ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第105話「更新」

 

「ふぁ……んぅ……」

 

 帝都に住まう少女達の朝は早い。

 

 貴族の子女ならば、6時には起きて30分以上は時間を掛けて朝の身支度を整えるのが一般的であり、それ以外の人々にしても女の朝は長いのが普通だ。

 

 顔を洗う。

 

 体を洗う。

 

 歯を磨く。

 

 髪を梳く。

 

 髪を結う。

 

 服を着る。

 

 化粧をする。

 

 これだけでも随分と掛る。

 

 一般女性と身分のある貴族の子女はある程度の化粧が欠かせない。

 

 まぁ、化粧と言ってもハーブ水で顔を潤すとか。

 

 口紅をほんの僅か指すとか。

 

 あるいは潤いを保つ為に香料入りの薄く油と水を乳化させたものを塗るとか。

 

 そういう程度の話だ。

 

 香油を塗り込む事も多いが、一般女性はそこまで出来ない為、身嗜みを整えて、洗濯したての衣服を着用するだけという者も多い。

 

「ふぃーどうしてるかな」

 

 帝都の自室で少女がそうポツリと呟く。

 

 髪を梳きながら、それに応えるメイド服姿の女は身動ぎ一つせず。

 

 丁寧に髪を梳いて結い上げ始めた。

 

「山でも昇っているのでは?」

 

「女として何一つ身支度以外しないかんなぁ。ふぃーって……山でも普通に何日も同じ服とか着てそう」

 

「ええ、間違いないでしょうね。身嗜みを整える以上の事をしている様子を会議前など以外は見た事がありません」

 

「綺麗になりたいとか頭の片隅にも無さそうだよなぁ……」

 

「そういうものでしょう。あの何を考えているのかまったく不可解な姫殿下ならば」

 

「……ノイテ。仕事終わったか?」

 

「昨日、言われていたものは全て完了しました」

 

「こっちも昨日終わったし、後は自由って言ってたよなぁ」

 

「ええ、契約上もそうですね」

 

「今日、研究所に行ってみる事にしないか?」

 

「いいですね。そのくらいはあの聖女が言う自発的な学習の範囲です」

 

「リリとか、リリの兄貴は確か今、西部から来た家臣団の方と色々やってるんだったっけ?」

 

「はい。アディルは先日の件でグラナン校の竜騎兵の訓練官を辞職した後、今は個人の竜郵便の試験運用に参加させられていますから、呼べないでしょうね」

 

「アテオラとイメリは?」

 

「南部皇国から入って来る情報を元に完全な地図と天気予報図を作製する為に図書館で情報の精査中です」

 

「じゃ、あたし達しかいないな」

 

「ええ、そうですね。いざとなれば、竜くらいは借りられるでしょう」

 

 結い終わった髪を鏡面台の前で確認したデュガシェスがニコリと笑顔を作ってから左右を確認し、立ち上がる。

 

「なぁなぁ、ノイテ」

 

「?」

 

「ノイテって女でもいける口なのか?」

 

「げっほ?!」

 

 思わず背後のメイドが咽た。

 

「な、な……何故、そんな事を?」

 

「だって、昨日の夜にふぃーの名前呼ん―――」

 

 ベチンと口がメイドの両手に塞がれた。

 

「何も聞かなかった!! いいですね!! デュガシェス様!!?」

 

「(コクコク)」

 

「~~~それを言うなら、デュガシェス様も時折、夜に……」

 

「ぅ~~ん。城の侍従達が国外に出て竜に乗る女は自分でするようにって言ってたかんなぁ。姫様にはちゃんとした方法をお教えしておくのが城の侍従達が受け継いできた伝統とか何とか」

 

「そ、そうですか……」

 

「悪い男に誑かされないようにだって」

 

「はぁぁ、とにかく今日は研究所に行くのでよろしいですか?」

 

「ちなみにアテオラとイメリとフェグも前にリセルで夜に名前呼んでたぞ?」

 

「―――どうして知ってるんですか?」

 

「リセルの壁って実は取り外して組み直す予定があるから、外せるってエーゼルが言ってて、ちょっと面白そうだから外してみたら結構壁の薄い場所が多くて、色んな部屋の中の声が聞こえるんだよなぁ」

 

「害悪な設計ですね。まぁ、もう無くなってしまったそうですし、次には部屋の防音もしっかりしてもらう事にしましょう」

 

 溜息を吐きつつ、案外あのお姫様も罪作りなのだろうと本人の前では顔にも出さない元竜騎兵メイドはイソイソとメイド服を着込んだ主と共に侍従用の部屋で朝食を取るとすぐに出掛ける事にしたのだった。

 

 *

 

『……食料問題、水資源の枯渇、湿地帯の削減と地下水脈の過剰使用による大陸の乾燥化、化石燃料資源による燃焼型内燃機関社会の発達と短持続性、宗教問題による国境強化、難民化する低開発国と先進国の格差による大規模社会保障不全、社会、環境への薬物汚染、農業資材の高騰、文化的教育開発進度不足による民主主義の陳腐化と独裁化、地政学的危険度の軽視による低強度紛争の永続化、商品連鎖環不全による商品価格の上昇……何だコレはどうすればいいのだ。どうすれば……』

 

 帝都のとある地下施設。

 

 連鎖して押し寄せてくる歴史の必然と人類社会の宿痾を前にして男達はその全てに対応するべく。

 

 次々に対応する為の手法の開発へと躍起になっていた。

 

 現在、新しい歴史を創生するゲームは行われていない。

 

 それは彼らが今までのルールにおいて最短で歴史的な問題を片付けたからだ。

 

 だが、それを見越していたかのようにゲームに新しいルールとバージョンが追加され、内容が変化した途端、一気に彼らの対処法は追い付かなくなり、人類社会の崩壊現象が正しく即死させるような悪意的な連鎖を見せた。

 

 大陸資源の適切な開発が出来なかった事に端を発して、今まで燻ぶっていた宗教戦争が勃発し、そのせいで資源の運搬に多大な悪影響が出て大陸各地で燃料や資源の高騰が導火線の如く商品価格を上昇させ、そのせいで大陸各地で暴動が多発して国家判断が崩壊し、自国民を第一として正常な判断能力を喪失した国家間の戦争が勃発。

 

 そのせいで更に輸送ルートが限られ、あらゆる物価が限界を突き抜けて上昇し、食料生産地域は戦争で壊滅した挙句に各国の取り合いとなって世界各地が長距離の大規模攻撃兵器で首都クラスの都市を喪失。

 

『人の傲慢には苦笑いしかでんな……』

 

 これに乗じて低開発国の多くでは混迷する世の中でもリーダーシップが発揮できる独裁者が擁立されて更に国内事情がガタガタになり、民主主義の選挙制度が陳腐化して愚民による非合理政策を押し通す為のツールと化し、そういった場所にあった農業資材の原料となる鉱山資源が暴騰。

 

 今まで軍備しか整備して来なかった周辺国と戦い続けるも先進国が何もしない為に取った取られたの永続化する低強度紛争が無限ループし、それが再び食料生産事情を直撃。

 

『何をどう頑張っても我々には……』

 

 この恐ろしい歴史を体験した者達は最速で破綻した世界を経験して以後。

 

 その内容を自分達で精査し、沈鬱な様子になっていた。

 

 円卓には何十人もいるが、状況が見えていた者達程に自分達だけでは抗えない巨大な破滅の連鎖を前にこんな事が果して起こり得るのだろうかと思う程に人の傲慢を煮詰めた結果を凝視し、溜息を吐くしかなかったのである。

 

『この悪夢のような連鎖を非現実的だと言えないのが何とも』

 

『我々はもう知ってしまった。いつでもそうなる可能性がある』

 

『この大陸の現状においても認識出来る火種が多過ぎる……』

 

『一つずつ』

 

『?』

 

『一つずつ対処する以外無いのでしょう。ただ、これを各分野の多くの人間は知らない。いや、知りようもない。だからこそ、姫殿下は……』

 

『教育か……どの分野にも全てを俯瞰して、現状を制御しようとする者が必要なのだな……対処出来る人間を早急に増やす必要がある』

 

『故に新たな次世代が必要だったわけだ。そして、こういった事象に対処出来る人材を出来る限り増やす事でしか、問題には対応出来ない、と』

 

『これは我が国だけでは手に余る。だからこそ、味方を増やさねばならないわけだ』

 

『左様。大陸の全てが味方に為るほどに人々が合理性を追及し、無能と呼ばれる人々だろうと害悪でさえなければ共に生きていける世の中を求めるのだ』

 

『その為に人の心や感情すらも考慮した合理性が必要とは……まったく、人の世の大仕事だな』

 

 男達は次々に得られていく結論を前にしていた。

 

 時代が進む度に自分達の政策や作った法律の結果として生まれる多くの社会集団層をある程度の制御で生かす事の難しさは身に染みていた。

 

 教育分野の人々は最も大変だと誰もが理解しただろう。

 

 生来的に職業に付けない資質の人間やコミュニケーションは取れても職業的な能力や生活能力が無い無能な人々。

 

 彼らを上に付ければ、世界は破滅するが、彼らを放って置いても世界は破滅する。

 

 彼らが上手く生きていけるよう外部や自己での管理制御の為の制度を構築し、周囲の不幸になる人間を減らしつつ、ある程度の水準で生きていける社会を作らねばならないのだ。

 

 これらに掛る社会的な負担や資源をケチった途端に革命が起ったり、不穏分子が大量に出たり、頭の良い悪党連中の手駒や食い物にされたり、生活崩壊と同時に周辺の人間に負担を掛けて大勢を精神的にも経済的にも不幸にする者が出てしまう。

 

 本来なら真っ当に納税者をしてくれる人々ですらも何処かしらに何らかの瑕疵を持っており、誰もが完璧ではない。

 

 故にそういった不完全で不合理な人々を統制する為の方法論として余計な事を考えさせず、余計な思想に染まらせず、せめて真っ当に暮らして死んで行ける自由と管理を両天秤とする世界を求めなければならない。

 

 この世の9割以上の人々が本当の才覚ある者に劣り、誰かの代替品として社会においては消費され得ると知ってしまった彼らは自分達が無能側の最上位層であると知った故に自分達の下を安易に切り捨ててはならないというスタンスをようやく体得するに至っていた。

 

『ああ、姫殿下の政策の多くが今ならば理解出来る……文化や遊戯にどうしてあそこまで本気で投資していなさるのかと思えば……』

 

『人々の願いや想い。感情を発散し、納得させる為の場を用意していたのだ』

 

『何という深慮か……人の心を救わねば、世界など救えぬとあの方は最初から知っていたのだ……』

 

 彼らは巨大な円卓の上で書類に目を通しながら、自分達の未熟を噛み締めていた。

 

「皆々様。左様でございます」

 

 彼らが声のした方を振り返ると施設の運営を預かる者達の長。

 

 仮に支配人と呼ばれている男がやってくる。

 

「あの方は人の心を救わんと多くの戦いに身を投じているのです。そして、あの方の家臣団が今日新たなルールを貴方達に齎すでしょう」

 

 何のことかと男達が興味深そうに男を見ると横から出てきた使用人風の服の男が布の被せられた一つのカートを持って来た。

 

 その布が支配人によって取られる。

 

『……長い棒に浮かんだ輪?』

 

 男達が見たのは研究所のとあるマッドが開発した動力機関だった。

 

「あの方は新しい技術において重大な開発があった場合、それが運用可能になると確証を得ている限りにおいて、当施設の者達の手によって新たなルールを遊戯に組み込む事をお考えでした。そして、本日研究所の所員のほぼ半数以上が実用化可能であると認めた技術が一つ……歴史に登壇する運びとなりました」

 

 男達がざわめく。

 

「あの方が連れてきた研究者の1人が例の超重元素を用いて無限機関を発明なさいました。無限機関とは簡単に言えば、永遠に何らかの動力や力を出力出来る機械の事を言いますが、その事実上の無限機関が出来たとの報です」

 

 周囲がさすがに在り得ないという顔になる者達が目を丸くする。

 

「名を開発者の名前を取ってゼド機関と命名されました。詳しい原理は我々にも未だ呑み込めていない場所があるのですが、研究所内で現在14時間程の運転がなされ、その事実が確定しております。具体的にはこの輪を10秒回せば、この輪を回す動力を15秒確保出来るという類の代物です。つまり、差し引き5秒の回す動力が増えます」

 

 もはや男達はどよめくしかなかった。

 

「複数の超重元素を用いる為、かなり高価ですが……これを大規模化して、動力で電力を生み出し、電力を各地に供給する事で熱と動力を無限に供給し、使う事が出来ると考えて差し支えありません」

 

 もはや男達は真顔で瞠目していた。

 

「新しい物語を今度は燃料に頼らず作るのです。ですが、破滅はいずれにしてもやってくる。あの方と家臣団の方々の叡智によって、僅かだけ破滅の要因が消えただけとはいえ……それでもその僅かすら我々には不可能だ。如何なる今後に産まれる人類も同じ偉業を成し遂げるのは数える程でしょう」

 

 誰もがそう思うと同時に理解する。

 

 やはり、自分達は無能側なのだろうと。

 

「この技術を元にすれば、帝国は大陸の多くの国家を更に開発する事が可能なはず。建設部門の方は今回の総括が終わった後、研究所の方へと向かわれるのがよろしいかと。同時に産業関連の方々も新動力を主とした新業態を検討するべきでしょう。我が国の新動力革命はあらゆる動力を用いて達成されるべきです。蒸気機関、電気機関、ゼド機関、これに続く機関の開発と適切な管理運用方法の構築も早急に行わねばならない。研究者の方々にお話しを聞きに行くのをお勧めしますよ?」

 

 ニコリと微笑む支配人の言葉に男達は時代が一気に加速するのを肌身をもって感じたのだった。

 

 *

 

―――帝国首都エレム研究所倉庫群。

 

「か、完成だ!!」

 

 研究所の所員達二十名程が鍛冶師達と共に遣り遂げたぜという満足そうな表情でバタバタと気絶していた。

 

 同時に鍛冶師達の他の作業員達がまるで神々しいものでも見るかのように電灯の下で全体像を露わにする20m程のクルーザーのような白銀の船舶に目を細めていた。

 

 船体は鎖で地表の台車に無理やり括り付けられており、それを緩めれば、すぐにでも浮き上がってしまう事を示している。

 

「はは、素晴らしい!! 超重元素には未だ詳しくないが、特性を上手く使えば、加工はこうも短時間で可能なわけか」

 

 ゼド・ムーンレイク。

 

 彼は正しく極短時間で出来たとは思えない巨大な槍にも見える代物を前にして唇の端を歪めていた。

 

「なるほどなるほど。元々中型船舶は作っていたと。大型の鍛造用、加工用の工具がああも並んでいた理由だな」

 

 現在、研究所内には大規模な鍛造用の機械と高炉が存在しており、巨大な鋼の部品を作り、リセル・フロスティーナの弐番艦を作る為に運用されている。

 

 旋盤は元より、多種多様な町工場などで使われるような部品製作用の電子機器を用いない工作機械がある。

 

 それらは現在、大量の小部品の制作や精度向上を目指して試験運用が為されており、順調に工作精度は上がっていた。

 

「超重元素製の竜骨が先に出来ていて、張り込む為の部材をどうしようかと悩んでいたところにあの浮かぶインゴット。装甲はブロック構造で溶接要らず。基本は内部から枠組みに入れ込んで隙間に樹脂を注入して固定化するわけだ。これなら簡単に作れるな」

 

 男がニヤリとする。

 

 動かしていないにも関わらず。

 

 僅かに船の外装は仄温かった。

 

「内部には既に船舶用の各種のトイレやら電源やらが入れ込まれていたと。ははぁん? そもそも水路を高速でかっ飛ばす用か」

 

 ゼドが船体の背後に回ると4つのゼド機関が剥き出しになっており、近代航空機にも劣らない優美な曲線を描くプロペラが見えていた。

 

「それにこちらの機関を組み込んで燃料槽をほぼカット。電源は予備にして、動力機関を連結方式で八つ造り、回す為のモーターとして再設計……いいね」

 

 ゼドは急激に精度を増した金属加工技術の精緻さに目を細める。

 

 まだ、電子機器が無い為、精度には結構な誤差が存在するが、それでもそういった部分を職人技と呼べるだろう工作の専門家達を大量に育成して補っている為、使える部品の歩留まりはかなり高い。

 

「モーターの発する熱そのものを電源に変えて四つに貯蓄。回しているモーターから出ている電気も貯蓄。連結して交互に使う事で余る電力を全て動力にして蓄積、モーターそのものは空冷式。いや、細々とした面では現代に劣るが、基本構造は悪くない」

 

 何処かご機嫌そうにマッドが微笑む。

 

「回路自体はとても簡易的だが、基本はちゃんと出来てるな。モーター化した機関を使い分けて互いが予備動力となるわけだ……一対になった機関の連結部は……油圧でも無く……これはもしや形状記憶合金!!? いいじゃないか!!」

 

 その体はウキウキしており、モノ作りを終えた者達に惜しみない賞賛の眼差しを送っている。

 

「電圧で形を変える形式だな。変形した瞬間に連結されるわけだ。先日の航空機に関する知見は役立ったようだな。尾翼や主翼も形状記憶か? はは、変形する船!! いいね!! いいね!! こういうのは好きだぞ!!?」

 

 まるで子供のようにはしゃぎながら男はルンルンとその船の構造を解析していく。

 

「やはり、燃料槽が無くなったのが大きいか。機関そのものが動力の貯蔵庫であり、動力発生機関なのが強みになっている。原始的な鍛造技術でも十分に形成可能なのも大きい。摩耗しないように油を差すくらいの手間は必要そうだが、耐久力は高そうだ。いや、それにしても電圧だけで変形出来る形状記憶合金が大きいな。超重元素の合金様様だな。重い油圧も燃料も積まないのだから機構的にも堅牢だ」

 

 ゼドが梯子で昇って船の内部を見やる。

 

「ほう?! 透明度の高い硝子か!? これも超重元素を入れ込んだものだな?! ははは!! 開放式かと思ったら、入れないじゃないか。しかも、舵は操舵輪でか!! 実に浪漫!! 上下も操舵輪横のメモリの上下で操作して、姿勢制御は全てアナログでマニュアル!! 全て電圧を操舵輪一つというのは最高じゃないか?」

 

 男はクルーザーの中央のブリッジに入れ込まれた操縦席を見て思わずにやつく。

 

 脚と腰を固定化するハーネスを付ける箇所や靴を固定化する仕掛けも見える。

 

 これを作った研究者達がまるでゲームのように広大な空を宙返りする船を想像していたとすれば、それは正しくパラダイムシフトというものだろうと。

 

「突貫建造の癖にやるな!! 船内のあらゆるものから角を取ると同時にハーネスを掛ける場所を内蔵。荷物の積載場所も同様か。船室は左程広くはないようだが、十分だな。惜しむらくはセンサー類が一切付いていない事だが、これは今後の課題にしておこう」

 

 満足した様子になったゼドが梯子から降りると倉庫内に一部の研究者達と共にメイド姿の少女達が入って来るの見付ける。

 

 横には急ぎで回路設計して、伝送系を組み上げた若き部門長が並んでいて、すぐにピンと来た彼は使用後の報告が楽しみになったのだった。

 

「とにかく。スゴイのが出来ました!! あ、ゼド教授!! あの方が提供してくれた機関がとにかく凄まじく。造りが簡単で短期間で生産可能で。先程、姫殿下の気球が落ちたと連絡がありました。すぐにでも航空機が必要かもしれません。お二人には竜と一緒にこの船に乗って姫殿下の救援に向かって欲しいんです」

 

 エーゼルが偶然にもやってきたメイド達に渡りに船だとすぐ船体の元へと案内しながら、手書きのマニュアルを渡していた。

 

「あ、あのおじさん。この間助けたヤツだ」

 

「どうやら、あの聖女様は人材にだけは恵まれている様子ですね」

 

 ヒラヒラと手を振って船体を今まで見ていたゼドが自分の研究場所に戻っていくのに頭を下げたエーゼルが後部ハッチを開くレバーを下げる。

 

 内部の些細な部位の動きに使うモーターは伝送系の電源と同じものを使っている。

 

 載せられている電源は出来立てホヤホヤの従来のバッテリーの強化版であった。

 

「基本はリセルフロスティーナと左程に代わりません。ただ、小回りが利くようになって、上下左右に素早く移動出来る為、それを司る操縦方法も繊細になりました。専用の服で操縦中は下半身を固定化します。操縦席はシートに背中を預けながら立ったまま行う方式で風防は超重元素製の硝子で機密性は操舵室のハッチが閉められている限りはかなり高いと思って下さい。一応、酸素缶とヒーターを入れ込んである為、高高度にも突入できます」

 

 書類の束が次々に捲られる。

 

「ただ、機関のモーター推進部に空気が入っていないと摩擦で電力が供給出来ない為、機関の動力を使いっ放しになる事だけ覚えておいて下さい」

 

 エーゼルが進みながら、次々にその新型航空機に付いて語っていた。

 

「主翼と尾翼に関しては通常航行、高速航行、巡航航行の三段階に分けられます。早く為れば為るほどに操舵が難しくなるはずなので繊細な操縦を心掛けて下さい。基本機動は想定している限り、この書類の方法でどうにかなるはずです。高速で地面に突っ込む事でもない限りは自然の浮力で一定高度は確保出来るので慌てずに高度を取って航行を」

 

 その言葉に2人のメイドが頷く。

 

「ま、どうにかなりそうだし、基本は竜が飛ぶ時と一緒だぞ。な?」

 

「まぁ、機動方法に関しては鳥や竜と同じと考えていいなら問題無いかと」

 

 2人が互いに頷く。

 

「最後にもしもの時の為に現在開発中だった姫殿下専用の装備を外装に入れ込んでおきました。書類に書かれてある通りの操作で地表にそのまま射出して届けられるはずです」

 

 ニッとデュガシェスが笑む。

 

「勿論、フィーを護ってやるかんな。一応、聖女様の侍従って強いとか噂になってたし、颯爽と助ければ、こっちの評価も上がるぞ」

 

「噂ではなくて真実ですが、出来る限りはやってみましょう」

 

「皆!! 起きてぇええええ!!!」

 

 エーゼルの声に気絶していた研究者達が目元をショボショボさせながらもガバッと跳ね起きて敵襲かと周囲を思わず見渡し、すぐにエーゼルから説明を受けて、発進に取り掛かる。

 

 後部ハッチから乗り込んだメイド2人を内部に見送って、エーゼルの掛け声で倉庫が開放され、内部から台車に縛り付けられていた機体が出てくるとすぐに鎖の連結が解かれた。

 

 向かうのは遥か南方の大山脈上空。

 

 何をしていようとも危機的な状況ならば、派手な事をしているだろう相手だ。

 

 すぐに見付かるだろうとメイド2人が操舵室で頷き合う。

 

「発進どうぞ!! どうか!! 姫殿下への助力をお願いします!!」

 

 外からの声は聞こえない。

 

 だが、エーゼルの唇を呼んだデュガシェスがグッと親指を立てた。

 

 前に主から教えて貰ったサインだ。

 

「発進します!!」

 

 ノイテが下半身に履いたズボンタイプの衣服のあちこちをハーネスで固定されながら背後の座席に身を預けつつ鍵を押し込んで回した。

 

 それと同時に内部のゼド機関がスタートし、連結された4つのモーターが内部電源で回転、それと同時に起動していない残りの四つが動力を蓄積し、プロペラの回転と共に悠々と上昇しながら空へと進んでいく。

 

 やがて、一定高度に達した船体が機関を四つ一組で回しながら、外部の赤熱化し始めた装甲版から電力を得てモーターの回転数を上昇させていく。

 

 モーターの熱量は空冷式で船体の下部の一部吸気口から吸われた空気で冷却、同時に電気へと変換され、更にゼド機関に蓄えられていく。

 

 爆発的に増大する余剰動力、余剰電力を呑み込む機関はやがて高速でのプロペラの連続駆動を可能とし、時速数十㎞から二百㎞を越えて加速し始めた。

 

 その常識を遥かに超えた普通の竜には出せない速度に笑みを深くしながら、左右に二つずつあるサブシートに座ったデュガシェスはチラリと操縦席を見て、自分の保護者がスピード狂だった事を思い出した。

 

 竜によるレースが行われる事もある祖国で国内総合三位に付けた事もある元竜騎兵の目は爛々と輝いており、その自分の思い通りに動く竜よりも早い乗り物に陶酔中であった。

 

 *

 

「装布!!!」

 

『装布!!!』

 

 空に無数の火花が散っていた。

 

 帝国南部領域。

 

 広大な国境線沿いの一角。

 

 50人からなる竜騎兵達が一か所に向けて集まって来ている。

 

 その行く手には数百の竜らしき何かが青白い鱗に全体的に細い体を浮かせて飛び回っていた。

 

 一斉突撃で突破する事を選んだ彼らドラクーンはバルバロスの毛皮を用いた専用の防護布を纏いながら専用の広角ゴーグルを付け、高速で次々に迫ってくる7m級の竜のどてっ腹に毒を塗布した大剣を突き入れて振り抜いて両断していく。

 

「ッ、12騎残れ!! 残敵掃討!! 再生しているぞ!!」

 

『了解!!』

 

 黒き男達の一部が落下していく竜達を追う。

 

 隊長を引き受けた男の声で落ちて行った敵を打ち倒し切る為に部隊の戦力を分断。

 

 と、同時に彼らの向かう場所には青白い竜に空中で包囲された数人の騎兵達が大立ち回りしていた。

 

 その敵の数、実に200弱。

 

「挟撃してこちらに抜けろぉ!!!」

 

 隊長の声に気付いた満身創痍の男達が相棒の竜と共に彼らに合流するべく。

 

 包囲を突破しようと一点集中で加速した。

 

 それに背後から追撃を掛けようとしていた青白い竜達に逆方向から猛烈な勢いで鉄杭の雨が降り注ぐ。

 

 ―――ギィオ゛オオ゛オオオオ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオ!!!?

 

 竜達がその弾幕ならぬ杭幕に体のあちこちを撃ち抜かれると同時に塗られていた毒によって再生能力を鈍らせながら落下していく。

 

 超高高度に潜ませていた狙撃部隊による一斉射が間に合ったのだ。

 

「今だ!! 畳み掛けるぞ!!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 墜ちていく竜の群れに追い縋る猟犬染みてドラクーンの高速落下突撃が襲い掛かる。

 

 次々に杭と大剣で押し込まれた竜の群れが溜まらず散ろうとしたがもう遅い。

 

 その散開が間に合うより先に竜の加速が相手を振り切り、大剣が相手の胴体を完全に両断して通り過ぎる。

 

 そして、その突撃を何とか凌ぎ切った戦力もまた高高度からの杭による狙撃によって多数の毒で再生する事を許されずに猛烈な加速のままに落下して地面にクレーターを量産していった。

 

 大量の樹木が吹き飛び。

 

 地面が青白い血で染まった大地はまるで小さな湖が連なるかのようだ。

 

「再生を許すな!! 火を放て!!!」

 

 地表で青白い血の染みとなった敵がそれでも蠢く肉の欠片に向けて上空から大量の爆薬の入ったスモーク・グレネードが投擲される。

 

 元々はとある少女が研究所の所員に造らせていたものだが、現在のソレは視界を遮る為のものではなく。

 

 相手を焼き尽くすアグニウムを煙で拡散させて瞬時に相手を焼き尽くすナパーム・グレネードとも呼べるものとなっていた。

 

 猛烈な勢いで地表へと投擲された時速数百㎞の剛速球。

 

 鋼の塊の内部に入れられているアグニウムは最初に完全乾燥した大量の燃え難い粉塵と共に広がって、それに対して一定以上の熱量を加える事で着火する。

 

 その着火点となるのは投擲されたグレネードそのものではなく。

 

 外部からの攻撃だ。

 

 粉塵の大量散布によって地表が覆い尽された瞬間。

 

 竜達の口から一斉に火球が離れた。

 

 それが着弾した瞬間、散開した数百m以上の上空にいる彼らを炙るほどに高温の炎が周辺の森を舐め尽くして瞬時に灰にして鎮火していく。

 

 猛烈な火力は周囲の酸素を瞬時に奪い尽して酸欠地帯を生み出すのである。

 

 生物にとって致命的な酸素不足が超高温の炎に焼かれた後に襲い掛かってはさすがに再生能力を持つ生物とて、酸欠で細胞を弱らせられて全身を再生させる前に毒との相乗効果で死滅する以外無い。

 

「12人で地下に逃れた個体がいないかを捜索しつつ、焼き潰しまでの予備捜索を実行!! 後続が持って来る薬液増槽が到着するまでに調査せよ!!」

 

『了解!!』

 

 ドラクーンの一部が再び無酸素地帯にドラクーンの仮面に付ける酸素缶から酸素を供給されつつ、降りていく。

 

「残った500番代は参集!! 状況把握を開始する!!」

 

 数人のドラクーンが現在番号の一番若い隊長の元に集ってくる。

 

「明らかに異常です」

 

 意の一番に言われたのは誰もが解っている事だった。

 

「これ程の戦力が不用意に南部国境線に運ばれて暴れ始めるというのは明らかに異常事態です。何らかの予備行動の可能性が大かと」

 

「同意します。ですが、帝国本国に対する嫌がらせだとしても同時多発的にこの規模の戦力が入り込めていなければ、帝国本土のドラクーンの網は突破出来ぬのでは?」

 

「現在、周辺からの連絡待ちだが、国境線内部で何らかの行動が行われている可能性はあるとしても、大規模なものは確認されていません」

 

「ならば、陽動という線は?」

 

「大いにあり得る。だが、今回は明らかにバルバロス自体がバイツネードが用いていたタイプだった。竜の国の偽装は恐らくない。先日、あの方の手によって戦略行動に制限が付いたはず」

 

「然り。となれば、バイツネードの戦略行動だとすれば、何が目的なのかを探るべきだ」

 

「バイツネードの嫌がらせの桁が一つ上がったと考えるべきか?」

 

「いや、ならば、今である説明が付かない。バイツネードが何らかの行動を起こしている間に南部において何かしらの行動が起こされる可能性を考えるのが妥当だと思えるが……」

 

「もしや、我らが足止めされているのではないか?」

 

「足止め?」

 

「この現場は南部の大山脈から離れた位置にある。今、あの山脈にはあの方と部下の方達がいるはず……」

 

「つまり、我らが援軍として来る可能性を潰した?」

 

「有り得る、か……だが、そうだとすれば、もう既にあちら側で事態が動いている事になる」

 

「ならば、我らがギリギリで間に合わないと仮定して、本国の防備を固くするのが定石では?」

 

「このまま次派が別の場所に現れないとも限らない。この現状を近い場所の者達に教えるにしても時間が掛かる」

 

「……仕方ない。あの方とお仲間の方々を信じるしかないな」

 

「左様。バイツネードが我らの実力の内を少しでも知って、足止めされているのならば、逆にこちらで相手の戦力を僅かも残さず狩り出すべきかもしれん」

 

「では、隊長権限で事後の方針を決定する。補給が終わり次第、国境線沿いから強行偵察隊を8隊に分けて出し、広域探索を実施する」

 

「異議なし!!」

 

「異議なし!!」

 

「異議なし!!」

 

「広域探索において国土内に陽動を行おうとする敵戦力を発見した場合、即座に参集して相手を水際で狩り出していくぞ。敵が現規模であるならば、40人でほぼ狩り尽くせる。補給部隊の到着は……来たな。良し!! 補給後、直ちにバイツネードの竜共の探索に入る!! 越境長距離偵察となる!! 各自、長距離偵察装備に切り替えろ!!」

 

『了解!!』

 

 遠方から巨大な馬車のように竜に引かれてやってくる10m四方の幌付きの馬車のような何かが彼らの背後にやって来ていた。

 

 その巨大な代物は馬車というよりは空飛ぶ乗り物染みている。

 

 その中から大型のタンクを背負った竜が飛び出すと柄の長いシャワーヘッドのような噴霧器を用いて、地表のドラクーンから焼き潰しの任務を引き継ぎ、次々に爆発跡を更に薬物によって細胞一つまでも白煙の中に溶かし尽していく

 

 すぐに馬車の背後に列を為していくドラクーンが竜によって荷物を咥えさせて背後に運び、次々に空の上で装備を換装していった。

 

 竜の全身に付ける装甲等は付け外しが簡便になるように竜の首の上から着せるように付けて、伸ばしていくタイプだ。

 

 逆に脱ぐ時は上の留め金を外す事で竜の尻尾からスルリと脱げる。

 

 次々に馬車の前で列を為して装備を換装し、竜を軽くしながら、兵器の補充を行ったドラクーン達は20分程で全員が仕事を終わらせて、完全に装備を整えていた。

 

「では、征くぞ!! あの方の後方と背中を護る為!! 愚かなるバイツネードを狩り尽くせ!!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

「散開!!!」

 

 黒き騎士と竜の群れはこうして現場から次々に四方八方へと散って消えていく。

 

 長い長い夜はそうして彼らの手によって始まっていくのだった。


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