ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第97話「潜入Ⅱ」

 

「国境警備隊の服は外風なんだな」

 

「当たり前でしょ。我々の事を外に知られるわけには行かないもの。多くの国とも万能薬や一部の自生しない動植物の取引だけしかしてないくらいなんだから」

 

「徹底的だな……」

 

「嘗て、数百年以上前には我が国と周辺国で大きな争いがあったって聞いているわ。当時の王家は外見や種族の差による差別や偏見から身を護る為、多くの国に万能薬と共に様々な記憶を変化させる薬を撒いたとも」

 

「記憶の変化が行える薬か。本当なら脅威だろうが、数百年前のことを全うに掘り返す連中がいなければ、風化してくわけか」

 

 不愉快そうに眉が寄せられた。

 

「脅威なのはお互い様よ。我が国には奴隷がいない。それは奴隷を作らず。持ち込ませないから。外の連中の愚かさとその愚かさで築いた繁栄は聞いているだけで反吐が出る。勿論、帝国もね……」

 

「お褒めに預かり光栄だ」

 

 サラッと返されて悔しそうな顔をされた。

 

「世界最大の奴隷市場。奴隷を大量に買い込んで強制労働させ、多額の利益を得て、その上に帝国民は暮らしているって聞いてるわ。商人連中が口を揃えて言う嘘があるとでも?」

 

「ふむ。一部訂正すれば、間違いじゃないな」

 

「訂正するところがあるとは思えないけど?」

 

 相手はジト目だ。

 

 ついでにこの帝国人はやっぱり野蛮と言いたげでもある。

 

「……鎖国政策か。益々アレだな」

 

「アレ?」

 

「この国の仕組みを考えたヤツの事が知りたいって話だ」

 

「?」

 

「取り敢えず、最初に拠点と目標となる相手が何処にいるかの確認が出来ないと話にならない。そういうのに詳しそうな連中は知ってるか?」

 

「我々だって手をこまねいていたわけじゃないわ。密かにメレイス様の居場所は探っていたし、各地に放った密偵の情報は王党派に届けられてる。彼らに接触すれば、すぐに居場所は解るはずよ」

 

「じゃあ、宿屋……みたいなのはあるか?」

 

「馬鹿にするな!! 無いわけないでしょ!! こっち」

 

 膨れっ面でジークが目を怒らせ、都市の端から自分のフード付き外套を被せたこちらを伴って路地裏に入っていく。

 

 だが、路地には何やら不穏な気配が漂っており、人っ子一人いない。

 

「え、どうして……ここはいつもなら、もう少し人通りがあるのにッ。まさか、傭兵連中か?!」

 

 言ってる傍から人の悲鳴が路地に響く。

 

 ジークが慌ててそちらに向かうので後を付いて行くと。

 

 そこでは人間にしか見えない連中が犬耳の和装っぽい衣装の少女の腕を掴んでニタニタしていた。

 

 ミニスカ和装だ。

 

 ついでに色もカラフルだ。

 

 白、青、赤でスカートっぽい。

 

 犬は犬でも顔は人寄り。

 

 ついでに胸も大きい。

 

 涙目な少女は怯える子犬そのものに見える。

 

「お前達!! 何をしている!?」

 

「ぁあん? 何だコイツ?」

 

 数人の男達が振り返る。

 

「その子を放せ!! 下郎め!!」

 

「あ? オレ達相手に喧嘩を売るヤツがまだこの街にいたとはなぁ」

 

「テメェら、あんま血で顔を汚すなよぉ。ヤル時に萎えちまうからな?」

 

「へぇ!! さ、馬鹿な猫畜生ちゃん。お前もこっちに来るんだよ!!」

 

 馬鹿なのはどっちなものか。

 

 だが、今にも男達を鏖にしそうな形相のジークの肩をポンポン叩く。

 

「止めるな」

 

「止めてない。だが、物事はもっと合理的に進めた方がいいぞ」

 

 指を弾くと同時に男達の両手両足の指が真逆に折れて、喉が潰れる。

 

『ピエhrgィアエjンgレアイオジャlgジャイr?!!!?』

 

 声にならない声が周囲に僅かだけ響き。

 

 ガタガタと倒れ込んだ男達が周囲の壁に当たって音を立てた。

 

「な―――」

 

「そのお嬢さんを連れてさっさと宿屋でも探せ。オレが後は上手くやっておく。それくらいはお前にも力を見せたつもりだが?」

 

「……解った。宿が決まったら戻ってくるからね」

 

「ああ、10分くらいで終わる。また後でな」

 

 ジークが涙目で未だに状況がよく分かっていない犬耳少女を連れて、路地裏に消えていく。

 

 遺された男達が立ち上がれない様子でこちらを睨み暴れていたが、すぐにそれも手足の腱が切れて不可能になった。

 

 クラゲさんの侵食能力は基本的には半径20m圏内を30秒もあれば完全に掌握下における代物だ。

 

 水分補給も泉でして来た上に水を水筒に持って来たので干乾びる心配もない。

 

 そもそも、一度侵食が完了すれば、後はその当事者の水分と養分で好きなだけ細胞増殖出来るので基本は細くても問題無いのだ。

 

 キロリと相手を見てみる。

 

 痛みに悶え苦しみながらもこちらを見た男達の表情が畏れに染まった。

 

「さぁ、お前らの話を聞かせろ」

 

 副棟梁仕込みの能力は瞳を光らせて相手の視覚から脳に干渉する。

 

 なので、ザックリと男達は痛みも忘れた様子で薄暗い路地に少し治された喉で自分達の知る事を話し始めたのだった。

 

 *

 

「う、ふぐぅぅうぅぅぅ……」

 

「う、うぅぉぉぉぉぉぉぉ……」

 

「ひ、ひぎ、ぎぃぃぃぃぃい……」

 

 小さな声で涙を零しながら目を見開いて、明らかに正気には見えない様子で頭を抱えてすっかり治った手足にも関わらずガタガタと歯と肩を鳴らす傭兵達。

 

 それを見て、明らかにドン引きなジークだった。

 

 一緒にその場を後にして歩き出すと。

 

 すぐに白い目でこちらを見てくる。

 

「連中に何をしたの?」

 

「ああ、静かに自分の良心に圧し潰されてる最中だ」

 

「良心?」

 

「誰にでもあるだろ? 良心」

 

「それはあるだろうけど、あんな奴らにあるわけが……ッ」

 

 何かに気付いた様子でこちらをとんでもないヤツとでも言いたげに見やるジークである。

 

「ま、まさか、グアグリスで心を弄ったの?!」

 

「勿論、無論、その通りだが?」

 

「そ、それは禁忌よ?!! 王家の能力を用いる者すらにすらも固く禁じられてる!?」

 

「生憎とオレはこの国の人間じゃない」

 

「くッ……」

 

「ちなみに連中には今まで殺して犯して盗んで嬲り殺しにした人間を思い出しながら、自分が良心的な人間として、そいつを大切に思ってるって設定で後悔して貰ってる」

 

「記憶まで……」

 

「悪人が苦しむだけだ。問題あるか?」

 

「………はぁぁぁ」

 

 大きく溜息が吐かれた。

 

「死ぬよりきつそうね……」

 

「いいや? 死は救いだとも。だからこそ、あいつらは生きて償うだろう。廃人にすら為れないようにしてある」

 

「な―――」

 

「あの苦しみから逃れるには善行を積んで誰かに感謝されるしかないように弄っておいた。勿論、死ぬまで元に戻らないが、自殺出来ないから人生真っ当に善人するしかない。人道的だろ?」

 

「人道的という言葉をこれ程に恐ろしいと思った事はないわ……」

 

 言っている間にも路地から少し離れた小道にある宿屋に付いた。

 

 旅籠風なのはしょうがないだろう。

 

 何処かのSF大好き誰かさんのせいだ。

 

「ぁ、いらっしゃいませ!!」

 

 犬耳和風ミニスカ装束の少女がパタパタと尻尾を振ってやって来た。

 

 先程の様子とは打って変わって目がキラキラしている。

 

 その瞳は凡そジークに向いているらしい。

 

「此処の子だったらしいから、此処にしたわ。どうやら王都は傭兵共に荒されていて、誰も外に出なくなったとか。そのせいで今は強盗紛いに押し入っている者もいるって……」

 

 言ってる傍から犬耳少女が一番良い部屋を用意したんですとニコニコしながら案内してくれた部屋に靴を脱いで向かう。

 

 この習慣は帝国でも殆ど存在しない為、やはり怪しさは満点だ。

 

 部屋に案内すると軍人なんてカッコイイな~~スゴイな~~という誉め言葉にジークが愛想笑いしていた。

 

 多少顔が引きつっていたが王都帰りの軍人と言う話を聞いた店主が物凄く頭を下げてくれたので通報は無いだろう。

 

 二重の障子戸が閉められて、襖がパタンされると外の見える窓からは殺風景なくらいに人のいない街中が見えた。

 

「……それで情報は入ったの?」

 

「あいつらは外から来た継承戦争崩れの傭兵。同じ奴らがザッと4000人くらいはいるらしいと聞いた。そいつらに大臣派は殺し以外は好きにしろと免罪符を渡して好き勝手させてるようだ」

 

「クソッ、ヴェブルめ!? 一体、どれだけ我が国を危機に晒せば気が済むのよ!?」

 

「ちなみに連中の移動ルートや略奪ルート。他にも街に繰り出してお愉しみをする為の各種の情報と現在の城内部の様子も全部教えてくれた」

 

「まさか、姫の情報もあったり……さすがに無いか」

 

「有った」

 

「有ったの!?」

 

「連中は手癖が悪い。そして、王城でも一部の手を出すなと言われてた一部区画に忍び込んだ連中もいたらしい。まぁ、途中で気付かれて殺されたらしいが」

 

「それで?!」

 

「何でも山肌にある王城の先にある湖付近の祭祀場? みたいなところが離宮になってて、そこで数人の女官が滞在してるらしい」

 

「つまり、そこにメレイス様が?」

 

「だが、数日中に更に近い場所に行くらしい。新しく建てた祭壇付近の居室とかに移動するだとか何とか。ちなみに大臣派の正規兵は全部王都外の王党派に対する為に出てるようだな」

 

「忍び込むのは数日中か……」

 

 真顔で言われたので溜息を吐く。

 

「な、何よ?」

 

「そんなわけないし、そんな時間も無い。主にオレはそんな時間を割いてる暇が無い。なので、今回に限っては正面から強行突破させてもらう。ついでに街の傭兵共も黙らせる。3日後の朝に決行だ。お前は王党派連中を組織して、適当に三日目の朝に蜂起出来るようにしとけ」

 

「何を言っているの!? 3日でどうなるわけが―――」

 

「オレは主に時間が無い中で狙撃で被害を被ったのを賠償させに来ただけだ。お前らの予定に付き合ってやる予定はない。別に構わないはずだ。オレが失敗したなら、後はただ黙って自分のやりたい事をやればいいだけだ」

 

「失敗するとすら思っていなさそうだけど?」

 

「ああ、勿論。オレの予定を粉々にしてくれたヤツにはただ後悔して、自分の人生が無意味だった事を噛み締めて貰う。ウチの人材の人生が掛かってるんでな」

 

「人材?」

 

「目的地には早く付かなきゃならなかった。だが、その予定が狂った。数日で世界が滅びるかどうかの瀬戸際だ」

 

「な、何を言っているの!?」

 

 驚いた様子のジークが理解不能だと言いたげにこちらを見やる。

 

「単純な事だ。世界を滅ぼせるヤツに世界を滅ぼす理由を与えようと言う馬鹿を滅ぼさずして、ウチの人材に業務はやらせられないんだよ」

 

「意味が分からない。世界を滅ぼすって、どういう事!?」

 

「分からなくていい。オレはこれから街に出る。明日の朝には帰ってくるから、適当に自分の仕事でもしててくれ」

 

 仕事は山積みである。

 

 これ以上、ウィシャスを放っておけない以上、やるべき事は決まっていた。

 

「ここは全力でやろうか」

 

 生憎と穏便に澄ましてどうこうという時期はとっくに終わっている。

 

 くだらない内紛で面倒事を増やした人間にはただ地獄を見て味わってゆっくりしていって貰おう。

 

『がははは、昨日の女も良かったが、今度はどの女にすっかなぁ♪』

 

『ホントホント、案外普通のよりもいいかもなぁ♪』

 

『酒も食い物もたんまりとあるしな。此処に住んじゃってもいいかもオレぇ』

 

 生憎と馬鹿でクズな傭兵相手で心は痛まない。

 

 残念ながら、人間としてクズな連中には人を殺しても聖人みたいな事をやりたがる連中より価値が無い。

 

 ついでに此処は祖国でも無いのでお行儀を気にする必要もない。

 

「あん? 誰だ? オイ、お前ぇ、お? カワイイ顔してんなぁ♪」

 

「げひひひ。好きですねぇ。兄貴も」

 

「さ、こっちにおいで~~お兄さん達が気持ちいー事してあげるよぉ」

 

「………まぁ、いい。こいつらから始めるか。恨むなら、自分の今までの行いを恨むんだな。傭兵」

 

「へ?」

 

 スポーンと相手全員の首が飛ぶ。

 

 大丈夫、死んだりはしない。

 

 相手から血は一滴も出ていない。

 

「お前達にはやって貰いたい事がある。まだ、生きていたいだろ?」

 

「「「ぁ……」」」

 

 男達は自分達の体と共にいるこちらを呆然として見上げているだけだった。

 

―――明け方。

 

 相変わらず人気の無い通りから朝方に旅籠に戻ってくると。

 

 部屋からガタガタッとジークが降りて来ていた。

 

「どういう事!? 何をしたの貴方!?」

 

「?」

 

「そんな顔をしても騙されないわ!? 死んだような顔の傭兵連中が震えながら最新の城内の情報を持って来て、帰っていったの!!?」

 

「ああ、その事か。これからその類が後数十回ある。ちなみに明後日までに四千人は戦力が確保出来る。王城も無血開城だ。大臣派の連中が傭兵連中を途中から粛清しなけりゃな」

 

「四千。まさか!?」

 

「今日の夜に2000人程街に一斉に繰り出してくる連中がいるだろうが、王党派連中に声を掛けて、外を見ないようにして貰え。精神衛生は大事だぞ?」

 

「………ッ」

 

「オレは疲れたから寝る。昼になったら起こすよう宿屋の子に言っといてくれ。それと主食とおかずを昼飯時に30人前程頼む。水でいいから飲料水を更に百人分くらい。ああ、それに特大の麻袋を9つくらい用意してくれると嬉しい」

 

「―――何をする気?」

 

「余裕が無いから、余裕が無いなりの対応をさせて貰った。傭兵連中はこれから人間を止めた善人として死ぬまで真っ当をしなきゃならなくなった」

 

「真っ当?」

 

「そう、この世で一番悪人連中には耐え難いつまらなさに満ちた真っ当な生活ってヤツだ」

 

「ッ……」

 

「被害者に死ねと言われれば死ぬし、被害者に消えろと言われれば消える。ついでにどれだけ傷付けられようが反撃出来ず、どれだけ恐ろしかろうが、他人の為に命も張ってくれる」

 

「………………」

 

 ジークが物凄い顔でこちらを呆けたように見ていた。

 

「おやすみ。オレは寝る」

 

 部屋に戻り、イソイソと日本式な布団を床板の上に敷いて硬い枕に頭を付ける。

 

 これから更に周辺状況の予測をしなければならない。

 

 やる事は寝ていてすら多忙であった。

 

 *

 

 昼時に大量の食事と水分を補給しつつ、尻尾のように出したクラゲの脚に養分を蓄えつつ尻尾隠してます風な袋に入れてあらゆる食事を腹に詰め込んだ。

 

 食べるのに4時間程掛ったが左程の事もない。

 

 食料そのものは美味しかったし、ちょっと涙が出そうな調味料が使われていたが、それも全て後回しでいいだろう。

 

 夕暮れ時には巨大な尻尾を一纏めにして麻袋を解体しつつ張り付け、ポムポム弾ませながら外に出た。

 

 驚きを通り越して目が点になってた犬耳少女を横目に外に出れば、確かに人っ子一人居ない状況。

 

 大通りに出て王城から人がやってくる前に尻尾を地面から這わせて、国内の汚水処理用の下水道に尻尾達を捻じ込んで肥大化を開始。

 

 ついでに下水処理用の通路内部から組み上げた汚水から遺伝子を掻き集めて解析も開始した。

 

 お茶屋さんらしき場所の椅子に座って数分で最初の獲物が掛かり、それから次々に街に溢れ出した傭兵達が一斉に悪事を働こうとウキウキしているのを背後から侵食しつつ、全員を制御下に置くまでは都市内部を泳がせ。

 

 相手が犯罪に及ぼうとした時点で意識を奪いつつ、いつもの犯罪者更生プログラムをコマンド入力。

 

 まぁ、いつもの事だ。

 

 クラゲさんは全能ではないが、肉体と物質に関する事柄なら万能の域なので問題無く傭兵を狩り入れる事が出来た。

 

「ずず……人が居ない茶屋か。夜逃げ同然みたいだが、長持ちするお茶っ葉だけ残してる辺り、帰ってくる気なんだろうな」

 

 お茶屋の厨房を借りて、触手を使ってお湯を沸かす。

 

 細胞同士を擦り合わせれば、超重元素を含む細胞は数百度程度までなら茹で上がらずに機能するので水とお茶と薬缶さえあれば軽いものである。

 

「………何してるの?」

 

 そこにやって来たのはジークだった。

 

 誰もいない茶屋の前でお茶を嗜むこちらをジト目で見ている。

 

「頭を働かせ過ぎると疲れるんでな。悪いが無人の茶屋の茶葉を拝借した。ああ、ちゃんと料金分は帝国当てに付けといてくれ。外交官連中が近隣国から送金してくれるはずだ」

 

「………本当に貴方は高貴な家の出みたいね……これは? 人の気配はするのに人が城に戻っていく? まさか……もう?」

 

「お前は王党派の方に行ってて準備時間にいなかったな。そう言えば」

 

「?」

 

「今、連中を最初に出会った時のお前と同じ状態にして王城に帰してる。色々と細工済みで」

 

「つまり、最初の我々と同じような状態にしたの? 恐ろしいヤツ……」

 

「ちなみに連中がグアグリスや万能薬を使って治そうとしても無駄な事だ。その程度は対策済み。明後日までに解けるような細工はしてない」

 

「何て言ったらいいのか困り過ぎるわ……」

 

 もはや疲れた様子のジークである。

 

「今最後の連中に細工を終えた。また、明日だ。帰るぞ」

 

 大人しく横に付いて来る少女は物凄く複雑そうだ。

 

「……帝国には貴方のような者が何人もいるの?」

 

「オレに及ばないが、戦闘特化の連中が六千人はいるな」

 

「六千……バイツネードですら10人で中隊規模と戦えるのに六千……」

 

 額に汗を浮かべて、もう魂が抜けたような顔でジークが呟く。

 

「それより落ちるのは今四万くらい練兵してる」

 

「う、もう聞かなくていいわ。我が国が帝国に戦争を仕掛けるのは到底不可能な事が解ったから……ヴェブルめ。本当に何て相手を……」

 

 肩を落とす少女である。

 

「……一つ聞いてもいい?」

 

「もう聞かなくていいんじゃなかったのか?」

 

「それとこれとは話が別でしょ。貴方は謝罪と賠償と言ってたけど、具体的には? 我が国から賠償金を取れると思っているの?」

 

「無論だ。賠償しないなら、勝手に賠償金を払ってもらう事も可能だ。主に未来の儲けからな」

 

「まったく、意味が分からないわ」

 

「今、帝国で帝国製の万能薬の開発が進んでる」

 

「―――なん、ですって?!」

 

 そこで愕然としたジークが目を見開く。

 

「帝国はそれも量産体制も構築しようと思えば、即座に可能だ。今、もしも帝国が大陸中に万能薬をばら撒けばどうなると思う?」

 

「そ、それは……我が国を滅ぼす気?!」

 

「お前の想像通りの事になる。万能薬の価格下落と共にドゥリンガムの貿易は一気に赤字へ転落するだろうな。ちなみに万能薬の値段は現在相場の1650分の1まで下げさせて貰う」

 

「な、な、何て事を?! 正気なの!?」

 

「正気だとも。帝国の万能薬の開発はもう最終段階だ。凡そ3か月後には量産体制を整えて、流通量は500倍以上になるだろう」

 

「―――」

 

 もはや開いた口が塞がらない様子のジークである。

 

「もしも、ドゥリンガムが帝国に敵対した場合はこれが事前の価格調整協議無しに一気に始まる。だが、ドゥリンガムがまともな理性を保つ国家として帝国と真っ当な交渉をして、謝罪と賠償をするなら、輸出時期と輸出価格には大いに交渉の余地がある。解るか?」

 

「帝国畏るべし……外交的に脅す手段まで揃えているなんて……いや、それが原因で? 大臣が貴方を襲ったのは……」

 

「これは帝国の最重要機密の一つだ。どっかの森に引き籠ってる国家の重鎮程度が知ってるわけないだろ。結局は単純に反帝国連合として参加しているか。参加するのに帝国の重要人物を殺そうとしただけだろ」

 

「ぁぁ、あの豚の餌のせいで我が国は……ぅぅ……」

 

 頭を抱えたジークである。

 

「気にするな。そいつが本当の豚の餌になるのに左程の時間は掛からない」

 

「……この気持ちはあの豚の餌に八つ当たりする事にしようそうしよう。メレイス様……不甲斐ない私をお許し下さい」

 

 もはや祈るポーズなジークである。

 

 こうして今日もまた帰ったら大量のお食事をして、大陸標準の金貨を数十枚払い。

 

 明日に向けてお休みとなる。

 

 ただ、食事をし始めた辺りでやっぱりジークは何か呆然と食事と尻尾に擬態したクラゲさんの巨大触手に気を遠くしている様子になるのだった。


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