を空から回るよう指示。
帝都はこちら一人で護る事にしてそのまま遠方へと向かわせるのだった。