ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第108話「言葉」

 

「まずは一言だけ言わせてくれ。死んだ人間から今、生きているお前らに」

 

 講堂の最中。

 

 ニィトと関係者だけを集めた場所で、あの頃に講義を聞いていた場所で、呟く。

 

「ただいま」

 

 その言葉で涙を零す者が多い事に嬉しいやら辛いやら。

 

「そして、今のオレの状態に付いて嘘偽りなく語らせてくれ。それがこの世界に迫ってる危機とどう繋がってるのかも含めて」

 

 それからの一時間。

 

 朝食を寝台で取った体を一応清めてから纏めていた内容を話していく。

 

 黒板には白いチョークであらゆる関係を整理した。

 

「つまりだ。この複雑な状況を簡潔にするとだ。ニィトの大学の関係者もしくはそれと関係の在る何者かがこの異世界を作った。同時にその超技術を用いて文明の制御を行ってる。これに関連する四つの機構、黒、赤、白、蒼の力を持つ民族や集団がこの世界の現状で対等する勢力だ。オレは恐らくアバンステア帝国のブラスタの血族が持つ蒼の力に関連して人格をこの体に転写されたと見ていい。本物のオレは脳細胞から蒸発してるわけだから、事実上は本人のほぼ完全な偽物……いや、同じ人格を備えた別人だと思ってくれ」

 

 その言葉に唇を噛み締めながらも、何かを言いたげながらも、数人の少女達は黙って聞いていてくれていた。

 

「そして、オレが備えた能力はニィトの関係者が超科学による万能に近い能力を手に入れている事から考えて、それを打ち破ろうとする同列の存在が礎になってる。それがあの日、オレ達……朱理と教授とオレが見た化け物の正体だと思ってる。恐らく、影響力から考えて時空間や概念にまで手を伸ばすような力ある存在だ。こいつみたいにな」

 

 ヒョイッと黒猫を持ち上げて横の教壇に載せる。

 

「神様みたいな連中と超技術連中が鬩ぎ合う中でバルバロスの始祖は滅ぼされた。その死骸、過去の世界の遺物を使って、超技術を用いた連中はこの世界に自分の道具としてバルバロスを再生させた。この星を人間の住める世界として最適化してるんだろう」

 

 難しい話は分からないと言いたげな者達も出ているが、何となくは理解してくれていると信じたい。

 

「オレはオレ達を襲った化け物の影響で変質してる。恐らく本人とも精神的に違う部分は出て来てるはずだ。だが、その力が無ければ、オレは此処までやって来れなかった。この化け物の目的が超技術連中の殲滅であるのは今までの状況的にはほぼ間違いない」

 

 一つずつ全ての色を黒板消しで消していく。

 

「オレは生きている人間として、死んだ人間として、この世界に生きる連中にもう神様気取りの連中の干渉は必要無いと考える。だから、最終目標も定めた。超技術連中の遺した四つの存在との共存もしくは不干渉化、撃滅を視野に入れた人類の独り立ち計画だ」

 

 その言葉に顔を見合わせる者もいた。

 

 だが、意味は解っているだろう。

 

「そもそも人類の文明を導く為にある力だって言う話だ。なら、この世界の連中にとっては種としての目標とは……その先に向かう事だろう。今はまだ無理かもしれない。あるいはそこまで行ける状況ではないかもしれない。だが、その前に滅ぼされるよりは滅ぼす方をオレは選択する」

 

 マガツ教授。

 

 久方ぶりに見る白衣に無精髭のマッドサイエンティストは苦笑していた。

 

「マガツ教授。ゼド教授は帝国で今研究をしてます。これと協力して、この世界の仕組みとなる四つの存在を滅ぼす力を開発してくれませんか」

 

「滅ぼすモノを滅ぼす力、か」

 

「ああ、そちらにはそれが出来るはずです。天雨機関。それが全ての元凶ではないかと疑ってたって話も聞けば尚更、責任は取って欲しいですね。今回の一件がこんな大事になった以上、責任が無いとは言わせませんよ」

 

「任されよう。どうやら、複雑な状況だ。天雨機関の誰がそれを為したのかは分からないが、この世界の秘密にはまだ解き明かされていない部分があるはずだ。それを解明し、我々が目指したものとは違う状況に異を唱える。そそるじゃないか!! 約束しよう。あいつと共に神すら殺せる兵器でも作ればいいかな?」

 

「神すら殺す連中を殺す兵器、でお願いします」

 

「はははは、了解だ。あのガスマスクをしていた学生が随分と逞しくなった」

 

「……ありがとう」

 

 手を挙げる者が1人。

 

「ルシャ……いや、ルシアか」

 

「シュウ……貴方は……死んで尚、私達の為に……ヴァーリの代表として心から……いえ、あの時に言えなかった言葉を言わせて下さい」

 

「?」

 

「貴方のおかげで我々は生きている。助けてくれて、ありがとう……っ」

 

 涙を拭うように美しい金髪の少女は腰を曲げてくれた。

 

「……どう致しましてだ。ルシア」

 

「はい」

 

 にっこり微笑まれた。

 

 昔よりも美人と言うべきだろう姿だった。

 

 また別の手が上がる。

 

「結局、どうするつもりなんや? つーか、状況が複雑過ぎるやろ。というか、さっき言ってたが、バイツネード本家とやらが元々は白だったが、赤に鞍替えした力を持ってるって話やったが、それをどうするか。他にも帝国と反帝国連合の問題もや。もう大戦前夜やで? そろそろ、他の戦力がこの場所まで到達して用意してた兵器類出せって騒ぐところや」

 

 エーカの言葉に頷く。

 

「対応策は準備してある。戦争は止められない。止めてもいいが、止めた方が被害が大きい。此処まで来る軍隊が何も得られずに帰るのは有り得ないからな。野党化して各国を襲われても面倒だ」

 

「どうするつもりや?」

 

「戦争をする。そして、絶対に勝てない軍隊と戦って貰う。そして、戦勝国として国家毎、滅んでもらおう。勿論、死人は最小限度まで収めた上でな」

 

「は? 意味分からんよ?」

 

「そもそもヴァーリから大出力のレールガンだの超火力の火砲だのが大量に卸されない限りは勝てる算段を立ててたんだ。戦略兵器類も防ぐ手段と備えは万全だ」

 

「な……どうなったら、そうなるんや」

 

「苦労しただけだ。そして、大勢の人間に苦労させれば、出来ない事なんてない。ニィトの誰かが超技術を得られたようにな」

 

 肩を竦める。

 

「ヨンロー……そういうところ、変わってないね」

 

「どういうところだ。それ?」

 

「そういう出来る事は出来る。出来ない事は出来ないってきっぱり言うところ」

 

 セーカがそうポツリと呟く。

 

「……そうなら嬉しいが、もうオレは倫理的にはアウトな人殺しだ。人は手に掛けたし、大勢の人間を地獄にも突き落とした。だから、これは死ぬ人間にとってはどれだけ数が少なかろうと関係無い悪辣な計画だ。それを自分の意思で策定した以上、悪人まっしぐらだ」

 

「そう……なら、私達も同じ罪を背負ってる。だから、そんなに自分が悪いだなんて言わなくてもいい……生きる為に必死になれば、誰かの為に復讐しようと願うなら、それは必然だった。少なくとも私達にとっては……」

 

 何処か泣くのを我慢しているような顔で強く笑って見せる相手。

 

 掛ける声は無かった。

 

 自分にはあるはずも無かった。

 

 その言葉はきっと決意に対する侮辱だから。

 

 背負うと決めたなら、それは決して誰だろうと否定は出来ないから。

 

 自分がそうだったように。

 

「バイツネードの首領を一度殺したが、本当に死んだかは分からない。相手がもしもオレのように蒸発しても何処かに記憶を転写する方式で蘇れば、すぐにでも攻めて来ないとも限らないからな」

 

「第二ラウンドかいな……けったいやな」

 

「さっき説明したようにゼストゥスとランテラはあちら側が大量に量産してたクローンの一体だった。どうやらどっちかは死んで、どっちかは生きてるようだが、今はどうなってるか分からない」

 

「その話も頭が痛過ぎるで。元々、軍事はあの2人におんぶにだっこやったし」

 

「今後出会った場合には気を付けてくれ。記憶そのものを抜き出す方法があれば、人格まで含めて複写される可能性がある」

 

「ほんま……ヤバイ話しかないな……」

 

「その肉体がこっちを滅ぼすような仕掛けをされてれば、あっと言う間に窮地に陥るのはこっちだし、死人も出るかもしれない」

 

「あの2人がまさかとは思うとったけど、ドラゴンの方に乗ってた連中の顔は確かにあいつらやった」

 

「どうにかして本物かどうか確かめられれば……」

 

 エーカとセーカが拳を握っていた。

 

 この数年、一緒に裏方の仕事でヴァーリを支えていたというのは事前に聞いていた。

 

 育まれた友情に嘘は無い。

 

「あいつらは何も知らず。駒として操られてただけだ。オレが今後南部皇国に向かう際には手駒となるドラクーンと共に探索も行わせる。恐らく、こっちでは本物か偽物か見分けられないだろうから、任せて欲しい」

 

「どうにかなるんか?」

 

「見分ける方法はあるし、それを訓練してる兵士とオレがいれば、確認は取れる」

 

「解った。任せるで。今はとにかくこの戦争をどう終結させるかを優先させるんやな?」

 

「ああ、本来は先に南部皇国をどうにか出来れば良かったんだが、想定よりも事態が進行してる。白の力を持ってる竜の国は恐らくだが、先日行った時の感触から言って、何らかの目的で今回の戦争は是が非でも完遂するつもりだ」

 

「マジか? ヴァーリが抜けてもって事かいな?」

 

「ああ、あっちには恐らくオレの言った世界の秘密的な事情がある。それも含めて先に知っておきたかったが、あっちはやる気だ」

 

「話合いでどうにもならんの?」

 

「話合いで解決する時間は当に過ぎたと考えていい。最後まで全力での激突は避ける方針だが、もしもの時は引き分けか。叩き潰す事になる」

 

「何か昔よりも自信満々やな。シュー」

 

「今まで全力で内政して来たし、毎日戦う為の準備をして来たんだ。信頼出来る人間に信頼出来る仕事をして貰った以上、最善を尽くすってだけだ」

 

 手が上がる。

 

「レン邦長……」

 

「いいかね?」

 

 嘗て、数日とはいえ共に戦う準備をした彼はあの時代から未だ少しも変わらぬように見えた。

 

「どうぞ。何か聞きたい事があれば、出来る限りの範囲でお答えします」

 

「……あの若者が立派になった。いや、目の前では小さくとも大きく見える」

 

「恐れ入ります……」

 

「我々の為に死んで尚、君は戦っていたんだな……それも知らず。我々は君の復讐だとばかりに戦うという決断をしてしまった。それを嘗ての自分の視界の狭さ故だと今は感じている」

 

「元々、そういった感情に漬け込む存在がいた。それだけです」

 

「そうかもしれん。だが、それで許されないのが人の上に立つ者の世界だ」

 

「……はい」

 

「それに邦長を引退する前に帝国に一泡吹かせようとブチ上げたのは私なんだ」

 

「そうだったんですか?」

 

「ああ、見知らぬ土地の人間の為に懸命に戦ってくれた者達の為だと言いながら、私は自分の感情の為に動いた。殺された同胞の復讐は……そもそも現実的であるかどうかよりも先に安全の確保が最優先だったはずだ」

 

「………」

 

「それを蔑ろにした私の落ち度を娘に……この子に引き継がせた事は決して長として許されぬ間違いであっただろう」

 

「そんな事は!? お父様!!」

 

 ルシアの言葉にフルフルと父として長としてレン邦長は首を振っていた。

 

「済まない。我らの世代の負債をお前に背負わせた。いや、背負わせざるを得なかった私の力不足だ……」

 

「そう言えば、聞きたかったのですが、レン邦長は体も悪くされていないのにどうしてルシアに邦長の座を?」

 

「……ヴァーリの建国の為だ。国家としての体裁を繕う事が最も帝国と相対する上では重要だった。少数部族や民族を殺戮していた帝国のやり口は規模が大きく為れば、併合の可能性が最も高い」

 

「だから、政略結婚を政治として……」

 

 頷きがこちらに返る。

 

「だが、ルシアを嫁にやっても意味が無い。こちらに婿を取れなければ、他の大きな集団を取り込む事は出来ない。そういう事だ……笑ってくれていい」

 

「いえ、そういうのはこちらで随分と見て来ましたから。帝国も同じようなところがあります。もしかして、何処かの邦の相手と?」

 

「今、複数の地域の長達と見合いの話がある。数週間後に答えを出す予定になっていた。帝国本土の強襲と同時期にだ」

 

「そういう事ですか」

 

「………」

 

 何処か苦しそうにルシアが俯く。

 

「生憎とその見合いは破断になる事が確定した事ですし、今後の事を考えてもヴァーリには帝国に平和裏に併合されるか。もしくは独立国として友好国になって頂きたいと思っています」

 

 え?という顔のルシアに肩を竦める。

 

「現状、ヴァーリは帝国と敵対的な関係を解消するしかないし、それを指向もして来た。今後、ヴァーリとの共同での不可侵条約や友好条約を結べば、邦を大きくする必要も無い。違うか? ルシア」

 

「そ、それは……」

 

「ははは、いや……まったく君には救われてばかりだな」

 

 戸惑うルシアの横でレン邦長が娘の頭をポンポンしつつ、何処か安堵した様子になっていた。

 

「ちなみにその考えは……帝国の姫として?」

 

「いいえ、帝国を継ぐ者として、ですよ」

 

 その言葉に誰もが息を呑む。

 

「この体はいつ崩壊しても、化け物になってもおかしくない体です。ですが、反帝国連合と戦う事は避けられないし、今後の事を考えてもヴァーリを放っておく事は出来ない」

 

「ま、せやろうな……」

 

「状況を何とか落ち着かせるにも手順や大義名分が必要です。帝国を動かすという事はそれに見合った理由が無ければ何処かで歪みが産まれる……」

 

 レン邦長が僅かに考えた様子になる。

 

「併合は恐らく……誰も望まない」

 

「解ってます。だから、独立国として友好国。こちらの同盟に参加して頂く事になると思います」

 

「そうか……」

 

「対外的にはヴァーリの技術力は我が国を凌ぐ程のものであり、敵対した場合は我が国のあらゆる利益を棄損する恐れがある。と、しましょう」

 

「戦えば、とは言わないわけか」

 

「ヴァーリが我が国にとって神秘の国家なら、対帝国勢力も帝国と親交を以て抑え役に回るヴァーリに不信感は抱かない。同時にヴァーリもまた帝国の歯止め役として我が国と対等に付き合う事が出来る……」

 

「復讐心など捨てろというのは仕方ない。それが出来ないとしてもしろと命令せねば、滅びるのは我々なのは分かっている。君が育てたという帝国に今のヴァーリが戦って勝てる道理も無いのは聞けば解ったからな」

 

「では?」

 

「解った。この子の判断に全てを任せよう。その判断の後、私はその後押しを全力でする事としよう……ルシア」

 

 そこでルシアがこちらを見て頷く。

 

「ヴァーリは反帝国連合から抜け。帝国との友好条約の締結に向けて外交団を派遣する事に致します……」

 

「悪い。家族を殺されたそっちに全部背負わせる事になる……」

 

「謝らないで下さい。シュウは悪くない。けれど、責任を全て背負うようになった互いの決めた事です。ヴァーリの民は決して愚かではない。どれだけの怨みも生きる喜び無くして支えられはしない」

 

 ルシアが静かに瞳を俯ける。

 

「ニィトにあった多くの技術だけではなく。貴方達の世界の娯楽や思想が私達を慰めてくれなければ、どうにもならなかった……」

 

「娯楽? 漫画とか?」

 

「はい。敵を許す。あるいは敵と和解する。そんな物語が溢れている貴方達の世界はきっと沢山の痛みを越えてきたんですよね? それに習うとすれば、誰もが納得せざるを得ないです……私達は例え争いが繰り返されても生き残る選択をします」

 

 立派になった。

 

 為り過ぎた気もする相手の顔は苦し気ながらも微笑んでいた。

 

「そんな……大そうなものじゃないんだ。オレ達の世界はいつだって不平等だらけだった。でも、それを治そうとする人達がいた。それだけだ……」

 

「でも、今は貴方がその旗を振っています。シュウ……」

 

「そう出来ればいいと思うが、現実は難しい。問題はいつでも山積みで減らないしな」

 

「ふふ、同じですね」

 

「ああ、同じだ。大きかろうと小さかろうと国の内実なんてそんなもんだ」

 

 そこでようやく今まで黙っていた黒髪の幼馴染が髪に顔を隠すようにしてこちらを見やる。

 

「幽霊みたいだぞ? 顔くらい出したらどうだ?」

 

「だ、だって……その……ズルイ……」

 

「ズルイ?」

 

「わ、私だって、シューと話したかったのに……難しい話ばっかりでその……」

 

「お前と話す事は山ほどあるが、今は後回しだ。これから生き残れなきゃどうにもならないからな。それに重要なのはさっき済ませてきたんだろ?」

 

「う、ぅん……」

 

 コクリと朱理が頷く。

 

「何を済ませてきたんだね?」

 

 こっちに聞いた教授に肩を竦める。

 

「連れて来た人達に攫って御免なさい。問題は解決したから、帰ってもいいと伝えて来いって叱ったので」

 

「ああ、彼女達か」

 

「それで? 何だって?」

 

「………一緒に帰らないかって言われた」

 

 ポツリと朱理が複雑そうに、泣き出しそうな顔で呟く。

 

「お人好しも極まってるな。さすが、帝国の大貴族。で、何て返した?」

 

「此処が帰りたかった場所だからって……」

 

「それで? あいつもいただろ? 今はいないが、何か言ってたか?」

 

 この場にウィシャスはいない。

 

 必用な事項は手紙に書いて認め。

 

 朝に渡しておいたのだ。

 

「……戦争だったからと言い訳はしない。でも、自分がした事を後悔しないと覚悟は決めた。自分は自分に出来る事をした……その結果として今、家族が無事なら、自分からそちらに何かを求める事もないって」

 

「そうか。あいつらしい。ま、最初から怒ってはいないさ。家族の安全が確認出来ただけで十分過ぎる」

 

「それでいいの?」

 

「取り敢えず、まだ整理が付かないなら、今後そういう機会があるまでは話さなくていい。ただ、お前のやった事の結果は一歩間違えば、重大な事になってたって覚えておけよ?」

 

「ぅん……」

 

 コクリと頷いた幼馴染の傍まで言って頭をガシガシ撫でておく。

 

「背、伸び過ぎだろ。やり難い……」

 

「や、やめ……ぅ……」

 

 途中まで言い掛けて、それでも恥ずかしそうに黙る幼馴染を放っておいて、ルシアの後ろにいる老人と少年を見やる。

 

 この数年、支えてきたのだろう彼らはすっかり見違えていた。

 

 車椅子姿になって尚矍鑠とした老人と年相応に成長した少年。

 

「何か分からない事があるか?」

 

「え、いや、分からない事だけらけというか……ええと、その……」

 

「とにかく。今のところは世界が滅びぬように互いに手を携えようというのであれば、何も問題在りますまい」

 

 姫様の警護役を今は育てる位置にいる老人はあの頃から体は衰えたようだが、未だ矍鑠としていた。

 

「死した英雄は吟遊詩人に語られるが定め。だが、こうして戻ってきた。姿はどうあれ……それは喜ばしい事だ。いつか、幸せに暮らしましたと語らせる為にもこの老骨……最後まで戦いますぞ。邦長」

 

「う、うん!! ありがとう。ザグナル」

 

「これでお婿さんも取らなくて良くなったし!! 良かったですね!!」

 

「リーオも……ありがとう」

 

 ルシアが2人に頭を下げて、涙を零し、慌てた2人に慰められる。

 

「さて、後は此処に顕現するはずの蒼の機構をどうにかして止めるだけだ。お前も神様なら何か知らないのか?」

 

「マヲー」

 

 黒猫を教壇から首根っこ捕まえて持ち上げると欠伸をされた。

 

「そう言えば、本当にその黒猫が神様なのかね?」

 

 マガツ教授もさすがにそれには首を傾げざるを得ないらしい。

 

「ええ、ゼド教授が認める神っぷりです。こっちでも通常の生物が生存不能な状況で欠伸してたのを観測済みです。何でも超高位次元の軸を観測して、干渉可能な知的存在だとか」

 

「マーヲ!!」

 

 間違いないです私が神ですと黒猫が教壇に降ろされると二本足で立って胸を張る。

 

「確かに猫ではないか……是非、色々と聞いてみたいところだな」

 

「マ、マヲ?」

 

 そう言っている間にも何故か黒猫がビクッとしたかと思うと顔を引き攣らせて、ササッと教壇から離れ、教壇を凝視する。

 

「?」

 

 何を怖がっているのかと首を傾げた時だった。

 

 突如として、その教壇の中から欠伸が一つ。

 

「ふぁ~~~終わったでごじゃるか~~」

 

 ノソノソと和装を羽織った制服姿の黒髪幼女が目頭を擦って出てきた。

 

 誰もが思っただろう。

 

 誰?

 

「お前……夢の中の相手が現実に出てくるなよ。非常識だろ……」

 

「あふ。夢は十二次元以上の世界でフラクタルに繋がってるんでごじゃるよ?」

 

「は?」

 

「現行宇宙の大規模構造内に折り畳まれてるだけでもう一つの現実でごじゃる。ふふん」

 

「何か偉そうだな。お前……」

 

「シャクナゲはシャクナゲでごじゃる。それと蒼いのはコレでごじゃるよ」

 

 教壇の中を漁った片手がいきなりズイッと大振りの蒼い大剣をこちらに投げた。

 

「ちょ?!」

 

 思わずキャッチした途端。

 

 木製の論壇が軋む音に慌てて床に降りる。

 

「これが蒼の?」

 

「さっき、あの化け物からかっぱらって来たでごじゃる。あの場所に置きっぱなしにしていたから、一回使われてたでごじゃるよ?」

 

「は―――ちょっと待て!? 詳しく聞かせろ」

 

 思わず顔が引き攣った。

 

「なーなーシュー。そちらはどなたさん?」

 

「シャクナゲはシャクナゲでごじゃる」

 

「はぁ? ええと、シューとどういう関係なん?」

 

 エーカの言葉に胸を張った幼女はこう告げた。

 

「昨日出会って、ちょっと命を助けてやったでごじゃるよ? 命の恩人でごじゃる。むふー」

 

 鼻息も荒く鼻高々な幼女だった。

 

「お前一体何なんだ? ウチの化け物と同格くらいっぽいが、黒猫相手にも何か引け取ら無さそうだな……」

 

「お~~~珍しいでごじゃる♪」

 

「マヲ?!」

 

 黒猫がヒョイッと片手で首根っこを掴まれた。

 

「シャクナはちょっと時空連続体くらいなら弄れるだけの普通の子でごじゃるよ? お父様のお仕事の代わりをして褒めて貰う最中でごじゃる」

 

「仕事?」

 

「この世界を作った連中をぶっ倒すお仕事でごじゃる。今、忙しいお父様の代わりでごじゃる。シャクナ偉いって褒めて~~~♪」

 

「お、おお? え、偉いな~~~」

 

 何か圧しの強い幼女に思わずノリと勢いを心情とする似非関西弁なエーカが褒めてしまう。

 

「ぅ~~~♪」

 

 上機嫌な幼女が黒猫が思わず両手で伸ばしたり縮めたりしている。

 

「マグォヲッフ!? マ、マヲヲー!!?」

 

 その無体な扱いに黒猫が顔を全体的に弄られ、逃げ出そうとしても何故か出来ない様子で最後にはこっちに助けてぇと涙目で訴えて来る。

 

「そのくらいにしてやれ。取り敢えず、話が聞きたい。此処はもう解散する。各自は自分の仕事や持ち場に戻ってくれていい。オレはこいつの事情聴取の後に連れて来たウチの騎士様と色々と話さなきゃならない」

 

「あ、その前にあっちをどうにかした方が良いでごじゃるよ?」

 

「あっち?」

 

 幼女が空を指差した。

 

 すると、明け方の空が急激に白と蒼の絵の具を塗りたくったようなグラデーションに染まって混沌と渦巻き始める。

 

「何だ!? サブタイプはこれなんだろ!? まだ何かあるのか!?」

 

「あ、これはまずいでごじゃる。二個も分割されたモノがあるから、二個目は回収していく感じに応援呼ばれてるでごじゃるよ」

 

「は!? この剣返したら?」

 

「人のものを盗った後に返しても殴られるのでごじゃ~」

 

 気楽そうに肩が竦められる。

 

「そういう事か。全員、シェルターでも何でもいい!! とにかく、全ての人員に身を護る為に行動させてくれ!! 朱理!! こいつらを最後に護るのはお前の仕事だ。悪いが、こっちは任せたぞ!!」

 

 腕を振って窓を壊し、そのまま飛び出る。

 

 背後には付いて来る出会ったばかりの幼女の姿。

 

「どうするつもりでごじゃるか? アレ、恐らく300キロ圏内なら余裕で大概の物質世界では無敵でごじゃるよ?」

 

「物質世界では、ね。そういう事だろ? つまり」

 

「ごじゃ~~~自分で行けない人間には荷が重いでごじゃる」

 

「行けるさ。要はコイツが必要なんだろ。ちょっと手を貸せ!! お前だって、まだ此処で消えたら困るだろ!!」

 

 片手に語り掛けた途端。

 

 世界が暗闇に染まった。

 

 ただ、白と蒼の混沌が渦巻く空だけが瞳には見えていて。

 

 その他は何も……自分の体ですら見えなくなるのだった。


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