ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第106話「永の役にて」

 

 文明の不毛化。

 

 それはどんな場所のどんな時代にも起きる現象だろう。

 

 人社会の精粋たる文明とは総体であり、その多くが個人の規律と自由に対して幾許かの干渉を行う。

 

 だが、その中で個人の活力を奪い、意欲を低減させる現象は屡々、どんな状況であろうと発生し得る。

 

 そして、それが社会病理的な原因と根本であった場合、文明が文明である故に是正されない限りは否定的な影響を文明の総体に与え続ける事になる。

 

 総体とは変え難いものであり、つまるところは時間が掛かるのだ。

 

 その否定的な影響が何処まで積もり、清算可能かどうか。

 

 それを文明の当事者たる人々は大概の場合は知らない。

 

 小さな出来事でも大きな出来事でも本質的な病理は同じ事もある。

 

 例えば、共産主義の最大の敵は共産主義の体質による人の意欲の低減だった。

 

 同じ富しか得られないのならば、どれだけ手を抜いても良い事になり、腐敗、不法の温床となる。

 

 逆に優秀な者に富が一極集中する資本主義もまた行き過ぎた果てには独裁や革命に繋がる事は何を言わずとも火を見るより明らかだ。

 

 これらのような大きなものだけではない。

 

 例えば、小さな共同体の小さな家庭でも起こり得る。

 

 共産主義が平等の弊害だとすれば、固定化された低所得階層における貧困の弊害は余裕の無さと言えるだろう。

 

 余裕が無ければ、口減らしに老人赤子を埋めるやら捨てるやらするのは正しく近代まで続いた風習であり、そこまでには為らなくても無能な者達の多くが奴隷になるか。

 

 もしくは奴隷ではなくても精神を病む程に追い詰められる事は多々ある。

 

 村社会の病理もまた文明の発達と共に解消されてきたが、それとて残っていないわけではないし、多くの場合、貧困は過激な思想や主義主張への入り口である。

 

 そして、その状態で縋ったモノの大半はロクなものではない。

 

 農民の百姓一揆やええじゃないかと他人の家から私財を持ち出す事すらも病理の一片と言えるだろうし、農民の移動が禁じられ、事実上は農地に封じられていた事もそうだ。

 

 人々の生活が上向いている限りは誰もがその固定化に甘んじているだろう。

 

 だが、一度でも下向いた時にはその巨大な弊害の結果が噴出し、今までの不満や負の感情の集合として大きなうねりとなる。

 

 それが破壊的であったり、今までの自分達の生活すらも脅かすような状況へと陥る足掛かりとなれば、それこそ不毛の地は増えていくのだ。

 

 文明たる人社会。

 

 総体たる人社会。

 

 その現実はまったく厳しく。

 

 例え、現代になろうとも世界は灰色である。

 

 社会にとって些細な事でも当事者にとっては人生を左右する出来事がある。

 

 他者からバカにされて涙する者もいる。

 

 砕け散った誇りと蹂躙された現実を前に相手に復讐したり、破滅覚悟で憎い全てを打ち壊す。

 

 嘗て自爆テロの行為の大本にされたのが日本の神風。

 

 特攻であったのは皮肉かもしれない。

 

 行為に込められた感情が違うものであったとしても、敵に向けられるのは常に抵抗の証なのだ。

 

 それが人間であり、本性であり、同時に戦わなくてよい場所で戦わざるを得ない為に文明の主体者である人間の意欲が擦り減る根本だと考える。

 

 人間を踏み躙るとロクな事にならない。

 

 それが理屈や道徳や法律では正しくとも。

 

 一番大切な対処療法は相手の誇りを出来る限り、社会的な影響を考慮しつつ踏み躙らない事であり、踏み躙るならば、相手を決して侮らない事である。

 

 同時に悪意ある者にならば、通常よりも更に油断も隙も見せてはならない。

 

 同時に相手を滅ぼす覚悟と滅ぼされる覚悟が必要だろう。

 

 無論、それが混在していたとしても、それを統制するのが政治を引き受ける者の覚悟だ。

 

 文明が不毛地帯と化すよりはそちらの面倒を見る方がマシと思いたい。

 

 難しい舵取りだが、基本的には許されない一線を引いて相手の話を聞いて解決しろというのが多くの場合は最善の解決方法なのである。

 

 まぁ、話を聞かない相手に言って聞かせるのはただの石ころに人間を理解しろと言うくらいに難しいものなのだが、それが人の上に立つ人間に必要とされる根気というものだ。

 

 少なからず、今までの感触から言って。

 

「……帝国の聖女かいな」

 

 久しぶりに聞いた相手の声は何処か懐かしいが、何か違っている。

 

 猜疑心よりは好奇心。

 

 そして、暗い怒りが宿る声。

 

「いつの間に復讐の乙女になったんだ? 似非関西弁がこの世界にある訛りのスタンダードになったら、おかしな事になるぞ?」

 

「―――」

 

 ヴァーリ本国領土内。

 

 共に走って来た相棒は現在進行形で潜入中。

 

 正面から見知った顔が山の長い滑走路前の機体直前にあったので思わず声を掛けていた。

 

 霧の出る朝方。

 

 あっさりというくらいに相手の1人が見付かった。

 

「ぁ……」

 

 声にならない声。

 

 共に涙を浮かべた昔より大人びた彼女は今や立派になったと言っていい。

 

 旅慣れた装束姿に最低限の手入れしかしていないのだろう肌を見れば、一目瞭然だ。

 

「ちょっと待て。それと落ち着け。答えを出す前に確認するべき事が色々ある。それとオレをオレ本人かどうかを決めるのはお前らの仕事になるって事は言っておく」

 

「………ッ」

 

 近付いて行くと何処か仕方なさそうな、怒りを抑えるような、哀しみを堪えるような、複雑に過ぎる表情で一発殴られた。

 

「今の身体じゃ殴られても痛くないんだ。ごめんな……」

 

「ばかぁ……っ」

 

 絞り出すように言われて、取り敢えず言っておく。

 

「ただいま」

 

 遂に堪え切れずに泣き出して何を言っているのか分からない駄々っ子な相手にされるがまま。

 

 取り敢えず、まんまセスナにしか見えない飛行機が出てきた岸壁の通路へと入る事にした。

 

 *

 

「ぐず……ぅ……ぅぅ……」

 

「珈琲まであるのか」

 

 取り敢えず、今までの自分の状況を説明し終えるまで軽く30分は掛かった。

 

「シュウ……」

 

 岸壁の中にある秘密基地っぽい内部は岸壁を刳り貫いた場所に通路や機械や設備を置いた整備工場らしく。

 

 内部には複数のドローンがいた。

 

 霧が霧散していく最中。

 

 天候の良さげな山間から覗く光は薄っすらと橙色に染まっている。

 

「とにかくだ。異世界転生というか。異世界で転生したっぽいが、オレが当人なのかは怪しい。後、コピーだった場合、大本のデータが何処かに保管されてる可能性が高い。それとこの世界はSFで恐らくニィトの人間が関わって出来てる。ただ、そうだとしたら、過剰な技術力である事からたぶん時間差で出て来ていたとしてもかなり昔で更にとんでもない科学力まで有してる。その遺産が文明を潰しそうかもしれないから、とにかく手伝え。解ったか?」

 

「……昔より強引やない?」

 

 涙を拭ったエーカがこちらを睨む。

 

「仕方ないな。これでも苦労して今の状況まで持って来た。お前らがこの数年で色々やってたようにこっちも数年で色々やってる。人も殺したし、人の運命も左右したし、人の人生に口出ししてきたんだ。昔よりも理屈っぽくなったかもしれないな……」

 

「そっか……シュウも色々あったんやね……」

 

 事務所のような場所でパイプ椅子に座ったエーカが珈琲を呑んで、ジッとこちらを見てきた。

 

「取り敢えず、オレにとってはこの人生はおまけだ。理不尽に蒸発させられた後の普通の人間には無いはずのボーナスタイム。いつ終わってもおかしくない。だから、出来る限りの事はさせてもらった」

 

「出来る限り……か」

 

 エーカが何処かお互い大変やなみたいな顔になった。

 

「ヴァーリの生存を保障するのに色々と迷惑を掛けた連中や色々と取り込んだ連中の事もある。力を持つには力を持ったなりの代償が必要だったし、オレはそれについては後悔して無い。だから、お前らが今までやってきた事も左程後悔するな。後は何とかしてやる」

 

「あはは……文系の癖に……何、出来ますみたいな顔しとんねん……」

 

 まだ赤い目元で力無く言われてはこちらが困るのだが、それは仕方ない事かもしれない。

 

「今後の事を決めるのにニィトの連中を集めてくれ。それとすぐに対策しないと間に合わない可能性がある。文明を初期化する何かが顕現した場合、オレが敗北したら、ゲームオーバーだ。逃走の準備とか逆襲の準備とか。した方が良い事は山積みだな」

 

「……あんなぁ。そんな事言われてもポンポンそう納得できるもんじゃないで?」

 

「現実だ。理解しろ。オレはお前らを死なせない為に今まで色々して来たんだ。それが此処で消えたら、オレは何の為に生き返ったのか分からないだろ?」

 

「解った。ああ、解ったで。はぁ、ウチが惚れた男はどうやらとんでもないヤツだったらしいわ」

 

 思わず顔色が表に出た。

 

 しまったと思った途端にニンマリされる。

 

「あはは~~~頬が紅いでこのこの~~~こんな可愛くなってもうて。どないせいっちゅーんや!! ウチらよりずっと乙女やないか!! ウチは普通の異性愛者なんやで!! もう!! 道を違えてまうやん!!」

 

「―――」

 

 ギューされた。

 

「……でも、まぁいいわ。シュリーを助けてやって」

 

「当たり前だ」

 

「ふふ、すぐに招集掛けるから……」

 

 立ち上がったエーカがすぐ傍の連絡用の回線のある受話器に手を掛ける。

 

「あいつは復讐の鬼になってるっぽいと予測してるんだが?」

 

「せやで。シュウのせいやな」

 

「ああ、そうかい。はぁぁぁ……でも、元気そうで安心した。病気やケガで死なれたり、病床で死に掛けてるよりはずっといいさ……」

 

「敵わんな。ふふ……」

 

 何処か嬉しそうに言われてしまった。

 

 だが、それより先にサイレンが周囲に鳴り響く。

 

「何だ!? サイレン!? 意味は!!?」

 

「はぁ!? 防空識別圏内に何か来たで!? それもコレが鳴らされるのは空爆の可能性がある場合のみや!!? 非常事態やっちゅーねん!!? シュウ!!」

 

「解った!! オレは先に外で勝手にやらせて貰う!! 他の連中に教えておいてくれ!!」

 

「あ、ちょ!?」

 

 この状況下で何かを仕掛けてくるとすれば、それは明らかに状況をひっくり返せる可能性を得る事が可能な存在だけだ。

 

 そして、今のところ未来を予測して自分に引き寄せようとする輩は3人知っているが、2人は動けないようにしてきた。

 

 つまり、此処で来るのは確定的だった。

 

「まだ、手札が揃わない内から?! 此処でか!! 受けて立ってやるよ!! カルネアード!?」

 

 外に出て背後に背負うバッグから取り出しておいた信号弾を上空に打ち上げる。

 

 色は黄色黄色赤。

 

 現在の割り当て符号の意味は特大の危険を防御せよ。

 

 それと同時にニィトの要塞から離れた一角から信号弾が上がる。

 

 それを見て、持って来ていたホバーなボードに飛び乗って、そのまま喘息でニィトのある場所へと滑空しながら高速で向かう。

 

『空飛ぶボードとか!? ソレ今度教えてやー!!』

 

 後ろ手に拳を突き上げておく。

 

 それと同時に非常警戒態勢に入ったらしいニィト周囲に構築された要塞のあちこちで非常警戒態勢と同時に次々と慌しくなる。

 

 だが、それより先に攻撃が来た。

 

『まさか、先回りされてるなんて、面白いじゃないか!! ちょっと手合わせして行きなよ。同胞』

 

『お断りだ!!』

 

 空を渡る声に答えると同時にニィトの要塞の一部に向けて猛烈な白炎の玉が遠方から向かってくる。

 

「させるかよ!!」

 

 ボードを急上昇させながら最高速で火球に向けて拳銃に相手の攻撃を相殺する為の弾丸を詰めて至近まで接近。

 

 火球は40mクラスだったが、摂氏3000℃近い事が解ったので即時逸らして別の場所に落とすのは却下し、弾丸を討ち放つ。

 

 僅かにボードの勢いでも態勢を崩したが、構わずに背後を見ずに4km先の敵を睨み付ける。

 

 背後で弾丸を打ち込まれた高熱の塊が猛烈な勢いで電撃と変化して空から地表に振り墜ちる。

 

 超重元素の幾つかは応用が利く為、様々な攻撃の変換置換用に弾丸の形で持ち歩いている。

 

 猛烈な熱量を猛烈な雷撃に変換した為、雲の無い雷が千も束ねられた如く柱のように何も無い地表を直撃して、周辺地域の地面に吸収された。

 

 その後はまるでバンカーバスターでも喰らったかのようだが、地面が未だに帯電しているのが見て取れる為、しばらくは出入り出来ないだろう。

 

『面白い!! 重い石を使いこなしているようで何よりだよ。同胞』

 

『姿を顕せ!! 相手も見えない戦争じゃ面白くないだろ!! カルネアード!!』

 

『くくくく、いいね。いいね。やはり、君は面白い。普通の人間は見えない方が嬉しいはずさ。いや、見えたら正気を保てないの間違いかもしれないけど』

 

 4km先の空に急速に姿が浮かび上がっていくのは青白い燐光を振りまきながら自動車並みの速度で鈍行している340m程もあるだろう人型の竜だった。

 

『ガラジオンの十八番か? 案外、芸が無いな』

 

『ふふ、古代竜の一体さ。生憎、ガラジオンの彼らとは別系統だけどね』

 

 鎧というよりはロボットの外装のようなものを身に纏う人型のドラゴンが空中で止まる。

 

 その肩に背中から歩いて出てきたのは白い少年らしき者だった。

 

『初めましてだな。カルネアード・バイツネード』

 

『こちらこそ初めまして。フィティシラ・アルローゼン』

 

 その横にチラリと顔を向けると見知った顔がズラリと並んでいた。

 

『……そうか。そういう事か』

 

『察しが良いのは助かる。そういう事さ。この戦争も元々は僕のプランて事』

 

 ニヤリとした相手の口元は余裕だ。

 

『本物はどうした?』

 

『君がいなければ、これから愉快な事になるはずだったのに惜しい事をしたかな。片方は死んだよ。片方は幽閉してある』

 

『反吐が出る。そんなにお人形遊びして楽しいか?』

 

『楽しいとも!! ほら、こんな風に!!』

 

 竜が虚空を掴んだと思われた次の瞬間には猛烈な見えざる何かが横に振られていた。

 

「―――ッ」

 

 片腕で防御したが、物理量が違う。

 

 恐らくビルが圧し折れるくらいの猛烈な衝撃が腕に伝わり、咄嗟に衝撃を土神の能力で全身から食ったが、それでも軽く吹き飛ばされる。

 

『これを止める、か。超重元素製の大槍なんだけどな』

 

 見れば、自分を殴り付けたのは巨大な槍だった。

 

 だが、その長さは尋常ではない。

 

 数百m級の存在が扱うにしても長い500mはあるだろう直径のソレが僅かに刃先を欠けさせていたが、一番の問題は柄の部分から伸びる長い本体部分が連結されておらず、磁力で浮かんで連動しているところだろうか。

 

(蛇腹剣ならぬ蛇腹槍かよ)

 

 相手が余裕なのも頷ける。

 

 砕けた一部の穂先に使われているのは猛烈な熱量や雷撃を発する超重元素だ。

 

 だが、合金化された上で発動には何らかの起動プロセスが必要なのか。

 

 未だ本領を発揮してはいない。

 

 しかし、それが一度目覚めれば、この地方くらいは軽く消し飛ぶだろう。

 

 明らかに現在の大陸ではない先史文明期の遺産だ。

 

『ガラジオンは僕とは違って本職だからね。こんなお人形じゃなくてまともな兵隊がそれこそ大量に眠ってる。君が警戒しているアレも実際には最強ではあるけど、結局は指揮官役……アレだけなら君も倒せるかもしれないが、同時にコレより強い兵隊を大量に相手出来るかい?』

 

「なるほど。だから、どっちも不干渉なわけだ。お前も持ってるわけだな。四機ある内のどれだ?」

 

『ふふ、そこまで理解しているなら話は早い。僕は元々白かったんだが、途中で紅い方に鞍替えしたのさ。僕らバイツネードの血の色と言ってもいい……ああ、ちなみにガラジオンは今も白だ』

 

「そして、ブラスタの血族が蒼……文明を直接消去する系統の黒はこの大陸で使うヤツがいなかったが、この間使われてたな……例外って事か」

 

『面白い話さ。僕らは運命とやらの操り人形に他ならない。君も似姿達もね』

 

 人型竜が槍を高く掲げると天空へと昇って次々に整列した金属の柄が分解されて展開され、まるで薄いスクリーンの如くスクロールしながら天空へと延びていく。

 

「で、その操り人形で何をする気だ?」

 

『君が死ぬか。確かめてみるのさ!! こいつは大陸を破壊出来る兵器だ。全力で使えば、それこそ星を割りかねない!! あははは、冗談じゃないよ? でも、君は避けないし、避ける気も無いだろう?』

 

 面白そうに白い少年。

 

 カルネアードが嗤う。

 

「当たりだよ。クソッたれ……いいだろう。受けて立とうじゃないか。どうせ、お前を此処で半殺しにしなきゃ安心して眠れないだろうしな」

 

『ふふ、そうこなくっちゃ♪』

 

 遥か天空の先。

 

 何処まで伸びたものか。

 

 槍が高度10km地点くらいで止まったかと思うと猛烈な青白い光を発し始めた。

 

『文明を消し去る白の指。月を砕く白の指。その欠片でちょっと作ったものすら、この有様だ。君が同様の力を一つしか持っていない以上、使うのはソレ以外無いね』

 

 片腕の事はバレている。

 

 そして、その片腕が熱く脈打っている。

 

 使え使え使えと使用を叫んでいる。

 

 ああ、まったく化け物に体と心を与えれば、救ってやろうと言ってるわけだが、そういうのは最後の切り札にしておくのが良い。

 

「なら、オレのも喰らってみろよ。どっちが強いか分かるだろうさ」

 

『こちらは飛び道具でそっちは単なる片腕だ。範囲と速さで僕の勝ちじゃないかな』

 

「ああ、そうかい!!」

 

 土神を歯に展開したと同時に自分の人差し指を噛み千切る。

 

『?!』

 

 勿論、いつも変化している方の指をだ。

 

 そして、片腕の不破の紐を意識した途端。

 

 ソレが顕現した。

 

『―――ソレは黒い銃? いや、それは始祖の……』

 

 驚くカルネアードに構わず。

 

 土神の能力で弾丸を形成する。

 

 一発だけの大盤振る舞い。

 

 ついでに再生するかどうかで言えば、しないかもしれない。

 

 そんな捨て身の一つ。

 

 研究所で土神を用いた兵器の生成技能を空いた時間で模索していた。

 

 そして、この世で恐らく最も信頼のおけない危ない存在というのは自分の片腕だ。

 

 これが少なくとも次元や空間に関わる能力を持っている事は前々から推測出来ていたのだ。

 

 でなければ、最初の超高高度からのエネルギー照射を弾けているはずがない。

 

 故に……意識した途端、グッグッと何処かであの化け物の嗤い声が響く。

 

 本当に愉快そうに愉悦する奇妙な人食いっぽい化け物の声がする。

 

 そして、こう言っているような気がした。

 

 やってみればいいじゃないか、と。

 

『まぁ、いい!! 最高に面白いよ!! 君はッッ!! 受けてみせてくれ!! 同胞!!』

 

 その槍の頂点が真昼の蒼き月のような光を引き出して猛烈な勢いで振り下ろした。

 

 途端、それに連動した槍が瞬時に自身を最小まで縮小し、猛烈な光の面がこちらの空に振り墜ちてくる。

 

 音速を越えた速度で墜ちる月光が世界を無に帰すより先に片手で握った黒い銃にもう片方の掌に生成した真っ黒な銃弾らしき自分の指の成れ果てを押し込む。

 

 まるで解っているとでも言いたげに黒い銃の弾倉が一発の弾丸を水面のように吸い込んで震えた次の瞬間、相手の光はもう音速を越えて200m上空にまで接近していた。

 

 が、時間の速度が違うかのように体が自然体で上空にソレを向けて軽く引き金が引けた。

 

―――虚空。

 

 そうとしか言えない虚無を一時だけ見た気がした。

 

 “何も無い”が“在るもの全て”を呑み込んで、その熱量なのか別の物理量なのか。

 

 あるいは何らかの時空間に干渉する原理なのかも分からない月光の塊を消し飛ばして、ライフリングに沿って回転した銃弾の余波が世界に月明かりの欠片を振りまきながら遠く遠く拡散させて夕闇を幻想的に彩っていく。

 

 その瞬間を見ていたカルネアードは―――半身どころか顔の半分を何も無い虚空から削られて燃やされていた。

 

『――――――』

 

 声無き叫びが静寂に響く。

 

 だが、容赦なく世界を滅ぼせる力を与えた自分の騎士は相手の背後から突き入れた超重元素製の剣の能力を全開にしてカルネアードらしき少年を瞬間的に蒸発させる。

 

 それに気付いた周囲の少女達もその余波で蒸発し、人型のドラゴンが左肩から発生した巨大な熱量に焼かれて叫びを挙げつつ、炭化した片腕が崩れて墜落。

 

「追撃します」

 

 淡々と言い終えた相手。

 

 ウィシャスがドラゴンの頭部に黒い大剣を突き刺す。

 

 それと同時に頭部が焼け崩れていく。

 

 その最中にもウィシャスの肉体は莫大な熱量に炙られていたが、鎧すら溶ける事なく。

 

 全身に奔る熱量の電気置換後の雷撃を白金の肌が、土神の能力が喰らい尽して熱量から来る自身の融解を防いでいた。

 

「フッ!!!」

 

 斬撃が熱量と共に振られ、周囲が溶鉱炉のようにドラゴンの死骸を焼き崩し、熱量の斬撃そのものが全てを溶かし崩していく。

 

 数秒後には全身に波及したこの熱量崩壊の余波で周囲が山火事になっているようだが、最初に人が居ないのは確認済みだ。

 

 ドラゴンが再生せぬよう一片も残らずに熱量斬撃で全てを焼き尽くした黒き騎士が初めてとは思えない程の運用を見せながらも決して油断する事なく現場から跳躍。

 

 現場の山火事の延焼を防ぐべく。

 

 自分の力の後始末に周囲の樹木を剣が出す衝撃のみで吹き飛ばしていく。

 

『同胞。お前がまだ生きてようと死んでようと一つだけ教えてやる。お前はオレを怒らせた。もしもまだ生きてるなら待ってろ。そう遠い話じゃない。もう一度同じ目に合わせてやる』

 

 その言葉は電波で発してみたわけだが、答えは帰って来なかった。

 

 *

 

 山岳部の要塞付近での映像を超望遠レンズ付きの監視カメラや電波望遠鏡で見ていた黒髪の少女がボロボロ泣き出したかと思うとその外部監視用の警備室から駆け出していく。

 

 その背後には数名の少年少女が付き添っていた。

 

 同じように呆然とした様子の金髪の少女が1人。

 

「……シュウ」

 

 そうポツリと呟いて映像に見える相手を凝視している。

 

「おねーちゃん。本当にあの子が?」

 

「ま、ウチは本人だと断定するしかないな。さっき説明した通り、SFな理由で外部に記憶されてた情報のコピーやないかって言うとった。それが真実かどうかは関係あらへん。でも、間違いなく本人の人格がある。あの子には……」

 

「そっか……」

 

「自分が本物だとは思えない。けれど、死んだ人間からのお節介だって笑っとったわ」

 

「ヴァーリから帝国が引き上げて行ったのも……」

 

「ま、色々やる為に色々背負い込んだらしいからな……」

 

「全部、此処にいる私達の為?」

 

「それもある言うてたで。でも、そうする為に必要な権力や諸々の力を手に入れるのに大勢を巻き込んだから、その責任は取ろうと思ってるって……」

 

「馬鹿……なんだから……」

 

 ポタポタと水滴が少女の顔から白い床に落ちていく。

 

「……あんな力を……どれほどのものを支払えば……あの人は今も私達の為に沢山のものを背負って、身を削ってくれていたのですね」

 

 今にも泣き出してしまいそうなくらいに顔を歪めて、そう呟いた金髪の邦長ははらはらと零れるものを拭わず、真っすぐに今も熱量に揺らぐ虚空の最中で髪を靡かせる相手を見つめていた。

 

 しかし、カメラの中で不意にその体が揺らいだと同時に落下していく。

 

「あ!!?」

 

「いや、大丈夫や!! あの黒いのが受け止めてくれとる!!」

 

 監視室の中から彼女達が飛び出したのは数秒後。

 

 そして、現場では延焼する樹木を全て遠方に薙ぎ払い終えた黒き騎士が絵になるようなお姫様だっこで主を担ぎ。

 

 灼熱の大地の最中から跳躍して数百m先に降り立っていた。

 

『大丈夫ですか?』

 

「もう少ししたら、しばらく目覚めなくなる。その間の事は任せるぞ。それと……そろそろお前にも最後の秘密くらいは教えとくか」

 

『秘密?』

 

「……まぁ、今日の事で全て清算しておく。戦争に良いも悪いも無い。ただ、覚えておけ。やられたヤツは決して忘れない。そして、それを受け止める覚悟が無いヤツに強さは似合わない」

 

「似合わない、ですか……」

 

「言っただろ? 単なる強さに意味は無い。お前は―――」

 

『シュゥウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!』

 

 数km先から歩行型のドローンが高速で近付いてくる。

 

 そのローラーでやってくる相手の声をドローンが拡声器らしい部分から拡大していた。

 

 己の騎士の腕から飛び降りた少女が意識が途切れそうになる中でもしっかりと一歩一歩ふら付きながらも歩いて行く。

 

 そして、三分程。

 

 互いに向けて近付いていた片方。

 

 機械に乗った黒髪の彼女は盛大にローラーが山肌の一部で滑って宙に放り出され、ベシャリと山の地面のぬかるんだ場所で前から着地し、泥塗れになりながらも必死に走って来る。

 

(……もう少し感動的な再会にしたかったんだが、こんなもんなのかもな。ふふ)

 

 必死に走って来る相手は昔とは打って変わって背丈も伸びた。

 

 けれど、あの日、あの時、あの場所で、橋の下から引き上げた時と同じ。

 

 クシャクシャな顔で―――。

 

 フィティシラ・アルローゼンだった彼は思う。

 

 ようやく久しぶりに会えたな、と。

 

 相手の勢いに押されて倒れ込みながら。

 

 何とか飛び付いて来る相手を受け止めて。

 

「……悪いな。遅くなって……」

 

「ぁ、ぁあ、ぁぁ゛ぁぁ゛ああぁ゛あ―――」

 

 声にならない。

 

 涙を振り乱すように。

 

 少女は子供の如く。

 

 ただ、自分の知っている人の声を確かに聞いた。

 

 恥も外聞もなく泣き出す相手に困った笑顔。

 

 でも、言う事は決めていた。

 

「あの時買ったメロンパンくらいなら作ってやる。だから、復讐とか似合わない事は止めて、ウチの騎士様に家族は返しとけ。後、顔上げろ」

 

「ぁ、ぅ、え!?」

 

 泥塗れでボロ泣きの酷い顔を拭っておく。

 

「これは死んだオレから、生きてるお前に遺したい最初で最後の言葉だ」

 

「シュー?」

 

「幸せになれ。あの日、言ったようにな」

 

 一人の少女が川に身を投げた日。

 

 一人の少年が重症を負いながらも少女を助けた日。

 

 呟いた言葉は今一度、異世界の最中に囁かれる。

 

「………………っ」

 

「シュー? シュー!? あ、ぁ、ぁ、だ、誰か!? 誰でもいい!? 誰か助けて!? シューが死んじゃう!!? 死んじゃうよぉ―――ッ!!?」

 

 その言葉は今日に限っては誰の耳にも届いた。

 

 それは魔法などではない。

 

 奇跡でもない。

 

 あの光の柱に焼かれた時、遂に届かなかった少女の叫びは確かに届く。

 

 何故なら、そこには大勢の彼が導いた人々がいた。

 

 時に大陸の歴史が大規模に動く2か月前。

 

 異世界に転移したニィトにヴァーリを護り抜いた真の英雄は帰還したのだった。


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