ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
『君を愛している。だから、僕は行くよ』
『ああ、そんな!? 行かないで!! 行かないで!!』
『例え、僕の世界が終わっても君は生き続けるんだ!! 此処には僕が護りたくて、もう護れなくなるものが沢山ある』
『う、ぅぅぅ……』
『さぁ、行け!! 此処はこの黎明の騎士が引き受けた!!』
『ノートラント様ぁあああああああああ!!!!』
劇中歌が流れる中。
庶民にも分かり安い帝国貴族の青年と少女の物語がもの哀しい音色に巻き込まれて消えていく。
「おお、何という事でありましょうや!! 今や幼馴染たるノートラントを彼女は思うばかり!! ああ、だが、彼は奮戦の果てに自らの命を燃やして逃げ惑う民の為に侵略者達と戦うのです!!」
語り部にまだ光量の弱いスポットライトが当たる。
『彼女の為に戦い抜いて見せる!! 祖国よ永遠なれ!! 我らが後にあの子の行く道が続かん事を!!』
「こうして彼は戦乱の中に消え、いつまでもいつまでも彼女は待つでしょう。戦い疲れた愛しき者がいつか戻って来ると信じて……この続きはまたいつか。お目に掛かる事もあるでしょう」
語り部の幕引きと共に劇場内ですすり泣く貴族や裕福な商家の一般人子女達の声が多数。
二階のVIP用の観覧席にはデュガ、ノイテ、アテオラ、イメリ、リリ、エーカ、朱理が詰めており、その背後にはリリの兄であるラニカが執事姿で『女というのはこういうのが本当に好きだな』みたいな顔で肩を竦めている。
最前列の手摺前の座席に座る少女達は釘付けなので背後にあるラウンジで紅茶を一口しているとリージがやって来た。
「どうだ?」
「はい。帝国議会にヴァーリとの和平条約の締結と技術協力及び反帝国連合からの脱却を以て、今回の件を承認すると約束を取り付けました。明日には正式に本会議に掛けられ、ヴァーリの邦長の来訪後の調印式で条約文書として発行される運びになるかと」
「本来とは予定が逆になったが、今回の事で反帝国連合の中核は竜の国だけになった。後はこれをどう料理するかだが……」
「それに付いてお耳に入れたい事があります」
相手の耳打ちを聞く。
「南部皇国付近を通過中だった反帝国連合の中核戦力が全部消えた?」
「はい。偶然、地方の端にいたドラクーンが高高度から観測した所によれば、いきなり人間が液体のようになって濁流となり、南部皇国の首都に消えて行ったと」
「そのドラクーンの所見は?」
「人間が内部から液状化するのを確認しており、何らかの要因が体内でいきなり目覚めたように見えたとの事です。外部からの干渉にしては一斉だった事から、何かしらの情報を受け取った事でそうなったのでは?という話でして」
「……時間は?」
「それがそちらで戦いが起きた時刻の少し後らしく」
「不味ったな。それが本当ならバイツネードの当主は生きてる可能性が高い。いや、どちらかと言えば、体を乗り換えたりした可能性が高いの間違いか。違っていたとしても、そんなのが使われる前に準備や厄介事を済ませないと帝国が崩壊するな……」
「では? 昨日言われていたように?」
「竜の国との決戦が難しくなった。時間制限が更に短くなったか消えたと考えろ。途中介入されるならまだしも、オレしか戦えないだろう相手が本国へ一気に攻めてきたら、ドラクーンだけじゃ役不足になる可能性まである」
「……早期決着の為に早めますか? こちらの観測手からの話では遅滞している南部連合軍はどうやら先頭が北部皇国の街道を抜ける寸前との事です」
「ヴァーリまでは?」
「19日程で到達するかと」
「仕方ない。予定を更に変更する。同時にドゥリンガムに使いを出す。竜の国との決着を付けるぞ」
「さすがにそれは……あちらが戦力を編成してこちらに向かってくるには後3か月は必要かと思いますが? さすがに撃破する相手がいないのに倒せはしないかと」
「ああ、だから、ちょっと工夫しようか。相手に祖国防衛の為に頑張って貰おう。決戦の地はドゥリンガムと竜の国の国境に指定する。それで反応を見よう」
「彼の国をどうお使いに為るつもりですか?」
「今日中に宣戦布告用の書面を用意する。ドゥリンガムには先日あちらが破壊したリセル・フロスティーナの代金返済として国境域の土地の一ヵ月の借用を約束させる」
「成程……乗って来ますか?」
「乗らざるを得ないようにするに決まってる。竜の国の方には反帝国連合から脱退し、直ちに帝国への侵攻計画を中止するようにと書簡を送る。大々的に周辺国に報じさせろ。もしその気があるならば、大陸北部、西部と合同での査察団の受け入れ準備をしろとな」
「ふむ。国内に引き入れられてはぐらかされた場合は?」
「それならそれで構わない。大規模な査察調査はオレが団長だ。戦争前に戦争の当事者に視察されて困るもんしかない首都に乗り込めれば良し。突っぱねられれば、査察団の護衛として派遣した部隊が戦争に突入する」
「無茶苦茶ですね。護衛が戦争をして勝ってしまったら、何処の国も我が国を侮らなくなりますよ?」
「生きてる内に戦争が無くなるなら、まったく歓迎したいところだ。それに反応次第では攻めてくるから問題無い」
こちらの会話を聞いていたラニカは物凄い顔になり、蒼褪めて額に手を当て、大きく息を吐き出していた。
「どうした? 貧血か?」
「昨日の夜の食前食後の記憶が吹き飛んだ事に比べれば、まったく問題ありませんよ。フィティシラ・アルローゼン姫殿下」
「はは、味を覚えてないとか。結構、頑張ったんだがな」
「食べた人間の記憶を奪う料理を料理とは言わないのでは?」
「別に不味かったわけじゃないだろう」
「美味過ぎて記憶が飛ぶなんて事は初めて知りましたし、今後は知る人間がいなくなるのを願いますよ。貴女の本性を昨日ようやく見たばかりでこっちはまだ混乱しているというのに……」
「酷い話だ。どちらもオレには違いないんだがな……」
ラニカとのやり取りにリージが苦笑していた。
「是非、自分もその記憶すら奪う料理とやらのご相伴に与りたいところですね」
「いつでも作ってやるぞ。時間さえあればな」
「どうやら死ぬまで食べる事は無さそうで……」
「とにかくだ。こうなったら、南部皇国内であっちが態勢を整えるまでに全部終わらせなけりゃならない。各地の散ってるドラクーンに現在の任務をある程度終わらせたら、現地の通常派遣してる連中に引き継がせて、ドゥリンガムに集結させろ。期限は10日だ」
「了解しました。直ちに……」
言っている間にも劇が幕を閉じたらしく。
拍手する女性陣が涙垂れ流し状態で感動しまくっていた。
「こいつらを頼む」
「解りました」
リージが一礼するのに合わせてラウンジに背を向ける。
「ちょっと外に出てくる。今日は夜に帰るか怪しいから、全員で親睦でも深めながら寝ててくれ」
現在、自分の私室は女性陣に開放しており、自分がいない時は会合場所にでもしてくれと言い置いて川の字で寝る場所と化している。
これもそれも合流した朱理やエーカに馴染んでもらう為だが、どうやらデュガやノイテとは既に馬が合う様子でお喋りしているので問題は無いだろう。
「あ、シュー……」
朱理の言葉に後ろ手をヒラヒラさせておく。
「また後でな」
やるべき事は多い。
体が二つ欲しいところだが、それが実現しても体が三つ欲しくなるのは自明。
今は目の前のものを失わないように戦う事で精一杯だった。
*
―――アルローゼン邸フィティシラ私室。
「あのお姫様は……我々をほったらかしでまた仕事漬けですか」
「それにしてはノイテ嬉しそうじゃないか?」
「な、何の事でしょうか?」
昨日、聖女の全力の持て成しを受け取ったアルローゼン邸にいる者達の全てが前後不覚の記憶障害に陥った事は記憶に新しい。
具体的には創られた料理を食べた使用人達から家の主である老人まで等しく食事をした前後の記憶がすっぽり抜け落ちて、気付いたら食後のデザートまで食べ終えて空の皿を前にしていた。
ただ、一つだけ事実なのは自分達の食べた料理の皿が大量にいつの間にか空になって目の前に存在しており、確かにお腹は膨れて恍惚とした満足感だけが残っていたという事だけだ。
その料理の魔力に戦慄した使用人達は記憶が無いのを大そう惜しがっていたが、少女達にしてみれば、吃驚でただただ呆然とするだけだった。
その夜は結局、聖女当人からこれから一緒に暮らす仲間として紹介された2人を家に居候している少女達へ正式に紹介して、夜にしばらく一緒に眠って親睦を深める事になったが、寝台の主たる当人は仕事で夜の私室からは消えていた。
「そのぉ、昨日もお聞きしましたが、お二人は……フィティシラ様のこの世に産まれる前のお知り合いなのですよね?」
リリがオズオズと持ち込んだ枕を抱き締め、白い寝間着を着込んで後は寝るだけの姿で2人に訊ねる。
パジャマ姿の朱理とエーカはその言葉に頷いていた。
詳しく話せない事が多い相手にはスピリチュアルな前世説的解説で納得させる事と当人が2人に言っていた為、リリやラニカ、アテオラ、イメリなどにはそのように話されている。
「う、うん」
朱理が頷くとリリの瞳が輝き出した。
白いネグリジェ姿の少女は髪の長い年上の少女達が髪を結い上げ、ネットで包んでいる姿を前にしてワクワクしている。
「う、羨ましいです!! 今日の劇の続きだと実は死んだノーラントさんは待っているルミナさんの子供として生まれて来るんですよ!! それで今度は子供としてルミナさんを護る為にまた騎士の道に―――」
リリが目をキラキラさせながら興奮気味に近頃出回る小説の中でも女性に人気な騎士転生物語に付いて語り出す。
「姫殿下の知られざる物語ですね!! うぅ、姫殿下はやっぱりスゴイです。ね? リリさん」
「はい。アテオラさん!!」
年の近い少女達はキャッキャと少しだけワンポイントのレース地の色が違うネグリジェ姿ではしゃいでいた。
「姫殿下は本当に……人なのか怪しく思えて来ます。実はこの世に降りて来た女神と言われた方がまだ頷けるところが本当にどう表現していいのか」
イメリが大きく息を吐いた。
「ま、ふぃーはふぃーだかんな」
「ええ、この世にあんなのが2人もいない事を願うばかりな人物ですし」
デュガとノイテの言葉に朱理とエーカも苦笑せざるを得なかった。
「シュー……頑張ってるんだ。やっぱり」
「ま、この数年はせやったんやろーな……無理して……」
掛布を半分被るようにして言う朱理に頷くエーカが心配な内心を飲み下すようにして、その嬉しさも混じる気持ちを噛み締める。
「なぁなぁ、シュリ」
「な、なに? デュガシェス、さん……」
思わず離し掛けられてビクッとした少女は自分よりも年下の瞳にたじろぐ。
その瞳は何を言わなくても自分と同じような観察眼を持っている。
そう察していたからだ。
「別にデュガでいいぞ。フィーの大切な人だし」
「は?! ちょ、な、なな、何を―――」
「きゃ~~~♪ ぜ、前世の恋人だったんですか!? シュリさん!?」
「く、詳しく聞きたいです。ごくり」
リリとアテオラの年少組が目をキラキラさせて食い付く。
「なぁ、フィーの事好きになって怖く為ったりしないか?」
「ッ―――」
その問いに思わず朱理が固まる。
「何やあいつの事、結構解るヤツなんやな。デュガって」
エーカがそうだよなぁという顔になり、年少組が首を傾げる。
「どういう事ですか? ノイテさん」
リリが最年長組であるノイテに訊ねる。
「……危ういという事です。自分の全てを投げ打って戦う事を厭わない。誰かを犠牲にしたならば、己も犠牲になって然るべき。そんな決意の下であのお姫様は戦っている」
その言葉に年少組はかなり思い当たる節を脳裏に浮かべていた。
「それは何も刃物を持った戦場だけではない。政治の現場でもそうです。いつ殺されてもおかしくないような場所で踊り続ける事は常人には本来不可能なのですよ。やれたとしても心を病んでしまう」
「「………っ」」
思ってもみなかった言葉に年少組が思わず絶句する。
そう、そうだろう。
戦場だけが命のやり取りの現場ではない。
政治の現場でもそれは常に起こり得る事だと彼女達は知っている。
そういう家に産まれ、教育されて来た故に。
「解る気がします。誰かに命を投げ出させるなら自分も同じ場所で戦う。あの人は、姫殿下はそういう人間ですから……」
イメリが実感の籠った呟きを零す。
「シューは……昔からそうだった……昔も私を助けてくれた……死のうとした私を河から引き上げて、自分が死ぬかもしれないのに体を枝が貫通してたのに……私を先に引き上げて……ずっと助けて貰ってたのに……私は……死ぬのなんか怖くなかったのに……怖かった……シューが死んじゃうって思ったら……どんな事よりもずっとずっと……」
「―――」
その壮絶な過去にリリとアテオラ、イメリは言葉を失っていた。
「そっか。ふふ、変わらないんだな。フィーって」
竜の国の元お姫様が僅かに嬉しそうに笑みを浮かべる。
「せやな。ウチの時もそうだったわ。乱暴されそうになったウチと妹を危ない連中から助けてくれた後、専門の病院を紹介してくれたり、いつも気にしてくれてた気がする……」
デュガの言葉に軽くエーカが肩を竦める。
「フィーは大体、自分の事を計算に入れないかんな。どんなに危ない可能性があっても自分に出来る限りの事をするって決めてるみたいだし」
「まぁ、それがあのお姫様の生き方なのでしょう。本来、この国の敵対者であった我々を匿って救う事があの力が無かった頃にどれだけの危険だったものか……」
「だよなぁ……そんなの分からないわけないし、ホント……お人好し過ぎるよな。フィーって……その癖、そこらの竜より強いし。それどころか。今じゃ、ウチの国の切り札よりも強い気がするし」
「逆なのではないですかね。あの性格だから、あのような者であるからこそ、彼女には力が集まって来る。それはきっと強いからではない。私にはそう思えます」
ノイテとデュガのやり取りにその場の少女達は納得出来る気がした。
どれだけ同じことを他の誰かがしても、あそこまで熱心に姫殿下の為にと働こうとする者はいないだろう。
それは出会う多くの人々に感謝と同時に頭を下げ、その相手に対話を以て共に進んで欲しいと伝え続けて来た当人の努力があってこそだ。
研究所の職員も多くの貴族達も懸命に働く平民も分け隔てなく頭を下げ続けた姿は正しく近頃は帝国各地で見られるようになった聖女の銅像にもハッキリと顕れている。
「私……シューを支えたい……だから、明日から色々と行きたい場所があって……」
「よっしゃ、付き合うで? ま、護衛だの身の回りの世話だのはそっちにお任せやな。ウチらには其々に出来る事がある。それはみんな違うんやからな」
エーカの言葉にアテオラが手を挙げる。
「姫殿下の為にこの世で一番正確な地図を御作りしたいです!!」
次はリリだった。
「わ、わたしも姫殿下の名に恥じぬような立派な女性になりたいです!!」
「う~~ん? ノイテ……侍従業より竜乗ってた方が役立つと思うか?」
「どちらも究めればいいでしょう。そう出来る力が我々にはあるのですから」
「そうだな♪ じゃ、そういう事で」
デュガとノイテが互いに解っている笑みを浮かべる。
「私は姫殿下に課された全てを出来るようになります。祖国の再興の為に……」
イメリが今も続けている大量の学習成果を己の中に感じながら拳を胸元に握る。
「立派やなぁ。みんな……さ、そろそろ寝る時間やで。明かり消すなぁ」
エーカが欠伸をすると同時に近頃内装に使われ出した電灯を消した。
巨大な寝台は全員が寝ても余る。
互いに仲の良い相手と寄り添って複数枚の掛布と幾つも余る大きな枕に埋もれながら、彼女達は瞳を閉じる。
彼女達の夜はそうして更けていく。
薄っすらと月明かりの零れる夜半。
世界には何も問題無いかのように静けさがある。
しかし、その最中に未だ戦い続ける誰かの背中を夢見ながら、少女達は遠く遠くその気持ちを零さぬように抱き締めたのだった。
*
「悪いな。エーゼル」
「いえ、今日は丁度夜勤でしたから」
「そうか。研究所の連中の疲労具合はどうだ?」
研究所の電灯の付いた床を歩きながら、エーゼルに訊ねる。
「夜勤を導入してから必ず翌日は半日休ませているので体調を崩す方はいませんでした」
「それなら良かった……」
夜半に研究所に馬車で来たら、正しく不夜城と化しているのが確認出来たので現代人的な疲労に見舞われていないかと心配していたのだが、大丈夫なようだ。
「それで何だが、ノイテ達が乗って来た船の外装に積まれてた武器に付いて聞きたいんだが」
「資料でお渡ししたゼド機関の説明を受けた後に一部の所員が武器に転用出来ないかと槍に加工した代物です。時間は短かったのですが、とにかく電力を注ぎ込んでモーターで一晩中回してみたとの話です」
「そういう事か。効果としては動力を発する槍を想定してたのか?」
「はい。外殻には振動に強い超重元素を用いて、先端の掘削用回転衝角は例のヤスリの製造時に創った知見を用いてあらゆる敵の装甲を崩せるようにしたと」
「過剰威力だったぞ?」
「え?」
「恐らくだが、空間の捻じれとか言うのが関わってるな。その回転衝角が相手の物理的な装甲を破壊して、ゼド機関そのものが空間を捩じる効果で相手を空間毎歪めて構造を崩す……また地表に向けて使えない武器が増えたな……」
「ええと、もしかして戦略級の威力に?」
「オレが使ったってのもあるだろう。だが、それにしても威力が高過ぎて地殻や岩盤、この星の内部までグチャグチャに出来そうな破壊力だ」
「……後ですぐに戦略級兵器に指定して、手続きで不用意に作れないようにしておきます」
「ああ、頼む。ただ、アレくらいの威力になれば、恐らくバイツネード本家とも戦える。一本造るのに掛かる資源量は知らないが、アレを更に推し進めて、次の戦闘までに数本欲しい。主に竜の国とバイツネード本家相手に使う分だ」
「解りました。材料自体は数百本単位で造れるだけありますが、全て職人が手作業と工作機械で仕上げていて、恐らく先程聞いた竜の国との戦闘までには3本が限界かと思います」
「それで頼む。無いよりは絶対に有った方がいい」
「はい」
一緒に色々と次の戦いに向けての詳細を詰めながら歩いて数分。
研究所の地下通路から数百m先の地下倉庫に到着していた。
地下では忙しく工員達や白衣の研究者達が立ち働いており、次々にまた別の地下の経路から研究所内で造られた大型の部品を搬入していた。
不夜城の如く明るい其処にあるのは巨大な船だ。
恐らく全長200m近い。
嘗ては帆船を飛行船のようにガスを入れた大きな袋で浮かせる方式だったが、そういった形状はもはや無く。
完全に現代の船とも遜色が無いようなスタイリッシュな造形だった。剣のように細い尖端と戦闘機のように流線形の翼。
カナードなどは無く。
ジェットエンジンのようなものは存在しないが、各部には何やら大きな吸気口が存在しており、その背後のあちこちには噴射口らしきものがある。
白銀の船は巨大な戦闘機のように見えた。
倉庫自体、実は陸軍の大半の掌握後に建設部門へ暗に『例のバルバロス使え』と急かして掘らせた代物だ。
「これが……二代目リセル・フロスティーナか」
「はい。元々船体はこのような形でしたが、ゼド教授の機関発明や航空力学と言うのでしたか。教授が教えて下さった様々な空中を高速で移動する為の設計の基礎的な知識を受けて、多少形が変わりました。主に翼の形や後方の尾翼です」
「はは、ウチの研究者は未来に生きてるな」
思わず思っていた以上にSFっぽいものが出て来て驚く。
「基礎的な工学知識は揃って来ているとはいえ、設計図面的には先進的ではありますが、内部構造は従来の船舶に準拠しています。基本的に超重元素による様々な特性有りきで作っている為、強度を増す設計や外部からの攻撃に対する脆弱性などの構造的な問題は攻撃の質によっては殆ど変わっていないと思われます」
「超重元素のおかげで無茶な設計や難しい設計が要らなくなったのか?」
「はい。その通りです。従来の船の設計者達を集めて20隻程、あちこちで試作して貰いましたが、材料としての超重元素の能力が高いおかげで高度な鍛造や設計が要らなくなったのが大きいです」
「ふむ。今後は高度化と構造の簡素化を両立出来るようにするのが課題だな?」
「ええ、でもやはり技術的に妥協出来るところが増えた事で諸々の工期的には4か月で此処まで漕ぎ付けました」
エーゼルが資料の捕捉をしてくれる。
「殆どは竜骨の形成でしたが、これは軽さよりも頑丈さを第一にしたので時間が掛かりました。今は装甲が全部新しいものに変わった為、そちらの製造と成形を昼夜無く行っています」
「そうか。頑張ってくれてるようで何よりだ」
「あ、でも、設計は我々の時代においては最新最高である事をお約束します。本来はこれを初代のリセル・フロスティーナのようにガスで浮かせる方式でしたが、自家発電、自己発熱、自己浮遊する【三層式装甲】のおかげでこれを全て撤廃したのが大き過ぎますね。やはり……」
「そうだろうな……勝手に空を飛ぶ自家発電装甲なんて非常識だしな」
「あはは……ですよね。更にゼド機関による無限の動力によって燃料を必要としなくなった分、あらゆる面で軽量化出来ました。同時に加速機動修正用の吸気口と排気口を新設したのですが、必要な中身が殆ど失せたので出来た芸当です」
「ま、燃料の貯蔵部位が必要なくなった時点でアレなのに動力もほぼ無限に貯蔵出来るし、好きなだけ容積を変えずに供給出来るんだから、教授様々だ」
「はい。ちなみに動力機関そのものが風力を生み出せるので、その形を教授と共に詰めるのが最難関の開発でした。吸気、排気口の開閉や稼働は全て形状記憶合金を用いた回路による内部機構への熱量伝導で操作しています」
「これも超重元素有り気だな」
「はい。後部倉庫区画、中部居住区画、前部操舵区画を外部装甲で浮かせているので超重元素自体が重くても全体的には軽量化出来ているはずです」
「ふむふむ……」
「外部装甲は凡そ10cmの厚さの装甲を合計で6枚。各部位を一枚単位で竜骨に嵌める形で形成しており、嵌めた後に内部には超重元素入りの樹脂で全て内部圧着。装甲自体も張り合わせるのに継ぎ目部分を熱で膨張し、圧接した合板が一枚板のようになる方式を採用しました。これは機体の稼働に関して形状記憶合金の成形と運用で得た知見を用いています」
「つまり、熱でガッチリと嵌った装甲が一つになるのか?」
「はい。これは戻らないくらいに継ぎ目もなく接合されるのを確認しており、通常の衝撃や熱を受けてもバラバラになりません。ただし、その装甲自体が受け切れないような衝撃や熱が加わると圧着しておける熱の範囲を逸脱して形を保てなくなります」
「具体的には?」
「恐らくは6500℃以上です。樹脂の結合が解けた場合は歪んで外側に向けて弾けるように設計しました。一枚ずつボンッと外側に吹き飛ぶ仕様なので何処かが破損しても一撃で内部区画まで貫通しません。全体的に竜骨が歪んでいない限りはすぐに補修可能です」
(爆発反応装甲染みてるな……)
「ちなみに衝撃や熱は置換されて、電気として無限に蓄えられる上、外部装甲全体でそれらを吸収する事もあって、実際に威力を一点集中されても相手は限界温度の数倍は熱量を供給しなければ、装甲自体は解けないかと思われます。かなり防御力は高いです」
「装甲の特性を理解しなければロクに相手の攻撃は通らなそうだな……」
「はい。通常の竜の火球や電撃、衝撃などではビクともしません。一部の物質を変質させるような攻撃には弱い側面もありますが、基本的には戦闘中は高速機動しますし、停泊中に長時間攻撃を受けない限りは問題ありません」
「なるほど」
「ゼド機関を詰んだ事で今まで課題だった膨大な熱と電気を貯められない問題も解決した事から出来る芸当です」
先日の気球は惜しい事をしたが、どうやらアレでもまだまだ課題は山積していたらしい。
「それで? 昨日持って来た設計図にゼド教授は何て?」
「はい。それが旧知の方がバリアーの作り方を教えてくれたとか何とか。相変わらず、工作は雑だなぁって言ってました」
「エーゼルお前言葉が解るのか?」
「あ、はい。ゼド教授の言葉は色々と書き留めて置いて、時々会話していたら、何となく。ある程度の言葉は教えて頂いたんですが……ダメでしたか?」
「いいや、あの教授の話し相手になってやってくれ」
「あ、はい!!」
大きく頷くエーゼルに大丈夫そうかと頷きつつ二代目の船を眺める。
「それにしてもバリアーね……」
思わず内心で溜息が出た。
「バリアーとは何のことなのでしょうか?」
「ああ、すぐに解る。たぶん、数日中に教授が変なものを持って来ると思うが、出来ればこの船に詰めるかどうか確認してくれ。それと量産も可能かどうか確認して、量産体制も出来ればお願いする」
「あ、はい。バリアー……一体、どんなスゴイものなんでしょうか……」
首を傾げるエーゼルに付いて今も建造中の船の傍まで近寄る。
「防御力に関しては解った。だが、それを聞くと外部に攻撃兵器は付けられないのか?」
「あ、はい。そうでした。それに付いてもお話を」
エーゼルが言っている間にもどうやら最初から運び込まれていたらしい布を被せられた資材置き場にやってくる。
すると、今まで布の中で作業していたらしき工員達が次々に出て来て整列し、こちらを見て目をキラキラさせ始める。
「ご苦労様です。お仕事頑張って下さい」
『『『『『『『『『『―――ッッ!!!? この一命に掛けて必ずや最高のものをお届け致します!!!』』』』』』』』』』
再び仕事を始める男達を遠巻きにしながらエーゼルが語り出した。
「現在、遠距離を攻撃出来る兵器としては火砲が最有力でしたが、アグニウムの取り扱いの悪さ的に軍艦のようなものには載せられないと結論が出ており、内部で暴発したりした場合の被害や構造が基本的に熱で変形する事から考えても不使用が決定されています」
「異論は無い。仕様書にはこれから二代目は一代目と違って更に今後の改良や艤装の追加の為の余剰空間が大量に置かれているって話だし、今後の技術的な進展を待つのは問題無い結論だ」
「そう言って頂けると嬉しいです。ゼド教授に頼りっぱなしになってしまうのですが、基本的に外部からの攻撃への備えを考えると内部構造とは違い外部装甲に余計な隙間は作れない為、外部装甲に付随する形で形成。翼の可変とゼド機関を用いて広範囲の敵を叩く為の戦略兵器の運用が想定されています」
「つまり、外部で完結して内部まで破壊されないような工夫がされるのか?」
「その通りです。可変翼の一部をゼド機関の発する運動エネルギーと電気エネルギーで兵器化します」
「元々はゼド機関無しで同じような事を?」
「はい。かなり、難航していたのですが、機関の開発で一気に詰めの作業が出来ました。従来造らなければならない部分を作らずに済んだ為、その分は工期の短縮と新式の攻撃兵器の設計と検証、動作確認に当てて……」
「頭が下がる思いだ」
「ありがとうございます。兵器までの回路自体は通しますが、兵器部分や根本を破壊されても本体に異常が出ないようにする仕様です」
概要と帝都近郊の無人地帯での試射の様子が文字で羅列されていた。
「資料的には……熱と電気を大量に生み出す超重元素の粉末をゼド機関の暴風で掻き混ぜるのか」
「はい」
「天候によっては雷雲の発生も可能……それ以外だと熱と電気で相手を焼き尽くす……これってこの間、オレが東部でやった事の焼き回しか?」
「その通りです。本来はアグニウムも考えたのですが、外部の機構でも運用の危険度が高く。安全に運用出来るかと言われると不可能だと断じられた為……仕方なく他の兵器化可能な元素を用いました」
「いや、それだけでも十分だ。だが、可変翼そのものにゼド機関を仕込んで悪さは出来そうだな」
「はい。可変翼と周辺部位は全て置換可能にしておいたので破壊されても交換すれば、短時間で使用可能になります。回路的にも複雑なものは必要なく。一定温度を保つ耐熱合金で被膜して使えば、ほぼ使用に問題はありません。形状記憶合金と回路だけで動作させる機械に関しては既に工作機器で応用しており、今後は精度や高度な動きが出来るようにと開発中です」
「翼の骨組み一つに付き、武装一つか」
「はい。今言っていた広範囲を竜巻状の運動エネルギーで粉末と共に薙ぎ払う【ディザスター】」
資料には四つの武装が試験込みの結果を書かれていたが、帝都郊外の隔離区画はどうやら今や恐ろしい兵器の試射場として魔窟になっているらしい。
「骨組みから高電圧、高電流の雷撃を周辺に拡散させて近付く敵を焼き払う【トニトルア】」
想像図では翼の骨組みの一部が展開して雷撃を次々に両翼から周囲に放っていた。
「骨組みを分解して鎖状に伸ばしつつ鋭利な鋼糸と骨組みの刃を振り回しながら擦れ違いざまに格闘戦で相手を切り刻む【チェイン・エッジ】」
飛行中に旋回させた翼から伸びる蛇腹剣のようなものが擦れ違い様に気流で乱舞しながら追い掛けて来る相手や傍を通った相手をバラバラにする図が描かれており、案外エグイ事考えるなぁという感想が浮かぶ。
「巨大バルバロスを想定し、前回の首都襲撃に使われた水を吸収する超重元素【アクエリア】を単離後に加工した一対の巨大銛【トリアイナ】。これを爆薬で一気に加速して打ち込む砲が今回組み込まれています」
「例の超重元素か? 大丈夫なのか?」
「はい。試験では運ぶ際も殆ど水は吸収しませんでした。専用の超重元素製の合金ケースされあれば、能力は封じて持ち運べます。試射してみたところ、小さな湖が一瞬で干上がる程度でした。これなら恐らく相手が水で細胞を構成する生物なら、どんな巨大な敵も一撃で倒す事が出来るはずです」
「さ、左様か。頑張ったな……それとその名前の単語どっから出て来た?」
「あ、ゼド教授が教えてくれて。良い名前なので皆さんで決を取ったら、満場一致でした」
「ああ、そう……」
どうやらゼド教授による現代知識による異世界無双は順調なようだ。
「ちなみに超重元素足りてるか? 前にはかなり備蓄が心もとないって聞いてたような……」
「実は北部で金鉱山の採掘をしていたら、超重元素の大鉱脈が出たらしくて。例のバルバロス達がいた忌地の山岳はどうやら彼らが食べる超重元素が大量に眠ってる場所だったみたいです」
「そうなのか……」
「はい。それで例のグアグリスを鉱山に入れて、丸ごと生物精錬してみる計画を応用したら、短期間でかなりの量が採れました」
「ああ、例の計画か」
グアグリスによる生物精錬技術は現在開発が一段落しているのだが、基本的には環境浄化策の面が強かったので更に効率的な採掘計画に採用出来ないかと試している最中なのだ。
「はい。坑道の一部に酸を投入して硫化物と一緒に溶け出した鉱物をグアグリスが吸収後に現地に創った冷蔵施設に搬入する事を繰り返したら、坑道一つが1回程度で大体5000kg程の多種類の金属を単離して取り出せまして」
「大収穫だな」
「超重元素も2000kgは其々に採掘出来たのでそう言えると思います。以降はグアグリスを多数投入して突貫で溶かした坑道に脚を伸ばさせて引き上げています」
「金属を含まない他の岩とかはどうなってる?」
「金属元素以外は基本的に吸い上げないのはご承知の通りで坑道の最下層に体積してます。ただ……」
「ただ?」
「途中から堆積層が大きく為り過ぎる可能性があって、以降は他の場所では露天掘りにしました」
「正しいと思うぞ」
「ありがとうございます。グアグリスも露天掘りの方が体を移動させる時のストレスが無いようで坑道式よりも数割取れる量が多くなりました。冷蔵施設を傍に立てたので回収効率もかなり上がってます」
「周囲への環境汚染の方は?」
「重金属汚染は鉱山から半径200m圏外では確認していません。グアグリスが大抵の金属を自分の中に取り込んで酸の入った水溶液などは金属を分離されて、また金属を溶かすようになりました」
「再利用可能なのか?」
「はい。更にグアグリスの吸う水の量がかなり多いので雨などで増えた分は施設で乾燥蒸発させる感じです。【アクエリア】の熱を使わない乾燥能力がかなり此処で役立ちました。周辺の植物の変異も確認されてません。ですが、その……」
「?」
「体積した砂が激増していて、雨で洗浄しつつ露天掘りに酸を流して無害化するまで近辺に保管しているんですが、今のところ使い道が思い付かなくて。どうしようかと……」
「待て。砂? どういう砂だ?」
「ええと、何か透き通った砂になるんです。研究しているのですが、どうやら石英の欠片みたいであるとしか分からなくて。砂を敷き詰める工事に使っているのですが、溜まる方が遥かに早く。移動用に今回の装甲を用いた大容量の空輸船を試作しているところです」
「ふむふむ」
「グアグリスが生物精錬する際に沢山ある要らないものを無害な形で池に落としてる感じみたいなんですが……」
「シリカか……」
「シリカ?」
「二酸化ケイ素だ。そうだな……色々使えるぞ」
「え?」
「硝子の原料。乾燥剤。コンクリートの原料、農業用の肥料保持剤とかな。構造次第だが、そのままでもいい可能性もあるし、ある程度簡易に加工すれば、使えるかもしれない」
「わ、解りました。すぐにあたらしい研究班を立ち上げますね!!」
「よろしく頼む。教授に聞けば、たぶん出来るはずだ」
そうして夜の視察を後にする。
たぶん、竜の国との戦いには間に合わないが、その後に間に合えば、それでいい。そうでなくても傾向装備に転用されれば、ある程度の敵が出て来てもどうにかなるだろう。
その夜は各地を回りつつ、今後の政治的な方策を練りながら馬車で書き物をする事になった。
今や帝都の一部は眠らない。
それは一般の人々には関係ない話かもしれないが、一部の人間には極めて関係ある労働方式による国家事業の加速であった。
新規雇用した人間を一週間で1日だけ夜勤させる。
掛かる資金に対しての効率が悪いと言われるかもしれないが、問題は事業が片時も休む事なく進められる事であり、国家の重要業務の多くで昼夜無い進展を得られる限り、事は進むのである。
特に政治分野や産業分野の事務労働というのは人の働き方や動きに左右されて物事の進み方がかなり鈍い。
これを数倍の人員と資金を出して時間当たりの労働力を捻出する事ですぐに解決するならば、何ら問題無い。
人件費さえあれば、1人で7日掛かる仕事が1日で終わる。
特に重要な仕事に関わる人間を増やせて、現場での知見を詰ませるのは重要だ。
経験を大量の人間に積ませると同時に共同作業、共同労働を効率的に進める重要案件の現場責任者達が増えれば、それだけで下で働く者達の仕事の能率も上がる。
優秀な人材が労働の実体を知り、その合理化方法を学べば、彼らは良い教育者として同じ分野での先駆者となるだろう。
「さぁ、詰めの作業だ」
「ごじゃ~~?」
夜中の馬車内部。
神出鬼没の幼女が黒猫と共に仕事大変そうだなーとこちらを眺めていた。
神様には悪いが、人の世の仕事は基本的に地道なものである為、神頼みは未だ必要なかった。