ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第113話「真実への道程」

 

「大将閣下」

 

「君か。不動将」

 

 帝都陸軍省内部の通路での事であった。

 

 擦れ違う寸前に両者が互いの幕僚を背後に立ち止まる。

 

「そう言われてはこそばゆいですが、そうも言っていられない状況のようです」

 

「ああ、第一報が届いてから2日。南部国境域に兵を集めるよりも先に逃がせと言われて1日。いや、まったく我らはあの方の邪魔ばかりしてしまうな」

 

「戦域予測地域よりの緊急避難。数百万単位の人々を緊急疎開させる為のあらゆる手段を揃え、軍に経験を積ませて来たあの方の慧眼のおかげで我らは役割を十全に果たせております」

 

「一部の将兵が逸って軍の動員を開始しようとしたのを止めるのは手間だったな」

 

「はは、普通はそれでいいんですがね」

 

「だが、あの方の計略はそれではない。それが全てだろう」

 

「はい。中央域での受け入れ準備は?」

 

「無論、準備中ではあったものの。それでも予定されていた事が前倒しされたに過ぎないからな。避難用の設備は約4割。更に避難用の仮設避難所が6割。これで200万規模の人員は収容可能だ。まぁ、やってくるのが320万近い避難民である以上、我々は戦争などしている暇も無く諸々の準備に追われているというのが実情だが……」

 

「ですが、民間の受け入れ先も決まりました。予測戦域の広範囲の包囲陣地の構築も既に地方軍で進んでおります」

 

「無論、聞き及んでいる。それで敵の規模の最新の情報は?」

 

「4次報ですが、凡そ200万規模かと」

 

「……祖国の防衛は捨てたか。国外の連中を集めている様子もないとなれば……」

 

「はい。これは総力戦でしょう。まず間違いなく国内の全戦力を投入した殴り合いになるかと」

 

「ふむ……」

 

 大将たる老人が僅かに瞳を細める。

 

「これは後手に回ったガラジオンの巻き返し策だと見るが、君はどう思う?」

 

「恐らくはそれで合っているでしょう。また、こちらの戦力を推計していて、この策に出たとすれば、我が方は地方軍をこれ以上は動かせません。正しく、姫殿下が幾つか作っていた予測の一つにピタリと当て嵌まります。包囲を崩す程に動員すれば、後方の防衛が疎かになる」

 

「となれば、バイツネードの思惑通りかもしれんわけか」

 

「ええ」

 

「故にあちらもそれを理解し、南部地方に全戦力を傾け、地方軍を撃破すると。ただし、戦力の集中は同時に戦略兵器の不使用が前提か」

 

 老将に頷きが返る。

 

「はい。撃てば、撃たれる。そして、片方は全滅する。ただ、ガラジオンの内政に関する人員は恐らく国外脱出して、傭兵稼業をしている者達と共に見守っているはず」

 

「我が国は戦略兵器の打ち合いでは国土侵攻を許した時点で分が悪いな」

 

「此処でガラジオン本隊を全滅させても我が国の領土が破壊されては被害はこちらの方が大きいという事です」

 

「ならば、やはり……戦略兵器の使えない戦場での主役は……彼らか」

 

「はい。姫殿下は地方のドラクーンを集めていましたが、あちらの出立の方が一足早かった。である以上は国土内に残留しているドラクーンの何割かを用いた戦闘が最も有効かと」

 

「通常の兵器では恐らくあちらの竜騎兵には歯が立たない、だったか」

 

「我々はあくまで地表から浸透してくる通常の制圧戦力、地表を走る竜の類を撃滅するべきです。あの地方に奴らを押し込め、竜の後方浸透を食い止める事だけを任務にするべきかと」

 

「防衛戦略において君の右に出る者は帝国にいない。あの方の戦略とも合致する。次の会議において方針として提示してもいいかね?」

 

「無論です」

 

「あちらの進行速度が予測よりも早いとの報告もある。主戦場を構築する前に動かれる以上は国土内に引き込んでの半包囲、防衛陣地と対空陣地による押し込めが先だな」

 

「広大な戦域を護るよりも敵軍を局所的に釘付けにし、後手後手にした方があちらの迂回浸透などの嫌がらせも減るはずです」

 

「解った。姫殿下からの指令も逐一確認しておいてくれ。バイツネード本家とやらが動く前に蜥蜴の国を我が国の威光で炙る事にしようか」

 

「ははは、強敵ならば、尚更にまずそうだ」

 

「ああ、終わったら一杯付き合え。孫娘に元気な顔くらいは見せてやって欲しいな」

 

「喜んで。祝勝会の時はどうぞお声掛け下さい。仕事は残さず終わらせておきます」

 

 こうして老将と頷き合った男は擦れ違う。

 

 一方は最前線へ。

 

 もう一方は後方地域での避難民受け入れへ。

 

 互いに向く方向は違えど、2人の男達はどちらもまた最も重要な任務へと向かって行くのだった。

 

 *

 

 帝国兵の多くは騎兵として最も威力を発揮する。

 

 その実態としては戦列歩兵が未だ大陸でも主力である事からも間違いない。

 

 彼らの多くはその強弓によって移動する遠距離攻撃部隊として敵を消耗させ、圧倒的に優位な戦場を一撃離脱しながら相手を削り、自分達は防戦に徹して後方や食料庫を焼き討ちする事で勝ちを拾って来た。

 

 所謂、攻勢防御が非常に上手かったという話しである。

 

 相手の攻撃そのものを無為と化し、消耗を続けて重ねさせる事で疲弊させ、各軍の孤立化や連携を立つ事に専念した。

 

 これを行う為の機動力が馬であり、今までと同様に彼らの多くは器用に戦場で動き回るのが巧い者程に出世する。

 

 ドラクーンによる戦域観測情報が南部国境域において齎された後。

 

 通常戦力の殆どは国民の避難の為に駆り出され、街を後にしていたが、それにしても複数の早馬は伝令兵として残されており、あちこちの情報を集めながら連携し、残された兵力で命令通りに働いていた。

 

『小隊長!! 指示された通りに全ての罠を設置完了しました』

 

『良し。全行程を終了した隊員は直ちに馬に乗って後方の陣地に待避する!! 殿はドラクーンの方が行う為、不用である』

 

『は!!』

 

『指定通路を用いて後退!! お客さんが来る前に野営地で美味い飯をたらふく食うぞ!!』

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 要塞すらも放棄して部隊が次々馬で地方の奥にある河川や小山などの背後へと駆けていく。

 

 その様子を既に竜の国の先行偵察隊は上空から確認していた。

 

『……これは部隊が引いて行く? 街に人影もない。放棄したのか!! 隊長、やりましたよ!! 帝国は戦わずしてこの地を明け渡すつもりのようです!!』

 

 高度1000m付近。

 

 ヴァーリから齎されていた双眼鏡を用いて少数の手勢で偵察部隊が確認したのは人気の無い国境域の街並みであった。

 

『此処を取る為に何万の同胞が死んだかもしれないんだ。これは僥倖でしょうな』

 

『馬鹿者め……これは三重の罠だ』

 

『どういう事です? 確かに罠くらいは置いてあるかもしれませんが、重要拠点をわざわざ明け渡した帝国軍はまず間違いなく避難民の護衛などで身動きが取れないはず』

 

『ええ、隊長。これは好機です。これならば、殿を防衛する部隊を削る事も可能でしょうし、何より現地橋頭保は大き過ぎる成果では?』

 

 部隊の男達が浮足立つ様子に熟練の竜騎兵たる偵察部隊の隊長は溜息を吐いていた。

 

『いいか。お前達……アレはな。空城の計だ』

 

『クウジョウ?』

 

『空の城に攻め入れば、我々は瞬く間に罠で数を減らす。だが、この城塞付きの重要拠点にして橋頭保を確保せずにもおられない。これが二つ目の罠。そして、三つ目の罠は我らを浮足立たせ、戦果を欲する馬鹿を釣り出して狩る逆襲の計をあちらが隠している事だ』

 

『そ、それは本当ですか!?』

 

『ですが、この光景を見た後だと俄かには……』

 

『だから、お前達はまだ下級なのだ。良いか。兵法においては相手を陥れる事を旨とする。地形も地勢も全てあちらに利がある上に見ろ。一般人が1人もいない。これ程に鮮やかな引き際だ。これが並みの国ならば、未だ逃げ切れぬ者が大量にいたであろう』

 

『なるほど。確かに違和感が……』

 

『では、どのように?』

 

『完全武装の全身鎧の兵を要請する。まずは屋内の罠を虱潰しにせねばならん。また、罠には毒の可能性もある。一般の解毒用の薬と医療品も大量に必要だ。この街一つを安全にするには数日掛かるぞ』

 

『で、ですが、それでは!? 本隊の到着は3日後なのですよ!?』

 

『上の連中にはこちらから話す。即時撤収!! 我らが狩られる前にな』

 

 男が夕暮れ時に差し掛かった天空を睨む。

 

 何も見えてはいなかったが、それでも男には確信があった。

 

 こうして竜に乗った全身鎧の男達が先行部隊として到着するのは翌日の朝の事。

 

 彼らは街中に仕掛けられた罠に次々と掛かり、その大半を無力化しながら、虱潰しに安全地帯を確保し始めるのだった。

 

 *

 

―――古代竜の塔。

 

「揚陸地点を確保致しました。軍団長」

 

「それで早期展開は可能か?」

 

「いえ、それが我がウルトニアの古強者を偵察に出したのですが、街中に大量の罠が仕掛けられており、全ての罠を解除するまでには数日掛かるとの事」

 

「こちらを後手にさせようと仕掛けて来たな」

 

 ガラジオンが要する防衛戦略上の重要存在。

 

 古代竜と呼ばれる竜達の多くは人型と陸地型に別れている。

 

 陸地型は彼らが先日失った古代竜の一体と同じように巨大な空飛ぶ小地方のようなものであり、人型は軍団長貴下となる一部の部隊が用いる人型竜である。

 

 特に人型竜は通常の竜と比べても数十倍以上の戦力差があり、乗騎とする団員達の多くもバイツネードと同様に超人として名高い。

 

 それもそのはず。

 

 人型竜の角の一部を彼らは体内に埋め込んでおり、寿命が通常の人間よりも短い。

 

 だが、その恩恵は一騎当千であり、正しく一体で通常の敵兵では箸にも棒に掛からないような格差を実現する。

 

 そんな古代竜を大量投入した彼らは古代竜の塔と呼ばれる陸地型の竜の制御を行う為の施設に司令部を置いていた。

 

 軍団長と呼ばれた青年にして若き国王は今正しく初めて帝国領土を侵攻した国家の長として戦争の実感を得ているところであった。

 

「被害は出さず。慎重にやらせろ。さすが野外にまで大量に罠を仕掛けている暇は無かっただろう」

 

「はい。見た限りはそのようだと報告が……」

 

「揚陸地点付近はまず最初に火球や油で念入りに焼け。何も無いようなら通常兵力と重防御用の竜の揚陸を開始。それと同時に先行偵察隊を出して攻められる方角を確定する。戦力の確認を急がせろ。敵軍の布陣地点は遠目に確認させろ。偵察自体は明け方を過ぎてから行え」

 

「何故、明け方を越えてからに?」

 

「敵に見付かるのは構わん。だが、敵が隠しているものを見付けられない方が問題だ。敵軍の対空迎撃用の装備も恐らく隠しているものがあるだろう」

 

「成程。ですが、あまり時間は無いかと」

 

「何?」

 

 男ではなく女の声が掛る。

 

 赤黒い竜の紋章が入った薄い甲冑を纏う女が1人階段からやってくる。

 

「エジェット。どうした?」

 

「最後方のイオルネーサに奇襲がありました。帝国のドラクーンです」

 

「ッ、仕掛けて来たか。被害は?」

 

「それが被害らしい被害が無く」

 

「どういう事だ?」

 

 肩を竦めた陰謀屋の団長が肩を竦める。

 

「どうやら、あちらは我が軍の情報を偵察するのみ留めたようです。消えている状態で侵入を許し、あちこちを一時探索されたらしいと報告が上がって来ました。破壊工作らしきものは確認されていませんが、囮となった一体は我が方の竜騎兵400騎をあしらって遠方に消えました」

 

「情報収集か。やられたな」

 

「はい。どうやら古代竜の塔を調べていたらしく。中枢付近にまで近付かれて、我が軍団の1人が気付いて何とか入り込まれる前に……ですが、奴らの鎧の性能は明らかに我が方のソレを遥かに上回っております」

 

「戦闘になったのか? それで能力は?」

 

「単独飛行可能で火炎や火球による攻撃で溶けもせず、電撃によって焼く事も麻痺させる事も不可能でした。毒物も効くのかどうか」

 

「なるほど。あちらは完全に技術力においては我が方を上回るか……」

 

「はい。また、攻撃用の武器を持っていなかった事からあくまで潜入調査が目的だったのだろうと。鎧の癖に音が一切しなかったそうで……」

 

「ははは……敵わんな。次が無いように対策を立ててくれ。他の古代竜にも潜伏していないか調査もだ」

 

「既に命令を出してあります」

 

「……やはり、今の内か。時間は我が方に不利だな。エジェット」

 

「でしょうね」

 

「それはどういう?」

 

 ウルトニアの団長アズンが普通は逆ではないかと首を傾げる。

 

 確かに食料の事を考えれば、時間制限はあるものの。それとて地域一帯を確保すれば、食料の供給自体は可能なはずなのだ。

 

「あちらが我らに対策を立ててしまえば、暗殺の危険性から始まって、様々な困窮策を取る事が可能という事だ」

 

「軍団長。ですが、揚陸前では未だそこまでのものと判断するには早計では?」

 

「アズン。帝国は待てるが我が国は待てない。そして、帝国は護れるが、我が国は護れない。だから、こうして殴り合いになっても祖国を焼かない方策を取った。その我々が此処でずっとウロウロしていられるものではないぞ」

 

「確かにそれはそうですが……」

 

「それと懸念点は後二つある」

 

「今までの事以外で何かご懸念が?」

 

「未だにあの小竜姫から連絡が無い」

 

「―――それはまさか」

 

 ようやくアズンにも解って来ていた。

 

「我々は無視出来ない外交戦略を行う為に此処へ来た。だが、もしも帝国がこの状況で我々からの打診を無視し続けて、一方的な主張を繰り広げればどうだ?」

 

「……我が方もそのようにするというのは?」

 

「生憎と後ろをドラクーンに取られた後だ。もしも後方から伝令用の兵を大量に出せば、一人くらいは国外に到達出来るかもしれないが……帝国そのものからの情報と他国の一般兵が持って来た手紙。一体、どちらを信用する? お前なら」

 

「……怖ろしいですな。つまり、我々を無視する事で敢て戦場外で勝敗を決しようとしていると」

 

「ヴァーリや北部皇国を離脱させた手腕だ。治癒者の庵が折れずとも周辺国が帝国に屈すれば、我が国の外交的な地位は悪化し、様々な交渉が暗礁に乗り上げる」

 

「解りました。それで二つ目のご懸念はどのような?」

 

「この状況を固定化された場合だ」

 

「領土を占領されて黙っていると?」

 

「アズン。我らの目的は覚えているな?」

 

「はい。無論の事」

 

「では、質問だ。もしも、我が国がこの帝国領土に接する地域を延々と領有した場合、どうなると思う?」

 

「どうなるとは? この地域もそれなりに土は豊のようですし、国土として編入するというのであれば、戦力を置いて併合しても良いのでは?」

 

「もう一度聞くぞ。アズン。我らの目的は何だ?」

 

「我らの目的は……帝国が隠し持つ神の遺物……レヴナントの奪取ではありますが、この地域を引き換えに交渉する事は―――ッ?!!」

 

 そこでアズンが気付く。

 

「そうだ。解るか? アズン……もしも、我々が占有している地域を我が国が割譲されて、合法的に領土に組み込めてしまえる場合、あちらはそれ以上何を言う必要も無いのだ」

 

「そんな事が有り得るのですか?」

 

「返せとさえ言わなければ、争いにはならない。どころか。譲歩されているのに更に寄越せと言えば、強欲と他国からの印象は一気に悪化する。そして、国際的には我が国は突如として帝国領土に戦争を仕掛け、領土を得たにも関わらず、更に何かを要求しようとしている悪漢に成り下がる」

 

 エジェットが更に付け加えようと思い口を開く。

 

「それだけではありません。もしも帝国が我が方に早期講和条件を持ち掛け、この地域一帯を割譲すると約束すれば、この地を対外的に護らねばなりません」

 

「何が問題なのですか? エジェット殿」

 

「我が国は攻めなければ戦略目標を達成できず滅びます。ですが、最初から餌を確保した獣のようにされてしまうと普通の国民から『それ以上何を求めるのだ?』と首を傾げられ、更には内紛の種にもなってしまう……」

 

 彼らにしてみれば、先日の反乱は未だ保留したような状態なのだ。

 

 何も知らない一般の軍人達ですら、領土を奪ったのにそれ以上何を求めているのかと首を傾げざるを得ず。

 

 その無用とも思える戦いで死ぬのは厭うだろう。

 

「しかも、最新の技術と叡智を持つ帝国陸軍と相対する戦力をこの場所に永続的に置いておかなければならない」

 

「……祖国ががら空きになると?」

 

 アズンに頷きが返される。

 

「はい。帝国が軍をこの地から動かさないと明言してしまえば、我が国としても動かせるものではない。いいですか? 我が国は戦争を仕掛けた方なのです。その相手の言葉を馬鹿正直に鵜呑みにして軍を国境域から撤収させる事など、どんな国も間違いなくしません」

 

「確かに……」

 

「ならば、帝国の行動は国際的には常識的な対応に過ぎない。しかし、この地からこちらに持って来た戦力を撤収させれば、それだけで戦力均衡は崩れ、再度の再戦とも成りかねない」

 

「言われてみれば、そうでしょうな」

 

「更に言えば、こんな場所を得ても国民がいないのでは搾取しようもない。民間人を此処に連れて来て働かせるとしても有効活用出来る程に大量の人的資源が我が国には無い」

 

 国王の言葉にエジェットが同意する。

 

「その上で貿易先は帝国領もしくは親帝国の国家になりますが、それを帝国が受け入れるわけもないでしょう。奴隷を開放したばかりの我が国が国際的に調達先が失せている奴隷を再度買おうとすれば、対外的な印象は最悪でしょうね」

 

「………つまり、攻めなければ滅ぶのに対外的な目標が達成されてしまうばかりに我らは秘密を打ち明けねば、国民が付いて来ないし、滅ばなかったとしてもこの状況を固定化されると国力を摺り減らしてしまうと」

 

 エジェットがアズンに頷く。

 

「統治の労力に統治によって得られる資源が少な過ぎます。少なくとも今の状況では他国からの援助や資本を受け入れる事も不可能でしょう。となれば、この大地は正しく我々にとって足枷となってしまう。これは表向きの事でしかありませんが、国民の多くは表向きの事情しか知りません」

 

「……ならば、どうすると?」

 

「可能ならば、帝国を分断するくらいに食い込む必要があります。ですが、古代竜を用いた輸送があっても、帝国領土は広大です」

 

 彼らの前のテーブルには帝国の広大過ぎる領土の全景が地図としてあった。

 

 だが、その殆どを網羅しているとはいえ、それでも詳細な地図とは言えず。

 

 隠されている軍事的な要所は乗っておらず。

 

 基本的には表向きに知られた要塞や街や道しか書き込まれていない。

 

「周囲から戦力が終結し、囲まれて潰される可能性は高く。各個撃破しようとすれば、ドラクーンによる戦力の局所的な対応で防がれる可能性も極めて高い。補給の無い我々は略奪以外では物資も補給出来ない」

 

「そうなれば、竜の国の権威は地に墜ちる、か」

 

 アズンが未だ姿を現さないのに軍団の未来を瓦解寸前まで追い込んでいる小竜姫の手腕に身震いし、八方塞がりの状況に愕然とする。

 

「まったく。厄介な相手だ。あの小竜姫殿下は……」

 

 青年が溜息を吐く。

 

「献策はあるか? エジェット」

 

「あります。ありますが、御身を危険に晒す事となります。それも我が国の方から打診する為、戦後の状況次第ではかなり不利な戦後処理を課される可能性があり……出来れば、揚陸後5日は様子を見てみたいと言わざるをえません」

 

「兵とはいえ、民を無用に死なせる事も無い。5日では遅い。2日後に教えてくれ」

 

「解りました。それまでに打開策が無いか揚陸までに他の者と検討します。何かあれば、再び参りますのでこれで失礼をば」

 

 アズンもまた頭を下げてから揚陸前の最低限度の編成を行う為に現地軍の統率に向かう。

 

 すると、未だ上空にある古代竜の塔からは護衛達以外の息遣いは聞こえて来なくなった。

 

「……前途多難。最初から此処まで不利とは」

 

 8方向に同じ古代竜を少し離れて配置しているガラジオン軍は揚陸先の大地を遠方に望みながらも酒盛りするでもなく。

 

 静かに空を見上げていた。

 

 大量の竜が吊り下げた籠に載せられた男達が組み分けする為に他の陸地型の古代竜にピストン輸送される情景も内陸から見えている。

 

 が、空だけは変わらず彼らの行く道を暗示するかのように黄昏に沈んでいた。

 

「知恵比べと行きましょうか。姫殿下……」

 

 青年は1人思案を巡らせながら、次なる盤面に対処するべく。

 

 予想される相手の行動に対処する為、傍らの筆と紙を取るのだった。

 

 *

 

「どうだ?」

 

「ぅ……」

 

「う?」

 

「美味過ぎるぞおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 口から光線でも吐き出しそうな様子でデュガがプリンの入った容器を片手に叫んでいた。

 

 他の女性陣も叫ばないけど目を飛び出させるかと思う程に呆然とプリン一つに瞠目している。

 

「男性陣からの評価は?」

 

「え、いや、美味し過ぎるとしか……フィティシラってお菓子も料理も本当に玄人だよね」

 

「並みの男なら、是非にと迫っているところだろうか」

 

 フォーエとゾムニスが今まで食べて来たものとの格差に愕然としていた。

 

 南部皇国に向かう前にこちらのお手紙に対応せざるを得なかった竜の国が攻めてくる昨今である。

 

 色々と仕事は終えていたので後は結果を御覧じろと悠々自適に見ているだけで良かったのだが、仕上げは自分でやらねばならない為、現在はいつもの研究所に全員を詰めさせていた。

 

 そして、待機時間で訓練以外では暇を持て余す人々に簡単なおやつを作ってみたのだが、どうやら好評らしい。

 

「この蕩けるような舌ざわり。舌に載せるとすぅっと溶けていく軟からさ。う、うぅ、美味過ぎるわよぉ……」

 

 イゼリアが悔しいが負けたと言わんばかりにプリンを噛み締め、虜になっている。

 

「あんなに簡素な食材から、こんなにも美味しいものが出来るものなんですね。姫殿下」

 

 エーゼルが本当に心底感心した様子でプリンを咥えて、こちらを見ていた。

 

「食材を生かし切れば、材料が少なくてもそこらの凝った料理より余程に上手かったりする」

 

「……食材を生かし切る、ですか」

 

「ああ、健康な鳥の生みたての卵に絞ったばかりの生乳を低温殺菌した代物。そして、帝国製の精錬したばかりの砂糖。まぁ、砂糖は基本的に腐らないから幾ら古くてもいいが……」

 

「今まで作って差し入れて頂いたものも美味しかったですが、今日のは格別です」

 

「時間があったからな。数も少ないし、丁寧に作れるところは全部そうしただけだ」

 

「丁寧……」

 

「今まで手を抜いてたりはしないが、どうしても数や時間の制限以内に造ろうとすると簡略化しなきゃいけないところがあったからな」

 

 言っている間にも一人分の結構大きめな器に入れたプリンの数は多めにつくったのに枯渇しつつあった。

 

「デュガ。太るぞ」

 

「―――ふ、太らないぞ?」

 

 三つ平らげた少女がちょっと動揺したようだ。

 

「そして、お前らもコソコソくすねるな」

 

「ごじゃ~?」

 

「マヲー?」

 

 幼女と黒猫がテーブルの下でスプーンをカチャカチャさせながら、たっぷりのカラメルと生クリームを口元から舐めとりつつ、小首を傾げていた。

 

「で、教授。出来たんですか? バリアー」

 

「ああ、出来たよ。うお!? 本当に美味しいじゃないか。通販ものもびっくりだな。バニラが無いのが悔やまれる」

 

「ああ、南部との交易路を確保出来そうで、その内に甘い香料は少し薫は違うものの、おやつに使えそうです」

 

「それは何とも愉しみだな。老後は研究しつつ、悠々自適に甘いものでも噛み締めて生きる予定だったから、朗報だな」

 

 ゼド・ムーンレイクがやって来て早々にプリンを食べ終え、ポイッと白い球を寄越してくる。

 

 それをキャッチすると今度はそれを嵌め込むエンブレムらしきものが付いたサークレットのようなものを寄越してくる。

 

 ただし、ガッチリと頭部に嵌る仕様ではなく。

 

 柔らかい金属板で左右の額に吸い付くような感じらしい。

 

「嵌めてみたまえ。ああ、ちなみに一回嵌めれば、専用機器が無い限りは外れないから」

 

「呪いのサークレット?」

 

「ははは、そのようなものだ。嵌め込んだ人間の脳波を座標として相対的に位置を固定する空間の歪曲を用いている」

 

「つまり? 外れないっていうのは……」

 

「君の考えた通りだ。君の脳髄に対して相対座標で固定化されるという優れものだ」

 

「……一度ポジションを間違えると悲惨なヤツだコレ」

 

「大丈夫、外すのに1時間しか掛からない。まったく天才の所業と褒めてくれていい」

 

「はぁ……物理的にオレの頭蓋が幾らか消し飛んでも同じ位置なんだから、ホラーの間違いでしょう」

 

 溜息を吐きつつ、言われた通りに重要な位置固定をミリ単位で調整しつつ、白い球を額のエンブレムに嵌めるとキュッと不思議な感覚で金属が頭部に吸い付く感覚がした。

 

 と同時に教授が持って来た球を確認すると宝石というよりはまるでチェレンコフ光っぽい輝きの宝石みたいなものに白かった玉が変貌している。

 

「ちなみに電力は?」

 

「君が自力で何とか出来ると聞いたから自分で流してくれたまえ。君の能力なら恐らく微調整も瞬時に可能だろう。仕様書はコレだ」

 

 紙が一枚渡される。

 

「ちなみに限界は?」

 

「空間を歪曲して特異点に対して固定化しているだけだからな。歪曲そのものに限界は無いが、歪曲した空間を超えるくらいの空間の歪みや捻じれには無力だ。後、物理量が空間を歪ませる程のものとなれば、突破される可能性もあるな。基本的には発生を対象者を内部に入れた状態で半径1mから開始する」

 

「要はこの間の槍みたいなのを防ぐには相応の電力がいると」

 

「そういう事だ。ただ、あの船に載せるのは少し手間取りそうだ。他の機関との相互干渉を防ぐのに必要な装置を開発中でね。具体的にはその装置が無い状態で機関と併用すると相互干渉で時空間が崩壊する恐れがある」

 

「早急に建造をお願いします」

 

「任されよう。ちなみに気を付けるべきは空間の歪みに物体が巻き込まれると崩れる事だ。人間も例外ではないので留意してくれ。では、これで……」

 

 プリンをもう一個器ごと頂いて行く教授はルンルン気分らしく。

 

 何処か楽し気に食堂を後にするのだった。

 

「野戦以外じゃ市街地戦ですら使い難そうなのが何とも……」

 

「似合ってますよ!! 姫殿下!!」

 

 アテオラの言葉にリリが大きく頷く。

 

「ん~~宝石入りの宝冠とか。お姫様みたいだな♪」

 

「一応な」

 

 デュガの言葉にノイテが苦笑していた。

 

 イメリが確かにと面々の中に静かに笑いを堪えている。

 

「しばらく外す。全員、此処で待機しててくれ。朱理とエーカはまた別のやらなきゃならない事があるって事で外してるが、基本的には此処から全員で行く事になってる。予定外で定員が揃わなくてもオレが戻って来た時点で出発だ」

 

 フォーエとゾムニスが頷く。

 

 2人に任せて研究所の通路を歩いていくと途中でラニカとリージが合流した。

 

 現在、研究所内は白衣の研究者達の半数が二代目リセル・フロスティーナの仕事に掛り切りで、残りの半数が戦時という事で地下の研究施設に移行して働いている為、静かだ。

 

「ウィシャスとルシャは?」

 

「はい。ようやく帝国議会との間に纏まった条約締結書類を持って30分後には到着するかと」

 

「ラニカ。戦況は?」

 

「陸軍の中将殿から書面で」

 

 差し出された機密文書に目を奔らせる。

 

「………さすが、あちらの諜報連中は優秀だな」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「こちらの動きの意図がもう解ってる。だから、探りしか入れて来てない。だが、同時に攻めあぐねて事態の膠着状況を切り崩す策を練ってる最中だろう」

 

「その文面だけでどうしてソレが読み取れるのか分からないのですが……」

 

 軍の動員状況と現地の陣地構築率。

 

 そして、ガラジオン軍の様子が事細かに書かれていたが、内情を示す情報は無論ない。

 

「こっちの意図を見抜く事を前提でオレが予測した通りの動きで配置してるからだ」

 

「軍の配置ですか?」

 

「ああ、戦局を動かすには半包囲している強力な防衛陣地と対空陣地を越えて更に前進するしかないが、それを躊躇ってる様子が見て取れる」

 

「あれほどの規模の軍団です。正確には編成を急いでいるの間違いでは?」

 

「いいや、編成なんてしてる暇は無いし、その暇も与えない。それが相手は解ってるから、旧来の所属のままに軍を動員して緻密な動きは出来ずとも兵個人個人の技量で戦場では柔軟に動かすはずだ。無論、連中の切り札になる奴らはもう編成自体は終わっただろうが……」

 

「では、竜騎兵とほぼ歩兵だけの雑兵。そして、その切り札と言われている軍の一部で対応を分けるという事ですか?」

 

「解って来たな。そういう事だ。役割が違うからな。だが、単なる竜騎兵と雑兵の突撃や竜による猛突進。陣地の突破そのものは意味が無いように戦術も戦略も組んである」

 

「具体的にはどのような? 聞いてもいいなら後学の為にお教え頂きたいのですが……」

 

 言っている間に馬車のところまで来た。

 

 そのままリージと共に乗り込む。

 

「簡単だ。全力で引く。ただ、それだけの戦術だ」

 

「全力で引く?」

 

「現在、125km四方の戦域を半包囲する陣形を組んでるが、陣の内実は動かす事を前提にしてる」

 

「陣を動かす?」

 

「ああ、具体的には戦力の迅速な移動が行えるように前々から軍に言って、竜の国の直線状にある南部国境地帯を包囲する陣そのものを作らせてた。特別製って事だ」

 

「あそこに来るのが解っていたと?」

 

「簡単な誘導だ。相手の一番イヤな手を使って、相手の動きを誘うだけだ。オレがこう動けば、相手がこう動く。そういうのは考えておくもんだろ?」

 

「いえ、ですが、竜の国に調査団を送るのは先日考えたと伺いましたが?」

 

「幾つもある選択肢の一つだ。そして、オレは竜の国を焼く事が可能な状況を提供した。相手は故郷を焼きたくないなら、帝国に攻めてくるしかない。だが、帝国に最速で辿り着かなければ、戦域を推されると故郷を結局は後方として焼かれる可能性がある。相手は戦域を大陸中央部と睨んでたはずだが、実際には帝国領土まで無妨害が到達した。どうなる?」

 

「どうなるって……無妨害ならば、素通りして最短で―――ッ」

 

「そうだ。迂回せずに戦域の始りを押し上げるなら、直線状の地点にするよな? ちょっとくらいズレてもいいんだ」

 

「まさか……」

 

「軍には“地方全域を囲う網”を最初から作らせてた。現在、造ってる小規模な網は食い破られる事を前提にして更に大きな網に誘い込む。後方に待避する為の通路が幾つも連結されてて、攻められたら罠を置いた陣地に突入してくる敵さんが消耗するのを横目にドラクーンに殿を持って貰って退却」

 

「………どれくらいの距離を?」

 

「無論、帝国陸軍の秘密であるバルバロスの力を借りて、地方から中央域ギリギリの範囲までだ」

 

「は、はは……つまり、いつでも退却出来る通路が何本も軍の後方には走ってると」

 

 額に汗が流れるラニカの顔は引き攣っていた。

 

「そうだ。別に竜の国相手だけじゃない。バイツネードや新手の戦力。バルバロス。想定される限りのあらゆる相手に対応する為の超長距離縦深塹壕戦術だ。何処かを攻められたら、周囲の陣地から遠距離攻撃が飛んで行くし、陣地そのものを吹き飛ばす」

 

 ラニカが汗を浮かべながら呆れた様子になる。

 

「……そんな長距離の土木工事の労力、どんな国も出せませんよ。普通」

 

「バルバロスの力で省力化した。穴を掘るバルバロスがいるって知ってたから、この作戦はちゃんと陸軍の上層部に請け負って貰った」

 

「軍の上層部の方々の苦労が偲ばれますね」

 

「こういう事を予測や予知してる連中があっちにはいる。さて、どうなる?」

 

「見切られるのでは?」

 

「そうだな。近付けば、さすがにバレる。だが、ズルズルと内側に脚を踏み入れた場合の危機的な状況を予測出来るなら、相手は最も単純な手でこっちと交渉するしかない」

 

「交渉?」

 

「戦争は政治の延長だ。少なからず、先進国と呼ばれる連中の大半にとってはな」

 

「停戦交渉してくると?」

 

「いいや、相手がしてくる交渉は解ってる。相手の目的が解ってるんだ。なら、それを素直に差し出してくれないかと懇願してくるさ」

 

「懇願……」

 

「一兵卒に至るまで全滅して、国土が空になったところを大陸中に散ってるドラクーンに焼かれるよりはマシだろうからな」

 

「……こちらを脅すのに切り札を切って来るというのは?」

 

「それも有り得る。だが、戦略兵器は使って楽しい玩具じゃない。見せ合って、どっちが多く死ぬかと自慢し合うのに使うもんだ。大抵は……」

 

「帝国に向けて使われた場合は?」

 

「先に手を出した方が負けなんだよ。こういうのは……それにソレそのものをどうにかする為の力をオレが何も用意してないとでも?」

 

「はは……相手に反則だと言われそうですね」

 

「交渉でカタが付くなら良し。交渉が頓挫して戦略兵器を打ち合うのもよし。問題は死人の実数と互いの国への影響だけだ」

 

「……どうにかなりますか?」

 

「どうにかするんだよ。その為に此処まで仕事をしてるわけだからな」

 

「敵いませんね。リージ中尉殿から多くを学ばせて頂きましたが……貴女のやっている事はまったく想像の範疇に無いものばかりだ。どうしてそこまで出来るのですか?」

 

「考えてみろ。今日目覚める時、小鳥のさえずりが聞こえたら素敵だと思わないか?」

 

「ええと、何かの比喩でしょうか?」

 

「いいや、文字通りだ。朝に焼き立ての小麦の薫りがして、搾りたての甘い牛乳が出る。家はちゃんと清潔に掃き清められていて、家人が穏やかな挨拶をしてくれる」

 

「………」

 

「仕事に行けば、誰かが爽やかな笑顔を向けてくれて、仕事場に行けば、気の置ける同僚と朝の挨拶が出来る。給料は安くても安定して無理難題を言われない職場がある。仕事が定時で終われば、同僚と一杯やるのもよし。家に帰って家族と団らんの夕食を取るもよし」

 

「………」

 

「夜は自分の趣味の時間を持ってもいいな。家族がいるなら、家族と共に少し近場に遠出して夜の散策をしてもいい」

 

「………」

 

「解るか? こういう生活に必要なのが何か? 解るか? こんな生活を誰もがしようと思うなら、誰が働かなきゃならないか。解るか? 未来ってのは作らなきゃやって来ないんだって」

 

「……貴女の言う生活は確かに誰かの仕事が、国の大きな政策が無ければ不可能なものでしょう。生活に必要な物資、穏やかに暮らせる地域、健やかに過ごせる家、愉しい職場、不和の無い家庭、それらを支える社会……」

 

「そうだ。誰もが知ってる。そんなのは出来やしない。まやかしだってな。だが、な?」

 

「………」

 

「今の最低の暮らしをしてる連中の生活だって昔から比べたらマシなんだ。少しずつでも何処かで誰かの仕事が何かしら生活を向上させてくれている。オレはそれを一気に進めるが、それは単に自分がそういう生活を求めるからに過ぎない」

 

「生活を求めておきながら命を投げ出すように戦うのはどうしてですか?」

 

「命を懸けてこの世界の先人が築いて来た社会にダメ出しして何もかもを更に進めるんだ。歴史には敬意を払え。そして、歴史を破壊するなら、次の歴史を作らなきゃな。生憎とソレは今この手にある。誰かの人生を握るなら、自分の人生も握って使うのは当たり前だろう」

 

「貴女は……それは……その考えは……王の考え方ですら無いですよ?」

 

「いつ、だれが、どこで、そんな王様に成りたいなんて言った? これはただのガキの我儘だ。我儘がこの形だってだけだ。お前はお前の道を行っていい。その環境は少なからず作って置こう。この世が滅んでない未来に辿り着いたらな」

 

「解りました。今、しばらくお仕えしましょう。本来ならばリリと共に祖国に戻るかどうかと父から手紙が来ていたのですが、あの子も私もまだ貴女の結末を見届けてはいない。まだ、この先に続く未来を見てはいない。ですから、どうか。お傍にいても構いませんか?」

 

「好きなだけ見て行け。ただし、命の覚悟だけはしててくれ」

 

「了解しました。言わずともあの子とて、そのはずだ。己の命を賭けずして、命を賭けて戦う貴女の傍にはいませんよ」

 

「どうやら付いたようですよ」

 

 リージの言葉に窓の外を向く。

 

「本来は南部皇国を落してから見るはずだったが、どうやら大将閣下は此処に来て開示する方向にしたらしい。帝都には無いかと思ってたが……こんなところにあるとはな」

 

 ブラ女などと揶揄される事もある碩学院。

 

 次代の黎明にも新たなる血統を打ち立てる為、議会が創る事を決めたブラスタ貴族制の母を量産する施設。

 

「特別に今日は二人分まで男の出入りを許してる。行くぞ」

 

「「御同行感謝致します」」

 

 2人の男を背後に来たこちらを前にして、いつも門を護ってくれている女騎士が最敬礼で出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ。フィティシラ・アルローゼン姫殿下」

 

 軍服に長いトレンチコート姿のこちらを見て、すぐに事態を察してくれたらしい。

 

「学院の女生徒達と講師の方々を中庭に集めた後、学園より出来る限り離れた都内の避難場所か。自宅に返して下さい。最低でも此処から馬車で5分未満の場所には人気が無くなるように」

 

「解りました。議会の方にご連絡は?」

 

「入れてあります。この区域の避難は比較的簡単に済むでしょう。大将閣下より言葉を頂きました。【汝の行うべき事を為すが良い】と」

 

 その言葉に数名の女騎士達が反応し、互いに頷き合うと腰に差していた剣を引き抜き、その場で柄を石製の門に叩き付けて割ると中から出て来たプレートを5枚同時に差し出してくる。

 

「ご存分にお働きを。我らブラジマハターと皇帝陛下の加護が有らん事を伏してお祈り申し上げます……」

 

「ありがとう。では、総員準備に掛かれ」

 

『ハッ!!!』

 

 女騎士達が次々に四方に散っていく。

 

「彼女達が門番でしたか。誰も気付かないわけだ」

 

 リージが感心した様子になる。

 

「非人道的な対策ですよ。門番を殺せば、手に入らない。しかし、中身はそもそも知らない。重要なのは中身だと考えて全てを台無しにする連中は絶対に辿り着けないわけです」

 

「この為に彼女達は此処に……?」

 

「生まれた時にはもう決められていた生き方です。ですが、誰もがそれに悩みながらも自らの生き方としている。尊いというのはああいう方々の事を言うのですよ」

 

「此処ではその口調なのですね」

 

「どちらもわたくしです。それは単なる仮面に過ぎない。行きましょうか。真実を見る為に……」

 

 場所の事は聞いていた。

 

 花壇の手入れを今日もしていた生徒会長が其処には待っていて、噴水の前で作業着姿のまま、こちらを見つめていた。

 

「今日は早いんだね……」

 

「ええ、大将閣下にようやく許可を頂けたので。戦争前に学院の掃除でもと思い。粗大ごみを確認しに来ました」

 

「く……ふふ、あははははは!! そうか……君は……君にとっては粗大ごみか。うん……うん!! 君らしいよ。本当に……」

 

 親友が立ち上がり、畏まって一礼する。

 

「フィティシラ・アルローゼン姫殿下。今までの言動の全て。そして、今まで多くを隠して来た事。心より謝罪致します」

 

「では、罰を与えましょう」

 

「何なりと」

 

「今度、わたくしの料理でも食べに来て下さい。食後のデザートもお付けしますよ」

 

「―――!?」

 

「何か嫌いなものや食べられないものがあれば、後でこっそり教えて下さい。此処には殿方もいますしね」

 

「……うん。ありがとう。フィティシラ……」

 

 泣きそうな笑み親友がその場を退いて下がる。

 

 それと同時に噴水の前に立って、噴水の縁にある五つの窪みに……本当にただの飾りに見えるだろう窪みにプレートを嵌め込む。

 

 プレートは超重元素製だ。

 

 嘗ての先人達がその特性を用いて鍵にしたらしい。

 

 嵌めて数秒後。

 

 僅かに地鳴りがしたかと思えば、噴水の水が止まり、噴水の水が掃けて、左右に割れて地下への通路が現れる。

 

 噴水の下にある巨大な水車による動力を用いた開閉装置は全て超重元素製であり、機構を動かす以外には破壊するしかないが、その破壊そのものが恐らくはかなり不可能の部類だろう。

 

 凡そ50m以上はある階段に先頭となって入っていく。

 

 すると背後ではずっと頭を下げた親友がいるような気がした。

 

「良い友人をお持ちのようだ」

 

 ラニカの言葉に返す言葉は決まっている。

 

「友人じゃない。親友だ」

 

 暗い闇に何処からか風が吹き始め、通路が使用可能なように次々と鉱物が光り輝いた灯が灯っていく。

 

 超重元素による自然の発光。

 

 電力の供給も恐らくは自分達が使っているものと同じだろう。

 

 通路は滑らかな石材で形作られており、出た先には回廊が存在しているようだった。

 

 岩盤内部に刳り貫かれて造られた広大な世界の先に目を細める。

 

 明かりが付いて行く空間の先には白衣の男女が数名。

 

 軍高官たる大将の息子にして本来ならば最前線にいるはずの男がいた。

 

 その相手は言うまでもなく。

 

 親友の父親だ。

 

「お待ちしておりました。姫殿下……いえ、異なる世界からの来訪者と言うべきですか。ですが、敢て部外者だった貴方に……私はこう言いましょう。我々は貴女を選んで本当に良かった……フィティシラ・アルローゼン姫殿下」

 

 どうやら、灯台下暗しという言葉は自分にこそ似合うらしかった。


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