ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
「クソッ!! 斉射300連!!!」
誰もいない高層ビル街。
階層0地点の薄暗い主要道路。
巨大な墓標染みた鋼の塔が乱立し、空中回廊から空に向かって伸びる最新のエア・ロードは光で出来た半透明の道だったが、その透明さを汚すかのように大量の車両が道を駆け降りてくるとタイヤ跡が白く残り、薄っすらと消えていく。
今、とある星系の首都の真上から真下に向けられているのは最新式の無反動光子加速榴弾砲を積んだMBT。
要は履帯を用いない原始的なタイヤを用いる戦車140両であった。
彼ら褐色の装甲を持つ戦車大隊は鋼に煌めくビルへの着弾もお構いなしに一点に向けて砲塔を向け、積まれていたソレを打ち放つ。
ある程度の文明レベルならば、兵器化する事は出来るだろう光子加速器を用いたソレは光の圧を急激に増幅して物体を自在に加速させる代物だ。
瞬時に光速の数%程の加速を得られる反面。
巨大な電力を必要する為、高度な科学力に裏打ちされた電源を確保しなければ、使う事も出来ない代物である。
凡そ、宇宙に進出して数世紀程度は技術を磨かなければ到達出来ないだろう科学力の証であるが、それが今も人が載る時代遅れの数百年前の概念たる型落ち兵器……つまり、戦車に載せられているところを見れば、このレベルの科学力を持つ文明の人々は溜息を吐くかもしれない。
だが、そんな矛盾を孕んだ戦車大隊は今や縦横無人にビルの壁面を走破しながら割り砕き、重力を無視しながら巨大ビル群を上手く使って火力を一点集中。
轟々と煙と爆炎が上がる遥か地表を地獄の釜にし続けていた。
「ダメです!? 大隊長!? 敵性反応を検知!! 全周波帯で目標を確認!!」
「クソゥ!? ダメかぁ!? 光子加速砲を数百連喰らって何故に生きている!! 相手は戦艦みたいな装甲を持ってるわけじゃない単なる一個人なんだぞ!?」
戦車大隊の最奥に控える車両内部で軍服を着た男が喚いていた。
だが、更に相手へ罵声を浴びせようと男が口を開く前に燃え盛る業火と噴煙の底から光が瞬間的に瞬き。
猛烈な爆発が数両の戦車装甲を爆発させて吹き飛ばした。
「943、433、553、443号車大破!? 何だコレッ?!! AIによる解析結果では敵攻撃は超高温プラズマ化した瓦礫であるとすいそ―――」
言っている間にも光の瞬きが数十回。
地の奥底から放たれ。
「どういう事だ!? 熱光学兵器類は完全に防げるはずの装甲を!?」
瞬間的な爆発が戦車大隊の半数以上を猛烈な勢い単なる壊れた棺桶にしていく。
「爆発はプラズマが装甲表面で冷えた瞬間に金属が猛烈な収縮で破断した為と推測されるようです。何だ?! プラズマを瞬間的に絶対零度に!? どんな技術なんだ?!!」
「く、戦車大隊後退!! 後退せよ!! 後退せ―――」
言っている合間にも最後方の士気車両が吹き飛んだ。
辛うじて車内は安全装置である慣性制御システムの緊急モードで衝撃を殺したが、それにしても行動不能の車内から出られない。
理由は単純に彼らの乗る車両がフレーム単位から猛烈な破断と爆発と捻じれの圧力で変形し、出口が人を通さない形に変形していたからだ。
「だ、ダメです!? 逃げられません!!?」
「や、やつが来る!?」
男の顔が引き攣る。
彼らの罅割れた車内モニターには猛烈な煙の中からまるで重力を無視するような動きでヒョイヒョイと地獄の釜の底から出て来たような様子なのに傷一つも無い……どころか衣服が汚れている様子すら無い小さな女の子が見えていた。
長い黒髪に何処か愛嬌のある笑顔で小首を傾げた少女がビルの壁面をヒョイヒョイと蹴り飛ばし、空に続くエア・ロードのジャンクション上にある旗の横に立つ。
見れば、絶世と呼べるくらいには見目の整った少女。
いや、幼女と呼ぶべきだろうか。
そんな容姿だった。
少しゆったりした頭の上の大きなリボンの色は蒼。
その衣装は薄紫色の百合の家紋が入った和装だったが、帯はされおらず。
着物は羽織りのように見え、その下には少女が着るには少し大きめの何処かの学校の制服らしい黒地に金と白のブレザーが着込まれている。
今、国家の要衝を抑えていた反乱中の戦車大隊車両を殆ど吹き飛ばしたとは思えないくらいに無邪気な様子の幼女がキョロキョロと周囲に目をやり、ジッと大隊長と呼ばれていた男の車両に目を留めた。
途端、ギィィィッと男達の乗っていた戦車の砲塔が捩じ切れて破断し、吹き飛んだと思ったら、空を高速で跳躍してエア・ロードに侵入した幼女が一番奥に到着。
「ひ?!」
男はキロンと外が見えるようになった車体構造上部から半分だけ顔を出した幼女に思わず拳銃をフルオートで撃った。
キュガガガガガンッと軽い音と共に20発前後のダムダム弾の幾つかが跳弾で戦車内の部下にも命中し、絶叫と共に車内の男以外の全員が倒れる。
だが、半数をまともに頭部へ喰らったはずの幼女はサスサスとおでこを撫でた後、ジト目で男を見やった。
「ごじゃ~~?」
「ご、ごじゃ?」
一体、何を言っているのか。
そもそも人間なのかすら怪しい幼女に喉を干上がらせた男が固まる。
「ぅ~~~撃たれたでごじゃる」
幼女がニュッと上半身を全部出して男へズイッと迫り。
繁々と見てから興味を失くした様子で明後日の方向を見て欠伸をした。
「あ、鬼さん。食べちゃっていいでごじゃるよ」
「は?」
オニサン。
その意味が解らなかった男は自分の横に何かがいると気付く前にバクリと赤黒い亡霊のような朧な化け物の口に頭部をカプリされた。
それと同時に男の体がスゥッと掻き消える。
モックモックとソレを咀嚼した半透明の化け物が絶妙に人間には解り難い何だか渋い顔で一言。
【我らの世界の子も鬼使い荒くね?】
「ごじゃ~~?」
【ごじゃーとか言ってるけど、我らの世界並みにヤバそう】
「お父様帰ってくるまでシャクナがご主人様なのでごじゃるよ~~」
【いや、勝手に言われても……】
「シャクナゲ偉いって褒めて~~♪」
【………】
「褒めないと消しちゃおうかなー」
ジト目になった幼女の瞳に不穏なものを感じた鬼が引き攣った笑みになる。
【ッ、シャクナ偉いな~~偉いな~~】
「ごじゃ~~~♪」
それでルンルン気分になったらしい幼女が勝手に父の書斎から持って来た端末を操作して年単位で解決するべき事件。
それが存在する別座標宇宙間の移動経路と時間の地図。
普通の人間には複雑で広過ぎる……3Dの銀河系の地図にしか見えないソレに特大の星マークが書かれたのを見付けて目を輝かせた。
「これ!! 今度コレ解決するでごじゃるよ!!」
【……やっぱ、ヤバクね?】
「ジトー……」
【ギュレ主神。いや、今はニャー主神の上にいるのに幼女にこき使われるとか。もう完全に職場はブラック……ああ、鬼の哀しみ↓】
ガクリと項垂れた化け物が仕方なく指を弾くと彼らはその場から消えた。
これはとある宇宙のとある星系における人類の滅亡の始りが何かに消された話。
そして、小さな幼女は新たな別座標宇宙へと飛んでいく。
その自らの父親が骨が折れそうだ。
と、思って準備が出来るまでは放置していた最大級の事案の只中へと。
【早く戻ってこーい! 我らの世界よー!! 娘さん暴走してますよ~~!!!】
その世界を跨ぐ悲哀の声は何処にも届かず。
【ごじゃ~~~~♪】
ただ、愉しそうな幼女の声だけが世界には残響していたのだった。