ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第100話「潜入Ⅴ」

 

 ヴァーリへの道程において最も重要なのは行き方だ。

 

 という点において現在、竜を使っての移動となっている。

 

 だが、恐らくはある程度近付いたら徒歩が主になるだろう。

 

 リセル・フロスティーナの損失はやはり大きい。

 

 南部皇国に持って行きたかったアレやコレやが重量的には小分けになって搬送されるとすれば、それだけで兵站の不安定化は避けられない。

 

「まったく、予定超過するところだった。はぁぁ」

 

 帝国が南部山脈に持っている大規模な鉱山都市は開発してからこの20年以上という期間常に帝国の国庫を潤す富の源泉であり続け、最前線となって来た。

 

 大鉱都ギオムベルク。

 

 帝国最大の鉱山が連なる大鉱床の脇に立つ都市部は正に今こそ本当の姿を見せつつあると言ってよいだろう。

 

 横に長い山脈そのものに沿う鉱脈は恐ろしく太く。

 

 そこから掘り出された無数の鉱石が単離方法を改善し、今は更にグアグリスの生物精錬までも用いて更なる量が確保出来るようになった。

 

 ついでのようにあらゆる鉱山労災は今までの研究開発とグアグリスを筆頭にしたバルバロスの生物資材を用いた機材で緩和された。

 

 帝国製万能薬の最初期ロットの投入先の一つは此処だ。

 

 人口120万の大都市は嘗て最も栄えながらもどこの鉱山とも同じく肺病と呼ばれる煤塵による肺の病が多く。

 

 冬でも夏でも大量の石炭で鉱物の精錬を行っていた事から、空気も悪かった。

 

 帝国も様々な改善策は大陸最高とも称される技術力で行い続けていたが、それでも毎年数千人が肺病に新規罹患し、数百人が長い闘病の末に死ぬ。

 

 これが嘗ての話だ。

 

 だが、今やグアグリスを用い、研究所の最新の浄化設備を揃え、防塵防毒マスクや近代的な鉱山開発の法規策定で安全度は極めて上がった。

 

 勿論、大量の資金が掛かり、経済合理性は下がった。

 

 出てくる鉱物資源の儲けの約3割が今まで帝国の国庫に入っていたが、今は1割程までに儲け自体も減っている。

 

 残りの2割は全て安全対策や病気の対策に使われているからだ。

 

 だが、肺病という病そのものが今年に入って嘘のように消えてしまった事で嵩んでいた医療費も劇的に低下。

 

 耐久財として購入された最新の安全面を支える機材の数々で亡くなる人間は突発的な坑道内での事故以外では出なくなったという。

 

「第四坑道でガス噴出注意、か」

 

 鉱山開発は常に死と隣り合わせだ。

 

 特に鉱脈毎にその危険度はマチマチであるが、毒物が出るところや出水による爆発的な坑道内での浸水、石炭による粉塵爆発やガスの漏出による中毒死、窒息死は日常である。

 

 これらを最新の機材で抑えに抑えて規則を護らせれば、毎日の国側の儲けなど微々たるものだろう。

 

 無論、民間に回した分の資本の多くは都市の民を潤し、大きな活力源となっているが、それにしても規模に反比例するかのように儲けは出なくなっている。

 

 一応、個人から所得税や法人税、各種諸々の税金は入って来るので都市としては活況なのだが、国としては少し歯痒いというのが財務担当者達の本音だろうか。

 

「自分の国なのに別の場所に来たみたいだな」

 

 ギオムベルクのある大山脈の反対側の方にヴァーリは存在する。

 

 更に南方付近なので鉱都周囲からはそちら側を伺い知る事は出来ない。

 

 幅百数十㎞にも及ぶ巨大な山脈は縦には凡そ最高高度で4300mもあるのだ。

 

 南部のヴァーリがあるのは丁度山脈が途切れる辺りであり、高都付近は高地で凡そ高度800m付近から広い森林地帯を侵食するようになだらかな丘陵を埋める形で家々が密集して過密になりつつある。

 

 120万都市と言われながらも、その多くが物流業者と鉱山労働者と彼ら相手の商売人達が住まう街となって久しい為、鉱脈の採掘終了と共に消えていくだろう。

 

 この地域に他の産業が育たなければ、の話である。

 

「白いな……」

 

 周囲の山脈の岩肌から切り出した岩と麓の山林の樹木で造られた家々は夏場の熱さも考慮して白い塗料を断熱材として外壁に塗っている。

 

 この家々から少し離れた国有地。

 

 トロッコ用の敷地は今、帝都から広がり始めた鉄道の接続地点として開発中だ。

 

 この都市を繋ぐ路線は特に工事の最優先区間とされ、各地では途中の数キロ区間を石炭入りの簡易なトロッコ列車モドキが走って建材を運んでいるとか。

 

 街区のあらゆる場所には更に高度の高い場所にある雪解け水などが出水する池などからの水が流れ込む上下水道が置かれており、嘗て下水道は石炭の煤で黒く汚れた黒水の道とも言われた。

 

 が、下水道の辿り着く平地の汚染が酷かった川近くに創った浄水湖にグアグリスが投入されてからは悪臭や汚染問題も緩和され、煤煙の浄化機材の発達も相まって、今ではすっかり別名の黒臭都市の名もナリを潜めている。

 

「………あ」

 

『あ』

 

 そんな未だ煤のこびり付いた灰色の都市の政庁付近で黒い鎧の騎士が1人。

 

 ポツンと何か置物染みて立っているのを発見し、近付いて行く。

 

『早いと言うべきかな』

 

「これでも急ぎに急いで来たんだが?」

 

 言ってる傍から次々にリセル・フロスティーナの搭乗員達が集まって来た。

 

「ゾムニス」

 

「ああ、ようやくか。気を揉んだのが杞憂で何よりだ」

 

 街頭で黒いコートを着込んだ巨漢がやってくる。

 

「取り敢えず、責任取らせるヤツを捕まえて責任取らせた」

 

「後で聞こう。それでこれからどうする? 一応、政庁側には話を通してあるが」

 

「内部の会議室に向かう。リセル・フロスティーナが無いから、此処からは登山になるぞ。登山用の装備は?」

 

「勿論、帝都から取り寄せてある」

 

「よろしい。じゃあ、明日には出発だ。竜は?」

 

「緊急という事で帝都で訓練が終了したのを12匹借り受けた」

 

「なら、今のところ問題無いな。あの国から此処まで約4日。予定を少し超過したが、許容範囲だ」

 

 砦を兼ねている政庁に入るとすぐにこちらに気付いた役人達の一部が部下達には知らせない形で僅かに礼をして、何事も無かったかのように業務に戻っていく。

 

「優秀だな。さすが、御爺様の選んだ連中ってところか」

 

「こっちの話を聞いた時は滂沱の涙を流してたけどね」

 

「は?」

 

「君がグアグリスで都市の悪臭問題や尾鉱ダムの問題を解決。ついでに最大の懸案だった肺病を先日の一斉診療で解決。最新設備の更新で今や病院は毎日喘息で数万人が通院していたのが病院毎に数日に数十人しか肺病で来なくなったし、それも先だって行われた万能薬の初期生産品で解決。今じゃ、他の傷病者を見て回る時間が出来て、医者の人達からすら神様より神様みたいだと崇められてるよ。アレ」

 

 政庁の内部の指差された場所には広い玄関口の奥の一角に人集りが出来ていた。

 

 その中央には何か銅像が建てられており、ひっきりなしにやって来た人々が祈ってから政庁内部の業務カウンターには目もくれずに外に消えていく。

 

「何だアレ?」

 

「君の銅像。と、君の銅像に祈る人達」

 

「いや、新興宗教禁止だから、もう」

 

「宗教じゃなくて。信仰だって言ってたけど」

 

「そもそもオレより随分と年上に見えるんだが? あの銅像……というか、何であんな新規に立てました感まんまで壁際の一番広い場所占領してるんだよ。邪魔だろ。どう考えても……」

 

 ゾムニスが肩を竦める。

 

「はぁ、まだ解っていないらしい。我らが主に申し上げるとだな。彼らの言い分はこうだ。『聖女様の銅像を灰で汚すなんて畏れ多い事は出来ない!!』だそうだ」

 

「あ、はい……」

 

 どうやら、銅像を酸性雨から護ってくれるとの事。

 

「ちなみに都市内部に同じものが約6か所ある。聖堂も立った。既存宗教施設の再利用だそうだ」

 

「はぁぁ、此処の連中ってそんなに信仰心無かったろ? オレは詳しいんだ。統計見てるからな」

 

「今じゃ、主神ブラジマハターより崇められてるのに今更だな」

 

 ゾムニスが肩を竦める。

 

「……解った。見なかった事にする。さっさと仕事に掛ろう」

 

「それについてなんだが、竜は連れて来たが、更に研究所から装備が届いている」

 

「装備?」

 

 会議前に見せたいというので全員で政庁裏の倉庫のある一角へと向かう。

 

 すると、周囲を数人の帝国兵が厳重に警備していた。

 

「ご苦労だった。誰か今までに来訪者は?」

 

 ゾムニスの言葉に兵達がすぐに報告し、倉庫の扉が開かれる。

 

 内部は暗かったが、換気と掃除の時に使う木製の天窓が鎖を引っ張ると同時に開き、内部に光が差し込む。

 

「―――気球か」

 

「そういう名前らしいね。研究所からはリセル・フロスティーナの情報と現在開発中の船の叩き台として作ったと聞いてる」

 

「電気。僅かに熱も出てるな……これは……」

 

 気球の箱部分には四方にモーター駆動の扇風機染みたプロペラが付けられている。

 

 内部を見てみるが、大きな容積を食う電源は存在しないように見えた。

 

「……いや? 上の布地の方が熱い? ああ、そういう事か……」

 

 複数の超重元素による改造をよく見てみると構造が解って来る。

 

(気球の本体部分は目の詰まった麻布に樹脂と毛皮を張り込んでるのか。外の金属粉を塗布された部位から放熱を感じる……更に微弱だが電気も流れてる? それにこいつも僅かに空中で固定化されてるにしては軽い。浮いてるわけか……ふむふむ)

 

 電源無しのモーター駆動の原理は恐らく気球上部に塗布された金属粉の摩擦で起きる熱量を電気に変える仕掛けだ。

 

 浮遊する箱本体と袋部分は電気で超重元素の浮力を引き出して浮いているようだが、常に電源からの電気が奔っている為、数分で切り替えを手動で行うのだろう。

 

 通常の気球よりはかなり重そうだが、それを超重元素の浮遊機能と摩擦での電源確保で帳消しにする機動力もありそうに見える。

 

「この搭乗部の上のは……電熱線か? 空気との摩擦で熱量を発して、電気に変換。袋自体にも内部の空気を温めさせると。電気を内部で引火しないように誘因してヒーターを……」

 

 気球内側に奔る電気を箱の上部の電熱線に通してヒーターとして利用。

 

 燃料要らずで初動は電気さえあれば、すぐに出せる。

 

 高高度でもある程度は内部に備えられたヒーターで温度管理も可能。

 

 となれば、これは現代にあったものとはまったくの別物だろう。

 

 風任せなところはあるが、モーター駆動で行き先は最終的には補正も可能な上に燃料を食わないおかげで全体の重量も削減している。

 

「……ウチの研究者連中には今度特別手当でも出さなきゃな」

 

「使うかい?」

 

「ああ、有難く使わせて貰おう」

 

 ウィシャスに頷いておく。

 

「新しい鎧一式とこの気球の情報だ。後、武器を全損したみたいだから、これも」

 

 マニュアルを一冊貰う。

 

 横の木箱がバールで開けられて、次々に色々と出され始めた。

 

「鎧は東部での使い方と改造の仕方を聞いて組み上げた代物だそうだ。後は自分好みに改造してくれって事みたいだ。武器は薬莢無しで撃ち出す方式の射撃兵器って聞いてる」

 

「薬莢無し?」

 

「ああ、今回は威力よりも小回りと使い勝手が必要そうな案件らしいと聞いたらしくて。マシンボウって、君が言ってた機械銃弩の最軽量版だそうだ」

 

 撃鉄付きの片手で撃つタイプの代物だ。

 

 前にアディルの竜に使ったものを更に改良したらしい。

 

「撃鉄だけか?」

 

「いや、鏃を打ち込むのは弦を使わずに矢本体の尻に薄く今研究中の超重元素入りの液化爆薬を塗って樹脂で封をしてある感じらしいね。感度は下げてあって、撃鉄で叩く威力でようやく発火するとか。射出時に最新のライフリングで精度を上げる矢というよりは杭打ちする機械に近いみたいだね」

 

「使ってみようか。ちょっと外の連中を退避させてくれ」

 

 言っている合間にもいつもの片手に装着した鎧の一部。連射式の鋼の弩弓の上部にカートリッジをくっ付ける。

 

 高さ20cm程のソレを片腕の鎧と一体化した機構にスライドして装着し、手の甲の動きが上下出来ないようにロックされたのを確認してから10m程離れた倉庫横の岩壁に一発試射してみる。

 

 発射装置は鎧の袖口から出て来る掌に握り込む形のグリップだ。

 

 一射目のボタンを押した瞬間。

 

 ズガンッッと猛烈な激音と共に正面の岩壁から土埃が上がる。

 

 通常の銃弾とも違い。

 

 確かに手応えがあった。

 

 煙りが晴れた場所の壁は僅かに抉れた掛けた小さな衝撃による小さなクレーターらしきものの中心に金属製の矢が半ばまで突き刺さっている」

 

「通常弾よりも威力は高いのか……」

 

「コンクリート壁も3cmまでなら貫徹するらしい」

 

 マニュアルを読んだウィシャスが解説する。

 

「射程は?」

 

「撃つだけなら凡そ100m。ただし、精密射撃みたいな事は出来ない。狙撃用の射撃兵器は正式採用型を数丁送ってくれたみたいだ」

 

「そっちはお前らが使ってくれ」

 

「ああ、了解だ。ちなみに近接用の武装として超重元素製の試作品が幾つか出来たから送るって書かれてる。ああ、これかな?」

 

 ウィシャスが箱から取り出した得物を投げてくる。

 

 それを片腕でキャッチしてすぐに懐剣の類だと分かった。

 

 鞘から抜いてみると柄しか無い、ように見える。

 

 だが、重さは柄だけではない。

 

 親指と小指で弾くスイッチらしきものが二つあり、まずは親指で弾いた瞬間。

 

 パリッと通電した薄い刃が見えた。

 

 真横に振った瞬間、ゴッと目の前を炎が埋め尽くす。

 

『ひ、ひぃいいいいいい!?』

 

 何が起こったか分からないのだろう帝国兵達が慄いていた。

 

 一瞬の事で再び柄を確認すると溶けた刃はもう存在せず。

 

 小指にあるスイッチを弾くとバチンッと内部から勢いよく見得ない刃らしきものが飛び出して固定化された。

 

「ぁ~~こういう感じか」

 

「どういう感じなんだい?」

 

「透明度のめっちゃくちゃ高い硝子だ。そう言えば、超重元素入りの硝子の研究で見えない硝子ってのがあったな。とにかく光を素通しするような代物で鋼鉄以上に硬くて傷付かない限りは汚れないとか何とか」

 

「それが何で炎に?」

 

「アグニウムが恐らく剣身の中心に入れ込まれてる。どうやって製造したのか聞いてみたいな。熱を使ったら瞬時に爆発する代物だからな。ソイツに通電させる仕組みなんだろ。それで振った瞬間に電源が入った柄から通電先のアグニウムに引火」

 

「一瞬で炎の斬撃みたいなのになると」

 

「炎の温度は恐らく1200℃くらいか? ま、左程じゃないな。柄内部は断熱仕様みたいだし、柄の重さから言って7回くらいだ。限度的に」

 

「ああ、当たりだ。使用回数は7回って書いてあるね。近距離で面制圧や屋内戦闘の際にお使い下さいってさ。消耗品みたいだ」

 

「まぁ、何かの噴霧される毒とか病原菌とかを消毒するには使えそうな感じだな。温度も低いし、相手を狭い空間で酸欠にするのでも使えそうだ」

 

「そんな場面あるかい?」

 

「まぁ、南部皇国では屋内戦闘もあるだろうし、技術はスゴイから、技術は……」

 

「ちなみに普通の長剣でその硝子製の代物があるみたいだよ。ただし、切れ味の無い打撃武器……見えないこん棒?みたいな感じらしい」

 

「そっちの方がまだ使い勝手良いな。そっちを貰おう。お前にコレは託す。小道具としては使えるだろ。ただし」

 

「解ってるよ。そもそも今回は武器なんて逆に危なくて使えない。木箱行きかな」

 

 放ったソレをキャッチしたウィシャスが木箱をガサゴソする。

 

「これが最後だ」

 

 内部から出された代物がこっちに持って来られる。

 

「スノボー?」

 

「何だいソレ?」

 

「いや、何でもない。でも、これ……長い板、だろ?」

 

「まぁ、そうだね。板だね」

 

「微妙に熱も持ってるし、電気も発してるし……後部の機械部分は配電盤か?」

 

「妙に軽いね」

 

 渡されたボードを持ってみると確かに軽い。

 

 後ろに機械のボックスが付いたスノーボードにしか見えないが、ウィシャスが付属していたマニュアルを読み込んで何か納得した様子になる。

 

「浮くらしいよ」

 

「浮く……空飛ぶ板切れって事か……」

 

「ええと、加速すればするほどに熱量と電力を供給してくれて、各種の電源が必要な機材があれば、これに電線を繋いで使用可能だってさ。この板自体が盾の硬材を加工した代物らしい」

 

「ああ、そういう。だから、鎧の靴底を装着する為の部位があるわけか」

 

「ええと、限界高度は電源の電圧で操作するらしいよ。板の脚を載せる部分に踏み込み部分が付いてて、左脚でこれを押し込めば電圧が上がって、高度を出せるみたいだ。速度は右脚の踏み込み部分で、鎧の原理を用いてるみたいだね。矢印の付いた前方方向に直進。左右に板の進路を振って方向を操作するとか」

 

「少し使ってみよう。移動手段は幾らあっても困らないしな」

 

「初めてなのに出来るのかい?」

 

「結果は後で報告する」

 

 鎧の靴部分を履いて、両脚のボードに引っ掛ける部位に装着し、そっと左足を軽く踏み込んだ。

 

 すると、スルスルと浮いたボードが加速し始める。

 

「おぉ、本当に浮いたまま移動するな」

 

 それを見ていた帝国兵士達は口をアングリさせていた。

 

「なるほど、基本はスノボーと変わらないのか。その内にスキータイプでも開発させるか」

 

 高度を上げつつ加速するとバランスのとり方が一気に楽になった。

 

 スケボーとスノボーは子供の頃に親類縁者と一緒に遊びに行った時にマスターしているのでプロ級の腕前の技でもなければ、普通に出来る。

 

 今の自分の能力で何処まで空飛ぶスケボーが乗りこなせるものか。

 

 一応、確認する為に政庁のある場所から急加速で低高度高速飛行してみる。

 

 風が気持ち良いのはいいが、加速が早過ぎると一瞬で体温を奪われるのは竜と変わらないようだ。

 

 ついでに加速して安定すると逆に小回りが利き難くなる為、市街地で使う場合は低速でのバランス取りに熟練が必要とされるだろう。

 

「きゃぁああああああああああああ!!?」

 

 その声に下を見ると人々がざわめきとどよめきに支配されて、空のこちらを思わず指差していた。

 

「考えて無かった……後で広報させとこう」

 

 取り敢えず、少し楽しくなって来たので習熟と同時に昔に覚えた一連のスケボーやスノボーの基本や技を思い出しつつ、脳裏でマニュアルを作っておく。

 

「………そう言えば、これどうやって止めれば、ええとコイツにも盾みたいに電気を衝撃にする能力があるっぽいが、それを使わずに瞬時に止まるのは……こうか?」

 

 一応、安全策を取って都市中央の噴水広場らしい場所に低速で突入して、緊急停止用のマニューバを脳裏で組み立ててみる。

 

「常人に出来そうな止まり方は……」

 

 少し考えてか地面に対して垂直にボードを跳ね上げて、加速を0にした後、浮遊状態をゆっくりと切った。

 

 数秒で上昇が止まったボードが緩やかに落ちるのを待って脚を外して先に着地し、ボードを上からキャッチして抱える。

 

「難易度高いだろ。コレ……衝撃の出し過ぎで周囲を吹き飛ばして止まるとかなら出来そうだが、普段使いの事を考えるとなぁ……もう少しましな緊急着地用の装置でも作って貰うか」

 

 軍用品ならば、今のボードはかなり完成した代物と言えるが、緊急停止する度に周囲に衝撃を撒き散らしていては隠密行動にも使えないので改良は必須だろう。

 

 束の間。

 

 周囲でポカンとしていた人々の口に呟きが零される。

 

『聖女様だ……』

 

 マズイと思ったのも束の間。

 

 一瞬で人々が詰め寄って来るより先に再びボードに乗って政庁に向けて高度を付けて加速する。

 

『せ、聖女様だぁああああああああああ!!?』

 

『そ、空を飛んでいなさったわ!? 聖女様がお空にぃいいいいいいッ!!?』

 

『ああ、見えるわ!! 聖女様の翼が見える!!?』

 

 いや、幻覚だから。

 

 とのツッコミは結局出来なかった。

 

 その日、サクッと非公式に現場から立ち去ろうとしたのだが、それは不可能になり、政庁に詰め掛ける一般人で大混乱しそうなのを何とか政庁側からの声明によって鎮静化した後。

 

 溜息を吐きつつ、この危険だが、微妙に使えそうなボードを量産を考える事にしたのだった。

 

 *

 

―――聖女、聖なる板で空を飛ぶ。

 

 なんて報が数時間もせずに広まった鉱都はお祭り騒ぎになっていた。

 

 一応、非公式訪問であり、別の国に向かわねばならない外遊中という話を政庁から出させたのでさすがに政庁に群衆が押し寄せてくる事は無かったが、いきなり屋台が夜半まで営業を決行し、聖女様ご来訪心より感謝いたします記念とか言いながら、キャンドルで人々が広場に集合。

 

 祭りの催しとして急遽狩り出された吟遊詩人達が今まで雑に盛っていた聖女伝説をおめでたい席でぶっ放すわけにも行かず。

 

 厳か系な話を神妙な語り口で話し始めた辺りでお忍びで街の様子を見に来たこちらは引き上げる事になっていた。

 

「何だよ。聖女の歩いた場所からは黄金の泉が沸き上がるって。明らかにお漏らししましたとか。性的過ぎるネタを書いたヤツ、後で見つけ出して絶対文句付けてやる……」

 

「いや、そういう意味じゃ……いや、そういう意味なのか?」

 

「考えるな!! それと尾ひれが付き過ぎて、どうなってんだ。いきなり大海洋で幻のバルバロスと激闘を繰り広げて、海の平和とか護ってないぞ。オレは」

 

「例の巨大イカと戦った時のだと思う」

 

「それにいきなり話の中で翼が生やされたんだが!!」

 

「さっきの行動のせいだよ……」

 

「後、聖女が吐いた吐息がその土地を千年の加護で護るとか。もう、何でもありだろ。アレだと……」

 

「他にも手を握った者は長寿になるとか。見られた者は心が清められるとか。声を聴いた者は耳と頭が良くなるとか。触れたものは聖遺物として大いなる祝福と絶大な奇跡の力を宿すとか」

 

「あ~~あ~~聞こえない~~~」

 

「全部、自分の行い故だろうに」

 

「暴動になるかもしれないと見に来るんじゃなかった……」

 

「未来が見えると嘯く割には外すんだね」

 

「こんな事に一々、頭を使ってられないだろ。今も今後の予定の予測に掛かり切りだ。横で片手間に予測してた案件の精度なんてこんなもんだ」

 

「………」

 

 坂道を歩いて騒がしい場所から遠ざかる道すがら。

 

 ウィシャスが何とも言えない表情でこちらを見ていた。

 

「南部に向かう予定は遅れてるかい?」

 

「お前が闇落ちした方が予定が狂いまくりだから、問題無い」

 

「闇落ち?」

 

「お前が人間の心を失くした時、世界の破滅に一歩近づくって事だ」

 

「……人が悪いな。もし、そうなると考えたなら君はまず僕から力や記憶を取り上げるべきなんじゃないのかい?」

 

「そうだな。それが最善の方法だ。だが、それじゃ、この先の未来が行き詰まる。見なくても解るさ。何処かでお前を使う場面でオレが死ぬ。あるいは単純に計画が頓挫するだろう」

 

「……僕がそんなに重要な位置を占めてたとは知らなかったよ」

 

「お前は帝国最優の兵。その中でも単独個人としては最上位層の1位だ」

 

「………」

 

 無言のまま青年は横にいた。

 

「オレが予測し得る限りの敵が出てくれば、必ずオレが力を与えたお前が必要になる。オレは全能でもなけりゃ、奇跡も起こせやしない。だから、お前にその時の為にこうして力を与えてる。だが、それはな」

 

 立ち止まって真っすぐに見上げれば、真っすぐに見返す瞳。

 

「人間を止めてないお前じゃなきゃダメなんだ」

 

「人間を止めてた方が強そうだと思うけど」

 

「人の心を救うのに人の心が解らないやつは要らないって事だ」

 

「人の心を?」

 

「オレがどうしてこんな面倒な事してると思う。確かに人を物理的に救ったりはしてるだろう。だが、そんなのは一部でしかない。より大勢の誰かを安定した環境で生かしたいと思うなら、それは今この大陸で絶望してる誰にも立ち上がってもらう必要がある……それはその誰かの心を救うって事なんだよ」

 

「心を……」

 

「人の心を失くしたお前が誰かを物理的に護れても、世界は救えても心が救えない。お前のようになろうとする人間も出て来ない。世界を滅ぼせる力を持つヤツがもしも人々に許されるとするなら、それは人の心が解る英雄じゃなきゃダメなんだ。馬鹿馬鹿しいと思うだろ? でも、どんなに予測しようが、最終的に誰の心も動かせない英雄には世界なんて重過ぎるってのが解るだけだった」

 

「見て来たように言うんだね」

 

「これでも百年歴史を見て来たからな」

 

「え?」

 

「気にするな。お前はそのままでいろ。お前が己を見失わない限り、どんな道に繋がるとしても、未来には続いてる」

 

「……解ったよ。いつか、君が見る未来とやらに君を連れて行く。約束する」

 

「そんなの望んじゃいない。お前はお前の事だけ考えて歩け。足元を掬われたら、これからどんな時でも墜ちるのは一瞬なんだからな」

 

 夜の道の終わり。

 

 明け方の旅立ちに向けて急ピッチで装備と積み込む荷物の最終点検が行われる一角へと向かう。

 

 街から見えない政庁の裏手。

 

 水車で発電している電灯が灯る場所では竜と気球が並んでいた。

 

 夜の山岳の冷たい風が吹き下ろす。

 

 それでも風に吹かれ、摩擦で熱を持つ気球が新しい地平へと連れて行ってくれる。

 

 長い長いお使いの終わりは近付いている。

 

 死んでから、またあの場所に辿り着くまで、どれだけの事があっただろう。

 

 遠く空の月は煌々と見えて、それでもやはりあの帝都で見た指が掛る様子が被って見える気がした。


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