ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第109話「井の中の蛙、大海を知らず。されど―――」

 

 人より他人の苦しみが解る人間に為れと両親に言われた事がある。

 

 それは何て事の無い教育だったかもしれない。

 

 だが、普通の親とは少し違っていて、厳しいところのある人達だった事は間違いないだろう。

 

 初めて、人生において我儘を言った時。

 

 責任は自分で取れと言われて。

 

 大学進学は先延ばしにする事とした。

 

 その数年の事が無ければ、きっとこの世界で政治家なんてしていない。

 

 人を殺す事も無かっただろう。

 

 殺されて良い人はいないというのはドラマのお決まりの台詞だろうが、生憎とそんな綺麗事が通じる程に世の中が甘い事も無いのは身に染みた話だ。

 

 幼馴染一人世話するのに人の噂は気にしていなかったが、随分と友人達の多くは青春を謳歌して遠くに行ってしまったし、話が合う事も無くなった。

 

 本来、社会的な常識を身に着ける準備を行う大学に行ってないからこそ。

 

 夜中にはマナーだの、社会の仕組みとして福祉的な知識を得る為に勉強もした。

 

 幼馴染に教える分の学習教材を作ったり、それを教える基礎知識を得る為に本を買い漁るにも全て原資はバイトだった。

 

 一月の平均睡眠時間が4時間を切った事もあった。

 

 短期バイトには人権が無いレベルで無理難題が吹っ掛けられたり、現場の意見が吸い上げられていない事は日本でも明白。

 

 金と地位の無い人間の意見は基本的に政治的な現場から遠い事も理解した。

 

 嫌な現場ばかりに出会った事も大きい。

 

 短期バイトに多くを求め過ぎた企業側と短期バイトに現実にそぐわない待遇を求めた労働者側の意見は擦り合わせが不可能な程に乖離している。

 

 理由は単純に知識と意欲と欲望の差だ。

 

 企業は利益追求の為に過剰に短期の派遣やバイト労働者を使い潰すし、労働者はそれが解っているからロクな人材が集まらず、社会の底辺を這うように生きるしかない知識も意欲も資質も伴わない教育も最低限以上は無いというような人材しか応募もしない。

 

 それを改善するには時間が掛かり過ぎるから、誰もがソレをしないし、それを適正化する政治の働きも鈍い。

 

 危ないところは早々に切り上げるだけの余裕がその時の自分にはあったが、そうでなければ、延々とあんな場所で使い潰され続ける事は間違いなく。

 

 必用な資金を得た後にさっさと止めた職場に残してきた短期バイト労働者の同僚達は生気を失った顔をしていた。

 

「………」

 

【………】

 

 蒼と白の境界線。

 

 嘗ての自分を形作るソレが自分を見ている。

 

「もう一人の自分とか。試練染みてるな。それで? 何か言わなくていいのか? 白と蒼の化身さんは……」

 

【不可能だと断じられるから、何も必要無い。それは既に計算が終わったからだ。お前はどんな試練を当てようと何一つとして変わらない。いや、それ以上に誘導されないどころか。我々を誘導しようとする】

 

「左様で。なら、これを止めるって手は無いのか?」

 

【危険だ。その精神構造と強度は常軌を逸している。本当にソレが人類の位で無し得るモノならば、お前は既に狂人……いや、合理の化身だ。人が人として備え得る全てに対して飽くなき探求と実現を求める者……お前は人の域に心が無い】

 

「あっははははは!! システムが聞いて呆れる。お前らみたいな超科学の産物の御墨付を貰っても何ら嬉しくないのが悲しいところか」

 

【我々は感情や心情をパラメータ化する事で文明を導く指標とする。だが、お前の有機的で複雑な文明開発モデルは嘗ての我々が予測演算してきたものとは違う】

 

「なるほど。確かにそうかもな」

 

【……心理的な自立発達を促した最適解に近いのに最適解ではない。であるはずなのに我々の予想や予測数値を上回る。そのモデルは今後の文明開発においてあらゆる知的生命の文明化の基礎理論に使わせて貰う】

 

「ああ、そうかい。だが、生憎とお前らを逃すつもりはない。一部とはいえ、この地域を消し飛ばそうとしてるだろ? それはオレを含めての話だ」

 

【………】

 

「勝てるつもりかと聞かなくてもいい。勝てるつもりなんだよ。これでも毎日毎日敵わない相手と戦う術は模索してた。そして、一部とはいえ、お前らは顕現してる。顕現している以上は滅ぼせる。物質的に不可能でも、こういう精神構造が反映される場所なら可能だと確信もしてる」

 

【………】

 

「悪いな。オレはこんなところで死んでやるつもりもお前らと交渉するつもりも予測合戦でお前らに都合の良い結果を出してやるつもりもない」

 

【我々に預けられた権能は確かに物質世界では万能に近い。それを倒せると? 戦い勝てると?】

 

「勝てるかどうかじゃない。戦うんだよ。プログラムに余計なもんをインストールしたお前らの創造主を恨むんだな」

 

【………不条理だ】

 

「だが、不条理と非合理こそは戦闘の奥義だろ? 戦わずに勝てる程にお前らが全能なら、此処にはいない」

 

 戦う事になる時点で相手と自分の土俵は同じなのだから。

 

「この時点でお前らは負けてる。だから、破壊されておけ。どっちにしても本体が出てくるまでロクな手札を使えないだろ? 雁字搦めのプログラムがオレ一人のイレギュラーであらゆる行動が承認される程に事態はマズイとでも?」

 

【……自己崩壊を開始。利用防止策を再徹底。リソース集約……99.9999991%をイレギュラー討伐の為に消費。形成パターン……タイプ:デミウルゴスε】

 

 崩壊していく白と蒼の自分が何かを組み上げていく。

 

 それは恐らく完全なスタンドアローンで二つの機構の制限内で造られた最終兵器っぽい代物だろう。

 

 人型の機動兵器というのならば、本当にまったく笑ってしまうくらいにSFであるし、何なら惑星を削る攻撃くらいは軽く連射してくれそうな面構えで40m近い背丈から見ても頑強そうだ。

 

 白い装甲に蒼で縁取り、色分けされたソレは二対の翼を持ちながら竜の如き姿を取り、同時にまた両手に巨大な自分の身の丈もありそうな同じ質感と色合いの槍を一対持つ存在だった。

 

【有効リソースを用いた地表400kmまでの蒸発を承認。直ちに行動を開始す―――】

 

 言うより速く何かが遥か背後から横に突き刺さる。

 

【―――我々の予測モデルが通じない? イレギュラーによって因果律疑似観測が働かない……干渉次元を一段階引き上げざるを得ない事態と推測】

 

「わざわざ、説明ありがとさん。そういうのはやっぱりお前らの上の連中に文句を言え。そいつらが人間らしい精神構造を未だに保持してるのかは知らんがな」

 

 横に突き刺さったソレを引き抜く。

 

「ふふ、本当にウチの研究所の連中が頼もし過ぎて涙が出る」

 

 総重量456kg。

 

 内部に入れ込まれた見覚えの無い機関部が唸りを上げる

 

「いいか? 覚えておけ。プログラム……人間の全ての行動を予測しようが予報しようが予知しようが、それは単なる指標だ」

 

【何が言いたい?】

 

「未来が解って尚、物質世界に絶対は無い。確率を100と0にする技術があってすら、きっとそれは変わらないさ」

 

【理解不能……】

 

「まぁ、オレはこう言う事しか出来ない。信じるって概念をお前らにインプットしなかった創造主を恨め。オレは信じてるから、こうする!!」

 

 引き抜かれたのは蒼く蒼く燃え上がるような熱量を零す槍だった。

 

 それは蒼き燐光を眩く焼き付かせる揺らぎとなって世界を炙る。

 

「さぁ……どれだけ超技術相手にダメージが出るのかやってみようか」

 

【……この状況下で信じられない程の心理的数値を叩き出す理由が人の信頼だと言うならば、それはもはや単なる妄想に―――】

 

「黙って見てろ!! 人間知らずの機構共!! こういう事だ!!」

 

 人型のドラゴンに向けて全力で弓なりに引いた槍をいつもの片手で投擲した。

 

 それを避けるかと思ったデミウルゴス何某とやらが槍をクロスさせて、こちらの槍を防ごうとし―――ギュボリッとその胸の中央を抉られるように回転させながら捻じれた空間に巻き込まれるようにして渦へと喰らわれ、崩壊していく。

 

 そして、最後には胸から背後に突き抜けて貫通した槍が溶け崩れながら内部の何かをさらけ出して、回転しながら遥か遠方へとドラゴンを捩じり引き連れながら消えていく。

 

 その光の筋だけが蒼く蒼く世界に焼き付いて。

 

 もう顔すらも崩れていく自分の姿をしたソレらはポツリと呟く。

 

【要解析を求む……】

 

「またな。次来るならオレが死んだ後にしてくれ」

 

 溶けるようにして世界に色が戻る。

 

 よく見れば、ヴァーリの要塞部より前方にある坂道の一角に立っていた。

 

 背後から空を飛ぶ何かが視線の横を掠めて弧を描いて旋回していた。

 

 その低空飛行する飛行物体のコックピット内には硝子に張り付くようにしてこちらを見やる少女と操縦しているらしき女竜騎士が1人。

 

「ごじゃ~~~なかなか……」

 

 背後から顔を出した黒髪幼女がこちらを繁々と見ていた。

 

「はは、ウチの研究所……本当に何造ったんだか。自分でもびっくりだ。もう少し控えめな威力だと想定して追撃掛けようと思ってたのに」

 

 ちょっと額に汗が浮かぶ。

 

「台無しでごじゃる……」

 

「まぁ、どうせマッドなヤツが一枚噛んでるんだろ。話は中で聞かせてもらう。どうやら迎えも来たようだし、ある程度の後始末が終わったら帝都に帰るんだが、付いて来るか?」

 

「お世話になるでごじゃるよ~~♪」

 

 こうしてほぼ初対面の幼女はにんまりとしたのだった。

 

 *

 

「で、どうしてオレのいる場所が解ったんだ?」

 

「何か景色が歪んで変な色で半球状になってたから、どうせ中心にいるだろーって思っただけだぞ」

 

「あ、そう……」

 

 思わず顔が多少引き攣る。

 

「自分がいつも中心にいると知らないのは何処かの聖女様の特権ですね」

 

「ははは、今度から隅っこにいる事にしよう」

 

「天邪鬼だなーふぃー」

 

 ヴァーリの山脈上の飛行場に来ていた。

 

 どうやら研究所は思っていたよりも優秀過ぎるらしく。

 

 中型の輸送機っぽい戦闘機を大型化したかのような流線形の機体が着陸してから数時間。

 

 色々とやる事は山積みになったので事後処理に奔走していた。

 

 今後のヴァーリと帝国の関係を決める為に友好条約と不可侵条約の内容を詰めるのにルシアと頭を捻った。

 

 本来は幼馴染と色々話さねばならない事があったのだが、今回の四つの力の襲撃に関してや他の連中の命を護る為にも色々と事前にせねばならない話が増えたので後回しになっていた。

 

「朱理」

 

「ん……一緒に行くのは……その……いいの?」

 

「オレの傍にいろ。話したい事も話さなきゃならない事も色々あるからな」

 

「う、うん……」

 

「ルシア」

 

「はい……」

 

「こっちの事は何とかする。4日後までにドラクーンの護衛と迎えを寄越すから、そっち側で機体を用意しておいてくれ」

 

「はい」

 

「倉庫に入ってる例の機体で頼む。邦長の護衛として何人来てもいいが、出来れば事情を知ってるヤツだけで固めてくれると嬉しい」

 

「解りました」

 

「数日後までに内容は今回の条件で詰めておく。ただ、護衛にはウチのコイツを付けたい。ウィシャス……」

 

「此処に残るんだね。了解だ」

 

「……お前、手紙読んだか?」

 

「読んだとも」

 

「……それでいいんだな?」

 

「自分は帝国を守護する誰かさんを護る為にいる。その中身の事にまでは首を突っ込む理由が無い。君が今までして来た事は理由はどうあれ。帝国を変えた……そして、君の今までの功績以上に信用するものなんてないよ」

 

「……そうか」

 

 手を差し出す。

 

 それにしっかりと手を取られて握手が交わされた。

 

「家族の方とはいいのか?」

 

「もうちゃんと話した。君の込み入った事情は抜きでね」

 

「解った。お前の義兄の方にはオレの方から事情説明をしておく」

 

「解った。義兄さんの方は頼んだよ」

 

「ああ」

 

「フィー!! 全員配置に付いたぞ!!」

 

 機体の後部ハッチ内からのデュガの声に手を挙げる。

 

 もうウィシャスの姉妹達は機体内部の二部屋しかない待機室に入っていた。

 

「教授にはよろしく言っておいてくれ。ルシア」

 

「シュウ。これを……」

 

 ルシアが何やら封筒を渡してくれる。

 

「これは?」

 

「教授からそちらにいる仲間に渡してくれるようにと」

 

「解った。直接渡しておく。ああ、それと……」

 

「?」

 

「信じてくれて、ありがとう……」

 

「ッ……はい」

 

 互いに思わず少しだけ苦笑していた。

 

「それとコイツの事を頼む。昔馴染みらしいからな。旧交を深めてやってくれ……コイツの友達が少なくて困ってるんだ」

 

「な!?」

 

 思わず黒騎士の鎧姿でウィシャスが固まる。

 

「あはは……知ってます。ウィスは昔から……そういうところがありましたから」

 

「ルシア?!」

 

「お前のそういう顔を初めて見た気がするな。取り敢えず、今からお前が護らなきゃならない筆頭人物だ。ちゃんと話して交流を深めておけ。これは命令だ」

 

「……了解」

 

「なぁなぁ、ウチらは行ってもええんか?」

 

「お前らは現状の細かいところの情報を擦り合わせる要員だ。どっちが来てもいいし、後から来てもいい。どうする?」

 

「おねーちゃん」

 

「何や行きたいんか? セーカ」

 

「ううん。行って来て……今回の事で諜報を見直さなきゃならなくなったから、仕事はこっちでしておくね」

 

「え? でも、それはさすがに……」

 

「あのね。これは妹からの命令だよ」

 

「め、命令?」

 

「毎日、寝言で泣き言零される事が無くなったんだから、少しは静かに寝かせて欲しいな」

 

「な―――」

 

 思わずエーカが真っ赤になっていた。

 

「じゃ、ヨンローの事頼んだからね?」

 

「う、ぅぅ、妹がイジメる……」

 

 2人の様子にルシアが苦笑を零していた。

 

 そして、収容人数ギリギリを載せた試作機がノイテの操縦でゆっくりと浮上していくとルシアとセーカが手を振っていた。

 

 山岳上空を上昇しながら一周した後。

 

 そのまま帝都方面へと向けて機体が加速し、雲の中へとヴァーリが遠ざかっていく。

 

 セーカがウィシャスの姉妹の世話に向かうと後部ハッチのある空間に二人となった。

 

「……シュウ?」

 

「取り敢えず、ようやく二人切りになったな」

 

「ぁ……ぅん」

 

 朱理が真っすぐにこっちを見ていた。

 

「あの時、火傷を負って死んでなくて良かった」

 

「……ぅん」

 

「お前が乱暴されたりしてなくて良かった」

 

「ぅん……」

 

「お前がオレみたいになってなくて良かった」

 

「……それって」

 

「オレは死人だ。お前らが何と言おうと肉体は蒸発した。本当なら本人と言うのも憚られる。でもな。それでもやっぱりお前にシュウと呼ばれてホッとしてる」

 

「―――シュウ」

 

 歪む顔。

 

 頬に触れる。

 

「同じ記憶を持った別人としてオレはお前に言わなきゃならない事がある」

 

「……何?」

 

「まだ、お前を好きでいていいか?」

 

「ぁ―――」

 

 涙ばかりが相手の頬には流れていた。

 

 いつの間にか身長は逆転してしまったし、性別も本来のものとは違う。

 

 いや、人間ですら無くなって来ている自分が今更ではあるのだろう。

 

「今のオレの体は人間の形はしてても中身が違う。普通に誰かを愛してやる事すら出来ない。流れてる血潮から唾液からどんな体液も全て等しく常人には致死量の毒に等しい」

 

「……っ」

 

「でも、まだ気持ちは人間のつもりなんだ。誰が何て言おうとも、自分が一番それから遠いと分かってても……もしかしたら、オレの記憶を保存してる何かを探し出せば、男の肉体にソレを移す方法すら見付かるかもしれない。それでもさ……やっぱり、心ってのは儘ならないもんらしい」

 

「……そんなのッ」

 

「でも、事実だ。オレの体……少なくとも男の体のオレがいきなり本物として出てきたら、オレは―――」

 

 不意打ちに額に軽く口付けが振って来た。

 

「偽物なんかじゃない。例え、同じ記憶を持ってたとしても……それならシュウが2人になったって考えるもん」

 

「2人いたら、お前が困るだろ?」

 

「ふ、ふん……ハーレム系アニメ好きな癖に!! それなら、シュウを全員囲ってやるから!! こう見えて、帝国で一杯貯金したから!!」

 

「はは、そうなったら他のオレに負けないように頑張らなきゃな……」

 

 思わず苦笑して、涙が出た。

 

 まったく馬鹿馬鹿しいくらいに笑ってしまえた。

 

「好きにしたら? どうせ、誰を好きになったって、私のところに返ってくるんだから」

 

「ああ、そうかもしれない」

 

「……それにシューの好きって結構軽いし」

 

「そうか?」

 

「あの子達の事だって……大学で危ないサークルから助けてからも、放っておけなかった癖に!!」

 

「それはまぁ……」

 

 嘗て、そんな事もあった。

 

 大学で夜見姉妹と出会う切っ掛けとなった事件の事は今も頭の片隅にある。

 

 当時、学内に出来た危ないサークルに無理やり入れられて、暴行されそうだった姉妹を助けた事は単なるお節介のつもりだったが、それ以降……話し掛けて来る姉妹相手に押され気味にズルズルとトモダチになったのは間違いない。

 

「迫られたら、すぐ流されちゃう癖に!!」

 

 思わず目が泳いだ。

 

「いや、それはさすがに現代日本的にアウトだろ?」

 

「此処、異世界。ついでにその体の子は王族みたいなもんだって知ってるもん。帝国の事調べたし」

 

「ぅ……」

 

「私の為に早く帰って来る癖に大学では絶対あの子達に異常がないか毎日出会うか観察出来る可能性のあるルート通ってたでしょ!! 見なくても解るもん!! 話とか色々聞いたし!!」

 

「覚えてないな……」

 

「それとあの子達の気持ち知ってて、知ってて……それでも答えられないのに関係切れなかったでしょ?! また、あの子達を不幸にしそうな連中が来ないかって見張ってたのも後から考えたら間違いなかったもん!!」

 

「全部、見抜かれてたのか……はぁぁ、オレもお前の観察眼の前じゃ形無しだな」

 

「誤魔化されないから!! そういうのをジゴロって言うっておばさん言ってたよ?!」

 

「あの、今の発言を解釈すると、ウチの母親が息子のあれこれを把握してたって聞こえるんだが?」

 

「おばさん知ってたよ。気が多い子でごめんねって……」

 

「今世紀最大に死んだ後に聞きたくない事実どうもありがとう。気が滅入るより先に動転してどっかで無性に叫びたい話だ」

 

 思わず脱力してガックリと肩が重くなった気がする。

 

「おばさん。気が多いのはウチの家系の男の資質みたいなもんだからって言ってた。御父さんも、シュウのお爺ちゃんもそうだったからって」

 

「いや、ウチの爺ちゃんは確かに滅茶苦茶あれだけれども」

 

「女系家族だけど、女は一途で、男は気が多い方というか、物凄く多いらしいよ?」

 

 ジト目で言われた。

 

「何故か、知らない内にウチの家系の内部事情に精通している幼馴染がいるらしい」

 

「あのメイド服の子達の事だって好く思ってるでしょ?」

 

「ええと、記憶にござ―――」

 

「思ってるでしょ?」

 

「………仕事上の付き合い兼仲間なんだけど」

 

「そこに更に好ましく思ってるとか付く癖に……」

 

「……何かオレ責められてる?」

 

「ふん。そうやって知らないフリしても解るからいいもん。ちゃんと、後で更に調べるから」

 

「切実に止めて欲しいんだが。というか、人間関係が無茶苦茶になる予感が……」

 

「なら、あの子達の事嫌いになって。って言っても無理でしょ?」

 

「そりゃ、まぁ……」

 

「そもそも自分で言ってた。精神が変質してるって……心と体が変質してるなら、恋愛対象年齢も下がってるんじゃない?」

 

「え~~~っと、あんまり考えないようにしてるんだが?」

 

「やっぱり……ふん。浮気者だ。浮気者。シューの浮気者」

 

 膨れっ面の幼馴染にザックリに浮気者連呼される。

 

「オレはただ……自分の手が届く範囲で涙とか流して苦し気な連中がいるのは嫌なだけのジコチューなんだって言っても……ま、言い訳か」

 

「此処に来てからはルシアの事も好く思ってた。YES or NO」

 

「……About what?」

 

「~~~~バカバカ!! シューの馬鹿!! もう知らないもん!!」

 

 ポカポカ胸を叩かれた後、膨れた少女がギュッと抱き締めて来る。

 

「もぅ……でも、いい。全部全部……此処にいてくれてるだけで、全部……っ……もぅ、死なないで……シュー……っっ」

 

「約束は……出来ない。でも、努力する。オレがオレで在る限り……オレの全てを掛けて……悪いな。どうやらオレは浮気野郎で最低野郎らしい」

 

「ぐす……馬鹿……もぅ……でも、此処にいてくれるだけで……ぃぃよ……あの日、助けてくれて……ありがとう……大好きだよ……シュー……」

 

 こういう時、返す気の利いた言葉が思い付かない当たり、大人にも成り切れない自分は単なるそこらの頭の足りないガキで無能まっしぐらに違いなかった。

 

―――試作機後部ハッチ通路。

 

『『………』』

 

 付近の角で気配を消して立ち聞きする影が二つ。

 

 互いに互いを見て、苦笑しながらもあの今少女を抱き締める相手には敵わないなという顔で、なのに何処か涙が溢れるくらいに今僅かに泣き声を零す少女の様子が嬉しくて、それでもやっぱり内心複雑で、自分以外の誰かの同じ顔をしている様子を見るのが恥ずかしくも気まずくて……2人の影は大きく内心で溜息を吐いてから、肩を竦める事にした。

 

 日本語の会話でも大陸の標準言語でもない。

 

 意思疎通の為に使われている言葉が彼女達には自分の知っている者のように聞こえていた。

 

 それは人間を止めた少女がもう言語という形も無しに誰とでも解り合えるような能力を身に着けてしまっているという事に外ならない。

 

 だが、その力で伝わって来るあんまりにもあんまりな会話なんて聞かなかった事にする以外無い。

 

 だって、そうだろう。

 

 2人の少女にとって、嬉しいやら苦しいやら哀しいやら色々と感情が複雑に過ぎた。

 

 今は何もせずに退散する2人の少女は詠歌とデュガシェスと言う。

 

 だが、何を言わずとも何か通じ合う2人の少女は自分達の持ち場らしい持ち場に戻る事にして、その奇妙な人間関係と帝国の聖女の内実を誰かに語る事は無かった。

 

 少なからず。

 

 自分達と同じ気持ちを持つ者以外には……。

 

 時に世界大戦と呼ばれる事になる巨大な戦乱前夜。

 

 一人の異世界転生者と一人の少女の恋愛模様はこうして空の上で秘された。

 

 空の蒼さの秘密を識る者が今もこの大陸では極僅かであるように。


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