ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第92話「来訪Ⅱ」

 

―――竜の国逗留2日目。

 

 昨日の夜はこじんまりとした数名の晩餐会が催された。

 

 デュガシェス、ノイテ、自分とアディル。

 

 それに対して出席したのはアズルノードと初日から殴ってくれたリニスが何故か超絶不満そうに膨れっ面で参加。

 

 主にアズルノードが引き攣ったニコヤカな笑顔で片手をグリグリと少女の頭を掴みつつ下げさせ、ガルガルと威嚇し始めそうな少女は目付きが数段悪くなりつつ、最終的には謝罪した形まで持っていかれた。

 

 それにニコリと許しておくのはご愛敬である。

 

 そうして何事もなく王城に逗留して2日目の朝。

 

 何故か王城は起きた時から騒がしかった。

 

「?」

 

 扉を少し開けて通路を見やると次々に侍従達が通路を掛けており、右往左往しながら色々と用意している様子が見て取れた。

 

 だが、自分を歓迎するという類の準備なら昨日の夜にやっていたはずであり、朝のソレは自分とは関係ないように見える。

 

 一応、人数分の部屋を貰ったのだが、デュガシェスとノイテは護衛任務もあるからと一緒の部屋にしてコレを拒否。

 

 結局、一部屋で三人。

 

 ノイテには個室にしては豪奢な長椅子に布地を被せて寝て貰う事になっていた。

 

「どうしましたか? どうやら騒がしいようですが」

 

 櫛で髪を溶かし終わり、歯を磨き終わって、いつものメイド服と鎧に着替えつつあるメイドがそう訊ねてくる。

 

「……これは夜会の準備じゃないな。戦闘態勢っぽい……反乱でも起きたか?」

 

「ゲホッ?! そうだとすれば、昨日の今日で事態が早まり過ぎでしょう」

 

 思わず咽たノイテである。

 

 その合間にもデュガシェスを起こしてボーッとしている主を両手がテキパキと着替えさせるやら歯を磨かせるやら櫛で髪を梳くやらしている。

 

 ちなみに王城には風呂もあったので夜はホカホカしながら眠った為、今日のデュガシェスは朝から使い物にならないだろう。

 

 メイド業も祖国に来てまでしなくていいからと言っていたので気は抜けまくりの様子であった。

 

「さぁ、い~~して下さい」

 

「い~~~」

 

 口にコップから水を含ませてやり、磨き終わったら痰壺に水を吐き捨てさせつつ、ノイテが口元を拭くやら顔を洗った後に拭ってやるやら世話している。

 

「城の内部は……ふむふむ」

 

「何をしてるのか聞いても?」

 

 耳を聳てて静かに聞き入ってみる。

 

「なるほどなるほど。やっぱ、反乱みたいだな。国の北部と南部と西部と東部で一斉に主戦派が蜂起しました。みたいな事喋ってる」

 

「げっほ?! 反乱というか内戦でしょう!? ソレはもう!?」

 

「主戦派を追い落としたら、反乱された? あ~はいはい。これは……問題無いな」

 

「問題しか聞こえなかったのですが……」

 

「オレがやるまでもなく。此処で主戦派を追い落とすつもりだったんだろ。規模は少数らしいが、呼応する奴らにも目を光らせてるっぽい。ほうほう?」

 

「……城内部の声を此処から全て盗み聞きですか。呆れた……」

 

 やっている事を見抜かれた。

 

 どうやら、こちらのスペックを一番よく分かっているのはやはりこの2人らしい。

 

「あ、でも、これはヤバイか?」

 

「何がどう危険なのですか?」

 

「リニスとやらが主戦派に鞍替えしようかなぁってアズルノードを脅してるみたいだな」

 

「……はぁぁ、貴女のせいでしょう」

 

「まぁ、だろうな。昨日、すっごい不満そうだったし」

 

「それで? どうしますか?」

 

「着替えたら朝飯喰った後、リニスとやらだけじゃなく。全ての竜騎士達に遊びの誘いでもするか」

 

「何をどうしたら、その思考になるのか理解不能なのですが」

 

「言ったろ? あの兄とやらを支援してやるだけだ。人間てのは本当の意味で解り合えないからこそ、団結するものなんだ」

 

「意味が解りません」

 

「後で解る。さ、着替えたな?」

 

「うーい……メシー」

 

「お前も何かフェグに似て来たな」

 

「?」

 

 まだ頭がポヤポヤしているデュガシェスの頭をポンポンしておく。

 

「さぁ、この国の茶番をオレ好みに脚色して楽しませて貰おう。竜の国のお手並み拝見だ……」

 

 木窓を開いて持って来ていた信号弾を打ち上げる。

 

 その色は黒黒黒。

 

 それを見て意味が理解出来るのはこの国には唯一人であった。

 

 *

 

 場内が騒がしいのは三人で外に出れば解ったが、さすがにこの状況下で客人にまともな案内が出来る侍従は城にも居なかった。

 

 だが、朝食は取らねばならないので指定されていた場所に行くと。

 

 既に相手が直立不動で下座の近くにいた。

 

 周囲には誰も怪しむ様子も無く右往左往する侍従達が行き交っているが、黒い鎧な上にフルプレートであった為、完全武装の竜騎兵の類と思われて素通りされており、苦笑しか零れない。

 

「溶け込み過ぎだろ。まぁ、今のお前ならそれくらいは出来るか」

 

『君の力のおかげだよ。自分自身の力じゃない』

 

「あ、ウィシャス」

 

 頭部のメット部分が開かれると内部からはウィシャスの顔が出て来た。

 

 侍従達ばかりがいた為に誰にも見咎められなかったらしいが、此処に正規兵がいれば、確実に怪しまれて戦闘になっていただろう。

 

「それでこれから何をする気なんだい?」

 

「ああ、ちょっと今反乱を起こしてる連中に遊びを吹っ掛ける。持ち駒としてお前を使う。装備は使えるようになったか?」

 

「……今なら本当に世界だって滅ぼせそうな気がする」

 

「それには装備が足らないが、意気込みは買っておこう」

 

 席に着くと場内の通路からアズルノードが出てくるところだった。

 

 朝食の席は一緒にする事は昨日の時点で約束していた事だ。

 

「フィティシラ姫殿下。少し話したい事が―――」

 

 こちらを見て、ウィシャスに気付いた青年が閉口する。

 

「ああ、気にしないで下さい。ちょっと部下を呼んだだけです」

 

「我が城の内部に勝手に侵入された挙句、城主の知らない戦力が素知らぬ顔でテーブル横にいるのはちょっととは言わない。とだけ言っておきましょう」

 

「生真面目にこの状況下で反乱をしてる方々にお手紙があります。コレを彼らに届けて下さるなら、この反乱も収まるかと」

 

「―――どうやら事態は呑み込めている様子で。ですが」

 

「茶番に御付き合いしようと言うのです。余興を客に提供するのも城主たる者の務めでは?」

 

「………解りました。手紙の内容は見せて頂いても?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 朝のちょっとした時間で認めたソレの原文を一枚近付いて来た相手に手渡す。

 

 その背後では竜騎兵達が黒い鎧のウィシャスを最大限警戒していた。

 

 それもそうだろう。

 

 今のウィシャスを武人が見たなら警戒せずにはいられない。

 

 そして、同時に警戒だけでは済まない。

 

 アズルノードを近付かせたくもないはずだ。

 

 それ程に静かな圧が好青年筆頭なウィシャスからは放たれている。

 

「………………本当に解らぬ方だ。貴女は」

 

 沈黙の後、アズルノードが溜息を吐いた。

 

「この申し出を受けぬという手もありますよ。でも、それで彼女が納得しますか? この時期に最大の支援者を失っては国内の統制も儘ならないでしょう」

 

「解りました。いいでしょう。この手紙を全ての反乱軍首謀者へ昼までに送らせて頂こう。ですが、言っておきます」

 

「何でしょうか?」

 

「我が国を嘗め過ぎでは?」

 

「逆かもしれませんよ?」

 

「……お前達、今からこの手紙に色々と書き加える。書き終わったら今言った通りに」

 

 背後の兵士達にそう言ったアズルノードは悩み事が増えたと言わんばかりに椅子に腰掛け、朝食は波乱に満ちたままスタートするのだった。

 

 数十分後。

 

「で、何書いてたんだ? ふぃー」

 

 朝食が恙なく終わった後。

 

 城の屋上にあるテーブルでノンビリしていると訊ねられた。

 

「ああ、今この国を訊ねている帝国姫の命が欲しければ、遊びに付き合えって書いておいた」

 

「命?」

 

「逃げも隠れもしない。王城の前にある広場でこれから戦争をするだろう敵国の一番厄介な敵を討ち取る機会を与える。もしも、傭兵国家の兵隊たる矜持と国家の礎にならんとする愛国者ならば、首を掛けて決闘に挑むべし」

 

「決闘って……個人と軍がするものだっけ?」

 

 さすがにデュガシェスが呆れた様子で目を細める。

 

「何人の軍勢を連れて来ても構わない。ただし、広場に入り切るだけの人数と広場の観戦者に危害を加えたら失格。勝利条件は広場中央に座る相手をどんな方法でもいいから殺す事。開催期間は明日の朝から日没までだ」

 

 呆れた様子のウィシャスとノイテが同じような顔をしていた。

 

「ちなみにそんなの本当だと相手が信じると思うか?」

 

「軍団長のサインが有れば、真実だろうとも。あちこちで反乱の首謀者達へ差し向けた戦力もその間は停止してくれるらしい。優しい兄貴で良かったな」

 

「絶対、混乱するぞ。こんなの……」

 

「だが、効果はある」

 

「でも、別に反乱を止めろって言ってるわけじゃないんだろ?」

 

「勿論、他国の内政に干渉したりしないぞ? 遊びに来たんだから、遊んで帰ろうってだけの事だ。この茶番で死ぬ連中に少しだけ猶予と考える時間を与えただけに過ぎないしな」

 

「うわぁ……」

 

「首謀者も王城に来るよう言っておいた。来れない臆病者は来なくていいとも。国家よりも自分の身がカワイイだけの偽善者ならば、用無しだともな。身の安全はオレが遊んでいる間はお前の兄に保障もさせた。完璧だな」

 

「ああ、本当に祖国が遊ばれてる気がするぞ……悪女だな。ふぃー」

 

「ウチの最強の騎士のお披露目だ。このくらいで丁度いい」

 

「買い被られてると呆れるべきか。信頼されていると嘆くべきか。困るね……」

 

 ウィシャスが肩を竦める。

 

「人の命が掛かってるんだ。人の命を掛けさせるべきだろ。それはオレでも変わらない。お前もな」

 

「了解した。君を護り抜こう」

 

「不可抗力は仕方ないが、それ以外は祖国の印象が悪くなっても困る。腕や手首くらいにしといてやれ」

 

「了解した」

 

「「………」」

 

 メイド達の瞳がジト目になっていた。

 

「今、シレッとウチの兵隊の手と腕飛ばすの決定したぞ。こいつ」

 

「命よりはマシだろと言いたげな顔もしてますし、諦めましょう」

 

 こうしてノホホンとお茶を啜りながら一息吐いた後。

 

 今日の予定として城下町を散策する事にする。

 

 フェグ達へのお土産も買い込むので軍資金はそれなりに持って来ている。

 

「明日が楽しみだな」

 

 こうして、逗留三日目の予定を立て終えたのだった。

 

 *

 

 何故、こんな茶番に反乱軍が乗って来るかと言えば、答えは簡単であり、その多くがこれから帝国と戦うのにこんな惰弱な軍団長では乗り切れないという類の大義名分を掲げているのは間違いなかったからだ。

 

 ならば、その大義名分を揺るがすような帝国の見せた隙を見逃すようなら、陣営は揺らいで運営も儘ならない。

 

 つまるところ。

 

 これは百万掛けたら一千万戻ってくる類の賭けだ。

 

 そんなのは解り切っている為、やっぱりというか。

 

 やはりというか。

 

 三日目の朝にはゾロゾロと反乱軍は堂々と竜騎兵で王城前に乗り付けていて、朝っぱらから身嗜みを整えて軍装に外套を着込んだこちらが100m近い広さがある円形の中心部にテーブルセットを持ち込んで朝食を食べている様子に何かもうこの世には言い難い事があるというような顔で何度か目を擦っていた。

 

「う、うおぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 そんな最中にも逸った一部の兵士達が突撃を掛けて来るが、テーブル横に置きもの染みて立っているウィシャスが近付いて来た相手の剣を鎧われた手で握り潰し、ポイッと3mくらい投げ飛ばして全身打撲で気絶させている。

 

 まだ、腕を飛ばす程の力を出す必要も無いという事であった。

 

 遠巻きにして次々に反乱軍の者達が集まってくる最中。

 

 まるで王城前の広場は円形闘技場さながら。

 

 四方向に偉そうにふんぞり返っている男達はどうにも黒い内心が透けている。

 

 昨日出会ったばかりのリニスやらエジェットやらの方が清廉潔白だろう。

 

 だが、そんな彼らにも自分達の兵がポイポイされて、お茶を飲んでいるこちらに舐めおってという感情よりは困惑やそれを推しての好機に対する猛烈な野心が働いていた。

 

 自分の貴下の兵士が相手を倒せば、反乱軍の盟主になれるのである。

 

 これは実績に裏打ちされるわけだから、止める理由はない。

 

 数が揃ってから叩き潰せばいいというのはまったく利に適っているのだから、後は時間の問題だ。

 

 と、考える無智蒙昧さである。

 

 それを王城から出て来ない王族連中や貴族連中、軍団の指揮者達はまるで出来の悪い我が子の点数を見るような目で窓際からチラチラと時折覗いている。

 

 ちなみに今日は昨日の内に揃えた竜の国の名産品を取り揃えてあるので、来た連中にはメイド達が食事を運んでいる途中に仕掛けないようにとは言ってある。

 

 関係無い連中を巻き込んだという不名誉が欲しくないなら控えろという事だ。

 

 こちらの言い分にブチ切れそうな反乱軍の関係者達だったが、こちらが何かを食べている間は幾らでも攻撃すればいいとの話に渋々従っている。

 

「なぁ、ウィシャス。こいつらどの程度だ?」

 

「自分で解っている事を聞くのは頂けないな」

 

「部下の人の見る目を採点していると言ってくれ」

 

 そろそろ朝の九時を廻ろうかという頃合いである。

 

 本格的に参入してくる竜騎兵達は3000騎を越えている。

 

 王城周囲には更に追加で2万騎くらいお代わりが来ているようだ。

 

「中の中から中の上くらいだ。上はいないな。数百人に1人くらいは上くらいになりそうなのがいるけど」

 

「そうか。ふむ……80点」

 

「残り20点の理由は?」

 

「例のエジェットさんの部下が300人くらい入り込んでる。そして、連中がその上になりそうな連中だ」

 

「そういう……ソレをどうやって知覚してるのかも分からない僕はまだまだって事か」

 

「ま、しばらくは集団突撃だの、竜の火球連打程度だ。剣と盾があれば余裕だろ?」

 

「勿論」

 

「じゃ、オレは紅茶と名産品のお菓子の消費に忙しいから、そういう事で」

 

「了解した」

 

 と言っている間にも反乱軍の一部が猛烈な竜による上空からの火球を連打する作戦に出た。

 

 飛び上った数百機が一方から火球を放って来る。

 

 そちらの方角を向きながら、別方向からこちらを狙う弓矢と投げ槍。

 

 普通なら、まったく手が足りないというところだが、ウィシャスの背中から黒い枯れ木のようなものが噴き出て両肩に備えられた巨大な盾を持って、こちらを射撃兵器から守った。

 

 同時にウィシャスが落ちてくる火球を剣で薙ぎ払う。

 

 そのあまりの薙ぎ払いの威力に火球があちこちの陣を整えていた味方を吹き飛ばし、阿鼻叫喚な状況が描き出された。

 

 ちなみにウィシャスの剣には電力を消費して衝撃を放つ超重元素が刀身に仕込まれていて、当人が動いた際の衣服に仕込んだ静電気を吸収して発動している。

 

 静電気を貯め込む腕部装甲内部の仕掛けと指先の仕掛けで握る場所を少し変えれば、電気がその握った場所から剣に供給される仕組みだ。

 

 モードを変更する為の内部機構が搭載されており、熱量、電気、運動エネルギーの三種類を使いこなす事が出来れば、それこそ単騎で戦術核レベルの威力を引き出す事も可能だ。

 

 ちなみに背中から生えた枯れ木のような腕は単純なグアグリスの応用である。

 

 そう、ウィシャスに初めてグアグリスの多機能性を絞った戦闘特化用の代物を本人の意志によって使えるように付与した。

 

 今までそれらを駆使出来るよう突貫で訓練させていたのだ。

 

 こちらが書いたマニュアル制御が全部出来るようになったら合格。

 

 竜の国を調べながら訓練して使いこなせるようにと言っていたわけだが、どうやらしっかり出来るようになったらしい。

 

 体内の炭素を集積して体表から表出させ、柔軟な細胞と神経を併せ持つ触手を生み出す事で対応する腕そのものが増える。

 

 人間では再生するのに時間が掛かり過ぎる振動放つ剣を連撃しても耐えられる頑健さと再生能力を持つ肉体。

 

 今はこのようなものしか使っていないが、まだまだ戦闘用に仕込んだ能力はある。

 

『く、黒い腕だと!?』

 

『いや、アレは腕、なのか?!!』

 

『バイツネードのような事を!!?』

 

 男達にしてみれば、宿敵にも似たウィシャスの存在そのものが挑発である。

 

 お茶を啜りつつ、のほほんと竜の国の菓子を頂く。

 

 小麦などの収穫量が多くないらしく。

 

 国内の食事は芋類やその澱粉が主食なようだ。

 

 そのせいで甘いものというのも芋類が多い。

 

 干し芋。

 

『ぐぎゃぁあああああ!!?』

 

 芋団子。

 

『くそぉ!? と、突撃ぃいいいいい!!!』

 

 揚げ芋の糖蜜掛け。

 

『火力支援せよぉおおおお!!!』

 

 蒸かし芋。

 

「ん~~芋菓子をもう少しおしゃれにして改良、こっそり密輸入させたら、この国の財政とか赤字で黙らせられそう」

 

「僕はその考えに至る君の思考が怖いよ。フィティシラ」

 

 喋っている間にも次々に火球、火球、火球、突撃、火球、突撃突撃、射撃射撃射撃みたいな波状攻撃が降り注いでいるが、二つの盾と一つの剣を振るうウィシャスはまだまだ余裕そうだ。

 

『帝国の兵士は化け物か!? バイツネードの連中ですら此処まで理不尽な防御力はしていなかったぞ!!?』

 

 そう思うならさっさと建て直せばいいのにと思ったの束の間。

 

『なら、これでどうだ!! 総員離れよぉおお!! 毒煙を使う!!』

 

 言っている間にもあちこちで投射器らしきものが出て来て、遠方から大きな玉が入れられてこちらに向けて投げられた。

 

「直上で迎撃しろ。こんなので死なれても困る」

 

「はぁぁ、君が言うとまったく安全に聞こえるよ」

 

 ウィシャスが言う通りにするとすぐに煙が周囲を包み込んだ。

 

「ん~~でも、案外毒って種類によっては旨いんだよな」

 

「その言葉だけで僕はどうしたらいいのか分からなくなる」

 

 毒煙が収まると男達が歓声を上げようとして固まる。

 

 それはそうだろう。

 

 毒煙塗れの食糧をこっちがモッチャモッチャしている横でパンパンと粉末を埃を払うかのように落としているウィシャスがいるのだ。

 

『く、喰ってる!? あの毒煙の付いたもんを食ってる!!?』

 

 何か絶望的な声があちこちの陣から悲鳴染みて上がっている。

 

「美味しいのかい?」

 

「毒の種類にもよる。ちなみに一番好みなのは爆薬の類だな。アレはかなり甘い。複雑な分子構造な上に食うと力になる栄養が一杯だからな。まぁ、簡単に言えば、砂糖みたいなもんだ。切り株を燃やす時、砂糖詰めて燃やすって知らないか?」

 

「知りたくなかったよ。そんな雑学……というか、それの味を知ってる事自体に絶望的な隔たりを感じる」

 

「生憎とコレはそういうのとは無縁の原始的なヒ素だがな」

 

「僕らには効かないわけか。聞いてはいたけど」

 

「その通り。少なくとも超重元素を用いた毒物くらいのもんじゃなきゃ、今のオレ達じゃ毒そのものの致死量が爆上がりで解毒作用も間に合う」

 

「で、ヒ素入りの芋団子の味は?」

 

「マズイ。後で口直しに何か持って来させよう。その前に毒物で汚染された王城を使わせるのもアレだから掃除もしとこうか」

 

 片手にグアグリスの小さいバージョンをスライム状に形成してすぐにあちこちを這い回るようにして解き放ち。

 

『皆さん。毒はこちらで除去しておきます。一時間もすれば、皆さんが攻めて来れるようになるでしょう。それまで少しお休みになっては如何でしょうか? 勿論、弩弓や弓矢、投石機、火責めは歓迎しますよ』

 

 そう声を拡大して周囲に広げておく。

 

『――――――』

 

 こちらの言葉を聞き及んだ竜騎兵達も陣を張っている連中も愕然とした様子で聞いていた。

 

 それにハッとした指揮者達が正しく言われた通りの攻撃を兵士達に指示する。

 

 こうして昼時になるまで攻撃は続くのだった。

 

 まだ、誰の腕も手も落ちていない。

 

 *

 

「遊ばれているな。いや、遊んでやっているの間違いか」

 

 深い溜息を吐いたのはエジェットと昨日名乗って少女達と会話していた女だった。

 

「来ていたのか。エジェット」

 

「アズルノード……あの茶番は一体なんだ?」

 

「……我が国の内情に心を痛めた優しい帝国の小竜姫。いや、今は大公竜姫と言うそうだが、彼女の少しばかりの我が国への心配り、らしい」

 

「心配り?」

 

 王城の頭上からバカ騒ぎを見ていた両者であるが、その背後には両者の側近達が一度見た光景がまた下で性懲りもなく繰り返されているのを外から聞こえてくる音で察して微妙に渋い顔となっていた。

 

「首謀者を全員集めて、あちらの力に対する畏怖を煽っているだけだろう」

 

「それもある。だが、あのお姫様は我が国が一つになる事を望んでいるようだ」

 

「戦後処理を今からやっているとは呆れて物も言えないな」

 

「その思考の先読みが出来る君の方がオレには怖いがな。ちなみに勝った気でいるのではない。勝つ前提での事前工作だろう。それも我が国にとっては今まったく有難いという……」

 

「殺さずに済ませる気か?」

 

 エジェットにアズルノードの肩が竦められる。

 

「らしい。まぁ、連中の中身は悪辣とはいえ。それでも祖国に対する忠義は本物だ。オレが気に食わないだけでな」

 

「……未来も描けぬ俗物だぞ?」

 

「だが、今を生きる兵隊だ。生き方としてはこの国の価値観的にはあっちの方が主流だろう。その代表者達だ。彼らがもしも変わるとすれば、それはきっと現実を戦場で認めた時だけだ」

 

「それをやってくれるというのか。ああ、まったく……頭が痛いどころの話じゃない……」

 

 エジェットが溜息を吐く。

 

「今日の夜には立つ予定だそうだ」

 

「昨日聞いたが、本当にヴァーリへの紹介状を書いてやったのか?」

 

「ああ、此処で断っても余計な工作をされる時間を与えるだけだろう。大人しく明日までには退散して頂くのが上策だ」

 

「理解した……それにしてもいいのか?」

 

「どれがだ?」

 

 その現場には複数の問題がエジェットにも解る程度には噴出している。

 

「一番はデュガシェスの事だ。この騒ぎを治める最も単純な切り札だが」

 

「はは、昔から本当にお前はあいつの事を可愛がっていたが、変わらないな」

 

「可愛い妹だからな。あの王家の恥じとは違って」

 

「……少しは期待していた事を認める。だが、ゾンダカーンと数百の竜騎兵が敗れた。それも恐らくは少数の彼女の部下達によってだ」

 

「新兵器。光の柱だったか?」

 

「そうだ。ゾンダカーンすら破る必殺の兵器を国境配備している時点で我が国の大型輸送用の古代竜は全て単なる的になった。長距離飛行もしくは敵本国近辺に拠点を構える必要がある」

 

「難題だな。昨日は南部皇国を落すと言っていたが……冗談には聞こえなかった」

 

「落とすだろうとも。あのバイツネード本家と相打ちになってくれれば、言う事は無いが……恐らく無理だな」

 

「相手の戦力が大き過ぎると?」

 

「帝国内に潜らせている者達の半数が捕まったが、開放されている。その上、情報を持ち帰るようにと与えられた節すらある」

 

「覇竜師団ドラクーン。見えざる竜騎兵団か。今のバイツネードの戦力では太刀打ち出来んだろうな」

 

「ああ……今、戦っているアレが竜騎兵となって、ゾンダカーンを滅ぼせる兵器を乱打すれば、南部皇国だろうと祖国だろうと火の海。あるいは血の海だろう」

 

「本国にも兵を置いておかなければならなくなったわけか」

 

「この状況もあちらの戦略だ。傭兵業に出ている外回り連中を呼び戻せば、財政赤字で祖国そのものの活動が困難になる。となれば、兵は割けても半数。それもこちらには精鋭を残しておく必要がある」

 

「厳しいな……」

 

「北部皇国も同じだ。恐らくはあちらの工作で例の計画には消極的になっているだろう。ソレを証明するような手紙も届いた。兵士の都合は付かないと見るべきだ」

 

「南部の殆どの国は乗り気のようだが?」

 

「数合わせは帝国相手では意味が無い。竜騎兵と帝国陸軍に質で迫る兵士と数で相手を後手後手にして戦線を押せるだけの補給。そして、ヴァーリの力があって、初めて成功する計画だ」

 

「的確に切り崩されているわけか」

 

「バイツネードよりも厄介なのは相手の人材の質と無尽蔵の熟練兵。最新兵器。それらを運用する合理的な戦略。それらをひっくり返す切り札を更にひっくり返すあの小竜姫殿下という事だ」

 

「いっそ止めるか?」

 

「それもいいかもしれないが、生憎と我らには時間が無い」

 

「………結論は結局、そこに帰結するか」

 

「そうだ。帝国首都にアレが無かった以上。何処かに隠し持たれている。それを回収せねば、我が国は生き残れん。どの道滅びる……」

 

「バルバロスを生み出せしもの……【神の残骸(レヴナント)】……か」

 

 竜の国を共に動かす男と女は今も続くバカ騒ぎであらゆる竜を持ち出そうとしている反乱軍に何も言えず。

 

 そして、その自分を殺そうと持ち寄られる竜や戦術を微笑んで眺めつつ、祖国の産品を食べている少女の恐ろしき計略に揃って溜息を吐くのだった。

 

 この遊びと称された戦いが実際には対帝国に使用され得る兵士や竜の情報の収集行為である事は彼らにも解っていた。

 

 しかし、離反して反乱軍陣営に加わり、今も動静を見極めている歳若き団長。

 

 リニス・ガザーリン・クラリオは彼らにとっても重要な家の子女だ。

 

 此処で離反されたままに処断すれば、国力の低下は避けられないし、国内の統制も危うくなる。

 

 だが、此処で騒動が治まらねば、竜の国は更なる混迷や停滞を余儀なくされるという事実がある以上……早めに事態を収拾してやろうと笑顔で悪魔のような取り引きを持ち掛けて来た少女の提案を断るのは軍団長にして国王たる合理主義なアズルノードには躊躇われたのだ。

 

 そう、竜の国の兵隊や戦術を研究する土台にしていいなら、さっさと反乱を潰してやろうという言外に提示された利益は現在の彼にとっては苦渋ながらも魅力的に過ぎたのである。

 

 *

 

「毒もダメ。火責めもダメ。射撃も突撃もダメ。竜による透明化も見切られ、電撃、低温、腐敗、空気の刃すら防ぎ切るというのか……」

 

 絶望的な顔をしている反乱軍の指揮者達であった。

 

 昼時にもっちゃもっちゃと芋系産品をお茶で流し込んでいたのだが、周囲には攻撃されても反撃するでもないスライムが床を掃除しており、その周囲からは血潮が綺麗になっている。

 

 どれもこれも一人の兵士に突撃を防ぎ切られた者達が地面に叩き付けられた際にあちこちから流した代物であったが、やって来て気絶した兵士の数が2000人を超えた辺りから陣営から一人もやってくる様子はなくなっていた。

 

 包囲殲滅しようにも全部防ぎ切られてはどうにもならない。

 

 全方位からの集団突撃は衝撃波の薙ぎ払いで吹き飛ばされ、全方位からの射撃兵器も同じように薙ぎ払われ、竜からの遠距離攻撃による雷撃は盾に吸収されて衝撃波として返礼のように御返しされ、火球や空気を圧縮して撃ち出す竜達も剣の出す衝撃波で薙ぎ払われ、墜落した。

 

 極低温のブレスや腐敗のブレスを吐く竜も攻撃を吐こうとした瞬間には衝撃波で打ち払われたので大抵の遠距離攻撃は数十m程度の射程では無意味と理解しただろう。

 

 射程距離で盾と剣という近接武装に負ける有様なのだ。

 

 これで帝国が機密にしている新装備たる射撃兵器。

 

 銃が出されていないと気付く者がいれば、どうにもならんと匙を投げるだろう。

 

 『一体、何なら効くんだよ?!!』という顔になった指揮者達は打つ手無しの状況で部下達に明確な命令も出せずに増えていく傷病者を後方に送る事しか出来ていなかった。

 

「ふぅ……大体400品目くらい喰ったな」

 

「君のお腹を心配する程、僕は優しくないよ」

 

「知ってるさ。というか、最後に持ち出されたのは低温と腐敗か。どっちもドラクーンの肉体にはダメージが出そうだな。いや、オレ達くらいなら別に細胞を変化させれば、凍らないし、腐敗もしないだろうけど。後でそれ専用に新しい能力与えておくか連中にも……」

 

「そうかい。人間を止めるのは出来れば後にして欲しいな。というか、一々食品を箱で運ばせられた彼女達の方が今日は可哀そうだ。明日は腕が痛そうって意味で」

 

「今日に限っては祖国の頑固者を恨んでもらうしかないな」

 

「頑固者、か……」

 

「さて、そろそろいいだろう」

 

 口を拭ってから立ち上がり、逐一出してあちこちを掃除していたグアグリスを一纏めにして自分の尻の下で巨大化させる。

 

 それを見ていた男達はもう唖然とした様子だった。

 

『リニスさんとお呼びしますが、そろそろ不甲斐ない連中の影にいるのも飽きたでしょう。出て来ていいですよ?』

 

 その言葉にざわついた兵達の後方。

 

 スゥッと20m近い人型のシルエットが浮かび上がる。

 

 ソレは竜だった。

 

 だが、同時に人型をしていた。

 

 人の体と手足に尻尾付きなドラゴンみたいな感じだろうか。

 

 しかし、それよりも問題なのはソレが数体後方に控えている事だ。

 

 その肩には専用の座席っぽいのが据え付けられており、こちらを先日殴った当人がジッとこっちを見ていた。

 

 その20m上から彼女が軽やかに地面に降り立ち。

 

 単なる人間なら死んでいるだろう衝撃にも何事も無かったかのようにスタスタと歩き出せば、その周囲から兵が割れて道となった。

 

 後方の竜の上には黒い鎧の者達がいつでも対応出来るようにだろうか。

 

 立ち上がって肩の上で待機している。

 

「……デュガシェスを解放しろッ」

 

「そもそも彼女達は自分の意志で今はウチで働いてくれているわけですが」

 

 数m先で仁王立ちで腕を組んだ少女は軍装に外套姿。

 

 鎧は着込んでいなかったが、重いからだろう。

 

「ッ、お前がいるから、戻って来られないんだろう!!」

 

「それはその通りです。ですが、わたくしが死んでも契約は変わりません。彼女達にはちゃんと契約としてお仕事を一定期間して頂いています」

 

「だが、お前が死ねば、その契約は更新される事は無い」

 

「それはどうでしょうか?」

 

「あいつはそういうヤツだ」

 

「……では、貴女もわたくしと遊びますか? リニスさん」

 

「いいだろう。遊んでやる……勝負だ。帝国の聖女!!」

 

 リニスがザッと腰から剣を引き抜いた。

 

「お前は後ろの連中と遊んでやれ」

 

「解った……」

 

『皆様、巻き込まれぬようこの場から退避して下さい。もしも余波で死んだとしても、こちらは責任を負いかねます』

 

 その言葉に顔を青くした兵達と指揮者が陣を放棄してすぐに一目散でその場から離れていく。

 

 どうやら、リニスの背後にいる竜の威力は知っているらしい。

 

「では、わたくしもそろそろ運動する事にしましょうか」

 

 いつもの鱗で造った剣を下のグアグリスから生成して引き出し、相手の前に歩いていく。

 

「ッ―――その鱗」

 

「何か?」

 

「……バイツネードを下したというのは本当のようだ」

 

「狙われましたから」

 

「まさか、奪われた至宝の欠片を持ってるとは……」

 

「至宝?」

 

「だが、幾ら再現しようとも、勝つのは我々だ。ガラジオンが今も尚、大陸南部で最古の国家である理由を見せてやる」

 

(最古? あのバイツネードの当主が長生きなら、色々と関連しているのかもな。後でまた文献調査するか)

 

 考えている間にも鱗の剣が反射的に振り上げられ、こちらの反射速度に舌打ちしながら、高速でこちらに接敵し、刃を振り下ろしたニリスが連続で仕掛けてくる。

 

「………」

 

 それをいなしながら、ウィシャスを見やると。

 

 20m級の敵による火球や尻尾アタックを盾で受け切り、真正面から鎧を着込んだようなぶ厚い装甲を持つ竜を剣の衝撃で薙ぎ倒していた。

 

 相手の攻撃を背後の二つの腕と盾で受け流しながら、巨大物体数体を相手に立ち回るのだから、さすがの背後の者達も驚いている。

 

 そもそも質量が違うというのに巨体たる竜が圧し負けるというのだ。

 

 それが盾と剣の優秀さとソレを使いこなす超人の力量に裏打ちされれば、さすがに侮って良い相手ではないと理解するだろう。

 

 怪獣VS超人の図である。

 

 バイツネードとの戦闘を想定して鍛えられているだろう相手がウィシャス相手に遊びでは済まなくなっている。

 

 ガラジオンが戦場で竜に身に付けさせる装具装備無しとはいえ、翻弄されているのだから、合格点はやってもいい。

 

「何処を見ている!!」

 

「部下の良くやっている姿ですよ」

 

「ッ」

 

 目を怒らせたリニスが大振りの剣を振り下ろす。

 

 それを真正面から受け止めた瞬間にズシンッと1cmは石畳の床に靴がめり込んだ。

 

「力持ちなのですね」

 

「お前が言えた事か!!」

 

 猛烈なインファイト。

 

 人間クラスのサイズで片手剣を器用に使って、徒手空拳も搦め手も使い。

 

 目にも止まらぬ速さで連撃を打ち込んで来る相手はバイツネード連中にもまったく劣らない威力を保持していると言える。

 

「ッッ」

 

 相手は実戦も潜り抜けているだろうし、連撃の中身は泥臭いのだが、毒を喰らっているところをなまじ見ていた為、組み付いたサブミッションなどが出来ずに打撃と斬撃のみで戦闘を組み立てていた。

 

 相手の顔には「防がれるッ?!」という驚愕がありありと浮かんでいる。

 

 そして、それをすぐにどうにかする算段を思い付いたようだが、視線の先が王城に向いている事から見て、エジェットでも思い浮かべているのだろうと分かった。

 

 そう、未来を予測、予知出来る類の相手には同じ能力がいるのだ。

 

 対処出来る最適解を必ず取って来る以上はソレに対して相手は対処不可能な手札を持って戦うしかない。

 

「能力に頼り切ったバイツネードのモドキなんかに!?」

 

「ええ、ですが、戦い方の問題です。わたくしは戦闘技術が無いので。こういう能力頼りになってしまうのは仕方ない部分がありまして」

 

「高位のバイツネード連中ですら、お前程に硬く無いぞ!!」

 

「相手の力量を見切る程度の瞳は持ち合わせているつもりです。貴女が本気を出していないようにわたくしも本気を出してはいない」

 

「―――殺し合いになるぞ」

 

 相手の瞳が細まる。

 

「わたくしは一向に構いませんよ。貴女を死なせませんし、わたくしも死にません。貴女の底を見せて下さるなら、今後の事を考えても嬉しい話ですしね」

 

「戯言をッ!! なら、見せてやる。後悔しても遅いからな!!」

 

 リニスの肉体に即時、力が漲る。

 

 それを今までの剣では防げないと分かったので超重元素のヤスリを懐から一本取り出して、透明な触手を掌に生成して突っ込み回天。

 

 と、同時に人間の反射速度では対応出来ないレベルの振り下ろしがこちらのヤスリで斜めに受けられて、剣が刃毀れしながら罅割れた。

 

「?!」

 

「力の使い方は巧いですが、制御の仕方が雑ですね。特別な筋肉を用いている様子。どうやらバイツネードの技術はこちらにはあるようで」

 

 こちらが一撃を防いだ様子にさすがのリニスも数m距離を取った。

 

「アレを防ぐ? 高位連中だって両断出来たのに!?」

 

「だから、ですよ。予測なんてしなくても最速の一撃は読み易い」

 

「何?!」

 

「わたくしと貴女の差は色々ありますが、まず何よりも手数と対策の差は如何ともし難いでしょう」

 

「対策だと!? 初めて戦う相手の対策など出来るものか?!!」

 

「生憎とバイツネードと戦う事になってから、彼らが取って来そうな戦術、戦略、彼らが使用しそうな能力、技能、これらに対する可能な限りの予測を立てて、その全てに対して複数の対処方法を既に書類化し対策訓練、全ての部下に学習させてあります」

 

「な―――」

 

 言っている間にも相手の胸の中心を更なるインファイトで撃ち抜く。

 

 しっかり、体重を乗せたので胸骨に罅くらい入っているだろう。

 

 派手に吹き飛んだリニスが王城の壁にズガンッとめり込んだ。

 

 人間がそんな風になるのは初めて見たのだが、さすがに死なないように加減はしていたのですぐにヨロリとして起き上がる。

 

『リニス様ぁ!?』

 

 部下達が一瞬の隙を見せたのをウチの優秀な部下は見逃さず。

 

 緑色の人型竜の一匹が盾を用いたシールド・バッシュ……盾の衝撃波を用いた殴打で脳天をやられて倒れ込む。

 

 それに部下達の多くのさすがに放ってはおけず。

 

 そのまま戦闘が続行になった。

 

「く……バイツネードより手強いなんて」

 

「貴女も強いですよ。肉体的な能力だけで言えば、ウチの部下と良い勝負でしょう」

 

「煩い!! 本気を見せてやると言ったな。しかと目に焼き付け―――」

 

 その時、戦場に足音が響く。

 

 妙にその音が響くのはどうしてだろうか。

 

「リニス。あんまり悪戯しちゃダメだぞ?」

 

 コツンッと横合いからウチのメイドが軽くその頭をノックでもするかのように叩いていた。

 

「デュガシェス……っ」

 

 そこでようやくリニスが止まって顔を歪める。

 

「あ~~服も汚れてるぞ。骨にも罅入ってるな。ちゃんと後で医務室で治して貰うようにな」

 

「っ……どうして、帰って来なかったの」

 

「最初は帰ろうと思ってたけど、やる事が見付かったかんな」

 

「やる事?」

 

 そう聞く年上の少女に竜の国の元お姫様が笑顔で頷く。

 

「こいつを護るお仕事がきっとみんなにとってもいいと思ったから」

 

「ッッ、どうしてそこまで……!!」

 

 リニスの顔はクシャクシャだ。

 

「色々あるぞ? この世界の誰よりも仕事をしてるところか。この世界の誰よりも誰かの事を理解して、考えてるところか。この世界の誰よりも自分の命が大事な癖に……誰かの命の為に体も心も投げ出して護ろうとするところとか」

 

「ぁ、ぁの~デュガシェスさん?」

 

「他にも良いところあるんだぞ? まぁ、常識を破壊したり、悪いものが許せなかったり、馬鹿なヤツまで手が届くからって護ってやろうなんて傲慢なところもあるけど」

 

「………っ」

 

 その言葉でハッとした様子でリニスが遠方に見える反乱軍の者達を見やった。

 

「口は悪いし、非常識な事考えてるし、色々と誤解される事もあるけど、良いヤツだから……出来れば、仲良くしてやってくれないか?」

 

「………あ~あ~白けたわ。もう帰る。引き上げるわよ。アンタら!! そんなのと戦ってないで撤収!!」

 

 その言葉で3匹程やられていた部下達が攻撃を止め、それに伴ってウチの超人も更に一匹へのトドメを止めて、すぐに傍まで戻ってくる。

 

「あの馬鹿共の事は知らないから、後は勝手にやらせておいて。アズルノード!! もしも、無様を晒すようなら廃位させるから!! いいわね!!」

 

 王城にそう言った途端、扉の一つが開いて本人が登場した。

 

「肝に銘じておこう。リニス」

 

「フン……」

 

 部下達の1人に羽織りを掛けられた少女が一度だけ振り返る。

 

「また、帰って来なさいよ……」

 

「お~~♪ 約束だ!!」

 

 拳を相手に向けて笑顔で頷いたメイドの言葉で僅かだけ唇の端を歪めて、名残惜しそうな顔を隠すように立ち上がった巨大な人型竜達を連れて、リニスは空を飛んで消えて行った。

 

 それを見送っていた反乱軍の長達がもう日が沈むというのをようやく思い出した様子でこちらを見やり、こっちが1人で近付いて来るのを見て、攻撃の命令を掛けようとしたが、即座に固まった。

 

 それは他の兵士達も同様だ。

 

 世の中には空気を読めない人間がいるというが、それに当て嵌まらない人間というのは実はそんなに多くない。

 

 日本人の空気を読むという特殊能力染みたソレも基本的には集団生活や同調圧力を上手く社会で使い馴染んで来た故のものだ。

 

 そういう意味でならば、そういった勘と同程度の総合的な知覚と社会に依存する能力の大半は心理学的には解析可能だ。

 

 要は社会的に共有された知識や認識における心理の変遷に名前が付いているに過ぎないのだから。

 

 彼らは軍事の空気を読む事には長けていたのである。

 

「ヒッ?!!」

 

 六十代も過ぎた指導者層に収まっていてもおかしくなさそうな男の前に立つ。

 

「そう言えば、貴方達が負けた場合の事を言っていませんでしたね」

 

「こ、殺す気か」

 

 こちらは今どう見えているものか。

 

 尊大に振舞っている気はないし、強く見せているつもりもない。

 

 だが、グアグリスで今まで集めて来た能力を全ていつでも使えるアクティブの状態にしてみるだけでも随分と他人からの印象は変わるはずだ。

 

『殺すつもりなら、そもそも貴方達がこの場所に付いた時に攻撃していますよ。名も知らぬお方……』

 

「ッ―――」

 

『わたくしは今のこちらを前にして怯えるような憶病者には興味がありません。ですが、それがもしも戦場で我が眼前にあったなら、あまりの情けなさに相手の名誉の為にもさっさとこの世から蒸発させて差し上げるのが良いと部下に命じるでしょう』

 

「じょ、じょうは―――」

 

『このように』

 

 腰から伸ばした触手で拳銃を即座に20m程上空に伸ばして撃ってみる。

 

 途端。

 

 王城前には巨大な炎の柱が吹き上がった。

 

 あらゆるものを蒸発させるとは行かないが、まぁ火竜の吐息よりは高い数千℃の炎である。

 

 猛烈な上昇気流と炎の熱さが周囲を熱気で支配する。

 

「?!!!」

 

『反乱軍の方達に訊ねますが、貴方達は途中から諦めていませんでしたか?』

 

 その言葉が響いている一帯には重い沈黙が降りる。

 

『わたくしにはそのように見えました。貴方達は祖国の家族や大切な人達が今にも蹂躙されそうな時に諦めたりする憶病者。いえ、卑怯者だったのでしょうか?』

 

「ッ」

 

『これが実戦なら、わたくしは何を言わずとも竜の国を今の数万倍の威力を誇る我が国の最新鋭戦略兵器で蒸発させております』

 

 淡々と言ってみるが、相手の中にはもうカタカタと震え出す者が多数。

 

『反乱軍の皆さん。貴方達が単なる強情さで反乱を起こしたならば、まったく我が国にとって最も惰弱なる味方として歓迎しましょう』

 

「な?!!」

 

『貴方達のような無智蒙昧……革新を諦め、旧き因習と価値観に囚われ、未来を否定する者は我々にとっては単なる踏み越える道端の石ころに過ぎないのですから』

 

 振り返って未だに王城前に立つ男をニコリとしておく。

 

『我が視線を受けて尚あのように振舞えますか? 我が力を前にしてあのように勇気を振り絞れますか? それが出来ぬ者に王たる資格無し。ですが、敢て言いましょう。貴方達が国を混乱させてくれた方が我が国としてはとても助かります』

 

 その言葉に指揮者達の顔は歪みまくりだ。

 

『もしも、あの国王たるものを殺してくれたならば、まったく諸手を上げて歓迎し、貴方達の事は絶対に苦しませず、この世から消して差し上げるとお約束しましょう』

 

 まーたやってるよみたいな顔で部下達から見られている気がする。

 

『貴方達の反乱はわたくしにとっては些細な事ですが、この国がもしも敵となった時は大いに助けとなる。その分断は我が国に資するでしょうし、その諍いはどのような点でも我が計画を進めるものとなるでしょう』

 

 もはや指揮者達の顔も兵達の顔も蒼褪めている。

 

 王たる青年の額にもさすがに小さく汗が滴っていた。

 

『どうか、覚えておいて下さい。前に進めぬ者に未来はない。そして、足踏みさせようとする者は害悪ですらある。それは裏返れば、他者の利益であるという事を』

 

 王様に向けてカーテシーを決めておく。

 

『では、日も暮れました。わたくしはこれでお暇させて頂きます。障害に相応しきお方……約束は何れ次の戦争の後に。それまでどうかご自愛下さい』

 

 ノイテが竜を二頭伴ってやってくる。

 

 片方にはアディルが乗っていた。

 

『御機嫌よう。最後まで手を出さなかった方々もご苦労様でした。今日は楽しく過ごさせて頂きましたから、後で何か贈り物でもお送りしますね』

 

 反乱軍の中に潜んでいた連中が僅かに隠し切れず胸の内を動悸させていた。

 

 ノイテの竜にこっちは乗って、デュガシェスとウィシャスがアディルの方に乗る。

 

 こうして、飛び上ると誰も追って来る者は無く。

 

 リセル・フロスティーナまで横槍が入る事は無かったのだった。

 

 *

 

 一人の人間とその部下達が去った後。

 

 後には何か抜け殻のように崩れ落ちる者達がいるだけとなった。

 

 それを見た王たる者と呼ばれた青年が兵達に言って、反乱軍に今なら投降すれば、重い罪には問わず数日で家に帰すと周知し始めるとバタバタと武器を落した者達が手を上げて捕縛されていく。

 

 残された指揮者達が集められた一角。

 

 彼と共にずっと様子を見ていた狐目の女がやって来る。

 

 すると項垂れた男達がポツリと呟き始めた。

 

「あれが……帝国……」

 

「あんなものが帝国の……」

 

「う、ぅぅ……アレではバイツネードの方がマシではないか」

 

「何なんだ。あんなのは知らない……知らないぞ……クソぅっ」

 

 絞り出すような呻きにも似て彼らが人生で初めて感じた絶望に震える。

 

 少女の姿であった。

 

 可憐な姿であった。

 

 呑気に食事をしている様子は正しく基地外染みたユーモラスさすら秘めていた。

 

 だから、彼らは安心して攻撃を仕掛けていたのだ。

 

 それが冬眠明けのクマに怒らないから悪戯しているような状態だとも知らず。

 

 だが、目覚めた相手に相対した時、彼らの中に芽生えたのは絶望だった。

 

 逃げられない。

 

 目の前の相手から逃げられない。

 

 何一つ反抗出来ない。

 

 指先一つ動かす事すら、息を呑み込む事すら、彼らはまるでようやく出来るような有様で……恐怖と諦観に囚われていた。

 

 バイツネードの高位の者達とすら渡り合って来た彼らはプレッシャーというものに自分達は強いのだと思っていた。

 

 だが、それにも程度があった。

 

 その閾値を簡単に少女は振り切ったのだ。

 

 出会えば、誰もが命を諦めてしまうような恐ろしき気配を前に彼らは立ち上がる事も武器を構える事も出来ず。

 

 怯えた獣のように棒立ちでいるしかなかった。

 

「どうやら、我が国は本当にあの怪物に感謝せねばならないようだ」

 

 何を言っているのかと男達が青年に向けて顔を上げる。

 

「少なくとも貴方達は我々が戦わねばならない本当の敵を知った。あの兵達もまた同じ……もしも、まだ次を望む意志がその胸にあるならば、今回の事は我が国があの帝国の姫の実力を知る為に巡らした陰謀の類であると喧伝しておく」

 

「何を……」

 

 男達が青年の顔を見つめる。

 

「父程に人徳があるわけではない。父程に勇ましいわけでもない。だが、オレは王としてあの姫に向かい合ってみようと思っている。それがどのような結末になるのかは問題ではない。我が祖国の命運は自らの手で切り開かねばならない。それが父の遺した課題ならば、親孝行をしようというのは息子の特権だ」

 

「軍団長……」

 

「オレをそのように呼びたいヤツだけ呼べばいい。これからのガラジオンに必要なのは新しい風だ。だが、旧い者達の礎無くして、その風は吹かない」

 

「我らを、許すと申すか……」

 

「許すのではない。我が祖国の為に命を使え。罪は罪。だが、法を曲げても遣り遂げねばならない事もある。それを感じたはずだ。人を裁くのは少なくとも嵐が過ぎた後でなければならないとオレは思う」

 

 その言葉を聞いた年嵩の者達がようやく立ち上がり、青年を見やり、自分達の手を見てから握り締める。

 

「……しばらく、この命は預けておきましょう。王よ」

 

「今一度、考え直す時か……」

 

「その言葉、確かに受け取った……」

 

「しばしの時間を頂きたい……」

 

 それらの声に頷いた青年が狐目の女の部下に首謀者達を任せた。

 

 こうして反乱が終結した後。

 

 青年が彼女と共に歩いている廊下で立ち止まり、大きく息を吐く。

 

「つくづく向いていないな……」

 

「共通の敵を与えられてようやくまともに一つとなれる。人の最たる愚かだと思うが、仕方ない」

 

 女が肩を竦める。

 

「それをわざわざ敵から餌のように放られる。屈辱に思うよりも笑いが出る。いや、笑いしか出ない……はぁぁ……」

 

 青年が息を吐く。

 

 僅かにその手は震えている。

 

 痩せ我慢は限界だった。

 

「それにしても皮を被り過ぎだったな。アレは……」

 

「皮を被っていたというよりは気遣われていたの間違いかもしれない」

 

 女に青年が苦笑する。

 

「父の……前軍団長の切り札が顕現した時以来だった。あそこまで内心震えたのは……」

 

「違いない。アレは恐らく神話の時代に届き得る力だ」

 

「帝国への侵攻が一層難しくなったな……」

 

「まったく……全て、掌の上なのかと疑いたくなる」

 

 青年が拳を握る。

 

「今の一族において、あの子以上に【始祖の祝福】と相性の良い者はいなかった。そして、父亡き今、祝福を受け継いでも恐らくオレでは力を引き出し切れないだろう」

 

「あの姫が全てを承知で動いていたと?」

 

「そこまでは言わない。だが、次の世代まで事態を引き伸ばせない以上、状況は最悪だ。全ての状況が、全ての切り札があちらにあるか切り崩されたように思える……」

 

「なら、良かったのか? ヴァーリに向かわせて……」

 

「最良を求めるなら、こうするしかない。だが、それを理解してこそ、このような茶番に介入して来たとすれば……あの姫殿下の見る景色は人の域を遥かに超えているとしか思えない」

 

「……最悪、ヴァーリが離脱した場合はどうする?」

 

「何も変わらない。帰結している結論が覆らない以上は……」

 

「我が国が旗頭となって、どれだけの事が出来るものか……」

 

「やってみるだけだ。どの道、帝国との戦争は百年以上前から計画されていた。その当時はエルゼギアだったのが、今はアバンステアになっただけの事だ。ヴァーリも結局のところは切っ掛けに過ぎない」

 

「バイツネード本家を撃滅し切れなかった点も尾を引いているな……」

 

「当たり前だ。奴らを殲滅出来なかった時点で北部皇国にアレ以上は関われなくなった……膠着状態でなければ、北部皇国に戦力を置いておく事すら躊躇われる」

 

「あのお姫様は何を何処まで知って、どれだけの事をするものか。期待しておこう……バイツネード本家が滅ぶ事を……」

 

「我らの竜が告げた刻限まで後僅か。これから更に忙しくなるぞ……」

 

 彼らの戦争はまだ始まってすらいなかったが、彼らの計画は変更を余儀なくされ続けていた。

 

 翻弄される者達の暗闘は続く。

 

 そして、新たなる決着が帝国南部。

 

 大山脈でも始まろうとしていた。


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