ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第95話「世の中の人々」

 

 覇竜師団ドラクーン。

 

 竜騎兵団とか小竜姫兵団とか。

 

 そのように呼ばれる事もある幻の部隊。

 

 アバンステア帝国内においても殆ど実体が解らず。

 

 軍内部でも小竜姫殿下の子飼いとなった不動将の将兵を再訓練した部隊という事しか多くの人々は知らない。

 

 だが実際には竜と名付けられているものの。

 

 その内の竜騎兵は6000人中200人に満たない。

 

 彼ら全員に配られた戦術兵器の大半は竜騎兵による航空から高高度爆撃においてのみ使用が承認されており、全員が竜を持っていない時点で殆ど有名無実というのが少しだけ彼らの事情を知っている軍事情通の見解だ。

 

 しかし、彼らに総員に配られたとある装備によって、その杞憂はまったく問題無いものとなった。

 

 それこそが小竜姫殿下にも納品済みとされている小規模な蓄電可能な電源を内蔵する空飛ぶ鎧。

 

汎用飛行鎧(フラヴナグズ)

 

 この試作品を叩き台として大量生産されたソレは自己浮遊型動甲冑【EXE・O(イクシオ)】の量産改良品だ。

 

 研究所が用いる超重元素研究の成果としては最新のものだろう。

 

 鎧そのものが当人の身長や体格に合わせてカスタイマイズ出来るように設計されており、各パーツ単位で一万人分程度の在庫まである。

 

 専用のインナースーツを着込んだ上に付ける鎧は全身鎧でありながら、かなりスマートな設計になっている為、超重元素を用いていながら通常の鎧よりもかなり薄く、その上で防御力は比べ物にならない。

 

 鎧のパーツ単位で交換する事で飛行高度や跳び方そのものを選んで幅を持たせる事も出来る。

 

 例えば、フル装備ならば、竜のように高高度まで飛ぶ事が出来るし、軽装備にするならば、飛行というよりは跳躍力を飛躍的に上げて、数百m感覚の歩幅で数十m上空を加速しながら移動するというような事が可能なのだ。

 

 飛行時、跳躍時の浮遊や上昇、加速は全て電源を指で掌の特定の部位を触る事で通電を行って鎧の部位の能力を発動させる。

 

 電気で浮遊と衝撃を出す超重元素を用いたこれらの装備は飛行速度や飛行高度に制限や限界はあるが、それでも単一個人が使う事の出来る飛行装置付きの装甲としては極めて有用だ。

 

 これらの開発と調整と熟練を実地で行ったドラクーンは今や新しい技術や仕様の鎧が降ろされてくる度にその強さを増していた。

 

 黒い彼らはその鎧だけでも強力な戦力ではあったが、最も恐ろしいのはその機動力と自己完結性である事を不動将と呼ばれた彼は見抜いているだろう。

 

「詳しい報告は聞いていたが、成るほど」

 

 行軍用の装備と言えば、今まで多くの兵隊はかなり嵩張るモノを担いでいた為、行軍が遅くなったり、金属鎧などは正しく馬車で運ぶなどしていた。

 

 現代的な戦争を地で行く帝国軍などは兵站を担う部隊とは別に最前線に装備を運ぶ部隊が存在しており、兵を疲れさせない行軍、侵攻術が神速の帝国軍という現実を実現させた。

 

「閣下。どうでしょうか?」

 

 夜間の帝都外縁部。

 

 とある基地の外周で僅かな松明の明かりを天幕の傍で灯して、夜間訓練していた部下達に彼は頷く。

 

「見事なものだ。夜間の視認能力の向上は姫殿下の能力でだったか」

 

「はい。そういった身体能力や五感以外は殆どが装備のおかげです」

 

 黒い鎧の男達が数名。

 

 天幕の傍に戻って来てから頷く。

 

「姫殿下は遠征距離と兵站の相関が基本的には計画の達成に大きく関わると考え、我らには人間を超える能力。そして、装備としては自己完結性の高い屋外活動用の力をお与え下さりましたから」

 

 鎧姿の彼らの背中には夜間演習。

 

 それも長距離行軍用のバックパックが背負われていた。

 

 一人がその背中に背負えるコンパクトな正方形のカバンを上司の前で広げる。

 

「まず、これが超高栄養保存食です」

 

 最初に取り出されたのは小分けにされた小さなブロック状の油紙に包まれた一口大の乾麺麭が複数個。

 

 樹脂製のケースに入れられていた。

 

「これが例の一口で3日分の栄養価があると言われた……」

 

「はい。我々は通常の兵科とは違い。基本的に能力の多くを自らの肉体が保持する栄養に依存します。これを完璧に維持する為の栄養素を全て含んだコレは水と共に飲めば、2日は全力戦闘が可能な代物です」

 

「なるほど……聞いていたよりも実物は小さく思える」

 

「次に汎用挟角鉄板です」

 

 二つ目に出されたのはどう見ても現代でならば、ホットサンドメーカーと呼ばれている代物だった。

 

「コレは上下の鉄板に挟んだ内部の食品を焼く為の代物ですが、どれだけ焼いても本体が焦げ付かない優れものです」

 

「それはそれは……世の女性が憧れて已まなそうな……」

 

「上下で返す事が出来る上に食品を密封して焼き上げる為、野外での多少の雨や水気があっても焼けます。衛生的にも優れており、密封する為に油なども飛び散らず煙を出しません」

 

「確かに煙で居場所がバレる事は防げそうだ」

 

「補給が期待出来ない野外での調理時は重宝しますし、屋内では半分に割って従来の調理器具のようにも用いる事が出来ます」

 

 不動将閣下は感心した様子で繁々とソレを手に取っていた。

 

「三つ目はコレです」

 

「毛布?」

 

 彼の目の前に置かれたのは長方形で片方の長い面の一角に紐が通された大きな少し厚手の片面だけ獣毛が施された布切れだった。

 

「いえ、毛布ではなくバルバロスの毛皮を用いた保温布と呼ばれる代物です。超重元素を塗料のように塗布しており、空気との摩擦で温度を上昇させる事が出来る代物で普段は獣毛を内部に巻き込んで保管します」

 

「夜間の暖を取る為のものか?」

 

「それだけではありません。これ自体が空気と高速で擦れる事でかなりの熱量を発する為、高高度の戦闘時は鎧での保温機能を高める事が可能です。特に高速機動中は恐ろしい速さで温度が失われますので」

 

「そういうことか」

 

「鎧自体にも肉体の保温機能は付いているのですが、これは更に高高度を飛行する際には必須の装備となります。無論、温度を出す関係上、極寒の地や雨天でも無ければ、基本的には野外ではバルバロスに発見されないように使用には制限が掛かります」

 

「中々に重要な装備のようだ」

 

「はい。続けて四つ目。これが連続戦闘では最も重要でしょう」

 

「金属製の金具と柔らかそうな……これは管? 少し湿っているようだが……」

 

「排泄時に鎧の一部には股から尻に掛けて管を繋ぐ部分があり、これはその排泄器具を使う為にあります」

 

「そうか。これが……」

 

「既存の鎧は戦闘中に漏らすしかありませんでしが、コレは違います。安全に戦闘中でも管を通して排泄が可能です。この管は我々の肉体を変化させているグアグリスを用いられ、金具に前と後ろの性器からグアグリスの肉体変化による管が直接繋げられるようになっています」

 

「戦闘中にか」

 

「はい。戦闘中に。使用してもグアグリスの特性によって排泄物の残りや水気は全てこの管の維持に用いられて消化される為、長時間の使用も問題ありません」

 

「生きているのか? もしや、この管は……」

 

 真顔で聞く上司に彼らは真顔で返す。

 

「ええ。ただ、これは最終手段のようなものです。食事をしてすぐに敵と遭遇戦に突入してしまうような場合の話であり、基本的にグアグリスによる肉体の強化時に訓練によって排泄行動の制御が可能になった為、戦闘を仕掛ける際や想定される戦闘時間前には全て排泄が完了している状況が大半でしょう」

 

「はは、ご婦人の前では到底言えんな……」

 

「ですが、これは革命です。強化済みの我らにしか出来ないとはいえ。それでも長時間の戦闘にこれで耐えられるようになりました。そもそも胃や腸内に排泄物が残っている場合、内臓を損傷した時に大きな痛手になります」

 

「話には聞いている。食事は排泄物が極力出ない代物にして内臓損傷時の体内の汚染を防ぐという話だったな。確か……」

 

「はい。これによって多少の負傷ならば、戦闘中に自己再生で事足りるようになりました。内臓の汚染が無ければ、その時間も短くて済みます」

 

「もう何と言っていいものらやら……」

 

「これらと野外活動用の複数個の工具が一つになった携行複合野外装具が行軍用の個人携行装備の基本となります。後は最新式の個人用の幕屋。研究所の名前ではテントと呼ぶらしいのですが、極小規模のソレを数分で張る為の設備を巻き込んだ展開筒と呼ばれるものや水の濾過装置もあります」

 

「水の濾過か」

 

「はい。例のグアグリスの管と繋げて使う代物で、何処かに閉じ込められた場合などや汚水しかない環境で使う事になります。こちらの展開筒は円筒形で引き出すと超重元素を塗布した頑丈な布地と鋼線で形作られた一体式のものが出て来て、これに鎧内部の電源を接続すると即座に形状を復元致します」

 

 言ってる傍から試された円筒形の少し手には余るような賞状でも入ってそうな筒から中身が取り出され、手の一部飛び出ている鋼線の一部を握るとボフンッとテンションが掛った様子でムクムクと一人用らしい手狭なテントが立ち上がる。

 

「おお……こんなものまで。何でもありだな……」

 

「これらは数時間程度なら鋼線を鎧の一部に繋げておくだけで維持出来ます。撤収する際は電源と切断してフニャフニャになったところを巻き直し入れて筒を蓋を閉めれば元通りとなります」

 

「瞬時に野営が可能になるのか……」

 

「ある程度の防御力もありますので奇襲されても即死は考え難いでしょう。水に関しても今のところは屎尿や腐った汚水程度ならばどうにかなると証明されております。民間人の避難誘導や退避中に水が無くなれば、これで濾過した後に煮沸すれば、どんな水も飲めるでしょう」

 

「いや、本当に……驚かされてばかりだ。報告は受けていたとはいえ、本当にもう嘗ての戦い方とは比べるべくも無いな」

 

 不動将の言葉に部下達もまた頷く。

 

「これらの必要な代物を全て背後に背負っても30kg程です。更に鎧自体の重さも高速機動中や待機中は体感で5kgを切りますし、強化された我々の肉体ならば、最大重量400kg程度は鎧に背負って運べます」

 

「そうか。これで基本装備三種を運用するわけか」

 

「はい。高速機動しながらの戦闘に用いる3種の武装は超重元素を用いた超重量であり、今までご紹介した装備とは比べ物になりません」

 

「例の正式採用型の重火器の特製品を受領する事になっているが、配備状況的には戦術兵器を優先していたんだったな……」

 

「本土進攻がありましたのでソレらもすぐに配備されるかと。これらの装備に遠距離武装として例の物が追加されれば、近中遠距離全てに対応する事が出来ます」

 

「万事抜かりないな。我らの姫殿下は……」

 

「ええ、現在も遠距離武装としては設置型の機械銃弩を取り回せますが、アレは嵩張りますので。早めに受領したいところだと仲間達と話していたところです」

 

「……了解した。では、帝都守備隊として編入されたお前達に期待しよう」

 

 すぐに男達が最敬礼した。

 

「恐らく、戦略級の切り札の一つを失った事で竜の国は慎重になっているはずだ。まず以て敵はバイツネードになる可能性が高い。それらを念頭に哨戒任務を行って欲しい」

 

「了解致しました」

 

 そう言った兵達が持ち場に戻ろうとした瞬間に1人が腰に差していた投げナイフを投擲する。

 

 ソレが何も無いと思われた虚空に突き刺さった。

 

 それと同時にボフンッと猛烈な爆発が虚空で発生。

 

 ボドリッと地面に何かが叩き付けられて炎上する。

 

「これは……バイツネードの例の監視者か?」

 

「不動将閣下。お下がり下さい。帝都に潜入している敵の目は随時潰していますが、相手が隠し玉を持っていないとも限りません。特に―――」

 

 カァンッとドラクーンの1人が咄嗟に掲げた盾が不動将の頭上で何かを弾く。

 

「狙撃です。こちらで御守りしますので、この場を動かぬようお願い致します」

 

「解った」

 

 ピュイーッと笛が吹かれた途端。

 

 バサリと周囲に隠れていた何者かが高速で上空へと矢の如く奔り。

 

 猛烈な炎の残影が空に焼き付いたかと思えば、光に照らし出された竜のような何かを真っ二つにして堕とした。

 

 再び落下してくるソレが不動将とその他のドラクーン達の数m手前に落下してくる。

 

『こちらをどうぞ』

 

 全員がマスクを着用し、不動将も勧められたソレを被る。

 

『生命機能の停止を確認。毒物の確認と蘇生不能処置を実行』

 

 すぐに男達の1人が近付いて、その落ちて来た黒い竜のような生物。

 

 だが、竜にしてはまるで威厳が無く。

 

 生えた乱杭歯や肉体のあちこちに突き出す骨で完全に化け物のような見た目のソレに腰から取り出したボトルを開けて全身に掛るように散布する。

 

『ソレは?』

 

『蘇生する敵や肉体の一部が分離したり、独立して襲ってくる敵を想定して相手の細胞を全て焼き溶かす為に造られた薬液です。詳しい内容は我らにも知らされておりませんが、細心の注意を払って散布するようにと言われております』

 

『両断された状態で地面に叩き付けられ、それでも生きている生物、か……』

 

『バルバロスの特性です。今は暗い為、朝方まで此処周辺一帯を閉鎖して下さい。ほぼ全て焼き潰した後、残骸を研究所の方へ移送致します』

 

『了解した。諸君らに任せよう。こちらで必要な雑務は済ませておく』

 

 こうして不動将以下、側近達はその場を後にする。

 

 彼らは馬車に載りながら、すぐに各地へ出す伝令や手紙、書類の作製に馬車内で取り掛かった。

 

「閣下……ドラクーン。思っていた以上でしたね」

 

「ああ、彼らはもう嘗てオレが育てた最優の兵ではない。もはや、アレはブラジマハターに仕える……いや、我らの小竜姫に仕える神殺しの兵だろう」

 

「神殺し、ですか?」

 

「嘗て、多くの部族がバルバロスを神と崇めていた。それらを狩る我々はそう呼ばれていたが、正しく彼らは我らの極北……体現者だろう」

 

「確かに……航空からの遠距離狙撃をどうやって気付いて防いだのか。まったく、我らには理解不能ですな。恐らくは書類に書かれてあるのでしょうが……」

 

「姫殿下の想定している敵というのはいつでも最大級の危険だ。我らにはどうしようもない程に……神にすら等しい敵にすら、あの方はきっと躊躇わず、自らの刃を振るうのだろう。それが交渉の余地無き者ならばな」

 

 ドラクーンの威力を傍で見た彼らは夜の暗さの中で閃いた彼らの片鱗に戦慄すると共に戦いが激化する未来を確かに幻視したのだった。

 

 *

 

 大陸において犯罪組織というのは現実の歪みそのものであり、彼らは全く以て救い難い犯罪者ばかりだ。

 

 というのが、基本的な何処の国の何処の国民にも言われている常識だ。

 

 しかしながら、その力の強大さ故に国営の裏家業の人達や貴族が繋がりを持って使う下っ端という側面もある。

 

 だが、帝国において帝都における犯罪率が低く、その上で殆ど人命を奪ったり、健康を害するような組織犯罪が無きに等しいのを顕すが如く。

 

 帝国内の犯罪組織など高が泥棒家業連中のギルドくらいである。

 

 しかも、人命を奪ったら、誰の命を奪おうが極刑の為、彼らの多くは食い詰め者にしては物騒ではなく。

 

 鍵開けの道具くらいしか身に付けない。

 

 これとは反対に大陸の多くの国では正しく武装犯罪組織というのは国の暗部ポジションに収まっている事が多い。

 

 滅茶苦茶武器も持ってて練度も高くて暗殺技術もマシマシな人々である。

 

 まぁ、そのせいで現在進行形で帝国各地と帝国国外ながらも北部、西部、東部では犯罪組織と認定された数多くの犯罪者集団が次々に検挙投獄極刑もしくは司法取引の三重苦で駆逐されつつあった。

 

 国家の持つ暴力が一段階上がったせいだ。

 

 それに帝国が手を貸した。

 

『逃げろ。こっちだ!!』

 

『く、官憲の連中!? まだ追って来てやがる!?』

 

『港街に入り込むまでの辛抱だ。とにかく船には乗れるッ』

 

『出る前に書類は用意出来るんだろうな!?』

 

『勿論、裏市場の商売人連中から書類は確保済みだ!!』

 

 今まで御目溢しされていた状態では既に無く。

 

 役人や政治家、貴族や王族が殆ど彼らから手を引いた為、彼らを庇護する者は誰もなく。

 

 大人しく掴まって罪を償って死ぬか。

 

 もしくは罪の償い方として死以外を選ぶかという状況に陥っていた。

 

 帝国の聖女による改革が猛烈な勢いで発展する本土から波及する各地域。

 

 この多くで今までは賄賂一つでどうにかなった事が逆に賄賂を少し贈った時点で捕まるのだ。

 

 住み良い地域を奪われた彼らが大陸南に逃げ出すのも無理からぬ話だろう。

 

『はぁはぁはぁ、此処まで来りゃ、さすがに連中も追って来ないか』

 

『すぐに契約しに行くぞ。本人の手型が必要だ』

 

『お、おう。南の何処に逃げるんだ?』

 

『生憎と一番安いのが南部皇国行きしかなかった』

 

『マジかよ……』

 

 現在、東部方面から大陸南部に向かう客船はまるで犯罪者達が載る巨大な監獄という有様で人相の悪い連中ばかりが乗っていた。

 

 近頃、何処かの大富豪の資本で造られた客船が十数隻。

 

 これらが数百人規模の犯罪者を割安で南部に送り出し、同時に現地で奴隷を買い付けてお客のように東部に入港。

 

 この人々をそのまま水運の別の船で帝国に送るという循環が起きている。

 

『奴隷共を荷揚げしたら、すぐ内陸に向かう貨物に振り分けろぉ!!』

 

『丁重になぁ。帝国行きの荷物が痛んだら違約金だぞぉ!!』

 

『了解しやしたぁ!!』

 

『人足連中は今日の日当を受取りに行けぇ!! 夜勤の者は交代だぁ!!』

 

『奴隷連中に手は出すなよぉ!!』

 

 帝国産の様々な文化的な輸出品が一緒に載せられている船は正しく貿易船としては宝の山だが、わざわざ海賊行為やくすねて一儲けしようという東部の頭が悪い連中はいなかった。

 

 生憎と帝国本土から来ている荷を護る一団が逗留している為、彼らが荷物に手を出す隙は何処にも無かったのだ。

 

 この帝都発の空前絶後の好景気は大いに東部諸国の沿岸国を潤し、船員が地元に落とす金も相まって現場には帝国大好き、帝国文化万歳な親帝国派閥とさえ言われる者達が集うようになっている。

 

『び、びびったぜ。まさか、契約書類創る場所に帝国兵がいるとか。寿命が縮んだじゃねぇか』

 

『なぁに連中は貨物の護衛役よ。オレらには目もくれねぇし、そんな余裕は無ぇさ。裏じゃもうボロボロだって噂が流れてるくらいだからな』

 

『にしても、屈強過ぎだろ。あの黒鎧。ずっと立ちっ放しで微動だにしなかったぜ?』

 

『はは、噂じゃぁ……アレが例のドラクーンらしいぜ?』

 

『オイオイ。さすがに盛り過ぎだろ。天地や海すら割るってのか? 近頃じゃ、尾ひれが付き過ぎてて、何処の神の兵隊だよって話なのに……』

 

 乗船時、武器の持ち込みが禁止で手型で下船後に返還する契約書を作るのだが、犯罪者達はそれが何の為に造られているのか知りもしないだろう。

 

 その殆どがコピーして各地にばら撒かれ、犯罪者が再入国出来ないようにする為の技術である指紋照合。

 

 大陸に初めて導入された個人照合方法に使われるなんて事は……。

 

『………』

 

 こうして、東部にも派遣され、何食わぬ顔で都市を全滅出来る兵器を持ち込んでいるドラクーンの隊員は今日も周囲に目を光らせながら、帝国の海運の現場を護っているのだった。

 

 その海路の先で同胞が工作している国々に思いを馳せながら。

 

―――大陸最南端グラブロス王国。

 

 近頃、大陸は何処でも物騒だ。

 

 というのも、大陸中央から南の国の多くにおいては常識だ。

 

 継承戦争が終了して食い扶持を失った兵隊が野党化しながら各国に散らばっていたからだ。

 

 これに呼応して、各地ではそういった兵を雇い入れる組織が肥大化し、保守新興問わず宗教の軍閥化や一部の貧困層が傭兵を取り込んだ反乱が発生し、地方領主が対応に追われているところが大半なのだ。

 

 そういった田舎程に治安が悪化しており、首都の役人も来たがらない場所が各地に出来ているというのは何処の国も共通である。

 

 そんな大陸最南端のにある香辛料の交易で栄えるグラブロス王国のユーグレイ地方には近頃こんな噂がある。

 

 黒い騎士が来るぞ。

 

 全てを殺しに来るぞ。

 

 気を付けろ。

 

 まったく、何の話やら。

 

 そう肩を竦める吟遊詩人はさすがに最初は多かった。

 

 だが、時間が経つに連れて彼らはその存在を確信するようになっていた。

 

 他国の地方から来た者達も同じような噂を聞いていたのだ。

 

 その上、それを見たというものやそれに殺された者を知っているという者達が後を絶たなかったのである。

 

 凡その筋書きはこうだ。

 

 地方領主を倒そうとした軍閥化した新興宗教が各国で幾つも未知の黒い鎧の騎士に壊滅させられ、彼らの宗教に入っていた者達が連れ去られている。

 

 あるいは悪徳な地方領主を打倒する為に立ち上がった反乱軍の強訴……要は脅迫が各地で思っていたよりも圧倒的に多く成功している。

 

 それもまた悪い領主が雇われた傭兵に殺される事が多く。

 

 戦力で叶わないはずの農民が城を制圧する事がまるで嘘のように多かった、と。

 

『おお、遂には領主の首は刃の上!! そう、黒き鋼の刃に討ち取られ―――』

 

『おーい。おっさん。それ何回目だよぉ。たまには別のも聞かせろぉ』

 

『そうだそうだ~~~』

 

『え~~では、最新の帝国の小竜姫説話などを』

 

『お、待ってました~~~』

 

『色っぽいの頼むぜ~~うぃっく』

 

 酒場で柄の悪そうな荒くれ達が酔った勢いで大笑いしながら盛りに盛られた小竜姫のお話の方を聞いている。

 

 これの方が受けるというくらいには人々の多くが黒騎士の噂、その話を鵜呑みにしておらず。

 

 結果として、噂は単なる噂として片付けられていく。

 

『く、城門が破られただとぉ!? 兵は何をしていたぁ!?』

 

『馬鹿な!? 農民連中に破るような装備などあるはずが!!?』

 

『ぎゃぁあああ!?』

 

『く、クソ!? 場内では数に押されてッ!?』

 

『こ、後退!! 後退しろぉ!! 領主の間まで後た―――』

 

『領主の間が陥落しましたぁ!?』

 

『何ぃ!?』

 

『反乱軍から、直ちに投降するなら命までは取らないと!?』

 

『この城の兵は何をしている!? クソ!?』

 

『く、黒騎士だぁ!? 黒騎士が出―――ぎゃぁあああああ!!?』

 

『嘘だろ!? く、クソ!? 噂じゃねぇのか!? お、オレ達は投降す―――』

 

『生憎と女子供を数百人ばかり嬲り殺しにした相手に掛ける情は無い』

 

『――――――』

 

 領主が死に、その領主が集めた継承戦争上がりの傭兵、盗賊達の全てが最終的には黒き刃に切り捨てられた事は事実であった。

 

 だが、その黒き騎士に礼を言おうとする者達の多くがこのような言葉を聞いて、彼らが去っていくのを見つめるしかなかった。

 

『此処での用は済みました。国もさすがに今までの不正の証拠を喧伝されては認めざるを得ないでしょう。また、領主と傭兵共を切った私を罪人として捕まえる事には同意して下さい。それでお咎めは殆ど無いはずです』

 

 こうして反乱を率いた者達の多くが国家に非を認めさせる事と同時に真っ当な税や真っ当な統治を受け取る事になり、残りの僅かな者達は国家の屋台骨が腐り切っている故に引き続き黒騎士と共に地方を平定しようと乗り出す正規兵の軍隊相手の準備を進めていく事になる。

 

 彼らの多くはその表には出ないが実質的に自分達を導いてくれている黒き鎧の英雄にこう尋ねた。

 

 どうして、自分達を助けてくれるのか。

 

 どうして、指導者にはなってくれないのか。

 

 その言葉に彼らは同じように返す事はお決まりのようなものだった。

 

『仕えるべき主がいます。そして、ただ私は人の不幸を見て見ぬフリをするなと御命令を受けているだけなのです』

 

 馬鹿げた話だ。

 

 時に領主の飼っていたバルバロスを切り伏せ。

 

 時に巨大な城の城門を叩き壊し。

 

 時に数百の軍勢を薙ぎ払い。

 

 時に何処からか水と食料を大量に調達してくる。

 

 このどうにも人間とは思えない彼らの戯言を多くの者達は詮索せず。

 

 本当に神の使いなのかもしれないと思いながら敬った。

 

 それは国々の小さな地方の各地で起る小さな出来事に過ぎない。

 

 争乱が終われば、黒騎士の多くは犯罪者として探された。

 

 だが、国内から出られないはずの状況でも煙のように消えてしまう者達を人々は心の底から忘れないだろう。

 

 共に戦った男達。

 

 背中に守られた女達。

 

 律儀に言葉を返された子供達。

 

 世が世なら、悪の餌食になって涙を流して息絶えるはずだった地方の多くの民達は噂する。

 

 吟遊詩人達が定番にしてしまうくらいに人気な演目の一つとして。

 

 これを追う国家の犬達は空でも飛ばねば、絶対に逃げられない包囲網を敷いて逃げられ、あらゆる関所や砦を素通りされたように足取りが追えない彼らを幽霊騎士と呼んだが、その実態が僅かばかりでも国家の上層部に伝わる事は無かった。

 

 だって、そうだろう?

 

 鎧と剣と盾だけで城を落して見せる幽霊騎士。

 

 煙りのように捕まえられない神出鬼没の怪物。

 

 そんなものを報告しようものなら、彼らの首が飛ぶ方が確実に早いのだから。

 

 保身は保身を呼んで、報告は遅らせられ、無かった事にされ、揉み消されていく事になったのである。

 

 *

 

 人間賛歌を謳うような吟遊詩人はいない。

 

 いつだとて、人の不幸と闘争と美談の三拍子が客受けの良い演目なのだ。

 

 しかし、近頃彼らには大陸規模での商売敵が現れ始めた。

 

 それは子供向けの紙芝居と呼ばれる絵を見せて語られる説話。

 

 勧善懲悪とか、人間賛歌を謳うようなものであるらしい。

 

 彼らとは別の者達が出てきたのだ。

 

 その多くは子供向けの安い菓子として麦芽糖の飴を売っており、子供が見たいというので大人達が子供に菓子を買い与える。

 

 これが近頃は大陸各地の地方では大いに流行の兆しを見せていた。

 

 今までは小さな劇団などが村の集会場や酒場で講演する事はあったが、子供が行くような事は無かったのだ。

 

 子供向けではないし、話の筋が大人でなければ、解り難いというのもあった。

 

 だが、彼らは昼間頃に馬車で現れては何処から仕入れているのか。

 

 数名の劇団員を伴って芝居を始める。

 

 美麗な絵は大人達の目すらも奪うものが多く。

 

 語られる物語の多くも既存のものや今まで吟遊詩人達が語って来た噂や最新の話が取り揃えられている。

 

 飴の値段で数人も声だけとはいえ、役者を雇っている事を訝しむ者達も多かったが、聞いてみれば多くの紙芝居に集う者達は役者の卵だと言う。

 

 馬車に載せられた大量の椅子まで並べて始まる絵の芝居を前に興味津々の子供達は目をキラキラさせ通しである。

 

 今度はいつ来るのと聞かれれば、いつも次の話が来たらさと答える男達はまったく身形こそキチンとしているが、何処の者とも知れず。

 

 だが、貧困層という感じでもない。

 

『いやいや、我こそは我こそはぁ。時の大公姫殿下に仕える白の大騎士!! 名はウィシャス!!! そこの悪党共よ。我が姫の命にて、ひっ捕らえてくれるぅぅ』

 

 過剰なオーバーリアクションをするウィシャスが帝国ですら今時しない騎士の名乗りでもあるまいに見得を切って悪党を一刀両断する。

 

『ふはははは~~~我こそは大公姫殿に仕える勉学の徒!! 大碩学エーゼル!!! 私を侮る男共よ。さぁ、我が技術、機械の威力を知るがいい!!』

 

 明らかに悪のマッドサイエンティスト的な白衣の悪い笑みな女碩学が男達を巨大な人形で押し潰していく。

 

『わ、私は大公姫殿下の食客。竜騎士デュガ!! ああ、怖い!? 助けてノイテぇ!?』

 

『お嬢様。このわたくしめが必ず御守りしましょう。我が名はノイテ!! さぁ、悪党共よ!! この竜の紋章に怖気ぬならば、掛って来い!!』

 

 如何にもお嬢様なデュガとそれを護る勇ましき女竜騎士ノイテが悪党をバッタバッタと薙ぎ倒す。

 

 本人達が見たら、ジト目になりそうな感じの紙芝居であるが、子供達の目はキラキラしている。

 

 子ど向けの娯楽というのは大人が創るようなものではない。

 

 少なくともそういった事は殆ど教育上はされなかった。

 

 それが今までは大陸の常識。

 

 精々が人形を買ってやるかどうかくらいのものだろう。

 

 それが一気に大人達の娯楽に負けぬものを提供されたのだ。

 

 誰だって夢中にもなろう。

 

 物凄く脚色された大公姫伝説が此処ではザックリとダイジェスト版で流されていたが、それの内実の大半が事実である事を誰も想定はしていないだろう。

 

 旧き古の技を受け継ぐ謎の暗殺集団に狙われる大公姫が戦争と陰謀渦巻く北部で数多くの王達の危機を救って、彼らを一つにして更なる悪と戦う北部編。

 

 大公姫が自分の領地とした地域で起る陰謀によって危機に陥り、少数の手勢と共に戦争を止める為に西部の反乱軍の只中に一路向かう様子を描く西部編。

 

 嘗て祖国が焼いた大きな平原と森の部族の逆襲で危機に陥った兵隊達を救い、破滅の力に手を出した者達を相手に何とか解り合おうと奮闘する東部編。

 

 世界で一番進んだ祖国の日常を面白可笑しく描く首都編。

 

 物語に登場する人物達の過去を描く過去編。

 

 まったく、子供達には長過ぎるが、話を小分けにして定期的にやってくる彼らから語られる物語を望む子供達の声は高く。

 

 大人達もまた見た事も無いし、聞いた事もないような道具や出てくる登場人物達の驚くような行動や子供向けなのに妙にリアルな部分が随所にあるストーリー構成に見入る者は多かった。

 

 特に登場人物ごとに吟遊詩人達とは違って数人が声を使い分けている為、臨場感や緊迫感や感情の乗せ方が違うのが受けたというのもある。

 

 吟遊詩人達のような言葉選びではなく。

 

 分かり安くというのをコンセプトに造られたソレらは新しくありながらも、酒場で聞くよりも随分とすんなり入って来たのだ。

 

『ウィシャス様にドキドキしちゃった』

 

『うぅ、エーゼルおねーさん。怖いけど、キレイ……』

 

『デュガはきっと良いとこのお嬢様なんだぜ。きっと』

 

『だよなー。りゅーきしが護ってるんだもん。ゼッタイ、お姫様とかなんだよ』

 

 だが、多くの者は気付かなかったが、よく吟遊詩人達が謡う定番である大公竜姫その人が物語には出て来ない。

 

 いつも、その周辺の人物が中心になって話が動き出すのだ。

 

 それでも別に面白いので問題は無い。

 

 のだが、出て来ない当人は知らないだろう。

 

 最終的に子供達に最大の関心を向けさせる為、この紙芝居という名の常識や知識の植え付け、教育に使われるソレが年単位で緻密に編纂され、最大最後の見せ場を作る為に小竜姫その人の物語がとある商会の学び舎で数多くの者達によって莫大な労力を用いて織り上げられている。

 

 なんて事は……。

 

 *

 

 思うように生きられない人間が多過ぎる。

 

 それはいつの時代、どんな世界でも同様だ。

 

 大抵の人間は自分が死んでいくという事実を受け入れられないし、その時が来たら、ああと納得出来ないが、力無く感じる事しか出来ない。

 

 何処かで諦める事があり、何処かでやって来た事に一つでも意味があると見出した時、人は悟るという境地になる。

 

 だが、生憎とこの大陸において、そう出来る者すら少数であるというのが現実だ。

 

 奴隷身分は言わずもがな。

 

 徴兵された男達とて同じだろう。

 

 そもそも貧困層は同時に大きく健康不安が当たり前なのであり、平均寿命もかなり低いというのは不慮の死や社会的な流行としての情勢が人々の健康も命も害しているからだ。

 

 戦争。

 

 不況。

 

 これだけでも随分と人々は死を身近に感じているだろうが、技術の未発達や知識の不足がこれに拍車を掛けるのだ。

 

 要は『過去にはこのような事で命を落とす者が大量にいました。今では考えられませんね?』みたいな教師の話を地で行く。

 

 例えば、帝国は出産に関してはかなり民族的な血筋としての能力が高いが、殆どの国の殆どの人々にとっては出産は一度ですらも命掛けだ。

 

 乳幼児の死亡率は帝国外なら漏れなく6割を超えている。

 

 10年生存率は大人が癌で死ぬよりは低い程度。

 

 つまり、10人産んだら6人以上は死ぬのだ。

 

 これを飛躍的に押し下げた帝国の悪虐大公は帝国民にしてみれば、神様仏様レベルの英雄なのだが、生憎と当人が悪役を買っているので左程、認知されていない。

 

「………」

 

 ヴァーリに向かう空の旅の途中。

 

 私室で今後の各地でのニーズにあった社会制度と制度設計を清書しているとどうにも現行の大陸においての情報を纏めた書類が問題の山にしか見えない。

 

 だが、その中で唯一国の幸福度のような統計も含めて、極めて数値が高水準な国があるというのも嘘のような本当の話だ。

 

【森央国家ドゥリンガム】

 

 俗称は治癒者の庵。

 

 グアグリスの出所であり、旧くから竜の国と国境を接している為に竜の国が本当に全力で他国へ遠征に行けないと愚痴る理由。

 

 竜の国よりも排他的で僅かな旅行者や行商人達の話を纏めると。

 

 彼の国は不思議な国、という事だそうだ。

 

 何でも森の中に複数の広大な都市を持っているそうなのだが、そこに住まう人々は何処かしらにバルバロスの呪いを受けて常人ではない特徴があるのに長寿だとか。

 

 また、彼らの血統が遺伝した南部の一部の国ではその種族をドゥリンと称して、人間というよりは森の賢人という意味合いで人間ではない種族に見る国もあるとか。

 

 しかし、彼らの多くが森の叡智に精通している森の管理者としては極めて優秀である為、森林地帯の多い大陸南部の国家では重宝されており、彼らは畏敬を集める存在として、村長や町長、長老職に就く者もあるという。

 

 その最大の特徴は人に体を見られたくないという事である。

 

 フードに仮面を被った全身を余さず隠す怪しげなスタイルが一般的らしい。

 

「………ヴァーリでオレが死ななきゃ、南部で活動前に一度拠らないとな」

 

 と、呟いた時だった。

 

 不意に脳裏に予測による演算結果が出る。

 

 瞬間的なフラッシュバックは数十秒後にリセル・フロスティーナが墜ちるというものだった。

 

「ッ―――」

 

 だが、それを覆す手段が予測しても出て来ない。

 

 即座に必要なものや危険なものを専用の金庫に入れて、机の横にある非常ボタンを押した。

 

 退船命令を指示する最重要アラートが鳴り始める。

 

 これを聞いたら、何をしていても命よりも重い重要物資の完全密封用の措置を講じた後、即座に船体横にある爆削用ボルトを壁のボタンを叩いて起動。

 

 木製の船体に穴を明ける為に船体のあちこちに仕込まれた火薬と金具によって切り取られた場所から傍にあるパラシュートを用いて降下する事が求められる。

 

 勿論、コレらはリセル・フロスティーナを運用するようになってから乗る可能性のある人員に訓練を義務付けている為、誰でも出来るのが前提である。

 

 幸いなのはヴァーリに赴くに当たり、内部に殆どヤバイ物資を載せていないところにあるだろう。

 

 武装はウィシャスと自分しかまともに持っていない状況だ。

 

 薬品や火薬、重火器も乗せていないので落ちても周辺を汚染したり、周囲に危ない兵器をばら撒く事も無い。

 

 船内には肌身離さず持てる私物以外は持って来ないようにも言っていた為、エーゼルに取り付けて貰っていた原始的な機械式のベルによるけたたましい音と共に船体のあちこちが二十秒程で弾け飛ぶ。

 

 と同時に躊躇しながらも空に身を躍らせる者達が出ているようだ。

 

 その合間にもウィシャスが駆け付けて来た。

 

「ゾムニスは?」

 

「今、高度を急速に下げる操作をしてから脱出するって。何があったんだい?」

 

「全部後にしろ。予測だと後20秒でこの船が半壊する」

 

「すぐ竜に乗るよ」

 

 ウィシャスがこちらを抱えて通路を疾走する。

 

 後部ハッチ付近にある竜を出す為の一角でハッチを解放しようとしたが、間に合わないのが解ったので片手の拳銃でハッチの留め金を連続で穿つと吹き飛んだ。

 

「出せ」

 

「ああッ!!」

 

 瞬時に後方に台に乗ったまま射出された竜にしがみつくと同時に高度4000m上空を飛行していたリセル・フロスティーナに下方から何かが貫通した様子になり、瞬間的に気嚢が弾けて船体下からの火花で燃焼。

 

 船体内部を猛烈な速度で燃やしながら数秒後には半ばから猛烈な炎を上げて上部が吹き飛び、急激に高度を落していった。

 

 一応、この船に乗る時に高高度でも低酸素状態で死なないように船員全員へグアグリスによる心肺機能強化を施していた。

 

 なので、殆ど健康状態は良好だ。

 

 落下中にも全員がどうやら緊張してこそいるようだが、混乱はしていない。

 

 ちゃんと落下傘を開く高度を見定めていたので一安心である。

 

「あれなら大丈夫だ……いや、大丈夫じゃない。クソ」

 

「どういう事だい!?」

 

 今、直角に地面へと竜を向けて加速しているウィシャスの耳元に聞こえるように呟く。

 

「今の攻撃で狙われてる。相手は偏差射撃に予測能力の組み合わせだ。恐らく、このままだと人間を貫く何かの攻撃で全員血の染みだ」

 

「ッ」

 

「オレが迎撃する。2時方向に最大加速。高度600でオレをそっちの方角に投げろ」

 

「鎧は!!」

 

「最低限だけ着込んでる。滑空するだけなら問題無い。弾も十分にある。お前は落下傘が破けたり、絡まったり、墜ちる場所が悪そうな連中を回収して集めろ」

 

「敵は!!」

 

「嫌な話をしてやる。グアグリスだ。恐らく、威力から逆算して全長で4km半」

 

「は?」

 

「デカイ・グアグリス=サンの槍投げだ。地平の果てから放物線を描く癖に正確無比のな。310km先から速射して来てる」

 

 銃弾を装填済みの拳銃を相手の弾体が飛んできている方角に向けて予測能力を全開にすると同時に全ての知覚能力も全開にする。

 

「ぅ……」

 

 凡そ人間らしからぬあらゆる波を観測する視界と予測による弾道の道筋が映し出される。

 

「右にちょい進路修正。南側に傾けろ」

 

「あ、ああ!!」

 

「少し減速。空中で撃つ。オレが8度撃ったら、回収して指定高度まで加速だ」

 

「了解!!」

 

 竜から飛び降りると同時に風圧の中で拳銃を微調整。

 

 そのまま相手の音速を遥かに超えた何かがこちらの空域に到達する直前に撃つ。

 

 8秒で8発。

 

 ゆっくりめに相手の弾道とこちらの弾道が重なり、軌道を変えられるギリギリの威力を見極めて交錯する状態で撃ち放った。

 

「0.002mmくらい弾道ズレたか?」

 

 さすがに足場も無い状態で銃の反動も込みで予測しながら撃ったが、演算する事が多過ぎるせいか誤差が出た。

 

 しかし、それでも飛んだ銃弾が全て……その地平の果てから飛んでくる何かに掠って僅かに進路を変える。

 

 ソレは辛うじて全員を穿つ事も無く通り過ぎて行った。

 

「行くよ!!」

 

 そうしてすぐに回収された体を小脇に抱えられながら、高度600まで垂直加速。

 

「オレの事は良い。人員集めたら、お前らはヴァーリから反対側の山脈付近の例の都市で待機してろ」

 

「どういう!?」

 

「この攻撃をした連中をどうにかしなきゃ、ヴァーリに到達出来ないみたいな予測が脳裏で立ってる。お前らが行っても死ぬっぽい」

 

「な―――」

 

「悪いが1か月待て。その間に潰してくる。本国への情報伝達経路はそのままのはずだ。ドラクーンに接触して、二番艦より先に空を高速で行けて10人くらい運べる小規模の船を造れと研究所に伝えさせろ。武装と食料と厠だけ載せられればいいってな」

 

 落下傘が全員分開いたのを確認しつつ、苦渋の表情で頷いたウィシャスに南の方向に投げて貰う。

 

 そのまま、胴体部の鎧のみで浮遊、滑空しつつ、相手の攻撃の第三波に向けて銃弾を打ちながら高度を下げていく。

 

 次々に飛来する高速の杭のような代物が虚空で銃弾によって弾けて弾道を変えて落下していった。

 

(予測が雑になった? いや、外したのか?)

 

 一応、第7波まで完全に迎撃したところで銃弾が尽きた。

 

 だが、それだけで凡そ80km近く滑空して地表に降りれたので良しとする。

 

 途中からもうこちらを狙い始めた狙撃だが、確認してみれば、長いミサイルくらいありそうな太さの金属の棒だった。

 

 鉄と超重元素の混合物らしいが、猛烈な速度による断熱圧縮で溶けるギリギリで撃たれている為、放物線を描いて上から突入してくる時に長さが3分の2くらいまで減っている。

 

「………もう来ない? 弾体が切れたか?」

 

 現在時刻4:00ジャスト。

 

 息を吐いた後、周辺の荒野を地図と照合する。

 

「……何も無い大陸中央から少し下辺りか。ドゥリンガムまで凡そ二百数十km。オレの鎧の飛行能力と跳躍を駆使すれば、一晩くらいかな……」

 

 走り出す。

 

 跳躍して20m程まで浮遊しつつ加速して放物線を描いて着地して、再び加速。

 

 蚤みたいに移動するのはかなり格好悪いような気もするが、生憎とスタイリッシュに決めるような建造物は一つもない荒野である。

 

 帝国の聖女、蚤になる。

 

 なんて報は出来れば、遠慮したかったが、夜通し走る事にした。

 

 行き先は明日の朝には見えてくるだろう。

 

 ゆっくりと大気が熱くなっていく。

 

 それは恐らく自分の怒気にもかもしれなかった。


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