ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
ヴァーリに行くまでにどれだけ寄り道しなきゃならないものか。
取り敢えず、船の内部に入っていた回収しなければならない代物の多くはウィシャスとドラクーンが数名いれば、何とかなるだろう。
問題は対空迎撃用の戦略兵器っぽいのがドゥリンガムに存在するという事だ。
しかも、射程がやたらと長い。
恐らくだが、最高で500kmくらいは届く長距離投射兵器である。
ついでに今も脳裏での予測が次々に書き換わっている。
理由は恐らくドゥリンガム側に同じような予測能力を持つ者がいるせいだ。
そのせいで頭が重い。
夜通しノミ走法でピョインピョインしながら肉体の疲れを最小限に高速で目的地に近付いているのだが、しばらくは頭を使う弾道計算だのを予測能力でやるのは不可能だろう。
「ふぅ。見えて来たな」
大陸中央部の荒野の端を横断してドゥリンガムの森が繁茂する南部地域に入った頃に朝が開けた。
荒野と森の堺は明白だ。
荒野がゆっくりと黒土に地面に変化し、林が発生し、それが鬱蒼としていく。
大陸中央地域の色褪せた荒野とは比べ物にならない鮮やかな色彩。
何か色合いでも弄っているかのようなアニメ染みた緑がある。
まだ春先なのだが、周囲の森の先にある連峰と呼べるだろう山岳の多くには積雪も残っておらず。
地域一帯はもう初夏のような陽気に満ちていた。
「……はぁぁ、ついでに完全武装の連中が200人くらいか?」
何やら視線の先にはうまく森にカモフラージュしたフード付きの外套を着込んだ完全武装の仮面を付けた者達が森の緑や樹木の外皮に化けている。
自衛隊も真っ青な環境溶け込み系アンブッシュだ。
電磁波の状態から察するに急いで展開したようだが、疲れは見えない。
ただ、緊張というものが奔っているのは間違いなく。
遠方からの電磁波を受けると何か驚いた様子でこちらを更に警戒したようだ。
恐らくはドゥリンガムの中枢にいるこちらと同じ能力を持つ予測系能力者さんからの電報でも受信しているのだろう。
それが機械か。
もしくはそういう機能を持つ何かしらの道具か。
あるいは肉体に備わる能力なのかは知らないが、この時代に帝国でもまだ完成まで少し掛る長距離情報伝達手段があるというのは羨ましい話だ。
現在、国境線と帝都、主要都市各地に電波塔を立てさせているのだが、それが完成するのは奴隷受け入れのせいで遅れに遅れている。
また、短距離送電線の敷設や水力発電施設の建設も遅れている。
殆どのマンパワーを現状の維持と養える人間の規模拡大に当てている為、最初期の問題が解決するまでは労働力、特に単純労働である土建業者ですらも足並みが揃わないと大規模な建築は出来ないのだ。
工期を少人数で短縮させるとロクな事にならないのは現実ではよくある話。
なので、マンパワーを集約して一気に建造を推し進められるようになるまでは大半の土建業者達には特に民間の集合住宅と軍事要塞関連、工場群の建設に注力して貰っており、彼らの多くは国の支援で多くの仕事を日夜回している。
「……インフラも殆ど通ってない森の中に数百人規模の部隊を即時展開。帝国軍でも手間取りそうだな」
事実である。
帝国は東部で森林地帯での戦闘能力を高めたが、恐らくドラクーンでも地域一帯を簡単に焦土にする以外ではこの森の要害は簡単に突破出来ないだろう。
(森を焼くには季節や天気も重要だし、その合間に超々距離戦略狙撃だのされても困るし、動植物は稀少そうだしな。まともに攻略するしかないか)
勿論、この場合は一人でだ。
こんなところでドラクーンに死人が出たら、それだけで国家予算が削れる程度の損失や被害では済まない。
(相手の犠牲者出さないように制圧しろとか。そんな命令やらせるわけにも行かないしなぁ……)
森の一部に入り、水源となる小川を確保。
そこに小さなグアグリスの再現体にコマンドを与えて放流。
しばらく、休む事にした。
基本的に広葉樹の森が広がっている地域である。
まだ春先で植物は完全に繁茂していない為、見晴らしは良い。
何も無さそうに見えて、あちこちに果実の成る木もちらほらしている。
一部の樹木は武器などにも使われる硬い代物のようだし、木材としても使えそうに思える豊富な種類が植えてあった。
帝国の辞典にも載っていない類の樹木も良い商材になりそうだし、植林したら使えそうにも思える。
「後で樹木毎に種でも拾って持ち帰るか……」
研究所で育成してみるのもいいだろう。
ドングリみたいな実を幾つか拾っておく。
一応、超重元素99%のナイフと火付け用のマグネシウム金属棒を一本。
更にドラクーン用に作ったホットサンドメーカーを背後のカバンに詰めて来たので水さえ確保出来れば、どうにでもなる。
食べられそうな果実があれば、それだけでもいいし、狩猟で適当な動物を飼ってもいいだろう。
数分も待っていると森のあちこちで騒がしい程にガサガサと逃げる者達の足音が鳴り始めた。
そうして更に数分も待っているとあちこちから追い詰められた数百人の部隊が姿を露わにした。
背後とこちらを見て、自分達が追い詰められているのだと気付いただろう。
彼らの背後には分かり安いグアグリスの触手が地面から緩々と襲い掛かって来ているが、彼らを一纏めにしてからはその数十m背後でピタリと制止している。
先程放流したグアグリスさん達である。
森の腐葉土や樹木、水から蛋白質と水分を摂取して育ったソレらはきっと森の民からすれば、畏れるべき存在だろう。
ただ姿を見て追って来られるだけでも逃げなければ危ないと思うのは当然だ。
小川で釣った魚の内臓を取って、ナイフで下処理を終えた切り身をホットサンドメーカーに入れて焚火に突っ込む。
塩と香辛料をブレンドして詰めた筒も一応持って来たのでしばらくは自活して問題無いだろう。
熾火にする時間も無いので脳裏で計算しながら焼けるのを待っていると痺れを切らした部隊側が武器を装備して襲い掛かって来た。
だが、襲い掛かった瞳だけ見える白い仮面とフード付きな森林迷彩付き外套な彼らが動いてこちらに刃を振り下ろそうとした時にはもう決着が付いている。
彼らはお行儀よく小さな焚火の周囲に輪となって並んで体育座りであった。
『?!!!』
自分達が何故焚火の周囲に無茶苦茶体育座りする集団みたいになっているのか。
まるで理解不能な彼らが驚愕に固まっているが、体が自分の言う事を聞かないのだからどうしようもないだろう。
「無駄だぞ。大人しく投降すれば、命は取らない」
『ッッッ』
無理やりにでも起き上がろうとしている者もあったが、体は微動だにしない。
当たり前だ。
グアグリスの見えざる触手が周囲に漂い。
彼らが止まってこちらを伺っていた時に神経を侵食していたのだから。
首から下は完全に制御下だ。
「さて、この部隊の隊長は出て来い」
『ッ』
すぐ傍の仮面が立ち上がる。
「外套を脱いで仮面を外せ。所属階級と名前を言う事」
『ッッッ、くそぉ』
小さく呻きながらもテキパキとした体が勝手に外套を脱いで仮面を剥いだ。
「………猫耳?」
『こ、こっきょう、しゅびたい、しょぞく、隊長、ズィクリンド、ッッ?!!』
出て来たのは猫耳の付いた美少女だった。
いや、まったくアニメかというくらいに猫耳だったし、美少女だった。
南方国家は肌の浅黒い人種や褐色の人種が多いのだが、彼女も例に漏れない。
顔立ちが微妙に深いのでエキゾチック様子もあるかもしれない。
普通の一般人の血統では恐らくないだろう。
基本、美しい者の多くが権力者に嫁ぐ事が多い時代である。
美しさというのはそれだけで血統の証左だったりする。
だが、やはり肝心なのは獣耳だ。
それだけでかなり遺伝子操作という単語が脳裏に浮かぶ。
「他の連中も仮面を外してフードを脱げ」
ギリギリと歯を食い縛って耐えようとしたところで体は素直だ。
「ふむ……獣人系か?」
見ると様々な顔があった。
人間の体に様々な動物の特徴を持つ人々。
明らかにアニマル・ヒューマン、亜人、人間以外の何か。
浸食して遺伝子をグアグリスに確認させてみるが、通常の人間とほぼ変わらないとの情報が脳裏に浮かぶ。
だが、恐らくは数%程別の生物の遺伝子がスクラッチ染みて継ぎ接ぎされているような形跡が感じられた。
近頃は高度な予測能力と観測能力の複合で言語化出来る物理事象の大半を内容を知らなくても理解可能になっていた。
「………森の賢人」
だが、一番驚きなのはこの世界に存在しないはずの動物がモデルの人間がいる事だろうか。
この世界に豹はいないはずなのだが、豹のような人間がいる。
他にもちらほらと元居た世界にはいたはずの動物の顔が見受けられる。
人間の顔に動物の特徴が付いただけの者が4分の3。
残りは動物の顔と人間をミックスしたような代物だ。
アメリカ辺りのケモナー連中が好みそうな動物6割以上の顔付きの獣人は少数派らしい。
「もういいぞ。戻して」
体が再び仮面を被り直そうとして。
「あ、隊長は除外で」
『ッッ』
仮面を被り直そうとした猫耳美少女がビシリッと顔を固まらせた。
「さて、じゃあ、尋問を始めよう。お前らの上司もしくはお前らに命令を出している存在の中に予測能力、未来予知の類を行える人間はいるか?」
『ッ』
美少女の顔が思いっ切り引き攣った。
「なるほど。いるわけか。次の質問だ。そいつは何処にいる?」
予め手に入れていたドゥリンガムの地図を虚空にグアグリスの触手から生み出して、木の枝で何処にあるかと指していく。
目を閉じようとするものの、目は開きっ放しな美少女が反応したのは二か所。
だが、片方が忠誠心のような感情を抱いている様子なので確定。
「ふむふむ。次の質問だ。お前の年齢は?」
数字で読ませているので数字を見てしまえば、必ず反応がある。
一番強い反応で14程度と解った。
「14か。若いな……それで隊長? 優秀だな」
相手をマジマジと見てみる。
赤毛の猫耳少女であった。
顔は自分程ではないだろうが、やはり帝国貴族の子女としては合格点くらい。
鼻梁も整っていて吊り目がちで二重は美人の部類だろう。
小顔ではあるが、彫りの深い顔立ちをしている為、外国人っぽい。
身長は155cm弱。
体付きはスレンダーだが、肉体は鍛えられている様子で余計な脂肪は付いていないが、余計な筋肉も付いていない。
「じゃ、あーんしろ」
『?!!』
口を開けた美少女の口内を拝見する。
「臭いは無し。歯磨きもしてる? 大陸標準の馬毛製じゃないな。この国特有の道具とかか? 歯垢はほぼ0で歯石も無し。舌に苔も無し。喉の奥を拝見……」
「扁桃腺も良さそうだな。歯に仕込みも無し。鼻の中はと」
「ッッッ?!!!」
触手で内部を触診するが綺麗なものだった。
「耳の中は……普通か。ふむふむ。普通の耳はあるのに上にも耳……しかも、構造的には頭蓋に生えてる筋肉とコラーゲンの集合で音を聞くわけじゃないのか? 頭蓋強度の問題か?」
取り敢えず、パーソナルデータは脳裏で作成しておく。
「ドゥリンガムの良いとこのお嬢様出だな? お前みたいなやつはいつも見てるからな。体に傷も無し。綺麗なもんだが、剣胼胝ならぬ弓胼胝っぽいのがあるな。狩猟が得意なわけだ。で、大陸標準の言語は?」
「あ~~~い~~~う~~~え~~~お~~~」
言ってからハッとした様子で美少女が黙る。
「発音事態に訛りは無し。ちゃんと喋れそうだな。脚の腱が常人の20倍近く太いというか質が違う。自慢の健脚か。これなら森を縦横無尽に即時展開というのも頷ける。肉体は凡そ常人の15倍程度の筋力……太さじゃなくて質が違うってのがやっぱり大きいか……」
「?!!!」
少女は途中からもう涙目だった。
こいつはひでぇみたいな周囲の視線がビシビシ突き刺さって来るが、相手を知らずしてお口に乗り込もうとは思えないのでしょうがないだろう。
「はい。これを見てみろ」
枝先を少女に見て貰う。
「……驚いた。視力だけで15? 見え過ぎだろう……という事は鼻は?」
「?!!!!!」
香辛料と塩の入ったブレンドスパイスの缶を近づけて見る。
途端、少女が物凄い顔でブンブンと顔を横に振った。
「ダメか。犬並み? いや、それ以上。過敏過ぎて不便だな」
缶を閉まってから、地中から顔を出させた肥大化したグアグリスに入り込んで全身の臭いの分子を水洗い上等で取って貰う。
その後、スパイス缶の縁をグアグリスによって生成した粘液で密封。
これで金属の臭いしかしなくなっただろう。
「じゃあ、情報も貰った事だし、後は好きにしてていいぞ。2週間この場所から出ずに上には問題ありませんとだけ対応するように。その他は自由にどうぞ」
無論、すぐにバレる嘘であるが、二週間も無力化していれば、問題無い。
「あ、案内してもらう必要があるから、お前はこっちに付いて来る事」
「?!!」
赤猫耳の美少女が何か絶望的な顔になったのを横目にグアグリスにコマンドを打ち込んで隊員達を追って来られないように開放。
後はいそいそと浮遊して跳躍する蚤移動に猫耳少女を付いて来させて昼頃まで走る事になったのだった。
*
凡そ戦闘が始まった場所から50km地点。
昼頃まで走破させた少女は汗こそ書いていたが、健脚に偽りなしの様子でこちらを無言でスゴイ睨んでいた。
現在地は森の中の小さな泉の畔だ。
湧き水が出ているらしく。
水質も良くて変な成分も入っていないのを確認したので水分補給後にちょっと休憩がてら浅い泉の中に立って涼んでいた。
水分補給しつつ、周辺に触手を伸ばしているのだが、周辺は豊かな森のようだ。
原生林染みた巨木が生い茂り、その周囲には特異な変化を遂げたと思われる植物や蟲や動物達がいる。
特に動物達の多くは放牧されているような気配があり、体のあちこちに落ちない染料で目印が付けられているので家畜なのだろう。
羊っぽい顔の牛とか。
羊毛っぽいモフモフな毛玉の犬みたいなのとか。
蟲は森ならば、見掛けるような種類が多いようだが、やはり森林地帯ではその数がかなり多い。
蟲マニアならば、垂涎の場所に違いないだろう。
蟲の成分に毒を持つものが殆ど存在せず。
大きさも左程ではない為、正常な範囲と言っていい。
だが、最も目を引いたのは菌類だ。
茸はともかく。
黴は各種の細菌類が物凄く多用だ。
これはもしかしたら、適応出来なければ、すぐに肉体の免疫が反応して体調を崩すのではないかというくらいに空中に漂う量もその大本になる茸やその他の実態も多数存在していた。
放牧されている動物達の多くはまったく問題無さそうに過ごしているが、これは恐らく天然の見えざる防壁の類になる。
「……この森じゃ、外の連中は数日もいたら、病気まっしぐらと」
「?!!」
何で解るんだ!!?みたいな顔をされた。
すぐに視線が逸らされて無表情に勤めようとするが、何処か猫耳少女は抜けているように思える。
「……お前らの予測能力持ってる上司ってどれくらいブスなんだ?」
「はぁああ!? ブ、ブスなわけないでしょ!? お前ぇ!? メレイス様を何だと思ってッ、は?!」
思わず口を噤んだ少女がしまったという顔になる。
「メレイス様ね。つまり、オレ達を馬鹿デカのグアグリスで狙撃した時の射手はそいつか。後で損害賠償をざっくりと計算しておこう」
「ッッ」
「喋ってもいいんだぞ? ジークリンド」
「ズィクリンドよ!?」
「面倒だから、ジークでいいか?」
「な、何て常識の無い!? こ、こんな小娘にぃ!? 屈辱!!?」
涙目になった美少女が拳を握ってフルフルし始めた。
「お前らの国が悪い。オレは何もしてないのにいきなり狙撃で消し飛ばしに来るとか。明らかに敵対行動だ。もしも、オレが怒り狂ってる場合、この国の首都にある王城くらいなら吹き飛ばしてる」
「な―――」
どうやら知らなかったらしいが、お王城を吹き飛ばす辺りでもう驚きに何も声が入って来ない状態になったらしい。
「そもそもどうして狙われたのかが微妙に解らないな。対帝国連合に入っていたとしても、いきなり帝国の要人を狙撃で殺そうとするとか。そもそも今までのこの国の評価から言って、いきなりそういう事をしそうには見えなかったんだが」
「………っ」
「何か言いたい事があるなら言ってもいいぞ?」
プイッと美少女が視線を逸らして、口を断固といて閉じる。
「ふむ。用意周到に情報が漏れないよう対策されてる気配がするな。だが、その割にはお粗末な警備。オレの事を予測出来たなら、最低三個師団を張り付けて貰わないとお話にならないんだが……そのメレイスってヤツの他に今回の事でお前らに命令してるのは?」
「ッ―――」
「………もしかして、そのメレイスってやつもう死んでるんじゃないか?」
「生きてるわよ!? あの方は生きてる!? あのクソ野郎さえいなけれ、はっ?!」
思わずまた口を開いたジークが口を閉じる。
「成程成程。面白い話だなぁ。そのクソ野郎の事を教えてくれるのなら、そのメレイスってヤツを助けてやってもいいぞ? その言い方だと囚われてたり、利用されてるんじゃないか? お前らの上司とやらは……」
「く、ぅ……くぅぅ……っ」
汗を浮かべてこちらを恐ろし気に見やるジークが葛藤した様子で震えていた。
「いいか? ジーク。オレは今怒るかどうか決めかねてる。もしも、お前らの上司が単なる下らない理由でオレを狙撃したのなら、オレはこの国を容赦のない方法で好き勝手する事で返答したい。だが、もしもオレへの狙撃がこの国の本意ではないのだと証明されたなら、多少の話くらいは聞いてやってもいい」
「………ッ」
こちらのニコリとした笑みにダラダラと冷や汗を流すジークである。
「………お前は一体、誰なのよ!?」
「そこから知らないのか。つまり、お前に命令したメレイスもしくはそのクソ野郎は相当にアホって事だな。予測能力系を使っておきながら、最大限に利用せずに疑って掛った可能性もあるか? ふむ……まぁ、取り敢えず、国外の要人のリセル(仮名)さんとでも呼んでくれ」
「リセル……」
「で、覚悟は決まったか? ちなみにお前らの国を全滅させるのにオレは2週間あれば足りる。敵に回さず、互いに利益になる関係が望ましいと思うぞ?」
「ッ―――」
こうしてジークが葛藤をようやく終えたのは数分後。
昼時の森にポツポツとこの森の国の内情が話され始めたのだった。
*
「………ふむ」
2時間後。
そろそろ陽も傾き始めようという頃合い。
ジークからザッと国内状況を聞いていた。
主な問題は王家のお家騒動らしい。
国内で政治的な主要派閥を形成していた王党派の筆頭であるメレイスの父親。
つまり、現国王が崩御した。
そのせいで主要派閥を切り崩そうと大臣派がメレイスの確保に奔った。
メレイスは王家由来のバルバロスの祝福を持っている為、これを逃れられたのだが、敢て掴まった。
それが何故かは知らないが、国内を穏便に収める為にメレイスに付き従う王党派は大臣派に寝返りこそしないが、王城付近で怒る陰湿な派閥争いによる暗闘を避け、王都外に逃げて静観中である。
メレイス派と呼ばれるようになった王党派が沈黙している為、今は大臣派がやりたい放題しており、王都内の掌握が済んだら、今度は国土全域を掌握する為に軍を組織中である。
ちなみに軍は王権を持つ者に帰属する為、王党派のメレイスを幽閉しているクズ野郎……大臣派筆頭ヴェブル・ノクタスは今や王侯貴族の権威を傘に来て軍も好き勝手に再編中であり、国外から継承戦争で大量にあぶれた傭兵を抱き込んで、私設軍化している最中であり、軍の半数以上がソレを嫌って国境警備の名の下に指揮下から離脱した、らしい。
「ふむふむ。お前らはメレイス派の軍人で王都で好き勝手やってる傭兵連中を後で殲滅したいとか思う真っ当軍人であると」
「……そうだけど」
渋々感が半端ない顔で視線を逸らされた。
「で、狙撃が予測能力を使ってると解ってる以上、メレイスは取り込まれたか。もしくは単純に能力だけ使われてるかだが、人格的に王党派連中に靡くようなヤツなのか?」
「そんなわけないでしょ!? 大臣ヴェブルを豚の餌にしてやりたいと言っていた御方よ!?」
「了解した。まぁ、何か陰謀でも企んでるんだろ。じゃあ、メレイスを助けてやる。助けたら、お前はメレイスに今回の一件は全面的に王党派に非があるとして、オレへの謝罪を賠償を要求する。これでどうだ?」
「お前が化け物……何故かは知らないけど、我が国の最重要機密たるグアグリスの能力を使えるのは解ったわよ……でも、お前は危険過ぎる……」
「で?」
「……危険過ぎるけど、はぁぁ……いいわよ」
ジークが物凄くイヤイヤ頷く。
「お前が本当に大臣派からメレイス様を取り戻せたならば、私が必ずメレイス様にこの話はすると誓う。それでいい?」
「ちなみにお前とそのメレイスの関係は?」
「様を付けろ………幼馴染……」
「解った。じゃあ、そうして貰おうか。ちなみに物損とか。オレを狙撃した連中の使ってるあらゆる装備や秘密兵器の類は諦めて貰うぞ。アレがあると目的地に行けないんでな」
「秘密兵器……お前の言葉を信じるならだけど、それは恐らく王城のある山岳地帯の旧火口に坐ものだと思うわ」
「おわすもの?」
「我らはグアグリスの始祖。グランジルデって呼んでいる」
「グランジルデ……」
「我らの国の守り神。全てのグアグリスの大本であるバルバロス。国の紋章にもなってるわ。同時に我らの主要な輸出品である万能薬を国王と共に作る存在でもあるの……」
「普通のグアグリスでは作れないのか。だが、どうして見当が付いた? お前、単なる国境警備隊なんだろ?」
「……メレイス様が言ってたの。グランジルデは国を守護する最後の盾にして矛。あらゆる軍隊をこの国を越えて討ち滅ぼす事が出来る。故に今も我が国は竜の国と対等に付き合えているんだって」
「それが大臣派の手に渡ったわけか。そいつらは恐らく対帝国連合に関わってるな」
「対帝国……お前、帝国人なの?」
「一応」
「……それも狙撃されたと言ってたけど。竜騎兵に自らを運ばせて?」
「そんなもんだ」
「帝国の要人を暗殺。こんな時に……ヴェブルめ。好き勝手過ぎるわ。我々に世界最大の版図を持つ帝国と戦う力などあるわけもないのに……」
「何か現実見えてるな。どうしてそう思う?」
「……我が国は護りにおいては竜の国すら及ばない力があるわ。あちらが攻めにおいては我が国など及ばない力があるように」
「つまり、防衛力は高いが遠征して戦うような余力はないと」
「そう……そもそも民もそれを望みなんかしない。外に出ている者達ですら、普通の人々に畏れられる事が無いよう姿を隠して生きてるっていうのに……力を示せば、要らぬ誤解や要らぬ差別で国は乱れて大変な事になるのは目に見えてる」
「まぁ、お前らの国の事情は後回しだ。今はそのお姫様を助けに行こうか。ここから首都までの道のりは?」
「馬で4日程くらいよ」
「なら、今日中に向かう。そっちの脚は疲れてるか?」
「お前のその鎧と比べても負けはしないわ。絶対」
「そういうのも解るのか……」
「ソレは我が国でも重要とされる金属の臭いがする。それらを帝国が研究しているというのは近頃の大陸なら耳に入って来るもの。噂の類だと思ってたのに……」
「つまり、そういう事だ。そういうものを持ってる連中に王党派は喧嘩を売ったわけだ。意味、解るよな?」
「く……それにしてもメレイス様と同じ能力を持つ者がいるなんて。最も畏れるべきは帝国……前国王陛下の言は真実だったのね」
「その王様が生きてたなら、オレは良いお付き合いが出来たと思うが、今の情勢下のお前の祖国の印象は最悪だ。せめて、まともに付き合える連中を上に据えて欲しいもんだ」
「フン。言われずとも!! メレイス様さえ戻って来たなら大臣派なんて粛清してやるわ……」
「その意気だ。じゃあ、走るぞ」
「どうするつもり?」
「責任を責任者に取らせる簡単なお仕事だ」
「明らかに不可能でしょ。でも、く……やっぱり体が言うことを聞かない。覚えてなさいよ」
こうして2人で森の中を走破していく。
王都までの直線最短距離上にあるグアグリスの生息地から進路を外すようにしての行軍は昼夜無く続けて2日目の昼には終了する事になる
森の最中にある巨大な休火山の火口。
つまりはカルデラを背後に要する天然の要害たる山岳部からなだらかな斜面とその先の森に都市は広がっていた。
自然と調和しながらも人の手が入った巨木と人造物が入り乱れるドゥリンガムの首都【創生都市イオルダーヴァ】。
この森の中の獣人達の住まう都市に行き付いた時、初めに思った事は一言だ。
―――誰だよ。
そう思うのも無理はない。
明らかに建築されているのは日本式一戸建て屋根瓦の江戸時代かとツッコミが入りそうな建造物の群れだった。
国外の者を殆どシャットダウンしている首都。
そこでは誰も外套や仮面は身に着けておらず。
多くの獣人達が洋服とも違う改造された和装っぽい装束姿でウロウロするアニメ的な世界が広がっていた。
どう考えても誰か日本人が関わったに違いない都市は活気に溢れ……立ち昇る煙からは祖国の食事の匂いがしたのだった。